好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

「弾かずして奏でる」サウンド初期仕様 - Sade 『Promise』

folder 引き続き、女性アーティストについて。
 前々回がSuzanne Vega前回がJoni Mitchellと、公私を共にする男性クリエイターとの出会いが、音楽性のターニング・ポイントとなった女性を取り上げてきた。基本、クリエイターとアーティストとの間に、上下・師弟関係はないはずのだけど、キャリア次第によっては、ある種の緊張感が介在してくる、というところまで書いた。
 で、今回はSade 。この人の場合、そういった法則はまるで通用しない。
 どれだけ時代が移り変わろうと、また結婚・出産というイベントも無関係、時代やトレンドとはまったく無縁のところで、その音は鳴っている。

 Sadeというユニットが、下々の戯れ言・色恋沙汰に惑わされず、一貫した音楽性を保っていられたのは、ヴォーカルSade Aduのワンマン・バンドではなく、他メンバー3名の意思やコンセプトがきちんと反映された、合議的ユニットであった点も大きい。
 歌詞は一貫してAduが書き、作曲のメインは不動の盟友Stuart Matthewmanが行なっている。ユニットであるからして、アレンジや歌詞の改変など、互いの作業への干渉もあるにはあるだろうけど、「Sade」という確立された世界観のもと、大きな逸脱はない。
 そりゃ年を経るにつれて、人生観・男性観だって変わってくるし、それに伴って使う言葉やメッセージだって変わってくる。でも、プライベートや私観が反映されることはない。Sadeらが目指す音楽観にとって、それらはむしろ雑味でしかないのだ。
 何年経とうと変わらぬ、味とクオリティ。アーティストからの赤裸々の主張は見られないけど、彼らにとって肝心なのはそこではない。

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 柔らかなスネアとパーカッションのリズム、それに絡めるようなベース・ライン先行のメロディ、ギターはほんの添え物で、フリューゲル・ホーンやテナー・サックス、鍵盤系でアクセントをつけるサウンドを確立したのは、何もSade が初めてではない。それらは、ポスト・パンク以降のアシッド・ジャズ勃興期から多用されていた方法論であり、目新しいものではなかった。
 -それは昔々、遡ること千九百八十年代の中ごろ、巷の歓楽街では「かふぇ・ばぁ」やら「ぷぅる・ばぁ」なる、いなせな寄り合いどころが若衆の人気を集めるようになった。そこでは夜な夜な、腰の軽い男女が集い、軽薄で中身のない会話が飛び交っていたそうな。そんな中、雰囲気演出歌舞音曲として流れていたのが、「わぁきんぐ・ういぃく」や「すたいる・かうんしる」、「すぅいんぐ・あうと・しすたぁ」と申す演者らによる、そこそこ「じゃじぃ」で大人っぽい、なんとなく知的欲求を満たした気になる音楽ぢゃった。「しゃぁでぇ」もまた、当時はそんな枠にはめられた新参音楽集団に過ぎんかった、ちゅうことぢゃ。
 …なに書いてんだ、俺。

 じゃあ、上記で挙げたアーティストのほとんどが、セールス不振による方針転換や、煮詰まりによるユニット解消を余儀なくされている中、なぜ彼女らだけが今も揺るがぬステイタスを保っていられるのか?
 理由はいろいろ考えられるけど、俺の私見で言えばひとつ、「弾きすぎない」ことが挙げられる。
 何だかんだ言っても、Sade のメインはヴォーカルAdu であり、ファンのほぼ全部が、彼女の歌を聴きたがっているのは事実である。ごくまれに、「バッキングのアンサンブルがいい」という変わり者もいるかもしれないけど、多分、ごく少数だろう。いや皆無だよな、きっと。結果、他メンバー3名は裏方、縁の下の力持ち的立場でしかない。
 ただ、彼ら3名がそれで腐ってるわけではなく、むしろ良かれと思って裏方に徹している節が強い。かつて3名はSweetback名義でアルバムをリリースしているけど、これもSade 本体が開店休業中の余技で作ったようなもので、本人たちは大して乗り気じゃなかったらしい。
 当初から、表と裏の役割分担が明確だったため、変な自己顕示欲に捉われなかったSweetbackは、キャリアを重ねるにつれ、その存在感を後退させてゆく。Aduの歌を引き立たせるためには、余計なリズムやメロディは必要ない。
 現時点での最新アルバム『Soldier of Love』になると、バッキングはもうシンプルそのもの、「これ以上はない」というくらい、そぎ落とされたサウンドで統一されている。あくまでメインはAduの歌声、被されているのは荘厳なコード弾きシンセのみ、という曲も多い。
 ここまで来ちゃったんなら、もうZARDみたいに独りユニットとして開き直っても、誰も何も責めないんじゃないかと思われるけど、そういうことじゃないんだろうな。
 Sadeのサウンドは、決して独りではできない。「弾かずして奏でる」を極めたSweetbackがいないと、成立しないのだ。なんか禅問答みたいになっちゃったな。
 どのバンドにも言えることだけど、ヴォーカル対インストゥルメンタルのパワー・バランスは、永遠の課題である。サウンドへの地道な貢献度と、華やかなポピュラリティーの獲得とは、相入れるものではない。「ヴォーカルが目立ちすぎるから」「バックが前に出すぎだ」、いろいろ揉めて消滅してしまったユニットの多いことやら。

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 何年かに一度、じっくり作り込んだアルバムをリリースし、それを引っさげて世界ツアーを丹念に回る、と言うのが、いわゆる大物アーティストのパターンであり、彼女もまた、そのルーティンは変わらない。ツアー終了後は、ゆったりバカンスか、はたまた創作期間に当てるのも同じ。
 プライベートでは2度の結婚を経て、今はイギリスの片田舎で静かな暮らしを送っているSade Adu。一時はジャマイカに住んでいたこともあったようだけど、もともとイギリス出身の彼女、やはり住み慣れた故国の方が生活しやすいし、不意の仕事にも対応しやすいのだろう。
 Sadeについてめちゃめちゃ詳しいこのサイトによれば、一人娘アイラのインスタに、母Sade とのショットが時々掲載されており、貴重なプライベートを垣間見ることができる。
 イギリス南西部の田舎コッツウォルズの古い民家を改装したその住まいは、特別、セレブ仕様の豪邸ではない。正直言って地味・質素である。間違いなく、セレブ級の資産は持っているはずなのに、そういったパーティに顔を出してる風でもないし、音楽賞なんかのイベントにもほとんど顔を出さない。微笑みながらアイラと抱き合うショットから見ると、ほんと普通の母親である。
 そういった普通の生活を望んで、やっと安住の地を手に入れた女性の姿が、ここに収められている。

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 で、2枚目のアルバム『Promise』。前年、バカ売れしたシングル「Smooth Operator」が収録されたデビュー・アルバム『Diamond Life』、これまた世界中でバカ売れした。その余韻が醒めぬうちにと、わずか一年のスパンで製作されている。その後のリリース・ペースからすると、かなりの突貫工事でレコーディングされたっぽいけど、アゲアゲ調子の勢いで、難なく乗り切っちゃった感は強い。とっ散らかった印象もなく、手抜きな部分も見受けられないことからすると、ユニットとしての総合力がすでに確立されていた、ということなのだろう。
 2枚目ということもあって、当然新機軸的なものはなく、基本は『Diamond Life』の延長線上になる。熟成とか掘り下げもなく、まんまその世界観。そりゃそうだよな、デビューが不発だったらともかく、ちゃんとヒットしているのに、わざわざ方向転換なんかするわけないよな。
 ただこの時点で、四半世紀過ぎても不動のサウンドになるとは、誰も思っちゃいなかったけど。



Promise
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1. Is It A Crime
 後年からは想像できない、ビッグ・バンド・ジャズ風のホーン・セクションを前面に出したナンバー。この頃はサウンドの存在感も大きく、ピアノやらサックスやら力が入りまくり。組曲的な展開の大作を1曲目に持ってくるのは、なかなかのチャレンジャー。長いっちゃ長いんだけど、冗長になり過ぎてないのは、やっぱりベテラン・プロデューサーRobin Millarのバランス感覚なんだろうな。

2. The Sweetest Taboo
 初期の代表作であり、今もSadeの代名詞的役割を果たしている。UK31位に対しUSではなんと5位、AORチャートではトップを獲得してる。大ざっぱなアメリカ人のニーズを捉えたのが不思議でならなかったけど、改めて聴いてみてスッキリした。
 全然、複雑じゃない。ほどほどにダンサブルなラテン風味のリズムは、わかりやすいシャレオツ感を演出している。ここ日本でも、大昔の洋楽と言えばラテン・テイストが強いものが人気を博してたので、根っこは同じなんだな、と納得。



3. War of the Hearts
 ちょっと安めのシーケンス・リズムが夏の海辺を連想させる、涼しげなアコースティック主体のトラック。まぁAduの声が入ると季節感は薄まっちゃうけど。

4. You're Not the Man
 収録時間の関係上、レコードには入っておらず、CDのみ収録だった、いわゆるボーナス・トラック的扱い。明快なジャジー、わかりやすいゴージャス感。この時期のSadeサウンドは、まだジャズ・ファンクの意匠をなぞった音作りであり、こういったジャズ・ヴォーカル的な曲が多くを占めている。
 案外、一筋縄ではない曲の構成から、既存のジャズとはちょっと違う萌芽は見せているのだけど、それにはもうちょっとの時間が必要。

5. Jezebel
 シングルにはなっていないけど、隠れ名曲としてファンの間でも人気の高いナンバー。ここではジャズ・テイストは大きく減衰され、むしろAOR/R&Bの話法で描かれている。感傷的なサックスの音色、極力抑えられたバッキングなど、後年のSadeサウンドの端緒が見える。

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6. Mr Wrong
 ここまで5分・6分超の重量級の楽曲が多かった『Promise』収録曲の中で、3分に満たない小品。前述した、ベース・ライン先行/パーカッションによるサウンドはいつまでも聴いていられるクオリティ。もうちょっと長くしてもよかったのに。

7. Punch Drunk
 LPでは未収録Sweetbackらによるインスト・ナンバー。まぁジャジーではあるし、トレンディな空間には持ってこいなサウンドだけど、でもそれだけ。ジャジーではあるけど、ジャズではない。やはり彼らのサウンドは、Aduと不可分なのだ。まぁ本人らも、野望を抱く人たちじゃなさそうだし。

8. Never as Good as the First Time
 Sadeとしてはおそらく最速BPMと思われる、ソウル・バラード的佳曲。こういったアプローチもできるんだ、という印象。シングルとしてもそこそこ売れたんだし、R&B方面へ進出する可能性もあったのだろうけど、本人的にはあんまり乗り気じゃなかったのかな。激しくダンサブルなSadeも、ちょっと見てみたかったかも。

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9. Fear
 こうやってアルバム最初から順を追って聴いてみると、現在確立されたSadeサウンドに至るまでには、あらゆる試行錯誤が繰り返されたのだな、と改めて思う。スパニッシュ風ギターと荘厳なストリングスとがフィーチャーされたこの曲も、完成度はとても高いのだけど、アルバムとしての統一感という意味で言えば、結構異端である。逆に言えば、あらゆる方向性を示唆、可能性を秘めていた、という証でもある。

10. Tar Baby
 で、あらゆる可能性を並べて、最後に残ったのが、ここで奏でられるサウンドだったんじゃないかと思われる。言い方は悪いけど、ステレオタイプのSadeサウンドである。聴いてて落ち着くのは、やっぱりこのテイスト。正直、全編9.みたいな音だったら、肩が凝ってしまう。

11. Maureen
 ただ、そういったステレオタイプだ完成形だを吹っ飛ばしてしまうのが、この曲。リズムが立ってバッキング先行のサウンドになっているけど、これがイイ感じのグルーヴ感。シン・ドラの響きだけ時代を感じさせるけど、次第に熱を帯びてくるクールなヴォーカルは、軽快感すら思わせる。
 あと20年ほど待てば、レアグルーヴとして再評価されそうな、そんなイカしたチューン。







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邦題『恋を駈ける女』…。まちがってはいないけど。 - Joni Mitchell 『Wild Things Run Fast』

folder 1982年リリース、11枚目のオリジナル・アルバム。名だたる豪華メンツを取り揃えた演奏陣、そこから生み出される作品クオリティは、安定のアベレージをクリアしている。ただ実のところ、ジャズ路線へ大きくシフト・チェンジして好評を期した『Caught and Spark』をピークとして、セールス的には下降線を描きつつあった。
 このアルバムも、鳴り物入りで創設されたゲフィン・レコードへの移籍第1弾として、またコンテンポラリー・ロック・サウンドへの路線変更というのが話題になったけど、結果はUS33位UK32位という、まぁまぁの結果。言ってしまえば、まぁそこそこ。
 ただこの人、もともと営業成績に躍起になるタイプのアーティストではないことも、ひとつの見方。いくら時流のサウンドに乗ったからといって、突然ブレイクするようなジャンルの人ではない。
 例えばVan Morrisonのように、レコード会社としての企業メセナ・文化事業としての側面を維持するため、「レコード会社の良心」「象徴的存在」的なポジションの人は、必ずいる。固定ファンはガッチリ掴んでいるので、そうそう大ハズレがないのも、彼らのようなアーティストが重宝される理由のひとつである。この辺の大御所が名を連ねていると、ラインナップにハクが付くしね。

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 で、前回のSuzanne Vegaが、プロデューサーMitchel Froomとの出会いによって音楽性が変わり、共有する時間が多くなったことから、プライベートを過ごす時間も多くなり、公私ともどもパートナーシップを結ぶに至った、と。ここまで書いた。
 ちょっと露悪的にザックリまとめちゃったけど、考えてみればコレ、一般社会でもよくある話だよな。俗っぽい話だと、要は職場恋愛みたいなもので。有能な先輩・上司に憧れて、指導を受けたり仕事帰りに飲み屋でグチったりしてるうち、なんかいつの間にかくっついちゃったりして。
 Suzanne の場合、一般社会の上司・部下という関係性ではないけど、サウンド・プロデュースの技術スキルに長けたFroomと作業しているうち/相談しているうち、何となく打ち解けあっちゃって、気が合っちゃった次第。
 全部が全部じゃないけど、多くのアーティストの場合、ヒラメキや発想力には長けているけど、商品としてまとめる力・構成する能力が欠けている人も多い。楽曲には絶対の自信があるけど、コーディネート力がおぼつかない、また駆け出しでそのノウハウが足りない者は、外部の助力が必要となる。いわゆるプロデューサー、またはエンジニアというポジション。
 「思いつく人」と「まとめる人」、本来は対等の立場でなければならないけど、普通はプロデューサーの方が作業能力に長けているので、よほどの大物じゃない限り、どうしても作業を仕切る人間の方が立場が上になってしまう。てきぱきセッティングしたり工程表を整然とまとめたり、そんな側面に、「思いつく人」は惹かれてしまう。

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 パートナーによってコンセプトが変わったという点では、JoniもSuzanneと似たようなものだけど、キャリアの長さや業界内ポジションを比べると、Joniの方が断然上であるため、単純にひと括りにはできない。Joniの場合、ミュージシャンに憧れるというよりは、むしろ憧れられる立場、同業ミュージシャンにもリスペクトされる側の人である。
 もともとフォーク/シンガー・ソングライターの枠でデビューしたJoniだけど、まずデビュー・アルバムのプロデュースが、当時フォーク界隈でブイブイ言わせてたCSN&YのDavid Crosby だった、という時点で、すでに大御所感を漂わせている。
 男女の関係になったのが、プロデュース前だったのか後だったのか、その辺は諸説あるけど、まぁ多分ラブ&ピースの時代だったから、本人たちも覚えていないのだろう。ほぼ同時進行で、同じグループのGraham Nash とも付き合っていたらしいけど、まぁその辺もラブ&ピースといったところで。

 ただ単に惚れた腫れただけなら、そこらのグルーピーと変わらないし、リスペクトされようもないけど、彼女の場合、その肉食的なセックス・アピールをも上回るほどの音楽的センス・才能も有していた。
 ポピュラーのカテゴリには収まりきれない、変幻自在のコードワークを支えるのが、誰もマネできないギターのチューニング。一般的なEADGBEという定番チューニングでプレイすることの方が稀で、ほとんどの楽曲は、自ら考案した50種類以上のチューニングでプレイするのだから、こりゃとんでもないギター・オタク。並みの才能で追いつけるものではない。
 そんなテクニカル面でのリスペクトだけじゃなく、情熱的かつオープンな恋愛体質をさらけ出すものだから、そりゃ周囲が放っておくはずがない。いわゆる「モテキ」が延々続く状態。また本人も、チヤホヤされてまんざらじゃなかったのか、その後もJames Tylorと付き合ったり、Leonard Cohen に熱を上げたりしている。
 いわゆる「恋多き女」という異名を持ちながら、そんな世俗的な評判すら吹き飛ばしてしまう完成度と求心力を持った作品を連発していたJoni 。Steven Tyler やMick Jaggerに通ずる肉食系の出で立ちは、強烈なフェロモンを放っていた。いわゆる整った美人ではないけど、異性を惹きつける匂いがあるんだな。

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 夭折の天才ベーシストJaco Pastoriusと付き合い始めてから、彼女の音楽性は変化する。今度はジャズ。一度虜になったら、のめり込んじゃう人なのだろう。
 フォーク人脈で固められていた、これまでのスタッフも総代わり、8枚目のアルバム『Hejira』では、ジャズ/フュージョン系のミュージシャンがバックを務めることになる。
 こうやって書いてると、「男の趣味でコロコロ態度を変える女」みたいだけど、これもちょっと違う。まず「アーティストであること」が大前提としてある彼女にとって、大切なのはアーティスティックな活動から生み出される作品であり、そこから派生するパフォーマンスである。湧き上がってくるインスピレーション/着想を具現化するため、その才能やビジョンに吸い寄せられてきた男たちを利用してきた、という見方が正しい。
 普通に考えて、この時点で業界内でも盤石のキャリアを築いていたJoniなので、単に惚れた男の気を引くため、大して才能のない男を無理やりキャスティングするとは思えない。音楽的才能のないジゴロや、単に口の上手い男に入れ上げることも、ちょっと考えずらい。
 そりゃラブ&ピースの時代をくぐり抜けてきた人だから、ちょっとしたつまみ食いや、ワン・ナイト・ラブ的なものもあっただろうけど、でもそれはそれ、利用価値がなければハイそれまでよ。継続的な関係になったり、私情を交えたキャスティングにはなり得ないのだ。

 別な意味で言えばJoni 、公私混同は甚だしい。ただ、それは女として、1人の芸術家としての所業である。逆に言えば、完全なビジネスライクに基づいた関係性を築くのが難しい人なのだ。
 彼女と関わるからには、深く深く、持てる力のすべてを差し出さなければ、対等に付き合えない。いや対等じゃないよな、「差し出す」っていう時点で、上下関係ついちゃってるもの。Joni自身はそこまで思ってないんだろうけど、そんな邪気のないところが、彼女の天才性を支える所以、音楽の神に選ばれる点なのだろう。
 で、Jacoの話に戻すと、まぁいろいろ原因はあるけど、ソロ活動を開始したあたりから、様子がおかしくなる。Weather Reportでの確執も相まって、アルコールやドラッグに溺れて自暴自棄な言動が目立つようになり、2人の蜜月は終わりを告げる。
 その別離は同時に、Joni のジャズ/フュージョン時代の終焉も意味していた。同じ路線で3作も続けば、大抵のことはやり切ってしまう。あとは「ジャズ」というジャンルの掘り下げであって、新たな可能性を探る作業ではない。
 良くも悪くもひと区切り、何かとそろそろ潮時だった。

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 で、その総決算的ライブ・アルバム『Shadows and Light』の後、リリースされたのが、この『Wild Things Run Fast』。ワールド・ツアー後、カリブ海でバカンス中だったJoni 、解放的な気分も手伝って、地元のディスコへ行ったところ、当時、隆盛だったSteely DanやTalking Heads、Policeのサウンドに触れて、新たな着想を得ることになる。
 恐らく、この前後でゲフィンへの移籍のオファーはあっただろうし、それなら移籍第1弾はちょっと豪華に派手めに、といった考えもあったんじゃないかと思われる。いくらヒット・チャートを狙うアーティストじゃなくても、世間のトレンドもちょっとは頭に入れて置かなければならない。どれだけ高尚な芸術品とはいえ、流通に乗せた時点で、それは商品/ポップ・ミュージックであることを意識しなければならない。

 Jacoとのパートナーシップ解消後、どのタイミングでLarry Kleinが関わってきたのかは不明だけど、彼女がコンテンポラリー・サウンド、いわゆるヒット・チャートに入る音楽と並べても遜色ないサウンドを作るにあたり、彼が重要なファクターであったことに異論はないはず。
 Jaco同様、Larry もまたベーシストであることは、単なる偶然ではない。もっぱらギターやピアノなど、メロディ楽器を操ってきたJoniにとって、骨格となるリズムを司るベースの存在は、必要不可欠なものだった。
 フォーク時代、彼女から見たポピュラー・ミュージックの主流は、単調な8ビートかディスコの4つ打ちが多かった。そんなリズム・バリエーションの狭さでは、自身の楽曲を過不足なく表現するにはキャパ不足であり、柔軟性の高いジャズへ向かったのは自然の摂理。
 それがパンク以降をを経て、お手軽なポップ・ソングだけじゃなく、様々なジャンルを取り込んだ音楽性を持つ前記のアーティストらが、ヒット・チャートを賑わすようになった。ジャズやラテン、レゲエをごく自然に吸収して、質が高く、しかもヒットまでしているのだから。
 Joniにとっても、参戦しやすい環境になった。

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 ここから始まるロック/ポップ路線はしばらく続き、例のごとく、公私にわたるパートナーシップも並行して継続することになる。
 ちなみにJoniとLarry、その年の差13歳。世代も違えばキャリアも違う、当時駆け出しセッション・プレイヤーだったLarry、そして大御所Joni。よく交際OKになったよな、どっちの立場からしても。ゲスい見方だと、若いツバメを囲い込んだとしか思えないもの。これもミューズの、また動物的フェロモンの為せる技なのか。
 別離後のLarry は、その後もJoniと友好的な関係を継続している。ていうかこの人、別れてから誰かに足を引っ張られたり、ゴシップを暴露されたりって、ないんだよな。別れ方もスマートなんだな。きっと。
 で、Larry、もともと表舞台に出しゃばる人ではなかったけど、その後も裏方として、たびたびグラミーにノミネートされるアーティストをプロデュースしていたりして、着実にキャリアを築いている。別れた後、仕事もなく落ちぶれて消息不明になっちゃったら、面目ないけど、結果的に若い才能を発掘し、独り立ちできるまで育て上げたことは、Joni の功績のひとつと言える。



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1. Chinese Café / Unchained Melody
 フュージョンほど複雑ではなく、手数も少ないけど、歌に寄り添うプレイを聴かせるVinnie Colaiutaのドラムは、AORサウンドとの相性も良い。でもこの当時のVinnie、まだFrank Zappaのバンドにいたんだよな。よくこんな人、引っ張ってこれたもんだ。Steve Lukather (g)が参加したことでポップ性が増しているけど、正直、ここでのプレイは大人しい。これまでと勝手が違うセッションだから、まだ緊張しているんだろうか。
 ちなみにどの辺が「Unchained Melody」なのか、ちょっとわからなかった。映画「ゴースト」を観てない俺に、誰かわかりやすく教えて。

2. Wild Things Run Fast
 セッションの順番はちょっと不明だけど、ここでLukatherが本気を見せる。わかりやすいディストーションは、Joniが求めていたはずであろう「いまイケてる音」の理想像。メンバーにロック野郎が1人入っただけで、サウンドがここまで違っちゃうのは、やはり彼のポテンシャルの成せる業。そして、コーディネートしたLarryの功績でもある。



3. Ladies' Man
 ここでギターがチェンジ、常連Larry Carltonが登場。リズム・セクションは変化ないけど、こういったシャッフル系のビートになると、Lukatherの大味なダイナミズムより、繊細さが求められる。慣れ親しんだジャズ・テイストの楽曲だと、Joniのヴォーカルも心なしか軽やか。ロック的なヴォーカル技術は持ってなかった人だし、その辺は無理もない。
 ちなみに目立たないけど、コーラスにLionel Richieが参加。Diana Rossとの「Endress Love」が大ヒットして、キャリア的に最ものぼり調子だった頃の彼の声を聴くことができる。多分、セールス・ポイントだったんだろうな、彼の参加って。

4. Moon at the Window
 再び、空間を感じさせるフュージョン・サウンド。こちらも常連Wayne Shorter (s.sax)が参加しており、Joniとデュエットしてるかのようなメロディアスなプレイを披露している。ただ、4分弱とコンパクトにまとめ過ぎちゃったのが、もったないところ。それとLarry、大御所に囲まれても動ぜず、手数の多いベース・プレイ。ベーシックが4ビートでスローな分だけ、若気の至りでこれくらい走っても正解。

5. Solid Love
 ギターを担当するのは、Larryと並んでその後の常連となるMike Landau。Lukather同様、Boz Scaggsのバックバンドで脚光を浴び、互いをリスペクトし合い褒め合ったり、何かと気持ち悪いギター・コンビである。同じロックにカテゴライズされる2人であり、
 正直、どちらもバカテクなのだけど、何となくJoniの中では、コンテンポラリーなAORをLandau、力強いハードネスをLukatherと使い分けているようである。その結果、「やっぱ激しいのはムリね」と悟ったのか、その後のセッションではLandauにお呼びがかかることが多くなる。


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6. Be Cool 
 再びジャズ・スタイル。この頃のShorterは、Weather Report内がゴタゴタしてて、活動にブレが生じ始めていた頃。フュージョン・ブームの低落の上、トラブルメーカーだったJacoの脱退もあったりなど、テコ入れが必要となっていた。
 Jaco繋がりで共通の話題も多かった2人、このアルバムでは「ポップじゃない」フュージョン・スタイルのプレイに徹してる。フレーズ自体はポップだけれど、Joniの歌が安易なポップに流れるのを阻む。そんな2人のせめぎ合いを前に、周囲は黙ってバッキングに徹するしかない。

7. (You're So Square) Baby I Don't Care
 彼女の長い歴史の中でも、すっごくわかりやすい8ビートのロック・チューン。若手が多いメンバーもこの曲はプレイして楽しかったんだろうな。アウトロのリズム・プレイはやたらテンション高いし。でもね、やっぱこういったロック・スタイルなら、ギターはLukatherの方が合ってたかな。音圧が違うもの。

8. You Dream Flat Tires
 ちょっとブルース・タッチのロック・ナンバー。3.ではその他コーラス扱いだったライオネル・リッチーが、ここではがっつりデュエットで熱いヴォーカルを披露。とても「Endless Love」や「Say You, Say Me」と同じ人とは思えない。元Commodoorsだし、芸の幅が広いのは、むしろ当たり前。
 こうなると、やっぱJoniのヴォーカルの色気、いわゆるスケベ心が足りないのがちょっと惜しい。もうちょっとポップ・フィールドに合わせてくれれば、「Easy Lover」クラスのヒットになったかもしれない。



9. Man to Man
 最初のストロークを聴いて、Larry Carltonが弾いてるのかと思ったら、クレジットを見るとなんとLukather。こんなしっとり落ち着いた音も弾けるんだ。まぁ彼クラスなら普通にできるか、もともとセッション・ミュージシャンだし。ただの直球ハード・ドライビングだけじゃないのだ。
 このくらいのロックとジャズの中間、程よいAOR路線はやっぱりしっくり来る。言っちゃ悪いけど、やっぱりこの辺が彼女の適性でもあるのだ。でもJames Taylor、久しぶりにコーラスで参加しているけど、ちょっと浮いている。せっかくなら、きちんとデュエットさせてあげればよかったのに。

10. Underneath the Streetlight
 サウンドはフュージョンとハード・ロックのハイブリッド、ていうかTOTO。サウンド・デザインのモチーフとして、彼らの存在が念頭にあったことは明白だけど、やっぱ合わねぇよな、シャウトするJoniって。
 リズム・アプローチも目新しいものがあるけど、人には適正というものがあって、そうなるとこの曲なんかは習作の域を出ない。まぁやってみたかったんだろうな。

11. Love
 ラストはしっとり、ここでShorterとLukatherが初顔合わせ。基本、Shorter & Joniによるジャズ的アプローチの中、テンション・コードを効果的に使ったシンプルなプレイのLukather。ジャズ・セッションによくある「せめぎ合い」ではなく、それぞれが醸し出す音によって空間を満たす、有機的なインタープレイが綺麗に幕を閉じる。






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スザンヌさんの大胆なイメチェン作 - Suzanne Vega 『99.9F』

Front 1987年の「ルカ」の大ヒットによって、Suzanne Vega が世に知られるようになったのは、「偶然」と「必然」、それらのジャストなタイミングの巡り合わせだった。
 HeartやWhitney Houston、懐かしいところではStarship など、大味なアメリカン・ロックやソフトR&Bが上位を占める中、ヒットチャートの良心とも言うべき、良質のフォーキー・ポップが一定の支持を得たというのは、エレ・ポップに食傷気味になっていた大衆のニーズから来る「必然」、それと、80年代アメリカ音楽業界内におけるメイン・カルチャーとサブ・カルチャーとの微妙なパワー・バランスから生じた「偶然」の産物である。
 時々あるんだよな、アメリカのチャートって。不特定多数をターゲットに制作された全方位型ポピュラー・ソングに対する、カウンター・カルチャーとしてのカレッジ・ラジオの存在が、バカにできない。
 大衆的なヒットとは一線を画した、ちょっと斜め上の非商業的なアーティストが多勢を占めるラインナップが、大学生を中心とした20代の音楽ファンの支持を得ていた。ただ、年を追うに連れて、R.E.M.らを筆頭とした、カレッジ・チャート出身のアーティストがビルボード・チャートの方にも進出するようになり、世代交代の後押しを進めることになる。
 第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの勢いに押されて、新陳代謝が遅れていたアメリカ勢のカンフル剤として、ニューヨークやLAだけじゃない、地方出身のインディー・アーティストが取って替わるようになったのも、これまた歴史的な「必然」。
 そこのチャートが時々、大きくバズったりして、BanglesやTimbuk 3なんかがメジャー展開するきっかけになったりして。SmithereensやSonic Youthなんかも、スタートはここからだったんだよな。

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 デビュー間もない頃のSuzanneは、老舗A&Mによる良質なディレクションによって、純然なフォークというより、薄くかぶせられたシンセとアコースティック・サウンドとの程よいミックス、フォーキー風のポップ・バラードという印象だった。フェミニズムやエロチシズムからは遠く離れた、引っ込み思案な文学少女を思わせる出で立ちは、過剰にデコレーションされた女性アーティストと比較すると、一種の清涼剤的佇まいを漂わせていた。訥々と精々しく言葉を紡ぐ、女の子とも女性、どちらとも取れる26歳の歌声は、ひっそりとした登場の仕方だった。
 チャートで多勢を占めていた、MIDIダンス・ポップとは、感触が大きく違っている。歌をメインとするため、バックのサウンドは控えめにしてある。できるだけ意味をはっきり伝えるためか、「歌う」というよりは「呟く」といった印象のヴォーカル・スタイル。声量は大きいものではないけれど、きちんと対峙して聴けば、発せられる言葉はきちんと聴き取れる。キレイな発音なので、リスニングもしやすい。逆に言えば、ついでで聴き流す音楽ではない、ということだ。聴く方にも、それなりの姿勢が必要だ。

 多くの人が、第一印象として「地味」と思ったに違いない。まぁ弾き語りスタイル自体、派手さを競うジャンルでもないし。最初こそハードルはちょっと高めだけど、聴き込んでいくと、ニューヨークを生き抜く都市生活者の孤独、その何気ない生活シーンを素直に切り取った心象風景は細やかだ。陳腐な表現だけど、ちょっと触ればたちまちヒビが入るかもしれない、そんな繊細なガラス細工のような作品は、静かに、そして聴き手の心に呼応するように、わずかに熱を帯びる。
 決して強い自己主張があるわけではない。むしろもっと引いた視点、自ら張り巡らせた薄い膜を通して、クレバーかつ慈愛に満ちたアングルによって、作品の主人公は息吹を吹き込まれる。

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 なのでSuzanne 、基本的には、拳を握りしめて声高々にメッセージを発する人ではない。社会派を気取った発言をする人でもないし、児童虐待を含めた社会問題をあからさまに批判するわけでもない。ただ、そんな現状が身近にある。それを歌にしただけのことだ。
 ルカはSuzanne の分身ではない。ルカはあくまで歌の題材、たまたま新聞かテレビで児童虐待のニュースを見て、インスピレーションを感じ取って作品に仕上げただけの話である。彼女の歌の中では、ルカはむしろ異質なテーマであり、その多くは半径5メートル以内の身近な心象風景を切り取ったものだ。
 なので、第2第3のルカを求められても困ってしまう。市場、そしてファンのニーズはルカ的なモノにあるかもしれないけど、すでに彼女の視点は別のところへ行ってしまっているのだ。
 逆に、ここまでイメージが固定されてしまったのなら、別のアプローチを試しくたくなるのも、アーティストとしての矜持である。第一、そこまで弾き語り主体にこだわってるわけじゃないし。

 そんな事情もあって、Suzanne が『99.9F』を作るにあたり、漠然と描いていたのが、従来のフォーク・ポップ路線からの脱却だった。商業政策的には、このままソフトなBilly Bragg的路線という選択もあっただろうけど、その辺はアーティストに寛容なA&M、口出しはして来ない。
 ただSuzanne、「じゃあどんな感じで?」という具体策が独りでは思いつかなかったため、各方面へデモ・テープを送りまくる。いわゆるプロデューサー・コンペである。
 ほとんどのコンポーザーは、従来路線を基軸とした、前述Billy Bragg的アプローチだったのに対し、唯一、「俺が違う路線でやってみる、ていうか歌はいいけど、これまでのサウンドはあんまり良くないし」と手を挙げたのが、当時はまだ新進気鋭だったプロデューサーMitchell Froomだった。
 俺が彼の名前を知ったのは、Elvis Costello 『King of America』でのアーシーなハモンド・プレイに耳を引かれたからだった。それからしばらくは、キーボード・プレイヤーとしての活躍が多かったFroomだけど、エンジニアTchad Blakeとチームを組んだあたりから、方向性が一変、プロデューサー/サウンド・メイカーとして、個性と記名性の強いアルバムを次々と制作するようになる。
 彼らの初期プロデュース・ワークで最も有名なのが、Los Lobosの『Colossal Head』。誰もが「ラ・バンバ」で終わった一発屋と思っていた彼らに、当時のトレンドだった音響派要素を含んだヴァーチャル・ラテン・テイスト+インダストリアル・タッチのエフェクトをデコレーションし、そのミクスチュア感覚が、レトロ・フューチャー感を演出して、まったく新たなキャリアを築き上げたのだった。
 なんかここだけ、CDショップのPOPみたいだな。

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 『Colossal Head』でドーンと名が売れるちょっと前、どんなジャンルでもインダストリアル・エフェクトを突っ込めば、全然違うサウンドにビルドアップできる、というサウンド・コンセプトだけはあったFroomの元に、Suzanneのデモが届く。
 言葉とメロディは揃っている。ヴォーカル・スタイルだって、きちんと独自のモノを持っている。あとは飾りつけだ。足すべき音と、いらない音。
 フォーク/シンガー・ソングライターのテーゼに基づいて書かれたメロディは、破綻も少なく流麗ではあるけれど、それが仇となって、時に平坦に聴き流されてしまう。調和の取れた作品はアートではあるけれど、完全ではない。アンチテーゼとしての破壊と混乱が内包されていなければならないのだ。
 静謐なメロディとヴォーカルと対比して、通底音のように鳴り響くメタル・パーカッションの破裂音と、不似合いなノイズ・エフェクト。そのアンバランスさは、初期のガラス細工のような儚さとは種類が違う。その不安定さは、秩序の破壊を孕んだ激しい熱だ。そして、その熱はSuzanneのヴォーカルをも浸食し、体温を引き上げる。

 初期3作までは、そのクレバーさゆえ、平熱より低めのテンションでいることが多かったSuzanne だったけど、ここではタイトル通り、華氏99.9度、摂氏で言うと37.8度と、軽い「微熱」状態でいることが多い。楽曲の骨格は従来と大きく変わらないので、シンプルなアレンジの楽曲では平熱で歌っている。アルバム構成として、これは正解だ。
 全部がインダストリアル・フォークだと一本調子になって、聴く方だって疲れてしまうし飽きてしまう。今みたいに、シャッフルして好きな曲だけピックアップ、っていうんだったら何でもいいけど、まだみんな、アルバムは最初から最後まで聴き通す時代の作品である。ペース配分を考慮して選曲というのは、とても重要なファクターなのだ。

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 イメージ・チェンジというのが事前にインフォメーションされていて、市場の期待値もそれなりに大きかったのだけど、セールス的には、USで辛うじてゴールド獲得、前作までと比べ、そこそこの売り上げに終わった。「ルカ」的なイメージを求めていたにわかファンを中心に、Froomが槍玉に上がったことは、まぁとばっちり。
 ただ、彼女がここで得たスキル、そして新たな方向性への道筋がついたことは、大きな収穫だった。単なるフォーキー・ポップ以外の言語を獲得したことで、その後のSuzanneの創作意欲は旺盛になってゆく。
 その後、数作に渡って2人の共同作業は続き、それに伴ってプライベートでの距離も縮まってゆく。『99.9F』リリースからちょっとして、2人は私生活上においてもパートナーとなり、1子を授かってしまう。ほんとよく聴く話だよな、プロデューサーとアーティストの色恋沙汰。今ちょうど、テレビで小室哲哉の不倫疑惑のニュースを見ていたので、特にそう思う。
 ただ、2人のパートナーシップはそんなに長くは続かず、Suzanneの音楽性の変化、アコースティック路線への回帰を機として、わずか3年で解消に至る。ゲスい見方だけど、創作スタイルの切れ目が、縁の切れ目だったのかね。



99.9 F
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Suzanne Vega
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1. Rock in This Pocket (Song of David) 
 いきなり銅鑼を打つようなメタル・パーカッションが響いてくるので、最初はちょっと驚きだけど、歌に入るといつものSuzanneのスタイル。ギターを中心とした構成に変化はない。トーキング・スタイル思いきや、ちゃんとサビは印象的にメロディアスになってるし。テルミンみたいなエフェクトを始めたのは、多分Froomからかな。



2. Blood Makes Noise
 ベース・ラインがめちゃカッコいいと思ったら、AttractionsのBruce Thomasだった。こういった手数が多くリード楽器みたいな音は、やっぱりCostelloと場数を踏んでただけのことはある。あの人、ギター・ソロはめったに弾かないから、Steve Nieveが手が空いてない時は、メロディ担当しなくちゃなんないし。そういえばドラムはJerry Marotta。プロデューサー人脈からいって、ワーナー時代のCostelloのラインナップだ。
 ビルボードのモダン・ロック・チャートでは、なんと1位を獲得。



3. In Liverpool
 リバプールというタイトルなので、Beatlesについて歌ってるのかと思って歌詞を見ると、どうもあんまり関係ないらしい。どっちにしろ、俺の語学力じゃ深い考察は無理だ。誰か教えて。
 ここでいったんクールダウンして、オルタナ系は引っ込めて平熱の状態。しっとり落ち着いたフォーク・バラードは心に沁みる。シングル・カットされ、UK52位。従来イメージの楽曲は、固定客の心をつかんでいると言える。

4. 99.9F°
 ここでドラム・ループが出てくる。終始クールなスタンスで、後期のEverything But the Girlを思わせるシーケンス中心のサウンドは、微熱状態をイメージさせない。それとも、相手(男)に熱を持つよう促しているのか。
 ビルボードのモダン・ロック・チャートでは13位、UKでも46位をマーク。インダストリアル・ハウスといった曲調に合わせたコンセプチュアルなPVも、ちょっと話題になった。

5. Blood Sings
 なので、サウンドの新機軸ばかりが注目されがちだけど、こういった平熱で歌われる楽曲の良さが引き立ってくることも、Froomの計算のうちだったと思われる。やや官能的と思われる歌詞に対して、シンプルなアコギの響きが、案外いいバランス。女性を出した言葉をあまり多用しなかったSuzanneにとって、これもまた新たな試み。

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6. Fat Man and Dancing Girl 
 またまたCostelloさん人脈から引っ張ってきたJerry Scheff (b)が参加。基本、シンプルなベース・ラインの人なので、シンプルなドラム・ループとの相性は良い。寓話性さえ感じさせるトピカル風な弾き語りは、初期のスタイルを彷彿とさせる。

7. (If You Were) In My Movie
 ある男を映画の登場人物に見立て、様々なストーリーの上で動かす、といった妄想的な短編小説を思わせる。言葉が主体の楽曲にこそ、こういったリズム・ボックス的にシンプルなビートの方が、変にサウンドに注目しなくてもい。肝心なのはストーリー、そしてそれを淡々と紡ぐヴォーカルの説得力なのだ。

8. As a Child
 バグパイプとループを効果的にミックス、ベースがリードするバッキングに合わせ、軽快に歌うSuzanne。グーグルの直訳しか見てないので、確かなことは言えないけど、結構皮肉めいた警鐘めいた言葉遣いが多く感じられる。こういったのも、トピカル・フォークの伝統なんだろうな。

9. Bad Wisdom
 再び平熱タイプのアコースティック・スタイル。ニューヨークの街角に立ち、バスキング・スタイルでギターをつま弾くSuzanneの凛とした姿が想像できる。かっちりした短編小説を思わせる歌詞は、母との確執を描いている。「悪知恵」なんてタイトルをつけるくらいだから、こちらも一筋縄では行かない、毒を利かせたテイストになっている。それを淡々と歌うSuzanneの潔さといったら。

Vega-1991

10. When Heroes Go Down
 このアルバムの中で最もロック寄り、エフェクトを利かせたギターを前面に出したナンバー。英雄の失墜を皮肉と警句を交えた軽い内容なので、2分弱とコンパクトにまとめている。

11. As Girls Go
 シーケンス再び。根っこは変わらないのだけど、やはりリズムが立つとここまで印象って違っちゃうんだな。見境なく女と付き合う男への痛烈な皮肉は、中島みゆきの世界とリンクする。なぜかここだけ参加しているRichard Thompsonが、珍しく情感こもったエモーショナルなギター・ソロをちょっとだけ披露。

12. Song of Sand
 珍しくストレートに戦争を取り上げた、彼女なりのプロテスト・ソング。弱者へのいたわりや権力への怒りをあらわにしており、どこまでも熱い。その対比として、整然とした弦楽四重奏が、その熱を鎮める。

13. Private Goes Public
 当初は日本・EU向けのボーナス・トラック扱いだったけど、今ではこれも正規曲としてクレジットされている。シンプルな弾き語りスタイルによる、2分弱の小品。多分、何かを暗示しているのだろう、抽象的な言葉の羅列は語感を優先しているように思える。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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