好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

アメリカ人がプログレをやってみた。 - Todd Rundgren 『Initiation』

folder 1975年リリース、6枚目のソロアルバム。当時のUSチャートでは、なんと最高86位。意外と売れている。もっと売れてないと思っていた。次のアルバムが出せる程度には、そこそこ売れていたのだ。

 ソロとバンド活動を並行して行なっていた70年代、大量のアイテムをリリースしてきたToddだけど、この年の純粋な新作は『Initiation』のみ。前年プロデュースしたGrand Funkが大ヒットして、オファーだってそこそこあったかと思われるけど、そういった形跡もない。表立ったスタジオ・ワークは、あんまりやってなかったようだ。
 この時期のToddの活動は、スタジオ・ワークより、むしろライブの方に重点が置いている。レコード・デビューはしたけど、まだソロ・プロジェクトの色彩が濃かったUtopia が、メンバーの固定化によってコンセプトが決まり、徐々にバンドらしくなっていた頃と一致する。
 その後、サウンド・メイキングの柱となるRoger Powellが加入したことで、Toddのワンマン・バンド色は薄くなってゆく。それは彼自身が望んだことでもあった。
 なので、意思疎通やアンサンブル固めもあって、この年はライブ三昧。70年代のToddといえば、ずっとスタジオに引きこもってレコーディングばっかりやっていた印象が強いけど、その合間を縫って数多くのライブをこなしている。

 オフィシャルでのリリースはなかったけど、デモ制作や後年発掘された『Disco Jets』など、当時は未発表に終わったプロジェクトも数多い。べアズヴィルのエンジニアとして、ちょっとしたスタジオ・ワークや、付き合いのあるアーティストからの依頼もちょくちょくあっただろうし。ソロでもバンドでもツアーをやっていたから、まとまった時間が必要なプロデュースまではできないけど、軽いフットワークで短期の仕事を請け負ったりしている。なんか派遣社員みたいだな。
 ちょっと偏屈なところもあるけど、長年の経験に基づいた仕事の早さと要領の良さは、ベテランならではの得難いスキルである。まぁちょっと雑でアバウトなところはあるけど、納期と予算はきっちり守る。時に散漫になりがちなスタジオ・ワークにおいて、彼のような取りまとめ役は、引く手あまただった。

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 案外エゴを押しつけず、クライアントの意向に沿うToddの仕事ぶりは、おおむね好評だった。ジャンルや音楽性にこだわらず、長年の経験に基づく引き出しの多さから、全方位どのアーティストにも対応できる順応性。それでいて予算管理もしっかり行なうし、アーティストの意向を可能な限り受け止めつつ、実際のポテンシャルよりちょっと背伸びした程度のレベルに導いてしまう印象操作。こう書いちゃうと、なんかすごい人徳者みたいだな。
 実際のところ、彼が手がけたプロデュース・ワークは多岐に及ぶ。Mitch RyderとXTCなんて、そりゃ両極端だもの。それでいて、もちろん全部が全部じゃないけど時々デカいヒットを飛ばしちゃうんだから、評判はさらに高くなる。成果を出すほど、あらゆる方面からさらにオファーが舞い込む。アーティストとしてはイマイチだけど、プロデュース業はずっと緩やかな右肩上がりだった。
 でも時々、「ちょっと場違いじゃね?」って案件も、軽く引き受けちゃったりするのが、この人のお茶目なところ。Beatlesへの長年のリスペクトが実った、Ringo Starr のオールスター・バンド参加はわかるとして、フロントマンRic Ocasekの代わりにNew Cars加入っていうのは、ちょっと節操なさ過ぎ。まぁTodd以外、引き受け手がなかったんだろうな。
 去年だって、なぜかYesと一緒に全米ツアーを回ってたりするし、一体どこに接点があったのか、一般人にはなんとも不明。多分、我々には知る由もない、業界内での繋がりがあるのだろう。

 ソロでは多重録音で作り込んだミニマムなポップ・ソングを、Utopiaではメロディックな特性を生かしつつ、壮大なテーマを掲げたアメリカン・ハード・プログレを。その時の気分によって、表裏一体の活動を並行してゆくのが、当時のトッドの初期構想だった。
 アルバムごとにコンセプトがコロコロ変わるのがこの人の特徴なので、「別に分けなくてもよかったんじゃね?」と後年のファンは思ってしまう。「複数のプロジェクトを難なくこなしてる俺」に憧れたんだろうな。
 アカデミックな楽理を学んだわけではない人なので、いちいち譜面に書き起こすことはなく、大抵はギターやピアノを前にフフンと鼻歌、そこから展開してゆく、といったスタイルの作曲法である。そんなだからして、楽曲の傾向としてはメロディ主体、コードのルーティンをはずした進行になる。
 感性を優先するため、調和やバランスは後回しとなる。なので、後づけとなるコード展開は、どうにも奇妙で不安定なモノになる。だからといって、それが耐え難い不協和音になるわけではなく、むしろそれが突出した個性として、乱調の美を形作ってしまう不思議。

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 なので、いわゆる職業作家のような器用な人ではない。ドンピシャにハマった時の名曲は数あれど、それと同じくらいハズしまくった曲も、また多い。プロデュース依頼は多いけど、思いのほか楽曲提供というのが少ないのも、その辺に由来する。
 自由に、何の制約もなければ、不安定ながら引っ掛かりを残し、琴線に触れるメロディを作れる人である。ただ、これが何かしら縛りを入れたりすると、途端につまらなくなるのも、この人の特徴である。
 たとえば、シンプルな3コードのロックンロール。Toddのルーツのひとつであり、どのアルバムにも必ず1曲くらいは入っているのだけど、これのハズし率は結構高い。先人によって開拓し尽くされた黄金コード進行は、メロディ先行のToddの奔放さとは相反するものだ。本人は演奏してて楽しそうだけど、これがまた、どうにも凡庸な仕上がりになることが多い。

 70年代の英国ミュージック・シーンで勃興したプログレッシブ・ロックは、一時活況を呈したけど、本国でのピークはほんの数年だった。英国では旧世代の遺物として、パンクに一蹴されたプログレだったけど、「何となく知的に見えるロック」というコンセプトは、多くのインテリもどきの共感を呼んだ。その後、世界各国へ拡散されたプログレは、それぞれ独自の変化を遂げる。
 ヨーロッパ諸国では、クラシックを由来としたシンフォニックなサウンドが大きくフィーチャーされ、後に換骨奪胎されて心地よいBGMへと退化、スピリチュアル風味を加えたニューエイジへ昇華してゆく。プログレとも親和性の高いミニマル・ミュージックの下地があったドイツでは、KraftwerkやTangerine Dreamなど、プログレよりもプログレらしいアブストラクトな音楽が続々誕生する。
 日本では当初、バカテクと理屈先行のCrimson人気が高く、ジャズとの融合によってクロスオーバー的な展開を見せた時代もあったけど、次第に毒気が抜けてニューエイジと大差なくなり、理屈の行き先を失った挙句、アニソンへ取り込まれていった。

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 で、海を渡ったアメリカでは。
 ヨーロッパほどクラシックも根付いてないし、小難しい理屈はウケが悪い。Grateful Deadに端を発する、やたら長くて眠くなる曲のニーズはあるけど、それだってドラッグありきの話だし。どっちにしろ、純粋プログレとアメリカ人とは、相性が良くないのだ。
 なので、「人生の意義」や「葛藤」など、そういったしちめんどくさい主張はひとまず置いといて、テクニカル面や組曲志向は残しとこう。そこにわかりやすいハードロックのダイナミズムを持ち込んじゃえば―。
 あっという間にアメリカン・ハード・プログレのできあがり。
 コンセプト?なんかほら、あるじゃん。「太古の謎」とか「宇宙の神秘」とか。適当にデカいスケールのテーマ、でっち上げときゃいいんじゃね?さらにアルバム・ジャケットを幻想的なイラストで飾れば、もう完璧。
 初期のKansas やRush なんかはまだ真面目にやってたけど、次第に大作主義は少数派となり、4分台の曲が多くなる。ラジオでのオンエアを考えると、自然、曲はコンパクトんせざるを得ない。
 それが、俗に言う産業ロック。Journey やStyxなんかが、代表的アーティスト。ここまで来ると、原型がなんだかわからない。

 Toddもまた純正アメリカ人ゆえ、選んだコンセプトは「太陽神」やら「宇宙の神秘」やら、壮大でドラマティック、スケール感の大きい題材を取り上げている。他国プログレとの違いが、ここで大きく浮き彫りとなっている。
 対象を自身以外の「外部」に求めるアメリカに対し、特にヨーロッパ諸国のプログレはインドア志向、深淵たる「内面」へ向かって、深く掘り下げてゆく。ミニマル主体のドイツなんかだと、フレーズの無限反復やドローン音から誘発される不安によって、ゲシュタルト崩壊しちゃってるし。
 「わざわざ掘り下げるほど、内面なんて詰まってない」と開き直っちゃってるのか、それとも「内面なんて知りようがない」と合理的に判断しちゃってるのか。
 「宇宙炎に関する論文」?
 すごくファジーなテーマだよな。



Initiation
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1. Real Man
 この時期の代表作として、大抵のベストには収録されているスペーシー・ポップ。ソロ名義ではあるけれど、キーボード3名体制だった初期Utopia布陣でレコーディングされている。バンド初期は正統プログレ・スタイルを志向してため、こういったコンパクトでポップな曲は、ソロに振り向けられることになった。ドラムがちょっと大味だけど、響きが80年代っぽくて、それはそれで俺は好き。ヴォーカルへのコンプのかけ方とかを聴いてると、John Lennonっぽく聴こえる瞬間もある。
 シングルとしては、US最高88位。



2. Born to Synthesize
 ちょっとエスニックっぽい演出のアカペラ・チューン。俺的に、「アフリカ奥地に住む現地民族にシンセサイザーをあげたら、こんな感じに仕上がっちゃった」イメージ。
 ヴォーカルにいろいろエフェクトかけまくってサウンドの一部とする発想は、後の『A Cappella』で生きてくる。
 オーソドックスなアカペラ・スタイルではなく、ちょっとエキセントリックなヴォーカライズが下地となっているので、その辺はやはりひと捻りしないと気が済まない性分があらわれている。

3. The Death of Rock and Roll
 Toddのロックンロール・チューンの中では珍しく良質の、それでいて突き抜けたアホらしさ。だから良い。ロックなんて結局、知的要素とは相反するものだ。
 ギタリストのRick Derringerがなぜかベースで参加しており、それがToddのロック魂に火をつけたのか、いい感じのスタジアム・ロックに仕上がってる。
 繊細さのかけらもない、大味なロックンロール。本職のDerringerを押しのけて、ガンガンギターを弾きまくってて楽しそう。

4. Eastern Intrigue
 アメリカ人考えるところのオリエンタル・テイストが充満する、なんともインチキ臭漂うポップ組曲。「Easten」と銘打っておきながら、アジアと言っても中近東や、ずっと飛んでスコットランド民謡っぽさもあり、いろいろとごちゃまぜ。なので、「Todd流無国籍サウンド」と言った方が近いかも。マントラみたいなコーラスも入ってるし、お得感満載の幕の内弁当。
 でも、そんな未整理感こそが、Toddの魅力のひとつであることもまた事実。この人にきっちり整理されたモノを求めるのはお門違い。

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5. Initiation
 ドラムにRick MarottaとBernard Purdieが参加。いわゆるプロの職人肌の人たちで、こういうメンツになると、途端にサウンドがプロっぽくなる。大抵、Toddがリズム刻むと揺れまくって安定しないんだけど、ファンとってはそれもまた「独特の味」となっており、逆にこのように「ちゃんとしている」と違和感を感じてしまう。
 プログレの人たちがシングル・ヒット狙いを余儀なくされ、3分間ポップスに挑んだのがAsiaだけど、あそこまでメロウに寄ってるわけではなく、ここで展開されるサウンドはもっとストイック。ちゃんとそれぞれのパートの見せ場も作り、それでいてメロディはしっかりポップ。いつもはもっとシックなプレイのDavid Sanbornも、血が騒いだのか、ここでは白熱のブロウを披露している。

6. Fair Warning
 Toddお得意のフィリー・ソウルのスケール感を広げ、さらに力強く仕上げたのが、これ。なぜかEdgar Winterがサックスで参加。あんまり聴いたことないけど、Edgar Winterといえば、ギタリストというイメージが強かったのだけど、いやいやここでは本職顔負けのメロウなプレイ。むしろ、こっちの方がSanbornっぽい。
 ラストが「Real Men」のサビへとループしてフェードアウト、構成も言うことなし。
 このA面のコンセプトでB面も統一しちゃってよかったはずなのだけど、むしろこっちは片手間仕事。やりたかったのはB面だったのだ。まぁひねくれてること。

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7. A Treatise on Cosmic Fire
 35分に及ぶ一大絵巻、ほぼToddの多重録音による大作。レコードB面を埋め尽くす全編インストを、きちんと対峙して聴き通すのは、相当の難行。俺もちゃんと聴いたの一回きりだし。
 シンセを主体とした、「シンフォニックかつドラマティックな組曲をやりたい」と思いつきが先立っており、多分コンセプトは後付け。前述したように、何となく壮大なテーマをぶち上げたかったんじゃないかと思われる。そこまで深く思い詰める人じゃないし。
 Utopiaでやってみようと思ってデモ・ヴァージョンを作り、ちょっと足りないところをRoger Powellに手伝ってもらったら、「あれ、これでもう完成じゃね?オレ天才」てな感じだったんじゃないかと思われる。
 大方のアメリカ人同様、プログレという「思想」ではなく「スタイル」から入ったToddであるからして、ここでは彼が思うところの「プログレっぽさ」が、これでもかというぐらいにまで詰め込まれている。「シンセがピャーッと鳴って、時にはハード、時には切なくギターを弾いて、なんとなく高尚なヤツ」。こうして言葉にしちゃうと、なんか身もふたもないな、大味すぎて。
 中盤のドラムン・ベースっぽいサウンドは、久しぶりに再聴してみての新たな発見。終盤のドローン音やSFっぽいエフェクトは、それこそフォーマットとしてのプログレ的展開。
 プログレに限らず、奇想なアイディアがいっぱい詰まっているトラックのため、律儀に通して聴かなくても、好きなパートだけ抜き出して聴くのも、ひとつの方法。何しろ長いしね。
 CDで聴いてるからそれほど気にならないけど、多分これ、レコードで聴いてたら、終盤なんて音質悪かったんだろうな。内周ギリギリまでこんなに詰め込むと、音はもう潰れまくり。






 ちなみに、これでレビュー299回目。
 300回目突入記念で、次回から2回に分けて特別企画を実施します。
 乞うご期待。



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1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

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 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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「ラヴィン・ユー」だけの人じゃないんだよ。 - Minnie Riperton 『Perfect Angel』

folder 70年代初頭のStevie Wonder が未発表も含め、何百何千に及ぶ膨大なマテリアルを残したことは、このブログでも散々書いてきた。とは言っても、断片的なフレーズや複数回のリテイクなんかも含めての数字なので、まともな一曲になっているのは、多分そんなに多くはないと思われる。もしテープをまとめたとしても、Beatles の『Get Back』セッションみたいな感じになるんじゃなかと思う。

 そんなレコーディング・マニア的な日々を送っていたStevie だけど、じゃあ彼が終日スタジオに篭りっきりだったのかといえば、案外そうでもない。ワールドツアーも行なっているし、テレビ出演だって頻繁に行なっている。調べてみると、いろんなフェスにも顔を出していて、本格ブレイク前のBob Marleyと共演している音源も残っている。
 Stones全米ツアーのオープニング・アクトも務めたりしているので、1回くらいセッションしててもおかしくないよな、という妄想さえ広がってしまう。いちいち全部記録してないけど、有名無名問わず、様々なミュージシャンとセッションしたりしているんだろうし。ほぼ根城としていたスタジオ「レコード・プラント」だったら、人の出入りも多かったはずだし。
 成人になってから、自前の著作権管理会社やらマネジメント会社設立によって、モータウンからイニシアチブを取り返したStevie。止める者がいないおかげもあって、興味のある案件には、積極的に首を突っ込んでいた。好奇心が先立つおかげで、何かと安請け合いしちゃったり、頼まれたら断れなかったりして。

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 楽曲提供やゲスト・ヴォーカル的な仕事とは別に、自分の作品と同じくらいの熱量をもって挑む、他アーティストのプロデュースなんて仕事も、この時期には手がけている。一体、いつ休んでたんだStevie。
 代表的なところが、当時の奥さん&速攻1年弱で離婚したSyreeta のアルバム2枚。全面プロデュースとアレンジに加え、ほとんどの楽曲を共作する、といった力の入れよう。これじゃほとんど、自分のアルバムと変わんねぇじゃん。
 彼女のソロデビュー時点で、すでに夫婦としては破綻していたはずなのに、惚れた弱みなんだろうな、作品のクオリティはやたら高いときてる。そんな心情を知ってか、Syreetaも彼に頼んだんだろうし。しかもその後もStevie、コーラスやゲストヴォーカルで彼女を起用したりしているし、何だかよくわからん関係。
 Stevieとのパートナシップ解消後、SyreetaはLeon WareやG.C. Cameronと、次々パートナーを取っかえ引かえしてゆく。しまいには、あんまり接点のなかったBilly Prestonにまで声をかけるのだから、もう節操なんてない。
 なので俺、先入観だけで「才能ある男に擦り寄る「自称」アーティスト」と思っていたのだけど、それら一連のコラボ作をひと通り聴いてみると、また印象が違ってくる。

 Syreeta 自身の才能がStevieに及ばないのは、まぁ当然という前提で考えると、いわゆる触媒的な役割、彼女だけじゃなくStevieにおいても、絶妙な相互作用が働いたのが、このコンビだったんじゃないかと思われる。同じモータウンであるLeonはまだギリギリ許せるとして、これまで関連性のないPreston とのコラボが消化不良だったのは、才能云々というより、むしろ相性の問題である。それまでの流れとはPreston、まったく違う音楽性だもの。なので、魅力的な化学反応は起こらなかった。
 Stevieもまた、Syreeta以降、ここまでまとまった数の共作を他人とは行なっていない。やってるのかもしれないけど、それが世に出ていないのは、Syreeta ほどの成果が上がらなかった、ということだし。
 何しろ2人で共作した最初の曲が、Spinners に提供した、あの「It’s a Shame」。レアグルーヴ・クラシックとして、今も燦然と輝く名曲である。これがスタートなんだから、そりゃ誰とやっても物足りないよな。Paul McCartneyとでも、「Say Say Say」がせいぜいだし。

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 で、本題のMinnie。その美声を耳にしたStevieが、たちまち虜になったシンガーである。
 14歳で加入した、スタジオセッション用のコーラスグループGEMSをスタートに、その後、早すぎたミクスチャー・バンドRotary Connectionと並行して活動する。ソロ・シングルをリリースしたこともあったけど、当時は特別、注目されることはなかった。
 モータウンに代表されるポップソウルや、はたまた対局の泥くさいサザンソウルが主流だった60年代では、彼女の5オクターブの天使の歌声を生かせる環境が整っていなかったのだ。そんな環境の問題としてもうひとつ、Dionne Warwickに対するBurt Bacharachのような、優秀なブレーンに恵まれなかったことも、当時の彼女の不幸だった。

 ポップソングのフォーマットで彼女の持ち味を活かすには、従来のアクティブなR&Bの文脈ではなく、洗練されたジャジー・スタイルのサウンドの方が相性が良いはずだった。ただ、ジャズ方面のコネクションがなかったのか、この時代はポップ・フィールドでの活動が主になっている。
 キャリアの転機となったのが、ジャズ・ヴォーカル系に強いレーベルGRTとの契約だった。その後の彼女の基本路線は、ここからスタートする。
 Minnie Ripertonとしてのデビューアルバム『Come to My Garden』は、1970年にリリースされた。バックアップしたのが、まだディスコへ移行する前、プログレッシブなジャズ・ファンクをやっていた頃のEarth, Wind & FireのMaurice Whiteで、彼女のヴォーカル特性を最大限に活かした秀作だった。豪華なストリングスと分厚いコーラスをベースとした荘厳なサウンドは、かなりフォーマルなプロダクションでまとめられている。ジャズヴォーカル・アルバムとしてなら、充分アベレージはクリアしている。

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 作品としてのクオリティは申し分ないものだったけど、セールス的には苦戦を強いられた。ハイソサエティを指向するがあまり、ある意味、選民的なお上品さが漂うレーベルカラーのGRTは、プロモーションには消極的だった。あの周辺の奴らって、「売れること=悪」みたいなスタンスだもんな。まぁ言いがかりかもしれないけど。
 そんなイデオロギーにかぶれていた頃のMaurice だからして、売れ線要素なんて入れる気もなかったろうし、全体的に地味な仕上がりである。色気も何もありゃしねぇ。
 Minnieとしては、そんな結果も想い出作りの一部として、冷静に受け止めたのだろう。ソロでのメジャーデビューという目標を達成したことにより、彼女は表舞台からの引退を決意する。終生の伴侶となるプロデューサーRichard Rudolphとの結婚を経て出産、二児の母親として家庭に入ることになる。
 商業的には失敗した『Come to My Garden』だったけど、稀代のシンガーMinnie を世に知らしめた功績は否定できない。少なくとも、業界内では彼女の存在が話題となり、ぜひ一緒に仕事をしたい、と思う人物も少なからず現われた。
 その1人がStevieである。

 彼のバックバンドWonderlove のコーラスを経て、エピックとメジャー契約したMinnie、実質再デビュー作となる『Perfect Angel』の制作に着手する。ここでStevie、自分のレコーディングも放り出して、Syreeta 以上の入れ込みようで、彼女のバックアップを行なうことになる。
 旦那Richard との共同プロデュース、楽曲提供、アレンジから楽器演奏まで、ありとあらゆる場面で惜しまぬ助力を注いでいる。去年発売されたデラックス・エディションに収録されたアウトテイク集では、「Take a Little Trip」のデュエット・ヴァージョンや、Wonderlove演奏による「Lovin’ You」など、当時のStevieのはっちゃけ振りといったら、そりゃあもう。

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 Minnieのレパートリーの中で最もよく知られているのが「Lovin’ You」であり、いまだ『Perfect Angel』が支持されている理由もそこにあるのだけれど。しかし。
 ここまで書いてきて言いたいのは、決して「Lovin’ You」だけのアルバムじゃないんだよ、ということ。単なるラブバラード歌手には収まらない、熱いファンキーな一面も収録されていることは、声を大にして言っておきたいし、また評価されてもいい。
 俺的には、「Reasons」のような方向性もアリだったんじゃないかと思うのだけど、とは言ってもやっぱ強いな「Lovin’ You」。その大ヒットの煽りを受けて、これ以降は、アーバンでフォーマルなブラコン路線に落ち着いてゆくのは、まぁ自然の摂理。市場がそれを求めちゃうんだもの、仕方ない流れだな。
 もうアルバム1枚くらい、Stevie とがっつりタッグを組んでいれば、また流れも変わってたのかもしれないな。まぁRichard に遠慮してた部分もあったんだろうけど。



Perfect Angel
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1. Reasons
 グルーヴィーなレアグルーブ・クラシックスとしても名高い、ファンキーといえばコレ!と思わず断言してしまうトラック。当時、Stevieの右腕として数々の名演を残してきたMichael Sembello (G)の、ネチッこいオブリガードの嵐・嵐・嵐。ここではStevie、ドラムで参加しており、敢えてドタバタたたみかけるようなプレイが、アンサンブルのテンションを上げている。
 オリジナルではフェードアウトで終わってるのだけど、デラックス・エディション(D.E.)収録の別テイクは、セッションの最後まで収録されており、あぁベースソロで終わったんだとうのがわかって感慨深い。



2. It's So Nice (To See Old Friends) 
 カントリー調のスロウなバラード。Diana Rossあたりが歌いたそうな、そんなポピュラー色が強い。効果的な舞台装置としてペダル・スティールも要所でフィーチャーされており、まさしくコンテンポラリー。オリジナルは4分だけど、D.E.収録別テイクは、なんと倍の8分超。長いけど、時間を気にせずまったり聴くことができる。でも長いよな、レコードだったら収まりきらないし。

3. Take a Little Trip
 Stevie提供による、『Innervisions』~『First Finale』カラーが強く反映された、こちらも人気の高いグルーヴィー・チューン。同じく参加のSembelloのプレイもジャズ色が強く、それでいて全体は奇妙な感触のStevie Wonder’s Music。自ら弾くエレピの音色が、摩訶不思議な浮遊感を生んでいる。
 D.E.には、そのStevieとのデュエット・ヴァージョンを収録。ミステリアスなヴォーカルのStevieは、まんま『Innervisons』。これはオリジナルに匹敵する出来栄え。



4. Seeing You This Way
 ミドル・テンポのバラードと思いきや、主体となるリズムはラテン。手数の多いエレピと、やたらハイハットを使うドラム・プレイは多分Stevie。ほんとどこにでも出てくるな。ずっと一緒にいたかったのか、やたらと出番が多い。D.E.収録のアコースティック・ヴァージョンは、どちらかといえばカントリー・タッチ。俺的には、こっちの方が好き。

5. The Edge of a Dream
 かつてのガールズ・コーラス時代を彷彿とさせる、静かなサウンド・デザインながら、Minnieの情感あふれるヴォーカルが堪能できる。シンガーとしてのMinnieがうまく表現されているのは、この曲が一番だと思う。まぁ「Lovin’ You」を抜いてだけど。ピアノで参加のStevieも、ここではちょっと大人しい。意外と引き際は心得ているのだ。

6. Perfect Angel
 再びStevie提供による、こちらも『Innervisions』またはSyreeta色の濃い、メランコリックさ漂うナンバー。またエレピの絡み具合が絶妙。まだWonderloveの一員だったDeniece Williamsがコーラスで参加しており、ささやかな存在感を現わしている。これもずっとエンドレスで聴いていられる心地よさ。



7. Every Time He Comes Around
 やたらブルース色濃いエフェクトとネチッこいギター・プレイは、WonderloveのMarlo Henderson。Minnieの声質はあまりブルースっぽさを感じさせないのだけど、なぜだか彼との相性が良かったのか、その後もレコーディングに参加したり共作したり、密接な関係を続けた。
 あまりに純粋な正弦波ゆえ、時に一本調子になってしまうMinnieのヴォーカルを補うように、過剰なほどエモーショナルなギタープレイが補完してる。

8. Lovin' You
 US1位・UK2位を始めとして、世界各国で上位にチャートイン、そして永遠のスタンダードとなった代表曲。カーステのバラード・コレクションでは外すことのできない必須アイテムであり、ムード発生装置としても作用した。あまりにベタな曲なので、お腹いっぱいになっちゃってる人も多いと思う。コンピレーションや単体で聴くと、記名性や目的性が強く浮き出てしまうのだ。なので、ある意味まともな評価がされづらい曲でもある。
 それが『Perfect Angel』の中の1曲、アルバムを頭から通して聴いてみると、特別突出もせず、すっぽり見事にコンセプトに馴染んでいることに気づかされる。たおやかというのはこういうことなのだな、と改めて思ってしまう天使の歌声、そしてMinnieを引き立たせるシンプルなバッキング。朝まだきの小鳥のさえずり。すべてが完璧に構築されている。
 ちなみにD.E.、Wonderloveによるバンド演奏ヴァージョンが収録されているのだけど、これはちょっと…、といった仕上がりになっている。テンポもちょっと速めで、手数の多いベース・ラインやインプロは、ちょっとウザい。
 余計な音はいらない。変にドラマティックにすると、逆に安くなってしまう好例。

9. Our Lives
 ラストも「Lovin’ You」に劣らぬ傑作バラード。同じ曲調が続くのも構成的によろしくないと思ったのか、Stevieによるバンド・アレンジが控えめに施されている。コンガの柔らかなリズムを基調に、アクセントをつけるスネア、そしてStevieによるハーモニカのカウンター・メロディ。幅広い美声を披露するシーンもあるけれど、あまり情緒に流されず、あっさり瀟洒に締めるところが、Minnieの上品さをあらわしている。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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