好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

ポップ路線のスライダーズ最終コーナー - ストリート・スライダーズ『Screw Driver』

news_xlarge_streetsliders_screwdriver_jk 1989年リリース、リミックス・ベスト・アルバム『Replays』を挟んだ7枚目のオリジナル・アルバム。前作の『Bad Influence』、これがオリコン初登場3位と、愛想もサービス精神もない彼らとしては、なかなかの好記録をマークしている。特別、メディアに積極的に出演するわけでもなく、トップ10に入るようなシングル・ヒットがないにもかかわらず、快挙とも言えるチャート・アクションを見せた。
 『天使たち』リリース頃から地道に続けていた、ソニー家内制手工業的な「パチパチ」「ビデオ・ジャム」を活用したビジュアル展開が実を結び、スライダーズのアルバムが大きくヒットする機運は盛り上がっていた。アルバム・リリースと合わせて全国ツアーを敢行、レコード売上に大きく寄与するはずだったのだけどしかし。
 ツアー直前になって、ドラムのズズがバイク事故によって大怪我を負い、予定はすべてキャンセルとなる。ソニーとしては、チケット売り上げも好調だったため、ドラムの代役を入れることも提案したのだけど、バンドの総意として、メンバー以外の音を入れることを拒否、そのまま活動休止状態になってしまう。

 ソニーからやんわりと、「助言」という名の上から目線な提案やら、外堀を埋めるようなソフトな圧力もあったのだろうけど、その辺はどこ吹く風、彼らがまともに聞くはずもない。だってハリーだもん。
 取り敢えず「蘭丸がやりたがってるから」「バンドみんなで決めたことだから」、これまではメジャー展開も渋々受け入れてきたけど、1人欠けるとなると話は別。アンサンブルは最初から組み直しになってしまい、バンドは別物になってしまう。失礼を承知で言うけど、テクニカル面だけで言えばズズよりうまいドラマーはいるだろうけど、ハリーや蘭丸が求める音やリズムを即叩けるかと言えば、これも話は別になる。そこら辺がバンド・サウンドの難しさであり、醍醐味でもあるのだけど。
 どちらにせよ、人見知りでぶっきらぼうで不愛想なハリーが、そうそう新メンバーと馴染めるはずもない。

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 ドラム・ベース・ギターという最小限の編成で、ブルースをルーツとしたロックンロール・バンドは星の数ほどいるけど、長らくその頂点に君臨し、最も成功しているのRolling Stones。異論はないよね。
 シンプルなブルースのカバーからスタートして、多少の紆余曲折はあれど、「ロックがビジネスとして成立する」ことを証明したのは、彼らの功績である。ライブのエンタメ化やパッケージング、ディスコやドラムンベースなど、旬のサウンドをちょっとずつ取り入れてアップデートし続け、彼らは不動の地位を築いた。単にコツコツ同じブルースばっかり演じていたわけじゃないのだ。
 魑魅魍魎が跋扈するエンタテインメントの世界をサヴァイヴしてゆくためには、戦略を司る参謀が必要不可欠となる。その役目を担っていたのが、ご存知Mick Jaggerだったというわけで。

 「ロックが金になる」というビジネスモデルは、70年代以降に定番フォーマットとして、急速な発展を遂げることになる。AerosmithもAC/DCもRCサクセションも、キャリアの節目で積極的にメディアとコミットし、広く世に知られることによって大衆性を得た。どれだけ良い音楽をやっていようとも、多くの人に伝わらなければ、バンド運営は先細りしてしまうのだ。
 スライダーズ自身、本当にそういった途を望んでいたのかどうか―。まぁ売れないよりは、売れる方がよっぽどいいに決まってる。できるだけ自分たちのスタンスを崩さぬまま、当時のソニー戦略に乗っかったことによって、スライダーズは思惑以上の支持を得るようになる。多分に蘭丸あたりが一番乗り気で、それでハリーが「しゃあねぇなぁ」といった風に付き合ってたんじゃないかと思われる。ズズとジェームズ?「まぁ好きにしろよ」ってな感じで。

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 もし彼らがソニー・メソッドに乗らず、細々と小規模のライブハウスを回る途を選んでいたとしたら―。
 それほど語り継がれることもなく、せいぜいアングラ・シーンの片隅に記憶される程度の存在で終わっていたことだろう。もともとハリー自身、レコード契約にはあんまり乗り気じゃなかったみたいだし、もっとマイペースな活動を望んでいた節がある。そのまま解散せずに細々と活動し続けていたかもしれないし、それともいつの間に自然消滅していたかもしれないし。

 で、この活動休止というハプニングが、彼らにとってのターニング・ポイントとなった。特にハリー。
 取り敢えず蘭丸に付き合う形で、これまでイヤイヤながらソニー・メソッドに乗っかっていたけど、なんかもうめんどくさくなっちゃったんだろうな。彼のテンションは急速に冷めてゆく。もともと、自由奔放にギターをかき鳴らして「ゴキゲンだぜベイベー」と歌っちゃうタイプなので、それ以外の些事にはとんと興味がないのだ。
 まぁ不謹慎ではあるけれど、「これまでさんざん振り回されてきたんで疲れちゃったし、バンドも稼働してないんだから、これを機にゆっくり休もうかな」とでも思ってたんだろうな。
 蘭丸もまた、スライダーズがメジャーになったことによって注目を集め、ソロ活動が増えている。人を寄せ付けない雰囲気を撒き散らしていたハリーに比べ、蘭丸は外部とのコミットにも積極的だったため、自然と人脈は広がってゆく。そうすると自然、これまでのようなベーシックなロックンロールだけじゃなく、ファンク・ビートなど他のジャンルにも興味を持つようになるのは、いわば当然の流れ。

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 一度動き始めてしまったシステムを止めるには、最初に投入した以上のエネルギーが必要になる。望む/望まないにかかわらず、すでにソニーのヒット・システムに取り込まれていたスライダーズもその例に漏れず、開店休業というバカンスの間にも、何らかのアクションを求められることとなる。
 「せっかくだったらスライダーズと違うことやろうぜ」といった経緯かどうかは不明だけど、何となく始めたのが、ハリーと蘭丸2名によるアコースティック・ユニット「ジョイ・ポップス」である。
 バンド再開までの繋ぎというか暇つぶしのユニットであったため、具体的な成長戦略やらビジョンやらをきっちり決めてスタートしたわけではないので、残された音源はシングル1枚のみ。しかも、スライダーズと蘭丸ソロとの抱き合わせによるシングル・セットでの販売である。言っちゃ悪いけど、在庫処理的なやり方だよな。バンド側としては大して売る気なさそうだし。

 ジョイ・ポップスとしての活動はほぼフェスやイベントに限定されており、ソロでのライブは行なわれていない。なので、生で見られた人は、かなり限られている。
 さらに数は少ないけど、テレビ出演時の動画が残されており、今ではYouTubeでも簡単に見ることができる。シンプルな白一色のスタジオで、溝口肇ストリングス・カルテットをバックに、ハリーと蘭丸はアコギを掻き鳴らしている。無精ヒゲを生やしたハリーを見るのは、かなり珍しい。やっぱ気持ちの中ではオフなんだろうな。
 アコギを弾く彼らの姿というのはかなりレアで、バンドではまず見られないアプローチである。グルーヴ感とは対極のサウンドであり、これはこれで枯れた趣きがあって良いのだけど、まぁ彼ら手動のアイディアじゃないよなまず。斜め上のスカしたディレクターの発案に、蘭丸が乗り気だったから一応話には乗ったのだろうけど、ハリーにとっては暇つぶし程度の余技だったんじゃないかと思われる。

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 そんな課外活動を経てズズが復活、再度スライダーズのメジャー化戦略は仕切り直しとなる。その成果として形になったのが『Screw Driver』なのだけど、前2作とは違って原点回帰的なロックンロールが大きくフィーチャーされている。反面、『天使たち』〜『Bad influence』で展開されていた、ロックンロール以外のアプローチをバンバン持ち込んでいた蘭丸のカラーは、ちょっと薄れている。
 キャッチーなメロディを持つ曲は、シングルカットされた「ありったけのコイン」くらいで、他の曲では骨太な4ピース・ロックへの回帰が窺える。言っちゃえば地味だよな。
 ちなみにアルバム・リリースを控えたスライダーズ、この時期には記念すべき「夜ヒット」初出演を果たしている。そこでは最も知名度の高い「Boys Jump The Midnight」を披露しており、既存ファンが狂喜乱舞したことは当の然、新規ファンの獲得にも大きく寄与した。お茶の間で家族が集まってテレビを見ている時間帯に、彼らのようなガレージ系のサウンドが流れることが少なかった時代だったため、そのインパクトはかなりのものだった。
 なので、彼らのレパートリーの中では最も聴きやすい「Boys Jump The Midnight」のようなナンバーを期待した新規ファンにとって、この『Screw Driver』は、ちょっととっつきにくいアルバムである。何十回も聴いてきた俺でも、たまに聴きたくなるくらいだし。
 聴けば聴き込むほど。新たな発見も多いアルバムではあるのだけれど、一見さんにはちょっと敷居が高いのかな。

 もしもの話、ズズの事故がなくて、彼らがそのままメジャー路線を突き進んで行ったとしたら、一体どうなっちゃってたのか。
 バブル期というご時勢ゆえ、化粧品のCMソングに起用されていたかもしれないし、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングにも出演していたかもしれない。いやないか、あんな無口なハリーが生放送を承諾するとは思えないし。
 多様な方向性として、ハードでラウドなスライダーズ本体と並行して、ブルース・フィーリングを漂わせるアコースティック路線のジョイ・ポップスとの両立も、実験の一環として面白い試みだったんじゃないかと思われる。

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 ほんと最近になってハリー、蘭丸と電話で会話をした、とのこと。やっぱメールやラインじゃないんだな。特別、具体的にどうこうではなく、「最近どう?」と、軽く言葉を交わした程度。ただそれだけだ。
 もともと、言葉が多いタイプではない。言葉がなくても通じるのがこの2人だし。ギターがあれば、もっと近づけたかもしれないけど、まだその時期ではないのだろう。
 ハリーは蘭丸のことが気になり、そして蘭丸は淡々と、でも嬉しそうにTwitterでつぶやいた。
 まぁゆっくりと。前を向いて一歩ずつ。

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1. 風の街に生まれ
 まんまStonesオマージュのロックンロールがオープニングを飾る。セミアコっぽい間奏のギターは、わりと珍しい。
 基本、ノマドなスタンスのハリーなので、ロックンロールのキャラクターとしては典型的に、「お前しだいさ」と突き放した言葉を投げかけている。一聴すると無愛想な態度だけれど、ちゃんとその後、「誰かが呼んでるはずさ」と付け加えている。単なる破滅キャラではないのだ。

2. Oh! 神様
 ホーン・セクションと絡むギター・プレイが粋でいい。これもStonesだよな。ブルスとホンキートンクとのハイブリッドを聴かせるバンドは、当時の日本では彼らかボ・ガンボスくらいだったよな。

3. かえりみちのBlue
 カントリー・ロック的にゆったりしたビートの、抒情的なナンバー。ファンの間では根強い人気がある。ぶっきらぼうな口調ながら、どこか人間くささが感じられるのが、親近感が湧いてしまう。そりゃそうだ、ハリーだって仙人じゃないし。まぁこれ以降の90年代はなかば世捨て人みたいな感じだったけど。

4. Baby, Don't Worry
 アルバム・リリース直前にリリースされたシングル。ここまでちょっとポップだったりルーズな曲調が多かったけど、ここに来てタイトなリズムとソリッドなギター・プレイがギュッと凝縮されている。アンサンブル全体に緩急がつけられているため、音の奥行きが生まれている。手クセみたいなコードやメロディなのに、なんでこんなカッコいいんだろう?



5. Hey, Mama
 こちらもソリッドなリズムをベースとしたハード・ブギ・チューン。蘭丸を中心としたコーラスが相変わらず脱力してしまうけど、サウンド自体はめちゃめちゃグルーヴィー。

6. Yooo!
 スライダーズ流のダンス・チューン。だって「踊れ」って言ってるんだもん。蘭丸のカッティングがファンク・マナーなので、演奏だけ抜き出せばファンキーさ満載なのだけど、やっぱりハリーの声は踊れるムードが出ない。まぁ縦ノリじゃなくて横ノリのリズムだから、それはそれでいいか。

7. おかかえ運転手にはなりたくない
 ハリーの個人的色彩が強い、ファンの間でも地味に人気の高いブルース・タッチのバラード。彼が書くバラードのメロディはバタ臭さが少なく、むしろ日本人にとっては親しみやすい歌謡曲的なとっつきやすさがある。こういったところが大衆性を勝ち得たところなのだろう。
 いくら友達や仲間とはいえ、彼の中には誰も踏み込めない境界線がある。もちろん、そんなのは誰にだってあるのだけれど、ハリーの場合、その範囲がとてつもなく広いのだ。我々が知っているハリーとはほんの一部でしかない。どれだけ距離を詰めようとも、彼は自我の中心でひっそり膝を抱えている。一番近い存在だった蘭丸でさえ、伸ばした手は届かない。
 それは今も続いている。

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8. Rock On
 シンプルなリフを中心に組み立てられた、アルバムに必ず1曲は入っている、他メンバーによるナンバー。最初は蘭丸かと思ってたけど、これってジェームスなんだってね。どうりでなんか違うと思った。指摘してくれた人、ありがとう。
単純な構造のブギだけど、それが逆に良い方向へ向いているんだよな。だからと言って好きというほどじゃないけど。

9. ありったけのコイン
 アルバム・リリースよりだいぶ先行してリリースされたリード・シングル。オリコンでは最高34位を記録しているように、ビギナーにとっても間口の広いサウンドに仕上げられている。「Boys Jump the Midnight」に代表されるアッパー・チューンとは対極的に、日本人にもなじみの深い情緒あふれるフォーク・ロック調にまとめられていることによって、新たな一面が鮮烈に浮かび上がった。
 「ありったけ コインかき集めて 飲んだくれ お前とどこへ行こう」
 金はないけど時間だけはたっぷりある、モラトリアムな青春時代の情景を切り取った、リア充でもオタクでもない、大多数のコミュニティとは無縁の所で生きてきた者たちへのノスタルジーが刻み込まれている。



10. いいことないかな
 ヴォーカルにもバッキングにも薄くエフェクトをかけた、スライダーズの十八番と言えるハード・ブギ。全員に見せ場があるアンサンブルは、ラストを飾るにはふさわしい。古典ブルースにならった歌詞はネガティヴだけど、それを笑い飛ばしちゃうようなサウンドのグルーヴ感が濃い。やっぱバンドが好きなんだな、ハリーは。


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キョンキョンは趣味に走ってる時がおもしろい - 小泉今日子 『ナツメロ』

Folder 1988年リリース、キョンキョンにとって13枚目のオリジナル・アルバム。オリコンでは最高10位をマーク。…10位?それなりに話題になったし、もうちょっと売れてた印象があったのだけど、時代的にベストテンなどの音楽番組が下火になって、アイドルにとっては逆風になりつつある頃だったので、まぁ健闘した方なのか。
 キョンキョンがデビューしたのは1982年で、この年は女性アイドルが豊作だった事でよく知られている。つい先日、お騒がせとなった松本伊代や早見優、堀ちえみもそうだけど、何かにつけテレビでしょっちゅう目にする芸能人が、この時期に集中してデビューしている。
 なぜなのか?

 いろいろと要因はあるのだろうけど、多分に1980年デビュー組の松田聖子のブレイクがひとつの引き金になったんじゃないかと思われる。それまでは、ほぼ男性ファンをターゲットにしたプロモーション戦略だったのが、彼女のデビューによって、これまでほぼ未着手だった女性ファンの新規開拓の可能性が見えてきたため、方針が大きく変わっている。
 芸能プロダクションによって、ルックスからライフスタイルまで細部まで作り込まれたのが、70年代までの女性アイドル像である。趣味といえばお菓子作り、好きな色はピンク、男の子とは手も繋いだことがない、というのが理想的な設定である。ひと昔前の少女マンガの設定と共通点は多い。どっちが先なんだか。
 そういったガチガチのフォーマットでプロテクトされている麻丘めぐみや南沙織や天地真理がどれだけ売れたとしても、基本、疑似恋愛の対象である男性層が反応するだけで、女性層が食指を伸ばすはずもなかった。いつの時代も男は理想を夢見がちだし、女はそんな仕掛けをすぐに見抜いて鼻にもかけない。
 で、70年代までの女性アイドルとは、絶世の美少女がなれるものだった。近所のミスコンレベルのお姉さんくらいでは、とても歯が立たない。あまりに世間と隔絶された存在であったため、同性とはいえ憧れの対象にすらならなかったのだ。

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 70年代の地続きでデビューした松田聖子もまた、美少女レベルは高かった。少なくとも、いまの坂道系やらその大勢の有象無象らを軽く蹴散らすほどのポテンシャルを有している。いまと違って、思い立ったらすぐ次の日にステージに上がれる時代じゃなかったのだ。
 なかったのだけれど、彼女の場合、「聖子ちゃんカット」というマネしやすい記号を発明したことによって、その後のアイドル戦略に大きなターニング・ポイントを残すことになる。
 松田聖子に比肩するルックスを後天的に獲得するには、そりゃもう多大な時間と費用が必要だしそもそもの初期スペックが必要になるけど、「聖子ちゃんカット」なら簡単にマネできる。
 「もしかして、あたしでもアイドルになれるんじゃない?」
 雲の上なら最初から諦めてしまいがちだけど、手を伸ばせば届くのなら、ちょっとは努力する気にもなる。実際は乗り越えるべき壁は恐ろしく高く、トップ・クラスに這い上がれる確率は変わらないのだけど、それでも以前よりはずっと身近な存在となった。そんな女性アイドル戦略の転換点となったのが、松田聖子であり、「聖子ちゃんカット」の登場である。
 誰でも「そこそこ」のレベル・アップが期待できる「聖子ちゃんカット」は多くの女性によってコピーされ、街には多くの聖子ちゃんモドキが出現した。その成功体験の共有として、芸能界においても松田聖子コピーのようなアイドルが量産されるようになる。同時進行で、松田聖子に憧れるティーンエイジャーが手っ取り早くレベル上げするため、「聖子ちゃんカット」にしてもらうために雑誌片手に美容院へ走る。
 そんな多方面の思惑が世に出てきたのが、1982年という時代である。ふぅ。

 当初はこの後、1982年のアイドル戦国図を途中まで書いたのだけど、なんかダラダラ取り止めがなくなってしまったので、一旦ボツにして書き直しした。また次回にでも使おうかな。

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 で、キョンキョンもまた、デビュー当初は松田聖子メソッドの影響下にあった。朝ドラ「あまちゃん」を見てた人ならわかるだろうけど、若き日ののんママは、デビュー時のキョンキョンと虚実ないまぜでシンクロしており、ほんとあんな「聖子ちゃんカット」でアイドルスマイルをキメ、ヒラヒラドレスとピンヒールで歌番組に出演していたのだ。
 1982年デビュー組は、所属事務所のコントロールに縛られない、自己プロデュース能力に長けた人材を多数輩出していることは、歴史が証明している。ただ、事務所の力関係や周辺スタッフの方針によって、売り出しの方針やプッシュのされ方も様々だった。
 デビュー曲ひとつとっても、例えば中森明菜は来生えつこ・来生たかお書き下ろしによる「スローモーション」、伊藤つかさは南こうせつが「少女人形」を提供している。そこまでビッグネームじゃなくても、大方のアイドルがデビュー曲においては、筒美京平や小田裕一郎や馬飼野康二など、歌謡曲御用達作家による書き下ろし楽曲を与えられている。やはりスタートダッシュは大事だし、事務所的にもそれなりに力を入れるはずなのだ。はずなのだけれど。

 キョンキョンの記念すべきデビュー曲「私の16歳」は、1979年リリース森まどかのカバーである。多分、オリジナルは、よほどのマニアじゃないと知らないはず。俺も知らない。で、2枚目の「素敵なラブリーボーイ」、これもカバー。これは知ってる人も多いかな、以前は黒澤一族にいた林寛子1975年のシングル。往年のコアなファン向けのスナックを経営してるって、以前「バイキング」で見たな。まぁそれは余談。
 どちらのオリジナルも、リリース当時は22位・31位とショボい成績に終わっており、なんでわざわざそんな中途半端に売れなかった楽曲しかなかったのか、どうにも疑問が残る。正直、「隠れた名曲」と言えるほどのクオリティでもないし、取り敢えず権利関係がスムーズな楽曲を適当に振り当てた感が強い。
 すごくポジティヴに捉えれば、楽曲的には正統派70年代アイドルの要点は押さえられており、オーソドックスな10代の女の子が歌うには適している。音域もそれほど広いものでもないので、歌唱力が至らなくてもそれなりに歌いこなせるメロディ・ラインではある。でもね。
 音楽活動にはあまり重きを置いていなかったはずの三田寛子でさえ、デビュー曲「駈けてきた処女」はなんと井上陽水制作である。こういった事実関係から察するに、事務所サイドとしてはキョンキョンに力を入れていなかった、または販促方針が迷走していた感が浮かび上がってくる。

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 歌手にとって、自分の持ち歌は大事なものであり、特にデビュー曲に抱く思いは特別である。いわゆる自己紹介的な役割も果たすため、一生使う名刺と形容しても差し支えない。その点、伊代ちゃんはうまい戦略だったよな。あれだとネタ的に一生使えるもの。
 キョンキョンの場合、事務所サイドが女性アイドルの営業ノウハウが不足していたせいもあって、取り敢えずデビューした、という形になってしまったのは不幸だった。その後、3曲目からはようやくオリジナル楽曲を与えられるようになったけど、どうにも70年代的な古くさい「可愛子ちゃんアイドル」の枠を抜け出せずにいた。要するにイモ臭かったのだ。
 旧態依然としたアイドル像にはめ込もうとする事務所と、そんな枠組みにどうもしっくり来なくてふて腐れながら芸能仕事に勤しむ厚木の元ヤン。70年代的「みんなのマスコット」像を求められても演じ切ることができず、フラストレーションは溜まってゆく。ブッキングされるのは主にバラエティ、「ヤンヤン歌うスタジオ」や「パリンコ学園」での賑やかし要員か、それともその他大勢的な壁の花。
 「これだったら、あたしじゃなくってもいいんじゃね?」
 そう思っちゃってもしょうがない。

 そう言った現状を打破するため、キョンキョンは事務所にも無断で、これまでイヤイヤやっていた「聖子ちゃんカット」をバッサリ切ってしまった。
 今となっては「髪を切る」という行為はずいぶんカジュアルになったけど、この頃までの女性が長い髪を切るというのは、結構な覚悟が必要だった。髪を切ることで、過去やしがらみとの決別を図る、独立した人格として独り立ちするため、「髪を切る」というのはシリアスなものだった。
 松田聖子メソッドからの決別、そして旧態依然のコンセプトしか提示できない事務所方針をリセットし、その後の彼女は自己プロデュースによる独自路線を歩むようになる。
 松田聖子のようにソニーや松本隆が綿密にディレクションしてくれるわけでなければ、明菜のように天性の歌唱力を持っているわけでもない。特別な能力は何もない。だけど「これはイケてる」「これはダサい」という美学はしっかり備えていた。それだけで十分だ。
 「小泉今日子」というプロデューサー視点でもって、自らを素材としてアイドル「キョンキョン」を創り上げてゆくプロセスの提示。なにも全部を全部、自分でやらなくたっていい。あたしはただの言いだしっぺ。実際の作業は、得意な人にやってもらえればいい。でもね、誰でもいいわけじゃないよ。いくらスキルがすごくたって、ダメな人はダメ。あたしと遊べるかどうか、あたしのビジョンを面白がってくれるかどうか。それが大事だから。単なるお仕事だと、楽しくないじゃん―。
 その後のサブカル人脈を巻き込んだ快進撃は、ご存知の通り。

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 で、『ナツメロ』。ここにきて、全曲カバーである。しかも近々の80年代の楽曲はセレクトされず、ほぼ70年代の歌謡曲ばかり。誰でも知ってる大ヒット曲もあれば、同世代でなければちょっとわかりづらい楽曲まで、幅広く選曲されている。要するに、完全にキョンキョンの好みである。
 1988年と言えば、前年までオリコン・チャートを席巻したおニャン子クラブが解散し、女性アイドル市場が急速に収縮した頃である。今のAKBや坂道系の先駆けと言える、ほぼ持ち回りでチャート1位を獲得することによって、歌謡曲のマーケットは完膚なきまで終止符を打たれた。当然、82年組を含めたソロ・アイドルは息の根を止められ、シングル・リリースさえままならない状況に追いやられていた。3か月に一度は新曲リリースのローテーションが組まれていた彼女らも、この時期は年に1枚出せるか出せないか。歌手活動をやめてしまった者も少なくなかった。
 そんな中でキョンキョンは別格的にシングル・リリースを続けており、並行して女優業やCM出演など、多方面に及ぶ活動を続けていた。おニャン子旋風の頃になると、むしろ旬のクリエイターが彼女とのコラボを求めるようになり、よって80年代歌謡史を代表する楽曲が続々誕生している。たかみー作「木枯らしに抱かれて」を始めとして、筒美京平円熟期の傑作「魔女」や「水のルージュ」、大瀧詠一も「快盗ルビイ」を提供しているし。

 押しつけのカバーではない。すべてキョンキョンが、そして盟友である野村のヨッちゃんと頭を突き合わせて選曲し、そのヨッちゃん率いる「最強アマチュアバンド」三喜屋・野村モーター'S BANDと共にアレンジして創り上げた。ヨッちゃんとはデビューもほぼ一緒の同世代、バンド・メンバーもまた、大体似たような年齢層である。大体似た空気を吸って、大体同じような音楽を聴き、大体同じテレビ番組を見て育ってきた。そんな彼らが寄ってたかって「あ・うん」の呼吸でトラックを組み立てた。悪くなるはずがない。
 バブル時代ゆえ大盤振る舞いが当たり前だったレコード会社の金をふんだんに使い、豪華なスタジオを長期間押さえ、半分遊び感覚でも本気でもってあれこれアンサンブルを練り、「せっかくだから」とデーモン小暮などのゲストというか友達もどんどん呼び入れ、出来上がっちゃったのが、このアルバムである。

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 高校の放課後、軽音楽部の部室の隅っこで、別にプロになるつもりもないけど、何となく寄り集まって、くっだらねぇバカ話で盛り上がってる先輩たち。あんまり演奏する姿を見たことはないけど、ごくたまに見せる本気度MAXの演奏は、バカテクでエモーショナルで、それでいてめちゃめちゃ楽しそうで。
 本気で目指せばプロにもなれそうなのに、そういった必死さを見せることはない。
 大事なのは演奏することじゃない。たまたまみんなの共通言語が音楽だったからで、ほんとはダラダラ楽器をいじりながら、ダベってるだけで幸せなんだ。
 そんな情景を思い浮かべてしまうアルバムである。

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1. 学園天国
 1974年リリース、沖縄出身の兄弟姉妹ヴォーカル・グループ、フィンガー5の5枚目のシングル。オリコン最高2位でありながら、累計売上枚数はなんとミリオン超え。阿久悠による甘酸っぱいティーンポップな歌詞世界は、スクールカーストとは無縁のコミュニティを形成している。番長も秀才も、あの娘の前ではみんな純情だ。作曲の井上忠夫とは、自らも歌手としてガンダム映画版の主題歌「哀・戦士」をヒットさせた、あの井上大輔。「め組の人」もそうだったけど、こういったシンコペーションを多用した曲を作るのが、めちゃめちゃうまい。
 キョンキョン・ヴァージョンはもともとシングル・カットの予定はなかったのだけど、のちの主演ドラマ『愛しあってるかい!』の主題歌に採用されることになって、オリコン最高3位のヒットを記録した。



2. S・O・S
 1976年リリース、ピンク・レディー2枚目のシングル。オリコン最高1位、65万枚の大ヒットとなった。基本、リズム・アレンジなどはオリジナルと一緒なのだけど、分厚いシンセを噛ませることによってサウンドに奥行きが生まれ、JourneyやVan Halenのようなアメリカン・ハードのテイストが加えられた。キョンキョンのヴォーカルも比較的ナチュラルな発声で、抑えるようなウィスパー・ヴォイスが楽曲を洗練させている。原曲はもっとバタくさかったよな。

3. お出かけコンセプト
 1980年リリース、近田春夫プロデュースによるテクノポップバンド、ジューシィ・フルーツのデビュー曲「ジェニーはご機嫌斜め」のB面曲。ニューウェイヴ~テクノ・ポップの楽曲の中では一般的な認知度も高く、オリコン最高5位。こちらも2.同様、大味なアメリカン・メロディック・ハード風味の味付け。まぁこの辺はヨッちゃんの好みだし。

4. 赤頭巾ちゃん御用心
 1978年リリース、のちに発展的解消を経てラウドネスに衣替えするアイドル・バンド、レイジー3枚目のシングル。オリコンでは最高32位だけど、ロング・ヒットしたようで最終的には20万枚以上の売り上げとなった。本来なら記念すべき初ヒット、と言いたいところだけど、現在のメンバーにとっては黒歴史的な扱いとなっており、オリジナル・ラインナップでの再演がかなうことはしばらくなさそう。
 テープ逆回転コーラスから始まるサイケデリックなオープニング以外は、至ってオーソドックスなプレイのヨッちゃんバンド。そりゃそうだ、主役はキョンキョン、彼女が可愛く目立つことが重要なのだ。

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5. レディ・セブンティーン
 1973年リリース、矢沢永吉が在籍していたロックンロール・バンド、キャロル3枚目のシングル。この機会に初めてオリジナル聴いてみたけど、ヴォーカル、ジョニー大倉だったんだな。甘い声質がオールディーズ調のマイナー・コードにフィットしている。
 キョンキョンのヴァージョンもオールディーズ的なリズムとコーラスを基本としているけど、その上にキラキラしたシンセや重いギター・リフを乗せたりしている。楽曲のボトムがしっかりしてるから、どんなエフェクト入れても揺るがないんだな。
 世代的に言って、キョンキョンはキャロルのひとつ下に当たるため、リアルタイムでは聴いていないはずなのだけど、まぁヨッちゃんが持ってきたのか、それとも地元の先輩あたりが聴いてたのかも。この辺はヤンキーのコネクションだよな。

6. 尻取りRock'Roll
 1980年リリース、ある意味、伝説のバンド横浜銀蠅のデビュー・アルバム『ぶっちぎり』収録曲。まぁくっだらねぇ曲なので、深く考えることはない。オリジナルももっとくっだらねぇし。いわゆるステレオタイプの「不良」を演じながら、敢えてハズすようなコミック・ソング路線も併せ持っていたことが彼らの魅力であり、ずいぶん長い間、大衆性を保持していた証でもある。ピーク時の人気は凄まじく、宮内庁主催の園遊会にも招かれて、あのコスチュームのまんまで昭和天皇と言葉を交わしたくらい、といえば、今の人にもわかってもらえると思う。
 キョンキョン・ヴァージョンもまぁオリジナルもなんもないけど、くっだらねぇ歌を全力で歌っているところは可愛らしくもある。最後は自分で笑っちゃってるけどね。
 ここでキョンキョンがカバーしたのも驚いたけど、もっと驚いたのはその20年後、安田成美がトヨタ・シエンタのCMでカバーするだなんて,一体誰が想像しただろうか。

7. 恋はベンチシート
 1980年リリースまたまたジューシィ・フルーツ、2枚目のシングル「なみだ涙のカフェテラス」のB面収録曲。またディープなところ狙ってきたな。ちなみに作曲の柴矢俊彦は、あの大ヒット曲「おさかな天国」を書いた人。時代が巡ると、ここまで変わっちゃうものか。
 オリジナルはもっとガレージっぽいラフな演奏で、曲中のセリフもセクシーにこなしてたけど、もともと楽曲的にはオールディーズを下敷きにしているので、キョンキョンは敢えてアイドルっぽくファニーなテイストに仕上げている。コンセプト的には、ここまで開き直っちゃった方が曲が映えている。最後のデーモン小暮との掛け合いはご愛嬌。

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8. やさしい悪魔
 その掛け合いに続いてシームレスで始まるメロディック・ハード・メタル。オリジナルはキャンディーズ、1977年リリース13枚目のシングル。当時の勢いからして、オリコン4位はむしろ低すぎるように思えるけど、ちょうどこの頃からピンク・レディーが台頭してきたんだよな。この頃のキャンディーズは「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」やドリフ番組でのコメディエンヌ的な役割が多かった覚えがある。
 キョンキョン・ヴァージョンもいいのだけど、オリジナルのアレンジがモダン・ソウル・テイストなので、あまり知らない人には聴いてほしい逸品。レアグル―ヴや70年代メロウソウルが好きな人ならハマるはず。

9. Soppo
 1979年リリース、今じゃほぼ俳優業がメインの世良公則が在籍していたロック・バンド、ツイスト6枚目のシングル。人気のピークが過ぎた後期のシングルとはいえ、どうにかオリコン6位に滑り込みしている。この頃は、初期の歌謡ロックっぽさが薄れてバタ臭い本格的なロック・バンドへと移行している時期にあたる。
 やっぱヨッちゃんはメロディック・ハードが好きなんだな。原曲はホンキートンク・ブルースなのだけど、彼にかかればどんな曲も、ギターがメインの大味なサウンドに様変わりしてしまう。ヨッちゃんはギターが好きなんだから、それでいいのか。キョンキョンも決して上手いシンガーではないけど、世良さんとはまったく別のアプローチで歌いこなしている。

10. 夢みる16才
 1981年リリース、シャネルズ(現ラッツ&スター)2枚目のアルバム『Heart & Soul』収録曲。これまたいい選曲だな。オリジナルは珍しく桑マンがリードを取るオールディーズ風ドゥーワップなのだけど、そのポップなテイストを残しつつ、7.同様キュートな女の子になりきって、時には無邪気に時には切なく歌声を使い分けている。

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11. バンプ天国
 またまたフィンガー5、1975年リリース11枚目のシングル。彼らの全盛期は前年でピークを迎え、この頃は緩やかな衰退へ向かっている。俺はリアルタイムでは知らないので、その辺は詳しくないけど。
 ジャジーなスキャットに続くグラウンド・ビートが弾けるオープニングは、オリジナルの意図をうまく掬い取って、しかも当時のトレンドもきちんと押さえている。

12. アクビ娘
 ご存じTVアニメ「ハクション大魔王」のエンディング・テーマ。ハード・ロックとドゥーワップのハイブリット・サウンドをバックに、一番楽しそうに歌うキョンキョン。70年代テレビアニメのテーマ曲の中でも3本の指に入る大名曲。逆に、これを陰鬱に歌う方が無理というもの。「キューティーハニー」同様、「女の子がカラオケで歌うと盛り上がると同時に、自身の思わぬ「女の子」成分に気づいてしまいドキッとしてしまう」曲のひとつ。



13. みかん色の恋
 ラストは1974年リリース、「笑点」の座布団運び山田隆夫が在籍していた歌謡ロック・バンド、ずうとるび3枚目のシングル。チャート記録は見つからなかったけど、記録よりも「記憶」に残る名曲として、ナツメロ番組での彼らが紹介される際には、大抵この曲が使用されている。
 オリジナルはストリングスを多用した、さわやかなフォーク・ロックといった風情だけど、ここではもっとリズムを効かせた軽快なロック・チューンとして解釈している。




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20代尾崎の中間報告 - 尾崎豊 『誕生』

folder 1991年リリース、前作『街路樹』より2年ぶり、5枚目のオリジナル・アルバム。今どき2年くらいなら普通のリリース間隔だけど、この時期の尾崎は表舞台に出ることが極端に少なかったため、「待望の」「久々の」という形容詞付きで紹介されることが多かった。
 その2年の間、覚せい剤所持・逮捕による謹慎と、何かとトラブルの多かった前事務所からの移籍に絡んだブランクもあって、「尾崎っていま、何やってんの?」といった扱いだった。かつて尾崎は時代を先導していたはずだったけど、ちょっといない間に時代はずっと先に行っていたのだ。
 そういった事情もあってか、楽曲のクオリティ・詳細云々より、まずは久々の現場復帰ということで騒がれ、次にまさかの大作2枚組というインフォメーションなどが先行して報ぜられた。なので、言ってしまえば音楽的には二の次、これまでまともに論ぜられたことが少ない、何だか不遇なスタンスの作品である。
 待望していた古巣ソニーへの復帰が叶ったこと、加えて契約更改にまつわるブランク期間を持て余していた尾崎であった。まぁそんなこんなで外出できる時間も減っていたため、必然的に創作活動に向かわざるを得ず、張りきり過ぎちゃったがあまりの、まさかまさかの2枚組になってしまった次第。

 古株のファンだけじゃなく、スタッフも含めた業界内にとっても待望の復活だったのだけど、それもあって一種の祝祭的ムードもあったのだろう。いくら満を持しての復活だったとはいえ、普通の営業サイド的な対応だったら、曲数を絞ってコンパクトに1枚にまとめるよう進言するはず。普通だったらね。ただ、通常の年間計画に沿ったリリースではなかったし、せっかくならサプライズ的な演出や話題を欲していた部分もあったのだろう。
 「2枚組?イヤ〜最高っす大丈夫っすよっ」ってな感じで、ゴーサイン出しちゃったんだろうな。
 そんな前評判が盛り上がっていたおかげもあって、2枚組だというのに軽々とチャート1位を獲得しちゃっている。もちろん、営業サイドによるプロモーション攻勢、それに基づくメディア挙げてのプッシュの結果ではあるけれど、それを単なるルーティンで終わらせるのではなく、関係者各位をその気にさせてしまう熱量は、やはり時代のカリスマたる所以である。

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 チャート1位は獲得したけれど、肝心の内容・詳細を深く掘り下げたメディアはごく少数だった。
 前述の覚せい剤使用は業界内に大きな波紋を呼び、特に音楽雑誌のほとんどは、尾崎に関するニュースや記事の掲載を、まるで申し合わせたかのように取りやめていた。本来なら、音楽雑誌こそが先陣を切って、批判なり擁護なりを取り上げるべきなのに、メジャー雑誌のほとんどは沈黙を守っていた。まるで「尾崎豊」という存在を抹消するかのように。尾崎の話題を積極的に取り上げるのは、スキャンダラス性を優先した女性週刊誌や写真週刊誌ばかりだった。
 そんな中で唯一、尾崎の特集を緊急掲載したのが、邦楽メディアに本格進出して間もないロキノンだった。当時、編集長だった渋谷陽一は、声高々に「ジャーナリズムの責任放棄」云々を説き、既存メディアの不甲斐なさを痛烈かつロジカルに批判した。
 当時の渋谷陽一は尾崎の件だけじゃなく、「ミュージック・マガジン」や「パチパチ」に何かと噛みついて誌上論争を繰り広げ、相乗効果で発行部数を伸ばしていた。まぁ今にして思えば、新規事業に食い込んでゆくため、ちょっと強引な政策も必要だったのだろう。
 当時は純粋なロキノン信者だった俺は、そんな丁々発止を毎月固唾を飲んで見守っていたのだけれど。まぁ今にしてみればプロレスだよな、要するに。正直、10代だった俺から見ても、半分イチャモン的なバトルもあったわけだし。

 で、謹慎中の尾崎。同じソニー・グループであるはずの「パチパチ」が口を閉ざしちゃったのだから、その影響は計り知れず。『誕生』リリース頃にはその規制も解かれていたけれど、不倫だ独立だ契約トラブルだで、スキャンダラスな面ばかりが喧伝され、せっかく長い時間をかけて築き上げてきたカリスマ性は、大きくダダすべりしていた。
 今にして思えば、「居場所を求めて彷徨い、迷走し続ける姿」もまた、尾崎にとってのリアルな姿であったはずなのだけど、まぁ金がらみや犯罪がらみなど、何かにつけ生臭い話題ばかりが先行してしまったせいもあって、リスペクトしづらい雰囲気があった。
 いっそ開き直って私小説的に、「答えなんてない/永遠に探し続ける」とか何とか言い切ってしまえば、二流のシンガー・ソングライターとして、もう少し長く生きられたのかもしれない。でも、尾崎自身がそういった方向性を良しとしなかったし、一部のメディアや熱烈なファンもまた、そんな赤裸々な姿を潔いと崇めていたフシがある。
 カリスマゆえの悲劇だよな。

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 「尾崎信者」と揶揄された熱狂的なファンは、彼と同世代かちょっと下、いまのアラフィフ世代が中心だった。言っちゃえば俺のこと。だって、中3の春に「卒業」に出会っちゃったんだもの。多かれ少なかれ、この世代は尾崎のライフスタイルの影響下にある。就職や進学の節目を迎え、大人の階段をのぼるかのぼらないか、そこへ足を踏み出すのに躊躇したり、または踏み出さざるを得なかったりして。
 80年代後半は、尾崎だけじゃなくBOOWYやブルーハーツなど、その後の日本のロックの礎となるカリスマが次々に生まれた時代である。もちろん彼らだけが絶対的存在ではなく、カリスマ性はなくともアクが強い・押しが強い・個性が強い・クドいなど、百花繚乱である。当然、どのアーティストも一家言持っていたり持っていなかったりで、思想やコンセプト、メッセージ性も違ってくる。
 なので、この世代をたったひとつの価値観、OZAKI的視点だけで括ってしまうのは、相当無理がある。あるのだけれど、ある固有の年齢層に向けて発せられたメッセージ性・人生観の転換という点に絞れば、「尾崎豊」という現象は強い影響力を有していたのだ。
 まだ知恵も経験も少なく、何かにつけ未熟で青臭いティーンエイジャーにとって、同世代の彼の一挙手一投足は、理想像の自己投影であって反面教師であり、一部の人にとっては生きる指針でもあった。尾崎によって人生観を定義づけられた人、またレールを外れてしまった人は相当多い。
 以前もちょっと書いたけど、俺世代のオラオラ系・「昔ヤンチャしてました」系の人たちのカーステでの尾崎率・ブルハ率は相当高い。これがもうちょっと枯れちゃったりすると浜省に行き、変に日和っちゃったりするとEXILE系に行っちゃうのだけど、まぁそれは別の話。

 「10代3部作」なんて総括してしまったのは後づけであって、ソニーが最初から綿密に成長ストーリーを描いていたわけでは勿論ない。さだまさしをリスペクトしていた新進フォーク・シンガーにちょっとロック風味のサウンドの意匠をかぶせたところ、思惑以上に盛り上がっちゃったので、スタッフサイドが泥縄でくっつけた方便である。もともとは尾崎の本意とは別のところで形作られたものであって、クリエイティブ面での必然性はまったくない。
 本来なら、「尾崎豊」という将来あるアーティストにとって、「10代特有の苦悩」とは単なる通過儀礼だったはずだ。それが周囲の思惑を超える反響で「現象」化してしまい、それをまたメディアが煽るものだから、業界内外に狂信的なファンを産み出してしまう。そうなると尾崎もそんな期待に応えざるをえず、通過儀礼がいつの間にかライフワークになってしまったわけで。
 いっそビジネスと開き直って、「永遠のティーンエイジャー」を演ずるのもよし、それかもっと肩の力を抜いて、年齢相応のテーマを歌うシンガー・ソングライターへと移行してゆくのもよし。アーティストとしての寿命を考えるのなら、そんな選択肢もあったはずだ。まぁ前者だったら、多分時代の徒花として消費され、とっくの昔に消えていただろうけどね。

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 ただ二十歳を迎えた尾崎、そんな安易な自己模倣を繰り返すことは望まなかった。馴染みのファンが快く歓迎してくれる、生暖かい世界。それはそれで居心地が良かっただろうけど、でもそこは長く留まるところではないのだ。
 彼は10代の自分を清算し、決別して前へ進む途を選んだ。そしてまた、これまで着いてきてくれたファン達と共に、次のステップへ進んで行くことを目指そうとした。
 尾崎は同世代のオピニオン・リーダーとして、「共に成長しよう」と呼びかけようとした。かつて批判し乗り越える壁であったはずの「社会」や「大人」とも、闘い抗うのではなく、対等の立場でコミットしてゆく途を選ぼうとした。
 ただ、ここでひとつの疑問。
 -「人間は常に成長し続けなければならない」って、一体誰が決めた?

 で、もうひとつ。
 - 成長し続けたとして、それが一体、何だというの?
 どちらも正解のない問いである。むしろ、そこに至るためのプロセスが重要である種類の設問である。冷静に考えればこういうのって、「結局は人それぞれ」という結果に落ち着いてしまうのだけど、きちんとした模範解答を探しあぐねていたのが、当時の尾崎である。そんな模範解答の中間報告として、持って回った言い回しやめんどくさい思想を並べ立てて、相対的な価値観を提示したのが、この『誕生』という作品集である。
 哲学・思想用語からインスパイアされた言葉は抽象的で、ごく平凡な日常を送る大多数の10代にとっては、縁のないものばかりである。シンプルな事象を複雑に描写することが、当時の尾崎が思うところの「成長」だったのだろうか。そして、それを咀嚼し理解することが、信者としての務めである、と思われていたのだ、ごく一部では。
 ただ、誰もがロジカルで完璧な論理を知りたいわけではない。我々は大学教授の講義を聴きたいわけじゃないのだ。
 理性よりまず先に、感情を揺さぶる言葉と歌、そして「あっ、これイイね」という、脊髄反射的に心惹かれてしまうメロディ。ポップ・ミュージックの世界では、それらが最も重要であるはずなのに。
 多分、そんなことは尾崎もわかっていたのだろう。わかってはいたのだけれど、そのメソッドが見つからないでいる。ここで発表されている言葉はすべて、かりそめのものばかりだ。ここで発せられる言葉の多くからは、自信を持って断言できない迷いが浮かび上がっている。
 伝えたい言葉はこれじゃない。次はもっと、伝わりやすい形を目指そう。最高傑作は次回作だ、と誰かが言ってたじゃないか。
 そのつもりだったのだけど。


誕生
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尾崎豊
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1. LOVE WAY
 アルバム・リリース直前、ほぼ前触れもなく発表されたリード・シングル。復帰第一弾ということもあって世間の注目を集め、マイナス・イメージが蔓延していたにもかかわらず、オリコン最高2位をマーク、売上的には復活をアピールした。したのだけれど、正直、戸惑うファンが多かったのも事実。取りあえず久しぶりの音源ということもあって、迷わず購入した人も多かっただろうけど、聴いてみると「何か違う」感が微妙に引っかかっていたのが、俺の私見。
 散文的に吐き出された歌詞の密度は、ひたすら濃い。確かに巷で言われているように、彼の歌の中では最も難解だし、ヘビロテするにはちょっと胃もたれする。後期尾崎にとっての代表曲ということも、うなずけるクオリティ。
 膨大な情報量を一曲に詰め込んだ、という見方もできるけど、実のところはどのセンテンスも示唆が優先し、文脈的にはかなり破綻していることに気づかされる。サウンドのハードさ、ヴォーカルの熱量によって、つい勢いで「深い言葉」と納得してしまいそうだけど、次々生まれ出てくるイメージの断片を具体化できず、乱雑にまとめてしまったが故の産物がここにある。
 フレーズひとつひとつ、言葉の刃の切れ味は凄まじい。ただ、それらの言葉はバラバラに作用してまとまったベクトルにはならず、それを自覚して苦悶にあえぐ尾崎の姿が刻み込まれている。
 そんな言葉の求心力の不足は、晩年まで尾を引くことになる。



2. KISS
 『回帰線』あたりに収録されててもおかしくない、ステレオタイプのアメリカン・ロック。そろそろグランジが台頭し始めた90年代初頭には古くさく聴こえたけど、いま聴くとその大らかさによって、時代に侵食されることを防いでいる。シンプルなものほど耐用年数が長い、という好例。
 シンプルなロックンロールにおいて、言葉の重みはあまり重要なファクターではないため、ここではむしろ「カバン抱えた企業戦士」「子供たちはイヤフォンで耳をふさいで漫画を読む」など、90年代時事風俗の空気感を味わうのも、楽しみ方のひとつ。

3. 黄昏ゆく街で
 Eddie Martinezのメロウなガット・ギターが印象的な、後期尾崎の代表的バラード。リリース当時は地味な印象としか思えなかったけど、その後のサウンド・コンセプトの軸となるシックなアンサンブルは、この年になるとしっくり馴染む。
 不倫と結婚を通過して得た、青春期とは違う恋愛観は、倦怠感と希望とがシームレスに交差する。
 かつて「I Love You」において、「何度も愛してるって聞くお前は この愛なしでは生きてさえゆけないと」と、直情的な愛をネガティヴに語った。
 しかしここでの彼女は「髪をなでると ぼんやりと僕を見つめてこう聞く ねぇ これでいいの…?」
 熱情の時間を終わりを告げ、恋愛感情よりむしろ、将来の生活を意識しなければならないことを、できるだけ第三者的な視点で活写している。
 一応シングル・カットされており、オリコン最高32位。今だったら映画やドラマの主題歌に使われて、もっと上位も狙えるのかもしれない。いやないか、今どきメディアにそんな力なんてないよな。

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4. ロザーナ
 導入部が「路地裏の少年」っぽく聴こえるけど、考えてみりゃ元をたどればBruce Springsteenか。CCR「雨を見たかい」もこんな感じだよな。どっちにしろ、8ビートにアコギ・ストロークを乗せちゃうと、どれも似たようなテイストになってしまう。なので、リスペクトということにしよう。
 歌詞の内容からいって、時期的に「不倫」というキーワードが浮かんでくるのは致し方ないとしても、でも『誕生』って主題のアルバムにこんな後ろ向きなテーマをぶち込んでしまうとは。
 偏見かもしれないけど、商売的なゲスさが浮かび上がってくる。楽曲そのものはきちんと作り込まれているので、そこがちょっと惜しい。

5. RED SHOES STORY
 再びストレートなロックンロール。オールド・タイプのロックンロールといえば、「金と女とドラッグ」と相場が決まっているけど、ここでは前事務所マザーを皮肉った、金がらみのモンキー・ビジネスを悲喜劇交えて歌っている。まぁこういった題材を取り上げること自体、取りあえず手打ちが行なわれているわけで。ほんとにシリアスに訴えるのなら、それこそ「Love Way」みたいなテイストになっちゃうし。

6. 銃声の証明
 基本、完全な主観か半径5メートル以内の知人友人の体験談を題材に歌を書いてきた尾崎だけど、ここでは自身から最も遠い立場に身を置いて、可能な限り客観的なフィクションとして完成させている。何しろ題材がテロリスト。客観を超えて荒唐無稽とでも表現すべきか。
 そのテロリストの描写があまりにステレオタイプだ、という見方もできるけど、「架空の人物を自身に憑依させる」というメソッドは、ある意味、尾崎の新境地である。こういった制作手法を発展させることができれば、アーティストとしての寿命はもう少し永らえたんじゃないかと思われ。

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7. LONELY ROSE
 フィクションの主観化と並んで、流麗なメロディ・ラインと何気ない情景描写の妙を丹念に織り上げること。後期尾崎の可能性として、ひとつの資金的存在となったバラード。初期アルバムにもこういったタイプの楽曲は収録されていたのだけど、一本調子なヴォーカライズがニュアンスを掻き消してしまっていたのは事実。
 ここでは緩急取り混ぜた、情感的なヴォーカル・テクニックを披露している。アクセントとして、Martinezのギターがうまくウェットな情感を演出している。

8. 置き去りの愛
 で、そのヴォーカル・テクニックが最も如何なく発揮されているのが、これ。時々、西城秀樹と錯覚してしまいそうなほどエモーショナルな歌声は、全キャリアの中でも屈指のクオリティ。歌詞においても複雑な言い回しや言葉は使用されず、非常に歌謡ロック的。前曲に続き、ギターの咽びが感情の揺れを誘発している。

9. COOKIE
 バンド・サウンドを前面に押し出したカントリー・ロックは、へヴィーなテーマが並ぶアルバムの中では小休止的なアクセントとして機能している。いるのだけれど、視点がティーンエイジャーの高さであることが、ちょっとだけ気になる。「俺のためにクッキーを焼いてくれる」彼女への想いと、大人の社会への警句めいた皮肉との対比を狙っているのだろうけど、敢えてこの時期にやることじゃない。その皮肉もかつての手法をなぞった感じだし。

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10. 永遠の胸
 CD1枚目ラストを飾るのは、スケール感あふれる王道ロック。当初、アルバム・タイトルをこれにする案も出ていたらしく、「誕生」と並ぶ「もうひとつの主題」と言い切っちゃっても良い。
 尾崎としては、これまでの紆余曲折の総括としてこの曲を書いたのだろうけど、皮肉にも人生の幕を下ろすには最適の、高いクオリティのセンテンスで埋められている。
 強烈な磁場を持つメッセージ性を内包したタイプの楽曲は、一旦ここで打ち切り、もっとフィクションや情景描写的な楽曲が多くなるはずだったのだろうけど、人間、そこまで割り切れることはできないもの。十代には十代の、そして二十代には二十代の苦悩が終始付きまとう。



11. FIRE
 CD2枚目冒頭を飾る、疾走感あふれるロック・チューン。トップのつかみとして、これでこれでOKなんだけど、「体制に逆らいながら振りかざす 俺が手にもっているのはサーベル」なんて一節が入ってるくらいなので、ちょっと陳腐さが否めない。リリース当時はこうした景気の良いサウンドが好きだったけど、いまの俺にはあまり響かない。年食ったせいだろうな、きっと。

12. レガリテート
 歌謡曲テイストの濃い旋律が、タイトなリズムによってメリハリがつけられている。プロフェッショナルなサウンドで構成されている、二十代の尾崎が目指すところの「大人の音楽」。個人的には好きなサウンド・プロダクションではある。あるのだけれど、歌詞もまた大人テイストを志向したのか、ちょっと抽象的。ドラマティックな恋愛観を直情的に表現するのではなく、ある種の規範をもって抽象的に語るのが大人だというのなら、「それはちょっと」となってしまう。言葉に足腰が入っていないのだ、要するに。

13. 虹
 なので、こういった抒情的な心象風景を淡々と綴っている姿の方が、尾崎の志向・適性には沿っている。確かに新境地的な部分はないけどね。でも、こういった曲もあった方が既存ファンはホッとするし、第一、そこまで難解なセンテンスは求めるコア・ユーザーは少数だ。一体誰だ?「進歩しなくちゃならない」って思い込ませたのは。

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14. 禁猟区
 ダルなブルースに載せて歌われるのは、自らのドラッグ体験。よくこんな歌詞がメジャーの審査に通ったもんだ、と余計な心配さえしてしまいそうになるけど、まだこういった挑発的なスタイルが許された時代だったのだ。
 ちなみに尾崎、罪は罪として受け入れて罰は受けたけど、ここでは特別、ドラッグ使用について否定的ではない。まぁ表だって肯定したり擁護したりするようなことはないけど、ドラッグ使用によって開けた新たな価値観は、それほど強烈なものだったのか、それとも継続的に使用していたのか。

15. COLD JAIL NIGHT
 重厚なメタル調リフのイントロと歌い出しが「愛の消えた街」にそっくり。拘置所での体験がベースとなった歌詞は、まぁやさぐれていること。
 しかし、釈放されて間もなくこんなテーマを歌っちゃうのだから、アウトロー精神ハンパない。「獲得した経験はもれなく使い切る」という創作姿勢は、ある意味潔い。

16. 音のない部屋
 ハードなタッチの楽曲が続いてたので、続けてこれを聴くとホッとしてしまう。「いい曲だなぁ」と思ってしまうのは、ソニー・スタッフの思惑通りなのか。うまい構成だよな。
 「二人の心はひとつ」で締めくくっているけど、ここでの二人の心は終始すれ違いが多く、どちらもあさっての方を向いている。「ひとつである」と思いたいのだ。思いたいのだけれど、でもそんな自分をまだ信じ切れずにいる尾崎がいる。



17. 風の迷路
 黄金パターンで作り込まれたメロディは、はっきり言ってベタ。ベタだけれどやっぱり、日本人にとってはばしばしツボにはまる旋律である。またいい感じに力を抜いたヴォーカル、これも上手いんだよな。
 こういった曲を聴くと、ほんとこの人、歌がうまかったんだな、と改めて思い知らされる。またメロディ・メイカーとして、もっと評価されてもよかったんじゃないかと、今さらになって思う。
 歌詞?ちょっと青臭いけど、いいじゃんわかりやすくって。

18. きっと忘れない
 オールディーズ調コーラスを使用した、サビが印象的なナンバー。このアルバムの中ではもっともポップでハッピーでファニーなムードに満ちている。
 奥さんに捧げたのか、果たして幼い息子に捧げたのか。ネットでは意見が分かれているけど、俺的に正解は両方。「家族」という単位総体に向けて尾崎は歌っており、そして自分にも言い聞かせるように「きっと」と念を押している。

19. MARRIAGE
 素直な結婚賛歌として受け止めるのが、作者の意図であるという俺の私見。素直な口調で素直な言葉を紡ぐ、そういった尾崎がここにいる。
 時代に警笛を鳴らすアジテーターとしての尾崎ももちろん真実だけど、こっちの側面ももちろん真実。ロマンティックな見方だけど、俺はこの歌、「I Love You」の続編だと思っている。

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20. 誕生
 ラストは10分を超える壮大なロック・チューン。前半はビートを強調してリズミカル、終盤の長い長いエピローグでの独白後、ドラマティックなフェード・アウト。
 息子に出会うまでの回想が、走馬灯の如くゆっくりと、それでいて強力な磁場を放ちながら物語を紡ぐ。
 荒れた生活から立ち直る希望として、新たな命への賛歌は、とても力強い。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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