好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

パンク世代のペット・サウンズ - Style Council 『Confessions of a Pop Group』

folder Style Councilは実質5年強という短い活動期間ながら、商業的にもクリエイティブ的にも大きな実績を残している。容易に全貌がつかめぬほど大量のリミックス12インチ・シングルをマーケットに放出、いくつかの名曲はヒットチャートでも優秀なセールスを記録した。反サッチャリズムで盛り上がっていた80年代UKロック・シーンの空気を反映して、痛烈な社会批判や労働問題を取り上げた歌詞は、そのチャラいサウンドとのギャップによって、主に若者層の支持を集めた。
 Jam時代より過激かつ直接的になったメッセージやイデオロギーの羅列は、新規ファンの取り込みに大きく貢献したけれど、表層的な変化を嫌い、本質から目を逸らすかつてのファンは、年を追うごとに離れていった。保守的なんだよな、ガチのパンクスって。

 とは言っても、解散から30年経った現在、彼らの実績がクローズアップされるのは、ほぼ最初の2枚『Cafe Bleu』か『Our Favorite Shop』までであり、その後の活動については触れられることも少ない。
 ヒットメイカーとアジテーターとのダブル・スタンダードを実現した前期と比べ、急速にクラブ・シーンへ傾倒したPall Wellerが、黒人音楽へのコンプレックスを露わにした『The Cost of Loving』以降は迷走、それに連れてセールスもガタ落ちになり、自然消滅となったのが、後期のStyle Council である。ざっくりまとめ過ぎたかな。
 なにしろ最後のアルバム『Modernism』なんて、あまりの変節さゆえ、レコード会社にリリースを拒否されたくらいだもの。音楽性に節操がなかったユニットとはいえ、さすがにディープ・ハウスはイメージとかけ離れ過ぎ。営業かける方も困っちゃうよな。

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 初期パンク〜モッズ・サウンドでスタートしたJamは、Paulのクリエイティブ面での覚醒によって、次第にソウル/ファンクのエッセンスが激増、従来の3ピース・バンドでは表現するのが難しくなったため、人気絶頂の中、解散の途を選ぶ。同じ3人編成でも、Policeのようにならなかったのは、プレイヤーとしてのポテンシャルの違いが大きかったから。あっちはだって、パンクの威をかぶったベテラン揃いだもの。
 そんな経緯を経てPaulが立ち上げたのが、Style Councilである。この時点で保守モッズ・ファンの多くは離れていったけど、Paul的にはそれも織り込み済みだった。ここでPaulは、既存のパンク/モッズからキッパリ足を洗い、片っぱしから未踏のジャンルを吸収して、「何でもアリ」の新たな音楽性を開拓していったのだった。そのためには、夜のクラブ活動にも真剣にならざるを得ないわけで。
 根は生真面目なPaul、そっち方面を突き詰めるにも全力である。

 「スタイル評議会」という名前が象徴するように、あらゆる音楽スタイルを吸収・咀嚼し、メジャー・シーンでも受け入れられる商品に加工して幅広く普及させることが、初期スタカンのコンセプトだった。
 痛烈な政治・社会批判や怒りを、性急なビートとラウドなガレージ・サウンドでもって直截的に表現したJam時代のメソッドと違って、80年代の浮ついたムードの上澄みをうまくすくい取り、ボサノヴァやネオアコといった、パッションとは正反対のサウンドでデコレートしていた。「現地調査」と称した夜のクラブ活動によって、時代のトレンドを先読みしたそのサウンドは、Jam時代よりも耳障りよくキャッチーなナンバーが多かったため、彼らに大きな成功をもたらした。
 ただ、そんなソフト・サウンドとは裏腹に、レッド・ウェッジ支援やサッチャー批判など、歌う内容はJamよりはるかに過激で直接的だったため、時に賛否両論を巻き起こすこともある、何かとお騒がせユニットであったことも確か。なのに、パンクの連中って上っ面だけで判断しちゃうんだよな。

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 結果的に「シャレオツな音楽」の代名詞となってしまったスタカンだったけど、何も自らトレンディ路線を推し進めていたわけではない。前述の夜のクラブ活動に影響を受けて、当時はまだマイナーだった初期ハウスやヒップホップ、レアグルーヴなどの雑多な音楽を好んで聴いていたPaulが、「自分たちでもできるんじゃね?」と思いつきで始めたのがきっかけである。それがたまたま、クラブやカフェバー文化とシンクロしただけで。
 Jam末期〜スタカン結成に至る80年代中期というのは、既存のロックを打ち破る存在だったはずのパンクが疲弊、次第に様式化しつつあった頃である。パンクやニューウェイヴの中でも「型」が定まりつつあり、真にプログレッシブなアーティストにとって、ロックというジャンルは窮屈になっていた。
 そんな状況に置かれていたPaulが選んだのが、ロックからの脱却であり、言ってしまえば「ロック以外なら何でもいい」といった覚悟でもって、同好の士であるMick Talbotに声をかけたのだった。

 ある意味、「売れること」を目的としたユニットだったため、「売れ線に走った」という批判は当たらない。だって、そこ狙ってやってるんだもの。そういったポピュラリティの獲得と並行して、より真摯な主張を楽曲に織り込むことによって、彼らはクールな存在であり続けた。
 映像に残された彼らのライブを見ればわかるはずだけど、ライブ・セットやコスチュームはあか抜けて洗練されたものだけど、彼らのパフォーマンスは原初パンク・スタイルと何ら大差ない。汗まみれで客席にツバを飛ばし、全力でがなり立てるPaulの姿から、優雅さを感じることはできない。そこにいるのは、感情のおもむくまま、激情とパッションのみで突っ走る、単なるひとりのミュージシャンだ。

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 『ポップ・グループの告白』という自虐的なタイトルを掲げ、静謐なピアノ・ソロを中心に構成された、クラシカルな組曲のA面。打ち込み率の高いダンス・チューン中心のB面、という正反対の構造を持つ『Confessions of a Pop Group』。これまでより、かなり挑戦的なコンセプトである。
 ホワイト・ファンクに急接近した『Cost of Loving』まではどうにか着いてこれた既存ファンも、多くはさすがにここで挫折した。実際、俺もそうだったし。この後は、人気もセールスも一気に下降の一途をたどる。
 俺も含めて、大多数のファンがPaul に求めていたのは「強い確信」である。どんなジャンル・どんなサウンドであろうとも、そこには必ず彼独自のスタンスや視点があった。根拠はなくとも強い信念のもと、自信たっぷりに「これでどうだっ」と提示する潔さこそが、彼の魅力だったのだ。
 それがここでのPaul 、正直自信なさげである。そりゃ、自信に満ちあふれた奴が「独白」なんてしないよな。前ならもっと、問答無用で強気で推してたはずなのに。

 リリースされてすぐ購入したけど、何度も聴き返す気になれず、早々と売っぱらってしまった記憶がある『Confessions of a Pop Group』。ちゃんと聴くのは、およそ30年振りである。せっかくなので、極力先入観を持たずに聴いてみた。
 フラットな視点で聴いてみると、多分Paul、A面では80年代の『Pet Sounds』 をやりたかったんじゃないかな、というのが俺の印象。「海だ車だサーフィンだ」の印象しかなかった初期Beach Boysのイメージを覆す、躍動感のかけらもない老成したサウンドは、Brian Wilsonの悲痛な叫びを具現化したものだった。
 当時のPaul がBrianほど追い詰められていたのかは不明だけど、Jam時代からずっと、音楽的には順風満帆だった彼にとって、思っていたほど歓迎されなかったソウル/ファンク路線の不振は、いわば初めての挫折だった。絶対的な確信が揺らいだまま、「こんなのはどうかな?」と恐る恐る吐き出す心情吐露は、『Pet Sounds』ほどの求心力を持たなかった。

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 対してB面、不器用でゴツゴツした仕上がりだけど、現場感覚を持ってクラブ活動に勤しんだ成果があらわれて、こちらの方がずっとリアルな響きである。ボトムの弱いシンセ・ビートは80年代ダンス・サウンドの特徴ゆえ、今となっては低音の物足りなさが目立ってしまうけど、実際のクラブ・シーンにかなり接近した、メジャー発サウンドのひとつである。
 スタカンという先入観によって、逆に損してる部分の方が多いサウンドである。情報を隠して匿名でのリリースだったら、評価は違ってたんじゃないかと思われる。

 もし、B面のコンセプトのみでアルバム全体をまとめていたら、後期の評価はもう少し違ったものになっていたかもしれない。まったく別コンセプトのサウンドを強引にひとつにまとめちゃうから、どっちつかずの評価になってしまったわけで、最初っから2枚に分けるなりすれば、まだマーケットも寛大だったことだろう。Paulのソロとスタカンって棲み分けすれば、「まぁこういったのもアリなんじゃね?」という可能性もあったはず。そういった流れなら、『Modernism』のぞんざいな扱いも回避できたんじゃないかと思われる。
 ただ、A面サウンドでまとめるにも、そこにはPaul 以外の絶対的なコンポーザーの存在が必要になる。要するに、彼のそばにVan Dyke Parksはいなかった。そういうことだ。
 明確なコンセプトを立てられぬまま、単に葛藤する内面をさらけ出してしまっただけのA面は、表層的には流麗であるけれど、そこに確信はない。あるのは、ナルシシズムな迷いだけだ。
 その迷走は、ユニット消滅まで続くことになる。


Confessions of a Pop Group
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Style Council
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「Piano Paintings」
1. It's a Very Deep Sea
 Mickによるピアノ、奥方Dee C. Leeと共に丹念に重ねられたコーラス、そして淡々と丁寧に紡がれるPaulのヴォーカル。はるか遠くから奏でられる、波音とカモメの鳴き声。ほぼハイハットのみ参加のSteve White。ほぼメロディだけで構成されているはずなのに、きちんとリズムが立っているのは、やはりこのメンツだからこそ。
 英国人が歌う海は深く、そして空はどこまでも灰褐色で、そして低い。そう、北の海は重く深い。

2. The Story of Someone's Shoe
 60年代から活動しているフランスの老舗コーラス・グループSwingle Singersをフィーチャーした、クラシカルな味わいも深いアカペラ・チューン。出口のない虚無感と乾いたユーモア。英国人から見た『Pet Sounds』史観が如実にあらわれている。

3. Changing of the Guard
 ピアノのエコー感が増しただけで、初期スタカンっぽさ浮き出てくる。厚みのあるストリングスに合わせてか、Dee C. Leeのヴォーカルもやや抑え気味。こうして聴いてみると、リキが入った時のPaulって、ストリングスとも女性ヴォーカルともフィットしない。やはり彼はバンド・セットの方が声が映える。

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4. The Little Boy in a Castle / A Dove Flew Down From the Elephant 
 Mickのピアノ・ソロによるインタールード。同時代的に、坂本龍一タッチを狙ってるかと思われるけど、フレーズのつぎはぎで終わってしまっているのは、やはり向いてないから。逆に、ブギウギやジャズの感性は教授にはないものなので、そこは向き不向きがあるわけで。

5. The Gardener of Eden (A Three Piece Suite) 
 I) In the Beginning
 II) The Gardener of Eden
 III) Mourning the Passing of Time
 10分に渡る3部作という構成になっており、単調なストリングスの1部と3部はまぁどうでもいいとして、Dee C. Leeメインの2部が秀逸。いい意味でリズムを引っ込めたアシッドジャズといったムードで、後半のジャジーな展開はコンポーザーPaul Wellerの面目躍如。
 1部と3部をもう少し丁寧に作って、2部を5分程度にまとめた方がコンセプトもわかりやすかったんじゃないかと思うのだけど、まぁ拗らせすぎちゃったんだろうな。変に小難しいことやろうとすると、大抵は空回りしちゃうのが世の常であって。

「Confession Of A Pop-Group」
6. Life at a Top People's Health Farm
 シングル・カットされてUK最高28位にランクイン。ほぼ打ち込みで構成されたサウンドはDee C. LeeもMickの存在感もなく、ほぼPaulの独演会。レコードではちょうどB面トップ、A面の鬱屈さ地味さから一転して、威勢のいいサウンドはテンションが上がる。

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7. Why I Went Missing
 地味だ迷走していると、何かと評判の悪い後期スタカンだけど、このアルバムの中でも初期を彷彿とさせるさわやかなミディアム・バラード。うねるように絶好調なベースとDee C. Leeのソウルフルさが加わって、シャレオツ指数はかなりのアベレージ。エモーショナルかつフェイク感あふれるファンクっぽさこそが、彼らの魅力であることを思い起こさせてくれるナンバー。でも、そこにとどまり続ける人じゃなかったんだな。

8. How She Threw It All Away
 なので、「インチキ・ソウル風」な彼らを好むのなら、ツボが押されまくりなポップ・ソウル・チューン。サビがまるっきり「September」という指摘は、まぁその通りだと思う。でもいいじゃん、いい曲だし。『The Cost of Loving』も同じベクトルだけど、こっちの方がポップだし。
 シングルとしてはUK最高41位と不振だったけど、あまりに惜しい。



9. Iwasadoledadstoyboy
 ファンキーにひと綴りになってるけど、わかりやすく書けば「I Was A Dole Dads Toy Boy」。シンセ・ビートとサンプリングに負けじと、Mickのオルガン・ソロがなかなか健闘してるけど、でもただそれだけ。曲自体がほぼサビだけ、ワンフレーズでつくられているので、結局エフェクトに耳を傾けざるを得ないのだけど、そのサウンドがあまり芸がない。まぁこういったのをやりたかったんだよね、とお茶を濁そう。

10. Confessions 1, 2, & 3
 クラシカル・セットに挑戦した「The Gardener of Eden」を、今度は通常バンド・セットで再演すると、こんな感じに仕上がる。安心して聴けるアンサンブル。ビッグバンド・ジャズ的なアレンジは、ディーバDee C. Leeのポテンシャルを最大限に引き出す。やっぱ彼女って、メジャー・タッチは似合わんな。こういった憂いを感ずる楽曲でこそ映える声。でも、歓声のSEはいらなくね?それと、どこからが1で2なのか。それはちょっとヤボか。

11. Confessions of a Pop-Group
 ラストは「It Didn’t Matter」の進化形的なクールなシーケンス・ファンク。中盤のブレイクはいつもドキッとさせられるくらいカッコいいのだけど、やっぱ長いよな、これも。リミックス・ヴァージョンでもないのに9分はサイズデカすぎ。





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追悼 ウォルター・ベッカー – Steely Dan 『Can’t Buy a Thrill』

folder -60年代終わり、大学でDonald Fagenと出会い、Steely Danを結成したWalter Beckerが、日曜日(9月3日)亡くなった。67歳だった。
 Beckerは体調不良のため、7月にアメリカで開かれた2つのフェスティバル<Classic West><Classic East>でのSteely Danのパフォーマンスに参加していなかった。
 Fagenは先月初め、『Billboard』誌のインタビューで、病名などには触れなかったが、「Walterは回復しつつあり、すぐに元気になることを願ってる」と話していた。
 その願いは届かず、長年の友人、相棒を失ったFagenは、Beckerとの思い出を振り返り、「僕らは永遠に彼を恋しく思う」との追悼文をFacebookに寄せている。
 Walter Becker が亡くなった。事実上、Steely Danは永遠の活動休止状態となった。
 そんなFagenが独り、日本にやって来る。これまでのソロ活動をまとめたアンソロジー『Cheap Christmas』 がリリースされるため、そのプロモーションが目的なのだろうけど、Becker の体調が思わしくないことは、以前から織り込み済みだったのだろう。近年はほぼ毎年、Danのツアーを行なっていたのに、ここに来てBeckerは帯同しなかったのだから。

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 途中、長い休止期間はあったけれど、デビューからずっと2トップでDanを引っ張ってきた2人である。腐れ縁だろうと何だろうと、互いに必要不可欠な存在だったことはわかる。でも、Danに対する彼の貢献度がどれだけのものだったのか、具体的に語れる人は少ない。実際、俺もそうだし。
 作詞・作曲・メインヴォーカルまで務めるFagenに対し、彼の仕事はなかなかつかみづらい。Steely Danのサウンド・メイキングのプロセスにおいて、メロディとはあくまで素材の一部に過ぎず、作業の多くを占めるのは、途方もない時間をかけたスタジオ・ワークである。あまり目だったプレイを見せないギター担当のBecker が担っていたのは、多くの楽曲でひねり出したアレンジのアイディアであり、今では考えられない豪華メンツらによる録音テイクの取捨選択である。
 それらは主に裏方の仕事であり、目に見えてわかりやすい作業ではない。Steely Danにとって彼が、「Fagenじゃない方」、または「宮崎駿似のオッさん」というイメージは、なかなか拭えない。

 もともとSteely Danというユニットは、Fagen & Beckerによるソングライター・チームとして発足したもので、表舞台で脚光を浴びることを目的としたプロジェクトではない。レコード会社へ送るデモ・テープ作成のため、一応バンドという形態を取ってはいたけれど、Fagen とBecker以外のメンバーは、いずれもかりそめの頭数合わせ程度の存在でしかなかった。
 よく言う運命共同体的なバンド・ストーリーとは、無縁の存在である。

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 「自ら歌い演じることは想定せず、どうにも収まりの悪い曖昧な、良く言えばルーティンを外した浮遊感漂うメロディと、思わせぶりな暗喩だらけのように思えるけど、実際は大して意味のない言葉の羅列を、あんまり頭のよろしくないシンガーに歌わせてシングル・ヒットを狙う」といった、あまりに無謀な皮算用。
 もちろん、そんな歌がヒットするはずもなく、進んで歌いたがる者もそんなにいなかった。そりゃ嫌がるよね、こんな歌いづらい曲ばっか。
 誰も歌ってくれないので、仕方なく自分たちでプレイする他なく、取り敢えずやっつけで作ったデモ・テープが、彼ら以上に斜め上だったGary Katzに認められ、「いいからまずLAに来い」と引っ張られ、取り急ぎ目ぼしいメンツをかき集めて結成されたのが、Steely Danである。

 で、話はずっと飛んで活動休止後、ソロになったFagenの作品を聴いて思うのは、案外まともな感性を持つ彼のパーソナリティである。
 カマキリのまっ正面どアップというポートレートの『Katy Lied』や、悪意と皮肉の塊だった『Can’t Buy a Thrill』のジャケット・デザインから察せられるように、Danの作風は基本、非日常性を基点とした奇抜な題材やシチュエーションを取り上げることが多い。2人とも、生粋のアメリカ人であるにもかかわらず、作風やユーモアのセンスは英国人的に屈折度が強い。EU圏内での根強い人気が、それを証明している。
 対してソロでのFagenは、多分、Danとはキャラかぶりしないよう配慮しているのだろうか、基本、少年時代の実体験や中年期の鬱屈や葛藤など、極私的なテーマの作品が目立つ。9.11同時多発テロがモチーフの一部となった『Morph the Cat』も、Fagen自身がNY在住であるからこそリアリティが増しているわけで、彼にとっては絵空事ではない。それは「特別な日常」だ。

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 基本、等身大のテーマを取り上げることによって、Dan時代との差別化を図っていたFagenだったけど、「エコロジカルなカマキリ型のハイテク・カー」なんて突飛なコンセプトを、クソ真面目な態度で語りながらも実は壮大な冗談だった『Kamakiriado』なんてアルバムは、Fagen単独では作れない。Beckerによるプロデュースだったからこそ成せる業だったわけで。
 もちろん、Fagenの中にもBecker 的なエキセントリック性はあるのだけど、ソロになると、作家性や内面性を優先してしまって、曖昧さと不条理さというのは副次的なものになってしまう。やっぱかしこまっちゃうんだろうな。
 そんな彼のSteely Dan性を引き出してしまうのがBecker であり、かつてはそこにKatzとの化学反応が加わっていた。そして、そんなFagenを尻目に、単独でその不条理性を表現できていたのがBecker だったわけで。
 彼のソロ・アルバムなんて、そんな不可解さ・不条理性だけで構成されてるもんだから、まぁアクの強いこと。やっぱ、スパイスだけの料理はちょっとキツいよね。まず、味わい方からわかんないんだもの。

 そんなことは2人とも、とっくの昔にわかっていたのだろう。
 Fagen独りで『Nightfly』はできるけど、「リキの電話番号』はできない。万人向け(とは言っても、単純に一般受けするような代物じゃないけど)する精巧なAORはできるけど、Becker がいとも簡単に放ついびつな感触は再現できないのだ。Fagen、Becker、Katz三者三様による絶妙なバランスのもと、全盛期のSteely Danは成立していた。70年代という空気もまた、彼らに味方していた。
 ただ、そういった緊張関係は長く続くものではない。年がら年中、顔を突き合わせていると、互いの顔さえ見るのもイヤになるのは、普通の会社勤めでもよくある話であって。特にエゴの強い人間が集まると、その感情はさらに助長される。
 何年かに1度、顔を合わせてツアーを回る程度の気楽さがあれば、バンドの寿命はもう少し延びていたことだろう。過剰なスタジオ・ワークは、払う犠牲があまりに多すぎる。

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 で、そんなBecker の貢献度が最もわかりやすいDanのアルバムといえば何なのか。
 これを機に、ちょっと真剣に考えてみた。
 基本、どの曲もFagen のキャラクターが強いのだけれど、まぁほとんどの曲でメインで歌っているのだから、これはどうにも致し方ない。そんな彼のパーソナリティが目立たない時期はどの辺りなのか―。というわけで、行き着いたのがデビュー・アルバムだった、という結論。
 楽曲こそ、ほぼすべてFagen / Becker の共作で占められているけれど、ここでは後年と違って、Fagenがすべてヴォーカルを取っているわけではなく、David Palmer という人と半分ずつ分け合っている。まだフロントマンとして立つことに吹っ切れてなかったのか、はたまたソングライターとしてはともかく、ヴォーカリストとしての適性に疑問を抱いていたKatzの横やりだったのか。
 まぁそんなのは不明だけど、まだデビューしてポッと出の急造バンドであるからして、どこかチグハグ感は否めない。Fagenメインの楽曲でも、カリスマ性の薄い彼のパフォーマンスより、突飛なアレンジ技を繰り出すBecker の奇矯さの方が目立ってしまうことが多い。そのミスマッチ感こそが初期Danの魅力であり、ヴァーチャル感あふれるバンド・サウンドは、「どうにか商品として成立させるんだ」というKatzの意地が見え隠れしている。

 『Can’t Buy a Thrill』以降は、ほぼFagenがメイン・ヴォーカルを取るようになり、Beckerのプレイヤビリティは、時々見せる変なギター・ワークのみとなってしまう。ただそれは、徐々にメンバーが脱退してユニット形態へ移行してゆく過渡期であり、目に見えぬトータル・サウンドへの貢献度は、むしろ高まってゆく。
 最後には、オリメンはFagen とBecker の2人だけになり、運命共同体的バンド・マジックを捨てた『Aja』『Gaucho』では、クレバーなサウンド・メイキングの魔力が顕在化してゆく。


Can't Buy a Thrill
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1. Do It Again
 1972年のリリースでラテン・リズムの導入ということで、Santanaを意識してたのかと思ったけど、多分違うと思う。「Do It Again」という楽曲がラテン・テイストを希求しただけで、最初からラテンありきではなかったと思われる。だってこんな曲調、彼らはこれしか作ってないし。
 エレクトリック・シタールのインパクトが強くて影に隠れがちだけど、Jeff Baxterのドブロなギター・ソロも印象深く、初期のDanが案外バンド・アンサンブルのひらめきに頼っていたことが窺える。そりゃそうだよな、デビュー作だもの。後半から地味にテンポアップするJim Hodderのプレイも堅実かつスクエアで、もしこのまま民主的なバンドになったとしたら、それはそれで面白かったと思うのだけど。



2. Dirty Work
 ここでヴォーカルがPalmerに後退。序盤は気の抜けたカントリー・ロックな風情。生真面目なNeil Youngといった感じかな。サビのコーラス・ワークは後年のDanを思わせるけど、間奏のあんまり芸のないサックス・ソロは、ちょっといらなかったと思う。
 復活後のライブでも、Fagenはヴォーカルを取らず、主に女性シンガーに投げっぱなしなので、あんまり歌いたくないんだろうな。だったらセットリストに入れなきゃいいのに。

3. Kings
 なんだかユルい2.の後、再びFagen登場。やっぱヴォーカルが締まって聴こえるんだな。ヴォーカルだけ取り出して聴けば、疾走感あふれるロック・チューンなのだけど、間奏の神経症なギター・ソロといい、従来のロック的尺度で測れば奇妙な味わい。オーソドックスなロッカバラードのはずなのに、帰着点の曖昧なメロディを創り上げたことで、彼らの目論見は達成されている。

4. Midnite Cruiser
 なぜかヴォーカルがドラムJim Hodder。コーラスのかぶせ方やロック的なリズム・パターンからして、見事なカントリー・ロック。こういうのを聴くと、バンド・アンサンブルの偶然性に頼ったグルーヴ感というのは、ソングライター・チームの本意ではなかったことがうかがい知れる。プレイヤー側ではなく、ブレーン側の主導によってアンサンブルを構築することが、本来の彼らの構想だったのだろう。Katzから吹き込まれた部分もあるんだろうけど。

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5. Only a Fool Would Say That
 ここではボサノヴァっぽいギター・プレイを見せるBaxter。カントリー・ロック性から遠く離れて無国籍性こそが、初期Danの持ち味であったことを証明している。3分程度の小品で、スタジオ内の会話でフェードアウトという、肩の力の抜けた楽曲。ただこのアルバム以降は、5.のような曲調がメインとなってゆく。

6. Reelin' In the Years
 ベストやブートのタイトルになったりで、何かと人気の高い初期の代表作。ロック・マナーに沿ったギター・プレイと、洗練されたカントリー・ロック風のコーラスが、一般的なロック・ユーザーからも好評を得た。シングルとしてUS最高11位。

7. Fire in the Hole
 ジャズ・ヴォーカル色の濃いFagenヴォーカル・ナンバー。すでに後期の味わいを感じさせる楽曲となっており、無国籍感漂う彼らの作風がすでに固まっていることを証明している。Fagen自身が弾くピアノ・ソロは正直拙く、その後はあまりレコーディングでは弾かなくなってしまう。ヴォーカルとアレンジに専念することによって、楽曲としての完成度は高まってゆくのだけど。

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8. Brooklyn (Owes the Charmer Under Me) 
 Palmer登場。歌い方自体はFagenに似せようとしているのだけど、その素直な性質ゆえ、凡庸なミディアム・バラードに落ち着いてしまっているのが惜しい。
 考えてみればDanのカバーで真っ向から勝負したものって、あまり見当たらない。De La Soulがトラックを使ったことで再評価が高まったこともあったけど、あれはまぁカバーっていうかサンプリング・ネタとしての評価だし。
 逆説的に、Donald Fagenという声はSteely Danの楽曲にとって不可分である、ということなのだろう。

9. Change of the Guard
 ブギウギっぽいピアノとリズム・パターン、ラララというベタなコーラスといい、非常に西海岸ロック的。まぁたまにこういったのも一曲入れといた方がウケもいいし、ライブ映えもするだろうし。カッチリしたプレイが多くなるバンドのフラストレーション発散のためには、こういったセッション的な楽曲も必要なのだろう。ソングライター・チーム思うところの「ロック的」なメソッドに沿って書かれた曲。

10. Turn That Heartbeat Over Again
 最後はFagen 、Palmer、そしてBeckerも登場してのトリプル・ヴォーカル。大団円といったムードで締めくくるはずが、ちっとも盛り上がるような曲ではない。ていうか、別にFagenだけでよかったんじゃない?
 楽曲自体は変則コード進行による、居心地の悪さが目立つ作り。ナチュラル・トーンのギターの音色もどこか場違いだし。でも、その違和感こそがSteely Danである、と言ってもよい。まだデビュー作なだけあって未消化の部分もあるけど、目指すベクトルだけは伝わってくる。




 -私は我々が一緒に作り出した音楽を、私ができる限り、Steely Danと一緒に生き続けるようにしておくつもりです。
 
 Donald Fagen
 2017/09/03



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コステロさん、立つ鳥跡を濁さず。 - Elvis Costello 『All This Useless Beauty』

folder 1996年リリース、17枚目のオリジナル・アルバム。ワーナーに移籍してから企画モノが多かったCostello としては、『Brutal Youth』以来、2年ぶりの新曲アルバムとなる。「他アーティスト提供曲のセルフ・カバー」&「他アーティストへ提供することを想定して書かれた楽曲」で構成されているので、厳密な意味で言えば「全曲書き下ろし」ではないのだけれど、ほとんどの曲が初出ということなので、まぁざっくり言っちゃえばオリジナルみたいなものである。あぁめんどくせぇ。
 チャート・データを見ると、UK28位・US53位という、まぁまぁのアベレージ。ワーナーでは最後のオリジナルとなってしまったため、正直、それほど力を入れてプロモーションされたわけではない。
 この後、ベスト・アルバム『Extreme Honey』をリリースして、ワーナーとは契約終了、すでにマーキュリーとのワールドワイド契約が決まっていたため、いわば敗戦処理的ポジションのアルバムである。セールス推移やプロモーション体制において、不満は山ほどあったのだろうけど、マーキュリーの件も決まっていたこともあって、多分売れようが売れまいが、どっちだってよかったのだろう。
 そもそもこの人、レコード会社に対してボヤくのは、今に始まったことではない。「まぁた始まったよ」と、多くのファンは思っていたはずである。

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 ワーナー時代のCostello は、4枚のオリジナル・アルバム以外にも、やたら多方面へ足を突っ込み首を突っ込み、フットワークの軽い活動を展開している。その行動範囲はやたら広範に渡り、良く言えば精力的、悪く言っちゃえば、脈絡なく支離滅裂である。
 ワーナーとのワールドワイド契約を機に、Costelloは活動の拠点をアメリカへ移すことを決意する。世界レベルで本格的にブレイクするのなら、やはりエンタメの中枢に身を置いておいた方が、何かと都合が良かったためである。
 F-Beat / コロンビア時代とは段違いの予算とプロモーション体制をバックに従え、これまでのUK発パワー・ポップから、大幅にアメリカン・コンテンポラリーに寄せた2作『Spike』 『Mighty Like a Rose』をヒットさせた。Paul McCartney やRoger McGuinnら豪華ゲストを迎えてはいるけど、単にネーム・バリューに頼るだけでなく、Mitchell Floom やT-Bone Burnett ら堅実なコンポーザーも揃えたことで、従来ファンにも訴求できるサウンドを作り上げた。

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 コンテンポラリーAOR路線は、アメリカはもちろん、世界中でも好セールスを記録した。以前、ポップ・スター路線に色目を使ったはいいけど、思ったほどの結果を残せなかった『Punch the Clock』『Goodbye Cruel World』で味わった雪辱を、ここで克服したのだった。
 達成したとなると、もう満足しちゃったのか、その後はCostello 、ワーナーによるコントロールから逃れるように、音楽性があっちこっちフラつくようになる。あ、それは昔からか。
 次にリリースしたのが弦楽四重奏Brodsky Quartet とのコラボ・アルバム『Juliet Letters』。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にインスパイアされ、「ジュリエットに宛てた手紙」というテーマで作詞された作品、というコンセプトで作られており、そりゃ芸術性やアーティストとしての必然性は高いのだろうけど、まぁ売れるはずないよな。本人も売れるとは思ってなかったみたいだし。
 その後はロック/ソウル・クラシックスのカバー・アルバム『Kojak Variety』、何を急に思い立ったか、解散状態のAttractionsを招集、原点回帰のラウドなロック・アルバム『Brutal Youth』を作って、再びBruce Thomasと大ゲンカ。「ソリが合わない」って、そんなの昔っから、わかってたことじゃん。なんでわざわざ、蒸し返したりするの。

 どういった契約内容だったかは不明だけど、この時期のCostello 、ワーナーの外でもいろいろやらかしている。大抵はワンショットの単発契約だったと思われるけど、UKのプログレ・バンドGryphon のメンバーだったRichard Harveyと、BBCからの依頼でテレビのサントラを作ったり、UKのメルトダウン・フェスティバルにジャズ・ギタリストBill Frisell と出演、地味なライブ・アルバムをリリースしたりしている。
 どれも、メジャーでは取り扱いづらいプロジェクトである。マイナーなジャンルにも目移りしてしまうのは、これまた昔からのクセなのだけど、もうベテランなんだから、あちこち脇道それないで王道行けよ、と余計な心配さえしてしまうのが外野である。

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 もともとデビュー当時から、多様な方向性とヘソ曲がりが性分で、あっちへフラフラこっちへフラフラ、音楽性が定まらない人である。
 考えてみればCostello 、同じコンセプトのアルバムを2作続けると、次は思いっきり真逆の方向へ方向転換してしまう傾向がある。
 『My Aim is True』と『This Year’s Model』は、リリース時期が近かったのと、デビュー前のストックが多かったせいもあって、どちらも「パブ・ロックの延長線上に位置するパンク寄りのロックンロール」というスタイルだったけど、次の『Armed Forces』では、原石のカドが取れて、「ヒット要素も多いパワー・ポップ系」のサウンドに進化している。
 前述のポップ・スター希望アルバム『Punch the Clock』『Goodbye Cruel World』不発で打ちひしがれた後は、単身アメリカへ発ち、思いっきりレイドバックしたカントリー/ロックンロール・アルバム『King of America』をリリース、厭世観に囚われた改名騒動を引き起こす。
 で、再度メジャー展開を、とワーナーに移籍して『Spike』『Mighty Like a Rose』をリリース。ようやくアメリカでも浸透してきたかな、と思ったら気が抜けちゃったのか、全然違う路線の『Juliet Letters』、といった次第。
 ここらでもうひとつ、開き直って『Spike』2的なアルバムでも作っておけば、セールス的にも安定してたんじゃないかと思われるけど、それよりもアーティスティックな探究心の方が勝っちゃうのが、やはりCostelloである。まぁ、そこまでのスケベ心はない人だしね。そう考えると、Rod Stewartってすごいよな。

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 で、ワーナーの最後に出してきたのが、『All This Useless Beauty』。これまでの支離滅裂なカタログ・ラインナップからは予想できなかった、熟練した職人による泰然とした作風でまとめている。断続的にノー・コンセプトでレコーディングされた楽曲たちは、どれも違う個々の輝きを放ちながら、「Elvis Costello」という強力なプリズムによって一点に集約され、ひとつの完成された組曲を形作っている。
 時に彼の書く楽曲は、「何をやってもコステロ」という記名性の強さによって、一般ユーザーに浸透しづらい部分がある。どれだけメジャーになろうとも、商業性から大きくはみ出た個性は、スタンダードとなるにはアクが強すぎた。
 ここでのCostello は、自分以外のシンガーが歌うことを前提に楽曲を書き下ろしているため、自身の個性は若干抑え気味になっている。よって、本人は意識していないだろうけど、どうしても滲み出てしまうキャラクター・エゴを後退させ、純粋な楽曲の良さ・普遍性が引き立った。
 地味ではあるけれど、末永く聴き続けていられるアルバムである。あ、それって通常運転のCostelloか。


All This Useless Beauty
All This Useless Beauty
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Elvis Costello
Warner Bros UK (1996-05-08)
売り上げランキング: 445,950



1. The Other End of the Telescope
 'Til Tuesdayの女性ヴォーカルAimee Mannとの共作による1988年のナンバー。さわやかなカントリー・ポップのAimeeヴァージョン(Costelloもコーラス参加)の「粗野な女性がちょっと無理したポップ・アレンジ」感も良いのだけれど、ここでのCostelloは正しく王道ストレートの正攻法バラード。その後の正攻法スタンダード集『Painted From Memory』への布石とも取れる。Attractionsの演奏も抑制が効いており、アウトロのSteve Nieveのピアノ・ソロも完璧。シングル・カットはされているけど、UK最高96位。確かにシングル単体で目立つキャッチーさはない。いい曲だけどね。

2. Little Atoms
 Bruceのベース・サンプリングがループでずっと鳴っている、続けて落ち着いたバラード。ここでもCostello、とてもヴォーカル・プレイに気を遣っている。かつて、既存のスタンダードを壊す側だったCostelloが、ここではそのスタンダードのポジションに収まっているのだけれど、ひいき目じゃなくても、凡百の懐メロや二番煎じバラードとは一線を画している。目新しいサウンドも積極的に導入しながらも、先人へのリスペクトも忘れぬ姿勢。過去の良質な音楽遺産をベースに新たな視点を見出すという、考えてみれば極めて真っ当な手法である。

3. All This Useless Beauty
 1992年に発表された、イギリスのフォーク・シンガーJune Taborに提供されたバラード。他人へ提供したきりではもったいないと思ったのか、構成もメロディもすべての調和が取れている。アレンジも双方、大きな違いはない。Attractionsも堅実なバッキングに徹しており、とにかく歌を聴かせる演奏である。



4. Complicated Shadows
 ここまで冒頭3曲がバラードという、なかなか珍しい構成。ここまでシックなテイストでまとめられているのは、後にも先にもほとんどない。あ、『North』があったか。
 ネットリしたオープニングのロック・チューン。抑えた演奏だったバンドも、ここでは一気にフラストレーションを爆発させるかのように、ギアを上げている。Costelloもギターをかき鳴らしており、従来使用のAttractionsのプレイが堪能できる。
 手数の多いBruce Thomasの存在感は議論の分かれるところだけど、こういったアップテンポのナンバーでは相性は決して悪くないと思う。初期のサウンドが好きな俺的にはアリなのだけど、ロック一辺倒の人ではないので、スロー・テンポになるとちょっとウザくなっちゃうのかな。

5. Why Can't a Man Stand Alone? 
 「Deep Dark Truthful Mirror」を思わせる、Al Greenからインスパイアされたようなディープ・サウス・テイストのソウル・バラード。と思ってたら、Sam & Daveからインスパイアされた曲、とのこと。そうだよな、もっと泥臭いもの。

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6. Distorted Angel
 ドラム・ループと不安感漂うコード進行が印象的な、彼にとって珍しいタイプの楽曲。こういった凝った構成に敢えて挑んでいることから、常に前へ進む姿勢、目新しモノ好きなスタイルが窺える。シングルではトリップホップで一世を風靡したTrickyにミックスを委ねており、俺的にはすごく食いつくサウンドではないのだけど、「あ、こういったことをしたかったんだ」と腑に落ちた覚えがある。

7. Shallow Grave
 Paul McCartneyとの共作。彼とのコラボは「Veronica」「So Like Candy」など多岐なジャンルに渡っており、これは50年代のロックンロール/ロカビリーをモチーフとしている。ある意味、すでに完成されたジャンルなので、それほど新味を付け加えることはできないのだけど、イントロやサビ前のドラム・ロールなど、Paul単独では無難な仕上がりになってしまうところを、Costelloのヘソ曲りテイストでスパイスを利かせている。

8. Poor Fractured Atlas
 正攻法で書かれた、すごく地味なバラード。コードも特別凝った組み合わせは使われていない。でも、今回聴き直してみて、メロディ、ヴォーカルとも最も惹きつけられたのが、この曲だった。小細工も何もない、ほぼピアノだけがバックの、混じり気なしの「ただの歌」。普遍的な楽曲というのは、こういったものを指すのだろう。

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9. Starting to Come to Me
 ブルーグラスとロカビリーをくっつけたような軽快なナンバー。『Almost Blue』『King of America』でも同様のアプローチはあったけれど、ここでは前2作に漂っていた閉塞感はなく、一皮むけて突き抜けた爽快感に満ち溢れている。肩の力を抜いてサラッとプレイしているのは、アーティストとしての成長なのだろう。

10. You Bowed Down
 1991年、元ByrdsのRoger McGuinn提供曲のセルフ・カバー。初出時もCostelloとのデュエットでリリースされており、試しに聴いてみるとアレンジもほぼそのまんまだった。McGuinnといえば独特の12弦ギターということになっているけど、60年代サウンドはあんまり詳しくない俺にとっては、やはりこれはCostelloがオリジナル。
 中盤のフェイザーを通したヴォーカルや逆回転ギターが、当時のサイケ・ポップなムードを醸し出してるような気がするけど、ごめん、Byrdsにはあんまり興味ないので知ったかぶりはできない。
 シックなアルバムの中、こういったポップ・テイストの曲は必要だよね。

11. It's Time
 このアルバムのクライマックス。ていうかワーナー時代の締めくくりとして、最高のバラード。ウェットかつ激情あふれるヴォーカルとバンド・プレイをクールダウンさせるため、敢えてシーケンス・ドラムを入れるアイディアは秀逸。Costelloが考えたのか?いやそこまで器用な人じゃないよな。やっぱりNieveだよな。デラックス・エディションのデモ・ヴァージョンだと、何だか勢いだけの中途半端な曲だし。
 もはや円熟の域に達していたAttractionsであるからして、単なるイケイケだけのプレイだと空回り振りが目立ってしまう。逆に抑制したアレンジを施すこと、そして緩急をつけたヴォーカライズによって、楽曲の良さを最大限に引き出している。



12. I Want to Vanish
 3.同様、June Taborに提供されたナンバーのセルフ・カバー。ラストはCostelloとNieve、そしてBrodsky Quartetとのコラボ。最初は『Juliet Letters』のアウトテイクかと思ってたけど、どうやら新録であるらしい。
 堂々としたクラシック・テイストの正統派バラードは、後を引かぬ3分程度の小品にまとめられている。変にドラマティックに壮大な楽曲を持ってこないところは、やはりCostelloである。その辺は照れなのだろうか。




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エルヴィス・コステロ
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Elvis Costello Steve Nieve
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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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