好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

愛があれば年の差なんて - Waterboys 『The Best of The Waterboys 81–90』

0b3ca82f5dbe44abc4df6c9d51173421 -2014年7月12日、自身の女性器を3Dプリンタ用データにし、2013年10月以降、活動資金を寄付した男性らにデータ送付の形でダウンロードさせたとして、警視庁はわいせつ物頒布等の罪等の疑いで、アーティストろくでなし子を逮捕。
 「警察がわいせつ物と認めたことに納得がいかない。私にとっては手足と一緒」と容疑を否認。この事件は世界中に反響を巻き起こし、イギリスのロック・アーティストMike Scottはいち早く彼女の指示を表明、オリジナルソング「ROK ROK ROKUDENASHIKO」を制作発表、ネット上に拡散させて、法治国家であるはずの日本の理不尽な対応を批判した。これをきっかけとして両者は交流を深め、2016年4月婚約を発表、上記にまつわる裁判は継続中ながらも今年1月に出産、控訴審では生後間もない我が子を抱きながら、傍聴席に座るMikeの姿があったという。

 ほんの数年前まで、「Waterboys」で検索しても、例の男子シンクロ映画が上位に来て、バンドの方は何ページも追わないと公式サイトさえ出てこない状況が長らく続いていた。それが今では時代が変わり、まぁ男子シンクロwikiにはかなわないけど、3番目には公式サイトがヒットするようになってきている。画像検索を見てみると、逆に男子シンクロの方はほんのちょっぴりで、今ではMikeのフォトショットの方が多い状態である。
 試しに検索ワードを「マイクスコット」に変えてみると…、もう出るわ出るわろくでなし子との2ショット。ていうか主役はほとんどろくでなし子で、マイクの方は添え物的扱いとなっている。この画像を検索したほとんどの人は、ほぼ「ろくでなし子」か「ろくでなし子 結婚」などのワードを使っており、正体不明の謎のオッサンのことなど眼中になかったはずである。「ていうか、この外人さんは誰?何やってる人なの?」という間奏の方が多いはずである。普通の人生を歩んでて、「マイクスコット」という名前にかかわり合う機会なんて、まずないもの。

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 80年代UKを通過していない人ならあまり知られてないように、Mike Scott = Waterboys自体、ロック史においては微妙な立場である。
 U2と同じくらい、キャリアは長い。UKやEU諸国を中心に定期的にツアーを行なっているくらいだから、少数ではあるけれど熱心な固定ファンが世界中に散らばっている。セールス的にはU2の足元にも及ばない。客観的なチャート分析では、シングル「The Whole of the Moon」UK3位のみの一発屋である。無頼漢漂う風貌はワイルドネスというより無骨すぎて地味に映る。
 インタビューなんかではもともと饒舌ではあったけれど、音楽への真摯な向き合い方がステレオタイプすぎて、正直読んでてもあまり面白くない。変に清廉潔白な態度は、80年代当時のUKロック・シーンでもちょっと浮いていた。カッコよく言えば孤高の存在だけど、むせ返るほどのエモーションは冷笑的なニヒリズムがトレンドとされていた当時では、明らかに異端すぎる。
 まぁ近年の饒舌さはベクトルが全然違ってるけどね。彼女によって趣味嗜好が変わるタイプなのかな。

 Bob DylanやBruce Springsteenらを範とした、メッセージ性が強くエモーショナルな骨太ロックを主軸としたデビュー当時のWaterboysは、時に過剰なドラマティックさが前時代的に捉えられ、80年代UKニューウェイヴにおいては異端の存在だった。ペシミズムやデカダンが共通言語となっていたポスト・パンク時代において、泥臭さの拭えない彼らの感性は、やたら享楽的だった他のアーティストとの差別化は容易だった。普通に歌っても過剰な激情が露わになってしまうMikeのヴォーカルは、すでに時代遅れのものだった。
 ほぼ同世代で、同じくやたらと暑苦しく、時に過剰に濃密な主張を織り交ぜた音楽を志向していたのがU2。プロデューサーSteve Lillywhiteのおかげでもう少しニューウェイヴ寄りのサウンドは、Waterboysより一歩先に大衆の支持を得ていた。
 最も政情的に不安定だった80年代のアイルランドで青春時代を過ごしていたこともあって、「Sunday Bloody Sunday」 や「New Year’s Day」などに代表される、政治的メッセージ色の強い楽曲は物議を巻き起こしたけど、それでも彼らの言葉が経験・環境に裏付けされたリアリティを含んでいることは否定できなかった。
 また、デビュー間もなくからオリジナリティ溢れるアイディアを作品につぎ込んでいたEdgeの進化は目覚ましく、今ではスタンダードとなった、カッティングやアルペジオ、ハーモニクスを多用したギター・サウンドにディレイを効果的に織り交ぜた音響空間は、後に多くのエピゴーネンを生み出した。そのディレイ空間は、プロデューサーBryan Enoによってさらに磨きをかけられ、アメリカ南部の泥臭さをヨーロッパ的な荘厳たる感性によって演出した『The Joshua Tree』として結実、これで彼らのスタンスは世界的なものになった。

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 イギリスというのはイングランドの一枚岩国家ではなく、4つの独立地方共同体による連立国家であることはあまり知られていない。日本のような中央集権型ではなく、アメリカのように各地方が独立国家的体裁を取った「共同体」というのが正確である。
 その4つのうち、スコットランドとアイルランドとは友好国的な関係であるらしい。いわゆる宗主国的立場にあるイングランドへの敵対心という点で共通しており、政治的・文化的にも友好関係にある。ちなみにアイルランドとイングランドとは古くから険悪で、それが一連のテロ騒動に繋がってくるのだけれど、それはまた別の話。
 今も活動を共にするバイオリン奏者Steve Wickhamの参加が契機となり、バンド・メンバー総出でアイルランドへ移住、ニューウェイヴ以降のポップな音楽性と、アイリッシュ・フォークの土着性をミックスした『Fisherman’s Blues』を生み出すことになる。
 朴訥な不器用さが災いして、U2と違って大きくブレイクし切れなかった彼らだったけれど、このアルバムのヒットがターニング・ポイントとなって、巷のUKインディー・バンドとは一歩抜きん出たポジションに立つことになる。言ってしまえばイギリスの民謡をロック風にアレンジした音楽のため、海外でのセールスは大きいものではなかったけれど、概ね評論家筋のウケは良く、一目置かれる存在になった。
 80年代末に興った日本のバンド・ブームにおいて、単なるホコテン出身のバンドだったブームが、琉球民謡をベースとした「島唄」のヒットを契機として、ラテンやアフロなど欧米以外の音楽を貪欲に吸収していったプロセスと比較すると、ちょっとわかりやすいと思う。若い人にはわかんないか。

 その後、MikeはWaterboysを解散、アイリッシュ・フォークのイメージが強くなり過ぎたことに危惧を覚えたのか、ソロになってからは程よいAOR的なロック志向のアルバムをリリースする。当時の彼にとって、アイリッシュという要素は数多くある音楽ジャンルのひとつに過ぎず、逆にブレイクのきっかけとなった地点からさらに一歩進んだ音楽に手を広げてみたい、という野心があったのだろう。セールス的には盛り上がらなかったけどね。
 そんなセールス不振を受けて、苦渋の決断ではあったけれど再びWaterboys名義を復活させ、その後はコンスタントなライブを軸とした活動が続く。俺個人としては、ちょうどこの時期、ライブのトレントサイトから未発表ライブをダウンロードすることにハマっていた。WaterboysやMike名義のファイルは結構転がっており、片っぱしからダウンロードしていた。今のようにハードディスクの容量も多くはなかったため、落とすたびにCD-Rに焼いていたのは良い思い出。
 でも、CDに焼いちゃったらそれで満足してしまい、結局それほど聴かなかったよな。

The-Waterboys

 トレントファイルを漁ることに飽きると、彼らへの関心もだいぶ薄れていった。新しいアルバムが出たと聞いても、さして食指も動かず、「ふ~ん、そ」てな感じだった。そんなわけで、もう何年もMikeの音はまともに聴いていなかった。
 なので、去年のちょうど今ごろ、全世界のWaterboysファンだけでなく、多くの80年代洋楽好きを驚愕させたろくでなし子との婚約にまつわるニュースは、ビックリというよりは不意を突かれた印象だった。「そう来たか」というファースト・インプレッションは、思わずスマホ画面を二度見してしまったほど。しかも、Twitterで滅多につぶやくことのない俺が、勢いで「マジで?」とつぶやいちゃったくらいである。そのくらい、彼女との婚約は驚きだった。

 アーティストとしての活動より、芸術か否かの論争にまつわる訴訟沙汰によって、彼女の動向は何となく耳に入っていた。男の本能として、取り敢えず一回は興味本位でブログを覘いてみたりしたけど、まぁ彼女の主張に熱烈な賛意を抱くほどではなかった。ただ、興味本位のその先、ステレオタイプな猥褻さ・隠微さを押し通すためにシリアスになるのではなく、目くじらを立てて無用な茶々を入れてくる自称「良識派」をおちょくる姿勢はずっと気になっていた。世間に理解されづらいポリシーを貫くためには、鉄壁の意思と莫大なパワーを必要とする。周りから見ると「くっだらねぇ」のかもしれないけど、本人からすれば大真面目なのだ。
 最初は純粋な支援活動だった。極東の女性アーティストが表現の自由を奪われ、刑事告発までされている。そんな不当な扱いが許されるのか-。純粋な義憤に駆られていち早く支援を表明し、そして純粋な衝動によって頻繁に来日して親交を深めたが末、いつの間にかプライベートでも行動を共にすることになる。互いの純粋さが導きあった結果と見てよい。
 ろくでなし子の立場からすれば、60近くの「自称」ミュージシャンに純粋に迫られ、支援者という立場を超えた一男性として意識できたかと言えば、多分できなかったんじゃないかと思われる。お金を出してくれて歌も作ってくれて、世界中の支援の輪を広げるのに手を貸してはくれたけど、ところでこのオッサン誰?てな感じだったと思われる。どこかしらかで素性を知ったとして、微妙な賞罰経歴のミュージシャンだったしね。
 まぁそれでも「芸術性」という共通項によって親交を深め、まぁ子供もできちゃったことだし、今後の彼の活動ぶりが期待される。しばらくは一家でダブリン住まいみたいだけど。


Best of
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Waterboys
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1. A Girl Called Johnny
 1983年リリース、UK80位にチャートインしたデビュー・シングル。80年代初期ということもあって、ドラムがスカスカなことを除けば充分完成された楽曲。ピアノとサックスの音色、微妙に濡れた肌合いのMikeのヴォーカルとがブレンドして、メロウなアメリカン・ロックといった風情。でもアメリカじゃ出せないだろうな、こういったサウンドは。ドライな空気を演じようとしながら、スコットランドの潮風は冷たく濡れそぼっている。この曲が収録されたデビュー・アルバム『Waterboys』はチャートインせず。



2. The Big Music
 3枚目のシングルであり、セカンド・アルバム『A Pagan Place』に収録。ちなみにどちらもチャートインせず。1.よりさらにサウンドはドラマティックに、女性コーラス隊も入れてゴージャスに展開している。スケール感が求められる楽曲とMikeのキャラクターには、このような壮大さがフィットしている。でもね、いいんだけどさ、サックスが前に出過ぎ。アウトロのドラムソロは聴きごたえあり。

3. All The Things She Gave Me
 5枚目のシングルも、同じく『A Pagan Place』から。当然、チャートインせず。ここでアメリカン・ロックへのリスペクトをちょっぴり薄めたのか、UKバンドっぽくサスティンを利かせたギターを投入。サックスは相変わらずブロウしまくっているけど、少し後ろに引っ込んでいる。ある意味、バランスが取れた構成だけど、やはりアウトロに入ってからは出しゃばりまくり。これがMikeの意向だったのかはわかりかねるけど、ちょっとクドいくらい。久しぶりに聴いてみると、改めてクドい。

4. The Whole of the Moon
 2作目でも思うような結果が出なかったことに危機感を覚えたのか、ここで思いっきり方向転換、頑なに拒んでいたシンセも導入、泥臭いサックスに取って代わってフリューゲル・ホーンによって軽快さを前面に出してくる。3枚目のアルバム『This is the Sea』 の先行シングルとして、UK最高26位をマークした。Mikeのポップ・センスはもちろんだけど、ここに来て才能が開花したKarl Wallinger (key)によるBeatlesオマージュなアレンジとがシンクロしたことが、成功の要因である。
 ちなみにこの曲、このベスト・アルバムがリリースされた際にもシングルカットされており、何と自己最高のUK3位、アイルランド・チャートにおいても2位をマークしている。



5. Spirit
 『This is the Sea』収録、Mike自身によるコード弾きピアノの小品。約2分弱の楽曲をわざわざベストに選曲しているくらいだから、多分に思い入れも強いのだろうけど。ちなみにオリジナル・アルバムではこのベスト同様、4.と続いており、エピローグ的な意味合いもあるんじゃないかと思われる。

6. Don't Bang the Drum
 『This is the Sea』からのシングルカットで、当時はチャートインしなかったけれど、いまもライブではほぼ欠かさず演奏されており、人気の高い曲のひとつ。ここまで聴いてきて、やっとWaterboysというロックバンドのサウンドが固まった印象。Mikeの一枚岩的な印象が強いバンドだけど、ロック・サウンドとしての要となるのがKarlだったことが証明されている。

7. Fisherman's Blues
 せっかく前作でロックバンドとしてのスタンスを獲得したというのに、どこか物足りなかったのだろう。どこの時点でKarlが脱退してしまったのかは不明だけど、Steve Wickham という頼もしい相棒を得てからのMikeの決断は早く、もう一人のオリジナル・メンバーAnthony Thistlethwaite (サックスの人)を引き連れてダブリンへ移住、現在の活動にも繋がる『Fisherman’s Blues』を制作する。UK32位にチャートイン、ここですっかり「アイリッシュの人」というイメージが定着する。
 ここでのMikeのテンションは凄まじく、膨大なレコーディング素材を残しており、その制作過程もなかなか興味深いのだけど、それを書くのは次の機会だな。盛りだくさんすぎるんだもの。

8. Killing My Heart
 当時は未発表につき、ボーナス・トラック扱いだった『Fisherman’s Blues』のアウトテイク。アイリッシュ以前と以後のサウンドがうまくミックスされて、Dylan & The Bandが10年経ってアップグレードしたらこんな風になったのかなぁと夢想してしまう、ロック・テイストを添加したグル―ヴィー・チューン。こんな曲をアルバムに入れなかったくらいだから、このクラスの未発表テイクってっぱいあるんだろうなあ、と漠然と思っていた当時。20数年経ってから、その膨大なアウトテイクの山にビックリしちゃうことになるのだけれど。

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9. Strange Boat
 シンプルなバンド・セットによる穏やかなフォーク・ロック。特段アイリッシュ・テイストは感じさせないけど、やはりSteveのフィドルが強烈な個性を放っている。壮大なアイルランドの自然を想起させる音色は、ほっと一息つかせてくれる。

10. And a Bang on the Ear
 なので、田園風景を思わせる和やかなナンバーは、ロックというジャンルの懐の深ささえ感じてしまう。UKは時々、トレンドの音の飽和状態に呼応するかのように、トラディショナルっぽい楽曲が突然チャートインしたりする。「Come On Eileen」や「Perfect」など、英国人は無性に泥臭いフィドルを求めてしまう時期があるのだ。

11. Old England
 『This is the Sea』収録、ここでは89年グラスゴーでのライブ音源を使用している。

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12. A Man Is in Love
 『Room to Roam』収録。このアルバムを最後にMikeはWaterboysを一旦解散、その流れでこのベストがリリースされたという経緯なのだけど、さらにアイリッシュ色が強くなり、楽曲自体もソロ的な色彩が濃くなってきているので、バンドを維持する必然性が見えなくなってきたのだろう。もっと違う音楽もやってみたかったんだろうし。


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80年代ストーンズをちゃんと聴いてみようじゃないか - Rolling Stones 『Undercover』

folder 1983年にリリースされたRolling Stones17枚目のオリジナル・アルバム。売り上げデータ的にはUS4位プラチナ獲得、UK3位ゴールド獲得とアベレージはクリア、日本でもオリコン12位にチャートインしている。
 特に日本ではこの当時、Beatlesは再評価ブーム前につき過去の遺物、Led ZeppelinはJohn Bonhamの不慮の事故によって解散、同じくKeith Moonの不慮の事故によって迷走していたWhoは最初から人気がなかったため、現役で活動していた大物ロック・バンドといえばStonesしかいなかったのだ。この時期、Stonesのチャート・アクションが良かったのは、そんな外部要因も大きかったわけで。

 『Dirty Work』のレビューでもちょっと書いたけど、80年代以降のStonesは単なるロック・バンドではなく、下手な東証一部上場企業よりずっと優良な企業体である。活動していない時もバック・カタログが確実な収益を生むし、その運用益もハンパない。彼らがちょっとアクションを起こすたびに収益が発生してしまうため、税務対策上、活動ペースを落とさなければならないくらいである。
 例えKeithやRonnyが良いリフやフレーズを思いついたとしても、すぐに発表することはできない。ビジネス面を統括するMick Jaggerのゴーサインを待たなければならないのだ。あぁめんどくせぇ。

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 アーティスト自らマネジメントやレーベル運営を担うことによって、これまで何かと搾取されがちだったレコード会社との関係性は大きく変化した。大手レーベルとの直接契約ではなく、自主レーベルからの販売委託という形を取ることによって、アーティスト側の取り分は増える結果となった。中間搾取を減らすことによって粗利を増やすのは、ビジネス的には基本中の基本である。そういったビジネス・モデルの先鞭をつけたのが、Stonesである。
 彼らの成功事例をベースとして、同規模のセールスを有するアーティストらも後に続いたけれど、Stonesほどの収益を上げた者は数少ない。単なる大量販売だけでは、安定した企業経営は維持できない。そこにはアーティストとしての毅然たるポリシー、さらにバランス感覚に優れたビジネス・センスが必要となる。

 ロック・セレブとして不動の地位に君臨するMick Jaggerは、もはや単なるカリスマ・ヴォーカリストではなく、グローバル企業Rolling Stonesの最高CEO である。ステージで激しいダンスを踊りながら歌うより、大量の企画書や決裁書に細かく目を通し、ビジネス・パートナーや弁護士を囲んで会議している時間の方が長いのだ。
 古き良きロック・スターから、着実に枯れたブルース・マンの風情を身につけつつあるKeithもまた、一見あんな風だけど最高幹部会の一員である。彼の場合、Mickと違ってビジネス面は丸投げな部分が多いけど、彼の奔放なライフ・スタイルは、Stonesが単なるビジネス・バンドではない、というイメージ戦略における重要な役どころを担っている。何も考えずに、ヘベレケでギターをいじってるわけではないのだ。それはきちんと長期展望に基づいてシミュレートされたヘベレケである。まぁRonnyにとっては素だろうけど。
 数年前のリーマン・ショックの余波で、彼らの所有する資産価値が大きく目減りした、という、ホントか嘘か出所不明のニュースが流れたり、そんな話題がYahooニュースに取り上げられるのも、彼らならではある。

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 前作『Tattoo You』が新録ではなく、過去のアウトテイク集という形になったのは、主にMick とKeithの感情的な衝突によるものが大きい。
 レコーディング開始にあたり、いつも通りにリハーサルを兼ねたミーティングが行なわれたのだけど、MickとKeithの作業方針がかみ合わず、両者スタジオ入りをキャンセル、レコーディングは中止となった。とはいえ発売スケジュールは決まってしまっているため、発売中止というわけにもいかない。彼らクラスだと違約金だって膨大になる。なので苦肉の策として、膨大なアウトテイク素材を現場サイドに丸投げ、どうにかこうにか繋いだり切ったり貼ったりして無理やり完パケさせ、ピンチを乗り切った。
 で、それから2年ほど経過。さすがに2度続けてお蔵出し放出というわけにもいかず、それなりの心構えでメンバーはレコーディングに参加する。ただやっぱり、肝心の2人のわだかまりは解消されず、雰囲気は終始悶々としていた。
 バンド・メンバー以外の周辺スタッフが多くなりすぎて、ダイレクトな意思疎通が取りづらくなったことも、要因のひとつである。2人だけでまとまった時間を取って打ち合わせをすることができず、さらに加えて人づてで互いの悪口を言い合ったりなど、まぁ陰湿だこと。
 -何かとやりづらく、雰囲気の悪いレコーディングだった、とはRonnyの弁。まぁ彼自身、2人にどうこう言える立場じゃなかったしね。

 そもそも『Undercover』 というアルバムは、前向きな動機で作られたものではない。むしろビジネス上の要請に基づいて作られたアルバムである。
 この時期、Stonesはアトランティック・レーベルとの契約終了を控え、新たな提携レコード会社CBSとの契約交渉を進めていた。契約金は当時史上最高の2800万ドル。この10年後、Princeがワーナーと契約更改した際の契約金が1億ドルなので、そう考えると隔世の感だけど、どっちにしろわけわからん数字だわな。
 そのアトランティックとの契約枚数をクリアするため、Stonesサイドはベスト・アルバム『Rewind』をリリースする作業を進めていた。いたのだけれど、まだ1枚足りない。何かしら作っとかなくちゃ、といった事情である。
 『Steel Wheels』以降のStonesは、「レコーディング→アルバム・リリース→世界ツアー→ライブ・アルバムリリース→休養→最初に戻る」というローテーションが確立されているのだけれど、この時代のリリース・システムは「ベスト・アルバム→契約更改かネタ切れ」「ライブ・アルバム→来日記念かネタ切れ」と相場が決まっており、そう頻繁に大盤振る舞いするものではなかった。『Still Life』も出たばっかりだったしね。

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 で、そういったビジネス面の契約交渉は、もっぱらMickを中心として行なわれた。Keith以下のメンバーにとって、レーベル移籍とは「レコード会社のロゴが変わる」程度の認識しかなかった。そういっためんどくさいことは、みんなMickに押しつけていた。
 いたのだけれど、Stones本体の契約と並行してMick、CBSとの裏交渉で、ちゃっかり自分のソロ契約も併せて進めていた。別に隠してたわけじゃなかったかもしれないけど、きちんと契約書に目を通す者は誰もいなかったので、マスコミ報道を通じて知ったメンバーは、微妙な雰囲気となった。Bill Wymanあたりは知ってて知らんぷりしてたかもしれないけど。
 そりゃバンドに直接関係あるわけじゃないけど、でもひとことくらいあってもいいんじゃね?と憤ったのがKeithである。例えば、Bill Wymanがソロ活動したとしても、みんな「ふ~ん、で?」くらいの反応だけど、Mickはバンドのヴォーカルであり、フロントマンだ。脇役と主役とでは、その重みは全然違ってくる。
 「そんな大事なことを、この俺にひとことも相談なく決めやがって」というのが、その後数年に渡る遺恨試合の端緒となる。

 70年代のKeithが、ドラッグやら裁判やらスキャンダルやら、まぁ全部自分が蒔いた種だけど、何かといろいろ振り回されていた、というのは有名な話。「最も早死にしそうなアーティスト」のトップに長く君臨し、Stonesの活動に専念できなかった。
 で、1977年のカナダでの逮捕拘留→裁判を経て、本格的にドラッグと手を切ることを決意、治療を受けることになる。「全身の血を入れ替えた」というエピソードが、ホントか嘘かは不明だけど、まぁ当時から金は唸るほど持ってたはずなので、人体改造にも匹敵する荒療治を行なったのだろう。だってKeithって不死身のはずだから。
 ほぼクリーンな体にビルドアップした後は、司法交渉の条件であるチャリティー・ライブを開催、晴れて本格的にシーンに復帰することになる。ブルース以外の多様な音楽性を披露した『Some Girls』『Emotional Rescue』も、セールス・内容とも高い評価を得た。
 続けて80年代も、その勢いで活動するはずだったのに。

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 Keithがグダグダだった70年代、度重なるバンド存続の危機を乗り越え、Stones運営の舵取りを行なっていたのがMickである。泥臭いブルース・ベースのロックンロールが飽きられつつあることを察して、徐々にサウンドの洗練化を進めていた。ディスコ時代に即した「Miss You」や「Emotional Rescue」のような、ディスコやニューウェイヴがなければ生まれ得なかったシングル・ヒットは、主にMickの手腕に負うところが大きい。
 オーソドックスなロックンロールやブルース・ナンバーを収録することによって、固定ユーザーやKeithらへの配慮を忘れず、ディスコやレゲエなど、当時の最新トレンドの導入によって、同世代ロートル・バンドとの差別化を図った。こういった一連の施策は新世代パンク・バンドへの対抗策となり、Mick Tylor脱退後に訪れた自己模倣からの脱却にも成功した。
 何しろKeithがあんな状態だったため、Mickが率先して、ビジネス/音楽両面において仕切らざるを得なかった。その気になればStonesを活動休止させて身軽なソロ活動もできたのに、Mickは敢えて苦難の路を選んだ。
 バンド存続に尽力していたのは、単なるビジネス上の損得だったのか、それとも純粋にKeithにとってのプロミスト・ランドを守りたかったのか。

 そんなMickの奮闘もあって、Keith復帰後のStonesは短い安定期に突入する。エンタメ性を追求したライブ演出を志向したMickは、これまで偶発性に左右されがちだったライブ・セットのパッケージ化を推し進める。冗長になりがちだったインプロビゼーションを最小限に抑え、その日の気分次第だったセット・リストも、入念なリハーサルによってタイム・スケジュールや曲順を細かく設定した。
 スタジアム・クラスの会場中心のツアーでは、演奏上のニュアンスより大掛かりな舞台セットの方が、観客に与えるインパクトは大きかった。大画面オーロラビジョンやド派手な花火演出は、その後のロック・バンドのライブ演出における基本フォーマットとなった。
 寸暇を惜しんでStones運営に没頭し、Keithも復帰して軌道に乗せることができた。
 -そろそろ俺も、自分のやりたい事やってもいいんじゃね?というのがMickの主張である。

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 ただそうなると、ヘソを曲げてしまうのがKeith。
 「完全復帰したからには、Stonesを世界最強のブルース&ロックンロール・バンドにするんだ」と決意を新たにしたのに、なんだあの野郎、ディスコやニューウェイヴなんかに色目使いやがって。こんなデカいハコじゃなくて、もっとこじんまりしたライブハウスの方が、俺たちのサウンドが伝わるっての。第一なんだあの花火、ドッカンドッカンうるさくて、俺のギターが聴こえねぇじゃねぇかっ。
 「そういうてめぇこそ何だ、いつまで経っても変わり映えしねぇ、同じブルース・スケールばっか弾きやがって。そんなの今どき流行んねぇんだよ、編集でどうにか一曲にまとめてるだけじゃねぇか。第一お前、俺があれこれ段取り立ててる時、現場にいなかったじゃねぇかっ」

 実際、そんなやり取りがあったのかどうかは知らないけど、とにかく何かと噛み合わなかったのは確かである。で、そんな状況下で制作されたのが、この『Undercover』というわけで。
 スキャンダラスな話題性を狙いすぎたがゆえ、却ってダサくなってしまうアルバム・ジャケットや歌詞はいつものこととして、当時流行っていたArthur baker を意識した、ダンス・ビート寄りのタイトル・ナンバーなど、かなりの部分でMickが主導権を握っている。古臭いブルースだけじゃなくて、新規客獲得にはこういった最新の小技も取り入れなきゃならないんだ、と言わんばかりに。
 時代背景的に見ると、テクノロジー機材の劇的な進歩に伴い、アタック音の強いダンス・ビートがチャートを席巻していた時代にあたる。ベテラン・アーティストもその例に漏れず、多分レコード会社からの要請も強かったのか、猫も杓子もシンセ機材やダンス・ミックスの導入を図っていた。
 ただ、そんな戦略が作品クオリティ/セールス両面において成功したのはDavid BowieかYesくらいで、この時代のベテラン・アーティストの作品は、大方が黒歴史化している。この頃のDylan なんて、特にぎこちなかったしね。

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 Stonesは自主レーベルだったため、親メーカーからの過干渉も少ない方だったけど、まったく世の流れを無視するわけにもいかなかった。「時代に合わせたヒップな音じゃなきゃダメなんだ」というMickの現場感覚が反映されているのだけど、正直、彼らにそういったニーズがあったかといえば、多分なかったはず。
 ガッチガチのStones原理主義者からの拒否反応は予想できていたはずだけど、だからといってDuran DuranやCulture Clubのファンが『Undercover』に飛びついたかといえば、それもありえない。すでにこの時期、Stonesは強固なブランド・エクイティを確立していたのだから。Stonesのブランドを使いながら、Stonesからかけ離れたサウンドを模索していたのが、彼らの80年代といえる。
 Rolling Stones というバンドの性格上、話題性が先行して肝心の中身について論ぜられるのは後回しになりがちである。特に80年代のアルバムについては、MickとKeithの主導権争いがメインとなり、特に『Undercover』 は彼らのディスコグラフィの中でも存在感が薄い。
 ただ、そういった先入観を抜きにしてきちんと対峙してみると、個々の楽曲自体はしっかり作り込まれ、Bob Clearmountainによるメリハリのあるミックスは、各パートのインタープレイがくっきり浮かび上がる構造になっている。「80年代サウンドに毒されて云々」といった悪評は逆に的外れで、シーケンスに頼らないバンド・サウンドは今の耳で聴くと逆に新鮮でもある。前評判だけでスルーしてしまうには、あまりに惜しいアルバムだよな、これって。周辺情報が多すぎる分、何かと損してるアルバムである。
 まぁ、そういったゴシップも全部引っくるめて、Rolling Stones というバンドのアイデンティティではあるのだけれど。
 なんだかんだ言ってKeithだって、「しゃあねえな」という苦虫顔で付き合ってるし。

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1. Undercover of the Night
 先行シングルとして発売され、US9位UK11位のスマッシュ・ヒット。スキャンダラス性を煽ったPVやタイトルといい、何かと先入観で聴かず嫌いの人も多いと思われるけど、ちゃんと聴いてみると同時代のロートル・ミュージシャンと比べても現場感覚をしっかり意識して古びていない。「ダサい」と思われていたダンス・ビート中心のアレンジは、逆に時代の趨勢に飲み込まれず、いま聴くとStones流のダンス・ナンバーとして機能している。
 Sly & Robbyによるダヴ・ビートは彼らにとって新機軸だけど、Keithもレゲエ繋がりなら納得しているのか、オーソドックスなロック・ギターとの相性は良い。ダンスフロアでのリスニング・スタイルを想定して、エフェクトをたっぷり効かせた騒々しいサウンドは、普通なら音が潰れそうなところだけど、構成楽器のひとつひとつの粒立ちは意外なほどはっきりしている。その辺の仕事はやっぱりBob Clearmountain。ちょっと上品だよな、やっぱ。



2. She Was Hot
 こちらは第2弾シングル。パブリック・イメージとしてのStonesなら、むしろこちらの方が「いかにも」といった感じ。王道ロックンロールが飽きられていた時代もあって、US44位UK42位はまぁ妥当なところ。こういった数値で見てみると、やはりMickの先見性が見事ハマった結果になっている。
 それ以外にも前述したように、ミックスが上品なので、このようなガレージ・ロック・スタイルではクリア過ぎる感がある。こういったサウンドではむしろコンプがかかったようにちょっと潰れ気味の方が風情が出るのだけど、きれいに分離しすぎて聴き流れてしまうとこがちょっと惜しい。ライブ映えする曲なので、スタジオ・ヴァージョンじゃない方がいいのかも。

3. Tie You Up (The Pain of Love) 
 彼らのもう一つの持ち味である、ジャンプ風のブルース・ナンバー。MickのヴォーカルとKeith のギターとの掛け合いが、このアルバムのハイライトのひとつ。80年代の特徴として、人工的なドラムの音が興醒めしてしまう部分もあるのだけれど、彼のクセの強いオブリガードはサウンドに埋もれることを拒否している。ていうか、「俺は俺さ」ってか。
 中盤のブレイク、ビートとMickのみのパートが、ものすごくダサい。普通にモダン・スタイルのブルース・ナンバーで通せばよかったものを、この辺は多分Mickの横やりだな。

4. Wanna Hold You
 Keithヴォーカルによる、ちょっとキャッチーなロック・ナンバー。思えばKeithがブルースやレゲエ以外の曲でリードを取るのは珍しい。彼の場合、実際は何が何でもブルース原理主義というわけではなく、地味ではあるけれどアルバム毎に小さな範囲で新機軸を打ち出している。彼だってStonesの一員、ちょっとは新しいサウンドにも手を付けてみたいのだ。
 タイトル通り、Beatles「I Wanna Hold Your Hand」にインスパイアされており、そんなテーマからも軽快さを志向していることが窺える。

Rolling+Stones+Undercover+Of+The+Night+Dub+Ve-11730

5. Feel On Baby
 本格的なレゲエ、と言いたいところだけど、実のところはレゲエのフォーマットを使ってStones的な猥雑さを演出した、本質的な部分ではもっともStonesらしい作品。普通にロックンロールやブルースでお茶を濁すこともできたものを、敢えてここで実験的なナンバーを入れてしまうところが、チャレンジ・スピリットと言える。考えてみれば、方向性は全然違うけど、MickもKeithも新しいサウンドに貪欲という点においては一緒なんだよな。楽しそうにコーラスやってるし。

6. Too Much Blood
 で、そんなレゲエのエッセンスを消化して、ロックンロールのイディオムとサンバのリズムを付け加え、ギターのファンクネスをぶち込んで怪しげに仕立て上げたのが、これ。第3弾シングルとしてUSではメインストリーム・チャート38位にランクインしたのだけど、UKでは音沙汰なし。もったいないよな、いま聴くと、「Thriller」を意識したかのようなギター・プレイやシャウトがモロで笑えるし、でもカッコいいんだよな、ホーンの音色なんかも。
 ちなみにリリース当時話題になったのが、パリで起こった日本人による人肉食殺人事件を歌った歌詞。世界中で騒がれて間もない頃だったため、どちらかといえば批判的な論調だったことを覚えている当時中学生の俺。



7. Pretty Beat Up
 スタジオ・ライブっぽく奥行きある響きのMickのヴォーカルが炸裂する、ソリッドなロックンロール。アクセントとしてDavid Sanbornがエモーショナルなサックスを披露している。ミックスとしては全体的に分離が良すぎるのだけど、Davidのプレイが熱く昂ぶっている。クレバーなプレイでまとめてしまう彼にしては珍しく白熱のプレイ。でもそれだけかな、楽曲としては普通の出来。

8. Too Tough
 なので、下手な小細工を使ってないこれは、Stonesの本質をうまく掬い取っている。リフを中心としたギター・サウンド、わかりやすいサビ。同じロックンロールでも、テイストがまるで違っている。こういった曲は古くならないんだよな。

9. All the Way Down
 Mick Tylor時代を彷彿とさせる、やや土臭いブルースっぽさが充満したロック・チューン。いやいいんだけどさ、これを80年代にリリースするのはちょっと時代性を無視してない?といった感じ。古参ユーザーへの配慮で入れたのかもしれないけど、果敢に挑戦する姿勢を見せたA面と比べると、保守的なナンバーが並んでるのがB面の特徴。ここら辺が若い層には受け入れられなかったのかな。

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10. It Must Be Hell
 続いて、「Honky Tonk Women」の別ヴァージョンと言われたら信じてしまいそうな、原理主義者向けのスワンプ・ロック・ナンバー。まぁキャッチーなA面と保守的なB面に分けたのかな。いいんだけどね、でも前向きではない。「抑え」的な楽曲としては優秀だけど、メインに出すべき曲じゃない。その辺がわかっててラストに入れたんだろうな。もともとフィナーレで盛り上げるアルバムを作る人たちじゃないし。



Blue & Lonesome
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嗚呼、青き春の日々よ。 - Prefab Sprout 『Swoon』

folder 今年3月に突如YouTubeに新曲「America」をアップ、そのタイミングに合わせたのか、いや制作の噂はずいぶん前から流れていた詳細な評伝『プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて』が出版されたり、何かと周辺が騒がしくなってきたPrefab SproutのPaddy McAloon。
 昨年は映画監督Spike Leeを含む3ショット・フォトがインスタグラムにアップされたことで、両者の関連性の薄さから世界中のファンがちょっとだけ騒然となった。ほとんど生き仙人のような人なので、このような気まぐれ的なエピソードでも「活動再開か?!」とネット上では盛り上がっていたけど、まぁあんまり期待しない方がよい。もともと腰の重い人だし、第一、前作『Crimson/Red』リリースから「まだ」4年しか経っていない。下手に期待すると失望もデカいので、優しく動向を見守ってやった方が精神安定上よろしい、というのが俺の個人的見解。



 トランプ政権の移民締め出し政策に対する抗議声明を織り込んだ歌詞は、簡素なアコギのストロークで彩られている。メロディはシンプルで歌声もソフトで穏やかなので、英語を解しない者にとって、「America」は我々が良く知っているPrefabサウンドに加工される前の原石として映ることだろう。
 少年期をニューキャッスルで過ごしてきたPaddyが長らく憧憬を抱いていた、はるか大西洋の向こうのアメリカ。彼にとってアメリカとは、Elvis PresleyやGershwinらを始めとする、多数のポップ・イコンを産出した「自由と繁栄」の象徴だった。それが時代を経るにつれて動脈硬化を患い、本来トリック・スターであるはずの男を大統領に祭り上げてしまってから、急激に制御不能の迷走状態に陥ってしまう。
 Paddyが政治的な発言・行動を起こしたことは、これまでにない。労働者階級にえらく評判の悪かったサッチャー政権の80年代UKでは、ほぼどのアーティストもサッチャリズムへの不快感をあらわにした楽曲を書き、インタビューで毒づいたりすることが一種のトレンドだったのだけど、Paddyについてはあまりそういった発言があった話は聞かない。もともと頻繁にインタビューを受ける人ではなかったこと、また「King of Rock’n’ Roll」「Cars & Girls」など一部のポップ・ヒットを除き、キャリアの早いうちから時代風俗に左右されない、純音楽主義的なスタンスを貫いてきた点も、彼の浮世離れ化に拍車をかけた。

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 よっぽど腹に据えかねたのか、たまたまひらめきとタイミングとがマッチしちゃったのか、それはともかくとして、Paddyが今の時勢とのコミットを図ろうとしたこと、また前世紀から使い倒していた古臭いマックから、スマホ・ユーザーにランクアップしていたことを、全世界のファンは慶ぶべきことである。ここまでが賞賛。
 ただ、純粋に楽曲レベルで判断すると、「America」はやはりデモ段階のトラックであって、正直、新曲以上の付加価値を云々語れるレベルではないことは確か。映像での余興的なパフォーマンスから窺えるように、このレベルの楽曲なら彼にとっては鼻歌程度、さして産みの苦しみを煩わすこともなく書いてしまう人である。今回はたまたまアップされているけれど、構成がまだ不十分な楽曲・断片的なフレーズは山ほどあることは、昔から結構知られている事実である。何年かに一度、どこがしかで流出音源がネット上で拡散され、各フォーラムは喧々諤々の大騒ぎになるのは恒例行事となっている。
 そういった未整理のマテリアルは多々あって、熱心なファン・フォーラムや非公式サイトでも詳細な未発表アルバム・楽曲のデータ・資料がまとめられている。とにかく思いつきは壮大で、それに見合うほどの材料はたっぷり準備されているはずなのに。

 それなのにPaddy、大風呂敷を広げて畳めないというか、広げた後にまた別の風呂敷に目移りしてしまうというか、まとまった形に仕上げることが大の苦手である。単なる佳曲の寄せ集めではなく、一本筋の通った堅牢なコンセプトを設定してしまうので、何かと自分で縛りを多くしてしまって収拾がつかなくなってしまうパターン。夏休みの計画表作りに全エネルギー使っちゃう、典型的なタイプだよな、この人。
 そんな人なので、今回のように衝動的な単曲アップロードという行動は極めて珍しいことなのだけど、時代は変わってスマホ・ユーザーになったPaddy、思いついたらすぐ世界中に発信できるシステムの存在を知り、様々なタイミングが合っての結果なのだろう。
 アルバムという単位が形骸化しつつあるご時勢、これを機に「思いついたら録って出し」の形でどんどんネットにアップ、最終的にオムニバス的な小品集にまとめてしまうのもアリなんじゃね?と外野は思ってしまうのだけど、まぁ多分しねぇよな。その辺は古い価値観で固まってそうなので、「やはりアルバムとは、云々カンヌン…」といったこだわりがありそうな気がする。
 めんどくさい奴って思っちゃいけないよ。アーティストなんて、大抵めんどくさい人種なんだから。

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 現役のソングライターとしては、前世代に属するBrian WilsonやPaul Simonらとも引けを取らないポップ職人のPaddy McAloon だけど、最初から今のようなコンテンポラリー・ポップ路線を志していたわけではない。むしろデビュー前後はそういったコンテンポラリー路線とは真逆のベクトル、若輩ゆえの荒削りなんてものではなく、もっととんがって屈折したサウンドを奏でていた。
 当時彼らがカテゴライズされていたネオ・アコースティック、略してネオアコというジャンルは、代表的アーティストとされているEverything But the GirlやAztec Camera のサウンドから窺えるように、今の耳で聴けばアコースティック・ポップ、シャレオツな午後のカフェにフィットするソフトな癒し系を思わせる。事実、そんな使われ方は今も変わらない。アップテンポなナンバーも基本、どれもトゲがないように聴こえるし。

 発売から30年以上経過、現代のフラットな視点ではナチュラル志向の強いサウンドとして受け止められているけれど、ムーヴメントの隆盛である80年代初頭にフォーカスを置くと、リアルタイムでしかわかりえない別の側面が表れてくる。
 パンク/ニューウェイヴの波がひと段落し、ポスト・パンクとして「何でもアリ」の爛熟状態だった1978年、Prefab Sproutは結成された。最初期の自主制作シングル「Lions In My Own Garden」はブルースっぽさの薄いハーモニカと単調なギター・ストロークで構成されたフォーク・ロック調ナンバーとなっている。やたらアタックの強いスネアと吐き出すようなPaddyのヴォーカルは、パンクの余波を引きずった、それでいて性急で単調な8ビートを拒否しているかのように映る。そのビートは粗野な響きではなく、あくまで主役になっているのは歌だ。
 ナチュラル・トーンのギターとルート音にこだわらない自由奔放なベース・ライン。ハードコアやシンセ・ポップとも違う、既存ロックの破壊を主目的としたパンクの「その後」であり、建設的なアンチ・スタイルでもある。

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 で、『Swoon』。実は今に至るまで、きちんと馴染めずにいる。いくら聴きこんでも掴みどころのない、それでいて数年に一度、たまに聴いてみたくなる類のアルバムでもある。ジャンルは違うけど、俺的にはTom Waits 『Rain Dogs』と同じ座標上にある、そんなアルバムである。
 若気の至りとか習作的な扱いをされる反面、二度と作れない/誰にも模倣できない、という意味では、80年代UKのロック/ポップ・アルバムの中でも孤高の位置にある。Paddy的にとってもデビュー作ということで、他のアルバムと比べて感慨めいた想いがある反面、どれだけ時間を費やしても到達できない、初期衝動のみによって組み立てられた不器用な完成品が、ここには詰まっている。
 ジャンルは全然違うけれど、King Crimsonが「21st Century Schizoid Man」を、若き日の桑田佳祐が「勝手にシンドバッド」を、もっと若い人にもわかりやすい例でゆずが「夏色」を作ったように、デビュー前の蓄積をベースとした突発的な思いつきが、突然変異的な名作を産み出すことが、ポピュラー史の中ではままある。
 どのアーティストもキャリアを重ねることによって、技巧に長けて数々の名曲を産み出したけれど、逆に最初期の正体不明なエモーショナルは失われてゆく。どれだけ卓越した技術を持ってしても、鮮烈なデビュー曲の前ではすべてが霞んでしまうのだ。

 だからといって『Swoon』がそれらの曲同様、強烈なインパクトを放っているわけではない。UK最高22位はデビューとしては充分アベレージを超えてはいるけれど、当時の80年代音楽シーンに鮮烈な一石を投じた、というほどではない。彼らのキャリアの中では異質なサウンドであり、その後のPaddyの志向はもっとスタンダードに寄り添ったソフト・サウンドへ向いていった。なので、ここで奏でられるサウンドはその後の彼らとは一線を画しており、習作と言えるものではない。あくまで異質の手触りだ。
 今さらPaddyが『Swoon』的なサウンドを作ろうはずもないし、そんな需要もないだろう。ここでのサウンドはあくまで刹那的な、ほんの一瞬のものだ。あくまで蒼い青年時代の初期衝動の産物でしかない。
 ただ、ここからすべてが始まった。こういったわかりやすい「怒り」をラウドなサウンドを使わずに表現することが、Paddyの表現者としてのスタートだったのだ。それだけは言える。

Swoon
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Prefab Sprout
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1. Don't Sing
 性急なビートに載せて、今ではほぼ聴くことのできない27歳のPaddyのシャウト。簡素なバッキングは歌と突っかかったようなギターのフレーズを引き立たせる。アクセントで使われるフェンダー・ローズまがいのシンセと調子っぱずれのハーモニカ。どのパートもメチャメチャな方向を向いているが、奇跡的にひとつの楽曲として成立している。



2. Cue Fanfare
 なので、これもベクトルはバラバラ。ポップ・ソングとして捉えるなら完全に破綻しているのだけど、破綻こそ美であるニューウェイヴの潮流で考えるとわかりやすい。セオリーを外しまくることに重点を置いたがため、楽曲としての整合性を無視したメロディとコード進行は、唯一無二の輝きを放つ。

3. Green Isaac
 ここで少しメロディとしてのまとまりが出てくる。ニューウェイヴ界の天使的存在だったWendy Smithのコーラスが印象的だけど、常にフラットしまくる彼女の歌声はこの頃から。転調を境として前半と後半とでは、色合いがまったく違っている。よくひとつにまとめたよな。

4. Here on the Eerie
 彼らにしては珍しく、ていうかほとんど唯一といってよいファンキー・チューン。正直、イントロだけずっと聴いていたいほどだけど、歌が入ると相変わらず奔放なPrefab節。シャッフルするリズムは性急にPaddyの歌を追い立てる。レアグルーヴ系のコンピに入れたら、案外しっくり来るんじゃないかと思われる。

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5. Cruel
 初期の代表作とされる、ジャジー・テイストを強調した「これぞネオアコ」といった代名詞的なナンバー。スタンダード・ナンバーにも匹敵する構成力は、若干27歳の若者の手によって紡がれたとは思えない完成度を誇る。Costelloがカバーしちゃったのも納得してしまう出来である。でもCostelloが歌っちゃうと、完全に彼の色で染まっちゃうんだよね。それに比べてPaddyのキャラクターってそれほど強いエゴが出てるわけじゃないし。この辺がやはりグローバル展開できるかできないかの違いなのだろう。



6. Couldn't Bear to Be Special
 コーラスのかぶせ方が『Steve McQueen』以降を思わせる、よってこのアルバムの中ではちょっと異質なメロディアスなナンバー。Paddyの青臭いシャウトが『Swoon』的世界観につなぎとめているけど、流暢なメロディはやはり隠しきれない。その後の方向性を暗示させる曲である。

7. I Never Play Basketball Now
 果てしない階段を降りてゆくような不穏なイントロが明けて始まるのは、案外爽やかなポップ・チューンで拍子抜け。このアルバムの中では比較的わかりやすい形にまとめられているので、むしろこれをシングルで切ってもよかったんじゃないかというのは俺の個人的感想。青白い文化系少年Paddyを彷彿とさせる、タイトルがあらわすように帰宅部への憐憫と皮肉が入り混じったナンバー。

8. Ghost Town Blues
 ラグタイムっぽいイントロで始まるヴォードヴィル・ナンバー。タイトル通り歌詞は救いのないくらい内容。だってブルースだもん、と言わんばかりに。でも曲調はどう聴いたってブルースじゃない。もともとPaddy、ブラック・ミュージックの要素は皆無だし。彼なりのブルースなのかしら。

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9. Elegance
 ネオアコ成分の強い、このアルバムの中では比較的聴きやすいナンバー。コード的にはちょっと不安定なところはあるけど、例えばビギナーに『Swoon』のオススメは?と問われて真っ先に浮かぶのはこの曲なんじゃないかと思われる。ただ、長らく聴き込んだファンにとっては平坦なポップ過ぎて、ちょっと物足りなくも感じてしまうのだ。

10. Technique
 なので、すれっからしのPrefabユーザーはこういった曲をむしろ好んでしまう傾向にある。ミニマリズムなカウントの後、吐き捨てるようなPaddyのヴォーカル。1分ほどして転調、その後のファズ・ギター、そしてゆったりしたワルツにつながる展開は先が読めず、ニューウェイヴにおけるセオリーすら軽々と飛び越えてしまう。何でもアリというのがニューウェイヴ以降である、ということを改めて知らされる一曲。

11. Green Isaac II
 3.の続編となるエピローグ。Wendyとの荘厳なデュエットは美しく透徹として、そして唐突に終わる。途切れた音の先はどこへ向かったのか。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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