好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

「俺の欲しい音わかるよな?」と脅して作らせた音楽 - Miles Davis 『Tutu』

_SX355_ Milesが辿ってきた音楽的変遷というのは、要は「どれだけジャズというジャンルから逃がれられるか」の軌跡である。既存の枠にカテゴライズされることを忌み嫌い、「俺自身がジャンルだ」と気を吐くのは昔からのことで。やっぱJBとかぶるよな、こういうとこって。
 とはいえ、本人がどう思おうが、Milesはどこまでもジャズの人である。ビバップ以降のジャズの可能性を広げたのは、どうしたってこの人だし。

 30年もの間、所属していたコロンビアは基本、彼をジャズのカテゴリで売り出し続け、5年のブランクを置いての復帰後も、これまで通り、快く迎え入れた。何の問題もない。彼はすでに生きる伝説だった。
 80年代のコロンビア・ジャズは、20代の若手主導による新伝承派と、70年代残党によるフュージョン/クロスオーバーとが主力で、それらのオピニオン・リーダーとなっていたのがWynton Marsalis とHerbie Hancock だった。
 ポピュラー界全体でも、まだ一般的ではなかったスクラッチと無限変速のダンス・ビートによって、大きなインパクトを与えた「Rockit」の成功は、商業的にも大きな成功をもたらした。その基本は、70年代からのジャズ・ファンク〜R&B路線をアップデートさせたものだが、市場のニーズと彼の嗜好とがうまくシンクロした結果である。
 Herbieの優れた点は、そういった大衆路線と並行して、VSOPでスタンダード路線もしっかり押さえていたところ。『Future Shock』だけなら単なるご乱心だけど、「伝統的な4ビートだって忘れてないんだぜ」的な二面性を保つことによって、保守派ジャズ・ファンからも一目置かれるポジションをキープしていた。
 対して、先祖返りのモード・ジャズの再発掘とされる新伝承派もまた、保守派ジャズ・ファンの間では安定した人気を誇っていた。Wyntonに並ぶスター・プレイヤーの不在によって、フュージョン一派ほどポピュラーな存在ではなかったけど、成長株として評価はされていたし、特に日本での人気は高かった。

_89119631_milesdavis1

 で、そんな状況下でMilesに求められていたこと。コロンビアとしては、どっしり構えたレジェンドとして、悠然たるモード・ジャズをやってもらいたかった、というのが正直なところ。若手の総元締めとして、新伝承派のルーツを演じてもらいたかったのだ。
 完全にドラッグから足を洗ったわけではなく、体だってボロボロだったから、今さら新しい音楽なんてできるわけないし。言ってしまえば、金のために復帰したんだし、それならそれで、過去の遺産でお茶を濁したって、誰も責めやしない。それだけのことをやってきた人だし、二流のミュージシャンの新作よりは、ずっと出来だっていいはず。
 でも、そうじゃなかった。
 帝王は常に「その次」を見続けていた。

 モード・ジャズもフュージョンも、すべてはMilesが最初に始めたものであり、主義として過去を振り返らない彼が、今さら手をつけるものではなかった。帝王にとって最高傑作とは、常に次回作だ。
 -なんで俺が、二番煎じの片棒担がなきゃなんねぇんだ?
 きっとそう思っていたことだろう。
 混沌を未整理の状態で表現した最高峰が『アガ・パン』だとして、果たしてそれが多くの聴き手に理解できたかといえば、正直難しいところ。『On the Corner』は好きな俺も、『アガ・パン』は最後まで通して聴けたことがない。
 その混沌としたジャズ・ファンクの素材を整理・加工し、コンテンポラリーな商品としてマーケットに流通させることが、80年代Milesのコンセプトだったと言える。

5e8a41f35d27ba949b5853fd6b588

 セッション中、テープを回しっぱなしにして、不協和音スレスレのハーモニーや変速リズムが録音された素材を編集、どうにか商品の形にまとめていたのが、プロデューサーTeo Maceroだった。特に電化以降のMilesがコンスタントにアルバムをリリースできたのは、彼の巧みなテープ編集技に依るものが大きい。
 ただ復帰後のMilesは、よりコンテンポラリーな方向性を求め、職人肌のTeoとは次第に距離を置くようになる。自らの仕切りによる漫然としたセッションに見切りをつけ、バックトラックの外注化を推し進めたのが80年代である。70年代のジャズ・ファンク路線を踏襲しながら、まとめきれなくなった音の洪水を整理し純化する作業を、まだ20代のMarcus Millerに委ねることとなる。

 もともとフュージョンのGRPを入り口としてこの世界に入ったMarcus が、すでに過去の偉人扱いだったMilesのバック・カタログをどれだけ聴き込んでいたかは疑問だけど、MIDI機材を駆使したアップ・トゥ・デイトなサウンドを具現化できる彼のスキルは、得がたいものだった。
 Miles思うところのモダンなサウンドを作らせ、最後に朗々としたミュート・ソロを入れたらできあがり。『Star People』も『You're Under Arrest』も『Decoy』も、Miles自身はサウンド・メイキングに何ら関与していない。多少は口出ししたかもしれないけど、ほぼ「Marcus 思うところのMiles的サウンド」で構成されている。「Time After Time」も「Human Nature」も「Perfect Way」も、Milesが「これやりてぇ」とつぶやいたら、「かしこまりっ」てな具合で、きっちりパッケージングしてくれる。
 何かと使い勝手の良い男である。

9110809_p

 でもしかし。
 Milesのそんな先進性は、コロンビア的には歓迎すべきものではなかった。
 何も新しいものなんか期待していない。ただ普通に、「Round About Midnight」や「Birth of Cool」だけやってもらえれば、営業戦略的にはよかったのだ。
 伝統芸能としての古典ジャズがあり、その頂点に位置するMiles。大御所たるもの、安易に目先の流行に惑わされものではない。静かなる水面のごとく、数年に一度、悠然かつ堂々とした正攻法の4ビートを奏でてくれればよい。営業サイドも、内心そう思っていたはずで。
 なのに、何だあの野郎、毎年毎年アルバム作りやがって、そんなんじゃレア感出ないじゃないの。時代に合わせたサウンドなんて、もっと若手に任せときゃいいものを、帝王がそんなチャラい音楽やってどうすんの?
 コロンビアとしては、そこまでフットワークの軽い活動は望んでなかったはずだ。だって、バック・カタログのリイッシューやボックス・セットで十分ペイできるんだし。

 当時のMilesへのインタビューを読めばわかるけど、ベルリン・フィルとの共演企画に始まる、とにかく権威づけして神棚に祀っておきたいコロンビアの思惑が、帝王との方向性のズレを示唆している。
 復帰以降では、最も突出してプログレッシブな内容の『Aura』のリリースに難色を示したコロンビアに憤慨したMilesは、ワーナーに移籍してMiles的オリジナルの探求、そして存命中には叶わなかったポップ・スターとしてのポジションを追い求めることになる。
 コロンビアの立場に立って考えると、まぁ別に気張らなくたって安定したセールスは見込めるんだし、何もそんなシャカリキにならなくてもいいんじゃね?と思っていても不思議はない。時々アニバーサリー的な作品を出して、あとはベストかアーカイブで凌いでくれた方が、レコーディング経費もかからないわけだし。
 なまじ覚醒しちゃったベテランの手綱を操るのは、容易ではない。ジャズから離れようとしながら、同時にジャズ界のイノベーターでもあろうとするMilesの、そこがめんどくさいところで。

b0068450_12492346

 で、再度Marcus を呼びつけて、「俺の言ってることわかるよな?」的に恫喝、バックトラックを全部丸投げして一気に作らせたのが、この『Tutu』。方法論としては、『Star People』 以降と大きな変化はない。
 コンセプトメイカーとしてのMilesの感性は、時代の変遷で風化するものではないけど、サウンドメイカーとして見るのなら、ちょっと評価は違ってくる。その辺はやっぱ年の功もあって、時代に即したサウンドを単独で作るには、ちょっとムリがある。
 Cyndi LauperやScritti Polittiなど、ポピュラー・ヒットへの着眼点は眼を見張るものがあるけど、それに比したサウンドを作るとなると、話はまた別になる。だからこそ、Marcus のような存在が必要なわけで。
 ソロイストとしてのスキルを極めるより、集団演奏によるトータル・サウンドの空間演出に力を注いできたのが、コロンビア以降のMilesである。スペシャリストによるアンサンブルも、フェアライトで緻密に組み立てられたシンセ・サウンドも、要はMilesのミュートを引き立たせるための大掛かりな演出なのだ。
 最後の一筆を入れるがごとく、完成されたバックトラックの隙間を縫うように、ペットの音色を吹き込むMiles。トラックの隙間を埋めるのは、単なるペットの音色ではなく、長い余白と余韻の如く、サウンドを切り取るブレスだ。
 綿密に構築された喧騒の中、そっと射し込まれる沈黙。
 行間に「意味」を吹き込むMiles的ジャズ・ファンクの最終形である。


Tutu
Tutu
posted with amazlet at 17.09.25
Miles Davis
Warner Bros / Wea (1994-07-08)
売り上げランキング: 180,351



1. Tutu
 まさかジャズの、しかもMilesのアルバムでオーケストラ・ヒットを聴くとは思いもしなかった。でもそこ以外はスロウな大人のジャジーなファンク。

2. Tomaas
 この曲のみ、MilesとMarcusの共作名義となっているけど、本当の主役はOmar Hakim。世代が近いだけあって、Marcusとのコンビネーションも絶妙。どちらも複雑かつバラバラなリズム・アレンジなのに、さらにその上を行ってMilesが俺様状態で引っ掻き回すものだから、結局のところはうまく着地点を見つけているという、何とも変な曲。

3. Portia
 ちょっぴり切なく感傷的な音色を奏でるMilesだけど、やたらリズムのエッジが立っているため、メロウさはあまり感じられない。逆か、ほとんどリズムだけのサウンドにMilesが泣きのフレーズをぶち込んでいるのか。ドラム・マシンの音がデモ段階っぽく粗めに聴こえるけど、その辺はミスマッチ感を誘っているのか。

06593159eb3a50b3f309878429dc4a64

4. Splatch
 ややコミカルさもある、打倒Harbie的、リズムライクなファンク・チューン。3.同様、いま聴くとドラムの音がショボいのだけど、変則リズムを際立たせるには、音色は逆にシンプルな方がいいのだろうな、と今になって思う。

5. Backyard Ritual
 この曲のみ、George Dukeのプロダクションによるもの。かなりジャズ臭さが抜けて、フュージョン寄りのバックトラックは、Milesの今後の方向性を示唆することになる。もちろん、正面切ってのフュージョンじゃないけどね。ここでの聴きどころはGeorgeではなく、Marcusのバス・クラリネット。軽いリズム・アレンジの中で地表スレスレを這うかのように重い響きは、わかっていてもちょっとドキッとする。

6. Perfect Way 
 流行りモノの中でもちょっとはマシだと思ってフィーチャーしたのかと思ってたら、なんとこの後、彼らのアルバムにゲスト参加するくらいだから、よほどGreenのプロダクションが気に入っていたのだろう。一応、何年かに一度の再評価はあるけれど、寡作ゆえ80年代と共にフェードアウトしていったScritti Polittiを、色眼鏡抜きで相応の評価をしていたのは、音楽「だけ」を視るMlesらしいエピソードではある。しかし、これをレパートリーに入れちゃうんだから、新しモノ好きでもあったんだろうな。



7. Don't Lose Your Mind
 シモンズの高速フィル・インを交えた、レゲエをベースとしたナンバー。この曲など特にそうだけど、Marcusのサウンド・メイキングの秀逸な点は緩急のつけ方。御大がソロを入れそうな「音の隙間」をきちんと作っている。スッと滑り込ませるようにフィーチャーされるMilesのソロ。でも、それも計算のうちなのだ。

8. Full Nelson
 アパルトヘイトへの批判を訴えたプロジェクト「Sun City」への参加を経て、インスパイアを受けたNelson Mandelaをテーマとしたナンバー。オープニングはギター・カッティングをメインとしたどファンクで、当時、レコーディング参加が噂されていたPrinceからのインスパイアも感じられる。12インチ・シングルとしてリリースされているくらいなので、ごく一部ではダンス・チューンとしての需要もあったと思われる。
 Milesとしては、ダンス・フロアでのリスニング・スタイルを求めていたんだろうな。





TUTU -DELUXE-
TUTU -DELUXE-
posted with amazlet at 17.09.25
MILES DAVIS
WARNER (2016-06-13)
売り上げランキング: 63,900
Original Album Series
Original Album Series
posted with amazlet at 17.09.25
Miles Davis
Warner Bros UK (2012-09-18)
売り上げランキング: 115,194

「女」であり、「母」であるということ。 - Laura Nyro 『Mother's Spiritual』

51iRe5jF6VL 1984年リリース、前作『Nested』から6年ぶり、7枚目のオリジナル・アルバム。US最高182位という成績なので、正直、あまり知られてない作品である。彼女が精力的に活動していたのは60年代末から70年代にかけてなので、後期の作品はどうしても印象が薄い。

 以前、初期のLauraの歌が苦手だと書いた。それは今も変わらない。
 一般的にLaura Nyroといえばその初期のイメージが強く、「キリキリ張り詰めた切迫感」「むき出しの激情ソング」という枕詞で紹介されることが多い。実際、認知度が高いのも、初期の3作に集中しているし。
 対して後期の作品は、チャート・アクションが示すように印象が薄く、日本でも本国アメリカでもやんわりとスルーされている感が強い。激動の時代を駆け抜けた後のウイニングラン、いわば全力疾走でゴールした後の余韻で作られたもの、と受け止められている。磨かれる前の原石は魅力的だったのに、いざ磨いちゃうとイヤ実際うまくまとまってはいるんだけど、変に角が取れすぎちゃって新鮮さが失われたというか。

 Lauraに限った話ではなく、キャリアの長いシンガー・ソングライターの多くは、こういったジレンマを抱えている。サウンド・メイキングの多様化を「商業主義に走った」と一蹴され、ソングライティングのスキルが上がると「技巧に走った」と責められる。
 粗野でアラの目立つ初期作品より、完成度は確実に上がっているはずなのに、古くからのファンは、いつまでも全盛期と自身の青春期とをオーバーラップさせてしまう。なので、彼らは音楽的なクオリティより、初期衝動や未完成のサウンド・スタイルを好む。
 まぁ、わからなくはないけど。

laura2

 デビューから一時休業までの彼女にとって、音楽とは人生のすべてであり、思いのたけをぶつける手段だった。ソウルやジャズ、ゴスペルをルーツとした彼女の歌は、未加工の素材が放つ儚げな美しさを醸し出していた。白人版Nina Simone とも称されるソウルフルなヴォーカルやパフォーマンスは、あのMiles Davisさえ一目置くほどだった。
 むき出しのエゴと相反する少女性。ピアノ、そして音楽そのものとガチで格闘するかの如く鬼気迫るプレイは、ライブだけでなく、残されたスタジオ音源からも露わになっている。
 この時代のLauraに音を楽しむ余裕はない。そこにあるのは、叩きつけるピアノと絞り出す肉声、音楽そのものをねじ伏せようと足掻く力技だ。
 音楽だけでなく、自らを取り巻くすべてに対して、シリアスにならざるを得ない時代だった。自分の表現を押し通すため、拳を握り奥歯を噛みしめることが、60年代を生き抜くライフスタイルだった。身を守るために尖らせたヤマアラシの棘は、聴く者の心を搔きむしり、時に容赦なく深い傷痕を残した。

 70年代に入り、潮が引くように喧騒が収まり、真空状態のような空白が訪れた。平和な時代の到来と共に、棘はその突き刺す対象を失った。握りしめた拳はぶつけるべき対象がなくなり、ただ虚を打つばかりだった。
 どこかに怒りをぶつけていないと収まらない者は、時代のステージから降りていった。怒りの対象は曖昧模糊に形を変え、巧妙に表舞台から姿を消していた。60年代の余韻は怠惰と虚無に紛れていった。
 憑き物が落ちたように、Laura もまた、握りこぶしと張り詰めていた糸を緩めた。パートナーを見つけ、そして新たな命を授かった。かつて心の寄る辺にしていた音楽に取って代わり、新しい家族が彼女にとっての生きがいとなった。
 そして彼女は一旦ステージを降り、家庭に入る道を選んだ。それに伴って、引きつっていた笑顔が少し和らいだ。子ども相手には、その方がよい。

7bf2c6842778f3cbf601df895c4124f8--laura-nyro-child-born

 ハイペースでアルバムをリリースしていた引退前と比べ、復帰後の彼女のリリース・ペースはひどく緩慢になった。
 一時、音楽業界から身を引き、客観的な視点を身につけたLaura の音楽は、明らかに変化した。素朴なピアノ弾き語りと、豊かな表現力を持つ歌声だけで成立していた初期と比べ、ジャズ・フュージョン系のミュージシャンを多く起用して、緻密なアンサンブルを構築するようになったのが後期である。ネガティヴな恋愛観を主軸としたパーソナルな世界観は一掃され、家族愛や自然への賛美など、地に足のついた一人の母親の目線は、後期に培われた。
 それは、音楽のミューズに愛されたアーティストとして、成長の証である。でも大抵、古くからのファンは劇的な変化を嫌う。いつまでも「あの頃」のLauraを求めてしまうのだ。前を向いて進むアーティストにとって、それはめんどくさい相手である。

 あまりにテンションの高いパフォーマンスゆえ自制が効かず、例えばレコーディングにおいても、テイクごとに全力を使い切ってしまう。体力的な問題もあったのか。ほぼリテイクなし・一発録音で仕上げていたのが、初期のLaura である。細かなアラやミスプレイもなんのその、整合性よりエモーショナルな部分を重視していたため、バック・トラックにまで気を配る余裕を持てなかった。
 対して熟考を重ね、レコーディングに時間をかけるようんなったのが、復帰後のlauraである。

LauraNyrowithGilBianchini

 取り上げるテーマが母性愛やフェミニズムに傾倒するに従い、Lauraのサウンドはバンド/アンサンブル主体に移行してゆく。感情の赴くままパッションをぶつける、ピアノをメインとしたシンプルな初期サウンド・スタイルは、コンセプトとフィットしなくなっていた。大らかな母性を含んだLaura の歌声と言葉は、フュージョン系のアーティストを多数起用して、彩りの深いソフト・サウンディングを希求した。
 これまでとは違うベクトルのメッセージを余すことなく伝えるため、サウンドには緻密さと確かな表現力が求められる。レコーディングにかける時間は膨大なものになった。
 復帰後間もなく、彼女はシングル・マザーとなり、家族と過ごす時間を何よりも優先した。並行して、表現者としての自分もいる。家族優先での活動は断続的となり、まとまった時間を取るのも困難になる。
 家族と過ごす時間を優先し、何年かに一度、まとまった時間を捻出して音楽活動を行なう女性アーティストとして、竹内まりやとダブる部分も多い。ただ、まりやは山下達郎という、公私を共にするパートナーに恵まれたおかげで、焦らずマイペースな活動ぶりである。
 離婚後のLauraもまた、プライベートにおいてはMaria Desiderioというパートナーと出会ったけれど、音楽面での固定したパートナーは、遂に持たずじまいだった。両方を満たすパートナーに出逢えなかったのか、それとも、彼女が要求するレベルに達する者がいなかったのか。
 そうなると、すべてを独りで行なわなければならない。

aa5c97dfa23427df3bbcce3440813662--laura-nyro-joan-baez

 『Mother’s Spiritual』制作にあたり、一時的にパートナーシップを組んだのが、旧知の仲だったTodd Rundgrenである。関係ないけど、そういえば山下達郎に雰囲気似てるよな。
 この時期のToddは、ソロ・デビューから長らく所属していたべアズヴィルと契約解消し、少しの間、表舞台から遠ざかっていた頃である。シングル・ヒットを狙ってパワー・ポップ路線に転じていたUtopiaは、セールス不振によって活動がフェードアウト、ソロ・アーティストとしてよりプロデューサーの仕事が多くなり、何をやってもうまく行かなかった時期にあたる。
 もともと、『A Wizard, A True Star』でのブルーアイド・ソウルへの熱烈なオマージュも、「Gonna Take a Miracle」を始めとしたLauraの歌からインスパイアされたものであるし、Nazz時代にバックバンド結成を持ちかけられたりなど、まぁ狭い業界なので何かと繋がりはあったらしい。
 アーティストとしては互いにリスペクトはしているのだろうけど、何となくToddが便利屋的にこき使われてるんじゃないかと思ってしまうのは、きっと俺だけではないはず。Lauraを有能なアーティストとして見ていたのか、それとも1人の女性として見ていたのか―。
 振り回されてる感のあるToddの本心は半々だったろうけど、少なくともLaura にとって、Todd Rundgrenという男性は重要ではなかった。彼女のため、スタジオ・ワークの細々した仕事や調整を引き受けてくれる彼に、好意以上の思いを持っていたとは思えない。
 結局、Liv Tyler の時もそうだったけど、恋愛対象になるほどじゃないんだよな、この人。

LAURANY-NICE2

 女性シンガー・ソングライターにありがちな、「男女間の恋愛」というパーソナルな狭義に収まらず、もっと広いレベルの人間愛や家族愛、そしてオーガニックな自然への感謝が、『Mother’s Spiritual』のメインテーマである。女性運動への傾倒もあって、フェミニズムを礼賛する曲も含まれているのだけれど、これは前述のMarioとの出逢いが大きく影響している。
 『Mother’s Spiritual』は1982年からレコーディングが開始されているが、そのセッションでは納得いく仕上がりが得られず、年末に一旦録音を中断している。復帰以降のジャズ・フュージョン系サウンドは、Laura自身のシビアなプロダクションによって、当時望めるべく最高のサウンドに仕上がっていたけど、彼女のジャッジはさらにレベルが上がっていた。
 -こんなんじゃ足りない。
 頭の中で思い描くサウンドの具現化のため、Lauraは15万だか20万ドル以上をかけて、自宅スタジオを新設する。思い立ったらすぐ、インスピレーションがひらめいたらすぐにレコーディングできる環境を手に入れたことによって、彼女の創作意欲は拍車がかかることになる。
 プレイヤビリティは尊重しながら、あくまで歌をメインに聞かせるためのサウンドを追求した末、『Mother’s Spiritual』で一応の帰着点を得た。一聴する分には、単なる耳障りの良いAORだけど、聴きこんでゆくにつれ、隅々までLauraの主張と美学が濃密に刻まれているのが感じられる。


Mother's Spiritual
Mother's Spiritual
posted with amazlet at 17.09.21
Laura Nyro
Line (1997-05-20)
売り上げランキング: 483,544


1. To a Child
 世の中は悪意と欺瞞に満ちている。まだ知恵も経験も乏しい子供を守るために、母親は慈愛のまなざしを持って、外部から必死に守らなければならない。愛息Gilはまだ6歳。目を離せない年頃だ。自ら選択したシングル・マザーという生き方に対し、まだ気張っていた心情が窺える。
 後年、『Walk the Dog and Light the Light』にてセルフカバーしており、そこでのLauraはピアノ1本をバックに芯の強い女性として振る舞っていた。ここでの彼女はサウンドに細やかに気を配り、日々の疲れを感じさせる力ない口調である。どちらも彼女の本質だけれど、俺的にはここでの「To a Child」が好みである。



2. The Right to Vote
 初期のR&Bタッチを想起させる、軽快なカントリー・ロック。そう、サウンド自体は結構泥臭いのだけど、Lauraの声はむしろ冷静なのだ。バックトラックのドライブ感と、心ここにあらずといった感のヴォーカル&ピアノとの齟齬は、すでにサウンド的に次の方向性を模索していたことが現れている。

3. A Wilderness
 なので、変にバンド・グルーヴを強調するより、このようにヴォーカル・バックアップに徹した「ちょっと引いた」アンサンブルの方が、スタジオ・トラックとしては秀逸。ライブだと2.の方が映えるのだけれど、マザー・アース的なテーマの曲には静謐なサウンドの方が親和性が高い。この曲もそうだけど、ギターの音が太い。繊細に爪弾いているだけにもかかわらず、存在感が強い。こういった響きにも凝ったんだろうな。

4. Melody in the Sky
 ちょっとだけファンキーなギターのカッティングから始まる、セッションっぽくレコーディングされているナンバー。初期の彼女ならエゴが出過ぎていたところだけど、肩の力を抜いて軽く流す感じなので、聴く方もまったりできる。

138355500

5. Late for Love
 サウンド的には1.のバリエーションといったアレンジ。マザーアース的なテーマでは、ヴォーカルを活かした「引いた」サウンドになるのは、次作『Walk the Dog and Light the Light』でも引き継がれる。

6. A Free Thinker
 「自由な思索家」と訳すのか、ソングライターとして表現者としての自身を相対化したファンキーなバンド・サウンド。でも最後は「地球を救えるでしょうか?」で締めちゃうんだよな。まぁそういうアルバムだから、仕方ないけど。

7. Man in the Moon
 Toddがシンセでクレジットされている。とはいってもこれまでのバンド・アンサンブルに変化はなく、彼の存在感は正直薄い。ていうか、「いたの?」といった感じ。うっすらコーラスに参加しているっぽいけど。
 考えるに、バンド・スタイルのレコーディングはToddがバンマス兼アレンジ補助といった感じの役回りだったと思われる。何かと要求の多いLauraと実働部隊であるバンドとの橋渡し役といった感じで。なので、ほぼ全編セッションにはいたのだろうけど、段取りを組み立てるのが主でミュージシャンとしては目立った演奏はしておらず、クレジットをどこかに入れとこうか、とねじ込んだのがこの曲だったわけで。

laura-nyro-monterey-pop

8. Talk to a Green Tree
 ちょっと不穏さをあおるコード進行と演奏による、フェミニズム寄りのマザーアース楽曲。サウンド的には最もグルーヴ感とキレがあるのが、このトラック。人によっては説教くさい歌詞に聴こえるかもしれないけど、洗練されたブルース・ロックは捨てがたい。

9. Trees of the Ages
 再びTodd参加。コスミックなシンセの音色は、壮大な地球を憂うLauraの思想とフィットしたのだろう。彼もいくつになっても夢見がちなキャラクターだし。でも、女性という点において彼女の方が地に足がついており、そこに微妙な齟齬が生じた。繋ぎとめてくれるタイプの女性じゃないしね。

10. The Brighter Song
 曲調としては穏やかだけど、女性の権利と自然保護を高らかに訴える、結構肩に力の入った歌。そういったテーマを抜きにすると軽快なミドル・チューン。でも切り離して考えられなんだよな。

maxresdefault

11. Roadnotes
 ローズっぽい響きのエレピはこれまでとタッチが違うので、Laura自身の弾き語りと思われる。冒頭からいきなりジプシーなんて言葉が飛び出し、時間軸も宇宙レベル。ただ主題はパーソナルな家族との時間。壮大なテーマだな。

12. Sophia
 Doobieっぽいファンキーなオープニングが単純にカッコいい。Lauraのヴォーカルも心なしか熱がこもっている。でも、初期のような混沌はなく、きちんとコントロールされたアンサンブル。どの曲もそうだけど、3~4分程度にまとめられてるので、ダラッとした印象がないのも、このアルバムの秀逸な点。



13. Mother's Spiritual
 ラストはしっとりピアノのみのバラード。「愛と平和」をテーマにしていると抹香くさく思われがちだけど、そんな揶揄も凌駕してしまう「すっぴんの力」。「女」であり「母」であるという時点で、大抵の男はすでに「勝てない」ということを思い知らされる。

14. Refrain
  Gilの笑い声を交えた1.のループ。親バカと思われようが構わない。そういった決意を盤面に刻み、アルバムは終焉を迎える。




Time & Love: Essential Masters
Laura Nyro
Sony (2000-10-12)
売り上げランキング: 317,989
Original Album Classics
Original Album Classics
posted with amazlet at 17.09.21
Laura Nyro
Colum (2010-09-24)
売り上げランキング: 129,152

80年代ソニー・アーティスト列伝 その11 - バービーボーイズ 『Freebee』

Folder 比較的、王道スタンダードな方針のCBSに対し、80年代のエピック・ソニーは、その幅広いアーティスト・ラインナップから、恐ろしく懐の深い企業であったことで知られている。ほぼ同時代に、佐野元春とラッツ&スターと一風堂とモッズとが、同じレーベルでひとくくりにされていたのだから、考えてみればポリシーのない組み合わせだよな、これって。
 当時のレコード会社のディレクターは、一応会社員ではあるけれど、それぞれが独立した独り親方のようなものだった。それぞれ、自分の好みと感性に合ったアーティストを探し出し、それぞれ独自の戦略やコネクションで営業戦略を立ててこそ、一人前とされていた。特に、レコード会社としては新興だったソニーは社員の平均年齢も若く、業界の慣例やしきたりに縛られることも少なかったため、何かにつけしがらみの多い老舗では、思いもつかない手法を次々と編み出していた。
 それまで他社があまり力を入れてなかったビジュアル面の充実を図るため、若手カメラマンやスタイリストを積極的に起用して、スタイリッシュなグラビアやPVに予算を割いたのは、ソニーが最初である。それだけならまだしも、そのグラビアを広く世に広めるため、雑誌まで作ってしまったところに、80年代ソニーの凄さがある。宣伝媒体のインフラまで整備しちゃうのは、なかなかの大ばくちだよな。でも売れてたんだよ、パチパチ。

1200 (1)

 そんな風に、何でもかんでもスタイリッシュに染め上げてしまうソニー・メソッドにうまくフィットしたのが、バービーボーイズである。
 ロック・バンド特有の泥くささを感じさせない男女ツイン・ヴォーカルと、スタイリッシュなバンドマンの理想像だったギタリスト、エキゾチックなラテン系風貌のベース、ドラムは…、この人だけは普通だったかな。
 ビジュアル映えする個性的なルックスの集合体は、新進気鋭の映像ディレクターやカメラマンにとって絶好の素材であり、バービーの登場は、従来の汗くさいロック・バンドのイメージをガラッと変えた。
 ギターのいまみちともたかは、番長タイプとは真逆の知性派不良のイコンとしてカテゴライズしやすく、当時の少年漫画のモデルとしてよく使用されていた。コンタの首から下げたソプラノ・サックス、フレアスカートをはためかせながら激しく踊る杏子など、記号化しやすいキャラクターは、個性派がそろうソニー系アーティストの中でも群を抜いており、早いうちからビジュアルの認知度は高かった。

 近年も、RGと鬼奴のモノマネによって、リアルタイムでは知らない世代への認知度も高まっている。もともとアラフォー以上の年代からの支持は高値安定しており、アンチの少ないバンドである。
 ただバービー、いわゆるロックの歴史の流れにおいては、相当軽んじられた存在である。決して本流ではなく、常に傍流を走ってきた彼ら、通常のロック・バンドのフォーマットからは、ことごとく逸脱した存在である。
 シングル・ヒットも多いため、その逸脱加減は見えづらいけど、姿勢としてはかなりプログレッシブである。
 日本人には馴染みの深いマイナー・メロディと、U2やPoliceをルーツとしたUKギター・ロックのバタ臭いサウンド、コンタが高音を歌い、杏子は低音パートという前代未聞のヴォーカル、ハイポジションでやたら手数の多いベース、ドラムは…、まぁ堅実だよな。しかも、ギターというリード楽器があるにもかかわらず、さらにソプラノ・サックスまでぶち込んでしまうごった煮感。
 本来ならうまく混じり合わず、やたらテンションだけが高いフリーフォームになってしまうところが、いや実際にバラバラなのだけど、「普通のロックに収まりたくねぇ」という想いによってベクトルがひとつになって、何だかいつの間にまとまってしまう、という摩訶不思議さ。
 こうやって文章にすると、何だか支離滅裂なサウンドを連想してしまうけど、そんな力技感が感じられないのは、メンバーそれぞれの技術的ポテンシャルの高さ、そしてリーダーいまみちのプロデュース能力に拠るところが大きい。

1

 ビジュアル的にも十分キャラ立ちしてるしUKニューウェイヴの加工輸入サウンド+深いリヴァーブのギターは独自性が強かったし、「ふしだら」「よこしま」「悪徳」など、Jポップではあまり使われないけど英語的な語感の言葉に光を当てて新たな価値観を生み出したり、アーティストとしてのバービー=いまみちの功績は大きい。
 一歩間違えれば、斜め上のイタいサブカル・バンドで終わっちゃってたはずなのに、奇跡的なキャラクター・バランスの均衡と、80年代イケイケだったソニー戦略とうまくフィットしたことによって、後世まで語り継がれ愛されるバンドとなった。
 でも、時代を先導してたわけじゃないんだよな。あくまで脇道を独り全力疾走してた感が強いのが、バービーの特異性である。

 GS~はっぴいえんどをルーツとした「正調」ロックの歴史と、アングラ~ニューウェイヴから連なる「裏街道」ロックの歴史という2本の縦軸があったとして、その時系列とは違うベクトルで活動してきたのが、バービーである。ていうか、80年代ソニーそのものが独自の時系列を形成していたこともあって、一般的なロックのルーティンとは微妙にずれたアーティストの多いこと。米米や爆風スランプだって、ソニーがなかったら決して表に出てこれなかった連中だ。逆に言えば、一般的なロックのフォーマットとは距離を置いてきたこと、その距離感こそが彼らの確固たるオリジナリティの形成に役立ったとも言える。

1200

 たまに雑誌やネットの企画で出てくる「日本のロックの歴史」において、バービーが大きくフィーチャーされることは、あんまりない。同時代の代表的バンドとして連想するのが、レベッカやBOOWY、ブルーハーツといったところだけど、バービーの扱いといえば「その他大勢」、メインで取り上げられることはほぼない。記号化されたキャラクターと、音楽以外に起伏の乏しいバンド・ストーリーは、いわゆるロック村の住人にとっては感情移入しづらいのだ。
 劇的なサクセス・ストーリーとかメンバー・チェンジとか恋愛スキャンダルでもあれば、いい意味での生臭さが出たのかもしれないけど、そういった人間臭さが出た後期、バンドはすでに修復不可能、活動休止に入ってしまっていた。日本人的なウェット感を表に出さず、あっさり解散の道を選んだあたりにも、つかず離れずの距離感を保ち続けていたバンド内のパワー・バランスが窺える。

 で、彼らにとって2枚目のアルバムとなったのが、1985年リリースの『Freebee』。デビュー作からわずか8か月でリリースされ、オリコン最高18位をマークしている。
 ソニーのアーティストによくありがちなパターンだけど、デビューして間もなくの彼らはキワモノ扱いの枠に組み込まれていた。ロックの通常パターンにはない男女ツイン・ヴォーカルというスタイルが「ロック版ヒロシ&キーボー」と称され、しかもロックの常套句にはない言語感覚のタイトルや歌詞がまた、いわゆる「本格派」のロック村からは敬遠されていた。
 かつて70年代、「日本語でロックは可能か?」という命題があって、有名無名も含めて業界内では一大論争となったらしいけど、80年代に入ると躊躇なく英語を自在に操る佐野元春が現れ、そして桑田佳祐がさらに一歩踏み込んで、「英語っぽく聴こえる日本語」の多用によって、そんなしちめんどくさい垣根を取り払ってしまった。
 そこからは「英語でも日本語でも、メロディに乗ってればどっちでもいいんじゃね?」的にユルいムードに移行してゆくのだけど、85年はまだその過渡期にあたっており、70年代の残党がまだ幅を利かせていた。なので、バービーのファンはもっぱら、過去のしきたりや先入観とは無縁なティーンエイジャーが多くを占めていた。

c9bf1aac-8782-47db-9952-38af33709b0f

 で、そんなイロモノ枠の先入観が取り払われるようになったのが、ここからだったんじゃないかと、今になって思う。その決定打となったのが、U2~Steve Lillywhiteへのリスペクトとなった「チャンス到来」、そしてソニー的人生応援歌の源流のひとつとなった「負けるもんか」の2曲。
 どちらもいまみちによる強烈にクセの強いサウンド・デザインによって、既存の意匠を使いながら、結局はオリジナリティの方が勝る仕上がりになっている。アルバムの主軸となる2曲の存在によって、ティーンエイジャーへの認知度は一気に広まることになる。


Freebee
Freebee
posted with amazlet at 17.09.15
バービーボーイズ
ソニー・ミュージックダイレクト (2009-05-27)
売り上げランキング: 37,933



1. midnight peepin'
 ミディアム・スローに聴こえるのに、タイトなドラム・プレイと地表をうねるベース・ラインがスピード感を演出している。ギターとヴォーカルを取っ払っても十分成立してしまうところに、バービーの奥深さがある。ギター・フレーズ自体はオーソドックスだけど、サスティンの効いた響きはほどよく空間を埋める。この奥行き感も、バービー・サウンドの魅力である。

519mcD7YP-L

2. 負けるもんか
 12インチ・シングルで発売された、バービー初期の代表曲のひとつ。1.はほぼコンタのソロだったけど、ここでは杏子が大きくフィーチャーされる。ハスキーでハスッパな女を演じさせたら、彼女の右に出る者はいなかった。コンタもまたハスキーな性質であったけれど、杏子のような「憂い」がなかったため、時に一本調子になってしまうところを、勢いの良さでカバーしている。いい意味だよ、これって。



3. チャンス到来
 こちらも先行でシングル・カットされたミディアム・バラード。俺がバービーを知るきっかけになった曲。PoliceとJesus and Mary Chainの奇跡的な融合を軽々と実現するいまみちのコンポーザー能力は、同世代の中でも抜きん出ていた。考えてみればバービー、ほとんどシンセって使ってないんだよな。ほぼギターだけでメロディ・パートやっちゃうんだから、そのアレンジ能力はずば抜けている。

「チャンス到来 転がり込んで 秘密のジェスチャー」

 長い友達で気心も知れあって、お互い気があるのもわかっているはずなのに、きっかけがつかめずあと一歩が踏み出せない。そんな距離感の詰まり具合と曲の進行がうまくシンクロしている。



4. マイティウーマン
 ほとんどワンコードで進行する、ライブ映えするノリ一発のロック・チューン。間奏のコンタのサックス・ソロがPoliceへのオマージュっぽいのと、カッティング・ギタリストいまみちの迫真のプレイが堪能できる。

5. でも!?しょうがない(Riverside Mix)
 冒頭の杏子の「バカバカバカ」が強烈な印象を残す、歌謡曲テイストの濃いロック・チューン。こちらもシングル・カットされており、初期の代表曲として安定した人気を保っている。こうして聴いていると、ギター・ソロにそれほどこだわりのないいまみちのスタイルは、同じくリフ勝負のPete Townsendを連想させる。彼もまた、コンポーザー気質だったしね。

6. 悪徳なんか怖くない
 こちらも杏子の「なんてウソつきなの!!」という絶叫フレーズが頭に残るナンバー。こうして書いてると、なんだか一発芸扱いだよな。でも、当初はその破天荒さこそが彼女の魅力だったのだ。ひらつくスカートからのぞく美脚とあわせて。

0000000011452


7. ドンマイ ドンマイ
 基本、自分で歌わないいまみちが作曲しているため、一応、2人のキーには合わせているんだろうけど、バービーの曲は総じてどれもフラット気味なケースが多い。循環コードをわざと外すようなサビを持つこの曲は、そのフラットさがうまく作用して、男の子の複雑な心境をうまく表現している。気のある女友達が彼氏とうまく行かなくなって、愛憎半ばでその相談に乗る男の感情の揺れが、妙にリアル。よく書けたよな、こんな歌詞。

8. ラストキッス
 この曲のみ、ヴォーカル・作詞作曲ともコンタの手によるもの。サビの突然の転調具合や着地点の見えないコード進行といい、不思議な感触のナンバー。でも考えてみれば、バービーとしてデビュー前、いまみちと組んで間もない頃、2人で目指していたのはこんなメロディだったのかもしれない。

9. タイムリミット
 続いて杏子のソロ。普通なら、デュエットと好対照に、女性としての弱さを表現するようなサウンドになりそうなところを、相変わらずいまみち、好き放題にフリーキーなギターでサウンドを染めている。メロディ自体は歌謡曲の系譜にあるロッカバラードなだけに、いい意味でのいびつさが際立つ。

maxresdefault

10. ダメージ
 ラストを飾るのは、コアなバービー・ファンの間では人気の高い、いわば隠れ名曲。「もとどおりにランデブー」。このフレーズを冒頭に持ってきた時点で、当時のいまみちが最高の作詞家であったことを証明している。
 サウンドメイカーとしての評価はもともと高かったいまみち、ただ四半世紀以上経っている今だからこそ、バブル以前の普通の男女の憂いを切り取るコピーライト力は、もっと評価されてほしい。



蜂-BARBEE BOYS Complete Single Collection-
バービーボーイズ
Sony Music Direct (2007-04-25)
売り上げランキング: 25,055
BARBEE BOYS IN 武道館 Sexy Beat Magic [DVD]
Sony Music Direct (2007-04-25)
売り上げランキング: 12,813

カテゴリ
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
QRコード
QRコード
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村




アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: