好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

問答無用。とやかく言わせない音楽。 - Stevie Wonder 『Songs in the Key of Life』

folder 1976年リリース、2枚組にもかかわらず、アメリカだけで1000万枚以上を売り上げた、問答無用のモンスター・アルバム。当時の日本でもオリコン40位にチャートインしているくらいだから、その勢いがなかなかのものだったことは想像できる。
 それくらいメジャー過ぎるアルバムなので、ほんとは最初、この次にリリースされた『Journey through the Secret Life of Plants』を取り上げようと思っていたのだけど、やっぱりやめてこっちにした。なぜかといえば…、単純につまんねぇ。
 「最終的に未公開となったドキュメンタリー映画のサウンドトラック」というインフォーメーションから、すごく期待値を下げて聴いてみたのだけど、いやいやこれはちょっと。同じインスト主体なら、変名でリリースした『Alfie』の方が数段マシに思えてしまう。
 Stevieの死生観と人生賛歌が反映された、ニューエイジの先駆け的に、ゆったりマッタリな音世界は、クオリティは高いんだろうけど、楽しめるものではない。一応最後まで聴いてみたけど、正直2度目はないな。
 で、この『Secret Life』、『Key of Life』から3年ぶり、満を持してのニューアルバムということで、モータウン社内は一段と盛り上がった。何しろ前作が未曽有の大ヒットだったものだから、営業サイドも初回プレスを高めに設定、イケイケモード全開でプロモーションを展開しようとした。
 そんな浮かれモードの中でただ1人、完成テイクを聴いた社長Berry Gordyだけは、危険な兆候を感じ取る。即座に営業を呼び出し、プレス枚数を大幅に減らすことを指示した。社長の気まぐれだ何だ、現場サイドはブーブー不満を漏らしたけど、フタを開けてみれば何とやら。アーティスティック寄り過ぎるサウンドはヒット要素に欠けており、メディアのほとんどは微妙な反応、当然、セールスも伸びなかった。
 何しろ2枚組だもの、単純に考えて返品在庫だって倍になるわけだから、販売計画だって慎重にならざるを得ない。リスクを最小限に抑えたという意味で、やっぱりBerry Gordyは辣腕経営者だった、と言える。まぁレコード会社経営なんて、バクチみたいなもんだし。

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 Stevie Wonder といえば、「音楽の天才だ」「すごい人だ」というのは、普通の音楽好きの間ではなんとなく通じると思う。じゃあ、「どうゆう風にすごいのか」と聞かれると、帰ってくる答えは千差万別になるはず。
 「幼少の頃から作詞・作曲をこなすマルチプレイヤー」という声もあれば、「70年代ニュー・ソウル・ムーヴメントのオピニオン・リーダーとして、大量のマテリアルを残した」という意見もある。80年代で確立された「愛と平和の人」というイメージもあるし。多分、世間一般ではこの印象が一番強いのかな。
 ただそれって、見た目のアーティスト・イメージであって、アーティスティック面・創作面とは、あんまり関係ない。芸歴も長いから、「何となくすごい人」というのは伝わっているんだけど、「名曲をいっぱい作った人」という認識がほとんどじゃないだろうか。

 テクニカル面でよく語られるのは、ジャズや古いブルースなど、ソウル以外の幅広い音楽的素養、それらを自在に組み合わせた独特のコード進行、そこから派生する天性のリズム感。音楽雑誌でStevieが形容される際の常套句である。間違ってはいない。いないのだけど、曖昧な表現だ。小難しそうに書いちゃうから、本質が伝わってこないのだ。
 もっと砕いて言っちゃえば、要するにこの人の才能とは、「何をどうやっても音楽になってしまう」ということ。
 何の準備も構想もなく、ただピアノの前に座り、適当にコードを押さえてスキャットしても、それがちゃんと形になってしまう。もっとラフなやり方で、手拍子に合わせてフフンとハミング、これでまた一曲。ドレミファソラシドだって、彼の手にかかれば、全然違う色合いになってしまう。チビッ子が書き殴った適当なアルファベットをコード表に見立て、即興でメロディつけちゃうことだって、お手のものだろうし。
 彼が動けばリズムが生まれ、唇が動けばメロディになってしまう。「生きてること即ち音楽」を無意識に体現できてしまうのが、Stevie Wonderのほんとの凄さだ。
 とは言ってもこのメロディ、Stevieが奏でる旋律は彼独自のものであり、簡単に歌いこなせるものではない。行き先不明・自由奔放なメロディラインは、ピッチを合わせることだけで精いっぱい、並のシンガーだったら実力不足が露呈してしまう。そりゃそうだ、作った本人が、整合性なんて考えてないんだから。
 よほど自信のあるシンガーじゃないと手をつけられない、それもまたStevie の生み出す楽曲の凄みである。

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 なので、特別本人が意識していなくても、アイディアはどんどん溜まってゆく。スタジオに入っちゃえば、沈思黙考する必要もない。何しろ音さえ出しちゃえば、ほぼそれでいっちょ上がり、ってな具合だし。
 そんな膨大なマテリアルの中から厳選されたいくつが世に出ているわけだけど、当然、1枚のアルバムを仕上げるためには、その何倍にも及ぶ没テイクが存在する。どれを完成品に仕上げてどれをボツにするのか、そのジャッジは当然Stevieが握っているのだけど、その基準は、彼のみぞ知る領域である。
 発表されれば大ヒット間違いなしと思われる名曲だって、アルバム・コンセプトに合わなかったり、はたまたその日の気分次第で、ボツになっている可能性もある。肩慣らし程度のセッションで閃いた魅力的なフレーズだって、「なんか違う」の一言でボツになってるかもしれないし。天才の基準とは、我々庶民とは全然違うモノサシなのだ。
 よほど著作権管理がしっかりしているのか、これまで未発表テイクの流出もほとんどないし、過去のアーカイブのデラックス・エディションも、興味がないみたいである。『Key of Life』のアニバーサリー企画の一環で、欧米で再現ライブが行なわれたけど、お蔵出しを追加した音源リリースはなかったし。
 新曲を作っても、ライブで発表して終わり、アルバムにまとめる気力もなさそうなのが、近年のStevieの状況である。まぁこのご時勢、新曲作ったって売れないしね。

 そんなStevieも、ライティング・ハイのピークにあった70年代は、取り憑かれたようにレコーディングを繰り返していた。閃いたアイディアを、思いついた先から、録って出し録って出し。録音が追いつかないほどの勢いを持ったアイディアの洪水は、『Key of Life』でピークに達する。
 ただここで全部出し切っちゃったのかそろそろ休みたかったのか、プロモーションを終えたStevieは、表舞台から姿を消してしまう。3年のブランクを置いて発表された『Secret Life』は、悟りを開いてしまったかのように禁欲的なサウンドでまとめられていた。確かにクオリティは高いんだろうけど、まぁあとは前述したような具合。その後は「愛と平和」の一直線、強い記名性はキープしながら、幅広い客層に愛されるコンテンポラリーな作風に移行して行く。
 まるでクリエイティヴィティの枯渇を予見していたような、そんな追い立てられる危機感を持ち、先陣を切って音楽シーンを疾走していたのが、70年代のStevie である。

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 1973年、『Innervisions』 完成後、Stevie を乗せて運転していた従兄弟の車が交通事故に遭う。重傷を負った彼の容態はかなり深刻で、4日間,生死の境を彷徨うことになる。意識が回復してからも、しばらくは味覚・嗅覚を失い、復帰するまでにはかなりの期間を要した。
 そんな状況の中、次回作『Fulfillingness' First Finale』のリリース・スケジュールは決まっていたため、万全な体調ではなかったにもかかわらず、Stevieは無理を押してスタジオ入りした。幸い、ほんとんどのベーシック・トラックは事故前に完成済みだったので、Stevie の負担は最小限で済んだ。
 3部作の最後を飾った『First Finale』は、前2作『Talking Book』『Innervisions』で顕著だった才気煥発さは薄れ、「Creepin」を代表とした穏やかなバラード中心に構成されている。精神・肉体とも癒しを求めていた、当時の彼の心境が強く反映されている。

 十分な休息を取った後、Stevieは再びレコーディングの現場に復帰する。ライティング・ハイの状態は変わらない。曲はいくらでも湧き出てくる。ただ、生死を彷徨う4日間を境として、彼は明らかに別人となっていた。
 一時的とはいえ、5感のうち3つを失ったことによる喪失感、それに伴う人生観と死生観の変化は、創作スタイルにも大きな変化を及ぼした。
 これまで強力な技術ブレーンとして、3部作の制作に大きく関与したMalcolm CecilとRobert Margouleffとは、契約がらみの問題でパートナーシップを解消していた。どちらにしろ、これまでの濃密なレコーディング作業を経て、Stevie 自身の技術スキルも向上、ほぼエンジニアの助けも借りずに、アナログ・シンセの操作は独りでできるようになっていた。それに加えて、ごく少人数で行なっていた3部作のレコーディングと違って、『Key of Life』に集約された音楽性は、明らかにベクトルが違っていた。

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 当時の最先端シンセTONTOを中心に構成された3部作でのサウンドは、公民権問題やベトナム戦争など、時代のイノベーターとしての代弁者的役割、社会的弱者への強烈なエールを含んでいた。ほとんど宅録に近いセルフ・レコーディングで生み出された音は、隅々までコントロールされ、入念に研ぎ澄まされていた。
 でもその音は、他人の介在を拒む。自己完結を目指して構築された空間は、それ以上の広がりを見せない。ここで展開されているStevie Wonder ワールドは、突き詰めて考えてゆくと、Stevie個人のエゴに収れんするのだ。
 『Key of Life』レコーディングには、総勢130名以上のミュージシャンが参加している。他者との関わり・多様な解釈を強く求めるため、ほとんどの曲はバンド・スタイルや大人数のコーラスで録音されている。
 モザイク様にからみ合った有機的アンサンブルは、強力なマン・パワーとなってサウンドをブーストする。それをバックに歌うStevie、ヴォーカルからにじみ出てくるのは、神への感謝と未来への希望。そのメッセージはあまりにストレートで力強く、中途半端な揶揄を寄せつけない。

 アーティストがいきなり「生への感謝/神へのリスペクト」なんかを語り始めたら、スピリチュアルにかぶれたか、はたまた日本語ラップにかぶれちゃったんじゃないかと思われがちだけど、ここでのStevie からは、そんな胡散臭さは感じられない。そりゃそうだよな、実際、そんな状況に出くわしちゃったんだから。
 実体験による言葉や行動は、重い説得力を増す。『Key of Life』で奏でられる音から放出されているのは、圧倒的なポジティブ・強い信頼感だ。斜め上から放たれる「すれっからしの皮肉」なんて吹き飛ばしてしまう、強靭な音楽の力、そしてそれを形成するマン・パワー。
 問答無用、とやかく言わせない音楽の誕生である。



Songs in the Key of Life
Songs in the Key of Life
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Stevie Wonder
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1. Love's in Need of Love Today 
 邦題「ある愛の伝説」。バックコーラスを含め、演奏はほぼStevieの宅録状態。当時の最先端機材ヤマハGX-1を駆使して創り上げられたサウンドは、無機的な感触はほとんどない。
 2001年に勃発した米国同時多発テロから10日後に行なわれたベネフィット・ショウ『America : A Tribute to Heroes』に出演したStevieは、Take 6をバックコーラスに従えて、この曲をプレイした。普遍性を持つ楽曲は、時代状況を軽く飛び越えて、どの世代にもダイレクトに響く。



2. Have a Talk with God 
 邦題「神とお話」。スピリチュアルというよりはむしろ哲学的対話と言った印象の歌詞。1.に続いて宅録によるスロウ・ファンクは、もはやStevieの十八番といったところで、冷静ながら熱いパッションが込められている。
 リリースされてから30年後、Snoop Doggとのコラボで再注目された。こちらも時代を超えた普遍性を持つ。

3. Village Ghetto Land
 『Innervisions』に入ってても違和感ない、荒廃したゲットーの現状を静かに熱く歌い上げるStevie。シンセ音源によるストリングスの調べが、静かな怒りの序曲として、また鎮める力として作用する。

4. Contusion 
 夕方のFMの天気・交通情報のBGMでよく使われていた、案外耳馴染みの深いインスト・チューン。ギターを弾くのは、前作から参加のMichael Sembello。アルファベットで綴るより、カタカナで「マイケル・センベロ」と書いた方が、通りは良い。
 1983年、映画『Flashdance』挿入曲としてシングルカットされた「マニアック」は、日本でもスマッシュ・ヒットした。なので、アラフィフ世代にとってマイケル・センベロといえば、ギタリストといったイメージがあんまりない。

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5. Sir Duke
 3枚目のシングルカットながら、US1位・UK2位と大ヒットを記録した、数多いStevieの代表曲の中のひとつ。タイトルにあるように、Duke Ellingtonに捧げられたものだけど、その他にもCount BasieやGlenn Miller、サッチモやElla Fitzgeraldなど、スウィング時代のジャズ・レジェンド達にも敬意を表している。
 4人編成のホーン・セクションをバックに、高らかに謳われるジャズや音楽への憧憬は、Steveの原点であり、バンド・スタイルで演じたのが正解だった。スタジオ内で黙々打ち込みするような楽曲じゃないしね。

6. I Wish
 邦題が「回想」だというのを、実はいまさっき知った。邦題、あったんだ。別に「アイ・ウィッシュ」でいいんじゃね?
 大抵、プログレ界隈でフェンダー・ローズはリード楽器として使用され、幻想的なメロディを奏でたりするムード装置的な役割が強いのだけど、ここではほぼリズム楽器限定で使用されており、その分、冗長さがカットされてソリッドさが強く浮き出ている。
 大人数によって演奏されるStevieのファンクは、汗臭さが感じられないのが特徴。熱さはあるんだけど、どこか覚めている。そこが二流ファンクとの決定的な差でもある。

7. Knocks Me Off My Feet
 再び宅録による、静謐かつエモーショナルなヴォーカルが印象的なバラード。Luther VandrossやJeffrey Osborneなど、いわゆるブラコン系シンガーによってカバーされているけど、仏作って魂入れずっていうのか、雰囲気カバーで終わってしまっている。なので、開き直ってStevieクリソツに仕上げたGeorge Michaelヴァージョンが一番デキが良かったりする。

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8. Pastime Paradise
 Coolioによる「Gangsta's Paradise」の方が有名になってしまった、こちらもGX-1によるストリングスが強いインパクトを残すゴスペル・バラード。サンプリングし甲斐のあるトラックは、時代を経ても風化なんて関係ない。
 しかしここまでカバーについて書いてきたけど、変な正攻法バラードよりも、ヒップホップ勢による分解・再構築したトラックの方が出来がいいな。変に深読み・咀嚼して完コピするよりも、ノリの良さ優先で勢いで作っちゃった方が、結果的にStevieの本質に近づいている、って感じ。
 ただ、そんな正攻法も変化球も関係なく、我流を突き通して自分のモノにしちゃってるのが、Patti Smith。このオバちゃんでは、Stevieも恐らく歯が立たない。

9. Summer Soft
 序盤は地味なピアノ・バラードだけど、徐々に楽器が増えてバンドのテンションも上がり、カノン進行によるメロディに引っ張られてヴォーカルも力強くなってゆく。Ronnie Fosterによるオルガン・プレイは、多分彼の一世一代の名プレイ。メンバー全員が持てる力を出し切って、Stevieのテンションに必死に追いついている。俺的に、『Key of Life』主要曲以外では、もっとも好きな曲。
『Key of Life』セッションでは終盤でレコーディングされた曲で、ほんとはアルバム収録の予定はなかったのだけど、ギリギリの段階で収録が決まった、というエピソードがある。神様のいたずらによってお蔵入りを免れた、奇跡の楽曲。



10. Ordinary Pain
 LPで言えば1枚目ラスト、前半はStevieヴォーカルによるゆったりしたバラード、後半はなんとMinnie Riperton,、Deniece Williams、Syreeta Wrightら豪華メンツをコーラスに従えて、Shirley Brewerによるゴスペル・タッチのコール&レスポンス。豪華な舞台装置ながら、歌われている内容は痴話喧嘩の罵詈雑言。まぁ何でもアリだよな。

11. Isn't She Lovely
 殺気立った前曲から一転して、愛娘Aishaの声からスタートする、ほんとにラブリーなポップ・チューン。Stevieという人の守備範囲の広さがあらわれている。
 Stevieの強い意向により、なぜかアメリカではシングルカットされておらず、よって目立ったチャート・アクションは残していないのだけど、間奏のハーモニカ、フェンダー・ローズによる柔らかなリズム、そしてAishaを囲んだ家族の笑い声。「愛と平和の人」Stevieといえば、この曲を挙げる人も多い。午後ティーのCMソングとしてもお馴染み。


12. Joy Inside My Tears
 ほぼ独りでレコーディングしたバラードだけど、何か1.と曲調が似てるので、あんまり印象に残らない。膨大な没テイクを押しのけてこの曲が残ったのだろうけど、もっと残すべき曲、あったんじゃない?

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13. Black Man
 タイトル通り、長い間、迫害され続けてきた黒人の地位向上と、人種を超えた融和を訴えた、攻撃的なファンク・チューン。アクティヴな時は、フェンダー・ローズを使うことが多いStevie。メロディ主体はGX-1と使い分けてるんだな。
 この曲でよく論議されてるのが、8分超という長さ。Stevieのヴォーカル・パートは5分程度までで、その後、舞台は学校(?)へ移り、女性教師が「世界で初めて信号機とガス・マスクを発明したのは?」、生徒の子供たちが大きな声で「Garret Morgan!黒人!」とコール&レスポンス・スタイルで応える、というのが延々と続く。取り上げられるのは黒人に限らず、白人やネイティヴ・アメリカン、日本人も含まれており、人種の垣根をぶち壊したいStevieの主張が色濃く反映されている。
 長いっちゃ長いんだけど、前半のファンキー・スタイル/後半のラップ・パート、というスタイルは、同じ手法を繰り返すことを潔しとしない、イノベイターStevieとしての矜持が刻まれている。

14. Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing 
 使用楽器に「Koto synthesizer」と表記されている、オリエンタル調のバラード。日本人からすると、とても琴には聴こえない「なんちゃって琴」的音色なのだけど、当時の日本に抱くイメージってこんなもんだったろうし、充分通じたのかな。他にもアフリカン・タッチのパーカッションも入っており、クレジットを見ると大勢のミュージシャンが参加しているのだけど、あんまり目立っていない。もっとミックスのバランス考えればいいのに、と余計な心配までしてしまう。別な見方だと、贅沢な使い方とも言える。

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15. If It's Magic
 ハープをフィーチャーした、ほぼStevie独りによるバラード。何となくハープの音色から着想を得たような曲で、それ以上の面白さはあんまりない。この程度のバラードなら、いくらでも作れそう。

16. As
 前曲の凡庸さから一転して、ここから怒涛の名曲連チャンモードに突入。スペシャル・ゲストのHerbie Hancockによるフェンダー・ローズは、要所を抑えたファンキーなプレイ。厚みのあるゴスペル・コーラスは、どっしりサウンドを支える。後半になってフィーチャーされるDean Parksによるギター・プレイもスパイス的な効果で曲を締める。
 マザー・アース的な主張が色濃い歌詞は、深読みすれば果てしない。終盤に近づくほどハイテンションになるヴォーカルと対照的に、支えるバッキングはクレバーなリズムを刻む。そのコントラストがメッセージを浮き立たせる。
 またGeorge Michaelだけど、Mary J Bligeと組んで秀逸なカバーを残している。「またGeorgeかよ」って言わないで。だってうまいし、味もあるんだもの。



17. Another Star 
 アルバム本編ラストを飾る、8分に及ぶトラック。サンバのリズムを基調としながら、ヒヤリとした感触があるのはなぜなのか。大規模なホーンセクションとコーラス、アフリカン・リズムによるアクセントは、ダンス・チューンとしてはすごく秀逸であるはずなのに。これも深堀りしてゆくと、底に見えるのは孤高の天才の諦念だ。
 レアグルーヴではお馴染み、Bobbi Humphreyによるフルート・プレイが少しだけ聴ける。

18. Saturn 
 スペーシーなシンセの音色は、ちょっぴりプログレ風味。あんまりソウルっぽさは感じられない、ちょっと実験的なトラックとも言える。だから番外編なのかな。「僕は土星へ帰るのさ」というメランコリックな歌詞がスピリチュアルだけど、そこはあまり深く突っ込まず、「ちょっとプログレしてみました」的に生温かな目で見てあげた方がいいと思う。

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19. Ebony Eyes 
 ラグタイム風の気軽なセッション、と言いたいところだけど、これもドラム後録りなんだな。このアルバム、そんな疑似セッション的な曲がとても多い。これも多分、トークボックスで遊んでみたかったのか、ほぼワンコード・ワンアイディアで作っている。
 まぁ番外編だから、ということで入れたんだろうけど、これよりもっといい曲がボツになったことを思うと、何だか悲しくなる。

20. All Day Sucker 
 ちょっと「Superstition」の続編っぽさも感じられる、凝った構成のファンク・チューン。こういったワンコードの曲だったら、そりゃいくらでも作れるんだろうけど、どうしても似通っちゃうんで、没になる確率も高いんだろうな。Princeだってそうだもの、アウトテイクにコッテコテのファンク・チューンが腐るほどあるんだけど、オフィシャルではなかなか出てこなかったし。

21. Easy Goin' Evening
 エピローグ的なインスト・バラード。ハーモニカの調べは眠気を誘い、そして静かな終幕の時へ。






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「これからはやりたい事をやる」(ずっとやっとるがな) - 大沢誉志幸 『Life』

512d9flL7KL ここ日本ではエキセントリックすぎて、メジャーにはなれなかったクラウディ・スカイ解散後、ソロ・デビュー前の大沢は、もっぱら職業作家として活動していた。当時の彼はナベプロに所属していたため、同じ事務所であるアン・ルイスや沢田研二、吉川晃司や山下久美子からの作曲依頼が多かった。
 この時点では、まだソニーとのアーティスト契約前であり、ソングライターとしてもナベプロ専属というわけではなかった。なので、言っちゃえば試用期間、いつ切られるかわからない中途半端な立場である。
 ここで何らかの実績、手っ取り早く言えばシングル・ヒットを出さなければ、単なるお抱え作曲家で終わってしまう可能性もあった。なので大沢、ナベプロからのオファーだけでなく、所属事務所・レコード会社の垣根を超えて、ジャンルを問わずやたらめったら、あらゆるオファーを受けている。ビートたけしにも書いてたんだな。

 ジュリーのシングルで「おまえにチェックイン」「晴れのちBLUE BOY」が採用されたのを取っ掛かりに、各方面へデモ・テープを送りまくり、楽曲コンペに参戦したりして、徐々に実績を積み上げてゆく。そんな地道な努力が実って大ヒットとなったのが、中森明菜「1/2の神話」。「少女A」の後だったから、相当の激戦だったと思われる。
 松田聖子を頂点とする、いわゆる「可愛い子ちゃんアイドル」のアンチテーゼとして、山口百恵に続く「ちょっと影のある大人びた少女」を踏襲したのが、明菜だった。「少女A」に続く、ファズ・ギターをメインとしたハードな曲調は、混戦状態だった82年組女性アイドルの中で、強烈なインパクトを残した。
 打率も高いし従来の歌謡曲っぽくない、それでいてクライアントのオーダーから大きく逸脱しない大沢の楽曲は、業界内でも評判を呼び、さらにオファーが途切れず続くことになる。で、並行して制作していた自身のデモ・テープがエピックの目に留まり、めでたくソロ・デビューに至った、という次第。

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 70年代歌謡界では絶対王者だった筒美京平の勢いは、80年代に入ってからも衰えていなかったけど、その王道からちょっとズレたところを狙う新勢力が現れたのが、80年代である。既存の歌謡曲の定石に収まらない、フォーク/ニューミュージック界からの人材流入は、この辺りから本格的に始まっている。
 それ以前にも、アイドルからの脱皮を図っていた山口百恵が、谷村新司やさだまさしなど、すでに実績のあるアーティストを起用していた例もあった。ただ、実績の少ない成長株、言っちゃえばどこの馬の骨とも知れない新人を起用する例は、70年代は少なかった。
 そんな中、楽曲のクオリティ優先でネーム・バリューにこだわらず、独自の審美眼で若手アーティストを登用していたのが、ソロ・デビュー後のジュリーである。まだCMソングでしか実績のなかった大滝詠一を始めとして、その後も伊藤銀次や佐野元春、そして大沢など、「ジュリーに曲を書いた」というバックボーンでもって頭角を現わしてきた者は数多い。
 新人アーティストの登竜門として、歌謡界への楽曲提供が多くなってきたのが、80年代であり、そのメソッドは80年代ソニー隆盛の伏線となる。

 で、大沢、80年代という時節柄、ニューウェイヴ・テイストのパンク/ロックをイメージとしたオファーが多かった。デビュー以降も、ソウル/ファンクの影響が色濃いサウンドを前面に押し出していたため、リズムやビート感を強調したアレンジの楽曲が多い。なので、実は彼の特性のひとつである、メロディ・ラインの卓越さは見過ごされがちである。
 例を挙げると、ファンから名曲との誉れ高いビートたけしに書いた「BIGな気分で唄わせろ」。導入部が情緒的なバラード、そこからBruce Springsteenを想わせる疾走感あふれるロックに転換する構造は、片手間でできるものではない。本職のシンガーではないたけしに合わせて、声域やピッチも狭く設定し、歌いやすいメロデイになっている。それでいてカッコいい仕上がりなんだよな。
 ファンクやR&Bの文脈だけで捉えられがちな80年代の大沢だけど、学生時代からプロになる前までの膨大な音楽体験、Dylan からOtis Redding に至る、ジャンルレスな幅広い雑食性が、彼のバイタリティーあふれるメロディの源泉となっている。

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 豊潤な音楽体験のバックボーンを持つ大沢のメロディは、時に破壊的になるほどテンションが高く、そして時に、ロマンティックな旋律を奏でる。
 いくら天性のひらめきがあろうとも、長年培った蓄積には敵わない。思いつきのメロディは、時に強い求心力を生むこともあるけど、同じレベルを続けて作れるわけではない。コンスタントに高レベルの作品を作り続けるためには、膨大な音楽体験に基づく学習が必要なのだ。
 -「万人向け」のヒット曲という制約の中、時々顔を見せる「暴力性とアバンギャルド」。
 大沢が単なるヒットメイカーで終わらなかったのは、彼のそんな両極性が拮抗しながら共存していたからである。

 当時のナベプロは吉川晃司イチオシで、大沢はほぼ野放し状態だった。なので、予算も大してかけられず、プロモーションもささやかなものだった。
 3枚目のアルバム『Confusion』レコーディングで、ニューヨークのスタジオでの作業中、「吉川に投資しちゃって予算ないから、その辺でレコーディング切り上げて帰ってこい」という事務所からの指示があった。とはいえ作業も大詰めに入っていたし、それに加えて鼻っ柱の強い性分も手伝って、大沢は自分のディールを削って作業続行した、というエピソードがある。ひでぇ扱いだよな、これって。
 当時の吉川といえば、デビューにあたってナベプロが社運を賭けて主演映画制作、しかも3部作という力の入れよう。かたや当時の大沢といえば、まだセールス実績もない自由契約選手的な扱い。立場が違いすぎて、妬むこともできないわな、こりゃ。

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 「何やってんだかわかんない奴」キャラとして、ナベプロ内でレッテル張りされていた大沢だったけど、その『Confusion』収録の「そして僕は途方に暮れる」がカップヌードルのCMソングに採用され、ソロでは初のヒットを記録する。当初は鈴木ヒロミツのオファーを受けて書いたけど、長い間陽の目を見ず、その後もあらゆるシンガーにタライ回しにされ、それでも世に出ることがなかったため、「エェイじゃ俺が歌うわ」的ないきさつでレコーディングされた、考えてみると何かと曰く付きの楽曲である。
 強烈な映像イメージと紐づけされる、シンプルに配置された言葉たち。その行間に込められた、感情の微細な揺れとのコントラストを刹那的に定着させた先駆者と言えるのが、歌詞を書いた銀色夏生。ランダムに配置された散文的なキャッチフレーズは、起承転結を軸とした従来のストーリー展開ではないため、構文的には破綻している。
 数は少ないけれど歌詞も手掛ける大沢だと、多様な解釈を孕んだその世界観に理解はあっただろうけど、すでに自分なりのメソッドを確立した専業シンガーにとって、シュールな銀色の歌詞は、自身の解釈を挟み込む余地が少ないため、抵抗があったんじゃないかと想像する。
 「ちょっと変わっててイイね」と思ってもらえるんならまだしも、「なに言ってんだかワカンねぇ」と拒絶するシンガーもいただろうし。
 鈴木ヒロミツなら言いそうだよな。

 で、『Life』。
 シングル・ヒットを出したことによって、音楽的にもナベプロ内的にもポジションを確立した大沢だけど、そうなったらなったで、ナベプロが敷いたレールから外れたくなるのが、この人の特性である。普通なら、そのままポジション・キープのため、同路線を推し進めるところだけど、そっちの道は選ばなかった大沢。二番煎じの無限ループという「守り」ではなく、「ヒットしたんだから、もう好きにやってもいいでしょ」と言い放って、別のアプローチへ進む道を選んだ。でも兄さん、これまでだって好き放題・やりたい放題やっとるがな。
 「急激に増えたファンの篩い落としを行なった」とコメントしているように、『Life』では、歌謡曲テイストのキャッチーなメロディは封印されている。正直、どの曲にも口ずさみやすそうなフレーズはない。

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 『Life』のベーシック・トラックは、「汗臭くないロック」として定評のあったニューウェイヴ・バンド「ピンク」のメンバーを中心に、倉庫を改造したスタジオを使用、ライブ形式で録音された。そのマテリアルを素材として、さらにスタジオであれこれ加工する、手の込んだ方式で製作されているため、これまでのアルバムに比べると、バンド・アンサンブルを重視したサウンドになっている。これまでシーケンス中心だったリズム・トラックは生演奏にシフトされ、手練れのプレイヤーによるジャストなリズムに加え、セッションから誘発されたグルーヴ感が詰め込まれている。

 大まかな流れだけ決めといて、バンド・マジックによるサプライズを引き出したセッションと、MIDI機材を駆使してデスクトップ上で行なわれるDTMレコーディングは、相反するものと思われがちだけど、突き詰めて行くと、本質は同じものだ。
 レコーディング中のコンポーザーの脳内では、無数のヴァーチャル・セッションが行なわれ、そこからさらに収受選択と順列組み合わせがフル回転する。まだおぼろげなイメージをオペレーターに伝え、音やリズム・パターンを作ってもらう。時には自ら機材を操り、試行錯誤しながら理想の音を探し出す。理想の音とはちょっと違うけど、偶然できたマテリアルから、新たなインスピレーションが生まれることだってある。予想の範囲外から生まれた着想は、新たなアイディアとして、さらに広がりを見せる。
 理想のサウンドを構築するためのツールとして捉えると、人力によるバンド・アンサンブルも、モニター上でプログラムされる打ち込みサウンドも、プロセスは違うけれど、着地点は同じである。
 その2つのメソッドのハイブリッドが、『Life』という作品として結実している。



LIFE
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大沢誉志幸
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1. I'm not living (But) I'm not dying
 イントロのキッチュな音色のキーボードはホッピー神山。この頃から「変な音」担当として、存在感を出しており、同じく「変なサウンド」探究者である大沢とはウマが合ったことを象徴している。
 基本サウンドはこれまで培ったデジタルファンクを生のグルーヴに移植した形だけど、これがまたうまくハマっている。ホーンも入れたライブ録音主体のトラックは、もはや日本のファンを視野に入れておらず、海外でも通用する演奏クオリティとして成立している。
 このアルバムから銀色とのコラボは解消しているのだけど、確かにここまでダイレクトにリズム主体になると、あのシュール性は合わないわな。



2. Planet love
 シンセに川島裕二が参加。この辺は前回レビューした太田裕美とメンツがかぶっている。デジタル系は当時、ピンク周辺のミュージシャンが一手に引き受けていた。マリンバっぽいDX7の音色が郷愁を誘う。45歳以上にはリアルに響く、まったりしたシンセの旋律。
 大沢の一面であるメロディアスな特性がうまく発揮された、ミディアム・スロウを引き立てているのは、サックスの矢口博康。この人の音色はデジタルとも相性が良くて、引っ張りだこだったことを思い出す。


3. Blue-Break-Blue
 オーソドックスなピアノ・バラードにアクセントをつけているのは、エスニック・テイストを醸し出すポリリズミックなシーケンス・ドラム。大沢自身による内省的な歌詞は、銀色のような映像的イマジネーションこそ薄いけど、ライブ感覚に即したパッションを込めやすい言葉選びとなっている。

4. ジェランディア (願望国)
 これまでになかったソフト・タッチ、ていうか穏やかなポップ・テイストでまとめられた、隠れた人気曲。軽やかなスカ・ビートを軸に、ハープシコードやオルガン、さらには子供のコーラスまで入れてしまうという、ある意味、これまでの大沢ファンの予想を最も裏切った、とんでもない斜め上のナンバー。
 ねじれたストリングス・アレンジを展開する中西俊博との手合わせは、いい意味での他流試合。2人とも真剣に、そして楽しみながらのセッション。

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5. 雨のecho
 で、これなんかは従来のファンへのサービス的な、最も当時のパブリック・イメージに近いファンク・ナンバー。

 1人じゃ寂しすぎる 2人じゃ傷つきすぎる
 変わらないこの部屋に 雨音が響いている

 前のめりのヴォーカルに引っ張られる鉄壁のリズム・セクション、そこに絡む矢口のサックス・ソロ。元倉庫という広めのスタジオを使用した効果もあって、ドラムの音も奥行きと深みがあり、この時期の録音としては高クオリティ。シモンズのペラペラ・ビートも、あれはあれでいいんだけど、こういった大人数セッションには合わない。

6. ガラスの部屋
 ギター弾き語りをベースとした、直球バラード。ただ一筋縄では行かないのが、ブロウしまくる矢口サックス。切々と語るバラードの世界を打ち破る豪快な音色は、サザンの「メロディ」でも発揮された。そういえば時期的にも近い。

7. クロール
 レコード版は6曲入りのミニ・アルバム編成となっており、ここから2曲はCDのみ収録のボーナス・トラック扱いだった。でも俺はCDプレーヤー持ってたし、三ツ矢サイダーのCMとしてテレビでも流れていたので、よく耳にした覚えはある。
 夏を想起させる涼しげなシンセの響きは、やっぱりシングルを意識してたんだろうな。ただ大沢のハスキーな声は、あんまり夏向きじゃない。心なしか爽やかさとは別のベクトルを指向してるみたいだし。
 このアルバムでは唯一、銀色夏生による作詞。百人百様の解釈と比喩を含んだ「クロール」。肉体性と理性とが交差するイマジネーション、意味と無意味のシャッフルは、シンガーを困惑させる。大沢=銀色コラボレーションの終焉を決定づけた楽曲でもある。

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8. Time passes slowly
 ラストはボーナス・トラックらしく、趣味性の強い洋楽カバーで。そんな風に思ってたのか、意表を突いたBob Dylanのカバー。いくらなんでも裏の裏をかき過ぎてる。原曲は『New Morning』という、これまたDylanの中でも地味なアルバムからの選曲。よくこんな選曲、ディレクターも許したよな。
 簡素でのどかなカントリー・ロックといった風情のオリジナルに対し、ここでは極端の向こうを行った大胆な解釈、ソリッドなファンク・ロックでまとめている。どっちのファンもビックリするだろうな、ここまで改変しちゃうと。4.で起用した子供合唱団も入ってるし。
 ジャズやファンクのセッションでよくある、原曲のテーマだけ合わせておいて、あとはそれぞれの解釈でアドリブやインプロビゼーションを詰め込んでいったらこうなっちゃった的な、カオスではあるけれど、恐ろしく高い熱量と疾走感が真空パックされている。
「薄っぺらい」と揶揄されがちな80年代サウンドだけど、MIDIに完全移行する前のフィジカル・プレイによる名演が残っているのも、この時代の特徴である。この後のバンド・ブームによって、それもだいぶ少なくなっちゃうんだけど。








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80年代ソニー・アーティスト列伝 その11 - 太田裕美 『I do, You do』

idoyoudo 80年代のソニー・グループといえば、レベッカやハウンド・ドッグ、尾崎豊からTMネットワークに至るまで、来たるバンド・ブーム前夜の日本のロック/ポップス・シーンを一手に引き受けていたイメージが強いけど、70年代は女性アイドルがメインのレコード会社だった。
 総合レコード・メーカーとしては最後発だった、CBSソニーの70年代所属アーティストのラインナップを見てみると、ロック/ニューミュージックの看板アーティストと言えるのは、吉田拓郎や矢沢永吉くらい。いずれも他社から移籍してきた者ばかりで、生え抜きアーティストの存在感はわずかなものだった。
 五輪真弓は「恋人よ」がヒットするまでは通好みのポジションだったし、ふきのとうは、さらに限られたフォーク村での人気にとどまっていた。試行錯誤の途中にあった浜田省吾がブレイクするのは80年代に入ってからだし、シティ・ポップの先駆けだった南佳孝は、もともと大衆的ヒットとは無縁の音楽性だった。

 70年代のCBSソニーを支えていたのは、彼らアーティストではなく、もっと芸能寄りの女性アイドルたちだった。同じ70年代ラインナップを見ると、キラ星のようなメンツが並んでいる。
 創業時は浅田美代子や天地真理に始まり、その後も南沙織やキャンディーズ、山口百恵など、それぞれ一時代を築き上げた旬のアイドルたちが、切れ目なく輩出されている。年を追うに従って、アイドル育成のノウハウが蓄積され、他社とはひと味違ったコンセプト、例えば雑誌グラビアやジャケット撮影ひとつにおいても、アイドル定番の貼り付けたような営業スマイルではなく、篠山紀信によるアーティスティックな写真を起用するなど、従来のセオリーをはずすことで、他社との差別化を図っていた。80年代から始まったとされるソニーのビジュアル戦略は、実は早い段階から試行されていた。
 フォーク/ニューミュージック系のアーティストは、すでに他社の青田買いによって、有望な新人には大抵手がつけられていた。新参者だったソニーが他社との優位性を図るには、育成期間もそれほどかからず、メディア露出によって即効果の出やすいアイドル系に力を入れざるを得なかった、といった事情もある。

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 もともとナベプロ主宰のスクールメイツで、後にキャンディーズとしてデビューする面々と同期だった太田裕美は、ソニー通常の育成ラインに沿えば、オーソドックスなアイドルとしてデビューするはずだった。だったのだけど、ナベプロ的にはキャンディーズをプッシュして行きたい、という意向もあって、また、初期のディレクター白川隆三が主に洋楽を手がけていたこともあって、シンガー・ソングライターとアイドル、そのハイブリッド・スタイルでのデビューとなった。
 その白川のインタビューによると、ちょうど小坂明子が「あなた」で鮮烈なデビューを飾っていたことから、「ピアノによる弾き語り女性シンガー」という世間の新たなニーズに応えた、とのこと。ちょうど近くにいた太田裕美がピアノが弾けたから、という偶然の出逢いは、単なる偶然というより時代の要請でもあった。
 アイドルで通用するルックスを持ち、しかも自作自演もできるとなれば、まだどこも手をつけていない分野だった。戦略的に言って、その選択は的を射ていた。

 そんな隙間を狙った戦略が実を結んだのが、代表曲の「木綿のハンカチーフ」で、その後も基本は松本隆と白川によるアーティスト戦略に沿って、スマッシュ・ヒットを重ねていった。
 この分野においては、竹内まりやが出てくるまで、彼女の独壇場だった。アーティストとアイドル、両面バランス良く対処できる女性歌手は、なかなか現れなかったのだ。
 ただ、そのバランス感覚は、のちのち仇となる。悪く言っちゃえば、どっちつかずの状態ゆえ大きな爆発力を生むことはなく、ポジション的には終始、トップグループの2番手か3番手という位置にあった。
 たまにバラエティに出たりはするけど、イメージ戦略の都合上、当時のアイドルの定番であるグラビアやコント出演は、極力抑えられた。アーティストというポジションでは、「隣りのお姉さん」的な親しみやすさは薄かったため、当時の青少年から見れば敷居が高すぎ、妄想を掻き立てずらかった。
 とはいえ、「アーティスト」と名乗っているわりには、ほとんどの楽曲は外部委託、アルバムでも自作曲はほんの1〜2曲といった具合だった。今でこそ、「アーティストは作詞作曲ができてこそ一人前」という空気でもなくなったけど、ニューミュージック全盛時は、最低でも作詞は自分で行なうのが当たり前とされ、単に歌うだけなのは、歌謡曲の人間とカテゴライズされていた。
 そんなわけで、当時の太田のポジションは、「自称アーティストを名乗るアイドル」といった具合である。双方のおいしいとこ取りを狙ったにもかかわらず、どっちのカテゴリでも着地点が見出せなかったのは、時代を先取りしすぎた不幸でもある。
 アイドルの解釈の多様性が広がって、森高千里が登場できるようになるまでには、もう少し待たなければならなかった。

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 今も昔も変わらないけど、女性アイドルの賞味期限はとても短い。どれだけトップグループを維持しようと、歳を取ればバトンタッチしなければならない。代わりの新人はいくらでも出てくるし、そりゃ新しい方が鮮度も違ってくるので、次第にかわい子ちゃん路線は通用しなくなる。
 個人差はあるけど、一般的にその賞味期限は3〜5年、それを過ぎると、路線変更を余儀なくされる。そりゃやってる方だって、いくつになってもミニスカ・ドレスやビキニ・スタイルで営業スマイルばっかりだと、ウンザリしてくるだろうし。
 大抵は芸能界引退、ごく少数は女優へ転身する者もいたけど、トップグループ組で最も多かったのが、大人の歌手への転向だった。処女性を前面に出したマスコット的存在から、もう少し年齢に即した「大人びた恋愛」をテーマにすることによって、コンテンポラリーな歌謡曲へとスライドしていくのが、セオリーとされていた。

 で、デビュー以来の松本隆-筒美京平コンビによる青春路線から、イメージ・チェンジを試みていた太田裕美が巡り合ったのが、大滝詠一だった。
 まだロンバケのヒット前だった彼から「さらばシベリア鉄道」を譲り受け、それが小ヒットにつながった。アイドル的には賞味期限が切れ、アーティストとしては迷走中、セールスも低迷していた彼女にとって、それは大きな転機となった。
 歌詞を書いたのは松本隆だったけど、シンガー大滝詠一を想定して書かれた言葉は力強く、アイドル的な世界観とは一線を画していた。
 続いて松本-大滝コンビによって制作された「恋のハーフ・ムーン」は、太田裕美のイメージを保ちつつ、彼の特性であるオールディーズ風味を交えた、キャッチーなポップ・チューンだった。こちらも大きなヒットにはならなかったけど、おおむね評判は良く、アーティスティック路線へのスムーズな移行は、これで問題ないはずだった。
 実際、それはうまく行きかけていたのだけど。

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 1982年、太田裕美は活動休止を宣言し、単身ニューヨークへと留学してしまう。徐々に仕事はフェード・アウトしていたのだろうけど、ファンや世間からすれば、それは突然のできごとだった。年齢的にアイドル仕事は無くなっていたので、旧来の清純派イメージを保持したまま、アーティスト活動へシフトして行くのが、自然な流れのはずだったのだけど。
 帰国後にリリースされた復帰第一弾『Far East』は、レコードA面をニューヨーク・サイド、B面を日本サイドに分けて制作された。ニューヨーク在住のソングライター・コンビによる、コンテンポラリー寄りのロック・サウンドは、従来の歌謡フォーク的なウェット感を一掃した。
 また日本サイドでは、まだ知る人ぞ知る存在だったテクノ・ポップ・バンド「チャクラ」のリーダー板倉文を大々的に起用、まだお茶の間には浸透していなかったニューウェイヴ・テイストの楽曲は、古参ファンの度肝を抜いた。
 とはいえ、従来イメージの面影を残すかのように、従来の歌謡フォーク的楽曲も収録されていたため、大きな混乱には至らなかった。少なくとも『Far East』では、アーティスト路線へのソフト・ランディングは成功したように思われた。
 問題はその次だ。
 ここから太田裕美は覚醒する。

 わずか半年のインターバルでリリースされた『I do, You do あなたらしく、わたしらしく』は、前作の日本サイドで展開されたテクノ・ポップ・サウンドがフル稼動している。『Far East』はいわば、試運転と世間の動向をリサーチするためのアルバムであり、ほんとにやりたかったのは、こういったサウンドだったのだ。
 当時、聖子プロジェクトで頭角を現し、ライト・ポップなシンセ使いとして脂の乗っていた大村雅朗が全面参加、ここではラテンやレゲエなど、多彩なリズム・アプローチを駆使しつつ、最新MIDI機材のスペックを最大限まで引き出したテクノ・サウンドで遊びまくっている。
 「しっとり落ち着いた大人の歌手」然としていた大滝作品とは一転して、これまで築き上げたキャリアをチャラにしてしまった、一周回って大人可愛いアイドル唱法は、オモチャ箱をひっくり返したようにとっ散らかったサウンドとマッチしている。いわば、のちのガールズ・ポップの原点と言える。
 徹底的にフィクショナブルな空間構築のため、重要なファクターとなったのが、初めて起用された作詞家山本みき子が持ち込んだ世界観だった。書き出してみると、捉えどころのない無意味なフレーズの羅列だけど、死角から突拍子もなく飛び込んでくるその言葉たちは、発語の快感に基づいた言語感覚に紐付けされ、未曽有のイマジネーションを喚起させる。のちに作家に転身して「銀色夏生」と名乗ることになる山本の、どこから飛んでくるかわからない千本ノックのような言葉の礫は、作曲家太田裕美の能力を覚醒させる。
 『Far East』同様、『I do, You do』でも、従来ファン取り込みのための印象派バラードも収録されているのだけど、それはもはや付け足しでしかない。太田-銀色によるコラボが残した最高傑作「満月の夜 君んちへ行ったよ」の前では、無難なバラードは霞んでしまう。
 強烈な無意味、強力なオリジナリティは、いま聴いてもインパクト十分。何かよくわかんないけど、聴いてて楽しい。踊りたくなってくる。
 これだけで、もう成功だ。

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 「大人になる」とは「丸くなる」こと、「フォーマルを装う」というのは、今も昔もあんまり変わらない。「成長する」ということは、「窮屈さを甘んじて受け入れる」ことと、ある意味では同義である。
 でも、単に世間に流されて、上記の感じで大人になっても、いいことなんて何もない。どうせ大人になるのなら、違う道だってあるはずだし、それならそれで自分で選びたい。
 そんな風に思ったか思わなかったか、とにかく世間の思惑の斜め上を行った彼女のイメチェンは、かすかではあるけれど、確実に衝撃を残した。現役アイドルも霞んでしまう、ファニーでポップな甘いヴォーカルは、それまでかしこまっていた太田裕美像のアンチテーゼとして、また無理にフォーマルに収まろうとする大人の歌手への痛烈な批評となった。

 その後も太田裕美の覚醒は治まらず、『I do, You do』で手応えをつかんだテクノ・ポップ路線をさらに深化、ご乱心時代の総決算となる快作『Tamatebako』 をリリースする。ただ残念なことに、イメージ・チェンジに着いていけなかった従来ファンは離れたことによって、セールスは低迷する。
 シンセ機材のスペックを丁寧にアップデートすれば、今の時代にも通用する極上のポップ・アルバムなのだけど、主力ユーザーになるはずの「TECHII」や「POP IND'S」読者が彼女の動向をつかんでいなかったこと、また、本来なら買い支えるはずの従来ファンが離れてしまったことが、彼女にとっての不幸だった。
 考えてみれば、中島みゆきの「ご乱心」だって相当なものだったけど、ファン離れはそれほど起きず、熱心に買い支えていたのだ。そう考えると、薄情なもんだよな太田裕美ファンって。
 この路線が志半ばで終わってしまったのか、それとも十分やり切った結果なのかはわかりかねるけど、イメージ定着にはもう1、2作は続けて欲しかった、とは今になって思う。もうちょっと続けていれば、「TECHII」読者も気づいてくれただろうし、「PATi PATi」創刊にも滑り込めて、ビジュアル展開が面白かったんじゃないかと。



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1. 満月の夜 君んちへ行ったよ
 チョッパー・ベースとシモンズによるベーシック・リズムをバックに、エスニック・ドラムによる怪しげなムードを醸し出しながら、銀色によるシュール・ネタのような無意味性の凝縮は、太田裕美のヴォーカルすら別世界へ導く。

 満月の夜 君んちへ行ったよ
 満月の夜 君んちへ行ったよ
 なのに 君んちは 丸い丸い月の中に
 君んちは ぷかりぷかり 浮いてしまってて

 清純派アイドルが書いた、アルバム用の自作詞よりもぶっ飛んだ言葉たちは、メロディやアレンジの可能性を開放する。ほぼタイトル連呼のサビとAメロだけで構成されたメロディを包むアレンジには、Human LeagueやOMDらUKダンス/ニューウェイヴの影響が色濃く反映されている。
 自身で書いたメロディだから、いわば当たり前ではあるけど、注目すべきなのは歌のうまさ。単なるピッチの合わせだけじゃなく、リズム・パートとメロディ・パートでの歌い分けは、やはりベテランならではの表現力の豊かさ。



2. 葉桜のハイウェイ
 チャクラ板倉によるミディアム・ポップ。タイトルからしてメロディからして、従来タイプの楽曲だけど、ほぼDX7によるシーケンス・リズムやテクノポップ風エフェクトは、やっぱりソニーだけあってレベルが高い仕上がり。
 やっぱり注目してしまうのは、銀色による、日本のロック/ポップスでは、まず使われることがなかった、独特の言語感覚。「早く帰って お風呂に入ろう」「今日も世界は みかん晴れ」なんて、普通思いつかないよな。皮膚感覚に基づいた言葉を書く女性アーティストの出現は、ドリカム吉田美和まで待たなければならない。あ、そういえば彼女もソニーか。
 その銀色の言葉を自分の言葉として吸収し、こんな大人カワイイ楽曲として歌いこなしてしまう太田裕美の底力といったらもう。ヴォーカル録りしててテンションが上がったのか、アイドル顔負けのフェイクも入れている。

3. お墓通りあたり
 いきなり木魚の音からスタート。そこから導かれるように、オリエンタルなピアノの調べ。なんだこれ。チャイナ風メロディから紡ぎだされる、印象的なフレーズ。
 「たばこ屋はいつも 角にあるね」「三叉路はいつも 風が来るね」。思わせぶりでいて実は無意味な空間はシュールで、どことなくつげ義春の世界を思わせる。

 そんな風に 誰かときっと すれ違ってしまうんだね

 突然、こんなフレーズを滑り込ませちゃうのだから、油断がならない。アレンジと言葉、そして歌とが絶妙のバランスで拮抗している。



4. ガラスの週末
 普通に80年代アイドルに提供できそうな、完成度の高いポップ・ソング。完成度が高いというのは「うまくまとまっている」ということで、冒頭3曲のインパクトと比べると、ちょっと霞んでしまう。でも考えてみれば、このくらいテクノ度を薄めてやった方が、一般性はあったのかな。このままバックトラック使い回して南野陽子が歌っても、違和感なさそうだし。
 あ、彼女もソニーか、そういえば。

5. こ・こ・に・い・る・よ
 複雑な変拍子と転調が交互にやって来る、大陸的な雄大さを思わせる正攻法のバラード。ニューミュージック時代とは違って一皮むけた、品格の高さを思わせる。でもね、これだけ録音レベルが低く、こもったような音がクオリティを損なっているのだけど、これって俺のCDだけ?

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6. 移り気なマイ・ボーイ
 コケティッシュな大人の女性じゃないと歌いこなせない、一周回ってアイドルを演じてみました的な、はじけたアイドル・ポップ。キョンキョンより早かったんだな、批評性を感じさせるアイドル・ソングって。ファズ・ギターをフィーチャーしたバンド・サウンドと、チャイナ・テイストのエフェクト。確かにキョンキョンが歌ってても違和感ないよな。
 キョンキョンはビクターだった。ちょっと惜しい。じゃあ渡辺美奈代だな。

7. パスしな!
 シンセ奏者として全面参加している川島裕二作曲による、レゲエ風味のテクノ・ポップ。ダブっぽいリズムとコンプをかけたヴォーカル、ラテンっぽいエフェクトは南国テイスト満載。
 アイドル・テイスト全開のファニー・ヴォイスで歌われるのは、シュールでキュートで実は無意味で刹那的な銀色ワールド。意味なんてあるもんか、ノリがイイからそれでいいでしょ。

8. ロンリィ・ピーポーIII
 名前だけは聞いたことがあった、シンガー・ソングライター下田逸郎による、大人の恋愛模様を描いたトレンディな空間。前作『Far East』からの連作で、アイドルを卒業した女性シンガーにはぴったりの世界観だけど、銀色夏生のシュールリアリスティックな文体と比べると、あまりにオーソドックスで分が悪い。
 歌詞の平凡さとは対照的に、板倉アレンジによるサウンドは凝りに凝りまくっている。琴の音色をエフェクト的に使ったオリエンタル・サウンドは、東洋音階に凝っていたと思われる太田のメロディ・ラインとの相性も良い。アウトロはちょっとカオスだけど。

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9. ロンリィ・ピーポーII
 なぜかIIIの後のII。8.のプロローグ的なモノかと思ったけど、歌詞には特別関連性はなさそう。多分、あんまり深い意味はないんだろうな。「福生ストラット」みたいなもんか。
 シングルとしても発売されており、多少はそれ向けにかしこまったのか、作曲は岡本一生・亀井登志夫の歌謡曲畑によるもの。なので、8.ほどの破壊力は薄い。

10. 33回転のパーティー
 ラストは正攻法。アーティストとしての顔を強く押し出してきたけど、アイドルとして活動してきたことは、誇らしい過去でもある。大人のアイドルとして何を歌って行くのか、その理想形のひとつが、この珠玉バラード。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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