好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

Miles流ジャズ・ファンクの最終形 - Miles Davis 『Decoy』

folder 1983年にリリースされた『Star People』は、Bill EvansやMike Sternなど、80年代以降の現代ジャズ・ファンク・シーンを担う若手の積極的な起用によって、先祖返り的な新伝承派への対抗意欲を表明した意欲作だった。帝王と称されて以降の彼は、休養以前ほどの先鋭さはなくなったけど、かつて自らが築いたスタイルをなぞってお茶を濁すことは頑なに拒否していた。少なくとも、時代に乗り遅れることだけは逃れていた。

 どの時代においてもMilesが志向していたのは、その時代においての最先端、最もヒップな音楽だった。ビバップを起点としたモダン・ジャズからスタートして、既成のリズムやコードを分解・再構築、それまで邪道とされていたエレクトリック楽器の導入、それらの集大成としてジャズ・ファンク路線へ向かったのも、「俺がジャズ・シーンをリードしているんだ」という自負があったからこそ。
 そりゃ時々、ちょっと残念な作品や退屈なアルバムも中にはあったけど、アバタもエクボとはよく言ったもので、『Miles Davis』という壮大な超大作の中のワンカットと捉えれば、ちょっとは納得がゆく。いつもいつもヤマ場ばっかりじゃ、演る方も聴く方も疲れちゃうしね。

 で、この『Star People』と同年にリリースされた1枚のアルバムが、ジャズ・シーンを大きく変化させることになる。
 それまでジャズ・フュージョン~ジャズ・ファンクなど、Milesが創り上げてきたメソッドに則って、またはパクった廉価版を流通させて凌いできたジャズ・シーンだったけど、Milesの文法にはない言語・話法で価値観を一変させてしまった。
 『Futurer Shock』、または「Rockit」。
 そのアーティストとは、Herbie Hancock。かつてのMilesスクールの卒業生である。

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 以前もレビューで書いたけど、これがジャズなのかどうかと言われれば、ギリギリのラインでジャズではあるけれど、一般的な解釈としてはヒップホップ・カルチャーのメジャー化に大きく寄与した、俺が言うところの「お茶の間ヒップホップ」作品である。ジャズである根拠はリーダー名義がHerbieだから、というだけで、旧来のジャズっぽさはまるでない。
 ただこのHerbieという人、そのMilesスクール在籍時から「ジャズの基本フォーマット」にはあまり興味がなく、むしろそういった既成概念へのアンチを訴える性向が強い。いわゆるタカ派的なミュージシャンではあるのだけれど、性格の良さなのか人心掌握に長けているのか、保守派のミュージシャンからの覚えも良く、それなりの距離を保ってセッションやコラボレートを行なっている。
 穿った見方で言えば、八方美人的な器用な人なのだけれど、ミュージシャンとしての基礎体力、センスやスキルは同年代においても抜きん出ているので、あまり不評も出ない。この辺はMilesのバンド運営を反面教師として捉えてきた経験則に基づくのだろうか。

 これまでジャズ界の方向性を決定づけるのは、主にMilesだった。彼のレイテスト・アルバムこそが次世代ジャズのフォーマットとして注目され、そしてリスペクトされオマージュされまくった。と言えば聞こえは良いけど、要は表層だけ真似て聴きやすくしただけ、または一般ウケしやすいよう思いっきり希釈されることで、特に70年代以降の斜陽ジャズ界は命脈をつないでいた。
 自ら望んでなったわけではないだろうけど、結果的にジャズ界の水先案内人としてシーンをけん引していたMilesだったけど、『On the Corner』リリース以降から、その勘が鈍り始める。
 オーバーダヴを極力使用せず、リズム・リード一斉演奏による複合アンサンブルという手法はフリー・ジャズのメソッドと方向性は似ている。ただ調性を重要視しないフリーとは違って、Milesの場合、ポリリズムをベースとした複合リズムの一斉演奏から発生するピッチのずれ、古代民族の祝祭的ムードをモダンに展開させたことがMilesの功績である。ただそのメソッドはあまりに不定形であったがゆえ、万人の理解はおろか、演者自身さえもカオスに陥ってしまうほどの破壊力を持っていた。
 ジャズ・ミュージシャンMilesのキャパを大きく超えるフォーマットは、製作者自身をも浸食する。その後はアルバム制作ごと、またライブを重ねるごとに、その怪物は自らの意思を持ち、そして力を増す。日を追うにつれ、もはやMilesの手では制御不能になっていった。
 怪物を抑え込むために消費される、大量の酒やドラッグ。気が大きくなることもあって、一時は気が紛れるかもしれないけど、根本的な解決にはなっていやしない。むしろ怪物のパワーゲージは増大しているのだ。
 自分の許容量を超えるドーピングは体と精神を蝕み、遂にはMiles、シーンからの撤退を決意する。『Agharta』『Pangaea』という、評価不能(または評価されること自体を拒否した)大作を残して。

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 長い長い休息を経てシーンに復帰したMiles。以前のドロドロした怪物とは縁を切り、もっとコンテンポラリーな方向性を持つ、ビビッドなフォームのサウンドを志向するようになる。ほとんど暴君として主導権を握っていたレコーディング・セッションも、任せられるところは若手に仕切らせるようになる。
 復帰後のMilesは、もはや自らの力だけではヒップな存在にはなれないことを自覚していた。先鋭的なジャズ・ミュージシャンとしては、『Agharta』『Pangaea』のその先を探求することが真っ当なのだろうけど、彼の関心はもはやそこにはなかった。彼が求めていたのは、もっと確実な形の名声、ポップ・チャートの上位へ狙えるセールスだった。

 リーディング・ランナーのポジションから自ら降り、時代のトレンドに乗っかることを選択したMiles。最先端のサウンドを提示することはなくなったけど、これまでの功績からジャズ界の帝王としてのポジションは確立されていた。彼が復帰することで、CBSはおろかジャズ界挙げての大きなキャンペーンが盛り上がったのも、そんな事情があったわけで。
 ただ、これらもあくまでジャズ界の中での出来事である。さすがに第1弾の『The Man with the Horn』こそビルボード最高53位のヒットになったけど、『Star People』は最高153位と、まぁジャズ・アルバムにしては上等といった程度の成績だった。ただ、彼が望むところのポップ・チャートへのランクイン、例えばMichael JacksonやLionel Richieと比べれば、お話にもならなかった。

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 そんな中での「Rockit」ブームである。ビルボード最高71位はもちろん、ダンス・シングル・チャートで1位を獲得したことによって、Milesの対抗意識はハンパなかったはず。総合チャートだけでなく、もっとも現場感覚が反映されるクラブ・シーンにおいて明確な支持を得たHerbieに対し、嫉妬とも羨望とも、どちらも入り混じるような複雑な心情であったことは想像に難くない。
 暴君Milesだからして、よくある子弟物語のような、弟子の成長を素直に喜ぶようなタマではない。むしろ対等なミュージシャンとして、ヒップホップの導入によるポップスターへの仲間入りへの羨望、またこれまでのMilesメソッドの延長線上ではなく、まったく違ったアプローチによるポピュラリティの獲得への嫉妬が強かっただろう。
 後に『Doo-Bop』という最後っ屁をかますMilesだからして、ヒップホップへのアレルギーや嫌悪があったとは思えない。彼にとっては新しい音楽、旧来のジャズとはかけ離れたものを求めているだけであって、逆にHerbieの目の付け所には「してやられた」感が強かったんじゃないかと思われる。

 正直、『Future Shock』はあまりにヒットし過ぎたがため、もはやHerbieでは制御が効かず、彼にとっての「怪物」的存在となってしまった。おかげで勢いで二番煎じ三番煎じのアルバムを作ってしまい、結局は時代に消費されてしまった。使用機材の影響もあるけど、いま聴くとすごく古臭く感じてしまう点は否めない。
 対してタイミングを待って制作された『Doo-Bop』は、時代を乗り切るオーラを保っている。制作途中だったトラックを効果的にまとめたEasy Mo Beeの力量ももちろんだけど、トレンドの先読み力においてはまだ眼力を保っていたMiles、2匹目のドジョウを狙っても叩かれるだけなのはわかっていたのだろう。
 まだ手を付けるべきじゃない。時期が早い。

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 ジャズ・ファンク路線でもうちょっとやってみたかった、またはCBSの要請があったのかどうか、取り敢えずほぼ同じスタッフで制作したのが、この『Decoy』。『Star People』では10分超の曲が3曲あったけど、ここでは1曲のみ、ほとんどの曲が4~5分程度にまとめられている。この辺はラジオ・オンエアを意識したものと思われる。とは言っても、ジャズ専門ラジオでしかかからなかったんだけどね。
 『Decoy』においての最大の新機軸というのが、盟友Teo Maceroとのパートナーシップ解消である。
 正直、この時期になるとレコーディング・スタイルそのものがシステマティック化され、以前のようにテープを長回ししてダラダラ時間をかけたセッションは少なくなっていた。これまでバンド・アンサンブルに細かな指示を与えていたMilesだったけど、スタジオにいる時間が短くなり、結果的にバンド自身でバック・トラックをしっかり作り込むことが可能となった。なので、デモ段階でほぼ完パケ状態となっているため、Teoお得意のテープ編集テクニックは無用の長物となる。実際、Miles復帰後のTeoの仕事量は相対的に減っていった。

 Milesがすぐにヒップホップに飛びつかず、ジャズ・ファンク・スタイルの追及を継続したのは、若手による現状バンド・アンサンブルへの信頼もあったけど、かつてのMilesスクールよろしく若手スター・プレイヤーの育成並びに恩恵に預かる下心が、多少なりともあったんじゃないかと思われる。特にここで3曲参加しているBranford Marsalisには目をかけていたらしく、ゲストではなくレギュラー・メンバーとしての加入も打診している。結局、Stingに取られちゃうんだけどね。

 Herbieとは別のベクトルでポップスターを狙っていたMiles、『Star People』よりコンパクトかつソリッドにまとめられた楽曲群はクオリティが高く、彼が目指すところのジャズ・ファンクとしては、ほぼ完成形である。あくまでジャズ村の中での評価としては、高いものだった。
 でも、ヒップじゃない。
 すでにMilesは別の方向を向いていたのだから。


Decoy
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1. Decoy
 「On the Corner」の雑多なリズム・パートを丁寧に取り除き、バンド・メンバーを絞って各パートのインプロをクローズアップすると、こんな感じになる。70年代ジャズ・ファンクの落とし前といったところか。若手ミュージシャンらの屈託のなさによって、かつてあれほど苦しめられた怪物は、しっかり手綱を握られている。
 ここから初登場のDarryl Jones(b)の俺様っぷりも、Stingと組もうかどうか天秤にかけていたBranford Marsalis (sax)の歌いっぷりも、きちんとコントロールされている。だからこそ、Milesのペットもここ最近にはないほど鳴りまくっているのだ。
 Teoとの友好的決別が良い方向へと向かった、新世代ジャズ・ファンクの完成形となった1曲。



2. Robot 415
 1分程度のブリッジ的小品。Miles自身による拙いコード弾きシンセが聴ける、それこそ『Future Shock』とYMOをモチーフとしたテクノ・ファンク。実験的なお遊びだったのか、中途半端なフェード・アウトが惜しい。もうちょっと広げられたら面白かったんだけどね。

3. Code M.D. 
 やっぱり80年代というのはヤマハDX-7の時代だったんだな、というのを思い出させてしまう1曲。あのMilesでさえ、他の80年代アーティストのサウンドと同じ音色使ってるんだもの。特にこの曲はバンマスRobertのイニシアチブが強いため、シンセのブロック・コードが曲のコアとなっている。リズムのメインは当然Al Foster(dr)だけど、結構な割り合いでドラム・プログラミングもミックスされており、結果的にテープ編集という職人技は不要となる。Teoのやることがなくなるわけだ、確かに。
 『Star People』ではあまりオイシイ場面が回って来なかったJohn Scofield(g)、ここではシンセとのユニゾンも多いけど、インパクトのあるファンキーなソロを利かせている。タイトルにもかかわらず、Milesの出番が少ないナンバーでもある。3分過ぎ辺りから「御大登場」とでも言いたげに、悠然と登場してサラッとかますソロ。吹きまくるのではなく、吹かずして空間を支配するMiles。やはり効果的な見せ方をわかってらっしゃる。

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4. Freaky Deaky
 Darylのアルペジオ・ベースと、再びMilesのシンセが主体となったアンビエント調ファンク。あぁホーンで聴きたかったな、これ。まるで「クロスオーバー・イレブン」じゃん、これじゃ。プログレッシヴで果敢なチャレンジとしては良いのだけれど、求められてるのはそれじゃないんだけど。
 『Decoy』の欠点、レコーディング時期がバラバラなため、散漫な印象が拭えないことが如実に表れている。通常なら正式リリースするレベルじゃないんだけど、曲数たりなかったんだろうな。

5. What It Is
 1983年4月に行なわれたモントリオール・ジャズ・フェスティバルからのライブ音源。ちょっとかったるい感もあった4.と比べると、アンサンブル、楽曲としての出来がまるで違っている。
 火を噴くようなDarylのスラップ・ベースから幕を開け、すでにレギュラー・メンバーとなっていたBill Evans (sax)との相性も程よい緊張感で通じ合っている。ライブということもあってシンセの使い方も控えめ、ファンキーなリズム・アプローチを中心にバンドがまとまっている。
 Scofieldのギターもアルバムでは一番のキレっぷり。この感じでスタジオ収録に向かえればよかったものの、そううまくは行かないのがバンド・マジックである。その時の空気感はその時じゃないと、なかなか再現できないのだ。

6. That's Right
 このアルバム最長の11分という大作。と言っても11分程度じゃジャズの中ではまだ中ジョッキ程度。この時期のMilesにしては長い方だけどね。
 ここではファンク成分をグッと抑え、久しぶりにストレートな4ビートに挑戦。もう一人のジャズの御大Gil Evansが総合アレンジを務めているせいもあって、オーソドックスなスタイルとなっている。とは言っても80年代Milesなので過去の焼き直しではなく、特にScofieldのブルース・フィーリングあふれるインプロビゼーションは飽きが来ないフレーズで彩られている。
 この時期のBranfordはちょうど自信をつけ始めた頃にあたり、天才の名を欲しいままにしていた弟Wyntonさえ凌駕していたと個人的には思っている。まぁこの時期のBranfordの仕事はどれも新伝承派Wyntonへの当てつけ、裏返せばコンプレックスからの発露という見方もできるのだけれど。

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7. That's What Happened
 ラストは再びライブ音源、5.と同じくモントリオール公演から。レコードで言うところのB面全3曲はMilesとScofieldとの共作となっており、彼とDarylのファンクネスとBranfordのオーセンティックなホーン・フレーズが交差しまくって、「ジャズ」という冠を外しても十分ファンク・ミュージックとして機能している。もはやジャズなんて言葉もいらないくらい、それだけジャズ・ファンク最終形としての理想像がここにはある。
 疾風怒濤という言葉がぴったりはまる、鬼のようなミュージシャン・エゴがぶつかり合い炸裂する、あっという間の3分半である。




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シャレオツ・フレンチ集団唯一のヤンキー、James Copley - Electro Deluxe 『Circle』

folder 先月、ついに行われたElectro Deluxeの初来日公演。Twitterやブログなどの反応から察するに、ブルーノート東京というハコが、彼らのエンタテインメント性を会場のすみずみにまで行き届かせられるジャストサイズであったため、相性的にはバッチリ。ホーンセクションを最小限に抑えたコンパクト編成も、彼らのダイナミズムを削ぐことなく、オーディエンスは充分満足した「らしい」。そう、これだけ彼らのことを取り上げておきながら、俺は行けなかった。
 しかし、なんで年末なんだよ…。繁忙期に休み取れるわけねぇじゃん。俺が彼らに逢える日は、いつ訪れるのか。

 というわけで、会場に行った人たちは興奮のるつぼだったらしいけど、その来日公演前に彼らの最新アルバムがリリースされた。ベスト・アルバムが発売されたり、ジャズ系のメディアでは来日公演に向けてのインフォメーションもそこそこ行われており、どうにか認知を広めようとした感はあったみたいだけど、ブルーノート自体がそれほど大きなキャパではなく、2日間は埋まったみたいだけど、年末ということもあって追加公演の話は持ち上がらなかった。結局のところ、年が明けると再び通常営業、いつも通りフランス界隈で時々ライブを行なう、いつも通りの彼らである。
 宣材写真やライブ・フォトで見てもらえれば伝わるように、クセは強いけど愛すべきビジュアル(いつの間にかヒゲ面だ!!)のヴォーカルJames Copley、大仰なステージ・アクションはビジュアル映えするので、見せかた次第では大化けするはずなのだけど、まぁ「待望の初来日」と思っていた人がごく少数だったため、メディアの露出もほとんどなかった。いま調べて知ったんだけど、J-Waveでセッション & トークしたんだね。まだYoutubeで見られるよ。
 ほぼ同時期にStingも来日していたけれど、まぁ扱いは全然レベルが違う。「めざましテレビ」や「Mステ」に出るには、ちょっと知名度足りないしね。

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 ただ、今回は顔見せ的、コンパクトな形でのショーケース的なライブだったため、今後の夏フェスあたりでの再来日の可能性は大きくなった。ジャズ・ファンク・バンドの多くが、アルバム・リリースを軸に活動しているわけではなく、ほぼ恒常的にライブを行なうスタイルのため、今回はたまたまニュー・アイテムもあったから日本に呼びやすかったこともあるのだろう。
 ちなみに今回のライブの後援元としてクレジットされているのが、在日フランス大使館とアンスティチュ・フランセ日本(フランス政府公式のフランス語学校・フランス文化センター)。もともと文化事業へのバックアップは惜しまないお国柄ではあるけれど、国家のお墨付きとは彼ら、フランスではかなりのポジションとなっている。

 日本を含む、スイス・ドイツ・ポーランドを回る小規模ワールド・ツアーも無事終わり、年明けからは再びフランスを拠点として活動する彼らだけど、今のところ、本格的にグローバル展開する気はなさそうである。今回の来日公演のように、主要メンバー5名+少数ホーン・セクションならまだしも、総勢18名(いま何人だろう?)を数えるElectro Deluxe Big Band体勢ともなれば、何かと身動きも取りづらいだろうし。
 まだそれほどの回数ではないけれど、世界各地を回って上々の反応は得たのだから、あらゆる場所でのライブも考えてはいるだろうけど、何しろスタッフを含めれば修学旅行クラスの大移動となるし、経費に見合うリターンがあるかと言えば、場所によってはそれもちょっと微妙である。
 フランスで時たまライブを行ない、数年に一度、じっくり練り上げたアルバムをリリースしてゆく、というルーティンをこなしてゆけば、それなりのポジションでマイペースな活動は保証される程度のポジションを築いているElectro Deluxe。
 ただ、そこに安住するのを嫌ったのか、それとも外部の横やりをシャットアウトしようと目論んだのか、この『Circle』からはハンブルグのインディ・レーベルBroken Silenceからの配給となっているのは、ある意味、彼らの積極的な自己防衛手段である。

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 実のところ、今どき彼らクラスのセールス・ポジションでメジャー所属というのは、ほとんどメリットがない。もともとジャズ・ファンクという音楽自体、マス・セールスをターゲットにしたジャンルではないので、売り上げ見込みや初回ロットもかなり低いレベルに設定されている。いくらフランス・ジャズ・ファンク界のスーパースターと言っても、テレビ露出の多いポップスターやアイドルには太刀打ちできないのだ。なので、販促費などは微々たるもの、宣伝もあまりしてもらえない。前回レビューしたように、今年の夏はKungs効果でCookin' On 3 BurnersがEU圏内でバカ売れしたこともあったけど、あれはほんと天文学的確率、棚ボタみたいなもんだし。

 もともとバンド名から由来するように、ベーシックなジャズ・ファンク・バンドのフォーマットに、エレクトロ/ダンス系のエフェクトやBen l'Oncle Soulらをフィーチャーしたジャジー・ラップを有機的にミックスさせたサウンドが、彼らの初期コンセプトだった。フィーチャリング・アーティストやEDM機材の多用は、少人数編成を前提としたものであって、3枚目の『Play』ぐらいまでだったら、もっとフットワークは軽かったことだろう。
 ただ、その『Play』リリース後に、もともとゲスト扱いだったCopley が正式メンバーとして加入した辺りから、バンドの方向性が変わってくる。
 ちなみに、これも今回初めて知ったのだけど、このCopley、なんとオハイオ出身のアメリカ人。そりゃフランス人でJamesなんて名前、聞いたことないよな。しかも純粋なミュージシャンだったわけではなく、本業はオフィス勤めのサラリーマン。たまたまバーでお遊び半分で歌っていたところを店のスタッフがYoutubeにアップ、それが人伝てにバンドに伝わり、加入となった次第。なんだそりゃ。
 それまではEDMのテイストが強く反映されて、テクノ側へのアプローチも多かったElectro Deluxeだけど、ある意味無粋とも大らかとも取れるヤンキー気質がバンド・スタイルに変化をもたらすようになる。ただ気持ちよさそうに歌ってるだけなのに、つい目が釘付けになってしまう独自のエンタメ性は、EDM系が俄然強いフランスにおいても評判を呼ぶようになる。そんなCopleyのキャラクターを前面に押し出すため、バンドは大編成ホーン・セクションを導入して大所帯となり、逆にEDM成分は減少してゆくことになる。
 フル稼働すると総勢18名に及ぶ大所帯ゆえ、メンバーのスケジュール調整も含めて頻繁なステージはこなせない。だけど、ただ気持ちよく歌うだけ、そんなCopleyに引きずられるように笑顔でプレイする演奏陣らによって繰り広げられるライブは、確実にオーディエンスの心を強く揺さぶる。
 こうしている今もライブ動員は増え続け、キャパは次第に拡大している。理想的なライブ・バンドの成長ストーリーである。

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 でも、メジャーではそんなDIY戦略にも制約がかかり、横やりが入る。新人ピッチャーがベテラン・コーチのアドバイスを真に受けてフォームが崩れ、ワンシーズンをフイにしてしまうように、助言やアドバイスなんてのは話半分で聴くものである。それを強要しようとするのなら、何もメジャーでいるメリットは何もない。
 今回の『Circle』も近年に倣い、ほぼスタジオ・ライブ的なレコーディング・スタイルを取っている。Copleyによるライムが多少ある程度で、ヒップホップやEDMのテイストは一掃されている。残ったのは純粋な、純正のElectro Deluxeサウンドである。60~70年代のヴィンテージ機材や楽器をふんだんに使い、メンバー総出で狭いスタジオに顔を突き合わせ、「せーの」で出す音は、とても分厚く強固な音の壁となってリスナーに立ちはだかる。その生音の迫力には、生半可なEDMでは太刀打ちできない。デスクトップ上の切り貼りとは無縁の世界である。

 そんなコンセプトを貫いてゆくため、彼らはメジャーから離脱、インディーズを併用した自主配給の道を選んだ。アーティスト自身によるレーベル運営は、煩雑な事務手続きなど、何かと面倒なことも多いけど、中間搾取を圧縮できる分、逆に利益配分が多くなる事例もある。各メンバーへの還元が多くなる分、課外活動は縮小、本業に専念もしやすくなる。現代ジャズ・ファンク・バンドの多くが選択している道だ。
 手の届く範囲/目の行き届く範囲での活動を生真面目に行なってゆくことを選択したElectro Deluxe。まだまだ彼らの活動からは目を離せない。

 だからお願い。できれば、年末をはずして再来日してね。


CIRCLE
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1. All Alone
 ファンクというよりソウル色が強い、Copleyとコーラス隊とのコール&レスポンスも絶妙。「Gatta,Gatta」のパートがOtisへのオマージュを思わせる。やっぱヤンキーだな、この辺は。



2. Keep My Baby Dancing
 こちらもヴォーカル主体、同じくソウル・チューンだけど、泥臭さが抜けてディスコ寄り。ホーン・アレンジがEarthっぽいので、キラー・チューンとして今後もラインナップに長く残ると思われる。



3. K.O
 来日公演2日間ともオープニングを飾った、タイトル通り挑戦的なファイティング・ポーズを思わせるナンバー。Copleyのヴォーカルも力強く、ちょっとラフな感じ。むしろここでの主役はホーン・セクション。中盤以降の金管楽器の洪水は目もくらむ豪快さと美しさとを併せ持つ。

4. Liar
 ジャジー・ポップといった趣きの、少し軽みのあるライトなナンバー。リズムとホーンばかりがここまでフィーチャーされていたけど、ここではバンドの創始者のひとり、Gael Cadouxによる鍵盤系がアンサンブルをリードしている。Copleyも力の入ったヴォーカルが多かったけど、『Play』くらいまではこういった曲も半々で入っていたのだ。ジャズのテイストはなるべく残してほしいよな。

5. Paramount
 やっぱりフェンダー・ローズとホーンが入ると、ほんと60年代のジャズ・ファンク、ソウル・ジャズっぽくなるよな。Herbie HancockやRamsey Lewisなど、鍵盤系を扱う人がファンクをやると、ほんとカッコいい。

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6. Oh No
 ネオ・ソウルっぽく、イイ感じで肩の力の抜けたライト・チューン。FMのパワー・プレイにでもクローズアップされれば、結構いいところまで行くかもしれない。そうなんだよ、こういったAOR臭いのもできるんだよこの人たち。でも、やりたがんないんだよな、プレイしてても在り来たりになっちゃうしね。

7. Circle Of Life
 ここに来て真っ当なピアノ・バラードをぶっこんできたElectro Deluxe。『こんなこともできますよ』的に、まぁアルバム構成にメリハリをつけるためと割り切ればこういったのもアリなのかな、と納得してしまいそうだけど、でもそうじゃないんだよな。誰もJohn Legendみたいになってほしいわけじゃないし。でも、間奏のホーン・ソロは絶品。それだけで十分満足。

8. Bad Boys On The Run
 ちょっとガレージ・ロックっぽさの漂う、疾走感が増したソウル・ナンバー。中盤のナンバーはどれも、彼らとしては新機軸・未開のジャンルのサウンドが多く収録されている。変に不慣れなジャンルに手を染めることはないと思うけど、あらゆるジャンルの吸収によって、新たな方向性が見いだせるのなら、それはバンドとしては良い方向なのだろう。

9. Cut All Ties
 黒いよなぁ、これは。ほぼすべてのジャズ・ファンク・バンドがリスペクトする、OtisやAl Greenを想定したかのような、メロウでありながら、とても強いパッションを持つナンバー。これってやっぱユーラシア大陸の人間じゃなく、ヤンキー人種だからこそ出せるものだと思う。



10. Majestic
 コッテコテのファンキー・チューン。軽快なギター・カッティングに手慣れたホーン・アンサンブル、よく聴くと高度で複雑なリズムを刻むドラム・ワーク。もちろんジャズ・ファンク・バンドだから、こういったインスト・チューンはお手の物であることは当然だけど、大編成のホーンを自前で持っている分だけ、シンクロ率がまるで違っている。こういうのが大好物な俺、これならいつまでも飽きることなく聴き続ける自信がある。

11. Eye For An Eye
 ソウルだジャズだファンクだとカテゴライズするより、むしろ楽しいパーティ・チューンと見る方がしっくり来る、そんな軽快で踊りだしたくなるアッパー・チューン。サビメロもカノン進行でしっかり作り込まれてるし、演奏陣にも見せ場はタップリ。特に中盤のコール & レスポンス、世界中を探しても、ここまで能天気かつグルーヴィー、それでいてシャレオツなサウンドはなかなか見当たらない。

12. Through My Veins
 今度はブルース・タッチ。こういうのもアリなんだな、このバンドは。今回のアルバムは特に、コーラス陣とのレスポンスが大きくフィーチャーされている。この分だとElectro Deluxe Big Band、次はコーラス部門も増設か?そうなるともう、バンドじゃなくてオーケストラだな。

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13. Fnk Live
 ラス前なのに、なぜかファンファーレっぽいフレーズを奏でるホーン、コッテコテに黒く歪んだギター。全盛期のEarthがもっとジャズっぽかったら、こんな感じだったんじゃないかと想像してしまうインスト。後半のサックス・ソロ、これももう、いつまでも聴いていられるな。あとパーカッション。あんまりこのバンドではフィーチャーされないけど、途端にラテン・テイストが強く出て、これはこれで好き。

14. Heaven Can Wait
 メロディが立っている分だけ、これまでよりAORっぽさが際立っている。これをラストに持ってきたというのは、やはり今後の方向性、グローバルな方面もちょっとは視野に入れているよ、という意思表示なのかもしれない。日本人のメロウな感性にもアピールする泣きのサビは、ソウル臭さが苦手な人にもピッタリ。
 だからCopley、ヒゲ剃れよ。充分イイ男なんだから、そっちで勝負してよ。Sean Conneryになるには、まだ若すぎるよ。



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手配師ブライアン・レーンの仕事 その1 - Yes 『90125』

folder まだビジネスとしては黎明期だった70年代英国ロック界において、コンサルティングも兼ねたアーティスト・マネジメントを手掛けていたのが、Bryan Laneという人物である。Yesの2代目マネージャーを手始めとすると、その後、数々のライブ会場やレコーディングのブッキング、それにまつわる無数の付帯業務を難なくこなし、その後の彼らの人気と方向性とを決定づけた。
 当時のマネジメントといえば、金勘定かアーティストのコンディションを無視したライブのブッキングが主な仕事であって、今でいうブラック企業の経営者そのものだったと言える。とにかく人気のあるうちの売り上げ回収とピンハネを優先事項としてこき使い、人気が下り坂になろうものなら、とっととケツをまくって逃げ出してしまうことも日常だった。まてよ、これって今もそんなに変わんないか。

 で、このBryanも基本姿勢はその他大勢と同様なのだけど、彼の場合、もうちょっとアーティスト側の見地に立った仕事ぶりで、まぁ人気のあるうちに切れ目なく仕事を入れることはあっても、可能な限りアーティスト側に優位になるような契約条項を、レコード会社から引き出していた。できるだけ契約金や印税配分、ディールをもぎ取るために、バンドの運営方針に積極的に関与するだけでなく、時にはアルバム・コンセプトへの助言やアドバイスも惜しみなく行なった。高く売るためには、商品は念入りに磨かなければならない。セールスマンとしては当然の所為だ。

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 なぜかBeatlesのカバーまでレパートリーとしていたデビュー当初のYesは、時流に合わせたアート・ロックにカテゴライズされていた。当時はまだプログレというジャンルが確立されていなかったせいもあるけど、デビュー・アルバムはサイケデリックの流れを汲んだフォーク風味のポップ・ロックであり、後のシンフォニックなサウンドはまだ聴かれない。要はつかみどころがない、凡庸なフォーク・ポップである。
 そもそもJohn Andersonの声質や唱法には、オーソドックスなロック・バンド的なダイナミズムがない。強いアタック・ビートやディストーション・サウンドよりは、むしろ繊細でポップな作風の方がマッチするのだ。
 その後もDeep Purpleの真似事なのか、管弦楽オーケストラとの競演を行なってはみたけど中途半端なムード・ロックに終わってしまったり、イマイチ方向性の定まらなかったYesだったけど、Bryanがマネジメントするようになってからは、明確なプログレッシブ・ロック路線へと大きくシフト・チェンジするようになる。
 ハスキーな声質ながら細かなニュアンスを表現できるJohnのヴォーカルをドラマティックに演出するため、そして卓越したテクニックを誇るミュージシャンのプレイをクローズアップするため、サウンドは緻密に構成され、そして長尺化した。静かではあるけれど激しいインタープレイの応酬が飛び交いながら、超絶プレイに裏付けされたバンド・アンサンブルに破綻はなかった。
 ジャズやクラシックの要素も内包したサウンドは、イギリス国内での絶賛はもちろんのこと、その人気はアメリカや日本にも飛び火した。「わかりやすい難解」として、Yesのプログレッシブ路線は大いに支持を得た。
 時期としては3枚目のアルバムの頃で、ちょうどBryanが就任した時期と一致する。

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 よくYesのキーマンと言えば、創設メンバーであるベースのChris Squireとされているけれど、この時期、スタジオ・ワークで音楽面で多大な貢献をしたのはプロデューサーEddie Offordである。楽理や機材面に明るくないBryanが、プライドを傷つけないよう注意を払いながらChrisを自らの意向へと導き、Eddieが具現化していった、と考えた方がわかりやすい。
 確かにバンド・マスターとして、現場監督的な立場でYesをまとめ上げていたのはChrisである。70年代英国5代プログレ・バンドの中でも、Crimsonと並んでメンバー・チェンジの多かったYesが、どの世代でも高いクオリティを維持できていたのは、縁の下でリズムを掌握する彼の尽力によるものが大きい。
 あと、もう一人のキーパーソンがフロントマンのJohn。清廉潔白なバンド・イメージを象徴するかのように、天然か作為か区別のつかない天真爛漫さもまた、パブリック・イメージの維持に大きく作用していた。

 とは言っても、いくら清廉潔白だ純音楽主義だ天真爛漫だなど、バンド側が大仰な理想を掲げたとしても、結局先立つモノはやっぱりマネーである。魑魅魍魎がそこらに跋扈するエンタテインメントの世界では、理想論と机上の論理だけでは事は運ばない。そこには対人トラブルや駆け引きだって必要になるし、ほとんどは金銭をめぐってのつばぜり合いということになる。
 前述したように、ビジネス的なノウハウがまだ未整備だった70年代ロックの周辺では、契約がらみ金銭がらみのトラブルが頻発している。大ヒットしたにもかかわらず、奴隷契約のような扱いによって印税は微々たるものだった、というエピソードは尽きないし、実際、マネジメントに金を持ち逃げされたりメンバー間での分配でもめたりで、志半ばで解散・引退に追い込まれたアーティストなど、そりゃもう星の数ほどである。
 いくらシーンを驚愕させる革新的なアイディアやコンセプトを持っていたとしても、アーティスト自身が食い詰めてしまえばどうにもならないし、またその成果を誰もが入手しやすい商品としてパッケージし、そして幅広く流通させなければ、存在さえ無きものにされてしまうのだ。

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 パンクの勃興によってプログレというジャンルが旧態依然のものとなり、さらにニューウェイヴやディスコの台頭によって、変拍子やジャズ~クラシックの素養、青臭い哲学をかじった文学的なテーマなどは人々から忘れ去られていった。ロック自体がマニアックな村社会へと収斂してゆく中、特に潰しの利きづらい彼らにとっては住みにくい時代となった。時代はもっとライトなもの、聴き流しやすくコンパクトなサウンドへ傾倒し始めていたのだ。
 これまでは主にプログレ界周辺で営業活動を行なっていたBryanだったけど、お抱えアーティストらの実績が右肩下がりになるのを指を加えていているわけにもいかず、戦略の練り直しを行なうことになる。

 これまでとは逆転の発想として、プログレのコンセプトや重厚感を一旦後ろへ引かせ、ミュージシャンたちの超絶テクニックや複雑なアンサンブルは、できるだけコンパクトにまとめた。各メンバーの見せ場とも言える長いインプロビゼーションは極力抑え、ラジオでオンエアされやすい4~5分間程度のサイズに圧縮させた。アルバム片面まるまる使って訴えていた、人生の苦悩やら欺瞞やらという青臭いテーマは捨てて、もっとシンプルなラブストーリーを主軸とした楽曲を作るよう指示した。キャッチーでインパクトのあるリフを重視するために、時には外部作曲家の導入さえ厭わなかった。
 その成功例と言えるのが、Asiaである。

 ELPとUKとYesの残党がAsia結成に動いたのも、またその後のELP再結成の機運が高まったにもかかわらず、Asia利権を手放したくなかったCarl Palmerがオファーを受けなかったため一度は頓挫したものの、同じPつながりのCozy Powellを加入させるといった力技が可能だったのも、またまたYesと、さらにGenesis残党の2人SteveによるGTRが結成されたのも、結局は「金がモノを言った」の一言で蹴りがついてしまう。下世話ではあるけれど、大方はそんなとこだ。
 そんなBryanの力技はプログレ界隈だけにとどまらず、Bad Company解散後のソロキャリアがくすぶっていたPaul Rogersと、同じくZEP解散後のソロ・アルバムで微妙な評価を下されていたJimmy Pageを説き伏せて、今じゃ黒歴史的扱いのFirmを結成させてしまうくらいだから、推して知るべし。年末に行なわれた「Classic Rock Awards」の件で思わぬ話題を集めた彼に、取ってつけたようなコンテンポラリー・ロックをやらせるくらいだから、そりゃあ、ねぇ。

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 Drama期Yes解散後のChrisがコンタクトを取ったのが、ZEP解散間もない頃のJimmyで、eX - Yes + ZEP =「XYZ」という、ダジャレとも単なる語呂合わせとも取られかねないプロジェクトが発端とされているけれど、これまたBryanからのサジェスチョンによるもの。お互い、大きな成功を収めたバンドを終了して、中途半端にソロ・キャリアをスタートさせるよりも話題性はずっと大きいし、レコード会社との契約もスムーズ。単純な1+1ではなく、プラスアルファの相乗効果を煽ることによって付加価値を高めること。これはBryanに限らず、ビジネスの常道でもある。
 で、当初はRobert Plantも一瞬だけ参加したこのXYZ、バンドとしてのアンサンブルがどうにも合わなかったせいで捗らず、プロジェクトは消滅してしまう。空白期間にも現場感覚がなまらぬよう、同じくYesの同僚であったAlan Whiteと行動を共にし、Bryanからのコネクションも提供してもらい、Chrisは再び新プロジェクトCinemaを立ち上げることとなる。

 南アフリカ出身のマルチ・プレイヤーTrevor Rabinは、本格的なアメリカ進出を目論むため、Bryanにマネジメントを委託していた。自国ではある程度のポジションを得たRabinだったけど、当然欧米での実績はほとんどなかったため、今後の方向性について模索している最中だった。そのBryanの思惑が深く介入していたと思われるのが、当初はAsia加入を打診されていた、というエピソードにも表れている。Bryanからすれば、いきなりソロでスタートするより、むしろ手習い的な立場でベテラン・バンドの威を借りた方が得策だと判断したのだろう。その辺はTrevorとも利害が一致していただろうし、もっとぶっちゃければ、大掛かりなプロジェクトに一枚噛めるのなら、正直どっちだってよかった、と内心思っていたはず。

 活動初期にほんの一瞬だけYesに在籍していたTony Kayeを引っ張り出し、Cinemaの概要は徐々に固まってくるのだけれど、この辺からBryanの思惑や意向が徐々に露骨に表れてくる。だって4人中3人が元Yesなのだから、もうこれってYesでいいんじゃね?的な空気になってきている。本来ならバンドのヴォーカリストというのは大きな柱であり、互換性はないはずなのだけど、そんなセオリーも前作『Drama』にて解消され、初期デモではTrevorがヴォーカルを取っている。
 一応、人事面はChrisがイニシアチブを握っており、彼の理想形に叶うミュージシャンを優先的にオファーした、とのことだけど、あら偶然、もと同僚ばっかりというのはどんなものなのか。多分、この辺もかなりの部分でBryanによる情報操作が行なわれていたんじゃないかと思われる。

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 Cinemaのスタジオ・セッションは徐々に形となり、ついにプレゼン用のデモ・テープ完成にまで漕ぎ着ける。で、もうすぐ本レコーディングに入る前、これをレコード会社に提出する寸前、「たまたま」パーティ会場で再会したJohnに、ChrisがCinemaデモを聴かせたところ、「素晴らしい!でも、これなら僕が歌った方がいいよ!」としゃしゃり出てきた、というのがYes再結成の引き金となった、ということだけど、この「たまたま」というのがどうにも怪しいところ。この時期になると、Bryanはパーティ参加のお膳立てをしただけで、ほぼChrisの「自由意思」だけで新バンドの構想は練られている。それはBryanによって、入念に手間と時間をかけてプログラミングされた「自由意思」だけど。
 Rabinヴォーカルによる初期デモは完成度こそ高いけど、声質的にパンチが弱く、個性が弱いことが難点だった。もちろん平均アベレージは超えている。でも、これは元Yesメンバーの英知を結集したデビュー・アルバムなのだ。どうしたってYesとの比較は免れない。
 Rabinとしても、メジャー・デビューできるのは嬉しいけど、考えてみれば売れるかどうか未知数の、しかも前歴ばかりがやたらと輝かしい連中が集まった大プロジェクト。やっぱプレッシャーは大きいよね。しかもメイン・ヴォーカルだし。それよりはむしろ、自分は若手プレイヤーとして二番手三番手となり、フロントはJohnに譲った方が、仮に大コケしてもケガは少ない。
 Johnもまた、『Drama』のポップ路線に反旗を翻したRick Wakemanと共に、つい勢いで脱退、前々からコラボを望んでいたVangelisと共に非ロック的な活動を地道に行なっていた。音楽的なクオリティとしては満足ゆくものだったけど、かつての盟友、特にSteve Howe在籍のAsiaのワールドワイドな成功は、そんな自己満足的なクリエイティビティをも吹き飛ばすものだった。彼こそ生粋のショービジネスの人間であり、本能的に多くの金とスポットライトを必要としていた。

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 Johnの本格的加入によって、Cinemaは再結成Yesへと発展的解消、レコード会社との本契約も完了、遂に本レコーディングに挑むことになるのだけど、プロデューサーとして起用されたのが、当時、Art of NoiseやFrankie Goes to Hollywoodらが所属するZTTレーベル主宰、80年代ディスコ・シーンの牽引役となった売れっ子プロデューサーTrevor Hornだったのは、何とも皮肉。
 Yes正史に基づいたとすれば、特に彼とJohnとの間接的な確執があったはずで、純粋に音楽的見地からすれば、あり得ない組み合わせである。ただ、当時のエピソードなどに目を通しても、そんな逸話はほぼ見当たらない。「ヒット作をつくる」=「カネになる」という単純な方程式、ゲスいけどそこはやっぱりカネの力が強い。

 で、肝心の出来上がった作品は、そんな旧来メンバーのプレイヤビリティとRabinのエンタメ性、時代のトレンドであったオーケストラ・ヒットなど、キャッチーなスパイスを利かせてまとめ上げたHornの絶妙なスタジオ・ワークとが結集した、非常に高度なロック商品として仕上がっている。まぁ、揃えたメンツからすると当然の出来栄え、売れ線を抜きにしても余裕でアベレージ超えである。
 ただこのアルバムにおいて最大の功労者は、緻密な段取りを組み立てたBryanである。多分に行き当たりばったり、芸術性と商業性とのバランスを考慮しながら、刻一刻と変化する状況に随時対処していったのが、この結果である。完成形に囚われることなく、地道に段取りを整え、突発的な事態をチャンスに好転させる。それが彼のセオリーである。

 音楽自体はもちろんだけど、それにまつわる有象無象も含めて面白いのが、80年代音楽の醍醐味でもある。掘ると深くて尽きないよな、この辺のエピソードって。


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Yes
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1. Owner Of A Lonely Heart
 今のところ、ていうか最初で最後の全米ナンバーワン・シングルとなっている超有名曲だけど、なぜかUKでは最高28位。アメリカン・ハード路線が当時のUKでは歓迎されなかったのか。
 リリースされてから30年以上経っているというのに、今も何年かおきにCMに起用されているため、「誰が歌ってるのかは知らないけど聴いたことはある曲」の長らく上位を占めている。
 オケヒや気色悪いPVばかりが話題となっているけど、楽曲自体はオーソドックスなアメリカン・ハード・ロックを踏襲したもの。ただ、演奏しているのがYesだけあって、単調な作りではなく様々な仕掛けが内包されている。イントロのギター & ベースのユニゾン、そのギターの音ひとつ取ったとしても、ハーモナイザーやディストーションなどの機材を駆使したRabinの活躍ぶりがクローズアップされている。でも、どこかサウンドが内向きなんだよな。そのアメリカンナイズに振り切れなかった中途半端さ、そこがプログレ者たる所以なのだろう。
 アウトロの終盤、コーラスと共にフェードアウトするJohnのヴォーカル。彼らの売りである調和したハーモニーは、時代の流れとは別のところで生き永らえている。



2. Hold On
 このアルバムからなんと6枚目のシングル・カットで、US27位まで上昇。従来プログレとは決して融合し得ないブルース・フィーリングの泣きのギターは、もちろんRabin主導によるもの。UKではチャートインしなかったのかリリースすらされなかったのか、影も形もない。まぁうるさ型の古参ファンはもっとも嫌いそうな曲調だよね。正直、Yesでプレイする必要がない曲だもの。
 でも2分半を過ぎた頃、間奏として突然挿入される、緻密な構造のコーラス・ワーク。こういった小技を免罪符として入れてしまうから、プログレ好きがニヤリとしてしまうのだ。

3. It Can Happen
 60~70年代を通過してきたミュージシャンがインド音楽に傾倒するのはよくあることで、その裏には大抵LSDを含むドラッグの怪しげな香りが充満している。若い頃は彼らもそれなりに嗜んでたんだろうな。
 本場インドのタブラ & シタール奏者Dipak Khazanchiをゲストに迎え、単なるエフェクト的な扱いではなく、結構ガチでアンサンブルに組み込んでいる。Rabin雛形によるアメリカン・ハードをベースとして、当時のUKバンド筆頭だったPoliceのテイストも投入したサウンドは、結構幕の内弁当的にあれこれ詰め込まれ、それでいてきっちり破綻なく収まっているのは、やはりバンマスChrisの貢献が大きい。
 4枚目のシングル・カットでUS51位。やっぱりタブラの音はアメリカではあんまり受けが悪い。



4. Changes
 ポリリズミックな複合リズムによる整然としたアンサンブルを披露するイントロ部分は、やはりベテラン・バンドとしての見せ所なのだけど、曲に入るとForeignerのようなメロディック・ハードのベタなバラード。John主演によるコッテコテのラブストーリー仕立てのPVでもあれば、案外シングルカットしても良かったんじゃないかと思われるけど。後半はなんかDon Henryみたいになって来る。分別をわきまえた大人のロックだな。
 こんな風に書いてると、あまり好意的に見えなさそうだけど、今にして振り返れば気に入ってる世界。他のアメリカン・ハードとの違いは、録音のクリアさ。ミックスが良いせいもあって、各パートがしっかり際立ってるもの。80年代当時のモサッとした音質に慣れた耳では、彼らの、とくにHornの作り出したサウンドは一際目立っている。

5. Cinema
 で、ここでミュージシャン・チームのエゴを放出したフュージョン風インスト。たった2分程度に圧縮されているけれど、見せ所はたっぷり収録されている。いわゆる既存のプログレ超大作のダイジェスト版といった趣き。気に入った人は完全版を買ってね的な。まぁ80年代はこのサイズで満足してしまう人が多かったため、賢明な作だったと思われる。映画の予告編のように、フルサイズで鑑賞すると飽きが来るように、この時代はこれで正解だった。

6. Leave It
 凡庸な合唱的ユニゾンではなく、ワンフレーズ聴いてもYesとわかる記名性の強いコーラス・ワークが彼らの強みであり、ここではその個性がさく裂している。何しろHornが絡んでいるので、サンプリング・ヴォイスなんかもふんだんに使われているのだろうけど、全盛期のハーモニーとも遜色ない仕上がりは、やはり他のバンドの追随を許さない。
 UKは56位が最高だったけど、USでは24位まで上昇。こういった高揚感メインの楽曲はやはりヤンキーの方が反応が良い。



7. Our Song 
 1.のすぐ後にUSのみでリリースされた、シングルカット2枚目。リアルタイムで聴いていた当時は、凡庸なハードロックだよなぁ程度の印象。曲順的にもB面中盤なんてあんまり感心の向かないポジションだし。で、しばらくぶりに聴いてみると、演奏陣の健闘ぶり、特にChrisのリズム・リードが気持ちいい。はっきり言って曲は凡庸なのだけど、それによって各プレイヤーたちのアンサンブルが引き立っている、考えてみれば珍しいタイプの曲。
 シンセのリフがTOMCATっぽいのは、昔から言われていたことなので、そこはスルーで。

8. City of Love
 サビがまるっきりSurvivorかDef Leppardを連想させる、かなりRabin色の濃い正統アメリカン・メロディック・ハード。ここまで開き直ってアメリカ市場を意識した楽曲を収録してしまうと、逆に潔さや思い切りの良さがあって良い。
 逆に考えるんだ、SurvivorにJohnが加入したと思えば納得する。しかし、ハイ・トーンでシャウトするJohn…。やっぱやりたくなかったんだろうな。金のためとはいえ。

Yes_-_Leave_It

9. Hearts
 シメはやっぱりコレでしょ、とでも言いたげな正統派プログレ・チューン。ここまでアメリカン・ハードとシンセポップ成分の多かった『90125』だけど、ここではポップ成分は大きく後退、シンセの使い方もリズミックでポップな響きではなく、メロトロン的な抒情性を感じさせる。これまでのようなリフ中心のギター・プレイからインプロ主体のソロ・プレイは往年のファンも温かな視点で見守ってしまう。
 後半からはハードロック的な展開が多くなるのだけど、このブレンド加減の妙が80年代をうまく乗り切ったカギと言えるのだろう。売れ筋であるハードロック成分を取り込みながら、持ち味であるプログレ風味とのバランスを、かつての同僚だったHornがうまくまとめている。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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