好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

世界のジャズ・ファンク・バンド巡り - ワールドワイド編

aaa 気がつくと、ここしばらくジャズ・ファンク系のレビューを書いていないのだった。調べてみると、約1年半。まったく聴いていなかったわけではない。最近はロックに回帰、しかもブートレグ・サイトで昔のライブ音源を漁ることが多くなっているけど、不定期に各バンドのフェイスブックやツイッターをチェックしていた。新譜が出れば購入したり試聴したり、おおよその動向はつかんではいたのだ。
 言ってしまえば、ネタ切れ感が強い。いや単なる新譜紹介ならできるのだけど、このブログの通常サイズでレビューするには、あまりに情報が少なすぎる。
 だいたいジャズ・ファンク系のバンドというのは、「ミュージシャン」が多くて「アーティスト」というのは極めて少ない。強いカリスマ性を持つリーダーや、アクの強いキャラクターというのはほとんどいない。そのほとんどは、真摯でまじめでちょっぴりダラけた、演奏するのが好きで好きで仕方ない連中なのだ。強いエゴを押し通すより、ライブでプレイするだけで満足、という向上心のかけらもない、愛すべき連中でもある。
 そんな人たちなので、華やかなニュースというのはあんまりない。新譜リリースや大物コラボでもない限り、特筆すべきことなんてない。ないない尽くしなので、つい書かずじまいだったのだ。
 とはいえ、紹介したいアルバムはいくらでもある。特にここ1年半で、以前レビューしたバンドのニュー・リリースが続いたし、このサイズなら書けそうなので、まとめてここで書いてみる。

Electro Deluxe 『Circle Live』

electro deluxe 今年3月にリリースされた、2枚目のライブ・アルバム。アメリカ、日本を含め、全世界200公演に及ぶ『Circle』ツアーから厳選されたトラックが収録されている。EUを中心に大きなセールスを上げた『Circle』、またはその前の『Home』を中心とした選曲となっており、エレクトロ色が残っていた1、2枚目の曲は少ない。初期のライブ定番曲だった「Stayin' Alive」のカバーも、ボーナス・トラック的な扱いでラストに収録されているくらい。
 バンドが大きく飛躍する起爆剤となった、ヴォーカルJames Copleyがメインとなってからの曲で構成されているため、正直、初期とはまったく別のバンドである。生のホーン・セクションが使えないがゆえのエレクトロニカであって、それ自体が目的だったわけではない。「これがいまの俺たちなんだ」と自信を持って言える、そんな姿勢が選曲にもサウンドにもあらわれている。



 中心メンバーは5人だけど、ホーン・セクションやコーラスも含めると、20人前後の大所帯、ここにスタッフやローディが加わるので、とんでもない数の民族大移動となる。つい数年前までは、副業も抱えた各メンバーのスケジュール調整や、人数×移動経費の問題もあって、フル仕様「Electro Deluxe Big Band」でのステージは、ほぼフランス国内のみ、月に1、2回程度のペースだった。おととしの来日公演も、中心メンバーのみの構成で、あの迫力あるホーン隊までは叶わなかった。まぁ日本ではほぼ無名だったので、その辺は仕方ない。日本のことを想っててくれただけで充分だ、と割り切るしかない。
 それに引き替え、フランスだけにとどまらず、EU圏内ではライブのオファーが引きも切らず、現時点で11月いっぱいまで予定が埋まっている。ライブ動員の好調もあって、会場もホール・クラスからアリーナにグレードアップ、そのスケールに合わせてサウンドもゴージャス化、ホーン・セクションも常駐できるようになった。
 映像を見ると、国を問わずどの会場でも大盛況で迎えられている。派手な舞台装置もなければ、ビジュアル映えするメンバーもいない。あるのはただ、熱狂を呼び起こす音楽だけ。奇をてらった演出もエロさもないのに、アリーナいっぱいの観衆は彼らの音楽に狂喜し、そして涙を流す。なんだこのパワーは。
 ポップスでもなければジャズでもない、ロック的な要素はまるでなし。ダンス・チューンといえば言えるけど、いま現在のトレンドとはまるでかけ離れている。じゃあ何で?
 「それが俺たち、エレクトリック・デラックスさ」。
 James Copleyなら、きっとそう言うことだろう。




Speedometer 『Downtown Funk '74』

speedometer 昨年、何のインフォメーションもなく、サプライズ的にリリースされたインスト作。しかもダウンロードのみ。オリジナルとして制作されたのではなく、ライブラリー・ミュージック制作会社の大手、KPM Musicからの依頼によるもの。要するに、企業向けの音源請負。ある一定の料金を払えば、CMソングや店内BGMに使える素材を作ったらしい。こんなこともやってるんだな。
 妙にコンセプチュアルなタイトルやアートワークの雰囲気からして、映画のサウンドトラック、例えばブラックスプロイテーションの現代版、といったイメージでオファーしたんじゃないかと思われる。でも、かなりニッチなにーずだよな。
 数年前、彼らが手掛けたことによって、小さなジャズ・ファンク界の中ではちょっとだけ話題になった、三井住友VISAカードのCMソング。すごくざっくりと例えて言うなら、全編あんな感じ。ていうか1曲目の「Tomahawk」、あんまりちゃんと覚えてないけど、ほとんどそのまんま。竹ノ内豊の渋いスーツ姿を連想してしまう。
 上品でありながら、はみ出さない程度にワイルドネス、メンバーそれぞれまんべんなくソロ・パートが割り振られ、見せ場も公平にある。決して誰かが割り込んだり食っちゃったりすることはない。そこはさすが英国紳士の集まり、様式美を壊すようなことは恥、という教育が為されているのだ。



 破綻はないけど、その分、失望もない。トータル・バランスが取れているので、安心して聴くことができる。こうやって書いちゃうと、「進歩とか前身する気ねぇのかよ」と思ってしまいがちだけど、ジャズ・ファンクにそれを求めるのはお門違いである。深化することはあっても、進化はない。すでに大方完成されたフォーマットなので、前向きな姿勢を求めるのなら、他のジャンルを聴いた方がいい。中途半端に他のジャンルに色目を使ったりすると、「何か違う」感が強くなり、軌道修正が難しくなってしまうのも、このジャンルの特徴である。誰とは言わないけど。
 で、Speedometer。オフィシャル・サイトを見てみると、前回コラボしたJames Juniorとのコラボが復活、新曲のPVが流れてくる。ライブも行なってるようなので、やっぱり『Downtown Funk '74』自体がサイド・プロジェクト的な扱いで、いまの本流はこっち側らしい。





Bamboos 『Night Time People』

The_Bamboos_Night_Time_People_digital_album_cover これを書いている時点ではまだ未発売だけど、シングルがめちゃめちゃカッコいいので、フライングで紹介。実はBamboos、俺的には終わったバンドだと思っていたのだけど、いやいや全然だいじょうぶ、ゴメンちょっと舐めてたわ。
 ベスト・アルバムのリリース後、オーストラリアでは人気のロック・バンドのヴォーカルTim Rogersとコラボしたり、Robbie Williamsのオーストラリア・ツアーでジョイントしたりなど、コンテンポラリー色が強くなっていたBamboos。もともとメンバーそれぞれがサイド・プロジェクトでアク抜きをして、本体ではポップ・テイストが強くなりつつあった彼らだけど、いやいやそれもジャズ・ファンクっていうベースがあっての話でしょ。ここ最近の活動なんて、ほとんどバック・バンド扱いだし。
 前述のSpeedometerもそうだけど、メジャーで生き残ってゆくためには、あんまりカラーに合わない請負仕事もやんなくちゃならないんだろうな、と思っていたのだけど、ここに来てジャズ・ファンク・バンドとしての彼らが復活、ポップさもありながら、ソウル・テイストの濃いシングル「Lit Up」がリリースされた。



 ヴォーカルはもちろん、歌姫Kylie Auldist。近年は課外活動が多くなっていたけど、お互い収まりのいい場所は、やっぱりここだった。いいんだよ、これで。
 レーベル移籍のゴタゴタや多人数バンドの運営方針もあって、あんまり「らしくない」仕事も敢えて受け、ここ数年は基盤の確立に邁進していた彼らだったけど、ここにきて準備が整ったのだろう。やればできる人たちなのだ。様々な事情やしがらみが絡み合って、敢えてやらなかっただけであって。
 数えてみれば5年振りとなる、満を持してのオリジナル・アルバム『Night Time People』。まだ聴いてないけど、俺的に期待値は相当高い。来月だぞ、心して待て。
 と思っていたら、新たな音源がリリース、いわゆるシングル・カット第2弾がオフィシャル・サイトでもアップされていた。新曲「Broken」は、なんとBamboos初のラッパーとのコラボ。地元オーストラリアのUrthboyがフィーチャリングで参加している。Kylieが歌うパートは文句なしだけど、まぁ久しぶりだしこういったのもアリか。




Kylie Auldist 『Family Tree』

Kylie Auldist 前回のCookin' On 3 Burnersでもレビューした通り、DJ Kungsリミックスによる「This Girl」の世界的大ヒットにより、ソウル・ディーヴァのポジションを確立したKylieの2016年作。言っちゃ悪いけど、ほとんど棚ボタみたいなシンデレラ・ストーリーだったよな。
 とはいえ、まったくの偶然で転がり込んできたヒットではなく、オリジナルのトラックが良くできていたからこその結果である。リミックスする方だって、センスを問われるわけだから、下手な曲は選べないし。
 そんな流れがあったからなのかどうかは不明だけど、長年在籍していたTru ToughtsからFreestyleへ移籍、環境の変化と共にサウンドも一変した。これまでバッキングを務めていたBamboosとは一線を画し、80年代ユーロビートを思わせる、世界的なトレンドのエレクトロ・ファンク~ブギ路線に大きく方向転換している。これまではむしろオーガニックな生音主体のサウンドだったけど、ここにきて打ち込みサウンドの大幅導入と来た。



 多くのダンス・チューンの実例にあるように、「ソウルフルな女性シンガー」と「高速BPMビート」との相性は良いため、あながちミスマッチな組み合わせではない。むしろKylie自身もKungsのトラックを聴いて、今まで気づかなかった方向性に活路を見出したんじゃないかと思われる。チープ過ぎると目も当てられないけど、もともとファンク方面には強いFreestyle、ちゃんとしたプロの仕事で組み立てられたトラックに隙はない。不特定多数のユーザーを想定して作られた、手間ヒマと金のかかったサウンドに仕上がっている。
 ジャズ・ファンク原理主義の人には多分敬遠されるだろうけど、先入観を一旦よけて、素直にダンス・チューンとして聴けば、安易なユーロビートじゃないことは瞭然だ。「こ難しいこと言ってるけど、ほんとはこういうのが好きなんだろ?」と突きつけられているようなサウンドである。どれを聴いても貧祖に感じられないのだ。
 シングル・ヒットで有頂天になることもなく、いまも地道に国内ツアーを回り、またBamboosの活動も怠りなく続けるKylie。身の丈に合った活動はさすが苦労人だけれど、せっかくだから本体でもう一度、ひと花咲かせて欲しいよな。




Hubert Lenoir 『Darlene』

folder 最後はちょっと番外編。ジャズ・ファンクではないけど、最近見つけたのでここで紹介。
 家でSpotifyでElectro Deluxeを聴いてて、フランス語圏のおすすめアーティストを辿ってるうち、彼がヒットした。取り敢えず、一番人気の「Fille de personne II」を聴いてみた。あらいいじゃん、じゃあ次も…、って具合で、結局全曲聴いてしまった。
 ググってみても、日本語の記事がない。フランス語ばっかり。英語圏でもどうやら無名に近いらしい。どうにか翻訳してみると、カナダ出身の23歳。これがデビュー・アルバムらしい。アートワークや声から女性だと思ってたけど、実は男だった。こんな基本情報も知らないで聴いていたのだ。



 記事を読むと、DonovanとElton JohnとPink Floydに大きな影響を受けた、とのこと。うん、何となくわかる。それに加えて、QueenとELOとT. Rexだな、この感じ。どちらにしろ70年代までの音に強くインスパイアされているっぽい。ジジくさい趣味だけど、若い世代が聴いたら、こんな風に素直に表現できちゃうんだよな。
 小さなバジェットで作ったらしく、レコーディングも少人数で行なっているのだけど、音はすごく良い。この辺はやっぱり金のかけ方が違うというかセンスが違うというか、はたまた空気が乾燥している風土なのか電圧が違うからなのか、比べればキリがない。
 どの曲にも深いこだわりが反映され、メロディ主体の楽曲もまた、きちんと練り上げた末の成果が窺える。文科系のパワー・ポップといったイメージなので、日本人のメンタリティにも共感しやすいサウンドである。まだデビューしたてなので、行く末は未知数だけど、案外アニメ系なんかと親和性が高そうなので、そっち方面で誰かオファーしてくれないものか。




もう1回言う。「俺は俺」。 - Van Morrison 『No Guru, No Method, No Teacher』

folder 1986年リリース、16枚目のオリジナル・アルバム。とにかくマイペースで律儀、年1で必ず何かしら1枚はリリースしている。ここまでリリース・スケジュールがきっちりしているのは、世界中でも彼か中島みゆきくらい。次作をリリースできるだけの売り上げがコンスタントにあるのは、それだけ固定ファンが多いという証である。
 オリジナルだけに絞ってもこんななので、ここにライブ・アルバムやThem時代を含めると、さらにアイテム数は膨らむ。なので、生半可な気持ちで彼に近づいてはならない。キャリアが長いアーティストによく見られるように、選択肢が多すぎるため、どこから手をつけていいのやら。DylanやPaul McCartney同様、迷宮に入り込んでしまう確率の高いアーティストの一人である。
 それから30年経った現在、最新アルバム『You're Driving Me Crazy』は、何と39枚目。近年は他アーティストとのコラボも多くなっており、もうやりたい放題。さらに初期アルバムのデラックス・エディションでは未発表曲が追加されていたり、もうどこが入り口なのかわからない。『Moondance』40周年なんて、4枚組だよ?もう一見さんなんて相手にしないのか、わざと敷居を高くしているとしか思えない。
 そんな俺様状態に拍車がかかりっ放しになってるのが、ここ数年のVanである。

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 俺が買った初めてのVanのCDは『Moondance』、ワーナーのフォーエバー・ヤング・シリーズの廉価盤だった。それまで3000円くらいしていた旧譜が、ワーナーの英断によって、1800円くらいにまで値下げされたのだ。
 輸入盤で手に入れることもできなくはなかったけど、ネット普及以前、対訳やライナーノーツは貴重な洋楽情報源だった。特にVanのように、極端にインフォメーションが少ないアーティストでは、わずかな活字情報でも、そうやってかき集めるしかなかった。
 80~90年代にかけては、古いロックやポップスのディスク・ガイドが、一定数出版されていた。学習する姿勢で、60年代や70年代の音楽を聴いていた俺がVanの存在を知ったのも、そんな流れだった。
 何の知識もなくレコード店へ行って、片っぱしから当てずっぽうで買い漁るほどの財力も時間もないため、最初はこういったガイド本を頼りにしていた。新譜以外のリイッシューものって、大抵試聴機には入っていないので、手書きPOPから湧き上がってくる熱量、それと直感に頼らざるを得ない。できるだけハズレを引かないよう、結構吟味して選んでいたはずだけど、まぁ見込み違いの多かったこと。
 安全パイ狙いで、各方面で絶賛された歴史的名盤とか、安定したベテランの作品なら間違いないだろうと思って聴いてみても、必ずしも自分の好みと一致するわけではない。前回のU2でも書いたけど、『Pet Sounds』もVan Dyke Parksも、恐れずに言っちゃえばジミヘンだってピンと来なかった俺である。80年代サウンドを通過した耳でそれ以前の音を聴いても、ショボいサウンドに聴こえても仕方がない。
 Vanの場合、当時のディスク・ガイドやレビューでは、ほとんどが『Moondance』一強状態だった。もう少し掘り下げても、「取り敢えず『Tupelo Honey』聴いとけ」といった程度。ていうか、タワーにも玉光堂にも、それくらいしか置いていないのが実情だった。
 一応、レビューの評判を受けて聴いてはみたけど、どうしても聴きたくて購入したアルバムではないし、前述通り、なんかピンと来ない。なので、一回聴いたら二度目はない。すぐに売っぱらってしまう。その繰り返しだ。
 その後、ネット時代の到来によって、雑誌メディアでは紹介されない情報が、世界レベルで入手できるようになった。YouTube で気軽に試聴できるようにもなり、好みの音楽が探しやすくなった。
 そんな回り道を経てたどり着いたのが、80年代のVanの音だった。初期のぶっきらぼうなホワイト・ソウルではなく、近年の野放図なノン・ジャンルThe Van Morrison でもない、ソフトAORをベースとした荘厳なサウンド。本流とは違うんだろうけど、俺にとってのVanの音楽とは、その時代を指す。

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 『No Guru、No Method、No Teacher』がリリースされた1986年前後とは、ベテランのブルーアイド・ソウルのアーティストが注目を集めた時代である。その先鞭をつけたのが、MTVの潮流にうまく乗ったHall & Oates。美形キャラと男臭いヒゲのデコボココンビは、ビジュアル的にもインパクトが強く、シングル・チャートの常連として、日本でも人気を集めていた。
 サザンを休止した桑田佳祐がソロ・プロジェクトで渡米し、彼らとデュエットしたのが話題になったけど、当時の格付け的には、Hall & Oates > 桑田といった按配だったため、相当ジャパン・マネーを積んだんじゃないか、と揶揄された。まだ海外進出が頭にあった頃だったよね、桑っちょ。
 大器晩成型で注目されたのがRobert Palmer。Duran Duran のサイド・プロジェクトPower Stationで脚光を浴び、そのサウンドを取り入れたソロ・アルバム『Riptide』も、続けて大ヒットした。
 力強いソウルフルなヴォーカルが魅力的だったことがヒットの要因のひとつだけれど、加えて決定打となったのが、「Addicted To Love」(邦題「恋におぼれて」)のPV。スタイリッシュでエロい女性たちが、エアギター抱えてやる気なさそうにサイド・ステップする中、ビシッとダンディなスーツでキメて歌うPalmer。文章にしてみると支離滅裂な世界観だけど、だって実際そうなんだもん。その異様なコントラストが強いインパクトを与え、MTVではヘビロテだった。
 さらにベテラン枠、60年代から通好みな路線で活動していたけど、ここに来て一気に花開いたのがSteve Winwood 。Spencer Davis Groupからスタートして、Blind Faith、Trafficと、ロック史に名を残すグループを渡り歩きながら、なかなかシングル・ヒットに恵まれなかったのだけど、パワー・ステーション・サウンドでビルドアップされた『Back in the High Life』が大ヒットした。ちょっとハスキーで細い声質が弱点と言えば弱点だけれど、あの「Gimme Some Lovin'」の作者というだけで、それもすべて覆されてしまう。楽曲レベルの高さは折り紙つき、バラードも含めて硬軟取り混ぜた曲調が好評を博した。
 ここまで挙げてきた人、みんなパワステ・サウンドだな、そういえば。

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 そんなわけで、ファンク・テイストの強いパワステ・サウンドとブルーアイド・ソウルとは相性が良く、地道にキャリアを積んできたアーティストにとっては、願ったり叶ったりの必殺アイテムだった。同じベテラン・ブルーアイド・ソウル枠であるはずのVanだって、一枚噛んでてもおかしくなかったはずなのに…。
 とはいえ、そこはさすがアイルランド版ガンコ親父、1ミリたりとも微動だにせず、自身のサウンド・ポリシーを貫いた。さすが御大。意地でも動かない。
 一応、粗削りだった初期サウンドより少しマイルドになり、この頃は悠然たるAOR路線がサウンドの要となっている。いるのだけれど、それだって時流に合わせたわけではなく、当時傾倒していたスピリチュアル路線にフィットするからであって、トレンドがどうしたといった問題ではない。ゲート・エコー?オーケストラ・ヒット?何それ?って世界である。
 前述の3組がヒット・シングルを連発していた頃、Vanが何をしていたかといえば、アイルランドのトラディショナル・バンドChieftainsとの共演。世間の流れと思いっきり逆行している。むさ苦しくて古くさい、ビジュアル映えも何もない世界。少なくとも、当時のMTVで流せるような音楽ではない。
 バシッとアルマーニのフォーマル・スーツでキメて、陳腐でも何でもいいから、ラブ・ストーリー仕立てのPVでも作っておけば、また違った展開もあったんだろうけど、まぁやらねぇよな絶対。前者3組と比べ、ルックスはだいぶ落ちるし、第一そういったウリじゃないし。

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 とはいえ、そんな隆盛を極めたパワステ・サウンドも、永遠に無双状態が続くはずもない。ダイナミズムには申し分ないけど、細かなニュアンスが表現しづらく、誰がやっても似たような音になってしまうパワステ・サウンドは、使いようによっては、諸刃の剣となってしまう。音のインパクトが強い分だけ、飽きられるのもまた早かった。画一化を危惧したのか、ヒット・メイカーのポジションを確立した前者3組は、ゆるやかな原点回帰を選択する。
 テンプスのメンバーと夢の共演を果たした、アポロ・シアターでのライブ盤をピークとして、Hall & Oatesのセールスは緩やかに下降線をたどってゆく。その後は活動休止を経て、ソロ活動と並行しながら、マイペースに稼働している。ただ、かつてのヒットメイカーの面影を探すのは難しい。
 夭折したPalmerも、徐々に落ち着いたアンサンブルに回帰する。敬愛するMarvin Gayeのカバーなど、往年のソウル・クラシックへのリスペクトを強く表明していた。ディスコグラフィーを見ると、彼もアポロ・シアターでのライブ・アルバム出してたんだな。
 Winwoodもまた、ヒットの実績を引っさげて、飛ぶ鳥を落とす勢いだったヴァージンに移籍したはいいけど、相性がイマイチだったためか、あんまりパッとしなかった。近年は、出発点のR&B路線に回帰して、ジャム・バンド・スタイルでのツアーを中心に活動している。

 Vanだって厳密に見れば、音楽性が一貫していたわけではない。アイリッシュ民謡に行ったりジャズに行ったり、最近ではカントリーにも足を突っ込んだりして、考えてみれば傍若無人やりたい放題のありさまである。
 今となっては、「何をやっても俺は俺」、ジャンルやサウンドが変わっても、「俺が歌えばVan Morrison だろ、文句あるか?」と言いたげなふてぶてしさが漂ってくる。あ、それって昔からか。
 愚直に真面目に、ただ自分のやれる範囲で手を抜かず、身の丈にあった仕事をする。
 言葉にすると簡単だけど、貫くことはやっぱ大変だったろうと思われる。周囲からの誘惑もあったろうし、レコード会社からのプレッシャーもあっただろうし。
 まぁ、鼻で笑って相手にしないんだろうけど。






1. Got to Go Back
 Ray Charlesが歌いそうな、大陸的なスケール感のあるバラード。柔らかなサックスの響きは、同時期のStingのソロ作よりもメロディアス。メロウな感触は、日本人にも受け入れやすいかもしれない。

2. Oh the Warm Feeling
 同じく、ソプラノ・サックスのイントロがStingっぽいけど、フィリー・ソウル風の女性コーラスをフィーチャーしているため、コンテンポラリー色はこちらの方が強い。この頃はこの楽器の音色に凝っていたのか、ほぼデュエット状態でサックスがカウンターで入ってくる。気に入り過ぎて、次作『Poetic Champions Compose』では自分でプレイしちゃうくらいだし。

3. Foreign Window
 ここらで本気を出したのか、力の入ったソウルフル・ヴォーカル。今回、コーラスを務める女性シンガー2名(Bianca Thornton、Jeanie Tracy)に気合負けしないよう、野太い声での応酬。

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4. A Town Called Paradise
 アイリッシュ・フォークとソフト・ゴスペルが共存している、考えてみれば味わい深く変な曲。普通にやっちゃうと違和感ありまくり、ブロウしまくるアルト・サックスもミスマッチだけど、この世界観ではなぜか絶妙に混じりあってしまう不思議。俺様状態がバラバラのパーツをも強引にまとめ上げてしまう。

5. In the Garden
 ライブのクライマックスで演奏されることが多かった、エモーショナルあふれるバラード。本人いわく、80年代の重要曲のひとつとされ、いつもより情感がかなり込められている。淡々としたヴォーカリゼーションが多い80年代のVanの楽曲の中では、確かに異質。70年代からのファンには喜ばれたんじゃないかと思われる。いや確かにすごいわ、特に終盤。



6. Tir Na Nog
 「ティル・ナ・ノーグ」と読む、ケルト神話からインスパイアされたナンバー。悠然たるストリングスをバックに朗々と歌い上げている。全身全霊じゃなく、ちょっと余力を残したくらいの方が、この人はニュアンスが伝わりやすいんじゃないか、とこの曲を聴いて思う。だから初期作品にいまいち入り込めないのかね。

7. Here Comes the Knight
 Them時代に「Here Comes the Night」というスタンダードをヒットさせており、そこからインスパイアされたのかと思ったけど、まったく別の曲だった。よく見たら「K」ってついてるし。むしろ同郷の詩人W. B. Yeatsからの影響が強いらしい。WaterboysのMike Scottもアルバム1枚丸ごと使ってリスペクトしているくらいなので、アイルランドのアーティストにとっては神的存在なのだろう。

8. Thanks for the Information
 Vanにしては珍しく、リズムのエコーが深いことで特筆される楽曲。ドラムのリヴァーヴが効いているため、ここだけちょっぴり時代性を感じさせる。でもやっぱミスマッチだな。全編このサウンドにしなくて正解。

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9. One Irish Rover
 ブラコンみたいなイントロがちょっとどうかと思うのと、控えめなゲートエコーがやっぱり違和感ありまくり。御大、やっぱ一回くらいは試してみたかったんだろうか。でも大っぴらには言いづらいから、こんな地味な場所に入れちゃったりして。

10. Ivory Tower
 ラストは軽快なR&B。やっぱり、こういったのがこの人の本流なんだな。ブレイクの瞬間なんて、ちょっとカッコよくさえ思えてしまう。女性コーラスとも張り合うことなく、息はピッタリで楽しそう。一応、シングルとしてもリリースされたらしい。まぁシングル・チャートなんて興味なかったんだろうけど。






ルーツ・ロック路線、一旦終了(終わりとは言ってない)。 - U2 『Ruttle and Hum』

folder 前回からの続き。
 パラダイス文章のリークからも察せられるように、今や資産家となってしまったBono 。もはや労働側の代弁者ではなくなってしまったけど、もっと大きな視点に立って、世界情勢のご意見番という立場に収まったのは、ある意味ブレていない証拠でもある。
 いわゆる同種の成り上がりであるBruce Springsteen が、『Born in the U.S.A』の大ブレイク以降、歌うテーマを失って一時スランプに陥ったことがあったけど、この人には当てはまらない。下手に考え込むより即行動、というバイタリティーは、どこかのやり手社長みたいである。
 思いもよらなかった地位と名声に戸惑うのではなく、そのカリスマ性を活用して、あっちこっちへ首を突っ込む。言ってることは、基本シンプルだ。「人間は平等でなければならない」「戦争はやめよう」。要約すると小学校の標語みたいになっちゃうけど、性善説に基づいた行動と実践である。
 その性善説の実証のためには、資金がいる。良いブレーンを抱えるため、彼らの生活を保証してやらなければならない。時には、清濁併せ呑まなければならないことだってある。資本主義において、金は力になる。これは現実だ。
 そのためには、財テクや資産運用だってやる。そりゃ人間だから、私利私欲がまったくないと言ったら嘘になるけど、何かにつけ金は必要になるし、ジャマにはならない。体制または反体制、その他もろもろと闘い続けるため、彼は世界中で大規模ライブを行ない、多くの音楽を売る。まぁでも、iTunesはちょっと余計だったな。

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 Bono という人は多くの人が抱くイメージ通り、熱く真面目でシリアスな人である。そんなパブリック・イメージへの反抗で、90年代は露悪的なトリックスターを演じている部分があったけど、いまはひと回りして最初に戻っちゃったのか、年齢的余裕をまとった自然体で、炭鉱のカナリア的役割を引き受けている。
 右・左を問わず、世界中のあらゆる団体からオファーが舞い込む。意見やアドバイスを求められ、できるだけ誠実に応える。時にはスポークス・パーソンとして動き、時には資金提供も厭わない。案件をチェックするだけでも大変なんだろうな。
 -でも、それで世界が平和になるんなら、それでいいじゃないか。
 そんな声が聞こえてきそうである。
 そんな具合でBono が忙しいため、U2としての活動割合は、どうしても少なくなる。彼らに限らず、大御所バンドともなると、レコーディング→ツアーでまるまる3年くらい活動、その後は長期バカンスというルーティンが当たり前になっている。
 普通のバンドなら、その長期休暇にソロ活動を行なう、というのもルーティンなのだけど、U2については、そういった外部活動の話もあんまり聞かない。他のバンドとの交流エピソードもあまりなく、Pink Floydにも匹敵する内輪感である。パーティやイベントなんかで顔が広いと思われるBonoもまた、知り合いは結構多いんだろうけど、レコーディングに客演したとか、そんな話もない。彼らが創り出す音楽は、U2内で完結しているのだろう。
 デビューから30年以上もメンバー・チェンジを行なわず、しかも第一線で活動し続けているバンドは、世界中どこを探しても、U2以外にいない。そりゃ長い間にはいざこざもあっただろうけど、彼らは1人の脱退者も出さず、また長期の活動休止も行なわなかった。もはや外野ではわかり知れぬほど、彼らの絆は深く、とても濃いのだ。
 クサい言い方になっちゃうけど、「この4人でしか出せない音」が確実にあるのだ。

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 で、Bono以外のメンバー3名。大抵は、弁の立つBonoがインタビューを受けることが多く、たまにEdgeが付き添うくらい。純粋な音楽活動以外で彼らが表立つことはほとんどない。セレブのたしなみとして、ボランティアや団体支援活動も人並みに行なってはいるけど、Bonoほど精力的に行なっているわけでもない。まぁ奴が極端なんだけど。
 ギター・プレイで一時代を築いたEdgeなんて、ロック界における影響力はBonoに引けを取らないはずなのに、とにかく表舞台に立つことを極端に嫌う。U2でプレイできていれば、それで幸せという人である。10年くらい前、Jimmy PageとJack Whiteの3人でドキュメンタリー映画に出てたけど、あれは異例中の異例、U2以外のエピソードは極端に少ない。
 Adam とLarry も、目立ったソロ活動といえば『Mission : Impossible』のカバーくらいで、他に何をやってるのか、見当がつかない。ストイックなバンド・イメージから、さぞかし修道僧みたいに地味な生活送ってるんだろうな、と思って調べてみたら、Adam がなかなかのやらかし、とのこと。
 若い頃は奔放なロックンロール・ライフを満喫していたらしく、メンバーにも迷惑のかけ通しだったらしい。考えてみれば、Naomi Campbellと噂あったよな、この人。

 3枚目のアルバム『War』がプラチナ認定されるほどのセールスを上げ、U2は本格的なアメリカ進出を果たす。ただ、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中でありながら、同世代のアーティストと比べ、気負いが弱かった感は否めない。日本でも大人気だったCulture Club やDuran Duran に負けるのはまぁ仕方ないとして、知名度的には同等だったHuman LeagueやSpandau Balletにも、実際のセールスでは負けていた。
 彼らと違って、強力なシングル・ヒットがなかったため、U2は中途半端なポジションに甘んじていた。アルバムは売れるんだけど、誰も知ってるキャッチーな曲がない、いわゆるロキノン系アルバム・アーティストってやつ。New OrderもStyle Councilも、最後までそのハードルをクリアできなかった。
 アメリカ市場を意識はしてはいるけど、どうにも攻めあぐねる状況が続く。ブリティッシュ・インヴェイジョンの波に乗ったアーティストは、そのほとんどがダンス系だった。アメリカ的なワイルドネスとは対極の、ユニセックスなビジュアルがMTVのコンセプトとうまくはまっていた。要するに、U2とはまったく逆のベクトルだった。
 上記の条件を彼らに求めるのには、ちょっと無理がありすぎた。チャラいラブソングもなければ、ダンス・ミックスなんて器用な真似ができるはずもない。時代背景からいって、彼らはアウトオブデートな存在だったのだ。
 とはいえその10年くらい後、思いっきりディスコ路線に舵を切った怪作『POP』をリリースしちゃうんだけど、それはもう少し後の話。

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 『焰』でアメリカへの強いリスペクトを表明、『Joshua Tree』でブルースを取り込んだサウンドをモノにした彼ら、その研究成果をドキュメントとしてまとめたのが『Rattle and Hum』だった、というのが俺的U2解釈。ザックリしてるけど、おおよそはこんな感じ。
 年を追うごとにブルース色が強くなるU2サウンドの構築には、プロデューサーDaniel Lanoisの影響がもちろん大きいのだけど、さらに拍車をかけることになったのが、Steven Van Zandt提唱による反アパルトヘイト・プロジェクト「Artists United Against Apartheid」への参加。これが転機となった。
 当初、シングルのみの活動で終わるはずだったのが、参加アーティストの機運が高まった末、アルバム制作へと発展する。世代・人種を超えたコラボレーションが企画され、BonoはKeith Richards、Ron Woodとレコーディングを行なうことになる。
 パンクの洗礼を受けてU2を結成したBono にとって、1977年以前の音楽とは旧世代に属するものであり、認めるものではなかった。Stonesなんて旧世代の本丸だってのに、よくオファー受けたよな。
 Keithもまた、そんな彼の鼻っ柱の強さに、かつての自分を投影したのか、案外フランクに接し、意気投合してしまう。その辺はミュージシャン同士、語るよりプレイすることで親交は深まり、その後も良好な関係は継続する。
 で、本チャンのレコーディングが開始される。Stonesといえばブルース。ていうかこの2人だったら、ほぼそれしかできない。あとはせいぜいルーツ・レゲエくらい。
 多分、スタジオで呑んだくれてめんどくさくなったのか、楽曲製作をBonoに丸投げしてしまう。しかも、まともに聴いたことがないのをわかっていながら、ブルース縛りで。エラい無茶振りだ。
 それでも怖いもの知らずの熱血漢だったBono、Keithからありったけのブルースのレコードを借り、一晩かけて聴きまくる。絵に描いたような一夜漬けで学習し、ブルースの真髄の上っつら程度は撫でられる楽曲を、どうにか一晩でモノにする。
 それが「Silver and Gold」。初めてにしては、まぁ悪くない。

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 Keithの思いつきの無茶ぶりを発端として、U2はブルースに開眼する。デビューしてしばらくは、「骨太なバンドが無理してニューウェイブしてる」的な、なんかギクシャクしたビジュアル・イメージだったのだけど、サン・シティ以降は大きく変化した。
 長髪を後ろに引っ詰め、マッチョなタンクトップ姿のBono。このスタイルは各界に大きな影響を与え、当時のハリウッド映画でのアウトローやスナイパーの基本フォーマットになった。引きこもりのギターおたく丸出しだったEdgeも、スタイリストのお仕着せをやめて、無精ひげにカウボーイ・ハットという、寡黙で男臭いファッションに変化した。
 サウンドにもそのテイストは顕著にあらわれ、遂にヨーロッパの枠を超えたU2、ここからアメリカン・ルーツ路線に突入する。と同時に、それはひとつのスタイルの終焉でもあった。
 さらにU2は変化する。






1. Helter Skelter
 ライブとスタジオ録音半々という変則的なスタイルであるとはいえ、オープングをカバー曲にするというのは、あんまり聞いたことがない。言わずと知れたBeatlesのカバー。アレンジはほぼそのまんま。何かと曰くつきの曲を初っ端に持ってくるというのも、ちょっとあざとい。

2. Van Diemen's Land
 なかなかレアなEdgeヴォーカルのナンバー。昔のプロテスト・フォークみたいな曲調だよな、という印象だったので調べてみると、反逆罪で流刑に処されたJohn Boyle O'Reillyという人物にインスパイアされて書いた、とのこと。朗々と切々と歌うヴォーカルは、Bonoほどのバイタリティーは望むべくもないけど、好感の持てる声質ではある。

3. Desire
 UK1位US3位を記録したリード・シングル。原初ロカビリーを吸収し、ロックのカッコよさとワイルドネスを追求すると、こんな風に仕上がる。PVでは、冒頭でBonoがナルシシズム漂う笑みからスタート。88年と言えば、英米でもオルタナ・シーンが盛り上がってきて、世代交代の波が迫っていた頃だけど、「そんなの関係ねぇ」という豪快さがにあふれている。



4. Hawkmoon
 なぜかDylanがオルガンで参加。歌わないDylanに意味があるのかと思ってしまうけど、少なくともセッション時はメンバー、盛り上がったんだろうな。それとも気ぃ遣いまくりだったのか。
 当時の彼らがどれだけDylanにリスペクトしていたのかは不明だけど、「こんな風に弾いてくれ」とか頼みづらいだろうし、やりづらかったんじゃないかと察せられる。前半は静かに、後半から次第に盛り上がり、最後はゴスペル・コーラスで幕、という凝った構成。Bonoも肩に力が入りまくったヴォーカルを披露している。そう考えると、Dylan参加は触媒として正解だったのか。

5. All Along the Watchtower
 で、続くのがDylan作による有名曲のカバー。ライブということもあるしDylanもいないので、逆にこっちの方がアンサンブル的にはまとまっている。俺的にこの曲、Dylanよりもジミヘンよりも先にU2ヴァージョンで初めて知ったため、一番馴染みがある。俺以降の世代は、大抵そんな具合かと思われる。

6. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 マジソン・スクエア・ガーデンでのゴスペル・シンガーたちとの競演。オリジナルはもっと大陸的なゆったりしたリズムが基調だったのが、ここではそこにエモーショナルなコーラスが加わり、ロックとゴスペルとの理想的な邂逅が実現している。
 もちろん元の曲のクオリティが高いからなし得たセッションだけど、こうしてシンガー達のオーラによって、全体のグレードが上がってしまうのは、もともとの層の厚さとポテンシャルの高さがモノを言う。アメリカという大国の底力が垣間見えてくる。

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7. Freedom for My People
 ニューオーリンズかどこかのストリート・バンドのセッション。それを通りすがりに眺めるメンバーたち。いわゆる幕間。

8. Silver and Gold
 Edgeのギターにブルースっぽさを求めるのは無理があるけど、Bonoはそれなりにサマになっている。前述したように、努力の結果生まれた曲だけど、ツボをつかんで形にできちゃうのだから、こういうのってやっぱセンスだよな。このまま経験値を稼げば、ホワイト・ブルースを極めることだってできただろうに、途中でやめちゃったのは、まぁ演奏陣があんまり響かなかったんだろうな。U2ファンは彼らにその方向はあんまり求めてなかったろうし。

9. Pride (In the Name of Love) 
 そんな按配なので、こういったU2スタンダードの楽曲が活きてくる。『Josua Tree』を通過して見えてきたもの、そして彼らが獲得してきたものが、強く浮き出ている。ワールドワイドのライブを行なったことによって、ヨーロッパ的な繊細さと線の細さがなくなった。旧い曲に新たな息吹が吹き込まれている。

10. Angel of Harlem
 ここから3曲は、初期のプレスリーがレコーディングで使用していたサン・スタジオでのセッション。昔ながらの狭いブースに、メンバー4名とMemphis Horns4名が所狭しとなってプレイしている。Abbey Roadと並ぶロックの聖地でレコーディングできるとあってか、メンバーの顔もゆるんでリラックス気味。緊張よりうれしさの方が先んじているよう。
 曲調としてはロックンロールというより、昔のスタックス・ソウルをスローにした印象。



11. Love Rescue Me
 Dylanとの共作で、バック・ヴォーカルでも参加。ほんとはDylanがメイン・ヴォーカルの予定だったのだけど、ちょうど彼が参加していたTraveling Wilburysとの兼ね合いがあったため、Bonoが歌うことになった、とのエピソードがある。
 70年代までのDylanっぽく、暗喩と言葉足らずと謎かけが交差する歌詞はともかく、熱いソウル・バラードとして良曲。

12. When Love Comes to Town
 ブルース界のレジェンドB.B. Kingとの共作・デュエット。さすが長い芸歴を誇るだけあって、彼が登場すると圧がすごい。まぁバンドも、まともに立ち向かっても勝てるわけないから、自分たちのできる仕事をしっかりまとめている。
 こうやって改めて聴いてみると、ブルースにしてはかっちりスクエアなU2のリズムって、アメリカ的なルーズさと合わないんだな、というのがわかってくる。グルーヴとは別の、ロジカルな組み合わせでU2のサウンドが成り立っていること、そして、小さくまとまりがちなサウンドを豪快にぶち壊すBonoとのバランスが、トータルとして成立してるんだな、ということを。


 
13. Heartland
 もともと『The Unforgettable Fire』セッションで生まれた曲で、『Josua Tree』の選考に漏れ、そしてやっとここで収録された曲。なので、このアルバムの中ではちょっと異色のUKテイストが強いサウンド。教科書みたいに典型的なEdgeのディレイ・マジックが炸裂している。

14. God Part II
 「僕は聖書を信じない 僕はヒトラーを信じない 僕はBeatlesを信じない…」と延々内情吐露を歌うJohn Lennonの「God」をモチーフに、Bonoが噛みついたのは、Lennonの露悪的な伝記を書いたAlbert Goldman。なんでBonoがそこまでLennonに肩入れしてるのかは不明。あんまり当時のU2っぽくないやさぐれた演奏は、アメリカン路線への行き詰まりを暗示させる。

15. The Star Spangled Banner
 で、ここでジミヘン。アメリカ国歌をインサートしたのは、単なるリスペクトなのか、それとも徒労感からなのか。どちらにしろ、ポジティヴな意味合いとは思えない。

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16. Bullet the Blue Sky
 『Joshua Tree』収録。ニカラグア軍事政権へのアメリカ国家介入に怒りを表明した、ひどくシリアスな曲。怒りと共に浮かび上がるのは、強大な力の壁の前で佇むだけの無力感。でも、事実を広く知らしめることで、小さな力を寄せ集めることはできる。

17. All I Want Is You
 殺伐とした楽曲のあと、ラストはストレートなラブソング。パーソナルな視点で書かれているため、普遍的な内容でありながら、古びることはないスタンダード。ストリングス・アレンジはVan Dyke Parks。当時は『Pet Sounds』再評価で、ちょっとだけ話題になった。
 ラストの盛り上がり具合はすごくいい。でも俺、『Song Cycle』聴いたけど、1回聴いて売っちゃったんだよな。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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