好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

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 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



All Directions
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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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「ラヴィン・ユー」だけの人じゃないんだよ。 - Minnie Riperton 『Perfect Angel』

folder 70年代初頭のStevie Wonder が未発表も含め、何百何千に及ぶ膨大なマテリアルを残したことは、このブログでも散々書いてきた。とは言っても、断片的なフレーズや複数回のリテイクなんかも含めての数字なので、まともな一曲になっているのは、多分そんなに多くはないと思われる。もしテープをまとめたとしても、Beatles の『Get Back』セッションみたいな感じになるんじゃなかと思う。

 そんなレコーディング・マニア的な日々を送っていたStevie だけど、じゃあ彼が終日スタジオに篭りっきりだったのかといえば、案外そうでもない。ワールドツアーも行なっているし、テレビ出演だって頻繁に行なっている。調べてみると、いろんなフェスにも顔を出していて、本格ブレイク前のBob Marleyと共演している音源も残っている。
 Stones全米ツアーのオープニング・アクトも務めたりしているので、1回くらいセッションしててもおかしくないよな、という妄想さえ広がってしまう。いちいち全部記録してないけど、有名無名問わず、様々なミュージシャンとセッションしたりしているんだろうし。ほぼ根城としていたスタジオ「レコード・プラント」だったら、人の出入りも多かったはずだし。
 成人になってから、自前の著作権管理会社やらマネジメント会社設立によって、モータウンからイニシアチブを取り返したStevie。止める者がいないおかげもあって、興味のある案件には、積極的に首を突っ込んでいた。好奇心が先立つおかげで、何かと安請け合いしちゃったり、頼まれたら断れなかったりして。

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 楽曲提供やゲスト・ヴォーカル的な仕事とは別に、自分の作品と同じくらいの熱量をもって挑む、他アーティストのプロデュースなんて仕事も、この時期には手がけている。一体、いつ休んでたんだStevie。
 代表的なところが、当時の奥さん&速攻1年弱で離婚したSyreeta のアルバム2枚。全面プロデュースとアレンジに加え、ほとんどの楽曲を共作する、といった力の入れよう。これじゃほとんど、自分のアルバムと変わんねぇじゃん。
 彼女のソロデビュー時点で、すでに夫婦としては破綻していたはずなのに、惚れた弱みなんだろうな、作品のクオリティはやたら高いときてる。そんな心情を知ってか、Syreetaも彼に頼んだんだろうし。しかもその後もStevie、コーラスやゲストヴォーカルで彼女を起用したりしているし、何だかよくわからん関係。
 Stevieとのパートナシップ解消後、SyreetaはLeon WareやG.C. Cameronと、次々パートナーを取っかえ引かえしてゆく。しまいには、あんまり接点のなかったBilly Prestonにまで声をかけるのだから、もう節操なんてない。
 なので俺、先入観だけで「才能ある男に擦り寄る「自称」アーティスト」と思っていたのだけど、それら一連のコラボ作をひと通り聴いてみると、また印象が違ってくる。

 Syreeta 自身の才能がStevieに及ばないのは、まぁ当然という前提で考えると、いわゆる触媒的な役割、彼女だけじゃなくStevieにおいても、絶妙な相互作用が働いたのが、このコンビだったんじゃないかと思われる。同じモータウンであるLeonはまだギリギリ許せるとして、これまで関連性のないPreston とのコラボが消化不良だったのは、才能云々というより、むしろ相性の問題である。それまでの流れとはPreston、まったく違う音楽性だもの。なので、魅力的な化学反応は起こらなかった。
 Stevieもまた、Syreeta以降、ここまでまとまった数の共作を他人とは行なっていない。やってるのかもしれないけど、それが世に出ていないのは、Syreeta ほどの成果が上がらなかった、ということだし。
 何しろ2人で共作した最初の曲が、Spinners に提供した、あの「It’s a Shame」。レアグルーヴ・クラシックとして、今も燦然と輝く名曲である。これがスタートなんだから、そりゃ誰とやっても物足りないよな。Paul McCartneyとでも、「Say Say Say」がせいぜいだし。

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 で、本題のMinnie。その美声を耳にしたStevieが、たちまち虜になったシンガーである。
 14歳で加入した、スタジオセッション用のコーラスグループGEMSをスタートに、その後、早すぎたミクスチャー・バンドRotary Connectionと並行して活動する。ソロ・シングルをリリースしたこともあったけど、当時は特別、注目されることはなかった。
 モータウンに代表されるポップソウルや、はたまた対局の泥くさいサザンソウルが主流だった60年代では、彼女の5オクターブの天使の歌声を生かせる環境が整っていなかったのだ。そんな環境の問題としてもうひとつ、Dionne Warwickに対するBurt Bacharachのような、優秀なブレーンに恵まれなかったことも、当時の彼女の不幸だった。

 ポップソングのフォーマットで彼女の持ち味を活かすには、従来のアクティブなR&Bの文脈ではなく、洗練されたジャジー・スタイルのサウンドの方が相性が良いはずだった。ただ、ジャズ方面のコネクションがなかったのか、この時代はポップ・フィールドでの活動が主になっている。
 キャリアの転機となったのが、ジャズ・ヴォーカル系に強いレーベルGRTとの契約だった。その後の彼女の基本路線は、ここからスタートする。
 Minnie Ripertonとしてのデビューアルバム『Come to My Garden』は、1970年にリリースされた。バックアップしたのが、まだディスコへ移行する前、プログレッシブなジャズ・ファンクをやっていた頃のEarth, Wind & FireのMaurice Whiteで、彼女のヴォーカル特性を最大限に活かした秀作だった。豪華なストリングスと分厚いコーラスをベースとした荘厳なサウンドは、かなりフォーマルなプロダクションでまとめられている。ジャズヴォーカル・アルバムとしてなら、充分アベレージはクリアしている。

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 作品としてのクオリティは申し分ないものだったけど、セールス的には苦戦を強いられた。ハイソサエティを指向するがあまり、ある意味、選民的なお上品さが漂うレーベルカラーのGRTは、プロモーションには消極的だった。あの周辺の奴らって、「売れること=悪」みたいなスタンスだもんな。まぁ言いがかりかもしれないけど。
 そんなイデオロギーにかぶれていた頃のMaurice だからして、売れ線要素なんて入れる気もなかったろうし、全体的に地味な仕上がりである。色気も何もありゃしねぇ。
 Minnieとしては、そんな結果も想い出作りの一部として、冷静に受け止めたのだろう。ソロでのメジャーデビューという目標を達成したことにより、彼女は表舞台からの引退を決意する。終生の伴侶となるプロデューサーRichard Rudolphとの結婚を経て出産、二児の母親として家庭に入ることになる。
 商業的には失敗した『Come to My Garden』だったけど、稀代のシンガーMinnie を世に知らしめた功績は否定できない。少なくとも、業界内では彼女の存在が話題となり、ぜひ一緒に仕事をしたい、と思う人物も少なからず現われた。
 その1人がStevieである。

 彼のバックバンドWonderlove のコーラスを経て、エピックとメジャー契約したMinnie、実質再デビュー作となる『Perfect Angel』の制作に着手する。ここでStevie、自分のレコーディングも放り出して、Syreeta 以上の入れ込みようで、彼女のバックアップを行なうことになる。
 旦那Richard との共同プロデュース、楽曲提供、アレンジから楽器演奏まで、ありとあらゆる場面で惜しまぬ助力を注いでいる。去年発売されたデラックス・エディションに収録されたアウトテイク集では、「Take a Little Trip」のデュエット・ヴァージョンや、Wonderlove演奏による「Lovin’ You」など、当時のStevieのはっちゃけ振りといったら、そりゃあもう。

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 Minnieのレパートリーの中で最もよく知られているのが「Lovin’ You」であり、いまだ『Perfect Angel』が支持されている理由もそこにあるのだけれど。しかし。
 ここまで書いてきて言いたいのは、決して「Lovin’ You」だけのアルバムじゃないんだよ、ということ。単なるラブバラード歌手には収まらない、熱いファンキーな一面も収録されていることは、声を大にして言っておきたいし、また評価されてもいい。
 俺的には、「Reasons」のような方向性もアリだったんじゃないかと思うのだけど、とは言ってもやっぱ強いな「Lovin’ You」。その大ヒットの煽りを受けて、これ以降は、アーバンでフォーマルなブラコン路線に落ち着いてゆくのは、まぁ自然の摂理。市場がそれを求めちゃうんだもの、仕方ない流れだな。
 もうアルバム1枚くらい、Stevie とがっつりタッグを組んでいれば、また流れも変わってたのかもしれないな。まぁRichard に遠慮してた部分もあったんだろうけど。



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1. Reasons
 グルーヴィーなレアグルーブ・クラシックスとしても名高い、ファンキーといえばコレ!と思わず断言してしまうトラック。当時、Stevieの右腕として数々の名演を残してきたMichael Sembello (G)の、ネチッこいオブリガードの嵐・嵐・嵐。ここではStevie、ドラムで参加しており、敢えてドタバタたたみかけるようなプレイが、アンサンブルのテンションを上げている。
 オリジナルではフェードアウトで終わってるのだけど、デラックス・エディション(D.E.)収録の別テイクは、セッションの最後まで収録されており、あぁベースソロで終わったんだとうのがわかって感慨深い。



2. It's So Nice (To See Old Friends) 
 カントリー調のスロウなバラード。Diana Rossあたりが歌いたそうな、そんなポピュラー色が強い。効果的な舞台装置としてペダル・スティールも要所でフィーチャーされており、まさしくコンテンポラリー。オリジナルは4分だけど、D.E.収録別テイクは、なんと倍の8分超。長いけど、時間を気にせずまったり聴くことができる。でも長いよな、レコードだったら収まりきらないし。

3. Take a Little Trip
 Stevie提供による、『Innervisions』~『First Finale』カラーが強く反映された、こちらも人気の高いグルーヴィー・チューン。同じく参加のSembelloのプレイもジャズ色が強く、それでいて全体は奇妙な感触のStevie Wonder’s Music。自ら弾くエレピの音色が、摩訶不思議な浮遊感を生んでいる。
 D.E.には、そのStevieとのデュエット・ヴァージョンを収録。ミステリアスなヴォーカルのStevieは、まんま『Innervisons』。これはオリジナルに匹敵する出来栄え。



4. Seeing You This Way
 ミドル・テンポのバラードと思いきや、主体となるリズムはラテン。手数の多いエレピと、やたらハイハットを使うドラム・プレイは多分Stevie。ほんとどこにでも出てくるな。ずっと一緒にいたかったのか、やたらと出番が多い。D.E.収録のアコースティック・ヴァージョンは、どちらかといえばカントリー・タッチ。俺的には、こっちの方が好き。

5. The Edge of a Dream
 かつてのガールズ・コーラス時代を彷彿とさせる、静かなサウンド・デザインながら、Minnieの情感あふれるヴォーカルが堪能できる。シンガーとしてのMinnieがうまく表現されているのは、この曲が一番だと思う。まぁ「Lovin’ You」を抜いてだけど。ピアノで参加のStevieも、ここではちょっと大人しい。意外と引き際は心得ているのだ。

6. Perfect Angel
 再びStevie提供による、こちらも『Innervisions』またはSyreeta色の濃い、メランコリックさ漂うナンバー。またエレピの絡み具合が絶妙。まだWonderloveの一員だったDeniece Williamsがコーラスで参加しており、ささやかな存在感を現わしている。これもずっとエンドレスで聴いていられる心地よさ。



7. Every Time He Comes Around
 やたらブルース色濃いエフェクトとネチッこいギター・プレイは、WonderloveのMarlo Henderson。Minnieの声質はあまりブルースっぽさを感じさせないのだけど、なぜだか彼との相性が良かったのか、その後もレコーディングに参加したり共作したり、密接な関係を続けた。
 あまりに純粋な正弦波ゆえ、時に一本調子になってしまうMinnieのヴォーカルを補うように、過剰なほどエモーショナルなギタープレイが補完してる。

8. Lovin' You
 US1位・UK2位を始めとして、世界各国で上位にチャートイン、そして永遠のスタンダードとなった代表曲。カーステのバラード・コレクションでは外すことのできない必須アイテムであり、ムード発生装置としても作用した。あまりにベタな曲なので、お腹いっぱいになっちゃってる人も多いと思う。コンピレーションや単体で聴くと、記名性や目的性が強く浮き出てしまうのだ。なので、ある意味まともな評価がされづらい曲でもある。
 それが『Perfect Angel』の中の1曲、アルバムを頭から通して聴いてみると、特別突出もせず、すっぽり見事にコンセプトに馴染んでいることに気づかされる。たおやかというのはこういうことなのだな、と改めて思ってしまう天使の歌声、そしてMinnieを引き立たせるシンプルなバッキング。朝まだきの小鳥のさえずり。すべてが完璧に構築されている。
 ちなみにD.E.、Wonderloveによるバンド演奏ヴァージョンが収録されているのだけど、これはちょっと…、といった仕上がりになっている。テンポもちょっと速めで、手数の多いベース・ラインやインプロは、ちょっとウザい。
 余計な音はいらない。変にドラマティックにすると、逆に安くなってしまう好例。

9. Our Lives
 ラストも「Lovin’ You」に劣らぬ傑作バラード。同じ曲調が続くのも構成的によろしくないと思ったのか、Stevieによるバンド・アレンジが控えめに施されている。コンガの柔らかなリズムを基調に、アクセントをつけるスネア、そしてStevieによるハーモニカのカウンター・メロディ。幅広い美声を披露するシーンもあるけれど、あまり情緒に流されず、あっさり瀟洒に締めるところが、Minnieの上品さをあらわしている。






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殿下、社会人デビュー。 - Prince 『1999』

folder 1982年リリース、オリジナルとしては5枚目、そしてアナログ2枚組の大作。とは言っても、ほとんどの曲が5分以上のロングサイズのため、収録曲は全11曲、曲数だけ見ればシングル・アルバムと大差ない。なので、のちの『Sign of the Times』と比べればカワイイものだし、そのまたあとに『Crystal Ball』や『Emancipation』が控えてることを思えば、怖いものなんて何もない。
 LPと比べて収録時間に余裕があるはずなのに、なぜだか初期の CDでは「D.M.S.R.」だけカットするという、なんだか意味不明の編集が行なわれていたけど、今はオリジナルに準じた形で収録されている。「何でこれだけ削ったんだ」「アーティストの意向を無視したワーナーの横暴だ」など、いまだにファンの間では議論されている。まぁ、思いっきり「SEX!」って連呼してる曲なので、ラジオではかけづらい、っていうのが、ひとつの結論なのかな。

 重くてかさばるし、価格に二の足を踏む2枚組であるにもかかわらず、USでは最高9位まで上昇、なぜかニュージーランドでも6位にチャートインしている。ただ、目立った成績はこれくらいで、他の国だと、それほどの存在感はない。
 『Purple Rain』以降のセールス・アクションと比べると、地味な売り上げである。でも、当時の殿下の知名度はまだ全国区ではなかったため、これでも十分営業予測は超えていたと思われる。たまに総合チャート100位以内に入ることはあったけど、基本はR&B/ソウル・チャートの人という認識だったし。
 殿下ファン御用達のバイブルprincevaultのデータを見てみると、『1999』リリースまでは、アメリカとカナダでしかツアーを行なっていない。81年に入ってから、イギリスやフランスでショウを行なっているけど、いずれも単発の顔見せ興行的なもので、欧州ではまだ無名だったことがわかる。
 なので、当時のPrinceというアーティストの認知度は、ほぼ国内限定、それもソウル/ディスコ方面に明るいユーザー間での人気だった。多少名前が知られていたとしても、それは「すぐ裸になる奴」だとか「エロキモい歌手」といった、音楽的には直接関係ない、スキャンダラス面でのクローズアップだった。

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 で、この『1999』がR&Bチャートの枠を超えて、総合チャートでも好成績をマークしたことによって、ここから音楽的にきちんと認知されるようになる。なるのだけれど、逆説的に言えば、それまではスキャンダラス面ばかりが先行して、音楽面で注目されることは、あんまりなかった、ということでもある。
 すべての楽器演奏とプロデュース、作詞作曲を1人でこなすマルチプレイヤーとしてデビューした殿下だったけど、当時はその才能は発展途上、まだ十分開花しているとは言えず、売り上げとしてはそこそこの成績だった。「みんながおれのれこーどをかう」という、小学生のノートの落書きのようなサクセス・ストーリーは、見事に思惑がはずれてしまう。
 なので殿下、注目を集めるためにビジュアルと歌詞を軌道修正、競争率の少ないエロ路線へ向かう。このジャンルの先駆者であるRick Jamesの手法にならい、殿下もハイレグビキニ姿でシャワーを浴びたり、全裸でペガサスもどきに跨ったり、あれこれいろいろやってみた。いや待てよ、エロい女性との絡みが多かったRickに対し、殿下のアートワークってほぼ自分中心だよな。なんだ、単なる自分の趣味か。
 確かにこの路線によって、Princeというアーティストの存在証明は叶ったけど、そのインパクトはちょっと極端すぎた。殿下が打ち出した「猥雑なナルシシズム」は、ごく一部の熱狂的な信者を生みはしたけれど、多くの一般人にとっては、生理的な拒否感を抱くだけだった。
 タブロイド紙が興味本位で取り上げることはあったけれど、夕食後の一家団欒のテレビで映せるようなキャラではなかったため、幅広い層へのアピールには至らなかった。

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 ワーナーとの確執に端を発する破天荒伝説、契約消化を早めるための矢継ぎ早なリリース攻勢など、絶対権力を振りかざす独裁者的なイメージの強い殿下だけど、そういったのはすべて『Purple Rain』以降のエピソードである。彼のオーラが強くなったのは『1999』以降であって、それまでは「イロモノ枠だけど、ジョークが通じないのでいじりづらいファンク・ミュージシャン」に過ぎなかった。
 時代の趨勢として、それまで主流だったファンキー・ディスコから、ソフトなブラコン系バラードに嗜好が移り、殿下のような生々しいファンクは、傍流となっていた。これは殿下に限らず、ファンク・ミュージシャン全般に言えることで、George Clinton もJBも、この時期は不遇を囲っていた。
 正攻法のファンクで勝負しても相手にされないし、かと言って、「アフロでキメてディスコでフィーバー」っていうほど、開き直れるタイプでもない。Marvin Gayeほどのセックス・アピールがあれば、ムーディーなR&B路線もアリだったかもしれないけど、あいにく殿下、「セクシー」の定義が人とちょっと違ってるし。

 殿下が描くサクセス・ストーリーとは裏腹に、ワーナーとしては、第二のRick James的ポジションに導いていこうとしていた節がある。実際、当時は格上だったRickのライブのオープニング・アクトに殿下が起用されたこともあったし、それを彼も好意的に受け入れている。周囲のお膳立てによって、「イロモノ枠」というキャラ付けは定着し、エロ路線によるシングル/アルバムは、R&Bチャートでも好成績を残すようになる。
 ただそれは同時に、総合チャート進出への断念、「みんながおれのれこーどをかう」夢の諦めを意味していた。
 アメリカという国は、我々日本人が思ってる以上に、実は清廉潔白を理想とする国家であり、特にポルノを始めとした猥褻物の取り扱いについては厳格である。エロをメインとした雑誌や映像などが表舞台に出ることはなく、健全な市民の目には入らないよう、巧妙に隔離されている。
 2004年に行なわれたスーパーボウルのハーフタイム・ショウに出演したJanet Jackson は、パフォーマンスに熱が入り過ぎてしまって衣装がズレ、カメラの前で乳首を露出してしまう。世界有数の視聴率を誇るコンテンツで、そのハプニングは大きな波紋を呼び、国をひっくり返すような大騒動に発展した。
 ザックリ言っちゃえば「乳首ポロリ」、昔のアイドル水泳大会だったら「あるある」だけど、時代も違えば視聴者数のスケールも段違い。昔ならPTAがざわつく程度の騒動が、分別ある大人たちを振り回した。それくらい、表向きは取り繕わなければならないのだ。
 その抑圧もあってか、水面下で出回るコンテンツは、ここには書けないドギツイものがあることも、また事実。興味があれば、それは各自勝手に調べてね。
 そんなお国柄もあって、殿下やRick のような、猥褻が服を着て歩いてるような(いやよく脱いでるか)、見た目も歌の中身もエロ全開のアーティストが、お茶の間のテレビに出られるはずもない。MTVだって積極的に流したがらないし。
 なので、一般大衆との乖離は進む一方。そこそこの知名度はあったけど、別枠的な扱いが続いていた。

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 そんなイロモノ枠からの脱却、「みんながおれのれこーどをかう」総合チャートへのステップアップとして、ロック・サウンドへの傾倒は必然だった。
 前述のファンクの衰退によって、ブラック・ミュージックの進化は、足踏みしている状態が続いていた。工業製品のようなディスコやラブ・バラードが切れ目なく量産され、またそれが需要もあったのだけど、どれも70年代からの使い回しであり、目新しいものではなかった。
 80年代に入るとSugarhill GangやGrandmaster Flashらがデビューしており、ヒップホップ・ムーヴメントの萌芽が出てきた頃だけど、この頃はまだサブカル扱い、大きな勢力となるには、Run-DMCの登場を待たなければならなかった。ニューヨークを中心としたローカル・ジャンルの音楽は、殿下の住むミネアポリスまでは届いていなかった。
 いや、多分知ってはいたんだろうけど、まだ主流になるとは思っていなかっただろうし、自分には合わないと思ったんだろうな。真摯なミュージシャンほど、サンプリングやDJプレイには抵抗があった時代だし。後年のラップを聴いても、うまいとは思えないもの。

 ロックやポップのエッセンスを加えたことによって、これまでより間口は広くなり、ここからシングルも総合チャートの上位に入るようになった。エロさはあんまり変わっていないけど、チープなシンセと、ドラム・マシンの軽いビートでコーティングされたファンク・サウンドは、コンテンポラリーな世界への門戸を開いた。
 ここから殿下の快進撃が始まるわけだけど、実はまだ助走に過ぎない。ポップ要素を取り入れたファンクは、それでもまだ胃もたれする程度に重く、グローバルな支持を得るには味が濃すぎた。
 ファンクのマナーでリズムに凝りすぎた分、曲はどうしても長くなる。万人向けにするには、もっとポップやロックのように、単調なリズムにしなければならない。
 『1999』で得た白人音楽のスキルを咀嚼・吸収し、ファンク<ポップというパワー・バランスにシフトしたのが、『Purple Rain』である。



1999
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1. 1999
 チープなシンセによるリフからスタートの、Jill Jones、Lisa Coleman、Dez Dickersonらとのリレー形式のコール&レスポンスが印象的。バンドとの一体感によるグルーヴ、と言いたいところだけど、当然バックトラックはほぼ殿下によるもの。ヴォーカルが同録なのか別録りなのかは不明だけど、まぁ多分個別にやってるんだろうな、それでいろいろ編集したりして。
 アルバム・リリース後、すぐにシングルカットされ、US総合44位・ダンスチャートでは堂々の1位。世紀末を悲観的に迎えるのではなく、「最後だからパーティやって盛り上がろうぜ」と煽りながら、「でもいつかはみんな死んじゃうのさ」と醒めた視点を入れてくるのは、ちょっとひねてる殿下といったところ。
 ほんとの世紀末になってニューマスター版が作られたけど、あんまり評判は良くなかった。発売当時、アルバム丸ごとニューヴァージョンとアナウンスされて、いわば予告編的な形でシングル・リリースされたけど、その後音沙汰なく、中途半端に終わってしまう。
 「全トラック作ってるはずなのに、勿体ぶってお蔵入りさせた」「大風呂敷広げて1999だけ手をつけたけど、気が変わって計画自体が頓挫した」「いやいや単にワーナーへの当てつけで作っただけだから、これだけで目的は果たしてる」など、様々な風評が流れたけど、真相は不明。どの説も真実と思えてしまうのが、殿下の懐の深さと言える。
 俺的には、6分以降のインチキ・オリエンタルな展開が結構好きだけど。



2. Little Red Corvette
 US総合6位、UKでも最高2位をマークした、殿下の実質的なブレイク曲。ファンク要素はほとんどなく、MTV仕様のポップ・ロックといったサウンドでまとめられており、普通に「1982年のヒット曲」という括りにおいても高いクオリティ。サビをなぞったシンセのリフと、1.でもヴォーカルを披露したDez Dickersonによるギターとのアンサンブルは、耳に残るポップ性。
 殿下が一歩引いて、別のギタリストにソロを弾かせるのはかなり珍しい。よっぽど機嫌が良かったか、うまくハマったんだろうな。Dezによるブルース要素は、その後の殿下のギター・スタイルにも大きく影響を及ぼすことになる。



3. Delirious
 3枚目のシングルカットとして、こちらもUS総合8位にチャートイン。シンセがチープであればあるほど、ファンキーさを増す殿下、ここではその安っぽさがピークを飛び越え、8ビートとワルツのハイブリッド・リズムを発明している。クセになるんだよな、音もリズムも。
 エロい暗喩を巧みに混ぜた、車を舞台装置としたチープなラブソングは、使い捨てヒットには相応しい主題。あまりに出来が良すぎて、代表曲のひとつになっちゃうんだけどね。

4. Let's Pretend We're Married
 シンプルな8ビートが延々続き、シンセ・ベースやシモンズがサウンドを彩る、こちらもポップでキャッチーなサビが耳に残るナンバー。こうして聴いてみると、ファルセットの入れ方がうまいよなぁ、と改めて思う。同時に、ベースが入ってることでドラムが単調になっちゃうんだな、この後、しばらくベースを抜いちゃうのは正解だな、とも。
 こちらもシングルカットされており、US総合52位。ダンスフロア仕様としては、このサイズがいいんだろうけど、シングル/アルバムとしては7分はちょっと長い。ダンス・ミックスでもないし、普通のポップ・ナンバーなんだから、もうちょっと短くしても良かったんじゃないかと思う。まぁ今さらだけど。

5. D.M.S.R. 
 「Dance, Music, Sex, Romance」。本文でもちょっと触れたけど、「CDから外された」というエピソードでかなり損をしている、かなりディープなシンセ・ファンク。シンプルなコール&レスポンスとシンセ、時々カッティング・ギター。余計なものを削ぎ落とした、ワンコードのファンク・ジャムは、殿下の最も得意とするところ。逆にこれこそ、8分では物足りない。レコード片面を埋め尽くすくらいのポテンシャルを秘めた演奏、そして殿下のヴォーカル。

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6. Automatic
 前曲同様、シンセをメインとしたテクノ・ファンク。単純な「Automatic」ではなく、「A・U・T・Omatic」と読ませるところが、殿下独自の言語感覚。こういったのはやっぱり、ファンクの人ならではだよね。4.同様、エクステンデッド・ヴァージョンのように間奏が引き伸ばされてる印象があるので、もうちょっとまとめたエディット・ヴァージョンが欲しいところ。

7. Something in the Water (Does Not Compute) 
 新しいシンセを購入して、いろいろいじってみたらできちゃいました的な、シーケンサーのプリセット・リズムをベースに、あれこれ足してみたナンバー。せっつくようなリズムをバックに、メランコリックなエフェクト、独白するようなヴォーカルの殿下。
 「あいつらが飲んでる水には、何か入ってるに違いない」。
 極端な被害妄想の末、絶叫、感情の爆発。
 4分台にまとめて正解。英語ネイティヴなら、こじれたニートの独白に聴こえるのかね。

8. Free
 ここで直球勝負のファルセット・バラード。元来ロマンチストの殿下、ここではクサさを通り越して崇高ささえ漂わせて自由を謳う。ロックっぽいギターの音色も、ナルシシズムをいい意味で助長する。コーラスのクサさも、ここでは気にならない。
 この感性が、次作タイトル・ナンバーとして結実する。

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9. Lady Cab Driver
 ほぼリズムとギターだけのスカスカしたバッキングは、『Parade』が好きな人ならがっつりハマってしまう。凝ったドラム・ワークとシンプルなギター・カッティング。スパイスとしてのチープなシンセ・エフェクト。Jill Jonesとの醒めた感じのデュエット。
 「女タクシー・ドライバー」というワードから、ここまでエロい妄想を広げて具現化してしまう、殿下の才能がもっとも全開しているナンバー。間奏の寸劇はまぁいいとして、リズム・ソロ両面のギター・プレイを堪能できる楽曲としても秀逸。

10. All the Critics Love U in New York
 リズム・マシンを回しっぱなしに、終始低いテンションのヴォーカルが続くナンバー。ファンクというよりはテクノ・ポップだよな、これって。『BGM』『テクノデリック』期のYMOっぽい。一緒にやってたらおもしろそうだよな、と一瞬思ったけど、多分ムリだったよな。教授が見下しそうだし、殿下もコミュ症だし。

11. International Lover
 ラストは、ナルシシズム全開ファルセット・バラード。タイトルこそアレだけど、どうしても色眼鏡で見られがちだった殿下のピュアなエモーションが、見事に表現されている。グラミーで最優秀R&Bボーカル・パフォーマンスにノミネートされたのも納得。モノローグはちょっとウザいと思われたんだろうけど、真っ当なブラコン・ナンバーだって、書こうと思えば書けるのだ。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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