好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

「何でもアリ」だった頃のアシッド・ジャズ - Brand New Heavies『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』

folder ― アシッド・ジャズ(acid jazz)は、1980年代にイギリスのクラブ・シーンから派生したジャズの文化。ジャズ・ファンクやソウル・ジャズ等の影響を受けた音楽のジャンル。

 Wikiではこのように定義されているアシッド・ジャズ。以前レビューしたWorking Weekを基点として、20年代のスイング・ジャズから70年代のジャズ・ファンクまでを網羅、その他にもラテンにボサノヴァ、カリプソやソウル、ファンクやラップ、ヒップホップまで、要は「踊れるか・踊れないか」というシンプルな基準でもって貪欲に吸収。さらにクラブ・ユース仕様と記録メディアの販売促進を見据えて、ソウルフルなヴォーカルを載っける、という定義が確立したのが90年代。
 なので、非常にアーバンでトレンディでソフィスティケイトされたジャンルに思われるけど、根っこはひどく雑食性、「何でもアリ」の音楽である。

 そもそものルーツであるWorking Week自体が、80年代初頭のUKニューウェイヴ出身だったため、当初はクラブ・シーンを主体とした現場感覚バリバリの音楽であり、DJ文化との相互作用もあって、純粋なライブ音楽としての需要がメインだった。CDなどの記録メディアで堪能するモノではなかったのだ。
 それが80年代末に入ってから、UKグラウンド・ビートを「発明」したSoul Ⅱ Soulの登場によって、一気に流れが変わる。いまだアシッド・ジャズ界の親玉として君臨するカリスマDJ Gilles Petersonが設立したレーベルTalkin' Loudから、Incognito やGallianoらがデビュー、本格的なアシッド・ジャズ・ムーヴメントを巻き起こすに至る。

2013-05-01-BrandNewHeaviesW1600

 その後は日本発のKyoto Jazz Massiveやモンド・グロッソ、60年代モッズ的なイメージ戦略を打ち出したCoduroyなど、多種多様なアーティストがわんさか登場してきたけど、一般的にイメージされている「アシッド・ジャズ」とはIncognito的、「ちょっぴりダンス寄りビートのアーバンR&B」といった認識である。その後の二番煎じ・三番煎じ的に登場したユニットは、ほぼ彼らが創り出したフォーマットを踏襲している。
 そんな中、声質的にはソウルっぽさの薄いJay Kayをメイン・ヴォーカルに据えたJamiroquiは、フォーマットを基準とすれば異端に思われるけど、彼がデビューしたての90年代初頭は、一緒くたにアシッド・ジャズと言っても百花繚乱、70年代ニュー・ソウルっぽさを特質とした彼らもまた、冒頭の定義に沿えば充分アシッド・ジャズのアーティストである。
 今ではすっかりジャンルに収まらないポジションを確立してしまった彼らだけど、そういったバイタリティをも広くカバーしていたのが、初期のアシッド・ジャズであり、「何でもアリ」という本来の意義に沿うと、本質をしっかり捉えていたのは彼らだったということになる。

 Marvin GayeやIsaac Hayesらからインスパイアされた、繊細かつダンサブルなグラウンド・ビートを載せることで、一気にシーンを席巻したのがJamiroqui だとすると、さらにメロウR&Bの要素を付加したのが、『Brother Sister』以降のBrand New HeaviesでありIncognito。勃興期は他のアーティストとの差別化として、様々なアイディアや新たな発想がボコボコ生まれていたのだけど、シーンの安定化と共にクリエイティヴ性が失われてゆく。
 ブーム末期のプログレやハードコア・パンクが次第に様式美化してゆくのと同じ途を辿るかのように、アシッド・ジャズもまた、どれを聴いても大差ない、ごく平均的なサウンドへと収束してゆく。
 Maysa LeakやN'Dea Davenportらをメインに据えたヴォーカル & インストゥルメンタル路線も多様性のひとつに過ぎなかったはず。第一Brand New Heavies自体、UK版デビュー・アルバムはヴォーカル無しのオール・インストだったし。その他にもシーン全体が、DJカルチャーの影響によって、様々な音楽性を内包していたはずなのに。
 どこでどう、袋小路にはまり込んでしまったのか。

bnh-logo-wide

 クラブ・ミュージックという大枠で捉えられるアシッド・ジャズは、もともとじっくり腰を据えて鑑賞する類の音楽ではない。「聴く」というよりは「感じる」、言ってしまえば、ダラダラ酒でも飲みながら、ユラユラ体を任せて聴く音楽である。海外なら、これにドラッグ・カルチャーが絡んでくるのかな。
 他のダンス・ミュージック同様、いわゆるムード音楽/環境音楽としてのリスニング・スタイルが主だったため、トレンドの消費サイクルの早さに追いつけなかったこと、また、時代の徒花的な有象無象のユニットの乱立によって、永続的なクオリティ維持が図られなかったことが、アシッド・ジャズの悲劇だったわけで。

 多くのユニットでイニシアチブを握っていたのが、プレイヤーではなくコンポーザーが多かったことも、ブーム終焉を速めた要因のひとつである。
 一般的なロック/ポピュラー・グループと違って、フィジカルな演奏者より、DTMを主体としたトラックメイカー、もしくはレア物掘りに執心したビニール・ジャンキー上がりのDJがシーンを牽引していたのだけど、市場シェアが大きくなるのと比例して、徐々に現場との乖離が大きくなる。市場原理に基づいた、最大公約数的なフォーマット「無難なアーバンR&B」の乱立が、急激なマンネリ化を招いた。要は飽きられてしまったのだ。
 マンネリ化を招いたのは一部クリエイターの責任もあるけれど、そもそもクラブ・シーン自体が急速なペースでアップデートを繰り返す空間であり、消費し尽くすことは、むしろ善である。クリエイトし尽くした後は、新たなアプローチを探すなり、または見つければよいのであって、しがみつくことは逆に「ダッセェ」と受け取られる。
 なので、優秀なクリエイターはブームの終焉を待つことなく、とっととテクノやレイブ、ゴアトランスなど、とっくの昔に最新トレンドの二歩先・三歩先へと鞍替えしてしまった。じゃないと生き残れないものね、あの人たちって。

 常に最先端のサウンドを追い求める層は、どの時代においても一定数は確実に存在する。けれど、皆が皆、トレンドばっかりを追いかけているわけではない。マスの大多数は音楽に対してそこまで深入りしてはいない。むしろ良いコンテンツは比較的後世にも残る場合が多い。
 アクティブなダンス・ミュージックとしてではなく、例えばフュージョン~AORのような機能的なドライブ・ミュージックとして、アシッド・ジャズのエッセンスは連綿と生き残っている。もしかして日本だけなのかもしれないけど、週末の夕方や平日深夜のFMなど、彼らのオンエア率は一時、かなりの高率をマークしていた。
 ま、たまたまFMを聴くことが多いのがその時間帯だった、という俺の主観ではあるけどね。

Brand-New-Heavies

 前述の「メロウなR&B」といったアシッド・ジャズ特性を持つBrand New Heaviesだけど、Incognitoと比べるとダンス・シーンとの親和性が高く、いわゆるバラード系よりも横揺れ16ビートの使用率が高い。本人たちはそこまで意識していないかもしれないけど、結果的に市場ニーズに基づいた彼らのサウンドは、静・動併せ持つあらゆるシーンにおいて活用できる。汎用性高いんだよな。
 オール・インストとなったデビュー作は、そこそこの評価を得た。通好み仕様としてあまり多くは広まらず、かといって惨敗するまでもなく。最初にしては堅実な成績だった。
 普通なら、インスト・サウンドの完成を目指すべく、深化という名の自己増殖を繰り返すものだけど、プレイヤビリティの強い彼らは、そこから別の深化を志すようになる。
 現在のR&B的アシッド・ジャズのセオリーから一旦外れて、ガチのヒップホップやラガマフィンを貪欲に取り込む実験作となったのが、この『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』。vol.2も製作する予定だったらしいけど、いつまで経ってもリリースはおろか制作状況すら伝わって来ず、結局、だいぶ経ってからリリースされたVol.1のデラックス・エディションで、この件は終いになったっぽい。

 いわゆるアシッド.・ジャズ「っぽい」音楽ではなく、彼らのディスコグラフィの中では実験作的なポジションなので、あんまり売れなかったのかなと思いきや、チャート上ではそこそこの成績を残している。当時はこういったサウンドも「アリ」とジャッジされていたのだ。ちょっとうるさ型の評論家やマニア筋からは、絶大な評判だった。
 だったのだけど、せっかくのブームの真っ只中に便乗しない手はなく、さらなる拡販策を講ずるため、彼らは方向修正を余儀なくされる。
 世間のニーズが一般的に認知された「アシッド・ジャズ」セオリーに則ったサウンドにあったため、またヴォーカルを含めたバンド・アンサンブルへの興味もあったため、ソウルフルな歌姫N'Dea Davenportを召還、次作『Brother Sister』で本格的な世界的ブレイクを果たす。
 ただこれが売れに売れてしまったがため、彼らのアーティスト・イメージが固定されてしまったことが、逆に彼らの迷走に拍車をかけてしまったわけで。

20150816_09

 脱・アシッド・ジャズなのか脱・N'Deaだったのかは不明だけど、その後の彼らはアルバム毎に女性ヴォーカルを入れ替えて『Brother Sister』越えを模索する。するのだけれど、ワンショット参加だったはずのN'Deaが残したインパクトは予想以上に大きく、また新メンバーとの相性もなかなか折り合いが合わなかったため、試行錯誤を繰り返すことになる。しばらくの間、オリジナル・リリースは散発的、空白の期間はレーベル主導による大量のベストやリミックス・アルバムでお茶を濁すことになる。オリジナル:非オリジナルの対比は、まるでジミヘンを思い起させるほどのアンバランスさである。
 良く言えばレーベルの不断の努力の甲斐もあって、シーンからの完全撤退は免れてはいたけど、近年になるまでユニットとしての活動は不安定だった。
 2013年『Forword』にて、久し振りにN'Deaとのコラボが復活した。双方ともこれまで何かといろいろあったけど、年月を経て色んなわだかまりが解けたのだろうと思われる。

 日本では何となく地味なポジションになってしまったBrand New Heavies。でも未だ前向きな姿勢を忘れていないBrand New Heavies。そんな彼らが2015年にリリースしたレイテスト・アルバムは、なんとここに来て、デビュー以来のオール・インスト。開き直ってアーバンR&Bに復帰したと思ったら、またここで原点回帰である。
 守りに入ることを拒み、前のめりで進むことを選択した彼ら、そのルーツとなったのがヒップさを強調した粋なデビュー作であり、そしてプログレッシヴ・ヒップホップ・アシッド・ジャズとも称される『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』である。長いな、こりゃ。たった今、思いつきで書いちゃったけど。

Heavy Rhyme Experience 1
Heavy Rhyme Experience 1
posted with amazlet at 17.05.30
Brand New Heavies
Delicious Vinyl (2001-03-20)
売り上げランキング: 270,483



1. Bonafied Funk (featuring Main Source)
 90年代初頭に活動していた、アメリカ/カナダの混成ヒップホップ・グループとのコラボ。リーダーのLarge Professorはその後、ソロと並行してプロデューサーとしても活躍している。とは言っても俺、そっち方面の知識はほとんどないので、いま必死こいて調べている。これまで手掛けたリストは長大にのぼり、さすがに俺も名前くらいは知っているNASにも深く関わっていたらしい。

Large_Professor

2. It's Gettin' Hectic (featuring Gang Starr)
 21世紀に入るまで長きに渡って活動していた、NY出身のヒップホップ・ユニット。メンバーのDJ Premier、これも名前だけは知ってる。この人もプロデューサー/コンポーザーとして多くのアーティストとコラボしており、あくまで俺が知ってるところでは、前述のNASを始めとして、D'Angelo、Dr. Dre、Mos Def など、有名どころからはほぼお声がかかっている。近年もChristina AguileraやKanye Westなどジャンルを飛び越えた活動も展開しており、なかなか衰えを知らぬところ。
 生演奏とヒップホップとのミックスはBeckも先駆けて行なっていたけど、バンド・アンサンブルを巧みに織り交ぜてる面において、グルーヴ感としてはこちらの方が上。

2dihh0o

3. Who Makes the Loot? (featuring Grand Puba)
 オールドスクール時代から活動しているラッパーで、近年も肩の力の抜けたグルーヴィー・ソウルなソロ・アルバムをリリースするなど、精力的に活動中。ちらっと視聴してみたけど、ヒップホップ・アレルギーのある俺でも聴きやすいテイストでまとめられている。
 その力の抜け方は昔も今も変わらず、ここでも脱力系ラップを披露。

4. Wake Me When I'm Dead (featuring Masta Ace)
 NY出身の伝説的グループJuice Crew出身で、その後、ソロに転身したMasta Ace。軽快なラガマフィン調のフロウに疾走感があって、これもロック/ファンク好きのユーザーとは相性が良い。この人もそうだけど、みんな今に至るまでコンスタントに活動続けてるんだな。

5. Jump 'n' Move (featuring Jamalski)
 このアルバムの中では最もキャッチーで親しみやすいトラック。ラップ本来のライムの連射が聴いてて気持ちいい。ラップはほんと全然知らないけど、こういう人が俗に言う「上手いラッパー」なんだろうな。ほんとは全然違うのかもしれないけど、俺はそんな気がする。



6. Death Threat (featuring Kool G. Rap)
 そうか、バック・トラックのエッジが立ってるから、どのライムも数段上手く聴こえるのか。どんなに上手くトラックをつないでも、やはりフィジカルな演奏には敵わない。多分にジャジー・ラップに理解のあるキャラクターを中心に人選しているのだろうけど、ヒップホップの方へと歩み寄った整然としたアンサンブルは、簡単に構築できるものではない。
 ソロのPVを見ると、典型的なギャングスタ・ラップなので、やはり俺には興味の薄い世界。でもここではその悪童振りもバンド・サウンドに圧倒されている。

7. State of Yo (featuring Black Sheep)
 活動休止と再始動を繰り返しながら、時々思い出したように活動しているNY出身のヒップホップ・デュオ。ちなみにラッパーDresの息子がHonor Titusで、彼もまたミュージシャン。でも何故だかやってるのはハードコア・パンク。なんだそりゃ。
 単調なギター・リフはともかくとして、ラップ自体は取り立てて面白くはない。ロックの耳ではちょっと難しいのかな。

8. Do Whatta I Gotta Do (featuring Ed O.G.)
 キャリアとしてはレジェンド級のラッパーなのだけど、考えてみればこのアルバムのリリースが92年、Run-D.M.C.のブレイクが86年なので、この時点ではみんなまだ大御所感もなく、ちょっと若手の中堅どころといったポジションなのだった。そう考えると、こういったサウンドをも取り込もうとしていたBrand New Heaviesの先見性が窺える。ただちょっと早すぎたし、アシッド・ジャズの客層にはフィットしなかったんだけどね。

9. Whatgabouthat (featuring Tiger)
 さすがにほとんど予備知識のない状態で書いてるので、「Tiger」だけじゃどんなアーティストなのか、さっぱり調べがつかなかった。Youtubeに転がっていた静止画によって風貌がわかったけど、う~ん胡散臭い。

featured01

10. Soul Flower (featuring The Pharcyde)
 ラストは大団円、パーティ・トラックっぽいハッピー・チューン。なんとなくリップスライムっぽいところも日本人ウケしそう。マシンガン・トークを思わせる高速ラップはクドさがなく、しかも程よいチャラさがあるので俺的には好み。すっごい遅ればせながらだけど、これはちゃんと聴いてみようかな。「Passin' Me By」も良かったしね。





The Brand New Heavies: The Best of 20 Years
Brand New Heavies
Music Club Deluxe (2011-11-15)
売り上げランキング: 23,394
Elephantitis: The Funk & House Remixes (Rmxs)
Brand New Heavies
Funky Chemist (2007-01-30)
売り上げランキング: 264,187

電気を使って何が悪い? - Miles Davis『Miles in the Sky』

folder 前回取り上げたGainsbourgが、「晩年のレコーディングはほぼ若手に投げっぱなしだった」と書いたけど、ジャズの場合はそれどころじゃないくらい、もっとアバウトだった。簡単なコード進行とアドリブの順番、テーマのフレーズを決めてチョコッと音合わせすると、もうとっとと本番である。何テイクか録ってしまえばハイ終了、その場でギャラを受け取って解散である。
 場合によっては、レギュラー・バンドに匿名のゲストが参加する場合がある。お呼ばれしたはいいけど、契約の関係で大っぴらに名前が出せず、適当なニックネームにしたりなんかして。実質、リーダーシップを奮ったレコーディングにもかかわらず、これまた契約のしがらみでメイン・クレジットにすると何かと面倒なため、苦肉の策で他メンバー名義のリーダー・アルバムとしてリリースしたりなんかして。そんな経緯を経て世に出してみたところ、思いのほか好評だった挙句、遂には稀代の名盤として後世に伝わってしまったのが『Somethin' Else』。

 60年代半ばくらいまでのジャズ/ポピュラーのレコーディングといえば、大部分が一発録り、個別パートごとのレコーディングは技術的に難しかった。ほんの少しのミス・トーン/ミス・タッチですべてがオジャン、最初からやり直しになってしまうため、現場の緊張感はハンパないものだった。
 今のように安易にリテイクできる環境ではなかったため、当時のミュージシャンは「失敗しない」高い演奏レベルが求められた。当然、そんな迫真のプレイを記録するエンジニアも、下手こいたら袋叩きに合っても文句が言えず、自然と技術スキルが向上していった。マイクの立て方や位置、針飛び寸前まで上げるピーク・レベルの調整具合など、ちょっとした加減ひとつで仕上がりが変わってしまうため、こちらもシビアにならざるを得なかった。
 60年代後半から、マルチ・トラックによるレコーディングが大きな革命をもたらし、パートごとのリテイクやダビング、ベスト・テイクの切り貼りといった新技術が出てくるようになる。楽器や機材の進歩によって、ミュージシャンの表現力の幅も広がってゆくのと同様、エンジニア側も録音機材の技術革新によって、単なるオペレーターにとどまらず、アーティスティックな視点によるレコーディングを志すようになる。

9c9a3b82ae1f961d3a891feab0e7d4d7

 作詞作曲を行なうコンポーザーがイニシアチブを執るロックやポップスと違って、ジャズの場合、プレイヤーが楽曲の出来を大きく左右する。楽譜で細かく指定された他のポピュラー音楽と比べて、アドリブやインタープレイなどの不確定要素がかなりの割合を占めているため、テイクごとに演奏内容が全然違ってしまう場合も多々ある。ただ違っているだけではなく、没テイクと判断されたモノでさえ、のちに発掘されて名プレイ扱いされてしまうケースが多いのも、ジャズというジャンル固有の特徴である。
 そんな未使用テイクの需要が多いのもジャズ・ファンの大きな特徴で、やたら詳細な演奏データや未発表テイクの発掘リリースなど、何かとマニアックに掘り下げるユーザーが多い。John ColtraneやCharlie Parker なんて、未だにオフィシャルでもブートでも新音源が発掘されているし。
 マニア以外からすれば、ほとんど見分けもつかないフレーズの違いを「歴史的大発見」と称して悦に入るなど、ちょっと着いていけない感覚はカルト宗教的でさえある。
 書いてて気づいたけど、これって近年の鉄道マニアとロジックが似ているのかな。

 で、同じく発掘音源やブートのリリースが未だ尽きないのがMiles。キャリアの長さも手伝って、彼もまた大量のテープ素材を残している。前述2名の音源が、主にライブやメディア出演をソースとしているのに対し、マルチ・レコーディング時代にも精力的に活動していたMilesの場合、未発表スタジオ・セッションの音源も多数残されている。
 どうせ編集で何とかなるんだから、とにかくテープを回して片っ端から録音し、後はプロデューサーTheo Macero に丸投げ、というパターンがめちゃめちゃ多い。逆に言えば彼の場合、頭からケツまで通して演奏された楽曲が、そのまま商品化されることは極めて少ない。エフェクトやらカットアップやら、何かしらスタジオ・ブースでの加工が施されているのが、60年代以降のMiles Musicの特徴である。

600full-miles-davis

 ただこういった特徴も、「Miles Davis」という多面体を構成するひとつの側面に過ぎない。違う見地で言えば、レコードに記録されたテイクとはあくまでかりそめのものであり、いわば発展途上における中間報告に過ぎない。商品化テイクをベースにライブを重ねることによって完成に近づいてゆく、というのもまた、Milesに限らずジャズという音楽の真理のひとつ。
 ライブにおける偶然性やハプニングが、ジャズの先鋭性を後押ししていたことは歴史が証明しているけど、50年代ハード・バップによって一応のフォーマットが完成してからは、そのラジカリズムに翳りが生じ始める。
 安定した4ビートと順次持ち回りのアドリブ・プレイは、次第にステレオタイプとしてルーティン化してゆく。何となく先読みできる展開を内包した様式美は、マス・イメージとしてのジャズを伝えるには有効ではあったけれど、未知なる刺激を求めるすれっからしのユーザーにとっては、満足できるものではなかった。目ざとくヒップな若者がロックへ流れてしまうのは、自然の摂理である。

img_miles-davis-in-the-sky-b

 そんな自家中毒にはまり込んだジャズに見切りをつけ、「俺は次に行っちまうぞ」と言い放ったのが、この『Miles in the Sky』。特に声高く宣言したわけじゃないけど、旧態依然としたジャズにしがみついているプレイヤーやファンを置き去りにした、ターニング・ポイントとなった作品である。
 モードやシーツ・オブ・サウンド以降、方向性で足踏みしていたモダン・ジャズ、60年代に入ってからは、ロックやポップスにポピュラー・ミュージックの王座を追われて久しかった。黒人音楽というカテゴリーに限定しても、モータウンに代表されるライトなポップ・ソウル、クリエイティヴ面においてもJBやSlyらによるファンク勢への対抗策を打ち出せずにいた。
 それでも、クリエイティビティに前向きな若手アーティストによる、ソウル・ジャズやフリー・ジャズなどの新たな潮流が芽生えてもいたのだけど、その流れは極めて限定的なものだった。その嵐の勢いは、「ジャズ」というちっぽけな器の中で収まってしまうものでしかなかった。シーン全体を巻き込む、大きな流れには育たなかった。
 そんな小手先の変化がまた、Milesの不遜さに拍車をかけた。申し訳程度にソウルのリズムを取り入れたって急ごしらえでは底が浅く、いかにも借り物的なまがい物感が拭えなかった。
 過去のジャズを壊すプレイ?とっくの昔にくたびれたジャンルを壊すって、一体どうやって?ちょっと押せば崩れ落ちるようなものだよ、ちっとも前向きじゃないじゃん。
 もっと強力に、シーン全体を揺らがすほどのインパクトがないとダメなんだって。

150805MilesDavis

 60年代Milesサウンドのパーマネント・メンバーだったのが、Wayne Shorter (ts) 、Herbie Hancock (p) 、Ron Carter (b) 、Tonny Williams (d) らによる、通称「黄金のクインテット」。当時はほとんど無名だった彼らが中心となって、ていうか帝王のスパルタ・トレーニングについて来れた、選ばれし精鋭である。
 当初は従来のモダン・ジャズの枠内で、アンサンブルの完成度を高めていったMilesバンド。時代を経るにつれて、前述のポピュラー・ミュージック環境の変化に刺激され、遂にはアコースティックからエレクトリック楽器へのコンバートを指向するようになる。まメンバーは全員いい顔をしなかったため、最終的にはMilesの力技が勝つのだけれど。
 ただ最初からMiles自身、エレクトリック化への移行に関して明確なビジョンがあったわけではない。変化は段階を経て緩やかに、そして機を見て唐突に実行された。
 「電気を使って何が悪い?俺が演奏すりゃ、ぜんぶMiles Musicだ」。

 電化Miles第一のピークとされている『Bitches Brew』において使用機材のコンバートが完了し、それ以降のサウンドは、リズムの解体とスピリチュアリズムとが同時進行していくことになる。最終到達点である『アガ=パン』においては、不可知論が支配するカオスな状況が自己崩壊を引き起こすのだけど、それに比べてここでのプレイは、「楽器変えてみました」程度の素朴な実験にとどまっている。
 アコースティックに片足を突っ込んだまま、試行錯誤の跡が克明に記録されているのでまだ帝王としてのスタンスを確立していなかったMilesの葛藤が窺える。まぁ本人に聴いても、悩んでるだなんて、絶対口にしないだろうけどさ。
 「俺の最高傑作?それは次回作さ」。
 この言葉に込められているように、完成された作品なんて、ひとつもない。
 彼にとって、過去のアルバムはすべて、そんな過渡期の記録である。

Miles in the Sky (Reis)
Miles in the Sky (Reis)
posted with amazlet at 17.05.25
Miles Davis
Sbme Special Mkts. (2008-02-01)
売り上げランキング: 33,929



1. Stuff
 ほんの少しのフィル・イン以外は踏み外すこともない、単調な8ビートを刻むTony。ただ当然だけど、これまでより手数が多くなった分、曲全体のスピード感は旧来ジャズにはなかったもの。6分近くなってから繰り出されるMilesのソロは、ジャズ・マナーに沿った力強いブロウ。Ronのベースは…、アップライトから持ち替えて間もない分、まだ慣れてないんだろうな。音も小さいし、あまり目立ってない。
 力強いMilesのプレイは時空を超えてエモーショナルなプレイ。これ以降はここまでオーソドックスな力強さは見せなくなってしまう。続くWayneのソロは一聴するとColtraneの影響下から抜け出てなさそうだけど、後半に行くにつれてリズムが変調、そこにうまく合わせるテクニックの妙が楽しめる。
 Herbieのソロは正直面白くないのだけど、サイドに回ってる時のアクセント・フレーズにスケール感の大きさがにじみ出ている。やっぱりジャズだけに収まる人じゃないんだよな。
 エレクトリックといってもまだ手探りの状態だったため、従来ジャズと比べてそこまでの差別化ができているとは言い難い。後半のTonyのハイハット・プレイなんて、電化とはまったく関係ないし。むしろ、その後のリズム解体に向けてのプロローグとして受け止めた方がわかりやすい。



2. Paraphernalia
 『Miles in the Sky』のレコーディングは、主に1968年5月15~17日に行なわれたセッションを素材としているのだけれど、この曲のみ同年1月の録音となっている。
 OKテイクではGeorge Benson (g)が参加しているのだけれど、ほんとはJoe Beckを起用したかったらしい。実際、スタジオにも姿を見せたとか見せなかったとか、証言はいろいろあるけれど、なぜかしらこの時はBensonをフィーチャーしたかった理由でもあったのか。
 作曲したのがWayneのため、必然的に彼のパートが多い。俺的にはソロイストとしてのWayneはあまりピンと来ないので、引き付けられるのはどうしても他のプレイヤーになってしまう。とは言ってもBensonの影が薄すぎて、正直存在意義がちょっとわかりかねる。特別大きくフィーチャーされてるわけでもなし、目立ったフレーズを弾いてるわけでもない。一体、彼に何を求めていたのか、それともこういった起用法が意図だったのか。
 どちらにせよこれ以降、彼はMilesセッションにはお呼びがかからなかったのだから、深入りする前じゃなくて良かったと思われる。

3. Black Comedy
 なので、変に新機軸を求めるのではなく、従来のフィールドできっちりまとめたこの曲を聴いてしまうと、なんか安心してしまう。1.と違って決して進歩的ではないけれど、4ビート・ジャズの規定フォーマットの中で存分に発揮されるクリエイティヴィティは、安定したクオリティである。
 ここまで探り探りなフレージングだったWayneも、生き生きとしたプレイを見せている。不慣れなエレピからアコースティックにチェンジしたHerbieも、オーソドックスにピアノの限界を引き出すようなプレイを見せている。
 実験的な試みを敢行する反面、従来ジャズの深化という点において、つい熱くなってしまう佳曲。

milesdavis46

4. Country Son
 デキシー・ジャズみたいな音色はトランペットではなく、コルネットによるもの。激しい4ビート~静寂なワルツ~ロッケンな8ビートとリズムが目ぐるましく変化する、ある意味Tonyが主導権を握ったナンバー。
 こういった曲を聴いてると、やはりジャズとはリズムがすべてを支配するのだな、と改めて思い知らされる。どれだけ流麗かつキャッチーなフレーズをつま弾こうとも、繊細かつ大胆なハイハット・ワーク、強烈なバスドラの響きの前では無力だ。自在のリズム感覚を操るTonyが、長らくMilesの参謀として鎮座していたのも頷ける。
 ここではまだ手探りではあったけれど、自身の音楽を先に進めるためには、未知のリズム・パターンが必要であることを、本能的に見抜いていたのだろう。


ザ・ベスト・オブ・マイルス・デイヴィス
マイルス・デイビス
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル (2003-06-04)
売り上げランキング: 171,211
Perfect Miles Davis Collection (20 Albums)
Miles Davis
Sony Import (2011-09-30)
売り上げランキング: 2,340

ゲンズブールの「逮捕しちゃうぞ♡」 - Serge Gainsbourg 『You're Under Arrest』

folder 1987年にリリースされた17枚目、オリジナルとしては最後のアルバム。御年59歳だったにもかかわらず、母国フランスでは最高2位にチャートイン、プラチナ・ディスクを獲得している。
 フランスのプラチナ・ディスク基準は10万枚以上なので、数字だけ見ると「えっ、そんなもん?」と思ってしまいがちだけど、そもそもフランスのCD/レコードのマーケット規模は意外に小さく、日本と比較するとほぼ4分の1程度。人口が日本のほぼ半分という条件にしても、あまりに少なすぎる購入率ではある。
 ただこのようなデータがあるからといって、単純に「フランス人って音楽を聴かないの?」という状況ではない。記録メディアの購入は少ないけど、オペラやミュゼットの勃興からわかるように、劇場やカフェなどの生演奏でのリスニング・スタイルが、伝統的に続いている。「街に音楽があふれている」とはよく言ったもので、某団体にガッチガチに縛られた日本と違い、音楽との接し方に違いが表れている。

 単純計算で日本に置き換えると、プラチナ・クラスで40〜50万枚程度の売り上げということになる。ポツポツとミリオンが出ていた80年代日本だと、いわゆる中堅どころといった成績である。
 でも考えてみれば、すでに還暦に近いベテラン・アーティストが、現役バリバリの若手と競り合うほどのセールスを売り上げていたのだから、それがやはりアーティストの地力なのか、それとも当時の若手の不甲斐なさだったのか。
 セールス・ポジションとキャリアを基準として、今の日本で例えれば小田和正や山下達郎あたりなのだろうけど、作風や素行でいえば…、かつての遠藤ミチロウやパンタあたりだろうか。そのくらいこの親父、パンクよりパンクイズムが突き抜けている。

Portrait-de-Serge-Gainsbourg_photo_full

 つい最近まで、音自体まったく縁がなかったのだけど、Serge Gainsbourgというアーティストがいるのは、一応知っていた。ただ、今も昔もラジオでオンエアされることはほとんどなかったので、聴く機会がなかった。もしかして、NHK-FMのディープな番組を漁れば見つけられたかもしれないけど、どちらにしろ北海道の中途半端な田舎の高校生が進んで聴く音楽ではなかった。

 「女優Jane Birkinの内縁の夫。ちなみに、どんな女優なのか、何の映画に出てるのかは知らない」
 「同じく女優であり歌手Charlotte の親父。一時、Lenny Kravitz と付き合ってて、一度2人でロキノンの表紙を飾った」
 「無数の女性と浮き名を流した、めちゃめちゃプレイボーイ」
 「エロい歌詞や言動で、何かと物議を醸した人」

 彼についてパッと思いついたことを、ほぼそのまんま書き出してみると、こんな感じになる。ほぼ雑誌の斜め読み程度の情報だけど、多分あながち間違ってないはず。
 こんな俺に限らず、大抵の日本人が持っている彼についてのトリビアは、せいぜいこの程度と思われる。音楽活動がメインのアーティストであるはずなのに、肝心の音楽がほぼ伝わっていないことが、Gainsbourgの低い知名度と直結している。

00143

 今でこそDaft Punkを筆頭に、世界でも有数のテクノDJを輩出しているフランスだけど、アメリカ/イギリスが中心だった80年代洋楽シーンでは、ほぼ黙殺された状況だった。70年代を駆け抜けたMichel Polnareff の全盛期はとうに過ぎ、フランスで活動するアーティストの情報が入ってくるのは、ほんと稀だった。
 「フランスといえばシャンソン、シャンソンといえばアダモ」といった具合に、21世紀に入るまでは、まともなインフォメーションが成されない状態が続くことになる。一応、「フランス 音楽 アーティスト」でググってみると、90年代ロキノンでちょっとだけレコメンドされていたTahiti 80や、「えっ、この人たちもフランス出身?」とちょっとビックリしたGipsy Kingsなどが検索でヒットする。でも、マニアックな支持に終わった前者もそうだけど、後者なんてフレンチっぽさ全くねぇし。

 で、改めてレビューするにあたり、俺の浅い先入観の真偽を確かめようと、前述のトリビアを改めて調べ直してみたところ、まぁ大体間違っていなかった。上っ面の知識だったけど、案外覚えてるもんだな。当時は大して興味なかったはずなのに、ゴシップ的な記事って忘れないものだ。
 さらにも少し深く突っ込んで、wikiやら個人ブログなんかで調べてみると、まぁ出てくること出てくること。世に出た作品よりGainsbourg本人の方が面白いんじゃないかと思ってしまうくらい、何かとネタの宝庫である。

3465694_7_2105_serge-gainsbourg-en-

 「エロいことはほとんど知らない(という設定の)18歳の少女アイドルFrance Gallに、フェラチオを想起させるエロい暗喩を含めた歌「Les Sucettes」(邦題「アニーとボンボン」)を提供、後になって歌詞の内容を知ったGall、あまりの恥ずかしさと怒りのあまり、数ヶ月に渡って引きこもるほどのショックを受ける」
 「フランス革命を讃えた国歌「La Marseillaise」を、革命をイデオロギーとして含む音楽であるレゲエ・ヴァージョンにアレンジして発表、当然各方面からブーイング。特に某退役軍人からは、コンサート会場に爆弾を仕掛けた旨の脅迫電話があったが、「俺は屈しないぞ!」とステージで名言、男を上げる。ちなみに後日、その退役軍人とは飲み仲間になる」。何だそりゃ。
 「高額な重税への抗議行動として、生放送のテレビ出演時、「どうせ税金で取られちまうんだから」と、500フラン札(日本の1万円札に相当)にライターで火をつけて燃してしまう。ある意味、強烈なパンクイズムだけど、大多数の庶民からは「金持ちのお遊び」としてしか見られず、逆に顰蹙を買う」

 反骨精神あふれる50代を経て、円熟の60代へ移行したGainsbourg。
 名実ともに国民的スター/大御所となって、少しは丸くなったのかと思いきや、今度は当時13歳だったCharlotte を引っ張り出し、結構エグい内容の近親相姦ソング「Lemon Incest」をレコーディング、併せて、何かと誤解を誘発するエロいPVまで発表しちゃったものだから、またまた良識派を含め多方面から非難を浴びることになる。ブレない人だよな。
 その後も丸くなる気配を見せず、大衆にも良識派にも右にも左にも迎合しない「俺流」を貫いたGainsbourg。ジゴロ的な振る舞いで一世を風靡した青年期を経て、無精ヒゲまじりで毒舌を吐きまくるその風貌は、日本で言えば晩年の勝新太郎とその姿がダブる。
 そういえば彼もずっと「俺流」だったよな。自我を貫くとみな、あんな風貌になるのだろうか。

640_sergebambougettyimages-159144423

 実際のところは不明だけど、その風貌や生き方から察するに、恐ろしく孤独な人だったんじゃないかと思われる。それでいて、退屈なのをひどく嫌って。そんなやり切れない想いが、晩年は露骨に態度や言動に出て。勝新にも通ずるよな、これって。
 自己愛が強い、猛烈な構ってちゃん。ほんとは独りでいるのが好きなのに、それでいて無視されるとヘソを曲げ、歩み寄られるとソッポを向いてしまう。
 そんな人間にとって、すべての事柄は刹那的なものでしかない。奇抜な言動で世間を騒がせても、また逆に、どれだけ賞賛を浴びる作品を産み出したとしても、満足することはなかったのだろう。すべては自分の上っつらを通り過ぎてゆくものでしかないのだ。
 どうにもならないことをわかっていながら、黙って何もしないでいると、それはそれで退屈で、抑え切れない衝動が悪意に形を変えて、口から飛び出す。
 あぁめんどくさい人。

 そんな偏屈オヤジとして人生を折り返したGainsbourg。80年代に入るといろいろ悟ったのか、音楽的オピニオン・リーダーとしてのポジションから自ら身を引くようになる。
 「自分でいろいろ仕切っても不満が出てくるし、エネルギー消費だってハンパない。どうせ何をしたって不満が残るんだから、だったらいっそ、周りにお膳立てしてもらった方が楽なんじゃね?」
 ほんとにそう言ったのかどうかは不明だけど、晩年に差し掛かった80年代の2作品は、どちらもアメリカでレコーディングされている。
 ここでの彼はちょっぴりピアノを叩いているだけで、バック・トラックはほぼプロデューサー任せ、ヴォーカルに専念している。ヴォーカルといったって、メロディを奏でることはほとんどなく、しゃがれた声でボソボソ聞き取りづらい独白を連ねるだけ。
 クレジットに目を通すと、名の通ったミュージシャンは参加していない。ていうか、ほぼ無名のプレイヤーばかり。多分、プロデューサーBilly Rushの人脈でかき集められた、「取り敢えず間に合わせ」臭が隠せない。ただ唯一、Jeff BeckやJohn McLaughlin らのレコーディングに参加していたTony "Thunder" Smith というプロのドラマーが全面参加しているおかげもあって、演奏全体はメリハリがあってボトムもしっかりしている。
 まぁシーケンス・ビートを基盤としているので、どうやったって、そこそこのクオリティは保てるのだけど。

Les-heritiers-de-Serge-Gainsbourg_large

 二日酔いの余韻を引きずりながら、朦朧とした状態でマイクの前に立つGainsbourg。無機的なビートをバックに、殴り書きした自筆のメモ紙を見ながら、覇気もなくボソボソ物語を紡ぐ。
 無名のナレーターとジャンキーの黒人少女サマンサを中心に展開するコンセプト・アルバムということだけど、当然フランス語が主体なので、訳詞が必要になる。英語と違って、何となく知ってる単語をピックアップして大よそを理解する、という手法が使えない。俺が入手した盤は輸入モノなので、当然意味はほとんどわからない。ググってどうにか概要を掴むことで精いっぱい。でも、それでいいんだよな。意味なんて、わからなくてもいいんだよ。

 誰が聴こうが聴くまいが、もうそんなことはどうでもいいのだろう。彼ほどのアーティストになると、人に聴かせるというより、むしろ自身の内なる声との対話がメインとなる。我々にできることは、ただその呟きに耳を傾けるだけだ。
 歌声とも言えない言葉の礫は、フランス語を介さない者さえ、強引に振り向かせる。もちろん、BGMには適さない音楽だ。

 ― あぁ退屈だ。
 サウンドにかき消された声なき声は、そう呟いている。

囚われ者(紙ジャケット仕様)
セルジュ・ゲンスブール
ユニバーサル インターナショナル (2006-10-25)
売り上げランキング: 1,328,842



1. You're Under Arrest
 60近くになって、こんなヒップなトラックを作ってしまうとは。てかプロダクション任せだったんだろうな。ステレオタイプにファンキーなベーシック・トラック、そして無愛想なモノローグ。そう思い出した、スネークマン・ショーだ。ジングルでこんな感じだったよな。もちろんGainsbourgが後出しだけど、サックスのブロウが本家と比べてクール。



2. Five Easy Pisseuses
 1.のベーシック・トラックをまんま流用して、タイトル・コーラスを入れたような曲。要は彼が紡ぎ出す物語が重要であって、サウンドなんてどうでもいいのだろう。それでいて、やたらクオリティの高いデジタル・ファンクに仕上がっているのだけど。「Pisseuses」はもちろん英語「Pieces」のフランス語なのだけど、少女性愛「Pissy」とかけているらしい。やっぱりエロだった。

3. Baille Baille Samantha
 邦題「悲しみのサマンサ」。「バイバイ」に聴こえるから単純に「悲しみ」という言葉をあてたのだろうけど、「Baille」とはどうやら「桶」のことらしい。Gainsbourgのことだから、エロい隠喩だと思ってしまうのは深読みしすぎなのか?

2500x2500_559d0e591a3d7

4. Suck Baby Suck
 Chuck BerryやBill Haleyなど、往年のロックンローラーへのリスペクトを歌い上げてるっぽいのだけど、基本はエロ。「ベイビー」を「吸う」んだから、結構直接的にエロいことを呟いている。これが許されるんだから、芸風って大事だな。勝新もある意味、何したって許されたもの。

5. Gloomy Sunday
 邦題「暗い日曜日」。国民的シャンソン・シンガーDamiaが初出の、知ってる人は知ってるはずの「自殺ソング」。「暗い日曜日に女性が亡くなった恋人を想い嘆くというもので、最後は自殺を決意する」といった救いのない曲は、何百人もの自殺者を産み出した(諸説あり)。日本も含め各国で放送禁止・発禁を食らったにもかかわらず、カバーをする者が絶えないという、何かとお騒がせなこの楽曲。その不吉さゆえ、優秀なアーティストを引き付ける魔力があるのだろう。
 モダン・サウンドのシャンソン、といった趣きで、俺的には結構気に入っているのだけど、訳詞を読んだらドン引きなんだろうな。なので、訳詞も読んでないし、自分で訳す気もない。



6. Aux enfants de la chance
 「Come Together」みたいなイントロから始まる、しっとりAOR的なスロー・ファンク。もうサウンドだけで俺好みの世界なのだけど、これがカラオケだけだと気が抜けた感じになるんだろうな。やはり頑固オヤジのモノローグがあってこそ、曲全体が締まる。

7. Shotgun
 大味なアメリカン・ロックっぽいイントロが安っぽく感じられ、タイトル・コーラスも陳腐なアレンジだけど、やはりGainsbourgの肉声が入ることによって、どうにか聴くことができる。しかしコードや旋律とは無関係のところで淡々と告白するGainsbourg。レコーディング・ブースという空間でうなだれながら、無造作に言葉を繰り出すその様は、ある意味王者の風格である。ただ、家来のいない王者だけれど。

8. Glass Securit
 これだけメロディを想起させるようなサウンドなのに、頑なに旋律を奏でることを拒むクソ親父。爽やかなギターの調べもシルキー・ヴォイスのコーラスも関係ない。彼の心は彼らの前にはいない。その居場所は孤独な暗所、深く寒い海の底だ。

fr%2F436x327%2F20

9. Dispatch Box
 タイトルは「アタッシュ・ケース」の意。手クセの多いカッティングもだいぶ慣れてきて、ライトなファンク・サウンドはヒットチャートにフィットする。3分弱ながらヒットの要素は可能な限り詰め込まれている。ヴォーカルは抜きにして。シンセポップ/ファンク路線はもう何枚か続けて欲しかったな。

10. Mon legionnaire
 ラストはÉdith Piafも歌ったシャンソンの古典のカバー。チープなDX7サウンドと軽いギター・カッティング、エコーの効いたバスドラの3点セットは、俺を含む80年代サウンド愛好家にとって、手放しで絶賛してしまうサウンド・メイキングである。逆に言えば、多少楽曲やヴォーカルに難があっても、これさえ揃っていればそこそこ聴けてしまうというのが、俺の悪いクセでもある。しかも間奏で、なかなかエモーショナルなサックス・ソロまで入った日には、もう垂涎もの。
 ちなみにストーリーのラスト。ナレーターはサマンサと一夜を共にした後、彼女を置き去りにして、フランス外人部隊に参加する。

 陳腐なストーリーだな。でもいいんだよな、これで。


ベスト・オヴ・セルジュ・ゲンスブール(2CD)
セルジュ・ゲンスブール
ライス・レコード (2011-05-01)
売り上げランキング: 387,916
Serge Gainsbourg Integrale
Serge Gainsbourg Integrale
posted with amazlet at 17.05.21
Serge Gainsbourg
Imports (2015-12-04)
売り上げランキング: 212,576


カテゴリー
月別アーカイブ
記事検索
Twitter
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: