好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

ルーツ・ロック路線、一旦終了(終わりとは言ってない)。 - U2 『Ruttle and Hum』

folder 前回からの続き。
 パラダイス文章のリークからも察せられるように、今や資産家となってしまったBono 。もはや労働側の代弁者ではなくなってしまったけど、もっと大きな視点に立って、世界情勢のご意見番という立場に収まったのは、ある意味ブレていない証拠でもある。
 いわゆる同種の成り上がりであるBruce Springsteen が、『Born in the U.S.A』の大ブレイク以降、歌うテーマを失って一時スランプに陥ったことがあったけど、この人には当てはまらない。下手に考え込むより即行動、というバイタリティーは、どこかのやり手社長みたいである。
 思いもよらなかった地位と名声に戸惑うのではなく、そのカリスマ性を活用して、あっちこっちへ首を突っ込む。言ってることは、基本シンプルだ。「人間は平等でなければならない」「戦争はやめよう」。要約すると小学校の標語みたいになっちゃうけど、性善説に基づいた行動と実践である。
 その性善説の実証のためには、資金がいる。良いブレーンを抱えるため、彼らの生活を保証してやらなければならない。時には、清濁併せ呑まなければならないことだってある。資本主義において、金は力になる。これは現実だ。
 そのためには、財テクや資産運用だってやる。そりゃ人間だから、私利私欲がまったくないと言ったら嘘になるけど、何かにつけ金は必要になるし、ジャマにはならない。体制または反体制、その他もろもろと闘い続けるため、彼は世界中で大規模ライブを行ない、多くの音楽を売る。まぁでも、iTunesはちょっと余計だったな。

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 Bono という人は多くの人が抱くイメージ通り、熱く真面目でシリアスな人である。そんなパブリック・イメージへの反抗で、90年代は露悪的なトリックスターを演じている部分があったけど、いまはひと回りして最初に戻っちゃったのか、年齢的余裕をまとった自然体で、炭鉱のカナリア的役割を引き受けている。
 右・左を問わず、世界中のあらゆる団体からオファーが舞い込む。意見やアドバイスを求められ、できるだけ誠実に応える。時にはスポークス・パーソンとして動き、時には資金提供も厭わない。案件をチェックするだけでも大変なんだろうな。
 -でも、それで世界が平和になるんなら、それでいいじゃないか。
 そんな声が聞こえてきそうである。
 そんな具合でBono が忙しいため、U2としての活動割合は、どうしても少なくなる。彼らに限らず、大御所バンドともなると、レコーディング→ツアーでまるまる3年くらい活動、その後は長期バカンスというルーティンが当たり前になっている。
 普通のバンドなら、その長期休暇にソロ活動を行なう、というのもルーティンなのだけど、U2については、そういった外部活動の話もあんまり聞かない。他のバンドとの交流エピソードもあまりなく、Pink Floydにも匹敵する内輪感である。パーティやイベントなんかで顔が広いと思われるBonoもまた、知り合いは結構多いんだろうけど、レコーディングに客演したとか、そんな話もない。彼らが創り出す音楽は、U2内で完結しているのだろう。
 デビューから30年以上もメンバー・チェンジを行なわず、しかも第一線で活動し続けているバンドは、世界中どこを探しても、U2以外にいない。そりゃ長い間にはいざこざもあっただろうけど、彼らは1人の脱退者も出さず、また長期の活動休止も行なわなかった。もはや外野ではわかり知れぬほど、彼らの絆は深く、とても濃いのだ。
 クサい言い方になっちゃうけど、「この4人でしか出せない音」が確実にあるのだ。

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 で、Bono以外のメンバー3名。大抵は、弁の立つBonoがインタビューを受けることが多く、たまにEdgeが付き添うくらい。純粋な音楽活動以外で彼らが表立つことはほとんどない。セレブのたしなみとして、ボランティアや団体支援活動も人並みに行なってはいるけど、Bonoほど精力的に行なっているわけでもない。まぁ奴が極端なんだけど。
 ギター・プレイで一時代を築いたEdgeなんて、ロック界における影響力はBonoに引けを取らないはずなのに、とにかく表舞台に立つことを極端に嫌う。U2でプレイできていれば、それで幸せという人である。10年くらい前、Jimmy PageとJack Whiteの3人でドキュメンタリー映画に出てたけど、あれは異例中の異例、U2以外のエピソードは極端に少ない。
 Adam とLarry も、目立ったソロ活動といえば『Mission : Impossible』のカバーくらいで、他に何をやってるのか、見当がつかない。ストイックなバンド・イメージから、さぞかし修道僧みたいに地味な生活送ってるんだろうな、と思って調べてみたら、Adam がなかなかのやらかし、とのこと。
 若い頃は奔放なロックンロール・ライフを満喫していたらしく、メンバーにも迷惑のかけ通しだったらしい。考えてみれば、Naomi Campbellと噂あったよな、この人。

 3枚目のアルバム『War』がプラチナ認定されるほどのセールスを上げ、U2は本格的なアメリカ進出を果たす。ただ、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中でありながら、同世代のアーティストと比べ、気負いが弱かった感は否めない。日本でも大人気だったCulture Club やDuran Duran に負けるのはまぁ仕方ないとして、知名度的には同等だったHuman LeagueやSpandau Balletにも、実際のセールスでは負けていた。
 彼らと違って、強力なシングル・ヒットがなかったため、U2は中途半端なポジションに甘んじていた。アルバムは売れるんだけど、誰も知ってるキャッチーな曲がない、いわゆるロキノン系アルバム・アーティストってやつ。New OrderもStyle Councilも、最後までそのハードルをクリアできなかった。
 アメリカ市場を意識はしてはいるけど、どうにも攻めあぐねる状況が続く。ブリティッシュ・インヴェイジョンの波に乗ったアーティストは、そのほとんどがダンス系だった。アメリカ的なワイルドネスとは対極の、ユニセックスなビジュアルがMTVのコンセプトとうまくはまっていた。要するに、U2とはまったく逆のベクトルだった。
 上記の条件を彼らに求めるのには、ちょっと無理がありすぎた。チャラいラブソングもなければ、ダンス・ミックスなんて器用な真似ができるはずもない。時代背景からいって、彼らはアウトオブデートな存在だったのだ。
 とはいえその10年くらい後、思いっきりディスコ路線に舵を切った怪作『POP』をリリースしちゃうんだけど、それはもう少し後の話。

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 『焰』でアメリカへの強いリスペクトを表明、『Joshua Tree』でブルースを取り込んだサウンドをモノにした彼ら、その研究成果をドキュメントとしてまとめたのが『Rattle and Hum』だった、というのが俺的U2解釈。ザックリしてるけど、おおよそはこんな感じ。
 年を追うごとにブルース色が強くなるU2サウンドの構築には、プロデューサーDaniel Lanoisの影響がもちろん大きいのだけど、さらに拍車をかけることになったのが、Steven Van Zandt提唱による反アパルトヘイト・プロジェクト「Artists United Against Apartheid」への参加。これが転機となった。
 当初、シングルのみの活動で終わるはずだったのが、参加アーティストの機運が高まった末、アルバム制作へと発展する。世代・人種を超えたコラボレーションが企画され、BonoはKeith Richards、Ron Woodとレコーディングを行なうことになる。
 パンクの洗礼を受けてU2を結成したBono にとって、1977年以前の音楽とは旧世代に属するものであり、認めるものではなかった。Stonesなんて旧世代の本丸だってのに、よくオファー受けたよな。
 Keithもまた、そんな彼の鼻っ柱の強さに、かつての自分を投影したのか、案外フランクに接し、意気投合してしまう。その辺はミュージシャン同士、語るよりプレイすることで親交は深まり、その後も良好な関係は継続する。
 で、本チャンのレコーディングが開始される。Stonesといえばブルース。ていうかこの2人だったら、ほぼそれしかできない。あとはせいぜいルーツ・レゲエくらい。
 多分、スタジオで呑んだくれてめんどくさくなったのか、楽曲製作をBonoに丸投げしてしまう。しかも、まともに聴いたことがないのをわかっていながら、ブルース縛りで。エラい無茶振りだ。
 それでも怖いもの知らずの熱血漢だったBono、Keithからありったけのブルースのレコードを借り、一晩かけて聴きまくる。絵に描いたような一夜漬けで学習し、ブルースの真髄の上っつら程度は撫でられる楽曲を、どうにか一晩でモノにする。
 それが「Silver and Gold」。初めてにしては、まぁ悪くない。

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 Keithの思いつきの無茶ぶりを発端として、U2はブルースに開眼する。デビューしてしばらくは、「骨太なバンドが無理してニューウェイブしてる」的な、なんかギクシャクしたビジュアル・イメージだったのだけど、サン・シティ以降は大きく変化した。
 長髪を後ろに引っ詰め、マッチョなタンクトップ姿のBono。このスタイルは各界に大きな影響を与え、当時のハリウッド映画でのアウトローやスナイパーの基本フォーマットになった。引きこもりのギターおたく丸出しだったEdgeも、スタイリストのお仕着せをやめて、無精ひげにカウボーイ・ハットという、寡黙で男臭いファッションに変化した。
 サウンドにもそのテイストは顕著にあらわれ、遂にヨーロッパの枠を超えたU2、ここからアメリカン・ルーツ路線に突入する。と同時に、それはひとつのスタイルの終焉でもあった。
 さらにU2は変化する。






1. Helter Skelter
 ライブとスタジオ録音半々という変則的なスタイルであるとはいえ、オープングをカバー曲にするというのは、あんまり聞いたことがない。言わずと知れたBeatlesのカバー。アレンジはほぼそのまんま。何かと曰くつきの曲を初っ端に持ってくるというのも、ちょっとあざとい。

2. Van Diemen's Land
 なかなかレアなEdgeヴォーカルのナンバー。昔のプロテスト・フォークみたいな曲調だよな、という印象だったので調べてみると、反逆罪で流刑に処されたJohn Boyle O'Reillyという人物にインスパイアされて書いた、とのこと。朗々と切々と歌うヴォーカルは、Bonoほどのバイタリティーは望むべくもないけど、好感の持てる声質ではある。

3. Desire
 UK1位US3位を記録したリード・シングル。原初ロカビリーを吸収し、ロックのカッコよさとワイルドネスを追求すると、こんな風に仕上がる。PVでは、冒頭でBonoがナルシシズム漂う笑みからスタート。88年と言えば、英米でもオルタナ・シーンが盛り上がってきて、世代交代の波が迫っていた頃だけど、「そんなの関係ねぇ」という豪快さがにあふれている。



4. Hawkmoon
 なぜかDylanがオルガンで参加。歌わないDylanに意味があるのかと思ってしまうけど、少なくともセッション時はメンバー、盛り上がったんだろうな。それとも気ぃ遣いまくりだったのか。
 当時の彼らがどれだけDylanにリスペクトしていたのかは不明だけど、「こんな風に弾いてくれ」とか頼みづらいだろうし、やりづらかったんじゃないかと察せられる。前半は静かに、後半から次第に盛り上がり、最後はゴスペル・コーラスで幕、という凝った構成。Bonoも肩に力が入りまくったヴォーカルを披露している。そう考えると、Dylan参加は触媒として正解だったのか。

5. All Along the Watchtower
 で、続くのがDylan作による有名曲のカバー。ライブということもあるしDylanもいないので、逆にこっちの方がアンサンブル的にはまとまっている。俺的にこの曲、Dylanよりもジミヘンよりも先にU2ヴァージョンで初めて知ったため、一番馴染みがある。俺以降の世代は、大抵そんな具合かと思われる。

6. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 マジソン・スクエア・ガーデンでのゴスペル・シンガーたちとの競演。オリジナルはもっと大陸的なゆったりしたリズムが基調だったのが、ここではそこにエモーショナルなコーラスが加わり、ロックとゴスペルとの理想的な邂逅が実現している。
 もちろん元の曲のクオリティが高いからなし得たセッションだけど、こうしてシンガー達のオーラによって、全体のグレードが上がってしまうのは、もともとの層の厚さとポテンシャルの高さがモノを言う。アメリカという大国の底力が垣間見えてくる。

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7. Freedom for My People
 ニューオーリンズかどこかのストリート・バンドのセッション。それを通りすがりに眺めるメンバーたち。いわゆる幕間。

8. Silver and Gold
 Edgeのギターにブルースっぽさを求めるのは無理があるけど、Bonoはそれなりにサマになっている。前述したように、努力の結果生まれた曲だけど、ツボをつかんで形にできちゃうのだから、こういうのってやっぱセンスだよな。このまま経験値を稼げば、ホワイト・ブルースを極めることだってできただろうに、途中でやめちゃったのは、まぁ演奏陣があんまり響かなかったんだろうな。U2ファンは彼らにその方向はあんまり求めてなかったろうし。

9. Pride (In the Name of Love) 
 そんな按配なので、こういったU2スタンダードの楽曲が活きてくる。『Josua Tree』を通過して見えてきたもの、そして彼らが獲得してきたものが、強く浮き出ている。ワールドワイドのライブを行なったことによって、ヨーロッパ的な繊細さと線の細さがなくなった。旧い曲に新たな息吹が吹き込まれている。

10. Angel of Harlem
 ここから3曲は、初期のプレスリーがレコーディングで使用していたサン・スタジオでのセッション。昔ながらの狭いブースに、メンバー4名とMemphis Horns4名が所狭しとなってプレイしている。Abbey Roadと並ぶロックの聖地でレコーディングできるとあってか、メンバーの顔もゆるんでリラックス気味。緊張よりうれしさの方が先んじているよう。
 曲調としてはロックンロールというより、昔のスタックス・ソウルをスローにした印象。



11. Love Rescue Me
 Dylanとの共作で、バック・ヴォーカルでも参加。ほんとはDylanがメイン・ヴォーカルの予定だったのだけど、ちょうど彼が参加していたTraveling Wilburysとの兼ね合いがあったため、Bonoが歌うことになった、とのエピソードがある。
 70年代までのDylanっぽく、暗喩と言葉足らずと謎かけが交差する歌詞はともかく、熱いソウル・バラードとして良曲。

12. When Love Comes to Town
 ブルース界のレジェンドB.B. Kingとの共作・デュエット。さすが長い芸歴を誇るだけあって、彼が登場すると圧がすごい。まぁバンドも、まともに立ち向かっても勝てるわけないから、自分たちのできる仕事をしっかりまとめている。
 こうやって改めて聴いてみると、ブルースにしてはかっちりスクエアなU2のリズムって、アメリカ的なルーズさと合わないんだな、というのがわかってくる。グルーヴとは別の、ロジカルな組み合わせでU2のサウンドが成り立っていること、そして、小さくまとまりがちなサウンドを豪快にぶち壊すBonoとのバランスが、トータルとして成立してるんだな、ということを。


 
13. Heartland
 もともと『The Unforgettable Fire』セッションで生まれた曲で、『Josua Tree』の選考に漏れ、そしてやっとここで収録された曲。なので、このアルバムの中ではちょっと異色のUKテイストが強いサウンド。教科書みたいに典型的なEdgeのディレイ・マジックが炸裂している。

14. God Part II
 「僕は聖書を信じない 僕はヒトラーを信じない 僕はBeatlesを信じない…」と延々内情吐露を歌うJohn Lennonの「God」をモチーフに、Bonoが噛みついたのは、Lennonの露悪的な伝記を書いたAlbert Goldman。なんでBonoがそこまでLennonに肩入れしてるのかは不明。あんまり当時のU2っぽくないやさぐれた演奏は、アメリカン路線への行き詰まりを暗示させる。

15. The Star Spangled Banner
 で、ここでジミヘン。アメリカ国歌をインサートしたのは、単なるリスペクトなのか、それとも徒労感からなのか。どちらにしろ、ポジティヴな意味合いとは思えない。

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16. Bullet the Blue Sky
 『Joshua Tree』収録。ニカラグア軍事政権へのアメリカ国家介入に怒りを表明した、ひどくシリアスな曲。怒りと共に浮かび上がるのは、強大な力の壁の前で佇むだけの無力感。でも、事実を広く知らしめることで、小さな力を寄せ集めることはできる。

17. All I Want Is You
 殺伐とした楽曲のあと、ラストはストレートなラブソング。パーソナルな視点で書かれているため、普遍的な内容でありながら、古びることはないスタンダード。ストリングス・アレンジはVan Dyke Parks。当時は『Pet Sounds』再評価で、ちょっとだけ話題になった。
 ラストの盛り上がり具合はすごくいい。でも俺、『Song Cycle』聴いたけど、1回聴いて売っちゃったんだよな。



誰も文句のつけようがない音楽。 - U2 『The Joshua Tree』

folder 一気にスターダムを駆け上がる彼らの80年代を見てきた俺世代はともかく、今の若い世代にとって、U2はどんな存在なのだろうか。
 「ボノ」でググってみると、トップに出るのが、昨年話題になった「流出したパラダイス文書の顧客リストに彼の名があった」というニュース。その次に出てくるのが、「Bonoが億万長者リストに載らない理由」、「トランプ大統領を激しく非難」、「アウン・サン・スー・チー氏への辞任要求」などなど、音楽的な話題は全然引っかかってこない。
 もともとデビュー当時から、ポーランドの「連帯」をテーマに書かれた「New Year’s Day」、辛辣なIRA批判を表明した「Sunday Bloody Sunday」を発表するなど、政治的なスタンスを明確にしており、それについては一貫してブレがない。自身でも、そんな「ロックご意見番」的なスタンスを受け入れているのか、政治や人権問題なんかで動きがあれば、コメントを求められることが多く、またきちんと真面目に応えてしまう。
 まだ当選回数の少ない二世議員だったら、100人束になっても敵わないほどの洞察力、そして存在感を持つ男、それがBono である。

 そんな按配なので、彼のことをミュージシャンって知らない人も、結構いるんじゃないんだろうか、と余計な心配までしてしまう。大御所アーティストゆえ、そんなマメに活動しているわけじゃないし、来日したのはもう10年以上前なので、20代以下のライトな音楽ユーザーなら、わざわざ自分から「U2聴こう」って思わないだろうし。
 「なんかよく知らないけどスゴイ人」、または「ロックのレジェンドの人」程度の認識しかないのかもしれない。日本ではAppleのCMソングとして認知の高い「Vertigo」だって、もう15年くらい前だし。調べてみると、オレンジレンジや大塚愛の時代なんだよな。そりゃ若い子たち知らないわ。
 U2としての音楽的な話だと、近年のアルバムでは、イキのいい若手であるDanger Mouse やKendrick Lamarが参加している。話題性は充分あるのだけど、肝心の音がどうかと言えば、なんかイマイチ伝わってこない。他のレビューを読んでみても、絶賛はしていてもなんかゴニョゴニョといった感じで、安易な批判は許されない雰囲気が伝わってくる。

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 そんな圧力団体みたいになってしまった現在のU2だけど、トップギアで突っ走っていた時代を知らない若いユーザーにアピールするため、旬のアーティストとコラボしたり、何かと生き残り策を講じている。Stones同様、もはや単なるバンドではなく、多くのスタッフが関与した複合企業体みたいになっているため、あらゆる方面へ目配り気配りが必要なのだ。
 Stonesの場合、スポークスパーソンであるMick Jaggerもまた、内部活性化なのか、ライブではやたら若手をゲストに呼んだりコラボしたりしているけど、バンマスのKeith Richards があんな感じの人なので、サウンドのコアはあんまり変化がない。
 90年代以降はDust Brothersをプロデューサーにしてみたり、やたらトレンドを意識したサウンド・デザインを指向していたけど、今世紀に入ってからは落ち着いちゃったのか、リリースされた音源はどれもブルース色が濃くなっている。Mickの場合、まだヤマっ気が強いから、「せめてステージでは」と若いヤツとやったりしてるけど。

 U2の場合だと、同じく90年代にはっちゃけたテクノ路線3部作の後、世紀末に突如原点回帰、憑き物が落ちたように、オーソドックスなギター・ロック・アルバム『All That You Can't Leave Behind』をリリースした。ここからStones同様、王道ロック路線を極めてゆくのかと思われたけど、そうはならなかった。それはあくまで前へ進むための足もと確認的なモノだったようで、その後は再び、アルバムごとにサウンドが変化してゆく。
 Stonesが「深化」だとすれば、U2は「進化」することを選んだ、ということなのだろう。ベクトルがちょっと違うだけで、本質を極めてゆくという行為は、どちらも何ら変わりはない。
 ないのだけれど、でも。
 そうは言っても、いまのU2が作る音楽に俺が惹かれているか、といえば話は別である。カタルシスは感じる。でも、共感はできない。そういうことだ。

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 80年代、俺がU2に抱いていたイメージは、「垢抜けない熱血ロック・バンド」というものだった。ロキノンで紹介される彼らのビジュアルは、ニューロマ全盛期においては野暮ったく映り、目を惹くような存在ではなかった。インタビューでは、政治的発言を中心に時事問題を熱く語っていたため、すでに若年寄みたいな雰囲気が紙面からも漂っていた。政治的スタンスを明確にすることを嫌う日本人の特性もあって、U2はいまいちブレイクしきれずにいた。
 ポジション的には、Echo & the BunnymenやPsychedelic Fursなど、若手UKギター・バンドといったカテゴリでひと括りされていた。Edgeのギターは当時から一定の評価を受けてはいたけど、そこから頭ひとつ飛び抜けるには、どの項目もまんべんなくインパクト不足だった。SmithsにおけるMorrissey 、またはCureのRobert Smith のような、アクの強いキャラが不在だったことも要因だった。感覚的には、エコバニの方が評価が高かった。
 ただ彼らは、愚直なほど生真面目で、しかも努力家だった。理想主義を口だけのものにしないがため、あらゆる問題提起と並行して、サウンドでも試行錯誤を繰り返した。トレンドに流されない硬派な楽曲を世に問い、キャリアを重ねるたび、その完成度は高まっていった。
 そんな地道な努力と飽くなき探求、加えて、ファッションからは遠く離れた無骨なダンディズムが爆発したのが、『The Joshua Tree』である。

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 前作『The Unforgettable Fire』から続く「強いアメリカ」への憧憬によって、小さくまとまりがちだった初期のギター・オリエンテッドなサウンドは、徐々に変化していた。プロデューサーBrayan Eno は、緩やかなアンビエント音を通底音として使い、浮遊感漂う音響空間を創り出した。
 80年代ニューウェイヴの影響下で、いわゆるギター・ロック的な音を出していたEdgeのプレイにバイタリティが生まれてきたのが、この頃である。もともとプレイヤビリティをゴリ押しせず、冗長なソロを弾くタイプではなかったけど、トータル・サウンドを意識した引き出しの多さが、サウンドごとに彩りを添えている。
 鉄壁のリズム・セクションによって導き出されたビートは、シンプルで力強い。ヒット・シングルにありがちな、キャッチ―で複雑なリフはない。時に叩きつけるように奏でられるストロークは、楽曲のボトムをがっちり支える。
 基本、演奏陣はクレバーなプレイに徹しており、どれだけBono が熱くなろうとも、サウンドはどこまでも冷静だ。押しても動じないサウンドがあってこそ、Bonoの奔放さは際立ち、そしてギリギリのバランスで見事に成立する。そういったのはやはり、相互信頼がモノを言う。
 「古き良きアメリカ」へのリスペクトを露わにしながら、土着的なバタ臭さが少ないのは、空間コーディネーターEnoの手腕に依るところが大きい。基本この人の場合、突発的な思いつきで動くことが多いんだけど、結果的には的を射ているんだよな。俺個人的に、「口だけ番長」のイメージは拭えないけど、U2との仕事だと貢献度大きいんだよな。なんか悔しい。

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 Anton Corbijn撮影によるアルバム・アートワークは、粒子の粗いモノクロ写真が主体で、求道者的にストイックな佇まいの4人が、うつむき加減で肩を寄せ合っている。埃っぽく乾燥した砂漠の中、何を思っているのか。
 そんなフォト・セッションが象徴するかのように、『The Joshua Tree』のサウンドもまた、解像度が粗く、乾いた埃が舞うテクスチャーで統一されている。「With or Without You」のPVが、その音世界を忠実に映像化している。
 アメリカを視野にれたことによって、有象無象のギター・ロックからいち抜けしたU2。ロックがカッコいいモノである、というのを教えてくれたのが、彼らである。そんな70年代的なメンタリティを貫き、そしていまも彼らは遂行し続けている。
 その行為はある意味、奇跡だ。


 U2について語ると、どうしても長くなる。これでやっと、下書きの半分。続きはまた次回。






1. Where the Streets Have No Name
  海外の音楽誌で「壮大なイントロを持つヒット曲」として選ばれたのも納得できる、そんな曲。延々と性急なリズムを刻むEdgeのカッティング、そして案外ボトムの太いAdamのベース・ライン。
 Beatlesリスペクトのルーフトップ・ギグをドキュメンタリー・タッチで構成したPVは、いま見ても「ロックのカッコよさ」をまんま体現している。自由奔放に屋上を駆け回るBono、そしてクレバーな態度を貫こうとしながら、最後に満足しきった微笑みを見せるくらい興奮しているEdge。明らかに、ロックの世代交代が行なわれた瞬間が鮮明に記録されている。
 3枚目のシングル・カットとして、UK4位US13位を記録。



2. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 UK6位US1位を記録した、2枚目のシングル・かっと。ギターの音色はカントリーというかブルーグラスに近く、大河の如き雄大さを思わせるコーラスやメロディは、ゴスペルからインスパイアされている。あんまり泥臭くない、ホワイト・ゴスペルの方ね。
 ラスベガスの大通りを闊歩しながら歌うPVも、アメリカン・テイストにどっぷり浸かっている。



3. With or Without You
 問答無用の代表曲。ていうか、「80年代のロックは何があったのか」と問われれば、これを挙げる同年代は数多いはず。リアルタイムでこのPVを観て、ぶっ飛んだ者は数知れず。日本でも、ここから人気が爆発した。
 楽曲自体から発せられる神々しさをそのまま移植した、演奏シーン主体のシンプルな映像である。余計な装飾をとことんはぎ取った結果、残ったのはロックのカッコよさのエッセンスが凝縮されている。
 アコギを肩に背負ったまま、結局最後まで弾かないBono、デューク更家のようなポーズを決めるBono、アウトロのソロを弾く間際、体でリズムを取るEdge。今だから言えるけど、どれだけマネしたことか。マネをする=一体化したいという感情を喚起させることは、楽曲のパワー、そしてカリスマ性の強さに比例する。
 同時代で洋楽ロックを聴いていながら、この曲に反応しなかった者、それは人生の多くを損している。それか、よほどのひねくれ者だ。



4. Bullet the Blue Sky
 冒頭3曲が神すぎて、その後の曲はどうしてもインパクトが薄れてしまうけど、イントロの演奏の重厚さには圧倒されてしまう。「Whole Lotta Love」に質感が似ている、硬派なチューン。みんなZEPみたな演奏だもの、まぁリスペクトしているnだろうな。
 ニカラグアとエルサルバドルへ旅行で訪れたBonoが、米軍の軍事介入への抗議として書き上げた歌詞は、シリアスでハードボイルド・タッチ。殺伐とした現状をリアルなタッチで歌い上げ、演奏も当然ダークな怒りを発している。全世界で2000万枚も売れたアルバムに入ってるとは思えない、陰鬱とした雰囲気が漂っている。

5. Running to Stand Still
 Robert Johnsonが憑依したような、古典ブルースっぽいギターからスタートする、即興セッションから生まれたバラード。テーマとして取り上げられたヘロイン・ジャンキーは、アイルランドでは深刻な社会問題であり、そんな現状を嘆くだけではなく、冷酷な事実として捉え、淡々と口ずさむBono。彼が取り上げるテーマは、ほんと多岐に渡る。

6. Red Hill Mining Town
 今度のテーマは炭鉱ストライキ。同名タイトルの本にインスパイアされて書き上げられた、とのこと。重いテーマながら、楽曲自体はスケール感あふれる雄大なスタジアム・ロックで、実際、シングル・カットの予定もあった、とのこと。
 発売中止の原因となった、お蔵入りPVが近年発掘されたので見てみると、ちょっとマッチョ色が強いよな。大掛かりな炭鉱のセットの中、タンクトップ姿のメンバー、そしてやたら熱く咆哮するBono。ステレオタイプなアメリカン・ロックみたいになっちゃったのが、お気に召さなかったらし。おいおい、撮る前に言えよ、そんなの

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7. In God's Country
 1.のアウトテイクのようなバッキングで、サビのメロディはちょっと甘め。初期のギターロック路線のアップグレード版と捉えればよいのかな。疾走感のある3分弱の曲だけど、味わいは意外とあっさり。タイトルが大風呂敷っぽいので、曲のインパクトがちょっと弱め。

8. Trip Through Your Wires
 wikiで見ると、Country Rock、Blues Rock両方でカテゴライズされていた。そのまんまの曲。言葉遊びも兼ねて書かれた曲のため、歌詞はこれまでの中では最も軽い。A面で気張り過ぎたのか、ラフなテイストの曲が続く印象。

9. One Tree Hill
 手数の多い変則8ビートで歌われるのは、不慮の事故で若くして亡くなった、オーストラリアのローディGreg Carrol。ちょっと民族音楽っぽさも入ったミニマル・ビートは、先住民族だったGregへの敬意を表している。徐々にテンションが上がり、最後はエモーショナルなシャウトとなるBonoの漢気といったら。

Joshua Tree Band

10. Exit
 レコーディング終盤のジャム・セッションがベースとなった、ラフでありながら緩急のある構成のナンバー。と思ってたらEnoがうまく編集した、とのこと。呪詛的なBonoとAdamのベースから始まる静かなオープニングから、突然トップギアで割り込んでくるEdgeのギターとLarryのドラム。最後は再びAdamのソロ。サイコキラーの深層心理を活写した歌詞の世界観が、剥き出しのリアルで表現されている。
 ライブ映えする曲ではあるのだけれど、リリースされて2年後、悲惨な結末となったストーカー殺人犯の「『Exit』に影響を受けた」というコメントが流布されたため、30周年アニバーサリー・ツアーまで、事実上封印されていた。

11. Mothers of the Disappeared
 前述のニカラグアとエルサルバドルへの旅行から生まれたもうひとつの曲。政権闘争に伴う内紛が多い南米諸国では、子供を誘拐して強制的に傭兵部隊に加入させる組織があり、その母親の目線から描かれた悲劇と諦念。行方知れずとなった子供たちを捜索する団体があり、Bonoもまた彼らに同行して実情を知り、言葉としてしたためた。
 握りこぶしを挙げるだけなら、事は簡単だ。ただ、その拳ひとつひとつはあまりに弱い。その握った拳を一旦下ろし、前を向きながら事実を淡々と述べる。ヒットすることによって、実情が広く知れ渡り、隠蔽されていた事実が晒される。
 曲を聴いて何か感じた者は、拳を握り、声を上げる。それがいくつにも束ねられれば、それでよい。そんな表情で、Bonoは歌い、Edgeは淡々とギターを弾く。





「ケンカするほど仲はいい」とは言うけれど。 - Police 『Synchronicity』

folder 実質5年という短い活動期間の中、Policeは世界ツアーとレコーディングのルーティンを繰り返し行なっていた。やり手マネージャーMiles Copeland の戦略に基づき、次々とスケジュールが組まれため、『Ghost in the Machine』のレコーディングまで、ほぼ休みのない状態だった。
 明確なビジョンと行動力のあるマネジメントのおかげもあって、Policeは早い段階からワールドワイドな活動を行なっており、実際結果もついてきたわけだけど、実働部隊からすればたまったものではない。
 いま自分たちがどの国にいるのかもわからない、長く終わりなき世界ツアーの最中も、膨大な取材やフォト・セッション、当て振りの演奏を強要されるテレビ出演がねじ込まれる。訪れる国は変わっても、求められることは大体似たようなものだ。
 場所が変わっただけで、やる事は大体いつも同じ。そんな日々が長く続けば、時々フラストレーションが爆発するのも無理はない。定番の乱痴気騒ぎだったり、またはメンバー間のゴタゴタが絶えなかったり。

 そんな間を縫って、彼らは断続的にスタジオに入り、レコーディングを行なった。ライブで練り上げてきた曲もあるけど、ほとんどはスタジオに入ってから書き上げ、ほぼぶっつけ本番で演奏を組み立てる。何しろ時間が足りないので、短期間でチャチャっとまとめなければならなかった。
 メインのソングライターであるStingがハイレベルの多作家であったこと、またStewart Copeland もAndy Summers もテクニック的には折り紙つきだった上、下積みが長かったこともあって、場数を踏んでいた。なので、彼ら3人が顔を合わせて音合わせ、すぐ本テイクがレコーディングされ、それでいっちょ上がり、という具合が続いていた。
 Stonesのように、ダラダラ長時間セッションを行なうよりはずっと合理的だけど、逆に言えば、じっくり練り上げることがなかったため、若干やっつけ仕事っぽいテイクがあることも事実。「De Do Do Do, De Da Da Da」なんて、語感の勢いとインパクト勝負だけだもんな。その力技が強烈なんだけど。

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 デビューからずっと、そんなレコーディング事情だったため、意外なことにPoliceの未発表曲というのは、ほぼ存在しない。1993年にリリースされた5枚組ボックス・セット『Message in a Box』にも、シングルのみリリースの曲がいくつか収録されているけど、ほとんどは耳慣れたアルバム収録曲ばかりで、レア物といえるものはない。その後も、大物アーティストにありがちなデラックス・エディションの企画も立ち上がらないところからみると、よほど発掘ネタがないんじゃないかと推測される。
 プリプロダクションの段階でキッチリ絞り込んだおかげか、それともほんとに年末進行状態で手早く作業していたのか。まぁどっちもありえるな。
 それにもともと彼ら、長時間一室に閉じ込めて成果が上がるタイプのバンドではない。むしろ、普段はできるだけ遠ざけておいた方がよい、どいつもこいつも血気盛んな輩なのだ。
 スタジオ内やステージでのつかみ合い、または怒号。真剣さが高じて殺意が飛び交うバンド。それがPoliceだ。よく何年も一緒にやってたな。

 働きづめだった彼らへのご褒美として、彼らはモンセラット島でのバカンス休暇を与えられる。とはいえ、そこはマネジメントの抜け目ないところ、バカンスと兼ねて次回作のレコーディングもセッティングされていた。
 まぁ本人たちも、その辺は同意の上だったんだろうな。デビューしてからずっと、時間に追われたレコーディングだったし、ゆっくり手間ひまかけた作業ができる環境を用意してもらったんだし。

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 Policeの基本サウンドは、Sting × Stewart × Andyによるシンプルな3ピースが主体で、これは活動休止前まで変わることはなかったけど、このレコーディングでは時間的な余裕もたっぷりあったおかげで、メンバーそれぞれ寄ってたかって、サウンドでの実験に力を入れている。骨格のギター・ベース・ドラムのトライアングルに加え、ポリフォニック・シンセやホーンが、あらゆる曲で効果的に使用されている。最低1曲は入っていたレゲエ・ビートも一層され、シンセポップへ大胆にアプローチした楽曲が主体になっている。
 これまでと勝手が違うセッションだったせいもあって、ここに来てリハーサルやリテイクの数が多くなっている。なので、ブートで流出しているスタジオ・セッションというのは、ほぼこの時期に集中している。公式では未発表なので、聴きたい人は各自調べてみてね。
 「ケンカするほど仲が良い」とはよく言ったもので、いくら殴り合いが多かった3人とはいえ、この時期は一緒にレコーディング・ブースに入るだけ、まだマシだった。3人そろって「せーの」で音を出し(この時点でつかみ合いになることも多いけど)、ラフ・ミックスを聴きながら、あぁだこうだと意見を出し合いながら、シンセやエフェクトを加えたりして(この辺だと殴り合いだな)。基本は、従来のバンド・スタイルと大差ない。

 『Synchronicity』レコーディングは、『Ghost in the Machine』で培ったメソッドを、さらに深く推し進める形で行なわれた。基本、演奏は3人で行なわれ、ほぼ外部ミュージシャンを使うことなく、あらゆる機材が使用された。されたのだけど、レコーディングで3人が顔をそろえることはほとんどなく、大抵は個別のブース、スタジオを使用して別々に行なわれた。
 3人ともソロ活動を開始していたため、スケジュール調整が困難だった、というのが表向きの理由だった。シンセ機材の導入によって、特にStingの楽曲なんかは、ほぼ独りで完結させたトラックもあり、グループとしての必然性が薄い状況が垣間見える。
 当時からすでにささやかれていたことだけど、実際はグループ内の人間関係の悪化に尽きる。以前までは、せいぜい殴り合い程度で済んでいたのが、ここに来て蔓延しつつあった、シャレにならない殺気立った空気を、本人・スタッフとも按じての処置だった。
 3人そろってスタジオ入りしても、2人はそれぞれ別のブース、もう1人が調整卓の前とバラバラだったため、以前のような顔を合わせてのセッションは、ほとんど行なわれなかった。
 そんな按配だったため、『Synchronicity』のアウトテイクというのは、原則存在しない。ほとんどの楽曲はStingの手によるものだけど、彼の場合、もともと音源管理がしっかりしているのか、デモ・ヴァージョン的なものも発掘されない。30年経っても流出しないのだから、本当にないんだろうな、そういったのも。

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 言っちゃえば、Stingのソロ・アルバムの助走みたいな形となった『Synchronicity』 、初期の中心コンセプトだった「レゲエとパンクの融合」といったお題目はどこへやら、万人向けにすっきりコンテンポラリーにまとめたサウンドは、コアなロック・ユーザー以外にも強くアピールし、大ヒットを記録した。何しろ、あの『Thriller』と対等に渡り合っていたくらいだから、人気のほどが窺える。
 取り敢えず、一触即発が続きながらもレコーディングを終え、大規模な世界ツアーに出る3人。もうこの頃になると、いろいろ突き抜けてしまった挙句、ビジネスライクな関係へ変化していた。
 ちょっとした小競り合いくらいはあったけど、基本は不干渉。顔を合わせるのは最小限に抑え、貼り付けたような笑顔で人前に立ち、インタビューを受ける。もともとフレンドリーな関係ではなかったけど、えも言えぬ殺伐さは隠しきれなかった。もう隠す気もなかったんだろうな。
 『Synchronicity』プロジェクトをひと通りこなし、3人はソロ活動に入る。
 -もうしばらくは、姿も見たくなければ名前も聞きたくない。
 一旦、クールダウンの意味も含めて、バンドは暫し活動休止となる。

 それから3年ほど経過して、再度彼らは集結する。再びPoliceが動き始めた。
 長いブランクは、誰にとっても良い結果をもたらすはずだった。
 3年も経つと、大抵の悪感情は吹き飛んでしまう。わだかまりは薄れ、過去を振り返る余裕が生まれてくる。あの時ががむしゃらで気づかなかったけど、俺たちすごい事を成し遂げたんだし、考えてみれば、そんなに悪い奴らじゃなかったよな。
 誰もが、そう思っていたはずだった。ここはひとつ気持ちを改めて、もう一度バンドでやってみようじゃないか。
 そのはず、
 だったのだ、
 けど―。

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 結局、そのセッションは、何も生み出すことなく終わった。レコーディングにあたり、メインのソングライターであるはずのStingが、新曲を提供するのを渋ったのが主因だった。
 すでにソロ活動が軌道に乗っていた彼にとって、出来の良い楽曲は自分のものという認識だった。まぁ間違っちゃいない。いないのだけれど。
 かつてのように、スタジオでは怒号が飛び交い、掴み合いが始まった。それが一段落すると、延々と重い沈黙が続いた。時間だけが、無為に過ぎて行った。
 フレーズの断片や単調なリズム・トラックだけでは曲が構成できず、結局形になったのは、「Don’t Stand So Close To Me」のセルフ・カバーのみ。まぁこれが中途半端な仕上がりで、再始動のリード・トラックとして、一応は絶賛されていたけど、オリジナルを知ってる人なら「何これ?」と思っていたはず。PV制作を担当したGodley & Cremeの映像テクニックでごまかされたけど、アレンジは至って凡庸。多分、本人たちにとっても黒歴史だな。
 どうしてもキャンセルできなかったと思われるライブを3回行なった後、その後音沙汰はなく、Policeは自然消滅した。多分、アルバム契約も残っていたんだろうけど、「Don’t Stand So Close To Me ‘86」を無理やりねじ込んだベスト・アルバム発売で事態収拾した。多分、Michael Copelandがうまくねじ伏せたんだろうな。

 それからさらに20年ほど経って、3人は再々集結する。綿密な準備と段取りによる、本格的なリユニオンだ。大規模な世界ツアーを行なったけど、Stingの強い希望によって、レコーディング・セッションは行なわれなかった。
 -あんな惨劇はもうまっぴらだし、もし続けられたとしても、『Synchronicity』のクオリティには絶対追いつけない。
 そう悟ったのだろう。3人とも。








1. Synchronicity I
 パンクでもニューウェイブでもない、その後、各自のソロでも似たようなのがない、突然変異的に生まれたPoliceオリジナルのサウンド。シンセというよりは、キーボードだな、特別音色もいじってないようだし。あとはいつもの手数の多いドラム、それと同じく手数の多いリード・ベース。あれ、ギターは?ここではAndy、鍵盤系を受け持っている。
 「意味のある偶然の一致」という哲学用語をテーマにサビを設定したことによって、発語やコンセプトは硬質となっている。サウンドは隙間なく埋められ、3ピース特有の「間」はほぼない。息が詰まる、でもあっという間の3分間。

2. Walking in Your Footsteps
 Stewartの繊細でマニアックな技が光る、ポリリズミックなパーカッションをベースとした、浮遊感あふれるトラック。アフリカ奥地のジャングルの夜、深い闇で行なわれる獣たちの宴。そんな感じ。途中、いきなりキーを上げて咆哮を上げるSting。その雄叫びは、帳を切り裂く。

3. O My God
 『Zenyatta Mondatta』期を思い起こさせる、シンプルに3ピースで構成されたチューン。こういったリズムから発展して作らてたような曲だと、ほんとStewartの貢献度が大きなものだったことがわかる。やや走り気味のドラムを制するような、Stingの効率的かつキャッチ―なリフ・プレイ。なのでAndy、ここでもあんまり存在感がない。

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4. Mother
 と思ったら、ここでAndyが覚醒。呪術的なイントロと、マッド・サイエンティストのようなヴォーカル。絶叫と嗚咽、そしてサイケなギター・プレイ。後半にはサックスとのユニゾンなのだけど、プレイするのはなぜかSting。
 アバンギャルドっぽい曲で遊ぼうぜ的な流れだったと思うのだけど、よく収録したよな、こんなの。彼らのディスコグラフィーでも異彩を放っている。

5. Miss Gradenko
 Stewart作による、1分ちょっとのブリッジ的な小品。とはいえ軽く見ることはできず、ドラム、ベース、ギターとも細かな技をこれでもかと投入している、聴けば聴くほど新たな発見の多い曲。やっぱりPoliceってリズムなんだよな。Stingのメロディも、彼あってのものだというのがわかる。

6. Synchronicity II
 3枚目のシングル・カットとして、UK17位US16位。シンプルな8ビートのロック。ベースは重く、スネアもキックもデカい。やっとAndyもまともなロック・ギターを弾いている。
 思えば、俺が生まれて初めて買った洋楽がPoliceで、しかもこの曲の12インチ・シングルだった。ラジオで聴いてカッコよさを全身で受け止め、ダイエーのレコード店でこれを買った。まだ中学生だったので、アルバムまでは手が出なかったのだ。最初に好きになったのが彼らで、結局のところ、俺にとってのロックとはPoliceが基準になっている。そりゃ並みのバンドじゃハードル高いわな。



7. Every Breath You Take
 UK・USともに1位を獲得、言わずと知れた代表曲。近年では、「大人のラブ・ソングだと思っていたけど、実は執念深いストーカーの歌だった」という評価が根付きつつある。アップライト・ベースの存在を知ったのが、このPV。この頃のGodley & Cremeは才気走っていた。

8. King of Pain
 UKは17位だったけど、USでは3位まで上昇、アルバム中、確実に3本の指に入る秀作バラード。シンプルなオープングから、徐々に音が増え、サビに入って3人そろう。B面では特にAndyの貢献度が多く、ここでも3分過ぎてのトリッキーなソロは絶品。そして4分近くになってのブレイク。音が急に薄くなり、緊張感はピークを迎える。
 激しいサウンドなのに、すごく冷たい芯を持った、そんな不思議な曲。

9. Wrapped Around Your Finger
 無数のキャンドルに囲まれた3人、静かに燃える炎越しに、軽やかに舞うSting。とことんシンプルながら、サウンドとのシンクロ感がハンパない。映像エフェクトは何も使っておらず、ひたすら手間をかけたPVは、楽曲のグレードアップに大きく貢献した。ていうか、もし映像がなかったら、地味なバラードで終わっていたかもしれない。
 UK7位US8位を記録。



10. Tea in the Sahara
 ラストはベース・ラインを主体とした地味なバラード。いやほんと地味だから。アナログではこれがラストだったのだけど、まさかキャリアのシメがこれになるとは、本人たちも思ってなかったんじゃないだろうか。かなりStingのソロ色が強い、ミステリアスかつジャジーなバラード。

11. Murder by Numbers
 というわけなので、リアルタイムでは聴いていないため、いまだに馴染みの薄い曲。StingとAndy共作による、こちらもジャジーだけど、もうちょっとテンポ感のある曲。まぁ入れる場所、なかったんだろうな。ボーナス・トラックなので、まぁCD買ったらおまけがついててラッキー、っていう程度の印象。








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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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