好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

私は流行、あなたは世間 - PSY・S 『Different View』

folder 3年ほど前、松浦雅也のサウンドクラウドにて、PSY・Sの前身ユニット「プレイテックス」のデモ音源が公開され、往年のファンの間ではちょっと話題になった。今はもう公開終了してしまったけど、YouTube で検索すれば、一部はまだ聴くことができる。
 それまでヴォーカルの入った音楽をほとんど手がけていなかった松浦が、何やかやの成り行きでチャカと出会ってユニット結成、当然、発売を前提とした音源ではないので、音質的にはブート並み、決して聴きやすいレベルではないのだけど、容易に手を抜けない松浦の気質が昔からだったことは窺い知れる。

 FM大阪の番組企画をきっかけとして、即席ユニット「プレイテックス」は結成された。いわゆる企画モノである。当時、チャカはジャズ・ファンク・バンド「アフリカ」のヴォーカルとして、松浦もソロで各方面に渡るスタジオワークを請け負っていた頃であり、いわば余技で始めたものである。お互い、付き合いやらしがらみやらで、断りづらかったんだろうな。
 主にライブシーンを主体に活動していたチャカと、理系シンセおたくの松浦では、接点より相違点の方が多そうで、よくこんなコラボ思いついたよな、と当時の担当ディレクターの慧眼ぶりを讃えてしまいそうだけど、いや違うよな、たまたま思いついてくっつけただけだろうな、きっと。
 まぁ男女関係の秘訣として、「好きなモノより、嫌いなモノの共通項が多い方が長く続く」っていうものだし、案外相性は良かったのかもしれない。ユニット結成から解消に至るまで、プライベートでの接点はほとんどなかった2人だったけど、スタジオの中では「これはイヤ」「あれはダサい」という点で一致することが多かったのだろう。

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 整然としたシーケンスとエフェクトをベースに、ピークレベルぎりぎりまでボリュームを上げたドラムは、クレバーなリズムを刻む。坂本龍一「サウンド・ストリート」のデモテープ特集の応募作品的なサウンドと言えば通じるだろうか。わかんねぇか。
 チャカのヴォーカルはあまり変化はないけれど、それでもアップテンポのナンバーではライブ仕様のファンクネスが顔を出し、サウンドとの解離が時に見られる。それを抑制しようと極端に無表情な声色になったり。
 どちらも相手に合わせようとして、それでいながらミュージシャン・エゴの痕跡は残そうとしている。要するにビシッと噛み合うことが少ないのだ。
 発表から30年以上経ってから聴いてみると、これはこれで悪くない。Soul II Soulのグラウンド・ビート的な楽曲もあるし、ドラムサウンドさえアップデートすれば今でもチープ・テクノとして通用しそうだけど、早すぎたサウンド・コンセプトである。あの時代のミュージック・シーン、80年代ソニーのラインナップからすれば、この音はかなり浮いている。CBSじゃ受け入れてくれないよな。
 もしかして、エピックなら受け入れてくれたかもしれないけど。

 ライブの現場で鍛えられたチャカのアクティヴなヴォーカライズと、バックトラックの大半をシンセで賄うメソッドというのは、何も松浦が発明したわけではなく、YazooやEurythmicsなど、UKポップデュオでは広く用いられた方法論である。ほぼシンセ1台あればサウンド的に成立してしまうので、小回りが利く最小限のユニットとして、作業効率も良ければコスパも良い。バンド的なカタルシスさえ求めなければ、良いことづくめではある。
 ただ、ダンサブルな要素を後退させたヘッド・ミュージック的なテクノポップは、ダンスフロアとの親和性も薄ければ、当時の日本において最もポピュラーだった歌謡曲~ニューミュージックともリンクしづらい。あまりにドライでシステマティックなプレイテックスのコンセプトは、日本では馴染みにくいものだった。

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 90年代に入ってからのFavorites BlueやJungle Smileに見受けられるように、日本における男女2人ユニットとは、「線の細いシンセおたくのトラックメイカーと、歌はまぁそこそこだけどジャケット映えするモデル上がりの女性シンガー」というのがセオリーとなっている。
 松浦はそのセオリー通りとしても、やたら歌はうまいけどセクシャリティのかけらもない、見た目も声質も中性的なヴォーカルのチャカは、どう見たって合致しない。後年になってから、同じ属性を持つEGO-WRAPPIN'のようなユニットも出てきたけど、前者2組も含めて大ブレイクしたとはとても言いづらい。やっぱル・クプルのように、男女間のLove>Like的なムードを醸し出さないと、日本ではブレイクしづらいのだろうか。

 単発企画で終わったはずのプレイテックスは、思わぬ好評からインディーズでアルバム発売、これまた業界内では好評につき、あれよあれよとメジャー・デビューが決定してしまう。それでも2人とも、この時点では松浦もチャカもPSY・Sは単発モノ、メインの音楽活動あってのサイド・プロジェクトという心持ちだった。サウンドの性質上、永続的なユニットとしては見ていなかったようである。
 当時から、バックトラックやアレンジを取り仕切るのは主に松浦で、チャカは歌入れのみ、と役割分担ははっきりしていた。後期になってからは、チャカの意向も反映されるようになってきたけど、解散するまで基本的な位置関係は変わらなかった。
 適材適所の役割分担がしっかりできていたこと、そしてチャカがあまりアーティスト・エゴを強く主張しなかったことが、ユニットが10年続いた要因であり、また後期のパワーバランスの乱れこそが、巡り巡ってのユニット解消に至る。

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 で、『Different View』。デビューするにあたって、当時、新人プロデュースで定評があったムーンライダーズ岡田徹を招聘、若干の軌道修正を図ることになる。
 購買ターゲットを明快にするため、ある意味付け焼き刃だったファンク・ビートを大幅に薄め、松浦の特性であるメロディ・タイプの楽曲を主体としたテクノポップを、全体のトーンとした。ただ、これだけじゃインパクトに欠けるので、日本での個人所有はまだ少なかった「フェアライトCMIを操る天才クリエイター」を謳い文句として、プロモーションの柱とした。
 サンプリング・レートが8ビット、最大周波数が30.2kHzと、今から見ればファミコン程度のマシンをひとつの売りとしていたのだから、まぁ何と牧歌的な時代だったのやら。
 ただ、そんな低スペック・マシンをポップ・ミュージックのフィールドで展開していたのは、日本ではまだ松浦くらいしかいなかったし、そこから繰り出されるサウンドを上回るほどのメロディ・センスがあったことも、また事実である。
 クラシックの模倣か、シーケンス・リズム主体の無味乾燥なサウンドにまみれた、実質プリセット音に頼りきりの「名ばかりシンセ・プレイヤー」の中で、松浦の才能は一歩も二歩も抜きん出ていた。

 初顔合わせということもあって、プレイテックス時代はチャカに歩み寄ったサウンド・メイキングだった松浦も、PSY・Sになってからはコンセプトも一新、主導権を完全に握っている。
 テクノポップを第一義とするため、ファンクネスなビートやグルーヴ感は一掃された。出力的には貧弱なフェアライトCMIをサウンドの軸とするため、もともとナチュラルにコンプがかったチャカのヴォーカルは、さらにピークレベルが落とされた。あくまでバックトラックが主体、ヴォーカルもまたサウンド・パーツの一部である、という考えに基づくものである。調和したアンサンブルに重きを置く理系男子の松浦の判断として、全体バランスを考慮するためには、ヴォーカルはサウンドに埋没させなければならなかった。

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 本来ならメインであるべきはずのヴォーカルをサウンドと同列化させるのだから、歌詞はプレイテックス同様、雰囲気英語でよかったはずなのだけど、歌謡曲と同じ棚に並ぶメジャー・デビューともなると、それもちょっと問題である。ソニー的にも良い顔しないだろうし、岡田徹的にもちょっとまずい。
 「取り敢えず外部発注して辻褄合わせましたよ」的な歌詞は、どことなくフラフラして曖昧な表現が多い。そりゃそうだ、言葉で訴えたいことなんてもともとないし、請け負った方だって、どんなコンセプトのユニットだか見当つかないんだから。
 大事なことはひとつ。取り敢えず、サウンドの一部としてチャカが歌っていればよい。下手な主張やストーリー性を持たせると、緻密なアンサンブルにはむしろ邪魔なので、それだったらいっそ徹底的に無意味な方がいい。

 ちょっと極論になってしまったけど、もともとサウンドで勝負するタイプだった松浦ゆえ、言葉というものをどう取り扱ってよいのかわからなかった面がある。松浦的には、チャカが歌いやすい言葉なら、歌詞なんて何でもよかったし、ずっと英語ばかり歌っていたチャカにしても、慣れない日本語の節回しについてくのが精いっぱいだったと思われる。
 その後はチャカも松浦も、言葉やストーリー性に関心を抱くようになるのだけど、それは2枚目以降の話。ここでのPSYSはまだ、実験的テクノポップ・ユニットのひとつでしかない。『Collection』での他アーティストのコラボ交流によって、2人の視野は広がることになる。

 長くなりそうなので、一旦、ここでおしまい。
 PSY・Sについて、今回はもう少し書いたので、続きはまた次回。


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PSY・S
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1. Teenage
 アルバムと同時発売されたデビュー・シングル。デジタル臭の強いスネアが印象に残る、ていうかほぼそれを中心に構成されたナンバー。一分の狂いもないシーケンスに合わせて、どうにか無味無臭であろうとするチャカの葛藤が窺い知れる。これを人力でやろうとすると、もっとユルいパワー・ポップになってしまい、ウェットさばかり目立ってしまう。再現不可能のハイパー高速スネア連打は、中途半端な田舎の高校生の度肝を抜いたことでも有名(?)

2. From The Planet With Love
 全曲英語詞のため、プレイテックス的な感触が最も残っている、クールなテクノ・ファンク。熱くならないヴォーカルと冷静沈着なバックトラックという路線は、和製Annie Lenoxとして、結構面白い展開だったと思うのだけど。中盤のラップ・パートはその後のPSY・Sでは見られないものので、貴重なトラックでもある。



3. I・E・S・P(アイ・エスパー)
 そんなファンクネスを活かすのではなく、チャカのもうひとつの特性、チャイルディッシュな声質をマルチ・ヴォーカルによって空間的に演出、浮遊感あふれるサウンドに仕上げている。松浦のディレクションによるものなのか、ヴォーカルの響きの陰影は薄い。あくまでサウンドが主であって、感情を出すのを嫌ったのだろう。

4. Big Kitchen
 50年代アメリカのコメディドラマのリメイクと言ったら信じてしまいそうな、チープな音色のエレピとエフェクトで構成された小品。途中、ダブっぽいブリッジがあるのがちょっと新しい。

5. 景色
 ハルメンズ解散後・パール兄弟結成前のサエキケンゾウ作詞によるポップ・チューン。後に『Two Hearts』でもリメイクされているくらいなので、ファンの間でも当初から人気が高かった。松浦のメロディ・センスの良い面がうまく強調されており、チャカも比較的抑揚をつけて歌っており、抒情派テクノ・ポップとしてのひとつの完成形。

6. 星空のハートエイク
 リズム・パターンが目まぐるしく変わり、歌いずらそうな曲だけど、難なくこなしてしまうチャカのキャパの広さが印象的。シャッフル気味なスネアの音は当時先進的だったのだけど、いま聴くとちょっとうるさいな。後にリメイクしたのも納得できる。

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7. Paper Love
 これもチャカのもうひとつの側面である、スウィング・ジャズと歌謡曲とのハイブリット的なポップ・ナンバー。キーもちょっと高めなので、今のアイドルかアニソン歌手あたりがうまくリメイクしてくれれば、再評価につながりそう。

8. Desert
 オリエンタルなエフェクトや、ラクダの歩みに合わせたリズムなど、タイトル通り、砂漠を連想させるナンバー。親しみやすく異国情緒あふれるメロディが心地よい。

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9. 私は流行、あなたは世間
 唯一、本名の安則まみ名義でチャカが書き下ろした、スケール感の大きいバラード。平易な言葉をフラットなヴォーカルで、リズムはやたら凝ってるけど、歌を邪魔するほどではない。

 くり返し くり返し 重ねた言葉 
 いつまでも いつまでも 確かめてみる

 書き記すと他愛もない、メロディだってそれほど起伏もない。無愛想な曲なのにでも、こんなに愛おしく、多くのファンの心に残るのはなぜなのか。
 最後のピアノ・ソロのコーダが「Layla」っぽいとは昔から思ってたけど、そんな些末もチャラにしてしまう、得体のしれない「うたの力」が込められている。
 ある意味、これを世に出した時点で、初期PSY・Sの役目は終わっていた、と言ってもいい。それくらい強い求心力を持つ楽曲である。



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正妻と愛人との狭間で - Herbie Hancock 『Magic Windows』

7591 80年代コロンビア・ジャズ部門の一端をリードしていたのが、新伝承派のWynton Marsalis一派であり、その対極でアブストラクトなキャラクターを放っていたのがHerbie だった、というところまで前回書いた。今回はその続きから。

 70年代末からストリート・レベルで盛り上がってきたヒップホップは、80年代に入ってからしばらくはカウンター・カルチャーのポジションであり、当時はまだ知る人ぞ知る未知の音楽だった。「11PM」や「ポパイ」などで独自のファッションやライフスタイルは紹介されてはいたけど、まだ物珍しい時事風俗レベルの発信のされ方であって、肝心のサウンドが届けられることは少なかった。当時はまだ刹那的な流行りモノとして、あまり重要なムーヴメントと捉えられていなかったのだ。
 そんな怪しげな音楽にいち早く目をつけ、すでにこの時点でNYアングラ・シーンの中枢に鎮座していたBill Laswellとの出逢いが、Herbieの、そしてヒップホップの成功を決定づけた。当時、彼が率いていたMaterialのコネクションを総動員し、そこにHerbieが乗っかることによって、『Future Shock』、ていうか「Rockit」は大ヒットに至った。
 ここで重要なのは、すでに大御所であったはずのHerbieが、Billのサウンド・コーディネートにほとんど口を出さず、彼が集めてきた有象無象の新進アーティストに好き放題にプレイさせた点である。同じ頃、Miles DavisもHerbie同様、バックトラックを当時青二才のMarcus Millerに丸投げ発注している。ただ、Milesの場合は前回書いたように、あくまで信頼関係に基づくもの、「ジャズ」という共通言語をお互い理解していたからこそ可能だったわけで、Herbieの場合とはちょっと事情が違っている。『Future Shock』で奏でられたサウンドは、これまでのジャズの文脈とはひとつも当てはまらない、まったく異なるジャンルとのコラボである。
 普通なら「保険」として、ベーシックなジャズ・サウンドはそのままに、「何となく新味を盛り込みました」的に、スクラッチやシーケンス・ビートも申し訳程度しか使わないものだけど、Herbieの場合、その辺は徹底している。「エッセンスを取り込む」なんてレベルじゃなく、ベテラン自らが体を張って、別のジャンルに飛び込んじゃうんだからもう。
 ベテランのリアクション芸人が率先して体を張って笑いを取り、若手が中途半端なガヤ扱いで盛り上がりに欠けるシーンがバラエティでよくあるけど、あんな空気と同じものを感じる。
 前に出すぎるベテランは、扱いに困ってしまう。でも力技で笑い取っちゃうんだよな。

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 「Rockit」の成功は、数字で表せるセールス実績だけでなく、ひとつの「現象」、音楽の「世代交代」として、ヒップホップという新たなジャンルを広く世の中に知らしめる結果となった。Godley & Crèmeによる、マネキンやジャンク小道具を効果的に使ったPVもレトロ・フューチャー感を演出、お茶の間のテレビで何度もリピートされるほどの知名度を得た。ジャズ界ではすでに大物だったHerbieもまた、MTVでのヘビロテからポップ・チャートでのチャートインに結びつき、その後のボーダーレスな活動を行なう上で強力な後ろ盾となった。この後も同コンセプトでのアルバムを2枚リリース、そしてほぼ10年周期でテクノ~エレクトロニカ系の作品を手掛けるようになる。
 年功序列的にいえば、ジャズ界においては文句なしのレジェンド級、Milesを始めとしてあらゆる有名セッションをこなし、ソロ名義でだって数々の名盤をリリースしてきているのにでも、そんなHerbie、いわゆるオーソドックスなモード・ジャズのプレイは極めて少ない、珍しいキャラクターでもある。
 デビュー作の「Watermelon Man」然り、ヒップホップ以降、方々でサンプリングされまくった「Cantaloupe Island」然り、よく聴いてみると、セオリー通りの4ビートではプレイしない人である。本人のルーツとして、カリプソやラテンがバックボーンにあることは想像できるけど、フォーマットに沿った「ジャズ」とは無縁なのは昔からである。

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 Milesクインテット以降は、フェンダー・ローズを思いっきりフィーチャーした『Head Hunters』を発表、ジャズ・ファンク~フュージョンのオピニオン・リーダーとなった。なったのだけど、総合チャートにランクインするほど売れまくった『Head Hunters』のイメージで固定されることを嫌ったのか、はたまたポップ・チャートの魔力に取りつかれたのか、次第にヴォーカル・パートの割合が激増、ディスコ~ブラコンに手を染めるようになる。
 「ヒットチャートに魂を売った」的な声も内輪から上がったこの時期の作品は、今でこそ90年代以降のクラブ・シーンからのリスペクトもあって、一定の評価もされてるけど、チャラ路線と思われていたことも確かである。どうひいき目に見たって、メインストリームのジャズからは大きく逸脱しているし、Herbieのクレジットがなければ、単なるソフトR&Bである。
 ただHerbie側に立って考えてみると、ディスコ/ファンク一色に塗りつぶされた70年代後半のミュージック・シーンにおいて、新しモノ好きな彼がそこに食いつくのは、ある意味必然だった。前回のBranford Marsalis のレビューでも書いてるけど、ジャズの発祥並びに成長過程において、「ダンスビート」という要素を切り離して考えることはできない。特にHerbieのような、時代の趨勢に目ざといアーティストならなおさらである。
 まぁ当時「愛のコリーダ」でブイブイ言わせてたQuincy Jonesへの嫉妬というか、対抗心もあったんだろうけど。

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 ポップスターのポジション獲得のため、手段を選ばなかったHerbie、挙げ句の果てにはQuincy のプロダクションを丸ごと引き抜いてアルバムを作る(『Lite Me Up』)など、結構エグい手を使ったりもしている。ただ、そこまでしても『Head Hunters』を超える鵜セールスを上げることができなかった。
 才気走った感情の赴くままに作った作品が、思いのほか大ヒットして、いざ体制を整えて本腰を入れた途端、「売れ線に走った」と酷評される始末。なかなか難しいものだ。
 とは言ってもHerbie、その辺の空気を読む力は健在であり、ディスコ路線ばかりやっていたわけではない。あくまで本業あってこそのHerbie Hancockであることを自覚していたのか、メインストリーム路線もちゃんと押さえており、この時期はMilesバンドの同窓会的プロジェクトVSOPと並行して活動している。本妻と愛人宅とを行き来するかのように、どちらの家庭にも目配りを怠らないのは、マメな男の証左である。当然、ジャズ村界隈ではこっちの路線の方が高く評価されており、しかもセールスもそこそこ高かった。
 やっぱり本妻は、それだけ強いのか。

 そんな事情もあって、「愛人宅でのお戯れ」「羽を伸ばして趣味に走った」時期の作品として位置づけられているのが、この『Magic Windows』。しつこく、とにかく執拗に続けてきたポピュラー路線は、思うような結果を出せず、何をどうやっても空振りが続いた。もうこの辺になると方向性がグダグダで、はっきり言って迷走状態である。Herbie Hancockというエクスキューズがなければ、キッチリ作り込んだブラコン・サウンドとして、もうちょっと売れたかもしれないくらい、ちょっとかわいそうな作品である。
 ただ逆に考えれば、外部でのお戯れによってストレス発散ができ、それが功を奏して、本業において会心の出来のモダン・ジャズがプレイできた、という見方もできる。ブラコンあってのVSOPか。なんか微妙な持ち上げ方だな。
 もともと器用な人ではあるけれどしかし、「好きこそ物の上手なれ」という風にいかないのは、何も音楽に限った話ではない。「下手の横好き」って言葉もあるしね。
 そんな空振り状態解消のためのテコ入れなのか、『Magic Windows』は後にも先にもないくらい、ゲスト・ミュージシャンが豪華である。多分、一気にレコーディングしたんじゃなくて、断続的なセッションをひとまとめにしているのだろう。それにしてもこれだけ幅広いメンツを集められるのは、さすがレジェンドである。これだけミュージシャン・クレジットが豪華なのは、あとはSteely Danくらいしかいないんじゃないかと思われる
 Ray Parker Jr.とAdrian BelewとWah-Wah Watsonのプレイを、一枚でまとめて聴けるアルバムなんてまずないので、そういった幕の内弁当的オールスター・メンツを一度に堪能できると考えれば、十分お得、コスパ的にも優秀なアルバムである。何かスーパーのまとめ買いみたいな言い回しだな。
 ちなみにリリース当時のチャート・アクションだけど、ビルボード最高では140位。R&Bチャートでは40位、ジャズ・チャートでは13位にランクインしている。なんだかんだ酷評してたはずなのに、さすがは保守的なジャズ・ユーザー、きちんと買い支えてる。
 やっぱ彼らにとってHerbieって、何やってもジャズ扱いなんだな。


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1. Magic Number
 有名どころとして、Ray Parker Jr.がギターで参加。アラフィフの俺でさえ、彼の印象と言えばゴーストバスターズだけど、もともとはファンク・バンドRaydio出身、ソロに転じてからもStevie WonderやBoz Scaggsのバックを務めていた職人肌の人である。それがどうしてあんな色モノに転じてしまったのやら。
 この頃はまだいわゆるセッション・ミュージシャンとしてのカラーが強く、オーソドックスなカッティング・プレイに徹している。ネームバリューに頼らない堅実なリズムの上で、ディスコやらカリプソやら技を繰り出すHerbie。まぁジャズには聴こえないな。

2. Tonight's the Night
 初っぱながインパクト勝負過ぎたバランスなのか、2曲目はオーソドックスなブラコンでまとめている。ヴォーカルのVicki Randleは当時のフュージョンでは引っ張りだこの人気だった人で、すごく上手いのにソロ作がないのがむしろ不思議。Randy Crawfordほど下世話だったら、もっとフィーチャーされてもおかしくなかったほど、惜しいヴォーカリストである。引っかかりが少ないのかな。
 ここでのスペシャル・ゲストはMichael Brecker、正直、あまり見せ場の少ない無難なプレイである。時期的に脂の乗り切ったプレイを見せてもおかしくないのに、何で弾けきらないのかと思ってクレジットを見たら、なぜかドラムがRay Parker Jr.、ベースはHerbieというリズム・セクション。何だそりゃ。

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3. Everybody's Broke
 「Money」をパクったようなキャッシャーのエフェクトから始まる、ボトムの効いたどファンク・チューン。ヴォーカルのGavin ChristopherはかつてRufus周辺で活動していた人で、いい意味で下品な泥臭さがファンクネス指数を爆上げしている。ブイブイ響くベースを奏でるLouis Johnsonも、もともとはBrothers Johnsonで弾いていた人で、後にMichael Jacksonに引き抜かれて『Off the Wall』~『Dangerous』で名を上げることになる。
 なので、ほぼディスコ・ファンクがベースで、Herbieはほとんどエフェクト的扱い、変な音担当としてシンセを操っている。リーダー・アルバムなのに存在感が薄い、寛容の心の持ち主ではある。

4. Help Yourself
 カッティングのリズム感がガラッと変わったと思ったら、Al McKayだった。ご存じEarth,Wind & Fireの中心メンバーである。Alが加わったことによって、サウンドは一気に洗練され、さっきまでベッタベタなファンクっぽさを前面に出していたLouisも、ここではオーソドックスなソウル・ヴォーカルである。それとも、これが本質なのかな。
 Herbieのプレイはすでに『Future Shock』以降の音になっており、やはりヒップホップというエッセンスは重要だったんだな、と確認できる。しかし再登場のMichael Brecker、もうちょっと顔出せよ。それとも、吹きまくったけどカットされちゃったのかな。



5. Satisfied with Love
 もっとエコーが強ければ、まんま80年代のブラコンそのものだけど、エフェクト系は抑え気味なので、今だったら逆にこの程度の響き具合の方が馴染むかもしれない。なので、歌もサウンドの一部として溶け込んでおり、いい感じのフュージョンにしあがっている。ドラムのAlphonse Mouzonは70年代Herbieのアルバムでも出席率が高く、いわゆる「あ・うん」の呼吸のアンサンブルである。この辺の曲は、もうちょっとまとめて聴きたかったな。



6. The Twilight Clone
 最後は飛び道具的なキャスティングのAdrian Belewとの共作。時期的にはまだKing Crimsonとの合流前であり、多分にTalking Head 『Remain in Light』にインスパイアされて作られたものと思われる。しかしリスペクトするのに必ずキーパーソンを引っ張ってくるというのは、相変わらずの荒業である。
 ほぼパーカッションで構成された曲であり、Herbieは何となく「らしい」コードを押さえるくらいで、特別目立ったプレイを見せているわけではない。70年代ジャズ・ファンクの進化形とアフロ・アンビエントとでも形容すべき楽曲は、やはりHerbie独自の視点である。
 思えば5.と6.でそれぞれ1枚ずつアルバム作っていたら、後世の評価もまた変わっていたかもしれない。そこを素直にやらず、「とにかくポップスターになりたいんだ」というあさってのベクトルが、さらに泥沼にはまるきっかけとなる。




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もう「じゃない方」じゃない! - Branford Marsalis 『Mo' Better Blues』

folder 80年代のコロンビアのジャズ部門は主に、新伝承派のWynton Marsalisと、フュージョン(ていうか「Rockit」)のHerbie Hancockを主軸としていた、と前回書いた。今回はその続き。
 フュージョンとヒップホップのハイブリッド・サウンドをレジェンド級のベテランが、対して懐古主義的な4ビート・ジャズを、全盛期を知らない若手が牽引しているという、こうして並べてみればチグハグな組み合わせだけど、それぞれ真逆のマーケットに応じた販売戦略がうまかったのが、当時のコロンビアである。

 50年代まではヒップなジャンルとされていたモード・ジャズだったけど、60年代に入ってからは、ロック/ポップスの台頭によって、時代の最前線から追いやられるようになる。ボサノヴァやラテンなど、他ジャンルのエッセンスを吸収することで発展してきたのがジャズという音楽だったのだど、Beatlesの台頭あたりから、そのポジションが変化してゆく。
 -吸収する側から吸収される側。相手の方がデカくなり過ぎたのだ。
 特にジミヘンやJBらに危機感を覚えたMilesが、習うより慣れろで電気楽器を導入、それに続くジャズ・ミュージシャンらが、『Bitches Brew』の方法論を応用してフュージョンを開拓、どうにかこうにかして70年代を乗り切ったのだった。
 ただ、そうまでしてもセールス格差は止まらない。帝王Milesでさえ、ビルボード200に入るのもせいいっぱいで、他のアーティストなんて推して知るべし。一度陥落したポジションは、簡単に取り戻せないのだ。
 「ジャズであること」の限界を思い知ったMilesなんて、結局引退しちゃうし。

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 で、80年代に入ると、従来の「あっちこっちからネタを引っ張ってくる」策も尽きてしまい、いよいよ前向きな視点が少なくなってくる。ほんとはずいぶん前からネタ切れになっていたのだけど、新伝承派の登場が最後通牒を突きつけちゃったわけで。だって、中心となって引っ張ってかなきゃならない若手が、ことごとく原点回帰に走っちゃうんだから。ジャズに限った話じゃないけど、老害の重鎮と覇気のない若手、中堅層の薄い組織は、ほっといても衰退してしまう。
 いやもちろん、復帰後のMilesやその周辺、Ornette Colemanから派生したM-Baseムーヴメントなど、プロパーのモダン・ジャズからはみ出した場所、限られたコミュニティでの新たな息吹はあったのだけど、肝心のメインストリーム、もっとハッチャけてもいいはずの若手が、どいつもこいつもかしこまってフォーマルなモダン・ジャズに流れてしまい、内部活性が滞ってしまう。いわゆるムード音楽、ジャズのイージーリスニング化である。

 新伝承派の筆頭であるWyntonは、ジャズ界では名門とされるMarsalis 家の出身である。親族にもミュージシャンが多く、ある意味、通常の親戚付き合いが、イコール音楽の英才教育だったとも言える。
 1961年生まれのWyntonが育った時代背景だと、ブルースやファンクに行っちゃっても不思議はないのだけれど、まぁそんな環境ゆえ、オーソドックスなスタンダード・ジャズへ向かうのは必然だった。ディスコ方面へ行っちゃったら、一族から総スカンだったろうし。
 幼少時から自然と培われた彼の才能は、同世代ミュージシャンの追随を許さず、純粋培養されたテクニックとセンスは、往年のモダン・ジャズを忠実に再現した。
 「みんなが思うジャズっていえば、こんなんじゃね?」的なジャズを演奏するWyntonは、たちまちスターになった。偶然性を極力コントロールし、整合性を重んじた新伝承派ジャズは、はっきりした起承転結を好む日本のファンにもウケが良かった。

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 で、お兄ちゃんのBranford。
 本格デビュー前から「早熟の天才」として崇められていたWyntonに対し、最初から「じゃない方」的立場に甘んずることが多かった。何をやってもソツなくこなす弟に対し、なんか普通すぎるというかセールスポイントが定まらないというか、はたまた弟に遠慮してた部分があったというか。
 どの世界でもそうだけど、出来のいい次男に対して、長男って期待値も大きいから、どうしても割りを食う部分が多い。若貴だってそうだったしJackson 5だってMichael 総取りだったし。Gallagher兄弟はちょっと微妙だけど。そうえいば、Van Halenって、今どうなんだろな。

 トランペットを操るWyntonにとって、80年代という時代背景は好都合だった。
 Chet Bakerはドラッグから抜け出せずにいたし、Donald Byrdも本流とは別のところにいた。有望な若手はみんなフュージョンに行ってたので、まともにジャズを吹けるプレイヤーが少なかったのだ。もちろん、往年のジャズ・ミュージシャンが細々と現役で吹いている例はあったけど、彼らの全盛時のひらめきはとっくの昔に失われていた。
 音楽的には保守的ながら、盟友Terence Blanchardと共にジャズシーンを引っ掻き回すWyntonのスタイルは、自家中毒を起こしていたジャズそのものの活性化に繋がった。
 対してサックスのBranford。David SanbornもWayne Shorterも Michael Breckerも、同じくフュージョンに行っちゃっていた。Wynton同様、まともなジャズ・サックスを前向きにやってる奴が少なくなっていのだ。こういった状況はWyntonと同じ。
 ただ違っていたのは、対するレジェンドの存在。Wyntonの場合、帝王Milesがまだ現役で君臨していた。しかも、同じコロンビア枠で。まともに戦っちゃうと勝ち目がない相手だけど、コロンビア側が描いた営業戦略として、「レジェンド」vs.「若手」の対立構造を煽っていた節がある。MilesはコロンビアによるWyntonへの厚遇に難色を示していたせいもあって、後年ワーナーへ移籍してしまうのだけど、少なくとも前述したような活性化に繋がったのも、また事実である。
 対してBranfordだけど、そういった仮想敵を見出せなかった/コロンビア・サイドがコーディネートできなかったことが、「じゃない方」的ポジションからの脱却が遅れた要因でもある。Sonny Rollinsは乗り越えるとか倒すべき存在とはちょっと違うし、サックス界のラスボスと言えるJohn Coltraneはとっくの昔にこの世を去ってるし。第一Branford、弟と違ってそんな攻撃的な性格じゃないし。

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 なので、無理にジャズの中で地道にやるだけじゃなく、ジャンルの外に出て新たな価値観を養った方が、精神安定的にも良かったのだろう。Stingバンドでは「じゃない方」ではなく、単なるサックス吹きのBranford。主役ではないけど、少なくとも個人のアイデンティティは保てるし。
 俺個人としても、Branfordの存在を知ったのはStingを介してだし、多分、ほとんどのユーザーもそうだったんじゃないかと思う。一応、Wynton兄弟の存在はFM雑誌のディスク・レビューや記事で知ってはいたけど、当時はジャズにそれほど関心がなかったので、実際に彼らの音を聴いたことはなかった。「Engishman in New York」で奏でられたソプラノ・サックスによるコーダが、彼との出会いだった。
 発表当時、特にジャズ方面から「大衆に媚びた」という否定的な論調が多かったけど、俺のようなロック・ユーザーからの認知度は飛躍的に高まった。ここからジャズを聴くようになったユーザーも多かったし、ジャンルの相互交流にも一役買った形になったのも事実である。狭いジャズ村とは対照的に、「そもそもジャズは大衆の音楽なんだから、これだってアリじゃね?」という声の方が多かったため、ジャズ・ミュージシャンとしてのBranfordのステイタスも確立されることとなった。

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 ある意味、アイデンティティ獲得のための武者修行でもあったのか、「ヒップな音楽を好きにやりゃいいんだよ」という境地に達したBranford、その後は徐々にメインストリーム・ジャズの路線に回帰してゆき、時たまポピュラー・シーンに客演するというスタンスで活動することになる。久しぶりにStingのライブに客演した際は、盛大に迎えられたくらいなので、やはりポジション的にはもうジャズ・レジェンドなのだろう。近年はなぜかGrateful Deadに客演したりしてるし、もう「良い音楽」であれば何でもアリなのだろう。
 で、まだ若干ヤマッ気が残ってた頃、1990年にリリースされたのが、Spike Lee監督によるTVドラマのサントラ。Spikeとはほぼ同世代ということもあって、同じような音楽を聴いて育ってきたおかげで、最初からウマが合ったらしい。
 近年でこそ、Robert GlasperやKamasi Washingtonなど、ヒップホップ以降の音楽へのリスペクトを表明するジャズ・ミュージシャンが多くなってきたけど、これも何も今になって始まったことじゃない。Branfordに限らず、他のジャズ・ミュージシャンだってプライベートでは一般リスナーと大差ないわけで、ごく普通に時代に沿ったロックやソウル、ディスコだってたしなんできている。もともとダンス・ミュージックから派生したパーティ音楽がジャズの発祥であって、現場のクラブ・シーンを見失うと、本質を見誤ってしまう。
 あくまで映像がメインであり、純正ジャズにこだわらず、バラエティに富んだサウンド構成になっているので、純粋なジャズ好きの人だったら抵抗があるかもしれない。なので、ジャンルレスで音楽を楽しめる人、俺のような雑食系、Spike Leeファンの人にはおススメである。要はあんまりこだわりの少ない人。俺だってたまたま「Harlem Blues」を聴いて興味を持ったくらいで、別にBranfordが吹いてるから聴いてるわけではない。ジャジー・ヒップホップもあるから飽きないよ。トータル性は薄いけど、間口は広いアルバムだし。
 もう一回くらい、こういうのやってくんないかな、Branford。


Music From Mo' Better Blues (1990 Film)

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1. Harlem Blues
 ヒロインCynda Williamsによる極上バラード。ナイトクラブでの演奏シーンだけでも十分お腹一杯になってしまうパフォーマンス。日本の映画と違って、ほんとうまいよな、あっちの女優さんって。



2. Say Hey
 なので本格的な新伝承派ジャズとなるとこちらになる。そういえば書き忘れてたけど、当時のクインテットのラインナップがTerence Blanchard (tr)、Kenny Kirkland (p)、Jeff  Watts (dr)。多少はストーリー展開に沿ったアンサンブルなんだろうけど、Branfordのパートになると急にテンション上がってColtraneっぽくなるのは避けられないんだな。

3. Knocked Out the Box
 Terenceリードによるジャンプ・ナンバー。やっぱり若手だけあって手数も多くテクニックは折り紙つき。でもたった1分で終わっちゃうんだな。ブリッジ的な扱いはサントラだから致し方ないのかな。

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4. Again, Never
 再びTerenceリードによるスローな4ビート。先ほどのハッチャけ具合から一転、アダルトでムーディなカクテル・ジャズ。こういったのだったら、いくらでもできるんだろうな、このメンツじゃ。でもつまんないんだろう。まぁ確かに無難な仕上がりだしね。

5. Mo' Better Blues
 若きDenzel Washingtonのコワモテぶりが印象的なメイン・テーマ。今ではアクション・スターのイメージが強いWesley Snipesも、ここではシブくクールなサックス・プレイヤーを演じていた。
 ブルース・コードをベースに、ほどよく抑制されガッツのある演奏は映像とマッチしている。当時のBranfordとTerenceの関係性を彷彿とさせる。



6. Pop Top 40
 主演2人によるジャジー・ヒップホップ。ていうかライムを踏んでるわけではないので、どちらかといえばポエトリー・リーディングに近い。佐野元春がやってるようなやつで。どちらにしろ、ジャズにこだわり過ぎるとできないサウンドだよな。ジャズの貪欲な雑食性が強く浮き出ている。

7. Beneath the Underdog
 まだ十分洗練されていない50年代初頭のジャズをシミュレートした、そこにアトランティック以降のColtraneをタイムスリップさせたようなナンバー。この時期のBranfordはまだColtraneコンプレックスから抜け出せていない。開き直るまでには、もうちょっと時間が必要。

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8. Jazz Thing
 そうか、あのDJ PremierはGang Starだったのか、とヒップホップに疎い俺。近年のオートチューン中心のサウンドはどうもダメだけど、80年代のラップ/ヒップホップはまだ受け入れられる俺である。「一般人が思うところのヒップホップ」として、特にうるさ型のジャズ・ユーザーにもギリギリ受け入れられやすいサウンドになっている。いやダメか、あいつら頑なで視野狭いし。

9. Harlem Blues (Acapulco version)
 ラストはオープニングとループ、ストリングスも入ったゴージャスなヴァージョン。ヴォーカルも気合が入っている。でも俺的には1.の方が好みかな。





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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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