好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

細けぇ事はいいんだよっ - Todd Rundgren 『Nearly Human』

folder 1989年にリリースされた、「ポップの魔術師」Todd Rundgren 16枚目のオリジナル・アルバム。長いキャリアにおいて初のワールドワイド契約を結んでのリリースは話題を集め、US102位はまぁしょうがないとして、UKでは久々に87位にチャートイン、再発ブームで湧いていたここ日本でも、オリコン最高85位と、小粒ではありながら存在感をアピールした。そのブーム以降、リアルタイムでは初のアルバムだったため、ミュージックマガジン界隈では盛り上がっていた記憶がある君は45歳以上。

 以前紹介した前作『A Cappella』は、「イコライジングした自分の肉声ですべての楽器パートを表現する」という、単なる思いつきを全力でやらかしてしまった実験作だったため、広く大衆にアピールするアルバムではなかった。US最高128位以外はどの国でもカスリもせず、日本でも一応リリースはされたのだけど、ジャケットも含めてキワモノ扱いだったし。
 そんな反省を踏まえたのか単なる気まぐれなのか、今回は古巣べアズヴィル・スタジオを離れ、名門スタジオ「レコード・プラント」を使用、大御所Bobby Womackとのデュエットなどゲストも豪華、ラストの「I Love My Wife」では、総勢22名のゲスト・ミュージシャンを迎え、カタルシス満載のホワイト・ゴスペルを展開している。
 それまでの密室作業中心のソロや、コロコロ音楽性の変わるUtopiaと違って、ボトムが太く直球ど真ん中、それまで培ったブルー・アイド・ソウルとストレートなロック・サウンドとのハイブリッドは、小手先の技を弄することもなく、これまでになかったグルーヴ感を醸し出している。
 やればできるじゃん。

 これまで業界内において、単に気が良くて中途半端な便利屋扱いされていたToddに転機が訪れたのは、80年代洋楽をかじっていた者なら誰もが知っている、XTC 『Skylarking』でのプロデュース・ワークである。
 本来、主役であるはずの気難し屋Andy Partridgeの意向など右から左へ聞き流し、中~後期Beatles へのオマージュを強調したサウンド・デザインと、べアズヴィル・スタジオ特有のデッドな響きのミックスは、ファン以外の耳目をも虜にした。今でも彼らのインタビュー記事といえば、当時の確執が落語のマクラ的に語られるほどである。まぁリリースから四半世紀経ち、今となっては2人ともギラついたエゴは薄くなり、互いに持ちネタ化してしまっているけど。

jpeg

 Andy同様、Todd自身にとっても彼らとのコラボはターニング・ポイントとなり、再度アーティスト活動に本腰を入れるようになる。
 LPからCDへのメディア切り替えのタイミングと相まって、ベアズヴィル時代の作品がまとめてリイッシューされたことも、Toddにとっては追い風となった。それまでコアなファンの間でさえ幻の作品となっていたアーカイブも入手が容易になり、ファン層は一気に広がった。日本でも雑誌メディアを中心に再評価の機運が高まり、新譜もないのに来日公演まで行なわれるほどの盛況ぶりだった。
 俺がToddの事を知ったのも丁度この頃で、まだ雑居ビルの2階でせせこましく営業していた札幌のタワレコで、日本未発売の『A Wizard, A True Star』のLPを買った。その後、札幌に住むようになってからCDを買い漁ったのは良き思い出。

 Toddといえば「密室ポップの魔術師」の異名で独りスタジオに篭り、特に70年代を中心に趣味的な作品を乱発していたイメージが強いけど、実際のところはUtopiaの活動も並行して行なっており、幼いLiv Tylerを養うためかそれとも家に居場所がなかったのか、かなりの頻度でツアーも行なっている。なので、一般的な宅録アーティストと違って、他人との共同作業を避けていたわけではない。ソロを作った後はバンドでのアルバム、完パケ後はそれをひっさげてライブを行なう、といったローテーションが自然とできあがっていたようである。
 彼が描いた当初の構想としては、産業ロックの前身であるアメリカン・ハード・プログレをバンドで展開して経済面を確保し、実験作や地味な作風のものをソロでやる、という予定だった。しかし実際には、地味なバラードが多いソロの方が好評を博し、ブームが過ぎると冗長さばかりが鼻につく、シンフォニック・ロック路線のUtopiaは苦戦を強いられる。
 そんな事情もあって、Utopiaの音楽性は次第にポップ色が強くなり、終いには凡庸なパワーポップ・バンドとしてフェードアウトしていった、というのは余談。

6064455

 彼のソロ作品の傾向のひとつとして、同じくスタジオ・ワーカホリックのPrince同様、凝りに凝りまくったサウンドというのは思っていたより数少ない。トータルのアルバム・コンセプトや楽曲単位でのこだわりは相応だけど、楽器の音色へのこだわりはそれほどでもない印象。コンプをかけたりテープ逆回転を使ったり、経験則に基づいたギミックを使うこともあるのだけれど、それらも衝動的・単なる思いつきで使用されたものが多く、熟考を重ねたものではない。
 思いついたアイディアはとにかく片っぱしから詰め込んでしまうため、正規リリースなのに音質はブート・レベルのモノも多い。幾度にも渡るピンポン録音によってナチュラルにコンプがかかっている上、2枚組サイズの収録時間を無理やり1枚に詰め込んでしまってカッティング・レベルは下がり、さらに音は割れまくる。思いついたらすぐ手をつけないと気が済まないのか、ベテラン・アーティストにありがちな、シンセやドラムの音決めに丸一日かけるなんてことはせず、ほぼプリセットのまんまでスタジオ・ブース入りしてしまう。エフェクターだって、そんなに持ってないんだろうな。
 当然、じっくり練り上げて熟成させるなんてことは頭になく、思いついたアイディアを考えもせず、とにかくまずはプレイしてみる。ほぼ勢いのみでセッションしてしまうので、正確なピッチやリズム?何それ?といった塩梅。完璧なバンド・アンサンブルやインタープレイなんてのもあまり重要視せず、一回通してせーのでプレイしてみて、大まかな流れやソロ・パートの配分を決めると、即本チャン突入、あとは自分のパートで気持ちよくギター・ソロが弾ければ、それでオッケー。

 結局のところこの人の場合、「こうするとどうなるんだろう?」といった無邪気な少年の視点が、すべての行動パターンの発露である。
 独得のコード進行による揺らぐメロディは多くのファンの心をつかみ、Roger Powellら手練れのプレイヤーを擁するUtopiaは、自由奔放なバンマスに振り回されることもなく、完璧なバンド・アンサンブルを構築していた。
 それなのにこの人は、既存のお約束・予定調和的なものを自ら崩そうと一生懸命である。普通にバンドでやればバランスよく仕上がるのに、わざわざ全パートをマルチ・レコーディングでもって自分独りで演奏したり、わざわざ手間ヒマかけて肉声を加工して変態アカペラ・アルバムを作ったり、しまいには「インタラクティブ」と称して演奏素材をバラバラに収録、リスナー側が各自でリミックスして曲を仕上げるという、何とも微妙な作品をリリースしたり。
 すべては、単なる好奇心をきっかけとした「やりっぱなしの産物」である。そもそもこの人、この時点まで2枚続けて同じコンセプトでアルバムを作ったことがないので、新譜リリースごとに音楽性が変わり、ライト・ユーザーは皆無、ほぼコアなファンしか残らない。好きな人からすれば「何をやってもToddだよね〜、もうしょうがないんだから」といったところだけど、そりゃファン層も拡大しないわな。

MI0001239012

 で、『Nearly Human』。
 これまでになくコンテンポラリー向きで、外に開かれたサウンドではあるけれど、結局のところ、これもまたToddの壮大な気まぐれの具現化と捉えれば、異質でも何でもない。ていうかこの人の場合、ほとんど全部異色作ばっかだけど。
 -大掛かりな予算と豪華なゲストを使って、スタジオで一同に介してプレイしてみたら、一体どうなるんだろう?
 そんな素朴な疑問と探究心が、このプロジェクトのカギとなっている。これまでは自ら積極的に楽器を操っていたけれど、ここではシンガーとプロデュース、むしろコンダクターに徹しているため、バンド・サウンドの足腰の強さが全体にも大きく影響を及ぼしている。設備としては貧弱極まりないべアズヴィル・スタジオと違って、レコード・プラントでのレコーディングは音の仕上がりが違っており、バック・トラックの音圧は強い。
 眼前に立ちはだかるゴージャスな音の壁の前では、流麗かつ不安定なメロディの微妙な揺らぎはかき消されしまうけれど、ここでのToddはメジャー仕様のサウンドに堂々と対峙して、細かなディテールを排除したストレートなメロディ・ラインでまとめている。「細けぇ事はいいんだよっ」とでも言いたげに。
 結果的に大味に仕上がった作風は、コアなファンからは不評であり、70年代の作品と比べるといまだ正当な評価が与えられていない。直球勝負のパワーポップ風味ブルー・アイド・ソウルと捉えれば、クオリティ的には申し分ないのだけれど。

Nearly Human
Nearly Human
posted with amazlet at 17.04.10
Todd Rundgren
Warner Bros / Wea (1989-05-18)
売り上げランキング: 337,418



1. The Want of a Nail
 ビルボード・メインストリーム・チャートで最高15位にチャートインした、Toddの大味なロック志向と不安定な揺らぎのメロディ・ラインとの奇跡的な融合。ゲスト・ヴォーカルのBobby Womackの参加がクローズアップされることが多いけど、俺的にはToddのヴォーカルにしか耳が行かない。この時期のBobbyは「ラスト・ソウル・マン」と称して第2のピークを迎え、Rolling Stones 「Harlem Shuffle」などロック系の客演も多かった時期だったのだけど、俺的にはこの人、演歌なんだよな。
 2分20秒当たりの転調の部分がとても美しいのだけれど、Bobbyのガサツなヴォーカルがちょっと興醒めしてしまう。生粋のソウル・ファンなら垂涎なんだろうけど。



2. The Waiting Game
 従来Toddのメロウな部分が80年代サウンドにアップデートされた、ソウル・テイストのポップ・チューン。ただこれまでと違うのは、Utopiaとは違うメンツでセッションを行なったことによる、外に開かれた楽曲であること。内に籠った落としどころのないメロディではなく、そりゃ普通の黄金コード進行とは違うけど、いつものToddよりは起承転結がはっきりした構造。やればできるのに。

3. Parallel Lines
 もともとはオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『Up Against It!』のために書かれた楽曲。もうちょっと突っ込んで調べてみると、要は我々日本人が想像する煌びやかなショー・ビジネスの世界とは違って2軍扱い、もともとはJoe Ortonという脚本家がBeatesにインスパイアされた戯曲を読んで、さらにToddがインスパイアを受けてデモテープを作り、その中の1曲という代物。あぁややこしい。その同名タイトルのデモテープ集が1997年にリリースされているのだけれど、ごめん聴いてない。この時期のToddはいささか空回り気味だったので、まともに追いかけている人はごく少数のはず。いつかちゃんと聴かなきゃと思いつつ、ずっと後回しだな。
 ここまで言ってなんだけど、楽曲の出来としては秀逸。後にライブでもたびたび披露されるくらいだし、本人としても会心の出来と自負があるのだろうと思われる。イヤミなく、良質のAORロッカバラードとして聴いてみてほしい。



4. Two Little Hitlers
 アナログでは未収録だった、CDボーナス扱いのElvis Costelloカバー。まだCD/LP同時発売の過渡期において、収録時間の都合上、こういった扱いの楽曲が存在した時代の話。
 オリジナル・リリースが『Armed Forces』なので、Costelloのキャリアとしてはかなり初期の作品で、正直、目立った楽曲ではないので、逆にToddの選曲眼が目ざとく働いた結果に落ち着いた。リズム面を補強した以外はオリジナルとほぼ同じアレンジだったのも、Costelloファンである俺にとっては好感が持てた。
 しかし今じゃ絶対承認降りなさそうなタイトルだよな。まぁこれ以上、深追いするのはやめておこう。

5. Can't Stop Running
 Utopiaメンバー全面参加、リリース当時、ソウル・オリンピックのアメリカ応援ソングとして制作されたことで注目を浴びた、とのことなのだけど、正直記憶にない。
 そういった宣伝コメントを抜きにしても、楽曲のクオリティはめちゃめちゃ高い。やはり旧知のメンバーが入るとスイッチの入り方が違うのか、ここではTodd、思いっきりギターを弾きまくっている。またソロが映えやすい構造になってるもんな。
 キャッチーなサビのコーラスといい各メンバーのソロの見せ所ぶりといい、路線が迷走した挙句、尻切れトンボ気味に収束してしまったUtopiaとしての理想形がここにある。プログレもソウルもビート・ポップも産業ロックもすべて飲み込んだ、耳にした誰もが自然と高揚感を想起させるエモーショナルが内包されている。



6. Unloved Children
 アナログだと本来、4.のポジションに配置されていたブルース・ロック。シャッフル気味のリズム・パターンが単調になるのを防いでいる。やっぱりロック・チューンになると血が騒ぐのか、ここでも短いけれど印象的なギター・ソロを弾いている。
 こうして5.と続けて聴いてみると、あぁUtopiaというバンドはロック向きじゃなかったんだな、と改めて実感する。前述のRogerといいKasim Sultonといい、どちらかといえばシンフォニック/プログレッシヴがバックボーンだし、ブルース要素が皆無だもの。

7. Fidelity
 3.と同じく良質のAORバラード。曲調や構成もほぼ似たようなもので、でも二番煎じとはとても呼べぬクオリティのメロディが炸裂している。ここまでロック路線とフィリー・ソウル・バラードとがほぼ交互にうまく配置されており、やはりこの人はプロデューサーなんだなと思わされる。バランスの取り方ひとつでクドくなってしまいそうになるのを、うまく回避している。あんな人だけど、ちゃんと第三者的な目線は持ってるんだな。

8. Feel It
 ニュー・ソウル期のMarvin Gayeを思わせるドラマティックなストリングスで幕を開ける、以前、プロデュースしたThe Tubes『Love Bomb』収録曲のカバー。正直、Tubesはちゃんと聴いたことがないので判断しかねるのだけど、Youtubeで聴き比べてみたところでは、アレンジのテイストはそんなに変わらない。ニューウェイヴ期のバンドという以上の印象がなく、これからも俺的な興味は引きそうにないので、まぁ無難なポップ・バラードということで。

Todd_Rundgren_and_Utopia

9. Hawking
 なんとなく無難な穴埋め曲の後は、そろそろアルバムも終盤、クライマックスに向けて走り出す。タイトルが示すように、テーマがあのホーキング博士。ドラマティックかつソウルフルに彼の足跡と今後の展望を讃えている。何かと最新テクノロジー系に興味深々のTodd、ここではゴスペルライクなコーラスと咽び泣くサックスの調べによって、アーバンかつムーディな…、って宇宙論や理論物理学とは相反するサウンドだな。

10. I Love My Life
 ラストはなんと9分弱に及ぶ一大セッション。総勢30名以上をまとめるのはNarada Michael Walden。何ていうかこう、「いい」とか「悪い」とか「好き」とか「嫌い」という次元を超えて、「人海戦術」ってのはこういうことなんだな、というのを実感させられてしまう。一大絵巻。何だかんだ言っても「We are the World」だって「Do They Know y It's Christmas」だって、どんな批判や中傷も、あの圧力の前では無力だ。個人個人のパワーを結集すると、とんでもないパワーが生まれるのだ、って恥ずかしいことをつい呟かせてしまうパワーを持った問答無用のナンバー。
 ちなみに大コーラス隊のメンツの中で、なんでこの人が?というのが、Mr.BigのEric MartinとPaul Gilbert。世代的にもClarence Clemonsは何となく繋がりがありそうだけど、なんでこの人たち?






White Knight
White Knight
posted with amazlet at 17.04.10
Todd Rundgren
Cleopatra (2017-05-12)
売り上げランキング: 31,834
ヴェリー・ベスト・オブ・トッド・ラングレン<ヨウガクベスト1300 SHM-CD>
トッド・ラングレン
ワーナーミュージック・ジャパン (2017-05-31)
売り上げランキング: 384,395

英国ムード歌謡の完成型 - Bryan Ferry 『Boys and Girls』

folder 1985年リリース、Roxy Music 解散後初、ソロとしては6枚目のアルバム。ていうかバンドでデビューして10年ちょっとなのに、並行して6枚も出してたのかよっ、というのが俺的印象。ZappaやPrince並みに多作だったんだな、とちょっとビックリ。
 UKでは当然のようにチャート1位、USでは63位が最高だったけど、それまでのソロがどれもビルボード・トップ100圏外で玉砕していたのに対し、今回はゴールドまで獲得している。多分、粗野でアバウトなヤンキーの感性では、彼のように耽美なメロウAORを受け入れる土壌ができていなかったのだろう。彼らの理解を得るためには、ヨーロッパ的な曖昧さを排除して、Phil Collinsくらいまでベタなエンタメに徹しなければならないのだ。まぁメガ・ヒットを想定した音作りではないのだけれど。

 US・UKともバカ売れしただけじゃなく、ロック・バンドの最終作としては珍しく、高い完成度と極上のクオリティによって、80年代を通しての名盤として語り継がれる『Avalon』 にて有終の美を飾ったRoxy Music。ロックの円熟期と称される70年代を疾走したZEPやWhoが、なんとも微妙なスワン・ソングで終焉を迎えたのに対し、変態グラム・バンドとしてスタートした彼らが「More Than This」と言い切っちゃう作品を残すまでに至ったのは、音楽のミューズの気まぐれだったのか。

 その変態グラム・バンド期のRoxyは、Ferry を始めとするメンバーのソロ活動が多くなったことによって、5枚目のアルバム『Siren』を最後に一度解散している。で、そこから2年弱のブランクを経て再結成、『manifesto』~『Avalon』に至るまで行動を共にすることになる。
 今どきのアーティストの活動ペースで考えれば、2年程度のブランクなんて特に長いものではないし、わざわざ解散表明しなくても普通にバカンス中って言っとけばよかったんじゃね?と思ってしまうけど、そこは怒涛の70年代、どの大御所バンドも年1のリリース・ペースを守っていた時期である。しかもレコーディングと同時進行の世界ツアーも添えて。なので、この時期の1年はざっと5倍単位で換算すると辻褄が合うことが多い。
 彼らに限らず、延々続くツアーとレコーディングのループは、心身ともに消耗が激しく、当然人間関係にも大きな影響を及ぼす。いくら苦楽を共にした仲間とはいえ、始終顔を突き合わせていれば、次第に同じ空気を吸うことさえ耐え難いものになってしまう。一旦、キレのいいところでリセットしたくなってしまうのは、仕方のないことではある。

19097

 で、一旦リセットしてからの再開に至った後期Roxy だけど、バンド名は同じだけど、正直まったく別のバンドである。
 西欧民族のフィルターを通してキッチュに歪められたロックンロールに、変な音担当であるBryan Enoのエキセントリックさを付加して、オーソドックスなバンド・アンサンブルで支える、というのが初期Roxyの大まかなコンセプトだった。メイン・ヴォーカルであり、ほとんどの曲を書くFerry がフロントマンではあったけれど、バンド・マジックとEnoの茶々によって、彼が書くアシッド・フォーク的な原曲は解体され、グラマラスなサウンドにデコレーションされた。
 再結成後のRoxyは、Ferryがイニシアチブを取ることが増え、ワンマンバンド的な色彩が濃くなった。ヨーロッパ的なデカダン性を緻密なものにするため、粗野なロック的要素は一掃され、リズム&ブルースやソウルのエッセンスを取り入れたソフト・サウンドが主流になった。
 その後のRoxyの歩みは『Avalon』で完成に至るまでの成長過程と捉えてもよい。じっくり時間をかけてFerryはサウンドの完成度を高め、結果的に高級なAORとして機能するサウンドのクオリティを磨いていった。多少のアドバイスや演奏での貢献はあったけれど、他メンバーであるAndy McKay とPhil Manzaneraの出番は少なく、ほぼセッション・ミュージシャンと同列扱いである。

29bcf49b54dadaf59071b3569e09a9bf

 サウンドの純度が上がるにつれ、バンドという枠組みにこだわらず、外部ミュージシャンの積極的な登用に至るプロセスは、同時代のSteely Danのキャリアとシンクロしている。Donald FagenとWalter Beckerが理想のサウンドの具現化のため、Gary Katzという制作ブレーンとの二人三脚で作業を進めていたことと同様、Ferryもまた、プロデューサーのRhett DavisとエンジニアのBob Clearmountainに絶大な信頼を置いていた。双方ともノン・ミュージシャンでありながら、Ferryの希求するコンセプトの最大の理解者だった。エンジニアというポジションに留まらず、自らも進んでアイディアを提供したりなど、相互に影響し合いながら理想のサウンドを形成していった。

 完璧で隙のないサウンドとは対極的に、Ferryのヴォーカルはお世辞にも上手いとは言えない。テクニカルとも言えないし。よく言えば「崩して歌ってる」という見方もできるけど、悪く言えば調子はずれでピッチはズレズレ、リズム感も良い方ではない。腹に力の入ってないヘロヘロなしわがれ声も、美声とは言えず万人ウケするものではない。
 80年代に流行した緩やかなシルエットのソフトスーツに身を包み、アダルトな佇まいでダンス・ビートに身を任せる様は、ちょうど同時代にブレイクしたRobert Palmer との共通点も多く見られるけど、PVなどで比較すると、その違いは歴然としている。
 終始クールで優雅なステージングを披露するPalmerに対し、リズムに合わせようとするけれどどこか不器用で、とてもダンサブルとは言い難いFerry。スーツはヨレヨレ、シャツの袖はデロンとはみ出てシワシワ、息も切れ切れ汗まみれになりながら、「Love is the Drug」と語りかけるFerry。
 その姿は滑稽さを通り越して、もはや伝統芸能の域である。

 で、『Boys and Girls』。クオリティ/セールスとも高い水準を記録した『Avalon』によって、Ferryのアーティスト・ポジションは大きくランクアップした。その恩恵として、レコーディングにかけられる時間や予算も並行してグレードアップ、細かな予算の切り詰めなどを気にすることもなく、純粋に制作に没頭できるお膳立てが整った。
 Roxyの解散ツアーと並行して準備を進め、足掛け3年に及ぶ長期間のレコーディングは、当時隆盛を極めていたニューヨークのパワー・ステーションやバハマのコンパス・ポイントなど、世界有数のスタジオ7ヶ所を使用、スケジュールの合間を縫って断続的に行なわれた。『Avalon』より引き続き参加のDavisやClearmountainを始めとして、これまた当時一流どころのレコーディング・エンジニアの起用は総勢18名に及んでいる。さらに加えて、こちらも有名/無名含めて参加したミュージシャンとなると、そりゃもう羅列するのもめんどくさくなってしまうほど、錚々たるメンツで占められている。
 結果的に、恐ろしくレベルの高い人海戦術となったのは結果オーライってことで。

753f16cb68f1f16fa015469512c6691d

 「112回もミックスダウンを行なった」と語り継がれる「Slave to Love」に象徴されるように、ドラムの音ひとつエコーの響きひとつにまでこだわり抜いたサウンドは、細部まで精巧に組み立てられている。まだシーケンス・サウンドがメインではなかった時代の人力プレイが最上の音で録音され、Clearmountainと肩を並べる技量を誇っていたパワー・ステーションのハウス・エンジニアNeil Dorfsmanによって、薄いヴェールを纏うようなディレイで全体が埋め尽くされている。各プレイヤーの見せ所もしっかり押さえられ、パワー・ステーション特有のメリハリのあるサウンドは、カラオケだけでも充分成立してしまうんじゃないかと思ってしまうほど完成度が高い。
 ただ、完璧すぎる音の功罪なのか、整然とまとまって破綻が少ないということは、逆に言えば引っかかりがなく、良質のBGMとして、右から左へ聴き流されてしまうことも多い。工業製品と違って、しっかりしたプランニングとバジェットが揃えば、必ず良いものができるわけではないのだ。
 そこにヘロヘロなFerryのヴォーカルを載せるとあら不思議、よくできた二流のフュージョンが、英国ムード歌謡とも形容される、アーバンでトレンディな空間に様変わりしてしまう。
 精巧に作られたプラモデルの仕上げに汚しを入れると、単調だった質感がリアルに映えるように、彼のヴォーカルを活かすためには、ここまで作り込まれたゴージャスなサウンドが必要だったのだ。逆にサウンドが貧相だと、英国ムード歌謡の「英国」が取れてしまい、単なる自己満カラオケ親父に成り下がってしまうことを、Ferryをはじめ主要ブレーンは察知していたのだろう。

 Roxy名義で制作した「Avalon」はバンド形態ゆえのしがらみとして、必然性のないパートでMacKay やManzanera をフィーチャーしなければならない局面もあり、サウンドの完成度の詰めが甘くなっている部分が少なからずあった。このソロ第一弾ではその反省を踏まえたのか、Ferryのコンセプト・意向が思う存分反映されている。
 サウンド・コンセプト的にはRoxy時代の延長線上ではあるけれど、明らかに違っているのはリズム面でのアプローチ。一歩間違えれば高級AORというメロウ路線だった「Avalon」に対し、ここでは世界有数のリズム・セクションを贅沢に配してダンス・ビートの強化を図り、スノッブさを排除している。ちょっと下世話ではあるけれど、英国ムード歌謡路線の完成だ。ただあくまでUK/EU仕様のサウンドなので、Phil Collinsよりは上品だけどね。
 グラム期を並走し、互いに変容を繰り返してきたDavid Bowieもまた、タイトルそのまんま「Let’s Dance」でリズム・パートへのこだわりを表明していた。パワー・ステーション製のサウンドが世界中の音楽トレンドを牽引していた時代の幸福な産物である。


Boys & Girls
Boys & Girls
posted with amazlet at 17.04.07
Bryan Ferry
Virgin Records Us (2000-03-28)
売り上げランキング: 10,988



1. Sensation
 すでにトップ・プロデューサーの地位を確立していたNile Rogersのギター・カッティングから始まるファンク・チューン。当時の大物アーティストのアルバムには大抵この人が一枚噛んでおり、ていうか彼のオファーを取れなかったアーティストは二流と見なされた。ボトムの太い音を中心に配置した構成力だけじゃなく、サウンドを引き締めるようなプレイまで見せちゃうのだから、誰も文句が言えない。
 歌詞自体は未練がましいジゴロの嘆きを綴ったものであり、そんな後ろ向きなテーマとは裏腹に強靭なインタープレイとのコントラストが絶妙。俺的には結構好きなトラックなのだけど、シングル・カットされなかったことが不満といえば不満。

BRYAN_FERRY_SLAVE+TO+LOVE+++POSTER-19759

2. Slave to Love
 前述したように112回もミックスを繰り返したことばかりが喧伝されるけど、実際の音はそんな試行錯誤の痕跡は窺えず、むしろすっきりシンプルな仕上がり。最終的に積み重ねたモノをばっさり切り捨ててしまうところが、一流のアーティスト/エンジニアの証ともいえる一曲。録ったもの全部入れてちゃだめだよね、やっぱり。
 先行シングルとしてリリースされ、UK10位を筆頭としてEU諸国でもチャートインしている。当時のニューヨーク・セッションでは引っ張りだこだったOmar Hakim (dr)と、King Crimsonが何度目かの解散をして多分ヒマだったTony Levin (b)がリズム・セクションを担当、元RoxyのツテなのかNeil Hubbard(g)が参加。



3. Don't Stop the Dance
 最近もCMで使われていた、多分日本で最も知られていると思われる彼の代表曲。「Avalon」でも「Tokyo Joe」でもない、やはりこれなのだ。
 全編ほぼ出ずっぱりで参加しているDavid Gilmour (g)による、程よいブルース・タッチのソロが絶妙。そうなんだよ、もともと彼の本質は小難しいプログレなんかじゃなく、ウェットでムーディーなポップ歌謡でこそ、その真価を発揮するのだ。同時期のPaul McCartney 「No More Lonely Nights」でも情緒あふれるエモーショナルなプレイを披露していたし。
 2枚目のシングル・カットとしてリリースされ、UK21位。このような記録より、特に日本の45歳以上の洋楽少年少女に強く記憶に刻まれたのは、やはりリアルタイムでのフジカセットCMだろう。



4. A Waste Land
 いわゆるインターミッション。雰囲気一発の小品だけれど、細かく聴いていると当時のレコーディング技術が結集されている。

5. Windswept
 で、4.をプロローグとした3枚目のシングル・カット。モヤッとした雰囲気ディレイが通底音として流れ、時々思い出したようにFerryのヴォーカル、そしてまた寄り添うようなGilmourのソロ。曲調に合わせ、スパニッシュ風の小技まで披露している。Pink Floydではまず見せない一面だよな。
 どこまでも曖昧なムード歌謡は捉えどころがなく、UK最高46位はよく売れた方だと思う。よく切ったよな、こんな地味な曲。

6. The Chosen One
 アナログではB面トップを飾るミドル・ファンク。Ferryのヴォーカルだけ抜き出せば単なるムード歌謡だけど、まったり感を引き締めるようなMarcus Miller (b)のスラップが程よいエッセンスとして作用している。誰がプレイしてるのかは不明だけど、間奏でのアコギのストロークとのコラボレーションが、俺的にはすごいと思う。普通ならこんな組み合わせしないもの。

Don't_Stop_the_Dance

7. Valentine
 ほぼGilmourのソロとオブリガードが主役となっている、Ferryはおまけ的なロック・チューン。もともと浪花節的な感性を持つGilmourだからして、Ferryのようなヘタウマ的ウェットなヴォーカル・スタイルとは相性が良い。同じヘタウマだけど、Roger Watersはイデオロギーが先だって「聴かせる」風ではないのだ。

8. Stone Woman
 3.をテンポアップしたような、リズム・セクションを強調したミックスが施されたアーバン・ファンク。ここまでいわゆる捨て曲なし。好みは人それぞれだけど、どれも気を抜いた曲がない。ヘロヘロでありながら、その辺はしっかりディレクションしているんだな。メロディのフックがちょっと弱いのでシングル候補からは外れたのだろうけど、いやいや充分聴けるっしょ。

9. Boys and Girls
 ラストを飾るのは長いイントロに続く、陰鬱としたモノローグ調バラード。Doorsっぽく感じるのは誰もが思うところ。俺も最初、Doorsのカバーかと思ったもの。もともとカバー好きな人だしね。
 普段ならもっとライトタッチなプレイのDavid Sanborn (sax)も、曲のムードに触発されたのか、攻撃的なプレイを見せる。Gilmourのプレイも情緒てんこ盛り、ブルージーな音色を奏でている。



The Best Of Bryan Ferry
The Best Of Bryan Ferry
posted with amazlet at 17.04.07
Bryan Ferry
Virgin Catalogue (2009-10-16)
売り上げランキング: 86,448
Roxy Music: The Complete Studio Recordings 1972-1982
ROXY MUSIC
VIRGIN UK (601)(XY4) (2012-08-07)
売り上げランキング: 113,463


80年代ソニー・アーティスト列伝 その10 - 鈴木雅之 『Mother of Pearl』

Folder 80年代初期にチャートの常連だったラッツ&スターが活動休止に至った経緯は、複合的な要因が絡み合ってのものだけど、単純に考えるとシャネルズから改名以降のセールス不振が大きく響いている。
 新生ラッツ&スターとしてのシングル第一弾「め組の人」は、当時有数のヒットメーカー井上大輔のペンによるもので、オリコン1位80万枚を売り上げる大ヒットを記録した。改名に至るゴタゴタを払底するため、ここで一発ヒット曲を出さなければならなかったのが、ラッツが当時置かれていた状況だった。

 化粧品CMとのタイアップの絡みであらかじめタイトルは決まっており、新生第1弾をアピールするため、当初は井上同様、ヒットメーカーだった大滝詠一がプロデュースする予定だった。かつての師匠との再会は話題性充分だったはずなのだけど、当時『Each Time』レコーディングにかかりきりだった大滝のスケジュールが取れず、企画がお流れになったのは、わりと有名な話。
 そういった経緯もあって、2曲目はぜひ師匠の作品で、というのは必須の流れだった。

 大滝プロデュースを最大のセールスポイントとしたアルバム『Soul Vacation』は、ジャケット・デザインを世界的アーティストAndy Warhol に依頼、アレンジャーには村松邦男と井上鑑を起用、当時のナイアガラ・ファミリーを贅沢に使った意欲作となった。
 シングル・カットされた「Tシャツに口紅」も、前作と雰囲気を変えたマイナー・タッチのしっとりしたバラードとなっており、2曲並べることで陰陽のコントラストがくっきり浮かび上がってくる。この曲はラッツ時代の名曲として、今もファンの間では人気が高い。ついでに、俺のカラオケの定番となっているナンバーでもある。
 ただ当時のチャート・アクションは、アルバム3位シングル18位と、中途半端な売り上げに止まってしまう。今ではテレビ出演においても、「夢で逢えたら」と共に選曲される率が高い楽曲なので、「別れの街」や「違う、そうじゃない」クラスの売り上げだったと誤解されているけどとんでもない。当時からすでに。隠れた名曲扱いだったのだ。確かに「め組の人」と比べてアダルティーなサウンドは、当時のヒット曲と比べて明らかに地味だった。
 シングル・リリースのペースが早かった80年代において、2曲目で大きく失速してしまったことによって、その後のラッツのチャート・アクションは下降線を辿ることになる。

2d778_1433_f7bd6e56d10476184f00db723879aa57

 そういった現状に、ただ手をこまねいていたわけではない。新機軸として、シングルで田代をメインに据えたり、企画色が強いけど、マーチン姉の鈴木聖美をフィーチャーした「ロンリー・チャップリン」は、リリースから四半世紀経った今も、夜の街界隈を賑わす定番デュエットである。あるのだけれど、あくまでどれも単発的な効果に終わり、ラッツ本体へのフィードバックには至らなかった。
 良い意味で姐御肌的存在だったお姉ちゃんとのコラボは、結果的に鈴木姉弟の発言力が増す方向へ作用したため、グループの連帯感は緩やかに崩れていった。

 グループとしてのオファーが少なくなってゆくことによって、自然と個々の仕事が多くなり、これまでの一枚岩体制からシフトチェンジ、ラッツ本体の活動は次第にフェードアウトしてゆく。
 もともとパーティ・バンド的なニュアンスも濃かったシャネルズ時代から、ライブMCでのおちゃらけたトーク・コーナーはあったのだけど、末期のライブでは田代と桑野主導による幕間のコント・パートが設けられており、純音楽主義的な他メンバーとの不協和音がシャレにならなくなっていた。
 他メンバーほど音楽面に執着がなく、志村けんに目をかけられた2人はTVバラエティの世界へと進出、それを機に他メンバーも業界内外へそれぞれ散っていった。バス担当の佐藤善雄が、のちにプロデューサーとしてゴスペラーズを世に送り出したのは、わりと有名な話。
 まとめ売りなら需要は少ないけど、個性に応じたバラ売りによってニーズを創り出せるのなら、結果的に全体の寿命は延びる。大元のブランド・イメージも維持できるし、グループと所属事務所の選択は間違ってはいなかった。

 で、ここでマーチン。解散という最悪の事態を回避、ホームグラウンドであるラッツのアイデンティティを保ってゆくため、マーチンはエピックとソロ契約、ただ独りアーティスト活動を続けて行くことになる。
 とは言っても、単なるラッツの延長線上というわけにはいかない。「ドゥーワップ+オールディーズに歌謡曲のメロディ」という方法論はこの時点で行き詰まっており、ひとりラッツでは立ち行かなくなるのは目に見えていた。
 グループ時代はそれほど前面に出してなかったけれど、マーチンは同じヴォーカリストとして、Marvin Gayeをリスペクトしていた。優秀なソングライターでありながら、時にダイナミックに、時にセクシャリティを強調した彼のステージ・パフォーマンスは、R&B要素を持つ男性ソロ・ヴォーカリストにとって、目指すべき理想形だった。

iapp

 ただ当時のソニーにとって、それは苦手分野のひとつだった。大沢誉志幸の時にも書いたけど、70〜80年代のソニーは、彼のような男性ソロ・ヴォーカリストへの販売戦略が不得手だった。アメリカ進出を模索していた矢沢永吉が、グローバル展開を見据えてワーナーへ移籍したように、良くも悪くもドメスティックな営業戦略で収まってしまうところが、世界的なアーティスト育成の不調に直結している。プレステは世界中のどこにでもあるのにね。
 Marvin をプロトタイプとした和製R&B路線は間違っていなかったのだけど、未開拓の分野ゆえ、マーチン含め周辺スタッフもまた、試行錯誤していたんじゃないかと思われる。

 その和製R&B〜ファンク路線は、松崎しげるをプロトタイプとするディナー・ショー路線とは別のベクトルへ向かうことになる。演歌/歌謡曲とも相似点が多いメロディアスなフィリー・ソウルをルーツとするのではなく、リズムを主体に構成された同時代のファンク〜ヒップホップから着想を得ることによって、80年代洋楽チャートともリンクしていった。
 のちに登場する久保田利伸のブレイクによってコンセプトが固まり、彼を中心としてバブルガム・ブラザーズや安藤秀樹らによるソウルメイト一大勢力を築くことになるのだけど、それはもう少し後の話。マーチンがデビューの時点では、まだ黎明期だった。同じ男性ソロ・アーティストだったとしても、フォーク/ロック系の佐野元春や尾崎豊と同じ手法ではダメなのだ。事実、ヒップホップ色の強い『Visitors』が正当に評価されるまでには、ずいぶん待たなければならなかったし。

 そのような黎明期のソニーR&B部にいたのが、大沢誉志幸。
 希代の名曲「そして僕は途方に暮れる」のヒットによって、デビューから積み上げてきたデジタル・ファンク・サウンドも脚光を浴びるようになっていた。その路線の完成形となったアルバム『in・Fin・ity』も、高い評価とセールスを記録して、ようやくひとつの方向性が定まった頃だった。
 デビュー前から、職業作家としての活動も並行して行なっていた大沢、この頃はアーティストとしてだけでなくライターとしても脂が乗っており、山下久美子「こっちをお向きよソフィア」や吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」など、いまも彼らの代表曲になっている楽曲を立て続けに書き下ろしている。売れたわけじゃなかったけど、ビートたけしにも書いてるんだな、この人。
 ファンクとR&Bと、微妙にジャンルは違えど、同世代で聴いてきた音楽もかなりカブってる2人の相性は良く、コラボするのは成り行きとしても自然の流れだった。

martin

 で、その大沢は当時、主なブレーンとしてホッピー神山を引き入れており、多分その流れで彼も主要スタッフとしてクレジットに名を連ねている。普通に考えると、メジャーとアンダーグラウンドとのボーダーで活動していたホッピーとのコラボは貴重だし、その流れで参加している布袋寅泰はもっと異色である。当時はBOØWYでブイブイ言わせてたのにね。
 座付き専属作家とレコード会社主導によって築き上げられた歌謡曲の世界は、80年代に入ってからは、はっぴいえんど/ティン・パン・アレー一派がレコーディングを仕切り出し、なし崩し的にはロック系アーティストの参加が多くなる。ロックは金にならないけれど、アイドル関連は確実に収入になるので、中途半端なポリシーを捨てさえすれば、需要はいくらでもある時代だった。
 良く言えば、「他流試合を重ねたことによるスキルの向上」といった見方もできるけど、当時の布袋がマーチンや中島みゆきだけでなく、今ではスッカリ有名になったナウシカの蟲の鳴き声までやっていた、というのを聞くと、なんか日本版Adrian Brew 、ギターの便利屋的印象を受けてしまう。ホッピーもホッピーで、この時期の仕事で有名なのは吉川晃司や布袋の一連のプロデュースだけど、うしろ指さされ組なんて仕事もやってるんだもの。何でもアリだな。

 ディレクターやマーチン本人の方向性がまだ充分固まっておらず、サウンド・プロデュースに徹した大沢もホッピーも、通常の歌謡曲仕事よりは丁寧な仕事をしてはいるものの、R&Bと歌謡曲とのブレンド配分を決めかねている部分が垣間見える。まぁ実質的なデビュー作なので、かっちりした方針も何もないのは当たり前の話だけど。これまでのようなラッツのコーラス・ワークがない分、サウンド的に薄くなるのを回避するため、ひとクセとギミックの多い大沢&ホッピーのアレンジは正解だった。
 『Mother of Pearl』は、マーチンのソロ・ワークの基本指針を決定づけ、その後は山下達郎や小田和正ら気鋭のクリエイターによって、サウンドは磨かれてゆく。和製Marvin Gayeと称される彼が本領を発揮するのはもう少しあと、「ロンリー・チャップリン」で見せたベタなお水っぽさを放つ「別れの街」からである。


mother of pearl
mother of pearl
posted with amazlet at 17.04.01
鈴木雅之
エピックレコードジャパン (1991-08-23)
売り上げランキング: 139,422


1. ふたりの焦燥
 脱・ラッツという流れを作るためには必要だった、もろ大沢誉志幸チーム、いやPINKのサウンド・プロダクションをそのまんま移植したようなエレクトリック・ファンク。跳ねまくるスラッピング、ボトムを思いっきり膨らませたバスドラ、縦横無尽にスキを見て変なギミックを奏でるキーボード。やっぱりホッピーの仕事だ。
 でももっとすごいのは、こんな一面をまるで見せてこなかったはずなのに、いとも簡単に自分のフィールドに引き寄せてしまうマーチンのテクニック。普通ならサウンドに埋もれてしまうところを、たやすくねじ伏せてしまえるのはさすがだし、こんなトリッキーなサウンドをぶつけて来たホッピーのプロデュース能力も絶妙。
 
2. 別の夜へ〜Let's Go〜
 ホッピーのアレンジメントは続き、今度は新進気鋭の若手作曲家だった岡村ちゃんのペンによるファンク・チューン。詞先か曲先かはわかりかねるけど、言葉の乗せ方には後年の岡村ちゃんのセンスが感じられるし、サビ以外ははっきりしないメロディ・ラインは岡村ちゃん特有のもの。これもまたマーチンがうまく料理しているけれども、若気の至り的な岡村ちゃんヴァージョンも聴いてみたいところ。

masayuki_suzuki001

3. ガラス越しに消えた夏
 ギミック色の強いファンクで幕を開けた後、ここでクール・ダウン。シングル15位と成績以上に記憶に残り、「Tシャツに口紅」同様、やはりこれも早すぎた名曲と称された。
 深いエコーの奥深くで奏でられるギターは布袋寅泰によるもの。バラードでは飛び道具を多用できず、U2のEdgeをモチーフとしたサウンドは、正直彼のカラーとは微妙にずれている。やっぱ便利屋的な使われ方だな。
 コード的にはセオリーからはだいぶ外れた構成なのだけど、日清カップヌードルCMとのタイアップを考慮したのか、プロデューサー大沢は技巧を凝らして奇跡的に甘くビターなメロディに仕上げている。シンガーを想定して書き分けることもできる人なのだ。



4. 輝きと呼べなくて
 アレンジといい構成といい「わがままジュリエット」そのまんまで、リリース日を調べてみると、どちらも1986年2月となっており、パクリというよりはむしろ、PINKや布袋周辺のトレンドがこういったサウンドだった、と捉える方が自然。氷室もマーチンもどっぷりロックやソウルに引き寄せるのではなく、ほんの少しだけ歌謡曲側に歩み寄った下世話なテイストを付け加えることで、マスに希求するテーマを展開している。

5. メランコリーな欲望
 と思ったら、インダストリアルなイントロはまるっきりニューウェイヴ、とてもドゥーワップ・ヴォーカルの楽曲とは思えない。タイトルといいサウンドといい、どちらかといえば吉川に提供した方がしっくり来たんじゃないかと思われる。マーチンのヴォーカルは通常運転だけど、バッキングとのミスマッチ感はハンパない。従来と違う方向性で、というオファー通りの仕事だとは思うけど、ベクトルがこじれ過ぎている。

6. 今夜だけひとりになれない
 ここからはB面。岡村ちゃん同様、当時はまだ新進気鋭の作曲家という立場だった久保田利伸によるナンバー。これまた当時の最新鋭機材フェアライトをてんこ盛りに使ったサウンドは、UKダンス・ポップとのリンクを感じさせる。
 もともとガチガチのソウル・シンガーではなく、ポップな楽曲も料理できる柔軟性のある人なので、泥臭いブルースより、むしろこういったポップ・センスの強い楽曲の中でこそ、この人は個性を発揮できる。

img_0

7. ときめくままに
 なので、このようなフィリー・ソウル80年代ヴァージョン的なポップ・ソングだと、マーチンのフットワークの軽さが見えてくる。かなり歌謡曲サイドに近づいたベタなメロディと、硬質なギター・カッティングが案外マッチしている。爽やかささえ感じてしまうサビは、こういった方向性もアリだったかもしれない、とさえ思わせる。でもこれって、久保田っぽくないよね。

8. One more love tonight
 アレンジで登場するのが、当時売れっ子マニピュレーターとして、幅広いジャンルから引っ張りだこだった藤井丈司。ホッピーもそうだけど、「歌を聴かせる」という目的より、自分たちがいかにして遊ぶか、いかにトリッキーな方向へ進むかが目的化してしまって、歌が埋もれてしまっているのが、ちょっと残念。
 結果的に、エンジニア主導のサウンドは数年経つといとも簡単に風化して、再聴するにはちょっと二の足を踏んでしまう。

9. Just Feelin' Groove
 アブストラクトな楽曲を挟んでから聴くと、すごくホッとしてしまうスタンダードなゴスペル・ポップ。単なる多重コーラスではなく、録音にかなり気を使っていることが窺える分離の良さは、やはりバジェットの大きさがモノを言う。8.に続き藤井も参加しているけど、ここは大沢のサジェスチョンが強く作用している。

small

10. 追想
 ラストは唯一、マーチン作曲によるバラード・ナンバー。ラッツ時代を彷彿とさせるメリハリのあるメロディーは、キャリアの中でも1,2を争う出来となっている。サウンドも小技を使わず、ここでは歌を聴かせるシンプルなアレンジで収めている。
 このアルバムの中では保守的なナンバーであり、ホッピーのギミックが炸裂した楽曲と比べると地味で影は薄い。けれど、やっぱヴォーカリストにとっては歌を伝えることがもっとも重要なのだ。それがわかっただけでも、十分な収穫だったと言える。




dolce
dolce
posted with amazlet at 17.04.01
鈴木 雅之
ERJ (2016-07-13)
売り上げランキング: 7,782
ALL TIME BEST ~Martini Dictionary~
鈴木 雅之
ERJ (2015-03-04)
売り上げランキング: 3,134
カテゴリー
月別アーカイブ
記事検索
Twitter
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: