好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

21世紀のみゆきと夜会の収支バランスについて - 中島みゆき 『短篇集』

51Q3dp9+CUL 2000年リリース、みゆき28枚目のオリジナルアルバム。オリコン最高7位、トータル売り上げは188,000枚。80年代は常時30万枚以上がアベレージとなっていたみゆきだけど、90年代に入ってからはほぼこの辺のインシャルで落ち着いており、大きなアップダウンもない安定したセールスになっている。
 「地上の星」収録アルバムなので、そりゃバカ売れしたんだろうなと思われがちだけど、案外そうでもない。もはやその程度の話題では動ずることもない、逆に言えば、特に話題がなくても指名買いが多い、安定した売り上げを見込めるポジションにうまく移行した、という方が正解だろう。同世代でここまでコンスタントに、そして安定したセールスを保ってるアーティストは、そうはいない。
 デビューから長らく所属したポニーキャニオンを離れ、新たに設立されたレコード会社ヤマハ移籍の第1弾となっているけど、要はキャニオン内のフォーク/ニューミュージック部門アードバーグが業務移管した形であり、要は丸ごと買い取った、ということ。これまでマネジメント業務のみ行なっていたヤマハが、さらなる収益効率化のため、せっかくだから出版もまとめちゃおう、という大人の事情が絡んでいる。

 後世で例えられる「ご乱心期」の80年代を通過、90年代を迎えた「円熟期」のみゆきの活動は、ほぼ夜会を中心にスケジューリングされており、その間にアルバム制作と小規模ツアーを挟むことで成り立っていた。あ、あとラジオと。
 「通常のコンサートとは違う表現手段」を模索してゆくことでスタートした夜会は、公演のたびスタイルが変わっていた。既発表曲で描かれたテーマをいくつか抽出し、緩やかな散文スタイルのストーリーに沿って、シーンごとにフィットする楽曲を散りばめたひとり芝居が、初期夜会の基本コンセプトだった。
 これまで慣れ親しんできたヒット曲を違う解釈で、また長くアルバムに埋もれたままだった隠れ名曲にスポットライトを当てたりなど、ルーティンの新譜プロモーション・ツアーでは難しいことにもチャレンジできるのが、夜会のメリットだった。まさか「キツネ狩りの歌」や「わかれうた」をあんな風に演じるだなんて、作者であるみゆきしか許されないことだった。
 「コンサート」と「演劇」との融合を目指していた初期スタイルから、回を重ねるにつれて「演劇」の比重が大きくなり、明快な起承転結が形作られてゆくようになった。自然とこれまでのストックだけでは足りなくなり、ストーリーが新たな楽曲を希求し、またその逆もあって、という無限増殖のループ。ストーリーの骨子が強固になるのと比例して、次第に舞台装置も大掛かりになっていった。
 当然、ひとり芝居では追いつかなくなり、必要最小限ながら共演者も増えてゆく。最新の夜会『橋の下のアルカディア』なんて、ほぼ 中村中とのダブル主演だったし。

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 初期は既存曲のリアレンジや新解釈が多かった夜会だったけれど、通算7作目となる『2/2』からは書き下ろし楽曲がメインとなり、以後、その状態が続いている。
 それまで手持ちのカードを組み合わせてストーリーを作っていたのが、『2/2』では通用せず、まっさらな状態から創り上げなければならなくなった。それは創作者としてはひとつの成長であり、乗り越えなければならない堅牢な壁だったのだ。
 舞台で演じられるストーリーの構成要素として作られた楽曲なので、基本、ライブで演じられ味わうものである。演者やスタッフの汗と熱意、会場のリアルタイムの空気感が相まってこそ、最高の効果が得られる類の作品なのだ。
 なので、テープに記録され、アルバムにまとめるために作られたものではない。どれだけ良い楽曲だったとしても、ストーリーの脈絡を無視してそこだけフィーチャーして単体で聴いたとしても、魅力は大きく目減りしてしまうのだ。基本、劇中歌を前提として作られたモノなので、一曲単体では本意が伝わらないモノも多い。
 それでも単体で成立しそうな楽曲は、新たなアレンジでレコーディングされたり、90年代夜会の集大成と言える『日-WINGS』『月-WINGS』によって音源化されている。いるのだけれど、それらは夜会を生で見れなかった大多数のファンが補完作業的な意味合いで聴くものであって、当初から音源化を前提として制作されるオリジナルアルバムとは、ベクトルが大きく違っている。
 DVDや企画ライブ『夜会工場』にて、ビジュアルによるパッケージ化が行なわれているので、そっちを観た方がずっとわかりやすい。多分、夜会のサウンドトラックも誰かが企画しているんだろうけど、やっぱ音だけじゃ伝わらない面が多い。それにCDだったら軽く2枚組になっちゃうし、とても映像ソフトより枚数が捌けるとは思えない。

 当初、「3年でひと区切りつけるつもりだった」はずの夜会は、公演ごとにクオリティは向上し、比例してプロジェクト・スケールも大きくなっているのだけれど、立ち上げ当初から課題となっているのが、その収益性である。
 ひとつの夜会プロジェクトが終わった時点から、次のプロジェクトの準備は始まっている。アバウトな構想だけなら、もっと前から思いついていたのかもしれない。ストーリーの立ち上げと並行して、楽曲も新たに書き下ろしてアレンジとリハーサル、並行して必要な舞台装置・キャスティングの発注も行なう。さらに同時進行で会場も押さえなければならない。以前ならシアター・コクーン、近年は東京と大阪の2ヶ所だ。
 あらすじが決まって脚本も大方できあがり、何ヶ月も前から稽古が始まる。当然、演じてるうちに変更は生じるし、新たなアイディアだってどんどん取り入れる。サウンドトラックもリハーサルのたび、またプロットの変更によってアレンジやら歌詞やらも変わってくるし、まるまる差し替えのケースだってある。舞台初日が近づくにつれ、アップデートの頻度も次第に増えてゆく。
 悲鳴と怒号が飛び交うドタバタを経て、どうにか幕は上がる。毎回1ヶ月程度、それ以上は行なわない。収益を考えれば、「キャッツ」や「ライオン・キング」ばりの長期公演をやった方が得策だし、実際、それだけの集客力を持つコンテンツではあるけれど、そうなるとみゆきを始め、演者・スタッフの気力体力精神力が持たない。マンパワーへの依存度が大きい舞台公演は、劇団四季のような専業じゃないと、ロングランは難しい。

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 ジャニーズ並みにチケット入手が困難な夜会は、どの会場も共通して収容人数1000人強である。基本、演劇的要素の多い舞台のため、必然的に小規模ホールでの開催になるのは、やむを得ないところではある。
 あるのだけれど、ドームやアリーナ・クラスなど、大規模公演が可能な音楽コンサートに比べれば、コスパは非常に悪い。収益性の低さの要因のひとつである。まぁもともとみゆき、武道館クラスの会場でやったことはほとんどない。
 赤字補填策のひとつとして、ライブ会場での関連グッズ販売は大きな収益の柱となっており、みゆきも夜会も例外ではない。通常のコンサートと違って、チケット価格も比較的高額設定となっている。DVDやブルーレイ販売、近年は映画上映も行なわれていたり、あらゆる手段を講じてはいるけれど、それでも収支的には厳しいものがある。
 おそらく、みゆき/ヤマハからの持ち出しも相応にあるんじゃないかと思われる。

 ヤマハにとってみゆきは筆頭アーティストであり、一種の象徴、そしてもはや「生きる伝説」的な存在でもある。
 デビューのきっかけとなったポプコン以来、操を守るかのように、他のプロダクション移籍や独立に色目を使うこともなく、ヤマハ一筋にやってきた。コンスタントなリリーススケジュールを守ることによって、毎年確実な収益をもたらし、赤字は出さないようにやってきた。確かに夜会単体では赤字だろうけれど、CD売り上げを含めた連結決算では、充分利益貢献になっている。
 まぁ、みゆき単体で見ればの話。ただこれがもっと広い目線、ヤマハという企業全体で見れば、話は違ってくる。

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 80年代に入ってからのヤマハは、基盤事業である楽器販売が徐々に下降線をたどっていた。積極的な購買層である中~上流層家庭にほぼピアノが行き渡ってしまい、需要は頭打ちとなった。90年代前後から、収益の柱になるはずだったエレクトロニクス部門は、先見の明こそあったけれど、肝心の販売戦略での出遅れが後発他社のリードを許し、経営不振が長らく続いていた。バイクブームも終わってたしね。
 21世紀に入ってからは、経営合理化策として、多岐に渡っていた事業内容を一旦整理、事業内容のスリム化によって、収益構造の改善を図った。音楽部門もその例外でなく、従来の著作権管理とマネジメントに加え、出版事業をも内製することによって、利益率向上を図った。ヤマハ・レーベルの誕生の経緯である。

 レーベル立ち上げを機に、みゆきは取締役として名を連ねることになる。論功行賞的な意味合いももちろんあるだろうけど、社内では強烈な存在感を放つみゆきである。恩師である川上源一以外、誰も逆らうことはできない。
 みゆきが銀行団や弁護士と折衝したり、バランスシートと首っ引きになってる姿はあんまり想像できないし、またあんまりしたくもない。まぁそこまでガッツリ経営に関わっているわけではないだろうけど、経営陣としては率先垂範、単なる一所属アーティストではないのだから、これまでより予算の使用明細やコスト圧縮に関心が向かわざるを得ない。
 少なくとも、運営的にマイナスになるものは作れない。ポイントゲッターとしては、それなりの結果を残さないと、後進たちに示しがつかないし。

 経営判断として悪く言っちゃえば、夜会プロジェクトは金食い虫的存在であり、マイナス要因である。公演単体では完全に赤字、関連グッズ販売でリクープしなければ、収支が合わせられないのだから。
 ヤマハの企業風土として、文化事業への積極的な投資は賞賛されるところではあるけど、経営側の立場に立ってしまうと、見なければよかった面も見えてしまう。クリエィティヴな作業の遂行に雑多な要素はいらない。パトロンは金だけ出して芸術作品の完成を待つだけ、口を出してはいけないのだ。
 ブルジョアジーとプロレタリアート両面を併せ持つ途を選んだ21世紀のみゆきは、その両立を図るべく労を執ることになる。

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 ヤマハの立ち上げスタッフの一員として、「ここらでいっちょ、デカい花火を打ち上げとかないと」と思っていたかどうかは不明だけど、NHK新番組のテーマ曲のオファーは特大サイズの花火だった。「NHKが求めるみゆき像」を念頭に置きながらも、そこには収まりきれないスケール感と普遍性を内包しているのが「地上の星」である。並みのアーティストなら、一生に一度か二度、書けるかどうかのレベルの楽曲を、クライアントの意向を遥かに超えて、しかも「狙って」作っちゃうのだから、底なしのバケモノだよな、やっぱり。
 静かに、そして同時に強烈なカロリーを放つ熱に触発されたNHK側も、やたら気合いの入ったオープニング・タイトルを製作している。双方の世界観とニーズが一致して、番組も楽曲も大ヒットとなった幸運な事例である。

 90年代のみゆきのアルバムは、コンセプチュアルなものが多かった。みゆきの意識/無意識がそうさせていたのか、どのアルバムにも夜会的なメソッドが持ち込まれ、戯曲的な構成、一種の組曲的な楽曲のセレクト・配置が行なわれている。どの楽曲もみゆきの厳しい自己ジャッジを経ての産物ではあるけれど、前述したように、アルバム総体の流れをつかまないと感情移入できないものが多いのも、また事実。好きな曲だけシャッフルして聴くというスタイルには馴染まないのだ。
 ライフワークとなっている夜会ゆえ、完全に切り離して考えることはできないけど、ヤマハ移籍以降のアルバムは夜会とのリンクが少し弱まっており、楽曲単体で充分完結しているものが多くなる。
 『短編集』というタイトル通り、どこから聴いても違和感なく、あまり肩の凝らないラインナップが揃えられている。なので、逆に「地上の星」だけ妙に浮いているというパラドックス。冒頭からついついかしこまってしまう構成になっているけど、あとは結構サラッと作りましたよ的な楽曲が並んでいる。
 でも、ラストを締めくくる「ヘッドライト・テールライト」。これはここにしかハマらないよな、やっぱ。


短篇集
短篇集
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中島みゆき
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1. 地上の星
 先行シングルとしてリリースされた、言わずと知れた21世紀みゆきの代表曲。恐らく30歳以下の世代にとってのみゆきとはこの曲であり、または「糸」か「ファイト!」ということになるのだろう。
 「プロジェクトX」のプロデューサーの初期構想は、高度経済成長期の日本を支えた名もなき功労者へスポットライトを当てること、輝かしい歴史ではなく、挫折や失敗をも含めた地道な積み重ねのプロセスを、極力演出を介せず活写することだった。代表者やリーダー独りの力で成し遂げられることなど、たかが知れている。エジソンだって山中教授だって、突き詰めていけばチームの一員でしかないのだ。
 この曲のハイライトとして語り継がれているのが、古川昌義による間奏のドライヴィング・ギターソロ。荘厳なサウンド・デザインにアクセントをつけるが如く、まったりまとめ過ぎてしまった調和を突き破るかのような、派手に力強いエモーショナルなプレイを披露している。終始朗々としたヴォーカルのみゆきに拮抗するためには、このくらいの力技が必要だった。
 先日、「関ジャム」に出演した古川によると、プロデューサー瀬尾一三が数名のギタリストに個別に弾かせ、彼のプレイが最もフィットしていたため、収録に至った、とのこと。それだけ、この曲が周到に作り込まれていたことを現わすエピソードである。瀬尾一三恐るべし。

 名立たるものを追って 輝くものを追って 人は氷ばかり掴む

 どんな形にせよ、誰もが何がしかの成功をつかむため、人は汗を流し、考えを巡らせる。もしつかめたとしても、それは必ずしも永遠のものではない。
 それが本当に望むべくものだったのかどうか。もし違っていたとしても、それが本物だと信じたいのだ。
 築き上げたものが、実は別モノだったとしたら―。
 アイデンティティは、いとも簡単に崩れ去ってしまう。
 聴くたび、いつも引っかかる言葉。いつもそこで立ち止まる。



2. 帰省
 名もなき民たちへの視点は続く。企業戦士たちは、人のひしめく都会でサヴァイブしてゆくため、「機械」になることを自らに課する。前を向いて進む者にとって、感傷とは歩みを止めるものである。一度立ち止まると、次の一歩を踏み出すに、相応の努力を要する。それなら何も考えず、周りも機械だと開き直ってしまった方が楽だ。
 そんな彼らにみゆきは語りかける。サラッと押しつけがましくなく。
 
 つかの間 人を信じたら
 もう半年 がんばれる

 かつて20代のみゆきは「異国」の中で、「あたしはふるさとの中に入れない」と露悪的に歌った。もう少し感傷的な「ホームにて」で描かれた「ふるさと」は、夢破れて都会を去る者にとっての避難場所だった。
 ここでの「ふるさと」もまた、一種の逃げ場所ではあるけれど、その期間は決まっている。帰省が終わると、再びホームグラウンドに戻って戦わなければならないのだ。
 20年前は「帰る場所」だったのが、今では「ちょっと休む場所」となった。もう帰る場所は「ふるさと」ではなく、「今ここ」なのだ。
 オリジナルは由紀さおり・安田祥子姉妹に提供したもの。

3. 夢の通り道を僕は歩いている
 カントリー・フォーク調の隙間の多いサウンドは、古くからのファンにとっては聴いてても疲れないので、心地よく聴ける。みゆきのヴォーカルもサラッと脱力感が漂っており、それでいて内に秘めた説得力が前面に出ている。変にがなり立てる歌い方より、こっちの方が好きなファンも多いはずだ。
 1番では夢の通り道を「歩いている」のだけど、2番の終盤リフレインでは「追っている」に変わっている。はっきりしたビジョンが見えず、ひたすら前へ進むだけだったのが、夢の実像を捉えたことによって、目的は具体的となり、逡巡していた想いは前向きになった。
 決して「がんばれ」など鼓舞させる言葉も口調も使っていないのだけど、この力の抜けようによって前向きになってしまう、奇妙な味わいの曲。

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4. 後悔
 トップ3曲はいわば1.を主題とした連作短編といった味わいだったけれど、ここで一転して、パーソナルな男女関係を描いている。ここではいわゆる紋切型、ステレオタイプの中島みゆきが描かれている。「真夜中のフライト」や「窓のサフラン」からレトリックを推理するのはそれぞれの解釈だけれど、正直、使い古されたテクニックでもある。昔ながらのみゆき像を求めるのなら、まぁ古いファンにとっては懐かしいだろうし、「恨み節」のイメージしかない新規ファンにとってはわかりやすいんだろうけど。
 ラストの絶叫が話題となったけど、まぁそれもあんまり。
 俺的にはピンと来ないのだ。何で今さら?って感じで。

5. MERRY-GO-ROUND
 タイトル通り、メリーゴーラウンドのSEから始まる、おとぎ話っぽさの漂うワルツ。大抵こういった曲調の場合、ソフトには聴こえるけど歌詞は結構辛辣だと相場が決まってる。「キツネ狩りの歌」なんて典型的だし。
 いつまで経っても距離が縮まることのない、堂々巡りの恋愛を、わかりやすい「恨み節」で表現していた頃のみゆきはもういない。サラッと歌い流せてしまうくらい強くなったのか、それとも超越してしまったのか。

6. 天使の階段
 「さよならの鐘」を彷彿させる鐘の音のSEから始まる、讃美歌のパロディ的なナンバー。深い深いエコーに彩られた重厚な音の塊は、まさしくウォール・オブ・サウンド。あそこまでリズミカルなわけじゃないけど、神々しさは感じられる。
 単純な言葉を組み合わせた、シンプルに歌われている曲だけど、シンプルな分だけ思わせぶりな、あらゆる解釈を許容してしまう歌詞が印象的。深く掘ったら切りがなさそうだな。
 夜会Vol.11「ウィンター・ガーデン」で使用された楽曲だけど、どんなシーン設定だったのかは不明。ていうか、これって単品発売されてなかったんだ。どうして?

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7. 過ぎゆく夏
 コード進行もヴォーカルも、もちろん歌詞もまるっきり拓郎そのもの。リスペクトなんてレベルじゃない、本人がそのまま憑依した仕上がりになっている。しかもそれが単にモノマネやコピーじゃなくって。

 過ぎゆく夏のたわむれに 君を惜しんでしまおうか

 帰らぬ者よ 袖振る者よ 熟さぬ酒を酌み交わせ

 いずれも、いつものみゆきのセンテンスにはない言い回しである。1行目こそみゆき的ロジックで、拓郎視点を通して描いているけど、2行目なんてもう、みゆき視点すら消え失せて、拓郎そのまんま。「酒を酌み交わす」なんてワードは聴いたことがない。
 この瞬間、みゆきは拓郎を自家薬籠中のものとしている。先達である拓郎さえも取り込んでしまう女の恐ろしさよ。

8. 結婚
 みゆきとしては珍しく直球勝負のタイトルだなと思ってたら、全然違ってた。世界文学全集の、例えばサマセット・モームあたりが書いた珠玉の短編と言った味わいが残る。アルバムタイトル通り、ほんとうまくできた短編といったシメ。オチを書くと面白くないので、あとは自分で聴いてみて。

9. 粉雪は忘れ薬
 5.で書き忘れたけど、こちらもリズムセクションがRuss Kunkel (D)とLee Sklar (B)という豪華メンバー。全盛期のCarole Kingを支えた2人である。そんな思い入れもあったのか、みゆきのヴォーカルも情感たっぷり、しかもベタベタになる少し手前で抑えている。終盤のフィルインから、この2人の名人芸を堪能するのもまた一興。ストリングスもドラマティックで圧倒的。ここだけ聴くだけでも価値がある。
 
 粉雪は忘れ薬 すべての心の上に積もるよ
 粉雪は忘れ薬 些細なことほど 効き目が悪い

 「深い雪がすべてを掻き消してくれる」というのは、古い歌で多用されるレトリックだけど、「雪をなめるな」という北国の格言どおり、雪かきしてる間は必死そのもので、余計なことなんて考えられるものではない。些細な粉雪だと、除雪の心配もないので、つい余計なことを考えがちである。で、気づいたころには手遅れなくらい降り積もってたりして。
 北海道の中途半端な田舎にいると、それがよくわかる。雪がロマンチックだなんてのは、南の国の寝言なのだ。

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10. Tell Me, Sister
 ちょっとゴスペル入ったアメリカン・ロックだな、と思ってたらドラムがVinnie Colautaだったという衝撃。Frank Zappaのバンドがキャリアのスタートだったことから察せられるように、バケモノのような人である。
  
 自分が嫌いだった 何もかも イヤだった

 近年のみゆきにしては珍しく、自虐的でネガティヴな独白から始まるこの歌、あっけらかんとした口調なので、最初はあまり気にならないけど、やはりこういった時の彼女の言葉は次第に重みを増してくる。
 姉的存在の年上の友人は、自分にないものすべてを持っている。持ってはいるけど「何もない」と微笑むばかり。その彼女も今はもういない。
 すべてを持ってはいても、それが彼女にとって価値のあるものだったのか。キレイだとか人に好かれるという要素は、確かに持っていれば生きやすいけれど、そこからどこへ行けばいいのか。
 彼女はもういないけど、みゆきはまだ生きている。彼女ほど持ち合わせはないかもしれないけど、生きていればいつかは持てるだろうし、それを励みに生きていける。死んでしまえばそこで終わりなのだ。
 最後にちょっとした含みを持たせるあたり、ほんとモームの短編といったところ。

11. ヘッドライト・テールライト
 ラストを飾るにふさわしい、締めの曲として有無を言わせない存在感を放っている。

 ヘッドライト・テールライト 旅はまだ 終わらない

 淡々と、でも力強く繰り返されるリフレイン。前で照らされているのは、茫漠とした夢。はるか後ろで揺蕩うのは、遠すぎる分、希望にあふれた夢。
 前向きの光は自分が前に進むために、そして後ろへ向かう光は、まだ視ぬ後進への道標として。
 その光は、前を向いて進む者に、分け隔てなく照らされる。
 英雄にも、そして名もなき民にも。




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曖昧な形をした軽い絶望と虚しさ - 高橋幸宏 『Ego』

611pNezqhCL 1988年リリース、ソロデビュー10周年として企画された9枚目のオリジナルアルバム。鈴木慶一と立ち上げたレーベル「テント」が何やかやでフェードアウトしてしまい、心機一転となるはずだったアルバムである。
 なるはずだったのだけど、アルファ〜YENのようなこじんまりしたレーベルならともかく、ポニーキャニオンが本腰を入れちゃったため、大きなバジェットからスタートしたテントは、自分の音楽以外のこともあれこれ考えなければならず、気に病む案件も多かったことは、後の発言からも明らかになっている。だって、メインプロジェクトのひとつが「究極のバンド・オーディション」だもの。そういったエンタメ路線とは正反対のキャラなのに。

 1988年といえば、世の中はバブル真っ只中、レコード産/音楽業界にも潤沢な予算があった時代である。オリコン・データを見ると、バブル時代ってシングル・アルバムとも案外ミリオンセラーが少なく、マーケット的には小さく思われがちだけど、音楽業界に関してはむしろ90年代がバブルで、21世紀に入ってからは縮小傾向に入っているので、規模としては今と同じくらいと思ってもらえればよい。
 ただ、現在のように一部のトップ・アーティストやアイドル/アニメ系に購買層が集中しているのではなく、どのジャンルもまんべんなく、そこそこ売れていた時代でもある。地上波の音楽番組も数多かったし、ジャスラックも大人しかったおかげで、特に気負って探さなくても、音楽が自然に耳に入ってきた。いい時代だったよな。

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 テントが閉鎖して自由の身になった幸宏、せっかくならここでゆっくり休養すればよかったのだろうけど、あまり間を置かずに東芝EMIへ移籍、さっそく『Ego』のレコーディングを開始している。この時期はさらに加えて、サディスティック・ミカ・バンドの再編話も本格的な詰めに入ってきた頃なので、何かと落ち着いて自分の仕事ができなかったと思われる。なので、『Ego』レコーディングは断続的、たびたび中断の憂き目にあっている。

 そんな周辺の騒がしさも要因だったのか、幸宏の作風は精神状態とシンクロするようにダウナー系、終わりなきレコーディング作業の泥沼にはまり込んでゆく。
 80年代のスタジオ・レコーディング事情は、録音設備のデジタル化とMIDI機材の秒進分歩の進化と歩みを共にしている。昨日までの最新モデルが、一般発売された時点ですでに旧規格になっているのはザラで、ツールのアップデートが頻繁に行なわれていた。当初はメトロノーム程度の性能しかなかったシーケンス機材も格段に進歩し、デジタル楽器のマシンスペックは、生音にかなり近いものになっていった。
 そうなると作業は効率化され、簡便になったと思われがちだけど、実際のところは膨大なポテンシャル/マテリアルの収受選択が困難になる。あれもできればこれもできる、じゃあその中からどれを選べば?
 真摯なアーティストであればあるほど、そのこだわりは強く作用して、結果的にスタジオワークに費やす時間は長くなった。

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 やれる事が多くなった分、思いついた音は際限なく、いくらでも詰め込めるようになった。録音トラック数も増えてるし、コンソールの進化によって音がダンゴになったり、極端にピークレベルを抑える必要もない。以前は海外での録音が多かったけれど、機材も欧米並みになってるし、第一、スタジオに長期間篭るという前提なら、どうしたって国内のスタジオ一択にならざるを得ない。
 ふんだんな予算と時間を使うことによって、サウンドは隙間なく埋められている。ヴォーカルも含め、すべての音はストレートに出したままではなく、あらゆるフィルターやエフェクトを通して加工されている。ひと癖もふた癖もある、頭の中であぁだこうだといじられまくった音だ。
 ネガティブな負のパワーを秘めたアンサンブルは、一歩引いてしまうほど音圧が強い。そんなサウンドの中、幸宏のヴォーカルは細く、一聴すると弱々しく感じる。でも、ちゃんと聴き進めていくと、その細さの中にしなやかさ、決して折れることはないコシの強さが秘められていることがわかる。

 ミュージシャンであるからして、サウンドに強くこだわるのは、いわば当たり前の話である。テクノロジーの発達と創作意欲のピーク、それに加えて新たなサウンド/ツールへの興味とがうまく噛み合っていたのが、80年代の幸宏である。
 この時代までの幸宏がマスに浸透せず、サブカル業界人界隈で持てはやされるレベルに留まっていたのは、主に歌詞の世界観の弱さにある。
 アルファ時代のアルバムの歌詞は、自作半分/外部委託半分といった割合となっており、お世辞にもクオリティが高いモノとは言いづらい。かといって、外部ライターの作品が良いかといえば、これまた印象に残るほどのものではなく、「まぁ頼まれたから、幸弘のイメージに合いそうなモノを書いて見ましたよ」的なレベルである。もともと声を張るヴォーカル・スタイルではないので、聴き流せる英語詞ではフィットするけど、どちらにしろストーリー性は軽視されている。
 自ら進んで身を置いたわけではないだろうけど、今に至るサブカルのルーツのひとつだったYMOの流れから、その後も「サブカルの人」と位置付けられていた幸宏である。彼自身、そこまで意識はしていなかっただろうけど、何しろ周囲が屈折したサブカル人脈ばっかりなので、前時代的な熱いメッセージや主張に拒否反応を抱くようになるのは、自然の成り行きである。

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 同じサブカル人脈の流れの中で、一時は共依存と言ってもいいくらい、それくらい近しい場所にいた鈴木慶一は、幸宏と同化した存在だった。慶一が幸宏に書く言葉は、それすなわち慶一の言葉であり、その逆も同様だ。
 あれから何十年経っても、2人は不可分の存在である。
 幸宏同様、ムーンライダーズ活動休止による燃え尽き症候群で虚脱状態にあった慶一も、当時は大きく心を蝕まれていた。「何もそこまで自虐的にならなくてもいいのに」というくらい、慶一は幸宏のパーソナリティを白日のもとに晒し、そしてそれは同時に、慶一自身の痛みでもあった。
 ヒリヒリする痛みの強さと深さとが、互いの距離を測り、そしてまた2人に共鳴する感覚を持つ者もまた、その精神的Mプレイを自分に置き換え、露悪的になった。

 育ちの良さから来るものか、あまりガツガツせず、飄々と生きてきた感のある幸宏だけど、作品を見聴きすれば、それは見当違いであることがわかる。深遠かつ茫漠としたダークサイドの澱は、曖昧な紋様を描いて奥底に溜まる。
 そんな心の闇の実体は如何なるものか。結局のところ、本人にしかわからないのだ。その澱は、近しい者なら見たり感じたりすることはできる。ただ、その澱の元となる「痛み」までは感ずることはできない。「感ずる」=「同化」であるからして。
 立ち上がれないほどの無力感に襲われながら、必死の形相で言葉を、音を刻むその姿勢は、高い作品クオリティとして昇華した。

 -夢も希望もこれといってなく、昨日の続きの今日を生きるだけ。
 これまでの人生に、何ら過不足のない30歳以降の男性がふと抱く、曖昧な形をした軽い絶望と虚しさ。
 それを言葉だけじゃなく、サウンド総体で表現したのが『Ego』である。細部まで強いこだわりを持って組み上げられた作品は、時に過剰なほどのマテリアルが詰め込まれているけど、そこに至るプロセス自体が、幸宏にとっての作業療法であり、また慶一にとっても同様だった。彼岸で石を積むが如く、不毛だけれど集中はできる。石を積んでいる間は、余計なことを考えなくてもよい。
 ただ、このテンションのまま、アーティスト活動を継続していくと、最後に行き着くのは自我の崩壊だ。剥いても剥いても中心コアの見えない自我のタマネギは、いつしか無に帰してしまう。

 慶一作「Left Bank」で描かれた「大人の男の無常観」が反響を呼んだことから、次回作からは、その世界観の軸足を恋愛の方向にシフトさせ、アコースティック成分を多めにした、間口の広いコンテンポラリー寄りのサウンドを展開することになる。
 『Broadcast From Heaven』から始まるEMI3部作は、『Ego』をライトに希釈して、幅広い層の共感を得ることになる。



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1. Tomorrow Never Knows
 中期Beatlesの代表曲からスタート。Johnの原曲に加え、当時、Georgeがハマっていたラーガ風味をミックスしてしまう発想は、さすがマエストロならでは。間奏のギターの逆回転をエスニックに味付けしたり、小技もたっぷり。こうやってポップ・クラシックを自流の解釈でいじくり回すのは、要するに好きなんだろうな。カバー曲での幸宏はほんと生き生きしている。作品に持つ責任が少ないからなのか。

2. Look Of Love
 安全地帯を思わせるオープニングに続くのは、デジタルシンセの緩急をうまく使いこなしたAORポップス。デジタル特有の硬い響きとボトムの弱さを逆手に取って、要所で使い分けることによって独自のリズムを形成している。
 サウンドはすでに熟成されているとして、まだAORに吹っ切れていない甘すぎるヴォーカルと、フォーカスがボケて無難にまとめた自作詞が惜しいのかなと昔は思ってたけど、ダンサブルなイントロとギター・シンセのリフだけで、今はもう満足してしまう。
 当時はまだレベッカ在籍だったノッコがなぜかコーラス参加してるらしいけど、ほとんどわからないくらい。何だそりゃ。



3. Erotic
 Bryan Ferryをもっとダンサブルなリズム主体にして、疾走感を与えると、こんな風になる。ヴォーカル・スタイルも似てるしね。ただあっちはもっと自己陶酔が激しい分、幸宏よりエロだけど。当時の日本のアーティストで、ここまでデジタル・ファンクを消化していた人はいなかった。クオリティはめちゃめちゃ高い。でも、質の高さと一般性は比例しない。そこの薄め具合が問題だったのだ。

4. 朝色のため息
 曲調といい歌詞の世界観といい、プレ「1%の関係」と言ってもよいミドル・ポップ。「これで最後」だというのにまだどこか尾を引いた関係性というのは、幸宏の永遠のテーマなんだろうか。その後のEMI3部作で、慶一がそこをもっと映像的・観念的に描写することになる。

5. Sea Change
 この曲のみ、細野さん作曲。作詞は幸宏と盟友的ギタリスト大村憲司との共作。なので、この曲のみ『Ego』収録曲とテイストが違い、音も結構隙間を活かした構造になっている。制作中に亡くなったYMO時代のマネージャー生田朗に捧げられており、レクイエム的にしっとりしたアレンジでまとめられている。久々に大村のギター・ソロが堪能できるのも一興。

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6. Dance Of Life
 共作のIva Daviesは、当時、欧米で人気上昇中だったオーストラリアのバンドIcehouseのリーダー兼ヴォーカリスト。A-Haをもっとロック寄りにしたエレポップ・バンドと言えば伝わるだろうか。YouTubeでいくつか聴けたオリジナル曲は、どれも大味なアメリカン・ロックだったけど、ここではもっと硬質なダンス・ポップに仕上がっている。
 ていうかヴォーカルはほとんどIvaで、幸宏の孫座感はほぼなし。多分、コーラスでちょこっと顔出ししてるのだろうけど、あぁいった線の細さだから、ほとんど出番はない。なんで入れたんだろうか?普通にいい曲だけど、まぁそれだけ。

7. Yes
 ここまで硬質でバタ臭いメロディがここまで多かったけど、幸宏のもうひとつの特性である、歌謡曲とも親和性の高いメロウなポップ・バラード。A面と比べ、B面楽曲は録音トラック数を絞った印象が強い。音に隙間がある分、メロディに耳が行く瞬間が多い。

8. Left Bank(左岸)
 このアルバム中、最大の問題作。その後の慶一との本格的なコラボも、もとはここからすべてが始まった。サウンドだけ取り上げれば、後期ニューロマ~ダーク系エレポップの進化形といった風に分析できるけど、
 俺が言いたいのは、そういったことじゃない。



 恐竜の時代から 変わってないことは
 太陽と空と生と死があること 過ぎてしまうこと

 向こう岸は、昔住んでいたところ
 左岸を 海に向かって
 僕は歩く 君を愛しながら

 この愛はいつからか 片側だけのもの
 お互いの心さらけだすそのとき
 愛は黙ってしまう

 向こう岸は、キミと住んでいたところ
 左岸を 風に向かって
 僕は歩く 君を忘れながら

 最強の敵は自分の中に居る
 最高の神も自分の中にいるはず

 向こう岸に 僕の肉が迷っている
 左岸で 骨になるまで
 僕はしゃがんで
 ついにキミに触れたことなかったね
 つぶやいて泥で顔を洗う
  
 文明然の太古からいま現代に至る壮大なスケール感、そこから急速にシュリンクする2人の関係、そして自虐的な退廃、滅びの姿。
 これを書かずにいられなかった慶一と、歌わずにはいられなかった幸宏、そして打ちのめされた20代の俺。
 この厭世観こそが、2人の出発点なのだ。
 
9. Only The Heart Has Heard
 オープングとループするエスニック・リズムに合わせて歌われるのは、Bill Nelson作詞による柔らかなテイストのバラード。この時代はまだ、英語で歌ってる方が気楽そうである。そりゃそうだ、日本語ほど生々しくないし、自分で書いた言葉じゃないから責任もない。
 軽い声質を逆手にとって、傷口に塩を塗り込むような言葉を慶一に発注、自ら身を削りながら歌うようになるのは、この後である。





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音楽の女神は誰にでも見えるものではない。 - PSY・S 『Two Spirits』

folder で、前回の続き。ほんとはこっちが本題だったんだけど、思いのほか前置きが長くなっちゃったので、2つに分けちゃった。

 2枚目の『Pic-Nic』までは、フェアライト・マスター松浦によるジャストなリズムと、ピーク・クライマックスの薄いサウンド、そこにナチュラル・コンプの声質を持つチャカが、童謡歌手のようなフラットなヴォーカルを乗せるという、-何かこうして書いてると、味も素っ気もない、コンセプチュアルなサウンドを展開していたのだった。
 そのくせ、楽理とテクノロジーで理論武装した頭でっかちと思いきや、松浦の手から編み出されるシンプルで口ずさみやすいメロディは、当初からごく一部のポップ・マニアの注目を集めていた。過剰にマシンスペックにこだわった「キーボード・マガジン」読者より、サブカル寄りな「テッチー」読者に人気があったのは、そんな理由が大きい。

 典型的な理系脳の松浦と、アクティブなバンドマン系列のチャカとのチグハグなコンビネーションのズレは、単発的に見れば面白いものだけど、継続して活動するユニットとなると、普通はあっという間にネタ切れになる。当時はシンセ周りの技術革新が、ハイパーインフレ状態だったおかげもあって、当初のウリだったフェアライトも物珍しさが薄れつつあった。
 ここで松浦が、当初のコンセプトを頑固に貫いて、マシンのアップデートを主軸としたサウンドを続けたとしても、新型マシンの品評会になるだけだし、それだってキリがない。CDとして発表すると同時に新たなアップデートが告知され、途端に過去の遺物となる繰り返しだ。
 もう5年くらい遅くデビューしていたら、テクノポップの「ポップ」を取って、テクノ〜ニュージャック・スウィング~ハウス方面へ向かっていたのかもしれないけど、まぁ踊れない松浦なら無理か。「レーベル・カラーと合わない」とか言って、ソニーも止めてただろうし。

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 そんなディープな方向へ向かわなかったのは、デビュー時同様、これまたラジオの企画、当時松浦がDJを務めていたNHK –FM「サウンド・ストリート」内の企画がきっかけだった。既発表曲のリアレンジや、ソニー系アーティストを中心としたコラボから交流が生まれ、以前レビューしたコンピレーション・アルバム『Collection』として結実することになる。そんな共同作業を介してから、松浦の音楽制作への姿勢が微妙に変化してゆく。
 長時間スタジオに篭り、すべてのベーシック・トラックをほぼ独りで作るというのは、想像以上に孤独な作業である。ほんの少しのドラム・リヴァーブの長短や、ストリングスのピッチ調整など、こだわればキリがない。
 頭の中で鳴っている音が確実なわけではない。あぁだこうだとCRT画面とにらめっこしながら延々、「これかな?」という音を探すのだ。ただ、そこまでこだわり抜いた音だって、完成テイクというわけではない。時間に追われ締め切りに追われ、「まぁこれなら大体満足できるかな」程度のレベルであって、ほんとなら、時間さえ許せば永遠に終わることはない。しかも、それらの細部へのこだわりとは、多くのリスナーに理解できるものではなく、報われることはほんのわずかなのだ。
 バービーいまみちやゼルダらとスタジオを共にすることによって、何もかもフェアライトでまかなってしまっていた従来のサウンドは、『Collection』を境に大きく変化する。基本のシンセ・サウンドは変わらないけど、バンド演奏によるアンサンブル・マジックを目の当たりにしたことによって、少しずつそのエッセンスを導入するようになる。
 もちろん、そこは理系脳の松浦であるからして、レコーディングの段階でいろいろ加工はしているけど。

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 その後のPSY・Sは、本来のレコーディング・ユニットとは別に、ライブ演奏用に結成された流動的ユニット「Live PSY・S」を始動、それぞれ独自の進化を遂げてゆくことになる。
 テクノポップのライブといえば、YMOを端とするシンセ機材の山積み、メーカー協賛による品評会的な物々しさを想像しがちだけど、Live PSY・Sはそのセオリーから大きく外れている。もともと本格的なライブ活動を開始したのが、オーソドックスなバンド・アンサンブルを前面に出した3枚目『Mint-Electric』リリース後からだったこともあって、アルバム音源をベースとしたバンド・サウンドを、可能な限り忠実に再現することに力を注いでいた。
 共同作業によるスタジオ・マジックには、ある程度の理解は示したけど、だからといって、冗長なアドリブやインプロビゼーション、それにまつわるバンド・マジックを盲信する松浦ではない。隅々までシミュレートし、破綻のないアンサンブルをかっちり作り込んだ。そして、チャカには敢えて縛りを課さず、ステージ上では自由奔放に歌わせた。
 ただこれも計算のうち、もともと松浦が書く楽曲は、突発的な転調や不協和音を使わず、案外オーソドックスなコード進行で構成されており、譜割りを崩したりフェイクを入れたりの小技が使いづらいのだ。カラオケで歌ってみればわかるよ、譜面通りに歌うだけで精いっぱいだから。

 そんな理路整然さを推し進め過ぎることが、逆にライブ感を損なってしまうことを危惧したのか、ステージ演出はやたらエンタメ性が爆発している。80年代特有のサブカル系が調子に乗った、やたらデコボコ立体的な機能性無視のコスチュームに身をまとうチャカを中心に、ポップ系アーティストのステージ・パフォーマンスの走りとなった、南流石による振り付けは、当時のソニー系アーティストでも目立って注目を引くものだった。バンマスである松浦は、一歩引いて機材の山に埋もれるのが定位置だったけど、時々ハンディ・キーボードやギターを抱えて前に出たりして、裏方に徹するストレスをほんの少し解消したりしていた。
 次第にシーケンスの割合が少なくなって、キーボードのベンダーを小刻みに動かしたり手弾きが多くなったり、次第に普通のバンド化してゆくことになるLive PSY・S=松浦だったけど、果たしてそれは進化だったのか、はたまた試行錯誤だったのか。

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 で、『Two Spirits』。
 ライブ・アルバムという体裁でリリースされている。いるのだけれど、正直、臨場感はかなり薄い。普通は収録されているMCや歓声がばっさりカットされているため、「ちょっとエコーが多めの演奏かな?」と意識してからやっと、「そういえばライブだったんだ」と気づくくらいである。
 ライブ録音したテープ音源を加工・手直しするという発想は、何もPSY・Sが始めてではない。ライブ時の偶発的なインプロビゼーションを素材として、Frank Zappa やKing Crimsonは、数々のアルバムを量産した。レコーディングしていない新曲を試したり、また既発表曲でも、その日によって全然違うアドリブやオブリガードが繰り出されたりなど、演奏のたび違うテイクがボコボコ生み出された70年代。そりゃ未だにブートやアーカイブも売れ続けるわけだよな。
 ただ松浦の場合だと、ちょっと事情が違ってくる。彼の中で、ライブ録音されたテープ素材とスタジオ・テイクとは、同列のものである。ちょっとしたタッチ・ミスやピッチのズレは、ライブならではの醍醐味ではない。それらはファンが聴きやすい商品として、また、自身の納得ゆく形に整えられなければならないのだ。

 アンサンブルを整えるためにテイクの差し替えを行ない、歓声やMCをノイズと捉え、ばっさりカットしてしまう。複数のライブ音源をひとつにまとめるため、ピークレベルは均等にそろえる。
 大幅に編集されたトラックは、精密部品のごとくきれいに研磨され、スタジオ・テイクと遜色ないオーディオ・クオリティとなった。
 -え?CDと変わんないの?
 理系脳ゆえの細部へのこだわりと潔癖さが過剰にフル回転したあげく、トータリティは増して、収録時期の違いは目立たなくなった。多分最初こそ、先にリリースされたベスト・アルバム『Two Hearts』から漏れた人気曲の補完として、スタジオ・テイクとは別の側面を見せる思惑だったのだろう。ただ松浦のアーティスティックな暴走によって、次第にコンセプトが変容してゆくのを、ソニー側は誰も止めようとしなかったのか。
 サウンド的にも円熟期に入り、セールスもそこそこのポジションで落ち着いてしまったし、今のところ新局面も見当たらないしで、ちょっとした閉塞感を見せつつあったのが、この時期にあたる。もともとシンセを中心としたサウンド作りゆえ、長期的活動のビジョンが見えづらい形態なのだ。なので、10年も続いただけで、それはもう奇跡と言ってもよい。

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 かつてJoe Jackson は、全曲書き下ろしの新曲で構成したライブ・アルバム『Big World』をリリースした。開演前/公開レコーディング前の注意として、「観客は一切の物音や歓声を上げてはならない」。「これはレコーディングを優先したものであり、いわば観客であるあなたもレコーディング・メンバーの一員なのだ」と。
 やたら上から目線で常識破りな指示だったけど、ほとんどの観客はみな固唾を飲んでステージを見守った。参加ミュージシャンらも、通常のライブとは違う緊張感の中、ひたすら演奏に集中した。異様なテンションによる相乗効果は、尋常じゃないクオリティの完成品として昇華した。
 『Big World』も『Two Spirits』同様、余計な音は刻まれていない。ただ明らかに違うのは、『Two Spirits』の曲間が無音であるのに対し、『Big World』の曲間、音と音の隙間に込められているのは、ミュージシャンらの高潔なプライドと、信頼関係で結ばれた観客、それらがステージ上で一体となった連帯感である。そして、そんな空気感を余すところなく記録しようと奮闘するエンジニアらの献身ぶりである。
 すべては音楽のミューズのもと、単純に良い音楽を作るためのプロセスなのだ。

 イコライジング前のライブ音源を聴きまくった松浦は、編集作業時、何を思ったのか。
 ミューズの囁きを耳にした上で、ライブ感をフォーマットしたのか、それともミューズの存在に気づけなかったのか。
 それは松浦自身にしかわからないことだ。


トゥ・スピリッツ
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PSY・S
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1. Parachute Limit
 5枚目のアルバム『Non-Fiction』収録、こちらでもオープニング・ナンバー。スタジオ・ヴァージョンはリズム・セクションが強く、バンド・サウンド的なミックスでチャカの存在感もちょっと薄めだけど、ここではヴォーカルが大きくミックスされ、女性コーラスもフィーチャーされて臨場感がある。

2. Teenage
 デビュー・アルバム『Different View』のオープングを飾った曲。ほぼフェアライト一台で作られたオリジナルより、当然サウンドの厚みは段違い。頭でっかちなテクノポップが、ステージではドライブ感あふれるハイパー・ポップに生まれ変わっている。しかしチャカ、ライブでも安定した歌唱力をキープしているのはさすが。

3. Kisses
 6枚目『Signal』収録、またまたオープニング・ナンバーの3連発。なんかこだわりでもあるのかそれとも偶然か。Supremesを思わせるモータウン・ビートを持ってくるとは裏をかかれたな、と感心した思い出がある俺。だって、松浦にそんな素養があるとは思わなかったんだもの。アルバム自体がLive PSY・Sによって制作されているので、スタジオ・ライブともあまり違和感が少ないのが、この時期の曲。

 女のコ あれもしたいし これもしたいの
 キス したい スキよ
 男のコ 迷わないでね 遊ばないでよ
 キス してね

 単純だけどきちんと練られたポップな歌詞、それに一体感のあるサウンド。この辺がユニットとしてのピークだったんだろうな。



4. Christmas in the air
 オリジナルは1986年リリース、杉真理主導でソニー系アーティスト中心に企画されたクリスマス・アルバム『Winter Lounge』に収録。当然、入手困難な時期が長かったため、この時点ではいわゆる「幻の曲」扱い、ここでのライブ・ヴァージョンでしか聴く機会がなかった。なので、こっちがオリジナル的な感覚を持つファンも多い。
 時期的に2枚目『Pic-Nic』のアウトテイクと思われ、ガジェット的な使い方のギターやベースがテクノポップさを演出していたのだけど、ここではアコギもナチュラルな響きで、むしろオーガニックな味わい。でもクリスマスのワクワク感はちょっと足りないかな。

5. Paper Love (English Version)
 『Different View』収録、なんとここではスローなレゲエ、これはこれでまたクール。オリジナルは日本語だったけど、ここでは全編英語で通しており、前身プレイテックス時代の痕跡を見ることができる。

6. 青空は天気雨
 3枚目『Mint-Electric』収録、ここではベースのボトムが効いたクール・ファンクなテイスト。ファンの間でもオリジナル以上に人気が高く、またよほどアレンジが気に入ったのか、ライブ・アルバムとしては珍しくシングル・カットもされている。



7. TOYHOLIC
 続いて『Mint-Electric』収録曲。タイトルからわかるように、当時、絶大な人気を誇ったロックバンド漫画『TO-Y』のオリジナル・ビデオ・アニメの主要テーマとなったナンバー。印象的なコマの空白と細い線描のイメージに合致した、浮遊感のあるサウンドは、映像にマッチしていた。その世界観は変わらない。

8. Everyday
 『Pic-Nic』収録。ギターのフレーズが結構ファンクしているのだけど、奥に引っ込んだ配列となっているので、アンサンブルを損なわず切れ味の鋭いポップ・チューンに生まれ変わっている。オリジナルは、ベースがやたらブーストされたテクノポップといった味わいだけど、俺的にはライブ・ヴァージョンの方が好みかな。

9. Friends or Lovers
 そういえばそうか、これってアルバム未収録曲だったんだ、たった今気がついた。PSY・Sの中では最も高いセールスを記録した、人気としてもクオリティとしても、文句なしの代表曲なのに、そうか入ってなかったんだ。ドラマの主題歌にもなったしPVもよく深夜テレビで流れてたしで、よく聴いたよな。
 
 友達と 恋人と
 決めるから こじれるのかな
 クラッシュしてる みんな
 宝石も 香水も
 好きだけど 満たされないね
 (ねぇもっと) リラックスして

 この時代になると主に松尾由紀夫が作詞を手掛けており、コンセプトにもブレがないため、普通にオリコン・シングルとも渡り合えるクオリティになっている。やっぱりあれだな、抽象的な歌詞もある程度、ターゲットやテーマを絞り込まないと散漫なだけなんだな。

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10. 冬の街は
 今となってはPSY・Sにとっても、そしてシオンにとっても代表曲のひとつになっている、これまたアルバム未収録曲。この曲が生まれる発端となった『Collection』がソニー系アーティストで固められていたため、他のレコード会社所属だったシオンのこの曲は、リリースが見送られてしまった、という大人の事情が絡んでいる。
 ただ楽曲の力はあまりに強い。PSY・S、シオンとしてだけでなく、80年代を代表する裏名曲としての座をずっと保持し、ここに収録となった。
 暗喩の多い抽象的な歌詞は、Led Zeppelin 「Stairway to Heaven」からインスパイアされてると思うのだけど、それって俺だけかな。



11. EARTH~木の上の方舟~
 『Non-Fiction』収録、大味なアメリカン・ロックをベースに、MIDI混入率を多めにしてみました的な仕上がり。前の曲と比べるとちょっと地味かな。ここでひと休みといった印象。

12. Silent Song
 『Collection』収録、当時から人気の高かったパワー・ポップ。バービーいまみち参加によって楽曲の完成度は約束されたようなもので、時代を思い起こさせるギターのディレイもリフも、適度にからむ松浦のソロも、何もかも完璧。でもね、いまみちの音はもうちょっと大きめにしても良かったんじゃないかと思う。

13. 私は流行、あなたは世間
 ラストを飾るにふさわしい、PSY・Sの出発点。シンセドラムの音やリズムは時代によって微妙に変化していくけど、チャカの声は不変だ。特にこの曲ではビブラートもコブシもシャウトも何もない、小手先の技を使わずストレートな、正弦波ヴォイスで朗々と言葉を紡ぐ。松浦が奏でるサウンドも、敢えて最先端ではなく、原初のテクノ的メソッドの音をあえて探して使っている。

 しっかし、名曲ばっかりだな、こうやって聴き通すと。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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