好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

すごいぜ!カマキリ号 - Donald Fagen 『Kamakiriad』

folder -このアルバムは、ナレーターがハイテク自動車「カマキリ号」に乗って旅をする、というテーマの近未来的な連作歌曲である。タイトルの『カマキリアド』とは、日本語の「カマキリ」と、ギリシャ古典文学『イリアス』の英語表記である「イリアッド」を合わせたものである。

 厨二病を拗らせた漫画青年が、少年雑誌に持ち込んでボツになった作品のようなコンセプトで作られた、Donald Fagen 2枚目のソロ・アルバム。久しぶりの表舞台にもかかわらず、何でこんな捻くれた設定を思いついたんだろうか。いや、長いブランクが逆に仇となったんだろうな。目玉集団のResidentsが喜んで取り上げそうなテーマだもんな。
 現実寄りのレトロ・フューチャーを狙ったと思われるSFっぽいインパネのイラスト・ジャケットは、正直、センスの良さは感じられない。ていうか『Aja』から『Nightfly』に至る洗練されたジャケット・デザインが特別であって、Dan関係のジャケットはほぼすべてが悪趣味の塊である。「遅れてきたサイケデリック」満載のデビュー・アルバムといい、正面切ったカマキリのズーム・ショットの『Katy Lied』といい、どの辺にアピールしたいのか、さっぱり見当がつかない。
 こういった底の浅い思わせぶりもまた、Danの魅力のひとつである、と言いたいところだけど、真剣に受け取ってはいけない。多分、彼らにとってはすべてがジョークの範中なのだから。

 まだビルボード・チャートがラップやグランジに支配されていなかった1993年、世間的には大ヒット映画『Bodyguard』相乗効果によるWhitney Houston 「I Will Always Love You」が首位を独走していた頃、『Kamakiriad』はリリースされた。ジャケットといいコンセプトといい、普通に考えれば一般ウケしそうにない作品であるにもかかわらず、『Nightfly』以来10年ぶりのソロ・アルバムということで、リリース前からマスコミ、メディアは盛り上がりを見せていた。正直、日本での知名度は高い方ではなく、その『Nightfly』のジャケットは見たことはあって、多分、ラジオや有線で耳にしたこともあるだろうけど、そもそもDonald Fagenって誰?という程度の扱いだった。ただ、当時の洋楽配給においてほぼ独り勝ち状態だったワーナーの販促キャンぺーンはかなりの力の入りようで、ロキノンを始めとする雑誌媒体への出稿やFMでのパワー・プレイ、タワレコでのレコメンド展開など、出せる手はとにかく尽くしていた。
 その甲斐もあって、US10位UK3位、日本でもオリコン最高7位にチャートインしている。CDセールスにおいてミリオンが連発、輸入盤販売もピークの時期だったため、もしかするとSteely Dan関連では日本で最も売れたアルバムかもしれない。

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 その反面、初動はめちゃめちゃ良かったけど、売り上げ・評価も含めてその後の落ち込みようはハンパなく、リリースされて間もなくして途端に話題にのぼらなくなり、中古CD市場には大量の『Kamakiriad』があふれ、ほぼ新譜にもかかわらず値崩れを起こした。
 それまでの熱烈な『Aja』『Gaucho』原理主義的コア・ユーザーにとっては淡泊すぎ、キャンペーンに乗せられて雰囲気で購入してしまったライト・ユーザーにとって、曖昧でわかりづらい彼のサウンドはヘビロテする類のものではなかった。
 一聴するとシャレオツで機能性抜群のサウンドと受け取られる後期Danを好む層は、どの時代にも一定数存在していたため、『Aja』~『Nightfly』の作品群は、恐ろしく長いロングテール型の販売曲線を描いていた。決して大きくバズッたりはしないけど、その軌跡は今も連綿と続いている。
 で、その連鎖をぶった切ってしまったのが、この『Kamakiriad』と言われている。

 要はユーザーが要求する『Aja』~『Nightfly』のクオリティに達していなかった、ということではある。ただ、構想も含めて10年かけて熟成された作品なので、完成度が低いわけではない。テンション・コードを多用した揺らぐメロディと形而上学的な主題は相変わらずだし、いくらでも深読み可能な言葉もそこかしこに散りばめられている。
 Steely Danの音楽を形容する際、「謎解きのような音楽」と称されることがあるけれど、ただそれなら『Kamarikiad』も同様である。変ちくりんなコンセプト・設定が象徴するように、思わせぶりな態度は相変わらず、以前にも増してその狡猾さは磨きがかかっている。
 なのに、これまでと扱われ方が違うのはなぜなのか。

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 末期Steely Danで顕著となるのが、今も語り継がれるアナログ・レコーディング技術の総決算、限りなくマニアックでありながら、あらゆるシーンにおいて汎用性を持つ、アーバンでメロウなAOR的世界観である。ミュージシャン・クレジットにこだわる音楽通を唸らせるだけでなく、シャレオツな空間でも何ら違和感なく、環境音楽と同じ機能性を有しながら、どこか不穏な後味を残せるのが、彼らの優位性だった。消費型のBGMとして聴き流すこともできると同時に、不特定多数のごく一部の琴線に、わずかな揺らぎを与えることができたのは、彼らくらいである。
 プラチナ獲得アルバムを連発しながら、そのあまりに選民性に満ちたサウンド世界は、レコーディング時間の増大と比例して袋小路にはまってゆく。完璧さを追求するがゆえ、その空間は息が詰まるようになる。すでにDan末期、マン・パワー頼りのアンサンブル構築は時代遅れになりつつあり、もっと効率的なMIDI同期機材の進歩が取って変わりつつあった。彼らが追い求める「完璧なサウンド」は、その強い断定性がゆえ、帰着点を失ってしまっていた。

 ある意味、Dan時代の余力で制作された初ソロ『Nightfly』以降、Fagenの足取りはパッタリ途絶えてしまう。
 とっくの昔にライブ活動からは引退していたので、当然のようにツアーは行なわれず、いくつかのインタビューに応えた以外は、ほぼ表舞台にも出なかった。最小限のプロモーション活動を行なった後は雲隠れしたかのように、忽然と姿を消してしまう。
 『Kamakiriad』リリースの少し前、ほぼ仲間内で行なわれた『The New York Rock and Roll Revue』に参加するまでのほぼ10年、彼は音楽シーンからきれいに痕跡を消し、沈黙を貫いた。
 その10年間、プライベートでの良からぬ噂も囁かれているけれど、イマイチ真偽がはっきりしないので、憶測で書くことはやめておく。ただ、創作上のスランプについてはホントっぽいので、そこの部分に絞って憶測で書いてみる。

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 70年代に主に活動していたにもかかわらず、Danが他の同時代アーティストと違っていたのが、「アルバム・コンセプトの曖昧さ」である。
 一部の難解さを装ったプログレやファンタジー性の強いシンフォニック・ロックに代表されるように、特異な大風呂敷が許されていた70年代において、一曲入魂の小品集スタイルを貫いた彼らのスタンスは、小細工を弄じることのない潔さがあった。彼らの多くが、文学的かつ哲学的なお題目を掲げながら、その割にはえせメランコリックなオーバーチュアや底の浅い紋切り型のメッセージで尺を稼いでいたのに対し、ほんの僅かなワンフレーズにも大量のリテイクやミックスを重ね、膨大なマテリアルを推敲し削ぎまくった末に、これ以上足しも引きもできない純度の作品を、Danは作っていた。二流のアーティストがアルバム1枚に注ぎ込むエネルギーを、わずか一曲に落とし込んでゆくことこそ、彼らの制作ポリシーであったと言える。
 それが80年代になると、前述したようにテクノロジーの進化が従来のレコーディング・プロセスを浸食し、職人技を存分に発揮したサウンド・デザインは次第に減ってゆく。普及化に伴うデジタル機材の廉価傾向と反比例するように、スタジオ使用料の高騰は作業時間の圧縮を余儀なくされ、Danの特性である長期間のスタジオ占有と有名ミュージシャンの起用は難しくなりつつあった。輝かしい実績を持つ彼らでさえそうなのだから、他の二流ミュージシャンなどは推して知るべし。

 そんな事情もあって、Fagen並びにプロデューサーWalter Beckerらが新機軸としえ設定したのが、冒頭の「カマキリ型オートモービルが云々」といった70年代的コンセプト。個々のミュージシャンの力量に頼ったバンド・アンサンブルではなく、アルバム全体としてのトータル・コンセプトを揃えることで各曲の相乗効果を得る、という方向性を見出した。
 ご存じのように、彼ら2人揃ったということは、実質的にDanのアルバムであるわけだし、だからといって従来のやり方は予算的に厳しいわけだから同じことはできないし、どこかで新たな視点を設けることが必要だったのだろう。とは言っても彼ら自体はそれほど引き出しが多い方ではないし、思いつくことといえば旧知の手法のアレンジでしかないわけだし。
 とはいってもネガティヴな側面ばかりだけではなく、『The New York Rock and Roll Revue』というリハビリ的なワン・クッションを置いたおかげでライブでの偶然性に目覚めたDonald、プリプロには相応の時間をかけたけれど、以前のようにニュアンスにこだわったリテイクの連続はなくなった。それよりライブ感覚を重視し、これまで無縁だったバンド・グルーヴを前面に出すように努めた。

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 カマキリ型の乗り物が結局何なのかは、正直どうでも良い。ていうか、ヘヴィー/ライト・ユーザー双方、興味を持った者の方が少ない。サウンド自体にコンセプトが如実に反映されているのかといえば、そうでもない。特別、近未来的な設定やSFチックなテイストも窺えない。先入観があってもなくても、実際に聴いてみると、普通に完成度の高い「いつもの」Steely Danである。まぁライブ感覚を強調しているのか、これまでのジャズ/フュージョン寄りではなく、も少しR&B色が濃いかな、というのが特徴と言えば特徴。

Kamakiriad
Kamakiriad
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Donald Fagen
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1. Trans-Island Skyway
 「移動し続ける物語」のオープニングとして、軽快なファンク・チューン。バッキングはほぼリズム・キープに徹しており、どのパートも特別にフィーチャーされることはない。これはこのアルバム、そしてこれ以降のDan 関連の作品に共通している。キラ星を集めたスーパー・チームではなく、地道ながら確実なテクニックを有した個人の集合体が、これまでに見られなかったライブ感を演出している。

2. Countermoon
 タイトルはFagenの造語らしく、Google様に頼った訳詞で判断するに「月の逆光」じゃないかと思われる。英語はネイティヴではないので、間違ってたら素直に訂正する。
 ホーンと女性コーラスが大きく前に出ており、ソウル色が強い。曲調はジャズ・タッチそのものだけど、バンド・アレンジはかなり泥臭い。

3. Springtime
 リズムが『Aja』期に大きくかぶっているけど、仕上がりが全然違っているのはリズムのハネ方が全然違っている。こうして比較してみると、Chuck Rainey というプレイヤーは後期Danにおいてのキモだったのだな、と納得してしまう。ただ、Fagenの構想としては当時をそのまんまなぞりたかったわけではなかったはずだし、この若返りメンツの中では浮いてしまうだろう。
 適材適所というのはそういうことである。

Donald Fagen - Kamakiriad (back)

4. Snowbound
 リリース当時、Beckerとの共作クレジットということで話題となった、Danも含めたディスコグラフィ中、ポップな風合いのナンバー。Fagen自身も珍しく歌い上げるようなヴォーカルを披露しているし、案外楽しいレコーディングだったんじゃないかと思われる。「楽しい」「Danのレコーディング」、並べてみると反語表現だよな、これって。
 Larry Carlton (g)のプレイをなぞったようなBeckerのギター・プレイはご愛嬌。ただひとつ難点を挙げればこの曲、7分という微妙な長尺サイズ。ギター・ソロを削って5分程度にまとめていれば、ソリッドに収まったと思われるのだけど。まぁ久しぶりの共同作業で張り切っちゃったんだろうな。

5. Tomorrow's Girls
 またまたデジャ・ヴュ的な、シンプルな8ビートながらジャジー感たっぷりな新生Dan的なナンバー。古くからの顧客にとっても明快なサウンドのため、このアルバムの中では唯一のシングル・カット。一見さんではなく、昔からDanに慣れ親しんでいるユーザーには最もウケは良いはず。事実、俺もこの曲は好きだから。何ていうか安心できる。
 そんな中、目立つのはBeckerの追体験的オブリガードを含めたギター・プレイ。かつてのCarlton や Lee Ritenour (g) へリスペクトするような、ていうかまんまコピーのフレーズから聴こえるのは、40過ぎてライブのカタルシスに覚醒してしまった中年2人のはっちゃけ振り。まぁこれまで苦行のような作業ばっかりだったしな。



6. Florida Room
 共作クレジットされているLibby Titusは、当時のFagen夫人。まさか20年後、DV容疑でFagen逮捕 → 離婚の危機(離婚したのかな?)に陥るとは、想ってもみなかったはず。もともとそれほどアクティブなキャラではなかった人だけど、やはりプライベートだと何かと溜まっていたものがあったのかな。何しろあんなストレスの溜まるバンドをずっとやっていたくらいだし。
 そんなムードは露ともみせず、女性コーラスとホーンを前面にフィーチャーしたラテン・テイストの楽曲は、享楽さを通り越して脳天気ささえ漂わせている。

7. On the Dunes
 このアルバムでは唯一ストレートなバラード。ここにきてBeckerの指示なのかFagenによる楽曲が希求したのか、バンド・アンサンブルがタイトに引き締まった印象。音数は決して多くない。楽曲も従来Danのセオリーに沿っている。セオリー通りだからこそ、変に崩すことのできない完璧に閉じた空間がここでは展開されている。全編この調子だったら息が詰まるけど、どこか曖昧さの漂うコンセプトに支配されたアルバムの中、こういった曲が一曲くらいあった方がピリッと締まる。

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8. Teahouse on the Tracks
 エピローグにピッタリな、1.の続編的ドライビング・チューン。旅ももうすぐ終わり。大団円的な拍手や歓声なんて、これまでのDanにはあり得なかったラスト。リズムはあくまで軽いけど、最後は重くならない方が良い。正直、最初と最後以外はコンセプトと何の関連性もなさそうだけど、まぁ細かいことはいいじゃない。
 変にシリアスになり過ぎない分、彼のソロの中ではすごく聴きやすい。
 前評判に捉われず、一回聴いてみな。


Nightfly Trilogy: Nightfly / Kamakiriad / Morph Cat
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愛があれば年の差なんて - Waterboys 『The Best of The Waterboys 81–90』

0b3ca82f5dbe44abc4df6c9d51173421 -2014年7月12日、自身の女性器を3Dプリンタ用データにし、2013年10月以降、活動資金を寄付した男性らにデータ送付の形でダウンロードさせたとして、警視庁はわいせつ物頒布等の罪等の疑いで、アーティストろくでなし子を逮捕。
 「警察がわいせつ物と認めたことに納得がいかない。私にとっては手足と一緒」と容疑を否認。この事件は世界中に反響を巻き起こし、イギリスのロック・アーティストMike Scottはいち早く彼女の指示を表明、オリジナルソング「ROK ROK ROKUDENASHIKO」を制作発表、ネット上に拡散させて、法治国家であるはずの日本の理不尽な対応を批判した。これをきっかけとして両者は交流を深め、2016年4月婚約を発表、上記にまつわる裁判は継続中ながらも今年1月に出産、控訴審では生後間もない我が子を抱きながら、傍聴席に座るMikeの姿があったという。

 ほんの数年前まで、「Waterboys」で検索しても、例の男子シンクロ映画が上位に来て、バンドの方は何ページも追わないと公式サイトさえ出てこない状況が長らく続いていた。それが今では時代が変わり、まぁ男子シンクロwikiにはかなわないけど、3番目には公式サイトがヒットするようになってきている。画像検索を見てみると、逆に男子シンクロの方はほんのちょっぴりで、今ではMikeのフォトショットの方が多い状態である。
 試しに検索ワードを「マイクスコット」に変えてみると…、もう出るわ出るわろくでなし子との2ショット。ていうか主役はほとんどろくでなし子で、マイクの方は添え物的扱いとなっている。この画像を検索したほとんどの人は、ほぼ「ろくでなし子」か「ろくでなし子 結婚」などのワードを使っており、正体不明の謎のオッサンのことなど眼中になかったはずである。「ていうか、この外人さんは誰?何やってる人なの?」という間奏の方が多いはずである。普通の人生を歩んでて、「マイクスコット」という名前にかかわり合う機会なんて、まずないもの。

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 80年代UKを通過していない人ならあまり知られてないように、Mike Scott = Waterboys自体、ロック史においては微妙な立場である。
 U2と同じくらい、キャリアは長い。UKやEU諸国を中心に定期的にツアーを行なっているくらいだから、少数ではあるけれど熱心な固定ファンが世界中に散らばっている。セールス的にはU2の足元にも及ばない。客観的なチャート分析では、シングル「The Whole of the Moon」UK3位のみの一発屋である。無頼漢漂う風貌はワイルドネスというより無骨すぎて地味に映る。
 インタビューなんかではもともと饒舌ではあったけれど、音楽への真摯な向き合い方がステレオタイプすぎて、正直読んでてもあまり面白くない。変に清廉潔白な態度は、80年代当時のUKロック・シーンでもちょっと浮いていた。カッコよく言えば孤高の存在だけど、むせ返るほどのエモーションは冷笑的なニヒリズムがトレンドとされていた当時では、明らかに異端すぎる。
 まぁ近年の饒舌さはベクトルが全然違ってるけどね。彼女によって趣味嗜好が変わるタイプなのかな。

 Bob DylanやBruce Springsteenらを範とした、メッセージ性が強くエモーショナルな骨太ロックを主軸としたデビュー当時のWaterboysは、時に過剰なドラマティックさが前時代的に捉えられ、80年代UKニューウェイヴにおいては異端の存在だった。ペシミズムやデカダンが共通言語となっていたポスト・パンク時代において、泥臭さの拭えない彼らの感性は、やたら享楽的だった他のアーティストとの差別化は容易だった。普通に歌っても過剰な激情が露わになってしまうMikeのヴォーカルは、すでに時代遅れのものだった。
 ほぼ同世代で、同じくやたらと暑苦しく、時に過剰に濃密な主張を織り交ぜた音楽を志向していたのがU2。プロデューサーSteve Lillywhiteのおかげでもう少しニューウェイヴ寄りのサウンドは、Waterboysより一歩先に大衆の支持を得ていた。
 最も政情的に不安定だった80年代のアイルランドで青春時代を過ごしていたこともあって、「Sunday Bloody Sunday」 や「New Year’s Day」などに代表される、政治的メッセージ色の強い楽曲は物議を巻き起こしたけど、それでも彼らの言葉が経験・環境に裏付けされたリアリティを含んでいることは否定できなかった。
 また、デビュー間もなくからオリジナリティ溢れるアイディアを作品につぎ込んでいたEdgeの進化は目覚ましく、今ではスタンダードとなった、カッティングやアルペジオ、ハーモニクスを多用したギター・サウンドにディレイを効果的に織り交ぜた音響空間は、後に多くのエピゴーネンを生み出した。そのディレイ空間は、プロデューサーBryan Enoによってさらに磨きをかけられ、アメリカ南部の泥臭さをヨーロッパ的な荘厳たる感性によって演出した『The Joshua Tree』として結実、これで彼らのスタンスは世界的なものになった。

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 イギリスというのはイングランドの一枚岩国家ではなく、4つの独立地方共同体による連立国家であることはあまり知られていない。日本のような中央集権型ではなく、アメリカのように各地方が独立国家的体裁を取った「共同体」というのが正確である。
 その4つのうち、スコットランドとアイルランドとは友好国的な関係であるらしい。いわゆる宗主国的立場にあるイングランドへの敵対心という点で共通しており、政治的・文化的にも友好関係にある。ちなみにアイルランドとイングランドとは古くから険悪で、それが一連のテロ騒動に繋がってくるのだけれど、それはまた別の話。
 今も活動を共にするバイオリン奏者Steve Wickhamの参加が契機となり、バンド・メンバー総出でアイルランドへ移住、ニューウェイヴ以降のポップな音楽性と、アイリッシュ・フォークの土着性をミックスした『Fisherman’s Blues』を生み出すことになる。
 朴訥な不器用さが災いして、U2と違って大きくブレイクし切れなかった彼らだったけれど、このアルバムのヒットがターニング・ポイントとなって、巷のUKインディー・バンドとは一歩抜きん出たポジションに立つことになる。言ってしまえばイギリスの民謡をロック風にアレンジした音楽のため、海外でのセールスは大きいものではなかったけれど、概ね評論家筋のウケは良く、一目置かれる存在になった。
 80年代末に興った日本のバンド・ブームにおいて、単なるホコテン出身のバンドだったブームが、琉球民謡をベースとした「島唄」のヒットを契機として、ラテンやアフロなど欧米以外の音楽を貪欲に吸収していったプロセスと比較すると、ちょっとわかりやすいと思う。若い人にはわかんないか。

 その後、MikeはWaterboysを解散、アイリッシュ・フォークのイメージが強くなり過ぎたことに危惧を覚えたのか、ソロになってからは程よいAOR的なロック志向のアルバムをリリースする。当時の彼にとって、アイリッシュという要素は数多くある音楽ジャンルのひとつに過ぎず、逆にブレイクのきっかけとなった地点からさらに一歩進んだ音楽に手を広げてみたい、という野心があったのだろう。セールス的には盛り上がらなかったけどね。
 そんなセールス不振を受けて、苦渋の決断ではあったけれど再びWaterboys名義を復活させ、その後はコンスタントなライブを軸とした活動が続く。俺個人としては、ちょうどこの時期、ライブのトレントサイトから未発表ライブをダウンロードすることにハマっていた。WaterboysやMike名義のファイルは結構転がっており、片っぱしからダウンロードしていた。今のようにハードディスクの容量も多くはなかったため、落とすたびにCD-Rに焼いていたのは良い思い出。
 でも、CDに焼いちゃったらそれで満足してしまい、結局それほど聴かなかったよな。

The-Waterboys

 トレントファイルを漁ることに飽きると、彼らへの関心もだいぶ薄れていった。新しいアルバムが出たと聞いても、さして食指も動かず、「ふ~ん、そ」てな感じだった。そんなわけで、もう何年もMikeの音はまともに聴いていなかった。
 なので、去年のちょうど今ごろ、全世界のWaterboysファンだけでなく、多くの80年代洋楽好きを驚愕させたろくでなし子との婚約にまつわるニュースは、ビックリというよりは不意を突かれた印象だった。「そう来たか」というファースト・インプレッションは、思わずスマホ画面を二度見してしまったほど。しかも、Twitterで滅多につぶやくことのない俺が、勢いで「マジで?」とつぶやいちゃったくらいである。そのくらい、彼女との婚約は驚きだった。

 アーティストとしての活動より、芸術か否かの論争にまつわる訴訟沙汰によって、彼女の動向は何となく耳に入っていた。男の本能として、取り敢えず一回は興味本位でブログを覘いてみたりしたけど、まぁ彼女の主張に熱烈な賛意を抱くほどではなかった。ただ、興味本位のその先、ステレオタイプな猥褻さ・隠微さを押し通すためにシリアスになるのではなく、目くじらを立てて無用な茶々を入れてくる自称「良識派」をおちょくる姿勢はずっと気になっていた。世間に理解されづらいポリシーを貫くためには、鉄壁の意思と莫大なパワーを必要とする。周りから見ると「くっだらねぇ」のかもしれないけど、本人からすれば大真面目なのだ。
 最初は純粋な支援活動だった。極東の女性アーティストが表現の自由を奪われ、刑事告発までされている。そんな不当な扱いが許されるのか-。純粋な義憤に駆られていち早く支援を表明し、そして純粋な衝動によって頻繁に来日して親交を深めたが末、いつの間にかプライベートでも行動を共にすることになる。互いの純粋さが導きあった結果と見てよい。
 ろくでなし子の立場からすれば、60近くの「自称」ミュージシャンに純粋に迫られ、支援者という立場を超えた一男性として意識できたかと言えば、多分できなかったんじゃないかと思われる。お金を出してくれて歌も作ってくれて、世界中の支援の輪を広げるのに手を貸してはくれたけど、ところでこのオッサン誰?てな感じだったと思われる。どこかしらかで素性を知ったとして、微妙な賞罰経歴のミュージシャンだったしね。
 まぁそれでも「芸術性」という共通項によって親交を深め、まぁ子供もできちゃったことだし、今後の彼の活動ぶりが期待される。しばらくは一家でダブリン住まいみたいだけど。


Best of
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Waterboys
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1. A Girl Called Johnny
 1983年リリース、UK80位にチャートインしたデビュー・シングル。80年代初期ということもあって、ドラムがスカスカなことを除けば充分完成された楽曲。ピアノとサックスの音色、微妙に濡れた肌合いのMikeのヴォーカルとがブレンドして、メロウなアメリカン・ロックといった風情。でもアメリカじゃ出せないだろうな、こういったサウンドは。ドライな空気を演じようとしながら、スコットランドの潮風は冷たく濡れそぼっている。この曲が収録されたデビュー・アルバム『Waterboys』はチャートインせず。



2. The Big Music
 3枚目のシングルであり、セカンド・アルバム『A Pagan Place』に収録。ちなみにどちらもチャートインせず。1.よりさらにサウンドはドラマティックに、女性コーラス隊も入れてゴージャスに展開している。スケール感が求められる楽曲とMikeのキャラクターには、このような壮大さがフィットしている。でもね、いいんだけどさ、サックスが前に出過ぎ。アウトロのドラムソロは聴きごたえあり。

3. All The Things She Gave Me
 5枚目のシングルも、同じく『A Pagan Place』から。当然、チャートインせず。ここでアメリカン・ロックへのリスペクトをちょっぴり薄めたのか、UKバンドっぽくサスティンを利かせたギターを投入。サックスは相変わらずブロウしまくっているけど、少し後ろに引っ込んでいる。ある意味、バランスが取れた構成だけど、やはりアウトロに入ってからは出しゃばりまくり。これがMikeの意向だったのかはわかりかねるけど、ちょっとクドいくらい。久しぶりに聴いてみると、改めてクドい。

4. The Whole of the Moon
 2作目でも思うような結果が出なかったことに危機感を覚えたのか、ここで思いっきり方向転換、頑なに拒んでいたシンセも導入、泥臭いサックスに取って代わってフリューゲル・ホーンによって軽快さを前面に出してくる。3枚目のアルバム『This is the Sea』 の先行シングルとして、UK最高26位をマークした。Mikeのポップ・センスはもちろんだけど、ここに来て才能が開花したKarl Wallinger (key)によるBeatlesオマージュなアレンジとがシンクロしたことが、成功の要因である。
 ちなみにこの曲、このベスト・アルバムがリリースされた際にもシングルカットされており、何と自己最高のUK3位、アイルランド・チャートにおいても2位をマークしている。



5. Spirit
 『This is the Sea』収録、Mike自身によるコード弾きピアノの小品。約2分弱の楽曲をわざわざベストに選曲しているくらいだから、多分に思い入れも強いのだろうけど。ちなみにオリジナル・アルバムではこのベスト同様、4.と続いており、エピローグ的な意味合いもあるんじゃないかと思われる。

6. Don't Bang the Drum
 『This is the Sea』からのシングルカットで、当時はチャートインしなかったけれど、いまもライブではほぼ欠かさず演奏されており、人気の高い曲のひとつ。ここまで聴いてきて、やっとWaterboysというロックバンドのサウンドが固まった印象。Mikeの一枚岩的な印象が強いバンドだけど、ロック・サウンドとしての要となるのがKarlだったことが証明されている。

7. Fisherman's Blues
 せっかく前作でロックバンドとしてのスタンスを獲得したというのに、どこか物足りなかったのだろう。どこの時点でKarlが脱退してしまったのかは不明だけど、Steve Wickham という頼もしい相棒を得てからのMikeの決断は早く、もう一人のオリジナル・メンバーAnthony Thistlethwaite (サックスの人)を引き連れてダブリンへ移住、現在の活動にも繋がる『Fisherman’s Blues』を制作する。UK32位にチャートイン、ここですっかり「アイリッシュの人」というイメージが定着する。
 ここでのMikeのテンションは凄まじく、膨大なレコーディング素材を残しており、その制作過程もなかなか興味深いのだけど、それを書くのは次の機会だな。盛りだくさんすぎるんだもの。

8. Killing My Heart
 当時は未発表につき、ボーナス・トラック扱いだった『Fisherman’s Blues』のアウトテイク。アイリッシュ以前と以後のサウンドがうまくミックスされて、Dylan & The Bandが10年経ってアップグレードしたらこんな風になったのかなぁと夢想してしまう、ロック・テイストを添加したグル―ヴィー・チューン。こんな曲をアルバムに入れなかったくらいだから、このクラスの未発表テイクってっぱいあるんだろうなあ、と漠然と思っていた当時。20数年経ってから、その膨大なアウトテイクの山にビックリしちゃうことになるのだけれど。

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9. Strange Boat
 シンプルなバンド・セットによる穏やかなフォーク・ロック。特段アイリッシュ・テイストは感じさせないけど、やはりSteveのフィドルが強烈な個性を放っている。壮大なアイルランドの自然を想起させる音色は、ほっと一息つかせてくれる。

10. And a Bang on the Ear
 なので、田園風景を思わせる和やかなナンバーは、ロックというジャンルの懐の深ささえ感じてしまう。UKは時々、トレンドの音の飽和状態に呼応するかのように、トラディショナルっぽい楽曲が突然チャートインしたりする。「Come On Eileen」や「Perfect」など、英国人は無性に泥臭いフィドルを求めてしまう時期があるのだ。

11. Old England
 『This is the Sea』収録、ここでは89年グラスゴーでのライブ音源を使用している。

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12. A Man Is in Love
 『Room to Roam』収録。このアルバムを最後にMikeはWaterboysを一旦解散、その流れでこのベストがリリースされたという経緯なのだけど、さらにアイリッシュ色が強くなり、楽曲自体もソロ的な色彩が濃くなってきているので、バンドを維持する必然性が見えなくなってきたのだろう。もっと違う音楽もやってみたかったんだろうし。


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80年代ストーンズをちゃんと聴いてみようじゃないか - Rolling Stones 『Undercover』

folder 1983年にリリースされたRolling Stones17枚目のオリジナル・アルバム。売り上げデータ的にはUS4位プラチナ獲得、UK3位ゴールド獲得とアベレージはクリア、日本でもオリコン12位にチャートインしている。
 特に日本ではこの当時、Beatlesは再評価ブーム前につき過去の遺物、Led ZeppelinはJohn Bonhamの不慮の事故によって解散、同じくKeith Moonの不慮の事故によって迷走していたWhoは最初から人気がなかったため、現役で活動していた大物ロック・バンドといえばStonesしかいなかったのだ。この時期、Stonesのチャート・アクションが良かったのは、そんな外部要因も大きかったわけで。

 『Dirty Work』のレビューでもちょっと書いたけど、80年代以降のStonesは単なるロック・バンドではなく、下手な東証一部上場企業よりずっと優良な企業体である。活動していない時もバック・カタログが確実な収益を生むし、その運用益もハンパない。彼らがちょっとアクションを起こすたびに収益が発生してしまうため、税務対策上、活動ペースを落とさなければならないくらいである。
 例えKeithやRonnyが良いリフやフレーズを思いついたとしても、すぐに発表することはできない。ビジネス面を統括するMick Jaggerのゴーサインを待たなければならないのだ。あぁめんどくせぇ。

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 アーティスト自らマネジメントやレーベル運営を担うことによって、これまで何かと搾取されがちだったレコード会社との関係性は大きく変化した。大手レーベルとの直接契約ではなく、自主レーベルからの販売委託という形を取ることによって、アーティスト側の取り分は増える結果となった。中間搾取を減らすことによって粗利を増やすのは、ビジネス的には基本中の基本である。そういったビジネス・モデルの先鞭をつけたのが、Stonesである。
 彼らの成功事例をベースとして、同規模のセールスを有するアーティストらも後に続いたけれど、Stonesほどの収益を上げた者は数少ない。単なる大量販売だけでは、安定した企業経営は維持できない。そこにはアーティストとしての毅然たるポリシー、さらにバランス感覚に優れたビジネス・センスが必要となる。

 ロック・セレブとして不動の地位に君臨するMick Jaggerは、もはや単なるカリスマ・ヴォーカリストではなく、グローバル企業Rolling Stonesの最高CEO である。ステージで激しいダンスを踊りながら歌うより、大量の企画書や決裁書に細かく目を通し、ビジネス・パートナーや弁護士を囲んで会議している時間の方が長いのだ。
 古き良きロック・スターから、着実に枯れたブルース・マンの風情を身につけつつあるKeithもまた、一見あんな風だけど最高幹部会の一員である。彼の場合、Mickと違ってビジネス面は丸投げな部分が多いけど、彼の奔放なライフ・スタイルは、Stonesが単なるビジネス・バンドではない、というイメージ戦略における重要な役どころを担っている。何も考えずに、ヘベレケでギターをいじってるわけではないのだ。それはきちんと長期展望に基づいてシミュレートされたヘベレケである。まぁRonnyにとっては素だろうけど。
 数年前のリーマン・ショックの余波で、彼らの所有する資産価値が大きく目減りした、という、ホントか嘘か出所不明のニュースが流れたり、そんな話題がYahooニュースに取り上げられるのも、彼らならではある。

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 前作『Tattoo You』が新録ではなく、過去のアウトテイク集という形になったのは、主にMick とKeithの感情的な衝突によるものが大きい。
 レコーディング開始にあたり、いつも通りにリハーサルを兼ねたミーティングが行なわれたのだけど、MickとKeithの作業方針がかみ合わず、両者スタジオ入りをキャンセル、レコーディングは中止となった。とはいえ発売スケジュールは決まってしまっているため、発売中止というわけにもいかない。彼らクラスだと違約金だって膨大になる。なので苦肉の策として、膨大なアウトテイク素材を現場サイドに丸投げ、どうにかこうにか繋いだり切ったり貼ったりして無理やり完パケさせ、ピンチを乗り切った。
 で、それから2年ほど経過。さすがに2度続けてお蔵出し放出というわけにもいかず、それなりの心構えでメンバーはレコーディングに参加する。ただやっぱり、肝心の2人のわだかまりは解消されず、雰囲気は終始悶々としていた。
 バンド・メンバー以外の周辺スタッフが多くなりすぎて、ダイレクトな意思疎通が取りづらくなったことも、要因のひとつである。2人だけでまとまった時間を取って打ち合わせをすることができず、さらに加えて人づてで互いの悪口を言い合ったりなど、まぁ陰湿だこと。
 -何かとやりづらく、雰囲気の悪いレコーディングだった、とはRonnyの弁。まぁ彼自身、2人にどうこう言える立場じゃなかったしね。

 そもそも『Undercover』 というアルバムは、前向きな動機で作られたものではない。むしろビジネス上の要請に基づいて作られたアルバムである。
 この時期、Stonesはアトランティック・レーベルとの契約終了を控え、新たな提携レコード会社CBSとの契約交渉を進めていた。契約金は当時史上最高の2800万ドル。この10年後、Princeがワーナーと契約更改した際の契約金が1億ドルなので、そう考えると隔世の感だけど、どっちにしろわけわからん数字だわな。
 そのアトランティックとの契約枚数をクリアするため、Stonesサイドはベスト・アルバム『Rewind』をリリースする作業を進めていた。いたのだけれど、まだ1枚足りない。何かしら作っとかなくちゃ、といった事情である。
 『Steel Wheels』以降のStonesは、「レコーディング→アルバム・リリース→世界ツアー→ライブ・アルバムリリース→休養→最初に戻る」というローテーションが確立されているのだけれど、この時代のリリース・システムは「ベスト・アルバム→契約更改かネタ切れ」「ライブ・アルバム→来日記念かネタ切れ」と相場が決まっており、そう頻繁に大盤振る舞いするものではなかった。『Still Life』も出たばっかりだったしね。

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 で、そういったビジネス面の契約交渉は、もっぱらMickを中心として行なわれた。Keith以下のメンバーにとって、レーベル移籍とは「レコード会社のロゴが変わる」程度の認識しかなかった。そういっためんどくさいことは、みんなMickに押しつけていた。
 いたのだけれど、Stones本体の契約と並行してMick、CBSとの裏交渉で、ちゃっかり自分のソロ契約も併せて進めていた。別に隠してたわけじゃなかったかもしれないけど、きちんと契約書に目を通す者は誰もいなかったので、マスコミ報道を通じて知ったメンバーは、微妙な雰囲気となった。Bill Wymanあたりは知ってて知らんぷりしてたかもしれないけど。
 そりゃバンドに直接関係あるわけじゃないけど、でもひとことくらいあってもいいんじゃね?と憤ったのがKeithである。例えば、Bill Wymanがソロ活動したとしても、みんな「ふ~ん、で?」くらいの反応だけど、Mickはバンドのヴォーカルであり、フロントマンだ。脇役と主役とでは、その重みは全然違ってくる。
 「そんな大事なことを、この俺にひとことも相談なく決めやがって」というのが、その後数年に渡る遺恨試合の端緒となる。

 70年代のKeithが、ドラッグやら裁判やらスキャンダルやら、まぁ全部自分が蒔いた種だけど、何かといろいろ振り回されていた、というのは有名な話。「最も早死にしそうなアーティスト」のトップに長く君臨し、Stonesの活動に専念できなかった。
 で、1977年のカナダでの逮捕拘留→裁判を経て、本格的にドラッグと手を切ることを決意、治療を受けることになる。「全身の血を入れ替えた」というエピソードが、ホントか嘘かは不明だけど、まぁ当時から金は唸るほど持ってたはずなので、人体改造にも匹敵する荒療治を行なったのだろう。だってKeithって不死身のはずだから。
 ほぼクリーンな体にビルドアップした後は、司法交渉の条件であるチャリティー・ライブを開催、晴れて本格的にシーンに復帰することになる。ブルース以外の多様な音楽性を披露した『Some Girls』『Emotional Rescue』も、セールス・内容とも高い評価を得た。
 続けて80年代も、その勢いで活動するはずだったのに。

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 Keithがグダグダだった70年代、度重なるバンド存続の危機を乗り越え、Stones運営の舵取りを行なっていたのがMickである。泥臭いブルース・ベースのロックンロールが飽きられつつあることを察して、徐々にサウンドの洗練化を進めていた。ディスコ時代に即した「Miss You」や「Emotional Rescue」のような、ディスコやニューウェイヴがなければ生まれ得なかったシングル・ヒットは、主にMickの手腕に負うところが大きい。
 オーソドックスなロックンロールやブルース・ナンバーを収録することによって、固定ユーザーやKeithらへの配慮を忘れず、ディスコやレゲエなど、当時の最新トレンドの導入によって、同世代ロートル・バンドとの差別化を図った。こういった一連の施策は新世代パンク・バンドへの対抗策となり、Mick Tylor脱退後に訪れた自己模倣からの脱却にも成功した。
 何しろKeithがあんな状態だったため、Mickが率先して、ビジネス/音楽両面において仕切らざるを得なかった。その気になればStonesを活動休止させて身軽なソロ活動もできたのに、Mickは敢えて苦難の路を選んだ。
 バンド存続に尽力していたのは、単なるビジネス上の損得だったのか、それとも純粋にKeithにとってのプロミスト・ランドを守りたかったのか。

 そんなMickの奮闘もあって、Keith復帰後のStonesは短い安定期に突入する。エンタメ性を追求したライブ演出を志向したMickは、これまで偶発性に左右されがちだったライブ・セットのパッケージ化を推し進める。冗長になりがちだったインプロビゼーションを最小限に抑え、その日の気分次第だったセット・リストも、入念なリハーサルによってタイム・スケジュールや曲順を細かく設定した。
 スタジアム・クラスの会場中心のツアーでは、演奏上のニュアンスより大掛かりな舞台セットの方が、観客に与えるインパクトは大きかった。大画面オーロラビジョンやド派手な花火演出は、その後のロック・バンドのライブ演出における基本フォーマットとなった。
 寸暇を惜しんでStones運営に没頭し、Keithも復帰して軌道に乗せることができた。
 -そろそろ俺も、自分のやりたい事やってもいいんじゃね?というのがMickの主張である。

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 ただそうなると、ヘソを曲げてしまうのがKeith。
 「完全復帰したからには、Stonesを世界最強のブルース&ロックンロール・バンドにするんだ」と決意を新たにしたのに、なんだあの野郎、ディスコやニューウェイヴなんかに色目使いやがって。こんなデカいハコじゃなくて、もっとこじんまりしたライブハウスの方が、俺たちのサウンドが伝わるっての。第一なんだあの花火、ドッカンドッカンうるさくて、俺のギターが聴こえねぇじゃねぇかっ。
 「そういうてめぇこそ何だ、いつまで経っても変わり映えしねぇ、同じブルース・スケールばっか弾きやがって。そんなの今どき流行んねぇんだよ、編集でどうにか一曲にまとめてるだけじゃねぇか。第一お前、俺があれこれ段取り立ててる時、現場にいなかったじゃねぇかっ」

 実際、そんなやり取りがあったのかどうかは知らないけど、とにかく何かと噛み合わなかったのは確かである。で、そんな状況下で制作されたのが、この『Undercover』というわけで。
 スキャンダラスな話題性を狙いすぎたがゆえ、却ってダサくなってしまうアルバム・ジャケットや歌詞はいつものこととして、当時流行っていたArthur baker を意識した、ダンス・ビート寄りのタイトル・ナンバーなど、かなりの部分でMickが主導権を握っている。古臭いブルースだけじゃなくて、新規客獲得にはこういった最新の小技も取り入れなきゃならないんだ、と言わんばかりに。
 時代背景的に見ると、テクノロジー機材の劇的な進歩に伴い、アタック音の強いダンス・ビートがチャートを席巻していた時代にあたる。ベテラン・アーティストもその例に漏れず、多分レコード会社からの要請も強かったのか、猫も杓子もシンセ機材やダンス・ミックスの導入を図っていた。
 ただ、そんな戦略が作品クオリティ/セールス両面において成功したのはDavid BowieかYesくらいで、この時代のベテラン・アーティストの作品は、大方が黒歴史化している。この頃のDylan なんて、特にぎこちなかったしね。

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 Stonesは自主レーベルだったため、親メーカーからの過干渉も少ない方だったけど、まったく世の流れを無視するわけにもいかなかった。「時代に合わせたヒップな音じゃなきゃダメなんだ」というMickの現場感覚が反映されているのだけど、正直、彼らにそういったニーズがあったかといえば、多分なかったはず。
 ガッチガチのStones原理主義者からの拒否反応は予想できていたはずだけど、だからといってDuran DuranやCulture Clubのファンが『Undercover』に飛びついたかといえば、それもありえない。すでにこの時期、Stonesは強固なブランド・エクイティを確立していたのだから。Stonesのブランドを使いながら、Stonesからかけ離れたサウンドを模索していたのが、彼らの80年代といえる。
 Rolling Stones というバンドの性格上、話題性が先行して肝心の中身について論ぜられるのは後回しになりがちである。特に80年代のアルバムについては、MickとKeithの主導権争いがメインとなり、特に『Undercover』 は彼らのディスコグラフィの中でも存在感が薄い。
 ただ、そういった先入観を抜きにしてきちんと対峙してみると、個々の楽曲自体はしっかり作り込まれ、Bob Clearmountainによるメリハリのあるミックスは、各パートのインタープレイがくっきり浮かび上がる構造になっている。「80年代サウンドに毒されて云々」といった悪評は逆に的外れで、シーケンスに頼らないバンド・サウンドは今の耳で聴くと逆に新鮮でもある。前評判だけでスルーしてしまうには、あまりに惜しいアルバムだよな、これって。周辺情報が多すぎる分、何かと損してるアルバムである。
 まぁ、そういったゴシップも全部引っくるめて、Rolling Stones というバンドのアイデンティティではあるのだけれど。
 なんだかんだ言ってKeithだって、「しゃあねえな」という苦虫顔で付き合ってるし。

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1. Undercover of the Night
 先行シングルとして発売され、US9位UK11位のスマッシュ・ヒット。スキャンダラス性を煽ったPVやタイトルといい、何かと先入観で聴かず嫌いの人も多いと思われるけど、ちゃんと聴いてみると同時代のロートル・ミュージシャンと比べても現場感覚をしっかり意識して古びていない。「ダサい」と思われていたダンス・ビート中心のアレンジは、逆に時代の趨勢に飲み込まれず、いま聴くとStones流のダンス・ナンバーとして機能している。
 Sly & Robbyによるダヴ・ビートは彼らにとって新機軸だけど、Keithもレゲエ繋がりなら納得しているのか、オーソドックスなロック・ギターとの相性は良い。ダンスフロアでのリスニング・スタイルを想定して、エフェクトをたっぷり効かせた騒々しいサウンドは、普通なら音が潰れそうなところだけど、構成楽器のひとつひとつの粒立ちは意外なほどはっきりしている。その辺の仕事はやっぱりBob Clearmountain。ちょっと上品だよな、やっぱ。



2. She Was Hot
 こちらは第2弾シングル。パブリック・イメージとしてのStonesなら、むしろこちらの方が「いかにも」といった感じ。王道ロックンロールが飽きられていた時代もあって、US44位UK42位はまぁ妥当なところ。こういった数値で見てみると、やはりMickの先見性が見事ハマった結果になっている。
 それ以外にも前述したように、ミックスが上品なので、このようなガレージ・ロック・スタイルではクリア過ぎる感がある。こういったサウンドではむしろコンプがかかったようにちょっと潰れ気味の方が風情が出るのだけど、きれいに分離しすぎて聴き流れてしまうとこがちょっと惜しい。ライブ映えする曲なので、スタジオ・ヴァージョンじゃない方がいいのかも。

3. Tie You Up (The Pain of Love) 
 彼らのもう一つの持ち味である、ジャンプ風のブルース・ナンバー。MickのヴォーカルとKeith のギターとの掛け合いが、このアルバムのハイライトのひとつ。80年代の特徴として、人工的なドラムの音が興醒めしてしまう部分もあるのだけれど、彼のクセの強いオブリガードはサウンドに埋もれることを拒否している。ていうか、「俺は俺さ」ってか。
 中盤のブレイク、ビートとMickのみのパートが、ものすごくダサい。普通にモダン・スタイルのブルース・ナンバーで通せばよかったものを、この辺は多分Mickの横やりだな。

4. Wanna Hold You
 Keithヴォーカルによる、ちょっとキャッチーなロック・ナンバー。思えばKeithがブルースやレゲエ以外の曲でリードを取るのは珍しい。彼の場合、実際は何が何でもブルース原理主義というわけではなく、地味ではあるけれどアルバム毎に小さな範囲で新機軸を打ち出している。彼だってStonesの一員、ちょっとは新しいサウンドにも手を付けてみたいのだ。
 タイトル通り、Beatles「I Wanna Hold Your Hand」にインスパイアされており、そんなテーマからも軽快さを志向していることが窺える。

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5. Feel On Baby
 本格的なレゲエ、と言いたいところだけど、実のところはレゲエのフォーマットを使ってStones的な猥雑さを演出した、本質的な部分ではもっともStonesらしい作品。普通にロックンロールやブルースでお茶を濁すこともできたものを、敢えてここで実験的なナンバーを入れてしまうところが、チャレンジ・スピリットと言える。考えてみれば、方向性は全然違うけど、MickもKeithも新しいサウンドに貪欲という点においては一緒なんだよな。楽しそうにコーラスやってるし。

6. Too Much Blood
 で、そんなレゲエのエッセンスを消化して、ロックンロールのイディオムとサンバのリズムを付け加え、ギターのファンクネスをぶち込んで怪しげに仕立て上げたのが、これ。第3弾シングルとしてUSではメインストリーム・チャート38位にランクインしたのだけど、UKでは音沙汰なし。もったいないよな、いま聴くと、「Thriller」を意識したかのようなギター・プレイやシャウトがモロで笑えるし、でもカッコいいんだよな、ホーンの音色なんかも。
 ちなみにリリース当時話題になったのが、パリで起こった日本人による人肉食殺人事件を歌った歌詞。世界中で騒がれて間もない頃だったため、どちらかといえば批判的な論調だったことを覚えている当時中学生の俺。



7. Pretty Beat Up
 スタジオ・ライブっぽく奥行きある響きのMickのヴォーカルが炸裂する、ソリッドなロックンロール。アクセントとしてDavid Sanbornがエモーショナルなサックスを披露している。ミックスとしては全体的に分離が良すぎるのだけど、Davidのプレイが熱く昂ぶっている。クレバーなプレイでまとめてしまう彼にしては珍しく白熱のプレイ。でもそれだけかな、楽曲としては普通の出来。

8. Too Tough
 なので、下手な小細工を使ってないこれは、Stonesの本質をうまく掬い取っている。リフを中心としたギター・サウンド、わかりやすいサビ。同じロックンロールでも、テイストがまるで違っている。こういった曲は古くならないんだよな。

9. All the Way Down
 Mick Tylor時代を彷彿とさせる、やや土臭いブルースっぽさが充満したロック・チューン。いやいいんだけどさ、これを80年代にリリースするのはちょっと時代性を無視してない?といった感じ。古参ユーザーへの配慮で入れたのかもしれないけど、果敢に挑戦する姿勢を見せたA面と比べると、保守的なナンバーが並んでるのがB面の特徴。ここら辺が若い層には受け入れられなかったのかな。

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10. It Must Be Hell
 続いて、「Honky Tonk Women」の別ヴァージョンと言われたら信じてしまいそうな、原理主義者向けのスワンプ・ロック・ナンバー。まぁキャッチーなA面と保守的なB面に分けたのかな。いいんだけどね、でも前向きではない。「抑え」的な楽曲としては優秀だけど、メインに出すべき曲じゃない。その辺がわかっててラストに入れたんだろうな。もともとフィナーレで盛り上げるアルバムを作る人たちじゃないし。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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