好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

下々の連中にもわかりやすいポップ・ソング - Joe Jackson 『Laughter & Lust』

folder 1982年にリリースされた『Night and Day』は、Joe Jackson にとって代表作であり、セールス的にも最も成功したアルバムである。既存のロックにとって、必須であるはずのギターを使わず、ジャズやラテンなど、非ロック的な手法を駆使することによって、オンリーワンの「Joe Jackson’s Music」を確立した。ストレートなロックンロールからジャイブ・ミュージックまで、ありとあらゆるジャンルを縦横無尽、アルバムごとに実験を繰り返していたJoeにとって、その後のキャリアを決定づけるマイルストーンとなったのが、このアルバムである。

 あまりブランクを置かずにリリースされた『Body & Soul』も、同様のアプローチで制作されており、これまた渋すぎる内容であったにもかかわらず、マーケットでは好意的に受け入れられた。
 主にビジュアル先行型のニューロマ系アーティストが幅を利かせていた第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中において、どうひいき目に見ても見劣りするJoeが売れた背景には、もちろん本人の才覚も大きいけど、所属レコード会社A&Mの存在が無視できない。
 時代に寄り添いすぎて、アッという間に消費し尽くされてしまう流行歌ではなく、末永く鑑賞に耐えうるロング・テール型のアーティストを多く擁していたのが、A&Mの特色である。Carpenters のような鉄板スタンダードから、Tubesに代表される変態ニューウェイヴまで、ポップ/ロック以外では、Ornette Colemanを筆頭としたフリー・ジャズからMilton Nascimentoまで、節操なく幅広いジャンルを網羅しているのも、独立系レーベルの強みである。

 もともと創業者のHerb Alpert自身が、現役ミュージシャンだったこともあって、アーティストの自主性を重んじ、過度な干渉を行なったりしないのが、A&Mの企業風土だった。これも非メジャー・独立系の強みで、株主がほぼ身内で固められている小規模企業のため、収益性より芸術性を重んじることが、潔しとされていた。
 ただ、企業が継続するためには営利を追求していかなくちゃならないから、きれい事ばっか言ってるわけにはいかない。自転車操業的な局面も何度かあっただろうけど、その度にCarpentersやPeter Frampton、Policeなんかがうまくヒットしてくれて、屋台骨を支えてくれたのだった。
 普通のレコード会社だと、大ヒットが続いたら二番煎じ・三番煎じを重ねて要求するものだけど、そういった営業的な都合を無理に押しつけず、アーティストの表現の自由を優先していたことが、A&M流マネジメントだった。
 彼らの個性に変に干渉せず、有能なプロデューサーが的確な方向へ導いてゆく。結果、それが互いにwin-winな関係になるのだから、良好なパートナーシップの理想形である。
 なので、JoeにとってのA&M時代は、クリエィティヴ面において、理想的な環境だったと言える。他のメジャーだったら、いつまで経ってもポスト・パンク〜ロックンロールの路線を強いられていただろうし。

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 そんなレーベルだからして、大して制約もなかったはずである。何しろ、絶対売れそうにない『Will Power』や『Jumpin’ Jive』をリリースさせてくれる会社だもの。いくらアーティストに甘いからって、懐が深すぎる。
 そこまで庇護してくれていたにもかかわらず、Joeは集大成的なライブ・アルバムをリリース後、A&Mとは円満な形で契約満了、当時イケイケ状態だったヴァージンに移籍してしまう。
 もともとイギリスの中古レコード通販からスタートしたヴァージンは、マイナーなプログレや、アバンギャルドなジャズ・ロックを小ロットでリリースする、創業者Richard Bransonの趣味性が強いレコード会社だった。最初にヒットしたのが、映画「エクソシスト」で採用されて一気にブレイクした、Mike Oldfieldの『Tubular Bells』だもの。たまたまタイミングよくフィーチャーされたことで注目を浴びるようになったけど、もしこれがなかったら、早晩資金繰りが行き詰って短命に終わったものと思われる。
 Sex Pistolsがヒットした70年代後半くらいから、ヴァージンの良心的なアーティスト・ラインナップに変化が生じ始める。80年代の第2次ブリティシュ・インベイジョンの追い風によって、Culture Clubが大ヒットする頃には、初期とはまったく別の会社に変容していた。採算度外視のニッチなレコードを売り続けていたBransonも、ビジネス規模の拡大に伴ってヤマッ気が出てきて、アメリカや日本に進出、世界的な規模で事業所やレコード・ショップをオープンしていた。
 Rolling Stones の獲得をピークとして、その後、音楽産業としてのヴァージンは、緩やかな下降線を描くことになる。Branson の事業欲は次第に広範化、航空事業に進出した頃には、もう何が本業なのかわからない状態になっていた。もう、音楽なんてどうでもよくなってたんだろうな。

 Joeが移籍した1991年は、Stonesもまだ移籍していなかった頃、ヴァージンは音楽業界でのシェア拡大を純粋に目指している状況だった。当時、世界中に散らばったヴァージン社員は、ヒット実績のあるアーティストに片っぱしからオファーをかけていた。すでに欧米では、そこそこのポジションにいたJoeに声がかかるのは、いわば必然だった。
 Joe自身、ここらが勝負時だと感じたのだろう。A&Mとヴァージン、同じ非メジャーで比べたら、そりゃ勢いのある方へなびくのは、人間、当たり前の話。
 加えてA&M、ちょうどその80年代後半くらいから、これまでの勢いにブレーキがかかり始める。LAメタルやヒップホップ/ラップの台頭によって、得意分野であったメロディアスなAORやコンテンポラリー・ロックが押し出され、ヒットチャートでのシェアが目減りしつつあった。辛うじてJanet Jacksonが、同時代性をリードするサウンドを堅持していたけど、レーベル全体に波及するほどの影響力ではなかった。次第にA&Mのブランド力も落ちて離脱するアーティストも増え、Joeもまたその中に含まれていた。
 世界進出を視野に入れたヴァージンは、自前の新人だけじゃなく、あり余る資金を投入して、他レーベルの中堅アーティストをヘッドハンティングしまくっていた。頭数と前年対比をクリアするため、即戦力となる中途入社を、ヴァージンは諸手を挙げて歓迎した。
 勢いのある企業は、手段を選ばない。

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 そんなグローバル企業から何を求められているか。キャリア的に中堅だったJoeもその辺は察しており、これまで以上にヒット性を意識した『Blaze of Glory』 をリリースした。
 自身の半生をフィクション的に解釈し、コンパクトでありながらもトータルでの組曲形式で描写した移籍第1作は、おおむね好意的な評価を得た。幾分肩に力が入りすぎているきらいはあったけれど、インテリ御用達の洗練されたポップ・ソングは、高い完成度を維持していた。いたのだけれど。
 以前のレビューでも書いたけど、ちょっと頭でっかちなコンセプトにとらわれ過ぎて、トータルとしては良いのだけれど、個々の楽曲のインパクトが弱く、それがパンチの弱い作品になってしまったことは否定できない。いわゆる『Abbey road』のB面現象である。
 ここで変にマーケットに色目を使わず、StingやElvis Costello、Peter Gabrelのように、都会のホワイト・カラーをターゲットにした「大人のロック路線」へシフトしていれば良かったものを、それをどう勘違いしちゃったのか、「ナウいヤング層」にターゲットを合わせ、過剰なポップ路線にしちゃったのが、この『Laughter & Lust』である。
 -ほんとは、こんなガキ向けの音楽なんてやりたくないんだけど、お前らの望むモノ作ってやったぜ。コレが欲しかったんだろ?
 囚人服に足枷、その鎖の先のデカい重りを抱えて苦笑いする、アルバム・ジャケットJoe。「ポップの奴隷」に成り下がっちゃったぜ、的な自虐の笑み。

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 「下々の連中にもわかりやすいポップ・ソング」というのがJoeのコンセプトだったのだろうけど、そんな「上から目線」的な態度が露骨に出てしまったのだろう。大衆はそこまでバカじゃないことを、Joeはわかっていなかった。結果、『Laughter & Lust』は前作を下回るセールスで終わってしまう。
 クオリティは問題ない。そりゃベテランの仕事だから、体裁はきっちり整っている。でも、ほのかに漂ってくるブルジョア臭・中途半端なインテリ姿勢を、多数を大衆が占めるマーケットが歓迎するはずがなかった。
 ここには、「どんな手段を使ってでも売れるんだ」、「とにかく聴いてもらおう」とする意欲、言っちゃえば、ヒット・ソング特有の下世話さがどこにもない。売れ線を狙うことが卑賤な行為であるかのように、変に斜め上からスカした感じが、なんか腹立ってしょうがない。上品さを捨てきれなかったことで、アクも少ない無難なポップに仕上がり、結果、個性も薄~くなってしまった。
 サウンドはちゃんとしている。でも、面白くない。ワクワクもしない。

 「ここまで歩み寄ったんだから」と、多分ヒットを確信していたのだろうけど、あまりの反応の薄さ、セールス不振によって、Joeは深く深く落ち込んでしまう。ヴァージンからも契約を切られ、踏んだり蹴ったりである。
 この後しばらく、Joeは長い長い混迷期に入ることになる。



Laughter & Lust
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1. Obvious Song
 ロックセレブへの痛烈な皮肉やベルリンの壁崩壊など、珍しく時事的なテーマを多く取り上げた、Joe 流のトピカル・ソング。浮世離れしたアーティストではなく、きちんと現実にもコミットしていることを、冒頭でアピールしている。サウンド自体も後期A&Mのアップグレード版となっており、冒頭のつかみはOK。



2. Goin' Downtown
 出だしのシンセ・ブラスの安っぽさが興醒め。音が多すぎなんだよな。いつもの盟友Graham Maby (b)もいるので、リズム自体は問題ないのだけど、変にマーケット意識し過ぎちゃって、シンセ周りのエフェクトがウザい。もっとシンプルな編成で聴いてみたい。

3. Stranger than Fiction
 とはいえ、楽曲そのものの力が強ければ、多少のアレンジの可否はどうでもよくなってしまう。今も時々ライブで取り上げることもある、ヴァージンのニーズとJoeのポップ職人性とがうまくシンクロしたナンバー。



4. Oh Well
 イントロでいつもDeep Purple 「Highway Star」を連想してしまう、ギター・フレーズがちょっぴり印象的なナンバー。自虐を超えて卑屈さが露わな歌詞は、この後の沈滞期の兆候がうかがえる。

5. Jamie G. 
 なので、ここで一転、躁的なラテン・ナンバーが続いたとしても、どこかやけっぱち感が漂ってしまう。これまで何度もフィーチャーしてきたから、充分手慣れているはずなのに、リズムに乗り切れていない。かつてはどんなビートもねじ伏せていたはずなのに、ここでは持ち前のクリエイティヴィティが作用せず、振り回されてしまっている。
 もっと、うまくできるはずなのに。

6. Hit Single
 タイトル通り、まぁ当然Joeだからヒット・シングルを皮肉った内容のポップ・ソング。ヴォーカルのキーも通常より少し高め、過剰にポップに寄せている。
 ヒット・ソングをみんな聴きたがり、じゃあアレもコレも、とやり出すと、「おいおい」とストップさせられる。「ヒット曲だけを聴きたいんだ、アルバムの曲はいいよ、みんなそんなヒマじゃないし」。
 Joeのようなアーティストに、ヴァージンがそこまで露骨に言ったとは思えないけど、ヒット・シングルを出さねば、というプレッシャーがあったのは確か。やっぱキャラに合わないことをやろうとすると、無理がたたってくる。

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7. It's All Too Much
 楽曲の構造としては、従来のJoeクオリティなのだけど、ライブ映えを意識したアレンジがやっぱり受け付けない。シンセを入れると途端に安っぽくなっちゃうのは、やっぱ相性なのか。

8. When You're Not Around
 なので、7.同様、ライブ映えを意識した大味なアレンジが面白くない。ていうかJoe、キー高すぎだって。

9. The Other Me
 この時期のバラードとしては特に秀逸、際立ったメロディ・ラインを持ったトラック。もったいぶったストリングス(もちろんシンセ…)がジャマだけど、それに負けないパワーを秘めている。ちょっと大袈裟なアレンジだけど、このアルバムのクライマックスとして、使命はきちんと果たしている。



10. Trying to Cry
 箸休め的な、浮遊感漂うアンビエントなバラード。ブリッジとしてコンパクトな小品としてならアリだけど、6分超もあるんだな、これ。後年のミュージカル調コラボで頻出してくるパターンだけど、ヒット・アルバムを狙うには、ちょっと尺が長すぎ。

11. My House
 『Beat Crazy』のアウトテイクっぽいナンバー。あの辺の楽曲をアップグレードしたような。10.同様、その後のコンセプチュアルな作風の予行演習的な構造。やっぱライブ映え意識してるよな、この時期って。彼ほどのポテンシャルなら、3、4ピースで充分オーケストラに匹敵するサウンドを創り出せるというのに、この時はまだそれに気づいていない。

12. The Old Songs
 ここまで聴いていると、やっぱ楽曲の出来にムラが多いこと、またヒット優先のバンド・アンサンブル先行型の楽曲がアベレージ越えしていないことが如実にはっきりする。この楽曲だって、ちょっとやそっとのアレンジで損なわれるパワーじゃないもの。
 歌詞の内容的には、「古い歌」を捨てて新たな路線を歩もうよ、という前向きなものだけど、こういった旧タイプの楽曲の方が、彼のパーソナリティがうまく表れているというのも、ちょっとした皮肉。やっぱポップ路線、やりたくなかったんだな。

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13. Drowning
 ラストは過剰にドラマティックなバラードで締めくくるのは、昔からのこの人のパターン。最後は直球勝負、主にピアノによる弾き語り。
 Joeの場合、これだけ名曲があるにもかかわらず、カバーされることは未だ持って少ない。あまりにアーティスト・エゴが強すぎるため、誰が歌っても世界観を再現できない、または新たな切り口が見いだせない、というのも要因である。
 Joe Jacksonの歌は、Joe Jackson しか歌えない。
 ほんとはそれだけやってればよかったのに、違う自分もあるんじゃないか、と光の射す方へ寄り道してしまった。
 その後、方向修正するまでには、何年もかかることになる。






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「あれだ、その、なんかイケてるヤツ」。 - Mick Jagger 『She’s the Boss』

mick_jagger-just_another_night_s EMI最後のオリジナル・アルバムとなった『Undercover』をリリース後、Stonesの面々はツアーに出る案に首を縦に振らず、そのまま長期間の休養に入る。CBSへ移籍するための調整期間として、あまり表立った活動ができなかった、というのが表立った理由になっているけど、当時から囁かれていたMickとKeithとの不仲がピークに達していたため、とても顔を合わせられる状態じゃなかった、というのが真相である。
 シールを剥がしたらナニが見えるという、「週刊現代」の袋とじを思わせるエロいジャケットや、MTVでの放送禁止狙いで制作された、無闇に過激で扇動的なPVなど、何かと前評判の高かった『Undercover』だったけれど、セールス的にはイマイチだった。マスコミ向けの話題には事欠かなかったけれど、肝心の中身が竜頭蛇尾、予告編だけでお腹いっぱいになってしまう代物だった。
 大方Mick主導で組み立てられたコンセプトによって、同時代性を意識した最先端サウンドで埋め尽くされていた。ラップやヒップホップの薄~い上澄みのエッセンスや、腰の弱い軽い響きのエレドラなど、これまでのStonesサウンドとは別の要素が多く注入されていた。
 流行に目鼻の効くMickならではのプロデューシングが反映された快作と言いたいところだけど、正直、誰もStonesにそんな路線は求めていないのだった。しかもMick、80年代に入ってからは、その嗅覚もワンテンポ以上ズレてるし。

 セールスが伸びないのを、レコード会社のサポートやプロモーション体制が悪いから、とアーティストがなじるのはよくある話だけど、EMIからすれば、この場合はちょっと違うんじゃね?と言いたかったはずである。
 条件が折り合わなかったから契約延長に至らなかったわけで、そんな冷めた関係性のアーティストを、わざわざ経費をかけてプッシュするはずがない。どうせいなくなっちゃう連中に金を使うんだったら、まだ伸びしろのあるDuran Duranや、安定したドル箱のQueenに投資した方が、まだ前向きである。ビジネス的には、それが当たり前の話だ。
 一応、かつては多大な収益をもたらした功労者であるからして、それ相応のプロモーション体制は取るけど、まぁ正直、売れたらラッキーかな?程度の心持ちだったんじゃないかと思われる。下手な新機軸のオリジナルより、ヒット曲満載で確実な売上を見込めるベスト・アルバム『Rewind』に力を入れる方が、よっぽど効率も良い。

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 EMIからCBSの移籍交渉において、Stonesサイドで主導権を握っていたのはMickである。近年、長らく財務面を請け負っていたマネージャー、Rupert Loewensteinの回想録が出版されたけど、そういった有能なブレーンを身内に引き寄せ、株式会社Rolling Stones を世界有数の企業に育て上げたのは、ビジネスマンMickの慧眼によるところが大きい。
 対照的に、音楽面においてはしつこいくらい口うるさいけれど、ビジネス面ともなると丸っきし人まかせにしてしまうのが、Keith Richardsという漢である。Keith同様、 Charlie Wattsもビジネス面には疎い人だし、Ron Woodは当時まだ準メンバー扱い、発言権などもちろんない。あっても口出さないか、この人だったら。そしてBill Wyman。この頃はすでに脱退を視野に入れていたため、どうでもよくなっていたはず。どっちにしろ、蚊帳の外かこの人も。
 なので、Mick以外のメンバーはほぼ丸投げ、最後に契約書にサインするだけの存在である。彼ら的には、「そういった面倒ごとはぜーんぶMickがやってくれてるんだし、俺たち別に口出すことなんてなくね?」といった具合。

 この時、CBSとの契約において、Mick はStonesだけじゃなく、自身のソロ契約も併せて交渉を進めていた。メンバーにさえ知られぬよう、事は慎重に水面下で進められた。
 マスコミもそうだけど、知られて最も面倒な存在なのがKeithである。今はそれほどこだわりは薄くなったけど、バンド愛が強かった当時の彼にとって、Stones 以外の活動とは、それすなわち「悪」なのだ。
 純粋にバンド活動に専念していれば、よそで活動しようだなんて、思うはずがない。そう断言してしまうのが、Keithという漢である。
 バンド愛という情熱においては、MickもまたKeithに劣らないはずだけど、想いだけじゃバンド運営は続けられない。長らく同じメンツで活動していると、次第に飽きもくる。マンネリ打破のため、ちょっと違ったアングルでやってみたいな、と思ったって不思議ではない。

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 Keithが主導するレコーディング・スタイルは、昔からあんまり変化がない。
 まずは長期間、録音スタジオをブッキングして、「ベーシック録り」と称したジャム・セッションからスタートする。たまに友人知人のミュージシャンがゲストに入ったりするけど、基本はCharlieやRonnyを中心にこじんまりと、オーソドックスな3コード・プレイである。
 ただ、これが長い。ひたすら長い。
 純粋な楽器プレイだけじゃなく、曲間でミーティングを行なったり昔話に花を咲かせたり、または小休止がてら、各自ドラッグを補給したりなど、中断も多い。その間もテープは回しっぱなしなので、膨大な素材の山ができあがる。ブートとして流出するのは大抵この段階のトラックが多く、まぁどれを聴いても漫然とした演奏が続く。そこから素材として使えそうなトラックを選び出して、やっと本番。これが毎回、アルバム制作ごとに繰り返されるのだ。
 経営者であるMickからすれば、それら一連の作業はとても非効率で、看過できるものではない。なので、セッションごとに自分なりの新機軸や改革案を提示してきた。
 -いつまでもブルース・コードばっかってのも何だから、たまにディスコやレゲエのリズムでやってみよう。これがヒップホップのリズムだよ、ちょっとやってみて。生ドラムもいいけど、いま流行ってるのはシモンズやエレドラだよCharlie、ちょっと叩いてみてくんない?

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 そんな涙ぐましい努力にもかかわらず、結局できあがってくるのは、いつものStones 印サウンド。どれだけ最新のトレンドを吹き込んでみても、あのメンツでは、何をやってもいつもの泥臭いブルースになってしまう。
 ブルース・マンの真似ごとから始めたバンドだったはずなのに、いつに間にか真似ごとが熟練の域に達し、何をやってもStonesサウンドになってしまう。バンドのアイデンティティが盤石になったがゆえ、小回りが利かなくなってしまったことは、バンドにとって幸か不幸、どっちなのか。

 -じゃあStones はもう動かしようがないから、もっとナウい連中とやってみたら、俺が思うようなサウンド、できるんじゃね?
 そんなシンプルな動機で作られたのが、この初ソロ・アルバム『She’s the Boss』である。コンセプトはシンプルに、
 「あれだ、その、なんかイケてるヤツ」。
 実際、Mickがそんな風に言ったかどうかは不明だけど、いい意味での曖昧さが全編に漂っている。具体的なサウンドのビジョンなんて、もはやそんな些事にこだわるMick Jaggerではない。
 とにかく・新しければ・それでいいのだ。
 そんなフワッとしたコンセプトでオファーされたのがNike Rogers であり、Bill Laswell だった、という次第。イケてるサウンドをイチから作るより、その大元をヘッドハンティングした方が、話は早い。何しろ金ならあるのだ。
 とはいえ、単なる流行りモノだけで固めてしまったら、「10代20代のリスナーに迎合した」と思われがち、「ジジィ無理すんな」と罵倒されるのがオチである。ある程度のセールスを確保するため、シニア・ミドル層からの信用失墜は回避しなければならない。
 最大購買層であるStonesコア・ユーザー向けの対策としてMick、ここで大物豪華ゲストを投入している。Keithに匹敵するクラスのギタリストとして選ばれたのが、Jeff Beckだった。もともとMick Taylor の後釜として、Stonesに加入していたかもしれない人なので、これで話題性ゲット。音楽性の合う・合わないは、この際どうでもいい。
 同じ理由でBill人脈から引っ張ってきたのが、Herbie Hancock。正直、目立ったプレイは見られない。いいんだよ、そんなの。「Rockit」で売れたんだから、これも話題性は充分。

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 とは言えフタを開けてみると、UK6位US13位という、なんとも微妙なチャート・アクションで終わってしまった『She’s the Boss』。考えてみれば、大物バンドのヴォーカリストのソロ・アルバムって、あんまり売れた試しがない。多分、河村隆一くらいじゃない?バカ売れしたのって。
 ここでMickがやりたかったのは、とにかく「Stones じゃできないサウンド」、ていうかできるだけStonesから遠く離れた「あれだ、その、なんかイケてるヤツ」だった。KeithやRonnyじゃ追いつかぬバカテク・ミュージシャンをふんだんに使い、Duran Duran やFrankie goes to Hollywood らと並べても引けを取らない、「ナウいヤング」をターゲットにしたサウンドとしてまとめ上げた。
 ただ、有能な人材と潤沢な予算があるからといって、必ずしも傑作が生まれるわけではない。『She’s the Boss』がまさしくそれで、Stonesの名作アルバムなんかと比べちゃうと、正直インパクトは弱い。1985年という時代にフィットしたモダン・サウンドゆえ、後年になって再評価される類のサウンドではない。むしろ、多くの80年代アルバム同様、シンセまわりのエフェクトなんて恥ずかしいレベルだし。

 金と手間のかかったサウンドであることは明白だけど、時代の風化に耐えるモノではないことも、また事実。ただひとつ、まったく風化していないのが、Mickのヴォーカル。そのアクの強さだけは、時代を超越する唯一のサウンドである。
 結局のところ、どんなサウンドでも,Mick が歌うとぜーんぶStones になってしまう。そんな逆説的証明となったのが、この『She’s the Boss』だった、というオチ。
 ただ、この時点でのMickは、そんな呪縛に気づいていない。
 Keith主導で製作された『Dirty Work』を横目に鼻で笑いながら、再びヒットチャート狙いで制作されたセカンド・アルバム『Primitive Cool』は、前作のセールスを大きく下回ってしまう。
 誰も「ポップ・スター」Mick Jagger なんて求めていなかった、というマーケットの意思表示である。



She's the Boss
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1. Lonely at the Top
 初ソロ・アルバムのトップを飾るのが、Stonesのアウトテイクのリメイク。何だそれ。ブートでも有名な音源だったらしく、ちょうどYouTubeにあったので聴いてみたところ、ボトムの効いた早めの8ビートのロックンロール。これはこれで好きだけど、まぁ確かに完成前だな、全体的に。
 無愛想なオリジナルをソフィスティケイトさせるために招聘したのが、Jeff Beck。間奏の変態ソロは絶品。当時はもうピックを使ってなかったはずだけど、それでこんな音出せるんだから、さすがギター馬鹿一代。対して同時参加しているPete Townshend。まぁ比べちゃ可哀想だよな。どちらかといえばコンポーザー・タイプの人だし。



2. 1/2 a Loaf
 挨拶代わりのトップ・チューンが派手なのはまぁいいとして、コンサバティヴなバンド・アンサンブルでまとまっているのが、この曲。ドラムがSteve Ferroneっていうのが良かったんだろうな。Jeff同様、変態性の高いギターを弾くEddie Martinezのプレイも、ここでは小気味いいスパイスとして機能している。

3. Running Out of Luck
 逆回転っぽく変調したプロローグから始まる、ソリッドなロック・チューン。Stonesではありそうでなかったタイプの楽曲に仕上がっているのは、リズムがSly & Robbieだから。まるで打ち込みかと思ってしまうジャストなリズムは、深く重く、そしてなぜかヒンヤリと冷たい感触が残る。熱くなり過ぎず走らないビートは、Mickの放つ熱と絶妙なコントラストを描く。

4. Turn the Girl Loose
 当時流行っていたパワー・ステーション・サウンドを移植したのは、Nile Rogers。インパクトの強いリズム・アレンジは時代を感じさせる。ブルースをベースとしたハード・ブギは、彼の真骨頂。Stonesでは得られなかったメリハリのあるソリッドなサウンドは、ヴォーカルの猥雑さを引き立たせている。

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5. Hard Woman
 まぁアルバムだから、こういったバラードも構成上、必要にはなる。まるでChicagoかSteve Perryのようなドラマティックなオケをバックに、臆面もなく切々と歌い上げるMick。ロマンチストなんだろうね、案外。でも、シングルにすることはなかったんじゃないかと思う。

6. Just Another Night
 Mickのソロと聞いて、真っ先にコレを連想する人は多い。リード・シングルとしてリリースされ、US12位の大ヒット。コレが売れたから、アルバムも売れると踏んだんだろうなきっと。
 名ギタリストJeff Beckの多彩なプレイが光るトラックなのだけど、リズムやエフェクトがうるせぇ。ヒップホップのリズムとマリアッチのギター・プレイとのハイブリットはBill Laswellならではのアプローチだけど、やっぱシモンズはねぇわ。軽いもん。



7. Lucky in Love
 Carlos Alomarとの共作にもかかわらず、パーソネルにはクレジットされていない不思議。こちらもSly &Robbieによる盤石なリズムをベースに、Jeffがブルース・プレイを披露しているのだけど、シンセがやっぱり賞味期限切れ。他のパートががんばってる分だけ、目立つよな。まぁこれも味か。

8. Secrets
 演奏的には同じアプローチだけど、こっちはモダン・ブルースをベースにしたソリッドなロックに仕上げており、疾走感がカッコいい。これは全然、今でも通用するよな。そう思ってクレジットを見ると、サウンド・プロデュースはNile Rogers。ダンサブルなリズム・アレンジは職人芸。

9. She's the Boss
 フェミニズムの視点に立ったMick Jaggerとして、リリース当時はセンセーショナルな話題となったタイトル・トラック。なので、楽曲単体での評価がまともにされておらず、そこがちょっと可哀想なトラックである。Stonesでは成しえない、アクセントの効いたファンク・テイストの16ビートは、カチッとまとまったダンス仕様にビルドアップされている。






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ナイアガラー寄りじゃない新旧ヴァージョン比較 - 大滝詠一 『ナイアガラ・カレンダー』

c0074067_19361490 1977年リリース、大滝詠一4枚目のソロ・アルバム。この年のナイアガラ・レーベルは3月に『CMスペシャル』、6月にシリア・ポールの『夢で逢えたら』、11月に多羅尾伴内楽団の1枚目、そして年末も押し迫った12月25日に『カレンダー』リリース、といったラインナップ。1枚はアーカイブ、もう1枚もインスト・セッションをまとめたものとはいえ、ほぼ独りで4枚のアルバムを製作しているのだから、そりゃあもう、いっぱいいっぱいだったことは想像できる。

 第1期ナイアガラの大滝詠一は、アーティストというより、レーベル・オーナー/プロデューサーとしての意識が強かった。単に自分名義のアルバムだけを取り扱うプライベート・レーベルではなく、プロデュース業務を主体とした、関連アーティストのバックアップと流通を取り仕切る、強い志を持っていたのだった。ただ、そういった思い違いが、レーベル運営の早すぎる破綻を招くことになる。
 正直、そんな裏方意識でいたのは、大滝だけだった。はっぴいえんど時代からの数少ないファンからすれば、「まぁ、そんなマニアックな発想も悪かないけどね、でもソロ活動もきちんとやってくんでしょ?」って感じだったし、ディストリビューターであるコロンビアもまた、メイン・アーティストは大滝と位置付けていた。
 「プロデューサー主体っていうけど、今のところ所属アーティストいないんだし、『年4枚のアルバム制作』って契約条件クリアするためには、自分のアルバムも作っていかないと、とても回らんでしょ?」。

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 レーベル設立時の大滝は、ちょうどCMソングを量産していた頃であり、創作ペースとしては順調そのものだった。なので、「その気になればフル・アルバムの1枚や2枚、チャチャっとできるでしょ」と、過信していた部分もある。
 生前のインタビュー・発言からにじみ出てくる理屈っぽいキャラから、ロジックで動く理路整然とした人だと受け取られがちだけど、考えてみれば、これまで散々、発売延期だ企画倒れだを繰り返してきたわけで、その辺が何かと誤解されている。基本は行き当たりばったり、怒涛のつじつま合わせを強引に行なう人、というのが大滝の本質である。
 そんな彼の裏も表も含めて、最も深く理解していたのが、山下達郎だった。
 年に一度の新春放談で催される、「アーカイブはともかく、新譜はまだか」の丁々発止のつば迫り合い。オチがわかっていながらつい聴き入ってしまう、ダチョウ倶楽部顔負けのお約束合戦は、まだ続いていれば、伝統芸能の域に入っていたんじゃないかと思われる。

 『カレンダー』に限らず、先人への強いリスペクトが顕著な良質の楽曲に加え、演奏の主軸になっているのは、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ・コネクションのミュージシャンなので、素材自体のクオリティはとても高い。なのに、第1期ナイアガラの作品クオリティにムラがあるのは、録音やミックスダウン、音像処理の問題が大きい。
 設立時の配給先だったエレック倒産を経て、新たなディストリビューターになるコロンビアとの交渉によって、大滝は最新タイプの16チャンネル・マルチレコーダーを手に入れる。災い転じて福となり、スタジオ設備は増強されたのだけど、所詮は米軍払い下げ住宅を改造したプライベート・スタジオ、どれだけ高い志と熱意を持ってしても、オーディオ的なクオリティには限界がある。
 所属アーティストになるはずだった山下達郎も伊藤銀次もいなくなったため、大滝自身がフル稼働して制作ノルマをこなさなければならなかった。作品のアイディアだって使い切っちゃってるので、ストックもほとんどない。締め切りギリギリまで粘りに粘り、どうにか搾り出したモノを録って出し、といった無限ループ。クオリティより納期が最優先となるため、納得ゆくまで作り込むことができず、言ってしまえば雑な仕上がりの作品も多い。
 ソニーに移籍してからは、潤沢な時間と予算、有能な外部スタッフの起用によって、初期構想に準じた作品を作る環境が整った。ただ、そうなったらそうなったで、「あれもできる」「ここをもう少しこだわりたい」と時間がかかり、結局、コスパ的には昔と大差なくなっちゃうのは、どんなもんだか。

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 で、長くなったけど、ここからが本題。
 ソニー移籍を機に、第1期ナイアガラのアーカイブは、大なり小なり、どれもリミックスを施されて再リリースされている。Fussa 45スタジオのマシン・スペックでは叶わなかったサウンド・エフェクト、バランスやピーク・レベル、フェード・イン/アウトの長短に至るまで、あらゆるポイントで改変が行なわれている。
 で、そんなマニアックな編集作業が最も大胆に行なわれたのが、この『カレンダー』である。
 結果的に、第1期ナイアガラにおいては最後のソロとなったこのアルバム、底の見えないセールス下落を阻止するため、またレーベルの存続を賭けて制作された。これまでプロデュース業務の多かった大滝が、アーティストとしては久しぶりに重い腰を上げ、持てる力のすべてを注ぎ込んだ自信作である。
 はっぴいえんど時代のアンチテーゼとして、第1期ナイアガラの主題となっていたリズムものやノベルティソングに加え、敢えて封印していたメロディ・タイプの楽曲も復活しており、バラエティに富んだ作品になっている。いわばとっ散らかった印象もないわけではないけど、それにも増して伝わってくるのは、アーティストとしての覚悟、強い意志表明である。
 俺的にも、第1期ナイアガラのアルバムの中では、最もターン・テーブルに載せたことの多い、何かと想い出深い作品だ。

 『ロンバケ』以降にファンになった俺にとって、『カレンダー』といえば、黄色いラベルのソニー盤であり、吉野金次リミックスによる81年版である。ほぼ同時期に単行本『All About Niagara』を購入して、隅々まで嘗めるように読みまくった中学生の俺は、そこでコロンビア盤の存在を知った。ただ、当時はすでに廃盤となっており、中途半端な田舎の中学生が安易に入手できる代物ではなかった。
 それからしばらく経って、札幌の中古レコード屋で一度だけ、コロンビア盤が飾られているのを見たことがあった。レア物コーナーに陳列されていたそれは、社会人になっていた俺でさえ、二の足を踏んでしまうほどの高値をつけられており、気軽に手が出せるものではなかった。
 次にそのレコード屋に行くと、誰かが買ってしまったのだろう、もう『カレンダー』はコーナーから消えていた。せっかく、手が届くところにあったのに。

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 20周年プロジェクトが一巡して30周年プロジェクトが始まり、ファンの間で、最もその発売が待たれていたのが、『カレンダー』だった。
 20周年プロジェクトでは、『ムーン』や『CMスペシャル』を始め、他プロジェクトのアルバムでも未発表テイクが追加され、多くのファンが狂喜乱舞した。しかし、『カレンダー』だけは、目立ったリミックスやボーナス・トラック収録はなかった。
 「オリジナル〜リミックスの時点で作品としては完結しており、これ以上足すものはない」というのが、大滝の見解だった。それだけ『カレンダー』に格別の思い入れがあった、ということなのだ。
 それならそれで、コロンビア盤のレジェンド感は、さらに高まってゆく。他のアルバムの20周年エディションのライナーノーツは、どれも時系列に沿って事象を丹念に記しており、ここで明らかになった新事実も多い。しかし、『カレンダー』だけはペラ1枚、やけにアッサリした文章になっている。
 やはりここで完結しているのか、それとも付け足すことがあんまりないのか。

 「新旧ヴァージョン完全収録」という、『カレンダー』の30周年エディションの詳細が明らかになって、全世界のナイアガラーは、再び狂喜乱舞した。これまで存在だけは知られながらも、ほとんどの人が聴いたことのない、まるでUMA的に伝説となっていたコロンビア盤を聴くことができる!
 正直、アーカイブものが続いて興味が薄れていた俺も、このインフォメーションを聞いた時は、大勢のナイアガラー同様、狂喜乱舞したのだった。

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 で、耳にしたのだけど。
 …なんか微妙だった。
 黎明期を見てきた初期ナイアガラーが、こぞって「傑作だ」「コレを聴いとかなくちゃ」など期待感をあおるものだから、さぞ革新的なクオリティなのだろう、とドキドキしながら聴いてみると。
 …案外ショボかった。
 「初期構想の忠実な再現」というコンセプトでもってリミックスされたソニー盤は、スタジオ機材やインターフェイスの問題で叶わなかった、リヴァーブやコンプレッサーをふんだんに使用している。アカデミックなレコーディングを習得していない大滝のビジョンを具現化するため、『カレンダー』のサウンド・コンセプトを反映するには、吉野金次という熟練のプロフェッショナルが必要だった。時間的な余裕と適切な投資によって、『カレンダー』はソニー盤で完成を見たと言える。
 ソニー盤を聴いてからコロンビア盤を聴くと、やってる事はほぼ変わらないのだけど、コロンビア盤の音像処理はスッキリしすぎて、これってデモ・テープなんじゃね?とさえ思ってしまう。今ならDTM機材の発達によって、高音質のホーム・レコーディングも珍しくなくなったけど、当時の宅録レベルのスタジオ機材では、ピーク・レベルを抑えることが精いっぱい、想いはあってもやれる事は相当限られる。ましてや素人ミキサーである大滝が、吉野金次と同等レベルのスタジオ・テクニックがあるかといえば、それを求めるのはちょっと酷。
 実際、第1期ナイアガラを支えたミキサー笛吹銅次(大滝の別名)は、その後、引退しちゃうし。

 前述したように、俺的にはソニー盤を長らく聴き込んでいたため、愛着はあるのはそっちの方である。なので、「ミックスダウン前のお蔵出しトラック」と言われたら信じちゃいそうなコロンビア盤に、格別な思い入れはない。
 リリースされた1977年のサウンドとしては、充分イケてたのだろうけど、やたらと神格化するのも、ちょっと無理矢理すぎるんじゃないかと思うのは、俺だけじゃないはず。原理主義が嵩じて後発を否定するには、クオリティ的にちょっと弱すぎるのだ。
 ごく少数だけ流通したコロンビア盤をリアルタイムで手に入れた初期ファンの思い出補正によって、妙に神格化されたことも誤解を生んだ。このアルバムに限らないけど、レア物は、本来の価値以上に高評価を受けてしまう。
 幻の音源を入手する希少な機会を得た者は、選ばれし初期ナイアガラーとして、知ったか顔で第1期ナイアガラを神格化していった。
 でもあいつら、「多羅尾伴内楽団」さえ絶賛しちゃうんだぜ。信用できねぇよ。



ナイアガラ・カレンダー 30th Anniversary Edition
大滝詠一
ソニー・ミュージックレコーズ (2008-03-19)
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1. Rock'n'Roll お年玉
 レーベル存続を賭けた悲壮感を思わせない、ていうか突き抜けて躁状態で歌われる、日本人のためのロックンロール。プレスリーからはっぴいえんどまで、古今東西の文化遺産を一緒くたに詰め込んでシェイクして撹拌して煮詰めて蒸留した、ナイアガラ・ワールドの完成形。新春放談でも一発目でよくかかっていたし、正月が近づくと思い出したように聴いてしまう、俺的にはすっかり季節の風物詩的ソング。
 コロンビア盤冒頭の「おめでとうございます」のリヴァーブの薄さが、俺のガッカリ感を助長させた。全体的にエコー感が薄いため、スタジオの密室感が強調される。当時としてはがんばったんだろうけどね。

2. Blue Valentine's Day
 80年代を通過してきた者にとって、バレンタイン・ソングといえば圧倒的に国生さゆりだけど、楽曲的には断然こちらの方がクオリティは上。「どうせもらえるわけねぇや」といったネガティヴな歌詞の世界観は、後にコンビ復活する松本隆のそれと大きくかぶっており、キャリア通して1,2を争うウェットなヴォーカルと見事にシンクロしている。
 1.同様、コロンビア盤はエコー成分が少なく、ていうかほぼデッドな響き。近年、『Best Always』で発掘されたシングル・ヴァージョンではほどほどのリヴァーブがかけられているため、アルバムでは敢えて他の曲とのバランスを考慮して抑え気味にしたんじゃないかと思われる。
 第1期ナイアガラの中では異質の甘さと大衆性があったにもかかわらず、リリース当時はほぼ世に知られることもなかった。もしこれが売れてたら、流れもまた変わっていたかもしれない、非常に惜しい名曲。

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3. お花見メレンゲ
 メレンゲというリズムが何なのか調べてみると、サルサやサンバに近似したジャンルであるらしい。ラテン方面はあんまり詳しくないので、知ったかぶりはやめておこう。
 リズム・トラックは基本楽天的なのだけど、ヴォーカルは全然ノリノリといった感じじゃなく、この辺が和のテイストなのかな、と無理やり思ったりもする。
 つくづく思うけど、この時代のミュージシャンって、引き出しめちゃめちゃ多いよな。大滝のムチャ振りに対応するためには、あらゆるジャンルを網羅しとかないといけなかったのか。

4. Baseball-Crazy
 続くリズムものシリーズ。私設草野球チームまで持っていたベースボール・マニア大滝として、野球愛にあふれる自身を自虐的なパロディとして描いている。
 正直、漫才ブーム以降を生きてきた俺世代にとって、戦前戦後のギャグやパロディをベースとした彼のノベルティ作品は、あんまりピンと来ない。まぁ絶賛されてるから面白いんだろうな、といった感じ。身内の間で披露してる分にはいいんだろうけど、誰か止めなくちゃダメでしょ。あ、プロデューサーだから、その辺のジャッジも全部自分か。

5. 五月雨
 ご存じオリジナルはソロ・デビュー作『大瀧詠一』より。当時のソリッドでコンパクトなファンクから一転、ここではドラマティックなストリングスと女性コーラス、重く響くバスドラに彩られ、荘厳としたムードに包まれている。語呂と語感のみで構成されている歌詞には、まったく意味性はない。ないのだけれど、これだけ深淵なサウンドにのせて歌われると、妙な重みが醸し出されているという不思議。
 コロンビア盤で終始流れる雨のSEは、陰鬱とした長雨の気だるさを活写しているけど、ソニー盤の深い深いエコーを聴くと、あっさり感じてしまう。この粘っこさがサウンドの肝なんだろうか。

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6. 青空のように
 長らく彼が研究対象としてきたスペクター・サウンドの、この時点での完成形。ヴォーカルもパーツの一部として同等に扱われ、バッキングと同じレベル、フラットな配置にされている。多分、モノ・ミックスで聴くのが理想なのだけど、他の曲とのバランスを考えてステレオにしたんじゃないかと思われる。でも、シングル盤でもステレオなんだよな。
 ただ、ソニー盤ではヴォーカルを少し前面に出したダイナミックなバランスになっており、アルバムの中の一曲としては調和が取れている。あ、それとイントロはコンパクトなソニー盤の方がメリハリあるよな。

7. 泳げカナヅチ君
 昔のサーフ・ロック、多分Beach Boys周辺をモチーフにしたのと、ベンチャーズっぽいギターを入れて、テーマとして「およげ!たいやきくん」のアンサー・ソングという体裁を取ったパロディ・ソング。コロンビア盤では全編波音のSEが流されており、それが災いしたのか、演奏パートの出力レベルを抑えてしまってるのが、ちょっと残念。あとで聴いてみて、「やっぱいらねぇや」と思ったのか、ソニー盤ではSEは削除されている。

8. 真夏の昼の夢
 のちの『ロンバケ』サウンドのプロトタイプとして、もっともわかりやすいポップ・バラード。サウンドの構想は、もうずっと昔から大滝の頭の中にあったことが窺える、貴重な一曲。ただ、ここに盟友松本隆はおらず、あくまで大滝自身が松本隆っぽい言葉を選んで順列組合せしているだけであり、ストーリー性は弱い。
 松本と大滝の書く言葉の違い。それは、「恥」の温度差の違いでもある。

9. 名月赤坂マンション
 エンジニア笛吹銅次のベスト・ワークとして、もっと語られてもいいトラック。あのプライベート・スタジオと彼のスペックで、ここまで臨場感あふれる形で尺八や三味線の音を録音できたのは、単純に「すごい」の一言。それだけ和楽器のレコーディングは難しいはずなのだ。ソニー盤ではリヴァーブがもう少し盛られているけど、哀切漂う泣き笑いの感情を表現するためには、ややデッド気味のコロンビア盤の方が感情に訴えてくるという不思議。
 唯一、俺がソニー盤より気に入っているトラックである。

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10. 座読書
 ソウル系が好きな人なら、誰でもすぐに思い浮かべるBo Diddleyのリズム。考えてみれば、取るに足らないことをテーマに歌うのはソウル/ファンクの伝統なわけで、内容をどうこう言うより、無内容なテーマに合わせてリズムを楽しむのが、本来のマナーなわけで。「読書」という語感からジャングル・ビートに思いを馳せてしまう、大滝の自由な発想はとんでもないところにある。

11. 想い出は霧の中
 「11月と言えばなんだ、冬だ、寒い、北国だ、じゃあ北欧ギター・インストだ!」ってな感じで作られたナンバー(嘘)。「さらばシベリア鉄道」の前哨戦といえばわかりやすい。

12. クリスマス音頭〜お正月
 1.同様、クリスマスになると無性に聴きたくなる曲。俺にとってクリスマス・ソングと言えば、山下達郎でもワム!でもなければマライア・キャリーでもない。そんなかしこまったソフト・フォーマルのクリスマスじゃなく、やけっぱちなカオス空間の和洋折衷クリスマスの方に、シンパシーを感じたのだった。ひねくれてたんだよな、30年くらい前は。






Best Always
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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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