好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

キョンキョンは趣味に走ってる時がおもしろい - 小泉今日子 『ナツメロ』

Folder 1988年リリース、キョンキョンにとって13枚目のオリジナル・アルバム。オリコンでは最高10位をマーク。…10位?それなりに話題になったし、もうちょっと売れてた印象があったのだけど、時代的にベストテンなどの音楽番組が下火になって、アイドルにとっては逆風になりつつある頃だったので、まぁ健闘した方なのか。
 キョンキョンがデビューしたのは1982年で、この年は女性アイドルが豊作だった事でよく知られている。つい先日、お騒がせとなった松本伊代や早見優、堀ちえみもそうだけど、何かにつけテレビでしょっちゅう目にする芸能人が、この時期に集中してデビューしている。
 なぜなのか?

 いろいろと要因はあるのだろうけど、多分に1980年デビュー組の松田聖子のブレイクがひとつの引き金になったんじゃないかと思われる。それまでは、ほぼ男性ファンをターゲットにしたプロモーション戦略だったのが、彼女のデビューによって、これまでほぼ未着手だった女性ファンの新規開拓の可能性が見えてきたため、方針が大きく変わっている。
 芸能プロダクションによって、ルックスからライフスタイルまで細部まで作り込まれたのが、70年代までの女性アイドル像である。趣味といえばお菓子作り、好きな色はピンク、男の子とは手も繋いだことがない、というのが理想的な設定である。ひと昔前の少女マンガの設定と共通点は多い。どっちが先なんだか。
 そういったガチガチのフォーマットでプロテクトされている麻丘めぐみや南沙織や天地真理がどれだけ売れたとしても、基本、疑似恋愛の対象である男性層が反応するだけで、女性層が食指を伸ばすはずもなかった。いつの時代も男は理想を夢見がちだし、女はそんな仕掛けをすぐに見抜いて鼻にもかけない。
 で、70年代までの女性アイドルとは、絶世の美少女がなれるものだった。近所のミスコンレベルのお姉さんくらいでは、とても歯が立たない。あまりに世間と隔絶された存在であったため、同性とはいえ憧れの対象にすらならなかったのだ。

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 70年代の地続きでデビューした松田聖子もまた、美少女レベルは高かった。少なくとも、いまの坂道系やらその大勢の有象無象らを軽く蹴散らすほどのポテンシャルを有している。いまと違って、思い立ったらすぐ次の日にステージに上がれる時代じゃなかったのだ。
 なかったのだけれど、彼女の場合、「聖子ちゃんカット」というマネしやすい記号を発明したことによって、その後のアイドル戦略に大きなターニング・ポイントを残すことになる。
 松田聖子に比肩するルックスを後天的に獲得するには、そりゃもう多大な時間と費用が必要だしそもそもの初期スペックが必要になるけど、「聖子ちゃんカット」なら簡単にマネできる。
 「もしかして、あたしでもアイドルになれるんじゃない?」
 雲の上なら最初から諦めてしまいがちだけど、手を伸ばせば届くのなら、ちょっとは努力する気にもなる。実際は乗り越えるべき壁は恐ろしく高く、トップ・クラスに這い上がれる確率は変わらないのだけど、それでも以前よりはずっと身近な存在となった。そんな女性アイドル戦略の転換点となったのが、松田聖子であり、「聖子ちゃんカット」の登場である。
 誰でも「そこそこ」のレベル・アップが期待できる「聖子ちゃんカット」は多くの女性によってコピーされ、街には多くの聖子ちゃんモドキが出現した。その成功体験の共有として、芸能界においても松田聖子コピーのようなアイドルが量産されるようになる。同時進行で、松田聖子に憧れるティーンエイジャーが手っ取り早くレベル上げするため、「聖子ちゃんカット」にしてもらうために雑誌片手に美容院へ走る。
 そんな多方面の思惑が世に出てきたのが、1982年という時代である。ふぅ。

 当初はこの後、1982年のアイドル戦国図を途中まで書いたのだけど、なんかダラダラ取り止めがなくなってしまったので、一旦ボツにして書き直しした。また次回にでも使おうかな。

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 で、キョンキョンもまた、デビュー当初は松田聖子メソッドの影響下にあった。朝ドラ「あまちゃん」を見てた人ならわかるだろうけど、若き日ののんママは、デビュー時のキョンキョンと虚実ないまぜでシンクロしており、ほんとあんな「聖子ちゃんカット」でアイドルスマイルをキメ、ヒラヒラドレスとピンヒールで歌番組に出演していたのだ。
 1982年デビュー組は、所属事務所のコントロールに縛られない、自己プロデュース能力に長けた人材を多数輩出していることは、歴史が証明している。ただ、事務所の力関係や周辺スタッフの方針によって、売り出しの方針やプッシュのされ方も様々だった。
 デビュー曲ひとつとっても、例えば中森明菜は来生えつこ・来生たかお書き下ろしによる「スローモーション」、伊藤つかさは南こうせつが「少女人形」を提供している。そこまでビッグネームじゃなくても、大方のアイドルがデビュー曲においては、筒美京平や小田裕一郎や馬飼野康二など、歌謡曲御用達作家による書き下ろし楽曲を与えられている。やはりスタートダッシュは大事だし、事務所的にもそれなりに力を入れるはずなのだ。はずなのだけれど。

 キョンキョンの記念すべきデビュー曲「私の16歳」は、1979年リリース森まどかのカバーである。多分、オリジナルは、よほどのマニアじゃないと知らないはず。俺も知らない。で、2枚目の「素敵なラブリーボーイ」、これもカバー。これは知ってる人も多いかな、以前は黒澤一族にいた林寛子1975年のシングル。往年のコアなファン向けのスナックを経営してるって、以前「バイキング」で見たな。まぁそれは余談。
 どちらのオリジナルも、リリース当時は22位・31位とショボい成績に終わっており、なんでわざわざそんな中途半端に売れなかった楽曲しかなかったのか、どうにも疑問が残る。正直、「隠れた名曲」と言えるほどのクオリティでもないし、取り敢えず権利関係がスムーズな楽曲を適当に振り当てた感が強い。
 すごくポジティヴに捉えれば、楽曲的には正統派70年代アイドルの要点は押さえられており、オーソドックスな10代の女の子が歌うには適している。音域もそれほど広いものでもないので、歌唱力が至らなくてもそれなりに歌いこなせるメロディ・ラインではある。でもね。
 音楽活動にはあまり重きを置いていなかったはずの三田寛子でさえ、デビュー曲「駈けてきた処女」はなんと井上陽水制作である。こういった事実関係から察するに、事務所サイドとしてはキョンキョンに力を入れていなかった、または販促方針が迷走していた感が浮かび上がってくる。

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 歌手にとって、自分の持ち歌は大事なものであり、特にデビュー曲に抱く思いは特別である。いわゆる自己紹介的な役割も果たすため、一生使う名刺と形容しても差し支えない。その点、伊代ちゃんはうまい戦略だったよな。あれだとネタ的に一生使えるもの。
 キョンキョンの場合、事務所サイドが女性アイドルの営業ノウハウが不足していたせいもあって、取り敢えずデビューした、という形になってしまったのは不幸だった。その後、3曲目からはようやくオリジナル楽曲を与えられるようになったけど、どうにも70年代的な古くさい「可愛子ちゃんアイドル」の枠を抜け出せずにいた。要するにイモ臭かったのだ。
 旧態依然としたアイドル像にはめ込もうとする事務所と、そんな枠組みにどうもしっくり来なくてふて腐れながら芸能仕事に勤しむ厚木の元ヤン。70年代的「みんなのマスコット」像を求められても演じ切ることができず、フラストレーションは溜まってゆく。ブッキングされるのは主にバラエティ、「ヤンヤン歌うスタジオ」や「パリンコ学園」での賑やかし要員か、それともその他大勢的な壁の花。
 「これだったら、あたしじゃなくってもいいんじゃね?」
 そう思っちゃってもしょうがない。

 そう言った現状を打破するため、キョンキョンは事務所にも無断で、これまでイヤイヤやっていた「聖子ちゃんカット」をバッサリ切ってしまった。
 今となっては「髪を切る」という行為はずいぶんカジュアルになったけど、この頃までの女性が長い髪を切るというのは、結構な覚悟が必要だった。髪を切ることで、過去やしがらみとの決別を図る、独立した人格として独り立ちするため、「髪を切る」というのはシリアスなものだった。
 松田聖子メソッドからの決別、そして旧態依然のコンセプトしか提示できない事務所方針をリセットし、その後の彼女は自己プロデュースによる独自路線を歩むようになる。
 松田聖子のようにソニーや松本隆が綿密にディレクションしてくれるわけでなければ、明菜のように天性の歌唱力を持っているわけでもない。特別な能力は何もない。だけど「これはイケてる」「これはダサい」という美学はしっかり備えていた。それだけで十分だ。
 「小泉今日子」というプロデューサー視点でもって、自らを素材としてアイドル「キョンキョン」を創り上げてゆくプロセスの提示。なにも全部を全部、自分でやらなくたっていい。あたしはただの言いだしっぺ。実際の作業は、得意な人にやってもらえればいい。でもね、誰でもいいわけじゃないよ。いくらスキルがすごくたって、ダメな人はダメ。あたしと遊べるかどうか、あたしのビジョンを面白がってくれるかどうか。それが大事だから。単なるお仕事だと、楽しくないじゃん―。
 その後のサブカル人脈を巻き込んだ快進撃は、ご存知の通り。

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 で、『ナツメロ』。ここにきて、全曲カバーである。しかも近々の80年代の楽曲はセレクトされず、ほぼ70年代の歌謡曲ばかり。誰でも知ってる大ヒット曲もあれば、同世代でなければちょっとわかりづらい楽曲まで、幅広く選曲されている。要するに、完全にキョンキョンの好みである。
 1988年と言えば、前年までオリコン・チャートを席巻したおニャン子クラブが解散し、女性アイドル市場が急速に収縮した頃である。今のAKBや坂道系の先駆けと言える、ほぼ持ち回りでチャート1位を獲得することによって、歌謡曲のマーケットは完膚なきまで終止符を打たれた。当然、82年組を含めたソロ・アイドルは息の根を止められ、シングル・リリースさえままならない状況に追いやられていた。3か月に一度は新曲リリースのローテーションが組まれていた彼女らも、この時期は年に1枚出せるか出せないか。歌手活動をやめてしまった者も少なくなかった。
 そんな中でキョンキョンは別格的にシングル・リリースを続けており、並行して女優業やCM出演など、多方面に及ぶ活動を続けていた。おニャン子旋風の頃になると、むしろ旬のクリエイターが彼女とのコラボを求めるようになり、よって80年代歌謡史を代表する楽曲が続々誕生している。たかみー作「木枯らしに抱かれて」を始めとして、筒美京平円熟期の傑作「魔女」や「水のルージュ」、大瀧詠一も「快盗ルビイ」を提供しているし。

 押しつけのカバーではない。すべてキョンキョンが、そして盟友である野村のヨッちゃんと頭を突き合わせて選曲し、そのヨッちゃん率いる「最強アマチュアバンド」三喜屋・野村モーター'S BANDと共にアレンジして創り上げた。ヨッちゃんとはデビューもほぼ一緒の同世代、バンド・メンバーもまた、大体似たような年齢層である。大体似た空気を吸って、大体同じような音楽を聴き、大体同じテレビ番組を見て育ってきた。そんな彼らが寄ってたかって「あ・うん」の呼吸でトラックを組み立てた。悪くなるはずがない。
 バブル時代ゆえ大盤振る舞いが当たり前だったレコード会社の金をふんだんに使い、豪華なスタジオを長期間押さえ、半分遊び感覚でも本気でもってあれこれアンサンブルを練り、「せっかくだから」とデーモン小暮などのゲストというか友達もどんどん呼び入れ、出来上がっちゃったのが、このアルバムである。

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 高校の放課後、軽音楽部の部室の隅っこで、別にプロになるつもりもないけど、何となく寄り集まって、くっだらねぇバカ話で盛り上がってる先輩たち。あんまり演奏する姿を見たことはないけど、ごくたまに見せる本気度MAXの演奏は、バカテクでエモーショナルで、それでいてめちゃめちゃ楽しそうで。
 本気で目指せばプロにもなれそうなのに、そういった必死さを見せることはない。
 大事なのは演奏することじゃない。たまたまみんなの共通言語が音楽だったからで、ほんとはダラダラ楽器をいじりながら、ダベってるだけで幸せなんだ。
 そんな情景を思い浮かべてしまうアルバムである。

ナツメロ
ナツメロ
posted with amazlet at 17.06.28
小泉今日子
ビクターエンタテインメント (1988-12-17)
売り上げランキング: 30,867



1. 学園天国
 1974年リリース、沖縄出身の兄弟姉妹ヴォーカル・グループ、フィンガー5の5枚目のシングル。オリコン最高2位でありながら、累計売上枚数はなんとミリオン超え。阿久悠による甘酸っぱいティーンポップな歌詞世界は、スクールカーストとは無縁のコミュニティを形成している。番長も秀才も、あの娘の前ではみんな純情だ。作曲の井上忠夫とは、自らも歌手としてガンダム映画版の主題歌「哀・戦士」をヒットさせた、あの井上大輔。「め組の人」もそうだったけど、こういったシンコペーションを多用した曲を作るのが、めちゃめちゃうまい。
 キョンキョン・ヴァージョンはもともとシングル・カットの予定はなかったのだけど、のちの主演ドラマ『愛しあってるかい!』の主題歌に採用されることになって、オリコン最高3位のヒットを記録した。



2. S・O・S
 1976年リリース、ピンク・レディー2枚目のシングル。オリコン最高1位、65万枚の大ヒットとなった。基本、リズム・アレンジなどはオリジナルと一緒なのだけど、分厚いシンセを噛ませることによってサウンドに奥行きが生まれ、JourneyやVan Halenのようなアメリカン・ハードのテイストが加えられた。キョンキョンのヴォーカルも比較的ナチュラルな発声で、抑えるようなウィスパー・ヴォイスが楽曲を洗練させている。原曲はもっとバタくさかったよな。

3. お出かけコンセプト
 1980年リリース、近田春夫プロデュースによるテクノポップバンド、ジューシィ・フルーツのデビュー曲「ジェニーはご機嫌斜め」のB面曲。ニューウェイヴ~テクノ・ポップの楽曲の中では一般的な認知度も高く、オリコン最高5位。こちらも2.同様、大味なアメリカン・メロディック・ハード風味の味付け。まぁこの辺はヨッちゃんの好みだし。

4. 赤頭巾ちゃん御用心
 1978年リリース、のちに発展的解消を経てラウドネスに衣替えするアイドル・バンド、レイジー3枚目のシングル。オリコンでは最高32位だけど、ロング・ヒットしたようで最終的には20万枚以上の売り上げとなった。本来なら記念すべき初ヒット、と言いたいところだけど、現在のメンバーにとっては黒歴史的な扱いとなっており、オリジナル・ラインナップでの再演がかなうことはしばらくなさそう。
 テープ逆回転コーラスから始まるサイケデリックなオープニング以外は、至ってオーソドックスなプレイのヨッちゃんバンド。そりゃそうだ、主役はキョンキョン、彼女が可愛く目立つことが重要なのだ。

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5. レディ・セブンティーン
 1973年リリース、矢沢永吉が在籍していたロックンロール・バンド、キャロル3枚目のシングル。この機会に初めてオリジナル聴いてみたけど、ヴォーカル、ジョニー大倉だったんだな。甘い声質がオールディーズ調のマイナー・コードにフィットしている。
 キョンキョンのヴァージョンもオールディーズ的なリズムとコーラスを基本としているけど、その上にキラキラしたシンセや重いギター・リフを乗せたりしている。楽曲のボトムがしっかりしてるから、どんなエフェクト入れても揺るがないんだな。
 世代的に言って、キョンキョンはキャロルのひとつ下に当たるため、リアルタイムでは聴いていないはずなのだけど、まぁヨッちゃんが持ってきたのか、それとも地元の先輩あたりが聴いてたのかも。この辺はヤンキーのコネクションだよな。

6. 尻取りRock'Roll
 1980年リリース、ある意味、伝説のバンド横浜銀蠅のデビュー・アルバム『ぶっちぎり』収録曲。まぁくっだらねぇ曲なので、深く考えることはない。オリジナルももっとくっだらねぇし。いわゆるステレオタイプの「不良」を演じながら、敢えてハズすようなコミック・ソング路線も併せ持っていたことが彼らの魅力であり、ずいぶん長い間、大衆性を保持していた証でもある。ピーク時の人気は凄まじく、宮内庁主催の園遊会にも招かれて、あのコスチュームのまんまで昭和天皇と言葉を交わしたくらい、といえば、今の人にもわかってもらえると思う。
 キョンキョン・ヴァージョンもまぁオリジナルもなんもないけど、くっだらねぇ歌を全力で歌っているところは可愛らしくもある。最後は自分で笑っちゃってるけどね。
 ここでキョンキョンがカバーしたのも驚いたけど、もっと驚いたのはその20年後、安田成美がトヨタ・シエンタのCMでカバーするだなんて,一体誰が想像しただろうか。

7. 恋はベンチシート
 1980年リリースまたまたジューシィ・フルーツ、2枚目のシングル「なみだ涙のカフェテラス」のB面収録曲。またディープなところ狙ってきたな。ちなみに作曲の柴矢俊彦は、あの大ヒット曲「おさかな天国」を書いた人。時代が巡ると、ここまで変わっちゃうものか。
 オリジナルはもっとガレージっぽいラフな演奏で、曲中のセリフもセクシーにこなしてたけど、もともと楽曲的にはオールディーズを下敷きにしているので、キョンキョンは敢えてアイドルっぽくファニーなテイストに仕上げている。コンセプト的には、ここまで開き直っちゃった方が曲が映えている。最後のデーモン小暮との掛け合いはご愛嬌。

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8. やさしい悪魔
 その掛け合いに続いてシームレスで始まるメロディック・ハード・メタル。オリジナルはキャンディーズ、1977年リリース13枚目のシングル。当時の勢いからして、オリコン4位はむしろ低すぎるように思えるけど、ちょうどこの頃からピンク・レディーが台頭してきたんだよな。この頃のキャンディーズは「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」やドリフ番組でのコメディエンヌ的な役割が多かった覚えがある。
 キョンキョン・ヴァージョンもいいのだけど、オリジナルのアレンジがモダン・ソウル・テイストなので、あまり知らない人には聴いてほしい逸品。レアグル―ヴや70年代メロウソウルが好きな人ならハマるはず。

9. Soppo
 1979年リリース、今じゃほぼ俳優業がメインの世良公則が在籍していたロック・バンド、ツイスト6枚目のシングル。人気のピークが過ぎた後期のシングルとはいえ、どうにかオリコン6位に滑り込みしている。この頃は、初期の歌謡ロックっぽさが薄れてバタ臭い本格的なロック・バンドへと移行している時期にあたる。
 やっぱヨッちゃんはメロディック・ハードが好きなんだな。原曲はホンキートンク・ブルースなのだけど、彼にかかればどんな曲も、ギターがメインの大味なサウンドに様変わりしてしまう。ヨッちゃんはギターが好きなんだから、それでいいのか。キョンキョンも決して上手いシンガーではないけど、世良さんとはまったく別のアプローチで歌いこなしている。

10. 夢みる16才
 1981年リリース、シャネルズ(現ラッツ&スター)2枚目のアルバム『Heart & Soul』収録曲。これまたいい選曲だな。オリジナルは珍しく桑マンがリードを取るオールディーズ風ドゥーワップなのだけど、そのポップなテイストを残しつつ、7.同様キュートな女の子になりきって、時には無邪気に時には切なく歌声を使い分けている。

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11. バンプ天国
 またまたフィンガー5、1975年リリース11枚目のシングル。彼らの全盛期は前年でピークを迎え、この頃は緩やかな衰退へ向かっている。俺はリアルタイムでは知らないので、その辺は詳しくないけど。
 ジャジーなスキャットに続くグラウンド・ビートが弾けるオープニングは、オリジナルの意図をうまく掬い取って、しかも当時のトレンドもきちんと押さえている。

12. アクビ娘
 ご存じTVアニメ「ハクション大魔王」のエンディング・テーマ。ハード・ロックとドゥーワップのハイブリット・サウンドをバックに、一番楽しそうに歌うキョンキョン。70年代テレビアニメのテーマ曲の中でも3本の指に入る大名曲。逆に、これを陰鬱に歌う方が無理というもの。「キューティーハニー」同様、「女の子がカラオケで歌うと盛り上がると同時に、自身の思わぬ「女の子」成分に気づいてしまいドキッとしてしまう」曲のひとつ。



13. みかん色の恋
 ラストは1974年リリース、「笑点」の座布団運び山田隆夫が在籍していた歌謡ロック・バンド、ずうとるび3枚目のシングル。チャート記録は見つからなかったけど、記録よりも「記憶」に残る名曲として、ナツメロ番組での彼らが紹介される際には、大抵この曲が使用されている。
 オリジナルはストリングスを多用した、さわやかなフォーク・ロックといった風情だけど、ここではもっとリズムを効かせた軽快なロック・チューンとして解釈している。




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20代尾崎の中間報告 - 尾崎豊 『誕生』

folder 1991年リリース、前作『街路樹』より2年ぶり、5枚目のオリジナル・アルバム。今どき2年くらいなら普通のリリース間隔だけど、この時期の尾崎は表舞台に出ることが極端に少なかったため、「待望の」「久々の」という形容詞付きで紹介されることが多かった。
 その2年の間、覚せい剤所持・逮捕による謹慎と、何かとトラブルの多かった前事務所からの移籍に絡んだブランクもあって、「尾崎っていま、何やってんの?」といった扱いだった。かつて尾崎は時代を先導していたはずだったけど、ちょっといない間に時代はずっと先に行っていたのだ。
 そういった事情もあってか、楽曲のクオリティ・詳細云々より、まずは久々の現場復帰ということで騒がれ、次にまさかの大作2枚組というインフォメーションなどが先行して報ぜられた。なので、言ってしまえば音楽的には二の次、これまでまともに論ぜられたことが少ない、何だか不遇なスタンスの作品である。
 待望していた古巣ソニーへの復帰が叶ったこと、加えて契約更改にまつわるブランク期間を持て余していた尾崎であった。まぁそんなこんなで外出できる時間も減っていたため、必然的に創作活動に向かわざるを得ず、張りきり過ぎちゃったがあまりの、まさかまさかの2枚組になってしまった次第。

 古株のファンだけじゃなく、スタッフも含めた業界内にとっても待望の復活だったのだけど、それもあって一種の祝祭的ムードもあったのだろう。いくら満を持しての復活だったとはいえ、普通の営業サイド的な対応だったら、曲数を絞ってコンパクトに1枚にまとめるよう進言するはず。普通だったらね。ただ、通常の年間計画に沿ったリリースではなかったし、せっかくならサプライズ的な演出や話題を欲していた部分もあったのだろう。
 「2枚組?イヤ〜最高っす大丈夫っすよっ」ってな感じで、ゴーサイン出しちゃったんだろうな。
 そんな前評判が盛り上がっていたおかげもあって、2枚組だというのに軽々とチャート1位を獲得しちゃっている。もちろん、営業サイドによるプロモーション攻勢、それに基づくメディア挙げてのプッシュの結果ではあるけれど、それを単なるルーティンで終わらせるのではなく、関係者各位をその気にさせてしまう熱量は、やはり時代のカリスマたる所以である。

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 チャート1位は獲得したけれど、肝心の内容・詳細を深く掘り下げたメディアはごく少数だった。
 前述の覚せい剤使用は業界内に大きな波紋を呼び、特に音楽雑誌のほとんどは、尾崎に関するニュースや記事の掲載を、まるで申し合わせたかのように取りやめていた。本来なら、音楽雑誌こそが先陣を切って、批判なり擁護なりを取り上げるべきなのに、メジャー雑誌のほとんどは沈黙を守っていた。まるで「尾崎豊」という存在を抹消するかのように。尾崎の話題を積極的に取り上げるのは、スキャンダラス性を優先した女性週刊誌や写真週刊誌ばかりだった。
 そんな中で唯一、尾崎の特集を緊急掲載したのが、邦楽メディアに本格進出して間もないロキノンだった。当時、編集長だった渋谷陽一は、声高々に「ジャーナリズムの責任放棄」云々を説き、既存メディアの不甲斐なさを痛烈かつロジカルに批判した。
 当時の渋谷陽一は尾崎の件だけじゃなく、「ミュージック・マガジン」や「パチパチ」に何かと噛みついて誌上論争を繰り広げ、相乗効果で発行部数を伸ばしていた。まぁ今にして思えば、新規事業に食い込んでゆくため、ちょっと強引な政策も必要だったのだろう。
 当時は純粋なロキノン信者だった俺は、そんな丁々発止を毎月固唾を飲んで見守っていたのだけれど。まぁ今にしてみればプロレスだよな、要するに。正直、10代だった俺から見ても、半分イチャモン的なバトルもあったわけだし。

 で、謹慎中の尾崎。同じソニー・グループであるはずの「パチパチ」が口を閉ざしちゃったのだから、その影響は計り知れず。『誕生』リリース頃にはその規制も解かれていたけれど、不倫だ独立だ契約トラブルだで、スキャンダラスな面ばかりが喧伝され、せっかく長い時間をかけて築き上げてきたカリスマ性は、大きくダダすべりしていた。
 今にして思えば、「居場所を求めて彷徨い、迷走し続ける姿」もまた、尾崎にとってのリアルな姿であったはずなのだけど、まぁ金がらみや犯罪がらみなど、何かにつけ生臭い話題ばかりが先行してしまったせいもあって、リスペクトしづらい雰囲気があった。
 いっそ開き直って私小説的に、「答えなんてない/永遠に探し続ける」とか何とか言い切ってしまえば、二流のシンガー・ソングライターとして、もう少し長く生きられたのかもしれない。でも、尾崎自身がそういった方向性を良しとしなかったし、一部のメディアや熱烈なファンもまた、そんな赤裸々な姿を潔いと崇めていたフシがある。
 カリスマゆえの悲劇だよな。

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 「尾崎信者」と揶揄された熱狂的なファンは、彼と同世代かちょっと下、いまのアラフィフ世代が中心だった。言っちゃえば俺のこと。だって、中3の春に「卒業」に出会っちゃったんだもの。多かれ少なかれ、この世代は尾崎のライフスタイルの影響下にある。就職や進学の節目を迎え、大人の階段をのぼるかのぼらないか、そこへ足を踏み出すのに躊躇したり、または踏み出さざるを得なかったりして。
 80年代後半は、尾崎だけじゃなくBOOWYやブルーハーツなど、その後の日本のロックの礎となるカリスマが次々に生まれた時代である。もちろん彼らだけが絶対的存在ではなく、カリスマ性はなくともアクが強い・押しが強い・個性が強い・クドいなど、百花繚乱である。当然、どのアーティストも一家言持っていたり持っていなかったりで、思想やコンセプト、メッセージ性も違ってくる。
 なので、この世代をたったひとつの価値観、OZAKI的視点だけで括ってしまうのは、相当無理がある。あるのだけれど、ある固有の年齢層に向けて発せられたメッセージ性・人生観の転換という点に絞れば、「尾崎豊」という現象は強い影響力を有していたのだ。
 まだ知恵も経験も少なく、何かにつけ未熟で青臭いティーンエイジャーにとって、同世代の彼の一挙手一投足は、理想像の自己投影であって反面教師であり、一部の人にとっては生きる指針でもあった。尾崎によって人生観を定義づけられた人、またレールを外れてしまった人は相当多い。
 以前もちょっと書いたけど、俺世代のオラオラ系・「昔ヤンチャしてました」系の人たちのカーステでの尾崎率・ブルハ率は相当高い。これがもうちょっと枯れちゃったりすると浜省に行き、変に日和っちゃったりするとEXILE系に行っちゃうのだけど、まぁそれは別の話。

 「10代3部作」なんて総括してしまったのは後づけであって、ソニーが最初から綿密に成長ストーリーを描いていたわけでは勿論ない。さだまさしをリスペクトしていた新進フォーク・シンガーにちょっとロック風味のサウンドの意匠をかぶせたところ、思惑以上に盛り上がっちゃったので、スタッフサイドが泥縄でくっつけた方便である。もともとは尾崎の本意とは別のところで形作られたものであって、クリエイティブ面での必然性はまったくない。
 本来なら、「尾崎豊」という将来あるアーティストにとって、「10代特有の苦悩」とは単なる通過儀礼だったはずだ。それが周囲の思惑を超える反響で「現象」化してしまい、それをまたメディアが煽るものだから、業界内外に狂信的なファンを産み出してしまう。そうなると尾崎もそんな期待に応えざるをえず、通過儀礼がいつの間にかライフワークになってしまったわけで。
 いっそビジネスと開き直って、「永遠のティーンエイジャー」を演ずるのもよし、それかもっと肩の力を抜いて、年齢相応のテーマを歌うシンガー・ソングライターへと移行してゆくのもよし。アーティストとしての寿命を考えるのなら、そんな選択肢もあったはずだ。まぁ前者だったら、多分時代の徒花として消費され、とっくの昔に消えていただろうけどね。

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 ただ二十歳を迎えた尾崎、そんな安易な自己模倣を繰り返すことは望まなかった。馴染みのファンが快く歓迎してくれる、生暖かい世界。それはそれで居心地が良かっただろうけど、でもそこは長く留まるところではないのだ。
 彼は10代の自分を清算し、決別して前へ進む途を選んだ。そしてまた、これまで着いてきてくれたファン達と共に、次のステップへ進んで行くことを目指そうとした。
 尾崎は同世代のオピニオン・リーダーとして、「共に成長しよう」と呼びかけようとした。かつて批判し乗り越える壁であったはずの「社会」や「大人」とも、闘い抗うのではなく、対等の立場でコミットしてゆく途を選ぼうとした。
 ただ、ここでひとつの疑問。
 -「人間は常に成長し続けなければならない」って、一体誰が決めた?

 で、もうひとつ。
 - 成長し続けたとして、それが一体、何だというの?
 どちらも正解のない問いである。むしろ、そこに至るためのプロセスが重要である種類の設問である。冷静に考えればこういうのって、「結局は人それぞれ」という結果に落ち着いてしまうのだけど、きちんとした模範解答を探しあぐねていたのが、当時の尾崎である。そんな模範解答の中間報告として、持って回った言い回しやめんどくさい思想を並べ立てて、相対的な価値観を提示したのが、この『誕生』という作品集である。
 哲学・思想用語からインスパイアされた言葉は抽象的で、ごく平凡な日常を送る大多数の10代にとっては、縁のないものばかりである。シンプルな事象を複雑に描写することが、当時の尾崎が思うところの「成長」だったのだろうか。そして、それを咀嚼し理解することが、信者としての務めである、と思われていたのだ、ごく一部では。
 ただ、誰もがロジカルで完璧な論理を知りたいわけではない。我々は大学教授の講義を聴きたいわけじゃないのだ。
 理性よりまず先に、感情を揺さぶる言葉と歌、そして「あっ、これイイね」という、脊髄反射的に心惹かれてしまうメロディ。ポップ・ミュージックの世界では、それらが最も重要であるはずなのに。
 多分、そんなことは尾崎もわかっていたのだろう。わかってはいたのだけれど、そのメソッドが見つからないでいる。ここで発表されている言葉はすべて、かりそめのものばかりだ。ここで発せられる言葉の多くからは、自信を持って断言できない迷いが浮かび上がっている。
 伝えたい言葉はこれじゃない。次はもっと、伝わりやすい形を目指そう。最高傑作は次回作だ、と誰かが言ってたじゃないか。
 そのつもりだったのだけど。


誕生
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尾崎豊
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1. LOVE WAY
 アルバム・リリース直前、ほぼ前触れもなく発表されたリード・シングル。復帰第一弾ということもあって世間の注目を集め、マイナス・イメージが蔓延していたにもかかわらず、オリコン最高2位をマーク、売上的には復活をアピールした。したのだけれど、正直、戸惑うファンが多かったのも事実。取りあえず久しぶりの音源ということもあって、迷わず購入した人も多かっただろうけど、聴いてみると「何か違う」感が微妙に引っかかっていたのが、俺の私見。
 散文的に吐き出された歌詞の密度は、ひたすら濃い。確かに巷で言われているように、彼の歌の中では最も難解だし、ヘビロテするにはちょっと胃もたれする。後期尾崎にとっての代表曲ということも、うなずけるクオリティ。
 膨大な情報量を一曲に詰め込んだ、という見方もできるけど、実のところはどのセンテンスも示唆が優先し、文脈的にはかなり破綻していることに気づかされる。サウンドのハードさ、ヴォーカルの熱量によって、つい勢いで「深い言葉」と納得してしまいそうだけど、次々生まれ出てくるイメージの断片を具体化できず、乱雑にまとめてしまったが故の産物がここにある。
 フレーズひとつひとつ、言葉の刃の切れ味は凄まじい。ただ、それらの言葉はバラバラに作用してまとまったベクトルにはならず、それを自覚して苦悶にあえぐ尾崎の姿が刻み込まれている。
 そんな言葉の求心力の不足は、晩年まで尾を引くことになる。



2. KISS
 『回帰線』あたりに収録されててもおかしくない、ステレオタイプのアメリカン・ロック。そろそろグランジが台頭し始めた90年代初頭には古くさく聴こえたけど、いま聴くとその大らかさによって、時代に侵食されることを防いでいる。シンプルなものほど耐用年数が長い、という好例。
 シンプルなロックンロールにおいて、言葉の重みはあまり重要なファクターではないため、ここではむしろ「カバン抱えた企業戦士」「子供たちはイヤフォンで耳をふさいで漫画を読む」など、90年代時事風俗の空気感を味わうのも、楽しみ方のひとつ。

3. 黄昏ゆく街で
 Eddie Martinezのメロウなガット・ギターが印象的な、後期尾崎の代表的バラード。リリース当時は地味な印象としか思えなかったけど、その後のサウンド・コンセプトの軸となるシックなアンサンブルは、この年になるとしっくり馴染む。
 不倫と結婚を通過して得た、青春期とは違う恋愛観は、倦怠感と希望とがシームレスに交差する。
 かつて「I Love You」において、「何度も愛してるって聞くお前は この愛なしでは生きてさえゆけないと」と、直情的な愛をネガティヴに語った。
 しかしここでの彼女は「髪をなでると ぼんやりと僕を見つめてこう聞く ねぇ これでいいの…?」
 熱情の時間を終わりを告げ、恋愛感情よりむしろ、将来の生活を意識しなければならないことを、できるだけ第三者的な視点で活写している。
 一応シングル・カットされており、オリコン最高32位。今だったら映画やドラマの主題歌に使われて、もっと上位も狙えるのかもしれない。いやないか、今どきメディアにそんな力なんてないよな。

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4. ロザーナ
 導入部が「路地裏の少年」っぽく聴こえるけど、考えてみりゃ元をたどればBruce Springsteenか。CCR「雨を見たかい」もこんな感じだよな。どっちにしろ、8ビートにアコギ・ストロークを乗せちゃうと、どれも似たようなテイストになってしまう。なので、リスペクトということにしよう。
 歌詞の内容からいって、時期的に「不倫」というキーワードが浮かんでくるのは致し方ないとしても、でも『誕生』って主題のアルバムにこんな後ろ向きなテーマをぶち込んでしまうとは。
 偏見かもしれないけど、商売的なゲスさが浮かび上がってくる。楽曲そのものはきちんと作り込まれているので、そこがちょっと惜しい。

5. RED SHOES STORY
 再びストレートなロックンロール。オールド・タイプのロックンロールといえば、「金と女とドラッグ」と相場が決まっているけど、ここでは前事務所マザーを皮肉った、金がらみのモンキー・ビジネスを悲喜劇交えて歌っている。まぁこういった題材を取り上げること自体、取りあえず手打ちが行なわれているわけで。ほんとにシリアスに訴えるのなら、それこそ「Love Way」みたいなテイストになっちゃうし。

6. 銃声の証明
 基本、完全な主観か半径5メートル以内の知人友人の体験談を題材に歌を書いてきた尾崎だけど、ここでは自身から最も遠い立場に身を置いて、可能な限り客観的なフィクションとして完成させている。何しろ題材がテロリスト。客観を超えて荒唐無稽とでも表現すべきか。
 そのテロリストの描写があまりにステレオタイプだ、という見方もできるけど、「架空の人物を自身に憑依させる」というメソッドは、ある意味、尾崎の新境地である。こういった制作手法を発展させることができれば、アーティストとしての寿命はもう少し永らえたんじゃないかと思われ。

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7. LONELY ROSE
 フィクションの主観化と並んで、流麗なメロディ・ラインと何気ない情景描写の妙を丹念に織り上げること。後期尾崎の可能性として、ひとつの資金的存在となったバラード。初期アルバムにもこういったタイプの楽曲は収録されていたのだけど、一本調子なヴォーカライズがニュアンスを掻き消してしまっていたのは事実。
 ここでは緩急取り混ぜた、情感的なヴォーカル・テクニックを披露している。アクセントとして、Martinezのギターがうまくウェットな情感を演出している。

8. 置き去りの愛
 で、そのヴォーカル・テクニックが最も如何なく発揮されているのが、これ。時々、西城秀樹と錯覚してしまいそうなほどエモーショナルな歌声は、全キャリアの中でも屈指のクオリティ。歌詞においても複雑な言い回しや言葉は使用されず、非常に歌謡ロック的。前曲に続き、ギターの咽びが感情の揺れを誘発している。

9. COOKIE
 バンド・サウンドを前面に押し出したカントリー・ロックは、へヴィーなテーマが並ぶアルバムの中では小休止的なアクセントとして機能している。いるのだけれど、視点がティーンエイジャーの高さであることが、ちょっとだけ気になる。「俺のためにクッキーを焼いてくれる」彼女への想いと、大人の社会への警句めいた皮肉との対比を狙っているのだろうけど、敢えてこの時期にやることじゃない。その皮肉もかつての手法をなぞった感じだし。

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10. 永遠の胸
 CD1枚目ラストを飾るのは、スケール感あふれる王道ロック。当初、アルバム・タイトルをこれにする案も出ていたらしく、「誕生」と並ぶ「もうひとつの主題」と言い切っちゃっても良い。
 尾崎としては、これまでの紆余曲折の総括としてこの曲を書いたのだろうけど、皮肉にも人生の幕を下ろすには最適の、高いクオリティのセンテンスで埋められている。
 強烈な磁場を持つメッセージ性を内包したタイプの楽曲は、一旦ここで打ち切り、もっとフィクションや情景描写的な楽曲が多くなるはずだったのだろうけど、人間、そこまで割り切れることはできないもの。十代には十代の、そして二十代には二十代の苦悩が終始付きまとう。



11. FIRE
 CD2枚目冒頭を飾る、疾走感あふれるロック・チューン。トップのつかみとして、これでこれでOKなんだけど、「体制に逆らいながら振りかざす 俺が手にもっているのはサーベル」なんて一節が入ってるくらいなので、ちょっと陳腐さが否めない。リリース当時はこうした景気の良いサウンドが好きだったけど、いまの俺にはあまり響かない。年食ったせいだろうな、きっと。

12. レガリテート
 歌謡曲テイストの濃い旋律が、タイトなリズムによってメリハリがつけられている。プロフェッショナルなサウンドで構成されている、二十代の尾崎が目指すところの「大人の音楽」。個人的には好きなサウンド・プロダクションではある。あるのだけれど、歌詞もまた大人テイストを志向したのか、ちょっと抽象的。ドラマティックな恋愛観を直情的に表現するのではなく、ある種の規範をもって抽象的に語るのが大人だというのなら、「それはちょっと」となってしまう。言葉に足腰が入っていないのだ、要するに。

13. 虹
 なので、こういった抒情的な心象風景を淡々と綴っている姿の方が、尾崎の志向・適性には沿っている。確かに新境地的な部分はないけどね。でも、こういった曲もあった方が既存ファンはホッとするし、第一、そこまで難解なセンテンスは求めるコア・ユーザーは少数だ。一体誰だ?「進歩しなくちゃならない」って思い込ませたのは。

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14. 禁猟区
 ダルなブルースに載せて歌われるのは、自らのドラッグ体験。よくこんな歌詞がメジャーの審査に通ったもんだ、と余計な心配さえしてしまいそうになるけど、まだこういった挑発的なスタイルが許された時代だったのだ。
 ちなみに尾崎、罪は罪として受け入れて罰は受けたけど、ここでは特別、ドラッグ使用について否定的ではない。まぁ表だって肯定したり擁護したりするようなことはないけど、ドラッグ使用によって開けた新たな価値観は、それほど強烈なものだったのか、それとも継続的に使用していたのか。

15. COLD JAIL NIGHT
 重厚なメタル調リフのイントロと歌い出しが「愛の消えた街」にそっくり。拘置所での体験がベースとなった歌詞は、まぁやさぐれていること。
 しかし、釈放されて間もなくこんなテーマを歌っちゃうのだから、アウトロー精神ハンパない。「獲得した経験はもれなく使い切る」という創作姿勢は、ある意味潔い。

16. 音のない部屋
 ハードなタッチの楽曲が続いてたので、続けてこれを聴くとホッとしてしまう。「いい曲だなぁ」と思ってしまうのは、ソニー・スタッフの思惑通りなのか。うまい構成だよな。
 「二人の心はひとつ」で締めくくっているけど、ここでの二人の心は終始すれ違いが多く、どちらもあさっての方を向いている。「ひとつである」と思いたいのだ。思いたいのだけれど、でもそんな自分をまだ信じ切れずにいる尾崎がいる。



17. 風の迷路
 黄金パターンで作り込まれたメロディは、はっきり言ってベタ。ベタだけれどやっぱり、日本人にとってはばしばしツボにはまる旋律である。またいい感じに力を抜いたヴォーカル、これも上手いんだよな。
 こういった曲を聴くと、ほんとこの人、歌がうまかったんだな、と改めて思い知らされる。またメロディ・メイカーとして、もっと評価されてもよかったんじゃないかと、今さらになって思う。
 歌詞?ちょっと青臭いけど、いいじゃんわかりやすくって。

18. きっと忘れない
 オールディーズ調コーラスを使用した、サビが印象的なナンバー。このアルバムの中ではもっともポップでハッピーでファニーなムードに満ちている。
 奥さんに捧げたのか、果たして幼い息子に捧げたのか。ネットでは意見が分かれているけど、俺的に正解は両方。「家族」という単位総体に向けて尾崎は歌っており、そして自分にも言い聞かせるように「きっと」と念を押している。

19. MARRIAGE
 素直な結婚賛歌として受け止めるのが、作者の意図であるという俺の私見。素直な口調で素直な言葉を紡ぐ、そういった尾崎がここにいる。
 時代に警笛を鳴らすアジテーターとしての尾崎ももちろん真実だけど、こっちの側面ももちろん真実。ロマンティックな見方だけど、俺はこの歌、「I Love You」の続編だと思っている。

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20. 誕生
 ラストは10分を超える壮大なロック・チューン。前半はビートを強調してリズミカル、終盤の長い長いエピローグでの独白後、ドラマティックなフェード・アウト。
 息子に出会うまでの回想が、走馬灯の如くゆっくりと、それでいて強力な磁場を放ちながら物語を紡ぐ。
 荒れた生活から立ち直る希望として、新たな命への賛歌は、とても力強い。


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中島みゆき 『生きていてもいいですか』

folder 1980年リリース、みゆきにとって7枚目のオリジナル・アルバム。なんとオリコン最高1位をマークしており、年間チャートでも堂々17位にランクインしている。
 ついに来た。みゆきの数々のアルバムの中でも異彩を放つ、ポッカリと空いた深淵の暗黒。フォーク歌謡的なサウンドからの脱却を図ったご乱心時代の作品も、ファンの間では何かと物議を醸してはいたけど、『生きていてもいいですか』においては、その物議を醸したレベルが段違い。
 フォーク/ニューミュージック全盛の折、みゆきに限らず、山崎ハコや森田童子など、いわゆる陰鬱系のシンガー・ソングライターは数多く存在していた。いたのだけれど、このアルバムで吐露されている「救いのない漆黒の情念」、その後も長らく「根暗」のみゆきを語る際の代名詞として決定づけられたインパクトの強さなど、他のアーティストらの追随を許さぬ孤高のポジションを確立している。

 楽曲詳細は後述するとして、ここで取り上げたいのは、アルバムの曲順・構成について。
 もともとこのアルバム、『親愛なる者へ』に続くオリジナル・アルバムとして制作が進められていたのだけど、ある時点からレコーディング作業が膠着状態となっていた。「当時のみゆきのメンタル面がやや不安定だった」ということが、後になって伝えられている。その原因として、プライベートでの恋愛関係の拗れやらもつれやら、はたまたもっと広範な対人関係についてなど、いろいろな説がささやかれているけれど、真相はみゆき自身の胸のうちにある。なので真偽は不明。
 ただ、リリース・スケジュールはすでに決まっていたため、その対応策としてセルフカバー・アルバム『おかえりなさい』が急遽準備された、というのは前回のレビューで述べた通り。

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 ここから察するに、遅延の要因として2つが考えられる。
 ① アルバム制作に足りるほどの楽曲が準備できなかった。曲数不足。
 ② 素材は揃っているけど、アルバム・コンセプトとのすり合わせが難航した。
 ①については、ちょっと考えづらい。これまでのレビューでも書いているけど、みゆきは特にこの時期、何度か訪れている創作力のピークに達しており、他アーティストへの楽曲提供も盛んに行なっている。なので、スランプに陥って書けなくなった、というのは考えづらい。前述の傷心によって、メンタル面での不安はあったのかもしれないけど、それをまた糧として新たな方向性の歌を書き上げてしまうのも、みゆきの特質である。
 なので②、「コンセプトが定まらなかった」、「テーマが右往左往してしまった」というのが、最も理にかなっているんじゃないかと思われる。

 レコードで聴いてみればはっきりするのだけど、A面とB面とでは明らかにテイストが違っている。もちろん1枚のアルバムにまとめられているだけあって、全体的に落ち着いたトーンではあるのだけど、陰鬱とした無常観で統一されているB面と違って、A面は一曲単体で完結している、いわば小品集的な構成になっている。
 「うらみ・ます」以外のA面曲は、以前のどのアルバムにも入れても違和感ないテーマ、従来の歌謡フォーク的なテイストでまとめられている。なので、B面と比較して、そこまでドン底の暗さというわけではない。もし全体をB面のテイストでまとめていたら、セールス的には大きく惨敗していたんじゃないかと思われる。大部分のみゆきファンは、第2第3の「わかれうた」を求めていたのだから。

 多分このアルバム、A面・B面はそれぞれ別々のセッションで製作されており、これもまた推測だけど、『おかえりなさい』レコーディングによって『生きていてもいいですか』セッションは中断を挟んでいる。そんな経緯もあって、両面のコンセプトがはっきり分かれている。
 詳細なセッション・データが公表されていないため、オフィシャルで公開されている情報を頼りにすると、大半のキーボードをプレイしているのが西本明。当時は主に浜田省吾のバンドで弾いており、その後は佐野元春や尾崎豊など、ソニー系のソロ・アーティストを中心にバッキングしている。
 で、もう1人クレジットされているのが田代真紀子。この時期のみゆきレコーディング・セッションでは常連だったギタリスト矢島賢とのちに結婚、今も矢嶋マキ名義で現役活動中のキーボーディストである。彼女がクレジットされている楽曲はB面に集中しており、このことからセッションが複数回に分けて行なわれたことが推測できる。

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 どちらのセッションが先だったのか、そこまでは調査が追い付かなかったけど、微妙にコンセプトの違うセッションを、どちらかのトーンに統一させようとしたのか、はたまた別々のアルバムとして製作しようとしたのか。それとももっと潔く、どちらかのセッションをお蔵入りにする予定だったのか。どちらにせよ、その方向性に逡巡していたことは、作業遅延から察せられる。
 「どのミュージシャンより、みゆきとの作業が最も緊張する」とコメントを残している後藤次利の尽力によって、どうにかサウンド的/音響的には統一されてはいる。いるのだけれど、特に神経すり減らしたんだろうな、このレコーディングで。

 ただ、このアルバムの中でも鬼っ子的存在である「うらみ・ます」。この曲だけは、練り上げられたアルバム構成やサウンド・メイキングなんて小細工とは、無縁のところで鳴っている。どちらのセッションからも明らかに浮いており、ていうかオフィシャル公開されるレベルを越えている。あまりに内省的/プライベート過ぎるので、ほんとは世に出しちゃいけない楽曲なのだ。「うらみ・ます」だけは、あらゆる批評やら賞賛やら酷評やらを全否定する、極個人的なところで鳴っている。
 鬱屈した暗黒の底から漏れ出る嗚咽は、みゆきにとっての「たった一人の誰か」に向けて放たれたものなのだろう。でも、それがほんとにその「誰か」に向けて届くのか。また届いたのか。
 外部に放たれた時点で、その歌はもう、自分のものではなくなる。それは聴いた者に共有され、共感を呼び、そして公共のものとなる。自分、または「たった一人の誰か」だけのものではなくなってしまうのだ。
 でもそんなこと、みゆきが最もよくわかっていたはずだ。

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 別にリリースしなくても良かったのかもしれない。あまりに個人的な言葉たちは、あまりにアクが強すぎる。
 でもみゆきは『生きていてもいいですか』にこの曲を入れた。しかも冒頭に。
 穏やかな叙情性さえ感じさせるA面とも、そして傷つき打ちひしがれたB面とも相容れない、独自の強い毒素は安易な同化を拒否している。だからこそ、リード・トラックにしかハマる場所はなかった。そこまでしてでも、みゆきはこれを世に出さなければならなかったのだ。
 その切迫感は、「アーティストとしての業」なんて浮ついた発露ではない。そこに刻まれているのは、極めて個人的な嗚咽だ。アルバムのトータリティを無視してまで、「うらみ・ます」は世に吐き出さざるを得ない楽曲だった。

 『生きていてもいいですか』リリース後、みゆきは体調を崩し、恒例となった春のツアーをすべてキャンセルすることになる。
 「あの時、無理を推してやってたら、惰性でやる感じになってしまうのが許せなかったからやめた」とは本人の弁。それほど、このアルバムが難産だったことを窺わせるコメントである。当時の記事もいくつか調べてみたのだけど、要は人前に出られる精神状態ではなかったのだろう。
 しばしの休養を経てシーンに復帰したみゆき、ここで憑き物が落ちたかのように、新たな方向性を模索するようになる。ご乱心時代というさらなる混迷と出会うことも知らずに。


生きていてもいいですか
中島みゆき
ヤマハミュージックコミュニケーションズ (2001-03-28)
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1. うらみ・ます
 イコールみゆきの代名詞となった、オールド・ファンには今をもって、リリース当時の衝撃が語り継がれている問題作。前述したように、これまでみゆきの楽曲に興味がなかった者さえ、強引に振り向かせてしまうインパクトを有している。のっけから鳴き声交じりの嗚咽だもの。
 それまで「恨み節」やら「女の情念」やらを意識的に取り上げてきたみゆきだったけど、婉曲的な表現や比喩を巧みに駆使して、マスに届くようなテクニック・技巧を経験則に基づいて成長させていた。主に歌謡曲畑の楽曲提供者が歌いやすいよう、節回しに気を配り、状況設定も細やかで映像的だった。そういったOJT的な修練が営業努力として実り、徐々にセールスを積み上げてきたのだ。
 そんなこれまでの積み立てをチャラにして、リアルを超えて生々しい感情を剥き出しにしちゃったのが「うらみ・ます」とB面曲。負の要素のみを選んで組み上げられた言葉の羅列は、いまも燦然と漆黒の光を放つ。
 ほぼ一発録りのスタジオ・ライブでレコーディングされているため、ピッチがずれていたりブレスの乱れも見受けられる。テクニカル面だけで見れば、ヴォーカルの完成度は低い。ラストの絶叫は嗚咽交じりで、聴き手側にも相応の体力が要求される。
 でも、それがどうしたというのだ。音程がどうしたブレスがどうの、そんな低次元で語られる楽曲ではないのだ。ここで吐き出される言葉は直截的で、あらゆる解釈を無にしてしまう。

 うらみます あんたのことを 死ぬまで

 歌の中の女は、軽い気持ちで弄んだ男を心底恨む。震え声で奏でられる旋律は行き場を失い、最後に漆黒の闇に飲み込まれる。
 ただ「恨む」という感情は、即ち愛情の裏返しでもある。恨みはするけれど、嫌いになったのではない。遊ばれていたことを最後まで気づかず、どこか浮かれていた自分を呪うのだ。いや途中から、または最初から分かっていたのかもしれない。でも浮かれ気分に酔いしれる自分を抑えきれなかったのだ。
 心底嫌いになったのなら、思い出すことすら嫌悪するはずなのに。
 なのにみゆき、自身の命をすり減らしてまで、男のことを思い焦がれる。
 そんなことはわかっている。わかってはいるのだけれど、でも気づきたくないのだ。

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2. 泣きたい夜に
 本文でも書いたように、ここからはもう少し穏やかなナンバーが続く。最初か最後にしか居場所のない「うらみ・ます」を抜きにして考えると、実質上これがA面トップと捉えてよいのかもしれない。でも曲調としては地味だよな。やっぱ2曲目で正解か。
 繊細なメロディを奏でるピアノと軽やかなマンドリンとのアンサンブルは、荒涼とした冒頭のムードを一掃する。研ナオコにハマりそうな歌謡曲セオリーのベタなメロディは、初期のどのアルバムに入れても遜色ないくらい、互換性が高い。後半に入ってから徐々に盛り上がるバンド・セットも、ブルース・タッチのヴォーカルとの相性は抜群。いやほんと研ナオコだよな、これって。
 でも肝心の、主役みゆきの声が暗い影を落とす。いつものアルバムならもっとアッケラカンと歌うところを、ここでは負のオーラが澱のように底で淀んでいる。「うらみ・ます」でのあからさまな世界的憎悪は、ここでも深く影を落としている。

 泣きたい夜にひとりはいけない

 そういたわってくれる「誰か」を欲するみゆき。でも、そんな「誰か」とはもう縁を切ってしまった。「子供の頃に好きだった歌を歌ってくれる」誰かもいない。
 そんな「誰か」なんていない。そんなことはわかっていながら、でもみゆきは丁寧に歌う。その声は、すでに泣き疲れてひどくしゃがれている。

3. キツネ狩りの歌
 能天気なピッコロ・トランペットによって奏でられるファンファーレ。2.まで余韻として残っていた「うらみ・ます」の重い空気を吹き飛ばす、みゆき風大人のお伽話。でも、歌われている内容は皮肉めいた暗喩に満ちており、どこか奇妙な明暗を落とす。
 軽快なアルペジオによる爽やかな叙情派フォーク・サウンドは、このアルバムの流れでは躁病的に映る。なので、A面はノン・コンセプトの小品集なのだ。
 昔聴いた時は、単なる寓話として受け止めていたけど、後になって、様々な暗喩を含んだ解釈を知るようになった。最終的な部分は結局、人それぞれになってしまうけど、大方の意見のように、70年代過激派の醜い内ゲバを描いたというのが、俺的には納得の落としどころ。

 キツネ狩りにゆくなら 気をつけておゆきよ
 ねえ グラスあげているのがキツネだったりするから ねえ

 志を共にした仲間であるはずなのに、実はスパイが紛れ込んでいることを知ってからは、互いに疑心暗鬼になり、みんながみんな、素知らぬ顔で互いの腹の内を探っている。そんなトラジコメディを冷笑多めに描いている。
 同じ情景を感傷的に歌ったのが「時代」であり、さらに直接的に切り込んだのが「世情」。何年もして回顧的に振り返ったのが「ローリング」と、みゆきにとっては時々思い出したかのように取り上げられる永遠のテーマでもある。
 ある意味、深刻なメッセージを込めた楽曲であるはずなのに、そんな周囲の小難しい解釈を笑い飛ばすかのように、夜会ではコーラス2名にピンクのウサギのぬいぐるみを着せ、キュートな振り付けを添えて歌詞そのまんま楽しげに歌わせてしまう。まるで深読みし過ぎて斜め上を見た評論家連中をあざ笑うかのように。

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4. 蕎麦屋
 もはや一心同体と言っても大げさじゃないくらい長い付き合いとなった、フォトグラファー田村仁とのとある日をモチーフに書き上げた、シンプルなアコギ弾き語りで紡がれる純正フォーク・ナンバー。みゆきのことだから多少の脚色はあれど、特別核となる出来事もなく、飾り立てもない日常。何てことのない蕎麦屋での会話が、素朴に訥々と語られる。

 あのね、わかんない奴もいるさって
 あんまり突然云うから 泣きたくなるんだ

 男と女の間に真の友情が成立するのかどうか、それを考えるとちょっと長いのでちょっと置いとくとして、この一節で、この距離感を活写できたのは、表現者としてピークにあったみゆきの観察眼の鋭さによるものが大きい。
 古い言葉で言えば「友達以上恋人未満」なのだけど、それともまたニュアンスが違う。少なくとも、両者の間に恋愛感情は介在していない。もしそれがあったのなら、そっと肩を抱いたり手を添えたりするのが自然だろうから。そういった距離感とは別のところで、この蕎麦屋的世界観は成立している。
 ―別に、どうしても蕎麦が食いたかったわけじゃない。ただ何となく、顔を合わせる理由が蕎麦屋だった、というだけだ。ほら、とんがらしかけ過ぎだってば。
 同じ友情でも、これが女同士だったらまた違ってくる。男との距離感が2次元的、対等な平面での位置関係だったとしたら、女性の場合は3次元、上下での位置関係が生まれてくる。
 「共感」の姿勢で向き合いながら、あれこれ根掘り葉掘り聞き出して、そして別れてから独り、ひそかにほくそ笑む。舌の根も乾かぬうち、他の女との話のネタにしたり、今だったらラインで拡散したりして。下に見ることによって、「共感」は「憐憫」や「嘲笑」に姿を変える。なので、女性同士の友情も同様、定義しづらいのだ。
 腹を割って話そうにも、言葉が見つからない。無理やり聞き出すつもりもない。どうせ口から出るのは、取りとめのないグチばかり。
 そんなことはわかってる。わかっているからなおさら、言葉は必要なくなる。ただ黙々と蕎麦をすすり、時々思い出したようなあいつのバカ話。それだけでいいのだ。
 ここまでがレコードではA面。B面で展開される世界観は、様相がガラッと変わる。

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5. 船を出すのなら9月
 様々な解釈を孕む、暗示めいた韻文が執拗に繰り返される。船がどこへ向かうのか、そして夏の終わりに何があったのか。明言されているものは何もない。初期のみゆきの楽曲の中では、「世情」と匹敵するほど難解で形而上学的な歌詞は、様々な解釈を産む。
 適わなかった恋は宙ぶらりんとなり、届くはずもない想いが綴られる。
 ―もうすべては終わってしまった。
 その声が誰にも届かなかったとして、でも、そんなことはもうどうでもよいのだろう。やるせない無常観は、みゆきの声を神経質に震わせる。
 この言葉たちはじっくり練り上げられたものなのか、それとも衝動的に趣くまま吐き出されたものなのか。いずれにせよ、ここで紡がれる言葉の重みは、気軽に聴き流されることを頑なに拒否している。「聴くなら真剣に向き合え」と。
 その言葉の求心力は、サウンドにも及んでいる。A面までは比較的、シンプルなフォーク寄りのアレンジだったのが、ここでは歌詞のバイアスに負けないハード・サウンドで飾り立てられている。時代性から鑑みて、Journeyをモチーフとしたアメリカン・ハード・プログレ的なアンサンブルが、打ちひしがれたみゆきのヴォーカルを盛り立てている。それくらい徹底しないことには、この言霊をねじ伏せることはできない。
 投げやりな喪失感から逃れるように、船は港を出る準備を始めている。それは9月。
 でも、ほんとに船は港を出るのか。そして、みゆき自身がそこまで待てるのか。
 もしかすると、そこまで躰が持たないかもしれない。

6. エレーン
 後藤次利作によるインタールードを経て紡がれる、ゆったりした4ビート。はっきりしたモデルを明らかにしないみゆきとしては珍しく、実在した人物にまつわる実際に起きた事件をモチーフに描かれている。後にみゆき執筆による短編集『女歌』でも、彼女のことは再度取り上げており、モチーフ以上の強いインスパイアを受けたことが窺える。
 当時、みゆきは生活の拠点をまだ札幌に置いており、仕事のたびに上京するというサイクルを繰り返していた。東京はあくまで仕事を行なう場所であって、そこで日常を営むことは考えになかったのだろう。そんな行ったり来たりがルーティンとなっていたみゆき、東京での定宿としていたホテルで起こった殺人事件を、傍観者を超えた立場から活写している。
 
 エレーン 生きていてもいいですかと 誰も問いたい
 エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない

 アルバムの主題であり、表現者としての業が吐き出した言葉。
 「うらみ・ます」は印象としてはネガティヴではあるけれど、「うらみます あんたのことを 死ぬまで」と、棄てられた男への負の情念が、皮肉にも生き続ける原動力となっていた。どんな理由であれ、「捨てきれない情」はマイナスのオーラへと昇華して、強いパワーをもたらす。ただここでは、そんな負の力は下向きへ作用する。だって、もう終わってしまっているのだから。
 蔑まれる生業につき、陰ながら人に嘲笑される生活。それは亡くなった後も変わらない。たかが1人、出稼ぎの娼婦が亡くなっただけじゃないか。誰も悲しまない、ほとんどの人は知ることもない、そんな都会の片隅で起こった小さなざわめき。
 ほぼ顔見知り程度だったはずのエレーン。みゆきの人生にとって、彼女は特別重要な存在ではなかったはずだ。多分、それは今でも変わらない。変わらないのだけど。
 ひとつ道を踏み外せば、誰もがみな、彼女の生き方をなぞったかもしれない。たまたま自分は日本人で、そして運が良いことに表現者となったけれど、人生なんてどうなるかわかったものじゃない。
 人に伝える術を持たない、名前さえほんとかどうか定かではない異国の女性に、どこに生きる希望があるというのか。

 けれど どんな噂より
 けれど お前のどんなつくり笑いより、私は
 笑わずにはいられない 淋しさだけは 真実だったと思う

 淋しげな横顔だけが真実だなんて、あまりにも無情すぎる。
 そして、ふと気づく。わたし自身にとっても、ここは異国だ、と。

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7. 異国
 そう、エレーンは明らかに異国の民であったけれど、みゆき自身もまた、どこにも居場所がないことに気づいたのだった。自分を受け入れる者がいなければ、そこは誰にとっても異国だ。
 誰でもよいわけではない。みゆきが渇望しているのは、「たったひとりの誰か」なのだ。その「誰か」から拒まれ、時を同じくして、顔見知りの外国人娼婦が不本意な形でこの世を去る。マイナスのシンクロニシティが一気にみゆきに降りかかり、そして―。
 アイデンティティの崩壊は、みゆきの暴走という形を取って、作品として結実した。
 人生をゼロサム的思考で例えると、この時期のみゆきは大幅なマイナスである。ただしこの時期を含めた80年代初頭の作品は、どれも鋭い刃のごとき切れ味を持っている。表現者としてアーティストとしては、大幅な飛躍をなし得たのも、この時期である。
 いいこともあれば、悪いことだってある。そう思い込んで、人はみな飲み込みながら生きている。そんなことはわかっている。頭ではわかっているのだけれど、納得はできない。理屈ではねじ伏せられない、情念はここでも燻り続ける。
 ―あいつに拒絶されたら、どこに行けばいい?
 「人生」に拒絶されたエレーンは、異議申し立てする機会すら与えられず、不遇の死を遂げた。わざわざ日本に来たりせず、自国でゆったり過ごしていられればよかったのに。でも、エレーンもまた「くにはどこかと」自問し続けた。いわば、私だってエレーンと同族だ。人生に拒否されるのも、あいつに拒否されるのも、いまの私にとっては等価だ。
 「まだありません」と俯きながら、みゆきは探し続ける。異国ではない、ほんとの死に場所を。でも、そんな所はどこにだってないのだ。
 数多いみゆきのレパートリーの中では数少ない、いまだステージで披露されたことのない楽曲である。当時のみゆきにとってはあまりに重すぎる命題だったし、今のみゆきにとっても、歌う情景が思い浮かばない。
 いつか歌う日が来るのだろうか。その日が来るのを待つのは、あまりに酷だろうか。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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