好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

甲斐バンド

物議をかもした最終作(最後とは言ってない) - 甲斐バンド 『Repeat & Fade』

100_UPC00600406772572 1986年にリリースされた、甲斐バンドとしては最後のオリジナル・アルバム。オリジナルと名うってはいるけど、実際のところはメンバー全員がそろってレコーディングしたものはなく、4人それぞれ個別のプロジェクトで制作した、4枚の12インチ・シングルを集めたものなので、一般的なオリジナルとはカウントしづらい。シブがき隊やELPでもあったよな、このスタイルって。
 全編オーソドックスなバンド・スタイルで製作されたのは、前作『Love Minus Zero』が最後である。Beatles で例えれば、『Abbey Road』的な完成度を極めた後、残務処理的な『Let It Be』を出した、と考えれば、ちょっとはわかりやすくなる。厳密な順番はちょっと違ってるけど、ざっくり言えばそんな感じ。
 まぁ、『Let It Be』ほどやっつけ仕事じゃないけど。

 メンバー全員の英知を結集して、ひとつのベクトルに沿って作られたアルバムではないので、いまだに位置づけがはっきりしない。正直、企画盤的な扱いとなっている、微妙なスタンスのアルバムである。
 当時の甲斐バンドのサウンド・メイキング力は、国内でもトップ・クラスだったため、収録されている内容・サウンドのクオリティはかなり高レベルではある。それなのに鬼っ子扱いされているのは、パッケージングも含め、イレギュラーなスタイルによる部分が大きい。
 東芝サイドも、そして甲斐バンドとしても、世間のそんな微妙な反応を無視できなかったのか、リリースからから1年半ほど経ってから、全曲甲斐よしひろヴォーカルに差し替えたコンプリート盤をリリースし直している。なんだコンプリートって、じゃあ未完成品を見切り発車で出したのかよっ、と突っ込みたくなってしまう。
 時期的に、解散プロジェクト終了の余韻が残っていた頃だったため、営業サイドからの要請もあったのだろう、と思ったのは、もうずっと大人になってから。当時の俺はまだ若かったため、「こんなに早く出し直すんだったら、もっと練り直してから出せよ」と思うばかりだった。業界の内情なんて知らなかったものね、当時は。

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 膨大なレコーディング期間をかけて制作された『Love Minus Zero』のプロモーション・ツアーを終え、甲斐よしひろはソロ・アルバムの制作に入る。ニューヨーク3部作を経て、ソングライター甲斐の成長が著しかったこと、それと同時に、バンドという枠組みに窮屈さを感じ始めていたことも、ソロ活動へ向かった動機のひとつである。
 甲斐バンドとしては発表しづらい楽曲、もっと言ってしまえば、これまで暗黙の了解で合わせてきた、大森・松藤の演奏レベルを想定した楽曲やアレンジに、もどかしさを感じていたと思われる。それはアーティストの成長過程として、避けられない事態だった。
 すでに『Gold』制作時点で、バンド内の衝突は燻りの段階を超えており、一触即発の状態が続いていた。理想とするサウンド構築のため、演奏レベルの要求が高くなる甲斐と、高邁な理想論に辟易する他メンバーたち。
 そもそも、ソングライターとミュージシャンとでは立ち位置が違うのだから、そのギャップは広がる一方。甲斐と甲斐以外、1対2の対立構造になっちゃうのは避けられない。

 そんな緊張状態を長く放置しておくわけにもいかず、甲斐が打開策として行なったのが、新たなメンバーの補充だった。従来メンバー間の緩衝材として、旧知の仲である田中一郎がARBから移籍してきたのだけど、まぁ根本的な解決にはならない。
 甲斐としては、バンド内で孤立してしまった自分の理解者として、彼を招聘したはずだったのだけど、考えてみりゃ、そんな状況下に急に放り込まれたって、やれる事は限られるよな。あくまでミュージシャンとして加入したのであって、調整役はメインの仕事ではない。Ron Woodの役割は、誰にでもこなせるわけではないのだ。

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 甲斐とは幼なじみであり、松藤とはアマチュア時代にバンドを組んでいたこともあって、決して知らぬ仲ではなかった、甲斐バンドと田中一郎。ARBと並行して、断続的にサポート・ギタリストとしてバンド・アンサンブルにも深く介入していたため、彼の加入は比較的スムーズに行なわれた。
 ただ疑問としてひとつ。彼の加入について、異論はまったくなかったのかどうか。
 普通に考えて、甲斐バンドのリード・ギターの多くは大森さんが弾いていたため、この時点でツイン・リードにする必然性は感じられない。そこまでギター・オリエンテッドな音楽性ではなかったし、第一、バンド・アンサンブル的に補充すべきなのは、長らく不在だったベース、それかキーボード系でしょ普通。
 この時点での甲斐の音楽性は、初期にリスペクトしていたStonesタイプのロックンロールではなく、もっと円熟味を増したAORテイストのコンテンポラリー・サウンドに移行していた。その過程で、相対的に薄くなったロック的初期衝動・ダイナミズムの補填として、古き良きギター・キッズ的なキャラの田中一郎が抜擢された、と考えれば、丸く収まる。甲斐側から見て。
 俺的には、田中一郎に対してそんなに強い思い入れはないし、また彼の存在が甲斐バンドに不可欠だったとも思えない。悪く言うつもりはないけど、でもタイミングが悪かったよな。音楽的に大きな貢献があったとは言い難いし、また、そこまでエゴを出せるほどの時間は残されていなかったし。
 田中一郎にとっても大森さんにとっても、得策とは言えなかったのが、この不可解な経緯をたどったメンバー補充である。

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 そんな大森さんが耳の不調を訴えたことによって、甲斐バンドの解散が決定する。
 事実上、レコーディングにおいても外部ミュージシャンの起用が多くなっており、極端な話、甲斐独りで甲斐バンドを名乗って継続することも可能だったのだろうけど、そうはならなかった。甲斐自身、バンドが修復不可能であることは薄々感じていたはずだったし、無理やり延命させる気力も失っていた。
 バンドの終焉、寿命を迎えつつあったことは、誰もが周知の上だった。大森さんの訴えはきっかけに過ぎず、遅かれ早かれ何らかの理由で、甲斐バンドのリタイアは必然だった。
 当時は、バンド内の衝突や不仲は公表されていなかったため、解散プロジェクトはあくまで前向きな姿勢で行なわなければならなかった。
 -どうやれば、キレイに終わることができるか。風呂敷のたたみ具合で、印象はガラリと変わってしまう。
 最終アルバムをどんな方向性にするのか、バンド内でも論議が重ねられた。

 とはいえ、ニューヨーク3部作終了時点で、甲斐バンドのサウンドは完成の域に達しており、現状のバンドのポテンシャルでは、それ以上のキャリア・アップは望めなかった。だからこそ、甲斐もソロの方向性を模索していたわけで、クール・ダウンしないと先に進めなかったのだ。
 バンドの結束力がおぼつかない状態では、スタジオに入ったとしても、ロクな仕上がりにならないことは明白だった。特に後期に顕著だった、甲斐よしひろ+バック・バンドというスタイルは、もう使えない。そのスタイルで押し切っちゃうと、コンポーザー甲斐のジャッジによって、スタジオ・ミュージシャンの演奏と差し替え、メンバーの痕跡はほとんど残らない結果となる。
 それじゃ、今までと何も変わらない。フェアウェル・アルバムとしては、あまりにも遺恨が残るし、第一ショボい。

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 様々な角度からの折衷案としての結果が、日本のバンドとしては前代未聞、個別プロジェクトによる幕の内弁当方式のアルバムだった。
 無理やりスタジオに入って顔を合わせたって、どうせ最大公約数的な無難な仕上がりになっちゃうんだから、それなら各自が責任を持って、それぞれ「俺が思うところの甲斐バンド」をやろうじゃないか―。誰が言い出しっぺだったのかは不明だけど、まぁこういったこと言い出すのは、だいたい甲斐だ。
 それぞれが4曲を持ち分として、甲斐バンドとして発表できるクオリティのものを作る。あとはすべて自由。
 4人もいれば、1人くらいはアバンギャルドを拗らせたり、変にスカしたモノを作っちゃったりするものだけど、全員、商業ベースに乗せられる作品に仕上げられたのは、さすがキャリアの長いミュージシャンたちである。まぁ自分名義で出すわけだから、そんなマニアックなモノは誰も作らないだろうけど。
 わざわざ言わずとも、ちゃんと甲斐バンド的なサウンドになるのは、長年培われた信頼関係によるものだろう。

 甲斐との緊張関係が最もシビアだったのが大森さんで、それは完成した作品にも如実に表れている。
 できるだけ、既存の甲斐よしひろサウンドとは距離を置きたかったのか、ほぼ全編ギター・インストでまとめている。もともとメイン・ヴォーカルを取ったことがない大森さんゆえ、下手にヴォーカル・トラックを入れると、甲斐との比較で分が悪いことは察していたのだろう。愛憎半ばとはいえ、彼のヴォーカルにはリスペクトしていたんだろうし。
 結果、フュージョン・テイストをベースとしながら歌心もある、ロックな高中正義的なサウンドを軸としている。シンセの使い方もうまいしね。

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 ヤンチャなロック小僧だった頃の甲斐よしひろをなぞる役割を担っていた、また担おうとしていたのが田中一郎だったのだけど、まだバンドに馴染む前に終焉を迎えてしまったのだから、持ち味を発揮するも何もない。AORに移行してからは、ちょっと落ち着き過ぎた感もあった後期甲斐バンドの起爆剤として、ここでは期待に応えるようなギター・キッズ的サウンドを展開しているのだけど、ロックとしては整理整頓され過ぎかな。
 ヴォーカリストとしては絶対的な存在である、甲斐が同じバンドにいるわけだから、同じ方向性を狙ったら見劣りしてしまうのは、これはもうしょうがない。どちらかといえばこの人、バンド・アンサンブルから誘発されるグルーヴ感が持ち味の人なので、きっちりまとめられたレコーディングには向かない人なのだ。
 もっと荒々しいライブ・テイクだったら、面白かったのに。

 で、その後期甲斐バンドに象徴される、非ロック的なAORサウンドとの相性が良かったのが、松藤の書くメロディである。この人のコード進行はルーティンから外れたところで鳴っており、カラオケでも歌いこなすのが難しい。ドラマーゆえの独特のリズム感覚なのか、シンコペーション多用による妙な譜割りが、アクセントとなって強い印象を残す。
 場合によっては、甲斐よりも引き出しの多いメロディ・メーカーなのかもしれない。

 で、甲斐。なんとここでは書き下ろし曲なし。過去のリメイクや提供曲のセルフ・カバーで構成されている。ラストとしては、なかなかの冒険だよな。穿った見方をすれば、将来リリース予定のソロ曲は温存しておいた、という風にも取れるけど、まぁそこまでゲスい真似はしなかったと思いたい。
 ―甲斐バンドというのは、甲斐よしひろのワンマン・バンドではない。メンバーそれぞれの英知を結集した、それぞれ切磋琢磨してきた集団である。
 フロントマンではあるけれど、独裁ではない。
 後期は勇み足が過ぎて、独断専行で動くことも多かったけれど、ここでは甲斐、各メンバーのショーケース的アルバムの狂言回しとして、敢えて一歩引いた役割を演じた。そういう意味でいえば、ここでの甲斐のポジションは正解だったと思う。

 だからこそ、余韻も醒めぬうちのコンプリート版リリースは、ちょっと失敗だった、としつこく思ってしまう俺。
 まぁ、オトナの事情なんだろうな。



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甲斐バンド
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-PROJECTⅠ(N.OMORI)
1. 25時の追跡(instrumental)
 ロック・バンドのアルバムのオープニングをインストで飾るのは、当時でもあまり例がないことだった。大森さんはこのプロジェクトにあたり久石譲をアレンジャーに起用、全編フェアライトCMIをフィーチャーしたシーケンス・サウンドをバックにギターを弾きまくっている。ある意味、『Repeat & Fade』のメイン・テーマとなったこの曲、後期甲斐バンドに象徴されるハードボイルド・タッチの硬質なサウンドが展開されている。
 曲間のSEが、当時流行っていたPaul Hardcastle 「19」を連想させ、時代を感じさせる。

2. エコーズ・オブ・ラヴ
 大森さんの特性であるSantana的情緒あふれるソロが大きくフィーチャーされている。この辺はちょっと高中っぽいかな。あそこまで軽くはないけど。
 大森さん楽曲での甲斐ヴォーカルは1.が選曲されているけど、正直、こっちに歌詞を載せてもらった方がはまったんじゃないかと思われる。

3. JOUJOUKA(ジョジョカ)
 当時はあまり知られていなかったけど、27歳の若さで夭折した、Rolling Stonesの元リーダー、Brian Jonesが生前、唯一残したソロ・アルバム『Joujouka』へのリスペクトして制作されたナンバー。
 とは言ってもStones風味もモロッコ風味もそれほど感じられず、どちらかといえばロックな喜太郎的なニューエイジな仕上がり。ちょっと刺激的なBGMとしては全然アリ。

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4. ロマン・ホリデー
 唯一アコースティック・ギターで全編押し通した、こちらも抒情的なナンバー。ギタリストのアルバムとしては、超絶プレイや早弾きをひけらかさず、あくまでトータル・サウンド+メロディというオーソドックスなスタイルを貫いている。
 ヴォーカルに自信があれば、Claptonくらいはイケたんじゃないかと思われるけど、まぁJeff Beck止まりだったんだろうな、きっと。

-PROJECTⅡ(H.MATSUFUJI)
5. O'l Night Long Cruising
 ここから松藤サイド。松藤のアプローチは、作曲はすべて自分、楽曲に応じた作詞家とそれぞれコラボしている。で、改めてクレジットを見ると、なんと作詞辻仁成。エコーズとしてはまだデビューしたてで、一般的にはほとんど知られていない頃。
 尾崎豊と同じカテゴリーで「若者の代弁者」的ポジションだったエコーズ=辻だったにもかかわらず、ここではやたら歌謡曲的なライト・ポップな無難な歌詞になっている。まぁ松藤がこんなサウンドでやりたかったんだろうけど、別に辻仁成じゃなくても、当時だったら売れっ子の康珍化あたりにオファーした方がよかったんじゃね?と余計な助言をしたくなってしまう。

6. サタニック・ウーマン
 ちょっとチャイナ・テイストの入ったエスニック風アレンジは、YMOでの客演でも有名なギタリスト大村憲司によるもの。ファンキーなカッティングにその片鱗が見られ、アンサンブルに勢いをつけるカンフル剤的役割の人だったんだな、と改めて思う。
 こうして聴いてみると、後期甲斐バンドのAORサウンドと親和性が深いのが松藤だったんだな、と改めて思う。甲斐のキャラクターが強すぎたため、どうしても目立たないけど、この時期にもう少し作品を残していれば、後年のシティ・ポップ・ブームにも乗ずることができたんじゃないかと思われる。

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7. レイニー・ドライヴ
 そんな松藤のシティ・ポップ性が最も発揮されたのが、このトラック。前曲に続き、松尾清憲作詞のナンバーで、俺的には松尾にとっての最高傑作だと思っている。とはいってもこれと「愛しのロージー」くらいしか聴いたことがないけど、歌詞のクオリティ、ここで描かれる世界観がたまらない。

 スピード上げ すべって行く 僕らの車 ハイウェイ
 煙る雨を 突き抜けたら 君は 自由になる
 僕にくれた やわらかな どんな優しさも
 アスファルトに こぼれてゆく みんな嘘になる

 最後のレイニー・ドライブ
 青ざめた過去の イルミネーション
 抱きしめた夜に もう 引き戻せない

 何げなく気だるい夜のドライブ・デート。別れる前のカップルなのか、それとも誰かと別れようとしている女とドライブしているのか、どちらとも取れる歌詞。危うげなバランスを平易な言葉で表すのは、相当なテクニックを要する。
 ちなみにシングルでは甲斐がヴォーカルを取っているのだけど、正直この曲については、甲斐の表現力の方が勝っている。松藤には悪いけど、ちょっと声質が甘いかな。



8. メガロポリス・ノクターン
 なぜか作詞は松山猛。業界フィクサー的な立場の人とどんなコネがあったのかは不明だけど、まぁプロの作詞家っぽい仕上がり。当時の稲垣潤一や安部恭弘辺りを連想させるシティ・ポップ的なアプローチは、今だからこそ再評価されてもいいくらい、古びていない。
 これもシングルでは甲斐ヴォーカルに差し替えられているけど、この曲は松藤ヴァージョンの方がいいかな。程よいサウンドの軽さとうまくマッチしている。

-PROJECTⅢ(I.TANAKA)
9. Funky New Year
 近年、一連の松田聖子ワークスと渡辺美里「My Revolution」でのアレンジで再評価の機運が高まっている、大村雅朗アレンジによるナンバー。シンセ・エフェクトの音色によって、大村アレンジということがわかる。でもこの人、やっぱり女性アーティストの方が合ってるのかな。ギターのハードさとシーケンスとの相性って、ちょっとミスマッチだな。

10. ジェシー(摩天楼パッション)
 ということで、ここで甲斐がヴォーカルとして参加。何か安心してしまう。ちゃんとした甲斐バンドだよな、やっぱり。
 作詞を担当したちあき哲也は当時、矢沢永吉との仕事で評価されており、男っぽい硬派な世界は甲斐のヴォーカルとも相性が良かった。他の人の言葉でもうまく咀嚼して、自分の歌にしてしまうところは、この人の得難い才能である。

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11. Run To Zero
 前曲と同じチト河内によるアレンジだけど、まさに静と動。この人も引き出しが多い。ロック・サウンドの経験値が多い分だけあって、ここでは無理なく自然にドライブ感あふれる演奏とヴォーカル。やっぱり田中一郎、バンド・スタイルが合ってるな。シーケンスとの相性はあんまり良くないことがわかる。

12. 悪魔と踊れ
 サックスもフィーチャーしたパワー・ポップ。あんまり相性の良くない大村雅朗アレンジながら、ドラムの音圧が強くなっている分、ギターに頼らずともバランスの取れたサウンドになっている。こんな方向性もアリだったかもしれないな、田中一郎。

-PROJECTⅣ(Y.KAI)
13. ハート
 もともとは1983年、女優高樹澪に楽曲提供したシングル曲のカバー。一応、初出ヴァージョンがYouTubeにあったので聴いてみたのだけど、まぁ歌謡曲的な仕上がり。考えてみれば彼女、その前年に「ダンスはうまく踊れない」が大ヒットしており、その勢いでリリースされたのがこの曲なのだけど、みんな知らないよね。俺も初めて聴いたし。
 ここでのヴァージョンはほぼオリジナル通り、肩の力を抜いたヴォーカルでまとめている。松藤同様、シティ・ポップ的な仕上がりを指向しているのだろうけど、やっぱり甲斐のヴォーカルは記名性が強く、ていうかアクが強い。無難なサウンドじゃキャラクターに太刀打ちできない。

14. オクトーバー・ムーン
 こちらも高樹澪提供曲のセルフ・カバー。基本アレンジはどちらも一緒だけど、リズムを強調したサウンドになると、やっぱりヴォーカル力の強い甲斐が勝る。そりゃ当たり前か。
 後期甲斐バンドを彷彿させるハードボイルドな世界感の歌詞と、歌謡曲を思わせるメロディ・ラインは、ニューヨーク3部作に入ってても違和感ないクオリティ。久石譲によるアレンジも抑制が効いており、ストイックかつポップな仕上がりになっている。ちょうどプロデュースを手掛けていた、中島みゆき『36.5℃』ともリンクしている。



15. 天使(エンジェル)
 オリジナルは1980年、「漂泊者(アウトロー)」の後にリリースされたアルバム未収録シングル。当時のテイクはなんか気の抜けた懐メロ調アレンジだったのだけど、ここでは力強くビルドアップされたロック・アレンジに補強されている。
 歌詞自体はほのぼのしたフォーク・ロック的な抒情さが漂っており、確かにオリジナル・ヴァージョンとの相性は良いのだけど、いややっぱりショボイな、オリジナル。ニュー・アレンジにして正解だった好例。

16. ALL DOWN THE LINE-25時の追跡
 ラストは一巡して、1.の大森さんギターを甲斐ヴォーカルに差し替えたヴァージョン。サウンドに基づいたハードボイルド・タッチの歌詞は、サウンドとの親和性が良い、とほんとは言いたいのだけど、いやミスマッチだな、これって。ヴォーカルが変に力入り過ぎ。最後を飾る曲ということは事前に決まっていたのだろうから、それを見据えたレコーディングだったのだろうけど、変にヴォーカル入れない方が良かったんじゃないかと思われる。
 ある意味、大森さんとしては「してやったり」って思っていたりして。どうだ、歌いこなせねぇだろ、って。






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必要な音を、必要な分だけ。 - 甲斐バンド 『Love Minus Zero』

folder 1985年リリース、11枚目のアルバム。この後、最終作と銘打たれてリリースされた『Repeat & Fade』が、各メンバーのソロ・プロジェクトを集めた変則的なスタイルだったため、実質的な最終作はこの『Love Minus Zero』になる。のちに、15年のブランクを経た再結成作『夏の轍』がリリースされることになるのだけど、この時点では甲斐バンドは封印、「永遠の過去」になるはずだった。それまでの甲斐の発言やライフスタイルからして、同じことを二度も繰り返すことはありえない、というのが衆目の一致するところだった。
 オリコン・シングルチャート最高4位をマークした「安奈」を最後に、甲斐バンドのセールスのピークは過ぎていたので、この時点でのアルバム・チャート最高3位という成績は、まぁ妥当なところ。
 すでにアルバムを主体としたバンド運営に移行していたし、特にこの時期の彼らは、セールスよりもむしろサウンドのクオリティを上げることにウェイトを置いていた。バタ臭いハードボイルド・タッチのサウンドは、おニャン子旋風真っ只中のオリコン・ヒットチャートとは相いれなくなっていたのだ。

 ニューヨーク3部作の2作目に当たる『Gold』製作中、甲斐バンドが深刻な解散の危機を迎えていたことは、後年、甲斐自身を含め関係者の口から明らかにされている。
 どんなにテイクを重ねても、従来メンバーの演奏スキルではサウンドに比類するクオリティには達せず、自暴自棄になるほど追い込まれていた甲斐は、いつ「解散」のひとことを切り出そうか思い悩むことになる。それをもう一歩のところで踏みとどまったのは、バンドを含めスタッフにも家族がいること、それらのしがらみをすべて無責任に放り出してしまうことは、情に厚い九州男児である甲斐にはできなかった。
 そんなギリギリの精神状態の中で『Gold』は完成した。

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 「ニューヨーク3部作」と称されているこの時代の作品だけど、素材のトラック自体は日本でレコーディングされたものであり、セッション・ミュージシャンもほぼ日本人で構成されている。ニューヨークでの作業はあくまで最終調整、ミックス・ダウンやマスタリングのみなのだけど、この辺は案外サラッと流されがちである。
 旧譜のリマスターを行なう際、現在のスタジオワークの主流であるDAWでは当時のニュアンスが再現しきれず、いまだヴィンテージ機材が主流である海外でのマスタリングは珍しくなくなったけど、稀代のエンジニアBob Clearmountainのスキルのみを求めてニューヨークへ向かう、というのは、当時としてもレアケースだった。
 好景気と円高傾向の恩恵もあって、80年代はちょっと名前が売れれば、猫も杓子も海外レコーディングを行なっていた。所属事務所に財力があれば、案外そのハードルは低かった。デビュー前の少女隊が、一流のメンツをそろえてロスでレコーディングできちゃったくらいである。「海外発」という箔づけが有効な時代だったのだ。
 単純にスタジオ経費が抑えられるというメリットの他に、女性アイドルならレコーディングのついでにグラビア写真集やイメージ・ビデオの撮影までできてしまう。ていうか、こっちの方がメインだったのかな。ギリギリまで睡眠時間を削った過密スケジュールをこなしてきたアイドルにとっても、ちょっぴりビジネス/ほとんどバカンス気分でリフレッシュでき、事務所的にも適度なガス抜きと節税対策でコスパはいいし。
 なんだ、みんなが喜ぶことじゃん、これって。

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 で、甲斐バンド。当然のことながら彼らがマンハッタンでヌード・グラビアを撮影することはなく、純粋にスタジオ作業で渡米したのだけど、考えてみれば本格的な海外レコーディングを行わなかったというのは、ひとつの疑問である。
 初期メンだったベースの長岡が抜けてからの甲斐バンドは、その後は欠員補充することもなく、ギター大森・ドラム松藤との3名体制で運営していた。PoliceやJamなど、世界的にトリオ編成のバンドは珍しいものではなかったけれど、フォーク・ロック的な色彩が濃かった初期ならいざ知らず、ニューヨーク3部作期のサウンド・メイキングは、とても3人でまかなえるものではなくなっていた。
 シビアで繊細な音づくりを信条とするBobのスタジオ・ワークに耐えうるサウンドを作り出すには、どうしても他者の手助けが必要となる。甲斐の要求するクオリティはアルバムを追うごとに高くなり、相対的に大森・松藤の出番は少なくなる。代わって外部ミュージシャンの起用は多くなっていった。

 最盛期には年300本前後のライブをこなしていた彼らだったけど、ニューヨーク3部作に突入する頃は「創作活動に専念する」という理由で、ライブの本数を極力抑えていた。都有5号地(のちの都庁建設地)や両国国技館など、これまで音楽イベントに使用されていなかった会場を使って世間に大きなインパクトを与えたのもこの時期だけど、そんな理由で実質的な本数は激減している。
 そういった状況だったので、何かと雑音の多い国内にこだわらず、まとまった時間を取って当時のBobの所属スタジオPower Stationでのレコーディングも可能だったはず。まぁ世界中からオファーが集中していたスタジオなので、長期間スタジオをキープすることが、物理的にも予算的にも難しかったんじゃないかとは思う。
 もし長期のレコーディングが可能だったとしても、必然的に在米のミュージシャンを起用することになり、メンバーとのポテンシャルの差が大きすぎる。当時の甲斐のことだから、メンバーがプレイしたトラックを冷酷に差し替えまくることもあり得る話である。
 そこまで行っちゃうと単なる甲斐のソロ・アルバムになってしまい、バンドとは呼べなくなってしまう。

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 『Gold』リリース後に行なわれた大規模ライブ「Big Gig」を終え、彼らは暫しの沈黙期間に入る。その間、甲斐バンドはデビューから所属していた東芝EMIと契約終了、新興レーベル・ファンハウスに移籍する。
 EMI内で日本のロック/ポップス部門のリリースを担っていたエキスプレス・レーベルを母体として始まったファンハウス、初代社長として就任したのが、そのエキスプレスを管轄していた新田和長である。甲斐バンドの担当ディレクターでもあった新田が独立した流れで、彼らも半ば引きずられる形で移籍することになる。
 アーティストがレーベル移籍するというのはよほどのことで、大抵は契約が切られたか、または好条件を求めて、そのどちらかである。特にデビューから何かと世話になった会社から抜けるとなると、それなりの覚悟が必要になる。
 EMI自体に取り立てて不満のなかった甲斐だったが、会社:アーティストの関係を越えて恩義を感じていた新田への義理を果たすため、ファンハウス行きを決断する。あくまで信頼関係に基づいての成り行きであって、ビジネス上での合意とは微妙にニュアンスが違ってくる。

 初期ファンハウスのアーティスト・ラインナップは、オフコースとチューリップが中心だった。他で目につくのは、「あみん」を解散して間もなかった岡村孝子。レーベル・カラーとしては、旧EMIのニューミュージック勢が多くを占めている。
 そんな中に甲斐バンドも名を連ねているのだけれど、正直、このメンツでは明らかに浮いた存在である。「キャリア的に前者2組と肩を並べている」という理由だけでキャスティングされている印象が強い。
 ファンハウスのメインとして新田が位置付けていたのは、オフコースである。その後の彼のインタビューでの発言も、小田和正のエピソードこそ多いけれど、甲斐について語ることはほとんどない。ビジネスマンの視点から見て、今後の収益面の期待値が大きかったのが小田だったのだろう。まぁ当時のポジションから見てもそうなるわな。

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 取り敢えず新レーベル設立にあたって頭数をそろえるため、他のアーティストとカラーは違うけれど、ネームバリューのある甲斐バンドにも声をかけた、というのが真相だったんじゃないかと思われる。事実、『Love Minus Zero』リリース後、甲斐バンドは解散宣言と共にEMIに復帰、しかも甲斐よしひろのソロ契約というおまけまでついている。
 結果的にこの移籍劇は、ファンハウス立ち上げのための名義貸し、ワンショットの契約だったのだろう。甲斐サイドから見れば、何のメリットもない移籍だったし。

 そんなゴタゴタした経緯の中、断続的かつ長期間に渡ってレコーディングは進められた。この時点で解散に関するミーティングは続けられていたし、甲斐のソロ・プロジェクトも水面下で進行していた。
 正直、他メンバーのテンションはダダ滑りだったんじゃないかと思われる。何度プレイしてもリテイクの連続、レコーディングは空転状態である。クオリティを高めるため、メンバーがプレイしたテイクは破棄され、外部ミュージシャンのプレイに差し替えられる。それでまた不協和音が生じ、レコーディングはさらなる遅延のループとなる。テンションも下がるよな、こんなんじゃ。
 そんな悶々としたバンド内不和の緩衝役として、以前からサポートで参加していた田中一郎が正式加入するのだけど、中立的な立場である彼を持ってしても、積年に渡ってこじれた歪みを解消することはできなかった。
 やりづらかっただろうな、どちらにとっても。

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 で、できあがった音というのは最高傑作と呼ぶに値する、恐ろしく高いクオリティで統一されている。「甲斐バンド」というドメスティックな先入観を抜きにすれば、世界レベルで充分戦えるレベルにまで到達している。
 前述したように、おニャン子旋風が吹き荒れていた当時のオリコン・ヒットチャートとはリンクしていないサウンドなので、バカ売れしたアルバムではない。DX7にまみれた同時代の音楽と違って、時代の風化にも耐えうる音ではあるけれど、多くの人を惹きつける魅力には薄いのだ。キャッチーなメロディーという点においては、ひとつ前の『Gold』が頂点だったし。

 『Love Minus Zero』は日本のミュージック・シーンの文脈で語るより、むしろ末期のSteely Dan、『Aja』や『Gaucho』と並べて語る方がわかりやすい。Donald FagenもWalter Becker も甲斐同様、サウンドにこだわり過ぎるあまり、初期のバンド・スタイルを徐々に解体、オリメンである司令塔2人を残して、外部ミュージシャンの組み換えで傑作を産み落とした。
 特に最終作『Gaucho』では、司令塔2人(とプロデューサーGary Katz)が完璧なサウンドを追求するがあまり、セッション・ミュージシャンらに対し、冷酷無比に膨大なリテイクを要求する。妥協なきスタジオ・ワークは、後世にまで語り継がれる作品として昇華したけれど、長きに渡る編集作業は2人の精神をすり減らし、完成と共にSteely Danに終止符を打った。

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 Dan同様、甲斐バンドもまた、完パケと共に解散を決定、リリース後は終焉に向けて動き出すことになる。
 気の進まない移籍騒動やら、思うように捗らないレコーディングやらで、バンドを取り巻く環境は決して良いものではなかった。逆に言えば、人間関係がこじれればこじれるほど、各々自身の作業に集中せざるを得なくなり、音楽的には高いクオリティを持つアルバムに仕上がった。
 バンド内のピリピリした緊張感を象徴するかのように、どの音も念入りに研ぎ澄まされ、ひとつひとつの音の粒立ちは良い。曖昧な響きがことごとく排除されているのだ。
 必要な音を必要な分だけ。足しもせず、引きもしない。
 そんな音が、『Love Minus Zero』には収められている。


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1. 野獣
 1984年リリース、『Love Minus Zero』からは2枚目の先行シングル。前述したように、この時代になるとシングル・ヒットは眼中になかったため、オリコン最高53位という成績には何の関心もなかったと思われる。
 ボクシングを題材とした曲といえば、アリスの「チャンピオン」が真っ先に思い浮かぶけど、谷村新司が引退間近のロートル・ボクサーのペシミズムを主題にしていたのに比べ、ここでの甲斐は脂の乗った現役ボクサー、ギラついた渇望と暴力的な肉体性を取り上げている。
 70年代ブリティッシュ・ハード・ロック的なギター・リフを基調としたシングル・ヴァージョンでは、ライト・ユーザーへの配慮も窺える「ロック」な仕上がりだったけど、ほぼ同時にリリースされた12インチ・シングル並びにアルバム・ヴァージョンでは、歌詞世界とリンクした、バイオレンスな質感となっている。
 シングルでの各パートが横並び・等間隔に配置されているのに比べ、冒頭のスラップ・ベースやギター、そのどれもがコントラスト鮮やかな音像に仕上がっている。イントロだけ聴くと、まったく別の曲のようである。
 「ミックスダウンとは何ぞや?」という問いかけに対する模範解答とも言えるナンバー。



2. 冷血(コールド・ブラッド)
 『Love Minus Zero』発売1か月前にリリースされた、本来の意味合いに最も近い先行シングル。そんな何枚も出すモノじゃないよな、先行発売って。オリコン最高43位は1.よりちょっと上がってるけど、まぁこの結果にもさして関心はなかったと思われる。
 Truman Capoteの同名ノンフィクション・ノベルからインスパイアされたタイトルだけど、クライム・ノベル的な短編小説的世界観の意匠だけ使って、内容はまったく別モノ。Capoteは死刑囚への緻密な取材に基づく人格解剖だったしね。
 抑制されたドライなサウンドをバックに、甲斐のヴォーカルは少し引き気味にミックスされている。サウンドと言葉とが等価で配置され、凄惨な世界観はギリギリのところでポップの側に踏みとどまっている。これまで甲斐の書いた楽曲の中でも、ハードボイルド・テイストが最も高い曲。



3. フェアリー(完全犯罪)
 「Big Gig」終了間もなくリリースされた、『Love Minus Zero』プロジェクトの最初を飾る「先行シングル」。もう何枚目だよ。
 1.2.のハードボイルド・タッチから一転、シングル・チャート意識したポップ・ロック的なサウンドは、案外ファンの間でも人気が高い。この曲のみミックスを、Bobと同じパワーステーションのエンジニア、Neil Dorfsmanが手掛けている。多分、Bobのスケジュールが合わなかったため、代役として彼が指名されたのだろうけど、いやいや彼もなかなかの実績を持っている。Sting 『Nothing Like the Sun』、Dire Straits 『Brothers In Arms』、Paul McCartney 『Flowers In The Dirt』と、80年代の重要アルバムを数々手がけており、Bobと比肩するポテンシャルの持ち主である。
 「最初は遊びで付き合ってたつもりが、いつの間にかこっちが本気になってしまった挙句、捨てられて呆然としている」といったシチュエーションは、甲斐にしては珍しく受け身の設定。ハードボイルドを謳ったアルバムの中では異彩を放っているけど、サウンドのトーンはアルバム全体と調和しているので、違和感は感じられない。こうやって全体像を見据えた処理能力は、やはり世界のパワーステーション。



4. キラー・ストリート
 バンドっぽさを感じさせる、ファンキーなリズムのロック・チューン。レコードではA面ラスト、シングル・カットされた冒頭3曲のインパクトが強かったおかげで損なポジションだけど、年を経てから聴いてみて、最も甲斐バンドらしさが残っているのがこれ。「ハードボイルド」と銘打ってちょっとよそ行きっぽかった甲斐のヴォーカルも、ここでは変な気取りを捨ててきちんとロックしている。
 しかし、無国籍感ぱねぇな。リアル北斗の拳的な歌詞もそうだけど、この曲に限らず、サウンド自体も同時代のアーティストとのリンクがない。やっぱオンリーワンだったんだな。

5. ラヴ・マイナス・ゼロ
 もともとは甲斐がソロ用にストックしてあった曲をバンド・アレンジして制作されたミディアム・ナンバー。解散ライブを収録したアルバム『Party』ではラストに収録され、「君から 愛を取れば…」と歌い残してステージを去った。アルバム・リリースから半年経ってからシングル・カットされたため、オリコン最高88位と振るわなかったけど、ファンの間ではヒット曲よりもむしろこちらの方が人気が高い。歌詞・メロディ・アレンジとも、最も時代におもねることなく、風化せず生き残っている。
 4.同様、サウンドは無国籍感が支配する。俺がイメージするのは、なぜか東南アジアの喧騒に満ちた夜のマーケット。行ったこともないのに、想うのはいつもそこ。多分、聴く者それぞれの「Love Minus Zero」的世界観を想起させるのだろう。



6. デッド・ライン
 アメリカン・ハードロック的な大味のポップ・ロック。時折隠し味的に響くシモンズが時代を感じさせ、軽やかなサックスは心地よく響く。でも面白みにはちょっと欠ける。『Gold』のアウトテイク的な親しみやすさはあるけどね。

7. Try
 で、こちらはサウンド的にCarsを思わせるシンセ・ポップ。歌詞はステレオタイプのロックンロール。まぁこんなのもできちゃったんで的な、アルバム・コンセプトとはちょっとズレてる感がハンパない。要するに、ちゃんと聴いてなかったんだよね。改めて聴いてみても、歌詞がちょっと書割りっぽくて馴染めないな

8. 悪夢
 作曲:田中一郎、作詞甲斐による共作。ここでのヴォーカルは甲斐が取っているけど、シングルでは田中が歌っている。両方を聴き比べてみると、田中のヴォーカルはニュアンスの表現が甘く、やはり手練れの甲斐のヴァージョンに軍配が上がる。色艶が違うんだよな、表現力の差というか。
 初参加ということもあって、ここでの田中は実力をまだ十分に発揮しきれないでいるけれど、次作『Repeat & Fade』ではストレートなロックンロールだけに収まらないバイタリティが開花する。するのだけれど、そこでバンドは終止符を打っちゃったのが惜しい。

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9. 夜のスワニー
 このラスト曲と8.のみが、バンド全員でのセッションによって制作されている。他の楽曲はトラックごと個別にレコーディングされているのだけれど、寄りによってバンド・マジックが生まれづらそうなこの曲を選んでしまうところに、バンド内の軋轢を感じさせる。
 以前も書いたのだけど、アレンジがElvis Costello 「Inch by Inch」そのまんま。Costelloがリリースしたのが1984年なので、シンクロニシティだインスパイアだオマージュだとは恥ずかしくて言えないくらい、それほどそっくり。聴いた当時はカバーだと思っちゃったくらい。
 透徹としたアーバンな世界観が巧みに表現されているだけに、ちょっともったいない。



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80年代日本のロックの完成形のひとつ - 甲斐バンド『Gold』

folder 1983年リリース10枚目のオリジナル・アルバム。オリコン最高8位というのは中途半端な成績。もうちょっと売れてると思ってたんだけどな。
 今じゃすっかり懐メロカテゴリに分類されるようになった甲斐バンド、一般的な認知度で言えば”HERO”の人であり、次に”安奈”の人である。どちらもニューヨーク3部作以前に製作されたナンバーであり、歌謡ロックの「静」と「動」両面を巧みに表現している。明快なサビとドラマティックな構成は、オルタナティブ一辺倒だった日本のロックの中では異色の存在だった。
 ただその後の彼らの方向性は、シングルよりもむしろアルバム重視の志向が強くなり、結果的にわかりやすいヒット・チューンからは距離を置くようになる。独立事務所「ビートニク」を立ち上げて間もなかった頃の彼らとしては、運営資金調達のためにもヒットは欲しかったと思われるけど、 ここら辺は東芝EMIとの方針の食い違いもあったかと思われる。
 事実、このアルバム・リリース後、彼らはEMIとの契約を解消、そのEMIディレクター新田和長によって設立された新レコード会社「ファンハウス」へ移籍することになる。

 従来の歌謡ロックからの脱却を試みたはいいけど、悪い意味でのドメスティックさが抜けきれなかった甲斐バンド、試行錯誤の末、ついに巡り会えたのが、ニューヨークのパワー・ステーション・スタジオのメイン・エンジニア、Bob Clearmountain の創り出す、各パートのメリハリがついたダイナミズムあふれるサウンドだった。その発端となったシングル”破れたハートを売り物に”は、従来の歌謡ロックのエッセンスと、新機軸として打ち出したポリリズムを軸とした強いビート、強靭さとナルシシズムを活写した歌詞とのハイブリッドが顕在化した力作だった。
 その延長線上で制作された前作『虜』もまた、アップテンポの作品は主にハードボイルドなタッチを強調していたけど、敢えて難を言えば、バラード系に情緒的なウェットな質感が残り、どこか徹底しきれていない部分があった。それでも充分、当時の日本のロック・サウンドとしては規格外のクオリティではあったのだけど、ベテラン・バンドとしてのポテンシャルに秘められた伸びしろ、また削ぎ落としてゆかねばならない部分があったのも確かである。

 そこから1年後、日本のヒット・チャートでは必須要素となる適度な泥臭さを拭い去り、ドライな質感を追求していった結果、『Gold』はこれまでに前例のないロック・サウンドで埋め尽くされていた。アメリカでミックスされたはずなのに日本人の感性に訴えかけるメロディ・ラインを持ち、かといって日本のロック特有のブルースやハード・ロックの臭みも感じられない、甲斐バンド・オリジナルのサウンドが形成されていた。

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 これが次作『Love Minus Zero』になると、さらなるサウンド・クオリティの追求によって各パートの別録りが多用され、グルーブ感の薄い人工的な音像が強くなる。これまでもストーリー性に定評のあった歌詞世界は、ナルシシズムな世界観に大人の男のリアリティが加わったことによって、濃密な短編小説を思わせるほどの完成度になった。すべてのパートに高い完成度を追求していった結果、『Love Minus Zero』は甲斐バンド・サウンドの到達点となった。なったのだけど、そこで奏でられるサウンドは、透徹としたガラス細工の如く繊細で、従来のファンにとっては「よそ行き」のように響く。
 「抒情的」とさえ言えた”ポップコーンをほおばって”から、随分遠いところに来てしまった甲斐バンドの、まだロック・バンドとしての面影が残るギリギリのラインが、この『Gold』だった、という見方ができる。

 このニューヨーク3部作期の甲斐バンドの評価は高く、唯一無二のロック・バンドとしてのカリスマ性を強めていた頃だったのだけど、バンド内部では一触即発の状況が続き、決して一枚岩ではなかったことが、当事者及び関係者の証言で明らかになっている。
 結成から10年経っているバンドなので、どれかひとつが原因というわけではないだろうけど、主だったものとしては、アーティストとしての覚醒が著しかった甲斐と比して、他メンバーとのモチベーションの落差が挙げられる。ある意味、音楽バカになっていた当時の甲斐と、安定した収入とポジションに満足していた演奏陣とでは、次第に方向性のズレが明確になりつつあった。
 そういった事情もあって、『Gold』では相当な割合で外部ミュージシャンの起用が多くなっている。この時点での甲斐バンドの正式メンバーは、ヴォーカル甲斐の他、ギターの大森信和とドラムの松藤英男の3名のみ。これまでもバンドの編成上、ある程度の外部委託は行なわれていたのだけど、ベーシックなリズム・セクションではシーケンスの打ち込みが多用され、メインのギター・ソロもスタジオ・ミュージシャンが弾いていたりする。大人数を必要としないバラードに至っては2人が参加していないトラックもあり、バンドのアイデンティティが大きく揺らいできた頃である。

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 かと言って、彼ら2人の演奏力が特別劣っていたわけではない。70年代から活動しているバンドマンなら誰でも、年に100〜200本のライブは当たり前、場数を踏んでいる分だけ嫌が応にもテクニックは向上していた時代である。まだエンタテインメントとしての演出が確立されていなかった時代のライブは、当然スケジュール通りに進行するはずもなく、予想もつかないハプニングの連続だった。なので、突発的なアクシデントにも対応できるスキルは充分持っていたはず。取り敢えず何とか形にしてしまうような器用さは、誰でも持ち合わせていた。ただし、じっくり腰を据えたレコーディングとなると事情は違ってくる。
 初期の歌謡ロックの文脈での演奏スタイルなら、これまでのノウハウでどうにかなる。あくまで歌を引き立たせるためのバッキングだ。サウンドの自己主張もさほど要求されず、むしろ個性は控えめな方が良い。でも、ニューヨークへ目を向けることで方針はガラリと変わった。
 サウンドにこだわりを持った分、各パートにハイレベルなプレイヤビリティが要求されることになる。正確なリズム・キープや運指は当然として、もっと強い個性、自己主張の強い音が必要になる。ハイハットのアタックのコントロール、ピッキングの強弱加減など、細かいところにも目を配ったり、ちょっとした気の持ち方ひとつでサウンドは激変する。
 かつてBobが手がけたStonesやSpringsteenと同じクオリティを求めてニューヨークへ立った甲斐、選りすぐりのサウンドを携えてミックス・ダウンしてもらったところ、思ってたのとどこか違う。『虜』の時は、従来の自分たちのサウンドが変わったことだけで満足していた。しかし、今は違う。もっと高みを望んでいるのだ。それにしては音がショボい。脆弱なのだ。
 以前だったらレコーディング環境のせいにできたけど、ここではもうそれは通用しない。最終的な飾り付けや器に最高級のモノを揃えたことによって、肝心の素材のアラが目立ってくるのは、当然の帰結だった。

 そういった諸々のマイナス要因をプラスに転化して、メンバー間でもガチでせめぎ合う緊張感にあふれたリアル・ファイトが展開されているのが、この『Gold』というアルバムである。いろいろ思うところもあったメンバーの心境も察せられるけど、「良い作品を作る」という共通のベクトルを持つことによって、メンバー全員のエネルギーとアイディアとがここの結集されている。
 どのバンドにも言えることだけど、気心の知れた仲間達による和気あいあいとしたセッションほど、つまらないものはない。ベテラン・バンドの熟練の技を堪能するのも時にはいいけど、現役バンドが行なうことではない。そこで歩みは止まってしまう。
 これ以降の作品、『Love Minus Zero』はバンド・サウンドの追求というより、甲斐よしひろ個人思うところの理想のサウンド、そして最終作『Repeat & Fade』は、個々のメンバーのソロ・プロジェクトのオムニバスという形になっているので、運命共同体的なバンドとしてのサウンドの到達点が、この『Gold』だったんじゃないかと思うのだ。


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1. GOLD
 ゴージャス感満載のストレートなロック・サウンドでスタート。Stonesのソウル風ナンバーのフォーマットを借りて、甲斐バンド・オリジナルのテイストが付与されている。そこにチグハグさを感じさせないのは、充分に練り上げられたサウンドの中を自由に行き来するヴォーカル甲斐の自信のあらわれ。
 アルバム・リリース後にシングル・カットされているけど、目立ったチャート・アクションではなかった模様。まぁいいよな、そんなのどうでも。

 いつか二人も死ぬ
 この輝きと引き換えに  
 命も愛も死んでゆく
 流す涙の跡もない
 甘い夢も消えゆき
 二度と見ることもない
 体も顔も崩れていく
 あせたGoldになっちまう

 ポジティヴなサウンドでありながら、こんなドキッとする一節を普通に入れてしまう、当時の甲斐のマッチョイズムの裏に隠されたペシミズムが垣間見える歌詞。こういったところが、甲斐を信用できる所以なのだ。

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2. ボーイッシュ・ガール
 タイトルの印象からは、男装の麗人か色気のない女を歌ってるように思われるけど、聴いてみると内容はシンプルなラブ・ストーリー。ネタバレになっちゃうので、内容は実際に聴いてみて。
 これまでもストーリーテラーとしての側面を強く打ち出していた甲斐だったけど、ここでは日本のアーティストとしては珍しく、ハードボイルド・タッチの文体を確立している。従来の散文調から一転、歌詞を目で追うだけでも成立してしまう、充分完成された短編小説のよう。
 80年代のアメリカン・ハード・ロックを基調としたギター・オリエンテッドなサウンドの響きは硬質で、ウェットな情緒を余計なものとして巧妙に排している。

3. シーズン
 先行シングルとしてリリースされ、オリコン最高23位まで上昇。サントリーのカクテルのCMソングとして、このアルバムの中ではそこそこ一般的に認知度が高い。
 ここで収録されているのは、シングルとは別ヴァージョン。もちろん好き好きはあるだろうけど、圧倒的に人気があるのはこちらのアルバム・ヴァージョン。国内でミックスされたシングル・ヴァージョンでは、モッサリしたサウンドでキレが弱い。
 ドライで愛想のないサウンドが多いこのアルバムの中、ここでは甲斐のポップ・センスが良い方向に結実している。なので、カラオケで歌うとちょっと気持ちいい。



4. マッスル
 多分、甲斐バンドを構成する要素の中でも男性的な部分、それがサウンド・歌詞とも明確に具現化されたのが、この曲。
 敢えて限定されたストーリー性をはずし、「鋼鉄の魂」という強い言葉を軸に、普遍の愛を歌う。直接的なタイトルから、マッチョイムズ礼賛のように思われてるけど、主人公はまだ「鋼鉄の魂」も「本物の愛」も手に入れてはいない。主人公である男が好きな女に「それ」が必要だと訴えかけているだけで、女がそれを受け入れているのか、それについては書いていない。どこか独りよがりな視点、男なら誰でも抱くエゴが炸裂している。
 かつて甲斐がNHK「サウンド・ストリート」のパーソナリティを務めていた際、この曲がリクエストでかかり、「キン肉マン」のテーマ・ソングとして相応しい、とか何とか言ってたような記憶がある。確かにこの曲がアニメのオープニングかエンディングで使用されていたのなら、双方の歴史は変わっていたのかもしれない。



5. ムーンライト・プリズナー
 A面ラストは変則的な8ビート、ソリッドな風合いのロックンロール。歌詞はちょっとホラー・チックなストーリー仕立て。
 大抵、アルバムA面ラストと言えばバラードと相場が決まってるところに、敢えてこういったアッパー系を突っ込んでくるところに、彼らのチャレンジ・スピリットを感じさせる。
 ほぼ日本語で埋め尽くされた歌詞であるはずなのに、テンポもノリも良くてリズム的な違和感を感じさせない、奇跡のようなナンバー。

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6. MIDNIGHT
 従来のドメスティックなウェット感を残しながらも、アコギの音の分離の良さがベタにならぬよう踏みとどまっている、後期の名バラード。
 ハードボイルドなマッチョイズムが支配していたA面に対し、B面では大人の男性の別の一面、切なさや弱さも多彩に描いている。この時期の甲斐自身、プライベートでは再婚によってひとつの転機を迎えていたため、ある意味ドキュメント・タッチ、既婚男性にとっては身につまされるストーリーを展開している。

 2人一緒になり 暖かい家を持つ
 だけど不安にかられ 灯りを消した部屋で
 じっと座っている ことがある

 初めて聴いてから四半世紀が経過し、こういったフレーズの意味が身に染みるようになった。頭で「わかる」のではない。経験として実感として「体感」できるようになったのはつい最近。

 Midnight 男が泣いてる声が聞こえるか
 Midnight 真夜中に声も出さず泣く声が

 荒々しいバイオレンス的なイメージだったこの頃の甲斐バンド、そんな中でこういった素の一面を見せたことは、逆に強さの証明としてファンに高く評価された。地味だけど、ずっと歌い継がれるべきナンバー。

7. 危険な道連れ
 再びハードボイルド・タッチのナンバーが続く。ソウル・テイストも入ったロック・ナンバー。改めて聴いてみるとこのアルバム、ソウル色が強いよな。
 余談だけど、甲斐よしひろが人生最初に組んだバンドの名前はNorman Whitfield。名門ソウル・レーベルのモータウンにて、ベテランのソウル・グループTemptationsを素材に、プログレ的な「サイケデリック・ソウル」を提唱して”Papa was a Rolling Stone”などの異色作を連発したプロデューサーの名前からインスパイアされている。そういったアウトロー的な姿勢に惹かれたのだろうか。
 ならず者の彼女の手を引いて逃げる男、そもそも何から逃げようとしているのか、そして逃げる先とは一体?
 ここでの甲斐はそこまで親切に語っていない。説明的ではない簡潔な文体を手に入れたことによって、キレイにまとまったエンディングは必要ない。あるのは切り取られた状況、それをいかにリアルに活写するか、そこが重要視されている。

8. SLEEPY CITY
 重くリズミカルなドラム・ロールでスタート、ファンク・テイストのリズムに乗せて歌われるのは、バブル前夜を想起させるチャラい饗宴を、伝統的なロックンロールの文脈で描いている。まぁ深く考える歌詞でもないので、勢い一発の曲と思えば良い。あまりに単純な歌なので、正直思い入れは薄い。でも、ライブだと盛り上がる。

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9. 胸いっぱいの愛
 こちらもStonesタイプのロックンロールでありながら、ソウル色が強い。と思ってたら、そうか、”トランジスタ・ラジオ”と同じ構成か。今ごろになって気がついた。
 なので親しみやすくキャッチーな、それでいてロック的なスケール感も表現されている、甲斐バンド・サウンドの完成形。中盤のブレイク、イイ感じで泣いているギター・ソロ。すべてが完璧。

 果てない闇の先で 今夜お前と死にたい
 胸いっぱいの愛で お前と

10. 射程距離
 ほぼリズム・ボックスとシンセ・エフェクトのみで構成された、これまでにないほどシンプルなナンバー。以前もアコギ1本の弾き語りというスタイルはあったけど、そのシンプルさはあくまでバンド・サウンドのバリエーションのひとつとしてであって、ここまで他者の介在をシャットアウトしたナンバーは初めてだった。
 なので、ほぼ甲斐のソロ・ナンバーと思ってもらっても良い。ニューヨーク・ミックスによってスカスカ感はないけど、ほんとデモテープみたいなサウンドだから。
 バンドでのプレイを前提として作られていないだけあって、メロディ・ライン、構成ともこの時期最高のクオリティに仕上がっている。バンド・アレンジを考慮しない分、基本の楽曲にごまかしは効かない。逆に言えば、ソングライターとしての自信のあらわれがここに示されている。

 くだけ散る西陽と 淡い闇が重なり
 2人そこでため息 夢は射程距離

 カーテン下ろすのは
 銀の波が閉じる前の準備 
 夢は射程距離

 抽象的なイメージの羅列でありながら、その空気感を感じ取ることができるのは、恐ろしいほどの言葉の力、そしてシンプルなアレンジの賜物。甲斐バンドを通り越して、80年代の日本のロックの中でも有数のレベルに達している。




 “安奈”や”HERO”の二番煎じを、もっとクドイくらいにしつこく打ち出していれば、一時のチャゲアスくらいのポジションには行けたかもしれないけど、彼らはそれを潔しとしなかった。
 遥か遠い目標へ向かって、進めるだけ進んで力尽き、前のめりにぶっ倒れる方を選んだのだ。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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