甲斐バンド

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

必要な音を、必要な分だけ。 - 甲斐バンド 『Love Minus Zero』

folder 1985年リリース、11枚目のアルバム。この後、最終作と銘打たれてリリースされた『Repeat & Fade』が、各メンバーのソロ・プロジェクトを集めた変則的なスタイルだったため、実質的な最終作はこの『Love Minus Zero』になる。のちに、15年のブランクを経た再結成作『夏の轍』がリリースされることになるのだけど、この時点では甲斐バンドは封印、「永遠の過去」になるはずだった。それまでの甲斐の発言やライフスタイルからして、同じことを二度も繰り返すことはありえない、というのが衆目の一致するところだった。
 オリコン・シングルチャート最高4位をマークした「安奈」を最後に、甲斐バンドのセールスのピークは過ぎていたので、この時点でのアルバム・チャート最高3位という成績は、まぁ妥当なところ。
 すでにアルバムを主体としたバンド運営に移行していたし、特にこの時期の彼らは、セールスよりもむしろサウンドのクオリティを上げることにウェイトを置いていた。バタ臭いハードボイルド・タッチのサウンドは、おニャン子旋風真っ只中のオリコン・ヒットチャートとは相いれなくなっていたのだ。

 ニューヨーク3部作の2作目に当たる『Gold』製作中、甲斐バンドが深刻な解散の危機を迎えていたことは、後年、甲斐自身を含め関係者の口から明らかにされている。
 どんなにテイクを重ねても、従来メンバーの演奏スキルではサウンドに比類するクオリティには達せず、自暴自棄になるほど追い込まれていた甲斐は、いつ「解散」のひとことを切り出そうか思い悩むことになる。それをもう一歩のところで踏みとどまったのは、バンドを含めスタッフにも家族がいること、それらのしがらみをすべて無責任に放り出してしまうことは、情に厚い九州男児である甲斐にはできなかった。
 そんなギリギリの精神状態の中で『Gold』は完成した。

diveblueheaven-img600x450-1449395878ylnxaw2760

 「ニューヨーク3部作」と称されているこの時代の作品だけど、素材のトラック自体は日本でレコーディングされたものであり、セッション・ミュージシャンもほぼ日本人で構成されている。ニューヨークでの作業はあくまで最終調整、ミックス・ダウンやマスタリングのみなのだけど、この辺は案外サラッと流されがちである。
 旧譜のリマスターを行なう際、現在のスタジオワークの主流であるDAWでは当時のニュアンスが再現しきれず、いまだヴィンテージ機材が主流である海外でのマスタリングは珍しくなくなったけど、稀代のエンジニアBob Clearmountainのスキルのみを求めてニューヨークへ向かう、というのは、当時としてもレアケースだった。
 好景気と円高傾向の恩恵もあって、80年代はちょっと名前が売れれば、猫も杓子も海外レコーディングを行なっていた。所属事務所に財力があれば、案外そのハードルは低かった。デビュー前の少女隊が、一流のメンツをそろえてロスでレコーディングできちゃったくらいである。「海外発」という箔づけが有効な時代だったのだ。
 単純にスタジオ経費が抑えられるというメリットの他に、女性アイドルならレコーディングのついでにグラビア写真集やイメージ・ビデオの撮影までできてしまう。ていうか、こっちの方がメインだったのかな。ギリギリまで睡眠時間を削った過密スケジュールをこなしてきたアイドルにとっても、ちょっぴりビジネス/ほとんどバカンス気分でリフレッシュでき、事務所的にも適度なガス抜きと節税対策でコスパはいいし。
 なんだ、みんなが喜ぶことじゃん、これって。

04151256_4da7c1db97833

 で、甲斐バンド。当然のことながら彼らがマンハッタンでヌード・グラビアを撮影することはなく、純粋にスタジオ作業で渡米したのだけど、考えてみれば本格的な海外レコーディングを行わなかったというのは、ひとつの疑問である。
 初期メンだったベースの長岡が抜けてからの甲斐バンドは、その後は欠員補充することもなく、ギター大森・ドラム松藤との3名体制で運営していた。PoliceやJamなど、世界的にトリオ編成のバンドは珍しいものではなかったけれど、フォーク・ロック的な色彩が濃かった初期ならいざ知らず、ニューヨーク3部作期のサウンド・メイキングは、とても3人でまかなえるものではなくなっていた。
 シビアで繊細な音づくりを信条とするBobのスタジオ・ワークに耐えうるサウンドを作り出すには、どうしても他者の手助けが必要となる。甲斐の要求するクオリティはアルバムを追うごとに高くなり、相対的に大森・松藤の出番は少なくなる。代わって外部ミュージシャンの起用は多くなっていった。

 最盛期には年300本前後のライブをこなしていた彼らだったけど、ニューヨーク3部作に突入する頃は「創作活動に専念する」という理由で、ライブの本数を極力抑えていた。都有5号地(のちの都庁建設地)や両国国技館など、これまで音楽イベントに使用されていなかった会場を使って世間に大きなインパクトを与えたのもこの時期だけど、そんな理由で実質的な本数は激減している。
 そういった状況だったので、何かと雑音の多い国内にこだわらず、まとまった時間を取って当時のBobの所属スタジオPower Stationでのレコーディングも可能だったはず。まぁ世界中からオファーが集中していたスタジオなので、長期間スタジオをキープすることが、物理的にも予算的にも難しかったんじゃないかとは思う。
 もし長期のレコーディングが可能だったとしても、必然的に在米のミュージシャンを起用することになり、メンバーとのポテンシャルの差が大きすぎる。当時の甲斐のことだから、メンバーがプレイしたトラックを冷酷に差し替えまくることもあり得る話である。
 そこまで行っちゃうと単なる甲斐のソロ・アルバムになってしまい、バンドとは呼べなくなってしまう。

20070804224857

 『Gold』リリース後に行なわれた大規模ライブ「Big Gig」を終え、彼らは暫しの沈黙期間に入る。その間、甲斐バンドはデビューから所属していた東芝EMIと契約終了、新興レーベル・ファンハウスに移籍する。
 EMI内で日本のロック/ポップス部門のリリースを担っていたエキスプレス・レーベルを母体として始まったファンハウス、初代社長として就任したのが、そのエキスプレスを管轄していた新田和長である。甲斐バンドの担当ディレクターでもあった新田が独立した流れで、彼らも半ば引きずられる形で移籍することになる。
 アーティストがレーベル移籍するというのはよほどのことで、大抵は契約が切られたか、または好条件を求めて、そのどちらかである。特にデビューから何かと世話になった会社から抜けるとなると、それなりの覚悟が必要になる。
 EMI自体に取り立てて不満のなかった甲斐だったが、会社:アーティストの関係を越えて恩義を感じていた新田への義理を果たすため、ファンハウス行きを決断する。あくまで信頼関係に基づいての成り行きであって、ビジネス上での合意とは微妙にニュアンスが違ってくる。

 初期ファンハウスのアーティスト・ラインナップは、オフコースとチューリップが中心だった。他で目につくのは、「あみん」を解散して間もなかった岡村孝子。レーベル・カラーとしては、旧EMIのニューミュージック勢が多くを占めている。
 そんな中に甲斐バンドも名を連ねているのだけれど、正直、このメンツでは明らかに浮いた存在である。「キャリア的に前者2組と肩を並べている」という理由だけでキャスティングされている印象が強い。
 ファンハウスのメインとして新田が位置付けていたのは、オフコースである。その後の彼のインタビューでの発言も、小田和正のエピソードこそ多いけれど、甲斐について語ることはほとんどない。ビジネスマンの視点から見て、今後の収益面の期待値が大きかったのが小田だったのだろう。まぁ当時のポジションから見てもそうなるわな。

d0022648_9494721

 取り敢えず新レーベル設立にあたって頭数をそろえるため、他のアーティストとカラーは違うけれど、ネームバリューのある甲斐バンドにも声をかけた、というのが真相だったんじゃないかと思われる。事実、『Love Minus Zero』リリース後、甲斐バンドは解散宣言と共にEMIに復帰、しかも甲斐よしひろのソロ契約というおまけまでついている。
 結果的にこの移籍劇は、ファンハウス立ち上げのための名義貸し、ワンショットの契約だったのだろう。甲斐サイドから見れば、何のメリットもない移籍だったし。

 そんなゴタゴタした経緯の中、断続的かつ長期間に渡ってレコーディングは進められた。この時点で解散に関するミーティングは続けられていたし、甲斐のソロ・プロジェクトも水面下で進行していた。
 正直、他メンバーのテンションはダダ滑りだったんじゃないかと思われる。何度プレイしてもリテイクの連続、レコーディングは空転状態である。クオリティを高めるため、メンバーがプレイしたテイクは破棄され、外部ミュージシャンのプレイに差し替えられる。それでまた不協和音が生じ、レコーディングはさらなる遅延のループとなる。テンションも下がるよな、こんなんじゃ。
 そんな悶々としたバンド内不和の緩衝役として、以前からサポートで参加していた田中一郎が正式加入するのだけど、中立的な立場である彼を持ってしても、積年に渡ってこじれた歪みを解消することはできなかった。
 やりづらかっただろうな、どちらにとっても。

img8b1479cbzikfzj

 で、できあがった音というのは最高傑作と呼ぶに値する、恐ろしく高いクオリティで統一されている。「甲斐バンド」というドメスティックな先入観を抜きにすれば、世界レベルで充分戦えるレベルにまで到達している。
 前述したように、おニャン子旋風が吹き荒れていた当時のオリコン・ヒットチャートとはリンクしていないサウンドなので、バカ売れしたアルバムではない。DX7にまみれた同時代の音楽と違って、時代の風化にも耐えうる音ではあるけれど、多くの人を惹きつける魅力には薄いのだ。キャッチーなメロディーという点においては、ひとつ前の『Gold』が頂点だったし。

 『Love Minus Zero』は日本のミュージック・シーンの文脈で語るより、むしろ末期のSteely Dan、『Aja』や『Gaucho』と並べて語る方がわかりやすい。Donald FagenもWalter Becker も甲斐同様、サウンドにこだわり過ぎるあまり、初期のバンド・スタイルを徐々に解体、オリメンである司令塔2人を残して、外部ミュージシャンの組み換えで傑作を産み落とした。
 特に最終作『Gaucho』では、司令塔2人(とプロデューサーGary Katz)が完璧なサウンドを追求するがあまり、セッション・ミュージシャンらに対し、冷酷無比に膨大なリテイクを要求する。妥協なきスタジオ・ワークは、後世にまで語り継がれる作品として昇華したけれど、長きに渡る編集作業は2人の精神をすり減らし、完成と共にSteely Danに終止符を打った。

img79b8ea19zik6zj

 Dan同様、甲斐バンドもまた、完パケと共に解散を決定、リリース後は終焉に向けて動き出すことになる。
 気の進まない移籍騒動やら、思うように捗らないレコーディングやらで、バンドを取り巻く環境は決して良いものではなかった。逆に言えば、人間関係がこじれればこじれるほど、各々自身の作業に集中せざるを得なくなり、音楽的には高いクオリティを持つアルバムに仕上がった。
 バンド内のピリピリした緊張感を象徴するかのように、どの音も念入りに研ぎ澄まされ、ひとつひとつの音の粒立ちは良い。曖昧な響きがことごとく排除されているのだ。
 必要な音を必要な分だけ。足しもせず、引きもしない。
 そんな音が、『Love Minus Zero』には収められている。


LOVE MINUS ZERO(紙ジャケット仕様)
甲斐バンド
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M) (2007-12-12)
売り上げランキング: 296,573



1. 野獣
 1984年リリース、『Love Minus Zero』からは2枚目の先行シングル。前述したように、この時代になるとシングル・ヒットは眼中になかったため、オリコン最高53位という成績には何の関心もなかったと思われる。
 ボクシングを題材とした曲といえば、アリスの「チャンピオン」が真っ先に思い浮かぶけど、谷村新司が引退間近のロートル・ボクサーのペシミズムを主題にしていたのに比べ、ここでの甲斐は脂の乗った現役ボクサー、ギラついた渇望と暴力的な肉体性を取り上げている。
 70年代ブリティッシュ・ハード・ロック的なギター・リフを基調としたシングル・ヴァージョンでは、ライト・ユーザーへの配慮も窺える「ロック」な仕上がりだったけど、ほぼ同時にリリースされた12インチ・シングル並びにアルバム・ヴァージョンでは、歌詞世界とリンクした、バイオレンスな質感となっている。
 シングルでの各パートが横並び・等間隔に配置されているのに比べ、冒頭のスラップ・ベースやギター、そのどれもがコントラスト鮮やかな音像に仕上がっている。イントロだけ聴くと、まったく別の曲のようである。
 「ミックスダウンとは何ぞや?」という問いかけに対する模範解答とも言えるナンバー。



2. 冷血(コールド・ブラッド)
 『Love Minus Zero』発売1か月前にリリースされた、本来の意味合いに最も近い先行シングル。そんな何枚も出すモノじゃないよな、先行発売って。オリコン最高43位は1.よりちょっと上がってるけど、まぁこの結果にもさして関心はなかったと思われる。
 Truman Capoteの同名ノンフィクション・ノベルからインスパイアされたタイトルだけど、クライム・ノベル的な短編小説的世界観の意匠だけ使って、内容はまったく別モノ。Capoteは死刑囚への緻密な取材に基づく人格解剖だったしね。
 抑制されたドライなサウンドをバックに、甲斐のヴォーカルは少し引き気味にミックスされている。サウンドと言葉とが等価で配置され、凄惨な世界観はギリギリのところでポップの側に踏みとどまっている。これまで甲斐の書いた楽曲の中でも、ハードボイルド・テイストが最も高い曲。



3. フェアリー(完全犯罪)
 「Big Gig」終了間もなくリリースされた、『Love Minus Zero』プロジェクトの最初を飾る「先行シングル」。もう何枚目だよ。
 1.2.のハードボイルド・タッチから一転、シングル・チャート意識したポップ・ロック的なサウンドは、案外ファンの間でも人気が高い。この曲のみミックスを、Bobと同じパワーステーションのエンジニア、Neil Dorfsmanが手掛けている。多分、Bobのスケジュールが合わなかったため、代役として彼が指名されたのだろうけど、いやいや彼もなかなかの実績を持っている。Sting 『Nothing Like the Sun』、Dire Straits 『Brothers In Arms』、Paul McCartney 『Flowers In The Dirt』と、80年代の重要アルバムを数々手がけており、Bobと比肩するポテンシャルの持ち主である。
 「最初は遊びで付き合ってたつもりが、いつの間にかこっちが本気になってしまった挙句、捨てられて呆然としている」といったシチュエーションは、甲斐にしては珍しく受け身の設定。ハードボイルドを謳ったアルバムの中では異彩を放っているけど、サウンドのトーンはアルバム全体と調和しているので、違和感は感じられない。こうやって全体像を見据えた処理能力は、やはり世界のパワーステーション。



4. キラー・ストリート
 バンドっぽさを感じさせる、ファンキーなリズムのロック・チューン。レコードではA面ラスト、シングル・カットされた冒頭3曲のインパクトが強かったおかげで損なポジションだけど、年を経てから聴いてみて、最も甲斐バンドらしさが残っているのがこれ。「ハードボイルド」と銘打ってちょっとよそ行きっぽかった甲斐のヴォーカルも、ここでは変な気取りを捨ててきちんとロックしている。
 しかし、無国籍感ぱねぇな。リアル北斗の拳的な歌詞もそうだけど、この曲に限らず、サウンド自体も同時代のアーティストとのリンクがない。やっぱオンリーワンだったんだな。

5. ラヴ・マイナス・ゼロ
 もともとは甲斐がソロ用にストックしてあった曲をバンド・アレンジして制作されたミディアム・ナンバー。解散ライブを収録したアルバム『Party』ではラストに収録され、「君から 愛を取れば…」と歌い残してステージを去った。アルバム・リリースから半年経ってからシングル・カットされたため、オリコン最高88位と振るわなかったけど、ファンの間ではヒット曲よりもむしろこちらの方が人気が高い。歌詞・メロディ・アレンジとも、最も時代におもねることなく、風化せず生き残っている。
 4.同様、サウンドは無国籍感が支配する。俺がイメージするのは、なぜか東南アジアの喧騒に満ちた夜のマーケット。行ったこともないのに、想うのはいつもそこ。多分、聴く者それぞれの「Love Minus Zero」的世界観を想起させるのだろう。



6. デッド・ライン
 アメリカン・ハードロック的な大味のポップ・ロック。時折隠し味的に響くシモンズが時代を感じさせ、軽やかなサックスは心地よく響く。でも面白みにはちょっと欠ける。『Gold』のアウトテイク的な親しみやすさはあるけどね。

7. Try
 で、こちらはサウンド的にCarsを思わせるシンセ・ポップ。歌詞はステレオタイプのロックンロール。まぁこんなのもできちゃったんで的な、アルバム・コンセプトとはちょっとズレてる感がハンパない。要するに、ちゃんと聴いてなかったんだよね。改めて聴いてみても、歌詞がちょっと書割りっぽくて馴染めないな

8. 悪夢
 作曲:田中一郎、作詞甲斐による共作。ここでのヴォーカルは甲斐が取っているけど、シングルでは田中が歌っている。両方を聴き比べてみると、田中のヴォーカルはニュアンスの表現が甘く、やはり手練れの甲斐のヴァージョンに軍配が上がる。色艶が違うんだよな、表現力の差というか。
 初参加ということもあって、ここでの田中は実力をまだ十分に発揮しきれないでいるけれど、次作『Repeat & Fade』ではストレートなロックンロールだけに収まらないバイタリティが開花する。するのだけれど、そこでバンドは終止符を打っちゃったのが惜しい。

lmz

9. 夜のスワニー
 このラスト曲と8.のみが、バンド全員でのセッションによって制作されている。他の楽曲はトラックごと個別にレコーディングされているのだけれど、寄りによってバンド・マジックが生まれづらそうなこの曲を選んでしまうところに、バンド内の軋轢を感じさせる。
 以前も書いたのだけど、アレンジがElvis Costello 「Inch by Inch」そのまんま。Costelloがリリースしたのが1984年なので、シンクロニシティだインスパイアだオマージュだとは恥ずかしくて言えないくらい、それほどそっくり。聴いた当時はカバーだと思っちゃったくらい。
 透徹としたアーバンな世界観が巧みに表現されているだけに、ちょっともったいない。



KAI BAND&YOSHIHIRO KAI NEW YORK BOX(DVD付)
甲斐バンド 甲斐よしひろ 甲斐バンド/甲斐よしひろ 甲斐よしひろ
ユニバーサル ミュージック (2016-06-29)
売り上げランキング: 8,724
Highway25
Highway25
posted with amazlet at 17.02.27
甲斐よしひろ 甲斐バンド KAI FIVE 田中一郎
ソニー・ミュージックレコーズ (1999-08-25)
売り上げランキング: 178,861

80年代日本のロックの完成形のひとつ - 甲斐バンド『Gold』

folder 1983年リリース10枚目のオリジナル・アルバム。オリコン最高8位というのは中途半端な成績。もうちょっと売れてると思ってたんだけどな。
 今じゃすっかり懐メロカテゴリに分類されるようになった甲斐バンド、一般的な認知度で言えば”HERO”の人であり、次に”安奈”の人である。どちらもニューヨーク3部作以前に製作されたナンバーであり、歌謡ロックの「静」と「動」両面を巧みに表現している。明快なサビとドラマティックな構成は、オルタナティブ一辺倒だった日本のロックの中では異色の存在だった。
 ただその後の彼らの方向性は、シングルよりもむしろアルバム重視の志向が強くなり、結果的にわかりやすいヒット・チューンからは距離を置くようになる。独立事務所「ビートニク」を立ち上げて間もなかった頃の彼らとしては、運営資金調達のためにもヒットは欲しかったと思われるけど、 ここら辺は東芝EMIとの方針の食い違いもあったかと思われる。
 事実、このアルバム・リリース後、彼らはEMIとの契約を解消、そのEMIディレクター新田和長によって設立された新レコード会社「ファンハウス」へ移籍することになる。

 従来の歌謡ロックからの脱却を試みたはいいけど、悪い意味でのドメスティックさが抜けきれなかった甲斐バンド、試行錯誤の末、ついに巡り会えたのが、ニューヨークのパワー・ステーション・スタジオのメイン・エンジニア、Bob Clearmountain の創り出す、各パートのメリハリがついたダイナミズムあふれるサウンドだった。その発端となったシングル”破れたハートを売り物に”は、従来の歌謡ロックのエッセンスと、新機軸として打ち出したポリリズムを軸とした強いビート、強靭さとナルシシズムを活写した歌詞とのハイブリッドが顕在化した力作だった。
 その延長線上で制作された前作『虜』もまた、アップテンポの作品は主にハードボイルドなタッチを強調していたけど、敢えて難を言えば、バラード系に情緒的なウェットな質感が残り、どこか徹底しきれていない部分があった。それでも充分、当時の日本のロック・サウンドとしては規格外のクオリティではあったのだけど、ベテラン・バンドとしてのポテンシャルに秘められた伸びしろ、また削ぎ落としてゆかねばならない部分があったのも確かである。

 そこから1年後、日本のヒット・チャートでは必須要素となる適度な泥臭さを拭い去り、ドライな質感を追求していった結果、『Gold』はこれまでに前例のないロック・サウンドで埋め尽くされていた。アメリカでミックスされたはずなのに日本人の感性に訴えかけるメロディ・ラインを持ち、かといって日本のロック特有のブルースやハード・ロックの臭みも感じられない、甲斐バンド・オリジナルのサウンドが形成されていた。

imgfb586eb3zik3zj

 これが次作『Love Minus Zero』になると、さらなるサウンド・クオリティの追求によって各パートの別録りが多用され、グルーブ感の薄い人工的な音像が強くなる。これまでもストーリー性に定評のあった歌詞世界は、ナルシシズムな世界観に大人の男のリアリティが加わったことによって、濃密な短編小説を思わせるほどの完成度になった。すべてのパートに高い完成度を追求していった結果、『Love Minus Zero』は甲斐バンド・サウンドの到達点となった。なったのだけど、そこで奏でられるサウンドは、透徹としたガラス細工の如く繊細で、従来のファンにとっては「よそ行き」のように響く。
 「抒情的」とさえ言えた”ポップコーンをほおばって”から、随分遠いところに来てしまった甲斐バンドの、まだロック・バンドとしての面影が残るギリギリのラインが、この『Gold』だった、という見方ができる。

 このニューヨーク3部作期の甲斐バンドの評価は高く、唯一無二のロック・バンドとしてのカリスマ性を強めていた頃だったのだけど、バンド内部では一触即発の状況が続き、決して一枚岩ではなかったことが、当事者及び関係者の証言で明らかになっている。
 結成から10年経っているバンドなので、どれかひとつが原因というわけではないだろうけど、主だったものとしては、アーティストとしての覚醒が著しかった甲斐と比して、他メンバーとのモチベーションの落差が挙げられる。ある意味、音楽バカになっていた当時の甲斐と、安定した収入とポジションに満足していた演奏陣とでは、次第に方向性のズレが明確になりつつあった。
 そういった事情もあって、『Gold』では相当な割合で外部ミュージシャンの起用が多くなっている。この時点での甲斐バンドの正式メンバーは、ヴォーカル甲斐の他、ギターの大森信和とドラムの松藤英男の3名のみ。これまでもバンドの編成上、ある程度の外部委託は行なわれていたのだけど、ベーシックなリズム・セクションではシーケンスの打ち込みが多用され、メインのギター・ソロもスタジオ・ミュージシャンが弾いていたりする。大人数を必要としないバラードに至っては2人が参加していないトラックもあり、バンドのアイデンティティが大きく揺らいできた頃である。

d0286848_715877

 かと言って、彼ら2人の演奏力が特別劣っていたわけではない。70年代から活動しているバンドマンなら誰でも、年に100〜200本のライブは当たり前、場数を踏んでいる分だけ嫌が応にもテクニックは向上していた時代である。まだエンタテインメントとしての演出が確立されていなかった時代のライブは、当然スケジュール通りに進行するはずもなく、予想もつかないハプニングの連続だった。なので、突発的なアクシデントにも対応できるスキルは充分持っていたはず。取り敢えず何とか形にしてしまうような器用さは、誰でも持ち合わせていた。ただし、じっくり腰を据えたレコーディングとなると事情は違ってくる。
 初期の歌謡ロックの文脈での演奏スタイルなら、これまでのノウハウでどうにかなる。あくまで歌を引き立たせるためのバッキングだ。サウンドの自己主張もさほど要求されず、むしろ個性は控えめな方が良い。でも、ニューヨークへ目を向けることで方針はガラリと変わった。
 サウンドにこだわりを持った分、各パートにハイレベルなプレイヤビリティが要求されることになる。正確なリズム・キープや運指は当然として、もっと強い個性、自己主張の強い音が必要になる。ハイハットのアタックのコントロール、ピッキングの強弱加減など、細かいところにも目を配ったり、ちょっとした気の持ち方ひとつでサウンドは激変する。
 かつてBobが手がけたStonesやSpringsteenと同じクオリティを求めてニューヨークへ立った甲斐、選りすぐりのサウンドを携えてミックス・ダウンしてもらったところ、思ってたのとどこか違う。『虜』の時は、従来の自分たちのサウンドが変わったことだけで満足していた。しかし、今は違う。もっと高みを望んでいるのだ。それにしては音がショボい。脆弱なのだ。
 以前だったらレコーディング環境のせいにできたけど、ここではもうそれは通用しない。最終的な飾り付けや器に最高級のモノを揃えたことによって、肝心の素材のアラが目立ってくるのは、当然の帰結だった。

 そういった諸々のマイナス要因をプラスに転化して、メンバー間でもガチでせめぎ合う緊張感にあふれたリアル・ファイトが展開されているのが、この『Gold』というアルバムである。いろいろ思うところもあったメンバーの心境も察せられるけど、「良い作品を作る」という共通のベクトルを持つことによって、メンバー全員のエネルギーとアイディアとがここの結集されている。
 どのバンドにも言えることだけど、気心の知れた仲間達による和気あいあいとしたセッションほど、つまらないものはない。ベテラン・バンドの熟練の技を堪能するのも時にはいいけど、現役バンドが行なうことではない。そこで歩みは止まってしまう。
 これ以降の作品、『Love Minus Zero』はバンド・サウンドの追求というより、甲斐よしひろ個人思うところの理想のサウンド、そして最終作『Repeat & Fade』は、個々のメンバーのソロ・プロジェクトのオムニバスという形になっているので、運命共同体的なバンドとしてのサウンドの到達点が、この『Gold』だったんじゃないかと思うのだ。


GOLD(紙ジャケット仕様)
甲斐バンド
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M) (2007-12-12)
売り上げランキング: 138,633




1. GOLD
 ゴージャス感満載のストレートなロック・サウンドでスタート。Stonesのソウル風ナンバーのフォーマットを借りて、甲斐バンド・オリジナルのテイストが付与されている。そこにチグハグさを感じさせないのは、充分に練り上げられたサウンドの中を自由に行き来するヴォーカル甲斐の自信のあらわれ。
 アルバム・リリース後にシングル・カットされているけど、目立ったチャート・アクションではなかった模様。まぁいいよな、そんなのどうでも。

 いつか二人も死ぬ
 この輝きと引き換えに  
 命も愛も死んでゆく
 流す涙の跡もない
 甘い夢も消えゆき
 二度と見ることもない
 体も顔も崩れていく
 あせたGoldになっちまう

 ポジティヴなサウンドでありながら、こんなドキッとする一節を普通に入れてしまう、当時の甲斐のマッチョイズムの裏に隠されたペシミズムが垣間見える歌詞。こういったところが、甲斐を信用できる所以なのだ。

img_0

2. ボーイッシュ・ガール
 タイトルの印象からは、男装の麗人か色気のない女を歌ってるように思われるけど、聴いてみると内容はシンプルなラブ・ストーリー。ネタバレになっちゃうので、内容は実際に聴いてみて。
 これまでもストーリーテラーとしての側面を強く打ち出していた甲斐だったけど、ここでは日本のアーティストとしては珍しく、ハードボイルド・タッチの文体を確立している。従来の散文調から一転、歌詞を目で追うだけでも成立してしまう、充分完成された短編小説のよう。
 80年代のアメリカン・ハード・ロックを基調としたギター・オリエンテッドなサウンドの響きは硬質で、ウェットな情緒を余計なものとして巧妙に排している。

3. シーズン
 先行シングルとしてリリースされ、オリコン最高23位まで上昇。サントリーのカクテルのCMソングとして、このアルバムの中ではそこそこ一般的に認知度が高い。
 ここで収録されているのは、シングルとは別ヴァージョン。もちろん好き好きはあるだろうけど、圧倒的に人気があるのはこちらのアルバム・ヴァージョン。国内でミックスされたシングル・ヴァージョンでは、モッサリしたサウンドでキレが弱い。
 ドライで愛想のないサウンドが多いこのアルバムの中、ここでは甲斐のポップ・センスが良い方向に結実している。なので、カラオケで歌うとちょっと気持ちいい。



4. マッスル
 多分、甲斐バンドを構成する要素の中でも男性的な部分、それがサウンド・歌詞とも明確に具現化されたのが、この曲。
 敢えて限定されたストーリー性をはずし、「鋼鉄の魂」という強い言葉を軸に、普遍の愛を歌う。直接的なタイトルから、マッチョイムズ礼賛のように思われてるけど、主人公はまだ「鋼鉄の魂」も「本物の愛」も手に入れてはいない。主人公である男が好きな女に「それ」が必要だと訴えかけているだけで、女がそれを受け入れているのか、それについては書いていない。どこか独りよがりな視点、男なら誰でも抱くエゴが炸裂している。
 かつて甲斐がNHK「サウンド・ストリート」のパーソナリティを務めていた際、この曲がリクエストでかかり、「キン肉マン」のテーマ・ソングとして相応しい、とか何とか言ってたような記憶がある。確かにこの曲がアニメのオープニングかエンディングで使用されていたのなら、双方の歴史は変わっていたのかもしれない。



5. ムーンライト・プリズナー
 A面ラストは変則的な8ビート、ソリッドな風合いのロックンロール。歌詞はちょっとホラー・チックなストーリー仕立て。
 大抵、アルバムA面ラストと言えばバラードと相場が決まってるところに、敢えてこういったアッパー系を突っ込んでくるところに、彼らのチャレンジ・スピリットを感じさせる。
 ほぼ日本語で埋め尽くされた歌詞であるはずなのに、テンポもノリも良くてリズム的な違和感を感じさせない、奇跡のようなナンバー。

gelato_alla_fragola-img469x600-1442165534xco49a30564

6. MIDNIGHT
 従来のドメスティックなウェット感を残しながらも、アコギの音の分離の良さがベタにならぬよう踏みとどまっている、後期の名バラード。
 ハードボイルドなマッチョイズムが支配していたA面に対し、B面では大人の男性の別の一面、切なさや弱さも多彩に描いている。この時期の甲斐自身、プライベートでは再婚によってひとつの転機を迎えていたため、ある意味ドキュメント・タッチ、既婚男性にとっては身につまされるストーリーを展開している。

 2人一緒になり 暖かい家を持つ
 だけど不安にかられ 灯りを消した部屋で
 じっと座っている ことがある

 初めて聴いてから四半世紀が経過し、こういったフレーズの意味が身に染みるようになった。頭で「わかる」のではない。経験として実感として「体感」できるようになったのはつい最近。

 Midnight 男が泣いてる声が聞こえるか
 Midnight 真夜中に声も出さず泣く声が

 荒々しいバイオレンス的なイメージだったこの頃の甲斐バンド、そんな中でこういった素の一面を見せたことは、逆に強さの証明としてファンに高く評価された。地味だけど、ずっと歌い継がれるべきナンバー。

7. 危険な道連れ
 再びハードボイルド・タッチのナンバーが続く。ソウル・テイストも入ったロック・ナンバー。改めて聴いてみるとこのアルバム、ソウル色が強いよな。
 余談だけど、甲斐よしひろが人生最初に組んだバンドの名前はNorman Whitfield。名門ソウル・レーベルのモータウンにて、ベテランのソウル・グループTemptationsを素材に、プログレ的な「サイケデリック・ソウル」を提唱して”Papa was a Rolling Stone”などの異色作を連発したプロデューサーの名前からインスパイアされている。そういったアウトロー的な姿勢に惹かれたのだろうか。
 ならず者の彼女の手を引いて逃げる男、そもそも何から逃げようとしているのか、そして逃げる先とは一体?
 ここでの甲斐はそこまで親切に語っていない。説明的ではない簡潔な文体を手に入れたことによって、キレイにまとまったエンディングは必要ない。あるのは切り取られた状況、それをいかにリアルに活写するか、そこが重要視されている。

8. SLEEPY CITY
 重くリズミカルなドラム・ロールでスタート、ファンク・テイストのリズムに乗せて歌われるのは、バブル前夜を想起させるチャラい饗宴を、伝統的なロックンロールの文脈で描いている。まぁ深く考える歌詞でもないので、勢い一発の曲と思えば良い。あまりに単純な歌なので、正直思い入れは薄い。でも、ライブだと盛り上がる。

maxresdefault

9. 胸いっぱいの愛
 こちらもStonesタイプのロックンロールでありながら、ソウル色が強い。と思ってたら、そうか、”トランジスタ・ラジオ”と同じ構成か。今ごろになって気がついた。
 なので親しみやすくキャッチーな、それでいてロック的なスケール感も表現されている、甲斐バンド・サウンドの完成形。中盤のブレイク、イイ感じで泣いているギター・ソロ。すべてが完璧。

 果てない闇の先で 今夜お前と死にたい
 胸いっぱいの愛で お前と

10. 射程距離
 ほぼリズム・ボックスとシンセ・エフェクトのみで構成された、これまでにないほどシンプルなナンバー。以前もアコギ1本の弾き語りというスタイルはあったけど、そのシンプルさはあくまでバンド・サウンドのバリエーションのひとつとしてであって、ここまで他者の介在をシャットアウトしたナンバーは初めてだった。
 なので、ほぼ甲斐のソロ・ナンバーと思ってもらっても良い。ニューヨーク・ミックスによってスカスカ感はないけど、ほんとデモテープみたいなサウンドだから。
 バンドでのプレイを前提として作られていないだけあって、メロディ・ライン、構成ともこの時期最高のクオリティに仕上がっている。バンド・アレンジを考慮しない分、基本の楽曲にごまかしは効かない。逆に言えば、ソングライターとしての自信のあらわれがここに示されている。

 くだけ散る西陽と 淡い闇が重なり
 2人そこでため息 夢は射程距離

 カーテン下ろすのは
 銀の波が閉じる前の準備 
 夢は射程距離

 抽象的なイメージの羅列でありながら、その空気感を感じ取ることができるのは、恐ろしいほどの言葉の力、そしてシンプルなアレンジの賜物。甲斐バンドを通り越して、80年代の日本のロックの中でも有数のレベルに達している。




 “安奈”や”HERO”の二番煎じを、もっとクドイくらいにしつこく打ち出していれば、一時のチャゲアスくらいのポジションには行けたかもしれないけど、彼らはそれを潔しとしなかった。
 遥か遠い目標へ向かって、進めるだけ進んで力尽き、前のめりにぶっ倒れる方を選んだのだ。



Highway25
Highway25
posted with amazlet at 16.04.11
甲斐よしひろ 甲斐バンド KAI FIVE 田中一郎
ソニー・ミュージックレコーズ (1999-08-25)
売り上げランキング: 167,958
シングルズII
シングルズII
posted with amazlet at 16.04.11
甲斐バンド 甲斐よしひろ
EMIミュージック・ジャパン (2000-12-06)
売り上げランキング: 10,944

俺世代のトリコといえば、これ。 - 甲斐バンド『虜』

folder ニューヨーク3部作をリリースする以前の甲斐バンドは、一般的には ”HERO” や ”安奈”など、ちょっとロック・テイストの入ったニュー・ミュージック系の歌謡ロック・バンドとして認知されていたのだけど、熱狂的なファンの間では断然、ライブ・バンドとしての評価が高かった。

 デビューから一貫して毎年100本以上の全国ツアーを続けていたことについては、素直にスゲェと言えるけど、それだけの需要・集客力があったことも、また驚き。しかも年を経るごとに、そのキャパは増大しているのだ。
 ライブ・ハウスから小ホールを経て、このアルバム・リリース時点では、すでに大ホールじゃないと収容できないくらいまで、ファン層が拡大していた。当時アリーナ・ツアーはまだ一般的じゃなく、武道館でさえ敷居が高かったので、収容力の大きなハコといえば市民・県民会館クラス、そこで数をこなさないことには、大勢のファンのニーズに応えられなかったのだ。
 そういった大人数を一挙に集めるための会場といえば、あとは後楽園球場くらいしかなかったのだけれど、当時はプロ野球がテレビのコンテンツとして絶大な力を有していた頃、野外ライブに最適なシーズンは、どの球場もフル稼働していたため、彼らロック・バンドが割り込む余地はなかった。
 そういった限られた条件をうまくクリアできたのが、花園ラグビー場やNHKホールであり、のちの両国国技館や現都庁建設前の新宿都有地である。どこもロック・バンドのライブ会場で使われるのは初めてで、それだけ甲斐バンドの集客力が絶大だった時代の話である。

 そのようにライブの評判は上々だったのだけど、同時に囁かれていたのが「ライブはいいんだけどね」という評である。
 確かにレコードは売れていた。”HERO”の大ヒットによって、シングル・アルバムともセールスは安定し、チャートの常連にもなっていた。ライブの客層も女性中心だったのが、ロック色を強めたことによって男性客も多くなり、結果、ファン層に広がりができた。
 とにかくライブ・パフォーマンスは絶好調だったので、2枚組ライブ・アルバム『100万ドル・ナイト』をリリースした後、ほんの1年程度のインターバルで、今度は3枚組のライブ・アルバム『流民の歌』をリリースしている。それだけライブの需要が強かったのだ。
 ただ、そのライブの躍動感がレコーディングとなると小さくまとまってしまい、どうしても歌謡ロックの延長線上、どうにもショボく聴こえてしまうというのが、バンドの長年の課題だった。
 ライブとレコーディングは別物と割り切って、ライブ中心のスタイルを選択すれば、また方向性は違っていたのだろうけど、日本ではGrateful Deadのようなスタイルのバンドが商業的に成立できるほど、音楽ビジネスは確立されていなかったし、彼らもまた、インプロビゼーションや長時間のアドリブなど、そういった演奏スキルを売りにしたバンドではなかった。
 ましてやシングル・ヒットを生み出したバンドとして、その後はレコード会社からのプレッシャーも強くなっていたはずだし、バンド運営的に見て、継続的なレコード・セールスは必須案件だったのだ。

kaiband-toriko

 ニューヨーク3部作の1枚目という位置付けのこのアルバム、前作『破れたハートを売り物に』からサウンド・メイキングに対して意欲的になってきており、それに引っ張られる様に、歌詞も大きく変化している。
 基本的には男と女、その2人の関係性を描いた歌詞が多いのは従来通りなのだけど、その関係性、特に男性の強さに焦点を当てて描いているのが、大きな特徴である。
 これまでの甲斐の曲に登場する男たちは、愛を歌い、そして叫んでいる。ただ、それは一方的な自己愛であり、相手側、彼女の心中を想うまでには至っていない。言ってしまえばそれは「恋」であり、独りよがりのものでしかないのだ。
 ここでの甲斐は、同じ言葉を発しても、紆余曲折を繰り返してきた男としての充分な重みが感じられる。薄っぺらな言葉ではなく、ちゃんとしたバックボーン、あらゆる物を背負った大人の男としての言葉なのだ。
 強靭なサウンドに拮抗するためには、強くしなやかな肉体=言葉が必要だった。
 どの曲にも共通して言えるのは、これまでの経験・生活感に根ざした世界ではなく、ある種のフィクション性が強まっていること。ただそれらは、あくまで実際の甲斐のアイデンティティから出てきたものであり、決してファンタジーな絵空事ではないのだ。
 従来ユーザー向けなのか、”Blue Letter”の様に歌謡曲テイストが強いテーマもあるのだけど、”ブライトン・ロック”に代表されるような、ひときわ攻撃性の強い無国籍な歌詞を書けるようになってきたのは、ひとつの転換点だと思われる。
 「ロックが良い/歌謡曲が悪い」という単純な二元論は無意味だけど、甲斐の選択したパワー・ステーション・サウンドには、これまで良しとされていた日本的なウェットな感性が、むしろ足枷になってしまう。なので、その後甲斐の描く世界がハード・ボイルド・タッチ、言ってしまえばマッチョイズムが強い傾向になってゆくのは、いわば必然だった。

toriko 3

 名ミックス・エンジニアBob Clearmountainに代表されるパワー・ステーション・サウンドとは、決して目新しいものではない。単純に言ってしまえば、聴かせたい音は大きく、それでいて、その他の音もしっかり聴こえてる、メリハリの強い音が特徴である。良く例えられる独特のドラム・リヴァーブも、サウンドの構成要素のひとつでしかない。彼の功績とは、ロック・サウンドにマッチしたダイナミックな音空間のコーディネートなのだけど、いまだに誤解が多い。
 そうした音圧の強いサウンド・メイキングに負けないよう、甲斐が行なったのが、外部ミュージシャンの積極的起用である。もともとこの時点で、甲斐バンドのメンバーはヴォーカル、ギター、ドラムの3人、1979年にベースが脱退してからは補充することもなく、外部ミュージシャンの導入はすでに常態化していた。なので、「バンド」と名乗ってはいたけれど、事実上はバンド・スタイルをベースとした「ユニット」形態になっていた。
 前作からサウンド面の強化は課題となっていたので、主要メンバー不在のレコーディングも多くなっていったのは、結局のところは出来上がってくる音、結果を重視したことによるものだろう。

 Bobの話に戻ると、当時は正式にはパワー・ステーション・スタジオのハウス・エンジニア、いわゆる雇われている立場だったのだけど、それなのに仕事を自分で選び、その上、気に入らないアーティストなら、平気でオファーを断ってしまう、それはもう頑固な男として知られていた。それだけ自分の仕事にプライドを持っているのか、自分で納得したサウンドでなければ依頼を受けない、職人気質を貫いていた。
 この3部作と前後するのだけど、日本の某有名バンドが甲斐バンド同様、彼にミックスをオファーして素材を送ったところ、あまりのクオリティの低さに幻滅、けんもほろろに断られたというのは、割と有名な話。なので、金さえ積めば受けてくれる、というのではないのだ。
 もちろんギャラは相応のものなので、結局一流どころのアーティストとの仕事が多くなる。Rolling StonesやRoxy Music、Bruce Springsteenなどが主な顧客だけど、どれもアーティストとしてのアイデンティティをしっかり持った連中ばかりである。

toriko 4

 そのBobがオファーを受けた要素のひとつに、甲斐のドメスティックな歌唱法がある。
 これは甲斐がデビューしてから、そしていま現在でも一貫しているのだけど、彼は日本語を「日本語」として、きちんとはっきりした発声で歌う。英語のテイストに近づけようと巻き舌を多用したり、崩した日本語で歌うシンガーは当時から多かったけど、多分英語におもねった歌い方・サウンドを志向していたら、Bobは受けなかったはずである。
 日本国内でさえ鼻で笑われるスタイルが、海外で通用するはずがない。日本人が日本語で勝負するのなら、海外の真似ごとじゃダメなのだ。

 多分、甲斐もそういったことはわかっていたのだろう。身にまとう肉体をコーディネートしてもらっても、コアの部分を変えることは譲らなかった。Bobへの最初のプレゼンとなった”破れたハートを売り物に”においても、しっかりと一節一節、聴き取りやすい日本語を貫いた。
 何よりも言葉を、メッセージを伝えることが大事なのだ。いくら洋楽テイストの強いサウンドになったとしても、それはほんとに訴えたいメッセージを、より良く伝えるための手段でしかない。
 サウンドと言葉との有機的な結びつき。
 それがニューヨーク3部作の大きなテーマである。


虜-TORIKO-(紙ジャケット仕様)
甲斐バンド
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M) (2007-12-12)
売り上げランキング: 149,893




1. BLUE LETTER
 アルバム・リリース直前に先行シングル・カットされた、当時から人気の高かったナンバー。オリコン最高39位。基本パターンは"安奈"を踏襲しているため、親しみやすいメロディ・ラインが特徴。口ずさみやすく覚えやすいのだけど、いま聴いてみると、重ったるいメロディと歌謡曲テイストのサウンドが鼻についてしまう。
 シングル・ヒット以外の甲斐バンドのナンバーでは最初に好きになった曲なので、愛着はある。でも今では「たまに聴けりゃいいや」といった感じ。カラオケで歌い過ぎたのも、飽きがきてしまった要因だろう。

 “もろかった月日と 落とせるはずもない
  罪とおまえのために 今夜 涙を流す“

 一歩間違えると演歌だけど、ラストのサビ繰り返し前、この一節が書けるアーティストは、当時の甲斐くらいしかいなかった。



2. ナイト・ウェイブ
 甲斐バンド初の12インチ・シングルとしてカットされた、ここからがBobの仕事の真骨頂。”破れたハートを売り物に”から続くパーカッションの乱れ打ちは、どれも一音一音がはっきり聴き取れる。ちょっとショボいオーディオ・セットでもきちんとメリハリの音が出るくらい、完成された音場になっている。
 
 “お前の髪に 降りかかる銀の 波の飛沫に
  今夜お前は とてもきれいだ
  紫のうねり 光る岸辺まで
  輝く闇の中で 二人 溶けそうだ“

 甲斐にしては珍しく抽象的な言葉が並ぶ、あまり類を見ない歌詞である。文脈よりもむしろイマジネーションを重視した、シチュエーションを限定しない方法で書かれている。浮遊感のあるサウンドなので、言葉に大きく意味を持たせることを避けたのだろう。



3. 観覧車 ’82
 前作のリテイク・ヴァージョン。前回がPaul McCartneyテイストのポップ・ロック調だったのに対し、こちらはリズムを強調、3ピース・バンドにこだわらず、サウンドを厚めにして、バラエティに富んだ音を入れている。
 昔からファンの間でも意見が割れているのだけど、実はリテイク前のヴァージョンの方が人気が高い。AOR的要素も強いモダンな82年ヴァージョンに対して、オリジナルはサウンド的に拙く、当時のバンドのポテンシャルで出せる音のみで構成したところが、古いファンの情に訴えるところがある。俺も昔はオリジナルの方が好きだったのだけど、エッジの立ったサウンドと言えば、間違いなくこちらの方が秀でている。
 でも、やっぱり歌詞。こちらは歌謡ロックを引きずっており、そこがちょっと青臭い感じ。まぁそれも彼らの魅力のひとつなのだけど。



4. ブライトン・ロック
 このアルバムの中では最もハードで、ドライブ感が強い曲。これまでにないギターのリフレインの響き、乾いたブラス・セクションなど、聴きどころはいろいろあるのだけど、俺的には全編に流れるパーカッション系の響きが一番好き。
 最近、名曲リクエスト・ランキングにおいて、見事堂々の第1位を獲得したのには、ちょっとビックリした。大方の甲斐バンド・ファンはメロディアスなナンバーを選ぶのがほとんどだったのだけど、この曲が上位に食い込んできたというのは、時代の流れを感じる。
 後年の『Love Minus Zero』にも直結する、ハード・ボイルド・タッチの世界観が、すでにここで完成されている。

5. 無法者の愛
 ここからアルバムではB面。シングル・カットというよりはむしろ、アルバム・リリースの半年ほど前に発売されたナンバーなので、プレ『虜』と言った方がしっくり来る。
 ロックというよりはむしろAORテイストが強く、Tom Scottみたいなアルト・サックス・ソロも展開される、非常に乾いた質感が印象的。以前ならこういったナンバーは、もっとウェットに情感たっぷりに歌っていたものだけど、爽やかささえ感じられるくらいサッパリと歌っている。なので、あまり「無法者」っぽく聴こえないのが,難と言えば難。ミドル・テンポの甲斐バンドのナンバーでは、この曲も人気が高い。

6. 虜
 ほぼワン・コードで展開する、ミステリアスなアレンジのタイトル・ナンバー。昔からTalking Headsとの類似点が語られているこの曲だけど、俺もかなりインスパイア度が強いんじゃないかと思う。
 でも甲斐って、あまりドロドロしてるのが似合わないと思ってるのは、俺だけではないはず。声質が乾いているので、情念を引きずらないのだ。
 どこか無理してるんじゃないの?といつも思ってしまう。

toriko 5

7. 呪縛(のろい)の夜
 で、こちらもTalking Headsとの比較がされているけど、これはうまく消化してサウンドに還元できてるんじゃないかと思ってる。ギター・カッティングと変則アフロ・ビート、思いっきりヴォコーダーを通して音色を変換させたコーラスもまた、イイ感じのおどろおどろしさが演出できている。
 
8. フィンガー
 シンプルなブルース進行による、ステージ映えする楽曲。それでもそのドライブ感をうまく音源化できたのは、やはりバンドの成長とBobの臨場感あふれるミックスの賜物だろう。
 
  ”可愛い子ちゃん 愛なんて
  キスのように 儚いものなのさ”

 歌詞にも登場するMick Jaggerを意識しているのだろうけど、この当時でさえ「可愛い子ちゃん」なんてキーワードは珍しく、こそばゆい感じがしたものだ。

9. 荒野をくだって
 Bruce Springsteenへのリスペクトが凄まじい、ラストは落ち着いたバラード。こういったバラードもまた、昔ならもっとお涙ちょうだい的なウェット感が強かったのだけど、ここでの甲斐は恐ろしく疲れたような、脱力した歌いっぷり。
 ギターとハーモニカ、そして甲斐のヴォーカル。たったこれだけの音しか入ってないのに、音像豊かなサウンド構成力は、さすが一流のエンジニアの仕事。シンプルなものほど、空間把握のセンスが試されるのだ。




シングルズII
シングルズII
posted with amazlet at 16.02.03
甲斐バンド 甲斐よしひろ
EMIミュージック・ジャパン (2000-12-06)
売り上げランキング: 46,756
KAI DVD-BOX IV KAI 40年
KAI DVD-BOX IV KAI 40年
posted with amazlet at 16.02.17
甲斐オフィス (2014-09-17)
売り上げランキング: 45,422
カテゴリー
月別アーカイブ
記事検索
Twitter
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: