_SL500_ 1988年リリース、ビクター移籍第1弾となった12枚目のオリジナル・アルバム。副業だったはずのバラエティ出演や俳優業が忙しくなり、本業であるはずの音楽に集中できていなかった泉谷が一念発起、本腰を入れて「ちゃんとした『ロック』をやるんだ!」という強い意志を持って作り上げた。
 それまで模索してきたニューウェイヴ的なサウンドをチャラにして、言い訳無用の重厚さを追求するため、泉谷自ら足を使い、「これは!」と目をつけた様々なバンドのライブを物色、時には脅し、はたまた時にはおだてたりしながら、理想のメンバーを集めていった。
 そんな経緯で結成された最強のロック・バンド「ルーザー」を率い、泉谷はその後、3枚のオリジナル・アルバムを製作、「春夏秋冬」以上の成功と評価を得ることになる。
 破天荒な言動とは裏腹に、アルバムごとにサウンド・コンセプトが定まらず、紆余曲折と七転八倒、トライ&エラーの繰り返しだった作風は、生半かな若手バンドなど鼻息で蹴散らしてしまう、ヘビー級チャンプが寄ってたかって好き放題に暴れ回るサウンドとなった。
 ドラムは、数々の伝説的セッションをくぐり抜けてきた、天衣無縫の村上“ポンタ”秀一。ルーザーのバンマスとして、泉谷が深く信頼を寄せていた、こちらも有名セッションで存在感を見せていた、ベース吉田健。若手ギタリストとして、そしてアレンジャーとしても頭角をあらわしつつあった、ルースターズ解散後、動向が注目されていた、ギター下山淳。そして、もう1人のギタリスト、説明も何もいらねぇな、仲井戸麗一・通称チャボ。
 みんなフロントを張れる連中ばかりなので、単なる金やコネだけでまとまるものではない。スケジュール調整だって大変だし、みんな好き勝手言うだろうし。よくやろうとしたよな、こんなアクの強いメンツで。

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 「春夏秋冬」のヒットによって、フォーク歌手としての印象が強い泉谷だけど、実際のところ、フォークというジャンルにこだわっていたわけではない。時代的にフォークが流行していたこと、また、吉田拓郎が移籍してしまい、稼ぎ頭がいなくなってしまったエレックの思惑によって、フォークの成長株として売り出されてしまった、という事情もある。
 「ギター1本で抒情的な心象風景を切々と歌う」、四畳半フォークの定番フォーマットが彼に馴染むはずもなく、当初から、観客とケンカ寸前の、喧々囂々丁々発止のライブを展開していたらしい。この辺は、当時、よく対バンしていたRCや古井戸からの影響も強かったんじゃないかと思われる。
 そんな破天荒スタイルだったので、当然、フォークの連中、フォークを愛する観衆からはウケが悪い。対バンや共演だって、フォーク系からのオファーは少ないので、さらに意固地になって、抒情性とはかけ離れてゆく。
 フォーライフ設立を機に、拓郎・陽水がニューミュージック路線へ転換したように、泉谷もまた、ロック・サウンドへの傾倒を強めていった。ただ、ロックに強いブレーンやスタッフに恵まれなかったのか、ロックっぽいけどロックじゃない、消化不良な過渡期的な作品が多かったのも事実である。
 例えば、Neil Youngに対するCrazy Horseというのが、理想的なモデルケースだと思うのだけど、何故だか泉谷、ルーザー以前のバック・バンドは微妙にベクトルがズレている連中ばかりである。

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 初期のプロデューサー加藤和彦のツテで組んだミカバンド、またはイエローやバナナ。決して悪いバンドではない。ただ、破天荒な作風と背中合わせの繊細さをも表現できたかといえば、それはちょっとタイプが違ってたんじゃないかと思われる。
 楽曲によっては、うまくハマってるものもあったけど、トータルで見ればマッチングの度合いがバラバラで、永続的な関係に至ることはなかった。例えばミカバンドなんて、演奏テクニックも音楽センスにおいても、とんでもなく優れた逸材が揃ってはいたけど、泉谷との相性が良かったかといえば、それはまた別の話で。
 バンド・サウンドが欲しくなったので、たまたま空いているバンドに声をかけてみた。レコーディングしてみると、演奏はきっちりまとまってる。でも、アンサンブルは流麗だけど、前述の泉谷の個性が活かされているとは言えない。単に8ビートでガシャガシャやってもダメなのだ。
 なので、今度は違うバンドを紹介してもらう。同じく、演奏はまとまってる。まぁまぁロックっぽくなってきている。でも、どこかまとまりがない。ヴォーカル&インストゥルメンタル。カッコつけて言っちゃってるけど、歌と演奏がバラバラだ。
 泉谷と組む以前から、そこそこの経験を積んできているバンドなので、ある程度の約束事、バンド内でしか通じない共通言語ができあがってしまっている。後になって、そこに張り込んで言語を覚える、または新たな言語を作るのは、至難の業だ。なので、泉谷:バンドという構図ができあがる。イコールには決してなりえない。
 アーティストによっては、そんな緊張関係を逆手に取り、思わぬ化学反応によって傑作をモノにすることもあるけど、あいにく泉谷そこまで器用なタイプではない。
 思い通りに行かず、ジレンマばかりが溜まる。
 そして、それが作品にも如実に現れる。

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 まともなバンド経験がないまま、ソロ歌手としてスタートしたため、泉谷の歌は、基本、ギター1本で演奏できるものが多い。早くからバンド・セットでのレコーディングを経験してはいたけど、セッションやリハーサルを重ねて楽曲を作る人ではない。書くのはいつも独りだ。
 泉谷の個性である、記名性の高いヴォーカル・スタイルと、時に「哲学的」と曲解されてしまう言葉の礫。その重みは、強いキャラクターとして作用する。その剥き出しの個性は、単体で充分なパワーを発するため、それだけで成立してしまう。
 泉谷ががなり立てギターを叩き、そして時に朗々と語りかける。そこに余計な音は必要ない。中途半端なアレンジは、むしろジャマになる。
 なので、変にオリジナリティを出してジャマ者扱いされるくらいなら、むしろ開き直り、シンプルな伴奏に徹した方が良い。歌をジャマせず前に出過ぎず。カタルシスやグルーヴ感、そんな余計なことは考えずに。
 でもそれって、「ロックっぽい」サウンドではあるけれど、「ロック」じゃない。アイドルのバック・バンドと、なんら大差ない。
 何やってるの?俺。

 これまで「出来合い」のバンドとのコラボで「ロックっぽさ」を演出していた泉谷、一旦、活動をリセットし、新たなメソッドを模索することになる。目指すは、ゼロから作り上げる新バンドの結成だ。
 前線復帰へのリハビリ的な実験作やライブを敢行して、少しずつ現場感覚を取り戻してゆく。ちょうど世はバンド・ブーム前夜、ティーンエイジャーがこぞって楽器を抱えて好き勝手に歌い始めた頃だった。
 キャリアからすれば、当然、相手にするほどではない。でも、世代交代は確実に行なわれている。「ロックで勝負する」ということは、彼らと肩を並べて走らなければならない。ブルーハーツやプリプリと、同じ土俵で戦わなければならないのだ。
 無様な姿は見せられない。だからといって、若者に媚びたり、売れ線に走るつもりもない。ひたすら直球ストレートの豪速球を、プレイボールからゲームセットまで、100%の力で投げ込むだけだ。
 ジジイの集まりだから、時々息切れして笑われることもあるけど、「うるせぇ若造っ」と一喝すればそれで済む。それがベテランの特権だ。

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 今じゃすっかり性格俳優として重用され、またバラエティでは「じぃじ」といじられる泉谷である。台本通りに「乱入」や「暴言」なんかを繰り出しているけど、まぁそんなポジションも必要なんだし、それはそれで良しとしよう。
 どんなに「孫好き」な側面を見せようとも、またコメンテーター気取りで時事問題をしたり顔で語ろうとも、ルーザー時代をリアルタイムで見てきた俺世代にとって、泉谷はロックの人である。この時代があったからこそ、俺世代は泉谷を信用できる。
 再び、ルーザーをやってくれ、とは言わない。あれはあの時代、あのタイミングであのメンツがそろったからできたことであって、再現は不可能だ。
 メンバーはまだみんな現役だけど、また集まってたとしても、あの時代のあの熱までは再現できないのだ。

 下山淳が在籍していたルースターズ、ヴォーカルの花田裕之は、最後のアルバム『Four Pieces』でこう歌った。
 「再現できないジグソウ・パズル」。
 壊れたピースは戻らないのだ。



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1. 長い友との始まりに
 泉谷がこのプロジェクトを始めるにあたり、モチーフとしていたのがU2であり、そしてそのビジョンを具現化するためには、これまでの文脈になかった若い才能が必要だった。繊細なディレイを利かせた下山と、闇夜を切り裂くようなチャボのディストーションとのコラボレーションは、贅沢そのもの。そして、そんなアンサンブルを土台からどっしり支える、もはや主役と言ってもいいほどの存在感を醸し出す、ポンタの重厚なリズム。なんでスネアで、こんなデカい音出せるんだよ。

 長い友との始まりに 男が怒りのキズ口 舐めてる
 長い長い友との終わりに 女が泣くように 切ない 



2. のけものじみて
 やたらと攻撃的なスカ・ビートで塗り潰された、野生まる出しのトラック。泉谷のヴォーカルも絶好調だけど、ここで一番スゴいのは、ポンタのプレイ。多分、彼の中でもベスト・バウトと思われる怒涛の迫力で、ドラムヘッドが破れるほどの轟音マシンガン・ビート。泉谷・ポンタ、双方の限界が引き出された名プレイ。



3. TATTOO
 地を這うような、漆黒のレゲエ・ビート。Steely Danもそうだったけど、熟練のプレイヤーがレゲエをやると、どうしてこんなにネガティヴな音像になってしまうのか。もともとプロテスト・ソング的な側面が出自であるレゲエに対する敬意なのだろうか。
 享楽さとは真逆の、官能ささえ漂わせるサウンドと言葉。吉田健のベース・プレイが、バンドを支配する。

4. あいまいな夜
 再びレゲエ。この辺はちょっと小休止、ブルース色が強くヴォーカル自体も脱力気味。とはいえ、歌ってる内容は物騒である。

 あいまいな こんな日々には 俺とお前だけの
 肉のかけら 切り刻んで食べてやれ

 ルーザー・プロジェクトと同時進行で制作していた自主製作映画(?)『デスパウダー』の影響なのか、ゴシックホラー要素が盛り込まれた歌詞は、ちょっと厨二病チック。

5. 果てしなき欲望
 ここまでルーザーに焦点を当てたバンド・サウンドが多かったけど、ここでは泉谷節とも言える真骨頂が発揮されている。

 今からでも 遅くはないかい
 今からでも 間に合うのなら 走るぜ
 チャンスをくれた分の絶望が
 体をさするように まとわりつく

 バンド・グルーヴに振り回されっぱなし感もあった泉谷だったけど、ここでは完全にルーザーを抑え込んでいる。チャボのスライドとヴォーカルも、イイ感じの枯れっぷり。効果的に挿入されるリズミカルなストリングスも、豪快なアンサンブルとうまく対比を成している。
 クレジットでは、桑田佳祐がギターを弾いてるらしいけど、正直、わからん。

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6. 美人は頭脳から生まれる
 リリース当時はCDのみ収録だった、いわばボーナス・トラック。小鳥の鳴き声のエフェクトと、ピアノを弾くのは忌野清志郎。「黒いカバン」タイプの風刺ソングで、泉谷のヴォーカルも肩の力が抜けた感じ。まぁ小休止、幕間の曲といったところ。

7. 野性のバラッド
 聞けば、ルーザーにバッキングを拒否されたため、新宿アルタ前でゲリラ・ライブ、叫び語りバージョンとして収録されている。新宿のリアルな雑踏をバックに、演奏はギターのみ。アカペラというには粗野すぎるので、「叫び」。ちなみにシングルでのバッキングは、元アナーキーだったTHE ROCK BANDが担当。
 そこまで頑なに拒否ったにもかかわらず、ライブでは普通にルーザーと演ってるので、何が何だか。スマッシュ・ヒットしてから泉谷の発言力が強まったせいなのか、それともゴネるとめんどくさいから、大人の対応でイヤイヤ演奏していただけなのか。でもね、そこまで拒否するほど悪い曲じゃないと思うんだよ、むしろ名曲だと思うし。

 Oh なんてお前に伝えよう ひとりの鏡の中で
 誰かを傷つけてきた日々の その時の顔つきで 吠える

 恐らく泉谷の歌ってきた中で、最もストレートなラブ・ソング。きちんと整理されたバンド・ヴァージョンも悪くないけど、泉谷の意図する「剥き出しの愛」として捉えるのなら、やはり混じり気なしの無骨なアルバム・ヴァージョンにこそ、本質が込められている。

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8. LOSER
 前のめりなビートが多い楽曲の中では、比較的ゆったりしたテンポのブルース・ナンバー。チャボのギターが前面に発揮されている、ある意味タイトル・チューン的なポジション。
 「探さないで 近づかないで」と朗々と語る泉谷を、骨太なリズムで支えるルーザー。しかしポンタ、音デカいよな。録音エンジニアの苦心惨憺が窺える。

9. 終点
 アメリカン・ロックの大味な部分をうまく消化しながら、そこにギター・ロックの繊細さを添加、さらに、リズムに乗せるには引っかかりの強い日本語のアクで束ねると、こんなカッコいい日本のロックができあがる。RCの活動が停滞し、ルースターズ解散後、若手バンドが目指すべき方向性を示したのが、ルーザーによって練り上げられたグルーヴだった。
 鉄壁のリズムと変幻自在のギター・アンサンブル、そして強烈な個性を放つヴォーカル。瞬発力だけでもテクニックだけでもたどり着けない、底なしの爆発力を内包したプロジェクトだったのだ。

10. あらゆる場面で
 ラストは泉谷が主役、散文的かつ暗示的な言葉の羅列は、言霊として強いオーラを放つ。意味なんて深く突っ込まない方がいい。原初、部族のシャーマンは、偉大なる詐欺師として御託を並べ、多くの信者と陶酔者とを生み出した。そんなカタルシスを効果的に演出する、強いビートとリズム。そして盟友清志郎のコーラス。
 素敵な夢と素敵な時間を見せてくれるのなら、他は何もいらない。
 ただ、騙すのなら、うまくずっと騙し続けてくれ。
 ハッタリでも嘘でもいいから、素敵な歌と音、そして言葉を。
 少なくともルーザーでの数年間、泉谷はうまく騙して続けてくれた。
 でも、上手い嘘って難しい。そんなに長くは続かないんだよな。






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