好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

山下達郎

ポップ馬鹿としての達郎は、ここから。 - 山下達郎『Melodies』

folder 1983年リリース、7枚目のオリジナル・アルバム。前作『For You』に続きチャート1位を獲得、年間チャートでも7位にランクインしている。
 この年の年間トップは、映画『フラッシュダンス』のサウンドトラック、3位は松本隆主導によるプロジェクト戦略がピークに達していた、松田聖子『ユートピア』、次に明菜・サザンと、順当なラインナップになっている。
 ちょっと不意を突かれたのが、2位のフリオ・イグレシアス。外タレというよりディナー・ショー歌手の印象が強いので、カタカナで書いちゃったけど、アラフォー世代以下はもう知らないんだろうな。「バイラモス」をヒットさせたエンリケの親父ってことだったらわかるかな?とも思ったけど、あれだって、もう20年前なんだよな。本題と関係ないから、まぁいいか。
 続いて6位がMichael Jackson 『Thriller』。マイコーより売れてたのか、フリオ。で、この次に達郎が続く。
 単独トップこそ『フラッシュダンス』に譲ったけど、本当の意味でのこの年のトップは、断然明菜。しかも、年間トップ10圏内に3枚も送り込んでいるブッチギリ状態。さらに、ベスト・アルバムじゃなくて、全部オリジナル。出来不出来はあったとしても、尋常じゃないペースである。
 当時のアイドル歌謡曲のリリース・スパンが、シングル3ヶ月・アルバム半年が平均だったため、実現できた記録である。アニメ関連以外じゃ、こういうのってなくなっちゃったよな。

 ちょっと言いづらいけど、こんなキラ星が並んだラインナップの中では、何ていうかこう、地味で場違いな感が否めないのが、達郎の存在である。テレビでの露出が必須だった歌謡界や、いい意味でPV的な構成の『フラッシュダンス』や『Thriller』と違って、映像によるアプローチは、まったくと言っていいほどない。竹内まりやとの結婚式での取材ラッシュに辟易して、それ以降は頑なに映像での露出を拒んでおり、いまだ頑固にそのポリシーを貫いている。
 とはいえ、当時のニュー・ミュージック勢の戦略として、メディア露出を絞ってユーザーの情報飢餓感を煽ることがセオリー化していたので、達郎だけが特別だったわけじゃない。ないのだけれど、当時のTV出演拒否を謳っていたアーティストの多くが、今では普通に出演している中、彼だけは頑なに初心を貫いている。そこまでの頑固一徹さは、もはや賞賛に値する。ここまで行っちゃったら、もう引退するまで貫いてほしい。
 ビジュアル面でのインパクトの薄さは、アルバム・アートワークでも顕著にあらわれている。「FMステーション」でお馴染み、鈴木英人デザインによる、ポップでアメリカンナイズされたアートワークでパッケージされた『For You』から一転、『Melodies』のジャケットは、インパクトもなく地味である。オールディーズ・ナンバーのオムニバスのような、素っ気ないデザインとなっている。歴代のアルバム・ジャケットの中では、『Spacy』と肩を並べるくらい、掴みどころがない。
 逆に考えれば、小洒落たデザインや話題性などを抜きにして、音楽のクオリティだけで勝負する-、そんな強い決意の表れ、そして自信だったと言える。

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 JALのCMソングとなった「高気圧ガール」以外、マスコミにとって形容しやすいセールス・ポイントがないアルバムがここまで売れちゃったのも、そんな強い自信のあらわれ、真摯な決意の賜物だったんじゃないか、というのはちょっと持ち上げすぎかな。でも、当時置かれた立場的には、普通に『For You』の二番煎じでも、誰も批判はしなかったと思われるし、周辺スタッフだって、内心は気が気でなかったんじゃないかと思われる。大滝詠一だって、『Each Time』は自嘲的に「ロンバケⅡ」って語っていたくらいだし。
 達郎がデビューした頃、日本のロック/ニュー・ミュージックの市場はまだ未成熟で、単体で採算が取れるほどのレベルではなかった。吉田拓郎や井上陽水など、ごく一部のアーティストらは安定したセールスを積み上げていたけど、その他大多数は商業的にいわばお荷物、絶大なセールスを誇っていた歌謡曲の売上で活動させていただいているようなものだった。一部の看板歌手によって得た利益を再分配して次世代へ投資する、この図式は今もそんなに変わらない。まぁ市場規模が小さくなっちゃったので、原資自体が減っちゃって配分も何もなくなっちゃったけど。
 で、80年代に入ったあたりから、歌謡曲以外のシェアが増大する。さらなる売り上げ拡大を目指すアーティストもいるにはいたけれど、純粋な動機で音楽を始めた者が多かったこの時代、セールスの裏付けによる発言力を得たことによって、強いアーティスト・エゴを反映させた作品もまた多い。
 9位のユーミン『リ・インカーネーション』は、後の恋愛至上主義からは想像もつかないSFチックなスピリチュアル路線だし、11位の中島みゆき『予感』だって、ご乱心路線にギアが入り始めた頃の作品である。事実上の独立第1弾となる『Melodies』も、シングル曲以外は内省的で派手さのない、アーティスト・エゴを優先させたサウンド・コンセプトで統一されている。
 「Ride on Time」や「Loveland, Island」の拡大再生産的な「高気圧ガール」一色で埋め尽くしたって、誰もケチはつけないだろうし、市場のニーズとはマッチしている。でも、そうはしたくない、時代に寄り添い過ぎたくはない、という嗅覚が働いたのだろう。それが得策だったことは、時代が証明しているわけだし。

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 「Ride on Time」のスマッシュ・ヒットで注目され、そこから『For You』~『Melodies』と続く第一次達郎全盛期は、同時にニュー・ミュージック時代の終焉に位置づけられる。80年代後半のバンド・ブーム以前、非歌謡曲系のアーティストの主軸がソニー系ロック/ポップ系へ移行する、そのちょっと前の時代。
 70年代にデビューした、叙情派フォーク勢が中心となったニュー・ミュージック系の歌手らは、時代の趨勢に従うように、ソフィスティケイトされた洋楽テイストのサウンドを志向するようになる。赤裸々なメッセージとイデオロギーをコアとした60年代組と違って、白樺派的雰囲気フォークの後発勢らは、ポップで耳ざわりの良い英米のシンガー・ソングライターのメソッドをパクって吸収していった。男だったらPaul Simon、女ならCarole King、「第2の~」「日本の~」というキャッチフレーズが多かったのも、この頃である。
 そんな小ブームも一過性に終わり、次の元ネタを探しに次に向かったのが、アーバンで落ち着いた「大人の音楽」、Christopher CrossやBobby CaldwellらによるAORサウンドだった。一歩間違えれば演歌にも通ずる情緒的なメロディ・ラインは、日本人のメンタリティにも心地よくフィットしたため、流用するにはうってつけだった。
 達郎の場合、そんな並行輸入のAORもどきとは一線を画し、ウェットな感性を排したサウンドとメロディを持ち味としていた。ただ、「洗練された大人のシャレオツなサウンド」といったくくりで行くと、あながち間違ってはいないし、プロモーション展開としてはやりやすい。

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 「夏だ海だ達郎だ」といったリゾート・ミュージック的な捉えられ方は、自分の音楽的ポリシーや意向が完全に反映されたものではない」と後年、達郎は語っている。当時の音楽シーンを鑑みると、刹那的な流行だったと思っても仕方がない。
 ただ、100パーセント自身の嗜好が反映されたモノを作っているアーティストがどれだけいるのかといえば、実際のところ、そんなに多くはない。ていうか、むしろごく少数。
 かつてはMarvin Gayeがジャズ・スタンダードのアルバムをリリースしたり、近年でもPaul McCartneyが単発的にクラシックのプロジェクトを興したりしているけど、ほとんどは採算度外視の道楽みたいなもので、どれもヒットを前提として作られたものではない。商業ベースに乗せるためには、大なり小なり妥協がついて回るのだ。
 インタビューなどの発言やラジオの選曲傾向から、オールディーズやドゥーワップをベースとした音楽が好みであることは、よく知られている。嗜好としては間違ってはいないのだけど、本来の志向とは微妙にズレがあることは、ライト・ユーザーにはあまり知られていない。
 実際の達郎は、古くはAC/DC、近年ではEastern YouthやThe Birthdayらをこよなく愛する、意外に意外なハードロック壮年である。ただ、「自分の声質にはフィットしないことを自覚し、消去法的選択で今のような作風に向かった」と、これも自身でコメントを残している。
 達郎がインタビューで頻発して用いるのが、「商業音楽」という言葉。
 彼曰く、「不特定多数のユーザーに届かせるためには、嗜好よりも適性が優先される。商業音楽の世界では、売れないのは無と同然であり、売れる事によって初めて優劣の評価が成される」と。詳細までは覚えてないけど、このニュアンスの発言は何度か目にしたことがある。こういう事語らせたら止まらないのが、この人の持ち味でもある。
 「商業音楽」の世界で生きて行こうと決めた時点で、達郎の音楽性は狭まったのか、それとも逆にフォーカスが絞られたのか。多分、後者だろう。言っちゃえば結果論くさいのだけど、それをまた後付けで理論武装してしまうのも、この人のしたたかさである。

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 前年に立ち上げたアルファ・ムーン・レーベルへの移籍を機に、達郎は自ら作詞を手がけるケースが多くなる。それまでは、多くの作詞を吉田美奈子に委ねていたのだけど、自ら選んだ言葉とテーマを歌う行為は、今後のアーティスト活動の継続において必然と判断したのだろう。
 もともとサウンド・メイキングの方の評価が高くて、歌詞なんて添え物程度にしか考えてなかったんだから、どうせなら長所を伸ばす方向、サウンドやヴォーカルのディティールに力入れた方がいいんじゃないの?と余計な勘ぐりをしてしまいたくなる。当時の内情を知らない俺だってそう思うんだから、身近な関係者や事情通の中には、そんな風に思ってた人もいたんじゃないかと思われる。
 いざ「自分で書く」と決めたはいいけど、プロフェッショナルな職業作家ではないので、高度なレトリックやダブル・ミーニングを多用できるわけではない。気取った言い回しができるタイプじゃないし、特に30過ぎだったら、内面をさらけ出すことに対する気恥ずかしさが先立ってしまう。
 ある意味、見切り発車的な(ほぼ)全曲作詞だったため、類型的な情景描写が多く、赤裸々な心理描写を表現した作品はない。メロディ・ラインとヴォーカルの発語感のマッチングが齟齬を来たし、拙いものもあるにはある。
 「商業音楽」としてのクオリティを追求するなら、外部委託もまたひとつの手段である。製品レベルの維持安定を図るのなら、むしろ信頼できる第三者に委ねた方が合理的だ。
 でも彼は、人に書いてもらうことより、自分で言葉を選び、歌うことを選んだ。「商業音楽」の世界に生きていながら、やはりそこはアーティストだ。なぜ自分が、多くの人に作品を聴いてもらいたいのか。単なる利潤の追求なら、もっと効率的なやり方はある。
 効率的なロジックとは対極の、抑えきれぬアーティスト・エゴの発露。湧き上がる表現欲求に駆り立てられるように、その後の達郎は言葉の表現にも注力するようになる。

 後にリリースしたアルバム・タイトル『Artisan(アルチザン)』。職人をあらわす英語である。その後の彼の足取りを想えば、アーティストというより、この言葉の方がふさわしい。





1. 悲しみのJODY (She Was Cring)
 大滝詠一だったか誰だったか、「日本で最初にファルセットでメジャーになった曲」と称された、なのに8ビートのストレートなロック・チューン。ファンクやディスコと言えば16ビートだけど、敢えてそこをはずしたところに、新境地への意気込みが窺える。
 多重コーラスはもちろん、やたら重たいベースや終盤のドラム・ソロも、ぜんぶ達郎独りでこなしている。井上大輔にサックスを頼んだ以外は、ほぼ全部自分。こういうスタイルって、もっとこじんまりとまとまっちゃうものだけど、ちゃんと広がりのあるヴァーチャル・バンド・サウンドに仕上げている。この時期はあんまりライブに積極的ではなかったけど、後のバンド・アンサンブルも想定していたんだろうか。

2. 高気圧ガール
 オリコン最高17位まで上昇した、先行シングル・カット。当時のJALのキャンペーン・ソングということで、やたら大量に出稿されていたのは、中途半端な田舎の中学生だった俺の記憶にも強く残っている。ていうか、一般的な認知が定着したのは、多分この頃だったんじゃないかと思われる。
 享楽的な夏の宴を思わせるサンバのビートは、裏表もあまり感じさせず、その辺はやはりオファーに則った職人芸。「夏の男」というベタなニーズにそのまんま応えた、コマーシャルな達郎像が具現化されている。アカペラとパーカッションで構成されたイントロは、一歩間違えればエスニックな泥臭いものになりがちだけど、そういった危惧をすべて回避して、コンテンポラリーなポップ・スタンダードとして仕上げている。
 ちなみに甘い吐息の主は、しばらく明かされていなかったのだけど、正体は竹内まりや。やっぱりな。

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3. 夜翔 (Night-Fly)
 ゆったりした正統フィリー・ソウルなバラード。ベタでムーディでスウィートなホーン・セクションと優雅なストリングス。なので、決して技巧的ではないベタな歌詞がフィットする。小難しい言葉を連ねるタイプのサウンドじゃないしね。
 リリース当時は1.2.のようなアッパーなサウンドのインパクトに心惹かれていたけど、年を取るにつれ、こういったシンプルなソウル・バラードの方がしっくり馴染むようになる。
 大人になればわかるよ、そういうのって。

4. GUESS I'M DUMB
 Bryan Wilson作のカバーというのを、だいぶ後になってから知ったのだった。ちなみにYouTubeでオリジナルのGlen Campbellヴァージョンを聴いてみたのだけど、歌い方は完コピだな。達郎ヴァージョンを先に聴いてるので、俺的にはこっちがオリジナルみたいなものだけど、結構やるよな、Glen。ヴォーカルの力だけで引き込まれてしまう。
 アカペラ多重コーラスで彩ることによって、サウンドの深みがグッと引き立ったのはアイディア勝ち。ていうか、このコーラスが入ってこそ、この曲は完成したんじゃないか、とさえ思ってしまう。
 ちなみにこの曲も1.同様、達郎独りによる多重録音。この時、30歳。それでこの完成度だから、どれだけ老成してるんだよ。やっぱ若年寄だな。

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5. ひととき
 レコードではA面ラスト、本人いわく、60年代フォークっぽくやりたかった、とのことで、サウンドはポップなフォーク、ヴォーカルはちょっと抑えめのソウル・タッチ。要所を多重コーラスで締め、コンパクトにまとめている。夏っぽさどころか季節感も薄い、もう少しウェットに寄れば抒情フォークになってしまうところ。でもこの雰囲気は悪くない。3.同様、年を重ねてから聴くと、じんわり来る。

6. メリー・ゴー・ラウンド
 このアルバムのメイン・トラックのはずだったのだけど、一般的な認知度で言えば10.に取られてしまい、不遇を囲っているどファンク・チューン。ただファン歴が長くなればなるほど、この曲の人気は高くなる。
 最強のリズム・セクションだった伊藤広規(B)と青山純(Dr)によって構築された盤石のビートは、誰も太刀打ちできない。この2人の勇姿を見ることは叶わなかったけど、昨年、初めて参加したライブで、俺が最も楽しみにしていたのが、この曲。いやもう、心も体も持ってかれてしまう。



7. BLUE MIDNIGHT
 『For You』のアウトテイクということで、この曲のみ作詞が吉田美奈子。フィリーなソウル・バラードは3.と似たタッチで、いつも印象がかぶってしまう。まぁノリノリの6.の後だから、その後のクール・ダウンといったポジショニング。
 逆に言えば、このアルバムのサウンドには非常にフィットしており、よって『For You』だと入れどころに困ってしまう。すでにこういったライト & メロウ路線が芽生えていたのだろう。

8. あしおと
 こちらも『For You』時に制作された楽曲。軽いタッチのシカゴ・ソウルは、やっぱシックなこのアルバムとの方が相性が良い。肩の力を抜いたポップ・ソングだけど、コマーシャルな路線とも違う、それでいて優しく寄り添ってくる。不思議な魅力のあるナンバー。これまでも、そしてこれ以降もないタイプなので、なかなか貴重。多分、もう書けないんだろうな、こういう方向性って。



9. 黙想
 ラス前のインタールード的な小品バラード。歌詞は至ってシンプルだし、アレンジもピアノ1本。しかし、ポップのアルバムで、こんなタイトルの曲を入れるだなんて、なかなかの冒険。一過性のヒットを狙うのなら悪手だけど、長期的な展望で見れば…、ややっぱないな、普通。

10. クリスマス・イブ
 あまりに語られ過ぎてるし、誰もが知ってる曲なので、大して書くことはないけど、本格的なアカペラ・コーラスを大々的にフィーチャーされた、初めてのヒット曲。若書きとも取れる歌詞も、過度なセンチメンタリズムを避け、それでいて情熱的。考えてみれば、ソウルにどっぷり浸かっている人なので、ストレートな表現を多用するのは当たり前なのだ。
 初回の12インチ・ピクチャー・レコードを速攻で買ったのは俺の自慢のひとつだけど、金に困って売っぱらっちゃったのもまた、俺の数少ない後悔のひとつ。こういうのは手元に残しておくものだよね。みんなも大事なアイテムは、簡単に手放さないようにね。

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2017/08/19 苫小牧市民会館 山下達郎PERFORMANCE 2017 ライブ・レビュー

 地元ながら、苫小牧市民会館に入ること自体が久し振りだった。
 以前行ったのは、息子を連れてのシンケンジャー・ショーだった。これが確か5?6年前。
 その前が30年くらい前、高校の芸術鑑賞で映画を見た。何を見たか、内容すら覚えてないけど、この時点ですでにボロかったことは覚えている。
 そのまた前が、商店街の購入特典で行った山口百恵のコンサート。確か引退直前だったんだよな、貴重な思い出である。
 なので、物心ついてまともなライブをここで見るのは、初めてである。

 会場に着いたのが、開場1時間前だったせいもあって、とにかく人・人・人。
 しかもやたら年齢層が高い。多分この中じゃ、アラフィフの俺でさえ年少組だ。そして、小学5年生の俺の息子は、恐らく最年少だろう。
 そう、今回は山下達郎ファンの息子と一緒だ。しかも、自分から「観たい」と言って。
 変わってるよな、自分の息子ながら。
 グッズには興味がないので、ほんとは買うつもりなかったけど、やっぱ行ったら行ったで、何かしら欲しくなるもの。
 クリアファイルだけ買おうかと、最後尾を探して見ると、巡り巡って行列は3階にまで到達していた。普段だと行列が嫌いな俺だけど、今回は素直に列に並ぶ。息子も「長いけど並ぶ」と言う。
 息子よ、どうしてお前はそんなに山下達郎が好きなんだ?別にうちでヘビロテするほど聴かせてたわけじゃないのに。

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 席は一階の後ろ側ほぼ真ん中、すぐ右前にサウンドボードが設置されている。
 収容人数が1600人くらいのハコなので、ステージまでは、ほぼ20メートルくらい。なので、かなり近い。
 ステージには、アメリカの古い町並みをイメージしたセットが、両方に設けられている。10人編成のバンドなので、幅はまぁいいとして、機材が所狭しにセッティングされており、奥行きはちょっと足りなそう。

 6時を5分ほど過ぎてから、「ポケット・ミュージック」のアカペラ・コーラスがファンファーレとして流され、開演。
 客電が落とされて、暗闇の中でメンバーはスタンバイ、軽快なギターのカッティングが鳴り響く。
 「Sparkle」だ!
 想像以上に音が心地よく響く。
 弦一本一本の音がクリアに届き、リズム感もCDそのまんま。ギター・カッティングがめちゃめちゃ上手いことは聞いてたけど、やっぱ本当だったんだ。
 今になってこんな風に書いてるけど、それよりも何よりも、湧き出てきた想いはただひとつ。
 -やっと逢えた。
 ここで俺、号泣。
 50近くになってボロボロ泣いちゃうだなんて、ちょっとは想定してたけど、ここまで本能的に揺さぶられるとは思ってなかった。
 30年と少し前、大滝詠一経由で興味を持ってから『Melodies』を購入、その後も付かず離れずラジオを聴き続けアルバムを聴き続けて云々。まさかこんな近場に来てくれるだなんて思ってもなく、このチャンスを逃したらもう逢えないかもしれないし、競争率も高いだろうけど、祈るような想いで申込みしたら、なんと当たってしまって息子も大喜び…。
 積年の想いが、走馬灯のようにダーッとフル回転、感極まって涙が止まらない。息子が横にいるけれど、もう構ってられない。
 ごめん、ここからは俺の時間だ、お前は勝手にやっててくれ。

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 普通のライブなら、開演と同時に総立ちになるのがセオリーだけど、ここまでのキラー・チューンであるにもかかわらず、ほぼ誰も立ち上がる気配がない。サウンドボード前に座る女性グループが、一瞬ノリノリで立ち上がっていたけど、周囲の醒めた視線を感じたのか、すぐ着席していた。
 俺も腰が浮きかけたのだけど、よかった立たなくて。そういったのを強制するムードではないのだ。

 観客もプレイヤーも年齢層が高めということもあって、2、3曲歌うごとにMCが入る。トークと歌のギャップが大きいとは聞いてたけど、確かにそう、いつものラジオと同じ口調だ。
 曲だけ聴いてると、「妥協なき完璧主義」といったアーティスト・イメージだけど、ちょっと口をひらけば、もう単なる喋り好きな近所のオッさん。ツアーも終盤だけあって、起承転結もしっかりしてるし、きちんとオチだって用意してる。
 自他共に認める大御所なんだから、そこまでサービス精神旺盛にしなくたっていいはずなのに、歌うのと同じくらいの熱量を使い、観客を沸かせ、時に時事問題も交えながらシリアスに語ったり、緩急をしっかりつけている。時々、寄る年波をネタにした、自虐的なギャグも入れたりしながら。
 しっかり練られて熟成されたトークに引き込まれ、序盤の号泣が落ち着く俺。MAXに振り切れたテンションが、ここでクールダウン、まるでジジイの井戸端会議に紛れ込んだような錯覚に陥る。
 そう、いつもの日曜の午後2時、あの気分だ。

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 次に背中がゾワっとしたのは、「ドーナツ・ソング」から始まるメドレーだった。
 ほんのワンフレーズだけどフィーチャーされた、「ハンド・クラッピング・ルンバ」。
 山下達郎と大滝詠一のファンは、結構な割合でカブってるはずで、特に年季の入ったオールド・ファンにとっては、嬉しいプレゼントだった。
 ここで俺、ちょっとだけ目が潤む。
 ちょっと飛ぶけど、その後の「いかすぜ!この恋」にも、脊髄が反射した。
 10代から聴いてるんだもの、意識しなくても、体が反応してしまう。


COME ALONG 3
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山下達郎
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 順不同だけど、印象に残ったMCの内容を少しだけ。ネタバレなので、そこはご容赦。

* 80年代から90年代にかけては、レコーディング作業に専念することが多かったため、ほとんどライブ活動は行なっていなかった。そういった事情もあって、この時期の楽曲はほとんどライブで披露されたことがない。2008年からライブ活動を再開したのは、ニュー・アルバムのプロモーションといった通常ルーティンではなく、こういった楽曲を再演したいという想いから。

* 今後も、声が出る限りは毎年、ツアーは行なうつもり。「残された時間が少ない」というのは、60を過ぎると、誰しも思うことなのだろう。
 前回のツアーで、喉の不調から一部延期になったトラブルがあってからは、その想いはさらに強まったんじゃないかと思われる。

* 今回のツアーの目標のひとつとして、アンコールを除いて、ライブ本編3時間以内で収めようと思い立ってスタートしたけど、ここまでで残り4本、時間内に収められたことは一回もない!と自虐的に語る。観客、ここで爆笑。
 ファンとしては心情的には嬉しいんだけど、観る方もやる方も年齢層が高いせいもあって、キツイよな確かに。「トイレ休憩入れた方がいいんじゃないか」はギャグに思えなかったし。

* ほんとはツアー前にミニ・アルバムを出す予定もあったけど、案外映画の主題歌に時間を取られてしまい、断念。並行して制作予定だった『Pocket Music』30周年にも手をつけられなかったので、来年、『僕の中の少年』30周年と併せてリリースしようかと思っている。また、シングル楽曲が溜まってきたので、オリジナル・アルバムも作る予定。
 -いやいや詰め込み過ぎだって。

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 ちょっと重めなMCを前置きとした、今になって時代が追いつきつつある「War Song」。改めて聴くと、包括的な一般論じゃなく、諦念を絡めた個の感情が、時代にフィットしている。
 アカペラ・コーナーは、敢えて直球勝負の「So Much in Love」 ~ 「Stand by Me」のカバー、を挟んでの「クリスマス・イブ」。
 正直、会場内はとても暑い。老朽化した建物ゆえ、まともな冷房設備がない。
 MCが入るたび、ペットボトルを口にする俺と息子。山下自身、「ここは暑い」って嘆いてるくらいだもの。そんな汗だくの中での「クリスマス・イブ」。凝ったプロジェクション・マッピングまで使ってるのに、ある意味シュールだ。
 その後の「蒼氓」メドレー、山下にとって、これもある意味、同世代へ向けてのプロテスト・ソングだったのかな。60年代の楽曲がいろいろフィーチャーされている。たしか「Summertime Blues」も入ってたかな?

 しっとり落ち着いた「Get Back in Love」に続き、「メリー・ゴー・ラウンド」。ここ数年、レアグルーヴ経由で、初期のダンス/ファンク路線を再発見した俺が、最も心待ちにしていたナンバーだ。
 近年のアーバンなバラード路線も悪かないけど、こういったズッシリ重いファンク・チューンこそ、強力なバンド・アンサンブルを楽しめる。各メンバーの見せ場も大きくフィーチャーされ、プレイする方も観る方もテンションがガーッと上がる。
 そして、メチャメチャ楽しそうにリズムを刻む、バンマス山下。

 「あんまり合わなそうだけど、敢えてやってみた」というエクスキューズを入れての「ハイティーン・ブギ」から、アンコールはスタート。
 ゴメン、ミスマッチでちょっと笑ってしまった。クライアントのキャラクターに合わせて作られてるので、30年以上経ってから、まさか自分が歌うだなんて思ってなかったんだって。
 ネタ見せが終わった後は仕切り直し、「Ride on Time」~「Down Town」とキラー・チューンで畳みかけて観客を悶絶させる。おいおいヒット曲ばっかりじゃないの、そこまで大盤振る舞いしちゃうのかよ。
 メンバー全員によるご挨拶も終えて、最後に独りステージに立つ山下。3時間半に及ぶライブをやり切り、ご満悦だ。
 最後の最後、アカペラで「Your Eyes」をワンコーラスでほんとの終了。どこまでサービス精神旺盛なんだ。

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 ちょっとだけワガママ。
 俺的には「Paper Doll」や「Bomber」も聴きたかったな。息子は「街物語」と「エンドレス・ゲーム」が聴きたかったんだって。
 やっぱ次回も参戦しななきゃな。
 でも息子よ、もう寝る時間だぞ。

 セットリストはこちらから。↓
  http://dailysetlist.net/archives/74592



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大人の階段をのぼった日本のポップ馬鹿 - 山下達郎 『僕の中の少年』

folder 『Melodies』制作時まで行なっていたバンド・スタイルでのアナログ・レコーディングから一転、『Pocket Music』からは最新機材フェアライトCMIなどのデジタル機材中心のセルフ・レコーディング・スタイルに移行した山下達郎。前回のレビューでも書いたけど、達郎だけじゃなく、スタジオ・スタッフやオペレーター自身もマシンのスペックを最大限活かすノウハウが足りなかったため、どうにも過渡期的な仕上がりとなった。
 どうにも望み通りのサウンドに仕上がらず、ていうか「デジタル移行後の理想型」が確立されていない頃だったせいもあって、その試行錯誤振りがクオリティとして如実に表れてしまったことは、これはこれで模索した証である。
 そもそも収録された楽曲のカラーが、これまでの「夏だ!海だ!達郎だ!」的なアッパーチューンのものではなく、どちらかと言えば70年代欧米のシンガー・ソングライターを祖とする内省的なスタイルのものが多かったせいもあって、そのモヤモヤ加減に拍車をかけることになる。

 陰鬱とした打ち込み作業によって楽曲のテイストに影がさしたのか、それとも逆なのかはわかりかねるけど、本人言うところの「パンチが足りない音」になってしまった。
 エジソンの蓄音機時代からノウハウを積み重ね、70年代末のSteely Danではほぼ完成の域に達していたアナログ・レコーディングは、同時演奏から引き出される相乗効果による倍音効果やグルーヴ感、ダイレクトに刻まれる低音のズシンとした響きなど、きちんと手間ヒマかければ安定して高レベルのサウンドを創り出せるようになった。録音技術や解像度、マイク・セッティングのコツやエコー、リヴァーヴのかけ方など、職人芸や小技が熟成されたのもこの頃である。
 そんな風潮と相反するように、敢えてラウドなガレージ系のサウンドが台頭したりもしたけれど、メイン・カルチャーあってのサブであって、キッチュなテイストがメインとなるはずもない。

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 対してデジタル機材、80年代中頃と言えばMIDI規格が統一されたことによって、やっとシンセや周辺機器が安価に普及し始めた頃、コンセプト的に相性の良いCDの登場によって、シンセがメインのバンドやユニット、「サンプリング」という単語が認知され始めた時期である。
 発売当初は70分超ノンストップ長時間録音と、驚異的なSN比の高さが喧伝され、レコードと比べて取り扱いの簡便さが強調されたCDだけど、クリアな音質と高音質とはまったく別のベクトルであり、アナログ時代の強力な音圧、ダイナミズムが足りなかったことは事実である。
 そんな事情もあって、リアルタイムで聴いた『Pocket Music』、当時の俺はピンと来なかった。後の本人解説や他のレビューを読んだりすると、その達郎自身も不満足な仕上がりにどうにも納得できず、結局のところリリースして翌年、すぐリマスター盤を出したことは、彼流の落とし前だったのだろう。

 ただ、そういった情報はライト・ユーザーにまで行き届くわけもなく、田舎の高校生だった当時の俺にとっては、「山下達郎の新譜はイマイチだったよな、ま、他に聴きたいものいっぱいあるし」って感じで終わってしまった。どっちにしろ、いくら「高音質になりました‼」と言われたって、去年買ったアルバムを再び買い直すなんてこと、普通の高校生にできるわけもなし。結局、イマイチな印象のまま、時は流れてしまったわけで。
 ここで達郎の肩を持つわけではないけど、この時点で「やっぱり俺、デジタルって合わないんだな」と安易にアナログへ回帰することはせず、さりとて時流に合わせたチープなシンセ・ポップへおもねることもなかったのは、音楽職人として生きる達郎の意地だったんじゃないかと思われる。

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 『Pocket Music』と『僕の中の少年』との間、達郎は超私的なライフワーク、『On the Street Corner』の2枚目をリリースしている。これこそ究極のアナログだよな。だって自分の声だけを重ね合わしてゆくんだから。特に当時、このような多重コーラスの厚みを演出するには、アナログ機材の不確定さが大きなファクターを占めていた。解像度の良いデジタルでは、分離が良すぎてハーモニーにならないのだ。
 ただ、これはあくまで企画モノ。趣味的なアルバムである。
 作家性を露わにし、パーソナリティを前面に押し出したオリジナル・アルバムは、作り込みとリテイクの繰り返しが多く、時間がどうしてもかかる。真夜中に突然、アイディアが閃いたとして、バンド・メンバーを呼びつける手間と気苦労を抱えるよりは、独りでやれることは独りでやってしまった方が早いし意図を正確に反映できる。
 ディスコ/ファンクのオマージュ的なフィジカルな音楽性から、心情に訴えかけるソングライター的な音楽性へのシフト・チェンジによって、レコーディング・スタイルの変更は達郎にとって必然だった。

 この時期の達郎の発言を読むと、まぁネガティヴなものが多い。「そろそろ一線を退いて引退を考えていた」だの「40代を間近に控え、現役での活動に先行きの見えなさを感じていた」だの、今にして思えば後ろ向きな発言が多い。
 スマッシュ・ヒットとなった「高気圧ガール」時の勢いも遠い昔となり、もともと本意ではない、夏だの海だのリゾートだの、浮ついたイメージからの脱却を図った末、次第にリズムよりもメロディの重視が顕著になりつつあった。本人なりに年相応のサウンド傾向を模索していた感もあるけど、それが地味でキャッチーさとは無縁の方向性となってしまったのが、この時期の特徴である。なので、どこか背伸びしてる感が強い。昔から内輪で冗談半分に呼ばれていた「若年寄」的ポジションに収まってしまっている。まだ30過ぎて間もない頃なのにね。
 本人としても、若き日のがむしゃらにはっちゃけた音楽より、年相応に腰を据えてじっくり聴いてもらえる音楽を目指そうとしたんじゃないかと思われる。ちょうど時期的にかぶるのだけど、同世代の桑田佳祐もまた、サザン休止中の初ソロでは内省的なアーティスト性を露わにしていたわけだし。やはり30代半ばというのは、何かと思うところがある年頃なのだろう。

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 ほとんどの楽器パートをすべて独りで行なうセルフ・レコーディングは、ジャッジメントが難しい。必然的にプロデュースも兼任することになり、あらゆる作業進行を自分で管理しなければならない。際限なくスタジオワークを行なうわけにもいかないし、早々に切り上げて「手抜き」と思われてしまって責められるのは自分だ。どの辺まで作り込めばいいのか、微妙な判断が求められるのだ。
 達郎の場合、このセルフ・レコーディングへと向かうプロセスが、他の宅録アーティストとは若干方向性が違っている。一般的にセルフ・レコーディングのアーティストと言って思い浮かぶのが、Prince や70年代のTodd Rundgrenあたり。他にもPaul McCartneyやPaddy McAloonなんかも単独制作の経験がある。加山雄三も経験あるんだな、初めて知った。
 で、彼らの場合ほとんどに共通するのが、「自分で制作した楽曲を、すべて自分で演奏することによって、100%思いのたけを表現したいんだ」という純粋な動機の末での宅録作業である。普通に考えて、自分で作った曲だからして、自身が一番、演奏やヴォーカルもうまく表現できるのが当たり前であり、その考えは間違っていない。いないのだけれど。
 その完成品に作者の意向がすべて反映されているのと、果たして不特定多数のユーザーに共感を得られるのかはまた別問題である。要は、自己満足で終わってしまっているかどうか。その意向が多くの人々の気持ちを揺らがせることができるかどうか.
 例えばToddの一部のアルバム。正直、「ぼく独りでここまでやってみました」的な、クオリティやポピュラリティとは別物に仕上がっているものも多い。まぁ作ってるのがToddだし、彼にはコアなファンも多いので、「たいへんよくできました」的な声は多い。どの作品がとは言わないけどね。優しいファンが多いんだよな、Toddって。

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 で、達郎の場合。
 これまでほぼ固定されていたメンバーで行なっていたレコーディングが、各メンバーとも業界内で名前が売れてきて他アーティストからの依頼も多くなり、長期間の拘束が難しくなった。長年に渡って熟成されたアンサンブルは、そう簡単に替えが効くものでもなく、今後の時代の趨勢から見て、単独でのレコーディング作業へと向かわざるを得なかった、という事情がある。なので、先人のように能動的な理由によっての経緯ではなく、なかば成行き的なニュアンスが強い。
 フルバンドでレコーディングできるのなら、ほんとはそれがいい。そんなことはわかっているのだ。でも、それには膨大な時間もかかるし経費もかかる。ギャラだって上がってるし。

 普通のミュージシャンなら、新たな機材を入手すると、その機材のポテンシャルを最大限に引き出そうと思うのが一般的である。プリセット音源でも新たなミックス音源でもいいけど、とにかくその音色から着想を得て毛色の変わったサウンドを創り出そうとすることが、創造的なミュージシャンの業である。
 で、達郎の場合、そういった新機能も使わないわけではないけどひと先ずそれは置いといて、使い慣れないデジタル機材という縛りを入れて、これまでのバンド・スタイルと同じグルーヴ感を出す、という発想なので、そこがめんどくさいところである。
 ファンクやヒッピホップのレジェンドたちは、敢えてそのチープな音色を逆手に取って独自のサウンドを生み出したけど、彼の場合、全然違う方向に行ってしまった。まぁそういったところは独自性の塊なんだな、と思ってしまう。


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1. 新・東京ラプディー
 軽快で爽快感あふれる響きのシンセのリフ、とぼけたテイストのタイトルで隠れがちだけど、さり気なくぶち込んでいるスラップ・ベースの響きは純正ファンク。延々ループするコードはグルーヴ感をきちんと保っている。Jon Faddisによるトランペットはニニ・ロッソばりに過剰にロマンチック。そう、達郎のエッセンスが過剰に詰め込まれたサウンドは、時に息苦しくもなるけど、聴き続けると共にリスナーを絶頂に誘う。
 なので、コーラス参加の村田一人も竹内まりやも、どこか影が薄い。過剰さが足りないのだ。

2. ゲット・バック・イン・ラヴ
 オリコン最高6位、年間チャートでも27位と大きく食い込んだ、「高気圧ガール」以来のヒット曲。ドラマの主題歌ということもあって耳にした機会も多く、この辺りから「達郎と言えばバラード」という印象が定着し始めた。「クリスマス・イブ」はまだそこまで定着してなかったしね。
 本人いわく、「今後の方向性を念頭に入れて、「夏」イメージの脱却を図った」とのことだけど、今にして思えばちょうど良いタイミングだったのだろう。ここでアッパーな「夏」イメージに固執してたら懐メロ歌手にフェードアウトしてしまい、今ほどのブランドイメージは確立されなかっただろうし。

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3. The Girl In White
 これもCMソングとしてお茶の間で聴く機会が多かった、なじみの深い曲。もともとは当時、日本でもちょっとした人気だったアカペラ・グループ「14 Karat Soul」に書き下ろした曲。タイトルは商品が「サントリー・ホワイト」だったため、そこから由来する。
 曲の構造自体はオーソドックスなドゥーワップ風味のポップ・ソウルで、子のセルフ・カバーでは達郎自身がほぼすべての楽器を担当、メジャー・タッチの曲調ときらびやかなプログラム・サウンドとがイイ感じにシンクロしている。肩の力を抜いて作られたポップ・ミュージックは、聴く方も単純に楽しめてよい。作り込みが多すぎると、聴いてて疲れちゃうので、アルバム構成的にもベスト・ポジション。

4. 寒い夏
 で、ここまでは比較的ライトな曲調が多かったのだけど、ここで内省的なナンバーをぶち込んでくる達郎。曲調、演奏とも、ズッシリボトムの効いている.何たって「夏」とはついているけど、そこに反語のような「寒い」という形容詞をつけちゃってるのだから、ある意味自虐的、またはシフトチェンジへの決意表明とも見て取れる。
 どうしても歌詞がまとまらなかったのか、ここでは竹内まりやに依頼している。

 大人になると みんな
 話し方を忘れてく
 やがて いつか
 青い鳥がいないことに 気付くよ

 アルバム・コンセプトに基づく「少年から大人への長い過渡期」を淡々と描写した歌詞は、やはり女性ならではの視点。この曲調で当時の達郎が歌詞を載せたなら、もっと技巧的になって上滑りしてしまったのかもしれない。これが中島みゆきだったら、もっとサラッと抉るような言葉の礫を投げてくるのだけど、やはりまりやはどこまでも優しい。

5. 踊ろよ、フィッシュ
 達郎いわく、「意識して夏路線として作った最後のシングル」とのこと。アーティストとしてというより、むしろCM発注を受けたソングライターの目線で受けた仕事なので、いわゆる当時のパブリックなイメージの山下達郎がパッケージングされている。
 チャート・アクションを見ると、オリコン最高17位。2.と比べると地味な売り上げだったんだな。ANAのキャンペーンソングとして、TVスポットではよく流れていたのだけど、引っ掛かりが少なかったということか。本人もあまり芳しいコメント出してないし。
 単純にサウンドだけ見ると、デジタル機材があまり導入されてなかった時代のシングルだったため、バンド・スタイルのグルーヴ感が良く出ており、俺的には結構好み。青山純のドラムの音も良く響くようにミックスされているし、何よりファルセットを効果的に多用した達郎のヴォーカルが歌ってて気持ち良さそうに思える。

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6. ルミネッセンス
 レコードで言えばB面トップなのだけど、荘厳としたシンセ・コードとスラップ・ベース、朗々と歌い上げる達郎。星座と神をテーマとした大仰な歌詞は、逆に今なら歌い手さん達の中二病をくすぐるかもしれない。

7. マーマレイド・グッドバイ
 ホンダ・インテグラのCMソングとして書き下ろされた曲。柔らかな16ビートはファンクのドロドロさを希釈し、むしろ爽快感さえ漂う。職人芸だよな、やっぱ。きっちり仕事としてこなしながら、イントロだけで「山下達郎」という記名性を保ってるんだもの。
 入念にプログラミングされたサウンドの中、アウトロのサックス・ソロが生音の存在感を際立たせている。こういった肉声に近い管楽器のグルーヴ感を凌駕しようともがいていたのが、当時の若き達郎である。今はそんなこだわりはないんだろうけどね。

8. 蒼氓
 もともと歌詞を書くことが苦手だった達郎。キャリアの初期はもっぱら吉田美奈子に意図・コンセプトを伝えて書いてもらうか、またはサウンド・メロディ重視で語感が合うものを組み合わせていった。
 RCA時代はそれで良いと思ってたし、自分でも深く考えてなかったけど、『Melodies』あたりから、ちょっと歌詞に興味を持ち始めた。最初はうまく書けない。これまでの美奈子メソッドを手本にして書いてみたけど、どこか言葉が上滑りする。そのメソッドから遠ざかるよう、自分なりに書いてみると、抽象的で理屈っぽくなる。理論武装をはぎ取った自分の中に、どんな言葉があるのか?
 
 「無名の民。生い茂った草のごとく、蒼きさすらう民」
 
 旋律ではなく、言葉が先に出てきた楽曲。その帰結点はシンプルな言葉。
 テクニカルな比喩や言い回しじゃない、ごくごくストレートな自己主張、そして名もなき民への問いかけ。
 日本で唯一、純正のゴスペル・ミュージックなんじゃないかと、俺は勝手に思ってる。

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9. 僕の中の少年
 ラストもホンダ・インテグラCMソング。この時期の達郎はほんとCM起用が多い。
 リリース当時、8.はちょっと重く感じられ、最後の軽快でリズミカルなナンバーで一息ついたのだった。でも今聴いてみると、ヴォーカルは重いよな。シンガー・ソングライター・モードだったのが顕著になっている。
 アウトロのプログレッシヴな展開は難波弘之の影響が強いのか、それとも同類によるものなのか。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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