尾崎豊

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

二十歳になった尾崎の問題作 - 尾崎豊 『街路樹』

folder 1988年リリース4枚目、3年振りのオリジナル・アルバム。ソニーの思惑以上にセンセーションを巻き起こしたOZAKIシンドロームに乗っかった形で、二十歳の誕生日前日に10代最後のアルバム『壊れた扉から』をリリース、どうにか滑り込みで3部作にひと区切りつけた尾崎。
 さて、これからどうする。
 取り敢えずはやり切ってしまった感が強く残り、すっかり抜け殻になっちゃった尾崎、ツアーを終えると活動休止を宣言し、単身ニューヨークへ向かうことになる。
 特別、計画なんてない。「環境変えれば何とかなるんじゃね?」的な漠然とした動機だったのだけど、まぁそんな安易に答えなんて見つかるわけもない。
 往々にして「自分探し」をする者は、いるはずもない「ほんとの自分」を探し続け、どうしたってしっくりこない自分にウンザリし、そのウンザリ感を抱えたまま、そのうち投げやりになって凡庸な人間になる。もっと足元を見つめればいいのに。

 無為な日々を過ごしたニューヨークから半年ほどで帰国してからも虚脱感は抜けなかったけど、帰って来たら来たでバタバタした日常が彼を迎え入れた。彼の知らぬ間に、周囲の状況は勝手に動いていた。
 事務所の移籍だソニーからの離脱だバックバンド「Heart of Klaxon」のメンバー入れ替えだと、様々な状況の変化は尾崎のストレスをさらに助長させた。いくらなんでもまだ二十歳をちょっと過ぎただけの、言ってしまえば青臭いガキだ。そのガキが放つ金の臭いに目ざとく反応した大人たちが、寄ってたかって彼を食い物にしようとあれこれ目論んでいた。
 「大人なんて信用できない」というのは簡単だ。ただ、その大人たちの日々の生業や営みによって社会は動き、経済は循環している。言葉で罵倒することは誰でもできるけど、でもそんな大人たちの必死の営業努力や企画能力、または泥臭いコネによって、尾崎の芸能活動が支えられていたことも事実である。そんな彼らの姿を目の当たりにして、営業的に「大人や社会への反抗」を口にするのは、どこか割り切れない部分だって出てくる。自分もまた、その経済活動の歯車に組み込まれてしまっているのだから。

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 この『街路樹』というアルバム、新所属事務所が主宰する新興レーベル「マザー & チルドレン」からのリリースで、彼のディスコグラフィー上、唯一ソニー以外での制作アルバムとなっている。そんな事情もあって、リイシュー企画の際も別枠だし、何年かごとに訪れる再発キャンペーンにおいても、なんか扱いづらい感が強い。
 『街路樹』リリース後、尾崎は事務所との意見の対立によって再度マネジメントを移籍、レコード会社もソニーに復帰した。この辺はドラッグによる逮捕も含め、いろいろきな臭いやり取りもあったっぽいけど、真相は闇の中。最終的な受け入れ先が浜田省吾の「ロード&スカイ」に決まったのは、業界内での調整がまとまったおかげもある。それにまつわる政治的な取り引きもあったんじゃないかと思われるけど、これ以上はゲスい週刊誌の領域。この辺もまた、大人たちの掌の上での出来事だ。
 大人たちの暗躍によって話が二転三転し、契約切り替えに伴う調整期間によって、再び活動休止を余儀なくされた尾崎。一連の逮捕劇によってギラついたアクも幾分落ち、新たな創作意欲も沸いてきた頃だったというのに、また足踏みをしてしまうことになる。その溜まりに溜まった鬱憤を創作活動に集中させ、完成したのが2枚組の大作『誕生』に結実した、という次第。10代の疾走感と20代の達観、過去を背負うことへの覚悟と新たな路線へのわずかな希望とが混然一体となった意欲作である。
 なので、この『街路樹』は『誕生』を生み出すための通過点、言ってしまえば過渡期の作品という位置付けになっている。実際、サウンド・プロダクションも地味だしね。

 オーガニックなアメリカン・ロック色の強い初期3部作のサウンドを少年期の通過儀礼と捉えると、それ以降はビート感を抑えたソフト・サウンディングへ向かうのは、まぁ一種の必然ではある。アドレナリン出まくりのハイ・テンポなロック・サウンドから一転、ストリングスやピアノを主体とした柔らかな響き、スロー~ミディアムなリズムを求めるのは、選択肢として間違ってはいない。過去との差別化を図るのなら、プロデューサーとしては当然の舵取りだ。
 ただ、そのサウンドが当時の尾崎の楽曲に対して必然だったのかといえば、そうとも言い切れない。以前から定評のあったバラード系ナンバーでは、『街路樹』サウンドはフィットしているけど、ポップ系ナンバーでは逆にソニー時代サウンドの方に分がある。過度に感情を込め過ぎた尾崎のヴォーカル・スタイルは、時にサウンド全体から浮いてしまい、ミスマッチ感ばかりが印象強い楽曲もある。
 「もっと言葉を大切にして歌えば良いの」「もうちょっと何とかならなかったの?」。ソニー時代との最大の違いはプロデューサーの不在。単なるアレンジャーやエンジニアの延長線上のスタッフではなく、もっと親身になって、時には尾崎と主観をぶつけ合わせることのできるキャラクターが必要なのだ。
 なのでこの『街路樹』、逆説的に須藤晃の存在感の強さを感じさせてしまうアルバムでもある。

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 Bruce Springsteenを彷彿させるバンド・サウンドは、この頃からすでにJポップの基盤を地道に固めていたソニー主導によるものである。尾崎自身はさだまさしを聴いてから音楽に興味を持ち始めたというバックボーンを持ち、実際、当時のデモテープを聴いてみると、その影響の強さが窺える。タイトルからして「弱くてバカげてて」や「酔いどれ」など、70年代フォークからインスパイアされた、またはまんまコピーしたような楽曲で、抒情的な心情吐露のテイストが色濃く表れている。少なくとも、80年代前半のティーンエイジャーに広くアピールできる音楽ではない。
 レーベル・カラーの特性上、「若きフォーク界の旗手」ではなく、佐野元春に続く「新世代ロッカー」を求めていたソニーの意向もあって、素朴な感性が持ち味だったはずの原石は反抗心ややるせなさのエッセンスを加味して「尾崎豊」という一種のフィクション的キャラクターに変貌してゆく。
 後にソニー・サウンドのスタンダードとなるシンセ多用アレンジ、テンション上げまくりのサビ・フレーズに付け加え、社会のルールから少し外れた10代の少年によるリアルな主張とが合わさって、最初は草の根的に口コミで、そして「卒業」のヒットによって、特に年齢の近い10代には爆発的な支持を得るようになった。フォークの文法をベースとした歌詞ながらも、緻密に構築されたサウンド・プロダクションと強い音圧の8ビートは、80年代のティーンエイジャーにとっては受け入れやすく、自己投影も容易だった。
 享楽的なバブル時代を迎える直前の80年代前半は70年代の延長線上だったため、社会情勢を象徴する閉塞した空気が蔓延していた。それを肌で感じていたのは大人だけではなく、まだ社会に出ていない中高校生も同様だった。行き過ぎた管理教育によって、既定のレールからはみ出してしまった、または投げ出してしまいそうになる少年少女たちにとって、初期尾崎の歌や言葉、そして行動や思想は理想であり、そして崇拝の対象にまでなった。
 闇雲に十代を駆け抜けた尾崎。二十歳になった尾崎が何を歌うのか?
 それまで彼の一挙手一投足を見つめていたファン、そして冷笑混じりで遠巻きで傍観していた大人たちもまた、次の動きに注目していた。

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 ここでの尾崎が選んだのは、これまでのロック・バンド・スタイルではなく、きちんとスタジオでアレンジメントされたシックなサウンドである。一部、ロック的なサウンドも選択されているけど、以前の「Heart of Klaxon」らによって生み出されたグルーヴ感はない。スタジオ・ミュージシャンによるプレイが多いため、正確で確実な仕事ではある。けれど、その演奏にかつてのファンが心踊らされることはない。そういった狙いの音ではないのだ。
 前述したように、もともとは兄の影響からさだまさしの作風に憧れて作曲やギターを始めたため、根っこの部分は叙情派フォークの作風が強い。3部作においても、ポップス調のライトな作品は、ソニー特有のアレンジを外すと、フォーク特有のメロディ・ラインや節回しが顔を覗かせている。デビュー前の習作のデモテープなんかを聴くと、日常的なテーマを題材としたものが多い。世間のアジテートとは無縁の作風だ。もともと「十五の夜」だって「十七歳の地図」だって、テーマとしては極めて個人的である。不特定多数のティーンエイジャーへ向けて拳を振り上げる類の歌ではない。それがどこかでねじ曲がって伝えられているけど、彼が歌っているのは自分のためであり、大勢へ向けて歌っているのではない。届けたいのは「誰か」、たった一人の「誰か」なのだ。その「誰か」とは、曲を聴いてくれるファンも含んでいる。

 デビュー作は何も考えず、ただ歌いたいことを歌うだけだった。それを受け止めてくれる人は少なかったけど、確実に何人かは存在した。アーティストにとって、少数ではあるけれど認められるというのは励みになる。それは次回作への原動力へとつながる。2枚目では外部へ向けての歌作りとなる。求められてる尾崎像をなぞり、できるだけ忠実に期待に応えられる「怒り」を「演出」する。ただ、それが3枚目ともなると、辟易してしまう自分がいる。人ひとりが歌いたいことなんて、所詮限られている。そんなにネタが続くはずもないのだ。でも、ファンは尾崎の言葉を待っている。その言葉はできる限り棘をもたなくてはならない。凡庸なメッセージはあってはならない。常に攻撃的な姿勢が求められる。なので、「怒り」の対象を無理やり探さなければならない。大して気にも留めていないことを、さも仰々しく語らなければならない。こんなことを言いたいわけじゃないのに。

 10代の3部作は虚像としての尾崎豊である―、とまでは言わないけど、10代のカリスマとして、「常に何かに怒っていなければならない」というのはプレッシャーである。そのプレッシャーが彼の感性を蝕み、そして擦り減らしていったのは事実である。そんなそんな人は癇癪持ちでいられないし、もともと尾崎自身にそんな特性はない。
 ただ、作品に対してはどこまでも真摯であった尾崎、ファンの期待に応えてゆかねば、という使命感から来るプレッシャーは相当なもので、どこかいびつな構造のアルバムであることは、本人も後に認めている。
 ただ、アーティストの生み出す作品が時代を反映するドキュメントとするのなら、苦悩や試行錯誤の跡が克明に記録されているこのアルバムは、尾崎のマイルストーンともなるべき作品である。
 周囲スタッフに演出された初期の作品、そして20代ですでに老成の域に達したような後期の作品、どちらともリンクはしない。どこか居場所のない、どこにも嵌めるところのないパズルのピースは浮いたままだ。
 でも、尾崎のファンだったら決して通り過ぎることのできないアルバムである。


街路樹
街路樹
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尾崎豊 本多俊之 樫原伸彦
イーストウエスト・ジャパン (1996-08-20)
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1. 核 (CORE)
 1987年に12インチ・シングルの形態でリリースされた、2年ぶりのシングル。オリコン最高2位にチャートインしてるくらいだから、かなり期待値が高かったことが窺える。とは言っても、この頃はまだ方向性を決めかねていたため曲が書けず、3年前のストックをベースにして制作されており、完全な新曲とは言いがたい。
 反核フェスで歌われたのが初お披露目だったこともあって、タイトル通りAtomicとCoreのダブル・ミーニングになっているのだけど、歌詞は初期の色彩を色濃く残している。「愛なら救うかもしれない~」からのくだりは10代の尾崎のストレートな叫びが如実に表れているけど、二十歳になった尾崎に期待される言葉ではない。

 真夜中 盛り場 人ごみを歩いていると
 日常がすり替えた叫びに 誰もが気を失う
 殺意に満ちた視線が 俺を包む
 持たれる心を探す人は 誰も自分を語れない

 むしろこういった日常観察・人間観察的な部分に尾崎の本質が強く表れている。
 もう少し落ち着いたアレンジ、ハードなロック・サウンド以外で聴いてみたかった。ピアノ・バラードとブルース・ハープを合わせた導入部は新機軸と期待しちゃったのだけど。押しの強いサウンドに負けじと、尾崎も声を枯らしながらシャウトしており、言葉のニュアンスが伝わりづらくなっている。
 と思ったけど、その言葉に自信がなくなっていたから、敢えてこういったサウンドにしたのだろうか?疑問の尽きないナンバーである。



2. ・ISM
 ソニー時代のバック・バンド「Heart Of Klaxon」との共同アレンジとなっているけど、前述したように大幅なメンバー・チェンジが行なわれており、ギターとサックス以外は新メンバーとなっている。なので、ほぼ別バンドと言っても良い。WANDSみたいだな。
 シンセを排したダルなロック・ナンバーはアダルト・サウンドへ向かうひとつのバリエーションと思われるけど、肝心の尾崎の声が出ていない。伸びが悪く、シャウトとコーラスで乗り切っているけど、どこか流して聴いてしまう印象が拭えない。

3. LIFE
 なので、こういったポップなミディアム・バラードの方がしっくり来る。こちらの方が尾崎も丁寧に歌っている。もはやノリ一発のロックンロールにシンパシーを感じられなくなった尾崎の素顔が垣間見えてくる。

 君を信じてみた 夢を見るために
 耳を澄ましていた 嘘を消すために
 不安の上に 君を重ねて抱いた
 意味を無くした僕の思い かき消し
 僕に背負わせる愛 その罪を
 裁くのが 君という神ならば
 何を捨て 何のため愛すのが 生きること

 「君」という存在にあらゆる意味を込めており、迷いや不信感などネガティヴな感情を吐き出すように紡ぐ尾崎。かつては全面的に信頼していた「君」とただ過ごしたいだけだったのに、その「君」との距離を感じ、そしてわからなくなる。
 それは「大人」へ向かう過程のひとつなのだけど、それをわかっていながらすべてを受け止める域に達するのは『誕生』から。そこに至るまでは、まだ尚早だ。

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4. 時
 レコードではA面ラスト。1.が8分を超える大作だったせいもあるけど、どの曲も長尺であるのが特徴と言えば特徴。この曲も5分弱と、当時の基準で言えば長い方。
 ヴォーカルとしては、これが一番声の伸びも良く、無理なシャウトもない。今後の方向性としてはこの路線が良かったと思われる。こうして聴いてみると、彼のヴォーカルとディストーション・ギターとの相性はあまり良くなかった、というのがわかる。過剰なエモーションが2つ並ぶとクドイんだな、やっぱり。

 何を話せばいい 僕はあの頃より
 少し大人に 憧れているだけさ

 当時まだ二十歳を超えたばかり。すぐに大人として扱うには、まだ若すぎる。大人になるというのは「決意」だけではなく、「経験」も必要だ。成人になってすぐに大人扱いしてしまう周囲も悪いけど、変に分別ぶった二十歳もなんかイヤだ。
 
5. COLD WIND
 『回帰線』期のサウンドを彷彿とさせる、Heart Of Klaxonとのロック・ナンバー。ニューヨーク滞在時に着想を得た歌詞は疾走感あふれ、バンドとのアンサンブルもしっくり来ている。変にメッセージ性を込めるより、こういったノリ一発のシンプルな歌詞の方が、サウンドにはフィットしている。情景描写の卓越さは衰えていない。

6. 紙切れとバイブル
 なので、こちらもオールド・スタイルのロックンロール、あんまり深い意味は込められていない。アルバム構成的には、こういったアップテンポもありだし、そこに過剰なメッセージを織り込まない方が流れ的にも良い。
 ちょっと上から目線的になってしまったけど、やっぱA面の流れだよな、これって。

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7. 遠い空
 「街の風景」の続編的な、日常の他愛ない心象風景を自分なりの視点で切り取った、ライト・テイストのポップ・ナンバー。攻撃的だった10代と比べて、二十歳を迎えた尾崎の視点はどこか優し気。
 シングル「太陽の破片」B面曲としてが初出だけど、ここでは別ヴァージョン。俺的にはアルバムの方が好み。

8. 理由 (わけ)
 当時の尾崎が、そして周囲のスタッフも志向していたサウンドがこれ。壮大なストリングスと控えめなピアノ。オーケストレーションをメインとしたアダルトなサウンドが、果たして尾崎の特性を存分に活かしたものだったのかといえば、「う~ん…」といった印象。

 僕は 君を守るのに
 僕は君の 理由を奪う

 この一節だけで、尾崎の健在ぶりは充分窺える。言葉の礫はなまっちゃいない。ほんとは全部書き出したいくらいだけど、実際聴いて読んでもらいたい。3分程度の小品だけど、ここにこれまでの尾崎が凝縮されている。

9. 街路樹
 ラストはタイトル・ナンバー。シンプルなピアノ・バラードは、徐々にストリングスが入り、最後は大編成コーラスによる大団円。これまでのロック・サウンドとは一線を画した、スケール感あふれる響きはラストに相応しい。
 キャリアをとおしてもヴォーカライズは絶品で、時にシャウトしながら、そして時に言葉を噛みしめるように、強弱がついていてストーリー性を感じさせる。

 足音に降り注ぐ心もよう
 つかめて 街路樹たちの歌を
 見えるだろ 降りそそぐ雨たちは
 ずぶ濡れで 夢抱きしめている君さ

 同世代でここまで書けるアーティストがいただろうか?多分いないはず。どんな苦境であろうと、それが漏れ出てしまうのが尾崎であり、生来の詩人でもあったのだ。






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尾崎豊
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結構衝撃だったデビュー・アルバム - 尾崎豊『十七歳の地図』

 1983年にリリースされた、尾崎豊のデビュー・アルバム。最初はLPとカセットのみの発売で、CDが発売されるのは、セカンド・アルバム『回帰線』との同時発売だった。最終的にはミリオン・セールスに到達するほど、売れに売れたアルバムだけど、リリース当時の最高位は60位と、散々な成績だった。ていうか、初回プレスのみ出荷してしまった後、バック・オーダーがほとんど来なかったため、再プレスまでにかなり時間がかかったのだ。なので一時、このアルバムは品薄状態が長く続いていた。
 ちなみにこのアルバム、リリース当時はほとんど話題にならなかったのだけど、ライブが口コミで評判を呼び、それがピークに達したのが伝説の「アトミック・カフェ」のライブでの骨折事故。その体を張ったパフォーマンスで一気に注目を浴びるようになった。
 ライブ中に勢いあまって高所から飛び降りて足を骨折したアーティストがいた、というのを、俺も週刊誌か何かの見出しで目にした記憶がある。かなり大きな代償ではあったけど、結果的に尾崎豊という存在はここで少し知られるようようになり、そして次にセンセーショナルな楽曲が日の目を見ることになる。
 青春時代の赤裸々なメッセージをテーマとしたミュージシャンというのが、尾崎以前にもいなかったわけではない。四畳半フォークの時代から、それは連綿と続いているのだけれど、そのほとんどはティーンエイジャーといっても大学生以上、もしくはテーマを中学・高校に設定したとしても、大方は懐古的な視点、すでに成人して以降に作られたものばかりであって、現在進行形の十代にとってはリアル感が足りなかった。彼らの目線はすでに大人の目線となっており、言ってしまえば彼らは「あちら側」の人間だった。
 そういった状況から、普通の中高校生と同じ目線の高さと視点を持つ尾崎が受け入れられたのは、ある意味時代の要請に沿ったものと言える。

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 尾崎のデビューから、すでに30年が経っている。多分、俺世代の人間なら、このアルバムはレベッカの『Maybe Tomorrow』同様、「わざわざ買ってなくても誰かが持ってるため、一度は聴いたことのあるアルバム」という位置づけのはず。俺世代をターゲットに、商売上手なソニーが節目ごとに、タイアップやらニュー・アイテムのリリースやらで、常に新たな話題を提供しているため、おかげでコンスタントなセールスを上げているようである。
 ただし、俺世代ばかりを相手にし続けていても、ゆくゆくは先細りになってしまう。大抵の懐メロ・アーティストの場合、過去マテリアルの蔵出しによって、最初はそこそこの売り上げを記録するのだけど、露出が多くなるとレア感が薄れ、ファンの新陳代謝も起きずに失速するという流れがほとんである。
 その点、尾崎は露出の加減がうまく行っている方である。一時は死後の便乗商法によるリリース・ラッシュがひどかったけど、今世紀に入ってくらいからは、その辺がうまくコントロールされている。
 ほとんど鼻歌レベルのデモ・テープまで発掘リリースされてしまう状況が長く続いた尾崎だったけど、幅広いジャンルのアーティストを集めて制作されたトリビュート・アルバム・リリースあたりから流れが変わってきた。ミスチルや宇多田ヒカル、槇原敬之らがカバー曲としてセレクトしたのは、これまでのパブリック・イメージだったメッセージ色の強いナンバーではなく、流麗なメロウ・タイプのものばかりだった。
 旬のアーティストが取り上げたことによって、これまでのファン以外にも再評価の機運が高まり、うまい形での新陳代謝が行なわれた。特に”Forget-me-not”なんて、ファンの間でも地味な扱いをされており、彼が取り上げない限りは誰も気づかなかったはず。

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 「過激なアジテーター」というのは、デビュー間もなくしてから後付け設定された、あくまで作られたイメージであって、そこを外してフラットな視点で改めてこのアルバムを聴いてみると、叙情性の強いシンガー・ソングライターとしての側面が見えてくる。
 逆に俺世代だと、ファースト・インパクトが強すぎたため、見えにくくなっていた部分である。変な先入観のない若い世代であるからこそ、見えてくる本質もある、という好例だ。
 そうするとメッセージ性の強い曲は、アルバム・タイトル曲と”15の夜”くらいしかなく、ほとんどは丹念な情景描写を歌った曲か、ストレートなラブ・ソングで埋められている。ていうか、ちゃんと聴いてみると、その2曲もメッセージ・ソングですらないことに気づかされる。
 尾崎はこのアルバムの中で、「学校を辞めようぜ」とか「社会をぶっ壊そうぜ」とも言っていない。彼はただ、現状への不満や社会への憤りを歌としてぶつけているだけであって、「お前らもそうしろ」と言ってるわけではない。あくまで身辺雑記が強く無粋な口調になっているだけで、無力なティーンエイジャーを扇動するために歌っているわけではないのだ。
 強烈なメッセージにとって、歌はあくまで「手段」でしかないけど、この時点での主役は歌である。メッセージはあくまで添え物に過ぎず、ここにいるのは、ただ気ままに曲を作り、みんなに聴いてもらいたがっている、ほんと普通のシンガー・ソングライターである。

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 渡辺美里『eyes』の時にも書いたのだけど、この時点の尾崎はまだ不特定多数の「誰か」を引っぱってゆく力はない。信頼できない大人たちによって作られた体制への反抗、そこからのドロップ・アウトを表明してはいるけれど、同じ立場の少年少女たちの拠りどころになれるほどの力はまだない。せいぜい半径5メートル程度の友人知人に対してグチったり、または夜通しダベったりする程度だ。
 その力はまだ小さい。けれど、その半径を徐々に広めることができれば、最終的に彼は多くの人の心をつかむようになる。
 そして、その広がる速度は、尾崎やソニーの予想を超えることになる。
 この後到来する”卒業”の大ブレイクによって、大きな自信と確信を得た尾崎は、ソニー・スタッフによってお膳立てされた「若者の代弁者」的役割を引き受けてゆく覚悟を決める。ファンが抱く理想の尾崎像を忠実に演ずることを、自分に課された使命として、作品だけでなく、行動や発言、そして生きざままでも背負ってゆくことになる。
 それが重荷になってゆくのは、もう少し後の話だけど。


十七歳の地図
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尾崎豊
ソニー・ミュージックレコーズ (1991-05-15)
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1. 街の風景
 オリジナルは10分くらいあったのを、プロデューサーがばっさり切り捨ててコンパクトに収め、歴史的デビュー・アルバムのトップに位置付けられた、今後の方向性を示唆した曲。
 サウンドはモロ80年代、軽くリヴァーヴのかかったドラムが特徴的だけど、歌を前面に押し出したミックスのため、そんなに古臭くは聴こえない。アレンジのおかげでポップに聴こえるけど、曲自体は時々変拍子の入る、オーソドックスなフォーク・ソングである。
 身の回りの心象風景を素直に写し取っているため、メッセージ性は薄く、ビギナーにも聴きやすい曲。
 
2. はじまりさえ歌えない
 浜田省吾とBruce Springsteenの影響下にある、ややメッセージ性を強めた曲。佐野元春『No Damage』のレビューでも書いたけど、この頃のシンガー・ソングライター、特にエレキ・ギターを抱えて歌うスタイルのアーティストは大抵、彼やJackson Browneの影響から逃れられなかった。
 
3. I LOVE YOU
 未だカラオケのトップ・ランクに余裕でチャートインしている、もはやアラフォー世代だけでなく、すべての世代が耳にしたことのある代表曲。石原裕次郎と美空ひばりしか聴かなかった、当時50代の俺の母が、この曲の入ったカセット・テープを持っていたくらい、影響力は強い。
 シンプルなアレンジとメロディーに、若いカップルの焦燥感と疼きが描かれている。普遍的なテーマなので、多分、何十年経っても古びることのない、永遠の名曲。
 ベタではあるけれど、バラードとしてはこれが最高傑作であり、そしてこれを超えることは遂にできなかった。



4. ハイスクールRock`nRoll
 なぜか一部でレゲエ・ビート、歌詞は佐野元春からの影響も垣間見える、横文字の多用。ちょっとヒネたティーンエイジャーの社会や学校への不満が、リアルな生活感を交えてストレートに描かれている。後半はやはりSpringsteenっぽくなる。
 内省的なシンガーソングライターとしてでなく、Bruce Springsteen & E Street Bandをモデルとしたバンド・サウンドで売り出そうとしたプロデューサーの先見の明は見事だと思う。こうした出会いそのものが、人との「縁」なのだろう。
 
5. 15の夜
 ピアノとベースが紡ぎ出す、シンプルかつスリリングな導入部から、徐々に気持ちが高ぶり、サビでバンドが爆発する。スネアとギターのパワー・コードが重い響きを奏で、ホーンがむせび泣く。日本人にとっては、ある意味演歌的な響きのため、これも人気が高い曲。以前公開された映画『ホットロード』の世界観としては、むしろこの曲が一番しっくり来るかもしれない。

6. 十七歳の地図
 「"Hungry Heart"に似過ぎ」って言っちゃいけないよな。オマージュと言っておこう。
 リアルな17歳がその心情を素直に書き連ね、若作りの大人たちがロック調のアレンジで着飾らせた、こちらも一般人気の高い曲。タイトル曲だから当たり前か。
 この曲もそうだけど、この人はホント、歌が上手い。情感の込めかたはもちろんだけど、緩急の付け方、聴かせどころでのシャウトや力の抜きどころなど、細かなニュアンスのどれもが、ちょうど日本人のツボにはまっている。
 パッションをテクニカルに聴かせるのは演歌の技法だけど、それは日本人のDNAに刷り込まれているのだろう。だからまともな日本人は、尾崎の歌に魅かれるのだ。



7. 愛の消えた街
 ハードなギター・ソロから始まる、歌詞もロック・テイストの強い曲。このアルバムの中では一番ハードな内容となっている。
 冷静に考えて、"愛の消えた街"とは、かなりの大風呂敷なタイトルだ。17歳でこれを書いたことに対する驚きは、多分今の若い世代の方が大きいだろう。
 やっぱマンガやラノベばっか読んでたら、こんな歌詞は書けない。
 
8. OH MY LITTLE GIRL
 リリース当初から「隠れ名曲」として語り継がれ、死後、ドラマ主題歌としてシングル・カットされてから脚光を浴びた、シンプルなラブ・ソング。路線としてはほぼ"I Love You"とかぶっており,故に普遍的なテーマとして古びることなく、いつの時代でも人気が高い。



9. 傷つけた人々へ
 ポップ調で爽やかに歌い上げる、"街の風景"と同路線の、半径5m以内の身近な心象風景を素直に描いた曲。アレンジも素直で耳に馴染みやすく、ラス前の箸休めとしては最適。
 名曲ぞろいのこのアルバムの中では地味な扱いだけど、なかなか詞曲のクオリティは高い。まだ恋ともいえないくらい、切なく甘酸っぱいティーンエイジャーの想いの瞬間を、優しげな視点で切り取った歌詞は、ネガティヴなイメージの強い尾崎の作品の中では異彩を放つ。一般的な名曲に飽きた人にも聴いてほしい。
 
10. 僕が僕であるために
 これもリリース当時はそれほど話題にならなかったけど、SMAPの同名のスペシャル・ドラマの主題歌で取り上げられたことをきっかけとして、「実は俺も好きだったんだ」とでも言いたげに、ミスチルがカバー、最近ではmiwaもアルバムで取り上げていた、フォーク・ロック調の優しい曲。マイルドな自分探し、とでもいう内容の歌詞を、噛みしめる様に丁寧に歌う尾崎。
 やはり、この人は歌が上手い。
 



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80年代ソニー・アーティスト列伝 その5 - 尾崎豊『回帰線』

folder 1985年リリース、尾崎豊2枚目のオリジナル・アルバム。デビュー・アルバム『17歳の地図』の初回プレスは3千枚に過ぎなかったが、このアルバムはオリコン初登場1位と、大きくジャンプ・アップしたチャート・アクションを残した。さして注目もされなかったポッと出の新人アーティストがいきなりビッグ・セールスを記録したのは、特別大きなタイアップがあったわけでもなく、先行リリースされた12インチ・シングル”卒業”のヒットが大きく作用している。

 ちょうどこの年は未曾有の卒業ソング・ブーム、尾崎を始めとして、あらゆるアイドル・アーティストらが揃って卒業をテーマとした曲をリリースしている。何の因縁か、後日すったもんだでゴタゴタあった斉藤由貴を筆頭に、菊池桃子や倉沢淳美(欽どこのわらべ出身のあの娘)が代表的なところ。
 なぜこの時期に集中したのかは不明。

 個人的な話、”卒業”リリース当時、俺はちょうど中3、卒業を間近に控えていたため、どうしても思い入れが深くならざるを得ない。
 尾崎との初めての出会いはラジオ、何の番組かは忘れたが、FM北海道(後のAir-G)で流れてきた”17歳の地図”だった。もし30年遅れてこの曲に出会っていたら、「Springsteenをルーツとした、浜田省吾のオマージュ的サウンド」だと冷静に受け止め、それほど魅かれることもなかったはず。ただ、2週に一度発売されるFM雑誌を隅から隅まで丹念に読み込んでいた北海道の中学生にとって、魂を叩きつけるような尾崎のヴォーカルは、たちまち心を捉え鷲掴みするほどのインパクトがあった。
 多分、同じ体験をした同世代は少なくはないはず。ほぼ無名ながら、デビュー間もない頃から既にカリスマ性を備えており、それが草の根的に徐々に伝播してゆき、そして絶好のタイミングで爆発したのだ。

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 当時の日本のロック/ポップス・シーンにおいて、最も語られる存在・対象として、強烈なカリスマ性を有していたのが、尾崎である。その求心力は生み出された詞曲だけでなく、インタビューや語録という形でもファンに伝えられ、そこからにじみ出る人間性や生き様までが魅力として捉えられ、そして批評の対象となった。
 尾崎以前、同等のカリスマ性を発信していたのが吉田拓郎や矢沢永吉だったのだけど、俺の世代が彼らに対して感情移入するには、ちょっと違和感があった。俺世代が物心つく頃、彼らは既にスターだった。彼らの視点は分別のついた大人のものであって、十代の俺たちが共感を抱くには、世代的な壁が大きく立ちはだかっていた。

 “卒業”と『回帰線』のヒットを受け、泥縄的なコンセプトとして、「10代のうちにアルバムを3枚リリースし、ティーンエイジ3部作を完結させる」ことが目標となる尾崎プロジェクト・チーム、この頃はプロデューサー須藤晃とのデモテープ制作→ボツの無限ループの連鎖との戦いだった。その間にも、ライブハウス規模の短期ツアーやイベントをはさんだり、突発的なアクシデントとして、伝説のアトミック・カフェ・ライブでの骨折事故(これはちょっとはっちゃけ過ぎたため)、不本意な停学処分が発端となった高校中退などなど、公私ともども慌ただしかったおかげもあって、なかなかまとまった時間が取れず、レコーディングは断続的に行なわれたようである。

 で、このアルバム、楽曲レベルとしてはとてもデビュー作とは思えないほど高水準の『17歳の地図』が、サウンド的・アレンジ的には若干装飾過多で、オーバー・プロデュース気味だったという反省を踏まえ、今回はシティ・ポップス風のソフト・サウンドは鳴りを潜め、ある程度固定したバンドの一体感を前面に打ち出した、ヴォーカルもややラウド気味の響き方をしている。ニュー・ミュージック系のオーソドックスなアレンジを無理やり型にはめるのではなく、ちゃんと歌のテーマに沿って、限られた時間でありながらも丁寧に、作者尾崎の意向を最大限尊重した作りになっている。

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 デビュー作については仕方ない面もある。そりゃどこの馬の骨ともわからないアーティストだ、制作サイドもまだ適性がつかめず、取り敢えずオーソドックスで耳触りの良いサウンド作りを選択するだろう。なるべくリスクを負わず、全方位的なサウンドを展開することによって、無難な線を押さえてゆくのは、経済の論理としてみれば当然だ。
 まな板の鯉的な扱いの尾崎もまた、本格的なレコーディングなどもちろん初体験、勝手がわからず、何をどう発言してよいのやらわからなかった部分も大きかったはず。
 で、ライブの場数を踏むことによって次第にサウンドが固まり、制作サイドも何となく方向性が定まってゆく。尾崎の発するメッセージをできる限り効率よくリスナーへ伝えるサウンドとは-。
 で、この時期に尾崎と制作サイドとの利害が一致、出来上がったのは、Springsteenや佐野元春、浜田省吾のスタイルをモチーフとした、ヴォーカル&インストゥルメンツそれぞれを明確に打ち出したサウンドである。
 基本、デビュー前から書き溜めていた曲と、レコーディング前に書いた曲とがほぼ半々の割合なのだけど、どの曲も無理がなく、取ってつけたようなアレンジのナンバーはない。グルーヴ感冴えわたるラウドなバンド・サウンドと、10代にしては卓越過ぎるヴォーカルを前面に出した、ドラマティックなバラードとがうまく混在している。

 俺個人の印象として、同世代の尾崎ファンは意外なほど多い。もちろん”I Love You”や”卒業”をカラオケでたしなむ程度のライトなファンが圧倒的に多いのだけれど、特に初期3部作を隅から隅まで嘗め尽くすように聴きこんでいた人も、同じくらい多い。
 彼の活動時期はちょうどCDとレコードの切り替え時期と被っており、ましてや時代はアイドル全盛期、なので大きなセールスは記録していないのだけど、「OZAKI現象」とまで称されたムーヴメントは、静かながらも、当時の多感な10代の多くに深く浸透していた。そのメッセージの受け止め方は人それぞれだけど、当時中高校生だった者なら、まったくの無関心よりはむしろ、何かしら思い入れを持っていた者の方が多かったはず。
 尾崎という存在は時代を象徴するイコンであったため、強烈に惹きつけられるか、または強烈な嫌悪感を持つかであり、まったく無視することはできなかったのだ。

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 「昔、尾崎が好きでしたっ」「今でも聴いてますっ」。人それぞれだけど、意外にヤンチャしてた人の中に尾崎のファンは多い。車に乗せてもらった時、カラオケで一緒になる時、飲み屋で同世代トークを繰り広げる時、「好きな音楽って何?」「今でも尾崎」「昔は尾崎ばっか聴いてた」と言う人は、思いのほか多い。
 そういった彼らも俺同様、大抵はオジサンやオバサンなのだけど、尾崎の話をする時は、ちょっと恥ずかしげながらも、若干誇らしげな表情をする。
 自分たちの時代には、こういったカリスマ性のあるスターが存在していたこと、そういったカリスマと同時代を生きていたことに対し、すごく自分に自信が持てるのだ。


回帰線
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1. Scrambling Rock’n’Roll
 Springsteen & E Street Bandの疾走感とエッセンスとを上手い感じに抽出し濃縮し、それでいてただの真似ごとに聴こえないのは、やはり尾崎の存在感か。ハード・スケジュールの中、どれだけサウンドを練り上げることができたのかは不明だけど、多分それほどテイクは重ねていないのだろう。ヴォーカルは時々ピッチがズレたり裏返ったりする箇所もある。
 勢いが重要なナンバーなので、それほど歌い直しもしてなさげ。エコーの効いたドラム、要所要所で突っ込まれるスラップ・ベース、泣きまくるギターの音色が80年代ソニー系のサウンドなのだけど、そこにうまく嵌まる尾崎のヴォーカルがやはり良い。
 2番終わりのBメロ、「寂しがり屋の君の名前すら 誰も知りはしない♫」あたりからの下り、初っ端から飛ばしまくって疲れ切っているはずなのに、ここで立ち直り、凛と立ち尽くす尾崎の姿が美しい。

2. Bow!
 尾崎自身によるオープニングのハーモニカが印象的。拝金主義への批判的な歌詞、サウンドのテイストなど、浜田省吾”Money”との相似点が多いのだけれど、まぁ似たようなことを考えていたのだろうと思いたい。
 
“鉄を喰え 飢えた狼よ
死んでもブタには 喰いつくな“
 
 印象に残るこの歌詞、実は石原慎太郎の戯曲『狼は生きろ、豚は死ね』からインスパイアされたもの。後年の松田優作主演『白昼の死角』のキャッチ・コピーの方が有名だけど、元ネタはこちら。
 
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3. Scrap Alley
 子供が生まれた友人へ捧げた、きっかけはパーソナルながら、若くして親になった者なら迫りくるものがある。チンピラでもロック・バンドを組んだわけでもないが、誰もがこの熱く真摯に迫った激励を好ましく思えるはず。
 ちなみに俺は30過ぎての結婚だったため、この曲に強い思い入れはない。ただの楽曲として聴いてただけ。

4. ダンスホール
 デビューのきっかけとなったソニーのオーディションで初めて歌った曲であり、同時に生前最後のライブでラストに歌った曲として、ファンの間では特別な思い入れの強い曲。もちろん音源化される前までには、須藤晃より恒例のダメ出し攻撃を掻い潜らなければならなかったはずだけど、基本形はほぼ完成していた、とのこと。曲も歌詞もこれだけのクオリティの物を提示できた10代が、歴史上どれだけいただろう?
 前作にはないヴォーカル・スタイルである。叩きつけるシャウトと情感たっぷりのバラードの2種類のヴォーカルで構成されたのが『17歳の地図』だったけど、ここでは特定の「誰か」に語りかけるような、優しげな表情を見せている。同じバラードでも、思いのたけを押しつけるのではなく、相手への思いやり・気配りが垣間見える、きちんと理解を求めようとする尾崎のスタンスがある。その「誰か」とは、ほんとに身近な「誰か」だったかもしれないし、またスピーカーの向こうの不特定多数の「誰か」かもしれない。
 そう思わせてしまう説得力が、この頃の尾崎には既にある。
 


5. 卒業
 多分、リアルタイムでの尾崎ブレイクのきっかけとなった曲。これで一気に認知度が高まった。と思ってたのだけど、オリコンでは最高20位。12インチ・シングルという価格的な条件を考慮したとしても、思いのほかチャート・アクションは地味だった。音楽好きな誰もが、多かれ少なかれ尾崎の話題を口にしていたにもかかわらず、大きなセールスではなかったのだ。
 ただ前述したように、全世代へアピールするようなアクションはなかったけど、ピン・ポイントで確実に、当時の10代への影響力は絶大だった。誰もが尾崎に共感し、嫌悪し、憧れ、そして拒絶した。まったくの無反応な人間はいなかった。
 トータル6分の大作だけど、不思議なくらい冗長さは感じない。曲自体はミディアム・テンポでゆったり、後半でドラマティックなオーケストレーションが入ってくる構造なのだけど、歌詞の情報量がハンパない。優に2~3曲分くらいに相当する言葉を、これでもかというくらいパンパンに詰め込んでいる。しかも、その言葉のどれもが削れない、いや多分遂行しまくった結果がこの分量、このサイズなのだろう。そのため、メロディに無理やりはめ込んだり字余りの箇所も多いのだけれど、それが自然に聴こえるよう構成したのは、制作チームの努力の賜物である。
 歌詞については色々な所で散々書かれているので、今さら感もあるし、今の若い人たちには実感が湧かない内容も多い。今や学校は窓ガラスを壊す場所ではないし、教師はか弱き大人の代弁者でもない。学校とはただの通過点であり、そこでわざわざトラブルを起こすことなど、愚の骨頂なのだ。
 後追いで聴く者にとって、当時の焦燥感と無力さ歯がゆさに満ちたこの歌詞をリアルに受け止めることは不可能である。ただメロディは現在の水準としても十分高いので、難しいことを考えずに聴き継がれてほしい楽曲でもある。
 


6. 存在
 ここからレコードではB面。ライブ映えする曲が多かったA面に対し、こちらはもう少し軽やかなポップ・ソングを多く収録している。アップ・テンポで軽快な曲で、シンセの含有量が多い分だけ、サウンド自体はポップで、ソフトな内容っぽく聴こえるのだけど、歌詞カードを読んでみると、横文字カタカナどちらもきれいさっぱり排除されていた。
 当時から囁かれていたこと、Springsteen ”Badlands”にあまりに似過ぎているのだけれど、まぁそこはスルーで。

7. 坂の下に見えたあの街に
 ブギウギ・ピアノから始まる、こちらもポップ・ソングでありながら、2.と同じ世界観を歌っている。あそこまで悲観的になるわけではなく、視点はもっと前向き、金を稼ぎ、実家を出て一人立ちし、いつかは親父同様、新しい家族を作ることを夢見る19歳の普遍的な視点を見事に活写している。

8. 群衆の中の猫
 仰々しいシンセのイントロがミスマッチだけど、それを抜けば隠れ名曲とも言える、地味に良いバラード。往年のニュー・ミュージックの香りがまた、郷愁を誘う。
 もともとさだまさしなどを愛聴していた尾崎、連綿と続く日本フォークの伝統に則った、半径5mの小宇宙をみずみずしく描写している。

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9. Teenage Blue
 再び、隠れ名曲的バラードが続く。『17歳の地図』はもうほぼ全曲、何かしらのタイアップがついており、誤解を恐れずに言えば今さら感が強い曲も多いのだけど、『回帰線』はまだ手垢にまみれていない曲が数多くある。
 この曲もリアルタイムの尾崎ファンや、またはほんとここ数年でファンになった、予備知識のない若い人たちには、純粋にメロディの良さで地味に人気が高い。

「抱きしめてよ 震える心
愛を捜して さまよってるから
変わらないもの 街にはないけど
それでもいいよ 抱きしめてほしい」

 ティーンエイジの、そして晩年になっても尾崎が追い続けていたテーマが、この詩に見事に集約されている。

10. シェリー
 「後楽園の近くの川を見て作った曲」と本人談の、アルバム・ラストを飾る名曲。確かリリース当時から名曲扱いされていたため、もうさんざん語り尽くされており、世間的には「もういいよ」と思われてしまう、哀しい曲でもある。
 オープニングのエレピ、シェリーに語りかけるように、そしてボロボロに疲れ切ったかのような尾崎。徐々に厚みを増してゆくバンド・サウンド。どれを取っても名曲の風格あり、である。
 尾崎が永遠に追い求めて来たもの、それをサラリと表現したのが9.なら、もっと赤裸々に生々しく表現したのが、この”シェリー”である。ここには、世間一般で語られる『尾崎豊のパブリックなイメージ』がほぼそのまま体現されている。こういったテイストの曲が形として残されることによって、尾崎は大きな成功を勝ち得たと共に、後年に渡って長く、そのパブリック・イメージに自ら縛られて苦しむことになる。
 





 正直、年に何回も聴いているわけではない。今回もちゃんと通して聴くのはほんと久しぶり、もう思い出せないくらい昔のことだ。
 ただ、最初に聴いた時の空気感、”卒業"のシングルを今か今かと発売日まで待ち焦がれて、やっとの思いで手に入れた時の喜びや躍動感、レコードに針を落とすまでの期待感など、そういったことは肌で匂いで覚えているものなのだ。

 そういえば、”卒業”がリリースされたのは30年前、ちょうどこの時期だった。
 30年前の俺は、今の俺をどう思うだろうか―。
 尾崎を通過してきた同世代なら、こういった想いをわかってくれるだろう。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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