好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

大滝詠一

ナイアガラー寄りじゃない新旧ヴァージョン比較 - 大滝詠一 『ナイアガラ・カレンダー』

c0074067_19361490 1977年リリース、大滝詠一4枚目のソロ・アルバム。この年のナイアガラ・レーベルは3月に『CMスペシャル』、6月にシリア・ポールの『夢で逢えたら』、11月に多羅尾伴内楽団の1枚目、そして年末も押し迫った12月25日に『カレンダー』リリース、といったラインナップ。1枚はアーカイブ、もう1枚もインスト・セッションをまとめたものとはいえ、ほぼ独りで4枚のアルバムを製作しているのだから、そりゃあもう、いっぱいいっぱいだったことは想像できる。

 第1期ナイアガラの大滝詠一は、アーティストというより、レーベル・オーナー/プロデューサーとしての意識が強かった。単に自分名義のアルバムだけを取り扱うプライベート・レーベルではなく、プロデュース業務を主体とした、関連アーティストのバックアップと流通を取り仕切る、強い志を持っていたのだった。ただ、そういった思い違いが、レーベル運営の早すぎる破綻を招くことになる。
 正直、そんな裏方意識でいたのは、大滝だけだった。はっぴいえんど時代からの数少ないファンからすれば、「まぁ、そんなマニアックな発想も悪かないけどね、でもソロ活動もきちんとやってくんでしょ?」って感じだったし、ディストリビューターであるコロンビアもまた、メイン・アーティストは大滝と位置付けていた。
 「プロデューサー主体っていうけど、今のところ所属アーティストいないんだし、『年4枚のアルバム制作』って契約条件クリアするためには、自分のアルバムも作っていかないと、とても回らんでしょ?」。

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 レーベル設立時の大滝は、ちょうどCMソングを量産していた頃であり、創作ペースとしては順調そのものだった。なので、「その気になればフル・アルバムの1枚や2枚、チャチャっとできるでしょ」と、過信していた部分もある。
 生前のインタビュー・発言からにじみ出てくる理屈っぽいキャラから、ロジックで動く理路整然とした人だと受け取られがちだけど、考えてみれば、これまで散々、発売延期だ企画倒れだを繰り返してきたわけで、その辺が何かと誤解されている。基本は行き当たりばったり、怒涛のつじつま合わせを強引に行なう人、というのが大滝の本質である。
 そんな彼の裏も表も含めて、最も深く理解していたのが、山下達郎だった。
 年に一度の新春放談で催される、「アーカイブはともかく、新譜はまだか」の丁々発止のつば迫り合い。オチがわかっていながらつい聴き入ってしまう、ダチョウ倶楽部顔負けのお約束合戦は、まだ続いていれば、伝統芸能の域に入っていたんじゃないかと思われる。

 『カレンダー』に限らず、先人への強いリスペクトが顕著な良質の楽曲に加え、演奏の主軸になっているのは、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ・コネクションのミュージシャンなので、素材自体のクオリティはとても高い。なのに、第1期ナイアガラの作品クオリティにムラがあるのは、録音やミックスダウン、音像処理の問題が大きい。
 設立時の配給先だったエレック倒産を経て、新たなディストリビューターになるコロンビアとの交渉によって、大滝は最新タイプの16チャンネル・マルチレコーダーを手に入れる。災い転じて福となり、スタジオ設備は増強されたのだけど、所詮は米軍払い下げ住宅を改造したプライベート・スタジオ、どれだけ高い志と熱意を持ってしても、オーディオ的なクオリティには限界がある。
 所属アーティストになるはずだった山下達郎も伊藤銀次もいなくなったため、大滝自身がフル稼働して制作ノルマをこなさなければならなかった。作品のアイディアだって使い切っちゃってるので、ストックもほとんどない。締め切りギリギリまで粘りに粘り、どうにか搾り出したモノを録って出し、といった無限ループ。クオリティより納期が最優先となるため、納得ゆくまで作り込むことができず、言ってしまえば雑な仕上がりの作品も多い。
 ソニーに移籍してからは、潤沢な時間と予算、有能な外部スタッフの起用によって、初期構想に準じた作品を作る環境が整った。ただ、そうなったらそうなったで、「あれもできる」「ここをもう少しこだわりたい」と時間がかかり、結局、コスパ的には昔と大差なくなっちゃうのは、どんなもんだか。

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 で、長くなったけど、ここからが本題。
 ソニー移籍を機に、第1期ナイアガラのアーカイブは、大なり小なり、どれもリミックスを施されて再リリースされている。Fussa 45スタジオのマシン・スペックでは叶わなかったサウンド・エフェクト、バランスやピーク・レベル、フェード・イン/アウトの長短に至るまで、あらゆるポイントで改変が行なわれている。
 で、そんなマニアックな編集作業が最も大胆に行なわれたのが、この『カレンダー』である。
 結果的に、第1期ナイアガラにおいては最後のソロとなったこのアルバム、底の見えないセールス下落を阻止するため、またレーベルの存続を賭けて制作された。これまでプロデュース業務の多かった大滝が、アーティストとしては久しぶりに重い腰を上げ、持てる力のすべてを注ぎ込んだ自信作である。
 はっぴいえんど時代のアンチテーゼとして、第1期ナイアガラの主題となっていたリズムものやノベルティソングに加え、敢えて封印していたメロディ・タイプの楽曲も復活しており、バラエティに富んだ作品になっている。いわばとっ散らかった印象もないわけではないけど、それにも増して伝わってくるのは、アーティストとしての覚悟、強い意志表明である。
 俺的にも、第1期ナイアガラのアルバムの中では、最もターン・テーブルに載せたことの多い、何かと想い出深い作品だ。

 『ロンバケ』以降にファンになった俺にとって、『カレンダー』といえば、黄色いラベルのソニー盤であり、吉野金次リミックスによる81年版である。ほぼ同時期に単行本『All About Niagara』を購入して、隅々まで嘗めるように読みまくった中学生の俺は、そこでコロンビア盤の存在を知った。ただ、当時はすでに廃盤となっており、中途半端な田舎の中学生が安易に入手できる代物ではなかった。
 それからしばらく経って、札幌の中古レコード屋で一度だけ、コロンビア盤が飾られているのを見たことがあった。レア物コーナーに陳列されていたそれは、社会人になっていた俺でさえ、二の足を踏んでしまうほどの高値をつけられており、気軽に手が出せるものではなかった。
 次にそのレコード屋に行くと、誰かが買ってしまったのだろう、もう『カレンダー』はコーナーから消えていた。せっかく、手が届くところにあったのに。

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 20周年プロジェクトが一巡して30周年プロジェクトが始まり、ファンの間で、最もその発売が待たれていたのが、『カレンダー』だった。
 20周年プロジェクトでは、『ムーン』や『CMスペシャル』を始め、他プロジェクトのアルバムでも未発表テイクが追加され、多くのファンが狂喜乱舞した。しかし、『カレンダー』だけは、目立ったリミックスやボーナス・トラック収録はなかった。
 「オリジナル〜リミックスの時点で作品としては完結しており、これ以上足すものはない」というのが、大滝の見解だった。それだけ『カレンダー』に格別の思い入れがあった、ということなのだ。
 それならそれで、コロンビア盤のレジェンド感は、さらに高まってゆく。他のアルバムの20周年エディションのライナーノーツは、どれも時系列に沿って事象を丹念に記しており、ここで明らかになった新事実も多い。しかし、『カレンダー』だけはペラ1枚、やけにアッサリした文章になっている。
 やはりここで完結しているのか、それとも付け足すことがあんまりないのか。

 「新旧ヴァージョン完全収録」という、『カレンダー』の30周年エディションの詳細が明らかになって、全世界のナイアガラーは、再び狂喜乱舞した。これまで存在だけは知られながらも、ほとんどの人が聴いたことのない、まるでUMA的に伝説となっていたコロンビア盤を聴くことができる!
 正直、アーカイブものが続いて興味が薄れていた俺も、このインフォメーションを聞いた時は、大勢のナイアガラー同様、狂喜乱舞したのだった。

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 で、耳にしたのだけど。
 …なんか微妙だった。
 黎明期を見てきた初期ナイアガラーが、こぞって「傑作だ」「コレを聴いとかなくちゃ」など期待感をあおるものだから、さぞ革新的なクオリティなのだろう、とドキドキしながら聴いてみると。
 …案外ショボかった。
 「初期構想の忠実な再現」というコンセプトでもってリミックスされたソニー盤は、スタジオ機材やインターフェイスの問題で叶わなかった、リヴァーブやコンプレッサーをふんだんに使用している。アカデミックなレコーディングを習得していない大滝のビジョンを具現化するため、『カレンダー』のサウンド・コンセプトを反映するには、吉野金次という熟練のプロフェッショナルが必要だった。時間的な余裕と適切な投資によって、『カレンダー』はソニー盤で完成を見たと言える。
 ソニー盤を聴いてからコロンビア盤を聴くと、やってる事はほぼ変わらないのだけど、コロンビア盤の音像処理はスッキリしすぎて、これってデモ・テープなんじゃね?とさえ思ってしまう。今ならDTM機材の発達によって、高音質のホーム・レコーディングも珍しくなくなったけど、当時の宅録レベルのスタジオ機材では、ピーク・レベルを抑えることが精いっぱい、想いはあってもやれる事は相当限られる。ましてや素人ミキサーである大滝が、吉野金次と同等レベルのスタジオ・テクニックがあるかといえば、それを求めるのはちょっと酷。
 実際、第1期ナイアガラを支えたミキサー笛吹銅次(大滝の別名)は、その後、引退しちゃうし。

 前述したように、俺的にはソニー盤を長らく聴き込んでいたため、愛着はあるのはそっちの方である。なので、「ミックスダウン前のお蔵出しトラック」と言われたら信じちゃいそうなコロンビア盤に、格別な思い入れはない。
 リリースされた1977年のサウンドとしては、充分イケてたのだろうけど、やたらと神格化するのも、ちょっと無理矢理すぎるんじゃないかと思うのは、俺だけじゃないはず。原理主義が嵩じて後発を否定するには、クオリティ的にちょっと弱すぎるのだ。
 ごく少数だけ流通したコロンビア盤をリアルタイムで手に入れた初期ファンの思い出補正によって、妙に神格化されたことも誤解を生んだ。このアルバムに限らないけど、レア物は、本来の価値以上に高評価を受けてしまう。
 幻の音源を入手する希少な機会を得た者は、選ばれし初期ナイアガラーとして、知ったか顔で第1期ナイアガラを神格化していった。
 でもあいつら、「多羅尾伴内楽団」さえ絶賛しちゃうんだぜ。信用できねぇよ。



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1. Rock'n'Roll お年玉
 レーベル存続を賭けた悲壮感を思わせない、ていうか突き抜けて躁状態で歌われる、日本人のためのロックンロール。プレスリーからはっぴいえんどまで、古今東西の文化遺産を一緒くたに詰め込んでシェイクして撹拌して煮詰めて蒸留した、ナイアガラ・ワールドの完成形。新春放談でも一発目でよくかかっていたし、正月が近づくと思い出したように聴いてしまう、俺的にはすっかり季節の風物詩的ソング。
 コロンビア盤冒頭の「おめでとうございます」のリヴァーブの薄さが、俺のガッカリ感を助長させた。全体的にエコー感が薄いため、スタジオの密室感が強調される。当時としてはがんばったんだろうけどね。

2. Blue Valentine's Day
 80年代を通過してきた者にとって、バレンタイン・ソングといえば圧倒的に国生さゆりだけど、楽曲的には断然こちらの方がクオリティは上。「どうせもらえるわけねぇや」といったネガティヴな歌詞の世界観は、後にコンビ復活する松本隆のそれと大きくかぶっており、キャリア通して1,2を争うウェットなヴォーカルと見事にシンクロしている。
 1.同様、コロンビア盤はエコー成分が少なく、ていうかほぼデッドな響き。近年、『Best Always』で発掘されたシングル・ヴァージョンではほどほどのリヴァーブがかけられているため、アルバムでは敢えて他の曲とのバランスを考慮して抑え気味にしたんじゃないかと思われる。
 第1期ナイアガラの中では異質の甘さと大衆性があったにもかかわらず、リリース当時はほぼ世に知られることもなかった。もしこれが売れてたら、流れもまた変わっていたかもしれない、非常に惜しい名曲。

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3. お花見メレンゲ
 メレンゲというリズムが何なのか調べてみると、サルサやサンバに近似したジャンルであるらしい。ラテン方面はあんまり詳しくないので、知ったかぶりはやめておこう。
 リズム・トラックは基本楽天的なのだけど、ヴォーカルは全然ノリノリといった感じじゃなく、この辺が和のテイストなのかな、と無理やり思ったりもする。
 つくづく思うけど、この時代のミュージシャンって、引き出しめちゃめちゃ多いよな。大滝のムチャ振りに対応するためには、あらゆるジャンルを網羅しとかないといけなかったのか。

4. Baseball-Crazy
 続くリズムものシリーズ。私設草野球チームまで持っていたベースボール・マニア大滝として、野球愛にあふれる自身を自虐的なパロディとして描いている。
 正直、漫才ブーム以降を生きてきた俺世代にとって、戦前戦後のギャグやパロディをベースとした彼のノベルティ作品は、あんまりピンと来ない。まぁ絶賛されてるから面白いんだろうな、といった感じ。身内の間で披露してる分にはいいんだろうけど、誰か止めなくちゃダメでしょ。あ、プロデューサーだから、その辺のジャッジも全部自分か。

5. 五月雨
 ご存じオリジナルはソロ・デビュー作『大瀧詠一』より。当時のソリッドでコンパクトなファンクから一転、ここではドラマティックなストリングスと女性コーラス、重く響くバスドラに彩られ、荘厳としたムードに包まれている。語呂と語感のみで構成されている歌詞には、まったく意味性はない。ないのだけれど、これだけ深淵なサウンドにのせて歌われると、妙な重みが醸し出されているという不思議。
 コロンビア盤で終始流れる雨のSEは、陰鬱とした長雨の気だるさを活写しているけど、ソニー盤の深い深いエコーを聴くと、あっさり感じてしまう。この粘っこさがサウンドの肝なんだろうか。

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6. 青空のように
 長らく彼が研究対象としてきたスペクター・サウンドの、この時点での完成形。ヴォーカルもパーツの一部として同等に扱われ、バッキングと同じレベル、フラットな配置にされている。多分、モノ・ミックスで聴くのが理想なのだけど、他の曲とのバランスを考えてステレオにしたんじゃないかと思われる。でも、シングル盤でもステレオなんだよな。
 ただ、ソニー盤ではヴォーカルを少し前面に出したダイナミックなバランスになっており、アルバムの中の一曲としては調和が取れている。あ、それとイントロはコンパクトなソニー盤の方がメリハリあるよな。

7. 泳げカナヅチ君
 昔のサーフ・ロック、多分Beach Boys周辺をモチーフにしたのと、ベンチャーズっぽいギターを入れて、テーマとして「およげ!たいやきくん」のアンサー・ソングという体裁を取ったパロディ・ソング。コロンビア盤では全編波音のSEが流されており、それが災いしたのか、演奏パートの出力レベルを抑えてしまってるのが、ちょっと残念。あとで聴いてみて、「やっぱいらねぇや」と思ったのか、ソニー盤ではSEは削除されている。

8. 真夏の昼の夢
 のちの『ロンバケ』サウンドのプロトタイプとして、もっともわかりやすいポップ・バラード。サウンドの構想は、もうずっと昔から大滝の頭の中にあったことが窺える、貴重な一曲。ただ、ここに盟友松本隆はおらず、あくまで大滝自身が松本隆っぽい言葉を選んで順列組合せしているだけであり、ストーリー性は弱い。
 松本と大滝の書く言葉の違い。それは、「恥」の温度差の違いでもある。

9. 名月赤坂マンション
 エンジニア笛吹銅次のベスト・ワークとして、もっと語られてもいいトラック。あのプライベート・スタジオと彼のスペックで、ここまで臨場感あふれる形で尺八や三味線の音を録音できたのは、単純に「すごい」の一言。それだけ和楽器のレコーディングは難しいはずなのだ。ソニー盤ではリヴァーブがもう少し盛られているけど、哀切漂う泣き笑いの感情を表現するためには、ややデッド気味のコロンビア盤の方が感情に訴えてくるという不思議。
 唯一、俺がソニー盤より気に入っているトラックである。

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10. 座読書
 ソウル系が好きな人なら、誰でもすぐに思い浮かべるBo Diddleyのリズム。考えてみれば、取るに足らないことをテーマに歌うのはソウル/ファンクの伝統なわけで、内容をどうこう言うより、無内容なテーマに合わせてリズムを楽しむのが、本来のマナーなわけで。「読書」という語感からジャングル・ビートに思いを馳せてしまう、大滝の自由な発想はとんでもないところにある。

11. 想い出は霧の中
 「11月と言えばなんだ、冬だ、寒い、北国だ、じゃあ北欧ギター・インストだ!」ってな感じで作られたナンバー(嘘)。「さらばシベリア鉄道」の前哨戦といえばわかりやすい。

12. クリスマス音頭〜お正月
 1.同様、クリスマスになると無性に聴きたくなる曲。俺にとってクリスマス・ソングと言えば、山下達郎でもワム!でもなければマライア・キャリーでもない。そんなかしこまったソフト・フォーマルのクリスマスじゃなく、やけっぱちなカオス空間の和洋折衷クリスマスの方に、シンパシーを感じたのだった。ひねくれてたんだよな、30年くらい前は。






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やっつけで作ったわりには、うまくまとまっちゃた。 - 大滝詠一 『デビュー・スペシャル』

_SL500_ 初出は1978年リリース、「第一期ナイアガラ」と称される、コロンビア時代にリリースされた大滝詠一のベスト・アルバム。「ベスト」と称してはいるけれど、この時期はナイアガラにとってセールス的には暗黒時代とされており、まともに採算が取れた作品がなかったため、本人曰く、「セレクション・アルバム」という体裁となっている。
 ヒット曲もないのにベスト・アルバムなんて…、という自虐的なところもあるのか、本人的にリリースにはあまり前向きではなく、当時の音楽雑誌「ヤング・ギター」で収録曲を公募、人気投票で選ばれた曲を入れる、という、ある意味丸投げ的な構成となっている。

 で、今回取り上げるのは、このオリジナル『デビュー』ではなく、ソニー移籍後に再編集された『デビュー・スペシャル』の方。こちらは1987年リリースとなっており、俺世代としては多分、こちらのヴァージョンの方が馴染みがあるはず。オリジナルも一応、『Niagara Black Vox』での入手は可能だったけど、当時の10代に5枚組ボックス・セットは高根の花だったし、北海道の中途半端な田舎では、現物すら目にすることもできなかった。今も数年ごとに改訂が行われている書籍『All About Niagara』において、カバー・ジャケットや解説を読むことによって、何となく内容を掴んだ気にはなっていたけど、肝心の音については想像上の産物であることが長く続いていた。
 『Each Time』プロジェクトもひと段落つき、オリジナル・アルバムをまとめた『Niagara CD Book I』に続き、企画色の強いアルバムをまとめた5枚組『Niagara Black Book』に収録されたのが、この『デビュー・スペシャル』。『Vox』と違ってこちらは単品での発売も行なわれたので、予算の乏しい若きナイアガラーは、やっと幻の音源にありつくことができたのだった。

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 オリジナルからの収録は4曲のみで、あと5曲が未発表のライブ・テイクという構成は、オリジナル至上主義のユーザーだったら許しがたいスタイルだけど、そもそも当時のオリジナルの売り上げが数千枚程度だったため、比較のしようがない、というのが現実だった。それよりも何よりも、どんな形であれ一部だけでも復刻されたことは歓迎されるべきことだった。少なくとも、これでオリジナル復刻を待望することはできる。

 そんな事情もあったため、俺の『デビュー』とのファースト・インプレッションはこの87年版だったため、今でも俺の中の『デビュー』といえばこちらになる。
 その後、『デビュー』は2011年に『Niagara CD Book I』リイッシューにて、オリジナル・フォーマットでの復刻が実現、しかも2014年にはiTunesでの配信も開始され、より身近に入手しやすくなった。ほぼ封印状態だったにもかかわらず、大滝自身、何かしら思うところがあったのか、近年になってから公私にわたって清算モードに入っている。『Each Time』の30周年エディション完成を見て鬼籍に入ったのは、見事な締めくくりだったんじゃないかと思われる。

 というわけで、永遠に続くんじゃないかと思われたナイアガラ・アーカイブの更新作業は、大滝の死をもって終わりを見る。残された音源がいわゆる最終稿として、今後は語り継がれてゆくのだろう。だろうけど。
 いい意味でも悪い意味でも、長く活動してきたアーティストほど、黒歴史、なかったことにしておきたい作品というのは生まれてくるものだ。当時のポテンシャルでは実現できなかったけど、今のスキルならもっとうまく表現できる-、そう思い立ってリミックス・リマスターに手を付けるアーティストも少なくない。
 一度、日の目を見た音源は、記録に残り、また記憶に残る。アヒルの雛が初めて白鳥を見て「お母さん」と認識するように、初めて聴いたヴァージョンがオリジナルなのだ。
 なので、俺的に『デビュー』といえば、今も『デビュー・スペシャル』がオリジナルである。中古レコード店の目立つ場所にディスプレイされていた初版『デビュー』のアナログ盤は、とても手が届かない価格に設定されており、気軽に購入できるものではなかった。今ならダウンロードなりオークションなりで入手は可能だけど、正直今さら感の方が強い。多分、手に入れただけで満足してそれほど聴きこまないと思うし、実際、ダウンロードすらしていない。やはりファースト・インプレッションの衝撃は大きいのだ。

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 ただ今後、このヴァージョンが復刻されるかといえば、それはちょっと怪しいところ。これまでの20周年リマスターなどで蔵出し公開された未発表音源も、すっかり置いてきぼりにされてるし、正史じゃないものは上書きアップデート、淘汰されていくものかと思われる。
 各アルバムの既発・未発表アーカイブを時系列にまとめたボックスが、全ナイアガラーの望みなのだろうけど、まぁいつになることやら。

 この第1期ナイアガラをリアルタイムで聴いていたユーザーというのは、かなりごく少数だったため、今をもって初期ナイアガラーとしてデカい顔をしている者も少なくない。まぁ当時の出荷イニシャルはせいぜい4ケタ行けばいい方だったため、先物買いとしてはかなりの目利きがそろっていたことは間違いない。俺だってリアルタイムで接していれば、多分今でも筋金入りのナイアガラーとして巷説垂れていたかもしれないし。
 妄信的なナイアガラーによって、この時期の作品は崇め奉られており、ソニー時代よりも評価が高い場合が多い。特にレココレなんて読んでいると、コロンビア時代の作品はどれも傑作揃いのような紹介がなされている。
 マニアの間では聖典とされてはいても、外部の人間からすると大した価値もなく見えてしまうのはよくあることで、実際、第1期ナイアガラの作品がどれも傑作揃いというわけではなく、むしろ玉石混合、ていうか当たり外れが多い。多羅尾伴内楽団?あんなのただのエレキ・インストじゃねぇか。本人だって参加してるわけじゃないし。確かにコロンビア時代の作品もきちんと作られているモノもあるし、実際、俺も好きな作品は多いけど、少なくとも多羅尾伴内楽団を礼賛する人間は、どうにも信用できない。何でも手放しで礼賛するのはいかがなものかと。

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 なにゆえにコロンビア時代の作品クオリティに波があるのかといえば、そもそものレーベル契約の時点で問題がある。大滝の考えとして、ナイアガラを単なる個人レーベルではなく、自らのプロデュース作品をメインとしたリリース形態、その中にはもちろん大滝ソロも含まれるけど、あくまでワン・オブ・ゼムというのが当初の構想だった。レーベル第1弾が自身のソロではなく、シュガー・ベイブというところに、それが顕著に表れている。
 自宅スタジオに設置するための16チャンネル・テープレコーダーを譲り受けることを条件にコロンビアと契約、その際の包括事項として、3年で12枚のアルバム制作を請け負うことになる。普通の個人レーベルだと、正直レーベルとは名ばかり、単にジャケットの隅っこに印刷されているトレードマーク以上の意味合いはないのだけれど、本格的な独立レーベルとして始動したナイアガラにとって、この包括契約はビジネスであり、何が何でも遵守しなければならないものだった。

 設立当初はシュガー・ベイブもいるしココナツ・バンクだっているし、ナイアガラ・トライアングルの3者でローテーションしていけばうまく行くんじゃね?と軽く考えていた大滝だったけど、肝心の2バンドが相次いで解散してしまったことによって、ほぼ独りで企画を回さなければならなくなり、早い段階で初期構想は瓦解する。その後のやっつけ仕事、自転車操業の始まりである。
 どうにかリリースされた12枚のアルバムのうち、大滝名義のオリジナル・アルバムはわずか3枚。オリジナルじゃない大滝名義のアルバムが、『デビュー』と『CM Special』という企画盤である。1年に1枚のペースで新作オリジナルを制作するのは、この時代においては珍しいことではないのだけれど、そういったアーティスト活動よりはむしろ、プロデューサー業、アルバム量産のためのネタを絞り出すことが、当時の彼の中では最も大きなウェイトを占めていた。
 前述の多羅尾伴内楽団や『Let’s Ondo Again』などはPeter Barakanが絶賛したことによって伝説の作品扱いされているけど、正直、それほど楽しんで聴けるものではない。外人からの視点だと、エキゾチックな趣味に先見性を見出した、というところなのだろうけど、ライト・ユーザーを惹きつけるようなものはそんなにない。ていうかネタじゃねぇかこんなの。

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 すっごくひいき目に見て、Beatles誕生以前のポップスやロックンロールをバックボーンとしたモダンな視線でのオマージュという、自らの音楽的ルーツと対峙した楽曲、特にメロディ・タイプのものは今も古びることもなく、愛聴できるものも多い。無から有を創り出すのではなく、過去のレジェンドの遺産に敬意を払い、そこに歌謡曲や音頭など、日本独自のエッセンスを付加してオリジナリティを産み出したことは、もっと評価されてもいい。
 ただ問題だったのは時間的な余裕。アーティスト大滝詠一の創作環境・プロセスは、優先順位からすればかなり後回しにされ、プロデューサー多羅尾伴内として、完パケ品納入を第一義として考えなければならなかった。作品のクオリティは後回しにされ、常にケツカッチンのスケジュールの帳尻合わせとして、とにかく録って出しの突貫作業が日常化していた。

 で、この『デビュー』製作の経緯だけど、かなり気合を入れて作られたコロンビア時代最後のソロ『Niagara Calender』のセールス不振によって契約延長が事実上なくなり、契約消化のために作られたものである。ナイアガラ・レーベルも閉鎖が決まり、今さらアーティスト・エゴをごり押しするほどの気力もないので、だったらみんなに決めてもらった方がいいんじゃね?的な投げやりな選曲となっている。
 当時の「ヤング・ギター」の発行部数がどのくらいだったのかは不明だけど、読者の中の大滝ファンの総数がどれだけいたのか、またその中でどれだけ応募があったのかも不明だけど、どちらにしろ多くの人数ではなかったと思われる。なので、ファンの要望がどれだけ反映されているのかといえば、それはもう真相は闇の中。

 『デビュー』『デビュー・スペシャル』両方の収録曲を見ると、前者がほぼ3分の2、後者の半分がアップテンポのリズム・タイプで占められている。もともとコロンビア時代の大滝、メロディ・タイプの楽曲はそれほど多くない。当時の志向がリズムであったこと、また単純にスタジオ経費を抑えるため、メリハリのあるリズム主体のセッションの方が、時間も短縮できるところにあったのだろう。ソニー時代のようなメロディメーカーで売ってたわけじゃないし。
 「もし」というのは無粋だけど、『デビュー』のメロディ・タイプがもう少し多かったら、「もし」ミックスやセッションの過程で時間的余裕があったとしたら、もっと違う可能性もあったのかもしれない。ただ、ここでメロディ・タイプを使い切ってしまうと、後のロンバケには至らなかったかもしれないわけで。
 将来的に、両アルバムをまとめた完全版が作られればよいのだけれど、それにはまだ時間が必要なのかな。


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1. 空飛ぶくじら
 ここから4曲目までが、最初で最後の「ファースト・ナイアガラ・ツアー」1977年6月20日渋谷公会堂の音源。10日間で大阪・東京・仙台・名古屋・福岡を回るというハード・スケジュール。レコーディングもあったから、時間がそれしか取れなかったんだろうな、きっと。たまにyoutubeで上がってるけど、このツアーは映像が残されており、一般発売が熱望されているのだけれど、さていつになることやら。
 ソロ・シングル2枚目としてリリースされたのが初。作詞の江戸門弾鉄は松本隆のペンネーム。第1期ナイアガラとは、イコール松本隆の不在とも称されるのだけど、この曲はもともとはっぴいえんどのソロ・プロジェクトの流れで制作されたので、長いブランク前の貴重なコラボという位置づけにある。
 これまで泥臭いロック/時々フォークをサウンドのコアとしていたはっぴいえんど時代から一転、ここではクラリネットという非ロック的楽器を大きくフィーチャーしており、もともとのバックボーンであるポップスへの傾倒、リスペクトと覚悟とが窺える。

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2. 空色のくれよん
 『風街ろまん』収録、こちらも松本との共作。オリジナル同様、カントリー・テイストのゆったりしたサウンドなのだけど、大きく違うのはやはり大きくフィーチャーされた細野のベース。基本はルート音をなぞったシンプルなプレイなのだけど、音が太い。大滝自身のヴォーカルにさほど変化はないのだけれど、ボトムの効いたベース・サウンドは十分オルタナティヴ。
 ここで聴けるヴァージョンはもっとまったりした風合いが強いため、むしろこちらが大滝の意図だったんじゃないかと思われる。ヨーデルの部分も気持ち良さそうだし。

3. 田舎道
 こちらも初出ははっぴいえんど、3枚目の『Happy End』より。こちらもオリジナルと比較すると、はっぴいえんどヴァージョンが「ロックンロールをなぞろうとしたけど噛み合わなくて、なんか不思議なオルタナ」に仕上がっちゃってるのに対し、ここでは大滝の意図にうまくはまった正調ロックンロール。Little Richard 「Tutti Frutti」のワンフレーズを挟む余裕すら見せている。
 Keith Richardsも言ってたけど、ロールしてないとダメなんだな、やっぱりロックは。

4. ウララカ〜はいから〜ロン・ロン〜サイダー
 『大瀧詠一』『風街ろまん』、元ネタのPhil Spector「Da Doo Ron Ron」を挟み、ある意味、当時もっともよく知られたいた「サイダー」で締めるメドレー。基本リズムはすべて同じなので、アレンジしやすかったんだろうしライブにおいてもキラー・チューン的なポジションだった。

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5. Sheila〜シャックリママさん〜Love's Made A Fool Of You
 この曲のみ、1981年6月1日新宿厚生年金会館、ロンバケ発売記念コンサートでの音源。こちらも昔から完全版がネットで回っていたし、今も多分丁寧に探せば入手はたやすいと思われる。正規発売が待たれている音源のひとつ。多分、ロンバケ40周年かな、オフィシャルは。
 3.4.同様、こちらもオールディーズ/ロックンロールから『Niagara Moon』、Buddy Hollyのメドレー構成なのだけど、長期ブランクを挟んで晩年まで大滝組としてリズムを担った上原裕がドラムをプレイしており、バンドのグルーヴ感が違っている。盟友鈴木茂、松任谷正隆も参戦して、一時引退状態だった大滝のバックアップに力を貸している。

6. 指切り
 この音源も1曲のみ、1981年12月3日渋谷公会堂、前代未聞かつ後年も例がない、伝説のヘッドフォン・コンサートからの1曲。
 『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』発売に先駆けて行なわれた、佐野元春・杉真理を従えたジョイント・コンサートなのだけど、普通のライブと大きく違う点があった。PA、スピーカーなど音響増幅の機材がステージ上に配置されてなかったこと、ヘッドフォン持参で集まった観客は会場入り口でFMウォークマンを渡され、ラジオ音声でライブ音源を聴くという、かなり画期的なスタイルのライブだった。親会社ソニーのバックアップがあったからこそ生まれた企画であり、販促の一環だったと思うのだけど、そこに物好きな大滝がうまく乗っかった形である。
 オリジナル・ラブやシュガー・ベイブがカバーしているように、一般リスナーだけじゃなく同業者からも人気の高い曲。大滝曰く、Al Green的なヴォーカルを模倣しようとしてファルセットも多様したりしたのだけど、できあがったのはソウルともポップスとも言えぬ奇妙な質感のサウンドに仕上がった。国籍不明・ジャンル分け不能なその楽曲は、プロから素人まで、あらゆる者を惹きつける吸引力を持つ。

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7. 水彩画の町
 ラスト3曲はオリジナル『デビュー』より。1978年5月、大滝のハウス・スタジオ「Fussa 45」で行なわれたセッションを中心に構成されている。セッション・メンバーを見ると注目なのは、ソロ初期から交流のあったムーンライダーズ勢の多さ。彼らもまた、メインのバンド活動ではなかなか芽が出ず、セッションや歌謡曲のバック・バンド、CMソング製作で息を繋いでいた点は、大滝と共通している。
 参加メンバーの中でも特筆すべきなのは、同じように本業ではなかなか注目されていなかった山下達郎のストリングス・アレンジの絶妙さ。カントリー・テイストのアレンジに彩りを添えるが如く、大滝のソフト・サウンディングを引き立てるような柔らかな調べは、楽曲のグレードを確実に上げている。オリジナルの『大瀧詠一』では流麗なフォークでしかなかったのに、ここでは華麗なカントリー・ポップに仕上げている。

8. 乱れ髪
 こちらも『大瀧詠一』が初出。アレンジもほぼ一緒、ヴォーカルスタイルもオリジナルをほぼなぞっている。ていうか下手にリアレンジできないほど、この曲は完成されている。前述の山下ソリーナ、軽いエコーが彩りを添えている以外は、ほぼそのまんまである。
 大滝が書いた楽曲の中でも1、2を争うクオリティであり、ヴォーカルもこれ以上はないという解釈でまとめられている。

 割れた 鏡の中
 畳の青が 震える
 何を そんなに
 見てるんだい

 外は 乱れ髪のような 雨
 ごらん 君の 髪が降る
 ごらん 君の 髪が降る

 西野カナやいきものがかりに慣れた感性では処理しきれない、あまりに斬新な歌詞世界が、大滝のクルーナー・ヴォイスを求め、そして見事に応えている。

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9. 外はいい天気だよ
 ラストは『Happy End』より。オリジナルには「だよ」がついていない。「だよ」をつけたことによって、特に駒沢裕城が奏でるスチール・ギターの響きが、ほのかなカントリー・テイストを漂わせている。この曲を聴くたび、俺は春ののどかな陽気の午後を連想してしまう。
 はっぴいえんどヴァージョンもまた、大滝の意図通りにカントリー・アレンジをなぞっているのだけれど、やはり強く印象に残るのはクセの強いリズム。大滝自身のヴォーカルはそれほど後年と変わらないのだけど、ドラムとベースの自己主張が強く、いびつな響きとなっている。
 ポップス/カントリーとしては歪んだ仕上がりではあるけれど、オルタナ・バンドとしてのはっぴいえんどであるのなら、これはこれで正しい。変に丸く収まらず、ただのフォークでさえストレートに聴こえない、バンド・マジックというのを体現した集団。
 同じ演奏・アレンジながら、はっぴいえんどヴァージョンと違って角が取れてマイルドになったサウンドが、ここでは展開されている。
 こうして比較してみると、はっぴいえんどという存在が、日本のポピュラー・ミュージックにおいて「静かなる異端」だったことが証明されている。やっぱり変わってるよな、この人たちって。



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ナイアガラ・アーカイブ・シリーズのリ・スタート - 大滝詠一 『Debut Again』

f56c3fcc850774 32年ぶりの新譜ということで、今年の邦楽シーンでは俺的に岡村ちゃんに続いて盛り上がっている、巷でも話題の大滝詠一セルフ・カバー集。これまでも旧譜がリイッシューされる度にアーカイブのお蔵出しはあったのだけど、今回はこれまでのようなアウトテイクやデモとはちょっと方向性が違っている。
 今回の音源はナイアガラーの間でも一部は存在を知られていたのだけど、まさかこんな早い時期とは。俺の予想では、ロンバケ40周年あたりにボーナス・トラック扱いでひっそり収録されると思っていたので、これだけまとまった量をこの時期にリリースとは、やるじゃんナイアガラ・エンタープライズといったところ。
 これが例えばBeatlesクラスになると、このようなアーカイブもののリリース・スケジュールも年単位で決まっており、孫・ひ孫の代まで延々食い繋いでゆけるように出荷調整している。Elvisはその辺がもっと徹底していて、発掘音源専門レーベルFollow That Dreamというのがオフィシャルで存在しており、とにかく録音されている音源をすべてリリースしてゆくという方針のもと、ファンクラブ優先で流通させている。ひどくマニアックなポリシーゆえ、非常にクローズドな運営だけど、それでもきちんと商売として成り立ってしまっているのがすごいところ。
 現在のナイアガラ・エンタープライズは大滝の娘婿が代表として仕切っているので、こういった先人たちの良心的なモデルケースを念頭に入れて運営してゆくんじゃないかと思われる。ナイアガラーにはうるさ型が多いので、ジミヘンや尾崎のように手当たり次第に発掘音源を乱発すると、業界内外から猛烈な批判を受けるのは目に見えている。その辺は心配なさそう。
 ていうかApple、そろそろ出せよ、『Let it Be』のリマスター映像。

 生前、自身の肩書きを「勉強家」と半ば自嘲気味に語っていたくらい、ひとつ興味が向けば他のことは放り出し、とことん追求する人である。一時期、「壁一面にビデオデッキを積み上げて全局のテレビ番組を録画していた」だの、「録音テープの材質にこだわるがあまり、沖縄の米軍基地からデッドストックを空輸させた」だの、凡人では理解し得ない数々の伝説やエピソードが残っているのだけど、羅列するとキリがないし、その辺のエピソードはレココレ周辺を漁ればいくらでも出てくるので、割愛。
 どの逸話においても共通するのは、全身全霊を傾けて没頭する追求の姿勢、「10知るためには12知らなければならない」という徹底したスタンスである。それは金や名誉の問題ではない。そこにあるのは純粋な探究心、後半生を趣味人として全うした、ひとりの男の生きざまである。
 音楽でも野球でもトニー谷でもお笑いでもクレイジーキャッツでもインターネットでも歌謡曲でも映画でも小林旭でも、とにかく隅から隅まで研究し分析し解明し尽くす。その行為は自身の知識欲が満たされるまで、とことん納得ゆくまで続く。さすがに自身のルーツと直結する音楽関連においては、その探求が歳を経るごとに深度を増し、尽きることのない好奇心が広がっていたけど。
 あくまで勉強家というスタンスゆえ、その方面を極めている本職の人たちに遠慮があったのか、音楽関連は別として、野球やインターネットについての著作物はなく、その研究成果のほとんどはラジオなどの刹那的なメディア、または対談に限られていた。親しい知人に限定された非公開のメディアでは、一時闊達とした発言を行なっていたらしいけど、当然一般のファンにとっては目にする術もない。基本は、後に残らず消えゆくものに美学を感じていたようである。

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 勉強家と自嘲する所以は、そこに利益の介在が少ないことを意味する。研究成果を声高に訴えるわけでもなく、不特定多数の同意を得たいわけではない。そこにあるのは自己完結の世界。
 表立って注目を得るのを求める人ではない。もともと裏方志向の人であり、表舞台に立つのを好まない人である。
 多分そういった性格ゆえ、照れもあるのだろうけど、彼の音楽から強く訴えたいメッセージや主張なんてのは聞いたことがない。先人へのオマージュやリスペクトというのはしょっちゅう口にしていたし、実際それに基づいた音楽をやっていた人だけど、「大瀧詠一」個人としてのメッセージ性は薄い。
 逆説的に「趣味に徹した音楽でいいんだ!」というところが存在証明だったのだろうけど、それだって幅広い大衆に向けてのメッセージではない。それは自分が趣味人として生きてゆくための決意表明、覚悟だ。

 世の中に何か訴えたいことがあって音楽を始める者もいれば、単に異性にモテたいから、という理由で始める者もいる。どちらも正当な動機だし、大抵のアーティストの場合、きっかけはどちらかに絞られる。多分後者の方が多いかな。
 多くの例に漏れず、大滝の場合も後者なのだろうけど、その初期衝動が収まった後のルートがちょっと違っている。はっぴいえんど後期と並行して製作したソロ・アルバムで『大瀧詠一』でヴォーカリストとしての一応の到達点を見た後、バンドのラスト・アルバム『Happy End』レコーディングのためロサンゼルスへ。そこで目の当たりにしたVan Dyke Parksのスタジオ・マジックに魅了されたことで再燃したのが、Phil Spectorによって創出されたウォール・オブ・サウンド。直訳通り、大人数での一斉レコーディングによって奏でられる音の相乗効果。ロック全盛の70年代初頭において、それはすでにアップ・トゥ・デイトなサウンドではなかったけど、ここで自分の音楽的ルーツを再発見した大滝、これまで成り行きで勤めていたヴォーカリストの座を降り、ナイアガラ・レーベル設立のために奔走するようになる。
 ざっくりまとめるとこんな感じだけど、ナイアガラーの人たちはチェックが厳しいので、間違ってたらごめんない。

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 なので、この後はプロデュース活動がメインとなる。表現者とは違うスタンスになるので、メッセージ性や主張は二次的なものになる。そこにあるのは客観性、プロデューサー大瀧詠一がミュージシャン大滝詠一を素材として、批評性というフィルターを一枚咬ませ、ひとまず思いついたことをやらせてみた軌跡が、即ちナイアガラの歴史である。
 「和製ウォール・オブ・サウンドをやってみたら」「ニュー・オーリンズ・ファンクをやってみた」「DJスタイルでアルバム1枚作ってみたら」「暦に準じて12カ月それぞれのテーマ曲を作ってみたら」「新しい視点で音頭を取り入れてみたら」…。
 そこにあるのは思いつきと好奇心の産物で、主張やメッセージは存在しない。あるのは実験に基づく研究成果だ。
 で、第1期ナイアガラ終息後、「きちんとしたメロディとサウンドに乗せて歌ってみたらどうなるんだろう?」という探求の成果がロンバケであり、「ついでにもういっちょっ」と一肌脱いだのが『Each Time』である。

 その後、プロデューサー大瀧は外部プロデュースやナイアガラ・アーカイブの補完作業を行なっていたけど、ミュージシャンとしては長い長いスランプに陥ることになる。
 半分冗談半分本気で制作・進行していた次回作『1991』が頓挫、その後ダブル・オー・レーベル設立に伴い経営サイドとして関わることになる。この時期は業界向けコンペに出席したり本格的なアーカイブのリイッシューに着手したりなど、表面に出る活動が多く、久々の再始動が期待された。されたのだけど、あいにく体調の乱れなど様々な障害が仇となって機運はフェード・アウト、ニュー・アイテムとしてリリースされたのは”幸せな結末”のシングル1枚だけだった。新音源が発売されただけでも驚きだったけど、当時のキムタクの勢いも借りて最終的にミリオンまで売れちゃったことも、ファンの間ではもっと驚きだった。確かに永遠のスタンダード足りうる古びないサウンドだけど、時代にはまったくおもねってないよな、いま聴いても。
 その後も周囲の期待をよそに、肝心の本人のテンションが回復しなかったため、”恋するふたり”のシングルと竹内まりやとのデュエットを最後に、新規アイテムがリリースされることはなかった。

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 正直、新しいサウンドなんて必要なかったのだ。
 別に前と同じだっていい。ロンバケの二番煎じ・三番煎じだって構いやしなかった。だってそれは確実に、彼が確立した正真正銘のオリジナルなのだから。
 本人的には「同じことをやりたくない」、または飽きが来てたのかもしれないけど、長年のファンはそんなこと思いやしない。あのサウンド、あのヴォーカルに魅了されていたのだから、何が出たって黙って買う。熱心なファンとはそういうものだ。
 「せっかく待たせてるんだから新しいものを」だなんて肩肘張らず、これまでと同じでいいから、とにかく新しい音源を聴かせて欲しかった。
 いいよ、あなたが歌ってくれてさえいれば。Elvisみたいなロックンロールがやりたければやればいい。今回みたいにちゃんと買うからさ。あなたがいま興味を持ってる音楽を同時代で聴いていたかった。ただそれだけだ。
 普通に生きて、マイペースに、時々忘れそうになった頃に新曲を出してもらえれば、それでよかった。忘れることなんてできないけどさ。

 生前にあらかじめリリースを意識していたのか、軽い鼻歌とかハミングとかいうレベルではなく、きちんとフル・コーラス通して歌った音源が収められている。オリジナルのオケとほぼ同じなので、オケ録り完了後のスタジオで独りブースに入り、誰にも見られず気遣うことなく歌う大滝の姿が想像できる。
 ただ、これまでの作品と違うのはやはりヴォーカル処理。『ロンバケ』も『Each Time』も編集の鬼だった人である。下手すると、ひとつのフレーズの一節一節が別テイクの切り貼りだらけだったこともあるくらい、サウンドだけじゃなくヴォーカルにも徹底した完成度を求めた人である。
 ここではそこまでの完成度はない。どこか隙がある。生前だったら門外不出だったピッチの細かなズレもそのまま、レアな形の未加工のヴォーカルがここにはある。発表を前提とするのなら、もっとテイクやコーラスを重ねたりしていたはずなのだけど、ここでは”Tシャツに口紅"以外、そこまで凝った処理は行なっていない。それだって曲のイメージを伝えるための仮ヴォーカル・レベル、かつての繊細さへの追及は薄い。やっぱり目の黒いうちなら恥ずかしくて出しそうもない音源だ。
 でもいいんだよ、それでも。
 新しい音が聴ければ、それで充分だ。


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ディスク:1

1. 熱き心に
 オリジナルは1985年リリースされた小林旭のシングル。もともとはインスタント・コーヒー「マキシム」のCMソングとして制作されたもので、当時最高12位。案外低い順位だったんだな、というのが印象。アキラといえば「昔の名前で出ています」か「自動車ショー歌」が定番だったのが、この曲の登場で一変した。大滝生前から、テレビで歌うといえば、だいたいこれだった。憧れのアキラの持ち歌として定着したことは、作曲家大滝としては無上の喜びだったはず。
 ほぼ同じオケを使用しているのだけど、イントロや細かなギターのフレーズなんかが違うらしいけど、そこまでは気づかなかった。アキラの本番ヴォーカル録りの後に大滝がスタジオに入り、感無量の思いでこっそりレコーディングしたらしい、との逸話が。いやそれとは別ヴァージョンだ、という説もあるらしいのだけど、まぁどっちだっていいや。朴訥な阿久悠の力強い言葉に正面から受けて立っているアキラに対し、ここではあくまでクルーナー・スタイルを崩さず、別のアプローチを見せている。
 サビの部分がちょっとキーが高すぎるのかな、と思ったけど、後半になるに連れてアキライズムが乗り移ってきたのか、ヴォーカルに熱がこもってゆくのがわかる。

2. うれしい予感
 オリジナルは1995年リリース、歌うは渡辺満里奈。当時の満里奈はとんねるずの「みなさんのおかげです」の「マリナさん」のイメージから脱却、サブカル周辺の人脈を広げていた頃。レアグルーヴの流れを汲んだはっぴいえんど~『大瀧詠一』経由でナイアガラ周辺に接近していた。アニメ「ちびまる子ちゃん」のオープニング・テーマとして書き下ろされたのは、作者さくらももこの熱烈なリクエストによって実現。彼女もまた、コアなナイアガラーだった。
 ライナーにあるように、ほんとわかりやすいウォール・オブ・サウンド。一般に知らしめるためには、このくらいかみ砕かないと届きにくいのだろう。やっぱりアニメの印象が強いせいもあって、オッサンが歌うより女の子の方がいいな、この曲は。

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3. 快盗ルビイ
 1988年リリース、キョンキョン主演同名映画の主題歌。映画は正直見てないし、それほどヒットした記憶もないけど、これまでのアイドル・タッチではなく、往年のハリウッド調の楽曲はひどく大人びて映り、その破天荒ぶりが窺える。
 作詞は監督・脚本、カバー・イラストを手掛けた和田誠によるもの。なので、ドリーミーな歌詞に合わせたアレンジとノスタルジックなアレンジは、これまであまり見られなかったもの。
 ヴァースの”Kiss of Fire”がフランク永井っぽいイメージ、って伝わんないだろうな、これって。ビッグ・バンドをイメージして書かれてるので、彼のヴォーカル・スタイルにインスパイアされてると思われる。

4. 星空のサーカス
 1983年リリース、シャネルズからラッツ&スターに改名して心機一転、5.のカップリングとして発売された。
 これもちゃんと聴いたことがなかったのだけど、イントロのドラムはまんま「め組の人」。まぁシャレなんだろうな、これって。「Rock’n’ Roll退屈男」と「FUN×4」とをミックスしてそこの多重コーラスによるドゥーワップ・テイストを付け加えた印象。しっかしデモ・テープとして作ったはずなのに、よくやるよなここまで。
 この時期はちょうど『Each Time』のレコーディング継続中だったころ。なので、このアルバムの中でもヴォーカライズは屈指の出来。やっぱり習慣的に歌っていることが多かったので、きちんと声がこもらずに、自信を持って歌ってる印象。この時期の音源が残ってるのなら、ぜひ発掘してほしいところ。

5. Tシャツに口紅
 4.のA面として、シングル最高18位。その前にリリースされた「め組の人」がめちゃめちゃ売れたので、こうして比べてみると地味に思えるけど、マーチンがソロで歌い続けてるのはこちらの方。アキラやひろ子、森進一もそうだけど、提供数自体は少ないけど、めっちゃ打率いいよな、この人。
 マーチンのソウルフルなスタイルとは違って、定番のクルーナー・スタイルのヴォーカルは変わらないのだけど、ウェットに傾きがちなバラードでありながら、ギリギリのところでベタな響きにならずに済んでいるのは、やはりヴォーカルのうまさによるものだろう。
 NHKの『SONGS』にて、向かって左にマーチン、右に主のいないスタンド・マイク。ヴァーチャルなデュエットがそこで催されたのだけど…、見えるんだよ、彼が。いるはずもない彼がちゃんと。マーチンもまるでそこにいるかのように振る舞ってるし。あれはほんと不思議だった。
 ただただ泣けた。

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6. 探偵物語
 ある意味、ここの5.から6.の流れが、このアルバムのハイライト。実際、『SONGS』でもこの2人がフィーチャーされていたし。
 薬師丸ひろ子の3作目の主演映画の同名シングルとしてリリースされた。当時のひろ子は大学受験のために一時芸能活動を休止しており、その復活第一弾となったのがこの映画で、当然映画もシングルも大ヒットとなった。いやほんとすごかったんだから、大学の入学式の取材フィーバーなんて、広末の比じゃなかった。
 基本はひろ子ヴァージョンのオケに準じているのだけど、リズムが強調されているのとギター・ソロがちょっと長めになっている。ハキハキした正弦波ヴォーカルのひろ子に対し、ここでは人生に迷いの見える中年男を演じる大滝が見える。どこか頼りなげで、それでいて大人の憂いを感じさせる。
 
7. すこしだけやさしく
 その6.のB面としてリリースされたのがこれ。ちなみにひろ子サイドからのオファーを受けた大滝、当初はアップ・テンポのこちらをA面、地味なバラードの6.をB面として考えて制作したのだけど、ひろ子本人が6.を気に入ったため、急きょ逆になった、というエピソードがある。
 女性への書き下ろし曲になると、ちょっと弱々しい男を演ずるのは、どこかに照れがあるのか。軽快なリズムなのに、全然はつらつしてるように聴こえないのは何とも。

8. 夏のリビエラ
 世界初のプロモーション・オンリーCD『Snow Time』収録、オリジナルは森進一「冬のリビエラ」。1982年リリース最高10位というのは思ってたより低いけど、彼の歌といえば「おふくろさん」か「襟裳岬」だったのが、アキラ同様、一気にこれが代表曲として定着した。この時期の森は「リゾート三部作」として、この曲を筆頭に細野晴臣作「紐育(にゅーよーく)物語」、筒美京平作「モロッコ」と立て続けにリリースして歌謡曲からの脱却を図っていたのだけど、正直他2作はあんまり印象が薄い。細野さんも書いてたんだね。
 「恋するカレン」と9.のエッセンスを感じさせる、甘いけどビターなテイストも入っている大人のラブ・ソング。いま思えばそれほど恥ずかしい歌詞とも思えないのだけど、当時の松本はセンチの極みだったため、せめて英語詞にすることが抵抗のポーズだったのか。気持ちよく歌いあげていて、正直オリジナルよりいいと思うのだけど。
 先行リリースされていたおかげもあってか、ヴォーカル処理が一番しっかりしているのがこれ。公開されることを前提としていたため、ミックスや編集のクオリティも高い。

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9. 風立ちぬ
 オリジナルは松田聖子7枚目のシングル。当時、同名アルバムのA面をプロデュース、その流れで作られた楽曲は、盟友松本隆の歌詞によって永遠の少女性と大人の少女への憧れとを秘めた傑作となった。
 松本のセンチメンタル性が強く反映された歌詞なので、歌われたのはこれが最初で最後、「ヘッドフォン・コンサート」にて「今日歌ったら一生、二度と歌うこともない」と前置きした上で披露された貴重なヴァージョンである。
 どう考えても8.の歌詞より恥ずかしいはずなのだけど、ファン・サービスだったんだよな、きっと。しかもスタジアム・コンサートだもの、グルリと観衆が取り囲んでるんだもの。よくやったよな、ほんと。
 「帰りたい 帰れない」のところでちょっと詰まってしまっているのは、やっぱり照れなのか。ライブということもあって、一部録音状態が悪い所もあるけど、ヴォーカル自体はきちんと聴きやすいように処理されている。

10. 夢で逢えたら[ストリングス・ミックス]
 最後はやっぱりこれ。ハープシコードをフィーチャーした壮大なストリングス・ヴァージョン。聴きどころはやはり曲間のモノローグ。はにかむような照れくささ全開のような、微妙な表情が目に浮かぶ。これを聴くだけでも価値がある。
 いつ録ったんだろう?という素朴な疑問。ヴォーカルの感じからして、コロンビア時代のものではないとは思うのだけど、じゃあソニー時代のいつごろかといえば、何となく『Each Time』期っぽい。その辺に触れられたデータがないのでわかりかねるけど、まぁそういったことも後世明らかになってゆくのだろう。

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1. 私の天竺
 以前、山下達郎「サンデー・ソングブック」にて公開された音源が、オフィシャルで登場。バンジョーも登場するカントリー・タッチのスローなロックンロール。10年以上まともに歌ってなかった割りには声が出ていることに驚き。ブランクを感じさせない楽し気な歌声は聴く方も、そしてプレイしてる方も楽しかったんじゃないかと思う。こういったスタイルでもっと聴いてみたかった。ていうかまだあるんじゃない?

2. 陽気に行こうぜ~恋にしびれて[2015 村松2世登場! version]
 こちらも「村松2世」こと佐橋佳幸のコンピレーション・ベストに収録されてたヴァージョンに手を加えたもの。大滝永遠のアイドルElvisのメドレー。「いかすぜ!この恋」を彷彿とさせるロックンロール・ナンバーは手慣れた風で安心して聴くことができる。
 しかし、普通ならこういうのってオールディーズのカテゴリーなので、もっとベタッとしたテイストになるはずなのだけど、ここでのプレイに古さは感じられない。クルーナー・スタイルを封印して大滝、ここでは現役ロックンローラーさながらのシャウトを聴かせている。

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3. Tall Tall Trees ~Nothing Can Stop Me
 カントリーの大御所二人のカバーのメドレーということだけど、当然俺はカントリーなんてほとんど知らないので、普通のロックンロールとして聴いた。下手に予備知識がない分、普通に新曲として聴くことができるのも、時には無知であることの利点。
 『Go! Go! Niagara』辺りにも、こういったセッションは残ってるんじゃないかと思ってしまった。ロックンロールもいいよなぁ、この人。メロディアスな部分とリズミックな部分との奇跡的な融合こそがロックンロールである、というのを改めて認識させられてしまう。

4. 針切じいさんのロケン・ロール
 1枚目の2.のB面としてリリースされた、オリジナルはPresley、アキラと並ぶ彼の永遠のアイドル、植木等。こういったトボけた味わいのヴォーカルもできるんだなぁ、というのが強い印象。植木と同じようなスタイルでやっても負けるのは目に見えてるので、ここはやはり作者としての強み、同じ方向性ながら違ったアプローチでのスタイルを見せている。ていうかこの曲も俺、最後までちゃんと聴いたことないや。改めてちゃんと聴こう。




 今後の展開で考えられるのが、今回のような発掘音源・映像のオフィシャル・リリース。ネット上でたまに見かける「All Together Nowの映像」「西武球場ライブ」「リハビリ・セッション完全版」といったところが候補だけど、権利関係がいろいろこじれてるケースもあるので、この辺はいつになることやら。
 もうひとつの柱としては、これまでリリースされたアーカイブの整理。ていうかこれって要望なのだけど、これまで3度行われている大規模リイッシューのボーナス・トラック、すべて内容が違っている。ある意味すごくサービス精神旺盛な人だったのだけど、95年版には入ってて最新版には収録されていない音源も多々ある。この辺を一旦、ボーナス・ディスクにまとめてもらいたい。できれば年代ごとのミックス違いもすべて収録してほしいのだけど、CDならかさばるけど配信限定ならハードルは低いはず。
 まぁ気長に待つよ。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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