好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

大滝詠一

80年代後半のナイアガラ事情 その2 - 大滝詠一 『Snow Time』

d9dc25e1760cc1aeb76b394c942f4bc2b93ee725_l 前回の続きだけど、ちょっと話は逸れて松本隆の話から。
 70年代まで、多くの歌謡曲は職業作曲家によって作られていた。歌う人と作る人、そして演奏する人との分業サイクルがうまく回っていた時代の話である。
 80年代に入ってからは、そんな王道路線とはまた別の流れが出てくる。既存歌謡曲のセオリーからちょっとズレた、ニュー・ミュージック系アーティストらの台頭である。70年代にも、宇崎竜童やさだまさし、谷村新司らが山口百恵にシングル曲を書き下ろしており、前例がなかったわけではないのだけれど、まだ一般的なものではなく、局地的な現象でしかなかった。ブレイクスルーの決定打となるのは、その百恵の引退後、松本隆主導による松田聖子プロジェクトからである。
 ちなみに大滝も山口百恵に楽曲提供しているのだけれど、『ロンバケ』リリースから間もないこともあって、ネームバリューはまだ浸透していなかった。しかもアルバム収録曲だったため、話題にすら上らなかった。

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 70年代の松本は、作詞家として駆け出しだったこともあって、筒美京平をはじめとする歌謡曲フィールドでの仕事が多かった。
 wikiの作品一覧をざっと見てみると、あいざき進也から渋谷哲平、岡田奈々まで、主にアイドル仕事が多くを占めている。あのねのねまで手掛けているくらいだから、片っぱしからオファー受けていたんだろうと察せられる。
 そんな具合で実績を積み重ね、ヒットメイカーとしてのポジションも盤石となったところで舞い込んだのが、聖子プロジェクトだった。短期使い捨て的な扱いだった従来アイドルとは違うメソッド、アイドルとアーティストのハイブリッドが、ソニー・スタッフの描くイメージだった。前例のない、そんなラフスケッチ的なモチーフに息を吹き込むには、かつてアーティストとしても活動していた松本のビジョンが必要不可欠だった。
 純潔性と天真爛漫さを前提とした一女性アイドルの成長ストーリー、少女から女性へのはかなげな成長過程を、楽曲を通して描いてゆく。当初は意味も深く呑み込めず、背伸びして大人を演じていた百恵だったが、次第に楽曲テーマと自身の成長とがシンクロし始め、遂には菩薩とまで称される境地に到達する。リアルタイムで描かれるビルドゥングス・ロマンは、結婚・引退という鮮やかなフィナーレを迎えるに至る。
 百恵の時代、「大人の女性」になるには、アイドルの前提を捨てなければならなかった。恋愛・結婚と純潔性とは相反するものとされていたし、淑女にとって天真爛漫さもまた卒業すべきものだった。
 聖子プロジェクトの本質は、そんな百恵時代のアンチテーゼでもある。
 -大人になったって、カワイイ人はいっぱいいる。アイドルだからって、恋愛しちゃいけないわけじゃない。むしろ、恋愛もしないでラブソングを歌うのって、なんか矛盾してない?-
 デビューからもうすぐ40年、すったもんだはあったけど、新たなテーゼをいくつも作りながら活動を続ける聖子。どれだけ波乱万丈であろうと、歌の中では「永遠の少女」である聖子の心臓は、剛毛が生えまくっているのだろう。

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 作詞だけでなく、松本が総合プロデュースに関わることによって、聖子の楽曲クオリティは飛躍的に向上する。従来歌謡曲のスタッフよりはむしろ、かつての盟友たち、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ人脈のアーティストを重用した結果だった。
 職業作曲家による、ファニーで甘い金太郎飴な仕上がりのアイドル歌謡とは違って、どうしたって個性のにじみ出てしまうシンガー・ソングライターの楽曲は、それぞれ特有のテイストがあった。「アイドル・松田聖子」というキャラクターを想定して、それぞれ自分なりの「アイドルっぽい楽曲」を書くのだけれど、従来歌謡曲の定石とは、多かれ少なかれズレが生じる。そのズレがひとつの個性となり、記名性の強い聖子のヴォーカルとの相乗効果を生み出すのだ。

 聖子のブレイクだけが主因ではないだろうけど、同時多発的に他のレコード会社も、ロック/ニュー・ミュージック系アーティストへのオファーを行なうようになる。
 80年代前半は歌謡曲最期の全盛期、ちょっと名の売れたアイドルなら、シングルは3ヶ月、アルバムは半年のリリース・ペースだったため、従来の職業作曲家だけではすべてをカバーできなかった。必然的に、ちょっとでも作詞作曲ができる者であれば、声がかかることになる。お茶の間での知名度が低いアーティストにとっては、名前を売るチャンスになるし小銭稼ぎにもなるので、お互いwin-winだったんじゃないかと思われる。
 ちなみに俺が最も驚いた組み合わせが、鮎川誠作曲による堀ちえみのシングル「Deadend Street GIRL」。しかもB面作曲が村田和人、A・B面作詞は共に鈴木博文。ディレクターの個人的趣味を反映したとしか思えないけど、これをセッティングできたのは、ある意味神だ。

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 で、こうなるとレコーディング・スタジオはフル稼働になる。それに伴って、スタジオ・ミュージシャンらの需要も、自然と多くなる。正確な数は不明だけど、何百もの歌手がハイペースでアルバム・シングルをリリースするので、インペグ屋も頭数を揃えるだけでもひと苦労。手の空いてる者には、片っぱしから声をかけてゆく。
 ミュージシャン側からすれば、音楽性云々はまぁ置いといて、歌謡曲のオファーはギャラもいいし何テイクも録るわけではないので効率的、ミュージシャン・エゴを引っ込めてビジネスと割り切れば、美味しいことこの上ない。
 市場原理的に、要領が良くて腕に覚えのある者に、オファーは集中することになる。ディレクターの意向を察知して、チャチャっと短時間でプレイをまとめてしまう者。細かいところを詰めていくとキリがないので、仕事の早い者が重宝される。
 ミュージシャン側としても、できれば数をこなしたいので、手早くまとめてくれるディレクターはありがたい。物理的に時間をそうもかけていられず、かといってオファーは引っ切りなしのため、一日何件も掛け持ちする者もあらわれる。

 さて、ここまでが長い前置き、そしてここからが本題、やっと大滝の話。
 ナイアガラ関連のセッション・スパンが次第に長くなっていったのは、大滝の創作意欲の衰えが主因であることは間違いないけど、そんなアーティスティックな事情とはまた別に、スケジュールとタイムコストの問題もあったことも遠因である。
 それを誘発したのが、スケジュールと予算の関係もあったと察せられる。
 『Each Time』以降も、ナイアガラ・セッションに呼ばれることは、ミュージシャン達にとってのステイタスであることに変わりはなかった。なかったのだけれど、前述の事由も相まって、大滝が求める演奏スキルを持つミュージシャンたちを一堂にそろえるのは、困難になりつつあった。
 腕に覚えのあるメンツをズラリとそろえたナイアガラ・セッションに参加することは、ミュージシャン達にとっても大いに収穫のある機会ではあったけれど、拘束時間が何かとネックになった。日に何件もレコーディングを抱える者も少なくなく、それらのスケジュール調整ひとつとっても膨大な手間と下準備を要した。
 完成の目途が立たないセッションに予算を割くことに対し、ソニー社内でも難色を示す者も少なからずいた。地価も高い乃木坂・六本木のスタジオ償却を早めるためには、若手アーティストにチャンスと機会を与えて稼働率を上げた方が、よっぽど効率的だった。

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 ちょうどこの頃、山下達郎は『Pocket Music』を作る際、この問題に直面した。
 これまでセッションの常連だったミュージシャンたちが多忙となり、時間をかけて演奏を練り上げてゆくことが困難になりつつあった。ヘッド・アレンジ主体のバンド・セッションは、ウォーミング・アップも含めて、ある程度まとまった時間が必要になる。
 そうなると、スケジュール調整もそうだけど、高騰しつつあったギャラとスタジオ代が、結構バカにならない。ムーン・レコードを立ち上げて間もなかったため、会社の基盤は十全とは言えず、そんなに予算もかけていられない。
 なので達郎、レコーディングのスタイル変更を余儀なくされる。ほとんどの演奏を自分で行なうか打ち込みでまかない、技術的に難しい部分だけスタジオ・ミュージシャンに弾いてもらう手法を選択するようになる。
 達郎のように、おおよその楽器なら大抵弾きこなしてしまうマルチ・プレイヤーだったら、そんな手法もアリだけど、これはかなり特殊な例である。ミュージシャンだからといって、誰も彼もみんな、ギターもドラムもピアノもできるわけではない。Todd Rundgrenみたいにヘタウマで開き直っちゃうのもひとつだけど、アレはアレでちょっとレアなケースか。

 バンド経験の少ない大滝にマルチ・プレイヤーのスキルを求めるのは、ちょっと難しい。そもそも卓越したソングライターであり、シンガーではあるけれど、プレイヤーとしての彼の評判はあまり耳にしない。優れたプレイヤーが身近にいることが多かったせいもあって、プレイヤー・スキルの上達がどうしたとか、そんなのは優先事項ではなかったのだろう。周囲も求めていなかっただろうし。
 以前も書いたように、大滝詠一というアーティストは、音楽をアカデミックに学んだわけではなく、プレイヤビリティにこだわってきた人ではない。もっと言ってしまえば、ゼロから作品を構築するアーティストでもない。彼の創り上げてきた作品は、どれも過去の膨大なアーカイブへのリスペクトに基づいたものであり、自らのメッセージ性の発露といったものからは、遠く離れている。
 なので、彼の本質はパフォーマーというよりコーディネーター、良質な作品を創り上げるための環境設定にこだわりの強いプロデューサーである。ただ仲間うちの中では歌がうまく、しかもセンスの良いマッシュアップな楽曲が書けたことが、ちょっとベクトルがズレちゃったわけで。

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 もともと非売品扱いを前提として作られたことばかりが喧伝されている『Snow Time』、冬の楽曲が集まらず、かといって新録がうまくまとまらなかったため、苦肉の策としてインストで埋めたんじゃないか、というのが俺の推論。企画の段階では本人もやる気だったんだろうけど、早い段階でバンザイしちゃって早々に方針転換しちゃったんじゃないかと思われる。
 もしここで何曲かでもリリースできるレベルの楽曲ができていたら、はたまたCDサイズにこだわらず、『CM Special』のようなミニ・アルバム形態でリリースしていれば、流れはもう少し変わっていたのかもしれない。歴史に「もし」はないというけれど、そんな選択肢もあったんじゃないのか、と。
 でもこの時期、松本隆とは袂を分かっていた。その別れはしこりを残すものだったのかどうか-。それは本人たちにしかわからない。
 彼が書くメロディには、松本の言葉が必要だった。
 それは本人が一番、よくわかっていたはず。わかっていたのに。できずにいたのかね。


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1. フィヨルドの少女
 中途半端なタイミングでシングルとしてリリースされ、初版『Each Time』には収録されていなかったため、馴染みのない人も多いだろうけど、かなり気合の入ったサウンドが展開されている。大滝のヴォーカルもかなり技巧的で緩急のタイミングが見事、ある意味、ナイアガラ・サウンドの完成形がパッケージされている。
 「さらばシベリア鉄道」をメジャー展開したようなコード進行は、陰陽の関係となっており、円環構造が成立している。相変わらず現実感が薄く、書き割りのような舞台設定でありながら、細かな感情の機微を丹念に描くことによってリアルさを増幅させる松本隆の歌詞も、言葉数は少ないながらも完成の極みに達している。やっぱり、ここが2人のコラボの潮時だったのか。

2. さらばシベリア鉄道
 青く澄み渡る空を仰ぐフィンランドの景色と打って変わって、シベリアには陽が射すことはない。どこまでも続く雪の平原と吹雪。その中を疾走する鉄の塊、シベリア鉄道。フィヨルドの景色に目も心も奪われるのなら、シベリアの冷気は人の心を挫けさせる。大自然の前に、人は無力だ。そんなことを思わせてしまう。
 映画のワンシーンのような状況設定の歌詞は、憂いを漂わせる大滝の声、そして旋律を希求する。過剰なまでにドラマティックなサウンドには、ベタなメロドラマが似合う。

3. レイクサイド ストーリー
 『Each Time』ではラストを飾る、コンパクトな設定のポップ・バラード。名曲揃いのアルバムの中、フェイバリットを選ぶのは難しく、いろいろ意見が分かれるところだけど、俺的には抒情的なロマンチシズムが漂うこの曲が、割と気に入っている。時に「ペパーミント・ブルー」になったり「1969年のドラッグレース」に行っちゃうこともあるけど、まぁ30年も聴き続けてるんだもの、その時の気分でコロコロ変わったりもする。まぁこの曲が気に入ってるときは、ちょっと気持ちが弱ってる時だけど。
 『Each Time』はナイアガラ・サウンドの到達点という意見ももちろんわかるけど、近年の俺的にはこれ、大滝のヴォーカルを聴くためのアルバムだと思う。すべては歌を引き立たせるため、サウンドはあくまで飾りでしかない。何十年も聴いてて耳に残るのは、彼の歌なのだ。それがわかってきたここ最近。

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4. スピーチ・バルーン
 で、ほんとに冬を思わせる楽曲は在庫切れとなり、ここからはあんまり冬テイストが感じられない曲が続く。これも正直、季節感ってないよな。敢えて言えば秋っぽい感じ。
 小編成のセッションっぽい、シンプルなバッキングと、力を抜いた大滝のヴォーカル。何かとインパクトの強い楽曲が並ぶ『ロンバケ』の中では、比較的おとなしく箸休め的なフォーク・タッチの曲だけど、こういう曲もあってこそ、全体のメリハリがつく。どの曲順に入れてもそれなりにはまるので、使い勝手の良い曲でもある。

5. 木の葉のスケッチ
 タイトルだけでもう秋っぽさ満載。冬がテーマだったんじゃなかったの、トータル感出したかったら、「思い出は霧の中」か「クリスマス音頭」でも引っ張り出してくればよかったのに。まぁちょっと強引すぎるか。
 そういったのは別として、近年の松本の歌詞としては珍しくストーリー仕立てで展開されている。「木綿のハンカチーフ」のカップルの10年後を描いている、と俺は勝手に思っているのだけど、いかがだろうか。

6. 夏のリヴィエラ
 このアルバムの目玉となる、森進一提供曲の英詞セルフカバー。とは言っても、リリース当時は未発売だったんだから、あんまり意味ないか。中途半端な田舎の高校生が業界向けのプロモ盤を手に入れられる術もなく、確かラジオか何かで一回聴いたきり、しばらく幻の楽曲扱いだった。少なくとも、のちに一般発売されて大騒ぎとなったのが、このトラックである。
 当然ながら究極のハスキー・ヴォイスの森進一とは対極で、甘いクルーナー・ヴォイスで通す大滝。昭和30年代日活映画を思わせる歌詞の世界観は、松本にしてはややボトムが効いており、そういう意味では森進一の表現力の方が勝っている。まともに立ち向かっても歌い負けしてしまうので、敢えてバイアスのかからない英語で通したんじゃないかと思われる。
 でも、デモテープで日本語で歌ってるよね、絶対。今のところ、それは発掘されてないみたいだけど。「夢で逢えたら」だって日の目を見たんだから、そのうち出てくるだろう、と俺は信じている。



 ごめん、残りはインストなので、思い入れはほとんどない。あとは勝手に解釈しといて。そこまでナイアガラーじゃないので、何でもかんでも絶賛したくないんだ。

7. FIORD / 哀愁のフィヨルドの少女
8. SIBERIA / 哀愁のさらばシベリア鉄道
9. RIAS / リアスの少年
10. AURORA / オーロラに消えた恋 
11. TUNDRA / 雪のツンドラ
12. YOKAN / うれしい予感



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80年代後半のナイアガラ事情 その1 - 大滝詠一 『B-EACH TIME L-ONG』

folder 1985年にリリースされた、CBSソニー時代の大滝詠一が歩んだ4年をまとめたベスト・アルバム。単純に曲を並べるのではなく、それぞれの曲間をストリングス・アンサンブルでつなぐ、ちょっと変わった構成になっている。とはいえ、これらのインストもほとんど既発『Niagara Song Book』で発表済なので、新味はない。
 唯一の新曲と言えるのが「バチェラー・ガール」。これまでのナイアガラ人脈とは全然かかわりのない、稲垣潤一に提供したシングル曲のセルフ・カバー。初リリース時は特別ヒットしたわけではないので、この曲の収録がウリになったわけではないけど、まともな新録音源が入ってることだけで、当時のナイアガラーは狂喜乱舞した。多分したよな、俺も。
 CDとカセットのみの発売だったにもかかわらず、当時はオリコン最高2位にチャートイン、とにかく「大滝詠一」の名前と永井博のアートワークがあれば、何でも売れちゃった時代の産物である。

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 ずいぶん後になってから「『Each Time』を最後にやめるつもりだった」と発言しているけど、当時はまだ30代半ば、あまり表には出さないけど、色気や野心もそこそこはあったはずだし、次回作も作る意欲がまだちょっとは残っていたと思うのだ。不定期なアーカイヴのリリースと、何年かに一度のオリジナル・アルバムとを行き来しながら、セミ・リタイア的なポジションで活動してゆくのが、大滝にとっては最良のペースだった。まさか本人も、当時は、ここまでリタイアしちゃうとは思ってなかっただろうし。
 ただ、実作業に取り掛かるにも、リスペクトしていた先人たちのアーカイヴ整理や楽曲提供に時間を取られたりで集中できず、盟友松本隆とのコラボも発展的解消に至ったせいもあって、なかなか腰が上げられずにいたのも、この時期である。
 はっぴいえんど再編やラジオ出演など、マイペースながら表立った活動は行なっていた。毎年恒例の山下達郎との新春放談で生存確認ができ、次回作に淡い期待を抱いていたのは、俺だけじゃないはず。
 そのラジオで聴いてても、新作の目途が立たないことは察せられた。あぁ今年もやっぱダメかぁ。その無限ループが28年。長かったよな。
 アーティストの性として、創作で煮詰まるのは避けられない事態だけど、レーベル・オーナーとしては、そうも言っていられない。リリース契約は守らなければならない。
 どう逆立ちしても、完全オリジナルを出すのは無理だと判断したソニー、ひとつの案として打診したのが、夏・冬テーマ別に分けたベスト・アルバムのリリースだった。キャリアの区切りにしては早すぎるように思えるけど、展望の見えない新録を待つよりはずっと現実的だ。どうせリミックスだマスタリングで、普通のアルバム制作と同等の手間ヒマかけるんだろうけど、素材は揃ってる。まさか『Each Time』のような3回発売延期の事態にはならないだろうし。

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 その素材だけど、おおよそアルバム2枚半のマテリアルしかないので、凝った選曲にはしようがない。言ってしまえば、『ロンバケ』と『Each Time』と『Niagara Triangle Vol.2』をシャッフルして、スムーズな流れ重視でピックアップして並べると、だいだいこんな感じになる。よほど偏屈なファンでもない限り、異論が出ることはないだろう。「あの曲が入ってない」と叫ぶマニアも、当時はいなかったし。
 85年当時は、CDとレコードとのシフト・チェンジが急速に進行していた。翌年に販売枚数でCDがレコードを抜くのだけど、俺個人の印象として、85年のレコード店はまだレコード7:CD3といった比率だった記憶がある。それが翌年には逆転しちゃうのだから、CDの勢いが強かったのだろう。
 85年の俺は、高校の入学祝で買ってもらったソニーD-50をアナログ・コンポに繋いで使っていた。最初に買ったCDが尾崎豊『十七歳の地図』だったのは余談だけど、そんな最初のCDに大滝詠一を選んだ人も少なくないだろう。何しろ日本で最初のCDアーティストだし。
 そのCDの特性を活かし、60分ぴったりノンストップで繰り広げられるナイアガラ・シンフォニーは、軽やかかつ流麗、初心者にも親しみやすく優しい選曲・構成になっている。いるのだけれど、ただ実際聴いてみると、曲間のつなぎは結構雑。クロスフェードでつなげれば、もっとスムーズな流れだったんじゃないか、と余計な心配までしてしまう。何としても60分ジャストにまとめるためなのか、インスト・テイクは時にバッサリ潔くぶった切られている。
 逆に考えれば、単に聴き流すだけでは終わらせないぞ、というアーティスト大滝の意地だったのかもしれない。いやそう思いたい。単なるやっつけ仕事とは思いたくないんだよ。

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 事あるごとに、アーティストである以上に、プロデューサー多羅尾伴内を強調していた大滝、レコーディングには相当のこだわりを持つことで知られていた。まだ駆け出しだった頃から、30秒程度のCMソングのレコーディングで、まる一日スタジオを押さえてしまうくらいである。
 コロンビア時代は、決して満足ではない設備環境と、超過密なリリース・スケジュールに振り回されていたため、録って出しすることで精いっぱいだった。クオリティの追求なんて夢のまた夢、とにかく目の前のスケジュールをこなすだけの徒労によって、数々の珍盤・奇盤を生み出す事態となった。
 ソニー時代になると、そんな劣悪な環境から改善される。予算は潤沢となり、リリース・ペースも意向が通るようになった。福生スタジオではエンジニアも兼任していたため、あれもこれもすべて自分で行なわなければならなかったけど、ソニー信濃町スタジオは専属エンジニアがおり、設備も充実していた。
 純粋に音楽面に集中できる環境が整い、ここからナイアガラ・セッションの伝説が幕を開ける。
 まず、レコーディングで招集されるミュージシャンの人数がハンパない。普通のバンド・スタイルでも20人前後がキャスティングされる。そこにホーンやストリングス、コーラスまで呼んじゃうと、さらに倍増する。
 以前、NHK 「Songs」で大滝の追悼特集が行なわれ、その中の企画で、当時のセッションの様子が再現されていた。ギターやピアノなどのメロディ楽器だと、せいぜい1~2人が普通だけど、ここではアコギだけで4人、エレキも3人配置されていた。他のパートもそんな感じなので、総勢約20人の大所帯セッションとなる。さすがにドラムだけは林立夫1人で固定されていたらしい。
 特別、一流どころを指名しているわけではないけど、主にこれまでの人脈、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ周辺のミュージシャンが中心なので、結果的に一流どころばかりになってしまう。なので、ナイアガラ・セッションが行われるとなると、ソニー・スタジオの駐車場は、売れっ子ミュージシャンらの車でいっぱいになってしまう。しかも、それらの高級外車率が高く、モーターショーさながらだった、というのは、ちょっとしたこぼれ話。
 すでに日本ポップス界の重鎮とされていた大滝から声がかかるというのは、ミュージシャンにとっては一種のステイタスなので、無理やりスケジュールを空けてスタジオに日参することになる。インペグ屋からイキのいい若手を紹介されたり、または自ら売り込んできたりで、日本中のスタジオ・ミュージシャンが噂を聞きつけて終結する。予定を蹴って馳せ参じる者も少なくなかったため、他のアーティストのレコーディングが予定通り進まない事態まで引き起こしてしまったりする。いい迷惑だよな。

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 メンバーが揃い、楽器のセッティングも終わって、さてそこから音合わせやリハーサルに入るのが普通のレコーディングだけど、ナイアガラの場合はちょっと違っている。
 まずギターなりピアノなり、各セクションごとに大滝が出向き、雑談が始まる。「最近どう?」てな挨拶から他愛のない話が始まり、野球やらお笑いやら相撲やら、音楽とは関係のない話題へ脱線することもちょいちょい。
 場の空気が和んだところで、やっと本題。音符やコード譜だけでは伝わらない、楽曲の大まかなビジョンを口伝えで行なう。「こんな感じでやってほしい」「こんな感じ?」と、フレーズや音色でのキャッチボールを繰り返し、徐々に形作ってゆく。
 ギターが終わったらピアノへ、それからホーン・セクションへと、この一連のやり取りが繰り返される。なので、実際に音を合わせるまでに1時間以上かかるのはザラだし、手間もかかる。でもこのプロセスは、アンサンブル構築のため、どうしてもはしょれないのだ。
 大方の段取りが済んで、やっとリハーサルがスタートする。実際に各セクションのサウンドが合わさり、アンサンブルになってからわかる微調整を行なうため、再度大滝があっちこっちへ動き回る。その様は、アーティストやプロデューサーというより、むしろ現場監督だ。
 膨大なレコーディング時間を費やすことで知られている大滝だけど、セッション自体はそれほど時間をかけているわけではない。大部分の演奏テイクは1、2回程度で録り終えてしまう。基本スペックの高いミュージシャン揃いのため、ミステイクはほとんどないし、またテイクを重ねることで生じるマンネリ感回避も、その理由だ。何でもそうだけど、段取り8割ってよく言うもんな。
 むしろここから先が、プロデューサー大滝詠一の本領発揮、実作業開始となる。膨大なヴォーカル・テイクからのピックアップ作業、そして、ミリセコンド単位のミックスダウン・ワークが延々と続く。

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 ミュージシャンのギャラだけで1日400万かかった、という豪快な逸話を残したナイアガラ・セッションだけど、『Each Time』以降、まとまったセッションは行なわれなくなってゆく。80年代のバンド・スタイルでのレコーディングといえば、『Snow Time』に収録されたエレキ・インストのセッションがあるけど、あれをカウントに入れてはいけない。最初から歌入れする気もなさそうだし、アレをありがたがるのは古参ナイアガラーくらいだもの。
 小林旭や小泉今日子への楽曲提供に伴うサウンド・プロデュースは、ストリングス中心のサウンドとなっており、いやアレはアレでいいんだけど、でもアレって井上鑑や服部克久の仕事であって、本流のナイアガラ・セッションとは意味合いが違っている。
 90年代の「幸せな結末」に至るまでは「創作意欲の高まりが充分でなかったから」というのが、ナイアガラー界隈での定説となっている。ダブル・オー・レコードの立ち上げ時には、本人もちょっと前向きになってたらしいけど、体調を崩したことと相まって、なんか自然消滅しちゃったみたいだし。
 80年代後半の隠遁振りと後ろ向きな姿勢は、そんなこんなの複合的な要因が合わさったものなのだろうけど、これまで発表されたエピソードやインタビュー記事を読むと、まったく何もしてなかった時期というのは、案外少ない。恐ろしくマイペースではあるけれど、何かしら作業なり下準備はしていたようなのだ。ただそれが、思うような形にはならなかっただけで。
 
 思っていたより長くなりそうなので、一旦ここで区切り。続きは『Snow Time』で。


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1. カナリア諸島にて
 「君を天然色」はそれこそロンバケの象徴だったし、ストリングスを導入部とするコンセプトを前提とすると、やっぱりこの曲がオープニングになってしまう。「夏」成分の強いタイトル、サウンドといい、俺がプレイリストを作っても、こうなってしまう。
 限りなく現実感の薄い歌詞がリゾート感を煽るけど、リズム・トラックは案外重厚。ナイアガラ・セッションの常連ドラマーだった上原裕が繰り出すリズム・パターンは、一筋縄でいかないくらい複雑奇妙。よくこんなの叩けるな。

2. オリーブの午后
 本人いわく、リバプールっぽくやりたかった、とのことだけど、いわゆるBeatlesっぽさ、世間一般が思うところのマージー・ビートっぽさは全然感じられないところは、さすがのマニアっぷりを発揮している。Beatles以前のオールディーズがベースらしい。
 結果的にロックンロールっぽさがなくなってリゾート感が歌詞との相乗効果で倍増している。でもこれも、入ってる音、めっちゃ多いよな。アコギも4人以上ユニゾンで確実に入ってるし、そこにマンドリンも合奏してるしで、ミックスダウンの苦労がしのばれる。
 3分40秒あたりのリズム・ブレイクでドキッとさせられるので、単純なBGMには終わらせない気概も感じさせる。

3. 夏のペーパーバック
 再リリースされるたび、ヴァージョン違いが生まれた『Each Time』収録曲、これは初期ヴァージョン。俺的に最も長く聴きなじんだイントロでもある。結構強引なストリングスのフェードアウトが昔から気になっちゃうのだけど、曲に入れば、そんなのも気にならなくなる。
「明らかに好きな気持ちが伝わっているのにもかかわらず、肝心の一言が言い出せず、ウダウダ彼女の周りをうろつき回ってる男」は、主に大滝というフィルターを通した松本隆の恋愛観なのだろうけど、今の人にはわかりづらいんだろうな。俺世代が聴くとこそばゆくなってしまう、そんな80年代の男女感が、なんとなくクリスタルに活写されている。

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4. 恋するカレン
 俺的にこの曲、今まで秋っぽいんじゃないかと思ってたのだけど、よく考えてみれば「浜辺の濡れた砂の上で」ってフレーズが入ってたのを、いま思い出した。『ロンバケ』の曲順的に、何となく秋の歌じゃね?と思っていたのだった。
 「恋人以上友達未満」の関係だった3.のカップルが、恋愛対象ですらなかったことを嘆く男の淡い悲哀、といった流れだった、とは俺の私見。長年トライ&エラーを繰り返してきたスペクター・サウンドの最終形とも言われているアンサンブルは、ストリングスとの相性も抜群。でもね、これもバッサリ繋いでるんだよな。

5. 白い港
 これでもか、というくらいのストリングスの嵐、そんなハイソなサウンドを支えているのは、なぜか泥臭いセカンド・ライン。手数の多いスラップ・ベース、ニューオーリンズっぽさ漂うギター・ソロ。こうやって書き出してみると、支離滅裂だな。ここに大滝の朗々としたクルーナー・ヴォイスが乗っかると、なぜだかまぁるく収まってしまう。
 これらを強引にまとめてしまう、井上鑑の剛腕ぶりを堪能する楽曲。

6. ペパーミント・ブルー
 イントロの多重コーラスだけで、音圧は相当。基本、ナイアガラ・サウンドはヴォーカルも楽器の一部であり、絡み合うアンサンブルのニュアンスが強い個性を生み出しているのだけど、ここではほぼ声が主役。これまで発表されたどの楽曲よりも、ヴォーカルの主張が強い曲である。『大瀧詠一』に「おもい」というアカペラ楽曲があるけど、あれよりも濃度は濃い。
 いま思えば、これで「歌は歌い切った」と達観しちゃったのかもしれない。

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7. 雨のウェンズデイ
 当時のナイアガラ・セッションとしては、少人数編成で知られている。メンツは細野晴臣、林立夫、鈴木茂、松任谷正隆とめっちゃ豪華。敢えて拙い小刻みなプレイを見せるマンタのピアノが、全体のムードを支配し、郷愁を誘う。シンプルながらコクのある、いつまでも聴ける曲。思わせぶりながら、いつもの散文タッチと違って、映像的な情景を想起させる松本の歌詞も併せて必読。

8. Water Color
 リゾートとはいえ、雨も降るし切ない気持ちになることだってあるのだ。いつもパリピではいられない。外に出られず、ホテルのロビーで悶々と過ごすこともある。そういういつもうまくはいかない。
 80年代の初めが70年代と地続きだったことを思えば、そんなペシミズムも納得がゆく。30半ばにしては、ちょっとカッコつけすぎだけど。
 
9. 銀色のジェット
 珍しく歌謡曲タッチのメロディで進行する、メロウなナンバー。心なしかヴォーカルにも熱が入っている。後年、『Each Time』が「歌」のアルバムであるとコメントを残していた大滝、こういった唱法もバリエーションのひとつだったのだろうけど、「どう聴かせるか」にこだわった、結構ハードルの高い楽曲だったんじゃないか、と俺的な感想。
 考えてみればこれ、夏っぽさはほぼないな。

10. Velvet Motel 
 アコギとチェンバロの組み合わせって、なかなか思いつかない。こういうのも幅広い音楽知識の賜物だったんだろうな。思いついたはいいけど、それを効果的にアンサンブルにするのは、さらに難しい。明確なビジョンとイメージ伝達力がないと、ここまではできない。
 50年代アメリカ、夜のドライブ・イン・シアターに止まる車。映画の音声を消して、FMを適当なチャンネルに合わせる。そこで流れてきたのが、「Velvet Motel」。俺的にはそんなイメージ。

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11. Bachelor Girl
 『Each Time』レコーディング時にすでに完成していたけど、どういう経緯か稲垣潤一に提供されて引っ込められ、のちにシングルとしてリリース。その『Each Time』では、ヴァージョンごとに正規曲扱いされたりされなかったり、何だかポジションのはっきりしない曲である。
 シングル・カットのなかった『Each Time』楽曲の中では、メジャー展開で輪郭がくっきりしている方なので、逆に組み込むのに苦労したんじゃないかと推察される。
  ちなみにシングルのジャケット、これがまたダサい。最後のアナログ・シングルで、なんでここまで適当だったんだろうか。

12. 夢で逢えたら
 エンディングにもオープニングにも、どの曲順に入れても違和感の少ない、永遠のマスターピース。リリース当時は、大滝ヴォーカルは夢のまた夢とされており、このようなインストでも納得はできたけど、まさか発掘されるとは、夢にも思ってなかった。



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増補改訂版 オール・アバウト・ナイアガラ
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白夜書房
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ナイアガラー寄りじゃない新旧ヴァージョン比較 - 大滝詠一 『ナイアガラ・カレンダー』

c0074067_19361490 1977年リリース、大滝詠一4枚目のソロ・アルバム。この年のナイアガラ・レーベルは3月に『CMスペシャル』、6月にシリア・ポールの『夢で逢えたら』、11月に多羅尾伴内楽団の1枚目、そして年末も押し迫った12月25日に『カレンダー』リリース、といったラインナップ。1枚はアーカイブ、もう1枚もインスト・セッションをまとめたものとはいえ、ほぼ独りで4枚のアルバムを製作しているのだから、そりゃあもう、いっぱいいっぱいだったことは想像できる。

 第1期ナイアガラの大滝詠一は、アーティストというより、レーベル・オーナー/プロデューサーとしての意識が強かった。単に自分名義のアルバムだけを取り扱うプライベート・レーベルではなく、プロデュース業務を主体とした、関連アーティストのバックアップと流通を取り仕切る、強い志を持っていたのだった。ただ、そういった思い違いが、レーベル運営の早すぎる破綻を招くことになる。
 正直、そんな裏方意識でいたのは、大滝だけだった。はっぴいえんど時代からの数少ないファンからすれば、「まぁ、そんなマニアックな発想も悪かないけどね、でもソロ活動もきちんとやってくんでしょ?」って感じだったし、ディストリビューターであるコロンビアもまた、メイン・アーティストは大滝と位置付けていた。
 「プロデューサー主体っていうけど、今のところ所属アーティストいないんだし、『年4枚のアルバム制作』って契約条件クリアするためには、自分のアルバムも作っていかないと、とても回らんでしょ?」。

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 レーベル設立時の大滝は、ちょうどCMソングを量産していた頃であり、創作ペースとしては順調そのものだった。なので、「その気になればフル・アルバムの1枚や2枚、チャチャっとできるでしょ」と、過信していた部分もある。
 生前のインタビュー・発言からにじみ出てくる理屈っぽいキャラから、ロジックで動く理路整然とした人だと受け取られがちだけど、考えてみれば、これまで散々、発売延期だ企画倒れだを繰り返してきたわけで、その辺が何かと誤解されている。基本は行き当たりばったり、怒涛のつじつま合わせを強引に行なう人、というのが大滝の本質である。
 そんな彼の裏も表も含めて、最も深く理解していたのが、山下達郎だった。
 年に一度の新春放談で催される、「アーカイブはともかく、新譜はまだか」の丁々発止のつば迫り合い。オチがわかっていながらつい聴き入ってしまう、ダチョウ倶楽部顔負けのお約束合戦は、まだ続いていれば、伝統芸能の域に入っていたんじゃないかと思われる。

 『カレンダー』に限らず、先人への強いリスペクトが顕著な良質の楽曲に加え、演奏の主軸になっているのは、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ・コネクションのミュージシャンなので、素材自体のクオリティはとても高い。なのに、第1期ナイアガラの作品クオリティにムラがあるのは、録音やミックスダウン、音像処理の問題が大きい。
 設立時の配給先だったエレック倒産を経て、新たなディストリビューターになるコロンビアとの交渉によって、大滝は最新タイプの16チャンネル・マルチレコーダーを手に入れる。災い転じて福となり、スタジオ設備は増強されたのだけど、所詮は米軍払い下げ住宅を改造したプライベート・スタジオ、どれだけ高い志と熱意を持ってしても、オーディオ的なクオリティには限界がある。
 所属アーティストになるはずだった山下達郎も伊藤銀次もいなくなったため、大滝自身がフル稼働して制作ノルマをこなさなければならなかった。作品のアイディアだって使い切っちゃってるので、ストックもほとんどない。締め切りギリギリまで粘りに粘り、どうにか搾り出したモノを録って出し、といった無限ループ。クオリティより納期が最優先となるため、納得ゆくまで作り込むことができず、言ってしまえば雑な仕上がりの作品も多い。
 ソニーに移籍してからは、潤沢な時間と予算、有能な外部スタッフの起用によって、初期構想に準じた作品を作る環境が整った。ただ、そうなったらそうなったで、「あれもできる」「ここをもう少しこだわりたい」と時間がかかり、結局、コスパ的には昔と大差なくなっちゃうのは、どんなもんだか。

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 で、長くなったけど、ここからが本題。
 ソニー移籍を機に、第1期ナイアガラのアーカイブは、大なり小なり、どれもリミックスを施されて再リリースされている。Fussa 45スタジオのマシン・スペックでは叶わなかったサウンド・エフェクト、バランスやピーク・レベル、フェード・イン/アウトの長短に至るまで、あらゆるポイントで改変が行なわれている。
 で、そんなマニアックな編集作業が最も大胆に行なわれたのが、この『カレンダー』である。
 結果的に、第1期ナイアガラにおいては最後のソロとなったこのアルバム、底の見えないセールス下落を阻止するため、またレーベルの存続を賭けて制作された。これまでプロデュース業務の多かった大滝が、アーティストとしては久しぶりに重い腰を上げ、持てる力のすべてを注ぎ込んだ自信作である。
 はっぴいえんど時代のアンチテーゼとして、第1期ナイアガラの主題となっていたリズムものやノベルティソングに加え、敢えて封印していたメロディ・タイプの楽曲も復活しており、バラエティに富んだ作品になっている。いわばとっ散らかった印象もないわけではないけど、それにも増して伝わってくるのは、アーティストとしての覚悟、強い意志表明である。
 俺的にも、第1期ナイアガラのアルバムの中では、最もターン・テーブルに載せたことの多い、何かと想い出深い作品だ。

 『ロンバケ』以降にファンになった俺にとって、『カレンダー』といえば、黄色いラベルのソニー盤であり、吉野金次リミックスによる81年版である。ほぼ同時期に単行本『All About Niagara』を購入して、隅々まで嘗めるように読みまくった中学生の俺は、そこでコロンビア盤の存在を知った。ただ、当時はすでに廃盤となっており、中途半端な田舎の中学生が安易に入手できる代物ではなかった。
 それからしばらく経って、札幌の中古レコード屋で一度だけ、コロンビア盤が飾られているのを見たことがあった。レア物コーナーに陳列されていたそれは、社会人になっていた俺でさえ、二の足を踏んでしまうほどの高値をつけられており、気軽に手が出せるものではなかった。
 次にそのレコード屋に行くと、誰かが買ってしまったのだろう、もう『カレンダー』はコーナーから消えていた。せっかく、手が届くところにあったのに。

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 20周年プロジェクトが一巡して30周年プロジェクトが始まり、ファンの間で、最もその発売が待たれていたのが、『カレンダー』だった。
 20周年プロジェクトでは、『ムーン』や『CMスペシャル』を始め、他プロジェクトのアルバムでも未発表テイクが追加され、多くのファンが狂喜乱舞した。しかし、『カレンダー』だけは、目立ったリミックスやボーナス・トラック収録はなかった。
 「オリジナル〜リミックスの時点で作品としては完結しており、これ以上足すものはない」というのが、大滝の見解だった。それだけ『カレンダー』に格別の思い入れがあった、ということなのだ。
 それならそれで、コロンビア盤のレジェンド感は、さらに高まってゆく。他のアルバムの20周年エディションのライナーノーツは、どれも時系列に沿って事象を丹念に記しており、ここで明らかになった新事実も多い。しかし、『カレンダー』だけはペラ1枚、やけにアッサリした文章になっている。
 やはりここで完結しているのか、それとも付け足すことがあんまりないのか。

 「新旧ヴァージョン完全収録」という、『カレンダー』の30周年エディションの詳細が明らかになって、全世界のナイアガラーは、再び狂喜乱舞した。これまで存在だけは知られながらも、ほとんどの人が聴いたことのない、まるでUMA的に伝説となっていたコロンビア盤を聴くことができる!
 正直、アーカイブものが続いて興味が薄れていた俺も、このインフォメーションを聞いた時は、大勢のナイアガラー同様、狂喜乱舞したのだった。

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 で、耳にしたのだけど。
 …なんか微妙だった。
 黎明期を見てきた初期ナイアガラーが、こぞって「傑作だ」「コレを聴いとかなくちゃ」など期待感をあおるものだから、さぞ革新的なクオリティなのだろう、とドキドキしながら聴いてみると。
 …案外ショボかった。
 「初期構想の忠実な再現」というコンセプトでもってリミックスされたソニー盤は、スタジオ機材やインターフェイスの問題で叶わなかった、リヴァーブやコンプレッサーをふんだんに使用している。アカデミックなレコーディングを習得していない大滝のビジョンを具現化するため、『カレンダー』のサウンド・コンセプトを反映するには、吉野金次という熟練のプロフェッショナルが必要だった。時間的な余裕と適切な投資によって、『カレンダー』はソニー盤で完成を見たと言える。
 ソニー盤を聴いてからコロンビア盤を聴くと、やってる事はほぼ変わらないのだけど、コロンビア盤の音像処理はスッキリしすぎて、これってデモ・テープなんじゃね?とさえ思ってしまう。今ならDTM機材の発達によって、高音質のホーム・レコーディングも珍しくなくなったけど、当時の宅録レベルのスタジオ機材では、ピーク・レベルを抑えることが精いっぱい、想いはあってもやれる事は相当限られる。ましてや素人ミキサーである大滝が、吉野金次と同等レベルのスタジオ・テクニックがあるかといえば、それを求めるのはちょっと酷。
 実際、第1期ナイアガラを支えたミキサー笛吹銅次(大滝の別名)は、その後、引退しちゃうし。

 前述したように、俺的にはソニー盤を長らく聴き込んでいたため、愛着はあるのはそっちの方である。なので、「ミックスダウン前のお蔵出しトラック」と言われたら信じちゃいそうなコロンビア盤に、格別な思い入れはない。
 リリースされた1977年のサウンドとしては、充分イケてたのだろうけど、やたらと神格化するのも、ちょっと無理矢理すぎるんじゃないかと思うのは、俺だけじゃないはず。原理主義が嵩じて後発を否定するには、クオリティ的にちょっと弱すぎるのだ。
 ごく少数だけ流通したコロンビア盤をリアルタイムで手に入れた初期ファンの思い出補正によって、妙に神格化されたことも誤解を生んだ。このアルバムに限らないけど、レア物は、本来の価値以上に高評価を受けてしまう。
 幻の音源を入手する希少な機会を得た者は、選ばれし初期ナイアガラーとして、知ったか顔で第1期ナイアガラを神格化していった。
 でもあいつら、「多羅尾伴内楽団」さえ絶賛しちゃうんだぜ。信用できねぇよ。



ナイアガラ・カレンダー 30th Anniversary Edition
大滝詠一
ソニー・ミュージックレコーズ (2008-03-19)
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1. Rock'n'Roll お年玉
 レーベル存続を賭けた悲壮感を思わせない、ていうか突き抜けて躁状態で歌われる、日本人のためのロックンロール。プレスリーからはっぴいえんどまで、古今東西の文化遺産を一緒くたに詰め込んでシェイクして撹拌して煮詰めて蒸留した、ナイアガラ・ワールドの完成形。新春放談でも一発目でよくかかっていたし、正月が近づくと思い出したように聴いてしまう、俺的にはすっかり季節の風物詩的ソング。
 コロンビア盤冒頭の「おめでとうございます」のリヴァーブの薄さが、俺のガッカリ感を助長させた。全体的にエコー感が薄いため、スタジオの密室感が強調される。当時としてはがんばったんだろうけどね。

2. Blue Valentine's Day
 80年代を通過してきた者にとって、バレンタイン・ソングといえば圧倒的に国生さゆりだけど、楽曲的には断然こちらの方がクオリティは上。「どうせもらえるわけねぇや」といったネガティヴな歌詞の世界観は、後にコンビ復活する松本隆のそれと大きくかぶっており、キャリア通して1,2を争うウェットなヴォーカルと見事にシンクロしている。
 1.同様、コロンビア盤はエコー成分が少なく、ていうかほぼデッドな響き。近年、『Best Always』で発掘されたシングル・ヴァージョンではほどほどのリヴァーブがかけられているため、アルバムでは敢えて他の曲とのバランスを考慮して抑え気味にしたんじゃないかと思われる。
 第1期ナイアガラの中では異質の甘さと大衆性があったにもかかわらず、リリース当時はほぼ世に知られることもなかった。もしこれが売れてたら、流れもまた変わっていたかもしれない、非常に惜しい名曲。

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3. お花見メレンゲ
 メレンゲというリズムが何なのか調べてみると、サルサやサンバに近似したジャンルであるらしい。ラテン方面はあんまり詳しくないので、知ったかぶりはやめておこう。
 リズム・トラックは基本楽天的なのだけど、ヴォーカルは全然ノリノリといった感じじゃなく、この辺が和のテイストなのかな、と無理やり思ったりもする。
 つくづく思うけど、この時代のミュージシャンって、引き出しめちゃめちゃ多いよな。大滝のムチャ振りに対応するためには、あらゆるジャンルを網羅しとかないといけなかったのか。

4. Baseball-Crazy
 続くリズムものシリーズ。私設草野球チームまで持っていたベースボール・マニア大滝として、野球愛にあふれる自身を自虐的なパロディとして描いている。
 正直、漫才ブーム以降を生きてきた俺世代にとって、戦前戦後のギャグやパロディをベースとした彼のノベルティ作品は、あんまりピンと来ない。まぁ絶賛されてるから面白いんだろうな、といった感じ。身内の間で披露してる分にはいいんだろうけど、誰か止めなくちゃダメでしょ。あ、プロデューサーだから、その辺のジャッジも全部自分か。

5. 五月雨
 ご存じオリジナルはソロ・デビュー作『大瀧詠一』より。当時のソリッドでコンパクトなファンクから一転、ここではドラマティックなストリングスと女性コーラス、重く響くバスドラに彩られ、荘厳としたムードに包まれている。語呂と語感のみで構成されている歌詞には、まったく意味性はない。ないのだけれど、これだけ深淵なサウンドにのせて歌われると、妙な重みが醸し出されているという不思議。
 コロンビア盤で終始流れる雨のSEは、陰鬱とした長雨の気だるさを活写しているけど、ソニー盤の深い深いエコーを聴くと、あっさり感じてしまう。この粘っこさがサウンドの肝なんだろうか。

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6. 青空のように
 長らく彼が研究対象としてきたスペクター・サウンドの、この時点での完成形。ヴォーカルもパーツの一部として同等に扱われ、バッキングと同じレベル、フラットな配置にされている。多分、モノ・ミックスで聴くのが理想なのだけど、他の曲とのバランスを考えてステレオにしたんじゃないかと思われる。でも、シングル盤でもステレオなんだよな。
 ただ、ソニー盤ではヴォーカルを少し前面に出したダイナミックなバランスになっており、アルバムの中の一曲としては調和が取れている。あ、それとイントロはコンパクトなソニー盤の方がメリハリあるよな。

7. 泳げカナヅチ君
 昔のサーフ・ロック、多分Beach Boys周辺をモチーフにしたのと、ベンチャーズっぽいギターを入れて、テーマとして「およげ!たいやきくん」のアンサー・ソングという体裁を取ったパロディ・ソング。コロンビア盤では全編波音のSEが流されており、それが災いしたのか、演奏パートの出力レベルを抑えてしまってるのが、ちょっと残念。あとで聴いてみて、「やっぱいらねぇや」と思ったのか、ソニー盤ではSEは削除されている。

8. 真夏の昼の夢
 のちの『ロンバケ』サウンドのプロトタイプとして、もっともわかりやすいポップ・バラード。サウンドの構想は、もうずっと昔から大滝の頭の中にあったことが窺える、貴重な一曲。ただ、ここに盟友松本隆はおらず、あくまで大滝自身が松本隆っぽい言葉を選んで順列組合せしているだけであり、ストーリー性は弱い。
 松本と大滝の書く言葉の違い。それは、「恥」の温度差の違いでもある。

9. 名月赤坂マンション
 エンジニア笛吹銅次のベスト・ワークとして、もっと語られてもいいトラック。あのプライベート・スタジオと彼のスペックで、ここまで臨場感あふれる形で尺八や三味線の音を録音できたのは、単純に「すごい」の一言。それだけ和楽器のレコーディングは難しいはずなのだ。ソニー盤ではリヴァーブがもう少し盛られているけど、哀切漂う泣き笑いの感情を表現するためには、ややデッド気味のコロンビア盤の方が感情に訴えてくるという不思議。
 唯一、俺がソニー盤より気に入っているトラックである。

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10. 座読書
 ソウル系が好きな人なら、誰でもすぐに思い浮かべるBo Diddleyのリズム。考えてみれば、取るに足らないことをテーマに歌うのはソウル/ファンクの伝統なわけで、内容をどうこう言うより、無内容なテーマに合わせてリズムを楽しむのが、本来のマナーなわけで。「読書」という語感からジャングル・ビートに思いを馳せてしまう、大滝の自由な発想はとんでもないところにある。

11. 想い出は霧の中
 「11月と言えばなんだ、冬だ、寒い、北国だ、じゃあ北欧ギター・インストだ!」ってな感じで作られたナンバー(嘘)。「さらばシベリア鉄道」の前哨戦といえばわかりやすい。

12. クリスマス音頭〜お正月
 1.同様、クリスマスになると無性に聴きたくなる曲。俺にとってクリスマス・ソングと言えば、山下達郎でもワム!でもなければマライア・キャリーでもない。そんなかしこまったソフト・フォーマルのクリスマスじゃなく、やけっぱちなカオス空間の和洋折衷クリスマスの方に、シンパシーを感じたのだった。ひねくれてたんだよな、30年くらい前は。






Best Always
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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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