佐野元春

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

プライベートの元春のリアルなアルバム - 佐野元春 『Heart Beat』

folder 1981年リリース、元春2枚目のアルバム。デビュー作『Back to the Street』からほぼ1年のインターバルを経てリリースされたこの作品、前作同様、チャート的には苦戦した。

 当時のオリコン・アルバム年間チャートを見てみると、1位が寺尾聰、2位が大滝詠一ロンバケ、3位がなぜかアラベスクといった布陣。上位2つを見ればわかるように、既存のフォークやロックから脱却してソフィスティケートされたAOR的シティ・ポップのニーズが高まっていることがわかる。50位以内ギリギリに南佳孝もランクインしており、徐々にではあるけれど、難しい顔をして考え込む音楽だけでなく、享楽的な80年代を象徴した、新世代によるライト感覚のサウンドが若い世代に受け入れられつつあった。
 ただこれも極端な例で、他のメンツを見てみると、松山千春やオフコース、中島みゆきがベストテンに食い込んでおり、まだまだフォークの流れを汲んだニュー・ミュージック勢が強いことも事実。
 これがもう少しすると、尾崎豊や渡辺美里など、さらに新世代の躍進が始まって、チャート上での世代交代も行なわれてゆくのだけど、それはもう少し後の話。

 元春の出世作と言えるのがタイトル曲収録の3枚目『Someday』であり、その前哨戦であったのがナイアガラ・トライアングルだとすると、この時期はまだ「期待のニュー・カマー」というポジション。まだまだ影響力が云々といったレベルではない。
 で、その『Someday』と『Back to the Street』に挟まれたこの『Heart Beat』、雑誌やメディアでの紹介では、いわゆる過渡的な作品、本格的なブレイク前の習作扱いになっていることが多い。その後の作品と比べると、統一感が少ないため、バラエティに富んではいるけど、ターゲットが定まらない印象なのと、わかりやすいシングル・ヒットが収録されていないため、どうしても地味な扱いになってしまう。
 新規ユーザーにはアピールしづらいアルバムだけど、その反面、年季の入ったファンにとってはそのセールス・ポイントの弱さゆえ、逆に愛着が湧いている人が多い。実際、マス以外のメディア、個人ブログやアマゾン・レビューなどでの熱い書き込みは多い。そのポジションの地味さゆえ、何か力を入れて語りたくなってしまう魅力を秘めている。

佐野元春

 初期の元春のサウンドのベースは、アメリカの70年代シンガー・ソングライターに端を発する、ストリート感覚あふれるロックが主体となっている。既存のフォークやニュー・ミュージックと違って、メロディと譜割りのバランスにこだわらず、横文字言葉を1音節に詰め込むことによって、洋楽テイストの強いサウンドを創り出した。
 小節という決まりごとに捉われず、語感とリズムを重視することによって、その響きはその後の日本のロック/ポップスに大きな影響をもたらした。時にウェットなメロディに流れながらも、ドライな質感を失わずにいるのは、デビュー当時から確立したスタイルに拠るものである。
 決して美声とは言えないハスキーな声質もまた、ニュー・ミュージック勢との差別化に寄与している。情緒的な日本のメロディとはマッチしづらいため、逆にそれがベタなバラードでも過度に感情的にならずに済んでいる。

 そのシンガー・ソングライター的側面でも、デビュー・シングル”アンジェリーナ”がBruce Springsteen への強いオマージュだったのに対し、この『Heart Beat』ではむしろBilly Joel的、ピアノからインスパイアされたようなナンバーが多い。『Back to the Street』がE Street Bandサウンドをモチーフとした曲が多かったのに対し、ここではソロ・スタイル、ピアノの弾き語りだけで成立するナンバーが多く占められている。もちろん”ガラスのジェネレーション”のようにアッパーなナンバーも含まれているけど、特にレコードB面にあたるトラックでは、バラードが集中している。

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 なので、どこかプライベートな空気感を持ったアルバムである。アッパー・チューンであるはずのナンバーも、よく聴いてみるとエコー成分が少なく、狭いスタジオで作り込まれたような、デッドな音の響きである。その平板さを自身のダブル・ヴォーカルで埋め合わせているのだけれど、やはりどこか密室的な雰囲気が漂っている。
 その内輪的ムード、親密な仲間たちが集って演奏したトラックを、カセット・テープに録音して独り枕元で聴いている―、そんな情景がよく思い浮かぶ。

 ただ当然だけど、そんな個人的な色彩の強いアルバムが不特定多数のユーザーにアピールできるかといえば、それはちょっと難しい。収録されている個々の曲は、その後の元春のキャリアにおいても重要な位置を占めており、ライブでもいまだ重要なポイントでプレイされている。ライブを重ねることによって、それらの曲は洗練され、次第にブロウ・アップされてゆくのだけど、ことアルバム全体では地味な印象であることは拭えない。

 実際、俺もこのアルバムを聴いたのは『No Damage』の後、リアルタイムでこれがリリースされたとしても、多分手を出さなかったんじゃないかと思う。多分そう思ったのは俺だけじゃないはずで、最初の元春のアルバムとしてこれを選ぶ人は少ないと思う。
 ただ、『Back to the Street』で見せた荒削りなロックンロール・フォーマットや、次作『Someday』において著しく開花したポップ・センスではなく、純粋な楽曲クオリティを求めるのなら、初期においてはこのアルバムが最も秀でている。
 よそ行きではないプライベートな元春の実像が最も色濃く現れているので、完成度という面においてはちょっと劣るけど、長く追いかけてきたファンにほど人気の高いアルバムである。


Heart Beat
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1. ガラスのジェネレーション
 アルバム発売前にリリースされた、元春2枚目のシングル。今でも初期の元春の最高傑作と言えばコレ、というファンも数多いけど、当時はほとんどと言っていいくらい話題にならなかった。
 軽快なリズム、ちょっとハスキーで母性本能をくすぐる、少年のまんまのヴォーカル、Phil Spectorを意識した広がりを感じるサウンド。これだけのモノがたった3分間のポップ・シンフォニーの中に凝縮されている。

  ガラスのジェネレーション
  さよならレボリューション
  つまらない大人にには なりたくない

 これから先もずっと永遠に語り継がれるこの一節。
 ちなみにこれは2番の最後なのだけど、実は俺、ここよりも冒頭の「見せかけの恋ならいらない」にシンパシーを感じていた。これを聴いた時はまだ十代で、大人という存在に自分がなってゆくことに、いまいち実感が湧かなかった。また、「見せかけでもいいから振り向いてほしいんだ」という逆説的な思いこそ、まだヘタレだった十代のリアルでもあった。



2. NIGHT LIFE
 で、これは3枚目のシングルとして、アルバムと同時発売された。スロー・テンポのゴキゲンなロックンロールといった、当時の元春のパブリック・イメージと寸分違わないナンバー。あまりにハマり過ぎるため、ちょっとインパクトには欠ける。『Back to the Street』で獲得したわずかなファンへ向けて、期待に応えたようなサウンドなので、後追いで聴く分にはちょっと物足りない。あまりに優等生的ロックンローラーなのだ。

3. バルセロナの夜
 マッタリしたムードでありながら、リズムがタイトなため、ベタに流されないバラード・ナンバー。テナー・サックスがちょっと頑張りすぎる部分はあるけど、ミドル・テンポに設定したこと、また歌詞もほとんど英語が含まれておらず、普段着のシンガー・ソングライター的スタイルのため、スッと言葉が入って来る。

  時々2人は 言葉が足りなくて
  確かなものを 失いそうになるけど
  愛してる気持ちは いつも変わらない

 こういった言い回しって、やっぱり大人にならないとわからない。

4. IT`S ALRIGHT
 シングル1.のB面収録。タイトなロックンロール・ナンバーで、やはり『Back to the Street』の延長線上のサウンド。
 と、否定的になりかけたのだけど、考えてみれば81年当時、日本でのロックンロール状況は決して活況ではなかった。懐古的なオールディーズ・バンドか自虐的なパロディが主流で、こうしたベーシック・タイプのロックンロールをプレイする新規アーティストは皆無だった。ロックンロールを延命させるためには、彼のような新しい血が必要だったのだ。

Night20Life

5. 彼女
 レコードで言えばA面ラスト、王道のバラード。小細工も仕掛けも何もない、言い訳不要のピアノ・メイン、壮大なストリングス。ベタといえばベタだけど、けれどそれがちっとも陳腐に聴こえないのは、やはり楽曲の持つ力か。
 「彼女」とは、かつて公私を共にしたパートナー佐藤奈々子のことかと思われるけど、まぁ断定はできない。奈々子をモチーフとして、それまでの女性像を重ね合わせて凝縮した結果が、この曲の「彼女」なのだろう。
 ここでの元春は彼女への変わらぬ想いを胸に秘めながら、それでも前に進んでいこうとしている。時にペシミスティックな瞬間もあるけど、そう自分に言い聞かせないことには、前に進めないのだ。

6. 悲しきレイディオ
 『Back to the Street』で世間に提示した「ロックンロールの復権」を、見事に形にしたのが、これ。ヴォーカル・スタイル、サウンドから、現在進行形のロックンロールである。過去の模倣ではない。過去のロックンロール・レジェンドらをリスペクトしつつ、敬意を表しながらも、そこから新しいスタイルを確立した。
 俺がこのアルバムで最も食いついたのがこれで、長年俺のフェイバリットだった。今では3.と同着になっているけど、最初に聴いた時のインパクトはこれが一番。何から何まで、すべてが理想形。そしてまた、ここからさらにロックンロールを進化させていった元春もすごい。



7. GOOD VIBRATION
 シングル2.のB面曲。う~ん、実はこれ、ほとんど思い入れがない。当時のアメリカ西海岸的AORサウンドの意匠を借りたポップ・ソングなのだけど、どうにもインパクトが薄い。元春の声も心なしか気が入っておらず、突然挿入される女性コーラスもちょっと違和感あり。このレビューを書くため、久し振りに通して聴いてみたけど、やっぱダメだ、どこかしっくりしない。

8. 君をさがしている(朝が来るまで) 
 で、その8.と同じ方向性ながら、ちょっとやる気が出てきたのか、Byrds的フォーク・ロックのフォーマットを使いながら、かなりぶっ飛んだ内容の歌詞を乗せている。
 かなりストーリー性を強調しているため、元春のヴォーカルもどこかドラマティックで、時にモノローグ的なシャウトが漏れている。でもサックス、ちょっと響きが軽すぎ。

9. INTERLUDE

10. HEART BEAT(小さなカサノバと街のナイチンケールのバラッド)
 今もライブで重要な位置を占める、8分にも及ぶ大作。時期によってピアノ・メインになったりギターがリードしたりなど、ライブによってあらゆるアプローチが試された曲である。といってもこの曲に限らず、ライブでがらりとアレンジが変わった曲は数多くあるのだけれど。
 ほぼ独白、弾き語りのような世界は、熱狂的なファンには受け入れられたけど、やはり長尺過ぎるため一般に広がる機会が少なく、『No Damege』でも収録は見送られた。特別なストーリーはなく、ある種ナルシスティックな世界観が終始流れているため、受け入れる側もある程度、心してかからないとちょっとキツイ。

  訳もなく にじんでくる
  涙を拭い
  車のエンジン・キーに ゆっくり
  手を伸ばしたのさ

 




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俺の中での元春は、ここでひと区切り - 佐野元春 『Cafe Bohemia』

folder 『Visitors』をリリースした後の佐野元春の動向に気を揉んでいたのは、これまでのファン、そして新たに獲得したファンだけでなく、同世代の日本人ミュージシャンらもまた、同じ想いだった。
 決してヒット・チャートには馴染みそうもない、荒削りでありながら、しかし理性的に制御されたパッションを内包したそのサウンドは、80年代チャートの中心を担っていた歌謡曲と比較して、明快でもポップでもなかったのだけど、前作『No Damage』の余波も手伝って、オリコン年間チャート22位の好セールスを記録した。
 当時の日本において、ヒップホップというジャンル自体がほぼアンダーグラウンドな存在だったにもかかわらず、それを大々的に取り入れて、しかも商業的にもキッチリ結果を出したのだから、同業者としては強いリスペクトと共に、危機感も大きかったんじゃないかと思う。

 このアルバムがリリースされた1986年前後というのは、元春に限らず、日本のメジャー・シーンにいるアーティストにとって、様々な形はあれど、大きな転機を迎えることが多かった。商業的に肥大化したサザンを一旦休養した桑田佳祐は、原点に立ち返るべくKuwata Bandを結成、ストレートなロックン・ロールを追求することによって、サザン以外の可能性を模索していたし、日本人離れしたファンクネスとずば抜けた歌唱力を持って一躍シーンに躍り出た山下達郎は、これまでの必勝パターンとは真逆のベクトル、内省的な歌詞と箱庭的に作り込んだデジタル・サウンドとの融合に苦悶し、長い袋小路の岐路に佇んでいた。
 「歌謡ロック」と揶揄されることも多かったBOOWYは、コンポーザー布袋のビジョンである、ニュー・ウェイヴ以降のUKアバンギャルドと、一見ドライながらドメスティックな共感を得る歌詞とのハイブリットなサウンド、その完成度の高まりと共に行き詰まり感がメンバー全体に蔓延し、その短いキャリアに自ら潔い終止符を打とうとしていた。
 これまで築き上げてきたキャリアに対して、少しでも真摯なスタンスのアーティストなら、作品クオリティの維持と商業的成功との両立を成し遂げている元春の一挙一動は、注目に値するものだったと思われる。

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 それだけ内外に影響を与えた『Visitors』だったけど、元春自身はそこから更にヒップホップを掘り下げることはしなかった。
 ここ日本において本格的にヒップホップを根づかせるためには、ワン・ショットのインパクトではなく、言い方は悪いけど、二番煎じか三番煎じまで畳みかけていかないと、定着しないはずである。なのに元春、『Visitors 2』的なアルバムを作らなかったのは、もちろん戦略的な面もあるだろうけど、常に進歩することを求められるトップ・アーティストとして、ひとつの色に染まらない、特定のカテゴリに収まりたくない、ある種の反抗心のようなもの、それと使命感もあったのだろう。

 時たま出演するバラエティやインタビューでの発言でも知られるように、基本マジメな人である。ただ、大多数の人より価値基準や行動規範がちょっとズレているだけで、空気を読まず我が道を行く思考回路については、あまり突っ込んじゃいけないところ。一歩間違えれば社会的に孤立してしまいそうなところを、基本ピュアネスにあふれている元春、本人としてはそれがごく普通の事柄であり、何事においても誠実に答えているだけなのだから。

 当時の元春が目指していたのは、洋楽の安易な移植ではないロックを日本に根付かせること、そして、いまだ現時点においても知名度の高いナンバー”Someday”に凝縮されているように、基本ポジティブなメッセージを伝えるため、ロック・ミュージックという手段を使っていた。そりゃ中にはネガティヴなテーマの曲もあるけど、基本はその人柄から窺えるように、真摯でピュアなメッセージである。
 シリアスでリアルなメッセージを伝えるのに、当時のストリート・カルチャーに深く根付いていたヒップホップというサウンドは有効だったけど、サウンドというツールは、あくまで伝達の手段である。そこにこだわりを持つことは決して悪いことではないけど、そこへの執着が強すぎると、本来伝えるべきメッセージがボヤけてしまう。器ばかり磨き上げてもダメなのだ。

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 『Visitors』で糸口を掴んだばかりのヒップホップ・サウンドも、そこを一点集中で突き詰めるのではなく、これまで学び得たノウハウの一つとして、更に貪欲な吸収を行ない、そしてそれらをミックスし練り上げこねくり回した結果として、この『Cafe Bohemia』がある。

 お茶の間レベルで理解できるレベルにまで噛み砕いたアバンギャルド・サウンドとロック的イディオムとの融合を見事結晶化させた『Visitors』に対し、今回の『Cafe Bohemia』、表面上はワールドワイドでジャンルレスな音楽の追求、スタイリッシュなジャケット・デザインから窺えるように、その気だるい居ずまいから、以前のポップ性を擁したロックン・ローラーの姿は想像できない。Style CouncilやStingからインスパイアされた、ジャジーなinterludeは、ロック的衝動やダイナミズムからは最も遠いところで鳴っている。
 ただ同時に、表面的にはロック的サウンドから遠ざかりながらも、ロックの構成要素であるパッションは減じず、抽出されたメッセージ性に最もこだわっていたのは、日本においては元春が第一人者であったことは誰も否定できない。

 ロック的イズムへのこだわりが強くなるあまり、敢えてサウンドの比重を弱め、言葉そのものの持つ力を引き出したのが、この頃から始まるスポークン・ワード(ポエトリー・リーディング)である。もともとは1950年代のビート・ジェネレーション時代に端を発し、その代表的作家Jack KerouacやAllen Ginsbergらによる、ニューヨークのライブハウスでの詩の朗読パフォーマンスなのだけれど、不定期レギュラーとなっている教育テレビ『ザ・ソングライターズ』での1コーナーとして、目にした人も多いはず。
 ロック的演出を一旦剥ぎ取り、言霊本来の力と朗読力のみによって繰り広げられる、言葉のぶつけ合いと受け合い。そこはステージという多人数:1という構図ではなく、見る人によってそれぞれ解釈が違い、結果、1:1という、至極パーソナルな関係性が築かれている。その真剣勝負は互いに極度な緊張状態を誘発し、結果、体力の減少が著しい。安易なジェスチャーやメロディでごまかそうとしない所に、彼の潔さがうかがい知れる。


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1. Cafe Bohemia (Introduction)

2. 冒険者たち Wild Hearts
  ちなみにこのアルバム、これまでの元春のアルバムはすべてソロ名義だったのに対し、ここから何枚かは”with Hertland”と併記されている。レコーディング、ライブ双方を精力的に行なっていた頃であり、バンドとしての一体感が、これまでとは明らかに違っている。
 何というか、百人が百人とも、「これはロックだ」というサウンドではない。ヴォーカルは明らかに元春そのものなのだけれど、ホーン・セクションを前面に出したソウル・テイスト濃いサウンドは、日本人単独では出せなかったグルーヴ感がある。
 でも、これが元春の目指すところの、ロックなのだ。

3. 夏草の誘い Season In The Sun
 肩ひじ張ってない歌詞が、俺は好き。『Someday』以前に頻発していた、ちょっとスカしたシティ・ボーイのシニカルな呟きより、このようなストレートなメッセージを爽やかに歌えるようになった、この時代の元春のファンは今も多い。

 そうさ これが君への想い 何も怖くはない 
 Just One More Weekend いつでも 君のために戦うよ 
 Smile Baby 汚れを知らない 小鳥のように

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4. カフェ・ボヘミアのテーマ Cafe Bohemia

5. 奇妙な日々 Strange Days
 このアルバムの中では比較的ストレートなロック。ちょっとエスニック入ったピアノなど、そこかしこで正しくストレンジな音が入ったりなどして、普通のサウンドでは済ませようとしない、チャレンジ・スピリットが強く出ている。

6. 月と専制君主 Sidewalk Talk
 ちょっとアフリカン・ポリリズムのエッセンスが入った、ちょっと奇妙な質感の曲。後年、このタイトルでセルフ・カバー・アルバムをリリースするのだけど、何かしら思うところがあったのだろう。地味だけど、なんとなく記憶に残り、妙にクセになる曲である。これまでの、そしてこれ以降の元春にも見当たらない、不思議な浮遊感のある曲である。
 後半のブギウギ・ピアノとホーン・セクションとの掛け合い、ルートを外れそうでいて、きちんと本筋は外さないベース・ラインなど、ほんとバンドの一体感が出ていて、レコーディングも楽しげだったことが想像できる。

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7. ヤングブラッズ Youngbloods
 1985年2月、国際青年年のテーマ曲としてシングル・リリース。年間チャートでも63位と健闘した。やっとまともにトップ10ヒットとして世間に認められたのが、この曲である。確かにNHKなんかでは頻繁に流れていたため、タイアップ効果も大きかったとは思うけど、でも、この曲にはそれを超えたパワーがみなぎっている。
 直訳すれば「若い血潮」と、いきなりダサくなってしまうけど、それを恥ずかしげもなく堂々と歌えるのが、やはり元春である。そのポジティヴなパワーの前では、ちょっとした恥じらいなどは吹き飛んでしまう。
 この頃の元春としては珍しく、カタカナ英語が頻発した歌詞なのだけれど、力強いバンド・サウンドがそのうすら寒ささえ吹き飛ばしてしまう。
 元旦に撮影されたという、この有名なPV、ほんと何度見てもワクワク感が募る。 

 冷たい夜にさよなら
 その乾いた心 窓辺に横たえて
 独りだけの夜にさよなら 木枯らしの時も 月に凍える時も
 いつわりに沈むこの世界で 君だけを固く抱きしめていたい



8. 虹を追いかけて Chasing Rainbow
 ちょっとDylanのフェイクっぽいヴォーカルが時たま気怠くイイ感じなのだけど、もしかしてただ単にキーが高いだけなのかもしれない。

9. インディビジュアリスト Individualists
 暴力的なスカ・ビートに乗せた性急な元春のヴォーカルが、『Visitors』を彷彿とさせる。硬質な言葉を叩きつける元春は、すべてのリスナーへ向けてアジテーションを送っている。バンドのどの音も攻撃的である。ひたすら単調なビートを刻むリズム・セクション、変調したギター・カッティング、地底をうねるベース・ライン、どれも体制へのもがき、抵抗が見え隠れする。

10. 99ブルース 99Blues
 呪術的なアフロ・ビートと、それを切り裂く重苦しいアルト・サックスの調べ。こちらも『Visitors』サウンドの上位互換であり、様々なサウンドとのハイブリットで構成されている。
 この曲での元春はかなり饒舌。どこかトピカル・ソング風にも聴こえる、社会風刺も混ぜ込んではいるが、そこまでシリアスにならないのは、やはり根が性善説な人だからなのか。

 いつも本当に欲しいものが
 手に入れられない
 あいかわらず今夜も
 口ずさむのさ
 99 Blues


 
11. Cafe Bohemia (Interlude)

12. 聖なる夜に口笛吹いて Christmas Time In Blue
 クリスマス・ソングにレゲエ・ビートを組み合わせる発想は、これまでなかったはず。もしかして前例はあったかもしれないけど、ここまでスタンダードに残る歌になったのを、俺は知らない。それだけクオリティが高いのだ。
 クリスマス・イヴのワクワク感とクリスマス当日の「もうすぐ終わっちゃう」感を淡々と、しかもわかりやすく描写したのが、この曲。歌謡曲全盛だった当時、しかも12インチ・シングルでのリリースだったにもかかわらず、そこそこのヒットを記録したのは、純粋に曲の良さと歌詞の良さ、そしてレゲエ・アレンジの勝利だろう。

 愛している人も 愛されている人も
 泣いている人も 笑っている君も
 平和な街も 闘っている街も
 メリー・メリー・クリスマス
 Tonight's gonna be alright



13. Cafe Bohemia (Reprise)




 で、俺にとっての元春というのはここくらいまで。この後の元春はアッパーな時期とダウナーな時期とが交互に訪れている。そのバイオリズムの振り幅が大きすぎて、ちょっと聴くのが辛くなってきたファンというのは、多分俺だけではないはず。
 その後のホーボー・キング・バンドやコヨーテ・バンドとのルーツ・ロック的セッションも味わい深くて良いのだけれど、キャリアのピークを知ってしまっている俺としては、ちょっと物足りなさも感じてしまう。ただ、ここに至るまで経てきた元春の軌跡を鑑みると、もっと気合入れてよ、とも言いづらい。
 困ったものである。


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どこにも当てはまることのないミッシング・リンク - 佐野元春『Visitors』

 1984年リリース、佐野元春2年ぶり4枚目のオリジナル・アルバム。この間にセレクション・アルバム『No Damage』のリリースがあったため、ファン的にはそれほど長いブランクとは感じなかったけど、あまりの音楽性の変化に戸惑うファンは多く、ここをターニング・ポイントとして、新旧ファンの交代が著しく進んだ、キャリア最大の問題作でもある。
 最近になって30周年記念エディションがリリース、NHK-BSでは制作にまつわるドキュメンタリーまで放送された。20周年の時もそれなりにファンの間では話題になったけど、ここまで大げさに取り上げられるとは思わなかった、というのが正直なところ。
 
 10、20年前と比べて音楽業界は激変&衰退の一途を辿っている。かつて音楽のメイン購買層であったはずの10~20代の若者は、もうそれほど音楽に興味がなくなっている。今のメイン・ユーザーは団塊ジュニア以降、音楽を比較的シリアスに捉えていたアラフォー世代をターゲットにしないと、成り立ってゆかないのだ。
 そういった状況の中、佐野元春は潜在的な認知度も固定ファンも多く、確実な収益プランを立てられる、優良コンテンツの一つである。先細りしつつある音楽業界がこぞって盛り立てるのも無理はない。
 
 初期の総決算としてまとめられた『No Damage』を置き土産として、元春は単身NYへ飛び立つことになる。当時は1年間限定で、と言っていたような気もするが、最近明らかになった事実では、どうやら無期限、特別に期間も決めず、自分が納得ゆくまで滞在することを決心していたらしい。
 長い不在とはいえ、決して音信不通だったわけではなく、週に一度のモトハル・レイディオ・ショウ、月曜夜10時からのNHK-FM『サウンド・ストリート』は律儀に継続していた。また、ラジオ収録やレコーディング準備の合い間を縫って、責任編集として名を連ねたストリート・カルチャー雑誌のハシリ『This』を創刊、NY滞在中に4冊刊行している。ちなみに当時、俺自身も1冊買った覚えがあるのだけど、北海道の片田舎の中学2年には到底理解しがたい、ハイ・センスでシャレオツな、斜め上のスカしたコンセプトのビジュアル中心の雑誌だった。元春の名前がなかったら絶対手に取ることもない、どうにも「意識高い系」の好きそうな内容だった。
 なので、具体的にどんな内容だったのか、さっぱり覚えてない。

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 リリース当時から名盤と称され、それと同時かなりの異端作と評されていたのを覚えている。
 あれだけポップな"Someday"や"ガラスのジェネレーション"を作った人が、どうしてこんなサウンドになったのか?従来スタイルのポップ・チューンは"Tonight"くらいで、あとは当時最先端だったNYヒップホップ・カルチャーをメインとしたサウンド・コンセプトで制作されており、保守的なファンの間では微妙な反応が多かった、と記憶している。
 ナイアガラ・トライアングル経由で興味を持った俺的にも、そのあまりの変質振りには当初戸惑いもあったけど、最先端やらトレンディやらは別として、とにかくこの尖りまくったサウンドに魅了された。これまでのように、気軽に口ずさめるようなサウンドじゃないけど、どこか引っかかりが強く、確実に傷跡を残す質感は、長く心に残っている。
 
 ちょっと長くなったけど、ここまでが前置き。ここからが本題である。
 『Visitors』リリースの1984年、元春はツアーに明け暮れる。年明けには、初のオリコン上位にチャート・インしたシングル"Young Bloods"をリリース。元旦の代々木公園でのゲリラ・ライブを敢行したPVがメッチャかっこよかった。
 この後、少しブランクを置いて、こちらも名作『Cafe Bohemia』をリリースするのだけど、ここで元春、なぜか再びポップ路線に回帰してしまうのだ。

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 『Cafe Bohemia』もまた、当時のジャジー・ポップ・カルチャー、Style CouncilやStingなど、ジャズのエッセンスを盛り込んだサウンドに倣った名盤なのだけど、ある意味このアルバム、初期のティーンエイジ・ポップ・サウンドをベースとした、アダルト・コンテンポラリーな進化形である。なので、決して新機軸ではない。その後の元春のソングライティングの変遷の流れで見れば、ごくごく自然な経緯ではある。
 だけどしかし。
 この『Visitors』だけが、どうにも異色なのだ。

 どこにも当てはまらない、どこから湧き出て来たのか、そして、どこかへ辿りつくかも知れない、元春の足跡の中でのミッシング・リンクとなっている。
 これ以上発展するわけでもなく、そしてどこへも行き場のない、ある意味元春が創り出した、純粋にオリジナルと言える唯一の作品かもしれない。一応は日本のヒップホップ/ラップ・カルチャーのルーツとも言われているけど、そんなカテゴリー分類さえ拒否してしまう、そんな強力なエゴイズムを、この作品は内包している。
 そんな癖の強い、そんな規格外の音楽が、俺は愛おしくてならない。


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1. COMPLICATION SHAKEDOWN
 言葉とリズムの嵐。これでもかというくらいの情報の洪水である。
 並みのアーティストならもっとアイディアを薄めて、軽くアルバム1枚分くらいのマテリアルを作れるほどの情報量を、惜しげもなく一曲に詰め込んでしまったのが、当時の元春の潔いところ。クリエイターとして、そして時代のイノベイターとして、1980年代初期のNYヒップホップ・カルチャーの空気感を凝縮したサウンドを薄めることは、プライドが許さなかったのだろう。誇り高い人である。
 ちなみに、リリース当時にPVも同時制作されたのだけど、当時としてはあまりに先鋭的過ぎて公開を見送られた(発禁だったかな?)。近年、解禁されたので見たところでは…、まぁ当時の普通のMTVクリップである。このフィルムのどこに誰がケチをつけたのか。あっきり言って普通じゃん、こんなの。
 むしろ80年代という気恥ずかしい時代に寄り添いすぎたビジュアルが、黒歴史的でもある。

 
 
2. TONIGHT
 アルバム先行シングル。アルバム全体に流れる、生傷に沁みるようなヒリヒリした刺激的サウンドの中で唯一、ポップ性の強い曲。
 とは言っても、前作までバッキングを務めていたHeartlandのサウンド・テクスチュアではなく、NYチームでの演奏のため、質感はまるで違う。
 実際、アルバムの中ではこの曲だけ妙に浮いており、「1曲ぐらいは一般ウケするような曲も入れとかなきゃ」と思い立ったもか、それとも大人の事情なのかと勘繰ったりもしたけど、30年経って聴いてみると、それほどアルバム中異彩を放っているわけでもなく、ちゃんと流れの中に納まっていることに、軽い驚き。
 Mixの違い?それとも俺が年を取ったせい?
 ま、どっちでもいいか。

3. WILD ON THE STREET
 ワシントン発祥、ゴーゴーのリズムが時代を感じさせるけど、80年代初期はこれが最先端だったのだ。
 端を発するとルーツはすべてJames Brownという結果になってしまうのだけれど、当時はそんな経緯は思いつきもしなかった。今にしてみれば、有名なソウル・ショウのサウンドを発展させたものと分類できるけど、当時落ち目だったJBはゲロッパだけの一発屋という認識しかなく、復活は『ロッキー4』まで待たなければならなかった。
 
"君に壊してほしい
 バラバラになるまで
 オレを壊してほしい
 バラバラになるまで"
 
 破壊衝動に満ちあふれた歌詞を強いアタックのダンス・ビートに乗せる、というのが、それまでの日本のアーティストにはなかった発想である。破壊的な歌詞を破壊的衝動そのまんまのサウンド(例えばハードコア・パンクや前衛的な現代音楽など)に乗せるのではなく、享楽的なサウンドの使用を提示する―、元春の功績のひとつである。

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4. SUNDAY MORNING BLUE
 衝撃的なサウンドで日本の音楽業界を席巻した、と後に語り継がれた『Visitors』、当時日本のヒップホップ・カルチャーはまだ創生期すら迎えておらず、それをシリアスに分析・批評できる者もほとんどいない状況だった。もし深く理解できた者がいたとしても、彼らは現場で皿を回してたり踊ってたりする方が性に合い、評論するなんて考えはなかったことだろう。
 『Visitors』収録のバラードは2曲、特にこの曲はヒップホップ色が薄く、メロディ、ヴォーカルともシンプルに仕上げられている。ただし従来の甘いバラードではなく、NYの若手ミュージシャンらによる太い質感のサウンドに彩られているのが、これまでよりちょっぴり進化。
 
"世界はこのまま何も変わらない
 君がいなければ"
 
 殺伐としたドライなサウンドの最後、元春はこう歌を締めくくる。その声は感情を抑えてはいるが、力強い。ギターのリフとサックスとが絡むエンディングが美しく、また気持ちいい。

5. VISITORS
 急に音が分厚くなる。
 初めて聴いた時、すごく未来的なサウンドに感じたのが、これ。少なくとも、それまで聴いてきた中で、こんなサウンドを出していた日本人アーティストは他にいなかった。アンダーグラウンド・シーンには少しはいたかもしれないけど、まぁ少なくとも俺はその辺はよく知らない。元春ほどのメジャーなアーティストが、ここまでストリート・カルチャーに根差したサウンドを創り
上げたことは、すでにこの時点で衝撃的だった。
 この曲もまた、アルバム1枚分くらいのアイディアが惜しげもなく詰め込まれている。どうして、この路線を続けられなかったのか、それとも、あの時代、あのNY、あの年代の元春でなければ創れなかったのか?
 危うく絶妙なバランスの基に成り立っている、奇跡的な楽曲。

 

6. SHAME - 君を汚したのは誰
 元春がNYから吸収してきたのは、その先鋭的なサウンドだけではなかった。その空気感は人種や世代を超えた「言葉」に形を変え、特にこの曲に強く封じ込められている。
 
"偽り 策略 謀略 競争 偏見 強圧 略奪 追放 悪意 支配"
 
 『Visitors』収録曲は、中途半端な歯の浮いた比喩を極力使わず、サウンドに負けない直接的な言い回しが多い。特にこの曲においては、とにかく言葉の力が強い。
 ほんとは気に入ってるフレーズを書いてゆきたいところだけど、そうなるとあれもこれもと、結局は全文書くことになっちゃうので、結局、全部聴いてくれ、ということになってしまうので、これだけに止めておく。
 人間のプライドや自尊心をテーマとした、普遍的な内容の歌詞である。
 何年経っても考えさせられる、単純だがどの世代にも通ずる、これだけは聴いてほしい曲。

 
 
7. COME SHINING
 1.と同じ方向性を持つ、やはりNYの空気感満載の曲。
 こうして聴いてみると、元春が先鞭をつけたはずの日本のラップ/ヒップホップ・シーンが、現状どうしてこんなことになっているのか、80年代のサブカル周辺や90年代末のDragon Ashの台頭などによって、何度か独自文化の形成のチャンスはあったはずなのに、今では見る影もない。あったとしてもアンダーグラウンドに潜ってしまい、メジャー・シーンでは痕跡すら見当たらなくなってしまった。ファンモン?いや、あれはないっしょ。
 元春もこの路線はこの時限り、ヒップホップ・カルチャーへの大幅な接近はその後行なっていない。
 やはり日本で根付かせるのは無理なのだろうか?
 
8.NEW AGE
 これも3.同様、ゴーゴー系のリズムのバリエーションなのだけど、そこに重心の低いバンド・サウンドを融合することによって、やはり近未来的なサウンドを演出している。パーツそれぞれは従来品なのだけど、ミックス加減やちょっとした小技のエッセンス具合によって、どのカテゴリーにも属さない無国籍サウンドに仕上がっている。
 ステージでは再現が難しかったのか、長らくライブでは別仕様のヴァージョンで演奏されていたけど、やはり時代を感じさせないオリジナル・ヴァージョンの方が俺は好き。
 



May12686

 あの時代/あの場所で、あのメンバーでなければ創れなかった音楽を、佐野元春はほぼ独自の感性で創りあげた。クリエイターとして一歩進むために、元春的にはどうしても創っておかなければならない作品だった。ただ、それがもろ手を挙げての歓迎だったかといえば、そこは微妙なところ。当時の日本に、このサウンドを受け止められるほどの土壌は、まだなかった。
 
 大きな好評を得ることはできなかったけど、確実に日本の音楽シーンに爪痕は残した。
 そして歌詞も大きく変容を遂げ、むき出しの言葉はもっと直接的な方向へ-。ポエトリー・リーディングという、言葉の力を信じ、強靭な散文を選択することになる。
 そして、その戦いは今もまだ続いている。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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