好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

ローザ・ルクセンブルグ

「日本のロック」という文脈ではくくり切れない人たち - ローザ・ルクセンブルグ 『ぷりぷり』

61B1qwXLzAL 日本のオルタナティブ/インディーズで活動するミュージシャンがメイン・カルチャーのメディアで紹介されるようになったのは、70年代前後からである。GS〜フォークの時代にも音源化されていないアーティストは山ほどいただろうし、一部はマニア有志による発掘作業が今でも進められているのだけど、どれも歴史的資料、時事風俗の記録的意味合いを超えるものではない。B級GSや新宿西口フォークに純粋な音楽性を求めて聴く者はあまりいない。そこには好事家的なノスタルジーの香り、音楽を取り巻く時代状況を考察する視点の方が強い。
 ファンクラブ限定で配布されたジャックスの私家盤や、現役時代からすでに幻の存在とされていた裸のラリーズ、頭脳警察や村八分あたりからやっと、アルバムというまとまった形で提示できるアーティストが出現する。ステージ上の露出行為や発売禁止処分にあったりなど、まだまだスキャンダラスな側面が強い人たちばっかだけど。

 フラワー・トラベリン・バンドや外道など、欧米のハード・ロックにも引けを取らない、「ある程度」きちんとしたロック・バンドの登場によって、メジャー・リリースの活路がちょっとだけ開けるようになる。それでもまだ、エキゾチックなステージ衣装や挑発的な発言ばかりがクローズアップされて、いまだ純粋な音楽的評価を得るには至っていない。
 次なるムーヴメントがUKパンクの勃興、長髪と冗長なインプロビゼーションを捨てたバンドマンたちは我先にと髪を立て、3コードで放送禁止用語をがなり立てるようになる。東京ロッカーズの台頭をきっかけとして、自主製作のレコードやテープが地下流通するようになった。
 その流れを汲んだまま80年代に突入し、何でもアリのニューウェーブ時代、そこでメジャーとインディーズとの垣根が一気に低くなった―、といったところまでが、俺の私観。すごくザックリ書き連ねてみたけど、概ねこんな感じじゃないかと思う。細かいところは各自補足して。

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 いま挙げたアーティスト以外、自主製作はおろか音源さえ残さなかったバンドの方が当然多かったわけで、そんな泡沫連中の動向まで逐一カバーできるはずもない。70年代アングラ・シーンの最大の情報源とされていた「ぴあ」でさえ完全なデータとは言えないし、第一チェックできたとしても、すべてのライブを観れるわけではないのだ。
 80年代をリアルタイムで生きてきた俺の時代になると、インディーズの市場がメジャー予備群的に拡大しつつあった頃とリンクしていたため、雑誌メディアでの情報も多少は増えていた。北海道の中途半端な田舎ではあったけど、品揃えにこだわりの強いレコード店には、数少ないけどインディーズ・コーナーも設けてあって、そこで初めてブルーハーツの「人にやさしく」のドーナツ盤を発見した。近所に伝説のライブハウスもあったしね。

 で、ローザ。
 彼らもまたブルーハーツとほぼ同時代に活動していたバンドである。調べてみると、ローザのメジャー・デビューが85年で、ブルーハーツが87年だった。彼らの方が早かったんだな。
 当時はメジャー・デビューに至るまでのハードルが高かった、また前述のスキャンダラスな面が強いバンドに対する規制が強かったため、受け皿としてのインディーズ・シーンの隆盛がよく語られている。いるのだけれど。
 リアルタイムで80年代を生きてきた俺の、これまた私観だけど、刹那的な時代風俗の側面も強かった80年代中盤からのオルタナ・シーンでは、メジャーへのステップはそこまで高くなかったんじゃないか、という印象。セールス動向が読みづらかったせいで継続的な複数契約は難しかったけど、ワンショット契約での単発リリースは各メーカー、試験的に行なっていた。

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 考えてみれば、以前と比べて壊滅的にCDが売れない現代の方が、メジャー・リリースへの障壁は高いんじゃないかと思うのだ。損益分岐や販売計画など、レコード会社の社員ディレクターのデスク・ワークは、以前にも増して膨大となり、新たなアーティストをチェックする時間も余裕もない。収益見込みの確実な根拠がない限り、リスクを被ることもできなくなっているのだ。
 世界的な物理メディアの販売不振やらダウンロード販売の隆盛やら、ストリーミング・サービスの台頭やらインディーズ・シーンのシステム化やら、理由はいくらでも挙げられるけど、結局のところ、80年代当時は景気が良かったのだ、ということに尽きる。プラザ合意間もない頃の日本経済は、1億総中流社会と形容されており、誰も飛び抜けて贅沢はできないけど、まじめに勤めていれば誰でも平均的な生活レベルを手に入れることができる程度の社会基盤が整っていた。みんなが同じ生活レベルだったため、自然と趣味嗜好も似たようなものになり、みんなが同じ流行のものに飛びついた。

 音楽業界も同様で、ヒット曲とは老若男女、誰でも気軽に口ずさめるものだった。最大公約数的に万人向けのものではあったけれど、時間と金をかけてプロの手でしっかり作り込まれた楽曲は、時代を経ても古びないものだったことは歴史が証明している。
 中には流行狙いの安易な作りの楽曲もあったけど、手間ヒマかけて送り出された多くの楽曲は会社にアーティストに収益をもたらし、その一部をまた新たな楽曲・新たなアーティストに投資した。そういった循環がうまく回っていたのが80年代である。90年代に入ると、シェアはさらに拡大したけど、マーケティング理論が介入し始めて、音楽が商品になっちゃって、ニュアンスがちょっと違ってくる。

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 実は80年代中盤というのはCDバブルのちょっと前、レコードの出荷枚数が微減していた時期である。ミリオン・ヒットも出てないしね。
 それにもかかわらず、当時の社員ディレクターは骨のある人物が多く、自ら現場に赴いて情報収集、まだ他社との契約に至っていない新進バンドの面倒を見、見込みがあれば二人三脚でデビューにこぎ着けられるよう尽力していた。今ならデスク上でYouTube やtwitter をチェックする程度で済ませてしまうけど、ビジネスを超えて音楽産業に携わる者としての気概に満ちていた、そんな時代である。

 なので、セールス的に苦戦することは目に見えてるけど、利益追求と並行して文化事業でもあるレコード会社の役割として、先行投資的に新興ジャンルの育成を強化するメーカーも多かった。昔から1つの大ヒットで100のアーティストを養う業界構造は今も変わらないけど、70年代的理想主義の最後の砦として、ニューウェーブ系のアーティストを抱えているメーカーは多かった。

 メジャー・レーベルRVCから派生、YMO散開後の坂本龍一を中心として設立されたミディからデビューしたのが、ローザである。当時のラインナップとしては、坂本の他に矢野顕子と大貫妙子、EPOや鈴木さえ子といった面々。こうやって並べてみると、ローザだけ明らかに異色である。多分、ファントムギフトと同じカテゴリーだったのかな。
 教授周辺のアーティストが一種のインテリジェンス、選民的なイメージ戦略だったのに対し、ローザはアングラ上り特有の粗野なイメージをそのまま持ち込んでデビューした。もともとミディというレーベルの社風から、アーティスト・マネジメントには不干渉だったため、彼らの存在は特に浮きだって見えた。そのバックボーンには京都のアングラ・シーンの不穏な妖気が立ち込めており、笑顔の裏側に貼りついた狂気は隠しきれなかった。
 バンド全体のイメージとしては異彩さをはなってはいたけど、ヴォーカルどんとの天衣無縫なキャラクターは、隣りの兄ちゃん的な親近感さえ漂わせていた。
 そういえば矢野顕子とかぶるよな、キャラクター的に。

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 無邪気な笑顔で虫やカエルを踏み潰す、天真爛漫と残虐性とを併せ持った子供のようなキャラクターは、案外お茶の間への好感度アップへと寄与した。本格デビュー前にもかかわらず、なぜか無名の彼らがセブン・イレブンのCMキャラクターに抜擢されたのは、いまを持って謎。
 考えてみれば、セブンも一貫して変わった企業だよな。長いことCMでタイマーズ使ってるし。俺的には全然オッケーだけど。

 ローザ解散後もどんと、「平成教育委員会」のレギュラーとして、特異な回答やリアクションを連発している。ライブの時とは違ってちょっと照れ臭そうに、どこか憎めなくって頼りないけど何だかみんなに愛されてしまうキャラクターは、終生変わることはなかった。こういった振る舞いは演じてできるものではないので、やはり生来の人柄に依るものなのだろう。

 余計な美辞麗句や賛辞、形容を取り払って彼らの音を聴くと、基本はオーソドックスなロックンロールであることに気づかされる。その奇抜なメイクやコスチューム、デビュー前に帯同した欧州ツアーから由来するアングラ演劇からの影響、また当時からジャンルに捉われないどんとのキャラクターも相まって、プラスアルファのオリジナリティは満載なのだけど、基本はシンプルな8ビートである。それらはすべて、初期ローザ・サウンドのイニシアチブを握っていた玉城宏志の志向を中心として構成されている。
 基本のバンド・アンサンブルがしっかり構築されていたおかげもあって、どんとの自由奔放さが活きた、という見方もできる。メンバー全員がどんとみたいだったら、ただの下手くそなアバンギャルドになってしまう。収拾つかないだろうな、多分。

 どんともその辺は自覚していたのか、終生、バンドのメンツは気心が知れていて、しかもテクニック的に申し分ない者ばかりだった。フラフラ飛び回る自分をしっかり繋ぎとめる基盤=プロミスト・ランドが必要であることを自覚していたのだ。
 でも、メンバー全員がどんとのバンドも、怖いもの見たさで面白そうなのだけど。


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ローザ・ルクセンブルグ
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1. おもちゃの血
 かなりファンクに接近したロックンロール。なので、それぞれの音のパートをもっと太くミックスすると、Rage Against the Machineのようにも聴こえる。あそこまでの仰々しいメッセージ性はないく、歌詞はほぼノリ、セッション中に「おもちゃのチャチャチャ」をなんとなく口ずさんだら、語感とリズムがうまくマッチングしていつの間にかできあがっちゃった、てな感じ。

2. 在中国的少年
 オリエンタルなギター・リフが耳に残る、ローザ代表曲のひとつ。ギターばかりがどうしてもピックアップされがちだけど、通底音として切れ目なく地を這いまわるベース・ラインが無国籍性をさらに引き立たせている。

 うんばぱっぱ、うんばぱっぱ、よいよいよ~い。うんばぱっぱ、うんばぱっぱ、あらえっさっさあ

 歌詞はさらに意味性を超越している。ていうか音頭のかけ声だよな、これって。民族的舞踊の原初に立ち返ってリズムを強調した、本能に基づいた剥き出しの野生が云々-。
 まぁそんな小難しいとこは抜きにして、この時代にこんなサウンドを創り出していたことを素直に受け止めよう。



3. 原宿エブリデイ~ブルーライトヨコハマ~
 再びスカ・テイストの入ったファンク。この辺はリズム・セクションの力が絶大。こういった曲を聴いてると、ローザというのはほんと、バンドとしてのポテンシャルが高かった、というのが露わになる。当時のアングラ・シーンで「ブルーライト・ヨコハマ」のような40年代歌謡曲を題材に曲を作ろうとしたバンドはいなかった。しかも懐メロとしてではなく、素材をきちんと活かし、それでいてオリジナリティでねじ伏せてしまうこの力技といったら。
 
4. イヨマンテ
 アナログ時代は未収録、シングル・カットされた2.のB面としてリリースされたのが初出。初リリース時はまだアナログとCDの出荷量がほぼ同等程度だったため、知ってる人知らない人半々だった。
 三味線風のギター、SEを交えた間奏の寸劇。語源であるアイヌの儀式とどこに関連があるのかはあまり考えないとして、ストレートなロックをここまでシアトリカルな構成に仕立ててしまう、玉城宏志の才覚があふれまくった快作。

5. 北京犬
 リズムだけはレゲエだけど、全然快楽的に聴こえず、かといって陰鬱でもない。まさしくどんと、ローザ・ワールド。最後にただ「ペキン・ドッグ」って言いたかっただけじゃねぇか、とまで思ってしまう。

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6. 大きなたまご
 アナログA面最後はベース永井利充による、UKニューウェーヴの香りを漂わせるアンビエントなスロー・ナンバー。玉城主導による重厚感あふれるロックと、無国籍かつ抒情的などんとのメランコリックな感性がローザの柱とされているけど、多彩な音楽性を持つメンバーそれぞれの個性が有機的に絡み合って成立していたのがローザ・ルクセンブルグというバンドだったわけで、ここではそのパーソナルな部分がクローズアップされて、独特の世界観を築いている。ていうか、こんな浮遊感あふれるサウンドもできますよ的なロック・バンドが、当時、日本にいたか?
 どんとのハーモニカと玉城のギターも、ツボを心得たように引きの美学を見せている。

7. アイスクリン
 ZEPをこよなく愛する玉城のテイストがかなり濃い、これまでよりBPMも早めの疾走感あふれるロック・チューン。でも歌ってるのはどんと、相変わらず意味解釈を否定するような歌詞で突っ走ってるので、いつものローザ。ライブ映えしたんだろうな、やっぱり。
 間奏はもろZEPへのリスペクト。凝りに凝りまくったエフェクトが次作『Ⅱ』への布石とも読める。

8. バカボンの国のポンパラスの種
 これもバカボンってただ言いたかったんだろうな、と読めてしまう、同じくライブ映えするハイパー・ロック・チューン。7.と同じく間奏はZEP的。
 Jimmy Pageはこれを聴いてどう思うだろうか。当時は確かPaul Rodgersと組んでFirmを結成、いま聴けば微妙な産業ブルース・ロックでお茶を濁していた。誰かこれを聴かせてケツを叩いてやればよかったのに。

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9. だけどジュリー
 沢田研二のことではなく、京都時代のホームレスのおっさんを題材とした、これまでよりお遊び心満載のロック・チューン。ギターがいきなり「Get it on」だし、間奏のホーンはまんまJB。ギター・ソロもメロディアスで歌謡曲チックだし、肩の力は抜けまくり。ほぼトラックはいじられてないため、セッションのゆる~い熱気がそのまんま収録されており、当時のバンドの雰囲気が感じられる。

10. ぶらぶら
 4.同様、こちらも当時はCDのみ収録、最初に入手したのがレンタル・レコードだった俺がこの曲に出会ったのは10数年後の再発CDだった。ちょっとロックっぽくしてみた感じのサウンドは、一般的に思われてる破天荒なイメージとはちょっと外れている。まぁこんなのもできるんだよ的な受け止め方かな、俺は。

11. ニカラグアの星
 正統ファンク・ロック。普通なら派手にホーンを入れたりエレピを絡ませたりするところを、あくまで3ピースの音で表現しようとしたところがローザの潔さであり、そしてまた限界でもあったんじゃないかと思う。まぁ玉城の目指すところは70年代ハード・ロックだったわけだから、その辺は仕方ないとして。実際、これも後半はスペーシーなギター・ソロとカッティングのコントラストで埋め尽くされてるし。
 ニカラグア?意味を求めちゃいけない。単に言ってみたかっただけだよ。

12. 毬絵
 6.同様、80年代中~後半、ロキノンやフールズ・メイト界隈でのみで人気を博した4ADレーベルのサウンドが憑依したアンビエント風バラード。リズム・セクションという地味なポジションゆえ、こういった永井の感性は目立ちづらいけど、濃すぎる2人のフロントマンのアクセントとして、または緩衝材としての役割は十分果たしている。

13. 少女の夢
 最後はこちらも代表曲、ストレートなロック・サウンド、メンバー全員でシャウト。ライブでも定番のアッパー・チューン。歌詞は…、まぁ聴いてもらえればいいかな?書き出すのはちょっと憚れる。でも、ロック・チューンとしてはローザの中でも1、2を争うクオリティ。





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さいあいあいの橋の下 - ローザ・ルクセンブルグ『ローザ・ルクセンブルグII』

cover NHKの某トーク番組にて、正統派女優成海璃子がマスト・アイテムとして取り上げ、このアナログ盤ジャケットを全国のお茶の間に届けたということで、ごくごく一部では盛り上がった、1986年リリース文字通りのセカンド・アルバム。
 当時の日本のロック/ポップス状況はバンド・ブーム前夜にあたり、ソニー系のアーティストがメディアにガンガン露出していた頃である。ごくごく小さなパイの取り合いをエピック/CBSの両巨頭がほぼ独占、TMネットワークやハウンド・ドッグ、レベッカの天下だった。
 
 そういったメジャー・シーンとは別に、そこからこぼれ落ちたインディーズ・シーンの水面下の動きも同時に活発化しており、丹念に拾い上げると面白い作品の宝庫である。アルバム・トータルの評価としては微妙だけど、ワン・アイディアがもの凄い吸引力を持っている曲、じゃがたらやスターリンなど、今でも伝説として語り継がれるステージ上の奇行など(誇大表現のエピソードもあるらしいけど)、それはもう多種多様。
 単なる「インディーズ・シーン」という現象だけではひと括りにできるものではない。多くの人に聴かれることを前提としない、メジャー・レーベルでキレイに加工成型された音楽とは全然違うサウンドが、それこそレアの状態で無造作に投げ出されているのである。彼らにとって作品とは、もはや表現するモノではない。自分でも制御不可能の末に吐き出されてしまうモノなのだ。

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 で、ローザ、もともとは1983年頃の結成、バンド名が同名のポーランドの革命家から由来していることから察せられるように、ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントを通過儀礼とせず、どちらかといえば70年代のアングラ・シーンの血を色濃く引きずっている人たちである。京都の有名なライブハウス「拾得」でヴォーカルのどんととギターの玉城宏志が出会ったのが結成のきっかけ、という時点で、他の同時代バンドとスタートが違っている。

 1980年代前半というのは社会状況としてはまだ不安定な時代、文化的にもまだ70年代の延長線上といった雰囲気が漂っていた頃である。当時の大きな流行として、はっぴいえんど~YMO周辺のアーティストの躍進や、渋谷パルコ・西武を軸としたサブカル文化の勃興などが挙げられるけど、そのどれもが70年代からアンダーグラウンドで活動していたアーティストらによるものである。
 70年代特有のどんより重苦しい陰は長く尾を引き、バンド・ブーム到来によって終止符が打たれるという構図。
 
 ローザが活動し始めた頃の京都周辺は、特に60~70年代の学生運動の鬱屈を長く引きずっていた時代である。京大西部講堂を中心とした独特の閉鎖的文化が形成されており、政治的にも思想的にも音楽的にも、一触即発とも言える、何やら不穏な空気が蔓延していた。バリケード封鎖やらオルグやら中核派やら共産主義やら火炎瓶やら、今ではあまり馴染みのないキーワードが普通に飛び交っていた時代らしいのだけど、さすがに俺も後追いの知識ばかりなので、詳しいところはよくわからん。

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 ソフトでキャッチーなシティ・ポップを演奏すると、速攻ステージから引きずり降ろされる、アバンギャルド臭ムンムンなハードコア系やら、時代が止まったかのようなブルース・ロックが幅を利かせていた、当時の京都の音楽シーン。その中で揉まれて頭角を現してきたのがローザなのだけど、そういった特異な状況下でも、彼らの音楽はオリジナリティが強すぎて異端だった。そしてどんとのキャラクターもまた、「何でもあり」なはずのアングラ・シーンでさえ浮いていたのだから、孤高の存在となるのは致し方なかった。だってこんなポテンシャルのバンド、誰も対バンしたがらないでしょ。

 京都の、特に70年代のアーティストで俺が思いつくのが村八分と外道なのだけど、どちらもちゃんと聴いたことがない。で、初めてyoutubeで見てみたところ、なんていうか独特の世界。StonesやZepelin をベースとしたシンプルなブルース・ロックなのだけど、タイトルも歌詞もサウンドもオンリーワンの世界、それにも増して両方ともフロントマンがぶっ飛んじゃっており、コアなファン以外にはなかなか近寄りがたい世界が展開されている。あ、でも外道の「ゲドゲドゲード」と延々続くライブは問答無用にカッコイイ。
 ちなみに京都のバンドあるあるとして、ベタなブルース・ロック以外のバンドは、そのあまりにも強烈な個性のあまり、フォロワー的後継者がほぼ絶無だということ。もしかするとアングラ・シーンで存在しているのかもしれないけど、表舞台に立てた者はほぼいない。

 で、ローザ。
 ブルース・ロック一辺倒ではなく過去の音楽が様々にミックスされている点は、外道とほぼ同じルートを辿っているのだけど、やはり天性のポップなキャラクターの持ち主であるどんとのパーソナリティが、中央進出に大きく作用している。また、玉城宏志(G)、三原重夫(Dr)など、解散後も様々なバンドで活躍する腕利きが揃っていたため、京都という狭いキャパの中では納まり切れないポテンシャルが強みだったのだろう。

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 俺がこのアルバムを知ったのは高2のリアルタイム、いつもの通りロキノンのレビューだった。その後NHK-FMで”さいあいあい”を聴いて、「なんじゃこれっ」と吃驚してしまったのを覚えている。インディーズ・シーンに興味はあったけど、ラジオでチラッと耳にしたスターリンには馴染めず、しばらく興味が薄れていたところを、一発で心を持って行かれたのがローザだった。
 かしこまった斜め上のメッセージだけがロックではない、と学んだ瞬間でもある。
 わかりやすい言葉だけどどこかズレている。明らかにロックではあるのだけれど、どのジャンルにも収まりが悪い、カテゴライズしにくいのがローザ・ルクセンブルグである。


ローザ・ルクセンブルグII
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1. さいあいあい
 アルバム・リリースと同時にシングル・カットされた、のっけからハイ・テンションのロック・ナンバー。終始曲を引っ張るベース・ラインから、どんとの掛け声と同時に70年代を彷彿とさせるギターを玉城が弾きまくる。中盤のスペイシーなエフェクターがまた絶品。
 作詞作曲どんとによるナンバーだが、歌詞はまったくもって無内容の極み。あまりに内容がなさ過ぎて、ほんと勢いとテンションだけで一気に聴かせてしまう怒涛の3分間。ここを受け入れられるかどうかで決まってしまう、まさにローザが確立した唯一無二のオリジナル・サウンド。ちなみにコーラスとして、当時レーベル・メイトだったepoが参加。まぁほとんどわかんないけど。

2. あらはちょちんちょちん
 これもどんとによる詞曲で、ちょっとブギウギ風のブルース・ナンバー。こちらも1.同様、独特の言語感覚で埋め尽くされているため、内容を追うものではない。
 冒頭のドラムの鳴り方がゲート・エコーバリバリで80年代ということを思い起こさせるけど、それ以外は普通に70年代のオーソドックスなサウンド。それでも独自性を感じさせるのは、やはりどんとの個性あふれるヴォーカルなのだろう。
 


3. フォークの神様
 GSテイストの入った歌謡ロック。ロック一辺倒ではなく、きちんと幼少時からのルーツも取り込んでいるのが、ローザ、とくにどんとのサウンドの特性である。
 もしこのバンドにどんとがいなかったら?多分玉城主導のバンドとなって、Zeppelinベースの重苦しいへヴィ・サウンドが延々と展開され、世に出ることはなかっただろう。何しろ解散後一発目のソロ・ライブで「組曲Led Zeppelin」を披露して、渋谷陽一から絶賛された男である。彼単体では、メジャー・シーンに出るにはちょっと弱いのだ。
 だからといって、どんとがソロまたは別バンドでやっていたら?多分ただの変人バンドで終わっていただろう。
 BeatlesやStones、同時代ではBOOWYなどの例にあるように、やはりメンバーとの奇跡的な出会いというのは重要である。

4. デリックさん物語
 永井利充(B)詞曲・ヴォーカルによる、ファンク・ビートとZeppelinサウンドにサイケデリック・テイストをごちゃ混ぜにしたナンバー。デリックさんは多分近所に住むヒッピー崩れだと思われるが、特に京都周辺にはこういった人が多く生息していたのだろう。
 どんと色が薄いので、純粋にバンド・サウンドの地力の強さがわかる。でもやっぱり、どんとからインスパイアされて、こういった曲が作れたんだろうな、きっと。

5. かかしの王様ボン
 どんと作詞玉城作曲による、ちょっとメランコリックなロッカ・バラード。間奏のギターがやはりJimmy Pageのオマージュ。純粋にメロディを追えば、充分キャッチーな曲なので、意外と現代でもいけるんじゃネ?って気がする。
 この独特の言語感覚を21世紀で通用するように表現できるアーティストと言えば…、ダメだ、思いつかない。シャレでいいから、SEKAI NO OWARIあたりがやってくんないかな?

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6. さわるだけのおっぱい
 「ボインやで~」からインスパイアされたのか、それともアンサー・ソング的扱いなのか。終盤、ブレイクにて大人数コーラスでタイトルを楽しそうに連呼している様子が目に浮かぶよう。ここでA面終わりの大団円。

7. シビーシビー
 ここからB面。大名曲である。いまだにシビーが何なのかは不明だけど、長い日本のロックの歴史の中で、これほどスウィートでメロウなロック・ナンバーを、俺はまだ知らない。
 リリースされてから30年近く経つというのに、いまだにこの曲の虜になっているファンは多い。これと対抗できるのは”ファンキー・モンキー・ベイビー“くらいだろう。いやマジで。

 シビーシビー お星になったのね
 お別れのキッスの代わりに 甘い甘い雨
 贈り物 空の向こうから 指輪をくれたよ

 こうやって文字に起こしてしまうと魅力が失われてしまう。歌詞とメロディ、どんとの声とローザのサウンドが合わさってこそ、たちまち甘酸っぱいポップなロック・ナンバーに様変わりするのだ。

8. テレビ28
 玉城詞曲による、4.同様ファンクをベースとして、縦横無尽に飛び回るギターを主体としたロック・ナンバー。リーダーである彼としては、サウンドをこの方向性で推し進めたかったのだろうけど、どんとの路線とのズレが大きくなり始め、バンドが制御不能に近くなっていた頃でもある。
 現代風刺を織り交ぜたロック・ナンバーとして、バンド・サウンドはすごく良いのだけれど、フック・ラインがないので、アルバムの中でも聞き流してしまうことが多い。

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9. まったくいかしたやつらだぜ
 5.同様、どんと作詞玉城作曲による、思いっきりZeppelinにリスペクトしたリフとブルース・ロックとのハイブリット。どんとの歌詞にしては珍しく具体性があり、パパラッチ(当時はフライデーやフラッシュなどの写真週刊誌による芸能スクープ、行き過ぎた取材報道が社会問題化していた)を題材としているのだけど、まぁおちょくった内容。
 でもどんとの場合、こういったアッパー系のナンバーの歌詞はテンション一発、もっと無内容の方が合ってる。

10. 橋の下
 ローザのバラード系では最高峰に位置する、そして80年代以降の日本のロック・ナンバーとしても確実に上位に入る、どんと作詞玉城作曲による一世一代の名曲。多分、玉城はこの曲を”Stairway to Heaven”的位置づけで作ったのだろうと思われる。曲構成や展開なんてそっくりだし。
 歌詞についてはどんと、「当時京都市内で知らぬ者はないと言われた伝説の浮浪者ジュリーを歌った」説と、「上京してから住んでいた埼玉の川を描写した」説があるのだけど、多分どっちもアリだと思われる。ていうか、どっちでもいい。
 他のどんと詞同様、こちらもシンプルな内容なのだけど、アッパー系と違って擬音が少ないため、普通に「詩」として捉え、様々な解釈が可能。
 俺的にはこの曲が大好きなため、ほんとは全部転載したいくらい。まぁ見て聴いてほしい。
 


11. 眠る君の足もとで
 当時としては珍しくアフロ・ビートをベースとして、メランコリックな童謡調の歌詞をストレートに歌うどんと。こういった側面もあるのか、と感心してしまう、ちょっと珍しい曲調。コーランっぽいコーラスが次第にミニマルなズレを生じ、次第に重層的になっていく構造など、明らかにニュー・ウェイヴの手法である。
 



 この後、メンバー間の音楽性の相違、特にのちにBO GUMBOS結成に動くどんと、Zeppelinベースのロックを追求したい玉城との確執が大きかったので、解散はやむを得ない流れだったと思われる。
 ちょうどそのメイン2人のベクトルがギリギリ同じ方向を向いていたのが、このアルバムまでだった。それくらい捨て曲のない、俺的には日本のロックとしては完璧なアルバムだと思っている。
 そりゃ成海璃子も納得だ。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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