好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Vocal

「ラヴィン・ユー」だけの人じゃないんだよ。 - Minnie Riperton 『Perfect Angel』

folder 70年代初頭のStevie Wonder が未発表も含め、何百何千に及ぶ膨大なマテリアルを残したことは、このブログでも散々書いてきた。とは言っても、断片的なフレーズや複数回のリテイクなんかも含めての数字なので、まともな一曲になっているのは、多分そんなに多くはないと思われる。もしテープをまとめたとしても、Beatles の『Get Back』セッションみたいな感じになるんじゃなかと思う。

 そんなレコーディング・マニア的な日々を送っていたStevie だけど、じゃあ彼が終日スタジオに篭りっきりだったのかといえば、案外そうでもない。ワールドツアーも行なっているし、テレビ出演だって頻繁に行なっている。調べてみると、いろんなフェスにも顔を出していて、本格ブレイク前のBob Marleyと共演している音源も残っている。
 Stones全米ツアーのオープニング・アクトも務めたりしているので、1回くらいセッションしててもおかしくないよな、という妄想さえ広がってしまう。いちいち全部記録してないけど、有名無名問わず、様々なミュージシャンとセッションしたりしているんだろうし。ほぼ根城としていたスタジオ「レコード・プラント」だったら、人の出入りも多かったはずだし。
 成人になってから、自前の著作権管理会社やらマネジメント会社設立によって、モータウンからイニシアチブを取り返したStevie。止める者がいないおかげもあって、興味のある案件には、積極的に首を突っ込んでいた。好奇心が先立つおかげで、何かと安請け合いしちゃったり、頼まれたら断れなかったりして。

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 楽曲提供やゲスト・ヴォーカル的な仕事とは別に、自分の作品と同じくらいの熱量をもって挑む、他アーティストのプロデュースなんて仕事も、この時期には手がけている。一体、いつ休んでたんだStevie。
 代表的なところが、当時の奥さん&速攻1年弱で離婚したSyreeta のアルバム2枚。全面プロデュースとアレンジに加え、ほとんどの楽曲を共作する、といった力の入れよう。これじゃほとんど、自分のアルバムと変わんねぇじゃん。
 彼女のソロデビュー時点で、すでに夫婦としては破綻していたはずなのに、惚れた弱みなんだろうな、作品のクオリティはやたら高いときてる。そんな心情を知ってか、Syreetaも彼に頼んだんだろうし。しかもその後もStevie、コーラスやゲストヴォーカルで彼女を起用したりしているし、何だかよくわからん関係。
 Stevieとのパートナシップ解消後、SyreetaはLeon WareやG.C. Cameronと、次々パートナーを取っかえ引かえしてゆく。しまいには、あんまり接点のなかったBilly Prestonにまで声をかけるのだから、もう節操なんてない。
 なので俺、先入観だけで「才能ある男に擦り寄る「自称」アーティスト」と思っていたのだけど、それら一連のコラボ作をひと通り聴いてみると、また印象が違ってくる。

 Syreeta 自身の才能がStevieに及ばないのは、まぁ当然という前提で考えると、いわゆる触媒的な役割、彼女だけじゃなくStevieにおいても、絶妙な相互作用が働いたのが、このコンビだったんじゃないかと思われる。同じモータウンであるLeonはまだギリギリ許せるとして、これまで関連性のないPreston とのコラボが消化不良だったのは、才能云々というより、むしろ相性の問題である。それまでの流れとはPreston、まったく違う音楽性だもの。なので、魅力的な化学反応は起こらなかった。
 Stevieもまた、Syreeta以降、ここまでまとまった数の共作を他人とは行なっていない。やってるのかもしれないけど、それが世に出ていないのは、Syreeta ほどの成果が上がらなかった、ということだし。
 何しろ2人で共作した最初の曲が、Spinners に提供した、あの「It’s a Shame」。レアグルーヴ・クラシックとして、今も燦然と輝く名曲である。これがスタートなんだから、そりゃ誰とやっても物足りないよな。Paul McCartneyとでも、「Say Say Say」がせいぜいだし。

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 で、本題のMinnie。その美声を耳にしたStevieが、たちまち虜になったシンガーである。
 14歳で加入した、スタジオセッション用のコーラスグループGEMSをスタートに、その後、早すぎたミクスチャー・バンドRotary Connectionと並行して活動する。ソロ・シングルをリリースしたこともあったけど、当時は特別、注目されることはなかった。
 モータウンに代表されるポップソウルや、はたまた対局の泥くさいサザンソウルが主流だった60年代では、彼女の5オクターブの天使の歌声を生かせる環境が整っていなかったのだ。そんな環境の問題としてもうひとつ、Dionne Warwickに対するBurt Bacharachのような、優秀なブレーンに恵まれなかったことも、当時の彼女の不幸だった。

 ポップソングのフォーマットで彼女の持ち味を活かすには、従来のアクティブなR&Bの文脈ではなく、洗練されたジャジー・スタイルのサウンドの方が相性が良いはずだった。ただ、ジャズ方面のコネクションがなかったのか、この時代はポップ・フィールドでの活動が主になっている。
 キャリアの転機となったのが、ジャズ・ヴォーカル系に強いレーベルGRTとの契約だった。その後の彼女の基本路線は、ここからスタートする。
 Minnie Ripertonとしてのデビューアルバム『Come to My Garden』は、1970年にリリースされた。バックアップしたのが、まだディスコへ移行する前、プログレッシブなジャズ・ファンクをやっていた頃のEarth, Wind & FireのMaurice Whiteで、彼女のヴォーカル特性を最大限に活かした秀作だった。豪華なストリングスと分厚いコーラスをベースとした荘厳なサウンドは、かなりフォーマルなプロダクションでまとめられている。ジャズヴォーカル・アルバムとしてなら、充分アベレージはクリアしている。

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 作品としてのクオリティは申し分ないものだったけど、セールス的には苦戦を強いられた。ハイソサエティを指向するがあまり、ある意味、選民的なお上品さが漂うレーベルカラーのGRTは、プロモーションには消極的だった。あの周辺の奴らって、「売れること=悪」みたいなスタンスだもんな。まぁ言いがかりかもしれないけど。
 そんなイデオロギーにかぶれていた頃のMaurice だからして、売れ線要素なんて入れる気もなかったろうし、全体的に地味な仕上がりである。色気も何もありゃしねぇ。
 Minnieとしては、そんな結果も想い出作りの一部として、冷静に受け止めたのだろう。ソロでのメジャーデビューという目標を達成したことにより、彼女は表舞台からの引退を決意する。終生の伴侶となるプロデューサーRichard Rudolphとの結婚を経て出産、二児の母親として家庭に入ることになる。
 商業的には失敗した『Come to My Garden』だったけど、稀代のシンガーMinnie を世に知らしめた功績は否定できない。少なくとも、業界内では彼女の存在が話題となり、ぜひ一緒に仕事をしたい、と思う人物も少なからず現われた。
 その1人がStevieである。

 彼のバックバンドWonderlove のコーラスを経て、エピックとメジャー契約したMinnie、実質再デビュー作となる『Perfect Angel』の制作に着手する。ここでStevie、自分のレコーディングも放り出して、Syreeta 以上の入れ込みようで、彼女のバックアップを行なうことになる。
 旦那Richard との共同プロデュース、楽曲提供、アレンジから楽器演奏まで、ありとあらゆる場面で惜しまぬ助力を注いでいる。去年発売されたデラックス・エディションに収録されたアウトテイク集では、「Take a Little Trip」のデュエット・ヴァージョンや、Wonderlove演奏による「Lovin’ You」など、当時のStevieのはっちゃけ振りといったら、そりゃあもう。

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 Minnieのレパートリーの中で最もよく知られているのが「Lovin’ You」であり、いまだ『Perfect Angel』が支持されている理由もそこにあるのだけれど。しかし。
 ここまで書いてきて言いたいのは、決して「Lovin’ You」だけのアルバムじゃないんだよ、ということ。単なるラブバラード歌手には収まらない、熱いファンキーな一面も収録されていることは、声を大にして言っておきたいし、また評価されてもいい。
 俺的には、「Reasons」のような方向性もアリだったんじゃないかと思うのだけど、とは言ってもやっぱ強いな「Lovin’ You」。その大ヒットの煽りを受けて、これ以降は、アーバンでフォーマルなブラコン路線に落ち着いてゆくのは、まぁ自然の摂理。市場がそれを求めちゃうんだもの、仕方ない流れだな。
 もうアルバム1枚くらい、Stevie とがっつりタッグを組んでいれば、また流れも変わってたのかもしれないな。まぁRichard に遠慮してた部分もあったんだろうけど。



Perfect Angel
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1. Reasons
 グルーヴィーなレアグルーブ・クラシックスとしても名高い、ファンキーといえばコレ!と思わず断言してしまうトラック。当時、Stevieの右腕として数々の名演を残してきたMichael Sembello (G)の、ネチッこいオブリガードの嵐・嵐・嵐。ここではStevie、ドラムで参加しており、敢えてドタバタたたみかけるようなプレイが、アンサンブルのテンションを上げている。
 オリジナルではフェードアウトで終わってるのだけど、デラックス・エディション(D.E.)収録の別テイクは、セッションの最後まで収録されており、あぁベースソロで終わったんだとうのがわかって感慨深い。



2. It's So Nice (To See Old Friends) 
 カントリー調のスロウなバラード。Diana Rossあたりが歌いたそうな、そんなポピュラー色が強い。効果的な舞台装置としてペダル・スティールも要所でフィーチャーされており、まさしくコンテンポラリー。オリジナルは4分だけど、D.E.収録別テイクは、なんと倍の8分超。長いけど、時間を気にせずまったり聴くことができる。でも長いよな、レコードだったら収まりきらないし。

3. Take a Little Trip
 Stevie提供による、『Innervisions』~『First Finale』カラーが強く反映された、こちらも人気の高いグルーヴィー・チューン。同じく参加のSembelloのプレイもジャズ色が強く、それでいて全体は奇妙な感触のStevie Wonder’s Music。自ら弾くエレピの音色が、摩訶不思議な浮遊感を生んでいる。
 D.E.には、そのStevieとのデュエット・ヴァージョンを収録。ミステリアスなヴォーカルのStevieは、まんま『Innervisons』。これはオリジナルに匹敵する出来栄え。



4. Seeing You This Way
 ミドル・テンポのバラードと思いきや、主体となるリズムはラテン。手数の多いエレピと、やたらハイハットを使うドラム・プレイは多分Stevie。ほんとどこにでも出てくるな。ずっと一緒にいたかったのか、やたらと出番が多い。D.E.収録のアコースティック・ヴァージョンは、どちらかといえばカントリー・タッチ。俺的には、こっちの方が好き。

5. The Edge of a Dream
 かつてのガールズ・コーラス時代を彷彿とさせる、静かなサウンド・デザインながら、Minnieの情感あふれるヴォーカルが堪能できる。シンガーとしてのMinnieがうまく表現されているのは、この曲が一番だと思う。まぁ「Lovin’ You」を抜いてだけど。ピアノで参加のStevieも、ここではちょっと大人しい。意外と引き際は心得ているのだ。

6. Perfect Angel
 再びStevie提供による、こちらも『Innervisions』またはSyreeta色の濃い、メランコリックさ漂うナンバー。またエレピの絡み具合が絶妙。まだWonderloveの一員だったDeniece Williamsがコーラスで参加しており、ささやかな存在感を現わしている。これもずっとエンドレスで聴いていられる心地よさ。



7. Every Time He Comes Around
 やたらブルース色濃いエフェクトとネチッこいギター・プレイは、WonderloveのMarlo Henderson。Minnieの声質はあまりブルースっぽさを感じさせないのだけど、なぜだか彼との相性が良かったのか、その後もレコーディングに参加したり共作したり、密接な関係を続けた。
 あまりに純粋な正弦波ゆえ、時に一本調子になってしまうMinnieのヴォーカルを補うように、過剰なほどエモーショナルなギタープレイが補完してる。

8. Lovin' You
 US1位・UK2位を始めとして、世界各国で上位にチャートイン、そして永遠のスタンダードとなった代表曲。カーステのバラード・コレクションでは外すことのできない必須アイテムであり、ムード発生装置としても作用した。あまりにベタな曲なので、お腹いっぱいになっちゃってる人も多いと思う。コンピレーションや単体で聴くと、記名性や目的性が強く浮き出てしまうのだ。なので、ある意味まともな評価がされづらい曲でもある。
 それが『Perfect Angel』の中の1曲、アルバムを頭から通して聴いてみると、特別突出もせず、すっぽり見事にコンセプトに馴染んでいることに気づかされる。たおやかというのはこういうことなのだな、と改めて思ってしまう天使の歌声、そしてMinnieを引き立たせるシンプルなバッキング。朝まだきの小鳥のさえずり。すべてが完璧に構築されている。
 ちなみにD.E.、Wonderloveによるバンド演奏ヴァージョンが収録されているのだけど、これはちょっと…、といった仕上がりになっている。テンポもちょっと速めで、手数の多いベース・ラインやインプロは、ちょっとウザい。
 余計な音はいらない。変にドラマティックにすると、逆に安くなってしまう好例。

9. Our Lives
 ラストも「Lovin’ You」に劣らぬ傑作バラード。同じ曲調が続くのも構成的によろしくないと思ったのか、Stevieによるバンド・アレンジが控えめに施されている。コンガの柔らかなリズムを基調に、アクセントをつけるスネア、そしてStevieによるハーモニカのカウンター・メロディ。幅広い美声を披露するシーンもあるけれど、あまり情緒に流されず、あっさり瀟洒に締めるところが、Minnieの上品さをあらわしている。






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「弾かずして奏でる」サウンド初期仕様 - Sade 『Promise』

folder 引き続き、女性アーティストについて。
 前々回がSuzanne Vega前回がJoni Mitchellと、公私を共にする男性クリエイターとの出会いが、音楽性のターニング・ポイントとなった女性を取り上げてきた。基本、クリエイターとアーティストとの間に、上下・師弟関係はないはずのだけど、キャリア次第によっては、ある種の緊張感が介在してくる、というところまで書いた。
 で、今回はSade 。この人の場合、そういった法則はまるで通用しない。
 どれだけ時代が移り変わろうと、また結婚・出産というイベントも無関係、時代やトレンドとはまったく無縁のところで、その音は鳴っている。

 Sadeというユニットが、下々の戯れ言・色恋沙汰に惑わされず、一貫した音楽性を保っていられたのは、ヴォーカルSade Aduのワンマン・バンドではなく、他メンバー3名の意思やコンセプトがきちんと反映された、合議的ユニットであった点も大きい。
 歌詞は一貫してAduが書き、作曲のメインは不動の盟友Stuart Matthewmanが行なっている。ユニットであるからして、アレンジや歌詞の改変など、互いの作業への干渉もあるにはあるだろうけど、「Sade」という確立された世界観のもと、大きな逸脱はない。
 そりゃ年を経るにつれて、人生観・男性観だって変わってくるし、それに伴って使う言葉やメッセージだって変わってくる。でも、プライベートや私観が反映されることはない。Sadeらが目指す音楽観にとって、それらはむしろ雑味でしかないのだ。
 何年経とうと変わらぬ、味とクオリティ。アーティストからの赤裸々の主張は見られないけど、彼らにとって肝心なのはそこではない。

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 柔らかなスネアとパーカッションのリズム、それに絡めるようなベース・ライン先行のメロディ、ギターはほんの添え物で、フリューゲル・ホーンやテナー・サックス、鍵盤系でアクセントをつけるサウンドを確立したのは、何もSade が初めてではない。それらは、ポスト・パンク以降のアシッド・ジャズ勃興期から多用されていた方法論であり、目新しいものではなかった。
 -それは昔々、遡ること千九百八十年代の中ごろ、巷の歓楽街では「かふぇ・ばぁ」やら「ぷぅる・ばぁ」なる、いなせな寄り合いどころが若衆の人気を集めるようになった。そこでは夜な夜な、腰の軽い男女が集い、軽薄で中身のない会話が飛び交っていたそうな。そんな中、雰囲気演出歌舞音曲として流れていたのが、「わぁきんぐ・ういぃく」や「すたいる・かうんしる」、「すぅいんぐ・あうと・しすたぁ」と申す演者らによる、そこそこ「じゃじぃ」で大人っぽい、なんとなく知的欲求を満たした気になる音楽ぢゃった。「しゃぁでぇ」もまた、当時はそんな枠にはめられた新参音楽集団に過ぎんかった、ちゅうことぢゃ。
 …なに書いてんだ、俺。

 じゃあ、上記で挙げたアーティストのほとんどが、セールス不振による方針転換や、煮詰まりによるユニット解消を余儀なくされている中、なぜ彼女らだけが今も揺るがぬステイタスを保っていられるのか?
 理由はいろいろ考えられるけど、俺の私見で言えばひとつ、「弾きすぎない」ことが挙げられる。
 何だかんだ言っても、Sade のメインはヴォーカルAdu であり、ファンのほぼ全部が、彼女の歌を聴きたがっているのは事実である。ごくまれに、「バッキングのアンサンブルがいい」という変わり者もいるかもしれないけど、多分、ごく少数だろう。いや皆無だよな、きっと。結果、他メンバー3名は裏方、縁の下の力持ち的立場でしかない。
 ただ、彼ら3名がそれで腐ってるわけではなく、むしろ良かれと思って裏方に徹している節が強い。かつて3名はSweetback名義でアルバムをリリースしているけど、これもSade 本体が開店休業中の余技で作ったようなもので、本人たちは大して乗り気じゃなかったらしい。
 当初から、表と裏の役割分担が明確だったため、変な自己顕示欲に捉われなかったSweetbackは、キャリアを重ねるにつれ、その存在感を後退させてゆく。Aduの歌を引き立たせるためには、余計なリズムやメロディは必要ない。
 現時点での最新アルバム『Soldier of Love』になると、バッキングはもうシンプルそのもの、「これ以上はない」というくらい、そぎ落とされたサウンドで統一されている。あくまでメインはAduの歌声、被されているのは荘厳なコード弾きシンセのみ、という曲も多い。
 ここまで来ちゃったんなら、もうZARDみたいに独りユニットとして開き直っても、誰も何も責めないんじゃないかと思われるけど、そういうことじゃないんだろうな。
 Sadeのサウンドは、決して独りではできない。「弾かずして奏でる」を極めたSweetbackがいないと、成立しないのだ。なんか禅問答みたいになっちゃったな。
 どのバンドにも言えることだけど、ヴォーカル対インストゥルメンタルのパワー・バランスは、永遠の課題である。サウンドへの地道な貢献度と、華やかなポピュラリティーの獲得とは、相入れるものではない。「ヴォーカルが目立ちすぎるから」「バックが前に出すぎだ」、いろいろ揉めて消滅してしまったユニットの多いことやら。

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 何年かに一度、じっくり作り込んだアルバムをリリースし、それを引っさげて世界ツアーを丹念に回る、と言うのが、いわゆる大物アーティストのパターンであり、彼女もまた、そのルーティンは変わらない。ツアー終了後は、ゆったりバカンスか、はたまた創作期間に当てるのも同じ。
 プライベートでは2度の結婚を経て、今はイギリスの片田舎で静かな暮らしを送っているSade Adu。一時はジャマイカに住んでいたこともあったようだけど、もともとイギリス出身の彼女、やはり住み慣れた故国の方が生活しやすいし、不意の仕事にも対応しやすいのだろう。
 Sadeについてめちゃめちゃ詳しいこのサイトによれば、一人娘アイラのインスタに、母Sade とのショットが時々掲載されており、貴重なプライベートを垣間見ることができる。
 イギリス南西部の田舎コッツウォルズの古い民家を改装したその住まいは、特別、セレブ仕様の豪邸ではない。正直言って地味・質素である。間違いなく、セレブ級の資産は持っているはずなのに、そういったパーティに顔を出してる風でもないし、音楽賞なんかのイベントにもほとんど顔を出さない。微笑みながらアイラと抱き合うショットから見ると、ほんと普通の母親である。
 そういった普通の生活を望んで、やっと安住の地を手に入れた女性の姿が、ここに収められている。

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 で、2枚目のアルバム『Promise』。前年、バカ売れしたシングル「Smooth Operator」が収録されたデビュー・アルバム『Diamond Life』、これまた世界中でバカ売れした。その余韻が醒めぬうちにと、わずか一年のスパンで製作されている。その後のリリース・ペースからすると、かなりの突貫工事でレコーディングされたっぽいけど、アゲアゲ調子の勢いで、難なく乗り切っちゃった感は強い。とっ散らかった印象もなく、手抜きな部分も見受けられないことからすると、ユニットとしての総合力がすでに確立されていた、ということなのだろう。
 2枚目ということもあって、当然新機軸的なものはなく、基本は『Diamond Life』の延長線上になる。熟成とか掘り下げもなく、まんまその世界観。そりゃそうだよな、デビューが不発だったらともかく、ちゃんとヒットしているのに、わざわざ方向転換なんかするわけないよな。
 ただこの時点で、四半世紀過ぎても不動のサウンドになるとは、誰も思っちゃいなかったけど。



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1. Is It A Crime
 後年からは想像できない、ビッグ・バンド・ジャズ風のホーン・セクションを前面に出したナンバー。この頃はサウンドの存在感も大きく、ピアノやらサックスやら力が入りまくり。組曲的な展開の大作を1曲目に持ってくるのは、なかなかのチャレンジャー。長いっちゃ長いんだけど、冗長になり過ぎてないのは、やっぱりベテラン・プロデューサーRobin Millarのバランス感覚なんだろうな。

2. The Sweetest Taboo
 初期の代表作であり、今もSadeの代名詞的役割を果たしている。UK31位に対しUSではなんと5位、AORチャートではトップを獲得してる。大ざっぱなアメリカ人のニーズを捉えたのが不思議でならなかったけど、改めて聴いてみてスッキリした。
 全然、複雑じゃない。ほどほどにダンサブルなラテン風味のリズムは、わかりやすいシャレオツ感を演出している。ここ日本でも、大昔の洋楽と言えばラテン・テイストが強いものが人気を博してたので、根っこは同じなんだな、と納得。



3. War of the Hearts
 ちょっと安めのシーケンス・リズムが夏の海辺を連想させる、涼しげなアコースティック主体のトラック。まぁAduの声が入ると季節感は薄まっちゃうけど。

4. You're Not the Man
 収録時間の関係上、レコードには入っておらず、CDのみ収録だった、いわゆるボーナス・トラック的扱い。明快なジャジー、わかりやすいゴージャス感。この時期のSadeサウンドは、まだジャズ・ファンクの意匠をなぞった音作りであり、こういったジャズ・ヴォーカル的な曲が多くを占めている。
 案外、一筋縄ではない曲の構成から、既存のジャズとはちょっと違う萌芽は見せているのだけど、それにはもうちょっとの時間が必要。

5. Jezebel
 シングルにはなっていないけど、隠れ名曲としてファンの間でも人気の高いナンバー。ここではジャズ・テイストは大きく減衰され、むしろAOR/R&Bの話法で描かれている。感傷的なサックスの音色、極力抑えられたバッキングなど、後年のSadeサウンドの端緒が見える。

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6. Mr Wrong
 ここまで5分・6分超の重量級の楽曲が多かった『Promise』収録曲の中で、3分に満たない小品。前述した、ベース・ライン先行/パーカッションによるサウンドはいつまでも聴いていられるクオリティ。もうちょっと長くしてもよかったのに。

7. Punch Drunk
 LPでは未収録Sweetbackらによるインスト・ナンバー。まぁジャジーではあるし、トレンディな空間には持ってこいなサウンドだけど、でもそれだけ。ジャジーではあるけど、ジャズではない。やはり彼らのサウンドは、Aduと不可分なのだ。まぁ本人らも、野望を抱く人たちじゃなさそうだし。

8. Never as Good as the First Time
 Sadeとしてはおそらく最速BPMと思われる、ソウル・バラード的佳曲。こういったアプローチもできるんだ、という印象。シングルとしてもそこそこ売れたんだし、R&B方面へ進出する可能性もあったのだろうけど、本人的にはあんまり乗り気じゃなかったのかな。激しくダンサブルなSadeも、ちょっと見てみたかったかも。

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9. Fear
 こうやってアルバム最初から順を追って聴いてみると、現在確立されたSadeサウンドに至るまでには、あらゆる試行錯誤が繰り返されたのだな、と改めて思う。スパニッシュ風ギターと荘厳なストリングスとがフィーチャーされたこの曲も、完成度はとても高いのだけど、アルバムとしての統一感という意味で言えば、結構異端である。逆に言えば、あらゆる方向性を示唆、可能性を秘めていた、という証でもある。

10. Tar Baby
 で、あらゆる可能性を並べて、最後に残ったのが、ここで奏でられるサウンドだったんじゃないかと思われる。言い方は悪いけど、ステレオタイプのSadeサウンドである。聴いてて落ち着くのは、やっぱりこのテイスト。正直、全編9.みたいな音だったら、肩が凝ってしまう。

11. Maureen
 ただ、そういったステレオタイプだ完成形だを吹っ飛ばしてしまうのが、この曲。リズムが立ってバッキング先行のサウンドになっているけど、これがイイ感じのグルーヴ感。シン・ドラの響きだけ時代を感じさせるけど、次第に熱を帯びてくるクールなヴォーカルは、軽快感すら思わせる。
 あと20年ほど待てば、レアグルーヴとして再評価されそうな、そんなイカしたチューン。







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凛とした雰囲気の女は、怒らせると怖い - Sade 『Stronger Than Pride』

folder フッフッフッ、ここ1か月近く、ポケモンgoばっかりやってて更新できなかった。何やってんだ、もうすぐ47歳の俺。

 1987年リリース、3年ぶり3枚目のアルバム。もともとは80年代中盤のUKアーバンR&Bの流れから登場してきた人で、ミステリアスなアーティスト・イメージが功を奏し、当初から妙な大物感を醸し出していた印象がある。デビュー曲の「Your Love Is King」からUK最高6位に入るヒットとなったため、低迷期や下積み時期のイメージがあまりない。逆に言えば、コンディションが基準値に達するまでは活動しない、というスタンスを最初から貫いているんじゃないかと思われる。究極のマイペースだよな、これって。
 普通のアーティスト、またはエージェントなら、売り出し時期にはとにかくやたらめったらメディア露出を徹底させるものだけど、そこを最小限に抑えた戦略は最大限の効果を発揮した結果となっている。まぁ、「バラエティでMCに絡まれれて言葉に詰まるSade」というのも見てみたい気もするけど、絶対受けないよな、そんなオファー。

 いわゆるSadeサウンドもすっかり定着した時期にリリースされた3枚目『Stronger Than Pride』、欧米ではUK3位US7位、また全世界的にもサウンド・クオリティの高さが評価され、好成績を記録した。
 80年代中盤の日本のミュージック・シーンでは、欧米のトレンドが結構そのままダイレクトに反映された時代だったので、こんな高尚で洗練された、言ってしまえば地味なアルバムにもかかわらず、オリコン・チャートでも最高8位にランク・インしている。少なくとも彼女のアルバムが日本で実売10万枚くらいは売れていたという、今となっては考えられない時代である。Stingだって売れてたもの。
 この年のアルバム年間チャートを見てみると、洋楽部門ではMichael Jacksonの『Bad』とWhitney Houstonが圧勝しているのだけど、前年と比べると変化が生じているのがわかる。70年代ヒッピー文化と袂を分かった邦楽ロックの洗練化、それに伴う国内音楽ビジネス基盤の整備によって、洋楽/邦楽のパワー・バランスが2:8くらいになっちゃっている。これ以前は3.5:6.5くらいだったのに。
 70年代の残り香が薄くなったと共に海外アーティストへの憧れが少なくなり、入れ替わりに台頭してきた国内アーティストのレベルが高くなってきたのが、この辺から。バンドブーム前夜ということもあって、邦楽ロック界隈が騒がしくなっていたし。
 それと、80年代前半の一世を風靡したWham!やCulture Clubなど、お茶の間でも受け入れられるキャラクターが少なくなっちゃったのも要因。欧米シーンがダンスビートに傾倒しつつあったため、日本人好みのメロディアスな曲も減っていった。

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 で、そんなお茶の間系とはまったく別のベクトルを持つSadeが日本で受け入れられたのは、R&Bと親和性の高いシャレオツ系界隈、業界人向けのスポットが中心だった。
 世間はバブルの真っただ中、代官山六本木西麻布方面が勢いづいており、トレンディな情報発信の拠点となっていた。カフェ・バー/プール・バー文化の隆盛に伴って、ソフィスティケートされた空間にフィットするBGMへのニーズが高まりつつあった頃である。
 その流れでごくごく一部で流行っていたのが「環境音楽」。今で言うアンビエントのハシリで、Penguin Cafe OrchestraやVangelis、遡れば大御所John Cageなど、ちなみに言い出しっぺはBrian Eno。シンセのロング・トーンを流しっぱなしにして、リズムもメロディも何もない、ほんと純粋に単音の響きを楽しむ(?)雰囲気音楽。その後もニューエイジやらアンビエントやら、名前を変えて細々と生き残っているのは、音楽に癒しを求めるニーズがそれだけ多いということ。ニーズを創り出すということに関しては、ほんと天才だと思う、Enoって。こういったインテリっぽい大風呂敷が広がる時って、昔はだいたいこの人が一枚噛んでいた。
 「Enoが絡んできた途端、そのジャンルはうさん臭くなる」というのが俺説なのだけど、そんなEnoを受け入れる度量が充分あったのが、当時の欧米ロック/ポップス・シーンであった、という見方もできる。忘れられない程度に不定期なメディア露出を行ないながら、基本、地味なポジションである今のEnoがどんな音を奏でているのかは不明だけど、少なくともこの時代、Enoに限らず80年代の音楽は、DTMも発展途上だった分、マン・パワー中心できちんと手間をかけて作られている。

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 『Sade』というクレジットがソロ・アーティストではなく、「ヴォーカリストSade Aduを中心とした4人バンドの総称」であることを知る人は少ない。俺だって、つい最近まで知らなかった。だってジャケットに写ってるのって、全部彼女だけじゃん。
 フロントマン以外のメンバー露出が少ないバンドということで、日本で言えばZARDに似た編成なのだけど、そのZARDが当初フワッとしたバンド・スタイルだったのが、後期は事実上個人プロジェクトと化してしまったのに対し、Sadeはデビュー以来、メンバー編成は不動である。なので、例えとしてはちょっと適切ではない。
 バンドという概念が有名無実化していったZARDに対し、SadeはAduの休養期間を利用して、Sweetback名義でアルバムもリリースしている。どっちが偉いというわけではない。バンドの運営方針の違いなのだけど。経営的に見れば、フレキシブルな編成のZARDの方が収益性は高いのかな。
 ちなみに、坂井泉水以外のZARDの正式メンバーを知ってる人が、一体日本似にどれだけいるのだろうか。wikiで調べてみると、歴代で4人いた。まぁどうでもいい話。

 いちいちZARDと比べる必要はないのだけど、共通しているのはフロントマンの情報の少なさ。オフィシャル・サイトを見ても、よく言えば洗練された今風デザインではあるけれど、その実、大した情報は書かれてない。何しろ最終更新データが2年前だし。wikiもディスコグラフィと授賞歴くらいで、それほど詳しい情報は公開されていない。
 ナイジェリア人の父と英国人の母を持ち、ファッション関係の仕事の傍らラテン・バンドのヴォーカルとしてステージに立っていたところをスカウトされ、メジャー・デビュー。結婚・離婚を経て新パートナーとジャマイカへ移住、そこで長女をもうける―。
 3行でわかるSadeの生涯である。いやそりゃもっと波乱万丈あるんだろうけど、わかってるのはこのくらい。誰かわかる人いたら教えて。

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 何年かに一度、Aduのヴォーカルをメインとしたジャズ風味のR&Bサウンドを提示するSade。30年前のデビュー作も近作も、ほとんど遜色ないクオリティであり、時代性を感じさせない作りではある。あるのだけれど、まったく世間のトレンドを無視してるわけでもなく、Aduの研ぎ澄まされた感性を軸として、時代から浮き過ぎないよう巧妙にアップデートされている。
 安定したハイ・クオリティの作品を、じっくり熟成させた上でリリース、それに伴うツアーを行なうと、再び沈黙。特にAduは再びジャマイカへ引きこもる。
 ほんとごくたまにインタビューを受けることもあるけれど、それもほんの限られたメディアだけ、アーティスト以外の側面はほぼ謎に包まれている。
 デビューして30年も経っているのだから、何かしらセレブっぽい振る舞いやスキャンダルのひとつもありそうなものだけど、そんな話も聞かない。パーティやイベント、アウォード関係に出席したという話も聞いたことがない。プライベートのHelen Folasade Aduだけじゃなく、アーティストSade Aduでさえ、我々にとって、フィクションの存在なのだ。

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 Adu以外のSweetbackの3人はバンドマンらしく饒舌なため、ごくたまに行なわれるインタビューにおいて、ほんの少しではあるけれど彼女の普段の姿を明かしている。
 ナイジェリア育ちの彼女は、我々とは違う時間軸に沿って過ごしている、とのこと。その透徹とした風貌からして、やたらきっちりシステマティックでクールな印象が強いように思われるけど、恐ろしく時間にルーズであることが伝えられている。とは言っても、彼女にとってそれはごく自然の感覚であって、西洋の習慣に慣れた我々がどうこう言うことではない。
 音楽から離れた彼女は一介の母であり、ちょっとハイソサエティな主婦でしかない。普段は家事に勤しみ子育てに奮闘し、たまにママ友とのランチに興じるといった、ごく普通の主婦としての人生を歩んでいる。アーティストSadeであることは、彼女にとってはごく自然なことではあるけれど、主婦Sadeもまた同列の存在である。
 彼女の中で、ジャマイカ的日常を生きることとアーティスト活動との線引きは、あまり意味がないものである。だって、それはどちらも等価のものだから。何年かに一度、彼女の中のアーティストSadeの機運が高まった頃、どこか突然スイッチが入り、主婦モードから創作モードへ突入する。
 ただそのスイッチは、いつ何のきっかけで起こるのか。
 それは誰にもわからない。周囲のスタッフも、そして我々リスナーもまた、その岩戸が開かれるのを、ただじっと待つほかない。
 彼女の中ではほんの一瞬も10年も同じこと、すべては彼女の時間軸に沿って行なわれているのだ。

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 彼女の曲を聴くと、いつも南国の孤島を夢想する。
 文明と隔絶された南海の孤島、何百年もの間、他者の介在を拒んで内部完結してきた集落。あるものはいつもそこにあり、ないものはいつまでもない。白か黒かはっきりして、とてもシンプルだ。
 誰が「女王」と呼んだのか、そもそもなぜ「女王」なのか。その答えは誰もわからない。
 彼女はいつの間に「そこ」にいて、すでに女王だった。それを誰も疑うこともなく、さりとて特別崇め奉ることもなかった。彼女はただ、「そこ」にいるだけの存在だった。
 集落から少し離れた磯の岩場、奥まった洞窟に居を構える女王は、滅多にその姿を人に見せることはない。集落の民もまた、そんな女王を遠巻きに見守っている。
 月に一度、彼女は民の前に姿をあらわし、そして歌う。潮は満ち、風も止まる満月の夜。
 自分の掌も見えぬほどの漆黒が降りた帳を切り裂くが如く、強烈な月の光は島の暗部を露わに照らし出す。夜も更けて、いつもなら獲物を求めてそぞろ歩くはずの獣たちも、満月の夜だけは物音ひとつ立てない。
 月に一度、その日だけはじっと息を殺し、彼女の歌に耳を傾ける。
 月に一度、産み落とされた新しい歌を。
 誰かのために歌うのではない。自分のため、また大海原のためにでもない。
 それはただ、シャーマンである女王によって産み落とされたものなのだ。それはもはや女王の意思によるものでさえない、ただ歌自体の強いエゴによって世に出てきたものなのだ。
 誰のためにでもない。でも、人間にも獣にも、そして大自然さえも強く惹きつけられてしまう力を、その歌たちは持っている。

 -どこ知れぬ孤島を想いながら、真夏の昼下がり、Sadeを聴く俺。
 夏の終わりも近い。


Stronger Than Pride
Stronger Than Pride
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Sade
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1. Love Is Stronger Than Pride
 アルバムのリード・シングルとしてリリースされ、UK44位。孤島の暗黒を思わせる、静かで力強い、求心力がハンパないバラード。バラードというよりもむしろ、Sadeオリジナルのサウンドがここにある。エスニックなリズムは密林の獣らを蹂躙し、コード感の希薄なメロディは、群衆を不安の淵へと誘う。
 心地よいけど、どこか不安定。そんな楽曲。



2. Paradise
 第2弾シングルカットとして、UK29位US16位と、このアルバムの中では最もポピュラーなナンバー。
 機能的かつ肉感的なダンス・ビートは、Aduのヴォーカルにぴったり寄り添っている。普通、こういった構造の楽曲だとリズムが立ち、ビート主導で曲が展開するのだけど、ここでは完全にAduがリズム隊をねじ伏せている。彼女の歌の前に、80年代ゲートエコーのドラムは添え物でしかない。



3. Nothing Can Come Between Us
 UK92位にようやくチャートインしたシングル第3弾。いつもよりトーンが少し高め、ハスキーなヴォーカライズはボサノヴァとシャンソンのハイブリット的展開。俺的にSadeの曲に合うシチュエーションとは、アーバン・テイストなナイトライフではなく、もっと生活感のある、日射しの強い炎天下の木陰、スッと涼風が差し込む瞬間にアイスコーヒーを飲んでいる時なのだけど、これって変わってるのだろうか?

4. Haunt Me
 アコギのアルペジオを主体とした、シャンソンのフォーマットを使用したナンバー。あらゆるサウンド・フォーマットを借用しながらも、どうしたって結局Sadeになってしまうのは、それだけアーティストとしての個性が際立っているから。もっと我が強くてフェミニストだったら、Annie Lennoxみたいになってたかもしれない。

5. Turn My Back On You
 ほぼベースが主役の、ほぼリズムだけで構成されたナンバー。サンプリング処理されたSadeのヴォーカルも、ここではエフェクトの一部でしかない。ないのだけれど、そこはやっぱりSade。わかりやすいキャラクターだ。

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6. Keep Looking
 LPで言うとここからアルバムB面に突入。個々からはシングルカットもなく、良質だけど地味なナンバーのオンパレードとなっている。いるのだけれど、余計なフックも下世話な泣きのメロディもなく、至ってサウンドの妙を堪能できる。
 コード・ワークもしっかりしているので、何分何時間続いても聴き続けることができる、バンドのコンディションが良好であることが感じ取れる良作。こういったナンバーを聴くと、Sadeというのがフロントマン一枚岩のバンドではないことがわかる。

7. Clean Heart
 ちょっと甘めなEverything But the Girlのようなミドル・チューン。ギターの軽快なカッティングとミュートが控えめなリズムを演出し、透徹とした世界観を崩さずにアクセントを添えている。

8. Give It Up
 ラテン・テイストのパーカッションの響きが軽妙で、これまでよりシリアスなAduのヴォーカルが絶妙なコントラスト。静かなテイストながらも、ベース・ラインはもろどファンクのルートである。だから疾走感が落ちないんだな。

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9. I Never Thought I'd See The Day
 「遊びでDX7で作っちゃいました」的なシンセ丸出しのサウンドは、どこかギクシャクしている。Sadeにはやはり生音が良く似合う。もう少し後の年代になると、デジタル機材を適度に使いこないしているのだけれど、やっぱり過渡期だな、これって。雰囲気で埋めてる感が強いので、この辺になるともう飛ばして聴いている。

10. Siempre Hay Esperanza
 ラストはSweetbackらによるエピローグ的インスト・ナンバー。ドラムの音がやっぱり時代を感じてしまって、素直に入り込みづらい。サックスが入ると、途端にTVドラマのサントラっぽいテイストになってしまうのはご愛嬌。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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