好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Vocal

心臓を鷲づかみする声、あらゆる者を虜にするまなざし - Amy Winehouse 『Back to Black』

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 2006年リリース、エイミー2枚目のオリジナル・アルバム。そして、これが生前最期の作品集となった。全世界での累計セールスは1100万枚、日本でも10万枚売れてゴールドを獲得している。
 本国イギリスではなんと400万枚、歴代13番目に売れたアルバムとして記録されている。マドンナのベストとアデル『25』に挟まれるほど、あの英国人に支持されていたとは、ちょっとビックリ。あぁいったヴァンプ的なビジュアルに拒否反応示す人も多いだろうに。

 一度聴いたら忘れられない個性的な声を天から授かったエイミー、さらに加えて暴力的とも言える動物的カンまで併せ持っていた。
 イントロが始まり、静かにマイクの前に立つエイミー。リズムを感じながら躰を揺らし始める。バンド・アンサンブルの調子を確かめながら、自身のコンディションをシンクロさせてゆく。何度も歌ってきた曲であっても、その作業は変わらない。クレバーな反復とセンシティヴな直感、それらは必要なプロセスなのだ。そんな手続きを経ることによって、エイミーの歌は常に鮮烈で、同じ曲でも違ったアプローチとなる。そのパフォーマンスはオリジナルであるけれど、常に刹那的なものだ。
 なので、どんなバッキング、どんなサウンドで歌っても、結局エイミー・ワインハウスのオリジナルになってしまう。ジャズでもロックでもソウルでも演歌でも、ほんと何だって無問題、ドスとタメの効いたヴォーカルは、一声でサウンドを制圧してしまう。
 彼女が活動していた時期のヒット・チャートの主流は、リヴァーブ厚めのビートを音圧MAXにブーストした、終始アッパー系リズムが支配したサウンドだった。そんな時流とは正反対のベクトルを描いていたのが、エイミーの歌だった。

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 50年代の正統派ジャズ・ヴォーカルのアルバムから、ヴォーカルだけ抜いて21世紀のサウンド仕様にアップ・コンバート、そこにガラガラ声でクセの強いビッチ風ヴォーカルを差し替えたのが、デビュー・アルバム『Frank』だった。
 当時のトレンドとは真逆のベクトルを描いた『Frank』の異質さは、万人向けのものではないはずだった。はずだったのだけれど、でも売れた。発売当初はジャズ・ヴォーカルとして売り出されたはずだけど、そのカテゴライズも無用になるくらい、『Frank』は売れた。
 記名性の強いエイミーの声は、アクも強いし、世間一般で言う美声ではない。ビジュアル同様、万人にアピールする声ではないはずだった。だったのだけれど、その声は、一部のユーザーの心の琴線を鷲づかみにする。そんなハートを撃ち抜かれたユーザーが、イギリスだけでも100万人いた事実。

 『Frank』の商業的・音楽的成功を経て、『Back to Black』は制作された。彼女のバックボーンであるジャズ路線だけでなく、マスへの拡大戦略として、新機軸が導入されている。
 DJとして最初は注目され、プロデューサーとしてはまだ駆け出しだったマーク・ロンソンは、エイミーの特性をいち早く見抜いた1人だった。『Frank』でのジャズ・コンボとの相性が悪いわけではなかったけど、いい意味で下世話にコーディネートすることによって、エイミーのパーソナリティがもっと映えることに気づいたのだ。
 サウンドのモチーフとしたのは、60年代のガールズ・ポップだった。エイミーもまた同じベクトルを志向していたため、プリ・プロダクションもスムーズに運んだ。
 ヴィンテージ・ジャズやソウルを好んで聴いていたエイミーだったけど、さすがに自分が歌うとなれば、もう少しモダンなサウンドにしたくなる。いくつも修羅場をくぐってきたような顔と声とはいえ、まだ二十歳を少し超えたばかりの女の子なのだ。

Amy Winehouse

 バッキングにダップ・キングスをキャスティングしたのは、エイミー自身の要望によるものだった。渡米した際、レトロなソウル・ショー・スタイルの彼らのステージに、エイミーは魅了された。ツアーの前座に招いたりして交流を深め、レコーディング開始時には、もう彼ら以外のサウンドは考えられなかった。
 リーダーのボスコ・マンは、60年代レトロ・ソウルをそのまんま現代にタイムスリップさせたサウンドが特徴のダップ・キングスを結成、併せて自主レーベル「ダップトーン」を設立していた。彼らがヴォーカルとして選んだのが、40過ぎまでチャンスに恵まれずにいた苦労人シャロン・ジョーンズだった。歌姫としてはビジュアル的な華やかさは劣り、サウンドもまたシンプルで味も素っ気もない。彼らが志向するサウンド・コンセプトは、明らかに時代と逆行していた。
 ただアメリカのエンタメの裾野は、われわれ日本人が思っている以上、想像以上に広い。エキサイティングなライブ・パフォーマンスと、古いヴィンテージ機材を用いて忠実に60年代を再現した一連のシングルは、コアなファンを生んだ。大ヒットとまでは言わずとも、どうにかバンド運営を続けられる程度には知られるようになった。
 エイミーもまた、そんな彼らのサウンドに魅せられた1人だった。

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 マーク・ロンソンのプロジェクトでのベーシック・トラックは、多くがブルックリンのダップトーン・スタジオで録音された。ある意味ヴィンテージ、ある意味時代遅れな設備や機材に囲まれ、気心知れたダップ・キングスのサウンドからインスパイアされ、エイミーはほとんどの楽曲をほぼ独力で書き上げた。強固なバックボーンと多大なリスペクトに溢れた「Rehab」や「You Know I'm No Good」は、生まれた瞬間からスタンダードを約束されていた。
 アウトテイクや別ヴァージョンで聴く限り、ダップトーン直送のサウンドは、バンドとエイミーとのせめぎ合いが、強烈なグルーヴ感を醸し出している。音響的には決して恵まれたものではなかったけれど、エイミーのパフォーマンスは最高潮に達している。
 ただ、レアなサウンドがすべての面で良いとは限らない。クオリティ的には充分だけど、いわゆるマスへの訴求力、多くの人に聴きやすく届けるためには、また別の処理が必要になる。
 マーク・ロンソンのプロデュース手法は、ベーシックを大きく改変することはない。基本のバンド・アンサンブルとヴォーカルという素材を活かすため、ほんの少しのエフェクト処理、そしてヴォーカル・ミックスに工夫を凝らした。同時代のヒット曲と見劣りしないよう、各パートの音をひとつひとつ、くっきり浮き立たせた。この絶妙な加減とセンスによって、『Back to Black』は名作になったと言ってよい。

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 -その後は快進撃となるはずだった。だったのだけど、突然の夭折によって、それもすべてご破算となった。どこで歯車が狂ってしまったのか、破滅への一方通行を食い止めることは、誰にもできなかった。
 まるで自身を痛めつけるかのように、末期のエイミーはドラッグに溺れ、酒を手放さなかった。意識は常に朦朧としたまま、自力で立ち続けることすらできなくなった。
 まともに歌うことさえ、ままならなくなった。数々のステージをキャンセルし、どうにか力を振り絞ってステージに立つまではできたものの、最後までショーを務め上げることは、もはや稀だった。
 今さら、「もし」も何もないけど、心身ともに健康だったら、もっと素敵な歌を届けてくれていただろうか。
 変にオーバー・プロデュースされたEDMバリバリの駄作を作っていたかもしれないし、はたまた一周めぐって、ガチガチのスタンダード・ジャズに回帰していたかもしれない。
「もしこうだったら~」なんて、何とでも言える。
 生きていてさえいてくれれば、どんな可能性だってあったのだ。
 でも、それはもう、叶うことはない。


Back to Black
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1. Rehab
 アルバム発売4日前に先行リリースされた、エイミーの代名詞ともなっているガールズ・ポップ風ナンバー。UK最高7位・USでは9位、一応、アメリカでは唯一のトップ10ヒットとなっている。
 レイ・チャールズとダニー・ハサウェイがフェイバリットのアル中女の愚痴、ってまんま自分じゃないの。こんな曲が全世界で300万枚も売れてしまったのは、一体どういうことだったのか。
 ポジション的に、ヴァンプの雰囲気を醸し出す白人女性アーティストの座は、長らく不在だった。マドンナはちょっと違うし、コートニー・ラブはゴシップ色が強すぎる。アバズレ感を出しながら、音楽的なスキルやポップ・イコンとしての適性が高い者として、エイミーがすっぽりハマったんじゃないか、というのが俺の私見。

2. You Know I'm No Good
 エイミーと言えば「リハブ」が一番有名だけど、もう少し深く知るようになると、こっちの曲の方が好きになる人が多い。2枚目のシングルとして、UK18位・US77位。なぜだ?もうちょっと高くてもいいはずなのに。
 中盤のブレイクのあたり、ちょっとループっぽいスネアのプレイに、マーク・ロンソンのこだわりが感じられる。単に生演奏を忠実に記録するだけじゃなく、ちゃんとヒット性を考慮してコントラストをつけるあたりが、やはりDJの見地から見たサウンド処理なのだろう。
 ウータン・クランのゴーストフェイス・キラをフィーチャーしたヴァージョンがあるのだけど、あんまりラップには興味がない俺も、これは聴ける。まぁエイミーがらみじゃないと聴く気はないけど。



3. Me & Mr Jones
 ここでムードが一変、なぜって、『Frank』からのプロデューサー、サラーム・レミの仕切りだから。一気にオールディーズくさくなる。同じように生演奏が基本なのに、やっぱコーラスの使い方だな。いいんだけど、古い。コール&レスポンスのパターンが古臭く聴こえるのだけど、まぁ前作とつながりでコレはコレでありなんだよな。

4. Just Friends
 夏っぽさや爽快さのかけらもない、UK発のラヴァーズ・ロック。英国の空は低く、常に曇り模様というのが、音からにじみ出ている。
 このオケ・このリズムで、なんでこんな気だるい歌い方ができるんだろうか。けなしてるんじゃないよ、難しいんだろうな、って思って。

5. Back to Black
 UK8位を記録した3枚目のシングル・カット。これもやはりロンソン・プロデュース。ここまでシングルはすべてロンソンの手によるもの。日本では「リハブ」一色だけど、欧米でエイミーが紹介される際、この曲が使われることが多い。
 イントロのピアノがもうシュープリームス。まぁ確信犯なんだろうけど。ダイアナ・ロスのウィスパー・ヴォイスで始まるかと思いきや、聴こえてくるのは酒灼けした巻き舌のエイミーの声。全体的にダークな雰囲気のアレンジだけど、それがまた淫靡さと妖しさとをそそる。

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6. Love Is a Losing Game
 5枚目のシングル・カット。やや大人しめの楽曲だけど、逆にいろいろアレンジしやすいらしく、ライブでもいろいろなヴァージョンがある。殿下ことプリンスがギターで参加しているライブがあり、これがまた盛り上がる。アクの強さでは引けを取らない2人、どっちを見ても楽しい。
 でもね、殿下。やっぱギター・ソロはいつも通りだね。あんまり引き出し多い人じゃないし。



7. Tears Dry on Their Own
 これは4枚目のシングル・カット。レミ・プロデュースの中では突然変異的に良く思えてしまうのは、あんまりジャズ臭が少ないためか。テンポも良いので、エイミー自身がいい意味でうまく歌い飛ばしている。この辺がもう少し多ければ、レミももう少し大きな顔できたのに。

8. Wake Up Alone
 死後発表された未発表曲集『Lioness Hidden Treasures』に収められたオリジナル・ヴァージョンは、タイトルに即してまったりとしたボサノヴァ・タッチだった。ここではオールディーズ風にエフェクトされたギター・ソロに導かれて、歌い上げるソウル・ナンバーに変貌している。どっちが好みかは人それぞれだけど、俺個人としてこっちのヴァージョン。アルバムのタッチとしても彼女のヴォーカルにしても、こっちの方がフィットしている。

9. Some Unholy War
 レミが多くの楽器をプレイしており、少人数でのセッションで作られているバラード。オールディーズっぽさが強いけど、歌詞もネガティブなので、エイミーのヴォーカルの陰影が強い。

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10. He Can Only Hold Her
 シャロン・ジョーンズが歌ってもしっくりハマっちゃいそうな、ダップ・キングス色の強いナンバー。ポップよりソウル・テイストが強く、俺的には好みのサウンド。ちょっとけれん味のあるエイミーのヴォーカルも、新たな側面が窺える。こういった違ったタッチのヴォーカル・スタイルも、この先あったんじゃないかと感じさせる。

11. Addicted
 ラストはタイトルまんま、「中毒」。「ハッパ」というのが「彼氏」を暗喩しているのだろうけど、おいおい普通は逆だろ、メジャーで出してるアルバムなんだし。もっとオブラートに包めよ、と逆に心配になってしまう。
 こういったソウル・ジャズ的なアレンジが、もっともエイミーのじゃじゃ馬っぷりがクローズアップされて、つい引き込まれる。でも、これもまた彼女の魅力のひとつでしかないのだ。



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ジャジーやブラコンだけじゃない、荒ぶる歌姫の別の顔 - Patti Austin 『Live at the Bottom Line』

folder 1979年リリース、デビュー3年目にして初のライブ・アルバム。CTI時代の彼女のアルバムといえば、「Say You Love Me」を収録したデビュー作『End of a Rainbow』と、2枚目の『Habana Candy』が有名で、質の良いヴォーカル&インストゥルメンタル・サウンドが好評を博していた。
 ラブ・ソングのスタンダードとなった「Say You Love Me」効果もあって、デビュー作は70年代コンテンポラリー系の名盤として語り継がれている。近いコンセプトで製作された『Habana Candy』も同様、ファンに愛され続けている。
 クインシー・ジョーンズに誘われてCTIから移籍、彼のソロ・アルバム『Dude』では、ジェイムス・イングラムやマイケルとデュエット、大成功を納めることとなる。でも日本で一番有名なのは、そのまた後のブラコン・ナンバー「Kiss」。『アド街』の「街角コレクション」のBGMで毎週流れているので、彼女の名前は知らずとも、知名度はかなり高いはず。

 そんなコンテンポラリー期とブラコン期との狭間のリリースだったため、このライブ・アルバムは正直、影が薄い。USジャズ・チャート33位と、セールスも中途半端に終わっている。
 新人コンテンポラリー系シンガーとして、そこそこの成績を収めたパティ、その後は堅実なジャズR&Bシンガーとして、着実なキャリアを歩むかと思われていた。なのに、なぜか脈絡もなくリリースされたのが、『Live at the Bottom Line』である。
 ライブなので、書き下ろし新曲がないのはまぁいいとして、既発のオリジナル作品も収録されていない。全篇カバー曲で占められているのだけど、ジャズ・スタンダードではなく、ポピュラー系の楽曲が多い。これまでの実績とは何の関連もない、しかもその後の作風ともほぼリンクしない、ライブ感あふれる荒削りなパフォーマンス。
 なぜ、これを企画したのか。そして、それは彼女の意に沿ったものだったのか。

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 wikiを読んでみると彼女、なかなかの経歴である。
 4歳でアポロ・シアターにてステージ・デビュー、5歳でRCAとレコーディング契約している。日本語版ではこの辺はサラッと書かれているけど、英語版を読むと、もう少し詳しく書かれている。
 ニューヨークでトロンボーン奏者として活躍していた父ゴードンの導きもあって、彼女にとってショー・ビジネスとは身近なものだった。サミー・デイヴィスJrのTVショーに出演したり、ハリー・ベラフォンテのツアーに3年近く帯同したり、デビュー前からショービズ界の大物たちからの寵愛を受けている。いくらコネがあったとはいえ、持って生まれた才能がないと、ここまではたどり着けない。
 その他にも、クレジットされていないCMソングやテレビ番組のジングルを多数手がけている。「顔も名前も知らないけど、誰もが一度、耳にしたことはある」その声は、当時のアメリカ国民の間では深く浸透していた。クライアントはケンタやマックなどのファストフードから、果てはアメリカ陸軍など幅広い。日本で言えばキートン山田あたりかな。それとも野沢雅子か。
 CTIでデビューする以前のパティは、いくつかソロ名義でシングルをリリースしている。いるのだけれど、どれも違うレーベルで単発的だったため、ヒットには至っていない。
 当時のシングルをいくつかYouTubeで聴くことができるのだけれど、その後のコンサバ〜ブラコン路線とは印象が全然違っている。無難にまとめられたポップ・ソウルからは、パティのパーソナリティが見えてこない。一発狙いで大量生産された二流のノーザン・ソウルは、誰が歌っても代わり映えしない。これじゃ、別にパティである必要がない。

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 クロスオーバー/フュージョンを主に扱うCTIは、もともとA&Mから派生したレーベルである。ジャズの名門レーベル・インパルスを立ち上げたクリード・テイラーが創設し、ここからリリースされた作品は、彼の明確なコンセプトやビジョンが色濃く反映されていた。
 難解に偏りすぎたインパルスのカラーを反面教師としてか、ここでテイラーが掲げたテーマは「ジャズの大衆化」である。斜め上のアバンギャルド性や哲学を極力排し、もっとカジュアルなクロスオーバー/フュージョンの音楽性を基調としたコンテンポラリーな作風は、ライト・ユーザーには概ね好評だった。
 そんなレーベルポリシーに沿って、パティのデビュー戦略もソフィスティケートしたカラーに統一された。バラード中心のマイナー・メロディは程よく感傷的だったけど、ソウルフルさを抑えたヴォーカルがウェットさを中和していた。ブレッカー兄弟を始め、エリック・ゲイルやスティーブ・ガッドら一流どころのミュージシャンによる洗練された演奏は、既存ジャズ・ユーザーを唸らせるほど、緻密に構築されていた。
 CTIのサウンドは爆発的に売れるモノではなかったけど、自家中毒をこじらせて迷走しまくっていた既存ジャズに見切りをつけたユーザーには、好意的に迎えられた。また、その演奏クオリティの高さに魅せられたロック/ポップスのファンが、一部ではあるけれど興味を示して流入してきた。方向性が近いロバータ・フラックやミニー・リパートンのファンは、もっとすんなり受け入れたんじゃないかと思われる。

 とはいえ『Habana Candy』以降は、ちょっと雲行きが怪しくなってゆく。パティではなく、CTIの運営が。
 当時、フュージョン・ブームに乗ってボブ・ジェームスとグローヴァー・ワシントンJr.というスターを輩出したCTIだったけど、年を追うにつれ負債が増えてゆく。経営面を司るべきクリードは、多くのアルバムのプロデューサーも兼任していたため、採算面の甘さがのちに影響を及ぼすこととなる。
 確固たる理想のビジョンを追求してゆくため、質の高いサウンドを安定供給してはいたのだけど、その多くは採算の取れないタイトルだった。レーベル・ブランド維持のため、モダン・ジャズ畑からのヘッドハンティングを行なっていたのだけど、キャリアのピークを過ぎた彼らのセールスは、採算面で見ればお荷物だった。
 クロスオーバーというジャンルを世に知らしめたのは、間違いなくクリードの功績ではある。あるのだけれど、末期の作品はクオリティの落差が激しすぎたこと、また時に過剰なオーバー・プロデュースが、アーティストの個性を見えにくくしてしまったり。
「洗練されたBGM」と化したCTIのサウンド・ポリシーは、ライト・ユーザーの食いつきこそ良かったけど、その分、消費されるのも早く、そうこうしてるうちに収益は悪化、1978年に入ると破産宣告を受けてしまう。

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 経営陣の迷走によって、アーティスト戦略もブレが生じてくる。これまでジャジーなフォーマル・スタイルで統一されていたパティだったけど、ここに来て一転、『Live at the Bottom Line』はポップかつアグレッシブな側面が強調されている。
 これをイメージ・チェンジと捉えるか、はたまた手っ取り早いスマッシュ・ヒット狙いで、耳ざわりの良いポピュラー・ヒットでまとめてしまったのか。経緯はどうであれ、急造感は否めない。
 もともとデビュー前はジャズにとどまらず、キャッチーなCMソングやポップ・ソウルも歌いこなしてきた人なので、如何ようにも対応できてしまう。CTIブランドでファンになった層にはアピールしないけど、前述したように、ミニー・リパートンを受け入れる層になら、充分通じる魅力があるはずなのだ。
 バッキングを務めるのは、マイケル・ブレッカーやウィル・リーなど、当時のバカテクなミュージシャンばかり。重量級の彼らがサウンドをガッチリ固めているので、安定感とグルーブ感はハンパない。この頃の女性ソロ・シンガーのアルバムって、アンサンブルだけでも成立しちゃってるので、ハズレがないんだよな。
 CTI離脱後は大仰なブラコン方面に行っちゃうので、このアルバムのようなアプローチは、ほぼ見られなくなる。ファンキー・ディーヴァと化した80年代のパティも悪くないんだけど、こういった粗削り感を残したスタジオ・アルバムが1枚くらいあってもよかったんじゃないか、と今にして思う。


Live at the Bottom Line
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1. Jump for Joy
 ジャクソン5 → ジャクソンズと改名してから2枚目のアルバム『Goin' Places』の収録曲。1977年の楽曲だけど、シングル・カットはされておらず、グループ自体のパワーも落ちていたため、当時としても知る人ぞ知る楽曲だったんじゃないかと思われる。
 演奏・アレンジ自体はほぼオリジナルに忠実なのだけど、耳を引くのはやはりパティのヴォーカル。バラード・ナンバーからは想像もつかないアグレッシブなパフォーマンスとなっている。まだモータウン時代のポップ・ソウル色が残っていた時期の作品だけど、アンサンブルが違うと楽曲のステージ・レベルも上がった印象。



2. Let It Ride
 1978年にリリースされた、ジャーメイン・ジャクソン5枚目のソロ・アルバム『Frontiers』収録曲。こちらもジャクソンつながり、しかもシングルじゃない曲。ちなみにこのライブが収録されたのが1978年8月で、『Frontiers』発売がその年の2月。ジャクソンズ同様、当時の彼もまたゴタゴタしてたせいもあって、セールス的には不振だった。なので、これも当時は世にあまり広く知られていなかった。
 オリジナルはロックとディスコの中間みたいなアレンジで、このアルバムでも基本路線は変わらないのだけど、やはりヴォーカルのポテンシャルの違いなのか、どっしり腰の座ったファンクに仕上げられている。
 ちなみに当時のジャーメイン、オーナーの娘婿という立場もあってジャクソンズに参加できず、モータウンでは肩身の狭い立場だった。この辺を掘り下げるのも興味深いのだけど、それはまた別の機会に。

3. One More Night
 1977年に発表された、サンディ・ショウのシングルがオリジナル。初期パティを彷彿させる、抑制されたエモーションが印象的なバラード。後半に行くにしたがって興が乗ってしまうのは、やはりライブだから。
 オリジナル・ヴァージョンがYouTubeでも見つからなかったので、作曲者であるスティーブン・ビショップのヴァージョンを聴いてみたのだけど、無難なフォーク・カントリーだった。
 パティくらいのポテンシャルになると、無理に自身で作詞作曲しなくても、良い楽曲だったら自分の世界観に染め上げてしまう。それが証明されたような曲。

4. Wait a Little While
 オリジナルは、45歳以上ならだれでもご存じMr.「フットルース」、ケニー・ロギンス2枚目のソロ・アルバム『Nightwatch』収録曲。これもシングル・カットされていない。しかも発売が7月だったから、一聴してすぐレパートリーに組み込んだことになる。パティの即断即決もだけど、アレンジをまとめたデイブ・グルーシンの苦労と言ったら。
 日本では「フットルース」を始め、サントラ御用達パワーポップ・シンガーの印象が強いケニー・ロギンスだけど、もともとはフォーク・デュオからスタートした人で、ソロになってからは徐々にAORへ方向転換している。声だけで聴かせてしまう人なので、オリジナルもつい聴き入ってしまう。興味のある人は、こちらも聴いてみて。



5. Rider in the Rain
 かつては「シンガー・ソングライターの良心」と評され、いまはピクサー映画御用達サントラ請負人となったランディ・ニューマン、1977年リリース6枚目のアルバム『Little Criminals』収録。やっぱアルバム収録曲なんだな。無愛想で朴訥なカントリーの原曲を、ゴスペル・コーラスを携えて壮大なスケール感を演出している。かつてミュージシャンの間では「カバーしたくなるアーティスト」の一人として捉えられていたけど、プレイヤー心理をくすぐる楽曲なんだろうな。
 
6. You're the One That I Want
 当時大ヒットしていた映画『グリース』挿入歌。オリジナルはジョン・トラボルタとオリビア・ニュートン・ジョン、もちろん全米チャート1位。普通に考えれば、ここまで隠れ名曲ではあるけれど一般的には知られてない曲ばかりなので、ここで1曲くらいは食いつきの良い楽曲を入れたのは、営業的に正しい判断だった、と思ったのだけど、ちょっと調べるとこの曲、1979年の初リリース時には未収録だった。なんだそりゃ。
 ドリーミーなキラキラ感が漂うオリジナルと違って、パティ・ヴァージョンはもっと黒くグルーヴィーな仕上がりで、まったくの別物。まぁ、デュエット男性がちょっと無難すぎるかな。アルバム未収録も納得できる。

7. Love Me by Name
 オリジナルは1978年リリース、クインシー・ジョーンズのアルバム『Sounds....And Stuff Like That』。と言っても、ゲスト・ヴォーカルで参加しているのがパティ本人なので、実質的にはセルフ・カバー。いや単なるライブ・ヴァージョンか。
 深い深いドラマティックなストリングスてんこ盛りのオリジナルに比べ、シンプルかつスクエアなビートのあるライブ・ヴァージョンの方が、俺的にはしっくり来る。そりゃそうか、俺にとっては先に聴いたのはこっちだし。

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8. You Fooled Me
 主に80年代に活躍した男性ブラコン・シンガー、ジェフリー・オズボーンを輩出したディスコ/ファンク・バンド、L.T.D. 5枚目のアルバム『Togetherness』収録曲。これもシングル・カットされていないけど、アルバム自体がUS総合18位をマークしているので、そこそこ知られていたんじゃないかと思われる。
 後にバラード大王として名を馳せるジェフリーのヴォーカル力の高さによって、L.T.D.の楽曲は勢い優先の単純なバンプ系にとどまらず、歌いこなすには難易度の高いミドル・バラードも絶品。いくらかしこまっても、まだ20代だったパティも好んで聴いていたのか、次曲でも彼らのナンバーを取り上げている。

9. Spoken Introductions
 なぜか8分に渡って収録されたライブMC。オリジナルには収録されておらず、CDになってからボーナス・トラックとして収録された、とのこと。もともとこのアルバム、初リリース時は曲順がだいぶ違っており、CD時代になって、ライブのオリジナルの流れに沿った曲順に再構成されている。ライブの臨場感を考えれば、ラス前のこの場所が適切なんだろうけど、英語なので正直わからん。
 
10. Let's All Live and Give Together
 8.同様、『Togetherness』収録、オリジナルではラストに配されている直球バラード。ジェフリー・ヴァージョンは細かくアクセントとテクニックを駆使したブラコン路線。生音を排してシンセ主体にコンバートすれば、そのまま80年代でも通用する仕上がり。
 対してパティ・ヴァージョン、ムーディさを排した力強いバラード。中盤のコール&レスポンス、徐々に盛り上がるアンサンブル、どれも良い。スタジオでエフェクトをかけて倍音効果を強調した80年代以降も悪くないけど、もともとのポテンシャルが重量級なので、小手先の技はむしろ邪魔になる。こっちのヴォーカル・スタイルの方がずっと良い。



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「ラヴィン・ユー」だけの人じゃないんだよ。 - Minnie Riperton 『Perfect Angel』

folder 70年代初頭のStevie Wonder が未発表も含め、何百何千に及ぶ膨大なマテリアルを残したことは、このブログでも散々書いてきた。とは言っても、断片的なフレーズや複数回のリテイクなんかも含めての数字なので、まともな一曲になっているのは、多分そんなに多くはないと思われる。もしテープをまとめたとしても、Beatles の『Get Back』セッションみたいな感じになるんじゃなかと思う。

 そんなレコーディング・マニア的な日々を送っていたStevie だけど、じゃあ彼が終日スタジオに篭りっきりだったのかといえば、案外そうでもない。ワールドツアーも行なっているし、テレビ出演だって頻繁に行なっている。調べてみると、いろんなフェスにも顔を出していて、本格ブレイク前のBob Marleyと共演している音源も残っている。
 Stones全米ツアーのオープニング・アクトも務めたりしているので、1回くらいセッションしててもおかしくないよな、という妄想さえ広がってしまう。いちいち全部記録してないけど、有名無名問わず、様々なミュージシャンとセッションしたりしているんだろうし。ほぼ根城としていたスタジオ「レコード・プラント」だったら、人の出入りも多かったはずだし。
 成人になってから、自前の著作権管理会社やらマネジメント会社設立によって、モータウンからイニシアチブを取り返したStevie。止める者がいないおかげもあって、興味のある案件には、積極的に首を突っ込んでいた。好奇心が先立つおかげで、何かと安請け合いしちゃったり、頼まれたら断れなかったりして。

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 楽曲提供やゲスト・ヴォーカル的な仕事とは別に、自分の作品と同じくらいの熱量をもって挑む、他アーティストのプロデュースなんて仕事も、この時期には手がけている。一体、いつ休んでたんだStevie。
 代表的なところが、当時の奥さん&速攻1年弱で離婚したSyreeta のアルバム2枚。全面プロデュースとアレンジに加え、ほとんどの楽曲を共作する、といった力の入れよう。これじゃほとんど、自分のアルバムと変わんねぇじゃん。
 彼女のソロデビュー時点で、すでに夫婦としては破綻していたはずなのに、惚れた弱みなんだろうな、作品のクオリティはやたら高いときてる。そんな心情を知ってか、Syreetaも彼に頼んだんだろうし。しかもその後もStevie、コーラスやゲストヴォーカルで彼女を起用したりしているし、何だかよくわからん関係。
 Stevieとのパートナシップ解消後、SyreetaはLeon WareやG.C. Cameronと、次々パートナーを取っかえ引かえしてゆく。しまいには、あんまり接点のなかったBilly Prestonにまで声をかけるのだから、もう節操なんてない。
 なので俺、先入観だけで「才能ある男に擦り寄る「自称」アーティスト」と思っていたのだけど、それら一連のコラボ作をひと通り聴いてみると、また印象が違ってくる。

 Syreeta 自身の才能がStevieに及ばないのは、まぁ当然という前提で考えると、いわゆる触媒的な役割、彼女だけじゃなくStevieにおいても、絶妙な相互作用が働いたのが、このコンビだったんじゃないかと思われる。同じモータウンであるLeonはまだギリギリ許せるとして、これまで関連性のないPreston とのコラボが消化不良だったのは、才能云々というより、むしろ相性の問題である。それまでの流れとはPreston、まったく違う音楽性だもの。なので、魅力的な化学反応は起こらなかった。
 Stevieもまた、Syreeta以降、ここまでまとまった数の共作を他人とは行なっていない。やってるのかもしれないけど、それが世に出ていないのは、Syreeta ほどの成果が上がらなかった、ということだし。
 何しろ2人で共作した最初の曲が、Spinners に提供した、あの「It’s a Shame」。レアグルーヴ・クラシックとして、今も燦然と輝く名曲である。これがスタートなんだから、そりゃ誰とやっても物足りないよな。Paul McCartneyとでも、「Say Say Say」がせいぜいだし。

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 で、本題のMinnie。その美声を耳にしたStevieが、たちまち虜になったシンガーである。
 14歳で加入した、スタジオセッション用のコーラスグループGEMSをスタートに、その後、早すぎたミクスチャー・バンドRotary Connectionと並行して活動する。ソロ・シングルをリリースしたこともあったけど、当時は特別、注目されることはなかった。
 モータウンに代表されるポップソウルや、はたまた対局の泥くさいサザンソウルが主流だった60年代では、彼女の5オクターブの天使の歌声を生かせる環境が整っていなかったのだ。そんな環境の問題としてもうひとつ、Dionne Warwickに対するBurt Bacharachのような、優秀なブレーンに恵まれなかったことも、当時の彼女の不幸だった。

 ポップソングのフォーマットで彼女の持ち味を活かすには、従来のアクティブなR&Bの文脈ではなく、洗練されたジャジー・スタイルのサウンドの方が相性が良いはずだった。ただ、ジャズ方面のコネクションがなかったのか、この時代はポップ・フィールドでの活動が主になっている。
 キャリアの転機となったのが、ジャズ・ヴォーカル系に強いレーベルGRTとの契約だった。その後の彼女の基本路線は、ここからスタートする。
 Minnie Ripertonとしてのデビューアルバム『Come to My Garden』は、1970年にリリースされた。バックアップしたのが、まだディスコへ移行する前、プログレッシブなジャズ・ファンクをやっていた頃のEarth, Wind & FireのMaurice Whiteで、彼女のヴォーカル特性を最大限に活かした秀作だった。豪華なストリングスと分厚いコーラスをベースとした荘厳なサウンドは、かなりフォーマルなプロダクションでまとめられている。ジャズヴォーカル・アルバムとしてなら、充分アベレージはクリアしている。

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 作品としてのクオリティは申し分ないものだったけど、セールス的には苦戦を強いられた。ハイソサエティを指向するがあまり、ある意味、選民的なお上品さが漂うレーベルカラーのGRTは、プロモーションには消極的だった。あの周辺の奴らって、「売れること=悪」みたいなスタンスだもんな。まぁ言いがかりかもしれないけど。
 そんなイデオロギーにかぶれていた頃のMaurice だからして、売れ線要素なんて入れる気もなかったろうし、全体的に地味な仕上がりである。色気も何もありゃしねぇ。
 Minnieとしては、そんな結果も想い出作りの一部として、冷静に受け止めたのだろう。ソロでのメジャーデビューという目標を達成したことにより、彼女は表舞台からの引退を決意する。終生の伴侶となるプロデューサーRichard Rudolphとの結婚を経て出産、二児の母親として家庭に入ることになる。
 商業的には失敗した『Come to My Garden』だったけど、稀代のシンガーMinnie を世に知らしめた功績は否定できない。少なくとも、業界内では彼女の存在が話題となり、ぜひ一緒に仕事をしたい、と思う人物も少なからず現われた。
 その1人がStevieである。

 彼のバックバンドWonderlove のコーラスを経て、エピックとメジャー契約したMinnie、実質再デビュー作となる『Perfect Angel』の制作に着手する。ここでStevie、自分のレコーディングも放り出して、Syreeta 以上の入れ込みようで、彼女のバックアップを行なうことになる。
 旦那Richard との共同プロデュース、楽曲提供、アレンジから楽器演奏まで、ありとあらゆる場面で惜しまぬ助力を注いでいる。去年発売されたデラックス・エディションに収録されたアウトテイク集では、「Take a Little Trip」のデュエット・ヴァージョンや、Wonderlove演奏による「Lovin’ You」など、当時のStevieのはっちゃけ振りといったら、そりゃあもう。

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 Minnieのレパートリーの中で最もよく知られているのが「Lovin’ You」であり、いまだ『Perfect Angel』が支持されている理由もそこにあるのだけれど。しかし。
 ここまで書いてきて言いたいのは、決して「Lovin’ You」だけのアルバムじゃないんだよ、ということ。単なるラブバラード歌手には収まらない、熱いファンキーな一面も収録されていることは、声を大にして言っておきたいし、また評価されてもいい。
 俺的には、「Reasons」のような方向性もアリだったんじゃないかと思うのだけど、とは言ってもやっぱ強いな「Lovin’ You」。その大ヒットの煽りを受けて、これ以降は、アーバンでフォーマルなブラコン路線に落ち着いてゆくのは、まぁ自然の摂理。市場がそれを求めちゃうんだもの、仕方ない流れだな。
 もうアルバム1枚くらい、Stevie とがっつりタッグを組んでいれば、また流れも変わってたのかもしれないな。まぁRichard に遠慮してた部分もあったんだろうけど。



Perfect Angel
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1. Reasons
 グルーヴィーなレアグルーブ・クラシックスとしても名高い、ファンキーといえばコレ!と思わず断言してしまうトラック。当時、Stevieの右腕として数々の名演を残してきたMichael Sembello (G)の、ネチッこいオブリガードの嵐・嵐・嵐。ここではStevie、ドラムで参加しており、敢えてドタバタたたみかけるようなプレイが、アンサンブルのテンションを上げている。
 オリジナルではフェードアウトで終わってるのだけど、デラックス・エディション(D.E.)収録の別テイクは、セッションの最後まで収録されており、あぁベースソロで終わったんだとうのがわかって感慨深い。



2. It's So Nice (To See Old Friends) 
 カントリー調のスロウなバラード。Diana Rossあたりが歌いたそうな、そんなポピュラー色が強い。効果的な舞台装置としてペダル・スティールも要所でフィーチャーされており、まさしくコンテンポラリー。オリジナルは4分だけど、D.E.収録別テイクは、なんと倍の8分超。長いけど、時間を気にせずまったり聴くことができる。でも長いよな、レコードだったら収まりきらないし。

3. Take a Little Trip
 Stevie提供による、『Innervisions』~『First Finale』カラーが強く反映された、こちらも人気の高いグルーヴィー・チューン。同じく参加のSembelloのプレイもジャズ色が強く、それでいて全体は奇妙な感触のStevie Wonder’s Music。自ら弾くエレピの音色が、摩訶不思議な浮遊感を生んでいる。
 D.E.には、そのStevieとのデュエット・ヴァージョンを収録。ミステリアスなヴォーカルのStevieは、まんま『Innervisons』。これはオリジナルに匹敵する出来栄え。



4. Seeing You This Way
 ミドル・テンポのバラードと思いきや、主体となるリズムはラテン。手数の多いエレピと、やたらハイハットを使うドラム・プレイは多分Stevie。ほんとどこにでも出てくるな。ずっと一緒にいたかったのか、やたらと出番が多い。D.E.収録のアコースティック・ヴァージョンは、どちらかといえばカントリー・タッチ。俺的には、こっちの方が好き。

5. The Edge of a Dream
 かつてのガールズ・コーラス時代を彷彿とさせる、静かなサウンド・デザインながら、Minnieの情感あふれるヴォーカルが堪能できる。シンガーとしてのMinnieがうまく表現されているのは、この曲が一番だと思う。まぁ「Lovin’ You」を抜いてだけど。ピアノで参加のStevieも、ここではちょっと大人しい。意外と引き際は心得ているのだ。

6. Perfect Angel
 再びStevie提供による、こちらも『Innervisions』またはSyreeta色の濃い、メランコリックさ漂うナンバー。またエレピの絡み具合が絶妙。まだWonderloveの一員だったDeniece Williamsがコーラスで参加しており、ささやかな存在感を現わしている。これもずっとエンドレスで聴いていられる心地よさ。



7. Every Time He Comes Around
 やたらブルース色濃いエフェクトとネチッこいギター・プレイは、WonderloveのMarlo Henderson。Minnieの声質はあまりブルースっぽさを感じさせないのだけど、なぜだか彼との相性が良かったのか、その後もレコーディングに参加したり共作したり、密接な関係を続けた。
 あまりに純粋な正弦波ゆえ、時に一本調子になってしまうMinnieのヴォーカルを補うように、過剰なほどエモーショナルなギタープレイが補完してる。

8. Lovin' You
 US1位・UK2位を始めとして、世界各国で上位にチャートイン、そして永遠のスタンダードとなった代表曲。カーステのバラード・コレクションでは外すことのできない必須アイテムであり、ムード発生装置としても作用した。あまりにベタな曲なので、お腹いっぱいになっちゃってる人も多いと思う。コンピレーションや単体で聴くと、記名性や目的性が強く浮き出てしまうのだ。なので、ある意味まともな評価がされづらい曲でもある。
 それが『Perfect Angel』の中の1曲、アルバムを頭から通して聴いてみると、特別突出もせず、すっぽり見事にコンセプトに馴染んでいることに気づかされる。たおやかというのはこういうことなのだな、と改めて思ってしまう天使の歌声、そしてMinnieを引き立たせるシンプルなバッキング。朝まだきの小鳥のさえずり。すべてが完璧に構築されている。
 ちなみにD.E.、Wonderloveによるバンド演奏ヴァージョンが収録されているのだけど、これはちょっと…、といった仕上がりになっている。テンポもちょっと速めで、手数の多いベース・ラインやインプロは、ちょっとウザい。
 余計な音はいらない。変にドラマティックにすると、逆に安くなってしまう好例。

9. Our Lives
 ラストも「Lovin’ You」に劣らぬ傑作バラード。同じ曲調が続くのも構成的によろしくないと思ったのか、Stevieによるバンド・アレンジが控えめに施されている。コンガの柔らかなリズムを基調に、アクセントをつけるスネア、そしてStevieによるハーモニカのカウンター・メロディ。幅広い美声を披露するシーンもあるけれど、あまり情緒に流されず、あっさり瀟洒に締めるところが、Minnieの上品さをあらわしている。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。ただでさえ時間ないのに、また新しい音楽ブログ『80年代の歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる』を始めてしまい、どうしようかと思案中。
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