好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Various

200回記念第2弾 - 俺の好きな80年代の洋楽たち その1

 ほんとは邦楽編同様、「レーベルくくり」とか「カバー曲くくり」とか、「オリコンにチャートインした洋楽曲くくり」など考えていたのだけど、結局うまくまとまらず、非常にザックリしたくくりとなってしまった。
 なので、ディープなくくりはまた次回。

Aerosmith 「Dude (Looks Like a Lady)」

Aerosmith+-+Dude+-+5-+CD+SINGLE-34918 1987年リリース、9枚目のオリジナル・アルバム『Permanent Vacation』からの先行シングル・カット。US14位UK45位。
 80年代に入ってからは、度重なるドラッグ渦に加え、過密スケジュールによるストレスからメンバー間の不仲が深刻化していたAerosmith。80年代の前半を仲違いしたまま各自好き勝手にやっていたため、バンドのコンディション的にもセールス的にも、完全に負のスパイラルに陥っていた。特に主要メンバーであるSteven TylorとJoe Perryとの確執が丸く収まるまでに時間を要した。
 どっちにしろ、時代はすっかりLAメタルと産業ハード・ロックの二本柱が隆盛であり、もし彼らが70年代のスタイルのまま活動を継続していたとしても、居場所はなかっただろう。彼らの代名詞であった「Sex, Drug & Rock'n' Roll」は、すでに古典芸能と化していたのだ。彼らが現役シーンに再浮上するには、これまでとは違うバンド運営が必要だった。
 
 そんな矢先、Run D.M.C.によるカバー「Walk This Way」が、US最高4位の大ヒットを記録する。ほぼワンコードで押し切ってしまう力業のハードロック・ナンバーは、サンプリングやカットアップの技はほとんど使用されず、MCによるライムとスクラッチはほぼ添え物、逆にゲスト参加したStevenとJoeの強烈なキャラクターが改めて脚光を浴びた。日本で言えば、コロッケのモノマネで再浮上のきっかけを掴んだ美川憲一のようなものである。美川もそうだったけど、そこで変にアーティスティックな態度を取らず、エンタテインメントとして開き直りのスタンスで彼らに協力したことが、その後の成功に繋がったのだと思う。主役を喰ってしまう設定のPVも傑作だったしね。

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 そんな経緯もあってなのか、Geffin移籍後は、従来のバンド・メンバーのみの楽曲制作にこだわるのではなく、積極的な外部ライターの起用も行なうようになる。これは当時、泡沫LAメタル・バンドのひとつに過ぎなかったBon Joviを大ヒットに導いたプロデューサーBruce Fairbairnの意向が大きかったのだけど、そういったアドバイスも素直に聴けるようになったのが、ここからである。
 俺にとってのAerosmithとは、「普及型Stones」とか「B級バンドの最高峰」といった位置付けなので、キャッチーなメロディと明快なキャラクターが売りのバンドだと思っている。なので、シリアスなアルバム・アーティストというより、ベタなシングル・ヒットでこそ持ち味が発揮されるバンドなのだ。なので、その後のアルマゲドン主題歌も俺は昔から大好きである。ていうか映画が好きすぎるので、曲のタイトルがすぐ出てこないくらい。あ、「Miss a Thing」か。
 このアルバムから彼らの復活劇が始まり、他にも大ヒットしたバラード「Angel」というキラー・チューンも収録されているけど、俺世代にとってAerosmithとのファースト・コンタクトとなったのが、この曲のPV。ちょっとパチモン臭さの漂う廉価版Stonesとしての佇まいが、逆に開き直ることによってのポピュラリティーを強調している。
 見た目もサウンドもわかりやすい、これ以上はないというくらい「ルーズなロックンロール」のプロトタイプ。チャラい若造がやったらグダグダになりそうなところを、ベテランの力技、そしてきちんとセッティングされたプロダクションによって、緻密に構成されている。どんな仕事でもそうだけど、段取りをきちんとしておかないと、結果がついてこないのだ。
 ダルなブルース・タッチのハード・ロックと、70年代ブラス・ロックとのハイブリッドは絶品。こういうのってやっぱ、プロデューサーの手腕が出るな。




Permanent Vacation
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Eurythmics 「I Need a Man」

Eurythmics+I+Need+A+Man+82610 1987年リリース、6枚目のアルバム『Savage』から3枚目のシングル・カット。UK26位US46位を記録している。のちにDave StewartはMick Jaggerと豪華バンド「SuperHeavy」を結成することになるのだけど、ここではそのStones的エッセンス、ディストーションをバリバリ効かせたギター・ロックに仕上げている。
 悪魔が憑依したMarilyn Monroeのようなビッチな出で立ちのAnnie Lennox、それまでは性的要素を限りなく排除した中性的なルックスだったのが一転、既存イメージに捉われないビジュアルを展開している。ファースト・シングル「Beethoven」では、ソファで編み物してる普通の主婦を演じてるし。
 ちなみにこの2曲は連作PVとなっており、強迫観念によって次第に追い込まれ、壊れてしまった主婦Annieはビッチ化、この曲で主役となる。さらにおまけがあって、次のシングル「You Have Placed A Chill In My Heart」ではこの2人に加え、通常ヴァージョンのAnnieがメインとなり、三者三様の共演となる。
 UK1位を記録した85年のシングル「There Must Be an Angel」で一気にメジャー化した彼ら。それまでは「中性的な女とヒゲ面男によるダークなテクノ・ポップ・デュオ」といったイメージが強く、お茶の間ウケするタイプのアーティストではなかったけれど、この辺から日本でも紹介されることが多くなった。

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 普通のアーティストなら、ここからさらなるメジャー展開を図って、二番煎じ・三番煎じの楽曲で畳みかけるか、それか逆にひねくれたアングラ・マイナー路線へ移行してしまうかどっちかなのだけど、彼らはどちらの道も選ばず、潔くメジャー・シーンに踏みとどまりながら、イメージの固定化を嫌った独自路線を貫いた。こういったアプローチは、70年代のBowieと通ずるところが多い。
 Dave が丹念に創り上げた無機質テクノポップ・サウンドに、ユニセックスなルックスとマッチした、ドスの効いたAnnieのソウルフルなヴォーカルを載せるのが初期のスタイルだったのだけど、キャリアを積むに従ってAnnieのアーティスト・エゴが増大、それに引っ張られるかのように、シンセを中心に構築されたDaveのサウンドもまた、次第にテクノ要素が減衰、生音比率も高くなってゆく。YazooもPSY・Sもそうだけど、男女のテクノポップ・コンビは大抵、女性が強くなった末に発展的解消となるのが常である。




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Fleetwood Mac 「Big Love」

fleetwood-mac-big-love 1987年リリース、Fleetwood Macにとって15枚目のアルバム『Tango in the Night』からの先行シングル。UK9位US5位は、久々の現場復帰のスタートしては、上々の滑り出しとなった。
 ほとんど解散状態だった彼らにとって5年ぶりとなったこのアルバム、実質は、音楽的リーダーLindsey Buckinghamがソロ・アルバム制作中のマテリアルをモチーフとしたもので、そこにそれぞれソロ・キャリアを築いていたStevie Nicks と Christine McVie が曲を持ち寄った形となっている。当然、彼女たちがまともにプレイするはずもなく、サウンド・メイキングはLindsey に丸投げ、彼女らはほぼ自曲のメイン・ヴォーカルとちょっとしたコーラスのみの参加となっている。
 元祖レコーディング・オタクのLindsey であるからして、こういった彼女らのオファーを受けることは、願ったりかなったりである。どうせ他のプロデューサーにやらせたとして、あれこれ口を出してしまうだろうし、それならいっそ全部自分でやった方がいい、というところに落ち着いてしまう。彼がやったらやったで、女性2人からの注文があぁだこうだとうるさいけど、彼にとってはそういったオファーにいちいち応えることも、充実感のひとつなのだ。まぁプレイの一環だな。
 当然、バンド名の由来となったMick Fleetwood と John McVie 。相変わらず、彼らの貢献度は薄い。ていうか、ほぼ何もしていないに等しい。一応、リズム・セクションでクレジットされてはいるけど、それだって怪しいものである。あのLindsey なら、取り敢えずレコーディングだけさせておいて、後で総差し替えしそうだし。

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 このアルバムのリリース時点で、彼らはすでにオールド・ウェイブに属しており、現に代表作『Rumours』『Tusk』はMOR~AORの名盤として評価が確定していた。「ライトでメロウな大人のロック」という位置づけだったはずだし、マーケットもまた、そういったオーソドックスな路線を望んでいたはず。はずなのだけど、このアルバムで脱退を決めていたLindseyのやりたい放題が爆発しているのが、この『Tango in the Night』である。
 特にこの曲は、レコーディング・オタクの趣味・嗜好がダイレクトに反映された、変態ポップの極致。マリアッチを想わせるギターは、偏執的なミュートとコンプとが入り混じった人工的な音像を創り出している。密室的でありながら浮遊感あふれる、スタジオで加工しまくりました的なサウンドだ。
 熱くエモーショナルで、それでいて過剰なLindseyのヴォーカルは、特に高音パートは神経質的に空間を響かせる。PVでの彼の顔は、必死に堪えているけど、泣き出しそうな不安定さを抱えている。ネックをやたら立て、ストラップを長くしたギターの構えも変だし。
 そして彼とヴォーカルを分けるのは、デビュー当時から妖女と謳われ、そして今もまだギリギリ、ごく一部では謳われているStevie Nicks 。ヴォーカルと言っても、そんなきちんとしたものではなく、要するに「喘ぎ声」。彼女の最もセクシーなヴォイスをサンプリング処理して、疑似的なデュエットして仕上げることに精を挙げるLindsey。どっちもやっぱり変だ。


 
 社内恋愛の元相手と職場を共にする気分は、一体いかがなものなのだろうか。彼らほど長いキャリアになると、もうそんなことも気にならなくなるのかな。まぁこのバンドの男女関係はもうほんとグッチャグチャなので、この程度は単なる羞恥プレイの一環だったのかもしれない。本題とずれるので、その辺はwikiで調べてみて。いやほんと、昼ドラ顔負けだから。
 そう、彼こそ「遅れてきたポップ馬鹿」の称号に相応しいアーティストだ。この時点で、地位も名誉も名声もすでに築いていたはずなのに、ここに来て密室ポップの才能が爆発、メジャー・シーンの中で大きく攻めるサウンドを提示してきた。


Tango In The Night
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Chris Rea 「Driving Home For Christmas」

Chris-Rea-Driving-Home-For-Christmas 当初は、いまだCMでも耳にする機会が多い「On the Beach」で書こうと思っていたのだけど、彼について調べてるうち、「あぁこの曲はChris Reaだったんだな」と知って、やっぱりこっちにした。言われてみればあのしゃがれ声、確かに彼だ。
 もともとシングルのみのリリースでいわゆる企画モノ、1988年の初リリース時にはUK53位程度だったけど、徐々にクリスマスの定番ナンバーとして定着し、UKにとどまらず世界中で知られたナンバーになっている。
 もしかしたら俺だけかもしれないけど、これがChris Reaの曲だったとは知らず、これまで来た次第。ていうか、「On the Beach」だって誰が歌ってるのか、知らずに聴いてる人も多いと思われる。
 アーティスト自体は存在感が薄いけど、名曲はしっかり後世に受け継がれている。こういうのって、ある意味、ソングライターとしては理想なのかな。時代を超えて残る歌をひとつでも残すことができれば、ある意味、幸福なのかもしれない。
 彼の曲全般に言えることだけど、決してサービス満載の楽曲ではない。酒とニコチンで焼かれたようなスモーキー・ヴォイスに加え、サウンドは至ってシンプルだ。特別、凝ったコードやメロディでもない。むしろ、バックボーンとなっているのは古いブルースであり、そこから由来する無愛想なサウンドは、甘いポップ・ヒットに辟易した大人の耳を惹きつける。

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 AOR的な販売戦略のもと、彼の80年代は主にシャレオツ感を漂わせる孤高のアーティストとしてメディアに露出していた。根っからのブルース・ロック・マスターである彼の作風は何ら変わらなかったのだけど、そのぶっきらぼうな所作と作風が、アーバンかつトレンディな時代にたまたまマッチした。中身は何も変わってないのに。
 Gary Moore もそうだったけど、あまりに過剰なヒット・システムに組み込まれてしまうと、その反動なのか、突然、地味なブルース回帰を行なうのが、UKブルース・マンの特徴である。これまでのビジョンとかけ離れたポジションに居心地が悪くなってしまったのか、この後、Reaは急激なブルース回帰を行ない、大作『Blue Guitars』をリリース後、しばらく沈黙期間に入る。その大作というのが、何とCD11枚組。Princeのブート並みに膨大な物量である。やっぱ英国人って変わってるよな。ていうか、それで普通なのか。
 そんな偏屈さも頑固さも一旦脇に置いて、聖なる夜を家族で過ごすため、早く家へ帰ろうよ、と素直に語りかけるのが、このナンバー。
 仏頂面はいつもと変わらないけど、どこか楽しそう。カクテル・ピアノとストリングスの調べに乗せて、珍しくリズムに体を揺らせているのが想像できる。
 クリスマス・シーズンに公開されるアメリカ映画のハッピーエンド。
 何となく、そんなシーンを連想してしまう。
 ファニーでロマンティックで、それでいて誰もがついついホッコリしてしまう曲。
 皮肉屋ばっかりの英国人も、クリスマスがテーマとなると、素直にいい曲を書く。




The Very Best of
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Grace Jones 「La Vie en Rose」

Gracejoneslavieenrose 80年代というくくりで書いてきたけど、「Free Soul」シリーズのコンピに入ってたこれをたった今聴いてて、グッと持っていかれたので、ここで紹介。調べてみると、1977年リリースだった。
 俺にとってのGrace Jones とは、やたら前衛的なファッションで世間を騒がせた、今で言うLady Gagaのルーツ的な人という位置づけで、正直、まともに音源を耳にしたことがなかった。特に俺が10代の頃の彼女は『007』や『コナン・ザ・グレート』での個性派女優といったイメージが強く、はっきり言っちゃうとイロモノ的なポジションだった。
 そんな絶頂期にリリースされたアルバム『Slave to the Rhythm』のジャケットは、俺の中の先入観をさらに増幅させた。この時期の彼女はミュージシャンというよりもパフォーマー的なスタンスでの活動が多く、コンセプチュアル・アート的な作品が多かった。この時期の作品をYoutubeでチラッと聴いてみたけど、まぁ時代の産物かな、といった印象。改めて聴き直す気は正直ない。
 フランスの国民的シャンソン・シンガー Edith Piaf によって世に出たスタンダード・ナンバー、ってそのくらいはわかるよね。日本では越路吹雪ヴァージョンが有名だし、近年では山下達郎がア・カペラ・スタイルでカバーしていた。調べてみると、モー娘。の飯田圭織もカバーしてるらしい。聴いたことないけど。

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 そんな幅広いジャンルのシンガーがカバーしているので、様々なスタイル、それぞれの「La Vie en Rose」が存在する。正直、古臭いスタンダード・ナンバーと思っていたので、俺自身、この曲に思い入れはほとんどない。
 そういったフラットな状態で耳にして、引き込まれちゃったのが、このヴァージョンだった。
 Grace Jones と聴いて想像するような、アブストラクトで挑発的なサウンドではない。むしろ限りなくオーソドックス、真っ当なカバーとなっている。フィリー・ソウル・サウンドの中枢だったシグマ・スタジオで、モデル上がりのジャマイカ娘に、有名シャン総・ナンバーをカバーさせるという、こうして書いてみるとキワモノめいた組み合わせなのに、それらがすべて奇跡的にピッタリと噛み合い、普遍性を放つ傑作が誕生している。
 これが偶然の産物なのか、はたまた巧妙に仕組まれた戦略だったのか。まぁ多分前者だろうけど、それを実行に移した当時のレーベルIslandの慧眼ぶりと言ったら。デビュー作でこれほどの貫録を見せつけてしまったのだから、普通ならこの路線を突き詰めてゆくところだけど、そこに収まらず破壊する方向を選ぶGraceもまた大したもの。

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 何しろ67歳を過ぎてるのに、公衆の面前でこんなパフォーマンスを行なってしまうくらいだから、その前衛性は計り知れない。
他のアルバムも聴いてみなくちゃな。
彼女に限らず、聴いてない音楽はいっぱいあることに気づかされた。




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 邦楽編同様、こちらも長文になった。後半5曲はまた次回。




80年代ソニー・アーティスト列伝 番外編 - 俺の好きな80年代ソニーの曲 その2

 前回からの続き、後半5曲。こちらも思ってたより長くなった。
 前置き抜きで、今回もすぐ始める。

ハイ・ファイ・セット 「素直になりたい」

104079468 ハイ・ファイ・セットと言えば、ユーミン制作によるスタンダード・ナンバー「中央フリーウェイ」や「卒業写真」が一般的な代表作とされているけど、いずれも70年代のヒット曲。もともとフォーク・グループ赤い鳥解散後に結成された彼ら、出自からいってPFMに端を発するライト・フォークの流れだけど、もう少しソフィスティケートされたニューミュージック・ラインが彼らの持ち味で、荒井由実固有のオリジナリティあふれるメロディ・ラインに乗せた浮世離れのコーラス・ワークは、長い間、独自のスタンスを維持していた。
 いま思えば、決してあか抜けた時代とは言い切れなかった70年代後半の日本において、ハイ・ファイ・セットのアルバムを日常的に聴くユーザーというのが、一体どれだけいたのだろう、と疑問に思ってしまうのだけど、コンスタントな音源リリースを続けていたということは、それなりのニーズがあったということなのだろう。オフコースなんかと同列だったのかな。
 初期は何かしらの形でユーミン夫妻が制作に噛んでおり、タイアップもそれなりについていたのだけど、キャリアを重ねるにつれてユーミンとのコラボも少なくなり、外部作曲家によって制作された楽曲は、精彩を欠いたものが多くなる。ニュー・ミュージック自体の隆盛は80年代初頭まで続いていたはずなのに、そのバタ臭さゆえ他アーティストとの差別化が強すぎて、どこか浮世離れしてしまった感も強い。時代に取り残されてしまったのだ。

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 長いことアルファ・レーベルに所属していた彼らが心機一転、CBSソニーに移籍してリリースされたのが、このシングル。初期の洗練されたニューミュージック路線から、多分レコード会社からの要請だったのか、次第に大人の歌謡曲テイストが強くなりつつあった彼ら、ドメスティックさが多くのユーザー獲得に寄与したとは言えず、何かと試行錯誤していた時期である。
 そういった負のスパイラルを打破するためのレーベル移籍だったと思われるし、コンセプトの軌道修正を図ることに一役買ったのが、作詞・作曲・プロデュースを行なった杉真理、その彼が方向性として位置付けたのが「大人のジャジー・ポップ」だった。ジャズ・テイストと言ってもアシッド・ジャズ的なソウル・タッチではなく、もっと遡ったスウィング時代、1920年代のレトロ=モダン・テイストを80年代に蘇らせた。Manhattan Transferにも通ずる「大人のためのポップス」は、その後も連綿と現代にまで続くライト・メロウ路線の礎となった。




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ボ・ガンボス 「夢の中」

bogumbosbogumbo1-1 ローザ・ルクセンブルグ~ボ・ガンボスと、日本のロック・ポピュラー史において重要なバンドを2つも組んでしまったどんとの評価は、実はいまだに定まっていない。70年代のアングラの空気を、圧倒的な演奏力とパフォーマンスによって、永遠のマスターピースにまで昇華してしまったローザ、そのローザ末期から傾倒しつつあったジャングル・ビートに魅了されて、ほとんど思いつきで結成されたにもかかわらず、こちらも伝説のバンド化してしまったボ・ガンボス。いまだにどんとの死を悼む声、彼らの解散を惜しむ声は絶えない。
 ボ・ガンボスと言えば一番有名なのがデビュー・アルバム、Bo Diddley 直系のジャングル・ビートと土着性の強いセカンド・ライン・サウンドが話題をさらったけど、そういった派手な打ち上げ花火とはまた別の路線、純朴なシンガー・ソングライターとしてのどんとの一面が窺える名作バラード。

 流されて 流されて どこへ行くやら
 くりかえす くりかえす いいことも やなことも
 淋しいよって 泣いてても
 何ももとへは もう もどらない
 欲しいものはいつでも 遠い雲の上

 書き起こしてしまえば何ていうこともない、ほんと普通の言葉たち。
 ただ、この普通の言葉たちが、どんとという稀代のミュージシャンの声を通すと、まるで響きが違ってくる。
 センチメンタルでありながら強靭で、泣き出したくなるのにどこか笑っちゃう。そんな入り混じった感情が、声と言葉、そしてシンプルなキョンのピアノの調べによって奏でられる。
 何年か前、「僕らの音楽」に出演したYUIが、セッション企画としてどんと抜きのBO GUMBO3を希望、この曲を選んだことで、ちょっとだけ話題になったのを覚えている人も多いと思う。
 正直、彼女の声質とどんととではあまりに共通点が少なく、クオリティとしてはミスマッチ感ばかりが目立ったものだったけど、少なくとも彼女がこれを選んだという事実は深い。拙い未熟なカバーではあったけれど、音楽に対する真摯な姿勢は伝わってきた。
 そんなこともあって、俺はYUIを全面的に信頼してしまうのだ。
 でも、一番好きなのは「CHE.R.RY」だけどね。




ずいきの涙~ベスト・オブ・ボ・ガンボス・ライブ・レコーディング
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爆風スランプ 無理だ!

31305 「ランナー」以前の爆風スランプが、ある意味、批評性の強いコミカル・ロック・バンドだったことを覚えている人は、今ではほとんど少ない。
 当時のライブハウス・シーンで、群を抜いた音楽センスとテクニックを有したファンク・バンド「爆風銃」と、サンプラザ中野・デーモン小暮と、後に80年代ソニーの屋台骨の端っこ辺りを担ぐことになる、錚々たるメンツを輩出したコミック・バンド「スーパースランプ」とのハイブリットによって誕生したのが、爆風スランプである。
 「ランナー」以降に確立した「不器用な青春男子への応援歌」路線によって、次第に笑える要素や批評性が薄まってゆき、90年代初頭のソニーの一角を担うほどにまで成長したけど、次第にメッセージ性やビジュアルのインパクトばかりに注目が集まるようになり、肝心の音楽面がマンネリ化していったことは、この手のバンドにとっては避けられない事態である。くっだらないダジャレを交えたコミカル路線と、ノン・ミュージシャンであるからして体現することができたサンプラザ中野の叙情性とのバランスが絶妙だった初期は、大きくセールス的に飛躍することはなかったけど、確実にお茶の間の認知は掴みつつあったし、実際、今も人気の高い曲が多い。

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 初期の彼らは、ソニー3大イロモノバンドとして、聖飢魔II・米米クラブと同列で語られることが多かったけど、下手な本格ロックバンドより演奏スキルの高かった彼らにとって、逆にそれは褒め言葉でもある。クレイジーキャッツの昔から、音楽で遊ぶバンドの演奏スキルは高いレベルが求められる。拙い演奏でおどけられても、それはイタイだけで笑うこともできないし、観衆の耳を惹きつけることもできない。3組とも、その辺は共通している。
 これと並ぶ初期のソリッドなロック・ナンバー「東京少女A」と迷ったけど、意味という意味を極限までそぎ落とし、しょーもない言葉の羅列としっかり作り込まれたバッキングとのコントラストが、俺の心を強く掴んじゃった。

 うでたて うでたて
 無理だ ワニのうでたて伏せ
 できるもんならやってみな

 …ほんと、しょーもない。書き出して後悔した。くっだらねぇ。
 他愛ないジョークの羅列を、血管が切れるほどの力技でねじ伏せてしまう中野、そして無駄にハイレベルな超絶ハードコア・パンク・サウンドを披露する演奏陣。「人魚のセックス」やら「カメの腹筋」やら、今どき小学生でも鼻で笑ってしまうような歌詞を、大真面目に議論するメンバーらの表情は真剣だ。




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南佳孝 火星のサーカス団

5sZFl 80年代の南佳孝は、AOR~フュージョンから派生したジャパニーズ・シティ・ポップのオリジネイターの一人として、アーバンでトレンディでなんとなくクリスタルで浮世離れした世界観を、盟友松本隆と共に量産していた。ティーンエイジャー向けのロックとはもともと反りの合わなかった南、ロック全盛の70年代は山下達郎同様、彼にとっては雌伏の時代であったけれど、継続は力なり、世の中のライト&メロウの流れが彼にとっては追い風となり、ロックを卒業した大学生以上のユーザーにとっての受け皿となった。
 もともとロック以前のポピュラー音楽に精通していた彼が、既存のニューミュージック・サウンドに、ラテンやジャズの要素を添加してオリジナリティを固めてゆくことは、ごく自然の成り行きだった。
 彼自身としては、特別、シャレオツな音楽を作るんだと意気込んでいたわけではない。ただ、ロックを卒業した後の20~30代の音楽ユーザーの進路が、演歌くらいしかなかった80年代初頭の音楽シーンにおいて、各レコード会社が総力を結集して「ロック以降」を見据えた次世代戦略を立案遂行していたことは確かである。
 音楽がインテリアの一部として捉えられるようになったバブル突入以前、前述のハイ・ファイ・セットにも言えることだけど、30代以降のミュージシャンがいつまでもティーンエイジャー向けの歌ばかり歌っていても、違和感ばかりが残ってしまう。受け手側と同時に、供給側も成長することによって、ビジネス・チャンスの裾野を広げてゆくことは、戦略的に間違ってはいない。むしろ、見事な先見性だったと評価できる。

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 ただ、限られた世代や嗜好に向けての音楽制作は、ある程度固定化したユーザー層によって、安定した収益を得ることはできるけど、それはあくまでビジネス上の話、アーティストのクリエイティヴィティから見ると、次第に硬直化してしまう。この傾向のユーザーにはこういったサウンド、と類型化してしまうことによって、音楽が工業製品化してしまう。また、そのユーザー以外には広がりを見せず、身内ウケの音楽になってしまうのだ。
 そういった危機感を抱いたのかどうかは不明だけど、南がこの時期、いつものユーザーを対象とせず、まったく別の路線、これまで接点のなかった幼児やその親向けに作っちゃったのが、この曲。1985年終盤、NHK「みんなのうた」で不定期に放映された。

 星空に響くファンファーレ
 ヒゲの団長の挨拶

 観客はみんな火星人
 決して笑わない人たち

 星空に舞い上がる
 空中ブランコ
 そうさぼくは哀しいピエロ

 寓話タッチでほのぼのとした、それでいてちょっと物悲しい世界観を演出した松本隆。こんな歌詞も書けたんだな。そんなテーマと歌詞に呼応して、コードもメロディも限りなくシンプルに、子供でも大人でも気軽に口ずさめるように作られている。サウンドもわかりやすく明快に、この時期でもすでに古臭く感じたテクノ・ポップ調のピコピコ・サウンドでまとめられている。
 残念なことにこの曲、シングル・アルバムとも未収録であり、過去に一度、「みんなのうた」のオムニバスCDに収録されたっきり、現在では入手できる手段がない。本人の意向なのか権利関係のゴタゴタなのかは不明だけど、音源化される機会もなさそうなので、どうしても聴きたい人は、「みんなのうた」のHPにリクエストしてみよう。
 俺も久しぶりに映像付きで見てみたいし。


30th STREET SOUTH~YOSHITAKA MINAMI BEST
南佳孝
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PEACE BIRD '89 ALL STARS「正義の味方」

m_hiroshi8901 「1987年から10年継続して開催し、広島から世界平和のメッセージを音楽で発信する」という壮大なコンセプトのもと、多くの著名日本人アーティストが集結して開催された音楽イベント『ALIVE HIROSHIMA 1987-1997』。代理店とプロモーターとが結託してぶち上げた、バブル絶頂期を彷彿とさせる大風呂敷イベントは、回を追うごとに尻つぼみとなって行き、当初の10年を迎える前、8年目の1995年を最後に自然消滅してしまう。
 毎年、主要出演アーティストが集結してテーマ曲を作成、その都度チャリティ・シングルとしてリリースされていたのだけど、正直、俺もすべて把握してるわけではない。途中までだけど、詳細データはここが一番揃っていた。
 俺が継続して取り上げている「80年代ソニー」もそうだけど、このような80年代の日本の音楽シーンの記録というのは、案外きちんとまとめられていないため、情報収集には苦労する。東京ロッカーズを始めとする、いわゆるアングラ・シーンの情報というのは、結構早い段階から検証・批評が為されているのだけど、本来、もっときちんと整理されているはずのメジャー・シーンの歴史というのは、ヒット曲中心の視点で終わっている。
 知りたい情報は、やはりネットだけではなく、実際足を使い、掘り起こしていかなければ、実像は掴めないのだ。雑誌媒体も、そのうち掘り起こしていかないとダメだよな、やっぱ。どこかできちんとまとめようか。

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 で、今回紹介するのは1989年リリース、3回目のテーマ・ソングとして制作された「正義の味方」。前年にリリースされた辻仁成作詞・レッド・ウォーリアーズ小暮武彦作曲による「君を守りたい」が、本来のテーマに則ったオーソドックスな応援ソングだったのに対し、ここでは同じ「平和」をテーマにしているにもかかわらず、あちこちに皮肉めいた言葉遣いや揶揄が目立っている。

 誰かがうまく やろうとしてる
 その顔はいつも 隠されている
 ツケはいつでも全部 子供たちに回して
 あげく 罪さえも背負わせようとしているんだ

 正義の味方に気をつけろ 独りよがりのヒロイズム
 マスクとマントで身を隠し 
 薄笑い浮かべた 阿修羅がもう
 君の胸にも忍び込む
 気をつけろ ほら来るぞ

 作詞はブルーハーツのマーシー。加えて、バックトラック作成を主導したのは、バービーいまみち。実際、いまみちが各参加アーティストを想定した音作りを行なっているけど、結局は思いっきりいまみちの独断にあふれまくったギター・ロックに仕上がっている。
 こんな2人が中心となったのだから、そりゃ屈折具合はMAX、すれっからしの曲になるのは目に見えていた。よくOKしたな、主催者も。
 参加メンバーもまた豪華で、「だいすき」がスマッシュ・ヒットして間もない頃の岡村ちゃん、当時、いまみちとのコラボが多かったPSY・S 2名、そして久保田利伸、デーモン閣下という、80年代後期のソニーを牽引したメンツだけでなく、タイマーズのゼリーも参加している。
 そして極めつけは、ナレーションの伊武雅刀。今の渋い個性派俳優振りからは想像つかないけど、この人はかつて「子供たちを責めないで」というアジテーション・ソングで「夜ヒット」のスタジオを凍り付かせ、また同じく「夜ヒット」でストリート・スライダーズが初登場した際、熱狂的ファンという名目で電話出演を果たした、何だかよくわからない人である。
 多分、権利関係がいろいろ複雑そうなので、南佳孝同様、今後も再発される気配はなさそう。なので、聴きたい人はヤフオクかyoutubeを探してね。



 ここまで書いてから調べてみると、なんと発売元はポリドールだった。ソニー系のアーティストばっかりだったから、てっきりソニー発売だと思ってたのに。思い込みって怖いよね。



80年代ソニー・アーティスト列伝 番外編 - 俺の好きな80年代ソニーの曲 その1

 祝・200回目のテーマは結構前から決めていた。実は100回目を書いてからすぐ構想したもの。
 80年代ソニーの迷宮は奥が深く、アルバム単位だけでは俯瞰しきれないし、アルバムの中の隠れた名曲もいっぱいある。
 前置きはここまで、早速始める。行くぜっ。



パール 「One Step」
 
パール - First 1987年デビュー、男女各2名で構成されたハードロック・バンドで、これはデビュー・アルバムのラストに収録されている。PVも制作されており、リコメンドとして結構な回数で流されていたので、てっきりシングル・カットされているかと思ったら、プロモ盤のみで一般流通はされなかった。まぁヴァージョンはまったく同じなので、音源自体を探すのは、それほど難しくない。
 そのデビュー作のプロデュースに、すでにこの時点で日本のロックの重鎮的存在だったCharを起用している。ここではChar、70年代ロックのイディオムを押し通すバンド側と、ソニー・サウンドのフォーマットに当てはめたがるレーベル・サイトとの緩衝役をうまく勤め上げ、80年代に通用するサウンドにどうにか仕上げている。クラシック・ロック一辺倒と思われがちな人だけど、案外新しもの好きで時流を読むことにも長けているため、今の地位がある。ただの70年代ロックゴリ押しの人ではないのだ。
 メイン・ヴォーカルとギター、それにほとんどの作詞・作曲も手掛けていたのが、リーダーの田村直美。セールス的に上向く兆しが見えなかったパールは、90年代を迎えることができずに田村のソロ・プロジェクトに移行、その後はちょっとした棚ボタでミリオン・シンガーとして復活する。もともとシンガーとしてもコンポーザーとしても充分なポテンシャルを秘めていた人であるからして、成功もまた当然の帰結とは言えるけど、根っこは泥臭いハード・ロックにある。

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 「ミュートマJAPAN」や「ポップ・ジャム」への出演も多く、そこそこテレビ出演もこなしていたけど、ポップでキャッチーでライトなサウンドが主流の80年代ソニーにおいて、彼女らのサウンドは異質だった。バンド・サイドとしては、取り敢えずメジャー・デビューのきっかけとしてソニーを選ばざるを得なかったのだろうし、当時のソニーもまた、アングラ臭極まりなかったスライダーズのようなバンドを、どうにか一般向けにディレクションして商品価値を高めた実績から、彼らもうまくソニー・カラーに染め上げることができると踏んだのだろう。双方、それなりに企業努力は行なったはずなのだけど、実を結ばなかったのはやっぱり相性だったわけで。
 パールとしての活動自体はフェードアウトしてしまったものの、ソロ・アーティスト田村直美のポテンシャルは別格とされ、その後もマイペースな活動を継続中。しかも十年に一度くらいのペースで「パール」の名前を復活させ、短期限定でライブを行なっているくらいだから、それ相応の思いれが強いのだろう。
 デビュー作となったこの曲の頃は、まだソニー・サイドのディレクションが強く、バンドとしての一体感やグルーヴを抑えめに、パーツごとの分離の良いミックスを施すことによって、聴きやすくフラットな音像に仕上げている。いわゆるCD初期特有のドンシャリ・サウンド、Aメロ~サビを際立たせるメロディ・ラインによって、見事な歌謡ロックに仕上がった。
 ただ、基本ラインはゴリゴリの70年代ハード・ロック。80年代のChar のベスト・ワークのひとつである。



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松岡英明 「Kiss Kiss」
 
220007519 1989年リリース10枚目のシングル。1986年に布袋寅泰&ホッピー神山という、字面だけでも濃すぎるタッグのプロデュースにてデビューしている。その後の音楽的傾向から見て、どうしてもこの2名とは結びつかないのだけど、まぁ彼らもお仕事ということで。当時のソニーだからして、そりゃもうギャラが良かったとしか思えない。
 で、一応ニューウェイヴ~ニューロマ系のサウンド・コンセプトで作品をリリースしていた松ボー、ソニーの戦略としては、先んじてヒットを連発していた渡辺美里の男盤として売り出したかったらしく、その甘く端正なビジュアルを前面にだした、アイドルとアーティストの中間的な路線で活動していた。当時のリリース・ペースはアイドル並みのローテーションでスパンも短かったけど、出来不出来は別として、ほとんどの楽曲を自らてがけていたことは、ちょっと驚いた。もう少し歌が上手かったら、徳永英明にとって代わる存在になれたはずだったのに。いや、当時のソニーじゃ無理か、どれだけうまくてもビジュアル優先だったろうし。
 Duran Duranに憧れたバンド少年が、TMネットワークのビデオ・ライブを観に行った時にスカウトされた、というエピソードからわかるように、基本はミーハー気質の人である。ニューロマ系の煌びやかなサウンドにマッチした美少年的ルックスは、ソニーが画策していた「ビジュアル系アイドル」のイメージにピッタリだった。
 シンガー・ソングライターとしてデビューはしたけれど、本人的にもアイドルへ比重のかかったポジションを楽しんでいた感があり、実際、初期作品のクオリティは、お世辞にも高いと言えるものではない。結局、この時期の代表作と言えるのは純粋な自作曲ではなく、NHK「ジャスト・ポップ・アップ」のMCという、アーティストとしては厳しい現実だった。

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 これまで松ボーの作品は、コアなファンの買い支えによって、そこそこのセールスを獲得してはいたけど、大きなシングル・ヒットもなかったため低め安定、ライト・ユーザーを引き込むキラー・チューンがないのがネックだった。ていうか、当時の松ボー・サウンドの主流は、TMの劣化コピーのようなお子様向けダンス・ポップ・チューンばかりで、とてもスタンダードになり得る楽曲は見当たらなかった。しかも、ビジュアル優先でファンとなった松ボー・ユーザーらにとっては、「松ボーが歌ってればそれで充分」なので、彼自身も創作意欲が掻き立てられなかったこともまた事実である。
 そんな中でリリースされたのが、この奇跡の楽曲。これまでは、どれだけニュー・アイテムがリリースされたとしても、松ボー・ファン以外の広がりを見せなかったのが一転、すれっからしの音楽ファンでさえ、思わず耳を疑ってしまったのが、この甘く切なくドリーミーなポップ・チューン。
 松ボー本人としても、この一世一代のナンバーによっぽど自信があったのだろう。彼の甘いヴォイスの魅力を最大限活かすには、リズムに凝るよりもむしろ、基本的なカノン・コードで押し通した方が良いことを悟り、しかもすべてを英語詞で押し通すことによって、時代に風化しない楽曲となった。
 セールス的には大きく目立った動きはなかったけど、80年代のライト・ポップ好きの間では、いまだ根強い人気を持つナンバー。こういった隠れ名曲がゴロゴロ転がってるのが、80年代ソニーの底の深さでもある。




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Radio-K 「使い放題tenderness」
 
41PUGq6Lo5L 1988年に公開された映画『・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・』サントラ収録曲。今では知る人も少なくなったユニット Radio-Kは、バービーボーイズのコンタといまみちともたかを中心に結成された、実質バービーのサイド・プロジェクトである。そこにいまみちの旧友能勢寛を加え、かれはここでアルバム6曲中2曲のヴォーカルを取っているけど、正直特筆するほどの個性はない。ていうか、コンタと比べたらキャラは薄いよな、誰だって。これで自信喪失したのか、その後の活動状況は不明。
 映画主演が決定したコンタがサントラも担当することになったため、コンポーザーとしていまみちを引っ張り込んだ形。となっているのだけど、これが当初、バービーとしてオファーがあったのか、それともバービーとして受けられなかった事情があったのか、その辺がどうも不明。
 この時期のバービーは、前年リリースのシングル「女ぎつねon the Run」のスマッシュ・ヒットによってブレイク、「ロック版ヒロシ&キーボー」と揶揄されていた状況から一転して、本格的なロック・バンドとしてのステップを歩みつつあった頃である。初期のバービーは、80年代トレンディ・ドラマのような男女の丁々発止の掛け合いが好評を博していたけど、「女ぎつね~」以降は次第に内省的な歌詞が目立つようになり、それに伴ってコール&レスポンスのような一体感は失われてゆく。U2のEdgeを始めとしたUKニュー・ウェイブ・サウンドにモロに影響を受けた、いまみちのギターを軸としたサウンドも、次第にトーンに歪みがかかるようになり、得も知れぬ不満を露わにしたサウンドが主となってゆく。

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 なので、この時期のバービーは、次の展開を練るために小休止中、他者からのインプットを得るため、メンバーは各自ソロ活動中だった。サウンド・メイキングの要であるいまみちもまた、特にPSY・S松浦雅也とのコラボによって新たなインスピレーションが沸いてきた頃であり、それが後期の傑作『√5』として結実する。
 その緩やかな変化の前、ここでは「クライアントが求めるバービー像」を軸として、取り敢えず新たなサウンド・コンセプトは封印している。真のクリエイティヴを追求するオリジナルとは違い、あくまで外部発注の要望に応える「商品」制作の要請であるからして、ここでのいまみちは「ヴァーチャルなバービーボーイズ」サウンドの構築に専念している。まぁそれだけじゃ飽きちゃうので、知り合いを入れて新味を添加してみたわけで。一応、バービー名義でシングルは発表されているのだけれど、正直、バンドとしての体裁が整えられているだけで、ほとんどいまみちとコンタで作り込まれたと言ってもよい。
 前述したギター・オリエンテッドなサウンドは、Edgeによって完成された深いディレイで埋め尽くされ、サビで力強いカッティングを入れている。この強めのカッティングが、これまでのバービーにはなかったもの。初期バービーをよりソリッドに近づけたサウンドは、彼らが真性のロックバンドであることを思い出させてくれる。




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バブルガムブラザーズ 「やっぱJB」
 
_SL1304_ (2) 芸人としての行き詰まりを感じた近藤伸明が小柳トムを誘って結成、1985年にレコード・デビューしたバブルガム・ブラザーズは、「WON'T BE LONG」まではなかなかヒットに恵まれなかったけど、今でいうパーリーピーポーの元祖的なショーマンシップと、グループ名から察せられるように、Blues Brothersをモチーフとしたステージ・パフォーマンスによって、そこそこの知名度を維持していた。80年代バブルの申し子的な賑やかし要員として、久保田利伸を中心としたR&Bコミュニティの幇間的役割を担っていたけど、肝心の音楽面では特筆するほどの活躍は見せられずにいた。
 音楽面・ステージ面においてもイニシアチブを取っていたブラザー・コーンは、70年代ディスコの申し子的存在としてダンス・クラシックにも精通しており、その膨大な勉強量に裏付けされた知識は、本職のミュージシャンでさえも舌を巻くほどであったけど、そのスキルが楽曲にフィードバックされていなかったこともまた事実。ソウルだファンクだディスコだと説いていても、いつものソニー・マジックによって不本意なポップ成分が添加されるしまい、パッケージされるのは中途半端なポップ・ソウルばかり。しかもそれがかなりポップ寄りだったから始末に負えない。アメリカで芽生えつつあったギャングスタ・ラップの風貌を先取りしていながら、歌ってるのはMTVサイズの小さくまとまった「悪ぶったポップ・ソング」だったので、そのギャップには本人たちも歯がゆかったんじゃなかったかと思われる。

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 そんな彼らがブラコン「風」やディスコ「風」といったフェイクを取り払い、ルーツであるJBへのリスペクトをストレートに表現したのが、このシングル。裏返してみると、これもまたある意味フェイクであり、「~風」ではあるのだけれど、これまでと違って自分たちのキャラクターを客観的に捉え、第三者的な批評性を付加することによって、「~風」ではないバブルとしてのオリジナリティが強く打ち出された。

 どうだい そっちの住み心地
 こっちはどうにも 気が抜けて
 早い帰りを待っている
 やっぱJB やっぱJB

 すごいメンバーそろってるんだろ 新聞で見たよ
 司会が欲しけりゃ 言ってくれ すぐにも飛んでくぜ

 古今東西、ここまでJB愛にあふれた曲を、俺は知らない。
 これが本人に届いたのかどうかはわからないけど、もし届いていたのなら、彼は一言、きっとこうつぶやくだろう。
 「最低の曲だ、でも、最高だ」。




GOLDEN☆BEST バブルガム・ブラザーズ
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白井貴子 「プリンセス TIFFA」
 
img_0 80年代の学園祭の女王として、またはフィメール・ロック・シンガーの草分けとして、はたまた山下久美子から渡辺美里への中継点的役割を果たしたのが、白井貴子である。こうやって書いちゃうと、何だか場繋ぎ的なポジションのように思われてしまうけど、その後のソニーの女性ミュージシャン戦略のプロトタイプとして、彼女の功績は重要である。
 80年代初頭までの女性ロック・ミュージシャンは、どうにもアバズレ的、子宮を中心に据えたビッチ的視点(またはJanisの視点)で捉えがちだったけど、セクシャリティの薄い山下久美子の登場によって、ビッチ路線以外の新たな方向性が生まれ、次にクイーンの座を委譲された白井貴子によって「近所の大学生のお姉さん」的なカジュアル路線が誕生した。美里の「アイドルとアーティストの中間」路線が、それほど抵抗なく世に受け入れられたのは、白井の存在が大きい。
 大きいのだけど、その美里への委譲があまりにスムーズに行ったおかげで、白井のカジュアル路線は霞んで見えるようになる。美里との差別化を図るため、これまでのシティ・ポップ路線を一旦封印、ロック・バンドCrazy Boysを結成してサウンド・コンセプトも一新を図る。
 もともと佐野元春「Someday」のカバー・ヒットで注目されるようになった白井だけど、それさえもトップ10に入るほどの勢いではなく、ましてやオリジナル曲のチャート・アクションはもっと地味なものだった。彼女の中ではもっとも知名度のある「Chance!」でさえ、最高12位だったことは、俺もちょっと驚いた。リリースされた1984年はアイドル歌謡曲全盛期、大きなタイアップでもない限り、当時の彼女が志向していたシティ・ポップは影が薄い状態だった。

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 そんな行き詰まり感から活路を見出すためのロック路線だったと思うのだけど、それまでライトで爽やかなタッチのナンバーが多かった彼女の路線変更に、戸惑いを見せたファンも多かったはず。菊池桃子が突然、ロック・バンド(?)「ラ・ムー」を結成したように、彼女もまたどこか無理やり感、消化不良気味な状態が続いていた。
 そんな中、Crazy Boys 名義でリリースされたのが、このシングル。化粧品CMとのタイアップということもあって、ビート感を追求していたロック路線からはちょっと外れて、半分お遊び的な軽いポップ・サウンドでまとめられている。冒頭のコケティッシュな吐息、オールディーズのパロディのようなコーラス、敢えてアイドル路線に舵を切ったような甘いヴォーカライズ。ハードなサウンドを求めていたCrazy Boysのコンセプトとは、真逆のサウンドである。
 ただこれも、バンドというしっかりしたバックボーンがあったからこその結果であって、もしこれをソロでやったとしたら、もっと中途半端な仕上がりに終わっただろうと思われる。盤石とした土台があったからこそ、しかもCMオファーということで別コンセプトを設定でき、これだけ遊ぶことができたというのは、白井とバンド、相互の信頼関係の為せる技だろう。
 シンプルなコードとキュートなメロディは21世紀においても互換性はあるとおもわれるので、誰かきちんとしたガールズ・ポップとしてカバーしてくれないものか。甘いヴォイスでグルーヴ感のある若手シンガーと言えば…、ダメだ思いつかねぇや。




白井貴子 ゴールデンJ-POP THE BEST
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 10曲紹介する予定だったのだけど、思いのほか長くなったので、一旦ここでひと区切り。
 残り5曲は次回。




 

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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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