#Various

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

200回記念第2弾 - 俺の好きな80年代の洋楽たち その2

Freddie Mercury 『The Great Pretender』

The_Great_Pretender_Single_1987 1987年のQueenは、結果的にオリメンでは最後となった『Magic』ツアーを終え、各自ソロ活動を行なっていた頃。アルバム未収録曲で、何のタイアップもないのにもかかわらず、UK最高4位に入ったのは、純粋なアーティスト・パワーの力、また英国人のFreddie愛の賜物。
 今もそうだけど、通常、シングルはアルバム制作中のリサーチとして、または完パケ後に前評判を煽るために景気づけにリリースされるものであり、単体企画でリリースされるケースはあまりない。Freddieはこの前後、初ソロ・アルバム『Mr. Bad Guy』とMontserrat Caballéとのコラボによるオペラ・アルバム『Barcelona』をリリースしているのだけど、この2つとの関わりはまったくない。ていうか、このシングルだけ、ディスコグラフィーの中ではポッと浮いている。
 もしかすると、この時期にソロ・アルバムを計画していて、実際に制作作業に入っていたのかもしれないけど、結局、この時期のアイテムがリリースされることはなかった。ほぼ定期的にアーカイブの整理作業が行なわれているにもかかわらず、発掘される気配もなさそうなので、ほんとにタマがないのだろう。
 シングル以外、ほんとに出来が悪かったのか、それとも単なる好奇心か。-多分、まとまったセッションを行なえるほどの気力・体力が失われていたのだろう。もはや時間は残されていなかった。

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 そんなことを杞憂だと思わせてしまう、まったく体力的な不安など感じさせないのが、この曲、ていうかPV。
 これを見ると、我々日本人がFreddieの何を知っていたのか、何たるかをきちんと理解していなかったことを思い知らされる。伝説として昇華し、いつの間にか聖人化されている空気があるけど、そんなもんじゃない。彼の本質はただの「過剰な自分好き」だ。
 とにかくあふれ返るほどの自意識、そしてむせ返るほどのナルシシズム、それでいて自分をきちんと対象化、つい笑っちゃえるように第三者化できるクレバーな視点。歌うのはFreddie自身だけど、コーラスも自分、寸劇のモブ出演も自分、とにかく自分で埋め尽くされている。
 「異常」の進化形を「過剰」であるとすると、この曲が最も最適なケーススタディ。ここまで過剰さが極まると、その濃密さは却って清々しくさえあり、関西のオバチャンの如く強烈な自意識とサービス精神は、聴く者・見る者の心を鷲掴みにする。
 -Freddieと同じ時代を生きてよかった、と我々世代は誇りに思い、若い世代は、リアルタイムで彼に出会えなかったことを悔やむだろう。オリジナルはPlattersの1955年のスマッシュ・ヒットだけど、正直、ちゃんと聴いたのは今回調べてみたのが初めて。それくらい、オリジナルを完全に凌駕した稀有なケース。


 
 -そうさ、俺は大嘘つきさ。
 もっと、騙して欲しかった。
 もっと、いろんな胡散臭さを見せて欲しかった。


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Mick Jagger 「Lonely at the Top」

img_0 Mick Taylorが抜けた後のStonesで行なわれた後任探しのオーディションが、かの有名なGreat Guitarist Hunt。次回作『Black and Blue』のレコーディングを兼ねて長期に行なわれ、有名無名を問わずかなりのミュージシャンがセッションに参加してのだけど、大よそはRon Woodに内定しており、当時、彼が加入していたFacesと契約問題がクリアになるまで行なわれた出来レースだった、というのが最近の定説。
 有名どころでは、Rory Gallagher や Peter Frampton、Steve Marriott が参加したらしいけど、こういうのって、当時からマーケティングに長けていたMickお得意のハッタリくさいので、どうもいまいち信用しづらい。いろいろ手段を講じ過ぎてグダグダになってしまうのは、それだけStonesという企業体が個人の手には負えなくなっていた、という証でもある。
 で、公式音源は残されていないけど、そこに参戦していたのがJeff Beck。彼独特のプレイ・スタイルからして、どうしたってKeithとは相性悪そうだし、これこそいかにも眉唾っぽい感じもあるけど、Jeff自身、それがオーディションだったかどうかは定かではないけど、レコーディング・セッションには参加した、と証言している。
 当時のStonesのレコーディングと言えば、とにかく延々とテープを回しっぱなしにして、KeithとCharlieを主軸としたブルース・セッションが有名だけど、これがまたスケール主体のエンドレス、レイドバックより緩慢とした冗長なプレイが中心だった。当時、『Blow by Blow』でギター・インストに新たな可能性を模索していたJeffが我慢できるはずもなく、オーディションは物別れに終わった。どうせRonに決まってたんだろうけどね。

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 ただ、そんな彼のプレイ、ていうかKeithじゃなくて名前がそこそこ知られてるんだったら、誰でもよかったんじゃないか、と思ってしまうキャスティングをしたのが、初ソロ・アルバムを制作中だったMick Jagger。新規にソロ契約を結んで初のアルバムということで気合いも並々ならぬものがあり、今では考えられないほどの豪華メンツが参加している。このトラックでもそのJeffのほか、Pete TownshendやHerbie Hancockがプレイしている。ただ、その2人のプレイは正直、どこでどうやってるのかわからないくらいだけど。
 当時、Keithとは最悪の関係だったMick、Jeff 同様、ダラダラ続いて終わりの見えないレコーディング・セッションに嫌気がさし、もっと80年代らしくシステマティックに、ていうか自分主導で制作進行したかったことを、アルバム全体で強く打ち出している。プロダクションはしっかり整備され、ある意味Stonesの持ち味だったダルでルーズな雰囲気は一掃されている。なので、どのトラックもスッキリした音質・サウンドでまとめられている。
 「聴きやすいStones」というのもどこか相反する気がするけど、これがMickにとっての理想形であったということなのだろう。「Keith主導じゃ作れなかったよな?」とでも言いたげなMickの不適な笑みが思い浮かぶ。
 で、この時期のJeffのプレイはといえば、ピック弾きをやめてフィンガー・ピッキングに移行しており、昔からその傾向はあったけど、楽譜には書き起こせない変態プレイにさらに磨きがかかっていた頃である。普通のブルース・スケールのオブリガードなのに、弦のアタック音がまろやか過ぎて、どこか変な響き。ハーモニクスとも微妙に違う、独特のサウンドはJeffならではのものだけど、人のセッションでやることじゃないだろ。


 
 「もしもKeithがいなかったら」という前提で構築された80年代コンテンポラリーの中で、どこか浮いてるJeffの音。これがMickの思惑通りの仕上がりだったのかどうかは不明だけど、その後、Mickのこういったアプローチは聴かれないし、初来日公演にも同行しなかったので、結果的には「やっちまった」感が強い。
 ただ、楽曲自体はKeithとの共作のため、レベルは高い。ていうか、なんでStonesでリリースしなかったの?と思ってしまうくらい、テンションの高いナンバー。それだけ当時の彼らのソングライティングが冴え渡っていた証でもある。


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Julian Cope 『World Shut Your Mouth』

Julian_Cope_-_World_Shut_Your_Mouth 80年代初頭のポスト・ロック・ムーヴメントでバンド・デビュー、その後、ソロになってからはUKネオ・サイケの流れを汲んだアルバムを発表した。80年代末くらいまではライブも積極的に行なわれ、インフォメーションも定期的に更新されていたのだけど、90年代に入ってからはインディーでのリリースが中心となり、情報も途絶えてしまった。
 Wikiのディスコグラフィーを見ると、21世紀に入ってからもコンスタントに音源リリースは続いており、ちゃんと音楽活動は行なわれているようである。近年の写真を見ると、「何かすごい遠くへ行っちゃったなぁ」感が強いのだけど、創作意欲が旺盛であることに変わりはないようである。ただ、頑固そうなオヤジになっちゃったな。もう少し色気があれば、Iggy Popみたいになれたかもしれないのに、
 日本では久しく名前が挙がることもなかったのだけど、近年になって彼が注目を浴びたのが、本業の音楽活動ではなく、著述家・研究家として。
 なぜか日本のロックの創生期を詳細に調べつくし、主観も含めて克明に書き記した大著『ジャップ・ロック・サンプラー』が、主な舞台であるはずの日本において、あまり大きく話題にならなかったのは寂しいことである。こういった検証作業というのは本来、日本人のお家芸であるはずなのだけど、いまの日本の音楽業界では、そこへリソースを回せるだけの余力はないのだろう。

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 様々な音楽的な変遷はあったJulianだけど、そんな彼が最もオーソドックスな、そしてコンテンポラリーなロックに近づいたのが、この時期。 
 デビュー・アルバムのタイトルと混同しがちだけど、収録されているのは3枚目のアルバム『Saint Julian』。あぁややこしや。しっかりビルドアップされ、ストレートなロックンロールでありながら、丁寧にミックスされたサウンドは分離が良くて、しかもまとまりもきちんとある。時代に即したロックンロールは、大衆の支持を得やすい。実際、UK19位はまぁまぁとして、USでも84位にチャートインしている。カレッジ・チャートでも支持されるライトなオルタナが、Julianの方向性と一致していた幸福な時期である。
 音源だけでも充分心掴まれるけど、ホントにお勧めなのは、当時、話題となったPV、特徴的なマイク・スタンドを駆使したパフォーマンスは、単純にロックのカッコよさを体現したものだった。
 混じりっけのないピュアで、それでいて破壊的な美の追求を体現した、ただの潔いロックンロール-。


 
 これを視ると、そんなことを想う46歳。


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Marty Balin「Hearts」
 
41CRcfyVkSL 1981年リリース、Jefferson Airplane の創設メンバー & ヴォーカリストとして活躍、その後もJefferson Starshipに出たり入ったりを繰り返し、今はStarshipなのかAirplaneなのか、何だかよくわからない活動を続けているMarty。FunkadelicとPerliament同様、まぁどっちも似たようなものなのだけど、どちらにしろ、地道な活動を続けているのはうれしいこと。
 そんな彼が一時、ソロ・アーティストとして、ほぼ唯一放ったヒットというのが、これ。US最高8位、日本でもステレオのCMソングとして起用され、小学生の俺が好きになった洋楽のひとつである。
 この時期にヒットしていたChristopher Cross同様、当時はAORサウンドの全盛期、単純にきれいなメロディのきれいな曲が、普通にヒットしていた時代である。Scatman Johnや‎tATuのような「ネタ」で売れるのではなく、いい曲が素直にラジオから流れていた。当時のヒット曲は洋楽・邦楽問わず、メロディ・ラインがしっかりしたものがきちんと評価されて、セールスに直結していた。大々的なプロモーション展開やマーケティング戦略なんて大げさなものではなく、もっとミニマムな、有線や口コミ、ラジオの評判で徐々に広がってゆく、健全な時代だったのだろう。自分で言うのもなんだけど、なんかイヤな書きかただなぁ、懐古厨みたいで。


 
 当時は「売れ線を意識し過ぎている」として、あまり検証もされて来なかったAORも、21世紀に入ってからは専門ディスク・ガイドや「Free Soul」の影響などで再注目されるようになっている。世界中で80年代懐古ブームというのは連綿と続いているけれど、特に日本での盛り上がりは安定しているらしく、かなりマイナーなクラスのアーティストのリイシューも進んでいる。こういったチマチマしたのって、やっぱり日本ならではの企画。残念ながら、前述したJulian Copeのように、体系的に太い幹のような総論をまとめることには向かないのだけど。
 で、そのAORというのも玉石混合であり、単にブームに乗っかっただけの泡沫アーティストでは、再評価も進んでいない。例えばAir Supplyなんてのは、確かに流麗なサウンドだったけど、ほんとそれだけ、何も残らない。いや、俺の主観だけど。同時期に流行っていたはずだし、多分、ヒット曲も連発していたはずなのだけど、どうしてか耳に残っていない。
 Martyもそうだけど、同時代・同カテゴリーのMichael Sembello だって、もとはStevie Wonderを始めとして、大物アーティストのバッキングを務めていた人だし、Boz Scaggs だって、ソロ・デビューは60年代半ば、結構な下積みを経験している。ひらめきだけではどうにもならない、泥臭い経験値というものが必要なのだ。
 特にAOR=Adult-Oriented Rockという言葉の由来にもあるように、歳月を経て地道に積み重ねた大人の味がにじみ出て来ないと、時代のあだ花としてだけの存在になってしまう。

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 当時、桑田佳祐が半分余興で、「嘉門雄三」名義でライブを行なった。ほぼ洋楽のカバー曲で構成されたセットはレコード化されたけど、いまだCDでも復刻されておらず、ライト・リスナーにとっては幻の音源となっている。俺もこのレコード自体は聴いたことがないけど、ラジオでしょっちゅうオンエアされていたため、エアチェックして何度も聴いていた。
 その中で選曲されていたのが、この曲だった。まだ洋楽コンプレックスから脱却しきれていなかった桑田のヴォーカルは、決してテクニック的に秀でたモノではなかったけど、若さゆえの勢いとエモーションに満ちていた。
 サザンがただのヒット曲バンドではない、ということが中学生なりに理解できた、そんなきっかけの曲でもある。


Balin
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Roger 「I Want to Be Your Man」

Roger_-_I_Want_to_Be_Your_Man 1987年にリリースされた、Roger最大のヒット曲にして、いまだラブ・ソングの定番として生き残っている、永遠のマスターピース。
 あの変態ベーシストBootsy Collinsプロデュースでデビューしたファンク・グループZappのリーダーとして、確実にファンクの流れを変えていった。70年代までのファンクが、主にJames Brownのエピゴーネン的なバリエーションだったのに対し、ヴォコーダーを効果的に使い、ディスコ・シーンにも果敢に肉薄した彼ら独自のサウンドは、唯一無二のポジションを創り上げた。あまりにオンリーワン過ぎて、その後のフォロワーがイマイチ育たなかったのは残念だけど。
 Cool & the Gangより重いけど、Ohio Playersより洗練されているZappのサウンドは、日本人にはちょっとわかりづらい面があったのだと思う。俺もZappのアルバムは一応持ってるけど、正直、そんな頻繁に聴くほどでもないし、どれがどの曲なのか、主要曲以外ははっきりわからない。
 Zappが本国アメリカでどんなポジションだったのか。80年代初頭まではトップ40に入るくらいには売れていたみたいだけど、4枚目の『New Zapp IV U』では100位にも入らないくらいにまで凋落している。このRogerの大ヒットによって、一時は持ち直したように思えたけど、Zappとして5枚目のアルバムでは、再びチャート圏外。
 兄弟で結成されたバンドのため、良い時は鉄の結束だったけど、一旦歯車が狂ってしまうと、その血縁の近さが仇となってしまう。公私を含めて様々な問題がこじれ、終いにはリリース契約を失ってしまう。
 リーダーである以前に家族として、バンドの修復に尽力していたRogerだったけど、実兄に射殺されてしまう結末となってしまったことは、アメリカ音楽界にとっては大きな損失だった。 

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 クリスマス間近だったと思う。
 当時、札幌に住んでいた俺は会社の帰り、忘年会シーズンで人通りの多い、すすきの近くの繁華街を歩いていた。
 ネオン街の夜空では星は見えなかったけど、大粒の雪がチラついていた。
 あるビルの前で、この曲がガンガン大音量で鳴っていた。
 その当時で、リリースされてから2、3年は経っていたと思う。
 あ、あの曲だ。
 懐かしさに駆られて足を止め、頭上のスピーカーの方を見上げた。
 ビルの壁に、サンタがいた。
 10階建てくらいのビルの壁に、5メートル程度のサンタのオブジェが、壁を煙突に見立ててよじ登っているところだった。
 こうして文章で書こうとすると伝わりづらいけど、そのシチュエーションは俺にとって完璧なものだった。捻くれてた20代だったけど、感動すらしていたかもしれない。
 足を止めて泣いてしまった、と書けばドラマティックだけど、さすがにそれはなく、その場は普通に通り過ぎた。でも、そのシーンは長いこと、俺の心のどこかにしっかりと残った。
 その冬は、何度もそのビルの前を通ったけど、それっきりRogerの歌が流れる瞬間に出会うことはなかった。他のクリスマス・ソングが流れていても、Rogerの時のようなマジックは訪れなかった。



 この曲を聴くと、そんなことを思い出す。
 俺の中では、この曲はあのシーンとセットなのだ。


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200回記念第2弾 - 俺の好きな80年代の洋楽たち その1

 ほんとは邦楽編同様、「レーベルくくり」とか「カバー曲くくり」とか、「オリコンにチャートインした洋楽曲くくり」など考えていたのだけど、結局うまくまとまらず、非常にザックリしたくくりとなってしまった。
 なので、ディープなくくりはまた次回。

Aerosmith 「Dude (Looks Like a Lady)」

Aerosmith+-+Dude+-+5-+CD+SINGLE-34918 1987年リリース、9枚目のオリジナル・アルバム『Permanent Vacation』からの先行シングル・カット。US14位UK45位。
 80年代に入ってからは、度重なるドラッグ渦に加え、過密スケジュールによるストレスからメンバー間の不仲が深刻化していたAerosmith。80年代の前半を仲違いしたまま各自好き勝手にやっていたため、バンドのコンディション的にもセールス的にも、完全に負のスパイラルに陥っていた。特に主要メンバーであるSteven TylorとJoe Perryとの確執が丸く収まるまでに時間を要した。
 どっちにしろ、時代はすっかりLAメタルと産業ハード・ロックの二本柱が隆盛であり、もし彼らが70年代のスタイルのまま活動を継続していたとしても、居場所はなかっただろう。彼らの代名詞であった「Sex, Drug & Rock'n' Roll」は、すでに古典芸能と化していたのだ。彼らが現役シーンに再浮上するには、これまでとは違うバンド運営が必要だった。
 
 そんな矢先、Run D.M.C.によるカバー「Walk This Way」が、US最高4位の大ヒットを記録する。ほぼワンコードで押し切ってしまう力業のハードロック・ナンバーは、サンプリングやカットアップの技はほとんど使用されず、MCによるライムとスクラッチはほぼ添え物、逆にゲスト参加したStevenとJoeの強烈なキャラクターが改めて脚光を浴びた。日本で言えば、コロッケのモノマネで再浮上のきっかけを掴んだ美川憲一のようなものである。美川もそうだったけど、そこで変にアーティスティックな態度を取らず、エンタテインメントとして開き直りのスタンスで彼らに協力したことが、その後の成功に繋がったのだと思う。主役を喰ってしまう設定のPVも傑作だったしね。

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 そんな経緯もあってなのか、Geffin移籍後は、従来のバンド・メンバーのみの楽曲制作にこだわるのではなく、積極的な外部ライターの起用も行なうようになる。これは当時、泡沫LAメタル・バンドのひとつに過ぎなかったBon Joviを大ヒットに導いたプロデューサーBruce Fairbairnの意向が大きかったのだけど、そういったアドバイスも素直に聴けるようになったのが、ここからである。
 俺にとってのAerosmithとは、「普及型Stones」とか「B級バンドの最高峰」といった位置付けなので、キャッチーなメロディと明快なキャラクターが売りのバンドだと思っている。なので、シリアスなアルバム・アーティストというより、ベタなシングル・ヒットでこそ持ち味が発揮されるバンドなのだ。なので、その後のアルマゲドン主題歌も俺は昔から大好きである。ていうか映画が好きすぎるので、曲のタイトルがすぐ出てこないくらい。あ、「Miss a Thing」か。
 このアルバムから彼らの復活劇が始まり、他にも大ヒットしたバラード「Angel」というキラー・チューンも収録されているけど、俺世代にとってAerosmithとのファースト・コンタクトとなったのが、この曲のPV。ちょっとパチモン臭さの漂う廉価版Stonesとしての佇まいが、逆に開き直ることによってのポピュラリティーを強調している。
 見た目もサウンドもわかりやすい、これ以上はないというくらい「ルーズなロックンロール」のプロトタイプ。チャラい若造がやったらグダグダになりそうなところを、ベテランの力技、そしてきちんとセッティングされたプロダクションによって、緻密に構成されている。どんな仕事でもそうだけど、段取りをきちんとしておかないと、結果がついてこないのだ。
 ダルなブルース・タッチのハード・ロックと、70年代ブラス・ロックとのハイブリッドは絶品。こういうのってやっぱ、プロデューサーの手腕が出るな。




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Eurythmics 「I Need a Man」

Eurythmics+I+Need+A+Man+82610 1987年リリース、6枚目のアルバム『Savage』から3枚目のシングル・カット。UK26位US46位を記録している。のちにDave StewartはMick Jaggerと豪華バンド「SuperHeavy」を結成することになるのだけど、ここではそのStones的エッセンス、ディストーションをバリバリ効かせたギター・ロックに仕上げている。
 悪魔が憑依したMarilyn Monroeのようなビッチな出で立ちのAnnie Lennox、それまでは性的要素を限りなく排除した中性的なルックスだったのが一転、既存イメージに捉われないビジュアルを展開している。ファースト・シングル「Beethoven」では、ソファで編み物してる普通の主婦を演じてるし。
 ちなみにこの2曲は連作PVとなっており、強迫観念によって次第に追い込まれ、壊れてしまった主婦Annieはビッチ化、この曲で主役となる。さらにおまけがあって、次のシングル「You Have Placed A Chill In My Heart」ではこの2人に加え、通常ヴァージョンのAnnieがメインとなり、三者三様の共演となる。
 UK1位を記録した85年のシングル「There Must Be an Angel」で一気にメジャー化した彼ら。それまでは「中性的な女とヒゲ面男によるダークなテクノ・ポップ・デュオ」といったイメージが強く、お茶の間ウケするタイプのアーティストではなかったけれど、この辺から日本でも紹介されることが多くなった。

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 普通のアーティストなら、ここからさらなるメジャー展開を図って、二番煎じ・三番煎じの楽曲で畳みかけるか、それか逆にひねくれたアングラ・マイナー路線へ移行してしまうかどっちかなのだけど、彼らはどちらの道も選ばず、潔くメジャー・シーンに踏みとどまりながら、イメージの固定化を嫌った独自路線を貫いた。こういったアプローチは、70年代のBowieと通ずるところが多い。
 Dave が丹念に創り上げた無機質テクノポップ・サウンドに、ユニセックスなルックスとマッチした、ドスの効いたAnnieのソウルフルなヴォーカルを載せるのが初期のスタイルだったのだけど、キャリアを積むに従ってAnnieのアーティスト・エゴが増大、それに引っ張られるかのように、シンセを中心に構築されたDaveのサウンドもまた、次第にテクノ要素が減衰、生音比率も高くなってゆく。YazooもPSY・Sもそうだけど、男女のテクノポップ・コンビは大抵、女性が強くなった末に発展的解消となるのが常である。




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Fleetwood Mac 「Big Love」

fleetwood-mac-big-love 1987年リリース、Fleetwood Macにとって15枚目のアルバム『Tango in the Night』からの先行シングル。UK9位US5位は、久々の現場復帰のスタートしては、上々の滑り出しとなった。
 ほとんど解散状態だった彼らにとって5年ぶりとなったこのアルバム、実質は、音楽的リーダーLindsey Buckinghamがソロ・アルバム制作中のマテリアルをモチーフとしたもので、そこにそれぞれソロ・キャリアを築いていたStevie Nicks と Christine McVie が曲を持ち寄った形となっている。当然、彼女たちがまともにプレイするはずもなく、サウンド・メイキングはLindsey に丸投げ、彼女らはほぼ自曲のメイン・ヴォーカルとちょっとしたコーラスのみの参加となっている。
 元祖レコーディング・オタクのLindsey であるからして、こういった彼女らのオファーを受けることは、願ったりかなったりである。どうせ他のプロデューサーにやらせたとして、あれこれ口を出してしまうだろうし、それならいっそ全部自分でやった方がいい、というところに落ち着いてしまう。彼がやったらやったで、女性2人からの注文があぁだこうだとうるさいけど、彼にとってはそういったオファーにいちいち応えることも、充実感のひとつなのだ。まぁプレイの一環だな。
 当然、バンド名の由来となったMick Fleetwood と John McVie 。相変わらず、彼らの貢献度は薄い。ていうか、ほぼ何もしていないに等しい。一応、リズム・セクションでクレジットされてはいるけど、それだって怪しいものである。あのLindsey なら、取り敢えずレコーディングだけさせておいて、後で総差し替えしそうだし。

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 このアルバムのリリース時点で、彼らはすでにオールド・ウェイブに属しており、現に代表作『Rumours』『Tusk』はMOR~AORの名盤として評価が確定していた。「ライトでメロウな大人のロック」という位置づけだったはずだし、マーケットもまた、そういったオーソドックスな路線を望んでいたはず。はずなのだけど、このアルバムで脱退を決めていたLindseyのやりたい放題が爆発しているのが、この『Tango in the Night』である。
 特にこの曲は、レコーディング・オタクの趣味・嗜好がダイレクトに反映された、変態ポップの極致。マリアッチを想わせるギターは、偏執的なミュートとコンプとが入り混じった人工的な音像を創り出している。密室的でありながら浮遊感あふれる、スタジオで加工しまくりました的なサウンドだ。
 熱くエモーショナルで、それでいて過剰なLindseyのヴォーカルは、特に高音パートは神経質的に空間を響かせる。PVでの彼の顔は、必死に堪えているけど、泣き出しそうな不安定さを抱えている。ネックをやたら立て、ストラップを長くしたギターの構えも変だし。
 そして彼とヴォーカルを分けるのは、デビュー当時から妖女と謳われ、そして今もまだギリギリ、ごく一部では謳われているStevie Nicks 。ヴォーカルと言っても、そんなきちんとしたものではなく、要するに「喘ぎ声」。彼女の最もセクシーなヴォイスをサンプリング処理して、疑似的なデュエットして仕上げることに精を挙げるLindsey。どっちもやっぱり変だ。


 
 社内恋愛の元相手と職場を共にする気分は、一体いかがなものなのだろうか。彼らほど長いキャリアになると、もうそんなことも気にならなくなるのかな。まぁこのバンドの男女関係はもうほんとグッチャグチャなので、この程度は単なる羞恥プレイの一環だったのかもしれない。本題とずれるので、その辺はwikiで調べてみて。いやほんと、昼ドラ顔負けだから。
 そう、彼こそ「遅れてきたポップ馬鹿」の称号に相応しいアーティストだ。この時点で、地位も名誉も名声もすでに築いていたはずなのに、ここに来て密室ポップの才能が爆発、メジャー・シーンの中で大きく攻めるサウンドを提示してきた。


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Chris Rea 「Driving Home For Christmas」

Chris-Rea-Driving-Home-For-Christmas 当初は、いまだCMでも耳にする機会が多い「On the Beach」で書こうと思っていたのだけど、彼について調べてるうち、「あぁこの曲はChris Reaだったんだな」と知って、やっぱりこっちにした。言われてみればあのしゃがれ声、確かに彼だ。
 もともとシングルのみのリリースでいわゆる企画モノ、1988年の初リリース時にはUK53位程度だったけど、徐々にクリスマスの定番ナンバーとして定着し、UKにとどまらず世界中で知られたナンバーになっている。
 もしかしたら俺だけかもしれないけど、これがChris Reaの曲だったとは知らず、これまで来た次第。ていうか、「On the Beach」だって誰が歌ってるのか、知らずに聴いてる人も多いと思われる。
 アーティスト自体は存在感が薄いけど、名曲はしっかり後世に受け継がれている。こういうのって、ある意味、ソングライターとしては理想なのかな。時代を超えて残る歌をひとつでも残すことができれば、ある意味、幸福なのかもしれない。
 彼の曲全般に言えることだけど、決してサービス満載の楽曲ではない。酒とニコチンで焼かれたようなスモーキー・ヴォイスに加え、サウンドは至ってシンプルだ。特別、凝ったコードやメロディでもない。むしろ、バックボーンとなっているのは古いブルースであり、そこから由来する無愛想なサウンドは、甘いポップ・ヒットに辟易した大人の耳を惹きつける。

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 AOR的な販売戦略のもと、彼の80年代は主にシャレオツ感を漂わせる孤高のアーティストとしてメディアに露出していた。根っからのブルース・ロック・マスターである彼の作風は何ら変わらなかったのだけど、そのぶっきらぼうな所作と作風が、アーバンかつトレンディな時代にたまたまマッチした。中身は何も変わってないのに。
 Gary Moore もそうだったけど、あまりに過剰なヒット・システムに組み込まれてしまうと、その反動なのか、突然、地味なブルース回帰を行なうのが、UKブルース・マンの特徴である。これまでのビジョンとかけ離れたポジションに居心地が悪くなってしまったのか、この後、Reaは急激なブルース回帰を行ない、大作『Blue Guitars』をリリース後、しばらく沈黙期間に入る。その大作というのが、何とCD11枚組。Princeのブート並みに膨大な物量である。やっぱ英国人って変わってるよな。ていうか、それで普通なのか。
 そんな偏屈さも頑固さも一旦脇に置いて、聖なる夜を家族で過ごすため、早く家へ帰ろうよ、と素直に語りかけるのが、このナンバー。
 仏頂面はいつもと変わらないけど、どこか楽しそう。カクテル・ピアノとストリングスの調べに乗せて、珍しくリズムに体を揺らせているのが想像できる。
 クリスマス・シーズンに公開されるアメリカ映画のハッピーエンド。
 何となく、そんなシーンを連想してしまう。
 ファニーでロマンティックで、それでいて誰もがついついホッコリしてしまう曲。
 皮肉屋ばっかりの英国人も、クリスマスがテーマとなると、素直にいい曲を書く。




The Very Best of
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Grace Jones 「La Vie en Rose」

Gracejoneslavieenrose 80年代というくくりで書いてきたけど、「Free Soul」シリーズのコンピに入ってたこれをたった今聴いてて、グッと持っていかれたので、ここで紹介。調べてみると、1977年リリースだった。
 俺にとってのGrace Jones とは、やたら前衛的なファッションで世間を騒がせた、今で言うLady Gagaのルーツ的な人という位置づけで、正直、まともに音源を耳にしたことがなかった。特に俺が10代の頃の彼女は『007』や『コナン・ザ・グレート』での個性派女優といったイメージが強く、はっきり言っちゃうとイロモノ的なポジションだった。
 そんな絶頂期にリリースされたアルバム『Slave to the Rhythm』のジャケットは、俺の中の先入観をさらに増幅させた。この時期の彼女はミュージシャンというよりもパフォーマー的なスタンスでの活動が多く、コンセプチュアル・アート的な作品が多かった。この時期の作品をYoutubeでチラッと聴いてみたけど、まぁ時代の産物かな、といった印象。改めて聴き直す気は正直ない。
 フランスの国民的シャンソン・シンガー Edith Piaf によって世に出たスタンダード・ナンバー、ってそのくらいはわかるよね。日本では越路吹雪ヴァージョンが有名だし、近年では山下達郎がア・カペラ・スタイルでカバーしていた。調べてみると、モー娘。の飯田圭織もカバーしてるらしい。聴いたことないけど。

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 そんな幅広いジャンルのシンガーがカバーしているので、様々なスタイル、それぞれの「La Vie en Rose」が存在する。正直、古臭いスタンダード・ナンバーと思っていたので、俺自身、この曲に思い入れはほとんどない。
 そういったフラットな状態で耳にして、引き込まれちゃったのが、このヴァージョンだった。
 Grace Jones と聴いて想像するような、アブストラクトで挑発的なサウンドではない。むしろ限りなくオーソドックス、真っ当なカバーとなっている。フィリー・ソウル・サウンドの中枢だったシグマ・スタジオで、モデル上がりのジャマイカ娘に、有名シャン総・ナンバーをカバーさせるという、こうして書いてみるとキワモノめいた組み合わせなのに、それらがすべて奇跡的にピッタリと噛み合い、普遍性を放つ傑作が誕生している。
 これが偶然の産物なのか、はたまた巧妙に仕組まれた戦略だったのか。まぁ多分前者だろうけど、それを実行に移した当時のレーベルIslandの慧眼ぶりと言ったら。デビュー作でこれほどの貫録を見せつけてしまったのだから、普通ならこの路線を突き詰めてゆくところだけど、そこに収まらず破壊する方向を選ぶGraceもまた大したもの。

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 何しろ67歳を過ぎてるのに、公衆の面前でこんなパフォーマンスを行なってしまうくらいだから、その前衛性は計り知れない。
他のアルバムも聴いてみなくちゃな。
彼女に限らず、聴いてない音楽はいっぱいあることに気づかされた。




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Grace Jones
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 邦楽編同様、こちらも長文になった。後半5曲はまた次回。




80年代ソニー・アーティスト列伝 番外編 - 俺の好きな80年代ソニーの曲 その2

 前回からの続き、後半5曲。こちらも思ってたより長くなった。
 前置き抜きで、今回もすぐ始める。

ハイ・ファイ・セット 「素直になりたい」

104079468 ハイ・ファイ・セットと言えば、ユーミン制作によるスタンダード・ナンバー「中央フリーウェイ」や「卒業写真」が一般的な代表作とされているけど、いずれも70年代のヒット曲。もともとフォーク・グループ赤い鳥解散後に結成された彼ら、出自からいってPFMに端を発するライト・フォークの流れだけど、もう少しソフィスティケートされたニューミュージック・ラインが彼らの持ち味で、荒井由実固有のオリジナリティあふれるメロディ・ラインに乗せた浮世離れのコーラス・ワークは、長い間、独自のスタンスを維持していた。
 いま思えば、決してあか抜けた時代とは言い切れなかった70年代後半の日本において、ハイ・ファイ・セットのアルバムを日常的に聴くユーザーというのが、一体どれだけいたのだろう、と疑問に思ってしまうのだけど、コンスタントな音源リリースを続けていたということは、それなりのニーズがあったということなのだろう。オフコースなんかと同列だったのかな。
 初期は何かしらの形でユーミン夫妻が制作に噛んでおり、タイアップもそれなりについていたのだけど、キャリアを重ねるにつれてユーミンとのコラボも少なくなり、外部作曲家によって制作された楽曲は、精彩を欠いたものが多くなる。ニュー・ミュージック自体の隆盛は80年代初頭まで続いていたはずなのに、そのバタ臭さゆえ他アーティストとの差別化が強すぎて、どこか浮世離れしてしまった感も強い。時代に取り残されてしまったのだ。

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 長いことアルファ・レーベルに所属していた彼らが心機一転、CBSソニーに移籍してリリースされたのが、このシングル。初期の洗練されたニューミュージック路線から、多分レコード会社からの要請だったのか、次第に大人の歌謡曲テイストが強くなりつつあった彼ら、ドメスティックさが多くのユーザー獲得に寄与したとは言えず、何かと試行錯誤していた時期である。
 そういった負のスパイラルを打破するためのレーベル移籍だったと思われるし、コンセプトの軌道修正を図ることに一役買ったのが、作詞・作曲・プロデュースを行なった杉真理、その彼が方向性として位置付けたのが「大人のジャジー・ポップ」だった。ジャズ・テイストと言ってもアシッド・ジャズ的なソウル・タッチではなく、もっと遡ったスウィング時代、1920年代のレトロ=モダン・テイストを80年代に蘇らせた。Manhattan Transferにも通ずる「大人のためのポップス」は、その後も連綿と現代にまで続くライト・メロウ路線の礎となった。




GOLDEN☆BEST/ハイ・ファイ・セット 荒井由実・松任谷由実・杉真理作品集
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ボ・ガンボス 「夢の中」

bogumbosbogumbo1-1 ローザ・ルクセンブルグ~ボ・ガンボスと、日本のロック・ポピュラー史において重要なバンドを2つも組んでしまったどんとの評価は、実はいまだに定まっていない。70年代のアングラの空気を、圧倒的な演奏力とパフォーマンスによって、永遠のマスターピースにまで昇華してしまったローザ、そのローザ末期から傾倒しつつあったジャングル・ビートに魅了されて、ほとんど思いつきで結成されたにもかかわらず、こちらも伝説のバンド化してしまったボ・ガンボス。いまだにどんとの死を悼む声、彼らの解散を惜しむ声は絶えない。
 ボ・ガンボスと言えば一番有名なのがデビュー・アルバム、Bo Diddley 直系のジャングル・ビートと土着性の強いセカンド・ライン・サウンドが話題をさらったけど、そういった派手な打ち上げ花火とはまた別の路線、純朴なシンガー・ソングライターとしてのどんとの一面が窺える名作バラード。

 流されて 流されて どこへ行くやら
 くりかえす くりかえす いいことも やなことも
 淋しいよって 泣いてても
 何ももとへは もう もどらない
 欲しいものはいつでも 遠い雲の上

 書き起こしてしまえば何ていうこともない、ほんと普通の言葉たち。
 ただ、この普通の言葉たちが、どんとという稀代のミュージシャンの声を通すと、まるで響きが違ってくる。
 センチメンタルでありながら強靭で、泣き出したくなるのにどこか笑っちゃう。そんな入り混じった感情が、声と言葉、そしてシンプルなキョンのピアノの調べによって奏でられる。
 何年か前、「僕らの音楽」に出演したYUIが、セッション企画としてどんと抜きのBO GUMBO3を希望、この曲を選んだことで、ちょっとだけ話題になったのを覚えている人も多いと思う。
 正直、彼女の声質とどんととではあまりに共通点が少なく、クオリティとしてはミスマッチ感ばかりが目立ったものだったけど、少なくとも彼女がこれを選んだという事実は深い。拙い未熟なカバーではあったけれど、音楽に対する真摯な姿勢は伝わってきた。
 そんなこともあって、俺はYUIを全面的に信頼してしまうのだ。
 でも、一番好きなのは「CHE.R.RY」だけどね。




ずいきの涙~ベスト・オブ・ボ・ガンボス・ライブ・レコーディング
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爆風スランプ 無理だ!

31305 「ランナー」以前の爆風スランプが、ある意味、批評性の強いコミカル・ロック・バンドだったことを覚えている人は、今ではほとんど少ない。
 当時のライブハウス・シーンで、群を抜いた音楽センスとテクニックを有したファンク・バンド「爆風銃」と、サンプラザ中野・デーモン小暮と、後に80年代ソニーの屋台骨の端っこ辺りを担ぐことになる、錚々たるメンツを輩出したコミック・バンド「スーパースランプ」とのハイブリットによって誕生したのが、爆風スランプである。
 「ランナー」以降に確立した「不器用な青春男子への応援歌」路線によって、次第に笑える要素や批評性が薄まってゆき、90年代初頭のソニーの一角を担うほどにまで成長したけど、次第にメッセージ性やビジュアルのインパクトばかりに注目が集まるようになり、肝心の音楽面がマンネリ化していったことは、この手のバンドにとっては避けられない事態である。くっだらないダジャレを交えたコミカル路線と、ノン・ミュージシャンであるからして体現することができたサンプラザ中野の叙情性とのバランスが絶妙だった初期は、大きくセールス的に飛躍することはなかったけど、確実にお茶の間の認知は掴みつつあったし、実際、今も人気の高い曲が多い。

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 初期の彼らは、ソニー3大イロモノバンドとして、聖飢魔II・米米クラブと同列で語られることが多かったけど、下手な本格ロックバンドより演奏スキルの高かった彼らにとって、逆にそれは褒め言葉でもある。クレイジーキャッツの昔から、音楽で遊ぶバンドの演奏スキルは高いレベルが求められる。拙い演奏でおどけられても、それはイタイだけで笑うこともできないし、観衆の耳を惹きつけることもできない。3組とも、その辺は共通している。
 これと並ぶ初期のソリッドなロック・ナンバー「東京少女A」と迷ったけど、意味という意味を極限までそぎ落とし、しょーもない言葉の羅列としっかり作り込まれたバッキングとのコントラストが、俺の心を強く掴んじゃった。

 うでたて うでたて
 無理だ ワニのうでたて伏せ
 できるもんならやってみな

 …ほんと、しょーもない。書き出して後悔した。くっだらねぇ。
 他愛ないジョークの羅列を、血管が切れるほどの力技でねじ伏せてしまう中野、そして無駄にハイレベルな超絶ハードコア・パンク・サウンドを披露する演奏陣。「人魚のセックス」やら「カメの腹筋」やら、今どき小学生でも鼻で笑ってしまうような歌詞を、大真面目に議論するメンバーらの表情は真剣だ。




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南佳孝 火星のサーカス団

5sZFl 80年代の南佳孝は、AOR~フュージョンから派生したジャパニーズ・シティ・ポップのオリジネイターの一人として、アーバンでトレンディでなんとなくクリスタルで浮世離れした世界観を、盟友松本隆と共に量産していた。ティーンエイジャー向けのロックとはもともと反りの合わなかった南、ロック全盛の70年代は山下達郎同様、彼にとっては雌伏の時代であったけれど、継続は力なり、世の中のライト&メロウの流れが彼にとっては追い風となり、ロックを卒業した大学生以上のユーザーにとっての受け皿となった。
 もともとロック以前のポピュラー音楽に精通していた彼が、既存のニューミュージック・サウンドに、ラテンやジャズの要素を添加してオリジナリティを固めてゆくことは、ごく自然の成り行きだった。
 彼自身としては、特別、シャレオツな音楽を作るんだと意気込んでいたわけではない。ただ、ロックを卒業した後の20~30代の音楽ユーザーの進路が、演歌くらいしかなかった80年代初頭の音楽シーンにおいて、各レコード会社が総力を結集して「ロック以降」を見据えた次世代戦略を立案遂行していたことは確かである。
 音楽がインテリアの一部として捉えられるようになったバブル突入以前、前述のハイ・ファイ・セットにも言えることだけど、30代以降のミュージシャンがいつまでもティーンエイジャー向けの歌ばかり歌っていても、違和感ばかりが残ってしまう。受け手側と同時に、供給側も成長することによって、ビジネス・チャンスの裾野を広げてゆくことは、戦略的に間違ってはいない。むしろ、見事な先見性だったと評価できる。

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 ただ、限られた世代や嗜好に向けての音楽制作は、ある程度固定化したユーザー層によって、安定した収益を得ることはできるけど、それはあくまでビジネス上の話、アーティストのクリエイティヴィティから見ると、次第に硬直化してしまう。この傾向のユーザーにはこういったサウンド、と類型化してしまうことによって、音楽が工業製品化してしまう。また、そのユーザー以外には広がりを見せず、身内ウケの音楽になってしまうのだ。
 そういった危機感を抱いたのかどうかは不明だけど、南がこの時期、いつものユーザーを対象とせず、まったく別の路線、これまで接点のなかった幼児やその親向けに作っちゃったのが、この曲。1985年終盤、NHK「みんなのうた」で不定期に放映された。

 星空に響くファンファーレ
 ヒゲの団長の挨拶

 観客はみんな火星人
 決して笑わない人たち

 星空に舞い上がる
 空中ブランコ
 そうさぼくは哀しいピエロ

 寓話タッチでほのぼのとした、それでいてちょっと物悲しい世界観を演出した松本隆。こんな歌詞も書けたんだな。そんなテーマと歌詞に呼応して、コードもメロディも限りなくシンプルに、子供でも大人でも気軽に口ずさめるように作られている。サウンドもわかりやすく明快に、この時期でもすでに古臭く感じたテクノ・ポップ調のピコピコ・サウンドでまとめられている。
 残念なことにこの曲、シングル・アルバムとも未収録であり、過去に一度、「みんなのうた」のオムニバスCDに収録されたっきり、現在では入手できる手段がない。本人の意向なのか権利関係のゴタゴタなのかは不明だけど、音源化される機会もなさそうなので、どうしても聴きたい人は、「みんなのうた」のHPにリクエストしてみよう。
 俺も久しぶりに映像付きで見てみたいし。


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PEACE BIRD '89 ALL STARS「正義の味方」

m_hiroshi8901 「1987年から10年継続して開催し、広島から世界平和のメッセージを音楽で発信する」という壮大なコンセプトのもと、多くの著名日本人アーティストが集結して開催された音楽イベント『ALIVE HIROSHIMA 1987-1997』。代理店とプロモーターとが結託してぶち上げた、バブル絶頂期を彷彿とさせる大風呂敷イベントは、回を追うごとに尻つぼみとなって行き、当初の10年を迎える前、8年目の1995年を最後に自然消滅してしまう。
 毎年、主要出演アーティストが集結してテーマ曲を作成、その都度チャリティ・シングルとしてリリースされていたのだけど、正直、俺もすべて把握してるわけではない。途中までだけど、詳細データはここが一番揃っていた。
 俺が継続して取り上げている「80年代ソニー」もそうだけど、このような80年代の日本の音楽シーンの記録というのは、案外きちんとまとめられていないため、情報収集には苦労する。東京ロッカーズを始めとする、いわゆるアングラ・シーンの情報というのは、結構早い段階から検証・批評が為されているのだけど、本来、もっときちんと整理されているはずのメジャー・シーンの歴史というのは、ヒット曲中心の視点で終わっている。
 知りたい情報は、やはりネットだけではなく、実際足を使い、掘り起こしていかなければ、実像は掴めないのだ。雑誌媒体も、そのうち掘り起こしていかないとダメだよな、やっぱ。どこかできちんとまとめようか。

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 で、今回紹介するのは1989年リリース、3回目のテーマ・ソングとして制作された「正義の味方」。前年にリリースされた辻仁成作詞・レッド・ウォーリアーズ小暮武彦作曲による「君を守りたい」が、本来のテーマに則ったオーソドックスな応援ソングだったのに対し、ここでは同じ「平和」をテーマにしているにもかかわらず、あちこちに皮肉めいた言葉遣いや揶揄が目立っている。

 誰かがうまく やろうとしてる
 その顔はいつも 隠されている
 ツケはいつでも全部 子供たちに回して
 あげく 罪さえも背負わせようとしているんだ

 正義の味方に気をつけろ 独りよがりのヒロイズム
 マスクとマントで身を隠し 
 薄笑い浮かべた 阿修羅がもう
 君の胸にも忍び込む
 気をつけろ ほら来るぞ

 作詞はブルーハーツのマーシー。加えて、バックトラック作成を主導したのは、バービーいまみち。実際、いまみちが各参加アーティストを想定した音作りを行なっているけど、結局は思いっきりいまみちの独断にあふれまくったギター・ロックに仕上がっている。
 こんな2人が中心となったのだから、そりゃ屈折具合はMAX、すれっからしの曲になるのは目に見えていた。よくOKしたな、主催者も。
 参加メンバーもまた豪華で、「だいすき」がスマッシュ・ヒットして間もない頃の岡村ちゃん、当時、いまみちとのコラボが多かったPSY・S 2名、そして久保田利伸、デーモン閣下という、80年代後期のソニーを牽引したメンツだけでなく、タイマーズのゼリーも参加している。
 そして極めつけは、ナレーションの伊武雅刀。今の渋い個性派俳優振りからは想像つかないけど、この人はかつて「子供たちを責めないで」というアジテーション・ソングで「夜ヒット」のスタジオを凍り付かせ、また同じく「夜ヒット」でストリート・スライダーズが初登場した際、熱狂的ファンという名目で電話出演を果たした、何だかよくわからない人である。
 多分、権利関係がいろいろ複雑そうなので、南佳孝同様、今後も再発される気配はなさそう。なので、聴きたい人はヤフオクかyoutubeを探してね。



 ここまで書いてから調べてみると、なんと発売元はポリドールだった。ソニー系のアーティストばっかりだったから、てっきりソニー発売だと思ってたのに。思い込みって怖いよね。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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