#Soul

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

プロデュース次第で音はこんなに違う - Temptations 『Cloud Nine』

folder 1969年リリース、モータウンでは9枚目のオリジナル・アルバム。セールスとしてはUS最高4位UK最高32位となっているけど、当時のモータウンはまだシングル至上主義の勢力が強く、アルバムについてあぁだこうだと論じるのは、ちょっと難しい。だって、営業的にアルバム・プロモーションは二の次だったし。
 明るく楽しく元気なポップ・ソウルの量産体制によってチャート上位を独占していられた初期と違って、不穏な社会情勢とリンクするかのように、その強固な牙城は次第に綻びを見せてゆく。レコード販売の主力がシングルからアルバムへシフトしつつあったのと、ヒット曲を生み出す嗅覚に長けていたBerry Gordieのカリスマ性が逆に災いしたのも、時代に即応できなかった要因である。なんだ、今でも親族経営のブラック企業ならよくある話じゃん。
 前回のStevieのレビューでもちょっと触れたけど、そんな後期モータウン内の革新勢力の筆頭と言えるのがプロデューサーNorman Whitefieldだった。実際、その後期と称される60年代末から70年代初期、ほぼセルフ・プロデュース体制だったStevieとMarvin Gayeは別として、同時代性とうまくリンクさせたサウンドを構築していたのがNorman、そして彼がプロデュースに関わったアーティストらだった。

 Berry Gordieの右腕的存在として多くの曲を書き、また自らもMiraclesを率いて初期モータウンのプロトタイプを創り上げたのが、マルチ・クリエイターの先駆けSmokey Robinsonである。Bob Dylan をして「アメリカ最高の詩人」と言わしめるほどのソングライティング・スキルは、そのクオリティと量産性によって磨き上げられた。泥臭いブルースかゴスペルくらいしか選択肢がなかった黒人エンタメ業界に、白人ポップスと肩を並べるほどの洗練されたサウンドを創出したことで、モータウンの歴史的功績は大きい。
 で、ほぼSmokeyとGordieで作り上げた土台を基に、そらなるモータウンの飛躍に貢献したのが、Brian & Eddie Holland、Lamont Dozierから成るソングライター・チームH=D=Hである。全盛期のSupremesやFour Topsらの楽曲制作の大半を担い、Smokeyとの双頭体制によってレーベルの発展に貢献した。Beatlesを始めとした第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンの攻勢に対抗できる唯一の存在として、Supremesを筆頭としたモータウン勢は当時、アメリカ国内では無敵の存在だった。

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 ただ、そんなのぼり調子もいつまでも続かない。モータウンの象徴とされていたSmokeyの制作ペースの衰えとクオリティのムラが目立ってきた頃と相まって、印税配分のトラブルその他もろもろによってH=D=Hが退社・独立する。制作部門の2トップが一時不在となったことにより、モータウンは深刻な人材不足にあえぐことになる。
 会社の成長に伴って、正当な利益配分を主張するのは当然の権利であり、流れとしては予測できる範囲なのだけど、単純な製造・販売業と違ってモータウンはレコード会社、制作部門においても利潤だけではなく、採算ベースに収まる範囲での芸術性が問われる。
 H=D=H側の主張としては、レーベルの方針通り、JIS規格的に特色のないポップ・ソウルばかりを作ることに辟易していた頃だった。キャリアを重ねるに連れ、判で押したような類似曲ばかりを量産することに飽きてきた彼らは、次第に創作上の自由を欲するようになる。
 ルーティンからの脱却という目的もあったけど、彼らがそんな志向へ至るには外的な要因、政治・社会的に激動しまくっていた60年代末という時代の要請も大きかった。
 「サイケ」「ラブ&ピース」がキーワードのフラワー・ムーヴメントの波が押し寄せてきており、それまでティーンエイジャー限定の通過儀礼と思われていたロックが、またロックに限らず音楽産業全体が成熟しつつあり、強固なイデオロギーを内包したメッセージ性の強いアーティストが台頭し始めていた。「明るくハッピーな60年代」は過ぎ去りつつあり、「不穏な70年代」の予兆がすぐそこまで迫っていることは、特別政治に関心がない者にでも身近な話題となっていた。

 そんな状況なので、その「明るい」象徴であるモータウンのサウンドは、すでに時代に取り残されたものだった。モータウン以外の黒人アーティスト、例えばJBはこの時期、アンチ・ポップとしてのファンキー・チューンを量産、その完成型である「Sex Machine」製作に向けて研鑽を重ねていた。モータウンが白人マーケットへ進出する際、ソフィスティケートするため削ぎ落としていた泥臭い要素、語義通りのリズム&ブルースを純化させたスタックスは、Otis ReddingやSam & Dave、Wilson Pickettらを擁してモータウン一択のダンス・シーンを着々と浸食していった。
 JBやスタックスが支持されたのは、どちらもモータウンと違って、作り物っぽくない生のソウルをあまり加工せず、素材の味を前面に出して市場に送り出したことによる。工場で厳密に品質管理されたポップ・ソウルより、生搾り大吟醸のごとく、未加工で荒削りなソウルが支持されるようになったのは、何も彼らが飽きられただけではない。公民権問題で自分たちの地位向上に意識的になった黒人層の増大が、時代がそう要請したのだ。

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 そんな外部環境の変化と社内でのパワー・バランスの変化、依然家族経営的なアバウトな運営に危機感を覚えたのが、社内では傍流に属していたNormanら若手クリエイターである。
 景気の波にうまく乗っている時はいいけど、一旦経営が不安定になるとかつての成功体験・必勝パターンにしがみつき、フットワークが重くなる。気分次第で作りまくった役職の多さが祟って命令系統がガタガタになり、何をするにも冗長な会議が必要となり、承認が下りた頃には、そのアイディアは時代遅れになっている。どこの会社も一緒だな。
 ヒットのお手本のような前任者2組はおらず、現場は若手ばかりである。上層部は混乱するばかりだ。何しろ制作チームが機能不全となっており、しかもリリース・スケジュールだけは決まっている。何かしらアイテムはリリースしなければならないけど、何しろタマが少ない。とにかく制作陣が物理的に足りないのだ。外部から引っ張ってきたりカバー曲で埋めたとしても、キラー・チューンはやはり自前で押さえておきたい。印税額が全然違うのだ。
 取りあえず、今いるチームで回してゆくしかない。少しでも実務経験がある若手なら、どんどんチャンスを与えてやった方がいい。骨格さえできてしまえば、あとは演奏陣Funk Brothersがどうにか形にしてくれる。ていうか、曲の体裁さえ整っていれば何でもいい。無音のシングルをリリースするわけにもいかない。何でもいいからサウンドが必要なのだ。例えそれが従来モータウンのサウンドっぽくなかったとしても。

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 そんな社内事情を逆手に取ったのか、この時期のNormanのプロデュース/サウンド・デザインはかなりはっちゃけたクオリティに仕上がっている。従来の親しみやすいメロディや軽快なビート、ひたすらポジティヴな歌詞はとことん無視され、ほぼ逆のベクトルを持つ楽曲が採用されることが多くなる。
 ラジオ・オンエアを無視した10分を超える長尺曲、ファンクイズムに基づいたシンコペーション主体のバック・トラック、住所不定のオヤジを嘆く歌詞など、後年のニュー・ソウルに通ずる構成パーツばかりなのだけど、いずれも否モータウンを表明するものばかりだった。従来ならほぼ100%が不採用となる案件ばかりだったけど、この時期は新曲コンペに出品できる作品自体が少なかったため、Normanの楽曲が採用されることも多くなる。それに比例して、彼の社内的ポジションも次第に有利なものとなってゆく。

 で、Temps。
 華麗なステージ・アクションと寸分違わずそろったダンス・ステップ。洗練されたルックスと小ぎれいなスーツの着こなしは、他モータウン・アーティストの範となるものであり、本流を歩んできたグループとしての佇まいは随一の人気を保っていた。しなやかなファルセットで女性ファンを魅了するEddie Kendricks、野太い男性的なテナーで全体を司るDavid Ruffinの2トップ体制は、永遠のスタンダード「My Girl」から始まる連続ヒットを生み出す原動力となった。
 正統派男性コーラス・グループとしてメロウ・チューンをメインとしていた彼らの転機となったのが、Ruffinをメインとしたヴォーカル構成、マッチョイズムを前面に押し出したパワフルなサウンドだった。特に「Ain't Too Proud to Beg」のスマッシュ・ヒットは彼らの脱・モータウン化をさらに助長させた。
 作曲とサウンド・プロデュースを行なったNormanもまた、スタジオ内で起こったマジックに興奮を覚えた一人だった。ハーモナイズを重視したこれまでのコーラス・グループという発想ではなく、5人のソロ・シンガーの集合体として、彼らそれぞれの見せ場を作るためには、既存のモータウン・システムではどうしても収まりきれない。新たなフォーマットが必要となる。ただ順繰りにメインを替えるのではなく、サウンド自体にストーリーを持たせることによって、そのシフト・チェンジはさらに効果的となる。

Temptations

 グループ自体のシフト・チェンジにあたるのが、この時代のTempsであり、モータウン・ファン的には「サイケデリック・ソウル」として位置づけられている。このサイケ・ソウル期終焉後、彼らはほんの一瞬だけディスコに走り、60年代サウンドをMIDI機材によってアップデートしたサウンドを提示した80年代を経、その後は緩やかなスロー・リタイアに至るわけだけど、やはり初期から70年代初頭までのこの時期に人気が集中しており、実際アルバム制作を中心とした音作り、イメージ戦略が行なわれている。

 これって中島みゆきでいうところの80年代、いわゆるご乱心期に当たるのだけど、そのみゆきご乱心期はファン的に「姫のお戯れ」、「夜会へ向かうまでの過渡期」として位置付けられている。サウンド的・コンセプト的にも時代とリンクしようと抗うみゆきの葛藤が色濃く刻まれているのだけれど、どこか傍流として扱われ、正当な評価がきちんと成されていない。
 それに対してTempsの場合、優等生的な初期と並んでサイケ・ソウル期もまたキッチュさが好評を得ており、古参のファンからも同列で支持されている。考えてみれば、これまで無数にリリースされてきた彼らのベスト盤にはどれも、「My Girl」と「Papa was a Rolling Stone」が収録されており、しかも違和感なく受け入れられている。
 冷静に考えればすごいことだよな、これって。ヴォーカリストは同じだけど、サウンド的にはまったく別物だもの。

 で、そんな彼らのサイケ・ソウル期の本格的なスタートとされているのが、この『Cloud Nine』。10分弱もある1曲を除き、他9曲はだいたい2~3分程度のサイズに収まっているけど、タイトル曲を含め、従来モータウンではほぼ使われることのないファズ・ギターや不穏なベース・ソロなど、プレイヤビリティあふれる演奏が収録されている。こういったところ、やはりNormanの持ち味全開である。下手すると、ヴォーカル抜きでも十分成立してしまうくらい、インスト・パートの完成度がハンパない。
 もうひとつの特色として挙げられるのが、David Ruffin の脱退劇。Buddy Holy並みにインパクトの強いセルフレームを着用していたDavid、外部にそそのかされたのか、それともNormanとソリが合わなかったのかどうかは不明だけど、代わりに入ってきたのが、力強いテナー・ヴォイスを持ち味としたDenis Edwards。力強さはあったけれど、どこか品の良さが窺えたRuffinに対し、パワフルさに加えて泥臭さを備えたEdwardsの声質は、原音を変調させた音色を好むNormanのコンセプトにうまく合致していた。
 ここから数年、従来モータウンの内部崩壊をよそに、新生Tempsの果敢なサウンドへの挑戦の日々が続く。いやもっぱらNormanの苦闘だけど。


Cloud Nine
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Temptations
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1. Cloud Nine
 ハイハットが大きめにミックスされたリズム・トラックにファズ・ギターがからむ、これまでのモータウン・サウンドとの違いを明確にした決意表明。よく聴くとギター自体は決して突飛なプレイではなく、あくまでモータウン・マナーに則った範囲のものであり、これはやはりNormanのプロダクションの成せる業と言える。ちなみに弾いてるのは若き日のDennis Coffey。US6位UK15位まで上昇した、サイケ・ソウル期の幕開けを飾るグルーヴィー・ファンク。



2. I Heard It Through the Grapevine
 わかりやすく邦題に直すと「悲しいうわさ」。ちょっぴりアーシーな泥臭い仕上がりは、ファンクとはまた別のベクトル、当時のアトランティック系ソウルへのオマージュとして受け止めればスッキリする。
 もっとも有名なMarvinのヴァージョンはもっと軽やかなポップ・チューンだったけど、作者であるNormanからすれば、これが本来の理想形である、と言わんばかりに別の仕上がり具合になっている。あまりにMarvinヴァージョンが定番となっているので、やっぱりパンチとしては弱い。いい仕上がりなんだけどね。

3. Run Away Child, Running Wild
 約10分に渡る壮大なファンク・シンフォニー。ここまでNormanがおぼろげに描いていたビジョンが一気に具現化された、この時点での彼の到達点。シンプルなリズム・トラックながら複雑なコーラス・アレンジが絡む構成は、到底単一のヴォーカリストで実現できるはずもなく、多彩なキャラクターの集合体であるTempsでなければ実現しなかった。
 長尺のナンバーのため、プログレと比較されることも多いけど、あそこまで理屈やプレイヤビリティが重視されているわけではなく、スタイル的にはあくまでヴォーカル & インストゥルメンタル、不可分のスタンスとなっている。

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4. Love is a Hurtin' Thing
 で、主役Tempsを一素材として扱うといった、贅沢な実験としてのA面が終わり、ここからはアナログB面。後期は実験的ファンク路線をさらに推し進めていったNormanだけど、この頃はまだ社内バランスを考慮しており、オーソドックスな従来モータウン・ナンバーが軒を連ねている。
 甘くゆったりしたバラード。これはこれで良い。同時進行でもう一枚作っちゃえばよかったのに、と思ってしまうほどのクオリティ。

5. Hey Girl
 野太いバリトンを受け持つPaul Williamsがリードを取る、まるで『ジェット・ストリーム』のようなストリングスをバックに力強く歌い上げるミディアム・バラード。メンバーそれぞれがピンを張れる力量を持っているため、これだけバラエティに富んだサウンドが散りばめられている。

6. Why Did She Have to Leave Me (Why Did She Have to Go) 
 しかしA面3曲/B面7曲という構成は、かなりいびつなものである。3.以外のナンバーはほぼ3分弱、これまでとまるで変わらないポップ・ソウルで占められている。
 時代的にどの歌声にもやや泥臭さが窺えるけど、これこそがTempsの得難いパーソナリティでもある。このような凡庸な曲でも最後まで聴かせてしまう、良い意味での力技が存分に発揮されている。

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7. I Need Your Lovin
 Eddieのファルセットが冴える、後のStylisticsにも通ずる軽いメロウ・サウンドが映えるミディアム・チューン。よく聴くと走るベース・ラインが耳を引く。何気ないポップ・サウンドでも小技を利かせているのは、若いながらも目端の利くプロデューサーNormanの力量による。これまでならベタなホーンで埋めてしまうところを、シンプルなバッキングで歌を引き立てている。

8. Don't Let Him Take Your Love From Me
 これまでの初期Tempsを愛するファンにも受けの良い、サザン・ソウルのフェイク的なアレンジが光るナンバー。「~風で」というオーダーに乗ったFunk Brothers勢のグルーヴ感が真空パックされている。
 やっぱすごいグループだよな、Tempsって。ヴォーカリストによってまるっきり別のグループに聴こえてしまうほど、個々のスキルが高すぎる。ここまで別の側面を見せられるグループを、俺はThe ALFEE以外に知らない。ちゃんと聴いたことないけど。

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9. I Gotta Find a Way (To Get You Back) 
 ビート感は完全に従来モータウン。ホーンの配置、シンコペートするリズムといい、この時代ではすでに時代遅れ。ユニゾンするストリングスの使い方もちょっとダサめだし。これなら初期チューンを聴いた方がいいや、とまで思ってしまう。出来はいいんだけどね。

10. Gonna Keep on Tryin' till I Win Your Love
 ランニング・ベースがリードを取る、従来モータウンのホーンとコーラスとを奥に引っ込めたナンバーがラスト。むせ返るほどの男臭さが特徴のEdwardsのヴォーカルは、一聴するとFour Topsの方がしっくり来るんじゃね?と思ってしまいがちだけど、ユニゾン志向のTopsよりは、個性を尊重したハーモニー志向のTempsの方がずっとパーソナリティを活かしきっている。適材適所というのがあるんだな、どの世界にも。



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追悼 Sharon Jones。 - Sharon Jones & The Dap-Kings 『Soul Time!』

folder -ソウル&ファンク・バンド、シャロン・ジョーンズ&ザ・ダップ・キングス(Sharon Jones And The Dap-Kings)のリード・シンガー、シャロン・ジョーンズ(Sharon Jones)がすい臓癌からの合併症のため死去。シャロンは2013年に癌と診断。その後、手術と治療を行って一時音楽シーンに復帰するものの、2015年に癌が再発していました。60歳でした。
 (amass)

 癌であることを告知された後のSharonは、ある程度の中・長期的な休暇を挟みながら、ライブにレコーディングにゲスト出演に精力的に顔を出していた。去年はDavid Byrneのトリビュート・ライブにも参加してオーディエンスの注目を総取りしてしまう、圧倒的なパフォーマンスを披露していたし、今年の夏はもっぱら夫婦ブルース・ロック・バンド Tedeschi Trucks Bandと全米を回っていた。ジャンルは違えど通ずるものがあったのか、今年の夏は何かと彼らのセッションに呼ばれてパフォーマンス映像が公開されたり、断続的ではあるけれど快方に向かいつつある姿を見ることができた。
 ついこの前は、あのIggy PopとDavid Bowieの「Tonight」をデュエットしたり、これまでソウルのカテゴリーで収まっていたのが、より花広い交友関係が築かれつつあった。

 ここまで業界内でSharonブームが盛り上がったのは、昨年から制作中だった彼女の半生とライブ・パフォーマンスを交えたドキュメンタリー映画『Miss Sharon Jones!』の前評判とリンクしている。冷静に考えてみると、ワールドワイドでは大きなセールスを挙げているわけでもない、主にニューヨーク周辺で活動しているローカル・ソウル・バンドのヴォーカルが映画の主演に抜擢されること自体、極めて異例である。そんな彼女と共演をオファーする大物ミュージシャンが引きも切らなかったことから、やはり何かしら通ずるものがあったのだろうし、フォトジェニックなパフォーマンスに惹かれるものがあったのだろう。少なくともDaptoneが映画プロジェクトに積極的だったとは思えない。彼らも自分たちのことで精いっぱいだし。

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 予兆は8月のEUツアーのキャンセルからあった。復帰後にリリースされたクリスマス企画アルバム『It's a Holiday Soul Party』で健在ぶりをアピールしていたのだけど、まだ60前だっただけに癌の進行は予想以上に早かった。本人も、周囲もその辺は承知の上だったのだろう。これまでとは畑違いのストレスがあったに違いない映画撮影も、体を気遣うならストップさせるべきだっただろうけど、それでも彼女はカメラを回すことを拒みはしなかった。多分、残された命を考えると、少しでも歌えるうちにその姿を収めておくことが、自分にも、そしてファンにも納得行く結果に落ち着く、と判断したのだろう。

 彼女が所属していたレーベルDaptoneは、60年代ヴィンテージ・ソウルを真空パックから開封したような、ある意味時代遅れのサウンドを主に取り扱っている。ダイナミック・レンジと録音トラック数の多さによって、音圧自体は現代の主流サウンドと引けを取らないようになってはいるけど、やはり古臭い。AMラジオで聴いたら時代感覚を失ってしまうようなサウンドばかりである。なので、決して万人受けするような音楽ではない。かつて60年代にティーンエイジャーだった者が懐古的に聴き直すわけでもない。彼らの主力ターゲットはもっと若い世代のレアグルーヴ愛好家だ。
 そういった戦略で自転車操業を続けてきたレーベルの性格上、マーケットはどうしてもニッチなものになってしまう。なので、瞬間的にバカ売れする類のものではなく、ゆっくりじっくりと、ロングテールで地道に売れ続ける音楽である。どんな時代でも一定数、彼らのような音を求める層は存在する。
 そんな事情もあって、ヒットチャートの常連的なポストにはたどり着けなかったけど、デビュー後は一度も契約が切れることもなく、コンスタントにシングルやアルバムをリリースしていた。着実に実績は積み上がっていて、『Miss Sharon Jones!』公開を間近に控え、次回作ではチャート・アクション的にも期待を持てそうだ、と誰もが思っていた。レーベル・メイトであるCharles Bladleyが、EUシングル・チャートにランクインするようになっていたため、それに続いてSharon もまたEU本格進出の足掛かりを得た。
 そんな矢先、突然の訃報である。

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 1956年、アメリカ南部のオーガスタで、6人兄弟の末っ子として生を受けたSharon Lafaye Jonesは、ブルックリンの高校・大学に進んだ。その傍ら、多くの敬虔な黒人に倣ってゴスペル・シンガーからキャリアをスタートさせ、銀行勤務と並行しながら地元のR&B、ファンクバンドを渡り歩いた。80年代に入ってからは、バック・コーラスとして多くのレコーディングに参加、後にDaptoneに入るきっかけとなったLee Fieldsのレコーディング・セッションを機に、もっぱら裏方だった彼女にデビューのチャンスが巡ってくる。
 1996年、シングル「Damn It's Hot」でデビューした頃、彼女はすでに40歳を迎えていた。いくら満を持しての実力派シンガーと言っても、ちょっと遅咲き過ぎるくらいのデビューである。
 その小柄な全身からみなぎる彼女の破裂的なヴォーカルや、熱狂的なステージ・パフォーマンスは草の根的に口コミが口コミを呼び、当時所属していたレーベルDescoのコンピレーション・アルバムには高確率で収録されるまでになるのだけれど、NYの弱小インディー・レーベルでは単独名義のアルバムを制作できるほどの体力はなかった。これは大多数の弱小零細レーベルだとよくある話で、大量のアルバム在庫を抱え込むほどの資本がないため、どうしても低単価のシングル中心のリリースになってしまう。そのシングルだって、レーベルの基礎体力以上に爆発的に売れてしまうとバックオーダーが追い付かず、売れまくったがゆえに倒産、という逆転現象を引き起こしてしまう事例だってある。会社が潰れない程度にほどほどに売れてくれた方が、会社としては好都合なのだ。

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 Sharon自身としては、シングル・リリースだけでも降って湧いたような話であり、アルバム・リリースまでの野心は想像もつかないので持てなかった、というのが実情。取りあえず名刺代わりにシングルを切ってレパートリーを増やし、それが話題になることでライブ動員が安定してくれれば、といった程度の心積もりだった。セッション・シンガーとして、レーベル内外で声をかけられることも多く、バッキングを務めるDap KingsらもAmy WinehouseやMark Ronsonなど、UKの一流どころとのセッションやレコーディングに忙殺されていた。週末の趣味的なバンド活動は、外部活動による生活基盤の安定のもとに成り立っていた。
 そんな状況が変わり始めたのが、DescoのオーナーだったGabriel Roth とPhilip Lehmanとが袂を分かってレーベルは発展的解消、RothとNeal Sugarmanによって創設されたDaptoneに移籍してからである。自らインスト・ソウル/ファンク・バンド Sugarman 3を率いるSugarmanの意向を受け、アルバム・リリースをひとつの柱としたDaptoneが第一弾アルバム・アーティストとして指名したのがSharonだった。前述のLee Fieldsと並んで看板アーティストとなったSharonは、その後、5枚のオリジナルと2枚のコンピレーションを残し、今年は『Miss Sharon Jones!』のサントラをリリースした。

 コンスタントに2年の1枚程度の割合で安定したクオリティのアルバムを残した彼らだけど、その個性がもっともよく表れているのは、やはりシングル中心で編まれたコンピレーションである、というのが俺の主観。時期はバラバラだけど、Daptoneのアーティストは基本、自社スタジオでアナログ・レコーディング、バンドのプレイヤビリティは絶妙の安定感のため、ツギハギ感はほとんどない。
 2004年から2011年くらいまで、ほぼ10年の足取りがここに収められており、これから聴こうとする人には最適なんじゃないかと思われる。この手のバンドあるあるだけど、シングル中心・売り切り在庫なしのパターンが多いため、まだ日本にそれほど生息していないと思われるSharon Jonesマニア以外のライト層にも十分アピールできるラインナップとなっている。

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 訃報をきっかけに存在を知り、再評価されるというパターンは昔から多い。死後の遺産を発掘してリリースする作業は今後になると思われるので、今のところはこれが一番とっつきやすい。
 彼女の新しい歌を聴くことは、もうできない。
 でも、今後も時々、思い出すことはできる。取りあえず、今はそれだけで十分だ。
 今年もBowieやPrinceを始め、好きなアーティストをずいぶん見送ってきた。
 残された作品を聴き続けること、そしてこうやって時たま思いを書き留めておくこと。
 誰に頼まれたわけではないけど、多分、これからも俺はそんな行為を続けるのだろう。


Soul Time!
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Sharon Jones & The Dap-Kings
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1. Genuine Pt. 1
 2004年リリース6枚目のシングル。日本人からすれば馴染みの深いチンドン屋風のオープニングは、親近感を持ってしまう。古来の土着性のダンス・ミュージックという点で共通点は多い。SharonよりはむしろDap-Kingsにフォーカスを当てたミックスは、アナログ・シングル特有の音圧を引き出している。

2. Genuine Pt. 2
 1.の続き。ヴィンテージ・ソウルによくあったスタイルだけど、アナログ・ディスクのカッティング・レベルの維持と、ラジオ・オンエアでかかりやすくするため、長尺の曲を二分割して収録するケースが多かった。21世紀に入ってからも、そういったソウル・マナーにこだわる辺りが、Daptoneが支持される理由。



3. Longer and Stronger
 2010年アメリカで公開された映画『For Colored Girls』のサウンドトラックより収録。タイトルから何となくわかるように、黒人女性を主軸とした人生模様を描いたオムニバス・コメディで、キャストがWhoopi GoldbergやなぜかJanet Jacksonなど、映画にはほとんど明るくない俺でも知ってるメンツが出演している。日本では未公開だったらしく、俺自身も未見。
 ストーリー・コンセプトに基づいた選曲となっており、クレジットを見ると、Sharon以外にもLalah HathawayやLeona Lewis、懐かし枠ではGladys KnightやNina Simoneもピックアップされている。
 スタックス系のホーン・セクションがカントリーっぽくプレイしたような、郷愁漂うスロー・チューンは、映像が目に浮かぶよう。見たことないけどね。

4. He Said I Can
 2011年リリース、出世作となった4枚目『I Learned the Hard Way』リリース後にリリースされたシングル。その後、すぐにこの『Soul Time』に収録されたため、この時点でもっとも新鮮なSharonたちのパフォーマンスが封入されている。
 ファンキーなワウワウ・ギターとオルガン、ホーン・セクションとの軽快なコール&レスポンスなど、聴きどころ満載のチューン。ほぼワン・コードで押し通しているのに、この表情の豊かさといったら。

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5. I'm Not Gonna Cry
 3枚目のアルバム『100 Days, 100 Nights』のレコーディングと同時期に録音され、シングル・オンリーでリリースされたナンバー。南部テイストの濃い演奏は泥臭く、初期の彼女らの音楽性を象徴している。バンドの方向性がSharonメインに移行し、ソウルっぽさが強まるのはもう少し後から。

6. When I Come Home
 2010年リリースのシングル。初期より洗練されたソリッドなファンキー・チューン。ますますJBっぽさが堂に入りつつある。ギターのオカズと音色が黒っぽさを助長させている。

7. What If We All Stopped Paying Taxes?
 かなりストレートなタイトルのジャンプ・チューン。2004年リリースということでDap-Kingsの黒っぽさがハンパない。この後はAmy Winehouseプロジェクトの参加を経て、ゴツゴツ角の尖った演奏が次第に丸みを帯びてゆくのだけど、ここではまだキレッキレの頃。特にテーマがテーマなだけに、Sharonのヴォーカルも攻撃的。

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8. Settling In
 シングル・カットされた『100 Days, 100 Nights』のタイトル・チューンのB面収録曲。多分同時期にレコーディングされたと思われるけど、なぜかドップリ黒いスロー・ブルース。こういった曲も歌えるのはわかるけど、やはりもっとダンサブルで熱いサウンドの方が、彼女の声質には合っている。まぁB面だし、ちょっとやってみたかったんだろうな。

9. Ain't No Chimneys In The Projects
 2009年、クリスマス・シーズンにリリースされたシングル。この時期になるとDap-KingsとSharonとのパワー・バランスもいい塩梅となり、どちらの良さも引き立ったプレイとなっている。
 甘くて切なくて、それでいて楽しみなクリスマス。そんなムードを盛り上げるには絶好のチューン。結果的に生前最後となった企画アルバム『It's a Holiday Soul Party』にも再録された。



10. New Shoes
 2011年リリースのクリスマス・シングル。サウンド的にはソウル間が薄く、勢いと疾走感が印象強い。それでもどんな音でも自分たちの音として聴かせてしまう力技が、この時点で確立されている。

11. Without A Trace
 ゴスペル色が強いサウンドで、ここでのSharonは通常のファンキーな勢いではなく、もっと言葉を噛みしめるようにエモーショナルなヴォーカライズとなっている。この曲だけどうしても初出がわからなかったのだけど、多分ダウンロード・オンリーかこのアルバムのみ収録だと思われる。

12. Inspiration Information
 前曲に続き、こちらもしっとりヴォーカルを聴かせるスロー・チューン。2009年のコンピレーション『Dark Was the Night』収録、オリジナルはShuggie Otis、1974年の作品。ファンクを通過してからのオールド・ソウル風味は、聴き手を和ませる。パーティもそろそろ終わり。帰る時間だな。
 
SharonJones
 
 お疲れさま。ゆっくり休んでね。




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1972年、モータウンのお家事情その1 - Stevie Wonder 『Talking Book』

folder 1972年リリース、長いこと拗れにこじれたモータウンの呪縛から解き放たれ、自他ともに成人として認められたStevie Wonder、やりたい放題3部作のスタートを切ったソロ15作目。
 俺が物心ついた頃には、すでにソウル/ファンクの名盤として位置づけられていたので、さぞかし売れまくったのだろうと思っていたのだけど、実際のチャート・アクションはUS3位UK16位。UKとカナダではゴールド認定されているけど、本国アメリカではそこまでのセールスを挙げていない。もちろんレジェンド級のアルバムのなので、これまでの累計で量るとプラチナ何枚分のセールスになってはいるのだろうけど、瞬間最大風速的にはそこそこの成績で収まっている。モータウンだけに限らず、当時のソウル系アーティストのウェイトがシングルに重きを置いていた証でもある。この辺から徐々に変わってくんだけどね。

 Diana RossがSupremesを卒業したあたりから、モータウンのクリーンナップも世代交代、60年代前半までの「豊かなアメリカ」を象徴した、キラキラしたポップ・ソウルのマーケットは縮小してゆく。
 この時期のモータウンの筆頭といえばDianaだったけど、Berry Gordieがやたらとハリウッドに入れ込んでいたせいもあって、すっかりLiza Minnelliになりきっていた。Marvin Gayeは『What’s Going On』の大ヒットのおかげで我が道を行くみたいになってるし、Four Topsは相変わらずの男臭さ満載だったけど、レーベル全体を引っ張るほどのカリスマ性はなかった。由緒正しきモータウンのレーベル・カラーを遵守しているのはJackson 5くらいで、それもこの頃にはメンバーの成長も相まって方向性が微妙にずれつつあった。

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 なので、1972年モータウンの最大勢力は正統派ではなく、60年代後半から勃興したサイケ/ロックのテイストを保守派ソウルに持ち込んだプロデューサーNorman Whitfield一連の仕業だった。エフェクトをバリバリ効かせたギターの音色に始まり、ラジオ・オンエアを無視した10分超の大曲志向、これまでポップ・ソングでは取り上げられなかった反戦や貧困、人種差別をテーマとした歌詞など、従来モータウンのセオリーからはことごとく外れたファクターを積極的に取り込み、時代性も相まって収益の柱となってしまう。
 もともとモータウン本流のアーティストだったTemptationsもEdwin Starrも、好き放題にトラックをいじりまくったNormanに感化されて、この時期はメッセージ性の強い楽曲を歌っている。子飼い的存在だったUndisputed Truthには特にNormanも入れ込んでおり、ほぼメンバー的な立場で好き放題やっている。ていうかNormanのワンマン・バンドだもんな、末期は。

 そんなお家事情だったので、Stevieもまた好き放題やれる環境が整っていた。経営陣はDianaを最上のエンターテイナーとしての売り出しに奔走していたし、ブランド・イメージはまだ辛うじてJackson 5一派が守っていた。社内的な不満は頻出しているけど、Normanは稼ぎ頭としての一角を担っていた。若い跳ねっ返りの居場所を確保することも、企業としては時に必要な場合だってあるのだ。それが反旗を翻さない限りは。

 とにかく歌って稼げてたらそれでオッケー的なデビュー当時ならともかく、次第に青年としての自我が芽生えてきて、押し付けのポップ・ソウルばかりじゃ物足りなくなってきたStevie。世間じゃロックだサイケだ反戦だラブ&ピースだと言ってるのに、享楽的で無内容のモータウン・ソングは、彼にとっては時代錯誤のように思えてきた。とは言っても当時のStevieは大抵がスマッシュ・ヒット止まり、他のモータウン・レジェンドのような大ヒットには恵まれていなかったため、未成年ということもあって発言権は微々たるものだった。ただささやかな抵抗として、DylanやBeatlesを我流にアレンジしてカバーして、ちょっとは話題になった。なったのだけど、それらは結局、他人の言葉、他人の旋律だった。自分の言葉、自分のメロディで表現したい、という欲求は日々募っていった。

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 後見人の呪縛から外れてからが、アーティストStevie Wonderとして真のスタートとなる。それまでの彼が演じていた「陽気なポップ・ソウルを歌う無邪気なティーンエイジャー」から一転、時代に即したシリアスなメッセージを内包した辛口のサウンドが、彼のトレードマークとなった。モータウン・スタジオのハウス・バンドであるFunk Brothersらの手を借りず、シンセ・オペレーターRobert MargouleffとMalcolm Cecilとスタジオに篭って何百曲にも相当するマテリアルを量産、その中から厳選されたのが、70年代一連の作品群である。
 従来のモータウン・サウンドが時代の趨勢に押し潰される中、Stevieの転身はある意味、当然の流れだったのだろうけど、これまでのStevieファンにとってはすぐには受け入れられなかったんじゃないかと思われる。実際、アメリカでのチャート・アクションはシングルほどの勢いではなかったし。この時点でもまだ、Stevieはシングル中心のアーティストとしてしか認知されていなかったのだ。それが覆されるにはもう少し、『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』『Songs in the Key of Life』と畳みかける名作のリリース攻勢を待たねばならない。

 長い長いキャリアの中において、この70年代初期の一連のアルバムを一気呵成に制作した頃がStevieのいわゆるピーク・ハイの時期にあたり、今もライブ・レパートリーに入ってる楽曲も多い。ここ2,3年は『Key of Life』全曲再現ライブなんてのも断続的に開催してるし、本人的にも思い入れは強いのだろうし、ファンのニーズも高い。
 その後のStevieは、憑きものが落ちたかのようにコンテンポラリーな方向性に転じ、音楽シーンを引っ張ってゆく牽引力は薄れたけど、巧妙に組み立てられたサウンドの奥に潜むメロディとコードは、年を経るごとに磨きがかかっている。
 ちょっと口ずさんでみたらわかるけど、歌いづらいよどれも。転調に次ぐ転調はジャズの素養から由来するものだけど、メロディを追ってゆくだけで至難の業。だからといって、ピッチさえ合わせてしまえばオッケーというものでもなく、ここにStevie特有の跳ねるリズムが加わって、さらに再現不能。
 親しみ深いメロディとキャラクターの陰には、難攻不落の関門が待ち受けているのだ。

Stevie Wonder late60s

 ソウル/ファンクというジャンルにロックのテイストを持ち込み、それが一般的な人気を得るスタイルを確立したのは、俺が知る限りではSly Stoneが最初だったと思う。他にもいるかもしれないけど、ヒットして大衆性を得た、という意味合いで。フラワー・ムーヴメントの聖地LAに育ったSlyにとって、多様な人種との交流も作用して多ジャンルの音楽的要素を取り入れてオリジナリティを形成してゆく、というプロセスはごく自然なものだったと思われる。実際、その中のロック的要素を導入した初期のヒット曲は、ボーダーレスで間口の広いサウンドに仕上がっている。
 ただ、人種混在のグループFamily Stoneは、後に様々な歴史的セッションに携わることになるLarry Graham、Andy Newmarkという名プレイヤーを排出したのだけど、基本的な音楽的バンド的コンセプトにおいてはSly の独裁制に左右されており、ロックのテイストというのも構成パーツのひとつに過ぎなかった、というのが正直なところ。
 フラワー・ムーヴメントに湧いた60年代末という時節柄、ロック的イディオムの意匠を借りて独自のファンキー・リズムを乗せ、人種の壁を越えたハッピーなサウンド、という方向性は間違ってなかったと思う。ただ、その音楽性は刹那的なものであり、時代が変われば飽きられてしまう。彼の本質はそこじゃなかったのだ。

 『Stand!』で一躍時代の寵児となったSlyだったけど、そのピークの最中にすべての予定をキャンセル、初期Family Stoneも解体してスタジオに引き篭ることになる。時節柄、ドラッグ癖が悪化しただの、人種混合のユニットゆえブラック・パンサーに目をつけられて逃亡しただの、様々な説が流布しているけど、まぁどれも当たってはいると思う。
 ただひとつ付け加えると、キャリアを重ねるにつれ、自身の黒人としてのアイデンティティに目覚めたことが、ロックのエッセンスを捨てて根源的なリズムの追及、密室ファンクのマイルストーン『暴動』を産むに至った、ということになる。

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 もともと黒人ブルースからの発展形として成熟していったロックは、他ジャンルのエッセンスの導入については門戸が広く、ファンキー・リズムの導入も早くから行われていた。そういった試みがうまくハマって広く知られるようになったのが、David Bowieの『Young Americans』あたりじゃないかと思われる。もしかしたらもっと早くから誰かやってたかもしれないけど、その辺はスルーで。
 で、逆に黒人サイドがロックを取り入れる、といった試みは案外少ない。これも俺の私見だけど、70年代では目立った動きは見当たらない。当時のソウル/ファンク・シーンはほぼディスコ一色だったので、P-Funk一派以外はほぼ8ビートなんかには見向きもしていなかった。80年代に入ってからFishboneがデビュー、ミクスチャー・ロックの時代が到来したけど、排出されるのはRage Against the MachineやRed Hot Chili Peppersなど白人側のリアクションばかり、黒人側はほぼヒップホップ方面へ流れてしまった。
 ソウル/ファンク・アーティストがロックをプレイするというのは、割合的には少数派と言える。ディスコ・ブームもひと段落し、ロックのサウンドを取り入れる試みが始まったかと思えば、先鋭的なアーティストはヒップホップに走ってしまう。
 すでに耐用年数に不安が生じていたロックには、見向きもしなかったわけで。

 本来なら、ロックだソウルだ、とジャンル分けしてしまうのは乱暴極まりないことであるのだけれど、まぁある程度の目安があった方が、ビギナーには探しやすい。細分化し過ぎるのも逆に混乱を招いてしまうけど、だからと言ってピコ太郎と高橋竹山とを同じ「音楽」というくくりに入れてしまうのは、もっと乱暴になってしまう。
 で、Stevie。彼の場合、もともとソウルだファンクだというより、すでにStevie Wonderとしての独自の音楽性を確立してしまっているため、エッセンスのアクが多少強くとも揺るぎはしない。逆に取り込まれた方に影響を与えてしまうくらいである。

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 そういうわけで話は「Superstition」なのだけど、もともとプレゼントされたはずのJeff Beckヴァージョンと聴き比べてみれば、その相互の影響力の強さがわかる。Stevie同様、Beckだってギターにおいては異端の天才とされている。アクの強さは天下一品で、どんな楽曲も自分の変態ギター・プレイでねじ伏せてしまう。
 これもよく言われていることだけど、Jeffの特徴として、あんまり器用な方ではないことは知られている。必ず制作にあたるパートナー、それはバンド・メンバーや共作者、プロデューサーでもいいけど、誰かしら第三者がいた方が高クオリティで仕上がる率が高い。誰かが全体を俯瞰しつつ、その下で感情の赴くまま、好き勝手にプレイした結果が、彼の傑作アルバム群となっているのだ。
 この曲でのJeffのプレイは、ちょっと趣が違っている。もちろん、当時最高のリズム・セクションTim BogertとCarmine Appiceを従えてのトリオ編成はロック界最強とされており、どの曲も最高のハード・ロックとして完成されている。いるのだけれど、諸事情で結果的に後出しとなってしまった「Superstition」だけはオリジナリティが薄く、Stevieヴァージョンをなぞっただけのような仕上がりで落ち着いてしまっている。
 Beckとしては彼から渡されたデモ・テープを聴いて、あれこれ試してみたものの、結局はこのアレンジに落ち着いてしまったと考えられる。それくらい独自解釈の余地がなく、普通にプレイするだけでも難しい曲なのだ。通常営業のJeffなら考えづらい仕上がりである。「クセのない天才」と俺が勝手に呼んでいるPaul McCartney の楽曲なんかではJeff、ここでは通常営業で独自の解釈で弾きまくっている。なので、Stevieとの相性が悪かったと考えられる。諸事情って言っても金がらみなのか、何かともめたらしいし。

 なので、ジャンルは違うけどStevieの楽曲をモダンにアレンジメントしたincognito は侮れないんだな、という結論


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Stevie Wonder
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1. You Are the Sunshine of My Life
 US1位UK7位を記録した、アルバムから2枚目のシングルカット。古くはLiza MinelliやFrank Sinatra、日本でも平井堅がカバーしてるので、誰でも一回くらいは何らかの形で耳にしたことはあるソウル・スタンダード。
 最初聴いた時は、いつものStevieのヴォーカルとは全然違う声質のシンガーが歌っていたので、イコライザーか何かでいじったのかと思ってたけど、Jim Gilstrap、Lani Grovesというシンガーが歌っていたことを知ったのは、ずっと後のこと。アルバムのリード・ナンバーで、しかも出だしから別シンガーに歌わせるというのは聞いたことがない。何をしたかったんだろうか。
 Jimは当時、Stevieのバック・コーラスを担当しており、ボスの薦めで裏方が表舞台に押し出された形だが、そのせいかどこか所在なさげ、居心地悪そう。



2. Maybe Your Baby
 Stevieお得意のミディアム・テンポのファンクだけど、これまでよりねちっこさが上回ってる印象を持っていたのだけど、パーソナルを調べてみると、ギターを弾いてるのが若き日のRay Parker Jr.。コーラスを含め、その他のバック・トラックはすべてStevieによるもの。この2人だけのパフォーマンスで組み立てられた楽曲だけど、セッション臭が強い。密室ファンクのような自己完結性が薄いのだ。
 この後、RayはCommodores風味のディスコ・バンドRaydioを結成、数曲の全米ヒットを送り出した後にソロ活動へ移行、80年代からはすっかり「Ghostbusters」の人となってしまう。あまりに色が付きすぎてしまって活動は低迷、つい最近まで「あの人は今」的な扱いとなっていた。一発屋じゃないはずなのに、大ヒット曲のおかげでそれまでの栄光が霞んでしまった、考えてみればかわいそうな人である。

3. You and I (We Can Conquer the World) 
 ほぼStevie自身によるソロ・ピアノだけをバックに紡がれる、『Key of Life』以降に頻出する極上バラード。これだけアクの強い楽曲の中では特徴が薄く、実際影も薄い。3曲目じゃないでしょ、この曲だったら。A面でもB面でも、もっと後ろに持って行くべき楽曲である。
 オーソドックスなバラードに聴こえるけど、もはや自由律と呼んでも差し支えない、小技の効いた転調の嵐。やはりあなどれない。

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4. Tuesday Heartbreak
 ほぼギターのような響きのクラヴィネットを操りながら、オフ気味のヴォーカルを聴かせるStevie、これもお得意のミディアム・ファンク。ゲストはDavid Sanborn (sax)と、コーラスにDeniece Williams。この辺からDenieceはStevieのお気に入りとして、たびたびアルバムにもライブにも参加している。この時期はStevie、前妻Syreeta Wrightと袂を分かっており、その辺の事情もあってDenieceがフィーチャーされ始めた、という見方もできる。ゲスい視点だよな、これって。
 当時は新進気鋭のスタジオ・ミュージシャンとして幅を利かせていたDavidのプレイは、この頃から特定できちゃうくらいに記名性が高い。1曲だけじゃなく、もっと聴いてみたくなるセッション。

5. You've Got It Bad Girl
 で、そのSyreetaの妹Yvonneとの共作がA面ラスト。てっきり姉の七光りかと思っていたのだけど、Discogsで調べてみると、Stevieだけじゃなく、Quincy JonesやArt Garfunkelなど、結構な大物とも仕事をしていた。あなどれないな。
 終始マイナーで押し通したスロー・バラードは、従来のバラードとはテイストが違っている。ジャズ7:ソウル3といった配合の、ハイブリット・ファンク。クセになる曲だ。

6. Superstition
 US1位UK11位を記録した、言わずと知れたStevieの代表曲。本文であらかた書いてしまったけど、単体では軽い響きのムーグの低音が、ここではボトムをしっかり支え、P-Funk一派にも引けを取らない極上ファンクに仕上がっている。
 Jeff Beckがリリースしなかったから、先に自分でやっちゃった、という逸話は有名だけど、ここまでやられちゃうと、後出しジャンケンの立場はとってもきつい。やりすぎだよ、Stevie。



7. Big Brother
 6.のアウトロに被さるように始まる、再びStevie完全単独演奏によるミディアム・バラード。タイトルから連想してしまうのはGeorge Orwellの小説『1984年』だけど、あながち間違ってはいないみたい。それぞれ解釈は違えど、政治家を糾弾するようなメッセージ・ソングであり、当時のニュー・ソウルの勢いが窺い知れる。

8. Blame It on the Sun
 こちらは元妻Syreetaとの共作とされているストレートなバラード。これまでとは趣が違って、ヴォーカルに憂いがあり、もの悲しげな様相が漂っている。ちょっとウェット感が強いかな。Stevieはパーソナルなテーマを歌うより、むしろ壮大な事象を扱う方が合っている。珍しいアーティストだよな、それって。

9. Lookin' for Another Pure Love
 で、このアルバムでJeff Beckが参加しているのは、実はこの曲だけである。6.には参加していない。もしかしてアウトテイクがあるのかもしれないけど、Stevieの流出音源は案外少なく、ガードが固いことで有名である。それだけスタッフの結束が固いのか、それとも監視が強いのか。多分両方だろう。
 ここでのJeffのプレイは歌メロをなぞるようなストレートなプレイ。頻繁にオブリガードを入れてはいるけど、特筆するほどではない。
 あるかどうかは不明だけど、やっぱり聴いてみたいよな、「Superstition」をセッションする2人の攻防。

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10. I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever)
 ラストは再びYvonneとの共作によるバラード。スロー・テンポではあるけれど、これまでのバラードのような甘さはなく、むしろドライな仕上がり。次作『Innervisions』に入れてもおかしくない、ややジャジーな香りのする楽曲。これも完全単独演奏でまとめられており、彼の意気込みが伝わってくる。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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