#Soul

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

追悼 Sharon Jones。 - Sharon Jones & The Dap-Kings 『Soul Time!』

folder -ソウル&ファンク・バンド、シャロン・ジョーンズ&ザ・ダップ・キングス(Sharon Jones And The Dap-Kings)のリード・シンガー、シャロン・ジョーンズ(Sharon Jones)がすい臓癌からの合併症のため死去。シャロンは2013年に癌と診断。その後、手術と治療を行って一時音楽シーンに復帰するものの、2015年に癌が再発していました。60歳でした。
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 癌であることを告知された後のSharonは、ある程度の中・長期的な休暇を挟みながら、ライブにレコーディングにゲスト出演に精力的に顔を出していた。去年はDavid Byrneのトリビュート・ライブにも参加してオーディエンスの注目を総取りしてしまう、圧倒的なパフォーマンスを披露していたし、今年の夏はもっぱら夫婦ブルース・ロック・バンド Tedeschi Trucks Bandと全米を回っていた。ジャンルは違えど通ずるものがあったのか、今年の夏は何かと彼らのセッションに呼ばれてパフォーマンス映像が公開されたり、断続的ではあるけれど快方に向かいつつある姿を見ることができた。
 ついこの前は、あのIggy PopとDavid Bowieの「Tonight」をデュエットしたり、これまでソウルのカテゴリーで収まっていたのが、より花広い交友関係が築かれつつあった。

 ここまで業界内でSharonブームが盛り上がったのは、昨年から制作中だった彼女の半生とライブ・パフォーマンスを交えたドキュメンタリー映画『Miss Sharon Jones!』の前評判とリンクしている。冷静に考えてみると、ワールドワイドでは大きなセールスを挙げているわけでもない、主にニューヨーク周辺で活動しているローカル・ソウル・バンドのヴォーカルが映画の主演に抜擢されること自体、極めて異例である。そんな彼女と共演をオファーする大物ミュージシャンが引きも切らなかったことから、やはり何かしら通ずるものがあったのだろうし、フォトジェニックなパフォーマンスに惹かれるものがあったのだろう。少なくともDaptoneが映画プロジェクトに積極的だったとは思えない。彼らも自分たちのことで精いっぱいだし。

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 予兆は8月のEUツアーのキャンセルからあった。復帰後にリリースされたクリスマス企画アルバム『It's a Holiday Soul Party』で健在ぶりをアピールしていたのだけど、まだ60前だっただけに癌の進行は予想以上に早かった。本人も、周囲もその辺は承知の上だったのだろう。これまでとは畑違いのストレスがあったに違いない映画撮影も、体を気遣うならストップさせるべきだっただろうけど、それでも彼女はカメラを回すことを拒みはしなかった。多分、残された命を考えると、少しでも歌えるうちにその姿を収めておくことが、自分にも、そしてファンにも納得行く結果に落ち着く、と判断したのだろう。

 彼女が所属していたレーベルDaptoneは、60年代ヴィンテージ・ソウルを真空パックから開封したような、ある意味時代遅れのサウンドを主に取り扱っている。ダイナミック・レンジと録音トラック数の多さによって、音圧自体は現代の主流サウンドと引けを取らないようになってはいるけど、やはり古臭い。AMラジオで聴いたら時代感覚を失ってしまうようなサウンドばかりである。なので、決して万人受けするような音楽ではない。かつて60年代にティーンエイジャーだった者が懐古的に聴き直すわけでもない。彼らの主力ターゲットはもっと若い世代のレアグルーヴ愛好家だ。
 そういった戦略で自転車操業を続けてきたレーベルの性格上、マーケットはどうしてもニッチなものになってしまう。なので、瞬間的にバカ売れする類のものではなく、ゆっくりじっくりと、ロングテールで地道に売れ続ける音楽である。どんな時代でも一定数、彼らのような音を求める層は存在する。
 そんな事情もあって、ヒットチャートの常連的なポストにはたどり着けなかったけど、デビュー後は一度も契約が切れることもなく、コンスタントにシングルやアルバムをリリースしていた。着実に実績は積み上がっていて、『Miss Sharon Jones!』公開を間近に控え、次回作ではチャート・アクション的にも期待を持てそうだ、と誰もが思っていた。レーベル・メイトであるCharles Bladleyが、EUシングル・チャートにランクインするようになっていたため、それに続いてSharon もまたEU本格進出の足掛かりを得た。
 そんな矢先、突然の訃報である。

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 1956年、アメリカ南部のオーガスタで、6人兄弟の末っ子として生を受けたSharon Lafaye Jonesは、ブルックリンの高校・大学に進んだ。その傍ら、多くの敬虔な黒人に倣ってゴスペル・シンガーからキャリアをスタートさせ、銀行勤務と並行しながら地元のR&B、ファンクバンドを渡り歩いた。80年代に入ってからは、バック・コーラスとして多くのレコーディングに参加、後にDaptoneに入るきっかけとなったLee Fieldsのレコーディング・セッションを機に、もっぱら裏方だった彼女にデビューのチャンスが巡ってくる。
 1996年、シングル「Damn It's Hot」でデビューした頃、彼女はすでに40歳を迎えていた。いくら満を持しての実力派シンガーと言っても、ちょっと遅咲き過ぎるくらいのデビューである。
 その小柄な全身からみなぎる彼女の破裂的なヴォーカルや、熱狂的なステージ・パフォーマンスは草の根的に口コミが口コミを呼び、当時所属していたレーベルDescoのコンピレーション・アルバムには高確率で収録されるまでになるのだけれど、NYの弱小インディー・レーベルでは単独名義のアルバムを制作できるほどの体力はなかった。これは大多数の弱小零細レーベルだとよくある話で、大量のアルバム在庫を抱え込むほどの資本がないため、どうしても低単価のシングル中心のリリースになってしまう。そのシングルだって、レーベルの基礎体力以上に爆発的に売れてしまうとバックオーダーが追い付かず、売れまくったがゆえに倒産、という逆転現象を引き起こしてしまう事例だってある。会社が潰れない程度にほどほどに売れてくれた方が、会社としては好都合なのだ。

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 Sharon自身としては、シングル・リリースだけでも降って湧いたような話であり、アルバム・リリースまでの野心は想像もつかないので持てなかった、というのが実情。取りあえず名刺代わりにシングルを切ってレパートリーを増やし、それが話題になることでライブ動員が安定してくれれば、といった程度の心積もりだった。セッション・シンガーとして、レーベル内外で声をかけられることも多く、バッキングを務めるDap KingsらもAmy WinehouseやMark Ronsonなど、UKの一流どころとのセッションやレコーディングに忙殺されていた。週末の趣味的なバンド活動は、外部活動による生活基盤の安定のもとに成り立っていた。
 そんな状況が変わり始めたのが、DescoのオーナーだったGabriel Roth とPhilip Lehmanとが袂を分かってレーベルは発展的解消、RothとNeal Sugarmanによって創設されたDaptoneに移籍してからである。自らインスト・ソウル/ファンク・バンド Sugarman 3を率いるSugarmanの意向を受け、アルバム・リリースをひとつの柱としたDaptoneが第一弾アルバム・アーティストとして指名したのがSharonだった。前述のLee Fieldsと並んで看板アーティストとなったSharonは、その後、5枚のオリジナルと2枚のコンピレーションを残し、今年は『Miss Sharon Jones!』のサントラをリリースした。

 コンスタントに2年の1枚程度の割合で安定したクオリティのアルバムを残した彼らだけど、その個性がもっともよく表れているのは、やはりシングル中心で編まれたコンピレーションである、というのが俺の主観。時期はバラバラだけど、Daptoneのアーティストは基本、自社スタジオでアナログ・レコーディング、バンドのプレイヤビリティは絶妙の安定感のため、ツギハギ感はほとんどない。
 2004年から2011年くらいまで、ほぼ10年の足取りがここに収められており、これから聴こうとする人には最適なんじゃないかと思われる。この手のバンドあるあるだけど、シングル中心・売り切り在庫なしのパターンが多いため、まだ日本にそれほど生息していないと思われるSharon Jonesマニア以外のライト層にも十分アピールできるラインナップとなっている。

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 訃報をきっかけに存在を知り、再評価されるというパターンは昔から多い。死後の遺産を発掘してリリースする作業は今後になると思われるので、今のところはこれが一番とっつきやすい。
 彼女の新しい歌を聴くことは、もうできない。
 でも、今後も時々、思い出すことはできる。取りあえず、今はそれだけで十分だ。
 今年もBowieやPrinceを始め、好きなアーティストをずいぶん見送ってきた。
 残された作品を聴き続けること、そしてこうやって時たま思いを書き留めておくこと。
 誰に頼まれたわけではないけど、多分、これからも俺はそんな行為を続けるのだろう。


Soul Time!
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Sharon Jones & The Dap-Kings
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1. Genuine Pt. 1
 2004年リリース6枚目のシングル。日本人からすれば馴染みの深いチンドン屋風のオープニングは、親近感を持ってしまう。古来の土着性のダンス・ミュージックという点で共通点は多い。SharonよりはむしろDap-Kingsにフォーカスを当てたミックスは、アナログ・シングル特有の音圧を引き出している。

2. Genuine Pt. 2
 1.の続き。ヴィンテージ・ソウルによくあったスタイルだけど、アナログ・ディスクのカッティング・レベルの維持と、ラジオ・オンエアでかかりやすくするため、長尺の曲を二分割して収録するケースが多かった。21世紀に入ってからも、そういったソウル・マナーにこだわる辺りが、Daptoneが支持される理由。



3. Longer and Stronger
 2010年アメリカで公開された映画『For Colored Girls』のサウンドトラックより収録。タイトルから何となくわかるように、黒人女性を主軸とした人生模様を描いたオムニバス・コメディで、キャストがWhoopi GoldbergやなぜかJanet Jacksonなど、映画にはほとんど明るくない俺でも知ってるメンツが出演している。日本では未公開だったらしく、俺自身も未見。
 ストーリー・コンセプトに基づいた選曲となっており、クレジットを見ると、Sharon以外にもLalah HathawayやLeona Lewis、懐かし枠ではGladys KnightやNina Simoneもピックアップされている。
 スタックス系のホーン・セクションがカントリーっぽくプレイしたような、郷愁漂うスロー・チューンは、映像が目に浮かぶよう。見たことないけどね。

4. He Said I Can
 2011年リリース、出世作となった4枚目『I Learned the Hard Way』リリース後にリリースされたシングル。その後、すぐにこの『Soul Time』に収録されたため、この時点でもっとも新鮮なSharonたちのパフォーマンスが封入されている。
 ファンキーなワウワウ・ギターとオルガン、ホーン・セクションとの軽快なコール&レスポンスなど、聴きどころ満載のチューン。ほぼワン・コードで押し通しているのに、この表情の豊かさといったら。

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5. I'm Not Gonna Cry
 3枚目のアルバム『100 Days, 100 Nights』のレコーディングと同時期に録音され、シングル・オンリーでリリースされたナンバー。南部テイストの濃い演奏は泥臭く、初期の彼女らの音楽性を象徴している。バンドの方向性がSharonメインに移行し、ソウルっぽさが強まるのはもう少し後から。

6. When I Come Home
 2010年リリースのシングル。初期より洗練されたソリッドなファンキー・チューン。ますますJBっぽさが堂に入りつつある。ギターのオカズと音色が黒っぽさを助長させている。

7. What If We All Stopped Paying Taxes?
 かなりストレートなタイトルのジャンプ・チューン。2004年リリースということでDap-Kingsの黒っぽさがハンパない。この後はAmy Winehouseプロジェクトの参加を経て、ゴツゴツ角の尖った演奏が次第に丸みを帯びてゆくのだけど、ここではまだキレッキレの頃。特にテーマがテーマなだけに、Sharonのヴォーカルも攻撃的。

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8. Settling In
 シングル・カットされた『100 Days, 100 Nights』のタイトル・チューンのB面収録曲。多分同時期にレコーディングされたと思われるけど、なぜかドップリ黒いスロー・ブルース。こういった曲も歌えるのはわかるけど、やはりもっとダンサブルで熱いサウンドの方が、彼女の声質には合っている。まぁB面だし、ちょっとやってみたかったんだろうな。

9. Ain't No Chimneys In The Projects
 2009年、クリスマス・シーズンにリリースされたシングル。この時期になるとDap-KingsとSharonとのパワー・バランスもいい塩梅となり、どちらの良さも引き立ったプレイとなっている。
 甘くて切なくて、それでいて楽しみなクリスマス。そんなムードを盛り上げるには絶好のチューン。結果的に生前最後となった企画アルバム『It's a Holiday Soul Party』にも再録された。



10. New Shoes
 2011年リリースのクリスマス・シングル。サウンド的にはソウル間が薄く、勢いと疾走感が印象強い。それでもどんな音でも自分たちの音として聴かせてしまう力技が、この時点で確立されている。

11. Without A Trace
 ゴスペル色が強いサウンドで、ここでのSharonは通常のファンキーな勢いではなく、もっと言葉を噛みしめるようにエモーショナルなヴォーカライズとなっている。この曲だけどうしても初出がわからなかったのだけど、多分ダウンロード・オンリーかこのアルバムのみ収録だと思われる。

12. Inspiration Information
 前曲に続き、こちらもしっとりヴォーカルを聴かせるスロー・チューン。2009年のコンピレーション『Dark Was the Night』収録、オリジナルはShuggie Otis、1974年の作品。ファンクを通過してからのオールド・ソウル風味は、聴き手を和ませる。パーティもそろそろ終わり。帰る時間だな。
 
SharonJones
 
 お疲れさま。ゆっくり休んでね。




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Sharon Jones & The Dap-K
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1972年、モータウンのお家事情その1 - Stevie Wonder 『Talking Book』

folder 1972年リリース、長いこと拗れにこじれたモータウンの呪縛から解き放たれ、自他ともに成人として認められたStevie Wonder、やりたい放題3部作のスタートを切ったソロ15作目。
 俺が物心ついた頃には、すでにソウル/ファンクの名盤として位置づけられていたので、さぞかし売れまくったのだろうと思っていたのだけど、実際のチャート・アクションはUS3位UK16位。UKとカナダではゴールド認定されているけど、本国アメリカではそこまでのセールスを挙げていない。もちろんレジェンド級のアルバムのなので、これまでの累計で量るとプラチナ何枚分のセールスになってはいるのだろうけど、瞬間最大風速的にはそこそこの成績で収まっている。モータウンだけに限らず、当時のソウル系アーティストのウェイトがシングルに重きを置いていた証でもある。この辺から徐々に変わってくんだけどね。

 Diana RossがSupremesを卒業したあたりから、モータウンのクリーンナップも世代交代、60年代前半までの「豊かなアメリカ」を象徴した、キラキラしたポップ・ソウルのマーケットは縮小してゆく。
 この時期のモータウンの筆頭といえばDianaだったけど、Berry Gordieがやたらとハリウッドに入れ込んでいたせいもあって、すっかりLiza Minnelliになりきっていた。Marvin Gayeは『What’s Going On』の大ヒットのおかげで我が道を行くみたいになってるし、Four Topsは相変わらずの男臭さ満載だったけど、レーベル全体を引っ張るほどのカリスマ性はなかった。由緒正しきモータウンのレーベル・カラーを遵守しているのはJackson 5くらいで、それもこの頃にはメンバーの成長も相まって方向性が微妙にずれつつあった。

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 なので、1972年モータウンの最大勢力は正統派ではなく、60年代後半から勃興したサイケ/ロックのテイストを保守派ソウルに持ち込んだプロデューサーNorman Whitfield一連の仕業だった。エフェクトをバリバリ効かせたギターの音色に始まり、ラジオ・オンエアを無視した10分超の大曲志向、これまでポップ・ソングでは取り上げられなかった反戦や貧困、人種差別をテーマとした歌詞など、従来モータウンのセオリーからはことごとく外れたファクターを積極的に取り込み、時代性も相まって収益の柱となってしまう。
 もともとモータウン本流のアーティストだったTemptationsもEdwin Starrも、好き放題にトラックをいじりまくったNormanに感化されて、この時期はメッセージ性の強い楽曲を歌っている。子飼い的存在だったUndisputed Truthには特にNormanも入れ込んでおり、ほぼメンバー的な立場で好き放題やっている。ていうかNormanのワンマン・バンドだもんな、末期は。

 そんなお家事情だったので、Stevieもまた好き放題やれる環境が整っていた。経営陣はDianaを最上のエンターテイナーとしての売り出しに奔走していたし、ブランド・イメージはまだ辛うじてJackson 5一派が守っていた。社内的な不満は頻出しているけど、Normanは稼ぎ頭としての一角を担っていた。若い跳ねっ返りの居場所を確保することも、企業としては時に必要な場合だってあるのだ。それが反旗を翻さない限りは。

 とにかく歌って稼げてたらそれでオッケー的なデビュー当時ならともかく、次第に青年としての自我が芽生えてきて、押し付けのポップ・ソウルばかりじゃ物足りなくなってきたStevie。世間じゃロックだサイケだ反戦だラブ&ピースだと言ってるのに、享楽的で無内容のモータウン・ソングは、彼にとっては時代錯誤のように思えてきた。とは言っても当時のStevieは大抵がスマッシュ・ヒット止まり、他のモータウン・レジェンドのような大ヒットには恵まれていなかったため、未成年ということもあって発言権は微々たるものだった。ただささやかな抵抗として、DylanやBeatlesを我流にアレンジしてカバーして、ちょっとは話題になった。なったのだけど、それらは結局、他人の言葉、他人の旋律だった。自分の言葉、自分のメロディで表現したい、という欲求は日々募っていった。

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 後見人の呪縛から外れてからが、アーティストStevie Wonderとして真のスタートとなる。それまでの彼が演じていた「陽気なポップ・ソウルを歌う無邪気なティーンエイジャー」から一転、時代に即したシリアスなメッセージを内包した辛口のサウンドが、彼のトレードマークとなった。モータウン・スタジオのハウス・バンドであるFunk Brothersらの手を借りず、シンセ・オペレーターRobert MargouleffとMalcolm Cecilとスタジオに篭って何百曲にも相当するマテリアルを量産、その中から厳選されたのが、70年代一連の作品群である。
 従来のモータウン・サウンドが時代の趨勢に押し潰される中、Stevieの転身はある意味、当然の流れだったのだろうけど、これまでのStevieファンにとってはすぐには受け入れられなかったんじゃないかと思われる。実際、アメリカでのチャート・アクションはシングルほどの勢いではなかったし。この時点でもまだ、Stevieはシングル中心のアーティストとしてしか認知されていなかったのだ。それが覆されるにはもう少し、『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』『Songs in the Key of Life』と畳みかける名作のリリース攻勢を待たねばならない。

 長い長いキャリアの中において、この70年代初期の一連のアルバムを一気呵成に制作した頃がStevieのいわゆるピーク・ハイの時期にあたり、今もライブ・レパートリーに入ってる楽曲も多い。ここ2,3年は『Key of Life』全曲再現ライブなんてのも断続的に開催してるし、本人的にも思い入れは強いのだろうし、ファンのニーズも高い。
 その後のStevieは、憑きものが落ちたかのようにコンテンポラリーな方向性に転じ、音楽シーンを引っ張ってゆく牽引力は薄れたけど、巧妙に組み立てられたサウンドの奥に潜むメロディとコードは、年を経るごとに磨きがかかっている。
 ちょっと口ずさんでみたらわかるけど、歌いづらいよどれも。転調に次ぐ転調はジャズの素養から由来するものだけど、メロディを追ってゆくだけで至難の業。だからといって、ピッチさえ合わせてしまえばオッケーというものでもなく、ここにStevie特有の跳ねるリズムが加わって、さらに再現不能。
 親しみ深いメロディとキャラクターの陰には、難攻不落の関門が待ち受けているのだ。

Stevie Wonder late60s

 ソウル/ファンクというジャンルにロックのテイストを持ち込み、それが一般的な人気を得るスタイルを確立したのは、俺が知る限りではSly Stoneが最初だったと思う。他にもいるかもしれないけど、ヒットして大衆性を得た、という意味合いで。フラワー・ムーヴメントの聖地LAに育ったSlyにとって、多様な人種との交流も作用して多ジャンルの音楽的要素を取り入れてオリジナリティを形成してゆく、というプロセスはごく自然なものだったと思われる。実際、その中のロック的要素を導入した初期のヒット曲は、ボーダーレスで間口の広いサウンドに仕上がっている。
 ただ、人種混在のグループFamily Stoneは、後に様々な歴史的セッションに携わることになるLarry Graham、Andy Newmarkという名プレイヤーを排出したのだけど、基本的な音楽的バンド的コンセプトにおいてはSly の独裁制に左右されており、ロックのテイストというのも構成パーツのひとつに過ぎなかった、というのが正直なところ。
 フラワー・ムーヴメントに湧いた60年代末という時節柄、ロック的イディオムの意匠を借りて独自のファンキー・リズムを乗せ、人種の壁を越えたハッピーなサウンド、という方向性は間違ってなかったと思う。ただ、その音楽性は刹那的なものであり、時代が変われば飽きられてしまう。彼の本質はそこじゃなかったのだ。

 『Stand!』で一躍時代の寵児となったSlyだったけど、そのピークの最中にすべての予定をキャンセル、初期Family Stoneも解体してスタジオに引き篭ることになる。時節柄、ドラッグ癖が悪化しただの、人種混合のユニットゆえブラック・パンサーに目をつけられて逃亡しただの、様々な説が流布しているけど、まぁどれも当たってはいると思う。
 ただひとつ付け加えると、キャリアを重ねるにつれ、自身の黒人としてのアイデンティティに目覚めたことが、ロックのエッセンスを捨てて根源的なリズムの追及、密室ファンクのマイルストーン『暴動』を産むに至った、ということになる。

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 もともと黒人ブルースからの発展形として成熟していったロックは、他ジャンルのエッセンスの導入については門戸が広く、ファンキー・リズムの導入も早くから行われていた。そういった試みがうまくハマって広く知られるようになったのが、David Bowieの『Young Americans』あたりじゃないかと思われる。もしかしたらもっと早くから誰かやってたかもしれないけど、その辺はスルーで。
 で、逆に黒人サイドがロックを取り入れる、といった試みは案外少ない。これも俺の私見だけど、70年代では目立った動きは見当たらない。当時のソウル/ファンク・シーンはほぼディスコ一色だったので、P-Funk一派以外はほぼ8ビートなんかには見向きもしていなかった。80年代に入ってからFishboneがデビュー、ミクスチャー・ロックの時代が到来したけど、排出されるのはRage Against the MachineやRed Hot Chili Peppersなど白人側のリアクションばかり、黒人側はほぼヒップホップ方面へ流れてしまった。
 ソウル/ファンク・アーティストがロックをプレイするというのは、割合的には少数派と言える。ディスコ・ブームもひと段落し、ロックのサウンドを取り入れる試みが始まったかと思えば、先鋭的なアーティストはヒップホップに走ってしまう。
 すでに耐用年数に不安が生じていたロックには、見向きもしなかったわけで。

 本来なら、ロックだソウルだ、とジャンル分けしてしまうのは乱暴極まりないことであるのだけれど、まぁある程度の目安があった方が、ビギナーには探しやすい。細分化し過ぎるのも逆に混乱を招いてしまうけど、だからと言ってピコ太郎と高橋竹山とを同じ「音楽」というくくりに入れてしまうのは、もっと乱暴になってしまう。
 で、Stevie。彼の場合、もともとソウルだファンクだというより、すでにStevie Wonderとしての独自の音楽性を確立してしまっているため、エッセンスのアクが多少強くとも揺るぎはしない。逆に取り込まれた方に影響を与えてしまうくらいである。

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 そういうわけで話は「Superstition」なのだけど、もともとプレゼントされたはずのJeff Beckヴァージョンと聴き比べてみれば、その相互の影響力の強さがわかる。Stevie同様、Beckだってギターにおいては異端の天才とされている。アクの強さは天下一品で、どんな楽曲も自分の変態ギター・プレイでねじ伏せてしまう。
 これもよく言われていることだけど、Jeffの特徴として、あんまり器用な方ではないことは知られている。必ず制作にあたるパートナー、それはバンド・メンバーや共作者、プロデューサーでもいいけど、誰かしら第三者がいた方が高クオリティで仕上がる率が高い。誰かが全体を俯瞰しつつ、その下で感情の赴くまま、好き勝手にプレイした結果が、彼の傑作アルバム群となっているのだ。
 この曲でのJeffのプレイは、ちょっと趣が違っている。もちろん、当時最高のリズム・セクションTim BogertとCarmine Appiceを従えてのトリオ編成はロック界最強とされており、どの曲も最高のハード・ロックとして完成されている。いるのだけれど、諸事情で結果的に後出しとなってしまった「Superstition」だけはオリジナリティが薄く、Stevieヴァージョンをなぞっただけのような仕上がりで落ち着いてしまっている。
 Beckとしては彼から渡されたデモ・テープを聴いて、あれこれ試してみたものの、結局はこのアレンジに落ち着いてしまったと考えられる。それくらい独自解釈の余地がなく、普通にプレイするだけでも難しい曲なのだ。通常営業のJeffなら考えづらい仕上がりである。「クセのない天才」と俺が勝手に呼んでいるPaul McCartney の楽曲なんかではJeff、ここでは通常営業で独自の解釈で弾きまくっている。なので、Stevieとの相性が悪かったと考えられる。諸事情って言っても金がらみなのか、何かともめたらしいし。

 なので、ジャンルは違うけどStevieの楽曲をモダンにアレンジメントしたincognito は侮れないんだな、という結論


Talking Book
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Stevie Wonder
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1. You Are the Sunshine of My Life
 US1位UK7位を記録した、アルバムから2枚目のシングルカット。古くはLiza MinelliやFrank Sinatra、日本でも平井堅がカバーしてるので、誰でも一回くらいは何らかの形で耳にしたことはあるソウル・スタンダード。
 最初聴いた時は、いつものStevieのヴォーカルとは全然違う声質のシンガーが歌っていたので、イコライザーか何かでいじったのかと思ってたけど、Jim Gilstrap、Lani Grovesというシンガーが歌っていたことを知ったのは、ずっと後のこと。アルバムのリード・ナンバーで、しかも出だしから別シンガーに歌わせるというのは聞いたことがない。何をしたかったんだろうか。
 Jimは当時、Stevieのバック・コーラスを担当しており、ボスの薦めで裏方が表舞台に押し出された形だが、そのせいかどこか所在なさげ、居心地悪そう。



2. Maybe Your Baby
 Stevieお得意のミディアム・テンポのファンクだけど、これまでよりねちっこさが上回ってる印象を持っていたのだけど、パーソナルを調べてみると、ギターを弾いてるのが若き日のRay Parker Jr.。コーラスを含め、その他のバック・トラックはすべてStevieによるもの。この2人だけのパフォーマンスで組み立てられた楽曲だけど、セッション臭が強い。密室ファンクのような自己完結性が薄いのだ。
 この後、RayはCommodores風味のディスコ・バンドRaydioを結成、数曲の全米ヒットを送り出した後にソロ活動へ移行、80年代からはすっかり「Ghostbusters」の人となってしまう。あまりに色が付きすぎてしまって活動は低迷、つい最近まで「あの人は今」的な扱いとなっていた。一発屋じゃないはずなのに、大ヒット曲のおかげでそれまでの栄光が霞んでしまった、考えてみればかわいそうな人である。

3. You and I (We Can Conquer the World) 
 ほぼStevie自身によるソロ・ピアノだけをバックに紡がれる、『Key of Life』以降に頻出する極上バラード。これだけアクの強い楽曲の中では特徴が薄く、実際影も薄い。3曲目じゃないでしょ、この曲だったら。A面でもB面でも、もっと後ろに持って行くべき楽曲である。
 オーソドックスなバラードに聴こえるけど、もはや自由律と呼んでも差し支えない、小技の効いた転調の嵐。やはりあなどれない。

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4. Tuesday Heartbreak
 ほぼギターのような響きのクラヴィネットを操りながら、オフ気味のヴォーカルを聴かせるStevie、これもお得意のミディアム・ファンク。ゲストはDavid Sanborn (sax)と、コーラスにDeniece Williams。この辺からDenieceはStevieのお気に入りとして、たびたびアルバムにもライブにも参加している。この時期はStevie、前妻Syreeta Wrightと袂を分かっており、その辺の事情もあってDenieceがフィーチャーされ始めた、という見方もできる。ゲスい視点だよな、これって。
 当時は新進気鋭のスタジオ・ミュージシャンとして幅を利かせていたDavidのプレイは、この頃から特定できちゃうくらいに記名性が高い。1曲だけじゃなく、もっと聴いてみたくなるセッション。

5. You've Got It Bad Girl
 で、そのSyreetaの妹Yvonneとの共作がA面ラスト。てっきり姉の七光りかと思っていたのだけど、Discogsで調べてみると、Stevieだけじゃなく、Quincy JonesやArt Garfunkelなど、結構な大物とも仕事をしていた。あなどれないな。
 終始マイナーで押し通したスロー・バラードは、従来のバラードとはテイストが違っている。ジャズ7:ソウル3といった配合の、ハイブリット・ファンク。クセになる曲だ。

6. Superstition
 US1位UK11位を記録した、言わずと知れたStevieの代表曲。本文であらかた書いてしまったけど、単体では軽い響きのムーグの低音が、ここではボトムをしっかり支え、P-Funk一派にも引けを取らない極上ファンクに仕上がっている。
 Jeff Beckがリリースしなかったから、先に自分でやっちゃった、という逸話は有名だけど、ここまでやられちゃうと、後出しジャンケンの立場はとってもきつい。やりすぎだよ、Stevie。



7. Big Brother
 6.のアウトロに被さるように始まる、再びStevie完全単独演奏によるミディアム・バラード。タイトルから連想してしまうのはGeorge Orwellの小説『1984年』だけど、あながち間違ってはいないみたい。それぞれ解釈は違えど、政治家を糾弾するようなメッセージ・ソングであり、当時のニュー・ソウルの勢いが窺い知れる。

8. Blame It on the Sun
 こちらは元妻Syreetaとの共作とされているストレートなバラード。これまでとは趣が違って、ヴォーカルに憂いがあり、もの悲しげな様相が漂っている。ちょっとウェット感が強いかな。Stevieはパーソナルなテーマを歌うより、むしろ壮大な事象を扱う方が合っている。珍しいアーティストだよな、それって。

9. Lookin' for Another Pure Love
 で、このアルバムでJeff Beckが参加しているのは、実はこの曲だけである。6.には参加していない。もしかしてアウトテイクがあるのかもしれないけど、Stevieの流出音源は案外少なく、ガードが固いことで有名である。それだけスタッフの結束が固いのか、それとも監視が強いのか。多分両方だろう。
 ここでのJeffのプレイは歌メロをなぞるようなストレートなプレイ。頻繁にオブリガードを入れてはいるけど、特筆するほどではない。
 あるかどうかは不明だけど、やっぱり聴いてみたいよな、「Superstition」をセッションする2人の攻防。

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10. I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever)
 ラストは再びYvonneとの共作によるバラード。スロー・テンポではあるけれど、これまでのバラードのような甘さはなく、むしろドライな仕上がり。次作『Innervisions』に入れてもおかしくない、ややジャジーな香りのする楽曲。これも完全単独演奏でまとめられており、彼の意気込みが伝わってくる。



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「愛と平和の人」だけじゃないんだよ - Stevie Wonder 『In Square Circle』

folder 1985年リリース、Stevie Wonder 20枚目のオリジナル・アルバム。
 成年になるまで抑圧されていた才能が一気に炸裂した70年代の名作群と比べ、80年代のStevieのアルバムは、長い間まともに評価されずにいた。既存のソウル・ミュージックを一新させたニュー・ソウル・ムーヴメントを牽引しつつ、一時グラミーを独占するほどの大衆性も獲得した70年代に対し、80年代の彼の音楽はミドル・オブ・ザ・ロードに方向転換したかのように映る。ただ彼にしてみれば、その時代を反映する鏡の役割として、自身から湧き出てくる衝動を素直に具象化しているだけで、単に「日和った」という一部の評価は正しくない。
 青年期の抑圧された衝動が、結果的に実験的な作風として昇華されたのが70年代だとすれば、そういった重たい澱を出し切って、攻撃的な姿勢を弱めた円熟期に入ったのが、80年代以降と言える。

 チャート・アクションとしては、US・UKとも最高5位ということで、モータウン創成期からの大物として、アベレージはクリアしている。第1弾シングルだった「Part-time Lover」大ヒットの印象が強いおかげもあって、70年代と比べると「売れ線狙い」という先入観が強く、ソウル史の中でも長いこと軽視されていた。ただ近年では、CMに起用された名バラード「Overjoyed」の流麗なメロディラインが、多くの人々の琴線に響き、再評価が高まりつつある。80年代特有であるダイナミック・レンジの狭いMIDIサウンドを抜きにすると、特にバラード系のクオリテイは70年代をも凌駕すると言ってよい。
 この前作のサントラ『Woman in Red』収録曲「心の愛(I Just Called to Say I Love You)」がバカ売れしてしまったおかげで、すっかり「愛と平和の人」的なイメージが定着してしまったStevie。いつもだったら原題を先に書いてるのだけど、ここ日本ではすっかり、この意味不明の邦題が定着してしまっているので、敢えて先に記述してみた。このイメージが強いよな、やっぱ。冷静になってみると、何だかフワッとしてよくわかんないタイトルである。

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 そういった事情もあって、特にここ日本においては聖人君子的なイメージが付いてしまっている。それが根っからのものなのか気まぐれなのかは不明だけど、この人は時々博愛主義的なメッセージを前面に出し、それに伴うように曲調もポピュラー・スタンダード的な様相を呈することがある。
 俺も未だちゃんと聴いたことがない、ある意味Stevieの問題作『Journey through the Secret Life of Plants』収録の「愛の園」がその極端な例で、怖いもの聴きたさで西城秀樹の日本語カバーに手を出すと、そのこそばゆさが垣間見えてくる。
 とは言っても、これらはあくまでほんと極端な例で、Stevie特有の予測不能なコード進行やメロディ・ライン、他の曲では従来通り自由奔放に炸裂している。むしろ彼のディスコグラフィの中で、「心の愛」と「愛の園」だけが極端にラブ&ピースなだけであり、そこだけで判断すると、Stevieの実像は見えにくくなる。
 なので、このアルバムではそこまで人類皆兄弟的な思想は見られない。相変わらず従来仕様のStevie Wonderがここにある。ていうか、以前よりサウンドがオーソドックスになった分、よく聴くと本人以外ではとても歌いこなせないレベルの楽曲に仕上げられている。80年代のトレンドだった、フェアライトCMIのキラめいたアレンジの奥では、相変わらず奔放な狂気が顔を覗かせている。

 -瞳の見えない強いミラーのサングラスをかけ、後ろで引っつめたドレッド・ヘアを振り乱しながら、思いのまま自由にキーボードを叩く。循環コードに収まらないメロディを奏でながら、テンションが高まるにつれて、ハミング、いや唸り声も最高潮に達し、コール&レスポンスを観客に求める。
 80年代のStevieのビジュアル面の主な特徴としては、こんな感じ。多少頭髪も後退して、体格もどっしりして動きは緩慢になったけど、今も大体このイメージで変化はない。多分、今後も不変のスタイルなんだろうな。
 このスタイルが定着するきっかけとなったのが、あのUSA for Africaでのパフォーマンス。80年代を過ごした者なら誰でも記憶にあるはずだけど、あの贅沢な豪華メンツの中でも群を抜いた存在感だった。あくの強いキャラクター揃いの中、Stevieのヴォーカルは特に力強く、それでいて熱い説得力を持った名演だった。で、その余韻冷めやらぬうちに発表された「Part-time Lover」のPVによって、それは決定的になった。
 そのインパクトの強さは、普段洋楽に興味がない層にも強くアピールした。Stevieのモノマネといったら、今でもこの時期のイメージをモチーフにしているケースが多い。

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 80年代に入ってからのStevieは、自ら望むものだったのかどうかはともかくとして、結果的に「愛と平和の人」的なイメージが強くなったこと、またUSA for Africaでのドヤ顔的パフォーマンスを機として、社会活動・慈善運動への参画も積極的になる。ユニセフやら国連界隈でのパフォーマンスが多くなるのもこの頃である。
 何かと音楽以外で忙しくなったせいもあるのか、オリジナルとしてはこのアルバム、前作『Hotter Than July』からなんと5年ぶりという、結構長めのインターバルになっている。とは言ってもStevie、この間に遊んでいたわけではなく、ていうかかなりのワーカホリックぶりを発揮している。
 Paul McCartneyとのデュエット・シングル「Ebony and Ivory」や、70年代の作品を中心にまとめたベスト・アルバム『Original Musiquarium』をリリース、前述の『Woman in Red』など、沈黙どころか働き過ぎ。方々からオファーを受けて気軽に引き受けた挙句、本業にまで手が回らなかった、というのがこの時期の印象である。
 これはStevieに限った話ではないけど、多忙を極めてるおかげもあって、オリジナル・アルバムのリリース・スパンは次第に長くなり、今のところ、2005年の『Time to Love』がレイテスト・アルバムになっている。それでも空いてる印象が薄いのは、マイペースではあるけれどライブを続けていること、また若い世代とのコラボにも積極的だし、CM出演など露出が途切れないおかげもある。年末のAppleのCMなんて感動モノだったしね。

 で、これもStevieに限った話ではないのだけれど、今の時代、「アルバムを作る」という行為は、いろんな意味で難しい面もある。特に彼クラスになると、それなりに期待も大きいので下手なレベルのものは作れないし、それはStevie自身が誰よりもよくわかっているはず。
 いるのだけど、70~80年代のように、潤沢な予算と膨大なレコーディング時間を使って、有名セッション・ミュージシャンをとっかえひっかえ起用するという作業は、遠い昔のものになりつつある。レーベルは予算を渋るし、スタジオ代だって高騰の一途である。第一、DTM主流の21世紀において、生演奏で生計を立てるミュージシャンが少なくなった。傍目から見ると、コスパの悪い作業の積み重ねが、旧来のレコーディングという行為に映ってしまう。
 「アルバム1枚を通して聴く」という行為自体が時代遅れになりつつある現在、そのアルバムの存在価値が問われている。今の状況では、時間をかけた書き下ろし主体の作品集より、シングルの寄せ集め的なオムニバスの方が、効率は良い。「アルバム全体でひとつの作品」という押しつけより、「気分に合わせて好きな曲順・好きな曲だけ選んで聴く」というフレキシブルな形態が、音楽業界全体のセオリーとなっている。

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 そんな状況をStevie、彼はどう思っているのか―。
 今の時代、彼がオリジナル・アルバムを制作することは、あまりにリスクが高い。セールス的な問題ではない。あくまでクオリティの問題だ。
 「売れない」ということはないと思う。アメリカのエンタメ界ではVIP的扱いのStevieゆえ、それなりに売れることは予想できる。何しろ10年ぶりの大物の新譜だからゆえ、業界を挙げての大盛り上がりになるだろう。世界中を巻き込んだ大々的なプロモーション展開は、かなりの注目を集める。セールス的には保証されたようなものだし、時期が良ければグラミーのひとつにでも引っかかるかもしれない。
 でも、ただそれだけだ。
 70年代の作品群のようなクオリティになるのかといえば、それはちょっと難しい。そんなことはStevie自身、よくわかっているはずだから、わざわざ火中の栗を拾うような所作はしない。なので、内容的には中道路線、この『In Square Circle』のように、一見万人向けの作品になる。
 それを潔くない、と断定するのは簡単だ。しかし、今のStevieに過去の作品のクオリティを求めるのは、あまりに酷だ。ていうか彼自身、そんな方向性を求めちゃいないだろうし。

 遡れば60年代末期からニュー・テクノロジーへの抵抗もなく、随時最新機材のサウンドを導入して世間を驚かせていたStevie。このアルバムでも、当時のトレンド機材をふんだんに盛り込んだサウンド作りを展開している。
 従来までのStevieは基本、プレイヤー視点からの音作りを中心としていた。『Hotter Than July』以前にもシンセ機材は使っていたけど、基本は人力プレイが多くを占め、そこから編み出される独特のリズム感覚、自由すぎるメロディ・センスは記名性の強いものだった。細かなピッチのずれから生じるグルーヴ感こそが、アーティストのオリジナリティと謳われる時代だった。
 このアルバムから顕著になる最大の変化が、1曲目から炸裂するシーケンス・リズムの多用。ミリセコンド・レベルで調整されたジャストなリズムによって、肉体的なグルーヴ感は確かに減衰した。シンプルな響きのリズム・ボックスと比べて音の隙間がなくなった分、そこにアーティスト自身が付け加えるグルーヴ要素の余地はなくなった。これが80年代MIDIサウンドの功罪のひとつである。
 なので、使い方によってはどれも同じ曲に聴こえてしまいがちだけど、そこはさすがキャラの強いStevie、打ち込みサウンドであろうがなんだろうが、そんなのは意に介さずいつも通り、独自のStevie的世界観を披露している。逆に、基本のリズム面を潔くマシンに委ね、その浮いたリソースをメロディやヴォーカライズに集中させることによって、これまでとは次元の違う、新たな解釈のグルーヴ感を形成している。
 どれも変わり映えのしない、工業製品のように画一化された80年代のポップ・サウンドの中、彼の創り出すサウンドは異彩を放っている。


In Square Circle
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1. Part-Time Lover
 先行シングルとしてリリースされた、80年代Stevieの代名詞とも称されるポップ・ナンバー。モータウン・サウンドの基本リズムを土台から創り上げたのだけど、スタジオ・ミュージシャンという役回り上、あまり注目されぬまま1983年に亡くなった名ベーシストJames Jamersonへ敬意を表す、特有のランニング・ベースは今も古びずに聴くことができる。
 ほぼドラムとシンクラヴィアで構成されたシンプルなバッキングは、Stevie単独によるもの。これだけだと寂しいと思ったのか、バック・ヴォーカル陣にLuther VandrossやPhilip Baileyらが参加している。とは言っても、サビでタイトルをコーラスする程度で、特別彼らならではのコンビネーションといった体ではない。まぁ映画で言えばカメオ出演といったところ。なぜかそのコーラス陣に、元妻Syreeta Wrightも参加しているのは意味不明。別れた女房と仕事したいか?普通。
 ちなみにUSを始めとする5か国でチャート1位を獲得、UKでも3位、日本でも16位という好結果となっている。TDKカセットのCMに本人出演したのが、大きく作用している。



2. I Love You Too Much
 こちらもほぼStevie独りによるマルチ・レコーディング作品。モータウンのフォーマットから、さらにソウルの演奏パターンにも捉われない、極上のシンセ・ポップ。かっちり構築したシーケンス・サウンドの中で、次はどの音なのか、予想がつかないメロディ・ラインを奏でるStevie。ちゃんと聴くとありえないくらいマニアックなのだけど、きちんと商品としてポップにまとめてしまえるのは、やはり才能の為せる技なんだろうな。

3. Whereabouts
 『Fulfillingness' First Finale』くらいから顕著になってきた、なんというか抽象的で壮大なムードを醸し出したバラード・ナンバー。要するに「Creapin’」のことなんだけど。悪い意味ではない。時おり垣間見せるジャジーなコード進行で不安定なメロディになりそうなところを、ギリギリのところで調和の取れた楽曲に仕上げてしまうのは、やはり持って生まれた特性ならでは。
 この曲もほぼStevieの独演会なのだけど、バック・ヴォーカルにお気に入りDeniece Williamsを引き込んだりして、ちゃんと話題性も用意している。しているのだけど、邦題『未来へのノスタルジア』はもうちょっとひねっても良かったんじゃないかと思う。



4. Stranger on the Shore of Love
 5枚目のシングル・カット。さすがにアルバム・リリースから1年以上経っているだけあって、チャートインしたのはUK55位のみ。ていうか、何で今さら感が強い。
 ソウル・テイストが薄くポップ感が強いバラードは、Paul McCartneyとのコラボの影響があったんじゃないかと思われる。口ずさみやすくて普通にいい曲だし。
 でも、邦題は『愛の浜辺で』。まぁロマンティックを喚起させる曲調だけどね。

5. Never in Your Sun
 70年代のアウトテイク的な様相の、このアルバムの中ではファンク要素が少し多めのナンバー。シーケンスも控えめでStevieのキャラクターが強く出ている。惜しいのは、全体的にサウンドがオフ気味。バックもヴォーカルも少し控えめで、後ろに引っ込んでる印象。もうちょっとミックスなんとかならなかったの?と突っ込みたくなってしまう。
 まぁしゃあないか、レコードで言えばA面ラストだし。

6. Spiritual Walkers
 前曲に続き、再びファンキーなイントロによるポップ・チューン。個々のパートの音が引き立っており、少なくとも5.よりはキャッチーで掴みが良い。
 当時としてもそろそろ時代遅れになっていたヤマハCS-80というシンセをいじり倒し使い込んでできたのがこの曲だけど、逆に言えばこのサウンドを活かしたいがため作られた曲という印象も強い。俺はレトロ・シンセについてはほとんど知らないけど、この音を使いたくて作ってみました、というのが本音のところだろう。

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7. Land of La La
 4枚目のシングルとしてリリース。US最高86位は妥当なところ。個人的に、このアルバムの中ではほぼ惹かれるところのない曲である。シンセの音色といいリズムといい、80年代に流行したオムニバス形式のサウンドトラックを連想してしまうのは、俺だけではないはず。
 Kenny Logginsあたりが歌えば、もうちょっとサマになったかもしれないけど、そういったのをStevieに求める人はあまり少ないと思われる。なんだろう、こういうのも流行りだから、一回くらいやってみたかったのかな?

8. Go Home 
 2枚目のシングルとして、US10位UK67位にチャートイン。これもStevieにしてはごく普通のポップ・ソング的な展開なので、それほど面白くはない。確かにリズムは立ち上がりの強いエレクトロ・ファンクだけど、正直リズムだけの曲。ていうかStevie、前半で息切れしすぎ。

9. Overjoyed 
 発表当時はファンの間での名曲だったのが、近年ではCMやMary J. Bligeらのカバーによって広く知れ渡り、不滅のスタンダードとして再評価された。もともとは本文でもサラッと紹介した問題作『Journey Through the Secret Life of Plants』レコーディング時のアウトテイクで、ほぼ10年寝かせてやっと日の目を見た次第。Stevieの場合、こういった曲はいくらでもある。
 もともと環境映画のサントラというコンセプトで制作されていたため、鳥のさえずりや波の音、森の中を歩いてるような雰囲気が残されており、それが壮大な自然のリズムを演出している。
 2枚目のシングルとしてリリースされた当時、US24位UK17位という及第点的なセールスだったけど、数字にあらわれた記録以上に、世界中の多くの人々の記憶に残ってるナンバーだと思われる。少なくとも、俺はこの曲が大好きだ。



10. It's Wrong (Apartheid)
 Stevieのアルバムの最後は大体パターンが決まっており、大団円的なアッパー系ソウル・ナンバーが多い。特にゴスペル要素とシーケンスとの融合はかなり先駆的だったんじゃないかと思うのだけど、それについて触れた記事は見たことがない。
 タイトルから想起される通り、当時の南アフリカ共和国のアパルトヘイトを痛烈に批判した、いわゆるプロテスト・ソングであるため、理念ばかりが先行して紹介されることが多く、肝心のサウンドについてはあまり評価されていない。南アフリカの公用語であるコサ語でのコーラス、それを包み込むミニマルなアフロ・ビートは、今の耳で聴いてもクール。
 全然ジャンルは違うけど、この数年前にリリースされた甲斐バンド「破れたハートを売り物に」の進化形がこのサウンドだと思うのだけど、まぁStevieは甲斐バンド知らないよね。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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