好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Soul

長い青春期の終わり - 『Roberta Flack Featuring Donny Hathaway』

Folder 1980年リリース、旧友Donny Hathaway との2枚目、前回より7年ぶりのデュエット・アルバム。前年のDonnyの急逝を受けた追悼盤として、ビルボード総合で最高25位、ゴールド・ディスクを獲得している。
 Roberta といえば、なんと言っても1973〜74年にリリースされた大ヒット・シングル「Killing Me Softly」「Feel Like Making Love」が広く知られており、他の曲はあまり知られていない。ていうか俺もそんなに知らない。もともとDonnyつながりで入手したアルバムだし。
 その時期をピークとして、チャート的には緩やかに下降線をたどり、70年代末になると、アルバム・トップ40も危ういポジションにまで落ち込んでいる。とはいえ、もともと人目を派手に惹くルックスや作風ではないことから、「落ち目になった」というよりむしろ、「然るべき場所に収まった」という印象の方が強い。
 ソウルのディーヴァといえば、関西のおばちゃんみたいに「どやさどやさ」と前に出て行きたがる印象が強いけど、彼女の場合、そこまでエゴをむき出しにした印象はない。あまり黒さを前面に出さず、白人ポピュラー層へのウケの良さなど、表層的な部分だけ見ると、Diana Rossとの共通点が多い。あの人はもっと野心家だけどね。
 表立った活動からはしばらく身を引いていたけど、70年代初頭のニュー・ソウル・ムーヴメントにおいて、大きな役割を担ったDonnyの死によって、Robertaはどこにもぶつけようのない怒りと悲しみ、そして無常観に苛まれた。再び立ち上がるには、相応の期間を要した。

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 以前、Leroy Hutsonのレビューで、大学の同窓としてDonnyとRobertaがおり、メジャー・デビュー以前はキャンバスで共作したり、日毎セッションを行なっていた、と書いた。
 3人に共通しているのは、いわゆる労働者階級からの叩き上げではなく、大学というアカデミックな教育機関で音楽理論を学んでいること、泥くささの拭えなかった既存のソウル・ミュージックとは別のベクトルの、都会風にソフィスティケイトされた音楽性にある。いくら才能ある若者たちとはいえ、人種差別や公民権問題で騒がしかった60年代末のアメリカにおいて、彼らの肩身が狭かったことは、想像に難くない。どうしたって少数派なため、一緒にいることが多くなる。

 DonnyとLeroy は共に1945年生まれ、同じ年にハワード大学に入っている。一時はシェアハウスしていたくらい親密な仲であり、その時期に共作もよく行なっていた。そのうちのひとつが名曲「The Ghetto」だったというのは、ファンの間ではよく知られた話。
 当然、Robertaも同年代くらいかと思いきや、wikiを見ると1939年生まれ、なんと6歳差である。学生と社会人が友達付き合いするようなもので、世代間の開きはわりと大きい。音楽という共通項がなかったら、話題にも事欠くくらいである。
 結構な年齢まで大学に居残っていたくらいだから、よほどの苦学生か、それとも院でモラトリアム期間を満喫しているだけかと思ってたら…。
 いやいや、全然思い違いでした。

 幼少期からクラシック英才教育を受け、当時の黒人層としてはかなり恵まれた環境で育ったRoberta 、なんと15歳でスカラシップを獲得、大幅な飛び級でハワード大学に入学している。スタートから並みの才能ではなかったということだ。もちろん、「努力し続ける才能」というのも併せて。
 もともとピアノ専攻で入学したRoberta、その後も貪欲な向学心と好奇心が後押しして、声楽も本格的にマスター、後のポピュラー・シンガーとしての基盤がここで培われた。卒業後は黒人女性としては初めて、白人主体の学校で教鞭を取り、後進への指導もしっかr行なっている。

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 メロウな作風とは対照的に、音楽に関しては貪欲で唯我独尊なRobertaの周りには、才能あるニュー・ソウル世代のアーティストが集まっていた。彼らよりひと世代上に属する彼女は、そんな中では面倒見の良い姉御肌的存在だった。Roberta からすれば、Donny もLeroy も小生意気な弟程度にしか見えなかったのだろう。
 同世代アーティストの中では芸歴も長く、自主レーベル・カートムを設立するなど、親分風をブイブイ吹かせていたCurtis Mayfieldでさえ、彼女より2歳年下だったため、逆らえるはずもなかった。デビューして間もなく、野郎3人をスタジオに呼びつけてレコーディングを手伝わせるくらいだから、彼女の手綱さばき具合が窺える。
 ま、何にせよ、女が強い方が集団はうまく回るもので。

 そんなRobertaを中心としたコミュニティの中で、最も彼女と親交が深く、寵愛を受けたのがDonny だった。男女の関係があったかどうかは不明だけど、純粋に音楽性がフィットしていたのだろう。
 1973年、彼女はDonny と組んで、珠玉のバラードを揃えたアルバムを作った。当時の彼らの作風である、Carole King的にシンプルかつシュアなバッキング、あまり黒さを感じさせないシンガー・ソングライター的サウンドは、後のR&Bのルーツとなった。それぞれ単体でも素晴らしい楽曲を創り上げてはいたけど、2人揃ってピアノの前に座り、いくつかコードを押さえるだけで、独特のマジックが生まれた。
 そのマジックの結晶として、もっとも純度の高い「You've Got a Friend」は、永遠のスタンダードになった。

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 その後間もなくして、Hathawayは体調を崩し、表舞台から身を引くことになる。彼が抱く心の闇は想像以上に深く重く、強い自己嫌悪と厭世観とが歩みを妨げた。光の見えぬ深淵を克服するには、とてつもなく長い時間と周囲の手厚いケアを必要とした。
 家族以外では、公私ともに彼の支えとなったのが、Robertaだった。シングル「The Closer I Get to You」のパートナーとして、RobertaはDonnyの声を欲した。しばらく人前に出なくなってから久しく、腰を上げるまでには躊躇したけれど、彼女の細やかな気遣いやパワーに触発され、どうにか力を振り絞って相手を務めた。
 ビルボード総合2位という好成績をマークできたのは、それだけ彼の復活を待ち望むファンが多かったこと、皆が彼の声を欲していたということだ。
 そして、その成功を誰よりも喜んでいたのがRoberta だった、ということも併せて。

 エキシビジョン的な復活ではあったけれど、取り敢えず健在ぶりはアピールしたDonny、これを機に本格的な復活を果たすはずだった。何よりも、彼自身がそう思っていたはずだから。
 全盛期のテンションはまだ完全に取り戻せていないけど、ゆっくりと慎重に、徐々にギアを上げて、再度ファンの前に姿を現わすはずだった。幸い、Roberta がまた一緒にアルバムを作ろう、と呼びかけてくれていた。
 急ぐことはない。ゆっくりと、慎重に。

 前回のアルバムは、荘厳なムードの漂うバラード中心の選曲だったが、この2枚目は比較的アップテンポ、前向きな未来を予想させる同時代的なアレンジが多い。シリアスなニュー・ソウル真っ只中で製作された72年とは時代が変わり、もっとライトな感触のアーバン・ソウル風の楽曲が多くなった。70年代は終わろうとしていたのだ。
 70年代末のアップテンポなソウルといえば、大抵は下世話なファンクかディスコのどちらかだけど、そこは才女であるRoberta、安易なシーケンスは用いずバカテク・プレイヤーをズラリと並べ、生音主体のサウンド・デザインで統一している。
 強靭なメロディがビートを支配し、伸びの良いヴォーカルを前面に出したミックスも、アナログ・レコーディングの最終進化形の特徴である。リズムを抑えることによって、凡庸なダンス・チューンとして消費されてしまうのを回避したのだろう。

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 社会批判や内的自己の深化を主題としたニュー・ソウルは、一時の刹那的なムーヴメントで終わったが、既存ソウルに捉われぬ音楽性の間口の広さは、ジャズ〜フュージョンの要素も貪欲に取り込み、その後の80年代R&Bの礎となった。
 安定したサウンドとメソッドを創り上げたことによって、Robertaの音楽性もまた安定期に入る。根幹のメロディや言葉こそ大きく変わらないけど、時代のトレンドに応じてアップデートしてきたアレンジは、成長することをやめて、普遍的なものに変化していった。

 じゃあ、Donny はどこへ行こうとしていたのか?
 その中間報告となったのが、ここに収録されている2曲であり、それはRobertaにとってもひとつのマイルストーンになるはずだった。
 でも、その先が示されることはなく、Donnyの死によって中途半端な形で終わってしまった。まるで自ら成長するのを放棄したかのように。
 2人のハーモニー、2人の成長はこれが最期となった。

Roberta Flack Featuring Donny Hathaway
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1. Only Heaven Can Wait (For Love) 
 今日共作者としてクレジットされているEric Mercuryとのデュエットというかたちになっているけど、ほぼRobertaの独壇場。このアルバムでほぼ出ずっぱりで女性コーラスを担当しているのがGwen Guthrieだけど、Roberta以外にもAretha FranklinやMadonnaまで、あらゆるヴォーカリストから絶大な信頼を得ている、いわば「プロのバック・コーラス」。Ericの出番は後半になってからほんの少しだけである。
 一聴する限りでは、オーソドックスなバラードなのだけど、やたらリズム・セクションの音が深い。特にベース。「え、ここで?」といった場面でスラップを入れてきたりで、メリハリのあるサウンドを演出している。

2. God Don't Like Ugly
 Gwen作によるボトムの効いたディスコ・チューン。後に本人によってセルフ・カバーされている。もともとアップテンポ・ナンバーではいまいち印象の薄いRobertaなので、ここでは比較的無難に歌いこなしている。ちょっと洗練され過ぎてアクが少ないのも、彼女の場合は欠点でもあるけれど、大きな利点でもある。
 対してGwenヴァージョンも聴いてみたけど、こちらはテンポを落としたバラード調のアレンジ。俺個人としては、Gwenヴァージョンの方が、ベタな感情移入が強くて好み。このわかりやすいセンチさが好きなのだけど、でもこれってライト・ユーザーにはアクが強いんだろうな。
 多少、薄めた方が万人受けするという好例。

3. You Are My Heaven
 やっとここでDonny登場。そして、なんとStevie Wonder作曲。この時期のStevieは『Songs in the Key of Life』リリース後の虚脱感によって、いわば自作の方向性ン迷っていた時期。デビューから付き合いの深かったMinnie Ripertonにも手を貸したりしている。
 実際に彼が演奏しているわけではないのだけど、イントロから歌い出しから、まんまStevieの色が濃く出ている。ただ彼の曲って、メロディがポピュラーのセオリーから大きく外れて歌いこなすのが難しいはずなのだけど、そこは2人とも音楽理論がしっかりしているだけあって、きちんと世間に流通するポップスとして消化している。
 ビルボード最高47位まで上昇。



4. Disguises
 60年代のソフト・ロック・グループSpanky And Our Gangのプロデュースを手掛けたギタリスト、Stuart Scharf唯一のアルバムの収録曲。まんまDiana Rossなんだよな、俺からすれば。もしかして向こうが真似たのかもしれないけど。流麗ではあるけれど、俺的にはただそれだけ。ムーディだけど引っかかりがない。ライト・ユーザー向けだな。

5. Don't Make Me Wait Too Long
 なので、作曲だけにとどまらず、演奏にも全面的に参加しているStevie作のこの曲が、ひどく良く聴こえてしまう。80年代のバラード時代を予感させる、通り過ぎてしまいそうなメロディ・ラインは、それでも十分4.の凡庸さを凌駕している。ドラムも叩いているだけあって、リズム・パターンはすでに『In Square Circle』の音になっている。
 実は7分超という長尺で、中盤はRobertaによるラップ(ていうかモノローグ)が延々と展開されている。普通ならダレてしまうところを、構成がしっかりしているおかげで飽きさせない展開となっているのは、やはりStevieだからこそ。どうせなら、シャッフルしてこれをトップに持ってゆくのも、ひとつの聴き方である。

6. Back Together Again
 再度、Donny登場。これまでにないファンキーなエフェクトとシーケンスによる、地味なサウンドが多い2人にとっては、これまであまり縁のなかったサウンドである。楽曲製作チームのReggie Lucas & James Mtumeに乗せられたんだろうけど、Robertaは器用な人なので、それなりにアップテンポにも対応できるスキルはある。Donnyもどうにかゴージャス・サウンドに着いてきてはいるけれど、これが生前最後の録音だった、という事実を耳にしてしまうと、何だか複雑である。
 ちなみに、俺がこのアルバムに引き込まれたのはこの曲がきっかけだけど、聴いたのは彼らのヴァージョンではない。何年か前、Soundcloudを使ってレアグルーヴ系のDJミックスを漁ることに夢中になった。その中のラヴァーズ・ロック・ミックスの中に、この曲のレゲエ・ヴァージョンが収録されていた。若い女性ヴォーカリストが歌うこの曲に取りつかれ、オリジナルを探し求めたところ、ここにぶち当たった次第。答えは案外、近いところにあったのだ。



7. Stay with Me
 なんと作詞がGerry Goffin書き下ろし。この時代でもまだ現役でやってたんだ、と思ってから、そういえばCarole Kingは現役バリバリだったんだよな、と思い直した。作曲はDiana Ross 「Touch Me in the Morning」Whitney Houston「Saving All My Love for You」を手掛けたMichael Masserと来てる。プロのソングライターが気合を入れて書いているだけあって、詞曲・アレンジ・ヴォーカルとも完璧な仕上がり。無難なバラードでは収まらないスケール感を思わせるのは、やはりDonnyへのはなむけのためだったのか。


The Very Best of Roberta Flack
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無難で面白みのない男は損しやすい - Leroy Hutson『Hutson 2』

folder 1976年リリース5枚目のソロ・アルバム。前作『Feel the Spirit』まではどうにかトップ200圏内に入っていられたけど、遂にチャートから脱落、どうにかR&Bチャートで46位に入るのが精いっぱいだった。いくら盟友Curtis Mayfieldがオーナーを務めるカ―トム所属だったとはいえ、なかなか結果を出せぬ期間が続き、居心地が悪くなってきた頃である。
 もともと業界ウケが良い、通好みの作風だったため、身内での評価は高かったのだけど、どうにも実績が追いついて来ないことに、周辺スタッフも歯痒かったんじゃないかと思われる。

 以前、「ちゃんとしている」ソウル・アーティストとして紹介したLeroyだけど、この時期も特別積極的な新基軸を打ち出したわけではなく、ただひたすらクオリティの純化に特化しており、キャッチーな路線を狙ったようには思えない。どれだけクオリティが高くとも、それを世に広く知らしめなければ理解ある人にも届かないので、それ相応の販売戦略や外部アピールが必要になる。
 ただこの時期、稼ぎ頭の不在によって、カ―トム自体が業績悪化となっており、とてもとても彼のプロモーションに割く余裕も時間もなかった。取り敢えず流通はしたけど、これじゃ売れるものも売れるはずがない。

 コンセプトはしっかりしていて、バランスも取れてはいる。でも、だからと言ってみんながみんな、ヒットするわけではない。不特定多数の興味を引くためには、多少の綻びさえ凌駕してしまうインパクト、また、うまく時流に乗るためのタイミングと時の運が必要なのだ。
 なので、もしカートムが万全の営業体制を取っていたとしても、『Hutson 2』がヒットしたかといえば、それはちょっと…、と口ごもってお茶を濁してしまう。「破綻は少ないけど面白みがない」「つるんとクセがなくてつまらない」。いわゆる「いい人」止まりで終わってしまう人である。
 悪くはないんだけど、これといった所も見当たらない。どちらにしろ、軽く見られがちなポジションである。

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 ほんのささやかではあるけれど、80年代のレアグルーヴの恩恵で再評価され、サンプリングでの引用やミックス・テープで使われることもそこそこ、クラブ・シーンでは、名前は知らなくても曲は聴いたことがある人も多い。多いのだけれど、同時代のCurtisやMarvinほどのインパクトを残せたわけではないし、はっきり言って一般的な知名度はほとんどないと言っていい。
 ディスコ以前のメロウ・グルーヴ系ではチラホラ耳にするポジションではあるけれど、その方面はJames IngramやLeon Wareらを擁するQuincy Jones 勢が強いし、曲調もルックスも、彼らに比べてちょっと地味である。
 そんな地味な立ち位置を反省してなのかLeroy、サウンドからアーティスト・イメージから、思いっきりブラコンっぽい方向へ軌道修正したアルバム『Closer to the Source』を、後年リリースしている。ただ、その路線もシングルがR&Bチャートをちょっぴり賑わせたくらいで、アルバム・セールスには繋がらなかった。

 ここまでかなりネガティヴな論調で書いてしまったけど、実は俺、この人のことは嫌いではない。いや、むしろ好きな方だ。知名度的には遥かに凌ぐCurtisより、聴く機会はずっと多いくらいである。
 アーティストは作品で語るべきであって、そのパーソナリティに誠実さを求めているわけではないのだけれど、クオリティの追及のため、真摯に音楽に向き合うその姿勢はメロディやサウンドの構成にも表れており、その朴徳さ・不器用さに、ついつい惹きつけられてしまうのだろう。
 始終ヘビロテするほどではないけれど、時々思い出したように引っ張り出し、集中的に聴いちゃうとまたしばらく忘れちゃう、で、また何かのフイに聴きたくなって、の繰り返し。なので、そう安易に売っ払っちゃったりできない類のアーティストなのだ。
 だいぶ整理はしちゃったけど、Leroyもまた、処分できないアーティストの1人である。

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 60年代のシカゴは、デトロイトやメンフィスと並ぶブラック・ミュージックの拠点のひとつとして、活況を呈していた。モータウン発祥の地となったデトロイトや、スタックスの本拠地だったメンフィス同様、シカゴにもチェスやヴィージェイなど、リズム&ブルース色の濃い様々なレーベルが群湯割拠していた。
 70年代に入る頃になると、次第に泥臭さは洗練されて、ゴスペル色を薄めた繊細なシカゴ・ソウルが新勢力として台頭し始めた。その中で一段抜きん出ていたのが、カートム勢である。看板アーティストでもあるCurtisを始めとして、Leroy やDonny Hathawayら古典ブルースに捉われない若い世代が、同時代のニューソウル・ムーヴメントの一角を担っていた。
 路線は微妙に違うけど、彼らと同じカレッジで学んでいた同窓にRoberta Flackがいた。4人そろっての表立っての活動はなかったけど、彼女のセカンド・アルバム『Chapter Two』では、3人そろって共作(「Gone Away」)したりなど、緩やかな絆で結ばれていた。
 Leroy はDonnyとは特に親しく、一時はルーム・シェアして共同生活を送っていた。大学時代は彼らを中心としたヴォーカル・グループMayfield Singersを結成、Curtisの手引きによってデビューを果たした。グループ解消後も彼らの交流は続き、そこで起こった化学反応は、Donnyのデビュー・アルバム『Everything Is Everything』収録「The Ghetto」として結実した。
 「The First Time Ever I Saw Your Face」「Killing Me Softly」「Feel Like Makin' Love」という超ド級スタンダード曲の連発によって、3人より上のステージへ行ってしまったRobertaだったけれど、繊細なリズムと流麗なメロディ、内に秘めたる熱いソウルは、彼らと共通していた。
 4者4様であったけれど、みな独自のパーソナリティでそれぞれの音楽性を広げていった。

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 そんな彼らの行く末の分岐点となったのが、70年代中葉からのディスコ・ブームである。彼らだけでなく、多くのアーティストがこの時期、迷走したり道を誤ったり新境地を開いたりしたのだ。
 前述3曲によってR&Bバラード路線を確立したRobertaは、安直なダンス・ビートに飲み込まれるのを回避、晩年のDonnyの救済を兼ねてデュエット・アルバムを作る余裕さえ見せた。そのDonny はディスコに巻き込まれることはなかったけれど、深刻な精神衰弱を克服するには至らず、1979年、自ら命を絶つという、悲劇的な結末を迎えた。
 Curtisもまた、 出来不出来の落差の激しいアルバム・リリースによってセールスが安定せず、その煽りを食って1980年にカートムを閉鎖、一時はほぼリタイア状態だった。彼もまた再評価を得るまでに、暫しの時間を要した。

 で、Leroy だけど、R&B路線がコケた後、遅ればせながらディスコ路線へ転向、魂を売ってまで生き残りをかけたはずだったのだけど、まぁ予想通り、いまいちパッとしなかった。
 そんなわけで、契約も切れちゃったのでそのまま引退したと思っていたのだけれど、今世紀に入ってから前線復帰、ライブも行なっていたことを、ついさっき知った。
 2009年に27年ぶりのソロ・アルバムをリリース、さらに次回作も準備中であることが、オフィシャル・サイトで発表されている。とは言ってもこのサイト、2012年で更新が止まっちゃっているので、進捗状況はどうなってるんだか。企画倒れに終わっちゃったのかな。
 どうやら休業中はハウス・ハズバンドに専念していたらしく、子育てがひと段落したので、セカンド・ライフ的に復帰した、とのこと。なんだそれ、中年アマチュア・バンドみたいな動機だな。
 で、その彼の息子が音楽業界入りしており、JR Hutson としてJill ScottやLalah Hathaway らのプロデュースを手掛けたりしている。Lalahとの仕事は二世代に渡る運命のリンクを想起させる。


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1. Love The Feeling
 ヴォーカルだけ抜き出すと結構安直なディスコだけど、バック・トラックがしつこく練り上げられている。ベースとハイハットの響きがヌケが良く、この辺は録音にもこだわったんじゃないかと思われる。ストリングスとコンガのアンサンブルも絶品。



2. Situations
 前曲から続く、荘厳としたストリングスをメインとしたインスト。アルバムは始まったばかりなのに、ここでもうインタールード?小休止にしては出番が早すぎる。構成としては、もっと後に入れた方がしっくり来る。なので、シャッフルして聴こう。1ピン程度であることだけは救い。

3. I Do, I Do (Want To Make Love To You) 
 ちょっとだけテンポを上げたフィリー・ソウルっぽい仕上がり。こういったスウィートなバラードだってできるのだ。器用すぎるんだよな、この人。なので、アルバムとしてはフォーカスがボヤけてしまい、コアとなるキラー・チューンがないのが難点。
 とは言っても、なんだかんだ言って聴いてしまう自分がいるけど。3分程度とコンパクトにまとめているのもクドくなくて良い。

4. I Think I'm Falling In Love
 フリー・ソウル周辺のレアグルーヴ界隈ではよくピックアップされる、軽快なミディアム・チューン。サウンドのヌケがもうちょっと良ければ良質のAORとしても通用するくらい、キャッチーなメロディが展開されている。また気持ちよさそうに歌ってるんだよね、この曲。中盤でエコーが深くなるところなど、センスの良さがさく裂している。泥臭さを払底しながらも熱いソウルのお手本。



5. Love To Hold You Close
 こちらもオムニバスやミックステープで使用頻度の多い、爽やかささえ漂うミディアム・チューン。こういった洒落たチューンがいっぱいあるのに、なかなかメジャーになり切れなかったのは、やっぱり自身なさげでナルシストなルックスにあるのか。セクシーさがないと、R&B系は受け入れられないのだ。

6. Flying High
 バンプっぽいテイストを注入したインストから、EW&Fみたいなコーラス、お手本を忠実になぞったディスコ・チューン。まぁこんなのも一曲くらい入れてみようかな?的な、力の入ってなさがあからさま。ほとんどタイトル連呼するだけで、トラック自体もフォーマットそのまんまだもの。
 営業政策上、入れなければならなかったのか?彼の通常の作風とあまりに違いすぎるので、正直、思い入れはない。

7. Blackberry Jam
 こちらもFunkadelicっぽさをトレースした、やや下世話なファンク。まぁLeroyがやるとどこか上品になっちゃうのだけど。中盤のラップ・パートがBootsyっぽいのはご愛嬌。無難にそれなりにタイトにまとめているけど、これだったらP-Funk聴いちゃうよな。

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8. Sofunkstication
 続くこちらも、ファンク寄りのディスコ・チューン。途中でTemptationsみたいになる。で、長い長いイントロの後、歌が始まるのかと思って聴いていると、結局歌なしで終わる。最初からインストで作ったのか、それともヴォーカルがうまく乗らなくて歌なしになったのか。ストリングスの使い方がリズミカルで、この辺はやはり才気を感じさせる。

9. Don't It Make You Feel Good
 ラストは持ち直して、通常運転のLeroy。ちょっとモータウン風味も入れたハッピー・エンド。こういった曲がもう1、2曲、これをシングル・カットすれば、もうちょっとチャート的に健闘したかもしれない。いくらご時勢だったとはいえ、7.のような曲で勝負しようとしたって、本家ファンクには太刀打ちできるはずがない。


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ある意味、究極の羞恥プレイ - Marvin Gaye 『離婚伝説』

folder 商業主義が強くなり過ぎた既存ソウル・ミュージックのアンチテーゼとして、70年代初頭に興ったニュー・ソウル・ムーヴメントは、1976年のStevie Wonder 『Songs in the Key of Life』を頂点として、その後は緩やかな衰退の道を辿ることになる。
 Donny Hathawayは心身ともに疲弊し切って入退院を繰り返していたし、Isaac Hayes はとっととニュー・ソウルに見切りをつけてディスコに鞍替え、その特異な風貌を生かして俳優業にも手を染めていた。Curtis Mayfieldも次第にニュー・ソウル路線に行き詰まりを感じ、それでディスコに手を染めてみたけど、これがもう目を覆っちゃうくらいの駄作の連発、レアグルーヴ・ムーヴメントで再評価されるまでは、リタイア同然になっていた。栄枯盛衰。

 それまで保守的だったソウル・ミュージックの世界に、ジャズやアフロなど異ジャンルの要素を積極的に取り入れたニュー・ソウルは、お手軽なポップ・ソウルよりずっとソフィスティケイトされたサウンドで構成されていた。ブラック・ミュージックのメイン・ユーザーがブルー・カラーの黒人層だけでなく、ホワイト・カラーの白人層リスナーの割り合いが多くなったのは、ニュー・ソウルの影響が大である。他愛ないステレオタイプのラブ・ストーリーが多かった歌詞も、ベトナム戦争から着想を得た反戦や環境問題、人種差別にも鋭く切り込む内容が多くなった。
 シリアスな事象をシリアスに語るスタンスは、何も彼ら独自のものではなく、むしろ白人フォーク/ロック勢の成熟に呼応して生まれたものである。左翼的なスタンスを表明することが、アーティストとして最もヒップであったのが、60〜70年代前半のミュージック・シーンである。

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 ただ人間、事あるごとに眉をひそめ、人生の意義だ精神の深淵だについて考え続けることは肩が凝る。みんながみんな、音楽に哲学を求めているわけではないのだ。部屋に独り籠ってレコードのライナーノーツを読み漁るより、外に出てみんなでディスコでフィーバーすることも必要なのだ。
 グダグダな結末となったベトナム戦争の終焉と前後するように、ニュー・ソウルのアーティストはことごとく失速するか、ディスコへ鞍替えすることになる。

 1978年のビルボード年間シングル・チャートのトップ100リストを見てみると、上位はほぼBee Gees一派の独り勝ちとなっている。トップ10中、Bee Geesが3曲で末っ子のAndy Gibbが2曲、これだけでもう半分を制覇しており、当時のディスコ・ブームの勢いがどれだけだったのかが象徴されている。
 で、ロック系でチャートインしているのはもっと下、やっと15位でClapton が登場。続く16位がStonesだけど、これが「Miss You」。やっぱディスコだ。ずっと辿っていくと、John Travolta やChicも顔を出しており、全体的にロック系は影が薄い。1978年といえば、ちょうどパンク/ニューウェイブで一旦トドメを刺されちゃった頃なので、分が悪かったのだ。
 別の見方として、これをモータウン縛りで見てみると、10位にCommodoresが入ってるのみ、かつては「ヒット・ファクトリー」とも称された60年代の栄華と比べると、かなり深刻な状況になっている。しかも彼らもディスコだし。稼ぎ頭だったJackson 5は独立、Diana Rossはハリウッドに行ったままだったし、Stevieも『Secret Life』なんて、ヒット性無視したアルバム作っちゃうし。

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 チャート的には目立たなくとも、新たな方向性を模索して前に進んでいるだけ、彼らはまだ良い。そんな彼らを横目で見ることすらやめてしまい、すっかり後ろ向きにひねくれちゃったのが、お待たせしましたここでMarvin登場。
 この時期に限らず、彼の歩んできた道のりは常にこじれて歪んでいたのだけど、特に70年代はプライベート面でのトラブルが頻発していた。

 何しろ、活動休止して本気でアメフトの選手を目指したり、Nat King Coleのようなジャズ・スタンダード歌手への憧れが過ぎるあまり、会社の方針に沿ったポップ・ソウルのヒットの見返りとして、ジャズ・スタンダードを集めた自己満足アルバムをリリース、しかもそれが全然売れず周囲に白い目で見られても、それでも好きだからしつこくコンサートでもわざわざ1コーナー設けて悦に入ったりして、こうして書いてると、なかなかめんどくさい男である。
 これって典型的なミッドライフ・クライシス、若いうちに会社の敷くレールに乗って、いつの間にか中堅ポジションになっちゃったけど、自分で成し遂げた感が薄いので、まだ別の可能性があるんじゃないかと思い立って一念発起、突然会社を辞めてバックパッカーとして世界一周に旅立つサラリーマンと思考は一緒だな。

 普通のサラリーマンも大スターどちらにも言えることだけど、いくら思い立ったとはいえ即行動は困難、これまでのしがらみを整理することは容易ではない。好調不調はあれど、Marvinは終始モータウンの稼ぎ頭だったし、ほぼ創業当時からのメンバーだけあって、それなりに営業責任も負わざるを得なかった。単なる生え抜きだけならまだしも、社長Berry Gordyの実姉Anna と結婚しちゃってるので、良く言えば出世街道まっしぐら、悪く言っちゃえば会社とズブズブの関係である。ここまで外堀を埋められては、会社中心の人生を送らざるを得ない。
 彼がAnna と結婚したのは1963年。モータウンは設立から4年、Marvinも24歳と、まだどちらも成長過程を歩んでいる段階だった。ちなみに彼に対して当時のAnna、なんと17歳年上の41歳という年の差婚だった。普通に考えて、Marvinからのアタックとは考えずらく、やり手中年女性の手練手管による若いツバメの籠絡、といった感が強い。
 まぁほんとのところは2人だけにしかわからないので、熟練の技に翻弄されたのか、それとも純粋な恋愛結婚だったのか、今となっては不明。でも、その後10年に渡って婚姻関係は続いて一男を授かっているし、当時はツアーだレコーディングだでMarvinも家を空けることが多かったから、たまに逢うことで新鮮が保たれていたんじゃないかと思われる。

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 デュエットにおける最高のパートナーTammi Terrell とのロマンスが「あった」とか「なかった」とか、三面ゴシップ的な噂は当時から囁かれていたけど、実際のところはそれほど色っぽい関係ではなかったらしい。四六時中、仕事で顔を突き合わせているため、恋愛対象として見るには双方ともあまりに近過ぎてしまい、むしろ兄妹のような関係だった、というのが近年の通説になっている。
 当時のアルバム・ジャケットやポートレートを見ればわかるように、水も滴るセックス・シンボルとして売り出されていたMarvinだからして、生涯女性の影が切れることはなかった。往年のスター伝説によくある乱痴気騒ぎも一度や二度ではなかった、とは当時の事情通、または関係者の弁。ほんとかよ。
 年上女房ゆえの余裕か、はたまた芸人の妻としての心構えだったのか、Anna はそんな彼の所業を諌める素振りは見せなかったようである。まぁ、「亭主元気で留守がいい」とはよく言ったもので、彼女自身も悠々羽根を伸ばしてセレブライフを楽しんでいたんじゃないかと思われる。

 音楽キャリア的には『What's Going on』を契機とする、「静謐でありながらグルーヴィーなジャジー・ソウル」という新境地を見いだし、ここからニュー・ソウル期に突入する。ただ、未曽有の成功と引き換えに増大するプレッシャーはハンパなかったのか、同時にますますセックスとドラッグに耽溺するようになる。
 1973年、その後2番目の妻となるJanis Hunterと恋に落ち、一男一女を授かるのだけれど、すでに別居中だったAnnaとの関係を清算していなかったため、事態はグタグタになる。泥沼のプライベートから刹那的に逃避するため、ますますドラッグにのめり込むMarvin。
 それでもこの時期、『Let’s Get it on』 〜 『I Want you』といった、後世に残る名作を連発しているのだから、人ってわからぬもので。

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 いつまでもはっきりした態度を示さないMarvin に痺れを切らしたAnna、遂には彼に見切りをつけ、離婚に向けて訴訟を起こすことになる。Marvinへの請求額は100万ドル。当時の貨幣価値はよくわからんけど、いくらトップスターとはいえ、右から左へ簡単に動かせる金額ではないことは確か。ていうか、これってもはや単なる夫婦間の問題じゃなくって、Marvinが相手にするのは事実上モータウンだし。勝てるわけねぇよなぁ。
 長きに渡る示談交渉の末、支払い能力のないMarvin に課せられたのが、次回リリース予定のアルバム印税を、慰謝料の補填に充てること。Anna 側としては、最初からそんな筋書きだったんじゃないかと思われるけど、わかっていながらできるだけMarvinを消耗させることが目的だったのだろう。
 その思惑通り、長期化した裁判によってMarvin、心身ともに大きく消耗した。安定した地位と家庭を棄てるほどの熱愛だったJanisとも不仲になり、結局、短期間で離婚という結末を辿る。そりゃそうだよな、大抵の不倫カップルって慰謝料・養育費が負担になるから、将来性が限定されちゃって、結局あんまりうまく行かないんだよな。
 で、結審後は当然だけど、モータウンの中でも微妙なポジションとなってしまい、活動も次第に地味になってゆく。会社側としても、正直、積極的なプロモーションはしたくなかっただろうし、ぶっちゃけ「契約満了したらとっとと出てけ」とまで思ってたことは想像できる。

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 そんな経緯で製作されたのが、この『離婚伝説』。原題は『Here, My Dear』だけど、正直こっちの邦題の方がしっくり来る。しっかしこんなタイトル、よくモータウンが許したよな。
 恐ろしくネガティヴな内容ゆえ、ディスコグラフィの中でも鬼っ子扱いの期間が長かった『離婚伝説』。数少ないレビューを読んでも、詳細なのは制作経緯ばかりで内容に触れられることはほとんどなく、聴く前から気持ちが萎えてしまった『離婚伝説』。CBS移籍後の復活作『Midnight Love』が名盤過ぎたうえ、しかもそれが遺作となってしまったがため、どうしても影が薄い『離婚伝説』。印税稼ぎと早期の契約消化が目的なのか、ソウルにしては珍しく2枚組の大作で、高くて買いづらい『離婚伝説』。
 ただ、近年はデラック・スエディションでリリースされるなど再評価の兆しが見え、またソウルというジャンルにおいて、私小説的スタイルの作風のパイオニアとして、以前より間口は広がっている。
 ベーシックのサウンドは、「多重コーラス+マイルドな響きの複合リズム」という路線を確立した『I Want you』の進化形なので、先入観を抜きにすれば、熟成された後期Marvinを堪能できる。


Here My Dear
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Marvin Gaye
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1. Here, My Dear
 『Let's Get it on』的ネチッこいギターを弾くのは、これがMarvinセッション初参加となるGordon Banks。以後、彼は最期まで最良のパートナーとしてMarvinに尽くした。荘厳と鳴り続けるフェンダー・ローズを操りながら、全編モノローグで通すMarvin。
 語られる内容はタイトル通り、Annaへの愛の言葉。泥沼離婚にもかかわらず、自己憐憫にも満ちた独白で幕を開けるのは、穿った見方をすれば揉め事にならぬための事後対策とも取れる。冒頭から怒りをぶつけて名誉棄損で訴えられるとシャレにならないし。ていうか、そんな歌詞をモータウンが通すはずもないか。
 当時の邦題『ある男のひとりごと』。そのまんまやないけっ。

2. I Met a Little Girl
 シームレスで続くこちらも『Let's Get it on』風サウンドでまとめられている。ただ内容が内容だけにヴォーカルに覇気が薄く、ファルセットにも力がこもっていない。歌詞は思いっきり後ろ向きな内容なだけに、正直、歌詞の内容さえ無視すればサウンド的にはMarvinサウンドの完成形。いつまでもエンドレスで聴いていられる桃源郷。
 ちなみに邦題『愛の試金石』。

3. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You
 ここからメロディは不穏に満ち、モノローグも少し不安げになっている。これが演技だったとしたら、すごい人たらしだよな、この人って。
 ソフトなファルセット・コーラスにシンプルなリズム・セット、薄くかぶせたローズを基本サウンドとして、そこにアクセントとしてサックスを噛ませてしまうところが、彼の絶妙なセンスを感じさせる。2分過ぎの唐突なシャウトが好きで、時々聴きたくなってしまう曲。後年、Daryl Hallがソロ・アルバム制作時、この曲にインスパイアを受けて「Stop Loving Me, Stop Loving You」を書き下ろしている。
 邦題は「涙のむこう側」。



4. Anger
 安めのTVサントラにでも収録されてそうな、幕間的なメロウ・ファンク。「Let’s Get it on」を共作したEd Townsendと再度タッグを組んでおり、確かにその時代のテイストが強い。
 タイトル通り、邦題もそのまんま「怒り」。一応、人生への苦悩や精神的な苦痛に対しての怒りをテーマとしているらしいけど、まぁ正直、Annaへの怒りだよな、これって。Marvinも聖人ではないのだから、自己憐憫だけじゃなく、内に秘めた怒りだって外に出したっていい。でも、内輪でグチるだけならまだしも、記録媒体で流通させる類の内容じゃないよね、これって。それとも、究極の羞恥プレイか?
 一応、カナダではシングル・カットされたらしいけど、チャートインせず。

5. Is That Enough
 ここからアルバムB面。スムース・ジャズの先駆け的な、フュージョン色の濃いトラックに乗せて、脱力系のヴォーカルを披露するMarvin。楽曲としては、後期Marvin好きにはたまらない世界ではある。でも邦題は「恋鎖反応」。凝りすぎたがあまり、逆に笑っちゃうタイトルで損してる。サックスの音色はジャズ成分は薄く、ソウル風味が強いので、退屈にならない。

6. Everybody Needs Love
 再びEdとの共作。やっぱり「Let’s Get it on」の世界。そっちに混ぜちゃっても判断つかないし、むしろもっと早く正統な評価が得られたんじゃないかと思われる。今となっては「隠れた名曲」扱いだけど。
 邦題は「愛の重さ」。原題と全然違うじゃん。誤解されやすいタイトルばっかりつけやがって。

Marvin Gaye

7. Time to Get It Together
 ここまで脱力系やらスムース・ジャズっぽい、まったりした音が多かったけど、数少ないアップテンポ・ナンバー。とは言ってもBPMは早いけど得意の複合リズムによって、性急な印象はない。
 効果的なファルセットの使い方、ドラッグ禍や自身の鬱病を告白する歌詞など、リアルな緊張感がクオリティを押し上げており、この時期の彼の作品の中でも秀逸の出来栄え。でもやっぱり邦題が「時の流れにまかせて」。確かにその通りだろうけど、なんでテレサ・テンなの。でも考えてみれば、こっちの方が先に出てるか。

8. Sparrow
 ここからアルバムは2枚目に突入。オープニングはデキシーっぽいホーンによって彩られたジャズ・ナンバー。ソウルMarvin好きなら常識だけど、彼のスタンダード・チューンははっきり言って面白くない。この曲もホーン・セクションがメインとなって、Marvinのコーラスもサウンドの一部として引っ込んでいる。ちょっとフリーが入ったErnie Fieldsのサックス・ソロがちょっと面白いけど、全体のムードにはあってないよな、これって。

9. Anna's Song
 ついに真っ向から、Annaへの思慕や悔恨を歌い上げるMarvin。過剰なエコーと薄いバックトラックは、もう彼の独壇場。作ってるときはほんとこんな気分だったのだろうけど、二度と聴き返したくなかったんだろうな。作ってから後悔してしまう類のウェットなバラード。
 中島みゆきも「うらみ・ます」は一発録りだった、とのことだし、この曲からも同じ臭いを感じる。邦題は「別れた女へ」。そのまんまやないけ。

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10. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Instrumental)
 多少のヴォーカルは入っているけど、まぁほぼカラオケ的なトラック。サックスがヴォーカル代わりに唸っている。こういうインタールード的なインストって、普通は1~2分程度のコンパクトなものだけど、ここでは何故か6分以上も尺を取っている。正直、必然性はあまり感じられない。収録時間のバランス調整で引き伸ばされた、と言われても素直に納得してしまうくらい、正直冗長な曲。
 逆の見方をすれば、冗漫な婚姻生活を象徴するため、敢えて引き伸ばしたのかもしれない。考え過ぎかな。

11. A Funky Space Reincarnation
 シングル・カットされ、R&Bチャート最高23位、ポップ・チャートでは106位を記録。これまでのMarvinシングルのアベレージはクリアできていないけど、従来のアーバンなグルーヴィー・ソウルではなく、同時代に活躍していたPerliament / FunkadelicやEarth, Wind & Fireから着想を得たスペース・ファンクは新境地。長すぎるのがちょっと惜しいけど、この路線はもう少し進めてもアリだったんじゃないかと思われる。だってカッコいいんだものMarvin。
 邦題はそのまんま「輪廻」。いや確かにその通りだけど、売ろうとする気がまるで見られない。何やってたんだ、当時の日本盤ディレクター。



12. You Can Leave, but It's Going to Cost You
 Marvinお得意のジャジー・ソウルだけど、ジャズ成分はこのくらいに抑えておいた方が彼の場合、ヴォーカルも多種多様で面白い。かしこまり過ぎると、途端につまらなくなってしまうのは、遂に最期まで治ることはなかった。邦題は「愚かな代償」。これもその通りなんだけどね。しかしネガティヴなタイトルばっかりだな。

13. Falling in Love Again
 細かく刻まれるリズム・パターンと、程よく情熱的なサックス・ソロ。「What’s Going on」が好きなライト・ユーザーにも聴きやすい、様々なレアグルーヴのコンピにも使われることの多いグルーヴィー・チューン。ほんと、このアルバムに収録されているのが惜しいくらいの出来である。「I Want You」にでも収録されていれば、もっと早く注目されていたかもしれないのに。4分強というコンパクトなサイズの中に、Marvinの良質なエッセンスが詰め込まれている。
 邦題「男は夢追い人」。ここに来て開き直ったな。

14. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Reprise)
 最後はほんとあっさり、1分に満たないエピローグ。長い曲ばっかりだったので、ここに来てやっと一息。でも、同じ曲を意匠変えて3回も繰り返すのは、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかと思う。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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