#Soul

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

無難で面白みのない男は損しやすい - Leroy Hutson『Hutson 2』

folder 1976年リリース5枚目のソロ・アルバム。前作『Feel the Spirit』まではどうにかトップ200圏内に入っていられたけど、遂にチャートから脱落、どうにかR&Bチャートで46位に入るのが精いっぱいだった。いくら盟友Curtis Mayfieldがオーナーを務めるカ―トム所属だったとはいえ、なかなか結果を出せぬ期間が続き、居心地が悪くなってきた頃である。
 もともと業界ウケが良い、通好みの作風だったため、身内での評価は高かったのだけど、どうにも実績が追いついて来ないことに、周辺スタッフも歯痒かったんじゃないかと思われる。

 以前、「ちゃんとしている」ソウル・アーティストとして紹介したLeroyだけど、この時期も特別積極的な新基軸を打ち出したわけではなく、ただひたすらクオリティの純化に特化しており、キャッチーな路線を狙ったようには思えない。どれだけクオリティが高くとも、それを世に広く知らしめなければ理解ある人にも届かないので、それ相応の販売戦略や外部アピールが必要になる。
 ただこの時期、稼ぎ頭の不在によって、カ―トム自体が業績悪化となっており、とてもとても彼のプロモーションに割く余裕も時間もなかった。取り敢えず流通はしたけど、これじゃ売れるものも売れるはずがない。

 コンセプトはしっかりしていて、バランスも取れてはいる。でも、だからと言ってみんながみんな、ヒットするわけではない。不特定多数の興味を引くためには、多少の綻びさえ凌駕してしまうインパクト、また、うまく時流に乗るためのタイミングと時の運が必要なのだ。
 なので、もしカートムが万全の営業体制を取っていたとしても、『Hutson 2』がヒットしたかといえば、それはちょっと…、と口ごもってお茶を濁してしまう。「破綻は少ないけど面白みがない」「つるんとクセがなくてつまらない」。いわゆる「いい人」止まりで終わってしまう人である。
 悪くはないんだけど、これといった所も見当たらない。どちらにしろ、軽く見られがちなポジションである。

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 ほんのささやかではあるけれど、80年代のレアグルーヴの恩恵で再評価され、サンプリングでの引用やミックス・テープで使われることもそこそこ、クラブ・シーンでは、名前は知らなくても曲は聴いたことがある人も多い。多いのだけれど、同時代のCurtisやMarvinほどのインパクトを残せたわけではないし、はっきり言って一般的な知名度はほとんどないと言っていい。
 ディスコ以前のメロウ・グルーヴ系ではチラホラ耳にするポジションではあるけれど、その方面はJames IngramやLeon Wareらを擁するQuincy Jones 勢が強いし、曲調もルックスも、彼らに比べてちょっと地味である。
 そんな地味な立ち位置を反省してなのかLeroy、サウンドからアーティスト・イメージから、思いっきりブラコンっぽい方向へ軌道修正したアルバム『Closer to the Source』を、後年リリースしている。ただ、その路線もシングルがR&Bチャートをちょっぴり賑わせたくらいで、アルバム・セールスには繋がらなかった。

 ここまでかなりネガティヴな論調で書いてしまったけど、実は俺、この人のことは嫌いではない。いや、むしろ好きな方だ。知名度的には遥かに凌ぐCurtisより、聴く機会はずっと多いくらいである。
 アーティストは作品で語るべきであって、そのパーソナリティに誠実さを求めているわけではないのだけれど、クオリティの追及のため、真摯に音楽に向き合うその姿勢はメロディやサウンドの構成にも表れており、その朴徳さ・不器用さに、ついつい惹きつけられてしまうのだろう。
 始終ヘビロテするほどではないけれど、時々思い出したように引っ張り出し、集中的に聴いちゃうとまたしばらく忘れちゃう、で、また何かのフイに聴きたくなって、の繰り返し。なので、そう安易に売っ払っちゃったりできない類のアーティストなのだ。
 だいぶ整理はしちゃったけど、Leroyもまた、処分できないアーティストの1人である。

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 60年代のシカゴは、デトロイトやメンフィスと並ぶブラック・ミュージックの拠点のひとつとして、活況を呈していた。モータウン発祥の地となったデトロイトや、スタックスの本拠地だったメンフィス同様、シカゴにもチェスやヴィージェイなど、リズム&ブルース色の濃い様々なレーベルが群湯割拠していた。
 70年代に入る頃になると、次第に泥臭さは洗練されて、ゴスペル色を薄めた繊細なシカゴ・ソウルが新勢力として台頭し始めた。その中で一段抜きん出ていたのが、カートム勢である。看板アーティストでもあるCurtisを始めとして、Leroy やDonny Hathawayら古典ブルースに捉われない若い世代が、同時代のニューソウル・ムーヴメントの一角を担っていた。
 路線は微妙に違うけど、彼らと同じカレッジで学んでいた同窓にRoberta Flackがいた。4人そろっての表立っての活動はなかったけど、彼女のセカンド・アルバム『Chapter Two』では、3人そろって共作(「Gone Away」)したりなど、緩やかな絆で結ばれていた。
 Leroy はDonnyとは特に親しく、一時はルーム・シェアして共同生活を送っていた。大学時代は彼らを中心としたヴォーカル・グループMayfield Singersを結成、Curtisの手引きによってデビューを果たした。グループ解消後も彼らの交流は続き、そこで起こった化学反応は、Donnyのデビュー・アルバム『Everything Is Everything』収録「The Ghetto」として結実した。
 「The First Time Ever I Saw Your Face」「Killing Me Softly」「Feel Like Makin' Love」という超ド級スタンダード曲の連発によって、3人より上のステージへ行ってしまったRobertaだったけれど、繊細なリズムと流麗なメロディ、内に秘めたる熱いソウルは、彼らと共通していた。
 4者4様であったけれど、みな独自のパーソナリティでそれぞれの音楽性を広げていった。

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 そんな彼らの行く末の分岐点となったのが、70年代中葉からのディスコ・ブームである。彼らだけでなく、多くのアーティストがこの時期、迷走したり道を誤ったり新境地を開いたりしたのだ。
 前述3曲によってR&Bバラード路線を確立したRobertaは、安直なダンス・ビートに飲み込まれるのを回避、晩年のDonnyの救済を兼ねてデュエット・アルバムを作る余裕さえ見せた。そのDonny はディスコに巻き込まれることはなかったけれど、深刻な精神衰弱を克服するには至らず、1979年、自ら命を絶つという、悲劇的な結末を迎えた。
 Curtisもまた、 出来不出来の落差の激しいアルバム・リリースによってセールスが安定せず、その煽りを食って1980年にカートムを閉鎖、一時はほぼリタイア状態だった。彼もまた再評価を得るまでに、暫しの時間を要した。

 で、Leroy だけど、R&B路線がコケた後、遅ればせながらディスコ路線へ転向、魂を売ってまで生き残りをかけたはずだったのだけど、まぁ予想通り、いまいちパッとしなかった。
 そんなわけで、契約も切れちゃったのでそのまま引退したと思っていたのだけれど、今世紀に入ってから前線復帰、ライブも行なっていたことを、ついさっき知った。
 2009年に27年ぶりのソロ・アルバムをリリース、さらに次回作も準備中であることが、オフィシャル・サイトで発表されている。とは言ってもこのサイト、2012年で更新が止まっちゃっているので、進捗状況はどうなってるんだか。企画倒れに終わっちゃったのかな。
 どうやら休業中はハウス・ハズバンドに専念していたらしく、子育てがひと段落したので、セカンド・ライフ的に復帰した、とのこと。なんだそれ、中年アマチュア・バンドみたいな動機だな。
 で、その彼の息子が音楽業界入りしており、JR Hutson としてJill ScottやLalah Hathaway らのプロデュースを手掛けたりしている。Lalahとの仕事は二世代に渡る運命のリンクを想起させる。


Hutson II/Closer to the Source
Leroy Hutson
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1. Love The Feeling
 ヴォーカルだけ抜き出すと結構安直なディスコだけど、バック・トラックがしつこく練り上げられている。ベースとハイハットの響きがヌケが良く、この辺は録音にもこだわったんじゃないかと思われる。ストリングスとコンガのアンサンブルも絶品。



2. Situations
 前曲から続く、荘厳としたストリングスをメインとしたインスト。アルバムは始まったばかりなのに、ここでもうインタールード?小休止にしては出番が早すぎる。構成としては、もっと後に入れた方がしっくり来る。なので、シャッフルして聴こう。1ピン程度であることだけは救い。

3. I Do, I Do (Want To Make Love To You) 
 ちょっとだけテンポを上げたフィリー・ソウルっぽい仕上がり。こういったスウィートなバラードだってできるのだ。器用すぎるんだよな、この人。なので、アルバムとしてはフォーカスがボヤけてしまい、コアとなるキラー・チューンがないのが難点。
 とは言っても、なんだかんだ言って聴いてしまう自分がいるけど。3分程度とコンパクトにまとめているのもクドくなくて良い。

4. I Think I'm Falling In Love
 フリー・ソウル周辺のレアグルーヴ界隈ではよくピックアップされる、軽快なミディアム・チューン。サウンドのヌケがもうちょっと良ければ良質のAORとしても通用するくらい、キャッチーなメロディが展開されている。また気持ちよさそうに歌ってるんだよね、この曲。中盤でエコーが深くなるところなど、センスの良さがさく裂している。泥臭さを払底しながらも熱いソウルのお手本。



5. Love To Hold You Close
 こちらもオムニバスやミックステープで使用頻度の多い、爽やかささえ漂うミディアム・チューン。こういった洒落たチューンがいっぱいあるのに、なかなかメジャーになり切れなかったのは、やっぱり自身なさげでナルシストなルックスにあるのか。セクシーさがないと、R&B系は受け入れられないのだ。

6. Flying High
 バンプっぽいテイストを注入したインストから、EW&Fみたいなコーラス、お手本を忠実になぞったディスコ・チューン。まぁこんなのも一曲くらい入れてみようかな?的な、力の入ってなさがあからさま。ほとんどタイトル連呼するだけで、トラック自体もフォーマットそのまんまだもの。
 営業政策上、入れなければならなかったのか?彼の通常の作風とあまりに違いすぎるので、正直、思い入れはない。

7. Blackberry Jam
 こちらもFunkadelicっぽさをトレースした、やや下世話なファンク。まぁLeroyがやるとどこか上品になっちゃうのだけど。中盤のラップ・パートがBootsyっぽいのはご愛嬌。無難にそれなりにタイトにまとめているけど、これだったらP-Funk聴いちゃうよな。

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8. Sofunkstication
 続くこちらも、ファンク寄りのディスコ・チューン。途中でTemptationsみたいになる。で、長い長いイントロの後、歌が始まるのかと思って聴いていると、結局歌なしで終わる。最初からインストで作ったのか、それともヴォーカルがうまく乗らなくて歌なしになったのか。ストリングスの使い方がリズミカルで、この辺はやはり才気を感じさせる。

9. Don't It Make You Feel Good
 ラストは持ち直して、通常運転のLeroy。ちょっとモータウン風味も入れたハッピー・エンド。こういった曲がもう1、2曲、これをシングル・カットすれば、もうちょっとチャート的に健闘したかもしれない。いくらご時勢だったとはいえ、7.のような曲で勝負しようとしたって、本家ファンクには太刀打ちできるはずがない。


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ある意味、究極の羞恥プレイ - Marvin Gaye 『離婚伝説』

folder 商業主義が強くなり過ぎた既存ソウル・ミュージックのアンチテーゼとして、70年代初頭に興ったニュー・ソウル・ムーヴメントは、1976年のStevie Wonder 『Songs in the Key of Life』を頂点として、その後は緩やかな衰退の道を辿ることになる。
 Donny Hathawayは心身ともに疲弊し切って入退院を繰り返していたし、Isaac Hayes はとっととニュー・ソウルに見切りをつけてディスコに鞍替え、その特異な風貌を生かして俳優業にも手を染めていた。Curtis Mayfieldも次第にニュー・ソウル路線に行き詰まりを感じ、それでディスコに手を染めてみたけど、これがもう目を覆っちゃうくらいの駄作の連発、レアグルーヴ・ムーヴメントで再評価されるまでは、リタイア同然になっていた。栄枯盛衰。

 それまで保守的だったソウル・ミュージックの世界に、ジャズやアフロなど異ジャンルの要素を積極的に取り入れたニュー・ソウルは、お手軽なポップ・ソウルよりずっとソフィスティケイトされたサウンドで構成されていた。ブラック・ミュージックのメイン・ユーザーがブルー・カラーの黒人層だけでなく、ホワイト・カラーの白人層リスナーの割り合いが多くなったのは、ニュー・ソウルの影響が大である。他愛ないステレオタイプのラブ・ストーリーが多かった歌詞も、ベトナム戦争から着想を得た反戦や環境問題、人種差別にも鋭く切り込む内容が多くなった。
 シリアスな事象をシリアスに語るスタンスは、何も彼ら独自のものではなく、むしろ白人フォーク/ロック勢の成熟に呼応して生まれたものである。左翼的なスタンスを表明することが、アーティストとして最もヒップであったのが、60〜70年代前半のミュージック・シーンである。

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 ただ人間、事あるごとに眉をひそめ、人生の意義だ精神の深淵だについて考え続けることは肩が凝る。みんながみんな、音楽に哲学を求めているわけではないのだ。部屋に独り籠ってレコードのライナーノーツを読み漁るより、外に出てみんなでディスコでフィーバーすることも必要なのだ。
 グダグダな結末となったベトナム戦争の終焉と前後するように、ニュー・ソウルのアーティストはことごとく失速するか、ディスコへ鞍替えすることになる。

 1978年のビルボード年間シングル・チャートのトップ100リストを見てみると、上位はほぼBee Gees一派の独り勝ちとなっている。トップ10中、Bee Geesが3曲で末っ子のAndy Gibbが2曲、これだけでもう半分を制覇しており、当時のディスコ・ブームの勢いがどれだけだったのかが象徴されている。
 で、ロック系でチャートインしているのはもっと下、やっと15位でClapton が登場。続く16位がStonesだけど、これが「Miss You」。やっぱディスコだ。ずっと辿っていくと、John Travolta やChicも顔を出しており、全体的にロック系は影が薄い。1978年といえば、ちょうどパンク/ニューウェイブで一旦トドメを刺されちゃった頃なので、分が悪かったのだ。
 別の見方として、これをモータウン縛りで見てみると、10位にCommodoresが入ってるのみ、かつては「ヒット・ファクトリー」とも称された60年代の栄華と比べると、かなり深刻な状況になっている。しかも彼らもディスコだし。稼ぎ頭だったJackson 5は独立、Diana Rossはハリウッドに行ったままだったし、Stevieも『Secret Life』なんて、ヒット性無視したアルバム作っちゃうし。

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 チャート的には目立たなくとも、新たな方向性を模索して前に進んでいるだけ、彼らはまだ良い。そんな彼らを横目で見ることすらやめてしまい、すっかり後ろ向きにひねくれちゃったのが、お待たせしましたここでMarvin登場。
 この時期に限らず、彼の歩んできた道のりは常にこじれて歪んでいたのだけど、特に70年代はプライベート面でのトラブルが頻発していた。

 何しろ、活動休止して本気でアメフトの選手を目指したり、Nat King Coleのようなジャズ・スタンダード歌手への憧れが過ぎるあまり、会社の方針に沿ったポップ・ソウルのヒットの見返りとして、ジャズ・スタンダードを集めた自己満足アルバムをリリース、しかもそれが全然売れず周囲に白い目で見られても、それでも好きだからしつこくコンサートでもわざわざ1コーナー設けて悦に入ったりして、こうして書いてると、なかなかめんどくさい男である。
 これって典型的なミッドライフ・クライシス、若いうちに会社の敷くレールに乗って、いつの間にか中堅ポジションになっちゃったけど、自分で成し遂げた感が薄いので、まだ別の可能性があるんじゃないかと思い立って一念発起、突然会社を辞めてバックパッカーとして世界一周に旅立つサラリーマンと思考は一緒だな。

 普通のサラリーマンも大スターどちらにも言えることだけど、いくら思い立ったとはいえ即行動は困難、これまでのしがらみを整理することは容易ではない。好調不調はあれど、Marvinは終始モータウンの稼ぎ頭だったし、ほぼ創業当時からのメンバーだけあって、それなりに営業責任も負わざるを得なかった。単なる生え抜きだけならまだしも、社長Berry Gordyの実姉Anna と結婚しちゃってるので、良く言えば出世街道まっしぐら、悪く言っちゃえば会社とズブズブの関係である。ここまで外堀を埋められては、会社中心の人生を送らざるを得ない。
 彼がAnna と結婚したのは1963年。モータウンは設立から4年、Marvinも24歳と、まだどちらも成長過程を歩んでいる段階だった。ちなみに彼に対して当時のAnna、なんと17歳年上の41歳という年の差婚だった。普通に考えて、Marvinからのアタックとは考えずらく、やり手中年女性の手練手管による若いツバメの籠絡、といった感が強い。
 まぁほんとのところは2人だけにしかわからないので、熟練の技に翻弄されたのか、それとも純粋な恋愛結婚だったのか、今となっては不明。でも、その後10年に渡って婚姻関係は続いて一男を授かっているし、当時はツアーだレコーディングだでMarvinも家を空けることが多かったから、たまに逢うことで新鮮が保たれていたんじゃないかと思われる。

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 デュエットにおける最高のパートナーTammi Terrell とのロマンスが「あった」とか「なかった」とか、三面ゴシップ的な噂は当時から囁かれていたけど、実際のところはそれほど色っぽい関係ではなかったらしい。四六時中、仕事で顔を突き合わせているため、恋愛対象として見るには双方ともあまりに近過ぎてしまい、むしろ兄妹のような関係だった、というのが近年の通説になっている。
 当時のアルバム・ジャケットやポートレートを見ればわかるように、水も滴るセックス・シンボルとして売り出されていたMarvinだからして、生涯女性の影が切れることはなかった。往年のスター伝説によくある乱痴気騒ぎも一度や二度ではなかった、とは当時の事情通、または関係者の弁。ほんとかよ。
 年上女房ゆえの余裕か、はたまた芸人の妻としての心構えだったのか、Anna はそんな彼の所業を諌める素振りは見せなかったようである。まぁ、「亭主元気で留守がいい」とはよく言ったもので、彼女自身も悠々羽根を伸ばしてセレブライフを楽しんでいたんじゃないかと思われる。

 音楽キャリア的には『What's Going on』を契機とする、「静謐でありながらグルーヴィーなジャジー・ソウル」という新境地を見いだし、ここからニュー・ソウル期に突入する。ただ、未曽有の成功と引き換えに増大するプレッシャーはハンパなかったのか、同時にますますセックスとドラッグに耽溺するようになる。
 1973年、その後2番目の妻となるJanis Hunterと恋に落ち、一男一女を授かるのだけれど、すでに別居中だったAnnaとの関係を清算していなかったため、事態はグタグタになる。泥沼のプライベートから刹那的に逃避するため、ますますドラッグにのめり込むMarvin。
 それでもこの時期、『Let’s Get it on』 〜 『I Want you』といった、後世に残る名作を連発しているのだから、人ってわからぬもので。

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 いつまでもはっきりした態度を示さないMarvin に痺れを切らしたAnna、遂には彼に見切りをつけ、離婚に向けて訴訟を起こすことになる。Marvinへの請求額は100万ドル。当時の貨幣価値はよくわからんけど、いくらトップスターとはいえ、右から左へ簡単に動かせる金額ではないことは確か。ていうか、これってもはや単なる夫婦間の問題じゃなくって、Marvinが相手にするのは事実上モータウンだし。勝てるわけねぇよなぁ。
 長きに渡る示談交渉の末、支払い能力のないMarvin に課せられたのが、次回リリース予定のアルバム印税を、慰謝料の補填に充てること。Anna 側としては、最初からそんな筋書きだったんじゃないかと思われるけど、わかっていながらできるだけMarvinを消耗させることが目的だったのだろう。
 その思惑通り、長期化した裁判によってMarvin、心身ともに大きく消耗した。安定した地位と家庭を棄てるほどの熱愛だったJanisとも不仲になり、結局、短期間で離婚という結末を辿る。そりゃそうだよな、大抵の不倫カップルって慰謝料・養育費が負担になるから、将来性が限定されちゃって、結局あんまりうまく行かないんだよな。
 で、結審後は当然だけど、モータウンの中でも微妙なポジションとなってしまい、活動も次第に地味になってゆく。会社側としても、正直、積極的なプロモーションはしたくなかっただろうし、ぶっちゃけ「契約満了したらとっとと出てけ」とまで思ってたことは想像できる。

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 そんな経緯で製作されたのが、この『離婚伝説』。原題は『Here, My Dear』だけど、正直こっちの邦題の方がしっくり来る。しっかしこんなタイトル、よくモータウンが許したよな。
 恐ろしくネガティヴな内容ゆえ、ディスコグラフィの中でも鬼っ子扱いの期間が長かった『離婚伝説』。数少ないレビューを読んでも、詳細なのは制作経緯ばかりで内容に触れられることはほとんどなく、聴く前から気持ちが萎えてしまった『離婚伝説』。CBS移籍後の復活作『Midnight Love』が名盤過ぎたうえ、しかもそれが遺作となってしまったがため、どうしても影が薄い『離婚伝説』。印税稼ぎと早期の契約消化が目的なのか、ソウルにしては珍しく2枚組の大作で、高くて買いづらい『離婚伝説』。
 ただ、近年はデラック・スエディションでリリースされるなど再評価の兆しが見え、またソウルというジャンルにおいて、私小説的スタイルの作風のパイオニアとして、以前より間口は広がっている。
 ベーシックのサウンドは、「多重コーラス+マイルドな響きの複合リズム」という路線を確立した『I Want you』の進化形なので、先入観を抜きにすれば、熟成された後期Marvinを堪能できる。


Here My Dear
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Marvin Gaye
Motown (1994-04-05)
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1. Here, My Dear
 『Let's Get it on』的ネチッこいギターを弾くのは、これがMarvinセッション初参加となるGordon Banks。以後、彼は最期まで最良のパートナーとしてMarvinに尽くした。荘厳と鳴り続けるフェンダー・ローズを操りながら、全編モノローグで通すMarvin。
 語られる内容はタイトル通り、Annaへの愛の言葉。泥沼離婚にもかかわらず、自己憐憫にも満ちた独白で幕を開けるのは、穿った見方をすれば揉め事にならぬための事後対策とも取れる。冒頭から怒りをぶつけて名誉棄損で訴えられるとシャレにならないし。ていうか、そんな歌詞をモータウンが通すはずもないか。
 当時の邦題『ある男のひとりごと』。そのまんまやないけっ。

2. I Met a Little Girl
 シームレスで続くこちらも『Let's Get it on』風サウンドでまとめられている。ただ内容が内容だけにヴォーカルに覇気が薄く、ファルセットにも力がこもっていない。歌詞は思いっきり後ろ向きな内容なだけに、正直、歌詞の内容さえ無視すればサウンド的にはMarvinサウンドの完成形。いつまでもエンドレスで聴いていられる桃源郷。
 ちなみに邦題『愛の試金石』。

3. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You
 ここからメロディは不穏に満ち、モノローグも少し不安げになっている。これが演技だったとしたら、すごい人たらしだよな、この人って。
 ソフトなファルセット・コーラスにシンプルなリズム・セット、薄くかぶせたローズを基本サウンドとして、そこにアクセントとしてサックスを噛ませてしまうところが、彼の絶妙なセンスを感じさせる。2分過ぎの唐突なシャウトが好きで、時々聴きたくなってしまう曲。後年、Daryl Hallがソロ・アルバム制作時、この曲にインスパイアを受けて「Stop Loving Me, Stop Loving You」を書き下ろしている。
 邦題は「涙のむこう側」。



4. Anger
 安めのTVサントラにでも収録されてそうな、幕間的なメロウ・ファンク。「Let’s Get it on」を共作したEd Townsendと再度タッグを組んでおり、確かにその時代のテイストが強い。
 タイトル通り、邦題もそのまんま「怒り」。一応、人生への苦悩や精神的な苦痛に対しての怒りをテーマとしているらしいけど、まぁ正直、Annaへの怒りだよな、これって。Marvinも聖人ではないのだから、自己憐憫だけじゃなく、内に秘めた怒りだって外に出したっていい。でも、内輪でグチるだけならまだしも、記録媒体で流通させる類の内容じゃないよね、これって。それとも、究極の羞恥プレイか?
 一応、カナダではシングル・カットされたらしいけど、チャートインせず。

5. Is That Enough
 ここからアルバムB面。スムース・ジャズの先駆け的な、フュージョン色の濃いトラックに乗せて、脱力系のヴォーカルを披露するMarvin。楽曲としては、後期Marvin好きにはたまらない世界ではある。でも邦題は「恋鎖反応」。凝りすぎたがあまり、逆に笑っちゃうタイトルで損してる。サックスの音色はジャズ成分は薄く、ソウル風味が強いので、退屈にならない。

6. Everybody Needs Love
 再びEdとの共作。やっぱり「Let’s Get it on」の世界。そっちに混ぜちゃっても判断つかないし、むしろもっと早く正統な評価が得られたんじゃないかと思われる。今となっては「隠れた名曲」扱いだけど。
 邦題は「愛の重さ」。原題と全然違うじゃん。誤解されやすいタイトルばっかりつけやがって。

Marvin Gaye

7. Time to Get It Together
 ここまで脱力系やらスムース・ジャズっぽい、まったりした音が多かったけど、数少ないアップテンポ・ナンバー。とは言ってもBPMは早いけど得意の複合リズムによって、性急な印象はない。
 効果的なファルセットの使い方、ドラッグ禍や自身の鬱病を告白する歌詞など、リアルな緊張感がクオリティを押し上げており、この時期の彼の作品の中でも秀逸の出来栄え。でもやっぱり邦題が「時の流れにまかせて」。確かにその通りだろうけど、なんでテレサ・テンなの。でも考えてみれば、こっちの方が先に出てるか。

8. Sparrow
 ここからアルバムは2枚目に突入。オープニングはデキシーっぽいホーンによって彩られたジャズ・ナンバー。ソウルMarvin好きなら常識だけど、彼のスタンダード・チューンははっきり言って面白くない。この曲もホーン・セクションがメインとなって、Marvinのコーラスもサウンドの一部として引っ込んでいる。ちょっとフリーが入ったErnie Fieldsのサックス・ソロがちょっと面白いけど、全体のムードにはあってないよな、これって。

9. Anna's Song
 ついに真っ向から、Annaへの思慕や悔恨を歌い上げるMarvin。過剰なエコーと薄いバックトラックは、もう彼の独壇場。作ってるときはほんとこんな気分だったのだろうけど、二度と聴き返したくなかったんだろうな。作ってから後悔してしまう類のウェットなバラード。
 中島みゆきも「うらみ・ます」は一発録りだった、とのことだし、この曲からも同じ臭いを感じる。邦題は「別れた女へ」。そのまんまやないけ。

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10. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Instrumental)
 多少のヴォーカルは入っているけど、まぁほぼカラオケ的なトラック。サックスがヴォーカル代わりに唸っている。こういうインタールード的なインストって、普通は1~2分程度のコンパクトなものだけど、ここでは何故か6分以上も尺を取っている。正直、必然性はあまり感じられない。収録時間のバランス調整で引き伸ばされた、と言われても素直に納得してしまうくらい、正直冗長な曲。
 逆の見方をすれば、冗漫な婚姻生活を象徴するため、敢えて引き伸ばしたのかもしれない。考え過ぎかな。

11. A Funky Space Reincarnation
 シングル・カットされ、R&Bチャート最高23位、ポップ・チャートでは106位を記録。これまでのMarvinシングルのアベレージはクリアできていないけど、従来のアーバンなグルーヴィー・ソウルではなく、同時代に活躍していたPerliament / FunkadelicやEarth, Wind & Fireから着想を得たスペース・ファンクは新境地。長すぎるのがちょっと惜しいけど、この路線はもう少し進めてもアリだったんじゃないかと思われる。だってカッコいいんだものMarvin。
 邦題はそのまんま「輪廻」。いや確かにその通りだけど、売ろうとする気がまるで見られない。何やってたんだ、当時の日本盤ディレクター。



12. You Can Leave, but It's Going to Cost You
 Marvinお得意のジャジー・ソウルだけど、ジャズ成分はこのくらいに抑えておいた方が彼の場合、ヴォーカルも多種多様で面白い。かしこまり過ぎると、途端につまらなくなってしまうのは、遂に最期まで治ることはなかった。邦題は「愚かな代償」。これもその通りなんだけどね。しかしネガティヴなタイトルばっかりだな。

13. Falling in Love Again
 細かく刻まれるリズム・パターンと、程よく情熱的なサックス・ソロ。「What’s Going on」が好きなライト・ユーザーにも聴きやすい、様々なレアグルーヴのコンピにも使われることの多いグルーヴィー・チューン。ほんと、このアルバムに収録されているのが惜しいくらいの出来である。「I Want You」にでも収録されていれば、もっと早く注目されていたかもしれないのに。4分強というコンパクトなサイズの中に、Marvinの良質なエッセンスが詰め込まれている。
 邦題「男は夢追い人」。ここに来て開き直ったな。

14. When Did You Stop Loving Me, When Did I Stop Loving You (Reprise)
 最後はほんとあっさり、1分に満たないエピローグ。長い曲ばっかりだったので、ここに来てやっと一息。でも、同じ曲を意匠変えて3回も繰り返すのは、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかと思う。



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プロデュース次第で音はこんなに違う - Temptations 『Cloud Nine』

folder 1969年リリース、モータウンでは9枚目のオリジナル・アルバム。セールスとしてはUS最高4位UK最高32位となっているけど、当時のモータウンはまだシングル至上主義の勢力が強く、アルバムについてあぁだこうだと論じるのは、ちょっと難しい。だって、営業的にアルバム・プロモーションは二の次だったし。
 明るく楽しく元気なポップ・ソウルの量産体制によってチャート上位を独占していられた初期と違って、不穏な社会情勢とリンクするかのように、その強固な牙城は次第に綻びを見せてゆく。レコード販売の主力がシングルからアルバムへシフトしつつあったのと、ヒット曲を生み出す嗅覚に長けていたBerry Gordieのカリスマ性が逆に災いしたのも、時代に即応できなかった要因である。なんだ、今でも親族経営のブラック企業ならよくある話じゃん。
 前回のStevieのレビューでもちょっと触れたけど、そんな後期モータウン内の革新勢力の筆頭と言えるのがプロデューサーNorman Whitefieldだった。実際、その後期と称される60年代末から70年代初期、ほぼセルフ・プロデュース体制だったStevieとMarvin Gayeは別として、同時代性とうまくリンクさせたサウンドを構築していたのがNorman、そして彼がプロデュースに関わったアーティストらだった。

 Berry Gordieの右腕的存在として多くの曲を書き、また自らもMiraclesを率いて初期モータウンのプロトタイプを創り上げたのが、マルチ・クリエイターの先駆けSmokey Robinsonである。Bob Dylan をして「アメリカ最高の詩人」と言わしめるほどのソングライティング・スキルは、そのクオリティと量産性によって磨き上げられた。泥臭いブルースかゴスペルくらいしか選択肢がなかった黒人エンタメ業界に、白人ポップスと肩を並べるほどの洗練されたサウンドを創出したことで、モータウンの歴史的功績は大きい。
 で、ほぼSmokeyとGordieで作り上げた土台を基に、そらなるモータウンの飛躍に貢献したのが、Brian & Eddie Holland、Lamont Dozierから成るソングライター・チームH=D=Hである。全盛期のSupremesやFour Topsらの楽曲制作の大半を担い、Smokeyとの双頭体制によってレーベルの発展に貢献した。Beatlesを始めとした第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンの攻勢に対抗できる唯一の存在として、Supremesを筆頭としたモータウン勢は当時、アメリカ国内では無敵の存在だった。

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 ただ、そんなのぼり調子もいつまでも続かない。モータウンの象徴とされていたSmokeyの制作ペースの衰えとクオリティのムラが目立ってきた頃と相まって、印税配分のトラブルその他もろもろによってH=D=Hが退社・独立する。制作部門の2トップが一時不在となったことにより、モータウンは深刻な人材不足にあえぐことになる。
 会社の成長に伴って、正当な利益配分を主張するのは当然の権利であり、流れとしては予測できる範囲なのだけど、単純な製造・販売業と違ってモータウンはレコード会社、制作部門においても利潤だけではなく、採算ベースに収まる範囲での芸術性が問われる。
 H=D=H側の主張としては、レーベルの方針通り、JIS規格的に特色のないポップ・ソウルばかりを作ることに辟易していた頃だった。キャリアを重ねるに連れ、判で押したような類似曲ばかりを量産することに飽きてきた彼らは、次第に創作上の自由を欲するようになる。
 ルーティンからの脱却という目的もあったけど、彼らがそんな志向へ至るには外的な要因、政治・社会的に激動しまくっていた60年代末という時代の要請も大きかった。
 「サイケ」「ラブ&ピース」がキーワードのフラワー・ムーヴメントの波が押し寄せてきており、それまでティーンエイジャー限定の通過儀礼と思われていたロックが、またロックに限らず音楽産業全体が成熟しつつあり、強固なイデオロギーを内包したメッセージ性の強いアーティストが台頭し始めていた。「明るくハッピーな60年代」は過ぎ去りつつあり、「不穏な70年代」の予兆がすぐそこまで迫っていることは、特別政治に関心がない者にでも身近な話題となっていた。

 そんな状況なので、その「明るい」象徴であるモータウンのサウンドは、すでに時代に取り残されたものだった。モータウン以外の黒人アーティスト、例えばJBはこの時期、アンチ・ポップとしてのファンキー・チューンを量産、その完成型である「Sex Machine」製作に向けて研鑽を重ねていた。モータウンが白人マーケットへ進出する際、ソフィスティケートするため削ぎ落としていた泥臭い要素、語義通りのリズム&ブルースを純化させたスタックスは、Otis ReddingやSam & Dave、Wilson Pickettらを擁してモータウン一択のダンス・シーンを着々と浸食していった。
 JBやスタックスが支持されたのは、どちらもモータウンと違って、作り物っぽくない生のソウルをあまり加工せず、素材の味を前面に出して市場に送り出したことによる。工場で厳密に品質管理されたポップ・ソウルより、生搾り大吟醸のごとく、未加工で荒削りなソウルが支持されるようになったのは、何も彼らが飽きられただけではない。公民権問題で自分たちの地位向上に意識的になった黒人層の増大が、時代がそう要請したのだ。

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 そんな外部環境の変化と社内でのパワー・バランスの変化、依然家族経営的なアバウトな運営に危機感を覚えたのが、社内では傍流に属していたNormanら若手クリエイターである。
 景気の波にうまく乗っている時はいいけど、一旦経営が不安定になるとかつての成功体験・必勝パターンにしがみつき、フットワークが重くなる。気分次第で作りまくった役職の多さが祟って命令系統がガタガタになり、何をするにも冗長な会議が必要となり、承認が下りた頃には、そのアイディアは時代遅れになっている。どこの会社も一緒だな。
 ヒットのお手本のような前任者2組はおらず、現場は若手ばかりである。上層部は混乱するばかりだ。何しろ制作チームが機能不全となっており、しかもリリース・スケジュールだけは決まっている。何かしらアイテムはリリースしなければならないけど、何しろタマが少ない。とにかく制作陣が物理的に足りないのだ。外部から引っ張ってきたりカバー曲で埋めたとしても、キラー・チューンはやはり自前で押さえておきたい。印税額が全然違うのだ。
 取りあえず、今いるチームで回してゆくしかない。少しでも実務経験がある若手なら、どんどんチャンスを与えてやった方がいい。骨格さえできてしまえば、あとは演奏陣Funk Brothersがどうにか形にしてくれる。ていうか、曲の体裁さえ整っていれば何でもいい。無音のシングルをリリースするわけにもいかない。何でもいいからサウンドが必要なのだ。例えそれが従来モータウンのサウンドっぽくなかったとしても。

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 そんな社内事情を逆手に取ったのか、この時期のNormanのプロデュース/サウンド・デザインはかなりはっちゃけたクオリティに仕上がっている。従来の親しみやすいメロディや軽快なビート、ひたすらポジティヴな歌詞はとことん無視され、ほぼ逆のベクトルを持つ楽曲が採用されることが多くなる。
 ラジオ・オンエアを無視した10分を超える長尺曲、ファンクイズムに基づいたシンコペーション主体のバック・トラック、住所不定のオヤジを嘆く歌詞など、後年のニュー・ソウルに通ずる構成パーツばかりなのだけど、いずれも否モータウンを表明するものばかりだった。従来ならほぼ100%が不採用となる案件ばかりだったけど、この時期は新曲コンペに出品できる作品自体が少なかったため、Normanの楽曲が採用されることも多くなる。それに比例して、彼の社内的ポジションも次第に有利なものとなってゆく。

 で、Temps。
 華麗なステージ・アクションと寸分違わずそろったダンス・ステップ。洗練されたルックスと小ぎれいなスーツの着こなしは、他モータウン・アーティストの範となるものであり、本流を歩んできたグループとしての佇まいは随一の人気を保っていた。しなやかなファルセットで女性ファンを魅了するEddie Kendricks、野太い男性的なテナーで全体を司るDavid Ruffinの2トップ体制は、永遠のスタンダード「My Girl」から始まる連続ヒットを生み出す原動力となった。
 正統派男性コーラス・グループとしてメロウ・チューンをメインとしていた彼らの転機となったのが、Ruffinをメインとしたヴォーカル構成、マッチョイズムを前面に押し出したパワフルなサウンドだった。特に「Ain't Too Proud to Beg」のスマッシュ・ヒットは彼らの脱・モータウン化をさらに助長させた。
 作曲とサウンド・プロデュースを行なったNormanもまた、スタジオ内で起こったマジックに興奮を覚えた一人だった。ハーモナイズを重視したこれまでのコーラス・グループという発想ではなく、5人のソロ・シンガーの集合体として、彼らそれぞれの見せ場を作るためには、既存のモータウン・システムではどうしても収まりきれない。新たなフォーマットが必要となる。ただ順繰りにメインを替えるのではなく、サウンド自体にストーリーを持たせることによって、そのシフト・チェンジはさらに効果的となる。

Temptations

 グループ自体のシフト・チェンジにあたるのが、この時代のTempsであり、モータウン・ファン的には「サイケデリック・ソウル」として位置づけられている。このサイケ・ソウル期終焉後、彼らはほんの一瞬だけディスコに走り、60年代サウンドをMIDI機材によってアップデートしたサウンドを提示した80年代を経、その後は緩やかなスロー・リタイアに至るわけだけど、やはり初期から70年代初頭までのこの時期に人気が集中しており、実際アルバム制作を中心とした音作り、イメージ戦略が行なわれている。

 これって中島みゆきでいうところの80年代、いわゆるご乱心期に当たるのだけど、そのみゆきご乱心期はファン的に「姫のお戯れ」、「夜会へ向かうまでの過渡期」として位置付けられている。サウンド的・コンセプト的にも時代とリンクしようと抗うみゆきの葛藤が色濃く刻まれているのだけれど、どこか傍流として扱われ、正当な評価がきちんと成されていない。
 それに対してTempsの場合、優等生的な初期と並んでサイケ・ソウル期もまたキッチュさが好評を得ており、古参のファンからも同列で支持されている。考えてみれば、これまで無数にリリースされてきた彼らのベスト盤にはどれも、「My Girl」と「Papa was a Rolling Stone」が収録されており、しかも違和感なく受け入れられている。
 冷静に考えればすごいことだよな、これって。ヴォーカリストは同じだけど、サウンド的にはまったく別物だもの。

 で、そんな彼らのサイケ・ソウル期の本格的なスタートとされているのが、この『Cloud Nine』。10分弱もある1曲を除き、他9曲はだいたい2~3分程度のサイズに収まっているけど、タイトル曲を含め、従来モータウンではほぼ使われることのないファズ・ギターや不穏なベース・ソロなど、プレイヤビリティあふれる演奏が収録されている。こういったところ、やはりNormanの持ち味全開である。下手すると、ヴォーカル抜きでも十分成立してしまうくらい、インスト・パートの完成度がハンパない。
 もうひとつの特色として挙げられるのが、David Ruffin の脱退劇。Buddy Holy並みにインパクトの強いセルフレームを着用していたDavid、外部にそそのかされたのか、それともNormanとソリが合わなかったのかどうかは不明だけど、代わりに入ってきたのが、力強いテナー・ヴォイスを持ち味としたDenis Edwards。力強さはあったけれど、どこか品の良さが窺えたRuffinに対し、パワフルさに加えて泥臭さを備えたEdwardsの声質は、原音を変調させた音色を好むNormanのコンセプトにうまく合致していた。
 ここから数年、従来モータウンの内部崩壊をよそに、新生Tempsの果敢なサウンドへの挑戦の日々が続く。いやもっぱらNormanの苦闘だけど。


Cloud Nine
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1. Cloud Nine
 ハイハットが大きめにミックスされたリズム・トラックにファズ・ギターがからむ、これまでのモータウン・サウンドとの違いを明確にした決意表明。よく聴くとギター自体は決して突飛なプレイではなく、あくまでモータウン・マナーに則った範囲のものであり、これはやはりNormanのプロダクションの成せる業と言える。ちなみに弾いてるのは若き日のDennis Coffey。US6位UK15位まで上昇した、サイケ・ソウル期の幕開けを飾るグルーヴィー・ファンク。



2. I Heard It Through the Grapevine
 わかりやすく邦題に直すと「悲しいうわさ」。ちょっぴりアーシーな泥臭い仕上がりは、ファンクとはまた別のベクトル、当時のアトランティック系ソウルへのオマージュとして受け止めればスッキリする。
 もっとも有名なMarvinのヴァージョンはもっと軽やかなポップ・チューンだったけど、作者であるNormanからすれば、これが本来の理想形である、と言わんばかりに別の仕上がり具合になっている。あまりにMarvinヴァージョンが定番となっているので、やっぱりパンチとしては弱い。いい仕上がりなんだけどね。

3. Run Away Child, Running Wild
 約10分に渡る壮大なファンク・シンフォニー。ここまでNormanがおぼろげに描いていたビジョンが一気に具現化された、この時点での彼の到達点。シンプルなリズム・トラックながら複雑なコーラス・アレンジが絡む構成は、到底単一のヴォーカリストで実現できるはずもなく、多彩なキャラクターの集合体であるTempsでなければ実現しなかった。
 長尺のナンバーのため、プログレと比較されることも多いけど、あそこまで理屈やプレイヤビリティが重視されているわけではなく、スタイル的にはあくまでヴォーカル & インストゥルメンタル、不可分のスタンスとなっている。

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4. Love is a Hurtin' Thing
 で、主役Tempsを一素材として扱うといった、贅沢な実験としてのA面が終わり、ここからはアナログB面。後期は実験的ファンク路線をさらに推し進めていったNormanだけど、この頃はまだ社内バランスを考慮しており、オーソドックスな従来モータウン・ナンバーが軒を連ねている。
 甘くゆったりしたバラード。これはこれで良い。同時進行でもう一枚作っちゃえばよかったのに、と思ってしまうほどのクオリティ。

5. Hey Girl
 野太いバリトンを受け持つPaul Williamsがリードを取る、まるで『ジェット・ストリーム』のようなストリングスをバックに力強く歌い上げるミディアム・バラード。メンバーそれぞれがピンを張れる力量を持っているため、これだけバラエティに富んだサウンドが散りばめられている。

6. Why Did She Have to Leave Me (Why Did She Have to Go) 
 しかしA面3曲/B面7曲という構成は、かなりいびつなものである。3.以外のナンバーはほぼ3分弱、これまでとまるで変わらないポップ・ソウルで占められている。
 時代的にどの歌声にもやや泥臭さが窺えるけど、これこそがTempsの得難いパーソナリティでもある。このような凡庸な曲でも最後まで聴かせてしまう、良い意味での力技が存分に発揮されている。

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7. I Need Your Lovin
 Eddieのファルセットが冴える、後のStylisticsにも通ずる軽いメロウ・サウンドが映えるミディアム・チューン。よく聴くと走るベース・ラインが耳を引く。何気ないポップ・サウンドでも小技を利かせているのは、若いながらも目端の利くプロデューサーNormanの力量による。これまでならベタなホーンで埋めてしまうところを、シンプルなバッキングで歌を引き立てている。

8. Don't Let Him Take Your Love From Me
 これまでの初期Tempsを愛するファンにも受けの良い、サザン・ソウルのフェイク的なアレンジが光るナンバー。「~風で」というオーダーに乗ったFunk Brothers勢のグルーヴ感が真空パックされている。
 やっぱすごいグループだよな、Tempsって。ヴォーカリストによってまるっきり別のグループに聴こえてしまうほど、個々のスキルが高すぎる。ここまで別の側面を見せられるグループを、俺はThe ALFEE以外に知らない。ちゃんと聴いたことないけど。

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9. I Gotta Find a Way (To Get You Back) 
 ビート感は完全に従来モータウン。ホーンの配置、シンコペートするリズムといい、この時代ではすでに時代遅れ。ユニゾンするストリングスの使い方もちょっとダサめだし。これなら初期チューンを聴いた方がいいや、とまで思ってしまう。出来はいいんだけどね。

10. Gonna Keep on Tryin' till I Win Your Love
 ランニング・ベースがリードを取る、従来モータウンのホーンとコーラスとを奥に引っ込めたナンバーがラスト。むせ返るほどの男臭さが特徴のEdwardsのヴォーカルは、一聴するとFour Topsの方がしっくり来るんじゃね?と思ってしまいがちだけど、ユニゾン志向のTopsよりは、個性を尊重したハーモニー志向のTempsの方がずっとパーソナリティを活かしきっている。適材適所というのがあるんだな、どの世界にも。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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