好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Soul

1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

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 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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問答無用。とやかく言わせない音楽。 - Stevie Wonder 『Songs in the Key of Life』

folder 1976年リリース、2枚組にもかかわらず、アメリカだけで1000万枚以上を売り上げた、問答無用のモンスター・アルバム。当時の日本でもオリコン40位にチャートインしているくらいだから、その勢いがなかなかのものだったことは想像できる。
 それくらいメジャー過ぎるアルバムなので、ほんとは最初、この次にリリースされた『Journey through the Secret Life of Plants』を取り上げようと思っていたのだけど、やっぱりやめてこっちにした。なぜかといえば…、単純につまんねぇ。
 「最終的に未公開となったドキュメンタリー映画のサウンドトラック」というインフォーメーションから、すごく期待値を下げて聴いてみたのだけど、いやいやこれはちょっと。同じインスト主体なら、変名でリリースした『Alfie』の方が数段マシに思えてしまう。
 Stevieの死生観と人生賛歌が反映された、ニューエイジの先駆け的に、ゆったりマッタリな音世界は、クオリティは高いんだろうけど、楽しめるものではない。一応最後まで聴いてみたけど、正直2度目はないな。
 で、この『Secret Life』、『Key of Life』から3年ぶり、満を持してのニューアルバムということで、モータウン社内は一段と盛り上がった。何しろ前作が未曽有の大ヒットだったものだから、営業サイドも初回プレスを高めに設定、イケイケモード全開でプロモーションを展開しようとした。
 そんな浮かれモードの中でただ1人、完成テイクを聴いた社長Berry Gordyだけは、危険な兆候を感じ取る。即座に営業を呼び出し、プレス枚数を大幅に減らすことを指示した。社長の気まぐれだ何だ、現場サイドはブーブー不満を漏らしたけど、フタを開けてみれば何とやら。アーティスティック寄り過ぎるサウンドはヒット要素に欠けており、メディアのほとんどは微妙な反応、当然、セールスも伸びなかった。
 何しろ2枚組だもの、単純に考えて返品在庫だって倍になるわけだから、販売計画だって慎重にならざるを得ない。リスクを最小限に抑えたという意味で、やっぱりBerry Gordyは辣腕経営者だった、と言える。まぁレコード会社経営なんて、バクチみたいなもんだし。

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 Stevie Wonder といえば、「音楽の天才だ」「すごい人だ」というのは、普通の音楽好きの間ではなんとなく通じると思う。じゃあ、「どうゆう風にすごいのか」と聞かれると、帰ってくる答えは千差万別になるはず。
 「幼少の頃から作詞・作曲をこなすマルチプレイヤー」という声もあれば、「70年代ニュー・ソウル・ムーヴメントのオピニオン・リーダーとして、大量のマテリアルを残した」という意見もある。80年代で確立された「愛と平和の人」というイメージもあるし。多分、世間一般ではこの印象が一番強いのかな。
 ただそれって、見た目のアーティスト・イメージであって、アーティスティック面・創作面とは、あんまり関係ない。芸歴も長いから、「何となくすごい人」というのは伝わっているんだけど、「名曲をいっぱい作った人」という認識がほとんどじゃないだろうか。

 テクニカル面でよく語られるのは、ジャズや古いブルースなど、ソウル以外の幅広い音楽的素養、それらを自在に組み合わせた独特のコード進行、そこから派生する天性のリズム感。音楽雑誌でStevieが形容される際の常套句である。間違ってはいない。いないのだけど、曖昧な表現だ。小難しそうに書いちゃうから、本質が伝わってこないのだ。
 もっと砕いて言っちゃえば、要するにこの人の才能とは、「何をどうやっても音楽になってしまう」ということ。
 何の準備も構想もなく、ただピアノの前に座り、適当にコードを押さえてスキャットしても、それがちゃんと形になってしまう。もっとラフなやり方で、手拍子に合わせてフフンとハミング、これでまた一曲。ドレミファソラシドだって、彼の手にかかれば、全然違う色合いになってしまう。チビッ子が書き殴った適当なアルファベットをコード表に見立て、即興でメロディつけちゃうことだって、お手のものだろうし。
 彼が動けばリズムが生まれ、唇が動けばメロディになってしまう。「生きてること即ち音楽」を無意識に体現できてしまうのが、Stevie Wonderのほんとの凄さだ。
 とは言ってもこのメロディ、Stevieが奏でる旋律は彼独自のものであり、簡単に歌いこなせるものではない。行き先不明・自由奔放なメロディラインは、ピッチを合わせることだけで精いっぱい、並のシンガーだったら実力不足が露呈してしまう。そりゃそうだ、作った本人が、整合性なんて考えてないんだから。
 よほど自信のあるシンガーじゃないと手をつけられない、それもまたStevie の生み出す楽曲の凄みである。

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 なので、特別本人が意識していなくても、アイディアはどんどん溜まってゆく。スタジオに入っちゃえば、沈思黙考する必要もない。何しろ音さえ出しちゃえば、ほぼそれでいっちょ上がり、ってな具合だし。
 そんな膨大なマテリアルの中から厳選されたいくつが世に出ているわけだけど、当然、1枚のアルバムを仕上げるためには、その何倍にも及ぶ没テイクが存在する。どれを完成品に仕上げてどれをボツにするのか、そのジャッジは当然Stevieが握っているのだけど、その基準は、彼のみぞ知る領域である。
 発表されれば大ヒット間違いなしと思われる名曲だって、アルバム・コンセプトに合わなかったり、はたまたその日の気分次第で、ボツになっている可能性もある。肩慣らし程度のセッションで閃いた魅力的なフレーズだって、「なんか違う」の一言でボツになってるかもしれないし。天才の基準とは、我々庶民とは全然違うモノサシなのだ。
 よほど著作権管理がしっかりしているのか、これまで未発表テイクの流出もほとんどないし、過去のアーカイブのデラックス・エディションも、興味がないみたいである。『Key of Life』のアニバーサリー企画の一環で、欧米で再現ライブが行なわれたけど、お蔵出しを追加した音源リリースはなかったし。
 新曲を作っても、ライブで発表して終わり、アルバムにまとめる気力もなさそうなのが、近年のStevieの状況である。まぁこのご時勢、新曲作ったって売れないしね。

 そんなStevieも、ライティング・ハイのピークにあった70年代は、取り憑かれたようにレコーディングを繰り返していた。閃いたアイディアを、思いついた先から、録って出し録って出し。録音が追いつかないほどの勢いを持ったアイディアの洪水は、『Key of Life』でピークに達する。
 ただここで全部出し切っちゃったのかそろそろ休みたかったのか、プロモーションを終えたStevieは、表舞台から姿を消してしまう。3年のブランクを置いて発表された『Secret Life』は、悟りを開いてしまったかのように禁欲的なサウンドでまとめられていた。確かにクオリティは高いんだろうけど、まぁあとは前述したような具合。その後は「愛と平和」の一直線、強い記名性はキープしながら、幅広い客層に愛されるコンテンポラリーな作風に移行して行く。
 まるでクリエイティヴィティの枯渇を予見していたような、そんな追い立てられる危機感を持ち、先陣を切って音楽シーンを疾走していたのが、70年代のStevie である。

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 1973年、『Innervisions』 完成後、Stevie を乗せて運転していた従兄弟の車が交通事故に遭う。重傷を負った彼の容態はかなり深刻で、4日間,生死の境を彷徨うことになる。意識が回復してからも、しばらくは味覚・嗅覚を失い、復帰するまでにはかなりの期間を要した。
 そんな状況の中、次回作『Fulfillingness' First Finale』のリリース・スケジュールは決まっていたため、万全な体調ではなかったにもかかわらず、Stevieは無理を押してスタジオ入りした。幸い、ほんとんどのベーシック・トラックは事故前に完成済みだったので、Stevie の負担は最小限で済んだ。
 3部作の最後を飾った『First Finale』は、前2作『Talking Book』『Innervisions』で顕著だった才気煥発さは薄れ、「Creepin」を代表とした穏やかなバラード中心に構成されている。精神・肉体とも癒しを求めていた、当時の彼の心境が強く反映されている。

 十分な休息を取った後、Stevieは再びレコーディングの現場に復帰する。ライティング・ハイの状態は変わらない。曲はいくらでも湧き出てくる。ただ、生死を彷徨う4日間を境として、彼は明らかに別人となっていた。
 一時的とはいえ、5感のうち3つを失ったことによる喪失感、それに伴う人生観と死生観の変化は、創作スタイルにも大きな変化を及ぼした。
 これまで強力な技術ブレーンとして、3部作の制作に大きく関与したMalcolm CecilとRobert Margouleffとは、契約がらみの問題でパートナーシップを解消していた。どちらにしろ、これまでの濃密なレコーディング作業を経て、Stevie 自身の技術スキルも向上、ほぼエンジニアの助けも借りずに、アナログ・シンセの操作は独りでできるようになっていた。それに加えて、ごく少人数で行なっていた3部作のレコーディングと違って、『Key of Life』に集約された音楽性は、明らかにベクトルが違っていた。

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 当時の最先端シンセTONTOを中心に構成された3部作でのサウンドは、公民権問題やベトナム戦争など、時代のイノベーターとしての代弁者的役割、社会的弱者への強烈なエールを含んでいた。ほとんど宅録に近いセルフ・レコーディングで生み出された音は、隅々までコントロールされ、入念に研ぎ澄まされていた。
 でもその音は、他人の介在を拒む。自己完結を目指して構築された空間は、それ以上の広がりを見せない。ここで展開されているStevie Wonder ワールドは、突き詰めて考えてゆくと、Stevie個人のエゴに収れんするのだ。
 『Key of Life』レコーディングには、総勢130名以上のミュージシャンが参加している。他者との関わり・多様な解釈を強く求めるため、ほとんどの曲はバンド・スタイルや大人数のコーラスで録音されている。
 モザイク様にからみ合った有機的アンサンブルは、強力なマン・パワーとなってサウンドをブーストする。それをバックに歌うStevie、ヴォーカルからにじみ出てくるのは、神への感謝と未来への希望。そのメッセージはあまりにストレートで力強く、中途半端な揶揄を寄せつけない。

 アーティストがいきなり「生への感謝/神へのリスペクト」なんかを語り始めたら、スピリチュアルにかぶれたか、はたまた日本語ラップにかぶれちゃったんじゃないかと思われがちだけど、ここでのStevie からは、そんな胡散臭さは感じられない。そりゃそうだよな、実際、そんな状況に出くわしちゃったんだから。
 実体験による言葉や行動は、重い説得力を増す。『Key of Life』で奏でられる音から放出されているのは、圧倒的なポジティブ・強い信頼感だ。斜め上から放たれる「すれっからしの皮肉」なんて吹き飛ばしてしまう、強靭な音楽の力、そしてそれを形成するマン・パワー。
 問答無用、とやかく言わせない音楽の誕生である。



Songs in the Key of Life
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1. Love's in Need of Love Today 
 邦題「ある愛の伝説」。バックコーラスを含め、演奏はほぼStevieの宅録状態。当時の最先端機材ヤマハGX-1を駆使して創り上げられたサウンドは、無機的な感触はほとんどない。
 2001年に勃発した米国同時多発テロから10日後に行なわれたベネフィット・ショウ『America : A Tribute to Heroes』に出演したStevieは、Take 6をバックコーラスに従えて、この曲をプレイした。普遍性を持つ楽曲は、時代状況を軽く飛び越えて、どの世代にもダイレクトに響く。



2. Have a Talk with God 
 邦題「神とお話」。スピリチュアルというよりはむしろ哲学的対話と言った印象の歌詞。1.に続いて宅録によるスロウ・ファンクは、もはやStevieの十八番といったところで、冷静ながら熱いパッションが込められている。
 リリースされてから30年後、Snoop Doggとのコラボで再注目された。こちらも時代を超えた普遍性を持つ。

3. Village Ghetto Land
 『Innervisions』に入ってても違和感ない、荒廃したゲットーの現状を静かに熱く歌い上げるStevie。シンセ音源によるストリングスの調べが、静かな怒りの序曲として、また鎮める力として作用する。

4. Contusion 
 夕方のFMの天気・交通情報のBGMでよく使われていた、案外耳馴染みの深いインスト・チューン。ギターを弾くのは、前作から参加のMichael Sembello。アルファベットで綴るより、カタカナで「マイケル・センベロ」と書いた方が、通りは良い。
 1983年、映画『Flashdance』挿入曲としてシングルカットされた「マニアック」は、日本でもスマッシュ・ヒットした。なので、アラフィフ世代にとってマイケル・センベロといえば、ギタリストといったイメージがあんまりない。

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5. Sir Duke
 3枚目のシングルカットながら、US1位・UK2位と大ヒットを記録した、数多いStevieの代表曲の中のひとつ。タイトルにあるように、Duke Ellingtonに捧げられたものだけど、その他にもCount BasieやGlenn Miller、サッチモやElla Fitzgeraldなど、スウィング時代のジャズ・レジェンド達にも敬意を表している。
 4人編成のホーン・セクションをバックに、高らかに謳われるジャズや音楽への憧憬は、Steveの原点であり、バンド・スタイルで演じたのが正解だった。スタジオ内で黙々打ち込みするような楽曲じゃないしね。

6. I Wish
 邦題が「回想」だというのを、実はいまさっき知った。邦題、あったんだ。別に「アイ・ウィッシュ」でいいんじゃね?
 大抵、プログレ界隈でフェンダー・ローズはリード楽器として使用され、幻想的なメロディを奏でたりするムード装置的な役割が強いのだけど、ここではほぼリズム楽器限定で使用されており、その分、冗長さがカットされてソリッドさが強く浮き出ている。
 大人数によって演奏されるStevieのファンクは、汗臭さが感じられないのが特徴。熱さはあるんだけど、どこか覚めている。そこが二流ファンクとの決定的な差でもある。

7. Knocks Me Off My Feet
 再び宅録による、静謐かつエモーショナルなヴォーカルが印象的なバラード。Luther VandrossやJeffrey Osborneなど、いわゆるブラコン系シンガーによってカバーされているけど、仏作って魂入れずっていうのか、雰囲気カバーで終わってしまっている。なので、開き直ってStevieクリソツに仕上げたGeorge Michaelヴァージョンが一番デキが良かったりする。

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8. Pastime Paradise
 Coolioによる「Gangsta's Paradise」の方が有名になってしまった、こちらもGX-1によるストリングスが強いインパクトを残すゴスペル・バラード。サンプリングし甲斐のあるトラックは、時代を経ても風化なんて関係ない。
 しかしここまでカバーについて書いてきたけど、変な正攻法バラードよりも、ヒップホップ勢による分解・再構築したトラックの方が出来がいいな。変に深読み・咀嚼して完コピするよりも、ノリの良さ優先で勢いで作っちゃった方が、結果的にStevieの本質に近づいている、って感じ。
 ただ、そんな正攻法も変化球も関係なく、我流を突き通して自分のモノにしちゃってるのが、Patti Smith。このオバちゃんでは、Stevieも恐らく歯が立たない。

9. Summer Soft
 序盤は地味なピアノ・バラードだけど、徐々に楽器が増えてバンドのテンションも上がり、カノン進行によるメロディに引っ張られてヴォーカルも力強くなってゆく。Ronnie Fosterによるオルガン・プレイは、多分彼の一世一代の名プレイ。メンバー全員が持てる力を出し切って、Stevieのテンションに必死に追いついている。俺的に、『Key of Life』主要曲以外では、もっとも好きな曲。
『Key of Life』セッションでは終盤でレコーディングされた曲で、ほんとはアルバム収録の予定はなかったのだけど、ギリギリの段階で収録が決まった、というエピソードがある。神様のいたずらによってお蔵入りを免れた、奇跡の楽曲。



10. Ordinary Pain
 LPで言えば1枚目ラスト、前半はStevieヴォーカルによるゆったりしたバラード、後半はなんとMinnie Riperton,、Deniece Williams、Syreeta Wrightら豪華メンツをコーラスに従えて、Shirley Brewerによるゴスペル・タッチのコール&レスポンス。豪華な舞台装置ながら、歌われている内容は痴話喧嘩の罵詈雑言。まぁ何でもアリだよな。

11. Isn't She Lovely
 殺気立った前曲から一転して、愛娘Aishaの声からスタートする、ほんとにラブリーなポップ・チューン。Stevieという人の守備範囲の広さがあらわれている。
 Stevieの強い意向により、なぜかアメリカではシングルカットされておらず、よって目立ったチャート・アクションは残していないのだけど、間奏のハーモニカ、フェンダー・ローズによる柔らかなリズム、そしてAishaを囲んだ家族の笑い声。「愛と平和の人」Stevieといえば、この曲を挙げる人も多い。午後ティーのCMソングとしてもお馴染み。


12. Joy Inside My Tears
 ほぼ独りでレコーディングしたバラードだけど、何か1.と曲調が似てるので、あんまり印象に残らない。膨大な没テイクを押しのけてこの曲が残ったのだろうけど、もっと残すべき曲、あったんじゃない?

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13. Black Man
 タイトル通り、長い間、迫害され続けてきた黒人の地位向上と、人種を超えた融和を訴えた、攻撃的なファンク・チューン。アクティヴな時は、フェンダー・ローズを使うことが多いStevie。メロディ主体はGX-1と使い分けてるんだな。
 この曲でよく論議されてるのが、8分超という長さ。Stevieのヴォーカル・パートは5分程度までで、その後、舞台は学校(?)へ移り、女性教師が「世界で初めて信号機とガス・マスクを発明したのは?」、生徒の子供たちが大きな声で「Garret Morgan!黒人!」とコール&レスポンス・スタイルで応える、というのが延々と続く。取り上げられるのは黒人に限らず、白人やネイティヴ・アメリカン、日本人も含まれており、人種の垣根をぶち壊したいStevieの主張が色濃く反映されている。
 長いっちゃ長いんだけど、前半のファンキー・スタイル/後半のラップ・パート、というスタイルは、同じ手法を繰り返すことを潔しとしない、イノベイターStevieとしての矜持が刻まれている。

14. Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing 
 使用楽器に「Koto synthesizer」と表記されている、オリエンタル調のバラード。日本人からすると、とても琴には聴こえない「なんちゃって琴」的音色なのだけど、当時の日本に抱くイメージってこんなもんだったろうし、充分通じたのかな。他にもアフリカン・タッチのパーカッションも入っており、クレジットを見ると大勢のミュージシャンが参加しているのだけど、あんまり目立っていない。もっとミックスのバランス考えればいいのに、と余計な心配までしてしまう。別な見方だと、贅沢な使い方とも言える。

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15. If It's Magic
 ハープをフィーチャーした、ほぼStevie独りによるバラード。何となくハープの音色から着想を得たような曲で、それ以上の面白さはあんまりない。この程度のバラードなら、いくらでも作れそう。

16. As
 前曲の凡庸さから一転して、ここから怒涛の名曲連チャンモードに突入。スペシャル・ゲストのHerbie Hancockによるフェンダー・ローズは、要所を抑えたファンキーなプレイ。厚みのあるゴスペル・コーラスは、どっしりサウンドを支える。後半になってフィーチャーされるDean Parksによるギター・プレイもスパイス的な効果で曲を締める。
 マザー・アース的な主張が色濃い歌詞は、深読みすれば果てしない。終盤に近づくほどハイテンションになるヴォーカルと対照的に、支えるバッキングはクレバーなリズムを刻む。そのコントラストがメッセージを浮き立たせる。
 またGeorge Michaelだけど、Mary J Bligeと組んで秀逸なカバーを残している。「またGeorgeかよ」って言わないで。だってうまいし、味もあるんだもの。



17. Another Star 
 アルバム本編ラストを飾る、8分に及ぶトラック。サンバのリズムを基調としながら、ヒヤリとした感触があるのはなぜなのか。大規模なホーンセクションとコーラス、アフリカン・リズムによるアクセントは、ダンス・チューンとしてはすごく秀逸であるはずなのに。これも深堀りしてゆくと、底に見えるのは孤高の天才の諦念だ。
 レアグルーヴではお馴染み、Bobbi Humphreyによるフルート・プレイが少しだけ聴ける。

18. Saturn 
 スペーシーなシンセの音色は、ちょっぴりプログレ風味。あんまりソウルっぽさは感じられない、ちょっと実験的なトラックとも言える。だから番外編なのかな。「僕は土星へ帰るのさ」というメランコリックな歌詞がスピリチュアルだけど、そこはあまり深く突っ込まず、「ちょっとプログレしてみました」的に生温かな目で見てあげた方がいいと思う。

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19. Ebony Eyes 
 ラグタイム風の気軽なセッション、と言いたいところだけど、これもドラム後録りなんだな。このアルバム、そんな疑似セッション的な曲がとても多い。これも多分、トークボックスで遊んでみたかったのか、ほぼワンコード・ワンアイディアで作っている。
 まぁ番外編だから、ということで入れたんだろうけど、これよりもっといい曲がボツになったことを思うと、何だか悲しくなる。

20. All Day Sucker 
 ちょっと「Superstition」の続編っぽさも感じられる、凝った構成のファンク・チューン。こういったワンコードの曲だったら、そりゃいくらでも作れるんだろうけど、どうしても似通っちゃうんで、没になる確率も高いんだろうな。Princeだってそうだもの、アウトテイクにコッテコテのファンク・チューンが腐るほどあるんだけど、オフィシャルではなかなか出てこなかったし。

21. Easy Goin' Evening
 エピローグ的なインスト・バラード。ハーモニカの調べは眠気を誘い、そして静かな終幕の時へ。






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オザケン「ラブリー」はこれが元ネタ - Betty Wright 『Live』


folder 前回、お兄ちゃんのMilton Wrightを取り上げた流れで、久し振りに妹Betty Wright 全盛期のライブ盤を紹介。1978年にリリースされた7枚目のアルバムで、セールス的にはキャリア最高を記録している。いるのだけれど、さすが70年代マイアミ・ソウルのジャケット、取ってつけたような手抜きデザインが香ばしい。
 最初に聴いた頃からずっと思っていたことだけど、このアルバム、ライブ盤のわりには妙にサウンドの分離が良い。時々聴こえてくる歓声も一定のレベルで鳴っており、曲が終わると同時にボリューム・レベルを上げた、という印象。まるでコント番組のSEのような雰囲気である。…ていうか、これって疑似ライブじゃねぇの?
 ネットで他のレビューを調べてみると、俺と同じ印象を持った意見が多い。さすがにヴォーカルと演奏はちゃんと収録してるんだろうけど、それだってスタジオ・ライブかもしれないし、人工的な歓声は何だか後付けっぽい。作りモノ感満載の怪しげな造りである。

 ただ、これはBetty に限った話ではない。70年代くらいまでは、このような過剰な編集が施されたライブ・アルバムが多かったらしい。商売っ気たっぷりなレコード会社の意向が最優先され、アーティストのプレイヤビリティなんて、鼻にもかけられなかった時代である。
 デビュー間もない頃のStonesだって、権利を持つデッカに相談のひとつもなく疑似ライブ盤(『Get Yer Ya-Ya's Out!』)を作られている。
 Beatlesだって、メンバーの意向?何それ?てな態度で無断でハリウッド・ボウルのひどいライブ盤をリリースされているし。
 ちょっとしたミステイクを、後日スタジオ・テイクに差し替えるのはよくある話だけど、YMO『公的抑圧』のように、権利関係のゴタゴタによって、ギター渡辺香津美のテイクをまるまるカットしたり、といったレアケースもある。
 近年だと、アンコール曲まできっちりセットリストに組み込んだパッケージ・ライブが主流となり、「どうせ毎日同じ流れなんだから、だったらいっそ、口パクでいいんじゃね?」と開き直るアーティストまで出てくる始末。ジャニーズAKB系を始めとするアイドルが口パクなのはまぁいいとして、トップ・アーティストがやっちゃいかんでしょ。
 そういえばMadonnaなんて、MCまで口パクだったもんな。全盛期のBay City Rollersなんて、ライブなのに曲がフェードアウトした、っていうし。
 話がズレちゃったな、ここまでにしよう。

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 マイアミ・ソウルのムーヴメントで一緒くたにされて売り出され、その後は大人の歌手への脱皮を図って、ブラコン方面へ行ってしまったBetty。
 今にして思えば、Tina Turner的な方向性もアリだったんじゃないかと思われるけど、時流に乗らないと、って思い込んじゃったんだろうな。当然、Roberta Flackのようにはなれず、せっかく築き上げた人気も急速に萎んでゆく。
 前回のレビューでも少し触れたけど、表舞台からクロスフェードするように裏方に回るようになり、その後は若手のプロデュースや育成などが主だった仕事になってゆく。「Joss Stoneを育てたのは私よ」と表立って言ったわけじゃないけど、原石を見極める眼力が強かったのは確かである。
 純粋な音楽的才能だけでは賄いきれない、高度な契約交渉やエージェントとの駆け引きなど、知性と洞察力が要求されるフィールドにおいても、彼女の才能は発揮された。だって兄貴同様、IQ高いんだもの、二流のビジネスマンでは到底太刀打ちできない。
 裏方としての評判と、広範に渡るコネクションを手に入れたBettyはその後、今度は時流を完全に捉えて若手ヒップホップ・グループのThe Rootsとがっちりコラボ、起死回生のヒットを放つ。誰も予想し得なかったベテラン・シンガーの覚醒は、大きな成功へと導いた。
 この辺までが、俺の知ってるところ。

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 ソウルのフィメール・ヴォーカルというジャンルは毀誉褒貶が激しいため、日本ではいわゆる流行りモノくらいしか紹介されず、往年のロートルになると国内発売さえされず、ろくに情報も入ってこない。それは今でも続いている。Diana Rossクラスでさえ、いま何してんのかわからないんだもの。それより知名度が低いクラスとなったら、もう生きてるのかどうかさえ定かではない。
 そう考えると、今もフェイスブックやツイッターでつぶやき続けているBettyは、充分現役と言ってもよい。まぁ、最後に見たショットは単なるネイル自慢だったので、直接音楽に結びついてるわけではないけど。
 いまだ現役感を放っている要因としては、近年のシンガーと比べて基本スペックの高さが段違いであることが挙げられる。加齢によるキーの衰えは仕方ないとして、声量は全盛期と比べて変化してないもの。
 Aretha Franklin やChaka Khan を始めとした、60〜70年代の貧弱なPAシステムで歌ってきた彼女ら世代からすれば、ミレニアム世代の歌唱力なんて、声を張り上げた囁き程度のレベルでしかない。オートチューンにもゲートエコーにも頼ることのない、アカペラだけでも充分金の取れる彼女らのパフォーマンスは、今後も揺るぐことはないだろう。
 スーパーの前でミカン箱をステージに、全国津々浦々回ってレコードを手売りして紅白出場まで登りつめた演歌歌手は、現場で鍛えられた地力がハンパない。貧弱なラジカセの演奏だけで、人の心をグッと掴んでしまうのだ。
 国や環境も違うけど、彼女らにはそんな共通したバックボーンがある。
 だから強いのだ。

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 このアルバムがリリースされた1978年は、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」に代表されるディスコ・ブームの真っ只中、チャートを見ると、猫も杓子もディスコばっかりになっている。
 ビルボードの年間トップ100を見てみると、上位はほぼBee Geesの無双状態、続いて新規勢力のChicやCommodoresがあとに続いている。Stonesだって、ようやくチャートインしているのが「Miss You」という体たらくで…、あれ、これって前にも書いたよな、確か。
 ただアルバム・チャートに目を移すと、単調なディスコから遠く離れたFleetwood MacやSteely DanらAOR勢も上位に食い込んでいるし、最も脂が乗っていた頃のBilly JoelやBoz Scaggsらがチャートインしていたりいる。Van HalenやTOTOもこの年デビューだったのね。
 なので、流行の上澄みだけすくい取って一様に判断するのは、ちょっと早計である。細かく見ていくと、それなりに多様なラインナップだったことが窺える。いま見ても豪華なメンツだもんな、CarsやDevoまでいるんだもの。

 ニューウェイヴの台頭とベテラン勢の弱体化とが相まって、この時期のロック/ポップス系の勢力図は百花繚乱なのだけど、ブラック・ミュージック界隈は極端に二分化している。シンプルな四つ打ちに加えて、ファンクの要素も取り込んで肥大化したディスコ/ダンス系か、しっとりまったりバラードのブラコン系、大ざっぱに分けると、こんな感じである。
 Marvin GayeやStevie Wonderクラスでもない限り、多くがその二大勢力に飲み込まれていった。金儲けと契約延長のため、と割り切って演じる者もいれば、会社に言われて仕方なく、「やらされてる感」を露わにした者もいたけど、まぁそれはどんな時代でも同じなのかな。我が道を貫き通すため、かたくなに路線変更を拒む者は、レコード会社から契約を切られ、引退するかドサ回りするかしか、選択肢がなかった。
 Bettyの場合、一応、ブラコンにもディスコにも手を出してみて、どっちも自分の適性に合わないと判断して、早々と身を引いた。セールス的に不振だったせいもあるけど、もし時流に乗ってドカンと売れたとしても、それはあくまで一過性のものであり、長く続くものではない、と判断したのだろう。
 裏方に回ること、そして前向きなドサ回りを選んだことによって、Betty は流行に惑わされず、結果的にアーティストBetty Wright の商品価値を貶めずに済んだ。
 それは歴史が証明している。

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 で、話は戻って『Live』。
 このアルバムをリリース以降のBettyは、古巣TKレーベル在籍のまま、突如ディスコ・クイーンにイメージ・チェンジ、内容よりジャケットのインパクトが強烈だった怪作『Betty Travelin' In The Wright Circle』を発表する。女性版Funkadelicの線を狙ったのか、それとも会社に言われて仕方なくやらされたんだろうか、ともかくジャケットも内容も黒歴史的なアルバムである。
 ネガティブな見方をすれば、このライブ盤だっていわゆる投下資本の回収、これまでのヒット曲を詰め込んだベスト・アルバム的な作りであることは否定できない。ディスコ・ソングばっかりで、みんな食傷気味だったマーケットの隙を突くような形のリリースは、ある意味、良いタイミングだったのだろう。みんながみんな、横並びにディスコばっかり聴いてるわけじゃないもんな。
 当時としても、すでに懐メロ扱いだったポジションを逆手に取って、敢えてファン・サービス的なヒット・メドレーを入れたことも、ヒットの要因だった。コンパクトにまとめることによって、グルーヴ感が引き立った印象が強い。
 そんな彼女の全盛期、その最期を記録したのが、この『Live』である。作りは雑だけどね。
 でも、中身は最高。



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1. Lovin' Is Really My Game
 アメリカR&Bチャート最高68位を記録した、泥臭いファンク・ナンバー。オリジナルは70年代アメリカのファンク・バンドBrainstorm 1977年のデビュー・アルバムに収録。アレンジはほぼそのまんま、どちらかといえばオリジナルの方がブラス・セクションのソウル色が強く、マイルドな印象。ここではライブということもあってノリ一発、前のめりな押しの強さ。

2. Tonight Is The Night
 1975年リリース、R&Bチャート28位を記録、彼女の代表曲として3本の指に入る絶品バラード。オリジナルのピロピロ奏でられるギターが好きな俺だけど、ここではほぼBettyの歌とベース、それとスネアのみ。それとタイミングよくかぶせられる歓声。疑似ライブ疑惑が取り沙汰されるきっかけとなった曲でもある。オリジナル4分程度だけど、ここでは倍の8分。正直、ちょっと長すぎ。もうちょっとコンパクトでもよかったんじゃね?

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3. A Song For You
 オリジナルはご存じLeon Russell一世一代の大名曲。様々に曲調が変わる、2分に及ぶイントロでじっくりタメにタメた後、ソウルフルに歌い上げるBetty。情感たっぷりではあるけれど、声質とはドライなため、あんまりねちっこい印象はない。徐々にホーンが盛り上がって熱も上がってゆき、ラストは大団円。お約束ではあるけれど、ここがひとつの見せ場である。

4. Clean Up Woman Medley
 (Clean Up Woman / Pillow Talk / You Got The Love / Mr. Melody / Midnight at The Oasis / Me and Mrs. Jones / You Are My Sunshine / Let's Get Married Today)
 12分に及ぶメドレーの最初を飾るのは、1971年にUS総合6位まで上昇した代表曲。タイトルにも書いたように、「オザケンの元ネタの人」と言った方が日本では通りが良い。Maria MuldaurやBilly Paul、Al Greenなど、当時のヒット曲やお気に入りを挟みながら、飽きさせず聴きいってしまうのは、やっぱバンドとシンガーの地力の強さだな。どんな観客にも対応できる柔軟性…、この歓声がもともとなのか後付けなのかはとにかく置いといて、実際のライブにおいてもこういったグルーヴ感を出していたことは、間違いない。



5. You Can't See For Lookin' 
 1973年にリリースされた、R&B73位を記録したストレートなバラード。あんまりにオーソドックス過ぎて、ダイナマイト・ソウル的なモノを求めるユーザーにはちょっと物足りないかもしれないけど、ライブではこういった緩急も必要。単なるノリ一発ではなく、しっとりしたアクセントを違和感なくつけられるのも、素養の問題である。

6. Where Is The Love
 ラストはこちらも大ヒットを記録したダンス・チューン。US総合96位だけじゃなく、UKでも25位とはちょっとビックリ。前のめり感がハンパないファンクの理想形。ただこの時点では、すっかりオールド・ウェイブとなっていたことも確か。泥臭くフューチャー感のないサウンドは、すでにマニアックなジャンルとなっていた。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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