好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Soul

アレサ・フランクリンについて、ちょっと語りたい。 - Aretha Franklin 『Through the Storm』

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 8月31日に催されたAretha Franklin の葬儀に出席し、彼はこうコメントを残した。
 -神の恩寵がなければ、こんな素敵なクイーンと出会うことはなかっただろうし、彼女が与えてくれた喜びを感じることもなかっただろう。
 -生命に与えられた最高の贈り物は、愛だ。間違っていることばかり話すこともできるし、そういうことは本当にたくさんある。しかし、私たちを自由にする唯一のものが、愛だ。
 再び愛を偉大なものにする必要がある。
 大物ミュージシャンの追悼コメントでは、ほぼ高確率で駆り出されるStevie、ウェットになり過ぎず不謹慎にもならず、感動的に場を盛り上げてくれる。
 「そりゃ悲しいことは悲しいけど、喪に服してるだけじゃ、何も始まらない。常に前を向いて、歩き続けなきゃダメなんだ」と、ポジティブな方向へ導いてくれる、そんな人である。
 ゴスペル・コーラス隊をバックに朗々と歌われる「As」は、間違いなく近年のベスト・パフォーマンスとして、多くの人々の記憶に残った。

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 ずいぶん前から容態が思わしくないという報道が流れており、いよいよ重篤か、というインフォメーションから訃報が届くまで、それほど時間はかからなかった。2010年代に入ってからは手術とツアー・キャンセルの繰り返しで、最後のアルバムを出す・出さないで二転三転していたけど、それもこれも体調不安から来るものだったのだろう。
 晩年は独立レーベルを興し、過去曲のリ・アレンジや単発的なコンサートや客演、断続的ながらマイペースな活動ぶりだったけど、度重なる手術や治療によって体力は奪われ、思うような活動はできていなかったんじゃないかと思われる。いよいよ最期となって、Stevie を始め、ごく親しい友人・知人のみを病床に招き、静かに看取られながら、76年の生涯を終えた。
 その後、世界中の有名無名のアーティストからミュージシャン、シンガー、リスナーらが思いのたけをツイートし、何らかのコメントを残した。8月16日は、「R.I.P.」のタグがネット上に入り乱れ、音楽を愛する者すべてが敬意を表し、喪に服した。
 ただ、日本では。

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 -「ソウルの女王」と呼ばれた、米音楽界を代表する黒人女性歌手、アレサ・フランクリンさんが16日、中西部ミシガン州デトロイトの自宅で死去した。76歳だった。米メディアが伝えた。がんを患い、数日前から危篤状態とされていた。今春には音楽フェスティバルの出演やコンサートが、直前になって医師の診断でキャンセルされていた。
 1942年、南部テネシー州メンフィスで生まれ、デトロイトで育った。美声で有名な牧師を父親に持ち、幼少時から教会でゴスペルを歌って過ごした。61年にデビュー。66年にアトランティック・レコードに移籍し「貴方だけを愛して」「リスペクト」「ナチュラル・ウーマン」「小さな願い」などが大ヒットした。
 グラミー賞を計18回受賞したほか、女性アーティストとして初めて「ロックの殿堂」入りを果たした。米政府が文民に与える最も名誉ある「大統領自由勲章」を受章した。(共同通信)

 単に海外プレスの記事を事務的に翻訳しただけ。思い入れもへったくれもない、取ってつけたようなベタ記事である。葬儀の模様が全米で生中継されるくらい、本国ではそれほどVIPな取り上げられ方であるにもかかわらず、日本での扱いといったらもう。
 ただこれ、共同通信だけが一方的に悪いわけではない。正直、日本でArethaの人気がそれほど高かったわけではない。
 誤解を恐れながら言ってしまうと、多くの日本人はAretha Franklin というシンガーをほぼ知らない。なので、なんで彼女の死が世界中でそんなに騒がれているのか、ピンと来ない者が多くを占めている。
 そう、われわれ日本人は、この偉大なシンガーの功績や魅力を、ほとんど知らない。
 かく言う俺もそうだ。

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 欧米での人気との大きな温度差の要因として、一度も来日を果たさなかったことが、よく取り沙汰されている。
 例えば、近年の例だとAdele。もともとライブ・パフォーマンスには消極的で、欧米でもそれほど回数はこなしていないのだけど、今どき珍しいほどCDが売れているアーティストである。対して日本では、これまで来日していないせいか、いつまで経っても扱われ方は地味である。本国イギリスでは、一家に1枚、彼女のCDがあるほどだというのに、日本では「なんか向こうでメチャメチャ売れてる歌手」以上の印象が伝わってこない。まぁAdele自身も、日本のマーケットなんて、大して重視していないんだろうけどさ。
 共同通信のインフォメーションにあるように、Aretha の全盛期は60年代後半とされている。ジャズ/ポピュラー色が強かったコロンビア時代は芸風が合わなくてパッとせず、アトランティックに移籍してからは、持ち前のゴスペル・フィーリングが全開となった、力強くソウルフルな作風が人気を呼んだ。
 この時期に来日を果たしていれば、今ごろ日本でも、Diana Ross程度の人気はあったかもしれない。ただAretha、日本に限らず世界進出自体、あまり積極的ではなかった。当時、人気を二分していたOtis Redding が、飛行機事故による不慮の死を遂げた事によって、極度の飛行機嫌いになってしまう。ライバルであったとはいえ、公私で親交もあったため、ショックも大きかったのだろう。

BluesBrothers

 多くの日本人が抱くAretha のイメージは、残念ながらアトランティック時代ではない。
 少なくとも俺世代に限って言えば、「Aretha Franklin」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、曲じゃなくて映画のはずである。
 そう、「ブルース・ブラザーズ」。
 3年の刑期を終えて出所したジェイクは、生まれ育った孤児院閉鎖の危機を救うため、弟エルウッドと共に、往年の人気バンド「ブルース・ブラザーズ」の再編に動く。こういうプロットって、多分「七人の侍」に影響されているよな。アメリカの映画人って、クロサワ大好きだし。
 不慮の解散後、メンバーはそれぞれの道を歩んでいた。すでに音楽から足を洗い、安定した生活を営んでいる者もいた。
 キーボード担当だったマーフもまた、今では下町のダイナーのオーナー・シェフとして、平穏な毎日を送っていた。かつては随分泣かされたけど、夫の更生に献身した妻アレサも、ささやかな幸せを噛み締めていたはずだった。
 そんな日常をぶち壊すような、かつてのバンド仲間、しかも不良白人たちの誘い。あやふやな態度のマーフに怒り心頭、アレサは彼に強く詰め寄る。
 「この先どうするのか、バンドを取るのか私を取るのか、はっきりしろ!」
 マーフ同様、更生したはずのトム・マローンも食事客のドナ・サマーも巻き込んだ、白熱のパフォーマンスが繰り広げられる。
 当時、そこまでのベテランと知らなかった俺は、この映画でアレサというシンガーを知った。当時は盛りを過ぎており、すでにとうが立ってもいたけど、その圧倒的な歌唱力と豪快さには、ただただ引き込まれた。なんだこのオバちゃん、何モノだ?メチャメチャカッコいいじゃん。
 -話が逸れた。「ブルース・ブラザーズ」について書くと、キリがない。この映画については、かなり前にあらすじも含めて書いてるので、詳細はそっちで。

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 俺世代を中心に盛り上がった「ブルース・ブラザーズ」だったけど、あいにく映画自体がカルト的な雰囲気だったため、当時はそれほど大きな盛り上がりを見せなかった。当然、Aretha の本業に反映されることもなく、もう少しだけ不遇の時代を過ごすことになる。前にもちょっと書いたけど、同じく出演していたJBもまた、この頃はパッとしなかったしね。
 70年代後半のディスコ・ブームには目をくれなかったのか、はたまた時流に乗れなかったAretha。原点回帰のゴスペル・アルバム『Amazing Grace』も、当時はそれほど注目されず、評価されるのは、ずっと後のことだった。
 潮目が変わったのは、80年代にアリスタに移籍してからだった。ソウル特有の泥臭さやもっさり感を漂白脱臭するため、職人Arif Mardin やLuther Vandross をサウンド・プロデューサーに迎えた。ヴォーカル・スタイルもDiana Rossみたいなソフト・タッチに変え、時流に即したブラコン路線で第一線に復帰することになる。
 でも俺、この時期はそんなに惹かれないんだよな、なんか守りの姿勢だし。同時期に復活したDionne Warwickのサウンド・フォーマットをまんま移植したようなサウンドなので、Aretha ならではの必然性を感じない。
 なんでArethaがRoberta Flackのモノマネしなくちゃなんないの?誰もそこら辺は求めていないはずなのに。

 俺の中のAretha 歴代ベスト・パフォーマンスとして、「ブルース・ブラザーズ」と双璧を成すのが、これ。



 2015年に行なわれたケネディ・センター名誉賞の祝賀公演。受賞者であるCarole Kingを讃えるステージにて、スペシャル・ゲストとして登場したAretha は、ピアノ弾き語りで「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を披露した。途中からコーラスが入り。終盤に連れて盛り上がる編成だったけど、もうそんなの関係ない。強烈なエゴの放射、そして吸引力で自分の世界に引き込み、「いいから黙って聴けや」と強要するそのプレイは、誰も制御できない。観衆の首根っこをつかみ、強引に耳の穴かっぽじって音を流し込む。
 そんなパフォーマンスを目の当たりにして、狂喜乱舞するKing、そして熱い目頭を抑えるオバマ大統領。いやほんと、すごいんだからコレ。

 いつ何時でも、圧倒的な力の差を見せつけるドヤ顔のAretha。年を追うごとに増長する傲慢ぶりは、すでにアリスタ時代にも現れている。
 で、『Through the Storm』。これまでもKeith RichardsやGeorge Michaelなどビッグ・ネームを投入し続けてきたアリスタ、ここでもElton JohnやFour Topsなど、豪華で多彩なゲストで華を添えている。前作『One Lord, One Faith, One Baptism』がゴスペル・ライブ・アルバムだったため、チャート的にはパッとせず、その反動もあってか、営業の踏ん張り具合が察せられる。大きな目玉として、公私ともに面倒を見続けてきたWhitney Houstonが参加している。当時、アリスタの屋台骨を支えていた彼女の参加は、話題を集めるには充分だった。
 ただ、これだけのキラ星なメンツも、アリスタのコネクションあってこその人選だったという事実。いわゆる「お仕事」的な感覚か、もしくは「ガキの頃からの憧れの人との共演」といった、リスペクトまる出しのパフォーマンスばかりなので、Arethaを喰ってしまうほどの勢いには欠けている。まともに立ち向かって勝てるはずがないし、だったら変にかき回したりせず、盛り上げ役に徹する方が賢いのは確かだし。
 そんな中でただ1人。
 クイーンだリスペクトだ、そんなの関係ねぇ、と我が道を貫く者がいた。
 稀代のソウル・クイーンに対抗するには、同等の強いキャラ、ゴッドファーザーを持ってして、毒を制するほかない。
 その名は、James Brown 、ゴッドファーザー・オブ・ソウル。
 「やっぱJB」。これが言いたかった。


Through the Storm (Expanded)
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1. Gimme Your Love (duet with James Brown) 
 もうお腹いっぱい。これ一曲だけでそんな印象。なんたってArethaとJBだもの、カツカレーとラーメン二郎の食べ合わせみたいなもの。のっけからカマすために1曲目に入れたんだろうけど、なのになんでシングル・カットされたのが4枚目と遅かったのか。あまりに印象が強いため、アリスタ営業も、とっくの昔にシングル切っちゃってる勘違いしちゃったのか。
 デュエットとはいえ、実際のレコーディングでは顔を合わせなかったらしいけど、もうそんなの関係ない。エゴとエゴのぶつかり合い。プロデューサー Narada Michael Waldenがどうにかバランス良さげにまとめてるけど、まぁ2人ともやりたい放題。ゴジラとガメラがガチでぶつかり合ったら、こんな感じなんだろうな。
 で、アルバム・ヴァージョンとは別に、シングルでは別ミックスが収録されているのだけど、リミックスを担当したのが、なんとPrince。この2大怪獣のせめぎ合いを素材として、「Purple Mix」の名のもと、「殿下の理想とするハイパー・ファンク」を構築しようとしながら、結局はJBリスペクトになってしまっている。
 やっぱJB。そして、彼ら2人を掌の上で操るソウル・クイーン。



2. Mercy
 大仰なプリセット音シンセとオーケストラ・ヒット、いま聴けばチープなシンセ・ブラスが時代性を感じさせるけど、そんなの関係ない。この時期くらいからArethaのヴォーカルはドスが効き始め、若い頃のパッション全開のスタイルより幅が増している。いわゆる横綱相撲だな。
 上辺のサウンド・デコレーションに惑わされてはいけない。確実にArethaは進化している。

3. He's the Boy
 「Think」のリメイクを除けば、このアルバム中、唯一のAretha書き下ろしナンバー。この曲のみNarada Michael Waldenは絡んでおらず、彼女自身のプロデュースとなっている。こういったジャジーなピアノ弾き語りブルースなら、多分いくらでも書けるんだろうけど、この時期にここまでストレートなアコースティック・タッチは貴重。なので、2.で触れたヴォーカルの妙は、この曲の方がわかりやすい。

4. It Isn't, It Wasn't, It Ain't Never Gonna Be (duet with Whitney Houston)
 FMでもさんざん流れまくった、このアルバムの目玉トラック。クレジット序列的にはJBが上だけど、当時アリスタの稼ぎ頭筆頭だったWhitneyをフィーチャーした方が、営業戦略的には好都合だった。とはいえUS・R&Bチャートでは最高41位と、思ってたほどではない。日本のラジオではよく聴いたんだけどな。
 Arethaとしては、その格下であるWhitneyの人気に便乗する形に見られてしまうのがイヤで、このデュエット企画もさんざんごねたらしいのだけど、説得された挙句、個別にレコーディングするという妥協案に落ち着く。アリスタ社長Clive Davisに拝み倒されてしまったとはいえ、お局様を怒らせたくないもの。
 なので、迫真の掛け合いやアウトロ近くのコール&レスポンスも、すべては編集の賜物。大人の風格で胸を貸す余裕かと思ってたけど、やっぱArethaも女だったのね。



5. Through the Storm (duet with Elton John) 
 ちなみにこれと4.、作曲でクレジットされているのがAlbert Hammond。どっかで聞いたことある名前だよな、と思ってたら、70年代に活躍していたシンガー・ソングライターだった。代表曲は「カリフォルニアの青い空」。ごめん、名前は知ってたけど、興味ないのであんまり知らない。
 タイトル・トラックにして、シングル・カット第1弾、当然営業的にも力が入り、US16位にチャートイン。まぁでもそれだけかな。あまりに守りに入ってる曲なので、Eltonはともかく、Arethaが歌う必然性が薄い。

6. Think (1989) 
 言わずと知れたリメイク。猫も杓子も冗長なダンス・ミックスに手を出していたご時勢だけど、いま聴くと…、まぁしゃあねぇか。
 どうせなら殿下にまかせてドロドロのファンクに仕上げるか、または4.のリミックスで参加しているTeddy Rileyにヒップホップ・タッチで仕上げてもらえばよかったのに、というのは余計なお世話か。

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7. Come to Me
 80年代の悪しきブラコン臭漂う、毒にも薬にもならないナンバー。あまりに無難すぎるため、一瞬、Arethaのアルバムであることを忘れてしまうくらい。なんだこの「Endless Love」もどきは。ArethaもArethaだよな、もっとぶち壊すくらいの勢いでやれよ。

8. If Ever a Love There Was (with the Four Tops and Kenny G)
 とはいえプロデューサーとしては、アリスタ側から「Endless Love」の拡大再生産的なサウンドをオファーされていたのだろう、と察せられる。そう考えると、ArethaもLevi Stubbsも、ある意味、被害者である。こういったサウンドが持てはやされた時代であり、当時、パワー・ダウン気味で自信が持てなかった彼らは、時代の趨勢に従わざるを得なかったのだ。懸命にブラコンを演じているその姿は、涙なしには語れない。
 でもKenny G、お前には同情できない。



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80年代のスティーヴィーをあなどってはいけない。 - Stevie Wonder 『Characters』

folder 1987年リリース21枚目のオリジナル・アルバム。大ヒット・シングル「Part-Time Lover」収録の前作『In Square Circle』からチャート的には急転、US最高17位、UKでも最高33位と、大幅に落ち込んだ。特にアメリカでは、1972年リリース『Music on My Mind』からの連続トップ10入りがここで途切れ、Stevie不敗神話の終焉を告げることになった。
 1987年のソウル/R&Bシーンといえば、Michael JacksonとPrinceの2大巨頭が幅を利かせていた。彼らが食い尽くした残りを、Jody WatleyやAlexander O'Nealらブラコン勢が分け合っていたのだけど、徐々に勢力を拡大していたのが、LL Cool JやPublic Enemyらのヒップホップ勢だった。チャート上ではまだまだ及ぶところではなかったけれど、10代を中心に強い支持を得ており、その影響力はロートルたちにとっては脅威だった。当時、UKロックが中心だったロキノンでも、彼らのインタビューやフォト・ショットが掲載されていたくらいだから、その勢いは窺い知れる。
 そんな状況だったため、キャリア的にはオールド・ウェイブに属するStevieの存在感は薄れつつあった。これもまた、歴史の必然か。

 『Secret Life of Plants』以来のセールス不振が響いたのかどうかはわかりかねるけど、これ以降、オリジナル・アルバムのリリースに慎重になったStevie、次作『Conversation Peace』は8年のブランクを置いてのリリースとなっている。とはいえ、その間にも傑作サントラ『Jungle Fever』を手がけたり、多数の客演やイベント出演をこなしていたため、表舞台から遠ざかっていたわけではない。八面六臂、あまりにアクティブな活動ぶりだったのだけど、アルバムという形態には、なぜか積極的ではなくなっている。
 齢37歳とはいえ、芸歴の長いStevieゆえ、アルバムを作ることは、さほど難しいことではない。それほど気張らなくても、ササっとスタジオ入りして、チャチャっとエレピで弾き語れば、そこそこの作品はできてしまう。もともとのポテンシャルが段違いだから、どれだけ安直な作りでも、それなりの評価もセールスも着いてはくる。くるのだけれど、芸歴が長い分、評価基準は相当高いはずだから、没になる作品も相当あると思われる。ましてや、満を持して世に出したはずの『Characters』が、思ったほどの評価・セールスを得られなかったものだから、ますますアルバム制作に消極的になっちゃたのかもしれない。

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 80年代のモータウンにおいて、Stevie以外でセールスを支えていた一人が、Lionel Richieである。Earth, Wind & Fireからスピリチュアル風味を抜いたディスコ・バンドCommodoresを経てソロに転身、爽やかなAORポップ・ソウルと、圧の強い馬面とのミスマッチ感は、強いインパクトを与えた。
 その対極として、「元祖Prince」と称される下世話なポップ・ファンクのRick James、80年代女性ブラコン・サウンドの牙城を築くことになるJody Watleyを輩出したShalamarらが、後に続く。
 この時期になると、モータウンも明確なコーポレート・カラーを打ち出すこともなくなり、単なる独立系レーベルのひとつでしかなかった。Rockwell もDeBargeも、モータウンの看板で活動してはいたけれど、彼らが奏でる音は、別にモータウンを名乗る必要もない、そんなものだった。

 そんな中、Stevie はといえば。
 この頃のモータウンは、Diana Ross もいなければMarvin Gaye もいない、TemptationsもFour Topsもとうの昔にレーベルを去っていた。Stevieより年上で残っていたのはSmokey Robinsonくらいで、もう半分リタイアの状態だった。
 かつて隆盛を誇った名門モータウンの栄光もはるか昔、全盛期を知っているアーティストは、数えるほどしか残っていなかった。入社した頃は一番歳下だったのに、月日を経ていつの間に、Stevieが一番の古株になってしまっていた。
 10代の多感な時期から身を置いてきた彼にとって、モータウンとは単なる会社ではなく、もはや人生の一部、拡大家族のような存在だった。なので、他のアーティストらと違い、モータウンを辞めるという選択肢は、彼の中にはないのだ。
 兄弟親類のように過ごしてきた諸先輩がいなくなっても、彼はモータウンに居続けた。1972年、本社機能がデトロイトからLAへ移ったことによって、かつてほど親密なムードは薄れてしまったけど、それでも家族企業的な雰囲気は残っていた。
 月日を経て、ほとんどの現場スタッフは歳下ばかりになった。本社の人間も、自分より社歴が長い者は少なくなった。月曜朝恒例のシングル選定会議は続いていたけれど、生え抜きのスタッフより外部から招聘された者が多くなっていた。銀行や弁護士、会計士上がりの経営幹部が口を出すようになり、ビジネスライクな雰囲気が蔓延していた。
 自転車操業ながら、会社は存続し続けている。
 でも、そこにクリエイティブさはない。
 Stevieの居場所は次第に狭まりつつあった。

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 そんな経緯もあってか、80年代に入ってからのStevie、音楽以外の課外活動に精を出すようになる。
 レコーディングの主導権を握った70年代から俺様ペースの活動ぶりだったStevie だったけど、80年代に「愛と平和の人」というキャラ付けが定着してからは、それに拍車がかかる。ユニセフだ国連だエイズ救済だ、その幅広さといったらハンパない。
 レーベル・オーナーであり、育ての親的存在でもあるBerry Gordyさえ、もはやStevieに強く進言することはできなかった。かつてほどの勢いはないにせよ、Stevieのニュー・アルバムといえば、それなりに大きな売り上げが見込める。経営陣からすれば、金にならないボランティアより、目先の利益を優先してほしいところだったけど、社内ではもはや敵なし、いわば影のCEO的なポジションである。そりゃ誰も物申すことなんてできない。
 とはいえ、そこは愛と平和の人Stevie 、単なる傍若無人だったわけではない。レーベルの屋台骨を支えているといった自覚は誰よりも強かった。Gordyを含め、古参スタッフへの切実な想いもあったわけだし。

 そんな経緯で制作されたのが、この『Characters』。やっと辿り着いた。
 80年代のStevieを象徴する曲はといえば、「心の愛」と「Part-Time Lover」である。デジタル・シンセをメインに据えた、プリセット音丸出しの薄いサウンドは、時代に消費し尽されたせいもあって、やたら古臭く聴こえてしまう。
 同じシンクラヴィア使いでも、まだ発展途上だったヒップホップをいち早く導入したHerbie Hancock と比べて、Stevie のアプローチは極めてオーソドックスである。カットアップやサンプリングなど、リズム主体のHerbieに対し、Stevieのサウンド・メイキングはメロディ主体であることが多い。特に「心の愛」で顕著なように、せっかくのDX7もエレクトーンに毛が生えた程度の使われ方で、お世辞にもクールさは感じられない。
 『Characters』では、マシン・スペックの向上と操作性のこなれもあって、次第に初期MIDIのようなモッサリ感は軽減されている。『BAD』をリリースして間もないMichael を筆頭に、Stevie Ray Vaughan、B.B. Kingとゲストも豪華、話題性は充分なはずだった。
 なのに、本国アメリカではパッとしない売り上げで終わってしまう。そんな『Characters』だったけど、日本ではオリコン最高13位にチャートインしており、そこそこ売れている。Michael とのデュエット「Get It」もリリース前から大きくフィーチャーされ、特にFMでは大量オンエアされていた。
 なのに、いまだ日本でもアメリカでも、印象が薄いアルバムである。
 なぜなのか。

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 強力なポイントゲッターの不在、併せて若手育成の遅れによって、新陳代謝が捗らなかったモータウンは、80年代に入ってから、慢性的な経営不振に悩まされることになる。
 -1988年6月、Gordyはモータウンの所有権をMCAレコードとボストン・ヴェンチャーズに6100万ドルで売却し、これまで維持していた独立系レーベルとしての寿命を終えた。1989年、モータウン・プロダクションズをモータウン重役のスザンヌ・ド・パスに売却し、社名をド・パス・エンタテイメントと改名した。事実上、モータウンの消滅だった。
 その売却契約の際、Gordyは条件のひとつとして、こんな一項を設けた。
 「Stevie Wonder の承諾を得ること」。
 「彼を説得できない限り、この契約は無効」とも。
 単なる所属アーティストではなく、Stevie Wonderこそモータウンの顔であり、象徴であることをGordy自身が認めていた、というエピソードである。遅きに失した感もあるけれど、Stevieにとっては最高の栄誉だったことだろう。

 そんなお家騒動の最中に作られたアルバムである。レコーディング時期は86~87年の間に断続的に行なわれている。ツアーの合間にレコーディングされたのか、いつものワンダーランド・スタジオ以外に、ロンドンやモービル・ユニット(移動式スタジオ)もクレジットされている。
 まんま 『BAD』テイストの「Get It」が大きな売りとなっているけど、それ以外にも70年代ニュー・ソウル期を彷彿させるアコースティック・ナンバーも収録されており、デジタル一辺倒な構成ではない。むしろ『Key of Life』以降では、最もバラエティ色に富んだアルバムとなっている。
 この時代の特徴で、アルバムからのシングル・カットは、なんと6枚。チャート的にはどれも大きなブレイクには繋がらなかったけど、モータウン営業サイドの力の尽力具合は伝わってくる。
 ただ、前述の売却騒動の最中だったこともあってか、Stevie 、あまり表立ったプロモーション活動は行なっていない。すっかり代替わりしてしまったレーベル・スタッフとソリが合わなかったのか、それとも課外活動へ心が行っていたのか。
 まぁ会社の存亡にかかわる微妙な時期、中途半端に関わって抗争に巻き込まれるのを避けたのか、ビジネスマンだらけの経営陣には愛想を尽かしていたのかも。どちらにせよ、モータウンと距離を置いていたのが、この時期のStevie である。
 穿った見方をすると、一連の課外活動なんかも、純然たる奉仕精神だけじゃなく、モータウンの魑魅魍魎を遠ざける自衛策だったんじゃないか、とさえ思えてしまう。「愛と平和の人」とはいえ、身内のゴタゴタは聞きたくないものね。


Characters
Characters
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Stevie Wonder
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1. You Will Know
 2枚目のシングル・カットとして、US77位。たゆたう水面のようなシンクラヴィアの音色をバックに、流れるように、時に力強く導き出されるメロディ。浮遊感あふれるエフェクトやコーラスも、すべてStevie独りで創り上げたもの。これだけ人工的な響きばかり使っているのに、プラスチック感がまるでないのは、やはりポテンシャルの違い。ていうか方向性の違い。Roger Troutmanがカバーすると、もっとファンキーな感じに仕上げるんだろうな。

2. Dark 'n' Lovely
 作詞でクレジットされているGary Byrdは、ニューヨークのラジオDJでありパフォーマーでありシンガーソングライターでもあるマルチプレイヤー。Stevieとは『Key of Life』からの長い付き合い。「Black Man」を書いた人として、ごくごく一部では有名である。何かしら社会的な義憤や怒りを感じた時、Stevieは彼とコラボするらしく、ここではアパルトヘイト政策を痛烈に批判している。
 とはいえ、かつてのように怒りをストレートに表現するのではなく、あくまでエンタテイメントのフィールドの中で、ポップでファンキーなトラックに仕上げている。怒ってる素振りを見せることが目的ではない。遠回りながらも、伝わりやすい形で実情を訴えることが重要なのだ。
 ちなみにこっそりだけど、元妻Syreetaがコーラスで参加している。ずいぶん昔に別れたはずなのに、まだ関わり合いがあったのね。

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3. In Your Corner
 60年代モータウン・ソングを80年代に蘇生させたような、いわゆる「Part-Time Lover」タイプのポップ・ファンク。適当にフェアライトをいじくってハミングしてるうちに出来上がっちゃったような曲なので、まぁ軽いこと。デジタル臭が強いトラックと、後付けの単調なコーラス。特筆するほどの楽曲ではない。まぁこんな肩の凝らない楽曲も、ひとつくらいはあってもいい。

4. With Each Beat of My Heart
 とはいえ、そんな軽い楽曲の後に、こんな絶品バラードをぶっこんで来るStevieなのだった。油断も隙もないよな。自らの心臓の鼓動をベース・リズムに使っているせいもあって、ゆったり安心して聴ける。US・R&Bチャートで最高28位。

5. One of a Kind
 で、4.のような普遍的なバラードは書こうと思えばいくらでも書ける人なので、この時期のStevieは、敢えてアルバムの楽曲ではアップテンポのエレクトロ・ファンクを志向していたんじゃないかと思う。それが顕著にあらわれているのがこれと6.で、同時代性をかなり意識したサウンドで構成されている。モデルケースとなっていたのは、もちろんMichael。ダンスはできないけど、彼のようなダンスフロア仕様のサウンド・デザインを模索している。

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6. Skeletons
 同じモータウンの釜の飯を食ってきた2人ではあるけれど、当然方向性は微妙に違うわけで、フィジカル面ではどうしても劣るStevieの作るアップテンポ・チューンは、どうしても密室性が強い。なので、どれだけMichaelをモチーフにしたとしても、仕上がりはむしろPrinceのテイストに近い。ただ、当時の殿下に顕著な猥雑性は薄い。なので、結局はStevieのエゴが強く反映された楽曲になってしまう。

7. Get It
 それならいっそ、そのMichaelと一緒にやっちゃえばいいんじゃね?と言ったかどうかは知らないけど、がっちりコラボしたのが、これ。Stevieが望んでいた、高性能なエレクトロ・ダンス・ファンクに仕上がっている。
 聴いてみれば何となくわかると思うけど、ヴォーカルは同録ではなく別録り。2人のスケジュールが合わなかったため、まずStevieがロンドンでヴォーカル録りを行ない、そのマスターテープを来日公演中だったMichaelへ送付、東京のスタジオでレコーディングした、という経緯がある。
 Michaelとのデュエットということで別のスイッチが入ったのか、やたらファンキーでシャウトを繰り返すStevieがここにいる。対してMichael、当時のイケイケ状態のまんまの横綱相撲、といった具合。自分から望んで招聘したはいいけど、どうにか主役を食われないよう足掻くStevieの奮闘ぶりが見えてくる。



8. Galaxy Paradise
 宇宙をテーマに何か作ろうと決め、シンクラヴィアをいじってるうちに出来上がっちゃったような曲。テープ逆回転で始まるオープニング、奔放なスキャットなど、自由に作るとStevie、だいたいこんな感じで収まってしまう。コードに縛られることのない自由な展開でありながら、どうにかまとめてしまうのも、通常営業。並みのミュージシャンならとっ散らかってしまうところを、そこは強引な力技で仕上げてしまっている。

9. Cryin' Through the Night
 Stevieは基本、優秀なパフォーマーであり、ソングライターとしてのスキルはピカイチであることは、誰も否定しないだろう。先に書いたように奔放な力技の人なので、かっちり作りこんだメロディには、あまり重きを置いていない。誤解がないように言えば、聴く者を感動させるのではなく、自身が歌って気持ちいいメロディを探して歌っているのが、Stevie Wonderというシンガーである。
 歌唱の快楽を突き詰め、それでいて直感に導かれて生まれたメロディは、とても美しい。なので、もっとシンプルなアレンジで聴きたくなる。

10. Free
 で、その優秀なパフォーマーの側面と熱いメッセージ・シンガーのリミッターを外したのが、レコード版ラストのこの曲。「As」を思い起こさせるラテン・テイストとゴスペルの融合は、向かうところ敵なし。ある意味、最強の合わせ技なので、誰も太刀打ちできない。終盤に近付くに連れ、熱を帯びてくるヴォーカル、終始クレバーなBen Bridgesによるアコースティック・ギターの音色、すべてが名曲感を漂わせている。



11. Come Let Me Make Your Love Come Down
 レコードでは容量的に収録できず、CDではボーナス・トラック的な扱いになっている。御大B.B. KingとさすらいのギタリストStevie Ray Vaughanが参加しており、十分な目玉であるはずなのだけど、なぜかおまけ扱い。なんだそれ。
 ただ、実際に聴いてみると、Stevie的には『Characters』は「Free」で完結しており、営業的な要請で収録したんだろうな、というのがわかる出来栄え。彼ら向けにブルース・チューンを書き下ろしたものの、あまりにシンセで埋め尽くし過ぎて、フォーカスがぼけた仕上がりになってしまっている。当時流行ったんだよな、こういったモダン・ブルースのサウンドって。これでClaptonも一時気の迷いがあったくらいだし。
 シンクラヴィアで構成されたバック・トラックに合わせ、アウトロでギター・バトルが繰り広げられているけど、まぁ騒々しくてあんまり面白くない。まぁ余興ってとこだな。

12. My Eyes Don't Cry
 なので、変に既存のブルースに寄り添うより、シンクラヴィア一色で埋め尽くしたエレクトロ・ファンクのこの曲の方が潔い。コーラスの使い方なんかに、若干のストリート感が反映されているため、『Jungle Fever』への萌芽が垣間見えてくる。



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1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

1750

 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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