好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Singer Songwriter

「女」であり、「母」であるということ。 - Laura Nyro 『Mother's Spiritual』

51iRe5jF6VL 1984年リリース、前作『Nested』から6年ぶり、7枚目のオリジナル・アルバム。US最高182位という成績なので、正直、あまり知られてない作品である。彼女が精力的に活動していたのは60年代末から70年代にかけてなので、後期の作品はどうしても印象が薄い。

 以前、初期のLauraの歌が苦手だと書いた。それは今も変わらない。
 一般的にLaura Nyroといえばその初期のイメージが強く、「キリキリ張り詰めた切迫感」「むき出しの激情ソング」という枕詞で紹介されることが多い。実際、認知度が高いのも、初期の3作に集中しているし。
 対して後期の作品は、チャート・アクションが示すように印象が薄く、日本でも本国アメリカでもやんわりとスルーされている感が強い。激動の時代を駆け抜けた後のウイニングラン、いわば全力疾走でゴールした後の余韻で作られたもの、と受け止められている。磨かれる前の原石は魅力的だったのに、いざ磨いちゃうとイヤ実際うまくまとまってはいるんだけど、変に角が取れすぎちゃって新鮮さが失われたというか。

 Lauraに限った話ではなく、キャリアの長いシンガー・ソングライターの多くは、こういったジレンマを抱えている。サウンド・メイキングの多様化を「商業主義に走った」と一蹴され、ソングライティングのスキルが上がると「技巧に走った」と責められる。
 粗野でアラの目立つ初期作品より、完成度は確実に上がっているはずなのに、古くからのファンは、いつまでも全盛期と自身の青春期とをオーバーラップさせてしまう。なので、彼らは音楽的なクオリティより、初期衝動や未完成のサウンド・スタイルを好む。
 まぁ、わからなくはないけど。

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 デビューから一時休業までの彼女にとって、音楽とは人生のすべてであり、思いのたけをぶつける手段だった。ソウルやジャズ、ゴスペルをルーツとした彼女の歌は、未加工の素材が放つ儚げな美しさを醸し出していた。白人版Nina Simone とも称されるソウルフルなヴォーカルやパフォーマンスは、あのMiles Davisさえ一目置くほどだった。
 むき出しのエゴと相反する少女性。ピアノ、そして音楽そのものとガチで格闘するかの如く鬼気迫るプレイは、ライブだけでなく、残されたスタジオ音源からも露わになっている。
 この時代のLauraに音を楽しむ余裕はない。そこにあるのは、叩きつけるピアノと絞り出す肉声、音楽そのものをねじ伏せようと足掻く力技だ。
 音楽だけでなく、自らを取り巻くすべてに対して、シリアスにならざるを得ない時代だった。自分の表現を押し通すため、拳を握り奥歯を噛みしめることが、60年代を生き抜くライフスタイルだった。身を守るために尖らせたヤマアラシの棘は、聴く者の心を搔きむしり、時に容赦なく深い傷痕を残した。

 70年代に入り、潮が引くように喧騒が収まり、真空状態のような空白が訪れた。平和な時代の到来と共に、棘はその突き刺す対象を失った。握りしめた拳はぶつけるべき対象がなくなり、ただ虚を打つばかりだった。
 どこかに怒りをぶつけていないと収まらない者は、時代のステージから降りていった。怒りの対象は曖昧模糊に形を変え、巧妙に表舞台から姿を消していた。60年代の余韻は怠惰と虚無に紛れていった。
 憑き物が落ちたように、Laura もまた、握りこぶしと張り詰めていた糸を緩めた。パートナーを見つけ、そして新たな命を授かった。かつて心の寄る辺にしていた音楽に取って代わり、新しい家族が彼女にとっての生きがいとなった。
 そして彼女は一旦ステージを降り、家庭に入る道を選んだ。それに伴って、引きつっていた笑顔が少し和らいだ。子ども相手には、その方がよい。

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 ハイペースでアルバムをリリースしていた引退前と比べ、復帰後の彼女のリリース・ペースはひどく緩慢になった。
 一時、音楽業界から身を引き、客観的な視点を身につけたLaura の音楽は、明らかに変化した。素朴なピアノ弾き語りと、豊かな表現力を持つ歌声だけで成立していた初期と比べ、ジャズ・フュージョン系のミュージシャンを多く起用して、緻密なアンサンブルを構築するようになったのが後期である。ネガティヴな恋愛観を主軸としたパーソナルな世界観は一掃され、家族愛や自然への賛美など、地に足のついた一人の母親の目線は、後期に培われた。
 それは、音楽のミューズに愛されたアーティストとして、成長の証である。でも大抵、古くからのファンは劇的な変化を嫌う。いつまでも「あの頃」のLauraを求めてしまうのだ。前を向いて進むアーティストにとって、それはめんどくさい相手である。

 あまりにテンションの高いパフォーマンスゆえ自制が効かず、例えばレコーディングにおいても、テイクごとに全力を使い切ってしまう。体力的な問題もあったのか。ほぼリテイクなし・一発録音で仕上げていたのが、初期のLaura である。細かなアラやミスプレイもなんのその、整合性よりエモーショナルな部分を重視していたため、バック・トラックにまで気を配る余裕を持てなかった。
 対して熟考を重ね、レコーディングに時間をかけるようんなったのが、復帰後のlauraである。

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 取り上げるテーマが母性愛やフェミニズムに傾倒するに従い、Lauraのサウンドはバンド/アンサンブル主体に移行してゆく。感情の赴くままパッションをぶつける、ピアノをメインとしたシンプルな初期サウンド・スタイルは、コンセプトとフィットしなくなっていた。大らかな母性を含んだLaura の歌声と言葉は、フュージョン系のアーティストを多数起用して、彩りの深いソフト・サウンディングを希求した。
 これまでとは違うベクトルのメッセージを余すことなく伝えるため、サウンドには緻密さと確かな表現力が求められる。レコーディングにかける時間は膨大なものになった。
 復帰後間もなく、彼女はシングル・マザーとなり、家族と過ごす時間を何よりも優先した。並行して、表現者としての自分もいる。家族優先での活動は断続的となり、まとまった時間を取るのも困難になる。
 家族と過ごす時間を優先し、何年かに一度、まとまった時間を捻出して音楽活動を行なう女性アーティストとして、竹内まりやとダブる部分も多い。ただ、まりやは山下達郎という、公私を共にするパートナーに恵まれたおかげで、焦らずマイペースな活動ぶりである。
 離婚後のLauraもまた、プライベートにおいてはMaria Desiderioというパートナーと出会ったけれど、音楽面での固定したパートナーは、遂に持たずじまいだった。両方を満たすパートナーに出逢えなかったのか、それとも、彼女が要求するレベルに達する者がいなかったのか。
 そうなると、すべてを独りで行なわなければならない。

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 『Mother’s Spiritual』制作にあたり、一時的にパートナーシップを組んだのが、旧知の仲だったTodd Rundgrenである。関係ないけど、そういえば山下達郎に雰囲気似てるよな。
 この時期のToddは、ソロ・デビューから長らく所属していたべアズヴィルと契約解消し、少しの間、表舞台から遠ざかっていた頃である。シングル・ヒットを狙ってパワー・ポップ路線に転じていたUtopiaは、セールス不振によって活動がフェードアウト、ソロ・アーティストとしてよりプロデューサーの仕事が多くなり、何をやってもうまく行かなかった時期にあたる。
 もともと、『A Wizard, A True Star』でのブルーアイド・ソウルへの熱烈なオマージュも、「Gonna Take a Miracle」を始めとしたLauraの歌からインスパイアされたものであるし、Nazz時代にバックバンド結成を持ちかけられたりなど、まぁ狭い業界なので何かと繋がりはあったらしい。
 アーティストとしては互いにリスペクトはしているのだろうけど、何となくToddが便利屋的にこき使われてるんじゃないかと思ってしまうのは、きっと俺だけではないはず。Lauraを有能なアーティストとして見ていたのか、それとも1人の女性として見ていたのか―。
 振り回されてる感のあるToddの本心は半々だったろうけど、少なくともLaura にとって、Todd Rundgrenという男性は重要ではなかった。彼女のため、スタジオ・ワークの細々した仕事や調整を引き受けてくれる彼に、好意以上の思いを持っていたとは思えない。
 結局、Liv Tyler の時もそうだったけど、恋愛対象になるほどじゃないんだよな、この人。

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 女性シンガー・ソングライターにありがちな、「男女間の恋愛」というパーソナルな狭義に収まらず、もっと広いレベルの人間愛や家族愛、そしてオーガニックな自然への感謝が、『Mother’s Spiritual』のメインテーマである。女性運動への傾倒もあって、フェミニズムを礼賛する曲も含まれているのだけれど、これは前述のMarioとの出逢いが大きく影響している。
 『Mother’s Spiritual』は1982年からレコーディングが開始されているが、そのセッションでは納得いく仕上がりが得られず、年末に一旦録音を中断している。復帰以降のジャズ・フュージョン系サウンドは、Laura自身のシビアなプロダクションによって、当時望めるべく最高のサウンドに仕上がっていたけど、彼女のジャッジはさらにレベルが上がっていた。
 -こんなんじゃ足りない。
 頭の中で思い描くサウンドの具現化のため、Lauraは15万だか20万ドル以上をかけて、自宅スタジオを新設する。思い立ったらすぐ、インスピレーションがひらめいたらすぐにレコーディングできる環境を手に入れたことによって、彼女の創作意欲は拍車がかかることになる。
 プレイヤビリティは尊重しながら、あくまで歌をメインに聞かせるためのサウンドを追求した末、『Mother’s Spiritual』で一応の帰着点を得た。一聴する分には、単なる耳障りの良いAORだけど、聴きこんでゆくにつれ、隅々までLauraの主張と美学が濃密に刻まれているのが感じられる。


Mother's Spiritual
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1. To a Child
 世の中は悪意と欺瞞に満ちている。まだ知恵も経験も乏しい子供を守るために、母親は慈愛のまなざしを持って、外部から必死に守らなければならない。愛息Gilはまだ6歳。目を離せない年頃だ。自ら選択したシングル・マザーという生き方に対し、まだ気張っていた心情が窺える。
 後年、『Walk the Dog and Light the Light』にてセルフカバーしており、そこでのLauraはピアノ1本をバックに芯の強い女性として振る舞っていた。ここでの彼女はサウンドに細やかに気を配り、日々の疲れを感じさせる力ない口調である。どちらも彼女の本質だけれど、俺的にはここでの「To a Child」が好みである。



2. The Right to Vote
 初期のR&Bタッチを想起させる、軽快なカントリー・ロック。そう、サウンド自体は結構泥臭いのだけど、Lauraの声はむしろ冷静なのだ。バックトラックのドライブ感と、心ここにあらずといった感のヴォーカル&ピアノとの齟齬は、すでにサウンド的に次の方向性を模索していたことが現れている。

3. A Wilderness
 なので、変にバンド・グルーヴを強調するより、このようにヴォーカル・バックアップに徹した「ちょっと引いた」アンサンブルの方が、スタジオ・トラックとしては秀逸。ライブだと2.の方が映えるのだけれど、マザー・アース的なテーマの曲には静謐なサウンドの方が親和性が高い。この曲もそうだけど、ギターの音が太い。繊細に爪弾いているだけにもかかわらず、存在感が強い。こういった響きにも凝ったんだろうな。

4. Melody in the Sky
 ちょっとだけファンキーなギターのカッティングから始まる、セッションっぽくレコーディングされているナンバー。初期の彼女ならエゴが出過ぎていたところだけど、肩の力を抜いて軽く流す感じなので、聴く方もまったりできる。

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5. Late for Love
 サウンド的には1.のバリエーションといったアレンジ。マザーアース的なテーマでは、ヴォーカルを活かした「引いた」サウンドになるのは、次作『Walk the Dog and Light the Light』でも引き継がれる。

6. A Free Thinker
 「自由な思索家」と訳すのか、ソングライターとして表現者としての自身を相対化したファンキーなバンド・サウンド。でも最後は「地球を救えるでしょうか?」で締めちゃうんだよな。まぁそういうアルバムだから、仕方ないけど。

7. Man in the Moon
 Toddがシンセでクレジットされている。とはいってもこれまでのバンド・アンサンブルに変化はなく、彼の存在感は正直薄い。ていうか、「いたの?」といった感じ。うっすらコーラスに参加しているっぽいけど。
 考えるに、バンド・スタイルのレコーディングはToddがバンマス兼アレンジ補助といった感じの役回りだったと思われる。何かと要求の多いLauraと実働部隊であるバンドとの橋渡し役といった感じで。なので、ほぼ全編セッションにはいたのだろうけど、段取りを組み立てるのが主でミュージシャンとしては目立った演奏はしておらず、クレジットをどこかに入れとこうか、とねじ込んだのがこの曲だったわけで。

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8. Talk to a Green Tree
 ちょっと不穏さをあおるコード進行と演奏による、フェミニズム寄りのマザーアース楽曲。サウンド的には最もグルーヴ感とキレがあるのが、このトラック。人によっては説教くさい歌詞に聴こえるかもしれないけど、洗練されたブルース・ロックは捨てがたい。

9. Trees of the Ages
 再びTodd参加。コスミックなシンセの音色は、壮大な地球を憂うLauraの思想とフィットしたのだろう。彼もいくつになっても夢見がちなキャラクターだし。でも、女性という点において彼女の方が地に足がついており、そこに微妙な齟齬が生じた。繋ぎとめてくれるタイプの女性じゃないしね。

10. The Brighter Song
 曲調としては穏やかだけど、女性の権利と自然保護を高らかに訴える、結構肩に力の入った歌。そういったテーマを抜きにすると軽快なミドル・チューン。でも切り離して考えられなんだよな。

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11. Roadnotes
 ローズっぽい響きのエレピはこれまでとタッチが違うので、Laura自身の弾き語りと思われる。冒頭からいきなりジプシーなんて言葉が飛び出し、時間軸も宇宙レベル。ただ主題はパーソナルな家族との時間。壮大なテーマだな。

12. Sophia
 Doobieっぽいファンキーなオープニングが単純にカッコいい。Lauraのヴォーカルも心なしか熱がこもっている。でも、初期のような混沌はなく、きちんとコントロールされたアンサンブル。どの曲もそうだけど、3~4分程度にまとめられてるので、ダラッとした印象がないのも、このアルバムの秀逸な点。



13. Mother's Spiritual
 ラストはしっとりピアノのみのバラード。「愛と平和」をテーマにしていると抹香くさく思われがちだけど、そんな揶揄も凌駕してしまう「すっぴんの力」。「女」であり「母」であるという時点で、大抵の男はすでに「勝てない」ということを思い知らされる。

14. Refrain
  Gilの笑い声を交えた1.のループ。親バカと思われようが構わない。そういった決意を盤面に刻み、アルバムは終焉を迎える。




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ゲンズブールの「逮捕しちゃうぞ♡」 - Serge Gainsbourg 『You're Under Arrest』

folder 1987年にリリースされた17枚目、オリジナルとしては最後のアルバム。御年59歳だったにもかかわらず、母国フランスでは最高2位にチャートイン、プラチナ・ディスクを獲得している。
 フランスのプラチナ・ディスク基準は10万枚以上なので、数字だけ見ると「えっ、そんなもん?」と思ってしまいがちだけど、そもそもフランスのCD/レコードのマーケット規模は意外に小さく、日本と比較するとほぼ4分の1程度。人口が日本のほぼ半分という条件にしても、あまりに少なすぎる購入率ではある。
 ただこのようなデータがあるからといって、単純に「フランス人って音楽を聴かないの?」という状況ではない。記録メディアの購入は少ないけど、オペラやミュゼットの勃興からわかるように、劇場やカフェなどの生演奏でのリスニング・スタイルが、伝統的に続いている。「街に音楽があふれている」とはよく言ったもので、某団体にガッチガチに縛られた日本と違い、音楽との接し方に違いが表れている。

 単純計算で日本に置き換えると、プラチナ・クラスで40〜50万枚程度の売り上げということになる。ポツポツとミリオンが出ていた80年代日本だと、いわゆる中堅どころといった成績である。
 でも考えてみれば、すでに還暦に近いベテラン・アーティストが、現役バリバリの若手と競り合うほどのセールスを売り上げていたのだから、それがやはりアーティストの地力なのか、それとも当時の若手の不甲斐なさだったのか。
 セールス・ポジションとキャリアを基準として、今の日本で例えれば小田和正や山下達郎あたりなのだろうけど、作風や素行でいえば…、かつての遠藤ミチロウやパンタあたりだろうか。そのくらいこの親父、パンクよりパンクイズムが突き抜けている。

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 つい最近まで、音自体まったく縁がなかったのだけど、Serge Gainsbourgというアーティストがいるのは、一応知っていた。ただ、今も昔もラジオでオンエアされることはほとんどなかったので、聴く機会がなかった。もしかして、NHK-FMのディープな番組を漁れば見つけられたかもしれないけど、どちらにしろ北海道の中途半端な田舎の高校生が進んで聴く音楽ではなかった。

 「女優Jane Birkinの内縁の夫。ちなみに、どんな女優なのか、何の映画に出てるのかは知らない」
 「同じく女優であり歌手Charlotte の親父。一時、Lenny Kravitz と付き合ってて、一度2人でロキノンの表紙を飾った」
 「無数の女性と浮き名を流した、めちゃめちゃプレイボーイ」
 「エロい歌詞や言動で、何かと物議を醸した人」

 彼についてパッと思いついたことを、ほぼそのまんま書き出してみると、こんな感じになる。ほぼ雑誌の斜め読み程度の情報だけど、多分あながち間違ってないはず。
 こんな俺に限らず、大抵の日本人が持っている彼についてのトリビアは、せいぜいこの程度と思われる。音楽活動がメインのアーティストであるはずなのに、肝心の音楽がほぼ伝わっていないことが、Gainsbourgの低い知名度と直結している。

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 今でこそDaft Punkを筆頭に、世界でも有数のテクノDJを輩出しているフランスだけど、アメリカ/イギリスが中心だった80年代洋楽シーンでは、ほぼ黙殺された状況だった。70年代を駆け抜けたMichel Polnareff の全盛期はとうに過ぎ、フランスで活動するアーティストの情報が入ってくるのは、ほんと稀だった。
 「フランスといえばシャンソン、シャンソンといえばアダモ」といった具合に、21世紀に入るまでは、まともなインフォメーションが成されない状態が続くことになる。一応、「フランス 音楽 アーティスト」でググってみると、90年代ロキノンでちょっとだけレコメンドされていたTahiti 80や、「えっ、この人たちもフランス出身?」とちょっとビックリしたGipsy Kingsなどが検索でヒットする。でも、マニアックな支持に終わった前者もそうだけど、後者なんてフレンチっぽさ全くねぇし。

 で、改めてレビューするにあたり、俺の浅い先入観の真偽を確かめようと、前述のトリビアを改めて調べ直してみたところ、まぁ大体間違っていなかった。上っ面の知識だったけど、案外覚えてるもんだな。当時は大して興味なかったはずなのに、ゴシップ的な記事って忘れないものだ。
 さらにも少し深く突っ込んで、wikiやら個人ブログなんかで調べてみると、まぁ出てくること出てくること。世に出た作品よりGainsbourg本人の方が面白いんじゃないかと思ってしまうくらい、何かとネタの宝庫である。

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 「エロいことはほとんど知らない(という設定の)18歳の少女アイドルFrance Gallに、フェラチオを想起させるエロい暗喩を含めた歌「Les Sucettes」(邦題「アニーとボンボン」)を提供、後になって歌詞の内容を知ったGall、あまりの恥ずかしさと怒りのあまり、数ヶ月に渡って引きこもるほどのショックを受ける」
 「フランス革命を讃えた国歌「La Marseillaise」を、革命をイデオロギーとして含む音楽であるレゲエ・ヴァージョンにアレンジして発表、当然各方面からブーイング。特に某退役軍人からは、コンサート会場に爆弾を仕掛けた旨の脅迫電話があったが、「俺は屈しないぞ!」とステージで名言、男を上げる。ちなみに後日、その退役軍人とは飲み仲間になる」。何だそりゃ。
 「高額な重税への抗議行動として、生放送のテレビ出演時、「どうせ税金で取られちまうんだから」と、500フラン札(日本の1万円札に相当)にライターで火をつけて燃してしまう。ある意味、強烈なパンクイズムだけど、大多数の庶民からは「金持ちのお遊び」としてしか見られず、逆に顰蹙を買う」

 反骨精神あふれる50代を経て、円熟の60代へ移行したGainsbourg。
 名実ともに国民的スター/大御所となって、少しは丸くなったのかと思いきや、今度は当時13歳だったCharlotte を引っ張り出し、結構エグい内容の近親相姦ソング「Lemon Incest」をレコーディング、併せて、何かと誤解を誘発するエロいPVまで発表しちゃったものだから、またまた良識派を含め多方面から非難を浴びることになる。ブレない人だよな。
 その後も丸くなる気配を見せず、大衆にも良識派にも右にも左にも迎合しない「俺流」を貫いたGainsbourg。ジゴロ的な振る舞いで一世を風靡した青年期を経て、無精ヒゲまじりで毒舌を吐きまくるその風貌は、日本で言えば晩年の勝新太郎とその姿がダブる。
 そういえば彼もずっと「俺流」だったよな。自我を貫くとみな、あんな風貌になるのだろうか。

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 実際のところは不明だけど、その風貌や生き方から察するに、恐ろしく孤独な人だったんじゃないかと思われる。それでいて、退屈なのをひどく嫌って。そんなやり切れない想いが、晩年は露骨に態度や言動に出て。勝新にも通ずるよな、これって。
 自己愛が強い、猛烈な構ってちゃん。ほんとは独りでいるのが好きなのに、それでいて無視されるとヘソを曲げ、歩み寄られるとソッポを向いてしまう。
 そんな人間にとって、すべての事柄は刹那的なものでしかない。奇抜な言動で世間を騒がせても、また逆に、どれだけ賞賛を浴びる作品を産み出したとしても、満足することはなかったのだろう。すべては自分の上っつらを通り過ぎてゆくものでしかないのだ。
 どうにもならないことをわかっていながら、黙って何もしないでいると、それはそれで退屈で、抑え切れない衝動が悪意に形を変えて、口から飛び出す。
 あぁめんどくさい人。

 そんな偏屈オヤジとして人生を折り返したGainsbourg。80年代に入るといろいろ悟ったのか、音楽的オピニオン・リーダーとしてのポジションから自ら身を引くようになる。
 「自分でいろいろ仕切っても不満が出てくるし、エネルギー消費だってハンパない。どうせ何をしたって不満が残るんだから、だったらいっそ、周りにお膳立てしてもらった方が楽なんじゃね?」
 ほんとにそう言ったのかどうかは不明だけど、晩年に差し掛かった80年代の2作品は、どちらもアメリカでレコーディングされている。
 ここでの彼はちょっぴりピアノを叩いているだけで、バック・トラックはほぼプロデューサー任せ、ヴォーカルに専念している。ヴォーカルといったって、メロディを奏でることはほとんどなく、しゃがれた声でボソボソ聞き取りづらい独白を連ねるだけ。
 クレジットに目を通すと、名の通ったミュージシャンは参加していない。ていうか、ほぼ無名のプレイヤーばかり。多分、プロデューサーBilly Rushの人脈でかき集められた、「取り敢えず間に合わせ」臭が隠せない。ただ唯一、Jeff BeckやJohn McLaughlin らのレコーディングに参加していたTony "Thunder" Smith というプロのドラマーが全面参加しているおかげもあって、演奏全体はメリハリがあってボトムもしっかりしている。
 まぁシーケンス・ビートを基盤としているので、どうやったって、そこそこのクオリティは保てるのだけど。

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 二日酔いの余韻を引きずりながら、朦朧とした状態でマイクの前に立つGainsbourg。無機的なビートをバックに、殴り書きした自筆のメモ紙を見ながら、覇気もなくボソボソ物語を紡ぐ。
 無名のナレーターとジャンキーの黒人少女サマンサを中心に展開するコンセプト・アルバムということだけど、当然フランス語が主体なので、訳詞が必要になる。英語と違って、何となく知ってる単語をピックアップして大よそを理解する、という手法が使えない。俺が入手した盤は輸入モノなので、当然意味はほとんどわからない。ググってどうにか概要を掴むことで精いっぱい。でも、それでいいんだよな。意味なんて、わからなくてもいいんだよ。

 誰が聴こうが聴くまいが、もうそんなことはどうでもいいのだろう。彼ほどのアーティストになると、人に聴かせるというより、むしろ自身の内なる声との対話がメインとなる。我々にできることは、ただその呟きに耳を傾けるだけだ。
 歌声とも言えない言葉の礫は、フランス語を介さない者さえ、強引に振り向かせる。もちろん、BGMには適さない音楽だ。

 ― あぁ退屈だ。
 サウンドにかき消された声なき声は、そう呟いている。

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1. You're Under Arrest
 60近くになって、こんなヒップなトラックを作ってしまうとは。てかプロダクション任せだったんだろうな。ステレオタイプにファンキーなベーシック・トラック、そして無愛想なモノローグ。そう思い出した、スネークマン・ショーだ。ジングルでこんな感じだったよな。もちろんGainsbourgが後出しだけど、サックスのブロウが本家と比べてクール。



2. Five Easy Pisseuses
 1.のベーシック・トラックをまんま流用して、タイトル・コーラスを入れたような曲。要は彼が紡ぎ出す物語が重要であって、サウンドなんてどうでもいいのだろう。それでいて、やたらクオリティの高いデジタル・ファンクに仕上がっているのだけど。「Pisseuses」はもちろん英語「Pieces」のフランス語なのだけど、少女性愛「Pissy」とかけているらしい。やっぱりエロだった。

3. Baille Baille Samantha
 邦題「悲しみのサマンサ」。「バイバイ」に聴こえるから単純に「悲しみ」という言葉をあてたのだろうけど、「Baille」とはどうやら「桶」のことらしい。Gainsbourgのことだから、エロい隠喩だと思ってしまうのは深読みしすぎなのか?

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4. Suck Baby Suck
 Chuck BerryやBill Haleyなど、往年のロックンローラーへのリスペクトを歌い上げてるっぽいのだけど、基本はエロ。「ベイビー」を「吸う」んだから、結構直接的にエロいことを呟いている。これが許されるんだから、芸風って大事だな。勝新もある意味、何したって許されたもの。

5. Gloomy Sunday
 邦題「暗い日曜日」。国民的シャンソン・シンガーDamiaが初出の、知ってる人は知ってるはずの「自殺ソング」。「暗い日曜日に女性が亡くなった恋人を想い嘆くというもので、最後は自殺を決意する」といった救いのない曲は、何百人もの自殺者を産み出した(諸説あり)。日本も含め各国で放送禁止・発禁を食らったにもかかわらず、カバーをする者が絶えないという、何かとお騒がせなこの楽曲。その不吉さゆえ、優秀なアーティストを引き付ける魔力があるのだろう。
 モダン・サウンドのシャンソン、といった趣きで、俺的には結構気に入っているのだけど、訳詞を読んだらドン引きなんだろうな。なので、訳詞も読んでないし、自分で訳す気もない。



6. Aux enfants de la chance
 「Come Together」みたいなイントロから始まる、しっとりAOR的なスロー・ファンク。もうサウンドだけで俺好みの世界なのだけど、これがカラオケだけだと気が抜けた感じになるんだろうな。やはり頑固オヤジのモノローグがあってこそ、曲全体が締まる。

7. Shotgun
 大味なアメリカン・ロックっぽいイントロが安っぽく感じられ、タイトル・コーラスも陳腐なアレンジだけど、やはりGainsbourgの肉声が入ることによって、どうにか聴くことができる。しかしコードや旋律とは無関係のところで淡々と告白するGainsbourg。レコーディング・ブースという空間でうなだれながら、無造作に言葉を繰り出すその様は、ある意味王者の風格である。ただ、家来のいない王者だけれど。

8. Glass Securit
 これだけメロディを想起させるようなサウンドなのに、頑なに旋律を奏でることを拒むクソ親父。爽やかなギターの調べもシルキー・ヴォイスのコーラスも関係ない。彼の心は彼らの前にはいない。その居場所は孤独な暗所、深く寒い海の底だ。

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9. Dispatch Box
 タイトルは「アタッシュ・ケース」の意。手クセの多いカッティングもだいぶ慣れてきて、ライトなファンク・サウンドはヒットチャートにフィットする。3分弱ながらヒットの要素は可能な限り詰め込まれている。ヴォーカルは抜きにして。シンセポップ/ファンク路線はもう何枚か続けて欲しかったな。

10. Mon legionnaire
 ラストはÉdith Piafも歌ったシャンソンの古典のカバー。チープなDX7サウンドと軽いギター・カッティング、エコーの効いたバスドラの3点セットは、俺を含む80年代サウンド愛好家にとって、手放しで絶賛してしまうサウンド・メイキングである。逆に言えば、多少楽曲やヴォーカルに難があっても、これさえ揃っていればそこそこ聴けてしまうというのが、俺の悪いクセでもある。しかも間奏で、なかなかエモーショナルなサックス・ソロまで入った日には、もう垂涎もの。
 ちなみにストーリーのラスト。ナレーターはサマンサと一夜を共にした後、彼女を置き去りにして、フランス外人部隊に参加する。

 陳腐なストーリーだな。でもいいんだよな、これで。


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誰が何を言おうと、「俺は俺」。 - Van Morrison 『Poetic Champions Compose』

folder 1987年リリース、17枚目のソロ・アルバム。Themを脱退して間もなくレコーディングされた『Blowin’ Your Mind』が1967年なので、20年間ほぼ一定のリリース・ペースを守っていることになる。それに加えて何枚かライブ・アルバムや2枚組オリジナルもリリースしているので、アイテム数は相当な量にのぼる。なので、軽い気持ちで「ちょっと集めてみようかな」と思うのは早計。とんでもない量だから。
 ちなみに、そんな大量のオフィシャルもほんの氷山の一角に過ぎず、ブートの世界に足を踏み入れたら、そりゃもう奥深い迷宮から抜け出せなく恐れがある。Grateful Deadのファン・コミュニティーによって確立されたテープ・ツリー・システムが御大のコミュニティー内でも運用されており、比較的初期の未発表音源も聴くことが容易となっている。今じゃ普通にトレント・ファイルでも出回っているので、コンプしようと思ったが最後、一生を棒に振ってしまう。
 ダメだよな、これからレビューするのにこんなこと書いてちゃ。

 以前、布袋寅泰『Guitarhythm』をレビューした際、「問答無用の音楽」と形容したことがあったけど、デビューから一貫してその「問答無用の音楽」ばっかり作り続けてきたのが、Van Morrisonである。
 日本のアーティストで例えれば、浜田省吾あたりが最も近いポジションなんじゃないかと思われる。「団塊ジュニアの演歌」とも例えられる彼の楽曲は、その長い熟成を経て余分な雑味や脂が削ぎ落とされ、バラード系は一聴して判別がつきづらい楽曲も多いけど、それを「拡大再生産」と指摘するものは少ない。彼が奏でるのは、真摯に音楽と向き合った姿勢の末、紡ぎ出されたものだ。安易に一朝一夕で仕上がる、そんなお手軽なものではない。
 80年代中葉の『J. Boy』で心を鷲づかみにされた俺世代以上からは、熱烈な支持を受ける浜省だけど、全盛期を知らない若造にとっては、堀内孝雄との区別がつかないかもしれないし、人によって「合う/合わない」や「好き/嫌い」もあるだろうけど、でもそんな瑣末な個人の嗜好を鼻で笑い飛ばしてしまうのが、浜省の音楽であり御大の音楽である。
 多分、浜省なら言わないだろうけど、「ゴチャゴチャ言わんでいいから黙って聴けやっ、嫌なら聴くな」と言い放ってしまえる豪快さこそが、御大のキャラクターである。

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 年季の入ったヴォーカリストのアルバムというのは、「圧倒的な存在感を有する歌声」と、「あくまで引き立て役としてしゃしゃり出ず、それでいてそこそこのオリジナリティを付与した堅実なバッキング」という構図が一般的となっている。なので、それほど興味のない人にとっては楽曲の優劣がつけづらい。要するに、どれを聴いても同じに聴こえてしまうのだ。
 浜省のバラード系同様、御大もまたビギナーにとってはハードルの高いアーティストである。「一貫した音楽性」ということはイコール「初期の段階である程度、基本フォーマットが完成されている」のと同義である。時を経るにつれて熟成加減は深まるけど、その作品群は時系列とは無関係の座標にある。繰り返すけど、どれを聴いても同じに聴こえてしまうのだ。
 微妙な声の若さやアレンジの素っ気なさなんかで、「これは60年代後期のアルバムかな?」というのは判別できるけど、これがリマスターされたものになってしまうと、どっちが1976年モノでどっちが2015年モノなのか、ちょっとわからなくなってしまう。
 たまにちょっと寄り道して、アイリッシュ・トラッドやジャズ、カントリーに手をつけたりはしてるけど、基本、ブレの少ない人である。ていうか、「俺が歌えば全部Van Morrison なんだから文句ないだろ?」という無言のプレッシャーが、音から滲み出ている。その辺の圧は浜省よりかなり強い。

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 そういった人なので、どの時代から入ったとしてもクオリティは高く、一度馴染んでしまえば居心地の良い環境は保証されている。ただ、いくら同じような作風といっても前述の深化とリンクして、時代を追うごとに微妙に変化しており、当然好みも分かれてくる。
 一般的に間口の広さとして、ロック名盤ガイドなんかで紹介されることの多い『Moon dance』〜『Astral Weeks』を入り口とする場合が多い。実際、俺もワーナーの廉価版CDで入ったクチだし。
 その2枚を入手したのは確か20歳頃で、当時はロックの歴史をなぞるように、名盤ガイドに載ってるアルバムを片っぱしから聴き漁っていた。最初は、上位にランクインしているBeatlesやStones、Dylanなどの手堅いところを攻めてゆくのだけど、聴き進めるにつれて、あまり興味のないモノが残るようになる。そのうちリストを埋めることが目的化してゆき、一応下位打線のアイテムも聴くことは聴くのだけれど、そう何回もプレイヤーに入れることもなく、早々に売っ払ってしまう。

 当時の俺にとっての御大が、その中古レコ屋行き物件に当たっていた。その渋く地味な作風を受け入れる準備が、俺にはまだ整っていなかったのだ。結局のところ、自ら望んだモノでないと身につかない、という教訓は得た。汎用性の高い教訓だよな。
 「『Moonsance』周辺の70年代の作品群を抜きにして、Van Morrison を語ることはできない」という空気が、昔から日本の権威的メディア周辺では蔓延している。Stonesだったら『Let it Bleed』、Pink Floydなら『Dark Side of the Moon』が最高傑作だ、という論調。前評判や絶賛のレビューによって期待値が上がり、で実際に聴いてみると…、で、速攻中古レコ屋行き。そういった「何か思ってたのと違う」名盤をかき分けて、ずっと底の方で打ち捨てられた「真の名盤」たちよ。

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 Van Morrisonの場合だと、初期の泥くさいブルー・アイド・ソウル路線と併せて、本線から大きく逸脱したフォークロア作品『Irish Heartbeat』なんかも、評論家筋に結構持ち上げられている。民俗学的には貴重な記録かもしれないけど、正直、聴いてて面白いものではない。どうせやるのなら、大滝詠一『Let’s Ondo Again』ぐらいまでパロディーに噛み砕いてくれればまだ聴けるけど、あまりにアカデミック過ぎるそのスタンスは、ちょっと肩が凝ってしまう。

 そんな彼の音楽をきちんと聴けるようになったのは、ほんとここ数年、60〜70年代のソウル/ファンクを通過した耳を持ってからである。評論家の見当違いな絶賛に惑わされず、能動的にジャンルの開拓を行なうことによって、やっと自分のフィーリングとシンクロしたVan Morrisonサウンドを見つけられた、といった経緯である。単純に、年を取ったおかげもあるんだけどね。
 最大公約数的に、70年代派がファンの多勢を占めるのは事実だけど、それでも80年代以降の洗練されたAOR的サウンドを好むユーザーも多いのも、また事実である。俺がよく聴いて入るのも、ちょうどそこら辺だし。
 特別なギミックや小技もなく、単純に良い曲を素直に、感情の赴くまま歌い上げるだけ。
 たったそれだけなのに、お腹いっぱいになるくらいのクオリティが保証されている。あまりに安心できる仕上がりなので、良い意味で高機能なムード・ミュージックとしても活用できるのが、80年代Van Morrisonの大きな特徴である。

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 そういったわけで、この『Poetic Champions Compose』も品質保証付きのクオリティである。いつも通りなので特別な新機軸はないのだけれど、ちょっと御大、この時はジャズをやってみたかったのか、自らサックスを吹きまくったインストを3曲も収録している。アルバム構成上、ほんとは大して必要ないパートであり、無理やりねじ込んだ感もあるのだけど、でも案外サマになってるのはキャリアの為せる技。
 何かに似てるかと思ったらアレだ、部下の結婚披露宴の余興で自ら立候補して楽器演奏してしまう上司。やらせてみたら案外うまくて注目を集めてしまい、ドヤ顔で席に戻って酒を煽る中年男。いつも上から目線だけど、でも何だか憎めないんだよな。


Poetic Champions Compose
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1. Spanish Steps
 
2. The Mystery
 御大自身によるサックスを大々的にフィーチャーしたインストの後に広がるのは、雄大なアイルランドの地を思わせる、スケール感のある力強いバラード。広々とした農作地帯を思わせる奥行きは、ストリングスの音色さえフィドルのような響きに変えてしまう。

3. Queen of the Slipstream
 その肥沃たる大地をクローズアップしたかのような、古き良き19世紀の情景を振り返るような、懐かしささえ感じさせるバラード。考えてみりゃバラードばっかりだよな、この時期って。さらにカントリー志向が深まって、御大自ら弾くギターの音色も時々バンジョーっぽく響く。一応、シングル・カットはされているらしいけど、チャートインせず。



4. I Forgot That Love Existed
 ノスタルジックなムードから趣を変えて、もう少しリズムの効いたミドル・バラード。ヴィンテージ・ソウルからインスパイアされたメロディもフックが効いており、俺的には好きな世界。
 ほんと色づけ程度にシンセが使われているのだけど、この程良さ加減が絶妙である。同時代のアーティスト、例えば名前を出しちゃ悪いけどDylanのこの時期の作品なんて、変に時代に色目を使ってしまったのが仇で自爆しちゃってるし。
 ボトムがしっかりしてれば、無理にトレンドを追うことはないのに、つい目先に食いついて黒歴史化してしまったのが、多くのシンガー・ソングライター系のアーティストである。

5. Sometimes I Feel Like a Motherless Child
 こちらもメロディにメリハリがついたバラードで、ヴォーカル・スタイルはもう少しソウル寄り。基本のドラム・ビートに加えてアンビエント・テクノっぽいシーケンスが裏でなっているのだけど、こういった使い方ってあまり注目されてないけど、生音とのミックス具合はもっと注目されても良いと思う。スローなのに程よい疾走感がうまく表現されている。

6. Celtic Excavation

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7. Someone Like You
 B面冒頭のインスト、ていうか御大の独演会をプロローグとして、多分、一般リスナーも含めて最も良く聴かれている正統派バラード。最近になって、どこかで聴いたことがあると思ってたら、映画『ブリジット・ジョーンズの日記』でフィーチャーされていたのだった。そりゃ知名度あるよな。
 もう少し調べてみるとこの曲、映画挿入歌としてかなり優秀らしく、他にも6本の映画で何かしらのシーンで採用されている。クセがなくて、それでいてセンチメンタルで熱いバラードなので、ビギナーにも入りやすいんじゃないかと思われる。



8. Alan Watts Blues
 女性ヴォーカルが入ると、やっぱりゴスペルになるのは定番。タイトルにブルースって入るくらいだから、サウンドはほんと黒い。手クセの多いギターも粗い響きのドラムも、すべてがアメリカン。知らされずに聴いてると、ほんと黒人のヴォーカルと勘違いしてしまう。

9. Give Me My Rapture
 ニューオーリンズ風味は再び続く。アーシーなオルガンと強いリズムが曲をリードする。しかしこういった曲を聴いてると、ほんと演歌と同じ土着性の強さを感じさせる。

10. Did Ye Get Healed? 
 これまでの曲より洗練された、サックス・ソロからリードするジャズ・タッチのミドル・チューン。心もちヴォーカルの圧も抑え、オールディーズ・スタイルの女性ヴォーカルとのコンビネーションがレトロ・フューチャー。間奏のソロも軽やかだし、聴いてるとついついスウィングしてしまう。
 いい年だけど、ちょっぴりファニーで一皮むけた大人の茶目っ気を見せる御大。こういった大人に憧れてしまう。ていうかリリース当時の御大は42歳。今の俺よりだいぶ下じゃないの。まずいな。

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11. Allow Me
 ベッタベタなカクテル・ジャズだけど、まぁムード・ミュージックとして捉えれば充分な仕上がり。最後くらい、好きにやったっていいじゃん。あ、でも全部好き放題か。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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