好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

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ステゴロ勝負のような音楽 - Joni Mitchell 『Hejira』

folder 1976年リリース、8枚目のオリジナル・アルバム。US13位UK9位を記録、アメリカではゴールド・ディスクを獲得している。決してポップともキャッチーとも言えない、こんな愛想のない音楽がトップ10近くまで売れてしまう、そんな時代だったのだパンク襲来以前のアメリカって。
 60年代の狂騒の残り香がひと息ついて、まだサタデー・ナイト・フィーバーもない空白の時期、小難しい理屈をこねた音楽に取って代わって、あんまり深く考えないメロディアスなロックが主流になっていた。EaglesとFleetwood Macがトップ争いを繰り広げていた、そんな時代である。
 ただ、時代の趨勢とは一面的なものではない。もう少し繊細に作られた、Steely Danのようなジャズ・フュージョン/クロスオーバー系のサウンドに人気が集まっていたのも事実。
 そんな流れもあって、Joni の音楽もまた、そこそこ受け入れられる土壌があった。シングル・ヒットを狙ったアーティスト以外にも、ちゃんと居場所があった時代の話である。

 フォーク路線でデビューしたはずのJoni の音楽性が、次第にジャズに傾倒していったのは、伝説的なベーシストJaco Pastoriusとのロマンスが契機になった、とされている。
 出るべくして世に出た、若く才能あふれるミュージシャンとの熱愛。出逢うべくして出逢った2人は、仕事でもプライベートでもかけがえのないパートナーとなる。
 主にリズム楽器だったベースというポジションを、フロントでも通用するリード楽器の地位に押し上げたのは、才気煥発なJacoの功績が大きい。ジャズ・ベーシストの第一人者としてはCharles Mingusが有名だけど、彼の場合、プレイヤーとしてよりはむしろコンポーザー的な評価の方が高い。純粋なベース・プレイのテクニカル面だけで見れば、Jaco に軍配があがる。
 Joniもまた天才肌のミュージシャンであり、同時にアーティストである。なので、仲睦まじく和気あいあいといったムードは、望むべくもない。
 共鳴する部分と反発し合う部分、その絶妙なバランスが、セッションでは化学反応をもたらす。例えて言えば、真剣を用いた居合い切りの試合の如く、ギリギリの緊張感の中で行なわれるつば迫り合い。
 そんな真剣勝負、時にイチャイチャもしながら、2人のコラボレーションは数々の傑作を生み出した。

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 いまも世界中のアーティストからリスペクトされ、才女の名を欲しいままにするJoni。音楽だけにとどまらない才能への賞賛、それは確かに間違ってはいないのだけど、反面、誤解されている面も多い。
 若いうちから創作面で頭角をあらわし、David Crosby に見出されてデビューの運びとなったのは知られるところだけれど、クリエイティヴな活動を長く続けるには、また別のスキルが必要となる。単なるひらめきや工夫だけでは、早晩ネタ切れに陥り、先細りになってしまう。
 「天才」の定義として、よく言われるように、「努力する才能」を持つこともまた、条件のひとつである。外部の刺激を貪欲に吸収し、咀嚼して定着させる。インプットした情報を整理する、または整理するためにアウトプットする。その無限ループ。
 それが修練なのか快楽なのか。多分、両方だろう。決して生まれ持った才覚だけで続けてきたのではない。アーティストであり続けることは、何かしらのプラクティスが常について回る。
 そんなJoniの飽くなき探究心が強くあらわれているのが、唯一無二のギター・プレイである。ギターおたくのハシリとも言える彼女は、試行錯誤を繰り返しながら、これまで50を超える変則チューニングを創り出している。特にこの『Hejira』では、曲ごとに調律を変えており、通常のチューニングでは困難なメロディ、ストロークひとつでも奇妙な響きを奏でている。
 現時点で最後の来日公演となっている、1994年奈良東大寺で行なわれたイベント「あおによし」でも、彼女のコードワークは注目を集め、共演した布袋寅泰が手元をガン見していた、というエピソードも残っている。プロ目線で見ると、とんでもないセオリー外しの組み合わせなんだろうな。

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 そんなJoni の書いた楽曲だけど、基本構造はシンプルで、特別技巧を凝らしたものではない。余計な音はそぎ落とされ、一片のムダもない。なので、音符だけ追ってゆくと、ひどく簡素なものになってしまう。
 Joni 自身、楽曲の完成度には重きを置いていないらしい。歌い演奏する者によって、解釈は様々だ。どれが完成したものだなんて、本人にだってわかりはしない。
 ただ、他者とのセッションによって解釈が混じり合い、思いもよらぬ展開に気づかされることがある。頭の中だけで考えたって、想像の範疇というのは限界がある。脊髄反射でなければ気づかないことは、いくらだってあるのだ。
 Joniが求めるリアクションゆえ、当然、パートナーにも相応のレベルが求められる。天才のイマジネーションを喚起させるためには、同レベルの天才を引っ張ってくるしかないのだ。
 ただ、これまでのロック/フォークの人脈では、ある程度、展開が読めてしまう。いくらフリーに演奏してくれと言っても、結局はポピュラーの範疇でまとまってしまう。循環コードや黄金進行ではない、不定形な旋律やアンサンブルを、彼女は求めていた。
 なので、異ジャンルのジャズ/フュージョンへ活路を求めたのは、なかば必然だった。しかも、息も絶え絶えだった旧世代のモダン・ジャズではなく、ロックやファンクをも吸収した、若い世代の音を。

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 それまでのJoniの音楽的文脈にはなかった、Jacoという異物。彼の繰り出す音は、彼女が求めるビジョンと重なり合う部分が多かった。意思疎通に齟齬をきたすこともなく、ただ感覚にまかせて音を出し合うだけ。音楽を媒介とした、理想的な対話の瞬間だ。
 なので、『Hejira』のサウンドの中心はJoniとJaco、ていうかほとんど2人の音しか入っていない。他の音はほんの味つけ程度、まるで精進料理みたいなサウンドである。アサイラムもよく許可したよな、こんな無愛想な音。
 まるで薄氷を踏むような、一歩間違えれば破綻してしまいそうなセッション。コンポーザーでもあるJoniのバランス感覚もあって、どうにかギリギリの位置で、ポピュラー商品として成立している。

 その後、『Don Juan's Reckless Daughter 』、『Mingus』『Shadows and Light 』と2人のコラボは続くのだけど、長くは続かない。天才同士の確執というかエゴというか、それとも愛情のもつれというか。同じ天才とはいえ、スタンスがまったく違っていたことも、2人の行き先を分かつ要因となった。
 Joni とJacoとの決定的な違い。
 彼女はアーティストであり、彼はミュージシャンだった。
 創り上げる過程に携わったり、また壊すことはできるけど、ゼロから立ち上げるのは不得手だったのが、Jacoの天性 だった。数々のリーダー・アルバムやプロジェクトを残してはいるけど、そのどれもがテクニック優先、トリッキーなプレイが大きくフィーチャーされるばかりで、バンドやユニットとしての必然性が見えてこない。
 これは好みもあるだろうけど、俺的にはJoniとの共演を始め、自らイニシアチブを取ることのないWeather Report など、サイドマンとしての彼を聴くことの方が多い。
 持ち前の直感や嗅覚が鋭すぎるがゆえ、努力や研鑽する必要があまりなかったことも、その後の行く末を思えば、不幸だったと言える。テクニカル面での修練はあっただろうけど、その方向性がクリエイティビティ、また協調性へ向くことは、ついぞなかった。
 Weather Reportを脱退し、そしてJoni と別れてからのJacoは迷走し、錯乱の末、遂には浮浪者同然の生活にまで落ちぶれる。その末路は、とても悲惨なものだった。
 顔見知りのアーティストのライブ観覧中、飛び入り出演しようとしたところ、警備員に取り押さえられ、退場させられる。失意の中、泥酔状態でナイトクラブに入ったところ、ここでもガードマンに取り押さえられ、乱闘騒ぎを起こす。その際、コンクリートに頭部を強打、脳挫傷による意識不明の重体に陥った。昏睡状態のまま意識が戻ることはなく、家族同意のもと生命維持装置がはずされ、亡くなった。
 享年35歳。あまりにも早すぎる、天才の死。それはとてもあっけないものだった。
 -なんでこんなことになっちゃったんだろう?
 本人が一番、そう聞きたかっただろうな。

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 壊すためには、構築しなくてはならない。Joniにとっては、どっちも同等であり、そして突き詰めて考えれば、どっちも同じ行為なのだ。
 彼女は感性の赴くまま、曲を書き言葉を書き、そしてギターをつま弾いた。自身と作品に深みを持たせるため、そして欲望に忠実であらんがため、数々の男性と恋に落ちた。インプットとアウトプット。どちらも同じものだ。
 アーティストJoniは、Jacoの天性を取り込むことによって、クリエイティブ面の幅を広げ、そして深化させた。
 対してJacoは、彼女から何を受け取ったのか。その後の不遇を想うと、結局は搾取されるだけの男だったのか。
 解釈は人それぞれだ。
 受け取った荷物は、手に負えぬほどの怪物だったのか、それとも気づかずに通り過ぎてしまったのか。
 いなくなってしまった今、それは誰にもわからない。





1. Coyote
 カナダでは79位にチャートインしたシングル・カット・チューン。トーキング・スタイルで矢継ぎ早に繰り出される言葉と対照的に、メロディアスな一面も見せるキャッチーさを備えている。彩りを添える程度のパーカッション以外は、2人の真剣勝負。The Bandの『Last Waltz』でこの曲がプレイされており、うら若きSteven Tylerを彷彿させる彼女の姿を認めることができる。聴くとわかってもらえるはずだけど、音数は少ない方が、この曲は映える。



(Last Waltz)



2. Amelia
 Jacoに匹敵するもうひとりの天才が、Larry Carlton。このセットも少人数で構成されており、Victor Feldmanのビブラフォン以外は、ほぼ2人のセッション。ステゴロのような1.の緊張感とは対照的に、ここではゆったり親和的なムードが漂う演奏になっている。ツーといえばカー、そんな感じで息の合った対話。
 ちなみにタイトルのAmeliaとは、赤道上世界一周旅行中、消息を絶った女性飛行士Amelia Earhartを指し、彼女に捧げられている。女性の地位向上に尽力したことと、ミステリアスな死によって、アメリカでは偉人的な扱いになっているらしい。マーケティング分析分野において、「ナンバー1でなくても切り口を変えればナンバー1になりうる」ことを「アメリア・イアハート効果」と形容する。それくらいメジャーな存在。

3. Furry Sings the Blues
 3曲目ではじめて、ギター・ベース・ドラムという普通のスタイルでのプレイ。凡庸ではないけれど、着実に安定したリズムの中で歌いつま弾くJoni。ここでの異物は、あのNeil Young。ハーモニカでの参加だけど、アクの強いプレイ。1.同様、言葉数の多いトーキング・スタイルのヴォーカルだけど、アクの強さに引っ張られてブルース・シンガーが憑依する。まぁそれがテーマの曲だけど。
 天才を凌駕するためには、破天荒なキャラクターじゃないと太刀打ちできないことを証明した演奏。

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4. A Strange Boy
 「Amelia」と同じセッションでレコーディングされた、こちらはもう少し2人の拮抗ぶりが窺えるナンバー。Carltonのオカズプレイが堪能できる。

5. Hejira
 再び、Jacoとのセッション。今度はクラリネットが少し入るくらいで、ほぼ2人の世界。フレットレス・ベース特有のハーモニクスの音色は、太くどこまでも深い。基本のメロディはシンプルなので、やはり演奏が際立って聴こえる。この時点での到達点となる、コンビネーションの理想形。

6. Song for Sharon
 フォーク時代の痕跡を残す、メロディ中心に構成されたナンバー。3.のメンバーでレコーディングされ、加えてJoniにしては珍しく女性コーラスまで入っている。他のセッションと比べると大幅にリラックスしているので、上質なAORとしても堪能できる。

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7. Black Crow
 Joni、Jaco、Carltonが揃った、アルバム一番の山場。三人三様、持てる技のすべてを出しての真剣勝負。みんなテンションが高い。激しさのあまり、ロックっぽいフレーズを連発するCarlton、「Whole Lotta Love」みたいになっちゃってるJoniのストローク・プレイ、ハーモニクス・プレイ連発のJaco。みんな好き放題にやりながら、奇跡的にまとまっている。よく4分台に収めたよな。



8. Blue Motel Room
 ステゴロのような掴み合いの後は、ちょっとまったりジャジーなバラード。Carltonもここではあんまり本気出していない。曲調からして、フル・スロットルでのプレイは似合わない。普通のオーソドックスなチューンゆえ、あんまりJoniっぽさはないけど、レアグルーヴ好きなら反応するんじゃないかと思う。

9. Refuge of the Roads
 少人数による緊迫したセッションは一旦終了、メロディ主体のアンサンブルにJacoを放り込んだことによって、オーソドックスな楽曲に適度なアクセントがついた成功事例。これ以上のしつこさだと、歌を食ってしまう。ここでのJoniは歌を聴かせたいのだ。
 最後は存在感をアピールするかのように、Jacoのソロで幕。





もう1回言う。「俺は俺」。 - Van Morrison 『No Guru, No Method, No Teacher』

folder 1986年リリース、16枚目のオリジナル・アルバム。とにかくマイペースで律儀、年1で必ず何かしら1枚はリリースしている。ここまでリリース・スケジュールがきっちりしているのは、世界中でも彼か中島みゆきくらい。次作をリリースできるだけの売り上げがコンスタントにあるのは、それだけ固定ファンが多いという証である。
 オリジナルだけに絞ってもこんななので、ここにライブ・アルバムやThem時代を含めると、さらにアイテム数は膨らむ。なので、生半可な気持ちで彼に近づいてはならない。キャリアが長いアーティストによく見られるように、選択肢が多すぎるため、どこから手をつけていいのやら。DylanやPaul McCartney同様、迷宮に入り込んでしまう確率の高いアーティストの一人である。
 それから30年経った現在、最新アルバム『You're Driving Me Crazy』は、何と39枚目。近年は他アーティストとのコラボも多くなっており、もうやりたい放題。さらに初期アルバムのデラックス・エディションでは未発表曲が追加されていたり、もうどこが入り口なのかわからない。『Moondance』40周年なんて、4枚組だよ?もう一見さんなんて相手にしないのか、わざと敷居を高くしているとしか思えない。
 そんな俺様状態に拍車がかかりっ放しになってるのが、ここ数年のVanである。

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 俺が買った初めてのVanのCDは『Moondance』、ワーナーのフォーエバー・ヤング・シリーズの廉価盤だった。それまで3000円くらいしていた旧譜が、ワーナーの英断によって、1800円くらいにまで値下げされたのだ。
 輸入盤で手に入れることもできなくはなかったけど、ネット普及以前、対訳やライナーノーツは貴重な洋楽情報源だった。特にVanのように、極端にインフォメーションが少ないアーティストでは、わずかな活字情報でも、そうやってかき集めるしかなかった。
 80~90年代にかけては、古いロックやポップスのディスク・ガイドが、一定数出版されていた。学習する姿勢で、60年代や70年代の音楽を聴いていた俺がVanの存在を知ったのも、そんな流れだった。
 何の知識もなくレコード店へ行って、片っぱしから当てずっぽうで買い漁るほどの財力も時間もないため、最初はこういったガイド本を頼りにしていた。新譜以外のリイッシューものって、大抵試聴機には入っていないので、手書きPOPから湧き上がってくる熱量、それと直感に頼らざるを得ない。できるだけハズレを引かないよう、結構吟味して選んでいたはずだけど、まぁ見込み違いの多かったこと。
 安全パイ狙いで、各方面で絶賛された歴史的名盤とか、安定したベテランの作品なら間違いないだろうと思って聴いてみても、必ずしも自分の好みと一致するわけではない。前回のU2でも書いたけど、『Pet Sounds』もVan Dyke Parksも、恐れずに言っちゃえばジミヘンだってピンと来なかった俺である。80年代サウンドを通過した耳でそれ以前の音を聴いても、ショボいサウンドに聴こえても仕方がない。
 Vanの場合、当時のディスク・ガイドやレビューでは、ほとんどが『Moondance』一強状態だった。もう少し掘り下げても、「取り敢えず『Tupelo Honey』聴いとけ」といった程度。ていうか、タワーにも玉光堂にも、それくらいしか置いていないのが実情だった。
 一応、レビューの評判を受けて聴いてはみたけど、どうしても聴きたくて購入したアルバムではないし、前述通り、なんかピンと来ない。なので、一回聴いたら二度目はない。すぐに売っぱらってしまう。その繰り返しだ。
 その後、ネット時代の到来によって、雑誌メディアでは紹介されない情報が、世界レベルで入手できるようになった。YouTube で気軽に試聴できるようにもなり、好みの音楽が探しやすくなった。
 そんな回り道を経てたどり着いたのが、80年代のVanの音だった。初期のぶっきらぼうなホワイト・ソウルではなく、近年の野放図なノン・ジャンルThe Van Morrison でもない、ソフトAORをベースとした荘厳なサウンド。本流とは違うんだろうけど、俺にとってのVanの音楽とは、その時代を指す。

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 『No Guru、No Method、No Teacher』がリリースされた1986年前後とは、ベテランのブルーアイド・ソウルのアーティストが注目を集めた時代である。その先鞭をつけたのが、MTVの潮流にうまく乗ったHall & Oates。美形キャラと男臭いヒゲのデコボココンビは、ビジュアル的にもインパクトが強く、シングル・チャートの常連として、日本でも人気を集めていた。
 サザンを休止した桑田佳祐がソロ・プロジェクトで渡米し、彼らとデュエットしたのが話題になったけど、当時の格付け的には、Hall & Oates > 桑田といった按配だったため、相当ジャパン・マネーを積んだんじゃないか、と揶揄された。まだ海外進出が頭にあった頃だったよね、桑っちょ。
 大器晩成型で注目されたのがRobert Palmer。Duran Duran のサイド・プロジェクトPower Stationで脚光を浴び、そのサウンドを取り入れたソロ・アルバム『Riptide』も、続けて大ヒットした。
 力強いソウルフルなヴォーカルが魅力的だったことがヒットの要因のひとつだけれど、加えて決定打となったのが、「Addicted To Love」(邦題「恋におぼれて」)のPV。スタイリッシュでエロい女性たちが、エアギター抱えてやる気なさそうにサイド・ステップする中、ビシッとダンディなスーツでキメて歌うPalmer。文章にしてみると支離滅裂な世界観だけど、だって実際そうなんだもん。その異様なコントラストが強いインパクトを与え、MTVではヘビロテだった。
 さらにベテラン枠、60年代から通好みな路線で活動していたけど、ここに来て一気に花開いたのがSteve Winwood 。Spencer Davis Groupからスタートして、Blind Faith、Trafficと、ロック史に名を残すグループを渡り歩きながら、なかなかシングル・ヒットに恵まれなかったのだけど、パワー・ステーション・サウンドでビルドアップされた『Back in the High Life』が大ヒットした。ちょっとハスキーで細い声質が弱点と言えば弱点だけれど、あの「Gimme Some Lovin'」の作者というだけで、それもすべて覆されてしまう。楽曲レベルの高さは折り紙つき、バラードも含めて硬軟取り混ぜた曲調が好評を博した。
 ここまで挙げてきた人、みんなパワステ・サウンドだな、そういえば。

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 そんなわけで、ファンク・テイストの強いパワステ・サウンドとブルーアイド・ソウルとは相性が良く、地道にキャリアを積んできたアーティストにとっては、願ったり叶ったりの必殺アイテムだった。同じベテラン・ブルーアイド・ソウル枠であるはずのVanだって、一枚噛んでてもおかしくなかったはずなのに…。
 とはいえ、そこはさすがアイルランド版ガンコ親父、1ミリたりとも微動だにせず、自身のサウンド・ポリシーを貫いた。さすが御大。意地でも動かない。
 一応、粗削りだった初期サウンドより少しマイルドになり、この頃は悠然たるAOR路線がサウンドの要となっている。いるのだけれど、それだって時流に合わせたわけではなく、当時傾倒していたスピリチュアル路線にフィットするからであって、トレンドがどうしたといった問題ではない。ゲート・エコー?オーケストラ・ヒット?何それ?って世界である。
 前述の3組がヒット・シングルを連発していた頃、Vanが何をしていたかといえば、アイルランドのトラディショナル・バンドChieftainsとの共演。世間の流れと思いっきり逆行している。むさ苦しくて古くさい、ビジュアル映えも何もない世界。少なくとも、当時のMTVで流せるような音楽ではない。
 バシッとアルマーニのフォーマル・スーツでキメて、陳腐でも何でもいいから、ラブ・ストーリー仕立てのPVでも作っておけば、また違った展開もあったんだろうけど、まぁやらねぇよな絶対。前者3組と比べ、ルックスはだいぶ落ちるし、第一そういったウリじゃないし。

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 とはいえ、そんな隆盛を極めたパワステ・サウンドも、永遠に無双状態が続くはずもない。ダイナミズムには申し分ないけど、細かなニュアンスが表現しづらく、誰がやっても似たような音になってしまうパワステ・サウンドは、使いようによっては、諸刃の剣となってしまう。音のインパクトが強い分だけ、飽きられるのもまた早かった。画一化を危惧したのか、ヒット・メイカーのポジションを確立した前者3組は、ゆるやかな原点回帰を選択する。
 テンプスのメンバーと夢の共演を果たした、アポロ・シアターでのライブ盤をピークとして、Hall & Oatesのセールスは緩やかに下降線をたどってゆく。その後は活動休止を経て、ソロ活動と並行しながら、マイペースに稼働している。ただ、かつてのヒットメイカーの面影を探すのは難しい。
 夭折したPalmerも、徐々に落ち着いたアンサンブルに回帰する。敬愛するMarvin Gayeのカバーなど、往年のソウル・クラシックへのリスペクトを強く表明していた。ディスコグラフィーを見ると、彼もアポロ・シアターでのライブ・アルバム出してたんだな。
 Winwoodもまた、ヒットの実績を引っさげて、飛ぶ鳥を落とす勢いだったヴァージンに移籍したはいいけど、相性がイマイチだったためか、あんまりパッとしなかった。近年は、出発点のR&B路線に回帰して、ジャム・バンド・スタイルでのツアーを中心に活動している。

 Vanだって厳密に見れば、音楽性が一貫していたわけではない。アイリッシュ民謡に行ったりジャズに行ったり、最近ではカントリーにも足を突っ込んだりして、考えてみれば傍若無人やりたい放題のありさまである。
 今となっては、「何をやっても俺は俺」、ジャンルやサウンドが変わっても、「俺が歌えばVan Morrison だろ、文句あるか?」と言いたげなふてぶてしさが漂ってくる。あ、それって昔からか。
 愚直に真面目に、ただ自分のやれる範囲で手を抜かず、身の丈にあった仕事をする。
 言葉にすると簡単だけど、貫くことはやっぱ大変だったろうと思われる。周囲からの誘惑もあったろうし、レコード会社からのプレッシャーもあっただろうし。
 まぁ、鼻で笑って相手にしないんだろうけど。






1. Got to Go Back
 Ray Charlesが歌いそうな、大陸的なスケール感のあるバラード。柔らかなサックスの響きは、同時期のStingのソロ作よりもメロディアス。メロウな感触は、日本人にも受け入れやすいかもしれない。

2. Oh the Warm Feeling
 同じく、ソプラノ・サックスのイントロがStingっぽいけど、フィリー・ソウル風の女性コーラスをフィーチャーしているため、コンテンポラリー色はこちらの方が強い。この頃はこの楽器の音色に凝っていたのか、ほぼデュエット状態でサックスがカウンターで入ってくる。気に入り過ぎて、次作『Poetic Champions Compose』では自分でプレイしちゃうくらいだし。

3. Foreign Window
 ここらで本気を出したのか、力の入ったソウルフル・ヴォーカル。今回、コーラスを務める女性シンガー2名(Bianca Thornton、Jeanie Tracy)に気合負けしないよう、野太い声での応酬。

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4. A Town Called Paradise
 アイリッシュ・フォークとソフト・ゴスペルが共存している、考えてみれば味わい深く変な曲。普通にやっちゃうと違和感ありまくり、ブロウしまくるアルト・サックスもミスマッチだけど、この世界観ではなぜか絶妙に混じりあってしまう不思議。俺様状態がバラバラのパーツをも強引にまとめ上げてしまう。

5. In the Garden
 ライブのクライマックスで演奏されることが多かった、エモーショナルあふれるバラード。本人いわく、80年代の重要曲のひとつとされ、いつもより情感がかなり込められている。淡々としたヴォーカリゼーションが多い80年代のVanの楽曲の中では、確かに異質。70年代からのファンには喜ばれたんじゃないかと思われる。いや確かにすごいわ、特に終盤。



6. Tir Na Nog
 「ティル・ナ・ノーグ」と読む、ケルト神話からインスパイアされたナンバー。悠然たるストリングスをバックに朗々と歌い上げている。全身全霊じゃなく、ちょっと余力を残したくらいの方が、この人はニュアンスが伝わりやすいんじゃないか、とこの曲を聴いて思う。だから初期作品にいまいち入り込めないのかね。

7. Here Comes the Knight
 Them時代に「Here Comes the Night」というスタンダードをヒットさせており、そこからインスパイアされたのかと思ったけど、まったく別の曲だった。よく見たら「K」ってついてるし。むしろ同郷の詩人W. B. Yeatsからの影響が強いらしい。WaterboysのMike Scottもアルバム1枚丸ごと使ってリスペクトしているくらいなので、アイルランドのアーティストにとっては神的存在なのだろう。

8. Thanks for the Information
 Vanにしては珍しく、リズムのエコーが深いことで特筆される楽曲。ドラムのリヴァーヴが効いているため、ここだけちょっぴり時代性を感じさせる。でもやっぱミスマッチだな。全編このサウンドにしなくて正解。

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9. One Irish Rover
 ブラコンみたいなイントロがちょっとどうかと思うのと、控えめなゲートエコーがやっぱり違和感ありまくり。御大、やっぱ一回くらいは試してみたかったんだろうか。でも大っぴらには言いづらいから、こんな地味な場所に入れちゃったりして。

10. Ivory Tower
 ラストは軽快なR&B。やっぱり、こういったのがこの人の本流なんだな。ブレイクの瞬間なんて、ちょっとカッコよくさえ思えてしまう。女性コーラスとも張り合うことなく、息はピッタリで楽しそう。一応、シングルとしてもリリースされたらしい。まぁシングル・チャートなんて興味なかったんだろうけど。






カーソン・マッカラーズを知っていますか。 - Suzanne Vega 『Lover, Beloved』

folder 近年、村上春樹による新訳『結婚式のメンバー』刊行によって、ちょっとだけ話題になったカーソン・マッカラーズ、彼女の半生と作品をテーマとして、Suzanne Vega によって歌われたコンセプト・アルバム。
 日本では「ルカ」と「トムズ・ダイナー」以降、ほとんど目立った紹介もされず、アーティストとしてのピークはとうに過ぎたと思われがちなSuzanne、同じく70年代くらいまでの文学少年/少女らにコアな人気を博していたマッカラーズも、今ではほとんどの作品が絶版で、容易に手にすることができない状態が続いている。この組み合わせでドカンと売れることはまずあり得ず、アーティストの創作欲求に基づいたもの、文化事業的な側面が強い作品である。要は地味ってことで。
 売れる作品を作ることは、アーティスト活動を継続するために重要なことではあるけれど、表現欲求とはまた別のベクトルである。マッカラーズもSuzanneも、大きくエンタメ路線に偏った人物ではない。むしろ逆行する形、大衆のニーズからは離れたところで、地道に良質の作品を作り続けているイメージが強い。

 -カーソン・マッカラーズ(Carson McCullers、本名:Lula Carson Smith、1917年2月19日 - 1967年9月29日)はアメリカの作家。彼女はエッセイや詩だけでなく、小説、短編、戯曲を書いた。処女小説『心は孤独な狩人(原題:The Heart is a Lonely Hunter)』ではアメリカ南部を舞台に、社会に順応できない人間や排除された人間の魂の孤独を探究した。他の小説も同様のテーマを扱い、南部に舞台を置いている。

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 俺とマッカラーズとの出会いは、遡ること四半世紀前、白水社Uブックス版の『悲しき酒場の唄』が初めてだった。その当時ですら、彼女の本はほぼ絶版状態で、大きめの本屋でも入手できたのは、それくらいしかなかった。のっぽの美女と短軀の男というエキセントリックな設定で繰り広げられる不器用な愛の交歓は、そりゃあもう地味なストーリー展開ではあったけれど、妙にグイグイ引き込まれてしまう求心力を秘めていた。
 人種差別が平気で横行していたアメリカ南部の暗部を寓話的に描くマッカラーズの筆致は、問題提起というより軽めのゴシック・ロマンスといった趣きでまとめられており、文学かぶれの20代の男の中途半端な知識欲を満たすに足るものだった。

 当時の俺は休日になると、リュックを背に札幌市内の古本屋を片っぱしから回り、絶版文庫を中心にかき集めていた。マッカラーズの他の著作も、そうやって手に入れたものだ。
 当時はまだ、ブックオフのような大手も少なく、いわゆる商店街の古本屋がたくさん残っていた。ネット通販やヤフオクも黎明期だったため、競取りなんかの影響もほとんどなく、きちんと足を使って探せば、大抵のモノは手に入る時代だった。
 特に北大周辺の学生街だと、相当古い岩波文庫も充実していたし、新潮文庫のモームがまとめて店頭に出ていた時なんか、狂喜乱舞したものだった。
 考えてみりゃ、地味な20代だな、これって。

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 20代のうちに矢継ぎ早に作品を上梓し、順風満帆なキャリアを築くはずだったマッカラーズの文学的成果は、ほぼその初期でピークを迎えてしまっている。30代に入ってからは、家庭の事情やら家族の介護やら、またそこから誘発された精神的な不安定により、創作ペースは緩慢となる。もともと量産型の作風ではないゆえもあって寡作となり、鮮烈なデビュー以上の成果は残せなかった。
 繊細な筆致によるデリケートな文体、また精神的・肉体的に何らかの欠落を持ったキャラクターを好んで用いながら、決してその奇矯さだけに捉われず、素朴さと冷徹さとを併せ持った南部人の閉鎖性を活写した作風は、ナイーブな日本の文学少年/少女らにも、好意的に受け止められた。閉鎖的な読書体験を持つ人間の通過儀礼として、マッカラーズやサガンは、根強い人気を誇っていた。
 俺がこれまで読んだマッカラーズは、上記のほか、新潮文庫版の『心は孤独な旅人』、福武文庫版の『夏の黄昏』の3冊。今はもう、どれも手元にない。あくまで通過儀礼としての読書体験である。文学少年である日々は、もうとっくの昔に過ぎてしまったのだ。
 『結婚式のメンバー』も読むには読んだけど、以前のような感情の機微を捉えることはできない。
 読み返すには、まだちょっと早いのかな。

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 世代的に、Suzanneもまた、マッカラーズを読むことは通過儀礼だったのだろう。ただ、彼女をテーマにアルバム1枚作っちゃうくらいだから、その思い入れはずっとガチだったんだろうけど。
 きっかけは2011年まで遡る。Duncan Sheikと共作した戯曲『Carson McCullers Talks About Love』をオフ・ブロードウェイで上演、自ら舞台に立ったことで、さらなるインスピレーションが掻き立てられる。そこで培われた世界観をもとに、Suzanne はアルバム制作に着手する。
 アルバム・リリース当時のインタビューを読むと、最初からシンガーを志していたのではなく、ニューヨークのパフォーミング・アーツ・スクールでダンサーとしてスタートしたことを告白している。てっきりソングライター一筋かと思っていたけど、あらゆる可能性を模索していたんだな。ちょっと意外。
 余技というか、趣味で行なっていた弾き語りが注目されるようになってメジャー・デビュー、女優としてのキャリアは一旦幕を閉じる。
 「ルカ」の大ブレイクによって、アーティストとしての地歩を固め、Mitchell Froomとのコラボ以降、日本ではあまりインフォメーションされていないけど、アーティストとしてはコンスタントに精力的な活動を続けている。Froomとの別離以降は迷走した時期もあったけれど、これまでリリースしたほとんどの作品をアコースティックで歌い直した『Close-Up Series』で吹っ切れたのか、復調して新たなキャリアを築き上げている。

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 腺病質を思わせる繊細な横顔。
 わずかに残されたマッカラーズの肖像を見て思うのは、そんなイメージ。決してアクティブには見えないその儚さは、80年代デビュー間もない頃のSuzanne のイメージとかぶるところが多い。そういった繊細な文学少女的なイメージで売られることを、彼女自身が甘んじて受け入れていた面もあっただろうし。
 ただ近年の画像を見ると、そのイメージは見事に打ち砕かれる。抱けば壊れてしまいそうな、中性的な細身の躰は、今では薄い肉のヴェールで包まれている。ダーク・スーツを纏えば着痩せするのか、知的なビジネス・パーソン的風情だけど、肌の露出の多いノー・スリーブになると、途端にオバちゃんになる。日本での彼女のイメージは80年代で止まってしまっているけど、確実に歳はとっているのだ。
 外見は変わったとはいえ、彼女の中にマッカラーズ的な特性は確実に残っている。ただそれは、儚げで危うい感受性ではない。彼女が受け継いだのは冷徹な観察眼、どこまでも客観的な作家的視点だ。
 すでにSuzanne は、街角で孤独に佇む少女ではない。前回も書いたように、彼女は逃げ場もなければ戦う術もない、非力なルカではないのだ。

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 もしSuzanneがマッカラーズの人生に憧れて、その道程をなぞるだけだったなら、もっと早い段階で才能が枯渇していたか、あるいは引退していたかもしれない。
 ただ、彼女はそうはならなかった。彼女がマッカラーズに見ていたのは、作品へ取り組む姿勢、物語を紡ぐためのスキルだ。
 刺激的な題材は、強いインパクトを残しはするけれど、次回作はより強い刺激を期待される。インパクトのインフレはとどまるところを知らず、遂にはネタ切れを起こして自滅する。「ルカ」の大ヒットによって迷走し、一歩踏み外せば社会問題専門家にもなりかねなかったところを、Suzanneは踏みとどまった。
 作品のキャラクターと同化するのではなく、適切な距離を保つ。それが彼女の処世訓だった。
 作品との距離感を詰め過ぎた挙句、筆が進まなくなってフェード・アウトしてしまった者は多い。少女漫画家の三原順、または作家の尾崎翠など。
 それぞれ事情はあるだろうけど、いずれも早いうちに、その芸術的キャリアを終えた。その後の長い人生を、彼女らは創作とは縁遠いところで生活し、そして静かに消えていった。その後半生が幸せだったのか、また彼女たち自身が、自ら望んでそんな道を選んだのかどうか。

 Suzanneはその轍を踏まず、まだ歌い続けている。
 彼女自身がそういった道を望み、地道ながらも着実に、きちんと目の行き届いた作品を世に送り出している。



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1. Carson's Blues
 軽めの南部ブルースで幕を開ける。プロローグ的な役割のため、コンセプトを象徴するような散文詩は状況設定的。深読みするよりはむしろ、世界観をつかむためのもの。

2. New York Is My Destination
 初期の弾き語りスタイルを思わせる、ジャジーなムードのトラック。舞台がニューヨークなのに、なぜか大草原のど真ん中で歌う映像が存在する。謎だ。

3. Instant of the Hour After
 このアルバムは基本、書き下ろしなのだけど、唯一、2011年リリースの『Close-Up Vol. 3, States of Being』で先だって音源化されている。基本アレンジはそんなに変わらないのだけど、『Lover, Beloved』ヴァージョンの方がヴォーカルが奥に引っ込んでいるため、ちょっと聴きやすい。やっぱり濃いよな、『Close-Up Series』。

4. We of Me
 チャートにはかすりもしなかったけど、一応、シングルとしてリリース。確かにこの作品群の中では最もポップで聴きやすい。



5. Annemarie
 音像から言って、最もマッカラーズ的な特性を体現しているのは、このトラック。内に秘めた情熱が零れ落ちるヴォーカル、ミニマルなピアノのフレーズ。精密に構築された空間は、人を不安に陥れる

6. 12 Mortal Men
 マッカラーズ的人生の時系列をなぞっているのか、この辺からメランコリックな楽曲が多くなる。静かではあるけれど、アブストラクト。これもまたSuzanneが長いキャリアで獲得してきた独自の話法。

7. Harper Lee
 ニューヨークの場末のクラブでの弾き語りを思わせる、センテンスの多いフォーク・カントリー。架空の作家ハーパー・リーを軸に、プルーストやグレアム・グリーン、カポーティなど、彼女が好みそうな文豪の名が散りばめられてる。フィッツジェラルドなんかも好きなんだな、やっぱり。

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8. Lover, Beloved
 タイトル・トラックゆえ、マッカラーズ作品の世界観の一部を象徴している。悲観的な結末が多くを占めていることは、彼女が同性愛者であった点に起因する。彼女が生きた1940年代は、現在よりマイノリティへの風当たりが強く、それを公言することは社会的に抹殺されることを意味した。
 とても恋愛に対して前向きになることができない状況、その反動から紡ぎだされる極端な寓話性は、後世を生きるSuzanneにも大きく影響を与えた。

9. The Ballad of Miss Amelia
 アメリアはご存じ、『悲しき酒場の唄』の主人公。いとこのライモンとマーヴィンは、最後に彼女の心を踏みにじるような行ないをするのだけど、それを暗示してか知らぬふりか、Suzanneは淡々と物語を紡ぐ。

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10. Carson's Last Supper
 最後は大団円。罪深き者も悩める者も、みんな一緒に食卓を囲み、ゆったり最後の時を迎えよう。
 メランコリックな脱力感ながら、慈愛的な微笑みをもってささやきかけるSuzanne。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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