#Singer Songwriter

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

ゲンズブールの「逮捕しちゃうぞ♡」 - Serge Gainsbourg 『You're Under Arrest』

folder 1987年にリリースされた17枚目、オリジナルとしては最後のアルバム。御年59歳だったにもかかわらず、母国フランスでは最高2位にチャートイン、プラチナ・ディスクを獲得している。
 フランスのプラチナ・ディスク基準は10万枚以上なので、数字だけ見ると「えっ、そんなもん?」と思ってしまいがちだけど、そもそもフランスのCD/レコードのマーケット規模は意外に小さく、日本と比較するとほぼ4分の1程度。人口が日本のほぼ半分という条件にしても、あまりに少なすぎる購入率ではある。
 ただこのようなデータがあるからといって、単純に「フランス人って音楽を聴かないの?」という状況ではない。記録メディアの購入は少ないけど、オペラやミュゼットの勃興からわかるように、劇場やカフェなどの生演奏でのリスニング・スタイルが、伝統的に続いている。「街に音楽があふれている」とはよく言ったもので、某団体にガッチガチに縛られた日本と違い、音楽との接し方に違いが表れている。

 単純計算で日本に置き換えると、プラチナ・クラスで40〜50万枚程度の売り上げということになる。ポツポツとミリオンが出ていた80年代日本だと、いわゆる中堅どころといった成績である。
 でも考えてみれば、すでに還暦に近いベテラン・アーティストが、現役バリバリの若手と競り合うほどのセールスを売り上げていたのだから、それがやはりアーティストの地力なのか、それとも当時の若手の不甲斐なさだったのか。
 セールス・ポジションとキャリアを基準として、今の日本で例えれば小田和正や山下達郎あたりなのだろうけど、作風や素行でいえば…、かつての遠藤ミチロウやパンタあたりだろうか。そのくらいこの親父、パンクよりパンクイズムが突き抜けている。

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 つい最近まで、音自体まったく縁がなかったのだけど、Serge Gainsbourgというアーティストがいるのは、一応知っていた。ただ、今も昔もラジオでオンエアされることはほとんどなかったので、聴く機会がなかった。もしかして、NHK-FMのディープな番組を漁れば見つけられたかもしれないけど、どちらにしろ北海道の中途半端な田舎の高校生が進んで聴く音楽ではなかった。

 「女優Jane Birkinの内縁の夫。ちなみに、どんな女優なのか、何の映画に出てるのかは知らない」
 「同じく女優であり歌手Charlotte の親父。一時、Lenny Kravitz と付き合ってて、一度2人でロキノンの表紙を飾った」
 「無数の女性と浮き名を流した、めちゃめちゃプレイボーイ」
 「エロい歌詞や言動で、何かと物議を醸した人」

 彼についてパッと思いついたことを、ほぼそのまんま書き出してみると、こんな感じになる。ほぼ雑誌の斜め読み程度の情報だけど、多分あながち間違ってないはず。
 こんな俺に限らず、大抵の日本人が持っている彼についてのトリビアは、せいぜいこの程度と思われる。音楽活動がメインのアーティストであるはずなのに、肝心の音楽がほぼ伝わっていないことが、Gainsbourgの低い知名度と直結している。

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 今でこそDaft Punkを筆頭に、世界でも有数のテクノDJを輩出しているフランスだけど、アメリカ/イギリスが中心だった80年代洋楽シーンでは、ほぼ黙殺された状況だった。70年代を駆け抜けたMichel Polnareff の全盛期はとうに過ぎ、フランスで活動するアーティストの情報が入ってくるのは、ほんと稀だった。
 「フランスといえばシャンソン、シャンソンといえばアダモ」といった具合に、21世紀に入るまでは、まともなインフォメーションが成されない状態が続くことになる。一応、「フランス 音楽 アーティスト」でググってみると、90年代ロキノンでちょっとだけレコメンドされていたTahiti 80や、「えっ、この人たちもフランス出身?」とちょっとビックリしたGipsy Kingsなどが検索でヒットする。でも、マニアックな支持に終わった前者もそうだけど、後者なんてフレンチっぽさ全くねぇし。

 で、改めてレビューするにあたり、俺の浅い先入観の真偽を確かめようと、前述のトリビアを改めて調べ直してみたところ、まぁ大体間違っていなかった。上っ面の知識だったけど、案外覚えてるもんだな。当時は大して興味なかったはずなのに、ゴシップ的な記事って忘れないものだ。
 さらにも少し深く突っ込んで、wikiやら個人ブログなんかで調べてみると、まぁ出てくること出てくること。世に出た作品よりGainsbourg本人の方が面白いんじゃないかと思ってしまうくらい、何かとネタの宝庫である。

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 「エロいことはほとんど知らない(という設定の)18歳の少女アイドルFrance Gallに、フェラチオを想起させるエロい暗喩を含めた歌「Les Sucettes」(邦題「アニーとボンボン」)を提供、後になって歌詞の内容を知ったGall、あまりの恥ずかしさと怒りのあまり、数ヶ月に渡って引きこもるほどのショックを受ける」
 「フランス革命を讃えた国歌「La Marseillaise」を、革命をイデオロギーとして含む音楽であるレゲエ・ヴァージョンにアレンジして発表、当然各方面からブーイング。特に某退役軍人からは、コンサート会場に爆弾を仕掛けた旨の脅迫電話があったが、「俺は屈しないぞ!」とステージで名言、男を上げる。ちなみに後日、その退役軍人とは飲み仲間になる」。何だそりゃ。
 「高額な重税への抗議行動として、生放送のテレビ出演時、「どうせ税金で取られちまうんだから」と、500フラン札(日本の1万円札に相当)にライターで火をつけて燃してしまう。ある意味、強烈なパンクイズムだけど、大多数の庶民からは「金持ちのお遊び」としてしか見られず、逆に顰蹙を買う」

 反骨精神あふれる50代を経て、円熟の60代へ移行したGainsbourg。
 名実ともに国民的スター/大御所となって、少しは丸くなったのかと思いきや、今度は当時13歳だったCharlotte を引っ張り出し、結構エグい内容の近親相姦ソング「Lemon Incest」をレコーディング、併せて、何かと誤解を誘発するエロいPVまで発表しちゃったものだから、またまた良識派を含め多方面から非難を浴びることになる。ブレない人だよな。
 その後も丸くなる気配を見せず、大衆にも良識派にも右にも左にも迎合しない「俺流」を貫いたGainsbourg。ジゴロ的な振る舞いで一世を風靡した青年期を経て、無精ヒゲまじりで毒舌を吐きまくるその風貌は、日本で言えば晩年の勝新太郎とその姿がダブる。
 そういえば彼もずっと「俺流」だったよな。自我を貫くとみな、あんな風貌になるのだろうか。

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 実際のところは不明だけど、その風貌や生き方から察するに、恐ろしく孤独な人だったんじゃないかと思われる。それでいて、退屈なのをひどく嫌って。そんなやり切れない想いが、晩年は露骨に態度や言動に出て。勝新にも通ずるよな、これって。
 自己愛が強い、猛烈な構ってちゃん。ほんとは独りでいるのが好きなのに、それでいて無視されるとヘソを曲げ、歩み寄られるとソッポを向いてしまう。
 そんな人間にとって、すべての事柄は刹那的なものでしかない。奇抜な言動で世間を騒がせても、また逆に、どれだけ賞賛を浴びる作品を産み出したとしても、満足することはなかったのだろう。すべては自分の上っつらを通り過ぎてゆくものでしかないのだ。
 どうにもならないことをわかっていながら、黙って何もしないでいると、それはそれで退屈で、抑え切れない衝動が悪意に形を変えて、口から飛び出す。
 あぁめんどくさい人。

 そんな偏屈オヤジとして人生を折り返したGainsbourg。80年代に入るといろいろ悟ったのか、音楽的オピニオン・リーダーとしてのポジションから自ら身を引くようになる。
 「自分でいろいろ仕切っても不満が出てくるし、エネルギー消費だってハンパない。どうせ何をしたって不満が残るんだから、だったらいっそ、周りにお膳立てしてもらった方が楽なんじゃね?」
 ほんとにそう言ったのかどうかは不明だけど、晩年に差し掛かった80年代の2作品は、どちらもアメリカでレコーディングされている。
 ここでの彼はちょっぴりピアノを叩いているだけで、バック・トラックはほぼプロデューサー任せ、ヴォーカルに専念している。ヴォーカルといったって、メロディを奏でることはほとんどなく、しゃがれた声でボソボソ聞き取りづらい独白を連ねるだけ。
 クレジットに目を通すと、名の通ったミュージシャンは参加していない。ていうか、ほぼ無名のプレイヤーばかり。多分、プロデューサーBilly Rushの人脈でかき集められた、「取り敢えず間に合わせ」臭が隠せない。ただ唯一、Jeff BeckやJohn McLaughlin らのレコーディングに参加していたTony "Thunder" Smith というプロのドラマーが全面参加しているおかげもあって、演奏全体はメリハリがあってボトムもしっかりしている。
 まぁシーケンス・ビートを基盤としているので、どうやったって、そこそこのクオリティは保てるのだけど。

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 二日酔いの余韻を引きずりながら、朦朧とした状態でマイクの前に立つGainsbourg。無機的なビートをバックに、殴り書きした自筆のメモ紙を見ながら、覇気もなくボソボソ物語を紡ぐ。
 無名のナレーターとジャンキーの黒人少女サマンサを中心に展開するコンセプト・アルバムということだけど、当然フランス語が主体なので、訳詞が必要になる。英語と違って、何となく知ってる単語をピックアップして大よそを理解する、という手法が使えない。俺が入手した盤は輸入モノなので、当然意味はほとんどわからない。ググってどうにか概要を掴むことで精いっぱい。でも、それでいいんだよな。意味なんて、わからなくてもいいんだよ。

 誰が聴こうが聴くまいが、もうそんなことはどうでもいいのだろう。彼ほどのアーティストになると、人に聴かせるというより、むしろ自身の内なる声との対話がメインとなる。我々にできることは、ただその呟きに耳を傾けるだけだ。
 歌声とも言えない言葉の礫は、フランス語を介さない者さえ、強引に振り向かせる。もちろん、BGMには適さない音楽だ。

 ― あぁ退屈だ。
 サウンドにかき消された声なき声は、そう呟いている。

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1. You're Under Arrest
 60近くになって、こんなヒップなトラックを作ってしまうとは。てかプロダクション任せだったんだろうな。ステレオタイプにファンキーなベーシック・トラック、そして無愛想なモノローグ。そう思い出した、スネークマン・ショーだ。ジングルでこんな感じだったよな。もちろんGainsbourgが後出しだけど、サックスのブロウが本家と比べてクール。



2. Five Easy Pisseuses
 1.のベーシック・トラックをまんま流用して、タイトル・コーラスを入れたような曲。要は彼が紡ぎ出す物語が重要であって、サウンドなんてどうでもいいのだろう。それでいて、やたらクオリティの高いデジタル・ファンクに仕上がっているのだけど。「Pisseuses」はもちろん英語「Pieces」のフランス語なのだけど、少女性愛「Pissy」とかけているらしい。やっぱりエロだった。

3. Baille Baille Samantha
 邦題「悲しみのサマンサ」。「バイバイ」に聴こえるから単純に「悲しみ」という言葉をあてたのだろうけど、「Baille」とはどうやら「桶」のことらしい。Gainsbourgのことだから、エロい隠喩だと思ってしまうのは深読みしすぎなのか?

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4. Suck Baby Suck
 Chuck BerryやBill Haleyなど、往年のロックンローラーへのリスペクトを歌い上げてるっぽいのだけど、基本はエロ。「ベイビー」を「吸う」んだから、結構直接的にエロいことを呟いている。これが許されるんだから、芸風って大事だな。勝新もある意味、何したって許されたもの。

5. Gloomy Sunday
 邦題「暗い日曜日」。国民的シャンソン・シンガーDamiaが初出の、知ってる人は知ってるはずの「自殺ソング」。「暗い日曜日に女性が亡くなった恋人を想い嘆くというもので、最後は自殺を決意する」といった救いのない曲は、何百人もの自殺者を産み出した(諸説あり)。日本も含め各国で放送禁止・発禁を食らったにもかかわらず、カバーをする者が絶えないという、何かとお騒がせなこの楽曲。その不吉さゆえ、優秀なアーティストを引き付ける魔力があるのだろう。
 モダン・サウンドのシャンソン、といった趣きで、俺的には結構気に入っているのだけど、訳詞を読んだらドン引きなんだろうな。なので、訳詞も読んでないし、自分で訳す気もない。



6. Aux enfants de la chance
 「Come Together」みたいなイントロから始まる、しっとりAOR的なスロー・ファンク。もうサウンドだけで俺好みの世界なのだけど、これがカラオケだけだと気が抜けた感じになるんだろうな。やはり頑固オヤジのモノローグがあってこそ、曲全体が締まる。

7. Shotgun
 大味なアメリカン・ロックっぽいイントロが安っぽく感じられ、タイトル・コーラスも陳腐なアレンジだけど、やはりGainsbourgの肉声が入ることによって、どうにか聴くことができる。しかしコードや旋律とは無関係のところで淡々と告白するGainsbourg。レコーディング・ブースという空間でうなだれながら、無造作に言葉を繰り出すその様は、ある意味王者の風格である。ただ、家来のいない王者だけれど。

8. Glass Securit
 これだけメロディを想起させるようなサウンドなのに、頑なに旋律を奏でることを拒むクソ親父。爽やかなギターの調べもシルキー・ヴォイスのコーラスも関係ない。彼の心は彼らの前にはいない。その居場所は孤独な暗所、深く寒い海の底だ。

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9. Dispatch Box
 タイトルは「アタッシュ・ケース」の意。手クセの多いカッティングもだいぶ慣れてきて、ライトなファンク・サウンドはヒットチャートにフィットする。3分弱ながらヒットの要素は可能な限り詰め込まれている。ヴォーカルは抜きにして。シンセポップ/ファンク路線はもう何枚か続けて欲しかったな。

10. Mon legionnaire
 ラストはÉdith Piafも歌ったシャンソンの古典のカバー。チープなDX7サウンドと軽いギター・カッティング、エコーの効いたバスドラの3点セットは、俺を含む80年代サウンド愛好家にとって、手放しで絶賛してしまうサウンド・メイキングである。逆に言えば、多少楽曲やヴォーカルに難があっても、これさえ揃っていればそこそこ聴けてしまうというのが、俺の悪いクセでもある。しかも間奏で、なかなかエモーショナルなサックス・ソロまで入った日には、もう垂涎もの。
 ちなみにストーリーのラスト。ナレーターはサマンサと一夜を共にした後、彼女を置き去りにして、フランス外人部隊に参加する。

 陳腐なストーリーだな。でもいいんだよな、これで。


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誰が何を言おうと、「俺は俺」。 - Van Morrison 『Poetic Champions Compose』

folder 1987年リリース、17枚目のソロ・アルバム。Themを脱退して間もなくレコーディングされた『Blowin’ Your Mind』が1967年なので、20年間ほぼ一定のリリース・ペースを守っていることになる。それに加えて何枚かライブ・アルバムや2枚組オリジナルもリリースしているので、アイテム数は相当な量にのぼる。なので、軽い気持ちで「ちょっと集めてみようかな」と思うのは早計。とんでもない量だから。
 ちなみに、そんな大量のオフィシャルもほんの氷山の一角に過ぎず、ブートの世界に足を踏み入れたら、そりゃもう奥深い迷宮から抜け出せなく恐れがある。Grateful Deadのファン・コミュニティーによって確立されたテープ・ツリー・システムが御大のコミュニティー内でも運用されており、比較的初期の未発表音源も聴くことが容易となっている。今じゃ普通にトレント・ファイルでも出回っているので、コンプしようと思ったが最後、一生を棒に振ってしまう。
 ダメだよな、これからレビューするのにこんなこと書いてちゃ。

 以前、布袋寅泰『Guitarhythm』をレビューした際、「問答無用の音楽」と形容したことがあったけど、デビューから一貫してその「問答無用の音楽」ばっかり作り続けてきたのが、Van Morrisonである。
 日本のアーティストで例えれば、浜田省吾あたりが最も近いポジションなんじゃないかと思われる。「団塊ジュニアの演歌」とも例えられる彼の楽曲は、その長い熟成を経て余分な雑味や脂が削ぎ落とされ、バラード系は一聴して判別がつきづらい楽曲も多いけど、それを「拡大再生産」と指摘するものは少ない。彼が奏でるのは、真摯に音楽と向き合った姿勢の末、紡ぎ出されたものだ。安易に一朝一夕で仕上がる、そんなお手軽なものではない。
 80年代中葉の『J. Boy』で心を鷲づかみにされた俺世代以上からは、熱烈な支持を受ける浜省だけど、全盛期を知らない若造にとっては、堀内孝雄との区別がつかないかもしれないし、人によって「合う/合わない」や「好き/嫌い」もあるだろうけど、でもそんな瑣末な個人の嗜好を鼻で笑い飛ばしてしまうのが、浜省の音楽であり御大の音楽である。
 多分、浜省なら言わないだろうけど、「ゴチャゴチャ言わんでいいから黙って聴けやっ、嫌なら聴くな」と言い放ってしまえる豪快さこそが、御大のキャラクターである。

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 年季の入ったヴォーカリストのアルバムというのは、「圧倒的な存在感を有する歌声」と、「あくまで引き立て役としてしゃしゃり出ず、それでいてそこそこのオリジナリティを付与した堅実なバッキング」という構図が一般的となっている。なので、それほど興味のない人にとっては楽曲の優劣がつけづらい。要するに、どれを聴いても同じに聴こえてしまうのだ。
 浜省のバラード系同様、御大もまたビギナーにとってはハードルの高いアーティストである。「一貫した音楽性」ということはイコール「初期の段階である程度、基本フォーマットが完成されている」のと同義である。時を経るにつれて熟成加減は深まるけど、その作品群は時系列とは無関係の座標にある。繰り返すけど、どれを聴いても同じに聴こえてしまうのだ。
 微妙な声の若さやアレンジの素っ気なさなんかで、「これは60年代後期のアルバムかな?」というのは判別できるけど、これがリマスターされたものになってしまうと、どっちが1976年モノでどっちが2015年モノなのか、ちょっとわからなくなってしまう。
 たまにちょっと寄り道して、アイリッシュ・トラッドやジャズ、カントリーに手をつけたりはしてるけど、基本、ブレの少ない人である。ていうか、「俺が歌えば全部Van Morrison なんだから文句ないだろ?」という無言のプレッシャーが、音から滲み出ている。その辺の圧は浜省よりかなり強い。

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 そういった人なので、どの時代から入ったとしてもクオリティは高く、一度馴染んでしまえば居心地の良い環境は保証されている。ただ、いくら同じような作風といっても前述の深化とリンクして、時代を追うごとに微妙に変化しており、当然好みも分かれてくる。
 一般的に間口の広さとして、ロック名盤ガイドなんかで紹介されることの多い『Moon dance』〜『Astral Weeks』を入り口とする場合が多い。実際、俺もワーナーの廉価版CDで入ったクチだし。
 その2枚を入手したのは確か20歳頃で、当時はロックの歴史をなぞるように、名盤ガイドに載ってるアルバムを片っぱしから聴き漁っていた。最初は、上位にランクインしているBeatlesやStones、Dylanなどの手堅いところを攻めてゆくのだけど、聴き進めるにつれて、あまり興味のないモノが残るようになる。そのうちリストを埋めることが目的化してゆき、一応下位打線のアイテムも聴くことは聴くのだけれど、そう何回もプレイヤーに入れることもなく、早々に売っ払ってしまう。

 当時の俺にとっての御大が、その中古レコ屋行き物件に当たっていた。その渋く地味な作風を受け入れる準備が、俺にはまだ整っていなかったのだ。結局のところ、自ら望んだモノでないと身につかない、という教訓は得た。汎用性の高い教訓だよな。
 「『Moonsance』周辺の70年代の作品群を抜きにして、Van Morrison を語ることはできない」という空気が、昔から日本の権威的メディア周辺では蔓延している。Stonesだったら『Let it Bleed』、Pink Floydなら『Dark Side of the Moon』が最高傑作だ、という論調。前評判や絶賛のレビューによって期待値が上がり、で実際に聴いてみると…、で、速攻中古レコ屋行き。そういった「何か思ってたのと違う」名盤をかき分けて、ずっと底の方で打ち捨てられた「真の名盤」たちよ。

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 Van Morrisonの場合だと、初期の泥くさいブルー・アイド・ソウル路線と併せて、本線から大きく逸脱したフォークロア作品『Irish Heartbeat』なんかも、評論家筋に結構持ち上げられている。民俗学的には貴重な記録かもしれないけど、正直、聴いてて面白いものではない。どうせやるのなら、大滝詠一『Let’s Ondo Again』ぐらいまでパロディーに噛み砕いてくれればまだ聴けるけど、あまりにアカデミック過ぎるそのスタンスは、ちょっと肩が凝ってしまう。

 そんな彼の音楽をきちんと聴けるようになったのは、ほんとここ数年、60〜70年代のソウル/ファンクを通過した耳を持ってからである。評論家の見当違いな絶賛に惑わされず、能動的にジャンルの開拓を行なうことによって、やっと自分のフィーリングとシンクロしたVan Morrisonサウンドを見つけられた、といった経緯である。単純に、年を取ったおかげもあるんだけどね。
 最大公約数的に、70年代派がファンの多勢を占めるのは事実だけど、それでも80年代以降の洗練されたAOR的サウンドを好むユーザーも多いのも、また事実である。俺がよく聴いて入るのも、ちょうどそこら辺だし。
 特別なギミックや小技もなく、単純に良い曲を素直に、感情の赴くまま歌い上げるだけ。
 たったそれだけなのに、お腹いっぱいになるくらいのクオリティが保証されている。あまりに安心できる仕上がりなので、良い意味で高機能なムード・ミュージックとしても活用できるのが、80年代Van Morrisonの大きな特徴である。

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 そういったわけで、この『Poetic Champions Compose』も品質保証付きのクオリティである。いつも通りなので特別な新機軸はないのだけれど、ちょっと御大、この時はジャズをやってみたかったのか、自らサックスを吹きまくったインストを3曲も収録している。アルバム構成上、ほんとは大して必要ないパートであり、無理やりねじ込んだ感もあるのだけど、でも案外サマになってるのはキャリアの為せる技。
 何かに似てるかと思ったらアレだ、部下の結婚披露宴の余興で自ら立候補して楽器演奏してしまう上司。やらせてみたら案外うまくて注目を集めてしまい、ドヤ顔で席に戻って酒を煽る中年男。いつも上から目線だけど、でも何だか憎めないんだよな。


Poetic Champions Compose
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1. Spanish Steps
 
2. The Mystery
 御大自身によるサックスを大々的にフィーチャーしたインストの後に広がるのは、雄大なアイルランドの地を思わせる、スケール感のある力強いバラード。広々とした農作地帯を思わせる奥行きは、ストリングスの音色さえフィドルのような響きに変えてしまう。

3. Queen of the Slipstream
 その肥沃たる大地をクローズアップしたかのような、古き良き19世紀の情景を振り返るような、懐かしささえ感じさせるバラード。考えてみりゃバラードばっかりだよな、この時期って。さらにカントリー志向が深まって、御大自ら弾くギターの音色も時々バンジョーっぽく響く。一応、シングル・カットはされているらしいけど、チャートインせず。



4. I Forgot That Love Existed
 ノスタルジックなムードから趣を変えて、もう少しリズムの効いたミドル・バラード。ヴィンテージ・ソウルからインスパイアされたメロディもフックが効いており、俺的には好きな世界。
 ほんと色づけ程度にシンセが使われているのだけど、この程良さ加減が絶妙である。同時代のアーティスト、例えば名前を出しちゃ悪いけどDylanのこの時期の作品なんて、変に時代に色目を使ってしまったのが仇で自爆しちゃってるし。
 ボトムがしっかりしてれば、無理にトレンドを追うことはないのに、つい目先に食いついて黒歴史化してしまったのが、多くのシンガー・ソングライター系のアーティストである。

5. Sometimes I Feel Like a Motherless Child
 こちらもメロディにメリハリがついたバラードで、ヴォーカル・スタイルはもう少しソウル寄り。基本のドラム・ビートに加えてアンビエント・テクノっぽいシーケンスが裏でなっているのだけど、こういった使い方ってあまり注目されてないけど、生音とのミックス具合はもっと注目されても良いと思う。スローなのに程よい疾走感がうまく表現されている。

6. Celtic Excavation

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7. Someone Like You
 B面冒頭のインスト、ていうか御大の独演会をプロローグとして、多分、一般リスナーも含めて最も良く聴かれている正統派バラード。最近になって、どこかで聴いたことがあると思ってたら、映画『ブリジット・ジョーンズの日記』でフィーチャーされていたのだった。そりゃ知名度あるよな。
 もう少し調べてみるとこの曲、映画挿入歌としてかなり優秀らしく、他にも6本の映画で何かしらのシーンで採用されている。クセがなくて、それでいてセンチメンタルで熱いバラードなので、ビギナーにも入りやすいんじゃないかと思われる。



8. Alan Watts Blues
 女性ヴォーカルが入ると、やっぱりゴスペルになるのは定番。タイトルにブルースって入るくらいだから、サウンドはほんと黒い。手クセの多いギターも粗い響きのドラムも、すべてがアメリカン。知らされずに聴いてると、ほんと黒人のヴォーカルと勘違いしてしまう。

9. Give Me My Rapture
 ニューオーリンズ風味は再び続く。アーシーなオルガンと強いリズムが曲をリードする。しかしこういった曲を聴いてると、ほんと演歌と同じ土着性の強さを感じさせる。

10. Did Ye Get Healed? 
 これまでの曲より洗練された、サックス・ソロからリードするジャズ・タッチのミドル・チューン。心もちヴォーカルの圧も抑え、オールディーズ・スタイルの女性ヴォーカルとのコンビネーションがレトロ・フューチャー。間奏のソロも軽やかだし、聴いてるとついついスウィングしてしまう。
 いい年だけど、ちょっぴりファニーで一皮むけた大人の茶目っ気を見せる御大。こういった大人に憧れてしまう。ていうかリリース当時の御大は42歳。今の俺よりだいぶ下じゃないの。まずいな。

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11. Allow Me
 ベッタベタなカクテル・ジャズだけど、まぁムード・ミュージックとして捉えれば充分な仕上がり。最後くらい、好きにやったっていいじゃん。あ、でも全部好き放題か。


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べ、べつに売れたかったわけじゃないンだからねっ!! -Joni Mitchell 『Chalk Mark in a Rain Storm』

folder 1988年リリース、前作『Dog Eat Dog』より約3年ぶり、彼女にとっては13枚目のオリジナル・アルバム。US45位UK26位という成績は、80年代のJoniとしてはまぁアベレージはクリア、と言った程度のそこそこの成績だったけど、本国カナダでは最高23位、初のゴールド・ディスクという栄冠を手にしている。もともと瞬間風速的なセールスを上げるタイプのアーティストではなく、地道なロングテール型の売れ方をする人なので、回収までの期間は相当要するけど、採算が取れる程度には売り上げが見込める、レーベル的には収益の目算が手堅い人でもある。
 一般的な知名度はそこまで高くはないけど、同業者からの評価は総じて高いので、「Joni Mitchell好きなんだよね」と言っておけば、何となく通ぶれるというメリットもある。矢野顕子やVan Morrisonも同じような空気感があるよな。

 CSN&Y「Woodstock」を代表とする、「ちょっと屈折したコード・ワークを自在に操るシンガー・ソングライター」として登場したJoniの活動のピークが70年代にあったことは、ほとんどのJoniファンが頷くところである。
 一般的な抒情派フォークの一言ではくくれない、彼女が本当の意味でオリジナリティを発揮するようになったのは、Weather Report勢をはじめとしたジャズ/フュージョン系セッション・ミュージシャンとの積極的な交流によって生み出された『Court & Spark』以降の作品群からである。

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 それまでポピュラー・ミュージックのメインとされていたロックが、70年代に入ってからは急速に疲弊していったのと前後して、ジャズやソウルのエッセンスを付加したソフィスティケートされたサウンドが喧伝されるようになる。大部分のAOR作品と比べて、Joniが創り出す作品からは大衆を惹きつける吸引力は弱かったけど、当時のフュージョン・ブームの流れに乗って堅実なセールスを上げていた。
 ここまでは問題ない。

 ここまでのJoniは、70年代に設立された新興レーベルのアサイラムに所属している。Neil YoungやEaglesといったメンツから推察できるように、大陸的なシンガー・ソングライターやカントリーをベースとしたロックを持ち味としたバンドが多く所属する、言ってみればアットホーム的な香りの漂うレーベルである。
 アーティストの自主性を重んじる社風は自由闊達なムードが蔓延し、採算さえどうにか取れれば自由な音楽性を追求できるということで、Joniにとっては心地よい居場所であった。
 その風向きが変わったのが、ゲフィンへの移籍ということになるのだけれど、事実上はアサイラムもゲフィンもオーナーは同じなので、ダイエー・ホークスがソフトバンクに屋号を替えたようなもの、アーティスト側からすれば親会社の名前が変わったんだなぁ程度の認識であったはずである。
 前述したように、旧来ロックは自家中毒を起こして疲弊しきっており、クリエイティヴな面においてはすでにその進歩を止めていた。いたのだけれど、そう考えていたのは一部の真摯なミュージシャンやマニアだけであって、ラジオから情報を得る大多数のライトユーザー向けに、イデオロギーより収益性を優先した産業音楽が量産されていた。
 玉石混合の70年代ミュージック・シーンを過ぎて、効率的に資本回収できるシステム作り、知的好奇心を軽く刺激する程度のアーティスト・エゴを商品化していったのが、ゲフィンというレーベルである。

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 5年ほどの長きに渡ったハウス・ハズバンド期を経て前線復帰したJohn Lennonを獲得したことによって、一気に業界内での評価がうなぎ上りとなったゲフィンだけど、この例に漏れず、初期はあまり新人の育成に積極的ではなく、むしろマンネリズムに陥ったアーティストの再生工場という経営戦略を推し進めている。その代表格と言えるのが、ELP、King Crimson、Yesなどのプログレ代表バンドの歴代メンバーを一堂に揃え、思いっきり売れ線狙いの産業ロックを大ヒットさせてしまったAsiaである。
 もともと小難しい理屈やらコンセプトやら鬱屈やらをテーマとして掲げて仰々しいサウンドでもって、有無を言わせぬハッタリで畳み掛ける、というのが俺的に、そして一般的なプログレに抱く印象なのだけど、実のところ、その辺を大真面目に考えているのはバンド内のブレーン担当くらいのもので、大方のプログレ・バンドのメンバーらは、ごく普通の分別と感性を持ったミュージシャンであり、それがちょっと他のジャンルよりはバカテクなだけである。売れるためにちょっぴり媚を売ったり魂を差し出したりすることに、それほどこだわらないのが大部分である。
 しちめんどくさいコンセプトに縛られず、ひたすらキャッチーなリフとポップなメロディにこだわった結果、彼らは産業ロックのフロンティアとして、爆発的な人気を得た。もともと各メンバーともリーダーを張れるほどの実力の持ち主であり、他バンドと比べてポテンシャルはハンパなかったので、いくらチャラチャラした楽曲やアレンジでも、どこかしら気品のようなものが漂ってしまうのは、やはりプログレ者としての業なのだろう。さり気なく変拍子や超絶アンサンブルなんかをぶち込んでるし。

 賞味期限の過ぎたベテラン・ミュージシャンでも、コーディネート次第では全然商品価値は上がる、ということを証明したのがAsiaであるとすると、当然、そこに目をつけるプロデューサーやマネージャーが跋扈したりもする。70年代を優雅に締めくくれず離合集散を繰り返したバンドの順列組合せが顕著になったのが、ちょうど80年代初頭からである。
 ソロ・アーティストもまた例外ではなく、これまで主にカントリー・ロック周辺で活動していたKenny Logginsは次第にロック色を強め、サントラ請負人として確固たるポジションを築いたし、他にも多くのシンガー・ソングライターらがKORGやRolandのシンセをこぞって導入し、ライトなAOR化へシフト・チェンジしていった。その路線がマッチした者もいれば無理やりこじつけっぽさが残る場合もあったけど、まぁそれはケースバイケース。

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 でJoni。
 『Wild Things Run Fast』から続く彼女のコンテンポラリー・サウンドへの急接近が、果たして本人の望むものだったのか、それともアゲアゲムードだったゲフィンの社内ムードに乗せられてのものだったのか。多分、どっちもだとは思う。
 大成功を収めたAsiaの成功体験が、ゲフィンのビジネスモデル、必勝パターンとして定着しつつあったため、アーティスト本人だけじゃなく、周囲のブレーンも浮き足立っていた、というのもあるのだろう。
 特にJoniの場合、ゲフィン移籍と前後して、公私認めるパートナーだったJaco Pastoriusとの関係の解消、同時進行で新パートナーLarry Kleinとの親交がスタートしている。以前のレビューでも書いたように、Joni Mitchellという人はアーティストであると同時に、女性でもある。こうやって書いてしまえば当たり前のことなのだけど、彼女のアイデンティティを構成する要素として、アーティスティックな側面と恋愛とは不可分である。言ってしまえば、その時その時で、付き合う男によってサウンドの傾向がまるで違ってしまうのが大きな特徴である。
 Larryは主にロック・フィールドでの活動が多かったため、自然と彼女の音もロック的、コンテンポラリー路線に傾倒してゆくのは自然の摂理とでも言うべきか。

 1980年設立という若い会社だったゲフィンに籍を置いていたことによって、また前身レーベルであるアサイラム時代からの古参ということもあって、下衆な勘繰りで言えば相応の印税率やディールは受け取っていたと思われる。キャリアを通して決して稼ぎ頭筆頭ではなかったけれど、社内的ポジションにおいてもかなり優遇されていたはず。
 レーベルも一新したことによって、これまでのような通好みの音楽ばかりを追求するのではなく、多少なりともシングル・ヒット的な功績のひとつでも残しておいた方が業界内ポジションの維持にも繋がるというのは、自明の理である。
 とは言っても、いきなり脈絡もなくダンス・チューンを多めに入れるとか単純にDX7のプリセット音で埋め尽くすというのも、彼女のプライドが許さない。これまでの文脈も念頭に入れてアーティスト・イメージを壊さず、それでいてポピュラリティを獲得できる方向性で進めなければならない。
 なので、大人のコンテンポラリー・ポップ、AOR路線というのがここで登場する。もともとAOR自体が、ジャズ/フュージョン、ファンクやソウルのハイブリット、いいとこ取りのジャンルのため、彼女がそちらの方向性へ向かうのは、至って自然の流れである。

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 ちょっとデジタル臭が強く出過ぎた『Dog Eat Dog』の反省もあって、この時期のJoniは視野を広げる目的もあったのか、以前から半分趣味的に続けていた絵画に本腰を入れるようになる。個展開催も積極的に行なうことによって、音楽の比重が少なくなり、実際、『Chalk Mark in a Rainstorm』リリースに至るまで3年のブランクが空いている。それだけ前作でのシーケンスとの格闘での疲弊が大きかったのだろう。
 ただそのインターバルが結果的に良い方向へ向かうきっかけとなったのか、クールダウンすることによって、デジタル・サウンドの使い方がこなれてきている。何が何でも徹頭徹尾打ち込みで埋め尽くすのではなく、従来のアコースティック楽器との絶妙なブレンドがナチュラルに溶け込んでいる。80年代特有のデジタル・サウンドは時代の風化に耐えられぬものが多く、Joniのサウンドもまた例外ではないのだけれど、スロー系では今も光るものが窺える。テンポが速くなると、ちょっと古臭くなっちゃうよな、やっぱ。無理にビートに乗ろうとするからまた。

 やたら多いゲスト陣というのが、このアルバムの大きな特徴。当時、Kate Bushとのデュエット「Don’t Give Up」がメチャメチャはまっていたPeter Gabrielや、アサイラム時代からの戦友Don Henleyを引っ張り出してくるのはまぁわかるけど、さすがにBilly Idolはないでしょ普通。単に意外性だけでキャスティングしたとしか思えない。その後も接点ないし。
 バラエティに富んだ豪華ゲスト陣と言うより、むしろ八方美人的に散漫な印象ばかりが先行してしまったこのアルバムの反省なのか、こういったコラボものはここで終了。Tom Pettyはまだわかるけど、Willie Nelsonはちょっと方向性違くない?とJoni自身思ったのだろう。

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 『Dog Eat Dog』がデジタル・サウンドをマスターするための習作だったとすると、この『Chalk Mark in a Rain Storm』はデジタルとアコースティックの混合比を見極めるための実験作、過渡期の作品という見方ができる。トップ40も十分狙える、ライト・ユーザーにもアピールするコンテンポラリー・サウンドを目指したけど、どうしても下世話に徹しきれなかった作品ではある。でも、その後のアーティスト・キャリアを思えば、ここで大きく道を逸れなくてよかったことは、歴史が証明している。
 次作『Night Ride Home』ではその実験成果がうまく具現化し、それ以降は絶妙の混合比バランスと世界観とを併せ持った円熟期が始まることになる。


Chalk Mark in a Rain Storm
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1. My Secret Place
 Peter Gabrielとのデュエットが話題となった、1枚目のシングル・カット。『Dog Eat Dog』で孤独なスタジオ・ワークに翻弄されていた感があったJoniだったけど、ここではシーケンスもまた楽器のひとつに過ぎないことを悟ったのか、デジタル臭はあまり前面に出ていない。エスニックなスタイルのヴォーカルを聴かせるGabriel、クレバーなトーキング・スタイルのJoniとのコントラストは絶妙。Kate Bushほどの幻想性はないけど、熟練のアーティスト同士の微妙な間合いが何とも。探り合ってるよな、2人とも。



2. Number One
 Manu Katchéが叩いているせいか、ポリリズミックなドラム・パターンが印象的。特徴的なリズムに乗せて歌うJoni、やはりいつも通り、メロディアスとはとても言えない、多分彼女以外が歌ったら支離滅裂になりそうな楽曲。こんな奇妙なコードを器用にまとめ上げてしまうのは、やはりこの人ならでは。
 ところでデュエットしているのは、当時活動休止中だったCarsのBenjamin Orr。正直Ric Ocasek以外のメンバーについてはほとんど知らないし、なんでこの人がここでフィーチャーされているのか、なんともさっぱり。

3. Lakota
 冒頭でむせび泣くような雄たけびを上げているのは、ネイティヴ・アメリカンの俳優Iron Eyes Codyによるもの。ちなみにLakotaとは、その部族のひとつ「スー族」を指す。
 サウンド自体はそこまで土着的なものではなく、普通にコンテンポラリーなロック・サウンド。Don Henleyがコーラスで参加しているけど、あまり目立った活躍はない。

4. The Tea Leaf Prophecy (Lay Down Your Arms) 
 揺らぎのあるメロディーが70年代からのファンにも人気の高い、それでいて力強く歌い上げるJoniの珍しいヴォーカルが聴ける、こちらも人気の高いナンバー。ドラムのエコーが深いのが時代を感じさせるけど、Joniのサウンド・コンセプトにはマッチしている。シングル・カットしても良かったんじゃないかと思われるのだけど、やっぱり地味なのかな。
 ここでのゲスト・コーラスは、当時、Princeのバック・バンドRevolutionやWendy & Lisaのバッキングを担当していたLisa ColemanとWendy Melvoin。Princeが自らのバックボーンのひとつとしてJoniを挙げていたのは有名なので、一応まったく関連がないわけではないのだけれど、やっぱり意外。ただ、特別ファンキーさを感じさせるものはない。彼らじゃないと、という必然性はあまり見えない。

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5. Dancin' Clown
 このアルバム中、またはJoniのキャリアの中でも最も異色さが際立つハードロック・チューン。だってデュエットしているのがBilly Idolだし。どういった経緯でJoniが彼にオファーしたのか、それともJoniのスタッフがプッシュしたのか、ていうか何でBillyがこの仕事を受けたのか、第一Joniのことを知っていたのか。
 疑問はいろいろ尽きないけど、めったに見ることのできないダンサブルなJoniを堪能したいという、マニアックな性癖のファンだったら喜ぶと思う。
 当時、BillyとよくつるんでいたSteve Stevensも参加しており、こちらもまた通常のBillyのスタイルでプレイしている。異分子を入れることによって予定調和を回避したかったのかもしれないので、まぁ「予定調和じゃない」というその一点だけ、目的は達成している。
 ていうかTom Petty、こんなとこで歌ってんじゃねぇよ。すっかり霞んじゃってるし。きちんと1曲腰を据えてデュエットすりゃ良かったのに。

6. Cool Water
 と、これまでは同世代のアーティストとのコラボが多かったのだけど、ここに来て格上が登場。当時でもすでにカントリー界においては大御所だったWillie Nelsonが参加している。もうちょっとスロー・テンポで色気があったら、『Top Gun』を代表とした80年代アメリカ・エンタメ映画のサウンドトラックにでも抜擢されたかもしれない。それくらいムードのある曲。一応、シングル・カットもされてはいるらしいけど、残念ながらチャートインは果たせず。



7. The Beat of Black Wings
 これまであまり起伏の乏しいメロディを歌ってきたJoniだったけど、このアルバムではメロディ・メーカーとしての側面を強調した楽曲が多い。やればできるじゃないの、と言いたくなってしまうミディアム・スロー。
 デュエット曲が多いため、相手にも見せ場を作る気配りという点もあったのだろう。ここで再びCarsのBenjaminが登場。特別、秀でたものとも思えないんだけどね。

8. Snakes and Ladders
 再びDon Henry登場。ここではもうちょっと見せ場を作られている。Eagles解散後、ソロ活動で最も成功を収めていたのが彼であったため、便乗目的ではないけど、ここでDonをフィーチャーする必要があったのだろう。
 こちらもシングル・カットされており、US Mainstream Rockチャートにて最高32位。サンプリング・ヴォイスのJoniが聴ける貴重な一曲。

9. The Reoccurring Dream
 ほぼゲストを入れることもなく、ほぼJoniとLarryの2人で制作された、密室間の強いメッセージ・ソング。『Dog Eat Dog』の延長線上的なサウンドは、ここで完結している「閉じた音像」ではあるけれど、デジタル特有の質感は柔らかく処理されている。

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10. A Bird That Whistles (Corrina, Corrina)
 古いトラディショナルのカントリー・ブルースをベースとした、変則チューニングで奔放に引きまくるJoniのアコギ、それと旧知の盟友Wayne Shorterとのセッション。お互い手の内は知り尽くしており、当初は和み感さえ漂っているけど、終盤に近づくにつれ、互いの技の応酬が激しくなる。興が乗ったセッションは次第に緊張感が蔓延しはじめ、そして唐突に幕を閉じる。その切り上げの加減こそが、一流アーティストらを手玉に取って操ってきたJoniの成せる業なのだ。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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