好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Singer Songwriter

カーソン・マッカラーズを知っていますか。 - Suzanne Vega 『Lover, Beloved』

folder 近年、村上春樹による新訳『結婚式のメンバー』刊行によって、ちょっとだけ話題になったカーソン・マッカラーズ、彼女の半生と作品をテーマとして、Suzanne Vega によって歌われたコンセプト・アルバム。
 日本では「ルカ」と「トムズ・ダイナー」以降、ほとんど目立った紹介もされず、アーティストとしてのピークはとうに過ぎたと思われがちなSuzanne、同じく70年代くらいまでの文学少年/少女らにコアな人気を博していたマッカラーズも、今ではほとんどの作品が絶版で、容易に手にすることができない状態が続いている。この組み合わせでドカンと売れることはまずあり得ず、アーティストの創作欲求に基づいたもの、文化事業的な側面が強い作品である。要は地味ってことで。
 売れる作品を作ることは、アーティスト活動を継続するために重要なことではあるけれど、表現欲求とはまた別のベクトルである。マッカラーズもSuzanneも、大きくエンタメ路線に偏った人物ではない。むしろ逆行する形、大衆のニーズからは離れたところで、地道に良質の作品を作り続けているイメージが強い。

 -カーソン・マッカラーズ(Carson McCullers、本名:Lula Carson Smith、1917年2月19日 - 1967年9月29日)はアメリカの作家。彼女はエッセイや詩だけでなく、小説、短編、戯曲を書いた。処女小説『心は孤独な狩人(原題:The Heart is a Lonely Hunter)』ではアメリカ南部を舞台に、社会に順応できない人間や排除された人間の魂の孤独を探究した。他の小説も同様のテーマを扱い、南部に舞台を置いている。

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 俺とマッカラーズとの出会いは、遡ること四半世紀前、白水社Uブックス版の『悲しき酒場の唄』が初めてだった。その当時ですら、彼女の本はほぼ絶版状態で、大きめの本屋でも入手できたのは、それくらいしかなかった。のっぽの美女と短軀の男というエキセントリックな設定で繰り広げられる不器用な愛の交歓は、そりゃあもう地味なストーリー展開ではあったけれど、妙にグイグイ引き込まれてしまう求心力を秘めていた。
 人種差別が平気で横行していたアメリカ南部の暗部を寓話的に描くマッカラーズの筆致は、問題提起というより軽めのゴシック・ロマンスといった趣きでまとめられており、文学かぶれの20代の男の中途半端な知識欲を満たすに足るものだった。

 当時の俺は休日になると、リュックを背に札幌市内の古本屋を片っぱしから回り、絶版文庫を中心にかき集めていた。マッカラーズの他の著作も、そうやって手に入れたものだ。
 当時はまだ、ブックオフのような大手も少なく、いわゆる商店街の古本屋がたくさん残っていた。ネット通販やヤフオクも黎明期だったため、競取りなんかの影響もほとんどなく、きちんと足を使って探せば、大抵のモノは手に入る時代だった。
 特に北大周辺の学生街だと、相当古い岩波文庫も充実していたし、新潮文庫のモームがまとめて店頭に出ていた時なんか、狂喜乱舞したものだった。
 考えてみりゃ、地味な20代だな、これって。

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 20代のうちに矢継ぎ早に作品を上梓し、順風満帆なキャリアを築くはずだったマッカラーズの文学的成果は、ほぼその初期でピークを迎えてしまっている。30代に入ってからは、家庭の事情やら家族の介護やら、またそこから誘発された精神的な不安定により、創作ペースは緩慢となる。もともと量産型の作風ではないゆえもあって寡作となり、鮮烈なデビュー以上の成果は残せなかった。
 繊細な筆致によるデリケートな文体、また精神的・肉体的に何らかの欠落を持ったキャラクターを好んで用いながら、決してその奇矯さだけに捉われず、素朴さと冷徹さとを併せ持った南部人の閉鎖性を活写した作風は、ナイーブな日本の文学少年/少女らにも、好意的に受け止められた。閉鎖的な読書体験を持つ人間の通過儀礼として、マッカラーズやサガンは、根強い人気を誇っていた。
 俺がこれまで読んだマッカラーズは、上記のほか、新潮文庫版の『心は孤独な旅人』、福武文庫版の『夏の黄昏』の3冊。今はもう、どれも手元にない。あくまで通過儀礼としての読書体験である。文学少年である日々は、もうとっくの昔に過ぎてしまったのだ。
 『結婚式のメンバー』も読むには読んだけど、以前のような感情の機微を捉えることはできない。
 読み返すには、まだちょっと早いのかな。

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 世代的に、Suzanneもまた、マッカラーズを読むことは通過儀礼だったのだろう。ただ、彼女をテーマにアルバム1枚作っちゃうくらいだから、その思い入れはずっとガチだったんだろうけど。
 きっかけは2011年まで遡る。Duncan Sheikと共作した戯曲『Carson McCullers Talks About Love』をオフ・ブロードウェイで上演、自ら舞台に立ったことで、さらなるインスピレーションが掻き立てられる。そこで培われた世界観をもとに、Suzanne はアルバム制作に着手する。
 アルバム・リリース当時のインタビューを読むと、最初からシンガーを志していたのではなく、ニューヨークのパフォーミング・アーツ・スクールでダンサーとしてスタートしたことを告白している。てっきりソングライター一筋かと思っていたけど、あらゆる可能性を模索していたんだな。ちょっと意外。
 余技というか、趣味で行なっていた弾き語りが注目されるようになってメジャー・デビュー、女優としてのキャリアは一旦幕を閉じる。
 「ルカ」の大ブレイクによって、アーティストとしての地歩を固め、Mitchell Froomとのコラボ以降、日本ではあまりインフォメーションされていないけど、アーティストとしてはコンスタントに精力的な活動を続けている。Froomとの別離以降は迷走した時期もあったけれど、これまでリリースしたほとんどの作品をアコースティックで歌い直した『Close-Up Series』で吹っ切れたのか、復調して新たなキャリアを築き上げている。

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 腺病質を思わせる繊細な横顔。
 わずかに残されたマッカラーズの肖像を見て思うのは、そんなイメージ。決してアクティブには見えないその儚さは、80年代デビュー間もない頃のSuzanne のイメージとかぶるところが多い。そういった繊細な文学少女的なイメージで売られることを、彼女自身が甘んじて受け入れていた面もあっただろうし。
 ただ近年の画像を見ると、そのイメージは見事に打ち砕かれる。抱けば壊れてしまいそうな、中性的な細身の躰は、今では薄い肉のヴェールで包まれている。ダーク・スーツを纏えば着痩せするのか、知的なビジネス・パーソン的風情だけど、肌の露出の多いノー・スリーブになると、途端にオバちゃんになる。日本での彼女のイメージは80年代で止まってしまっているけど、確実に歳はとっているのだ。
 外見は変わったとはいえ、彼女の中にマッカラーズ的な特性は確実に残っている。ただそれは、儚げで危うい感受性ではない。彼女が受け継いだのは冷徹な観察眼、どこまでも客観的な作家的視点だ。
 すでにSuzanne は、街角で孤独に佇む少女ではない。前回も書いたように、彼女は逃げ場もなければ戦う術もない、非力なルカではないのだ。

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 もしSuzanneがマッカラーズの人生に憧れて、その道程をなぞるだけだったなら、もっと早い段階で才能が枯渇していたか、あるいは引退していたかもしれない。
 ただ、彼女はそうはならなかった。彼女がマッカラーズに見ていたのは、作品へ取り組む姿勢、物語を紡ぐためのスキルだ。
 刺激的な題材は、強いインパクトを残しはするけれど、次回作はより強い刺激を期待される。インパクトのインフレはとどまるところを知らず、遂にはネタ切れを起こして自滅する。「ルカ」の大ヒットによって迷走し、一歩踏み外せば社会問題専門家にもなりかねなかったところを、Suzanneは踏みとどまった。
 作品のキャラクターと同化するのではなく、適切な距離を保つ。それが彼女の処世訓だった。
 作品との距離感を詰め過ぎた挙句、筆が進まなくなってフェード・アウトしてしまった者は多い。少女漫画家の三原順、または作家の尾崎翠など。
 それぞれ事情はあるだろうけど、いずれも早いうちに、その芸術的キャリアを終えた。その後の長い人生を、彼女らは創作とは縁遠いところで生活し、そして静かに消えていった。その後半生が幸せだったのか、また彼女たち自身が、自ら望んでそんな道を選んだのかどうか。

 Suzanneはその轍を踏まず、まだ歌い続けている。
 彼女自身がそういった道を望み、地道ながらも着実に、きちんと目の行き届いた作品を世に送り出している。



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1. Carson's Blues
 軽めの南部ブルースで幕を開ける。プロローグ的な役割のため、コンセプトを象徴するような散文詩は状況設定的。深読みするよりはむしろ、世界観をつかむためのもの。

2. New York Is My Destination
 初期の弾き語りスタイルを思わせる、ジャジーなムードのトラック。舞台がニューヨークなのに、なぜか大草原のど真ん中で歌う映像が存在する。謎だ。

3. Instant of the Hour After
 このアルバムは基本、書き下ろしなのだけど、唯一、2011年リリースの『Close-Up Vol. 3, States of Being』で先だって音源化されている。基本アレンジはそんなに変わらないのだけど、『Lover, Beloved』ヴァージョンの方がヴォーカルが奥に引っ込んでいるため、ちょっと聴きやすい。やっぱり濃いよな、『Close-Up Series』。

4. We of Me
 チャートにはかすりもしなかったけど、一応、シングルとしてリリース。確かにこの作品群の中では最もポップで聴きやすい。



5. Annemarie
 音像から言って、最もマッカラーズ的な特性を体現しているのは、このトラック。内に秘めた情熱が零れ落ちるヴォーカル、ミニマルなピアノのフレーズ。精密に構築された空間は、人を不安に陥れる

6. 12 Mortal Men
 マッカラーズ的人生の時系列をなぞっているのか、この辺からメランコリックな楽曲が多くなる。静かではあるけれど、アブストラクト。これもまたSuzanneが長いキャリアで獲得してきた独自の話法。

7. Harper Lee
 ニューヨークの場末のクラブでの弾き語りを思わせる、センテンスの多いフォーク・カントリー。架空の作家ハーパー・リーを軸に、プルーストやグレアム・グリーン、カポーティなど、彼女が好みそうな文豪の名が散りばめられてる。フィッツジェラルドなんかも好きなんだな、やっぱり。

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8. Lover, Beloved
 タイトル・トラックゆえ、マッカラーズ作品の世界観の一部を象徴している。悲観的な結末が多くを占めていることは、彼女が同性愛者であった点に起因する。彼女が生きた1940年代は、現在よりマイノリティへの風当たりが強く、それを公言することは社会的に抹殺されることを意味した。
 とても恋愛に対して前向きになることができない状況、その反動から紡ぎだされる極端な寓話性は、後世を生きるSuzanneにも大きく影響を与えた。

9. The Ballad of Miss Amelia
 アメリアはご存じ、『悲しき酒場の唄』の主人公。いとこのライモンとマーヴィンは、最後に彼女の心を踏みにじるような行ないをするのだけど、それを暗示してか知らぬふりか、Suzanneは淡々と物語を紡ぐ。

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10. Carson's Last Supper
 最後は大団円。罪深き者も悩める者も、みんな一緒に食卓を囲み、ゆったり最後の時を迎えよう。
 メランコリックな脱力感ながら、慈愛的な微笑みをもってささやきかけるSuzanne。






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邦題『恋を駈ける女』…。まちがってはいないけど。 - Joni Mitchell 『Wild Things Run Fast』

folder 1982年リリース、11枚目のオリジナル・アルバム。名だたる豪華メンツを取り揃えた演奏陣、そこから生み出される作品クオリティは、安定のアベレージをクリアしている。ただ実のところ、ジャズ路線へ大きくシフト・チェンジして好評を期した『Caught and Spark』をピークとして、セールス的には下降線を描きつつあった。
 このアルバムも、鳴り物入りで創設されたゲフィン・レコードへの移籍第1弾として、またコンテンポラリー・ロック・サウンドへの路線変更というのが話題になったけど、結果はUS33位UK32位という、まぁまぁの結果。言ってしまえば、まぁそこそこ。
 ただこの人、もともと営業成績に躍起になるタイプのアーティストではないことも、ひとつの見方。いくら時流のサウンドに乗ったからといって、突然ブレイクするようなジャンルの人ではない。
 例えばVan Morrisonのように、レコード会社としての企業メセナ・文化事業としての側面を維持するため、「レコード会社の良心」「象徴的存在」的なポジションの人は、必ずいる。固定ファンはガッチリ掴んでいるので、そうそう大ハズレがないのも、彼らのようなアーティストが重宝される理由のひとつである。この辺の大御所が名を連ねていると、ラインナップにハクが付くしね。

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 で、前回のSuzanne Vegaが、プロデューサーMitchel Froomとの出会いによって音楽性が変わり、共有する時間が多くなったことから、プライベートを過ごす時間も多くなり、公私ともどもパートナーシップを結ぶに至った、と。ここまで書いた。
 ちょっと露悪的にザックリまとめちゃったけど、考えてみればコレ、一般社会でもよくある話だよな。俗っぽい話だと、要は職場恋愛みたいなもので。有能な先輩・上司に憧れて、指導を受けたり仕事帰りに飲み屋でグチったりしてるうち、なんかいつの間にかくっついちゃったりして。
 Suzanne の場合、一般社会の上司・部下という関係性ではないけど、サウンド・プロデュースの技術スキルに長けたFroomと作業しているうち/相談しているうち、何となく打ち解けあっちゃって、気が合っちゃった次第。
 全部が全部じゃないけど、多くのアーティストの場合、ヒラメキや発想力には長けているけど、商品としてまとめる力・構成する能力が欠けている人も多い。楽曲には絶対の自信があるけど、コーディネート力がおぼつかない、また駆け出しでそのノウハウが足りない者は、外部の助力が必要となる。いわゆるプロデューサー、またはエンジニアというポジション。
 「思いつく人」と「まとめる人」、本来は対等の立場でなければならないけど、普通はプロデューサーの方が作業能力に長けているので、よほどの大物じゃない限り、どうしても作業を仕切る人間の方が立場が上になってしまう。てきぱきセッティングしたり工程表を整然とまとめたり、そんな側面に、「思いつく人」は惹かれてしまう。

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 パートナーによってコンセプトが変わったという点では、JoniもSuzanneと似たようなものだけど、キャリアの長さや業界内ポジションを比べると、Joniの方が断然上であるため、単純にひと括りにはできない。Joniの場合、ミュージシャンに憧れるというよりは、むしろ憧れられる立場、同業ミュージシャンにもリスペクトされる側の人である。
 もともとフォーク/シンガー・ソングライターの枠でデビューしたJoniだけど、まずデビュー・アルバムのプロデュースが、当時フォーク界隈でブイブイ言わせてたCSN&YのDavid Crosby だった、という時点で、すでに大御所感を漂わせている。
 男女の関係になったのが、プロデュース前だったのか後だったのか、その辺は諸説あるけど、まぁ多分ラブ&ピースの時代だったから、本人たちも覚えていないのだろう。ほぼ同時進行で、同じグループのGraham Nash とも付き合っていたらしいけど、まぁその辺もラブ&ピースといったところで。

 ただ単に惚れた腫れただけなら、そこらのグルーピーと変わらないし、リスペクトされようもないけど、彼女の場合、その肉食的なセックス・アピールをも上回るほどの音楽的センス・才能も有していた。
 ポピュラーのカテゴリには収まりきれない、変幻自在のコードワークを支えるのが、誰もマネできないギターのチューニング。一般的なEADGBEという定番チューニングでプレイすることの方が稀で、ほとんどの楽曲は、自ら考案した50種類以上のチューニングでプレイするのだから、こりゃとんでもないギター・オタク。並みの才能で追いつけるものではない。
 そんなテクニカル面でのリスペクトだけじゃなく、情熱的かつオープンな恋愛体質をさらけ出すものだから、そりゃ周囲が放っておくはずがない。いわゆる「モテキ」が延々続く状態。また本人も、チヤホヤされてまんざらじゃなかったのか、その後もJames Tylorと付き合ったり、Leonard Cohen に熱を上げたりしている。
 いわゆる「恋多き女」という異名を持ちながら、そんな世俗的な評判すら吹き飛ばしてしまう完成度と求心力を持った作品を連発していたJoni 。Steven Tyler やMick Jaggerに通ずる肉食系の出で立ちは、強烈なフェロモンを放っていた。いわゆる整った美人ではないけど、異性を惹きつける匂いがあるんだな。

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 夭折の天才ベーシストJaco Pastoriusと付き合い始めてから、彼女の音楽性は変化する。今度はジャズ。一度虜になったら、のめり込んじゃう人なのだろう。
 フォーク人脈で固められていた、これまでのスタッフも総代わり、8枚目のアルバム『Hejira』では、ジャズ/フュージョン系のミュージシャンがバックを務めることになる。
 こうやって書いてると、「男の趣味でコロコロ態度を変える女」みたいだけど、これもちょっと違う。まず「アーティストであること」が大前提としてある彼女にとって、大切なのはアーティスティックな活動から生み出される作品であり、そこから派生するパフォーマンスである。湧き上がってくるインスピレーション/着想を具現化するため、その才能やビジョンに吸い寄せられてきた男たちを利用してきた、という見方が正しい。
 普通に考えて、この時点で業界内でも盤石のキャリアを築いていたJoniなので、単に惚れた男の気を引くため、大して才能のない男を無理やりキャスティングするとは思えない。音楽的才能のないジゴロや、単に口の上手い男に入れ上げることも、ちょっと考えずらい。
 そりゃラブ&ピースの時代をくぐり抜けてきた人だから、ちょっとしたつまみ食いや、ワン・ナイト・ラブ的なものもあっただろうけど、でもそれはそれ、利用価値がなければハイそれまでよ。継続的な関係になったり、私情を交えたキャスティングにはなり得ないのだ。

 別な意味で言えばJoni 、公私混同は甚だしい。ただ、それは女として、1人の芸術家としての所業である。逆に言えば、完全なビジネスライクに基づいた関係性を築くのが難しい人なのだ。
 彼女と関わるからには、深く深く、持てる力のすべてを差し出さなければ、対等に付き合えない。いや対等じゃないよな、「差し出す」っていう時点で、上下関係ついちゃってるもの。Joni自身はそこまで思ってないんだろうけど、そんな邪気のないところが、彼女の天才性を支える所以、音楽の神に選ばれる点なのだろう。
 で、Jacoの話に戻すと、まぁいろいろ原因はあるけど、ソロ活動を開始したあたりから、様子がおかしくなる。Weather Reportでの確執も相まって、アルコールやドラッグに溺れて自暴自棄な言動が目立つようになり、2人の蜜月は終わりを告げる。
 その別離は同時に、Joni のジャズ/フュージョン時代の終焉も意味していた。同じ路線で3作も続けば、大抵のことはやり切ってしまう。あとは「ジャズ」というジャンルの掘り下げであって、新たな可能性を探る作業ではない。
 良くも悪くもひと区切り、何かとそろそろ潮時だった。

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 で、その総決算的ライブ・アルバム『Shadows and Light』の後、リリースされたのが、この『Wild Things Run Fast』。ワールド・ツアー後、カリブ海でバカンス中だったJoni 、解放的な気分も手伝って、地元のディスコへ行ったところ、当時、隆盛だったSteely DanやTalking Heads、Policeのサウンドに触れて、新たな着想を得ることになる。
 恐らく、この前後でゲフィンへの移籍のオファーはあっただろうし、それなら移籍第1弾はちょっと豪華に派手めに、といった考えもあったんじゃないかと思われる。いくらヒット・チャートを狙うアーティストじゃなくても、世間のトレンドもちょっとは頭に入れて置かなければならない。どれだけ高尚な芸術品とはいえ、流通に乗せた時点で、それは商品/ポップ・ミュージックであることを意識しなければならない。

 Jacoとのパートナーシップ解消後、どのタイミングでLarry Kleinが関わってきたのかは不明だけど、彼女がコンテンポラリー・サウンド、いわゆるヒット・チャートに入る音楽と並べても遜色ないサウンドを作るにあたり、彼が重要なファクターであったことに異論はないはず。
 Jaco同様、Larry もまたベーシストであることは、単なる偶然ではない。もっぱらギターやピアノなど、メロディ楽器を操ってきたJoniにとって、骨格となるリズムを司るベースの存在は、必要不可欠なものだった。
 フォーク時代、彼女から見たポピュラー・ミュージックの主流は、単調な8ビートかディスコの4つ打ちが多かった。そんなリズム・バリエーションの狭さでは、自身の楽曲を過不足なく表現するにはキャパ不足であり、柔軟性の高いジャズへ向かったのは自然の摂理。
 それがパンク以降をを経て、お手軽なポップ・ソングだけじゃなく、様々なジャンルを取り込んだ音楽性を持つ前記のアーティストらが、ヒット・チャートを賑わすようになった。ジャズやラテン、レゲエをごく自然に吸収して、質が高く、しかもヒットまでしているのだから。
 Joniにとっても、参戦しやすい環境になった。

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 ここから始まるロック/ポップ路線はしばらく続き、例のごとく、公私にわたるパートナーシップも並行して継続することになる。
 ちなみにJoniとLarry、その年の差13歳。世代も違えばキャリアも違う、当時駆け出しセッション・プレイヤーだったLarry、そして大御所Joni。よく交際OKになったよな、どっちの立場からしても。ゲスい見方だと、若いツバメを囲い込んだとしか思えないもの。これもミューズの、また動物的フェロモンの為せる技なのか。
 別離後のLarry は、その後もJoniと友好的な関係を継続している。ていうかこの人、別れてから誰かに足を引っ張られたり、ゴシップを暴露されたりって、ないんだよな。別れ方もスマートなんだな。きっと。
 で、Larry、もともと表舞台に出しゃばる人ではなかったけど、その後も裏方として、たびたびグラミーにノミネートされるアーティストをプロデュースしていたりして、着実にキャリアを築いている。別れた後、仕事もなく落ちぶれて消息不明になっちゃったら、面目ないけど、結果的に若い才能を発掘し、独り立ちできるまで育て上げたことは、Joni の功績のひとつと言える。



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1. Chinese Café / Unchained Melody
 フュージョンほど複雑ではなく、手数も少ないけど、歌に寄り添うプレイを聴かせるVinnie Colaiutaのドラムは、AORサウンドとの相性も良い。でもこの当時のVinnie、まだFrank Zappaのバンドにいたんだよな。よくこんな人、引っ張ってこれたもんだ。Steve Lukather (g)が参加したことでポップ性が増しているけど、正直、ここでのプレイは大人しい。これまでと勝手が違うセッションだから、まだ緊張しているんだろうか。
 ちなみにどの辺が「Unchained Melody」なのか、ちょっとわからなかった。映画「ゴースト」を観てない俺に、誰かわかりやすく教えて。

2. Wild Things Run Fast
 セッションの順番はちょっと不明だけど、ここでLukatherが本気を見せる。わかりやすいディストーションは、Joniが求めていたはずであろう「いまイケてる音」の理想像。メンバーにロック野郎が1人入っただけで、サウンドがここまで違っちゃうのは、やはり彼のポテンシャルの成せる業。そして、コーディネートしたLarryの功績でもある。



3. Ladies' Man
 ここでギターがチェンジ、常連Larry Carltonが登場。リズム・セクションは変化ないけど、こういったシャッフル系のビートになると、Lukatherの大味なダイナミズムより、繊細さが求められる。慣れ親しんだジャズ・テイストの楽曲だと、Joniのヴォーカルも心なしか軽やか。ロック的なヴォーカル技術は持ってなかった人だし、その辺は無理もない。
 ちなみに目立たないけど、コーラスにLionel Richieが参加。Diana Rossとの「Endress Love」が大ヒットして、キャリア的に最ものぼり調子だった頃の彼の声を聴くことができる。多分、セールス・ポイントだったんだろうな、彼の参加って。

4. Moon at the Window
 再び、空間を感じさせるフュージョン・サウンド。こちらも常連Wayne Shorter (s.sax)が参加しており、Joniとデュエットしてるかのようなメロディアスなプレイを披露している。ただ、4分弱とコンパクトにまとめ過ぎちゃったのが、もったないところ。それとLarry、大御所に囲まれても動ぜず、手数の多いベース・プレイ。ベーシックが4ビートでスローな分だけ、若気の至りでこれくらい走っても正解。

5. Solid Love
 ギターを担当するのは、Larryと並んでその後の常連となるMike Landau。Lukather同様、Boz Scaggsのバックバンドで脚光を浴び、互いをリスペクトし合い褒め合ったり、何かと気持ち悪いギター・コンビである。同じロックにカテゴライズされる2人であり、
 正直、どちらもバカテクなのだけど、何となくJoniの中では、コンテンポラリーなAORをLandau、力強いハードネスをLukatherと使い分けているようである。その結果、「やっぱ激しいのはムリね」と悟ったのか、その後のセッションではLandauにお呼びがかかることが多くなる。


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6. Be Cool 
 再びジャズ・スタイル。この頃のShorterは、Weather Report内がゴタゴタしてて、活動にブレが生じ始めていた頃。フュージョン・ブームの低落の上、トラブルメーカーだったJacoの脱退もあったりなど、テコ入れが必要となっていた。
 Jaco繋がりで共通の話題も多かった2人、このアルバムでは「ポップじゃない」フュージョン・スタイルのプレイに徹してる。フレーズ自体はポップだけれど、Joniの歌が安易なポップに流れるのを阻む。そんな2人のせめぎ合いを前に、周囲は黙ってバッキングに徹するしかない。

7. (You're So Square) Baby I Don't Care
 彼女の長い歴史の中でも、すっごくわかりやすい8ビートのロック・チューン。若手が多いメンバーもこの曲はプレイして楽しかったんだろうな。アウトロのリズム・プレイはやたらテンション高いし。でもね、やっぱこういったロック・スタイルなら、ギターはLukatherの方が合ってたかな。音圧が違うもの。

8. You Dream Flat Tires
 ちょっとブルース・タッチのロック・ナンバー。3.ではその他コーラス扱いだったライオネル・リッチーが、ここではがっつりデュエットで熱いヴォーカルを披露。とても「Endless Love」や「Say You, Say Me」と同じ人とは思えない。元Commodoorsだし、芸の幅が広いのは、むしろ当たり前。
 こうなると、やっぱJoniのヴォーカルの色気、いわゆるスケベ心が足りないのがちょっと惜しい。もうちょっとポップ・フィールドに合わせてくれれば、「Easy Lover」クラスのヒットになったかもしれない。



9. Man to Man
 最初のストロークを聴いて、Larry Carltonが弾いてるのかと思ったら、クレジットを見るとなんとLukather。こんなしっとり落ち着いた音も弾けるんだ。まぁ彼クラスなら普通にできるか、もともとセッション・ミュージシャンだし。ただの直球ハード・ドライビングだけじゃないのだ。
 このくらいのロックとジャズの中間、程よいAOR路線はやっぱりしっくり来る。言っちゃ悪いけど、やっぱりこの辺が彼女の適性でもあるのだ。でもJames Taylor、久しぶりにコーラスで参加しているけど、ちょっと浮いている。せっかくなら、きちんとデュエットさせてあげればよかったのに。

10. Underneath the Streetlight
 サウンドはフュージョンとハード・ロックのハイブリッド、ていうかTOTO。サウンド・デザインのモチーフとして、彼らの存在が念頭にあったことは明白だけど、やっぱ合わねぇよな、シャウトするJoniって。
 リズム・アプローチも目新しいものがあるけど、人には適正というものがあって、そうなるとこの曲なんかは習作の域を出ない。まぁやってみたかったんだろうな。

11. Love
 ラストはしっとり、ここでShorterとLukatherが初顔合わせ。基本、Shorter & Joniによるジャズ的アプローチの中、テンション・コードを効果的に使ったシンプルなプレイのLukather。ジャズ・セッションによくある「せめぎ合い」ではなく、それぞれが醸し出す音によって空間を満たす、有機的なインタープレイが綺麗に幕を閉じる。






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スザンヌさんの大胆なイメチェン作 - Suzanne Vega 『99.9F』

Front 1987年の「ルカ」の大ヒットによって、Suzanne Vega が世に知られるようになったのは、「偶然」と「必然」、それらのジャストなタイミングの巡り合わせだった。
 HeartやWhitney Houston、懐かしいところではStarship など、大味なアメリカン・ロックやソフトR&Bが上位を占める中、ヒットチャートの良心とも言うべき、良質のフォーキー・ポップが一定の支持を得たというのは、エレ・ポップに食傷気味になっていた大衆のニーズから来る「必然」、それと、80年代アメリカ音楽業界内におけるメイン・カルチャーとサブ・カルチャーとの微妙なパワー・バランスから生じた「偶然」の産物である。
 時々あるんだよな、アメリカのチャートって。不特定多数をターゲットに制作された全方位型ポピュラー・ソングに対する、カウンター・カルチャーとしてのカレッジ・ラジオの存在が、バカにできない。
 大衆的なヒットとは一線を画した、ちょっと斜め上の非商業的なアーティストが多勢を占めるラインナップが、大学生を中心とした20代の音楽ファンの支持を得ていた。ただ、年を追うに連れて、R.E.M.らを筆頭とした、カレッジ・チャート出身のアーティストがビルボード・チャートの方にも進出するようになり、世代交代の後押しを進めることになる。
 第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの勢いに押されて、新陳代謝が遅れていたアメリカ勢のカンフル剤として、ニューヨークやLAだけじゃない、地方出身のインディー・アーティストが取って替わるようになったのも、これまた歴史的な「必然」。
 そこのチャートが時々、大きくバズったりして、BanglesやTimbuk 3なんかがメジャー展開するきっかけになったりして。SmithereensやSonic Youthなんかも、スタートはここからだったんだよな。

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 デビュー間もない頃のSuzanneは、老舗A&Mによる良質なディレクションによって、純然なフォークというより、薄くかぶせられたシンセとアコースティック・サウンドとの程よいミックス、フォーキー風のポップ・バラードという印象だった。フェミニズムやエロチシズムからは遠く離れた、引っ込み思案な文学少女を思わせる出で立ちは、過剰にデコレーションされた女性アーティストと比較すると、一種の清涼剤的佇まいを漂わせていた。訥々と精々しく言葉を紡ぐ、女の子とも女性、どちらとも取れる26歳の歌声は、ひっそりとした登場の仕方だった。
 チャートで多勢を占めていた、MIDIダンス・ポップとは、感触が大きく違っている。歌をメインとするため、バックのサウンドは控えめにしてある。できるだけ意味をはっきり伝えるためか、「歌う」というよりは「呟く」といった印象のヴォーカル・スタイル。声量は大きいものではないけれど、きちんと対峙して聴けば、発せられる言葉はきちんと聴き取れる。キレイな発音なので、リスニングもしやすい。逆に言えば、ついでで聴き流す音楽ではない、ということだ。聴く方にも、それなりの姿勢が必要だ。

 多くの人が、第一印象として「地味」と思ったに違いない。まぁ弾き語りスタイル自体、派手さを競うジャンルでもないし。最初こそハードルはちょっと高めだけど、聴き込んでいくと、ニューヨークを生き抜く都市生活者の孤独、その何気ない生活シーンを素直に切り取った心象風景は細やかだ。陳腐な表現だけど、ちょっと触ればたちまちヒビが入るかもしれない、そんな繊細なガラス細工のような作品は、静かに、そして聴き手の心に呼応するように、わずかに熱を帯びる。
 決して強い自己主張があるわけではない。むしろもっと引いた視点、自ら張り巡らせた薄い膜を通して、クレバーかつ慈愛に満ちたアングルによって、作品の主人公は息吹を吹き込まれる。

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 なのでSuzanne 、基本的には、拳を握りしめて声高々にメッセージを発する人ではない。社会派を気取った発言をする人でもないし、児童虐待を含めた社会問題をあからさまに批判するわけでもない。ただ、そんな現状が身近にある。それを歌にしただけのことだ。
 ルカはSuzanne の分身ではない。ルカはあくまで歌の題材、たまたま新聞かテレビで児童虐待のニュースを見て、インスピレーションを感じ取って作品に仕上げただけの話である。彼女の歌の中では、ルカはむしろ異質なテーマであり、その多くは半径5メートル以内の身近な心象風景を切り取ったものだ。
 なので、第2第3のルカを求められても困ってしまう。市場、そしてファンのニーズはルカ的なモノにあるかもしれないけど、すでに彼女の視点は別のところへ行ってしまっているのだ。
 逆に、ここまでイメージが固定されてしまったのなら、別のアプローチを試しくたくなるのも、アーティストとしての矜持である。第一、そこまで弾き語り主体にこだわってるわけじゃないし。

 そんな事情もあって、Suzanne が『99.9F』を作るにあたり、漠然と描いていたのが、従来のフォーク・ポップ路線からの脱却だった。商業政策的には、このままソフトなBilly Bragg的路線という選択もあっただろうけど、その辺はアーティストに寛容なA&M、口出しはして来ない。
 ただSuzanne、「じゃあどんな感じで?」という具体策が独りでは思いつかなかったため、各方面へデモ・テープを送りまくる。いわゆるプロデューサー・コンペである。
 ほとんどのコンポーザーは、従来路線を基軸とした、前述Billy Bragg的アプローチだったのに対し、唯一、「俺が違う路線でやってみる、ていうか歌はいいけど、これまでのサウンドはあんまり良くないし」と手を挙げたのが、当時はまだ新進気鋭だったプロデューサーMitchell Froomだった。
 俺が彼の名前を知ったのは、Elvis Costello 『King of America』でのアーシーなハモンド・プレイに耳を引かれたからだった。それからしばらくは、キーボード・プレイヤーとしての活躍が多かったFroomだけど、エンジニアTchad Blakeとチームを組んだあたりから、方向性が一変、プロデューサー/サウンド・メイカーとして、個性と記名性の強いアルバムを次々と制作するようになる。
 彼らの初期プロデュース・ワークで最も有名なのが、Los Lobosの『Colossal Head』。誰もが「ラ・バンバ」で終わった一発屋と思っていた彼らに、当時のトレンドだった音響派要素を含んだヴァーチャル・ラテン・テイスト+インダストリアル・タッチのエフェクトをデコレーションし、そのミクスチュア感覚が、レトロ・フューチャー感を演出して、まったく新たなキャリアを築き上げたのだった。
 なんかここだけ、CDショップのPOPみたいだな。

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 『Colossal Head』でドーンと名が売れるちょっと前、どんなジャンルでもインダストリアル・エフェクトを突っ込めば、全然違うサウンドにビルドアップできる、というサウンド・コンセプトだけはあったFroomの元に、Suzanneのデモが届く。
 言葉とメロディは揃っている。ヴォーカル・スタイルだって、きちんと独自のモノを持っている。あとは飾りつけだ。足すべき音と、いらない音。
 フォーク/シンガー・ソングライターのテーゼに基づいて書かれたメロディは、破綻も少なく流麗ではあるけれど、それが仇となって、時に平坦に聴き流されてしまう。調和の取れた作品はアートではあるけれど、完全ではない。アンチテーゼとしての破壊と混乱が内包されていなければならないのだ。
 静謐なメロディとヴォーカルと対比して、通底音のように鳴り響くメタル・パーカッションの破裂音と、不似合いなノイズ・エフェクト。そのアンバランスさは、初期のガラス細工のような儚さとは種類が違う。その不安定さは、秩序の破壊を孕んだ激しい熱だ。そして、その熱はSuzanneのヴォーカルをも浸食し、体温を引き上げる。

 初期3作までは、そのクレバーさゆえ、平熱より低めのテンションでいることが多かったSuzanne だったけど、ここではタイトル通り、華氏99.9度、摂氏で言うと37.8度と、軽い「微熱」状態でいることが多い。楽曲の骨格は従来と大きく変わらないので、シンプルなアレンジの楽曲では平熱で歌っている。アルバム構成として、これは正解だ。
 全部がインダストリアル・フォークだと一本調子になって、聴く方だって疲れてしまうし飽きてしまう。今みたいに、シャッフルして好きな曲だけピックアップ、っていうんだったら何でもいいけど、まだみんな、アルバムは最初から最後まで聴き通す時代の作品である。ペース配分を考慮して選曲というのは、とても重要なファクターなのだ。

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 イメージ・チェンジというのが事前にインフォメーションされていて、市場の期待値もそれなりに大きかったのだけど、セールス的には、USで辛うじてゴールド獲得、前作までと比べ、そこそこの売り上げに終わった。「ルカ」的なイメージを求めていたにわかファンを中心に、Froomが槍玉に上がったことは、まぁとばっちり。
 ただ、彼女がここで得たスキル、そして新たな方向性への道筋がついたことは、大きな収穫だった。単なるフォーキー・ポップ以外の言語を獲得したことで、その後のSuzanneの創作意欲は旺盛になってゆく。
 その後、数作に渡って2人の共同作業は続き、それに伴ってプライベートでの距離も縮まってゆく。『99.9F』リリースからちょっとして、2人は私生活上においてもパートナーとなり、1子を授かってしまう。ほんとよく聴く話だよな、プロデューサーとアーティストの色恋沙汰。今ちょうど、テレビで小室哲哉の不倫疑惑のニュースを見ていたので、特にそう思う。
 ただ、2人のパートナーシップはそんなに長くは続かず、Suzanneの音楽性の変化、アコースティック路線への回帰を機として、わずか3年で解消に至る。ゲスい見方だけど、創作スタイルの切れ目が、縁の切れ目だったのかね。



99.9 F
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Suzanne Vega
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1. Rock in This Pocket (Song of David) 
 いきなり銅鑼を打つようなメタル・パーカッションが響いてくるので、最初はちょっと驚きだけど、歌に入るといつものSuzanneのスタイル。ギターを中心とした構成に変化はない。トーキング・スタイル思いきや、ちゃんとサビは印象的にメロディアスになってるし。テルミンみたいなエフェクトを始めたのは、多分Froomからかな。



2. Blood Makes Noise
 ベース・ラインがめちゃカッコいいと思ったら、AttractionsのBruce Thomasだった。こういった手数が多くリード楽器みたいな音は、やっぱりCostelloと場数を踏んでただけのことはある。あの人、ギター・ソロはめったに弾かないから、Steve Nieveが手が空いてない時は、メロディ担当しなくちゃなんないし。そういえばドラムはJerry Marotta。プロデューサー人脈からいって、ワーナー時代のCostelloのラインナップだ。
 ビルボードのモダン・ロック・チャートでは、なんと1位を獲得。



3. In Liverpool
 リバプールというタイトルなので、Beatlesについて歌ってるのかと思って歌詞を見ると、どうもあんまり関係ないらしい。どっちにしろ、俺の語学力じゃ深い考察は無理だ。誰か教えて。
 ここでいったんクールダウンして、オルタナ系は引っ込めて平熱の状態。しっとり落ち着いたフォーク・バラードは心に沁みる。シングル・カットされ、UK52位。従来イメージの楽曲は、固定客の心をつかんでいると言える。

4. 99.9F°
 ここでドラム・ループが出てくる。終始クールなスタンスで、後期のEverything But the Girlを思わせるシーケンス中心のサウンドは、微熱状態をイメージさせない。それとも、相手(男)に熱を持つよう促しているのか。
 ビルボードのモダン・ロック・チャートでは13位、UKでも46位をマーク。インダストリアル・ハウスといった曲調に合わせたコンセプチュアルなPVも、ちょっと話題になった。

5. Blood Sings
 なので、サウンドの新機軸ばかりが注目されがちだけど、こういった平熱で歌われる楽曲の良さが引き立ってくることも、Froomの計算のうちだったと思われる。やや官能的と思われる歌詞に対して、シンプルなアコギの響きが、案外いいバランス。女性を出した言葉をあまり多用しなかったSuzanneにとって、これもまた新たな試み。

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6. Fat Man and Dancing Girl 
 またまたCostelloさん人脈から引っ張ってきたJerry Scheff (b)が参加。基本、シンプルなベース・ラインの人なので、シンプルなドラム・ループとの相性は良い。寓話性さえ感じさせるトピカル風な弾き語りは、初期のスタイルを彷彿とさせる。

7. (If You Were) In My Movie
 ある男を映画の登場人物に見立て、様々なストーリーの上で動かす、といった妄想的な短編小説を思わせる。言葉が主体の楽曲にこそ、こういったリズム・ボックス的にシンプルなビートの方が、変にサウンドに注目しなくてもい。肝心なのはストーリー、そしてそれを淡々と紡ぐヴォーカルの説得力なのだ。

8. As a Child
 バグパイプとループを効果的にミックス、ベースがリードするバッキングに合わせ、軽快に歌うSuzanne。グーグルの直訳しか見てないので、確かなことは言えないけど、結構皮肉めいた警鐘めいた言葉遣いが多く感じられる。こういったのも、トピカル・フォークの伝統なんだろうな。

9. Bad Wisdom
 再び平熱タイプのアコースティック・スタイル。ニューヨークの街角に立ち、バスキング・スタイルでギターをつま弾くSuzanneの凛とした姿が想像できる。かっちりした短編小説を思わせる歌詞は、母との確執を描いている。「悪知恵」なんてタイトルをつけるくらいだから、こちらも一筋縄では行かない、毒を利かせたテイストになっている。それを淡々と歌うSuzanneの潔さといったら。

Vega-1991

10. When Heroes Go Down
 このアルバムの中で最もロック寄り、エフェクトを利かせたギターを前面に出したナンバー。英雄の失墜を皮肉と警句を交えた軽い内容なので、2分弱とコンパクトにまとめている。

11. As Girls Go
 シーケンス再び。根っこは変わらないのだけど、やはりリズムが立つとここまで印象って違っちゃうんだな。見境なく女と付き合う男への痛烈な皮肉は、中島みゆきの世界とリンクする。なぜかここだけ参加しているRichard Thompsonが、珍しく情感こもったエモーショナルなギター・ソロをちょっとだけ披露。

12. Song of Sand
 珍しくストレートに戦争を取り上げた、彼女なりのプロテスト・ソング。弱者へのいたわりや権力への怒りをあらわにしており、どこまでも熱い。その対比として、整然とした弦楽四重奏が、その熱を鎮める。

13. Private Goes Public
 当初は日本・EU向けのボーナス・トラック扱いだったけど、今ではこれも正規曲としてクレジットされている。シンプルな弾き語りスタイルによる、2分弱の小品。多分、何かを暗示しているのだろう、抽象的な言葉の羅列は語感を優先しているように思える。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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