好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Rock

パワー・ステーションの結成経緯について(フィクションもちょっとアリ) - Power Station 『Power Station』

folder 1985年リリース、デュラン・デュランのアンディ・テイラーとジョン・テイラー、そこにロバート・パーマーとシックのトニー・トンプソンを加えたスーパー・グループのデビュー・アルバム。この手の単発プロジェクトにしては、サウンド・プロダクションもかっちりまとまっており、US6位・UK13位と、本家にも匹敵する売り上げを記録した。いまの日本に置き換えると、関ジャニと鈴木雅之と中田ヤスタカを集めたようなものか。いやちょっと違うか。まぁいいや。
 重低音ドーピングを受けたパワステの大味なサウンドは、16ビートのシンセ・ポップを基調としたデュラン・サウンドとは、大きくかけ離れていた。ていうか、実際の音楽よりむしろ、ロココ調のチャラい王子様ルックに羨望のまなざしを寄せていた少女たちにとって、その変貌ぶりは素直に受け入れがたいものだった。
 とはいえ、そんなアンチの声より、絶賛の方が大きかったのは、世界的なセールスが証明している。フロント2人はさておき、熟練のヴォーカルと緻密なサウンド・プロダクション、スタジオそのものが楽器の一部であり、ブランドとなっていたパワー・ステーション謹製のサウンドは、大ざっぱなハード・ロックが大好きな日米を中心に、大きなヒットとなった。

 「アンディとジョンの2人が、ヴォーカリストとしてリスペクトしていたロバート・パーマーにオファーをかけたことから始まったプロジェクトにトンプソンが加わり、さらに同じシックのバーナード・エドワーズが加わってアルバム製作中」というニュースは、当時も大きな話題となっていた。エイジアやハニー・ドリッパーズなど、大物バンドのメンバーによるスーパー・グループが続々結成されていた時期である。
 実力的には申し分ないメンツが顔を揃えるのだから、単純に考えればどのグループだって、自乗・三乗の効果を上げそうなものだけど、大抵はそんなうまく行かない。9人イエスやファーム同様、八方美人的に気を遣いすぎて、何ともショボい仕上がりになってしまうのが常だけど、そんな中でもパワステ、質実ともに高いクオリティをクリアしている珍しいケースである。
 ただ、そんな80年代の大型プロジェクトのほとんどが、アーティスト側の自発的な動機ではなく、レコード会社主導のもと進められていたことが、明らかになっている。ネーム・バリューはあっても単体セールスはちょっと弱いアーティストを、まとめ売りすることで話題性を煽れるし、アーティスト側にとっても、ゼロからプロジェクトを立ち上げる手間も省けるしで、双方にとって悪い話ではない。

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 デュランの中で、最もソロ・プロジェクトに積極的だったのがアンディだった。ハードでシンプルなロックンロールをこよなく愛する彼のストレスは、キャリアを重ねるのと比例して増大していった。
 80年代初頭ニューロマ・ムーヴメントの流れでブレイクを果たしたデュランのヒット曲は、当時の主流にならい、主にシンセ主体で構成されていた。MTVやラジオでもオンエアされやすい、ブロック・コードやシーケンス中心のライトな質感のサウンドだったため、ギターの出番はあまりない。軽快なカッティングやエッセンス程度のオブリガードはあるにせよ、決してサウンドの中心ではない。
 当時のデュランのサウンドにギターが必要だったかといえば、ほぼ貢献度は薄い。ていうか、ないに等しい。売れるためと割り切ってお子様向けポップを演じてはいたけど、次第に不満タラタラになったとしても、何ら不思議はない。
 バンマスであるニック・ローズ以下、過半数のメンバーは、従来のデュラン・サウンドに不満はなかった。特にサイモン・ル・ボンなんて、自己顕示欲とナルシシズムの塊だから、自分がフロントで目立って歌えりゃ、サウンドなんて何でもいいわけだし。
 アンディの要望を受け入れて、もっとギターをフィーチャーしたサウンドにシフトするのも、ちょっと無理がある。すでにデュラン・デュランは単なるポップ・バンドではなく、多くのスタッフを抱えたビッグ・プロジェクトになっていた。
 もはやメンバーの主張だけでは、方針を決められない。勝手なことをすれば、EMIが黙っちゃいない。

 アンディのわがままだけじゃなく、メンバー全員がデュラン・デュランの活動にストレスを感じていたこともあって、世界ツアー終了を区切りに、バンドは一旦活動休止、各自長期バカンスを兼ねたソロ活動に入る。
 どのバンドもそうだけど、長期のツアーは心身ともに相当の負担を強いられる。ここでのリセットは、いわば必然だった。
 ここでメンバーは二手に分かれ、パワステとアーケディア、2つのプロジェクトが立ち上がる。サウンドでカテゴライズすると、いわばデュランの本家と分家といったところ。
 シンプルにデュラン・サウンドのヴァージョン・アップとなったアーケディアは、場違いなロック・スピリットを持つアンディ不在を前提に、耽美路線にさらに拍車をかけた。デヴィッド・ギルモアやグレース・ジョーンズ、土屋昌巳やら坂本龍一という支離滅裂な豪華ゲストを招いて、既存路線のデフォルメに徹した。
 デュランのコア・ユーザーは、主にティーンエイジャーの女性だったため、繊細かつナルシシズムなアーケディアのサウンドは、彼女らには抵抗なく受け入れられた。ちょっとバタ臭さが強くて日本では本家ほどのヒットには至らなかったけど、UK30位・US23位とスマッシュ・ヒットを記録している。

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 で、パワステ。ソロ活動開始は決定したけど、なかなか準備が進まない。デュランというベース・モデルがあってのアーケディアと違い、ゼロから組み立てなくてはならないため、プリ・プロダクションにはどうしても時間と手間がかかる。
 ましてやアンディ、志こそ高いけど、基本は単純なギター・バカ、フレーズを考えたり短いソロを弾く分にはともかく、曲作りの才能はあんまりない。デュラン脱退後、元セックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズと製作した初ソロ・アルバムも、ほとんどスティーブ作にもかかわらず作曲クレジットからはずしたため、トラブルになっちゃう始末。
 もう1人のテイラー、ジョンなんてデュラン以外の目立った活動はほぼなく、一時は農夫になると宣言して脱退、再結成までは田舎に引っ込んでいたヘタレときてる。これじゃ、音楽的な貢献も望めない。
 アンディのビジョンを具現化するなら、「まずは手っ取り早くオーディションを開いて、イキのいいヴォーカリストとドラマーを確保、合宿形式で集中セッションを行ない、アンサンブルを固めてから肩慣らし的に小規模のライブ・ツアーを実施、さらに手応えを掴んでからレコーディングに入る」のがセオリーだけど、机上のビジョンばかりが浮かんでは消えたりで、ちっとも前に進まない。
 やる気も熱意も充分あるけど、肝心の行動が伴わない。「明日から本気出す」的に、計画だけで満足しちゃうタイプだな、アンディ。

 で、その辺は最初っから見抜いていたのか、チャチャっとお膳立てに動いたのが、EMI。「ちょうど」ソロ・アルバム製作中で、大々的に売り出そうとしていたロバート・パーマーのスケジュールが空いていたため、アンディらに打診する。
 当時のロバート・パーマーは、いわば通好みの中堅どころ、デュランにもハード・ロックにも縁のないブルー・アイド・ソウル・シンガーだった。デュランのファンの多くは彼の存在を知らなかっただろうし、当然俺も知らなかった。「誰だこのオッさん?」てな感じで。
 業界パーティで挨拶したことがある程度の薄い関係でしかないし、ぼんやり夢想していたハード・ロック・タイプのシンガーじゃないけど、適当なメンツもいないから断る理由もない。て「俺ギター弾きまくれるんだったら、なんでもオッケー」とか何とか言ったかは不明だけど、アンディはEMIの提案を受け入れる。無論、従うジョン。

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 さて次は。肝心のドラムがいない。
 せめてサウンドの要となるドラムくらいは、自分たちで探した方が良さげだけど、脳内で「世界最強のバンド」を組むことで精いっぱいのアンディ、それすらもしない。ドラマティックで運命的な出会いがあるとでも思ってるのか?
 さらにさらに。それより先に、現場を取り仕切るプロデューサーを探さなければならない。これまでデュランのレコーディングでは出番も少なかった2人、細々したスタジオ・ワークなんてできるはずがない。誰かしら後見人が必要になる。
 これまたEMI仕切りと思われるけど、当時売れっ子だったナイル・ロジャースに白羽の矢が立つ。この時期のナイルを押さえようとしたことから、相当の予算が組まれていたことは察せられる。
 とはいえ、当時ばかすかヒット作を量産していたナイル、スケジュール的にフルタイムで関わるのは難しかった。同時期にミック・ジャガーのソロ・デビュー作も手がけていたため、そりゃそっちを優先するわな。
 EMI了承の上、「ちょっとは手伝うから」という口約束のもと、プロデューサーを同僚バーナード・エドワーズに委ねる。「それならついでに」と、EMIとナイルの合意もあって、空席だったドラムにトンプソンをねじ込む。
 アンディとナイルとEMI、これで三方丸く収まった。ていうかデキ過ぎだな、これって。

 そんなこんなでメンツが揃い、どうにかレコーディングにこぎ着けたパワステ。コンソールで加工されたドラムは腹に響くし、ギターもギャンギャン鳴っている。でもカッティングは明らかにナイルだよな。16ビートをリズミカルに刻むなんて、アンディには至難の技だ。
 結果的に、アンディ当初の構想とはだいぶズレた、ハード・ロックとブルー・アイド・ソウルとファンクが混在したサウンドが展開されている。なので、メインであるはずのデュラン組の存在感は薄い。
 確かにデュラン楽曲と比べて、アンディのギターが前に出ていることは多いけど、さして個性が際立っているとは言いがたい。さすがにギター・リフがメインの「Get it On」では存在感をアピールしているけど、正直、ほぼ完コピだもんな。他の曲においても、「あってもなくてもどっちでもいい」ソロやオブリガードばかりで、コピバンの域を出ていない。

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 サウンド・メイキングを丸投げされたシック組の使命は、ヒット・アルバムを作ることだった。単に体裁を整えるだけじゃなく、採算が取れる作品じゃないと、彼らが受けた意味がない。直属のオファーはデュラン組だけど、事実上、彼らはEMIの命を受けて動いていた。
 当時、ほぼ同時進行・ほぼ同じプロダクションで製作されていたのが、ロバート・パーマーの次回作『Riptide』 だった。このアルバムのほとんどのトラックで言えることだけど、デュラン組のパートをミュートしちゃえば、まんま『Riptide』になってしまう。その逆で、『Riptide』のバック・トラックにアンディのギターをダビングしちゃうと、パワステになってしまう。
 そうなると、考えることは誰だって同じ。『Riptide』セッションでリズム・トラックをまとめ録りすれば、かなりの効率アップになる。ギャラは2回分もらえるし時間短縮にもなるしで、シック組のメリットは計り知れない。
 EMIも、その辺はうっすら気づいていただろうけど、彼らとしては手段はどうあれ、納期に間に合うよう完パケさえしてくれればよいのだから、余計な詮索はしてこない。
 問題は、片手間で相手にされたアンディ。直のクライアントなため、無下な扱いはできない。
 なので、アンディにはスタジオに入って思うがまま、とことん気持ちよくギターを弾いていただく。ピッチがちょっとズレたって構いやしない。出来はどうであれ、彼にご満足いただくことが重要なのだ。
 あとは編集で直すかナイルに弾き直してもらうか、はたまたこっそりカットしてしまうか。細かいことにはこだわらなさそうなので、多分気づかない。
 ジョン?取り敢えずクレジットだけ適当に載せといて、あとはPV専従。賑やかし担当で出演させとけば、これも問題ない。

 ―といったいきさつで、みんなの顔も立ち、八方丸く収まった。誰も損してない。


Power Station
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1. Some Like It Hot
 冒頭のボトムの太いドラム・サウンドだけで、もう優勝。細やかな小技とテクニック、そしてパッションをベースとしたフレーズと響き。全世界のティーンエイジャーはこの音にノックアウトされたのだった。特にダイナミック・レンジの狭いサウンドにしか縁がなかった日本の中途半端な田舎の高校生にとっては、刺激が強すぎた。食い物の違いから来るパワーの違い、スタジオ名が象徴するような高電圧から繰り出されるサウンドの威力は、アメリカの底の深さを感じさせた。
 US6位・UK14位を記録した先行シングル。ロバート・パーマーとトンプソンはもちろんだけど、ここではアンディのギター・ソロも、テクニカルとまでは言わないけど、曲調とマッチした名プレイ。



2. Murderess
 明らかにストーンズやフェイセズを意識した、泥臭いタッチのロックンロール。バーナードが随所にエフェクト的にシンセでフレーズを足しているのだけど、これがちょっとウザい。当時としてはモダンなサウンド・メイキングだったんだろうけど、素直にシンプルなアンサンブルにしときゃよかったのに。
 ロバート・パーマーだけど、いや歌うまいんだけど、この曲に合うヴォーカルって、やっぱハイ・トーン・ヴォイスだよな。サビの部分なんてキーを落とした感じだし。

3. Lonely Tonight
 ロバート・パーマー/バーナードによる楽曲で、作曲にデュラン組はかかわっていない。なので、要は『Riptaide』。自分で書いただけあって、キーやピッチも無理がない。プリセットっぽいシンクラヴィアも、ある意味、ファンクネスを引き立たせている。明らかに後付けしたようなアンディのソロ、なかなか豪快で悪くないんだけど、曲調とはミスマッチ。アンディ・ファンは間奏ソロだけ聴いて満足しよう。

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4. Communication
 先日、ボウイ『Tonight』のレビューでちょっとだけ触れたデレク・ブランブルが作曲で参加。「使えねぇ奴」的な扱いで書いちゃったけど、疾走感あふれるこの曲は結構好み。やるじゃんブランブル。
 これもロバート・パーマー主導のファンク成分多めのロック・チューン。いくらブレイクしていなかったとはいえ、この辺はやっぱベテランだな。きちんと自分の魅せ方を把握した曲作りとヴォーカライズ。
 ちなみにデュラン組、なんか腰の座ってない軽いコーラス、それと短めのギター・ソロのみ。ドラム・プレイは重く、それでいながら軽やか。トンプソンの良さがうまく演出されている。

5. Get It On (Bang a Gong)
 多分、俺を含むアラフィフ世代だと、「Get it On」といえばこのヴァージョンで初めて知った人が多いと思われる。当時、T.Rexは泡沫扱いで、再評価されるようになるのはもう少し後。ていうか、このヴァージョンがきっかけで再注目されたはず。
 まぁ歌パートはほぼ完コピ、リフもそのまんまだけど、間奏はオリジナルよりも長く、そこでのデュラン組の健闘ぶりは特筆に値する。ほんのちょっとだけど、ジョンのスラップ・ベースはいつもハッとしてしまう。バーナードが代わりに弾いてたら興ざめだけど、そうでないことを祈りたい。
 


6. Go to Zero
 デュラン組が製作に絡んでいないため、『Riptide』成分はかなり多め。これもジョンのベース・プレイがカッコいい。と言いたいところだけど、アンディの単調なプレイがそう思わせてしまうのか。

7. Harvest for the World
 オリジナルはアイズレー・ブラザーズ1976年のヒット曲。ちょっとカントリー・ロックっぽさも漂うソウル・チューンだったのが、ここではソリッドなハード・ロックxでまとめている。唯一、アンディがヴォーカルで参加しており、これがなかなか味がある。わざわざ出張ってくるくらいだから、アンディの選曲だったと思われる。
 余談だけど、ジョージ・マイケルもWham!時代に「If You Were There」という曲をカバーしている。日本ではそうでもないけど、アイズレーのリスペクトされ具合が窺える。

8. Still in Your Heart
 ストリングス・シンセをメインとした、このアルバム唯一の正調バラード。考えてみれば、ここまでずっと、全力疾走のチューンばかりだったよな。『Riptide』にもデュラン組にも、ましてやシック組にも当てはまらない、なんとも奇妙な味わいの曲。なぜかギターの代わりにサックス・ソロまで入ってるし。
 最後まで盛り上がるまでは行かず、どうにも中途半端なテンションで終わってしまう。う~ん、なんで入れたんだ?



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代表作以外もちゃんと聴いてみようよ。 - Talking Heads 『Naked』

folder 1988年リリース、ヘッズ最期のオリジナル・アルバム。シンプルで親しみやすいバンド・サウンド2作から一転、250度くらい斜めを向いたエスニック・サウンドは、それまで振り回されながらもしがみついてきた固定ファンを混乱に導いた。俺も混乱した。何じゃこの音、それにジャケット。
 既存のロックやポップのフォーマットとは、装いも中身もあまりに違っていたため、大して売れなかったんじゃね?と思っていたけど、調べてみればUS19位・UK3位と、案外堂々とした成績。西欧ポピュラー音楽が自家中毒にはまっていた80年代後半という時節柄もあって、スノッブなロック・ユーザー中心に評価は高かった。
 当時、スティングやピーター・ガブリエルを代表とするロック・セレブらが、民族音楽専門のレーベルを設立したり、その流れでアフリカ勢のサリフ・ケイタやユッスー・ンドゥールが大きくフィーチャーされたりして、『Naked』が受け入れられる下地は、ある程度整っていた。リーダーのデビッド・バーンからすれば、「いやいや、ボクはもっと前から『Bush of Ghosts』作ってたし」とでも言いそうだけど。

 一般的なロック史観でヘッズが取り上げられる際、紹介されるのは、大抵『Remain in Light』である。当時、非ロックの急先鋒だったプロデューサー、ブライアン・イーノが、精神的な師弟関係にあったバーンをそそのかして創り上げた、頭でっかちで踊りづらいダンス・ビート・アルバムが、これ。
 黒人のサポート・ミュージシャン中心で演奏されたベーシック・トラックを素材に、2人で思いつくままままに、テープを切り貼りしたりエフェクトかけたり、ある意味コンセプト・アートの延長線上で『Remain In Light』は製作された。ポスト・ロック以降の方向性のひとつである、ホワイト・ファンク~ミクスチャーの源流として、今も確固たる地位を築いている。
 いるのだけれど、ほぼ主役と言っちゃってもいいくらい、サポート・ミュージシャンをフィーチャーし過ぎたため、結果的に他メンバー3名の影が薄くなり、バンド内の人間関係は悪化してしまう。「バーンがそういう態度なら、俺たちだって勝手にやるさ」となかばヤケクソな動機でトム・トム・クラブを始めるが、思いのほかこれが大ヒットしてしまう。アカデミックな視点では『Remain in Light』が圧倒的に支持が高いけど、一般的な80年代ヒットとしては、「Once in a Lifetime」より「おしゃべり魔女」の方がよく知られている皮肉。
 バンドとイーノ、どっちを選ぶか岐路に立たされたバーンは、最終的にイーノとのコラボを解消、一旦仕切り直しの意味も含めて、総決算となるライブ・アルバムをリリースする。これが『Stop Making Sense』。バーンのコンセプチュアル・アート趣味が炸裂する映画の方が有名かもしれない。これもロック史では、よく取り上げられている。

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 俺がリアルタイムで知ったヘッズはその後、シンプルなバンド・サウンドに回帰した『Little Creatures』と『True Stories』。このブログでも開設初期にレビューしているくらいなので、個人的な思い入れは深い。実際、いまも年に一度は聴いている。
 頭でっかちなスノッブさが取れ、カジュアルなヘッズのアルバムとして、こちらも根強い人気を保っている。チャート上位に入ったシングル曲も多い時代で、日本での認知度が高いのは、むしろこのあたりなのかもしれない。
 で、これらのアルバムは大方語り尽くされちゃったせいもあるのか、近年はデビュー前後、まだイーノが絡む前の荒削りな時期の評価が高い。アート・スクール出身特有のアイディア一発勝負、頭脳と体とが噛み合ってないアンバランスさによって、唯一無二の奇妙なアンサンブルを生み出している。
 イーノにかどわかされて洗脳される前、コンセプトとテクニックとが整理されていないサウンドは、当時のニューヨーク・シーン、ガレージ・パンクのルーツとして貴重な記録である。本人たちにしてみれば黒歴史だろうけど、実際、この時期のライブは人気が高く、ネットやブートでも大量に転がっている。興味があればぜひ。

 と、だいたいこの辺が、ヘッズの代表的なアルバムとされている。かい摘んで代表作3枚となれば、この5枚から選ばれることが多い。なので、『Naked』が紹介されることは、まずない。ていうか見たことない。
 ポスト・ロックと称するには、ちょっと突き抜けすぎるサウンド・アプローチだった『Naked』。業界内での反応は、まんざらではなかった。中村とうようがどう評価していたかは忘れちゃったけど、この手のサウンドは容認しないといけないんじゃね?的なムードが漂っていたよね、ミュージック・マガジン。
 圧倒的な絶賛もなければ批判もない、周りがどう扱っていいのか困ってしまうアルバム、それが『Naked』である。どんなスタイルであれ、次回作がリリースされていたら、一時の気の迷いだったということで、表立った批判、または擁護する声も出てきたんだろうけど、何しろこれが最終作なので、如何ともしがたい。
 かつて『Remain in Light』リリースの際、あからさまなアフロ・リズムの引用・借用で批判の矢面に立たされたヘッズだったけど、『Naked』では、そんな声もあまり上がらなかった。だって、バンドの実体がもうないんだもの。
 リリース以降、いくつかのインタビューを受けただけで、解散ツアーも行なわれず、ヘッズは自然消滅する。すでにバーンの心は、ソロ・プロジェクトへ向いていた。

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 前回のボウイのレビューでもちょっと書いたけど、いわゆる過去の名盤より、ちょっと完成度は劣るけど、リアルタイムで聴いてきた作品の方にシンパシーを感じることは、ままある。俺の中でのヘッズは、現在進行形で聴いていた『Little Creatures』から『Naked』までであり、それ以前のアルバムは後追いのため、イマイチ愛着は薄い。
 特にイーノ時代だけど、あのあたりは前述のミュージック・マガジン臭、これを認めないと、意識的なロック・ユーザーとは言えない、そんな選民思想がジャマして云々…。
 いや、何度もトライしたのよイーノ時代も。入れ込み具合はどうあれ、どのアルバムも満遍なく聴いてはいる。いるのだけれど、ピンと来ない。来ないから書けない。愛情もないのに書いたって、言葉は上滑りするだけだ。

 非ロックとしてのエッセンス的な使い方ではなく、真っ向から取り組んだアフロ・キューバン/ラテン・サウンドは、当時のバーンの志向が大きく反映された結果である。ワールド・ミュージック専門のレーベル「ルアカ・バップ」を設立するくらい入れ込んでいたバーン主導のもと、『Naked』は多くのゲストミュージシャンを招いてレコーディングされた。
 ポスト・ロック的アプローチと、多くのサポート・ミュージシャンが参加しているという2点において、『Remain in Right』との相似点も多いけど、決して頭でっかちなサウンドにはなっていない。結局のところ、やはりこれはバンドのアルバムである。
 暴力的なバンド・グルーヴが渦巻く『Remain in Right』のコアは、強力なリズム・セクションが生み出すミニマル・ビートだ。サウンドの中心にどっしり構えたビートは、呪術的な求心力でアンサンブルを支配する。
 それに抗うが如く、エキセントリックな奇声を放つバーン。リズムをねじ伏せるため、ヒステリックなパフォーマンスで対抗する。その背中は、冷たい汗でじっとり濡れている。切迫した緊張感は、バンドの基礎体力を日増しに削り取ってゆく。
 『Naked』もサポート・ミュージシャンの割合は多いけど、演奏でのメンバー4人の貢献度は高い。背中を伝う汗も冷えていない。
 職人プロデューサー、スティーブ・リリーホワイトはイーノと違い、バンドの基本グルーヴを尊重した上で、サポート・ミュージシャンのエッセンスを加えていった。単なる思いつきやサウンド偏重に陥らず、レコーディングのプロとして、バランスを重視したサウンドを創り上げた。

David-Byrne

 バンドとは、一回こっきりのプロジェクトではない。完成形を重視するがあまり、近視眼的な独裁ぶりでは、メンバーの相互不信が内部崩壊の引き金を引く結果となる。スティーリー・ダンのスタイルを続けるには、相応の覚悟とスキルが必要なのだ。
 やっぱイーノなんだよな。良し悪しはあれど、センスだけじゃ長くは続かない。


Naked [Explicit]
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Parlophone UK (2006-02-13)



1. Blind
 CDをセットして、いきなりこのイントロが流れてきた時のことだけは覚えている。「あれ、中身違ってね?」サンバ/ラテンの狂騒的なリズムの洪水は、当時、ロック・オンリーの俺の耳には、強烈な違和感が先立った。ただ聴き続けるたびに違和感は薄れ、次第に馴染んでしまう俺がいた。メロディはよくできてるんだよな、バーンの曲って。
 ビルボードのメインストリーム・ロック・チャートでは39位、UKでも59位とまずまずの成績。まったくカスらなかったわけではない。ロックにこだわらず、コンテンポラリー・ポップとして幅広い支持を得た楽曲。ちなみにPVは、アメリカ大統領選を皮肉った設定のもと、なぜか凶暴なモンキー・レンチがその座を奪おうと暴れ回る、といったまるでモンティ・パイソン的なネタ。エイリアンとターミネーターが憑依した顔つき(?)のモンキー・レンチの演技は必見(?)。



2. Mr. Jones
 リゾート・ホテルのディナー・ショーを連想してしまう、ややゆったり目のラテン、ていうかマンボ。1.同様、バーンのメロディのクセが良い方向に作用して、単なる享楽的なラテンに陥ってはいない。その辺が非ラテン・ミュージシャン的なアプローチであり、スティーリー・ダンと同じテイストを思わせる。

3. Totally Nude
 カリビアン・テイストなスティール・ギターが心地よいナンバー。肩の力の抜けたゆったりしたリズムは、まどろみを誘う。何となく、マラカスを振りながらダラダラ歌うバーンの姿を想像してしまう。

4. Ruby Dear 
 あまりサポート勢も入らず、こじんまりとしたバンド・スタイルでレコーディングされた小品。なので、このアルバムの中では従来ヘッズ・テイストが最も強い。ドラム・パターンこそアフロっぽいけど、借り物のリズムではなく、バンドが訴求したうえでのビートとなっている点が、アンサンブルの充実を示している。この線のサウンドで、もう1枚くらい作って欲しかったよな。

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5. (Nothing But) Flowers
 イントロのベース・ラインが特徴的な、様々なアイディアが詰め込まれてほどほどに整理されたナンバー。フォーマットこそラテンだけど、ヘッズ独自のサウンドとリズムに昇華されている。
 当時、モリッシーと仲違いして課外活動に明け暮れていたジョニー・マーが参加。リズムに囚われず、持ち味であるネオアコ風味の音色で拮抗しているのは、好感が持てる。参加するからには、自分の痕跡を残しておきたいし。



6. The Democratic Circus
 あまりコード感を感じさせない、ゆったり流れるメロディとリズムは、この後のバーンのソロ作でも強く反映されている。思えばヘッズが純粋なロック・バンドであったのはごく初期だけであり、ほとんどの時期は傍流を走っていた。たまたまロックのフィールドに入れられただけであって、バーンの音楽性のコアはあまり変わっていない。
 ここでもドブロをフィーチャーしているけど、ロック的な使い方はされていない。やっぱアートの人なんだよな。

7. The Facts of Life
 と思っていたら、急にロックっぽいビートが。エコーが深く、エフェクト臭が強いドラムの音とシンセ・エフェクトは、ストレートなポスト・ロックを感じさせる。直球ど真ん中の次世代ロックっていうのも、なんか変な例えだな。
 ほぼバンド4人でのセッションのため、むしろ実験的な色彩が強い。ボーナス・トラックの12.みたいに、なんか別のプロジェクトのアウトテイクに聴こえてしまう。曲単体としては好きだけど、アルバム・コンセプトからはちょっと浮き気味。

8. Mommy Daddy You and I
 トラディショナル楽器であるはずのアコーディオンを、こういった使い方でフィーチャーするのは、ヘッズならでは。実験精神こそが本領であることを示したナンバー。『True Stories』に入ってても違和感ない、オーセンティックな味わいのメロディ。そこにバーンのヴォーカルがスパイスとして加わる。他のシンガーなら流麗に歌い流してしまうところを、強いクセとアクセントでもって、一家団欒をひと捻りする。
 

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9. Big Daddy
 ホーン・セクションのメンツから見て、「Blind」と同じセッションでレコーディングされたナンバー。性急なビートでせっつかれる「Blind」より、こっちの方が好きな人も多いはず。リゾート・ホテルっぽさが無駄にゴージャス感を演出しているけど、そのフェイク感こそが、まさしくヘッズ。アフロやラテン・ビートだって、本気で体得しようと思っているわけじゃないし。

10. Bill
 呪術っぽいドラム・パターンが既視感を思わせる。『Remain in Light』のアップグレード版的な。サポートがなくても、ここまでできる。すでにそういったエッセンスは取り込んでしまった。なので、もうやる必要はない。そりゃ解散って選択肢になるわな。
 コーラスとして参加しているカースティ・マッコールだけど、どんな経緯で参加してるのか長年不思議だったけど、考えてみれば当時の彼女、リリーホワイトの奥さんだったことに、さっき気がついた。すごい小さなレベルだけど、点と線とがつながった。

11. Cool Water
 初期ガレージ・パンク期のサウンドをリブートすると、こんな感じになる。レコーディング環境や演奏テクニックが洗練され、先走った勢いが追い付かず、実現できなかったアイディアもじっくり熟成されている。
 基本的なスタンスは変わっていない。ただ見せ方が違うだけで。ただそれも、ヘッズの不定形を象徴しているのかもしれない。バーンのソングライティングを軸に、ヘッズは常に変容してきた。そして、その行為は幕を閉じる。
 
12. Sax and Violins
 初回オリジナルは11.で終わっており、これはいわばボーナス・トラック。初出は1991年、ウィム・ヴェンダース監督による映画『夢の涯てまでも』サウンドトラック。後にベスト・アルバム『Sand in the Vaseline: Popular Favorites』と『Once in a Lifetime』に収録された。
 俺が最初に聴いたのは前者ベストで、ヘッズの新たな局面が見られたことで、当時微かな期待をしたけど、遂に果たされることはなかった。当時の未発表セッション「Lifetime Piling Up」と併せて、一時はヘビロテ状態だった。
「まだできるのに」という反面、無様な末期を見せず、「ここでおしまい」と言い切ってしまう潔さもまた、アーティスト=デヴィッド・バーンのプライドだと思う。





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80年代のボウイはそんなに悪くない - David Bowie 『Tonight』

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 1984年リリース、15枚目のオリジナル・アルバム。大ヒット作『Let’s Dance』から、なんと1年ちょっとのブランクで、もう次。いくら売り時だったとはいえ、いくらなんでもちょっと早すぎる。この機会をもうちょっと大事にして、シングル切りまくったりワールド・ツアー回ったりして、話題を切らさずセールス伸ばせば良かったのに、と余計な心配をしてしまったけど、考えてみればシングル5枚も切ってたし、シリアス・ムーンライト・ツアーも終わってた。
 シングルは仕方ないとして、正味半年のワールド・ツアーは、いくらなんでもちょっと短かすぎる。今ならもっと細かく回って、最低2年くらいは世界中あちこち飛び回るものだけど、当時はそのクラスじゃなかったのかねボウイ。
 日本を含め、少数のアジア諸国やオーストラリア以外は、ほぼ欧米中心のツアーとなっており、世界中くまなくカバーしているとは言いがたい。『Let’s Dance』のブレイクが突発的だったため、そんな急に世界中の会場を押さえることができなかった事情もあったのだけど。

 ボウイに限らず、80年代まではどのアーティストもアルバムのリリース・ペースは短く、年に1枚は当たり前、3年も空けると現役アーティストとは呼ばれなかった。ストーンズもクイーンも、この時期はメンバー間の対立が深刻で、2〜3年程度のブランクで「復活!」とかドラマティックに煽っていたけど、今じゃ普通だもんな、そのくらいだったら。
 EMIの要請もあって新作に着手したボウイだったけど、それはちょうどシリアス・ムーンライト・ツアー真っ只中、さらに加えてこの時期は俳優活動も旺盛だったため、創作活動に充分な時間が取れずにいた。
 さらにさらに、突然訪れたスターダム。そりゃ舞い上がるよね。毎日がパーティ、酒もドラッグも女もやり放題。ますます、時間がいくらあっても足りやしない。
 『Let’s Dance』の余波もあって、UK1位ゴールド・US11位プラチナ獲得、日本でもオリコン3位と、セールス的にはキャリアでトップ・クラスの成績を収めたのだけど、まともな新曲は2曲のみという体たらく。充分練り上げる時間がなかった、という理由はあったにせよ、「手抜きしたでしょ」と問い詰められたら、多分否定できない。
 世界的なディスコ・リバイバルの流れもあって、『Let’s Dance』は近年見直されてる感もあるけど、今のところ『Tonight』の再評価の兆しは見られない。一般的に、音楽家デビッド・ボウイの復活作とされているのが『Black Tie White Noise』で、そこに至るまでの80年代作品は、スランプ期とされている。ボウイ自身も、この時代は黒歴史としていたのか、生前もあまり触れたことがない。ティン・マシーン?「あぁ、そんなのあったっけ?」てな具合で。

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 この記事を読むと、どうやらプロデューサーの手際が悪くてスタジオ・ワークが捗らず、それが作品の出来に大きく影響した、ということらしい。逆の立場だったら、また違う見解になるだろうし、どっちにしろ、責任の押しつけ合いになることは容易に想像できる。
 アーティスト側が、素材もアイディアも大して用意してなくて、しかもコンセプトも曖昧。そんな状態でスタジオに来られたら、そりゃプロデューサーだって困ってしまう。準備もなく手ぶら、しかも面識も少ないプロデューサー任せとは、一体どれだけやる気なかったのか。
 レコーディング初期のプロデューサー、デレク・ブランブルは、70年代に活動していたディスコ/ファンク・バンド、ヒートウェイブのリーダーだった人。当時はセールスも下降して、グループは活動休止中だったため、デレク・ブランブルって言われたって誰も知らなかったし、今もそんなに再評価されているわけでもない。俺はレア・グルーブを漁っていた頃に辛うじてグループ名は知ったけど、さすがにリーダーの名前までは、いちいち知らんがな。
 ボウイの扱いに不慣れな上、手際も悪かったデレク・ブランブルは途中でクビになり、当初から共同プロデューサーとして参加していたヒュー・パジャムに一任され、どうにかこうにか『Tonight』は完パケに至る。どうせならナイル・ロジャースと再び組んで、『Let’s Dance 2』って開き直っちゃても良かったんじゃないの?と思ってしまうけど、多分そこはボウイの美学、またはプライドだったんだろうな。
 同じような作品は二度と作らないことは、最期まで徹底していたし。

 俺がリアルタイムでボウイを聴き始めたのは『Let’s Dance』からで、それ以前の作品というのは、すべて後追いである。その後、つかず離れずではあるけれど、彼のアルバムはほぼリアルタイムで聴いてきている。どのアルバムも、手放しで大絶賛というわけではないけど、一番しっくり来るのは、やはり80年代の作品群であることに変わりはない。
 「80年代」やら「David Bowie」やらの括りを超えて、俺の好きなロック・アルバムのひとつが、『Ziggy Stardust』。原初的なロックンロールのフォーマットをベースとしながら、単なる「サウンドとしてのロック」を超え、ひとりのアーティストの生き様とポリシーを刻み込んだセミ・ドキュメンタリーとして、俺的にはずすことのできない作品である。そんな頻繁に聴くことはなくなったけど、ロックといえばジギー。これは変わらない。
 多分、契約関係のこじれが大きかったと思われるのだけど、80年代はボウイのアーカイブ再発が遅れていた。ロック名盤特集で紹介されることが多かった『Low』や『Heroes』も、北海道の中途半端な田舎では入手が難しかった。
 たまに輸入盤で売られているのを目にしたことがあったけど、ヨーロッパ盤は当然バカ高かったため、手に取るのはためらわれた。その後、国内盤も流通して入手しやすくなったけど、タイミングを逸したこともあって、実物を手にしたのはずっと後になってからだった。

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 正直、前評判と期待値が大きかったせいもあってか、ベルリン3部作はどれもピンと来なかった。「Suffragette City」や「Rock'N'Roll Suicide」は、初めて聴いた時からスッと身体に入ってきたのに、「Station to Station」も「Beauty and the Beast」も、俺が思ってるところのボウイとは、ちょっと別物だった。
 シングルとしての「Young Americans」や「Heroes」は好きだったけど、これがアルバムになっちゃうと、コンセプト優先の頭デッカチさばかりが目についてしまう。今まですごく言いづらかったけど、『Ziggy』以外の70年代アルバムは、どれも最後までちゃんと聴いたことがない。
 多分こういう傾向って、誰でも多かれ少なかれあるんじゃないんだろうか。ボウイに限らず、昔の名盤より、アラは目立つけどリアルタイムで聴いてきたアルバムの方が、しっくり馴染んじゃうというか。
 例えばストーンズだけど、これまでこのブログで取り上げてきたのは80年代以降の作品ばかり、名盤の宝庫とされている60〜70年代は、取り上げたことがない。だって、『Let it Bleed』も『メインストリートのならず者』も、ちゃんと最後まで聴いたことないんだもの。
 俺の中でのストーンズとは、一般的には駄作とされている『Dirty Work』であり、『Undercover』なのだ。多感な十代に得た価値観は、歳をとってもあまり変わりないものなのだ。
 一度言っておきたかった。あぁスッキリ。

 70年代ロックのカリスマではなく、80年代ポップ・スターの1人としてなら、『Tonight』 はキチンと作られたアルバムである。ボウイ自身もポップ・スターとして作ったのだから、評論家や古参ファンにあぁだこうだ言われる筋合いはない。無いはずなのだ。
 変容し続けるロックのカリスマとして70年代を駆け抜けたボウイだったけど、80年代に入る頃から、そんな自分に疲れちゃったのか、その歩みは緩慢になってゆく。孤高のカリスマとして、身内ウケする作品を作り続けていたけど、そんな行為自体が予定調和になっていたことも、また事実である。それに加えて、インパクトの強さの限界と。
 バトル漫画に「パワー・インフレ」といういう言葉がある。「ドラゴンボール」で例えると、史上最強と思われていたベジータがフリーザに簡単にあしらわれ、さらにフリーザはセル、そしてセルは魔神ブウに…、と言った具合で、これが延々と続く。
 グラム・ロックから始まったボウイ無双時代、その後はプラスチック・ソウルを経てベルリン3部作、常にシーンに強いインパクトを残してきた。
 ―じゃあ、その次は?
 そんなキリのない音楽的変遷にピリオドを打ったのが『Let’s Dance』だったと言える。

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 で、その『Let’s Dance』の余韻で作った『Tonight』は、それまでのドラスティックな変化とは無縁、肩の力の抜け具合がハンパない。ニュアンスは違えど、コンテンポラリーなヒット狙いという点において、『Let’s Dance』とベクトルは一緒である。
 特別気負わなくても、そこそこ売れることが約束された状況というのは、ボウイにとって初めてのことだった。実際、世界中ほぼどの国でもトップ10入りを果たし、セールス的には大成功だった。
 「ボウイも地に堕ちた」「商業音楽に魂を売った」という批評は、当時からあった。イノベイティブな70年代と比較して、「なんだこのチャラいサウンドは」と嘆く声もあった。
 ボウイ本人も後年になって、この時期を黒歴史扱いしていたけど、でも、リリース当時はそれがボウイの狙いだった。
 マニアだけの狭いフィールドで身内ウケを狙うのではなく、もっと広い世界で大衆に広く知れ渡り、もっともっと金を儲けることこそが、逆説的なイノベイティブじゃないんだろうか―。変容という意味合いでは、マニアと決別して大衆に飛び込むこともまた、ひとつのチャレンジではある。
 そういえばほぼ同時期、YMOも同じようなアプローチだったよな。
シンクロニシティ。


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1. Loving the Alien
 で、その80年代作品を総括したボックス・セットが昨年発売されたのだけど、そのタイトルとなったのがこの曲。ボウイ特有の浮遊感あふれるコードワークに、メランコリックなアルペジオとマリンバを掛け合わせることで、楽曲の存在感が増している。起承転結に捉われないアンサンブルは冗長になってしまうことが多いけど、不思議と7分という長尺を感じさせることがない。突出した楽曲だけに、その後もたびたびライブで披露されている。
 終盤のカルロス・アロマーのブルース・ロックっぽいギター・ソロは、やっぱりスティーヴィー・レイ・ヴォーンに対抗してなのか、迫真のプレイ。

2. Don't Look Down
 オリジナルはイギー・ポップ1979年のアルバム『New Values』収録。彼にしては珍しくストレートなルーツ・レゲエ。イギーのヴァージョンもそうなのかな、と思ってYouTubeで調べて聴いてみたら、思ってた以上にこっちの方がボウイっぽかった。
 さすがに違うアプローチじゃないと単なるパクリになっちゃうから、こうなっちゃたのもわからないではないけど、だったら最初っからこれを選ぶなよ、と言いたい。どうひいき目に見ても、イギーの方がカッコいい。
 
3. God Only Knows
 俺の中での「ちゃんと聴いたことがない名盤」のひとつの筆頭が、『Pet Sounds』。山下達郎が絶賛してライナー書いたから、最初のCD再発の時、めっちゃ期待値上げて聴いてみた。達郎が言うのだから間違いない。そう何度も自分に言い聞かせて聴いてみた。レココレ界隈で評価が高いので、また改めて聴いてみた。でも良さがわからない。いつまで経っても、俺的にはピンと来ない。そんなアルバムが『Pet Sounds』。
 当時は名曲のカバーと知らずに聴いていて、ピンと来なかった。その後、名曲ということを知って改めて聴いているけど、やっぱりピンと来ない。いや、ヴォーカルに力も入ってるし、渾身の力作というのはわかるんだけど…。多分、今後も受け入れることはないだろう。

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4. Tonight
 これもオリジナルはイギー・ポップだけど、作ったのはボウイ。1977年の『Lust for Life』では、この他にも6曲の楽曲提供、プロデュース、キーボードでも参加しており、自分のアルバム並みに入れ込んでいる。何が彼にそうさせたのかは不明だけど、オリジナルはこれまたボウイっぽい。しかも全然レゲエじゃないし。
 ティナ・ターナーがデュエット参加していることが話題になったけど、まぁ正直ただ歌ってるだけ、そこまで爪痕を残しているわけではない。当時、2人ともEMI所属だったから、その流れだろうな。

5. Neighborhood Threat
 こちらも4.同様、『Lush for Life』からのセルフ・カバー。ちなみにイギー、このアルバムではレコーディングに参加しているわけではないのだけど、ボウイの相談相手というか飲み仲間というか、とにかくずっとスタジオに常駐していた。今回、イギーの楽曲を3曲も取り上げたのも、素材が不足してせいもあるけど、当時困窮していたイギーに印税を回すためだった、という説もある。仲良きことは美しきかな。
 ここまでかなり捻じれたアプローチが多かったけど、ここに来て初めてソリッドなロック・スタイルでまとめられており、ボウイのカッコよさが映える仕上がりとなっている。そう、この程度はいつだってやれるのだ、ボウイという人は。

David Bowie and Iggy Pop in the 1970s (3)

6. Blue Jean
 US8位・UK6位を記録、日本でもノエビア化粧品のCMソングとして広く知られており、俺世代の洋楽ライト・ユーザーにとっては、「Let’s Dance」に並ぶ知名度を誇る。大衆的なヒットを記録しただけに、音だけ聴いてると、ほんとチャラくて軽い。時代のあだ花が生んだ泡沫ヒットと言えばそれまでだけど、それでもボウイ、やっつけ仕事とはいえきっちりヴォーカルで細かな技を披露している。
 当時はMTV全盛、この曲もPVが作られており、ジュリアン・テンプル監督による21分の長尺ヴァージョンはさておき、ヘビロテされていた短縮ヴァージョンを見てみると、何かと発見も多い。グラム・ロック期をもう少し薄めたメイクのダンサー・ボウイと、客席の冴えないサラリーマン・ボウイとの二役を演じ分ける、当時としても陳腐な設定なのだけど、彼のダンス・パフォーマンスについ目が行ってしまう。体のキレももちろんだけど、カメラ・ショットを意識した見栄の切り方などは、やはりエンターテイナーとしての旬を感じさせる。どの角度から見てもカッコイイんだもの。




7. Tumble and Twirl
 で、ほぼずっとスタジオで飲んだくれるかダベっていたイギーとの共作、数少ない新曲が、これ。イギーの関与がどこまでだったのかは不明だけど、ちょっとハード目のパワー・ポップとしては出来が良い。シンセによるブラス・セクションも時代性を感じさせるけど、あまりリズム性を感じさせないほかの曲と比べれば、ノリも良くボウイの意図と合ってたんじゃないかと思われる。12インチ・シングルで切れば、それなりの需要はあったと思われ。

8. I Keep Forgettin’
 オリジナルは1962年リリース、R&BシンガーChuck Jacksonによってビルボード最高55位まで上昇したソウル・チューン。ロックにおけるオリジナル信仰に囚われれば、「またカバーばっかり」という結果になっちゃうのだけど、純粋にシンガーとして、『Let’s Dance』大ヒットのご祝儀として、好きな曲を好きなスタイルで歌った結果、と考えれば、気楽で楽しいパーティ・ポップで、そんなに悪いものではない。
 目くじら立ててアラ探しするより、いい楽曲をいいパフォーマンスで聴けたら、それはそれでいいじゃない。

9. Dancing with the Big Boys
 最後はなんか付け足しのような、イギーとのデュエット。愛するイギーに印税で報いたかったのが見え見えな、あんまり中身のないナンバー。開き直って言っちゃえば、「Let’s Dance」の二匹目のドジョウを狙いました的な、そんなリフとコーラスだけでチャチャっとまとめちゃったナンバー。いっそこんなラストじゃなくって、1曲目に入れちゃえばよかったのに。さすがにそこに入れちゃうと、誰も聴いちゃくれないか。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。ただでさえ時間ないのに、また新しい音楽ブログ『80年代の歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる』を始めてしまい、どうしようかと思案中。
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