#Rock

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

80年代ストーンズをちゃんと聴いてみようじゃないか - Rolling Stones 『Undercover』

folder 1983年にリリースされたRolling Stones17枚目のオリジナル・アルバム。売り上げデータ的にはUS4位プラチナ獲得、UK3位ゴールド獲得とアベレージはクリア、日本でもオリコン12位にチャートインしている。
 特に日本ではこの当時、Beatlesは再評価ブーム前につき過去の遺物、Led ZeppelinはJohn Bonhamの不慮の事故によって解散、同じくKeith Moonの不慮の事故によって迷走していたWhoは最初から人気がなかったため、現役で活動していた大物ロック・バンドといえばStonesしかいなかったのだ。この時期、Stonesのチャート・アクションが良かったのは、そんな外部要因も大きかったわけで。

 『Dirty Work』のレビューでもちょっと書いたけど、80年代以降のStonesは単なるロック・バンドではなく、下手な東証一部上場企業よりずっと優良な企業体である。活動していない時もバック・カタログが確実な収益を生むし、その運用益もハンパない。彼らがちょっとアクションを起こすたびに収益が発生してしまうため、税務対策上、活動ペースを落とさなければならないくらいである。
 例えKeithやRonnyが良いリフやフレーズを思いついたとしても、すぐに発表することはできない。ビジネス面を統括するMick Jaggerのゴーサインを待たなければならないのだ。あぁめんどくせぇ。

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 アーティスト自らマネジメントやレーベル運営を担うことによって、これまで何かと搾取されがちだったレコード会社との関係性は大きく変化した。大手レーベルとの直接契約ではなく、自主レーベルからの販売委託という形を取ることによって、アーティスト側の取り分は増える結果となった。中間搾取を減らすことによって粗利を増やすのは、ビジネス的には基本中の基本である。そういったビジネス・モデルの先鞭をつけたのが、Stonesである。
 彼らの成功事例をベースとして、同規模のセールスを有するアーティストらも後に続いたけれど、Stonesほどの収益を上げた者は数少ない。単なる大量販売だけでは、安定した企業経営は維持できない。そこにはアーティストとしての毅然たるポリシー、さらにバランス感覚に優れたビジネス・センスが必要となる。

 ロック・セレブとして不動の地位に君臨するMick Jaggerは、もはや単なるカリスマ・ヴォーカリストではなく、グローバル企業Rolling Stonesの最高CEO である。ステージで激しいダンスを踊りながら歌うより、大量の企画書や決裁書に細かく目を通し、ビジネス・パートナーや弁護士を囲んで会議している時間の方が長いのだ。
 古き良きロック・スターから、着実に枯れたブルース・マンの風情を身につけつつあるKeithもまた、一見あんな風だけど最高幹部会の一員である。彼の場合、Mickと違ってビジネス面は丸投げな部分が多いけど、彼の奔放なライフ・スタイルは、Stonesが単なるビジネス・バンドではない、というイメージ戦略における重要な役どころを担っている。何も考えずに、ヘベレケでギターをいじってるわけではないのだ。それはきちんと長期展望に基づいてシミュレートされたヘベレケである。まぁRonnyにとっては素だろうけど。
 数年前のリーマン・ショックの余波で、彼らの所有する資産価値が大きく目減りした、という、ホントか嘘か出所不明のニュースが流れたり、そんな話題がYahooニュースに取り上げられるのも、彼らならではある。

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 前作『Tattoo You』が新録ではなく、過去のアウトテイク集という形になったのは、主にMick とKeithの感情的な衝突によるものが大きい。
 レコーディング開始にあたり、いつも通りにリハーサルを兼ねたミーティングが行なわれたのだけど、MickとKeithの作業方針がかみ合わず、両者スタジオ入りをキャンセル、レコーディングは中止となった。とはいえ発売スケジュールは決まってしまっているため、発売中止というわけにもいかない。彼らクラスだと違約金だって膨大になる。なので苦肉の策として、膨大なアウトテイク素材を現場サイドに丸投げ、どうにかこうにか繋いだり切ったり貼ったりして無理やり完パケさせ、ピンチを乗り切った。
 で、それから2年ほど経過。さすがに2度続けてお蔵出し放出というわけにもいかず、それなりの心構えでメンバーはレコーディングに参加する。ただやっぱり、肝心の2人のわだかまりは解消されず、雰囲気は終始悶々としていた。
 バンド・メンバー以外の周辺スタッフが多くなりすぎて、ダイレクトな意思疎通が取りづらくなったことも、要因のひとつである。2人だけでまとまった時間を取って打ち合わせをすることができず、さらに加えて人づてで互いの悪口を言い合ったりなど、まぁ陰湿だこと。
 -何かとやりづらく、雰囲気の悪いレコーディングだった、とはRonnyの弁。まぁ彼自身、2人にどうこう言える立場じゃなかったしね。

 そもそも『Undercover』 というアルバムは、前向きな動機で作られたものではない。むしろビジネス上の要請に基づいて作られたアルバムである。
 この時期、Stonesはアトランティック・レーベルとの契約終了を控え、新たな提携レコード会社CBSとの契約交渉を進めていた。契約金は当時史上最高の2800万ドル。この10年後、Princeがワーナーと契約更改した際の契約金が1億ドルなので、そう考えると隔世の感だけど、どっちにしろわけわからん数字だわな。
 そのアトランティックとの契約枚数をクリアするため、Stonesサイドはベスト・アルバム『Rewind』をリリースする作業を進めていた。いたのだけれど、まだ1枚足りない。何かしら作っとかなくちゃ、といった事情である。
 『Steel Wheels』以降のStonesは、「レコーディング→アルバム・リリース→世界ツアー→ライブ・アルバムリリース→休養→最初に戻る」というローテーションが確立されているのだけれど、この時代のリリース・システムは「ベスト・アルバム→契約更改かネタ切れ」「ライブ・アルバム→来日記念かネタ切れ」と相場が決まっており、そう頻繁に大盤振る舞いするものではなかった。『Still Life』も出たばっかりだったしね。

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 で、そういったビジネス面の契約交渉は、もっぱらMickを中心として行なわれた。Keith以下のメンバーにとって、レーベル移籍とは「レコード会社のロゴが変わる」程度の認識しかなかった。そういっためんどくさいことは、みんなMickに押しつけていた。
 いたのだけれど、Stones本体の契約と並行してMick、CBSとの裏交渉で、ちゃっかり自分のソロ契約も併せて進めていた。別に隠してたわけじゃなかったかもしれないけど、きちんと契約書に目を通す者は誰もいなかったので、マスコミ報道を通じて知ったメンバーは、微妙な雰囲気となった。Bill Wymanあたりは知ってて知らんぷりしてたかもしれないけど。
 そりゃバンドに直接関係あるわけじゃないけど、でもひとことくらいあってもいいんじゃね?と憤ったのがKeithである。例えば、Bill Wymanがソロ活動したとしても、みんな「ふ~ん、で?」くらいの反応だけど、Mickはバンドのヴォーカルであり、フロントマンだ。脇役と主役とでは、その重みは全然違ってくる。
 「そんな大事なことを、この俺にひとことも相談なく決めやがって」というのが、その後数年に渡る遺恨試合の端緒となる。

 70年代のKeithが、ドラッグやら裁判やらスキャンダルやら、まぁ全部自分が蒔いた種だけど、何かといろいろ振り回されていた、というのは有名な話。「最も早死にしそうなアーティスト」のトップに長く君臨し、Stonesの活動に専念できなかった。
 で、1977年のカナダでの逮捕拘留→裁判を経て、本格的にドラッグと手を切ることを決意、治療を受けることになる。「全身の血を入れ替えた」というエピソードが、ホントか嘘かは不明だけど、まぁ当時から金は唸るほど持ってたはずなので、人体改造にも匹敵する荒療治を行なったのだろう。だってKeithって不死身のはずだから。
 ほぼクリーンな体にビルドアップした後は、司法交渉の条件であるチャリティー・ライブを開催、晴れて本格的にシーンに復帰することになる。ブルース以外の多様な音楽性を披露した『Some Girls』『Emotional Rescue』も、セールス・内容とも高い評価を得た。
 続けて80年代も、その勢いで活動するはずだったのに。

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 Keithがグダグダだった70年代、度重なるバンド存続の危機を乗り越え、Stones運営の舵取りを行なっていたのがMickである。泥臭いブルース・ベースのロックンロールが飽きられつつあることを察して、徐々にサウンドの洗練化を進めていた。ディスコ時代に即した「Miss You」や「Emotional Rescue」のような、ディスコやニューウェイヴがなければ生まれ得なかったシングル・ヒットは、主にMickの手腕に負うところが大きい。
 オーソドックスなロックンロールやブルース・ナンバーを収録することによって、固定ユーザーやKeithらへの配慮を忘れず、ディスコやレゲエなど、当時の最新トレンドの導入によって、同世代ロートル・バンドとの差別化を図った。こういった一連の施策は新世代パンク・バンドへの対抗策となり、Mick Tylor脱退後に訪れた自己模倣からの脱却にも成功した。
 何しろKeithがあんな状態だったため、Mickが率先して、ビジネス/音楽両面において仕切らざるを得なかった。その気になればStonesを活動休止させて身軽なソロ活動もできたのに、Mickは敢えて苦難の路を選んだ。
 バンド存続に尽力していたのは、単なるビジネス上の損得だったのか、それとも純粋にKeithにとってのプロミスト・ランドを守りたかったのか。

 そんなMickの奮闘もあって、Keith復帰後のStonesは短い安定期に突入する。エンタメ性を追求したライブ演出を志向したMickは、これまで偶発性に左右されがちだったライブ・セットのパッケージ化を推し進める。冗長になりがちだったインプロビゼーションを最小限に抑え、その日の気分次第だったセット・リストも、入念なリハーサルによってタイム・スケジュールや曲順を細かく設定した。
 スタジアム・クラスの会場中心のツアーでは、演奏上のニュアンスより大掛かりな舞台セットの方が、観客に与えるインパクトは大きかった。大画面オーロラビジョンやド派手な花火演出は、その後のロック・バンドのライブ演出における基本フォーマットとなった。
 寸暇を惜しんでStones運営に没頭し、Keithも復帰して軌道に乗せることができた。
 -そろそろ俺も、自分のやりたい事やってもいいんじゃね?というのがMickの主張である。

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 ただそうなると、ヘソを曲げてしまうのがKeith。
 「完全復帰したからには、Stonesを世界最強のブルース&ロックンロール・バンドにするんだ」と決意を新たにしたのに、なんだあの野郎、ディスコやニューウェイヴなんかに色目使いやがって。こんなデカいハコじゃなくて、もっとこじんまりしたライブハウスの方が、俺たちのサウンドが伝わるっての。第一なんだあの花火、ドッカンドッカンうるさくて、俺のギターが聴こえねぇじゃねぇかっ。
 「そういうてめぇこそ何だ、いつまで経っても変わり映えしねぇ、同じブルース・スケールばっか弾きやがって。そんなの今どき流行んねぇんだよ、編集でどうにか一曲にまとめてるだけじゃねぇか。第一お前、俺があれこれ段取り立ててる時、現場にいなかったじゃねぇかっ」

 実際、そんなやり取りがあったのかどうかは知らないけど、とにかく何かと噛み合わなかったのは確かである。で、そんな状況下で制作されたのが、この『Undercover』というわけで。
 スキャンダラスな話題性を狙いすぎたがゆえ、却ってダサくなってしまうアルバム・ジャケットや歌詞はいつものこととして、当時流行っていたArthur baker を意識した、ダンス・ビート寄りのタイトル・ナンバーなど、かなりの部分でMickが主導権を握っている。古臭いブルースだけじゃなくて、新規客獲得にはこういった最新の小技も取り入れなきゃならないんだ、と言わんばかりに。
 時代背景的に見ると、テクノロジー機材の劇的な進歩に伴い、アタック音の強いダンス・ビートがチャートを席巻していた時代にあたる。ベテラン・アーティストもその例に漏れず、多分レコード会社からの要請も強かったのか、猫も杓子もシンセ機材やダンス・ミックスの導入を図っていた。
 ただ、そんな戦略が作品クオリティ/セールス両面において成功したのはDavid BowieかYesくらいで、この時代のベテラン・アーティストの作品は、大方が黒歴史化している。この頃のDylan なんて、特にぎこちなかったしね。

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 Stonesは自主レーベルだったため、親メーカーからの過干渉も少ない方だったけど、まったく世の流れを無視するわけにもいかなかった。「時代に合わせたヒップな音じゃなきゃダメなんだ」というMickの現場感覚が反映されているのだけど、正直、彼らにそういったニーズがあったかといえば、多分なかったはず。
 ガッチガチのStones原理主義者からの拒否反応は予想できていたはずだけど、だからといってDuran DuranやCulture Clubのファンが『Undercover』に飛びついたかといえば、それもありえない。すでにこの時期、Stonesは強固なブランド・エクイティを確立していたのだから。Stonesのブランドを使いながら、Stonesからかけ離れたサウンドを模索していたのが、彼らの80年代といえる。
 Rolling Stones というバンドの性格上、話題性が先行して肝心の中身について論ぜられるのは後回しになりがちである。特に80年代のアルバムについては、MickとKeithの主導権争いがメインとなり、特に『Undercover』 は彼らのディスコグラフィの中でも存在感が薄い。
 ただ、そういった先入観を抜きにしてきちんと対峙してみると、個々の楽曲自体はしっかり作り込まれ、Bob Clearmountainによるメリハリのあるミックスは、各パートのインタープレイがくっきり浮かび上がる構造になっている。「80年代サウンドに毒されて云々」といった悪評は逆に的外れで、シーケンスに頼らないバンド・サウンドは今の耳で聴くと逆に新鮮でもある。前評判だけでスルーしてしまうには、あまりに惜しいアルバムだよな、これって。周辺情報が多すぎる分、何かと損してるアルバムである。
 まぁ、そういったゴシップも全部引っくるめて、Rolling Stones というバンドのアイデンティティではあるのだけれど。
 なんだかんだ言ってKeithだって、「しゃあねえな」という苦虫顔で付き合ってるし。

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1. Undercover of the Night
 先行シングルとして発売され、US9位UK11位のスマッシュ・ヒット。スキャンダラス性を煽ったPVやタイトルといい、何かと先入観で聴かず嫌いの人も多いと思われるけど、ちゃんと聴いてみると同時代のロートル・ミュージシャンと比べても現場感覚をしっかり意識して古びていない。「ダサい」と思われていたダンス・ビート中心のアレンジは、逆に時代の趨勢に飲み込まれず、いま聴くとStones流のダンス・ナンバーとして機能している。
 Sly & Robbyによるダヴ・ビートは彼らにとって新機軸だけど、Keithもレゲエ繋がりなら納得しているのか、オーソドックスなロック・ギターとの相性は良い。ダンスフロアでのリスニング・スタイルを想定して、エフェクトをたっぷり効かせた騒々しいサウンドは、普通なら音が潰れそうなところだけど、構成楽器のひとつひとつの粒立ちは意外なほどはっきりしている。その辺の仕事はやっぱりBob Clearmountain。ちょっと上品だよな、やっぱ。



2. She Was Hot
 こちらは第2弾シングル。パブリック・イメージとしてのStonesなら、むしろこちらの方が「いかにも」といった感じ。王道ロックンロールが飽きられていた時代もあって、US44位UK42位はまぁ妥当なところ。こういった数値で見てみると、やはりMickの先見性が見事ハマった結果になっている。
 それ以外にも前述したように、ミックスが上品なので、このようなガレージ・ロック・スタイルではクリア過ぎる感がある。こういったサウンドではむしろコンプがかかったようにちょっと潰れ気味の方が風情が出るのだけど、きれいに分離しすぎて聴き流れてしまうとこがちょっと惜しい。ライブ映えする曲なので、スタジオ・ヴァージョンじゃない方がいいのかも。

3. Tie You Up (The Pain of Love) 
 彼らのもう一つの持ち味である、ジャンプ風のブルース・ナンバー。MickのヴォーカルとKeith のギターとの掛け合いが、このアルバムのハイライトのひとつ。80年代の特徴として、人工的なドラムの音が興醒めしてしまう部分もあるのだけれど、彼のクセの強いオブリガードはサウンドに埋もれることを拒否している。ていうか、「俺は俺さ」ってか。
 中盤のブレイク、ビートとMickのみのパートが、ものすごくダサい。普通にモダン・スタイルのブルース・ナンバーで通せばよかったものを、この辺は多分Mickの横やりだな。

4. Wanna Hold You
 Keithヴォーカルによる、ちょっとキャッチーなロック・ナンバー。思えばKeithがブルースやレゲエ以外の曲でリードを取るのは珍しい。彼の場合、実際は何が何でもブルース原理主義というわけではなく、地味ではあるけれどアルバム毎に小さな範囲で新機軸を打ち出している。彼だってStonesの一員、ちょっとは新しいサウンドにも手を付けてみたいのだ。
 タイトル通り、Beatles「I Wanna Hold Your Hand」にインスパイアされており、そんなテーマからも軽快さを志向していることが窺える。

Rolling+Stones+Undercover+Of+The+Night+Dub+Ve-11730

5. Feel On Baby
 本格的なレゲエ、と言いたいところだけど、実のところはレゲエのフォーマットを使ってStones的な猥雑さを演出した、本質的な部分ではもっともStonesらしい作品。普通にロックンロールやブルースでお茶を濁すこともできたものを、敢えてここで実験的なナンバーを入れてしまうところが、チャレンジ・スピリットと言える。考えてみれば、方向性は全然違うけど、MickもKeithも新しいサウンドに貪欲という点においては一緒なんだよな。楽しそうにコーラスやってるし。

6. Too Much Blood
 で、そんなレゲエのエッセンスを消化して、ロックンロールのイディオムとサンバのリズムを付け加え、ギターのファンクネスをぶち込んで怪しげに仕立て上げたのが、これ。第3弾シングルとしてUSではメインストリーム・チャート38位にランクインしたのだけど、UKでは音沙汰なし。もったいないよな、いま聴くと、「Thriller」を意識したかのようなギター・プレイやシャウトがモロで笑えるし、でもカッコいいんだよな、ホーンの音色なんかも。
 ちなみにリリース当時話題になったのが、パリで起こった日本人による人肉食殺人事件を歌った歌詞。世界中で騒がれて間もない頃だったため、どちらかといえば批判的な論調だったことを覚えている当時中学生の俺。



7. Pretty Beat Up
 スタジオ・ライブっぽく奥行きある響きのMickのヴォーカルが炸裂する、ソリッドなロックンロール。アクセントとしてDavid Sanbornがエモーショナルなサックスを披露している。ミックスとしては全体的に分離が良すぎるのだけど、Davidのプレイが熱く昂ぶっている。クレバーなプレイでまとめてしまう彼にしては珍しく白熱のプレイ。でもそれだけかな、楽曲としては普通の出来。

8. Too Tough
 なので、下手な小細工を使ってないこれは、Stonesの本質をうまく掬い取っている。リフを中心としたギター・サウンド、わかりやすいサビ。同じロックンロールでも、テイストがまるで違っている。こういった曲は古くならないんだよな。

9. All the Way Down
 Mick Tylor時代を彷彿とさせる、やや土臭いブルースっぽさが充満したロック・チューン。いやいいんだけどさ、これを80年代にリリースするのはちょっと時代性を無視してない?といった感じ。古参ユーザーへの配慮で入れたのかもしれないけど、果敢に挑戦する姿勢を見せたA面と比べると、保守的なナンバーが並んでるのがB面の特徴。ここら辺が若い層には受け入れられなかったのかな。

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10. It Must Be Hell
 続いて、「Honky Tonk Women」の別ヴァージョンと言われたら信じてしまいそうな、原理主義者向けのスワンプ・ロック・ナンバー。まぁキャッチーなA面と保守的なB面に分けたのかな。いいんだけどね、でも前向きではない。「抑え」的な楽曲としては優秀だけど、メインに出すべき曲じゃない。その辺がわかっててラストに入れたんだろうな。もともとフィナーレで盛り上げるアルバムを作る人たちじゃないし。



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物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、目をつぶれ- David Bowie 『Let's Dance』

folder 2016年はいわゆる俺世代、45歳以上の音楽好きにとって、思い入れの深いミュージシャンの訃報が相次いだ一年だった。これまでは、ロックの爛熟期である60~70年代に活動していたミュージシャンが主だったけど、近年になってからは、80年代に活動したアーティストらの名も目に付くようになった。
 波乱万丈な生き方や破天荒な言動を良しとされた昔と違って、アルコールやドラッグに溺れて早逝する者は少なくなったのは、まぁいい傾向ではあると思う。もっとライトな薬物が広く浅く蔓延してはいるけれど、出来上がった音楽に大きな影響があるかといえば、そんなのはごく僅かだ。ほんとに好きなアーティストには、できるだけ長く生きててもらいたいしね。
 とは言っても、ほんとかどうかは定かじゃないけど、合法ドラッグの過剰摂取が未だ取り沙汰されているPrinceみたいな人もいるわけだし、公私の区別が曖昧な立場で活動してゆくためには、何かしら依存する対象が必要になるのだろう。それがセックスだったり宗教だったりの場合もあるけど、ファンはただ応援し、見守るしかないというのが正直なところ。
 そんなプレッシャーに晒されているのは、何も彼らだけじゃない。生きていれば、誰だってそんな壁にぶち当たるのだ。

 年頭のBowieに始まり、俺個人的には最も衝撃的だったPrince、この歳になって改めてE,W & Fの魅力を再発見した矢先のMaurice Whiteの訃報。そこまで強い思い入れはなかったけど、Glenn Frey やLeon Russell 、ELPのKeith Emarson とGreg Lakeの相次ぐ死。鉄腕アトムの印象が強い冨田勲に Bernie Worrell、ちょっと色モノ枠のPete Burnes もこの世を去った。
 そして、まるで年末進行に滑り込んだかのような、George Michael とLeonard Cohen、Pierre Barouhの死。
 思い入れの強弱はあるけれど、今後も逝去するアーティストは増えるだろう。世代交代は確実に進んでいる。

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 だからと言って、その彼らが築き上げてきたかつての音楽業界の隆盛を、新たな世代がそのまま引き継げるかといったら、それもちょっと微妙。かつての爛熟期とは状況がまったく違っている。潤沢な予算と時間をかけてアルバムを作り、それを引っさげてツアーに出て認知を広め、多額の販促費をばら撒いてセールスを伸ばす、といったビジネス・モデルは20世紀で終わってしまったのだ。
 音楽業界が活況の時代は、シングル向けのいわゆるキラー・チューンに加えて、あまり出来の良くない曲で埋め合わせ、販売単価の高いアルバムもバンバン売れてたけど、ダウンロード販売がメインに取って代わってからは、そういった抱き合わせ商法も通用しづらくなった。今の抱き合わせは駄曲ではなく、握手券になってしまっている。ましてやメインの曲さえ聴かれることもなく、握手券さえ手に入れてしまったら、大量にブックオフに売られてるし。

 で、Bowie 。
 彼が亡くなってから、一年が経った。正直、訃報を聞くまでは俺、Bowieの作品とはご無沙汰だった。当時の俺のマイブームは、60~70年代のジャズ・ファンクだったのだ。
 年季の入った音楽好きならよくある話だけど、若い頃から聴いてきたロックに飽きが生じるようになって、これまでとは全然別のジャンルにのめり込んでしまう時期が時々訪れる。これまで聴いてきたジャンルから、なるべく遠ざかったモノを求めて聴くようになる。で、また何んかのきっかけによって引き戻され、昔聴いたモノを引っ張り出して聴き直す。違ったジャンルを通過した耳で聴くと、昔よく聴いてた音も、また違った視点で捉えられるようになる。ここ10年は、それの繰り返しだな。
 そんな無限サイクルのギアの入れ替わりのきっかけとなったのが、彼の死だった。

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 10代を80年代ど真ん中で過ごしてきた俺にとって、 Bowieとのファースト・コンタクトは『Let’s Dance』、もっと正確に言えば『戦メリ』である。45歳以上の洋楽好きなら、誰でも通ってきた道である。なので、俺世代共通のBowie像といえば、「美形のマルチ・アーティスト」が最大公約数となる。
 異論はあると思うよ。でも、大ヒットしたタイトル曲と、坂本龍一とのキスシーンのインパクトの前では、すべてが霞んでしまう。

 その異論を唱える側の意見。一般的にアーティスト・パワーのピークとされる70年代を後追いで知った俺達世代、その中でも特にロキノン読者だった者にとってはこのアルバム、ある種の踏み絵的存在でもあった。
 今では面影のかけらもなくなってしまったけど、ベルリン3部作やグラム時代を含む、70年代ロック原理主義を貫いていた80年代のロキノンにおいて、『Let's Dance』は商業主義、無知な大衆に魂を売ったかのような扱いを受けていた。
 俳優活動にも積極的に首を突っ込んでいた時代だったから、そこらのニューロマ系アーティストよりも圧倒的に見映えは良かったし、ネーム・バリューも絶大だったので、表紙やグラビアに起用されることも多かった。ロキノンにとってDavid Bowieは超VIP待遇であり、投稿記事やレビューでも大絶賛されることが多かった。
 しかしこのアルバムを境として、ロキノン内でのBowieの扱いは一変する。ヒット・チャートの音楽を、斜め上の視線から貶すことが良しとされていた、いわゆるオタク文化のハシリ的な時代だったのだ。
 -ロキノンがそう言ってるんだから、やっぱ80年代のBowieはダメなんだナ、と疑いもせず信じ込んでいた10代の俺。
 あぁ、ムダな回り道だったよな、今にして思えば。

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 当時はビジュアル的に同系列、ていうかBowieの表層面だけをリーズナブルに移植した、ニューロマ系の安易なヒット曲と十把一からげにされていたけれど、リリースから四半世紀を過ぎたあたりから、評価は逆転しつつある。時間を置いて先入観抜きで聴いてみると、「Let’s Dance」のイビツさ、時代に消費されることを拒む深層が見えてくる。
 新進気鋭のプロデューサーとしてブイブイ言わしていた鬼才Nile Rogers は、メロディアスな作風とは言い難かった彼の楽曲を、ダンス/ディスコに対応した現在進行形のビートで彩ることによって、ヒット・チャート仕様のモダン・サウンドに翻訳した。Bowieのブラック・ミュージックへの接近は、『Young Americans』でも行なわれたアプローチだったけど、意味合いが微妙に違っている。

 ドラッグで頭のイカれたグラム・ロッカーDavid Bowieが、あくまでロックの文脈で解釈した「まがい物のソウル」、歪んだ主観に基づくキッチュな仕上がりとなった『Young Americans』に対し、『Let’s Dance』ではBowie、あまりサウンド・プロデュース的なことには口を出さず、ほぼNileに投げっぱなし、まな板の鯉である。
 素材としてのDavid Bowieをどこまでコンサバティヴな商品、コンテンポラリーな加工品に仕上げられるのか。当時はすでにヒット請負人的なポジションにあったNileにとって、Bowieとは極上の素材ではあったけれど、これまでの実績を鑑みれば、これまでのオファーとは比較にならないほどの案件であったはず。そこらのポッと出のポップスターとはスケールが違うのだ。

 70年代のBowieは、時代の趨勢を完全に無視するのではなく、横目でメインストリームの動向を伺いながら、常に半歩先・一歩先を読んでリードし、結果的にオピニオン・リーダーとして次世代への道筋をあちこちつけていった。出来不出来はあれど、彼が切り開いていった道筋のあとからは、多くのフォロワーやエピゴーネンが出現した。そこからまた枝分けれや分裂を続け、今もまだBowieの遺伝子は増殖を繰り返している。そのサイクルは無限に続くのだろう。
 70年代に彼が創り出してきたアルバム群は、どれひとつを取っても強力なインパクトを放ち、アルバム単体それぞれがひとつのジャンルと言えるほどのものである。そしてまた、自己複製を潔しとせず、アルバム制作ごとに前回のコンセプトをチャラにして、また新たなコンセプト/キャラクターを創り出し続けた。後ろを振り返らずに走り続けることを自らに課し、周りの空気が澱むその前に、身を翻すことを繰り返したのだ。

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 ただ、そんなトリックスター的な振る舞いにも限界がある。
 彼が主戦場としていた「ロック」というジャンル自体が、80年代に入る頃から自家中毒を起こし、「スタイルとしてのロック」、「取り敢えずロックのサウンドを使ってみました」的な音楽が多くなってきた。コンセプトやらイデオロギーなんかは取り敢えず置いといて、既存のロック・サウンドのフォーマットだけ借用、聴きやすくノリの良い楽曲が売れるようになってきた。
 特にMTVでのヘビロテがヒットのファクターとなった80年代、そんなお手軽なヒット曲のエッセンスとして、Bowieのビジュアル・イメージは格好の素材だった。決して彼のサウンドではない。あくまで、表層的な上澄みの部分だけだ。
 70年代のBowieから漂うアングラなイメージを希釈し、エキセントリックなビジュアルを薄めてスタイリッシュに整えることによって、ニューロマ系のアーティスト達は、Bowieより大きな商業的成功を収めた。

 Bowie自身、前作『Scary Monsters』を区切りとして、「実験」やら「変容」やらに行き詰まりを感じていたのも事実である。本国UKで台頭しつつあったニューウェイブのBowie流解釈として、『Scary Monsters』はそこそこの評価は得たけれど、新旧どっちの世代にも八方美人的にアピールしながらも焦点が定まらない、どこか微妙な仕上がりとなってしまった。それはセールスの行き詰まりとも比例している。
 時代を先読みする独特の視点。そこに衰えはなかったはずである。時代のトレンドの潮流を読みつつ、そのど真ん中に身を置くのではなく、本流よりやや外れたところを先導することが、70年代の彼の美学だったと言える。
 でも、「実験」の「反復」という行為は、イコール「本意」の「実験」ではない。「実験」のネタを探し回るという行為、それは「非」実験的である。

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 ここでシンクロニシティとして挙げられるのが、日本のYMOという存在である。
 活動期間こそBowie より短かったけど、彼らもまた『BGM』『テクノデリック』という、80年代UKニューウェイブのマイルストーン的作品を生み出した後、長い休養に入った。ていうかメンバー3人とも、この時点で散開の意思を固めていた。
 YMOというブランドの中では、もはやカタルシスを得られるほどの音楽的実験/冒険はやり尽くしてしまっていた。後に残るのは過去作の拡大再生産、商業的要請に応じたビジネスライクなバンド運営だけである。
 もはや、何をやってもYMO。
 いくらYMO的なベクトルから外れたことをやろうとしても、それなりに受け入れられてしまい、そして大衆に消費される。歓迎され消費されること、それはもう「実験」ではない。
 じゃあ、要望に応える実験ではなく、もっと斜め上に裏の裏をかいた行為。
 -思いっきり世論に迎合してしまうこと。
 それこそが最大最後の実験であり、批評的な行為である。

 ベストテンに出るYMO。カジュアルなカラー・セーターに身を包み、PVでアイドルを模した振り付けを披露するYMO。ひょうきん族に出演して、不器用な漫才を自虐的に演じるYMO。
 その振る舞いのどれもがちぐはぐで、どこかこっ恥ずかしくぎこちないものではあったけれど、それまで築き上げてきたYMO像を破壊するためには、これくらいの方向転換が必要だった。自ら望んだはずではないのに、勝手に象牙の塔のてっぺんに祭り上げられたYMOを破壊するため、いつの間に自らで築き上げていたカリスマ・イメージをチャラにするためには、荒療治が必要だったのだ。
 彼らもまた、「実験のための実験」という袋小路から抜け出すため、敢えて大衆への迎合というプロセスを通過し、斜め上の音楽ユーザーへ向けて、アッカンベーして強引に幕を引いたのだった。

 YMOとBowie、彼らの大衆迎合路線は、ほぼ時期を共にしている。両者とも、レコード会社からの要請も多少はあっただろうけど、「実験」的な音楽や所作が大好きな音楽ファン、ていうかマニア向けの音楽を演じることに飽きが来ていたことも事実である。
 そんな彼らがこれまで手をつけていなかったのが、敢えて「売れてやる」といった行為であった。
 ほぼ時を同じくして、偶然なのか必然なのか、そんな路線を選んだ両名。
 その自虐的かつコンセプチャルな行動は、自らへ、そして全音楽ファンへ向けた強烈な批評でである。


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1. Modern Love
 3枚目のシングル・カットで、US14位UK2位。Bowie曰く、Little Richardを意識して書かれた曲ということだけど、サビのリフからして軽快なタッチで、ストレートなロックンロールにパワー・ステーション謹製ドラム・サウンドがうまく融合している。いまリリースしても、そこそこ売れるんじゃないかというパワーを秘めたオープニング・ナンバー。『Born in the U.S.A.』がリリースされたのはこの2年後だけど、Bruce Springsteenからのインスパイアも感じ取れる一曲。



2. China Girl
 2枚目のシングル・カット。UK2位US10位。一躍ギター・ヒーローとして躍り出たStevie Ray Vaughanがここで登場。ポップな曲調を引き締めるように、簡潔ではあるけれど印象的なソロを披露している。
 昔はこのコントラストが絶妙だよなと思ってたけど、今にして思えばお膳立てしていたのはNileだったわけで。全編で心地よくアクセントをつけているカッティングは、ファンキー過ぎずポップ過ぎず、ちょうどいい頃合い。この辺がバランス感覚だよな。
 もともとはIggy Popのために書き下ろした曲で、そのヴァージョンも『The Idiot』で聴くことができるけど、アレンジの違いで曲調はまったく違って印象。メロディも同じだし、Iggyのヴォーカルも当時のBowieを意識した仕上がりだけど、ダークでパンキッシュなテイスト満載。でもメロディがポップだから、それほどおどろおどろしくは聴こえない。こっちはこっちで良い。



3. Let's Dance
 80年代のダンス・ヒットとしても、そしてBowieの代表曲としても真っ先に挙げられるのがコレ。誰も文句が言えない実績と仕上がりになっている。リリース当時はUS・UKとも1位、そして去年、日本でもラジオでオンエアされまくったため、30年以上経ってからラジオ・チャートで53位にランクインしている。
 印象的なリフとStevieのソロがクローズアップされがちだけど、ここはやはりNileのプロデュース能力の高さの賜物。サックスが入るアウトロ後半の構成はかなりぶっ飛んでるし、アレンジの上物を取り外すと、そこに残るのは何とも地味なメロディ・ライン。そもそもデモ段階ではアシッド・フォークのようだったらしいし。それをここまでブラッシュ・アップしてしまったNileのプロデューシング、そしてサウンドに負けないBowieの力の入ったヴォーカライズ。
 そりゃ売れるよな、パワーが違うもの。



4. Without You
 知らなかったけど、これもシングル・カットされてたんだ。一応、US73位。データを見るとこの『Let’s Dance』、この4.までで4枚のシングルを切っているのだけれど、その間、なんと1年足らず。ほぼアイドル並みのリリース・ペースである。
 80年代のセールス・プロモーションとして、アルバム・セールスの起爆剤として、間髪を入れずシングルを切りまくることが常態化しており、特に80年代前半はその傾向が強い。『Thriller』だって『Synchronicity』だって『Purple Rain』だって、みんな複数枚のシングルを切ることが常識となっていた。それだけシングル・チャートが活気づいていた、すなわちラジオ局がキャスティング・ボードを握っていたことの証でもある。
 
5. Ricochet
 レコードで言えばB面トップ。ちょっと変わった手触りの、逆に言えばBowieらしい変てこなコード進行の変な曲。ある意味、Bowie的には通常運転。後に、同名タイトルの中国公演を収録したビデオもあったけど、未見。そのうち出るのかな

6. Criminal World
 70年代のUKバンドMetro、1977年のデビュー・シングルのカバー。グラム・ロックにカテゴライズされているけれど、サウンドといいアルバム・ジャケットといい、どちらかといえばSparksっぽいイメージの方が伝わりやすい。実際、「盛り上がりに欠けるポップ」といった感じだし。
 BowieヴァージョンはMetroから甘さを抜いてビター感を足し、メランコリックなポップよりソリッドなダンス・チューンに仕上げている。俺はBowieヴァージョンの方が好きかな。

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7. Cat People (Putting Out Fire) 
 『Let’s Dance』とほぼ同時期に公開された映画『Cat People』の主題歌が初出。前年にレコーディングされた映画ヴァージョンは御大Giorgio Moroderがプロデュースを手掛けており、メリハリのある構成は映像映えする。
 対してアルバム・ヴァージョンはStevieのギターも大々的にフィーチャーしてビートを効かし、ロック的な仕上がり。こちらもシアトリカルなテイストに聴こえるのは、生来のBowieが放つアクター性によるものか。

8. Shake It
 ラストはBowieにしては珍しくシンプルな、悪く言えば印象に残らないポップ・ソング。まるで穴埋め的な曲だよな、安直だし。
 考えてみればこのアルバム、バラードらしいバラードがひとっつもない。これまでのBowieの一連のアルバムには、ほぼ必ず名バラードが収録されていたものだけど、ここではウェットなスロー・チューンは排除され、すべてダンス・チューンのみ。潔いほどまでに徹底してるよな。ていうかNile、そんなにバラードって苦手だったっけ?




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17年ぶり、ノスタルジーじゃないロック - Sting 『57th & 9th』

folder 一般的に粗野なイメージが強いとされるパンク・ミュージシャンの中では、知性派と思われているのがStingである。世代的に見てロートルの部類に入るキャリアながら、敢えてその技を封印して直情的なパンク・ビートを戦略的に演じきったデビュー当初を経て、確固たるポジションを確立してからは、IRA紛争だユングの同時性だ熱帯雨林の保護だ、と考えてみれば享楽的とされている80年代ポピュラーの中では異彩を放つメッセージ性を露わにしていた。そう考えれば、やはりこの人は70年代の感性を持つアーティスト、既存の体制に向けてしっかりnonを表明できるキャラクターである。

 難解な専門用語をさも当然のように語り連ねることでインタビュアーを煙に巻いたり、何かと弁が立つ人なので、それゆえ誤解されることも多い。本人としては、アマゾンの自然破壊もアムネスティ活動も真摯に受け止め、本気で何とかしようとして熱弁を奮ったり作品に反映させたりしているのだけど、常に冷静さを感じさせるクレバーな印象は、地位も名声も手に入れてしまったロック・セレブの余技として映ってしまう。
 もっとBonoみたいに、下世話に押しを強く打ち出せば、必死さが伝わって共鳴する者も多いのだろうけど、その辺は本人のプライドの問題なのか、口角泡を飛ばす雰囲気は出さない。彼はあくまで代弁者、「世界ではこんな悲劇が連日起こっていて、僕はそんな現状があることをみんなに訴えたい」というスタンスを崩さない。これがBonoだと、本気で世界を変えようとしているのか、世界中のVIPと会談したり声高に訴えたり、何かと忙しそう。まぁ本気でそう思ってるのかは別として。

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 21世紀に入ってからはSting、クラシック方面での活動も多くなる。Paul McCartneyやKeith Emarsonのようにポップ/ロックのバリエーションのうちのひとつといった選択肢ではなく、名門ドイツ・グラモフォンと契約したりなど、わりとガチな活動ぶりである。
 一応、「これまでの既発曲をクラシック・アレンジで再解釈を試みる」といったコンセプトであり、まぁ彼のことだからそつなくこなしてるんだろうな、とは思っていた。でもタイトルが『Symphonicities』。こりゃないんじゃない?どう深読みしたって過去のセルフ・パロディとしか思えないネーミングである。そういえばSting、以前も書いたけどジャケット・センスも良くなかったもんな、Police の時代から。

 これがまっさら状態で挑むのなら、そういったタイトルもアリなんだろうけど、考えてみればコアなファン向けのアイテムであるがゆえ、これまでStingの作品をまったく聴いたことがありません的なユーザーが、このアルバムを進んで聴くとは思えない。どうしても従来のStingファンが聴く方が圧倒的に多いわけであって、前述のセルフ・パロディを連想して失笑してしまう情景が思い浮かぶ。ほんとのコア・ユーザー向けのアイテムだよね、これって。なので俺、これはまったく聴いたことがない。

 という事情もあって、今後も多分聴くことはないと思う。こうなったら意地でも聴くもんか。クラシック・アレンジ?興味ねぇよそんなの。
 なので、『Symphonicities』のリリース・インフォメーションを読んだ俺の印象は、非常にネガティヴなものだった。
 「あぁ、もうキャリアとしては上がりなんだな」「あとはゆっくりとリタイアしてゆくのだな」とも。
 今さら新境地なんて必要ない。ロックのフィールドでやれることはやってしまったし、ていうかロックに革新性を求める風潮はなくなってしまったし。ロック・セレブとしてのスタンスはよほどのことがない限り盤石だし、あくせく働く必要もない。5年に1度、今でもメイン・ユーザーである40代以上のミドル・エイジに合わせた「大人のロック」を演じればよい。
 グラミー賞のセレモニーやNBAのハーフタイム・ショーで、クライアントの要望に合わせたサイズのステージ・パフォーマンスを演じるStingを見ていると、そう思う。誰も損しない世界。多くを望まなければ、そこではほどほどの充足感が得られる。このペースを崩さず、ゆっくりとフェードアウトしてゆけば、晩節を汚さずに済む。
 と思っていた矢先、ここに来てのロック・フィールドへの前線復帰である。どうしちゃったの?覚醒?

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 Stingと言う人は、コメントやインタビューでの弁が立つおかげで、緻密なロジックを行動規範としていると思われがちだけど、案外その時その時の感情をストレートに作品へと昇華してしまう、根は素直な人である。
 これまで培ったロックのスキルを一旦脇に置いて、若き無名のジャズ・ミュージシャンとコラボして独自の世界観を確立した『The Dream of the Blue Turtles』『Nothing Like the Sun』の時期は、Stingの創作意欲がピークに達していた頃である。ジャズともロックともカテゴライズできない、正しくSting’s Musicと形容されるサウンドは、その後のアシッド・ジャズともコミットしない独自のものである。
 このままこの路線で行ってたら、エスニック・ビートの導入からPeter Gabriel的なサウンドのシンクロニシティもあり得たのだろうけど、前後して実父の死を始めとしたプライベートでのトラブルが重なり、ソングライターとしてのStingに内的変化が生じてくる。センチメンタリズムを排除したこれまでのドライな音楽性に、内的なヒューマニズムの影が差しこむようになる。

 プライベートな感情吐露を自伝的に綴ったシンガー・ソングライター的作品『Soul Cage』は、前作の勢いもあってセールス的にはアベレージ・クリア、これまでにないStingの人間的な側面が垣間見られた作品だったけど、当時の俺的には内省的な干渉がウェットに思え、1、2回聞いた程度ですぐ売っぱらってしまった。
 普通、鉄面皮だったアーティストがこれまで見せなかった心情面をさらけ出す作風の変化は、ファンにとって喜ばしい行為であるはずなのに、彼の場合、そういった風には取られなかった。こう思っていたのは俺だけじゃないはずで、実際、『Soul Cage』以降の作品はセールス的には成功を収めているけど、クリエイティヴな面で評価されることはほとんどない。以前より多くのユーザーに、「普通の大物ロッカーの新譜」として消費されていったのだ。なので、後に残るものは少ない。
 真の意味でプログレッシブな存在だったStingは、一旦ここで終わってしまったのだ。

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 なので、『Soul Cage』以降のStingとは、俺の私観で言えば長い長い余生、引き伸ばされたエピローグのようなものである。そういうわけで俺、『Mercury Falling』も『Last Ship』も聴いてない。俺の中でのStingは、『Nothing Like the Sun』までの人だったのだ。
 この間にPoliceの再結成があったけど、現在進行形を捉えたサウンドの提示はなかった。それはあくまでデビュー30周年というお題目で集まったセレモニー的なイベントであり、継続する活動ではなかった。契約的に新曲制作ができなかったこともあるしね。

 その後のStingのキャリアは、総決算的な活動に収束して行く。新境地開拓として、クラシックへのアプローチは果敢なチャレンジなのだろうけど、あくまでロックのフィールドに踏みとどまっている彼を支持していた多くのファンからすれば、「そうじゃないんだけど」感が強かったはず。ていうか、ファンが求めるSting像とは円熟や深化であって、今さら別に新しいものを求めてるわけじゃないのだ。
 その時々の感情の揺らぎがコンセプトに反映するStingだけど、それなりに優秀なブレーンも揃っているだろうし、また自身も常に第三者的な視線を持ち合わせているので、ファンのニーズは常に気にしているはず。
 そういう人だからこそ、何かとリスクの多いPolice再結成にも同意したわけで。

 思えば、前回レビューでも取り上げたPeter Gabrielとのジョイント・ツアーが、今回のポップ・フィールドへの回帰のきっかけになったんじゃないかと思われる。
 近年のこの手のジョイント・ツアーは、主に北米を中心に行なわれるため、映像で見ただけだけど、2人とも良い意味で伝統芸能の域に達していた。StingもGabrielも、自分のパートを全盛期にも勝るテンションでプレイしながらも、パート・チェンジに差し掛かるとスッと身を引き、メインのサポートに徹する。その間、アーティスト・エゴのコントロールが絶妙なのだ。
 これが80年代だったら、お互いエゴのぶつかり合いで俺が俺がになっていただろうし、そもそもタッグを組むことなどあり得なかった。一応は現役だけど、第一線からはセミリタイア気味の両名、年月を経てキャリアも確立したゆえの、いわゆる大人の余裕である。
 入念なリハーサルとシミュレーションによって、緻密にコントロールされたステージ構成には破綻がない。多少のサプライズがあっても即時対応できる、熟練のバンド・メンバー、ベテラン・スタッフが後ろに控えている。メイン・キャスト2名は思うがまま、真摯なエンタテインメントとしてプレイするだけ。でも、安心して聴くことができる。危機管理が徹底しているのだ。

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 Genesis時代のGabrielは、自己陶酔と自虐の入り混じったシアトリカルなステージング、ソロ以降のStingは、カッチリ構成されたジャジーな大人向けのサウンドを展開していた。その2人のアーティスト・エゴは高く評価されたけれど、その完成度の高さゆえもあって、息苦しささえ感じられたことは事実。ある意味、ユーザーへの課題提示、「この世界観を理解できなきゃダメだ」的な圧迫感を漂わせていた。一見さんはお断りなんだよな、昔の2人って。
 で、今ではすっかり角の取れた2人である。もはや先へ進む冒険は必要ない。彼らに求められているのは、共感できるノスタルジーだ。事前リサーチによってセレクトされた、観客のニーズを的確に捉えたヒット曲を、可能な限り往年のテンションで、きちんとアリーナ・サイズに収めてプレイする。
 そこには、音楽的挑戦やアクシデントはないけれど、確実にwin-winの関係が築かれている。

 そのツアーに入る前に作られた、「ポップ・フィールドへの前線復帰」とされているのが、今回の『57th & 9th』。
 先日、スマスマでもプレイしていた、冒頭のシングル曲だけ聴いてると何だか微妙だけど、アルバム後半に進むに従って、ロック的なダイナミズムが復帰しているのがわかる。まぁ戦略上のつかみとして、「オーソドックスな大人のAOR」というのは、一般人が思うところのSting像であり、マーケティング・リサーチに基づいた構成なのだろう。『Nothing Like the Sun』でも、CM曲の「We’ll Be Together」だけ妙に浮いてたけど、アルバムのウリとしては必要不可欠だったし。
 今回、彼がやりたかったのは、もっと初期衝動に基づいた粗野なビート、それでいて65歳の自分の身の丈にあった、回顧モードじゃないロックを演ってみたかった、というのが正直な気持ちだろう。ここ20年くらい、事実上の固定メンバーとなっているDominic Miller (g)、Vinnie Colaiuta (dr)との3名で断続的に行なわれた荒々しいセッションをもとに、ほんの少しのコンテンポラリーな味付けを施されて、このアルバムはリリースされた。

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 年末の慌ただしいプロモーション来日を経て、2月のバンクーバーから始まる世界ツアーが始まるわけだけど、インフォメーションを見ても日本公演の予定は入っていない。スケジュール的なものなのかギャラ的なものなのか、その辺はちょっとわかりかねるけど、夏フェスあたりに照準を合わせているのか。
 今年いっぱいはロック・モードのStingだけど、その後もロック・サウンドの深化を図るのか、それとも再度クラシック方面へ回帰してしまうのか。まぁ好きでやることだろうから、こちらからは何も言えないけど、飽きたらまた戻ってきてよ、としか言いようがない。
 それよりさ、もう一回、Policeやってみれば?今度はソロ作品持ち寄って、「せーの」で3人でセッションするみたいな。Stingがすっごく身を引けばできるんじゃないかと思うんだけど。
 まぁ無理か。Stewartが暴君になるのを耐えられないよな。


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1. I Can't Stop Thinking About You
 アルバムからのファースト・カット・シングル。リリース前のインフォメーションで紹介されるのはほぼこの曲だったし、前述のスマスマでも選曲されていたので、それほど感心がなくても耳にしたことがある人は多いはず。Stingも現役でガンバッてるんだなぁと感慨に耽りながらカーステレオで聴き流してしまう、そんな曲。FMで流れてると、「おっStingだっ」と反応してしまうけど、でもそれだけ。別に購買意欲を掻き立てられるほどではない。アベレージはクリアしましたよ的な佳曲。



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 アルバムリリース前に配信された、Prince死去を受けて書かれたトーキング・ブルース風バラード。BowieやGlenn Frey、MotörheadのLemmyについても言及しており、ロック全盛期を担ったアーティストらの鎮魂歌となっている。Sting自身も65歳、そろそろ終活的な楽曲がリアルに響いてきた。そんな歳なんだな、アーティストも俺も。

3. Down, Down, Down
 曲調としては1.と似てるけど、キーが低めのヴォーカルとピッチを落とした演奏が90年代アメリカ・オルタナっぽい印象。ギターの音なんてまさにソレ。Police時代ならもっと速いテンポでプレイするのだろうけど、ここではじっくり腰を落とした大人のロック。タイトル通りだな。

4. One Fine Day
 畳み掛けるようなサビがSting節といったところ。メロディからは『Soul Cage』時代のシンガー・ソングライター的なテイストが感じられる。なので、ロックっぽくはない。ただ、メロディ的には収録曲の中では群を抜いている。

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5. Pretty Young Soldier
 出だしのギターの音色がXTCっぽく感じられたけど、考えてみれば同世代だった。ポップ要素を混ぜた変則リズムのロックは、俺世代にとってはツボ。ステレオタイプのロックではないけど、Stingらしさが発揮されたナンバー。屈折してないAndy Partridgeといった風情、俺は好き。

6. Petrol Head
 わかりやすいギター・リフ、そしてここにきて初めてシャウトするSting。コード進行も至ってシンプル、ステレオタイプではあるけれど、ファンからすればテンションが上がる一曲。しかも、たったの3分間。勢いだけじゃなく、きちんと練り上げられたうえでのストレート・アヘッド。Policeでやったらもっと面白いのに、と無いものねだりしてしまう。

7. Heading South on the Great North Road
 ここでいったん休憩、アクセント的にブリティッシュ・トラッド風味のアコースティック・チューン。わかりやすくいえば「Fragile」。
 しかし、どの曲も3分程度で心地よい。CD時代になってから、やたらイントロ・アウトロの長い5~6分サイズの曲ばっかりになったけど、配信時代になってからはその辺も自由になった。

8. If You Can't Love Me
 で、この曲が4分半。ギターのアルペジオはきれいに響いてるけど、それだけの印象。7.との組曲的扱いとなっているらしいけど正直、7.だけでいいかな。

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9. Inshallah
 ある意味、このアルバムのハイライト。これまでリズムやメロディ面でのアプローチとして、第三世界のマテリアルを咀嚼し、活用することはあったけど、アラビア圏のイディオムの使用は初めて。これ見よがしにアラビアン・テイストを使っているわけではない。あくまでコンセプトとしてのInshallah、構成しているのはすべてロックの言語である。
 ボーナス・トラックのベルリン・セッション・ヴァージョンでは、もっと中近東テイスト満載なのだけど、そこをうまく咀嚼して明快なパッケージにしてしまうのが、やはりStingの成せる業。あからさまにアラビックに染めてしまうのは、どこか抵抗があったのだろう。



10. The Empty Chair
 ラストはしんみり、アコギ一本で奏でられるバラード。正直、これってStingじゃなくってもいいんじゃね?的な無難なバラードだけど、2分半といったコンパクト・サイズは好感が持てる。ここでドラマティックなエピローグにしないところが、彼の趣味の良さなのだ。
 でも、相変わらずジャケット・デザインはダサいままだよね。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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