#Rock : Japan

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

ポップ路線のスライダーズ最終コーナー - ストリート・スライダーズ『Screw Driver』

news_xlarge_streetsliders_screwdriver_jk 1989年リリース、リミックス・ベスト・アルバム『Replays』を挟んだ7枚目のオリジナル・アルバム。前作の『Bad Influence』、これがオリコン初登場3位と、愛想もサービス精神もない彼らとしては、なかなかの好記録をマークしている。特別、メディアに積極的に出演するわけでもなく、トップ10に入るようなシングル・ヒットがないにもかかわらず、快挙とも言えるチャート・アクションを見せた。
 『天使たち』リリース頃から地道に続けていた、ソニー家内制手工業的な「パチパチ」「ビデオ・ジャム」を活用したビジュアル展開が実を結び、スライダーズのアルバムが大きくヒットする機運は盛り上がっていた。アルバム・リリースと合わせて全国ツアーを敢行、レコード売上に大きく寄与するはずだったのだけどしかし。
 ツアー直前になって、ドラムのズズがバイク事故によって大怪我を負い、予定はすべてキャンセルとなる。ソニーとしては、チケット売り上げも好調だったため、ドラムの代役を入れることも提案したのだけど、バンドの総意として、メンバー以外の音を入れることを拒否、そのまま活動休止状態になってしまう。

 ソニーからやんわりと、「助言」という名の上から目線な提案やら、外堀を埋めるようなソフトな圧力もあったのだろうけど、その辺はどこ吹く風、彼らがまともに聞くはずもない。だってハリーだもん。
 取り敢えず「蘭丸がやりたがってるから」「バンドみんなで決めたことだから」、これまではメジャー展開も渋々受け入れてきたけど、1人欠けるとなると話は別。アンサンブルは最初から組み直しになってしまい、バンドは別物になってしまう。失礼を承知で言うけど、テクニカル面だけで言えばズズよりうまいドラマーはいるだろうけど、ハリーや蘭丸が求める音やリズムを即叩けるかと言えば、これも話は別になる。そこら辺がバンド・サウンドの難しさであり、醍醐味でもあるのだけど。
 どちらにせよ、人見知りでぶっきらぼうで不愛想なハリーが、そうそう新メンバーと馴染めるはずもない。

77bf85706a1112b987efa5c497a70641

 ドラム・ベース・ギターという最小限の編成で、ブルースをルーツとしたロックンロール・バンドは星の数ほどいるけど、長らくその頂点に君臨し、最も成功しているのRolling Stones。異論はないよね。
 シンプルなブルースのカバーからスタートして、多少の紆余曲折はあれど、「ロックがビジネスとして成立する」ことを証明したのは、彼らの功績である。ライブのエンタメ化やパッケージング、ディスコやドラムンベースなど、旬のサウンドをちょっとずつ取り入れてアップデートし続け、彼らは不動の地位を築いた。単にコツコツ同じブルースばっかり演じていたわけじゃないのだ。
 魑魅魍魎が跋扈するエンタテインメントの世界をサヴァイヴしてゆくためには、戦略を司る参謀が必要不可欠となる。その役目を担っていたのが、ご存知Mick Jaggerだったというわけで。

 「ロックが金になる」というビジネスモデルは、70年代以降に定番フォーマットとして、急速な発展を遂げることになる。AerosmithもAC/DCもRCサクセションも、キャリアの節目で積極的にメディアとコミットし、広く世に知られることによって大衆性を得た。どれだけ良い音楽をやっていようとも、多くの人に伝わらなければ、バンド運営は先細りしてしまうのだ。
 スライダーズ自身、本当にそういった途を望んでいたのかどうか―。まぁ売れないよりは、売れる方がよっぽどいいに決まってる。できるだけ自分たちのスタンスを崩さぬまま、当時のソニー戦略に乗っかったことによって、スライダーズは思惑以上の支持を得るようになる。多分に蘭丸あたりが一番乗り気で、それでハリーが「しゃあねぇなぁ」といった風に付き合ってたんじゃないかと思われる。ズズとジェームズ?「まぁ好きにしろよ」ってな感じで。

_SX258_BO1,204,203,200_

 もし彼らがソニー・メソッドに乗らず、細々と小規模のライブハウスを回る途を選んでいたとしたら―。
 それほど語り継がれることもなく、せいぜいアングラ・シーンの片隅に記憶される程度の存在で終わっていたことだろう。もともとハリー自身、レコード契約にはあんまり乗り気じゃなかったみたいだし、もっとマイペースな活動を望んでいた節がある。そのまま解散せずに細々と活動し続けていたかもしれないし、それともいつの間に自然消滅していたかもしれないし。

 で、この活動休止というハプニングが、彼らにとってのターニング・ポイントとなった。特にハリー。
 取り敢えず蘭丸に付き合う形で、これまでイヤイヤながらソニー・メソッドに乗っかっていたけど、なんかもうめんどくさくなっちゃったんだろうな。彼のテンションは急速に冷めてゆく。もともと、自由奔放にギターをかき鳴らして「ゴキゲンだぜベイベー」と歌っちゃうタイプなので、それ以外の些事にはとんと興味がないのだ。
 まぁ不謹慎ではあるけれど、「これまでさんざん振り回されてきたんで疲れちゃったし、バンドも稼働してないんだから、これを機にゆっくり休もうかな」とでも思ってたんだろうな。
 蘭丸もまた、スライダーズがメジャーになったことによって注目を集め、ソロ活動が増えている。人を寄せ付けない雰囲気を撒き散らしていたハリーに比べ、蘭丸は外部とのコミットにも積極的だったため、自然と人脈は広がってゆく。そうすると自然、これまでのようなベーシックなロックンロールだけじゃなく、ファンク・ビートなど他のジャンルにも興味を持つようになるのは、いわば当然の流れ。

13731334_1749326335324266_201170003_n

 一度動き始めてしまったシステムを止めるには、最初に投入した以上のエネルギーが必要になる。望む/望まないにかかわらず、すでにソニーのヒット・システムに取り込まれていたスライダーズもその例に漏れず、開店休業というバカンスの間にも、何らかのアクションを求められることとなる。
 「せっかくだったらスライダーズと違うことやろうぜ」といった経緯かどうかは不明だけど、何となく始めたのが、ハリーと蘭丸2名によるアコースティック・ユニット「ジョイ・ポップス」である。
 バンド再開までの繋ぎというか暇つぶしのユニットであったため、具体的な成長戦略やらビジョンやらをきっちり決めてスタートしたわけではないので、残された音源はシングル1枚のみ。しかも、スライダーズと蘭丸ソロとの抱き合わせによるシングル・セットでの販売である。言っちゃ悪いけど、在庫処理的なやり方だよな。バンド側としては大して売る気なさそうだし。

 ジョイ・ポップスとしての活動はほぼフェスやイベントに限定されており、ソロでのライブは行なわれていない。なので、生で見られた人は、かなり限られている。
 さらに数は少ないけど、テレビ出演時の動画が残されており、今ではYouTubeでも簡単に見ることができる。シンプルな白一色のスタジオで、溝口肇ストリングス・カルテットをバックに、ハリーと蘭丸はアコギを掻き鳴らしている。無精ヒゲを生やしたハリーを見るのは、かなり珍しい。やっぱ気持ちの中ではオフなんだろうな。
 アコギを弾く彼らの姿というのはかなりレアで、バンドではまず見られないアプローチである。グルーヴ感とは対極のサウンドであり、これはこれで枯れた趣きがあって良いのだけど、まぁ彼ら手動のアイディアじゃないよなまず。斜め上のスカしたディレクターの発案に、蘭丸が乗り気だったから一応話には乗ったのだろうけど、ハリーにとっては暇つぶし程度の余技だったんじゃないかと思われる。

CdO1PStUYAA7kka

 そんな課外活動を経てズズが復活、再度スライダーズのメジャー化戦略は仕切り直しとなる。その成果として形になったのが『Screw Driver』なのだけど、前2作とは違って原点回帰的なロックンロールが大きくフィーチャーされている。反面、『天使たち』〜『Bad influence』で展開されていた、ロックンロール以外のアプローチをバンバン持ち込んでいた蘭丸のカラーは、ちょっと薄れている。
 キャッチーなメロディを持つ曲は、シングルカットされた「ありったけのコイン」くらいで、他の曲では骨太な4ピース・ロックへの回帰が窺える。言っちゃえば地味だよな。
 ちなみにアルバム・リリースを控えたスライダーズ、この時期には記念すべき「夜ヒット」初出演を果たしている。そこでは最も知名度の高い「Boys Jump The Midnight」を披露しており、既存ファンが狂喜乱舞したことは当の然、新規ファンの獲得にも大きく寄与した。お茶の間で家族が集まってテレビを見ている時間帯に、彼らのようなガレージ系のサウンドが流れることが少なかった時代だったため、そのインパクトはかなりのものだった。
 なので、彼らのレパートリーの中では最も聴きやすい「Boys Jump The Midnight」のようなナンバーを期待した新規ファンにとって、この『Screw Driver』は、ちょっととっつきにくいアルバムである。何十回も聴いてきた俺でも、たまに聴きたくなるくらいだし。
 聴けば聴き込むほど。新たな発見も多いアルバムではあるのだけれど、一見さんにはちょっと敷居が高いのかな。

 もしもの話、ズズの事故がなくて、彼らがそのままメジャー路線を突き進んで行ったとしたら、一体どうなっちゃってたのか。
 バブル期というご時勢ゆえ、化粧品のCMソングに起用されていたかもしれないし、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングにも出演していたかもしれない。いやないか、あんな無口なハリーが生放送を承諾するとは思えないし。
 多様な方向性として、ハードでラウドなスライダーズ本体と並行して、ブルース・フィーリングを漂わせるアコースティック路線のジョイ・ポップスとの両立も、実験の一環として面白い試みだったんじゃないかと思われる。

ce89eeb0ceaac445bca19ef03e648bef

 ほんと最近になってハリー、蘭丸と電話で会話をした、とのこと。やっぱメールやラインじゃないんだな。特別、具体的にどうこうではなく、「最近どう?」と、軽く言葉を交わした程度。ただそれだけだ。
 もともと、言葉が多いタイプではない。言葉がなくても通じるのがこの2人だし。ギターがあれば、もっと近づけたかもしれないけど、まだその時期ではないのだろう。
 ハリーは蘭丸のことが気になり、そして蘭丸は淡々と、でも嬉しそうにTwitterでつぶやいた。
 まぁゆっくりと。前を向いて一歩ずつ。

SCREW DRIVER
SCREW DRIVER
posted with amazlet at 17.07.03
ストリート・スライダーズ
エピックレコードジャパン (1995-04-01)
売り上げランキング: 224,468



1. 風の街に生まれ
 まんまStonesオマージュのロックンロールがオープニングを飾る。セミアコっぽい間奏のギターは、わりと珍しい。
 基本、ノマドなスタンスのハリーなので、ロックンロールのキャラクターとしては典型的に、「お前しだいさ」と突き放した言葉を投げかけている。一聴すると無愛想な態度だけれど、ちゃんとその後、「誰かが呼んでるはずさ」と付け加えている。単なる破滅キャラではないのだ。

2. Oh! 神様
 ホーン・セクションと絡むギター・プレイが粋でいい。これもStonesだよな。ブルスとホンキートンクとのハイブリッドを聴かせるバンドは、当時の日本では彼らかボ・ガンボスくらいだったよな。

3. かえりみちのBlue
 カントリー・ロック的にゆったりしたビートの、抒情的なナンバー。ファンの間では根強い人気がある。ぶっきらぼうな口調ながら、どこか人間くささが感じられるのが、親近感が湧いてしまう。そりゃそうだ、ハリーだって仙人じゃないし。まぁこれ以降の90年代はなかば世捨て人みたいな感じだったけど。

4. Baby, Don't Worry
 アルバム・リリース直前にリリースされたシングル。ここまでちょっとポップだったりルーズな曲調が多かったけど、ここに来てタイトなリズムとソリッドなギター・プレイがギュッと凝縮されている。アンサンブル全体に緩急がつけられているため、音の奥行きが生まれている。手クセみたいなコードやメロディなのに、なんでこんなカッコいいんだろう?



5. Hey, Mama
 こちらもソリッドなリズムをベースとしたハード・ブギ・チューン。蘭丸を中心としたコーラスが相変わらず脱力してしまうけど、サウンド自体はめちゃめちゃグルーヴィー。

6. Yooo!
 スライダーズ流のダンス・チューン。だって「踊れ」って言ってるんだもん。蘭丸のカッティングがファンク・マナーなので、演奏だけ抜き出せばファンキーさ満載なのだけど、やっぱりハリーの声は踊れるムードが出ない。まぁ縦ノリじゃなくて横ノリのリズムだから、それはそれでいいか。

7. おかかえ運転手にはなりたくない
 ハリーの個人的色彩が強い、ファンの間でも地味に人気の高いブルース・タッチのバラード。彼が書くバラードのメロディはバタ臭さが少なく、むしろ日本人にとっては親しみやすい歌謡曲的なとっつきやすさがある。こういったところが大衆性を勝ち得たところなのだろう。
 いくら友達や仲間とはいえ、彼の中には誰も踏み込めない境界線がある。もちろん、そんなのは誰にだってあるのだけれど、ハリーの場合、その範囲がとてつもなく広いのだ。我々が知っているハリーとはほんの一部でしかない。どれだけ距離を詰めようとも、彼は自我の中心でひっそり膝を抱えている。一番近い存在だった蘭丸でさえ、伸ばした手は届かない。
 それは今も続いている。

smile

8. Rock On
 シンプルなリフを中心に組み立てられた、アルバムに必ず1曲は入っている、他メンバーによるナンバー。最初は蘭丸かと思ってたけど、これってジェームスなんだってね。どうりでなんか違うと思った。指摘してくれた人、ありがとう。
単純な構造のブギだけど、それが逆に良い方向へ向いているんだよな。だからと言って好きというほどじゃないけど。

9. ありったけのコイン
 アルバム・リリースよりだいぶ先行してリリースされたリード・シングル。オリコンでは最高34位を記録しているように、ビギナーにとっても間口の広いサウンドに仕上げられている。「Boys Jump the Midnight」に代表されるアッパー・チューンとは対極的に、日本人にもなじみの深い情緒あふれるフォーク・ロック調にまとめられていることによって、新たな一面が鮮烈に浮かび上がった。
 「ありったけ コインかき集めて 飲んだくれ お前とどこへ行こう」
 金はないけど時間だけはたっぷりある、モラトリアムな青春時代の情景を切り取った、リア充でもオタクでもない、大多数のコミュニティとは無縁の所で生きてきた者たちへのノスタルジーが刻み込まれている。



10. いいことないかな
 ヴォーカルにもバッキングにも薄くエフェクトをかけた、スライダーズの十八番と言えるハード・ブギ。全員に見せ場があるアンサンブルは、ラストを飾るにはふさわしい。古典ブルースにならった歌詞はネガティヴだけど、それを笑い飛ばしちゃうようなサウンドのグルーヴ感が濃い。やっぱバンドが好きなんだな、ハリーは。


ホット・メニュー ~ベスト・オブ・ストリート・スライダーズ
THE STREET SLIDERS
エピックレコードジャパン (1998-04-01)
売り上げランキング: 35,292
History of THE STREET SLIDERS [DVD]
Sony Music Direct (2007-10-31)
売り上げランキング: 79,968

必要な音を、必要な分だけ。 - 甲斐バンド 『Love Minus Zero』

folder 1985年リリース、11枚目のアルバム。この後、最終作と銘打たれてリリースされた『Repeat & Fade』が、各メンバーのソロ・プロジェクトを集めた変則的なスタイルだったため、実質的な最終作はこの『Love Minus Zero』になる。のちに、15年のブランクを経た再結成作『夏の轍』がリリースされることになるのだけど、この時点では甲斐バンドは封印、「永遠の過去」になるはずだった。それまでの甲斐の発言やライフスタイルからして、同じことを二度も繰り返すことはありえない、というのが衆目の一致するところだった。
 オリコン・シングルチャート最高4位をマークした「安奈」を最後に、甲斐バンドのセールスのピークは過ぎていたので、この時点でのアルバム・チャート最高3位という成績は、まぁ妥当なところ。
 すでにアルバムを主体としたバンド運営に移行していたし、特にこの時期の彼らは、セールスよりもむしろサウンドのクオリティを上げることにウェイトを置いていた。バタ臭いハードボイルド・タッチのサウンドは、おニャン子旋風真っ只中のオリコン・ヒットチャートとは相いれなくなっていたのだ。

 ニューヨーク3部作の2作目に当たる『Gold』製作中、甲斐バンドが深刻な解散の危機を迎えていたことは、後年、甲斐自身を含め関係者の口から明らかにされている。
 どんなにテイクを重ねても、従来メンバーの演奏スキルではサウンドに比類するクオリティには達せず、自暴自棄になるほど追い込まれていた甲斐は、いつ「解散」のひとことを切り出そうか思い悩むことになる。それをもう一歩のところで踏みとどまったのは、バンドを含めスタッフにも家族がいること、それらのしがらみをすべて無責任に放り出してしまうことは、情に厚い九州男児である甲斐にはできなかった。
 そんなギリギリの精神状態の中で『Gold』は完成した。

diveblueheaven-img600x450-1449395878ylnxaw2760

 「ニューヨーク3部作」と称されているこの時代の作品だけど、素材のトラック自体は日本でレコーディングされたものであり、セッション・ミュージシャンもほぼ日本人で構成されている。ニューヨークでの作業はあくまで最終調整、ミックス・ダウンやマスタリングのみなのだけど、この辺は案外サラッと流されがちである。
 旧譜のリマスターを行なう際、現在のスタジオワークの主流であるDAWでは当時のニュアンスが再現しきれず、いまだヴィンテージ機材が主流である海外でのマスタリングは珍しくなくなったけど、稀代のエンジニアBob Clearmountainのスキルのみを求めてニューヨークへ向かう、というのは、当時としてもレアケースだった。
 好景気と円高傾向の恩恵もあって、80年代はちょっと名前が売れれば、猫も杓子も海外レコーディングを行なっていた。所属事務所に財力があれば、案外そのハードルは低かった。デビュー前の少女隊が、一流のメンツをそろえてロスでレコーディングできちゃったくらいである。「海外発」という箔づけが有効な時代だったのだ。
 単純にスタジオ経費が抑えられるというメリットの他に、女性アイドルならレコーディングのついでにグラビア写真集やイメージ・ビデオの撮影までできてしまう。ていうか、こっちの方がメインだったのかな。ギリギリまで睡眠時間を削った過密スケジュールをこなしてきたアイドルにとっても、ちょっぴりビジネス/ほとんどバカンス気分でリフレッシュでき、事務所的にも適度なガス抜きと節税対策でコスパはいいし。
 なんだ、みんなが喜ぶことじゃん、これって。

04151256_4da7c1db97833

 で、甲斐バンド。当然のことながら彼らがマンハッタンでヌード・グラビアを撮影することはなく、純粋にスタジオ作業で渡米したのだけど、考えてみれば本格的な海外レコーディングを行わなかったというのは、ひとつの疑問である。
 初期メンだったベースの長岡が抜けてからの甲斐バンドは、その後は欠員補充することもなく、ギター大森・ドラム松藤との3名体制で運営していた。PoliceやJamなど、世界的にトリオ編成のバンドは珍しいものではなかったけれど、フォーク・ロック的な色彩が濃かった初期ならいざ知らず、ニューヨーク3部作期のサウンド・メイキングは、とても3人でまかなえるものではなくなっていた。
 シビアで繊細な音づくりを信条とするBobのスタジオ・ワークに耐えうるサウンドを作り出すには、どうしても他者の手助けが必要となる。甲斐の要求するクオリティはアルバムを追うごとに高くなり、相対的に大森・松藤の出番は少なくなる。代わって外部ミュージシャンの起用は多くなっていった。

 最盛期には年300本前後のライブをこなしていた彼らだったけど、ニューヨーク3部作に突入する頃は「創作活動に専念する」という理由で、ライブの本数を極力抑えていた。都有5号地(のちの都庁建設地)や両国国技館など、これまで音楽イベントに使用されていなかった会場を使って世間に大きなインパクトを与えたのもこの時期だけど、そんな理由で実質的な本数は激減している。
 そういった状況だったので、何かと雑音の多い国内にこだわらず、まとまった時間を取って当時のBobの所属スタジオPower Stationでのレコーディングも可能だったはず。まぁ世界中からオファーが集中していたスタジオなので、長期間スタジオをキープすることが、物理的にも予算的にも難しかったんじゃないかとは思う。
 もし長期のレコーディングが可能だったとしても、必然的に在米のミュージシャンを起用することになり、メンバーとのポテンシャルの差が大きすぎる。当時の甲斐のことだから、メンバーがプレイしたトラックを冷酷に差し替えまくることもあり得る話である。
 そこまで行っちゃうと単なる甲斐のソロ・アルバムになってしまい、バンドとは呼べなくなってしまう。

20070804224857

 『Gold』リリース後に行なわれた大規模ライブ「Big Gig」を終え、彼らは暫しの沈黙期間に入る。その間、甲斐バンドはデビューから所属していた東芝EMIと契約終了、新興レーベル・ファンハウスに移籍する。
 EMI内で日本のロック/ポップス部門のリリースを担っていたエキスプレス・レーベルを母体として始まったファンハウス、初代社長として就任したのが、そのエキスプレスを管轄していた新田和長である。甲斐バンドの担当ディレクターでもあった新田が独立した流れで、彼らも半ば引きずられる形で移籍することになる。
 アーティストがレーベル移籍するというのはよほどのことで、大抵は契約が切られたか、または好条件を求めて、そのどちらかである。特にデビューから何かと世話になった会社から抜けるとなると、それなりの覚悟が必要になる。
 EMI自体に取り立てて不満のなかった甲斐だったが、会社:アーティストの関係を越えて恩義を感じていた新田への義理を果たすため、ファンハウス行きを決断する。あくまで信頼関係に基づいての成り行きであって、ビジネス上での合意とは微妙にニュアンスが違ってくる。

 初期ファンハウスのアーティスト・ラインナップは、オフコースとチューリップが中心だった。他で目につくのは、「あみん」を解散して間もなかった岡村孝子。レーベル・カラーとしては、旧EMIのニューミュージック勢が多くを占めている。
 そんな中に甲斐バンドも名を連ねているのだけれど、正直、このメンツでは明らかに浮いた存在である。「キャリア的に前者2組と肩を並べている」という理由だけでキャスティングされている印象が強い。
 ファンハウスのメインとして新田が位置付けていたのは、オフコースである。その後の彼のインタビューでの発言も、小田和正のエピソードこそ多いけれど、甲斐について語ることはほとんどない。ビジネスマンの視点から見て、今後の収益面の期待値が大きかったのが小田だったのだろう。まぁ当時のポジションから見てもそうなるわな。

d0022648_9494721

 取り敢えず新レーベル設立にあたって頭数をそろえるため、他のアーティストとカラーは違うけれど、ネームバリューのある甲斐バンドにも声をかけた、というのが真相だったんじゃないかと思われる。事実、『Love Minus Zero』リリース後、甲斐バンドは解散宣言と共にEMIに復帰、しかも甲斐よしひろのソロ契約というおまけまでついている。
 結果的にこの移籍劇は、ファンハウス立ち上げのための名義貸し、ワンショットの契約だったのだろう。甲斐サイドから見れば、何のメリットもない移籍だったし。

 そんなゴタゴタした経緯の中、断続的かつ長期間に渡ってレコーディングは進められた。この時点で解散に関するミーティングは続けられていたし、甲斐のソロ・プロジェクトも水面下で進行していた。
 正直、他メンバーのテンションはダダ滑りだったんじゃないかと思われる。何度プレイしてもリテイクの連続、レコーディングは空転状態である。クオリティを高めるため、メンバーがプレイしたテイクは破棄され、外部ミュージシャンのプレイに差し替えられる。それでまた不協和音が生じ、レコーディングはさらなる遅延のループとなる。テンションも下がるよな、こんなんじゃ。
 そんな悶々としたバンド内不和の緩衝役として、以前からサポートで参加していた田中一郎が正式加入するのだけど、中立的な立場である彼を持ってしても、積年に渡ってこじれた歪みを解消することはできなかった。
 やりづらかっただろうな、どちらにとっても。

img8b1479cbzikfzj

 で、できあがった音というのは最高傑作と呼ぶに値する、恐ろしく高いクオリティで統一されている。「甲斐バンド」というドメスティックな先入観を抜きにすれば、世界レベルで充分戦えるレベルにまで到達している。
 前述したように、おニャン子旋風が吹き荒れていた当時のオリコン・ヒットチャートとはリンクしていないサウンドなので、バカ売れしたアルバムではない。DX7にまみれた同時代の音楽と違って、時代の風化にも耐えうる音ではあるけれど、多くの人を惹きつける魅力には薄いのだ。キャッチーなメロディーという点においては、ひとつ前の『Gold』が頂点だったし。

 『Love Minus Zero』は日本のミュージック・シーンの文脈で語るより、むしろ末期のSteely Dan、『Aja』や『Gaucho』と並べて語る方がわかりやすい。Donald FagenもWalter Becker も甲斐同様、サウンドにこだわり過ぎるあまり、初期のバンド・スタイルを徐々に解体、オリメンである司令塔2人を残して、外部ミュージシャンの組み換えで傑作を産み落とした。
 特に最終作『Gaucho』では、司令塔2人(とプロデューサーGary Katz)が完璧なサウンドを追求するがあまり、セッション・ミュージシャンらに対し、冷酷無比に膨大なリテイクを要求する。妥協なきスタジオ・ワークは、後世にまで語り継がれる作品として昇華したけれど、長きに渡る編集作業は2人の精神をすり減らし、完成と共にSteely Danに終止符を打った。

img79b8ea19zik6zj

 Dan同様、甲斐バンドもまた、完パケと共に解散を決定、リリース後は終焉に向けて動き出すことになる。
 気の進まない移籍騒動やら、思うように捗らないレコーディングやらで、バンドを取り巻く環境は決して良いものではなかった。逆に言えば、人間関係がこじれればこじれるほど、各々自身の作業に集中せざるを得なくなり、音楽的には高いクオリティを持つアルバムに仕上がった。
 バンド内のピリピリした緊張感を象徴するかのように、どの音も念入りに研ぎ澄まされ、ひとつひとつの音の粒立ちは良い。曖昧な響きがことごとく排除されているのだ。
 必要な音を必要な分だけ。足しもせず、引きもしない。
 そんな音が、『Love Minus Zero』には収められている。


LOVE MINUS ZERO(紙ジャケット仕様)
甲斐バンド
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M) (2007-12-12)
売り上げランキング: 296,573



1. 野獣
 1984年リリース、『Love Minus Zero』からは2枚目の先行シングル。前述したように、この時代になるとシングル・ヒットは眼中になかったため、オリコン最高53位という成績には何の関心もなかったと思われる。
 ボクシングを題材とした曲といえば、アリスの「チャンピオン」が真っ先に思い浮かぶけど、谷村新司が引退間近のロートル・ボクサーのペシミズムを主題にしていたのに比べ、ここでの甲斐は脂の乗った現役ボクサー、ギラついた渇望と暴力的な肉体性を取り上げている。
 70年代ブリティッシュ・ハード・ロック的なギター・リフを基調としたシングル・ヴァージョンでは、ライト・ユーザーへの配慮も窺える「ロック」な仕上がりだったけど、ほぼ同時にリリースされた12インチ・シングル並びにアルバム・ヴァージョンでは、歌詞世界とリンクした、バイオレンスな質感となっている。
 シングルでの各パートが横並び・等間隔に配置されているのに比べ、冒頭のスラップ・ベースやギター、そのどれもがコントラスト鮮やかな音像に仕上がっている。イントロだけ聴くと、まったく別の曲のようである。
 「ミックスダウンとは何ぞや?」という問いかけに対する模範解答とも言えるナンバー。



2. 冷血(コールド・ブラッド)
 『Love Minus Zero』発売1か月前にリリースされた、本来の意味合いに最も近い先行シングル。そんな何枚も出すモノじゃないよな、先行発売って。オリコン最高43位は1.よりちょっと上がってるけど、まぁこの結果にもさして関心はなかったと思われる。
 Truman Capoteの同名ノンフィクション・ノベルからインスパイアされたタイトルだけど、クライム・ノベル的な短編小説的世界観の意匠だけ使って、内容はまったく別モノ。Capoteは死刑囚への緻密な取材に基づく人格解剖だったしね。
 抑制されたドライなサウンドをバックに、甲斐のヴォーカルは少し引き気味にミックスされている。サウンドと言葉とが等価で配置され、凄惨な世界観はギリギリのところでポップの側に踏みとどまっている。これまで甲斐の書いた楽曲の中でも、ハードボイルド・テイストが最も高い曲。



3. フェアリー(完全犯罪)
 「Big Gig」終了間もなくリリースされた、『Love Minus Zero』プロジェクトの最初を飾る「先行シングル」。もう何枚目だよ。
 1.2.のハードボイルド・タッチから一転、シングル・チャート意識したポップ・ロック的なサウンドは、案外ファンの間でも人気が高い。この曲のみミックスを、Bobと同じパワーステーションのエンジニア、Neil Dorfsmanが手掛けている。多分、Bobのスケジュールが合わなかったため、代役として彼が指名されたのだろうけど、いやいや彼もなかなかの実績を持っている。Sting 『Nothing Like the Sun』、Dire Straits 『Brothers In Arms』、Paul McCartney 『Flowers In The Dirt』と、80年代の重要アルバムを数々手がけており、Bobと比肩するポテンシャルの持ち主である。
 「最初は遊びで付き合ってたつもりが、いつの間にかこっちが本気になってしまった挙句、捨てられて呆然としている」といったシチュエーションは、甲斐にしては珍しく受け身の設定。ハードボイルドを謳ったアルバムの中では異彩を放っているけど、サウンドのトーンはアルバム全体と調和しているので、違和感は感じられない。こうやって全体像を見据えた処理能力は、やはり世界のパワーステーション。



4. キラー・ストリート
 バンドっぽさを感じさせる、ファンキーなリズムのロック・チューン。レコードではA面ラスト、シングル・カットされた冒頭3曲のインパクトが強かったおかげで損なポジションだけど、年を経てから聴いてみて、最も甲斐バンドらしさが残っているのがこれ。「ハードボイルド」と銘打ってちょっとよそ行きっぽかった甲斐のヴォーカルも、ここでは変な気取りを捨ててきちんとロックしている。
 しかし、無国籍感ぱねぇな。リアル北斗の拳的な歌詞もそうだけど、この曲に限らず、サウンド自体も同時代のアーティストとのリンクがない。やっぱオンリーワンだったんだな。

5. ラヴ・マイナス・ゼロ
 もともとは甲斐がソロ用にストックしてあった曲をバンド・アレンジして制作されたミディアム・ナンバー。解散ライブを収録したアルバム『Party』ではラストに収録され、「君から 愛を取れば…」と歌い残してステージを去った。アルバム・リリースから半年経ってからシングル・カットされたため、オリコン最高88位と振るわなかったけど、ファンの間ではヒット曲よりもむしろこちらの方が人気が高い。歌詞・メロディ・アレンジとも、最も時代におもねることなく、風化せず生き残っている。
 4.同様、サウンドは無国籍感が支配する。俺がイメージするのは、なぜか東南アジアの喧騒に満ちた夜のマーケット。行ったこともないのに、想うのはいつもそこ。多分、聴く者それぞれの「Love Minus Zero」的世界観を想起させるのだろう。



6. デッド・ライン
 アメリカン・ハードロック的な大味のポップ・ロック。時折隠し味的に響くシモンズが時代を感じさせ、軽やかなサックスは心地よく響く。でも面白みにはちょっと欠ける。『Gold』のアウトテイク的な親しみやすさはあるけどね。

7. Try
 で、こちらはサウンド的にCarsを思わせるシンセ・ポップ。歌詞はステレオタイプのロックンロール。まぁこんなのもできちゃったんで的な、アルバム・コンセプトとはちょっとズレてる感がハンパない。要するに、ちゃんと聴いてなかったんだよね。改めて聴いてみても、歌詞がちょっと書割りっぽくて馴染めないな

8. 悪夢
 作曲:田中一郎、作詞甲斐による共作。ここでのヴォーカルは甲斐が取っているけど、シングルでは田中が歌っている。両方を聴き比べてみると、田中のヴォーカルはニュアンスの表現が甘く、やはり手練れの甲斐のヴァージョンに軍配が上がる。色艶が違うんだよな、表現力の差というか。
 初参加ということもあって、ここでの田中は実力をまだ十分に発揮しきれないでいるけれど、次作『Repeat & Fade』ではストレートなロックンロールだけに収まらないバイタリティが開花する。するのだけれど、そこでバンドは終止符を打っちゃったのが惜しい。

lmz

9. 夜のスワニー
 このラスト曲と8.のみが、バンド全員でのセッションによって制作されている。他の楽曲はトラックごと個別にレコーディングされているのだけれど、寄りによってバンド・マジックが生まれづらそうなこの曲を選んでしまうところに、バンド内の軋轢を感じさせる。
 以前も書いたのだけど、アレンジがElvis Costello 「Inch by Inch」そのまんま。Costelloがリリースしたのが1984年なので、シンクロニシティだインスパイアだオマージュだとは恥ずかしくて言えないくらい、それほどそっくり。聴いた当時はカバーだと思っちゃったくらい。
 透徹としたアーバンな世界観が巧みに表現されているだけに、ちょっともったいない。



KAI BAND&YOSHIHIRO KAI NEW YORK BOX(DVD付)
甲斐バンド 甲斐よしひろ 甲斐バンド/甲斐よしひろ 甲斐よしひろ
ユニバーサル ミュージック (2016-06-29)
売り上げランキング: 8,724
Highway25
Highway25
posted with amazlet at 17.02.27
甲斐よしひろ 甲斐バンド KAI FIVE 田中一郎
ソニー・ミュージックレコーズ (1999-08-25)
売り上げランキング: 178,861

「日本のロック」という文脈ではくくり切れない人たち - ローザ・ルクセンブルグ 『ぷりぷり』

61B1qwXLzAL 日本のオルタナティブ/インディーズで活動するミュージシャンがメイン・カルチャーのメディアで紹介されるようになったのは、70年代前後からである。GS〜フォークの時代にも音源化されていないアーティストは山ほどいただろうし、一部はマニア有志による発掘作業が今でも進められているのだけど、どれも歴史的資料、時事風俗の記録的意味合いを超えるものではない。B級GSや新宿西口フォークに純粋な音楽性を求めて聴く者はあまりいない。そこには好事家的なノスタルジーの香り、音楽を取り巻く時代状況を考察する視点の方が強い。
 ファンクラブ限定で配布されたジャックスの私家盤や、現役時代からすでに幻の存在とされていた裸のラリーズ、頭脳警察や村八分あたりからやっと、アルバムというまとまった形で提示できるアーティストが出現する。ステージ上の露出行為や発売禁止処分にあったりなど、まだまだスキャンダラスな側面が強い人たちばっかだけど。

 フラワー・トラベリン・バンドや外道など、欧米のハード・ロックにも引けを取らない、「ある程度」きちんとしたロック・バンドの登場によって、メジャー・リリースの活路がちょっとだけ開けるようになる。それでもまだ、エキゾチックなステージ衣装や挑発的な発言ばかりがクローズアップされて、いまだ純粋な音楽的評価を得るには至っていない。
 次なるムーヴメントがUKパンクの勃興、長髪と冗長なインプロビゼーションを捨てたバンドマンたちは我先にと髪を立て、3コードで放送禁止用語をがなり立てるようになる。東京ロッカーズの台頭をきっかけとして、自主製作のレコードやテープが地下流通するようになった。
 その流れを汲んだまま80年代に突入し、何でもアリのニューウェーブ時代、そこでメジャーとインディーズとの垣根が一気に低くなった―、といったところまでが、俺の私観。すごくザックリ書き連ねてみたけど、概ねこんな感じじゃないかと思う。細かいところは各自補足して。

extra_150203

 いま挙げたアーティスト以外、自主製作はおろか音源さえ残さなかったバンドの方が当然多かったわけで、そんな泡沫連中の動向まで逐一カバーできるはずもない。70年代アングラ・シーンの最大の情報源とされていた「ぴあ」でさえ完全なデータとは言えないし、第一チェックできたとしても、すべてのライブを観れるわけではないのだ。
 80年代をリアルタイムで生きてきた俺の時代になると、インディーズの市場がメジャー予備群的に拡大しつつあった頃とリンクしていたため、雑誌メディアでの情報も多少は増えていた。北海道の中途半端な田舎ではあったけど、品揃えにこだわりの強いレコード店には、数少ないけどインディーズ・コーナーも設けてあって、そこで初めてブルーハーツの「人にやさしく」のドーナツ盤を発見した。近所に伝説のライブハウスもあったしね。

 で、ローザ。
 彼らもまたブルーハーツとほぼ同時代に活動していたバンドである。調べてみると、ローザのメジャー・デビューが85年で、ブルーハーツが87年だった。彼らの方が早かったんだな。
 当時はメジャー・デビューに至るまでのハードルが高かった、また前述のスキャンダラスな面が強いバンドに対する規制が強かったため、受け皿としてのインディーズ・シーンの隆盛がよく語られている。いるのだけれど。
 リアルタイムで80年代を生きてきた俺の、これまた私観だけど、刹那的な時代風俗の側面も強かった80年代中盤からのオルタナ・シーンでは、メジャーへのステップはそこまで高くなかったんじゃないか、という印象。セールス動向が読みづらかったせいで継続的な複数契約は難しかったけど、ワンショット契約での単発リリースは各メーカー、試験的に行なっていた。

11357493_743559222419187_1295550419_n

 考えてみれば、以前と比べて壊滅的にCDが売れない現代の方が、メジャー・リリースへの障壁は高いんじゃないかと思うのだ。損益分岐や販売計画など、レコード会社の社員ディレクターのデスク・ワークは、以前にも増して膨大となり、新たなアーティストをチェックする時間も余裕もない。収益見込みの確実な根拠がない限り、リスクを被ることもできなくなっているのだ。
 世界的な物理メディアの販売不振やらダウンロード販売の隆盛やら、ストリーミング・サービスの台頭やらインディーズ・シーンのシステム化やら、理由はいくらでも挙げられるけど、結局のところ、80年代当時は景気が良かったのだ、ということに尽きる。プラザ合意間もない頃の日本経済は、1億総中流社会と形容されており、誰も飛び抜けて贅沢はできないけど、まじめに勤めていれば誰でも平均的な生活レベルを手に入れることができる程度の社会基盤が整っていた。みんなが同じ生活レベルだったため、自然と趣味嗜好も似たようなものになり、みんなが同じ流行のものに飛びついた。

 音楽業界も同様で、ヒット曲とは老若男女、誰でも気軽に口ずさめるものだった。最大公約数的に万人向けのものではあったけれど、時間と金をかけてプロの手でしっかり作り込まれた楽曲は、時代を経ても古びないものだったことは歴史が証明している。
 中には流行狙いの安易な作りの楽曲もあったけど、手間ヒマかけて送り出された多くの楽曲は会社にアーティストに収益をもたらし、その一部をまた新たな楽曲・新たなアーティストに投資した。そういった循環がうまく回っていたのが80年代である。90年代に入ると、シェアはさらに拡大したけど、マーケティング理論が介入し始めて、音楽が商品になっちゃって、ニュアンスがちょっと違ってくる。

2

 実は80年代中盤というのはCDバブルのちょっと前、レコードの出荷枚数が微減していた時期である。ミリオン・ヒットも出てないしね。
 それにもかかわらず、当時の社員ディレクターは骨のある人物が多く、自ら現場に赴いて情報収集、まだ他社との契約に至っていない新進バンドの面倒を見、見込みがあれば二人三脚でデビューにこぎ着けられるよう尽力していた。今ならデスク上でYouTube やtwitter をチェックする程度で済ませてしまうけど、ビジネスを超えて音楽産業に携わる者としての気概に満ちていた、そんな時代である。

 なので、セールス的に苦戦することは目に見えてるけど、利益追求と並行して文化事業でもあるレコード会社の役割として、先行投資的に新興ジャンルの育成を強化するメーカーも多かった。昔から1つの大ヒットで100のアーティストを養う業界構造は今も変わらないけど、70年代的理想主義の最後の砦として、ニューウェーブ系のアーティストを抱えているメーカーは多かった。

 メジャー・レーベルRVCから派生、YMO散開後の坂本龍一を中心として設立されたミディからデビューしたのが、ローザである。当時のラインナップとしては、坂本の他に矢野顕子と大貫妙子、EPOや鈴木さえ子といった面々。こうやって並べてみると、ローザだけ明らかに異色である。多分、ファントムギフトと同じカテゴリーだったのかな。
 教授周辺のアーティストが一種のインテリジェンス、選民的なイメージ戦略だったのに対し、ローザはアングラ上り特有の粗野なイメージをそのまま持ち込んでデビューした。もともとミディというレーベルの社風から、アーティスト・マネジメントには不干渉だったため、彼らの存在は特に浮きだって見えた。そのバックボーンには京都のアングラ・シーンの不穏な妖気が立ち込めており、笑顔の裏側に貼りついた狂気は隠しきれなかった。
 バンド全体のイメージとしては異彩さをはなってはいたけど、ヴォーカルどんとの天衣無縫なキャラクターは、隣りの兄ちゃん的な親近感さえ漂わせていた。
 そういえば矢野顕子とかぶるよな、キャラクター的に。

5d539f0d

 無邪気な笑顔で虫やカエルを踏み潰す、天真爛漫と残虐性とを併せ持った子供のようなキャラクターは、案外お茶の間への好感度アップへと寄与した。本格デビュー前にもかかわらず、なぜか無名の彼らがセブン・イレブンのCMキャラクターに抜擢されたのは、いまを持って謎。
 考えてみれば、セブンも一貫して変わった企業だよな。長いことCMでタイマーズ使ってるし。俺的には全然オッケーだけど。

 ローザ解散後もどんと、「平成教育委員会」のレギュラーとして、特異な回答やリアクションを連発している。ライブの時とは違ってちょっと照れ臭そうに、どこか憎めなくって頼りないけど何だかみんなに愛されてしまうキャラクターは、終生変わることはなかった。こういった振る舞いは演じてできるものではないので、やはり生来の人柄に依るものなのだろう。

 余計な美辞麗句や賛辞、形容を取り払って彼らの音を聴くと、基本はオーソドックスなロックンロールであることに気づかされる。その奇抜なメイクやコスチューム、デビュー前に帯同した欧州ツアーから由来するアングラ演劇からの影響、また当時からジャンルに捉われないどんとのキャラクターも相まって、プラスアルファのオリジナリティは満載なのだけど、基本はシンプルな8ビートである。それらはすべて、初期ローザ・サウンドのイニシアチブを握っていた玉城宏志の志向を中心として構成されている。
 基本のバンド・アンサンブルがしっかり構築されていたおかげもあって、どんとの自由奔放さが活きた、という見方もできる。メンバー全員がどんとみたいだったら、ただの下手くそなアバンギャルドになってしまう。収拾つかないだろうな、多分。

 どんともその辺は自覚していたのか、終生、バンドのメンツは気心が知れていて、しかもテクニック的に申し分ない者ばかりだった。フラフラ飛び回る自分をしっかり繋ぎとめる基盤=プロミスト・ランドが必要であることを自覚していたのだ。
 でも、メンバー全員がどんとのバンドも、怖いもの見たさで面白そうなのだけど。


ぷりぷり
ぷりぷり
posted with amazlet at 16.12.27
ローザ・ルクセンブルグ
ミディ (2000-07-26)
売り上げランキング: 59,658


1. おもちゃの血
 かなりファンクに接近したロックンロール。なので、それぞれの音のパートをもっと太くミックスすると、Rage Against the Machineのようにも聴こえる。あそこまでの仰々しいメッセージ性はないく、歌詞はほぼノリ、セッション中に「おもちゃのチャチャチャ」をなんとなく口ずさんだら、語感とリズムがうまくマッチングしていつの間にかできあがっちゃった、てな感じ。

2. 在中国的少年
 オリエンタルなギター・リフが耳に残る、ローザ代表曲のひとつ。ギターばかりがどうしてもピックアップされがちだけど、通底音として切れ目なく地を這いまわるベース・ラインが無国籍性をさらに引き立たせている。

 うんばぱっぱ、うんばぱっぱ、よいよいよ~い。うんばぱっぱ、うんばぱっぱ、あらえっさっさあ

 歌詞はさらに意味性を超越している。ていうか音頭のかけ声だよな、これって。民族的舞踊の原初に立ち返ってリズムを強調した、本能に基づいた剥き出しの野生が云々-。
 まぁそんな小難しいとこは抜きにして、この時代にこんなサウンドを創り出していたことを素直に受け止めよう。



3. 原宿エブリデイ~ブルーライトヨコハマ~
 再びスカ・テイストの入ったファンク。この辺はリズム・セクションの力が絶大。こういった曲を聴いてると、ローザというのはほんと、バンドとしてのポテンシャルが高かった、というのが露わになる。当時のアングラ・シーンで「ブルーライト・ヨコハマ」のような40年代歌謡曲を題材に曲を作ろうとしたバンドはいなかった。しかも懐メロとしてではなく、素材をきちんと活かし、それでいてオリジナリティでねじ伏せてしまうこの力技といったら。
 
4. イヨマンテ
 アナログ時代は未収録、シングル・カットされた2.のB面としてリリースされたのが初出。初リリース時はまだアナログとCDの出荷量がほぼ同等程度だったため、知ってる人知らない人半々だった。
 三味線風のギター、SEを交えた間奏の寸劇。語源であるアイヌの儀式とどこに関連があるのかはあまり考えないとして、ストレートなロックをここまでシアトリカルな構成に仕立ててしまう、玉城宏志の才覚があふれまくった快作。

5. 北京犬
 リズムだけはレゲエだけど、全然快楽的に聴こえず、かといって陰鬱でもない。まさしくどんと、ローザ・ワールド。最後にただ「ペキン・ドッグ」って言いたかっただけじゃねぇか、とまで思ってしまう。

20150112095050481

6. 大きなたまご
 アナログA面最後はベース永井利充による、UKニューウェーヴの香りを漂わせるアンビエントなスロー・ナンバー。玉城主導による重厚感あふれるロックと、無国籍かつ抒情的などんとのメランコリックな感性がローザの柱とされているけど、多彩な音楽性を持つメンバーそれぞれの個性が有機的に絡み合って成立していたのがローザ・ルクセンブルグというバンドだったわけで、ここではそのパーソナルな部分がクローズアップされて、独特の世界観を築いている。ていうか、こんな浮遊感あふれるサウンドもできますよ的なロック・バンドが、当時、日本にいたか?
 どんとのハーモニカと玉城のギターも、ツボを心得たように引きの美学を見せている。

7. アイスクリン
 ZEPをこよなく愛する玉城のテイストがかなり濃い、これまでよりBPMも早めの疾走感あふれるロック・チューン。でも歌ってるのはどんと、相変わらず意味解釈を否定するような歌詞で突っ走ってるので、いつものローザ。ライブ映えしたんだろうな、やっぱり。
 間奏はもろZEPへのリスペクト。凝りに凝りまくったエフェクトが次作『Ⅱ』への布石とも読める。

8. バカボンの国のポンパラスの種
 これもバカボンってただ言いたかったんだろうな、と読めてしまう、同じくライブ映えするハイパー・ロック・チューン。7.と同じく間奏はZEP的。
 Jimmy Pageはこれを聴いてどう思うだろうか。当時は確かPaul Rodgersと組んでFirmを結成、いま聴けば微妙な産業ブルース・ロックでお茶を濁していた。誰かこれを聴かせてケツを叩いてやればよかったのに。

jpeg

9. だけどジュリー
 沢田研二のことではなく、京都時代のホームレスのおっさんを題材とした、これまでよりお遊び心満載のロック・チューン。ギターがいきなり「Get it on」だし、間奏のホーンはまんまJB。ギター・ソロもメロディアスで歌謡曲チックだし、肩の力は抜けまくり。ほぼトラックはいじられてないため、セッションのゆる~い熱気がそのまんま収録されており、当時のバンドの雰囲気が感じられる。

10. ぶらぶら
 4.同様、こちらも当時はCDのみ収録、最初に入手したのがレンタル・レコードだった俺がこの曲に出会ったのは10数年後の再発CDだった。ちょっとロックっぽくしてみた感じのサウンドは、一般的に思われてる破天荒なイメージとはちょっと外れている。まぁこんなのもできるんだよ的な受け止め方かな、俺は。

11. ニカラグアの星
 正統ファンク・ロック。普通なら派手にホーンを入れたりエレピを絡ませたりするところを、あくまで3ピースの音で表現しようとしたところがローザの潔さであり、そしてまた限界でもあったんじゃないかと思う。まぁ玉城の目指すところは70年代ハード・ロックだったわけだから、その辺は仕方ないとして。実際、これも後半はスペーシーなギター・ソロとカッティングのコントラストで埋め尽くされてるし。
 ニカラグア?意味を求めちゃいけない。単に言ってみたかっただけだよ。

12. 毬絵
 6.同様、80年代中~後半、ロキノンやフールズ・メイト界隈でのみで人気を博した4ADレーベルのサウンドが憑依したアンビエント風バラード。リズム・セクションという地味なポジションゆえ、こういった永井の感性は目立ちづらいけど、濃すぎる2人のフロントマンのアクセントとして、または緩衝材としての役割は十分果たしている。

13. 少女の夢
 最後はこちらも代表曲、ストレートなロック・サウンド、メンバー全員でシャウト。ライブでも定番のアッパー・チューン。歌詞は…、まぁ聴いてもらえればいいかな?書き出すのはちょっと憚れる。でも、ロック・チューンとしてはローザの中でも1、2を争うクオリティ。





ローザ・ルクセンブルグ コンプリートコレクション(DVD付)
ローザ・ルクセンブルグ
ミディ (2013-07-10)
売り上げランキング: 130,620
お蔵だし VOL.1
お蔵だし VOL.1
posted with amazlet at 16.12.27
ローザ・ルクセンブルグ
ミディ (2014-05-28)
売り上げランキング: 161,804

カテゴリー
月別アーカイブ
記事検索
Twitter
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: