好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Rock : Japan

80年代日本のロックのマスターピース - 泉谷しげる 『吠えるバラッド』

_SL500_ 1988年リリース、ビクター移籍第1弾となった12枚目のオリジナル・アルバム。副業だったはずのバラエティ出演や俳優業が忙しくなり、本業であるはずの音楽に集中できていなかった泉谷が一念発起、本腰を入れて「ちゃんとした『ロック』をやるんだ!」という強い意志を持って作り上げた。
 それまで模索してきたニューウェイヴ的なサウンドをチャラにして、言い訳無用の重厚さを追求するため、泉谷自ら足を使い、「これは!」と目をつけた様々なバンドのライブを物色、時には脅し、はたまた時にはおだてたりしながら、理想のメンバーを集めていった。
 そんな経緯で結成された最強のロック・バンド「ルーザー」を率い、泉谷はその後、3枚のオリジナル・アルバムを製作、「春夏秋冬」以上の成功と評価を得ることになる。
 破天荒な言動とは裏腹に、アルバムごとにサウンド・コンセプトが定まらず、紆余曲折と七転八倒、トライ&エラーの繰り返しだった作風は、生半かな若手バンドなど鼻息で蹴散らしてしまう、ヘビー級チャンプが寄ってたかって好き放題に暴れ回るサウンドとなった。
 ドラムは、数々の伝説的セッションをくぐり抜けてきた、天衣無縫の村上“ポンタ”秀一。ルーザーのバンマスとして、泉谷が深く信頼を寄せていた、こちらも有名セッションで存在感を見せていた、ベース吉田健。若手ギタリストとして、そしてアレンジャーとしても頭角をあらわしつつあった、ルースターズ解散後、動向が注目されていた、ギター下山淳。そして、もう1人のギタリスト、説明も何もいらねぇな、仲井戸麗一・通称チャボ。
 みんなフロントを張れる連中ばかりなので、単なる金やコネだけでまとまるものではない。スケジュール調整だって大変だし、みんな好き勝手言うだろうし。よくやろうとしたよな、こんなアクの強いメンツで。

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 「春夏秋冬」のヒットによって、フォーク歌手としての印象が強い泉谷だけど、実際のところ、フォークというジャンルにこだわっていたわけではない。時代的にフォークが流行していたこと、また、吉田拓郎が移籍してしまい、稼ぎ頭がいなくなってしまったエレックの思惑によって、フォークの成長株として売り出されてしまった、という事情もある。
 「ギター1本で抒情的な心象風景を切々と歌う」、四畳半フォークの定番フォーマットが彼に馴染むはずもなく、当初から、観客とケンカ寸前の、喧々囂々丁々発止のライブを展開していたらしい。この辺は、当時、よく対バンしていたRCや古井戸からの影響も強かったんじゃないかと思われる。
 そんな破天荒スタイルだったので、当然、フォークの連中、フォークを愛する観衆からはウケが悪い。対バンや共演だって、フォーク系からのオファーは少ないので、さらに意固地になって、抒情性とはかけ離れてゆく。
 フォーライフ設立を機に、拓郎・陽水がニューミュージック路線へ転換したように、泉谷もまた、ロック・サウンドへの傾倒を強めていった。ただ、ロックに強いブレーンやスタッフに恵まれなかったのか、ロックっぽいけどロックじゃない、消化不良な過渡期的な作品が多かったのも事実である。
 例えば、Neil Youngに対するCrazy Horseというのが、理想的なモデルケースだと思うのだけど、何故だか泉谷、ルーザー以前のバック・バンドは微妙にベクトルがズレている連中ばかりである。

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 初期のプロデューサー加藤和彦のツテで組んだミカバンド、またはイエローやバナナ。決して悪いバンドではない。ただ、破天荒な作風と背中合わせの繊細さをも表現できたかといえば、それはちょっとタイプが違ってたんじゃないかと思われる。
 楽曲によっては、うまくハマってるものもあったけど、トータルで見ればマッチングの度合いがバラバラで、永続的な関係に至ることはなかった。例えばミカバンドなんて、演奏テクニックも音楽センスにおいても、とんでもなく優れた逸材が揃ってはいたけど、泉谷との相性が良かったかといえば、それはまた別の話で。
 バンド・サウンドが欲しくなったので、たまたま空いているバンドに声をかけてみた。レコーディングしてみると、演奏はきっちりまとまってる。でも、アンサンブルは流麗だけど、前述の泉谷の個性が活かされているとは言えない。単に8ビートでガシャガシャやってもダメなのだ。
 なので、今度は違うバンドを紹介してもらう。同じく、演奏はまとまってる。まぁまぁロックっぽくなってきている。でも、どこかまとまりがない。ヴォーカル&インストゥルメンタル。カッコつけて言っちゃってるけど、歌と演奏がバラバラだ。
 泉谷と組む以前から、そこそこの経験を積んできているバンドなので、ある程度の約束事、バンド内でしか通じない共通言語ができあがってしまっている。後になって、そこに張り込んで言語を覚える、または新たな言語を作るのは、至難の業だ。なので、泉谷:バンドという構図ができあがる。イコールには決してなりえない。
 アーティストによっては、そんな緊張関係を逆手に取り、思わぬ化学反応によって傑作をモノにすることもあるけど、あいにく泉谷そこまで器用なタイプではない。
 思い通りに行かず、ジレンマばかりが溜まる。
 そして、それが作品にも如実に現れる。

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 まともなバンド経験がないまま、ソロ歌手としてスタートしたため、泉谷の歌は、基本、ギター1本で演奏できるものが多い。早くからバンド・セットでのレコーディングを経験してはいたけど、セッションやリハーサルを重ねて楽曲を作る人ではない。書くのはいつも独りだ。
 泉谷の個性である、記名性の高いヴォーカル・スタイルと、時に「哲学的」と曲解されてしまう言葉の礫。その重みは、強いキャラクターとして作用する。その剥き出しの個性は、単体で充分なパワーを発するため、それだけで成立してしまう。
 泉谷ががなり立てギターを叩き、そして時に朗々と語りかける。そこに余計な音は必要ない。中途半端なアレンジは、むしろジャマになる。
 なので、変にオリジナリティを出してジャマ者扱いされるくらいなら、むしろ開き直り、シンプルな伴奏に徹した方が良い。歌をジャマせず前に出過ぎず。カタルシスやグルーヴ感、そんな余計なことは考えずに。
 でもそれって、「ロックっぽい」サウンドではあるけれど、「ロック」じゃない。アイドルのバック・バンドと、なんら大差ない。
 何やってるの?俺。

 これまで「出来合い」のバンドとのコラボで「ロックっぽさ」を演出していた泉谷、一旦、活動をリセットし、新たなメソッドを模索することになる。目指すは、ゼロから作り上げる新バンドの結成だ。
 前線復帰へのリハビリ的な実験作やライブを敢行して、少しずつ現場感覚を取り戻してゆく。ちょうど世はバンド・ブーム前夜、ティーンエイジャーがこぞって楽器を抱えて好き勝手に歌い始めた頃だった。
 キャリアからすれば、当然、相手にするほどではない。でも、世代交代は確実に行なわれている。「ロックで勝負する」ということは、彼らと肩を並べて走らなければならない。ブルーハーツやプリプリと、同じ土俵で戦わなければならないのだ。
 無様な姿は見せられない。だからといって、若者に媚びたり、売れ線に走るつもりもない。ひたすら直球ストレートの豪速球を、プレイボールからゲームセットまで、100%の力で投げ込むだけだ。
 ジジイの集まりだから、時々息切れして笑われることもあるけど、「うるせぇ若造っ」と一喝すればそれで済む。それがベテランの特権だ。

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 今じゃすっかり性格俳優として重用され、またバラエティでは「じぃじ」といじられる泉谷である。台本通りに「乱入」や「暴言」なんかを繰り出しているけど、まぁそんなポジションも必要なんだし、それはそれで良しとしよう。
 どんなに「孫好き」な側面を見せようとも、またコメンテーター気取りで時事問題をしたり顔で語ろうとも、ルーザー時代をリアルタイムで見てきた俺世代にとって、泉谷はロックの人である。この時代があったからこそ、俺世代は泉谷を信用できる。
 再び、ルーザーをやってくれ、とは言わない。あれはあの時代、あのタイミングであのメンツがそろったからできたことであって、再現は不可能だ。
 メンバーはまだみんな現役だけど、また集まってたとしても、あの時代のあの熱までは再現できないのだ。

 下山淳が在籍していたルースターズ、ヴォーカルの花田裕之は、最後のアルバム『Four Pieces』でこう歌った。
 「再現できないジグソウ・パズル」。
 壊れたピースは戻らないのだ。



吠えるバラッド
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1. 長い友との始まりに
 泉谷がこのプロジェクトを始めるにあたり、モチーフとしていたのがU2であり、そしてそのビジョンを具現化するためには、これまでの文脈になかった若い才能が必要だった。繊細なディレイを利かせた下山と、闇夜を切り裂くようなチャボのディストーションとのコラボレーションは、贅沢そのもの。そして、そんなアンサンブルを土台からどっしり支える、もはや主役と言ってもいいほどの存在感を醸し出す、ポンタの重厚なリズム。なんでスネアで、こんなデカい音出せるんだよ。

 長い友との始まりに 男が怒りのキズ口 舐めてる
 長い長い友との終わりに 女が泣くように 切ない 



2. のけものじみて
 やたらと攻撃的なスカ・ビートで塗り潰された、野生まる出しのトラック。泉谷のヴォーカルも絶好調だけど、ここで一番スゴいのは、ポンタのプレイ。多分、彼の中でもベスト・バウトと思われる怒涛の迫力で、ドラムヘッドが破れるほどの轟音マシンガン・ビート。泉谷・ポンタ、双方の限界が引き出された名プレイ。



3. TATTOO
 地を這うような、漆黒のレゲエ・ビート。Steely Danもそうだったけど、熟練のプレイヤーがレゲエをやると、どうしてこんなにネガティヴな音像になってしまうのか。もともとプロテスト・ソング的な側面が出自であるレゲエに対する敬意なのだろうか。
 享楽さとは真逆の、官能ささえ漂わせるサウンドと言葉。吉田健のベース・プレイが、バンドを支配する。

4. あいまいな夜
 再びレゲエ。この辺はちょっと小休止、ブルース色が強くヴォーカル自体も脱力気味。とはいえ、歌ってる内容は物騒である。

 あいまいな こんな日々には 俺とお前だけの
 肉のかけら 切り刻んで食べてやれ

 ルーザー・プロジェクトと同時進行で制作していた自主製作映画(?)『デスパウダー』の影響なのか、ゴシックホラー要素が盛り込まれた歌詞は、ちょっと厨二病チック。

5. 果てしなき欲望
 ここまでルーザーに焦点を当てたバンド・サウンドが多かったけど、ここでは泉谷節とも言える真骨頂が発揮されている。

 今からでも 遅くはないかい
 今からでも 間に合うのなら 走るぜ
 チャンスをくれた分の絶望が
 体をさするように まとわりつく

 バンド・グルーヴに振り回されっぱなし感もあった泉谷だったけど、ここでは完全にルーザーを抑え込んでいる。チャボのスライドとヴォーカルも、イイ感じの枯れっぷり。効果的に挿入されるリズミカルなストリングスも、豪快なアンサンブルとうまく対比を成している。
 クレジットでは、桑田佳祐がギターを弾いてるらしいけど、正直、わからん。

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6. 美人は頭脳から生まれる
 リリース当時はCDのみ収録だった、いわばボーナス・トラック。小鳥の鳴き声のエフェクトと、ピアノを弾くのは忌野清志郎。「黒いカバン」タイプの風刺ソングで、泉谷のヴォーカルも肩の力が抜けた感じ。まぁ小休止、幕間の曲といったところ。

7. 野性のバラッド
 聞けば、ルーザーにバッキングを拒否されたため、新宿アルタ前でゲリラ・ライブ、叫び語りバージョンとして収録されている。新宿のリアルな雑踏をバックに、演奏はギターのみ。アカペラというには粗野すぎるので、「叫び」。ちなみにシングルでのバッキングは、元アナーキーだったTHE ROCK BANDが担当。
 そこまで頑なに拒否ったにもかかわらず、ライブでは普通にルーザーと演ってるので、何が何だか。スマッシュ・ヒットしてから泉谷の発言力が強まったせいなのか、それともゴネるとめんどくさいから、大人の対応でイヤイヤ演奏していただけなのか。でもね、そこまで拒否するほど悪い曲じゃないと思うんだよ、むしろ名曲だと思うし。

 Oh なんてお前に伝えよう ひとりの鏡の中で
 誰かを傷つけてきた日々の その時の顔つきで 吠える

 恐らく泉谷の歌ってきた中で、最もストレートなラブ・ソング。きちんと整理されたバンド・ヴァージョンも悪くないけど、泉谷の意図する「剥き出しの愛」として捉えるのなら、やはり混じり気なしの無骨なアルバム・ヴァージョンにこそ、本質が込められている。

izumiya&kyosuke

8. LOSER
 前のめりなビートが多い楽曲の中では、比較的ゆったりしたテンポのブルース・ナンバー。チャボのギターが前面に発揮されている、ある意味タイトル・チューン的なポジション。
 「探さないで 近づかないで」と朗々と語る泉谷を、骨太なリズムで支えるルーザー。しかしポンタ、音デカいよな。録音エンジニアの苦心惨憺が窺える。

9. 終点
 アメリカン・ロックの大味な部分をうまく消化しながら、そこにギター・ロックの繊細さを添加、さらに、リズムに乗せるには引っかかりの強い日本語のアクで束ねると、こんなカッコいい日本のロックができあがる。RCの活動が停滞し、ルースターズ解散後、若手バンドが目指すべき方向性を示したのが、ルーザーによって練り上げられたグルーヴだった。
 鉄壁のリズムと変幻自在のギター・アンサンブル、そして強烈な個性を放つヴォーカル。瞬発力だけでもテクニックだけでもたどり着けない、底なしの爆発力を内包したプロジェクトだったのだ。

10. あらゆる場面で
 ラストは泉谷が主役、散文的かつ暗示的な言葉の羅列は、言霊として強いオーラを放つ。意味なんて深く突っ込まない方がいい。原初、部族のシャーマンは、偉大なる詐欺師として御託を並べ、多くの信者と陶酔者とを生み出した。そんなカタルシスを効果的に演出する、強いビートとリズム。そして盟友清志郎のコーラス。
 素敵な夢と素敵な時間を見せてくれるのなら、他は何もいらない。
 ただ、騙すのなら、うまくずっと騙し続けてくれ。
 ハッタリでも嘘でもいいから、素敵な歌と音、そして言葉を。
 少なくともルーザーでの数年間、泉谷はうまく騙して続けてくれた。
 でも、上手い嘘って難しい。そんなに長くは続かないんだよな。






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ポップ路線のスライダーズ最終コーナー - ストリート・スライダーズ『Screw Driver』

news_xlarge_streetsliders_screwdriver_jk 1989年リリース、リミックス・ベスト・アルバム『Replays』を挟んだ7枚目のオリジナル・アルバム。前作の『Bad Influence』、これがオリコン初登場3位と、愛想もサービス精神もない彼らとしては、なかなかの好記録をマークしている。特別、メディアに積極的に出演するわけでもなく、トップ10に入るようなシングル・ヒットがないにもかかわらず、快挙とも言えるチャート・アクションを見せた。
 『天使たち』リリース頃から地道に続けていた、ソニー家内制手工業的な「パチパチ」「ビデオ・ジャム」を活用したビジュアル展開が実を結び、スライダーズのアルバムが大きくヒットする機運は盛り上がっていた。アルバム・リリースと合わせて全国ツアーを敢行、レコード売上に大きく寄与するはずだったのだけどしかし。
 ツアー直前になって、ドラムのズズがバイク事故によって大怪我を負い、予定はすべてキャンセルとなる。ソニーとしては、チケット売り上げも好調だったため、ドラムの代役を入れることも提案したのだけど、バンドの総意として、メンバー以外の音を入れることを拒否、そのまま活動休止状態になってしまう。

 ソニーからやんわりと、「助言」という名の上から目線な提案やら、外堀を埋めるようなソフトな圧力もあったのだろうけど、その辺はどこ吹く風、彼らがまともに聞くはずもない。だってハリーだもん。
 取り敢えず「蘭丸がやりたがってるから」「バンドみんなで決めたことだから」、これまではメジャー展開も渋々受け入れてきたけど、1人欠けるとなると話は別。アンサンブルは最初から組み直しになってしまい、バンドは別物になってしまう。失礼を承知で言うけど、テクニカル面だけで言えばズズよりうまいドラマーはいるだろうけど、ハリーや蘭丸が求める音やリズムを即叩けるかと言えば、これも話は別になる。そこら辺がバンド・サウンドの難しさであり、醍醐味でもあるのだけど。
 どちらにせよ、人見知りでぶっきらぼうで不愛想なハリーが、そうそう新メンバーと馴染めるはずもない。

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 ドラム・ベース・ギターという最小限の編成で、ブルースをルーツとしたロックンロール・バンドは星の数ほどいるけど、長らくその頂点に君臨し、最も成功しているのRolling Stones。異論はないよね。
 シンプルなブルースのカバーからスタートして、多少の紆余曲折はあれど、「ロックがビジネスとして成立する」ことを証明したのは、彼らの功績である。ライブのエンタメ化やパッケージング、ディスコやドラムンベースなど、旬のサウンドをちょっとずつ取り入れてアップデートし続け、彼らは不動の地位を築いた。単にコツコツ同じブルースばっかり演じていたわけじゃないのだ。
 魑魅魍魎が跋扈するエンタテインメントの世界をサヴァイヴしてゆくためには、戦略を司る参謀が必要不可欠となる。その役目を担っていたのが、ご存知Mick Jaggerだったというわけで。

 「ロックが金になる」というビジネスモデルは、70年代以降に定番フォーマットとして、急速な発展を遂げることになる。AerosmithもAC/DCもRCサクセションも、キャリアの節目で積極的にメディアとコミットし、広く世に知られることによって大衆性を得た。どれだけ良い音楽をやっていようとも、多くの人に伝わらなければ、バンド運営は先細りしてしまうのだ。
 スライダーズ自身、本当にそういった途を望んでいたのかどうか―。まぁ売れないよりは、売れる方がよっぽどいいに決まってる。できるだけ自分たちのスタンスを崩さぬまま、当時のソニー戦略に乗っかったことによって、スライダーズは思惑以上の支持を得るようになる。多分に蘭丸あたりが一番乗り気で、それでハリーが「しゃあねぇなぁ」といった風に付き合ってたんじゃないかと思われる。ズズとジェームズ?「まぁ好きにしろよ」ってな感じで。

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 もし彼らがソニー・メソッドに乗らず、細々と小規模のライブハウスを回る途を選んでいたとしたら―。
 それほど語り継がれることもなく、せいぜいアングラ・シーンの片隅に記憶される程度の存在で終わっていたことだろう。もともとハリー自身、レコード契約にはあんまり乗り気じゃなかったみたいだし、もっとマイペースな活動を望んでいた節がある。そのまま解散せずに細々と活動し続けていたかもしれないし、それともいつの間に自然消滅していたかもしれないし。

 で、この活動休止というハプニングが、彼らにとってのターニング・ポイントとなった。特にハリー。
 取り敢えず蘭丸に付き合う形で、これまでイヤイヤながらソニー・メソッドに乗っかっていたけど、なんかもうめんどくさくなっちゃったんだろうな。彼のテンションは急速に冷めてゆく。もともと、自由奔放にギターをかき鳴らして「ゴキゲンだぜベイベー」と歌っちゃうタイプなので、それ以外の些事にはとんと興味がないのだ。
 まぁ不謹慎ではあるけれど、「これまでさんざん振り回されてきたんで疲れちゃったし、バンドも稼働してないんだから、これを機にゆっくり休もうかな」とでも思ってたんだろうな。
 蘭丸もまた、スライダーズがメジャーになったことによって注目を集め、ソロ活動が増えている。人を寄せ付けない雰囲気を撒き散らしていたハリーに比べ、蘭丸は外部とのコミットにも積極的だったため、自然と人脈は広がってゆく。そうすると自然、これまでのようなベーシックなロックンロールだけじゃなく、ファンク・ビートなど他のジャンルにも興味を持つようになるのは、いわば当然の流れ。

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 一度動き始めてしまったシステムを止めるには、最初に投入した以上のエネルギーが必要になる。望む/望まないにかかわらず、すでにソニーのヒット・システムに取り込まれていたスライダーズもその例に漏れず、開店休業というバカンスの間にも、何らかのアクションを求められることとなる。
 「せっかくだったらスライダーズと違うことやろうぜ」といった経緯かどうかは不明だけど、何となく始めたのが、ハリーと蘭丸2名によるアコースティック・ユニット「ジョイ・ポップス」である。
 バンド再開までの繋ぎというか暇つぶしのユニットであったため、具体的な成長戦略やらビジョンやらをきっちり決めてスタートしたわけではないので、残された音源はシングル1枚のみ。しかも、スライダーズと蘭丸ソロとの抱き合わせによるシングル・セットでの販売である。言っちゃ悪いけど、在庫処理的なやり方だよな。バンド側としては大して売る気なさそうだし。

 ジョイ・ポップスとしての活動はほぼフェスやイベントに限定されており、ソロでのライブは行なわれていない。なので、生で見られた人は、かなり限られている。
 さらに数は少ないけど、テレビ出演時の動画が残されており、今ではYouTubeでも簡単に見ることができる。シンプルな白一色のスタジオで、溝口肇ストリングス・カルテットをバックに、ハリーと蘭丸はアコギを掻き鳴らしている。無精ヒゲを生やしたハリーを見るのは、かなり珍しい。やっぱ気持ちの中ではオフなんだろうな。
 アコギを弾く彼らの姿というのはかなりレアで、バンドではまず見られないアプローチである。グルーヴ感とは対極のサウンドであり、これはこれで枯れた趣きがあって良いのだけど、まぁ彼ら手動のアイディアじゃないよなまず。斜め上のスカしたディレクターの発案に、蘭丸が乗り気だったから一応話には乗ったのだろうけど、ハリーにとっては暇つぶし程度の余技だったんじゃないかと思われる。

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 そんな課外活動を経てズズが復活、再度スライダーズのメジャー化戦略は仕切り直しとなる。その成果として形になったのが『Screw Driver』なのだけど、前2作とは違って原点回帰的なロックンロールが大きくフィーチャーされている。反面、『天使たち』〜『Bad influence』で展開されていた、ロックンロール以外のアプローチをバンバン持ち込んでいた蘭丸のカラーは、ちょっと薄れている。
 キャッチーなメロディを持つ曲は、シングルカットされた「ありったけのコイン」くらいで、他の曲では骨太な4ピース・ロックへの回帰が窺える。言っちゃえば地味だよな。
 ちなみにアルバム・リリースを控えたスライダーズ、この時期には記念すべき「夜ヒット」初出演を果たしている。そこでは最も知名度の高い「Boys Jump The Midnight」を披露しており、既存ファンが狂喜乱舞したことは当の然、新規ファンの獲得にも大きく寄与した。お茶の間で家族が集まってテレビを見ている時間帯に、彼らのようなガレージ系のサウンドが流れることが少なかった時代だったため、そのインパクトはかなりのものだった。
 なので、彼らのレパートリーの中では最も聴きやすい「Boys Jump The Midnight」のようなナンバーを期待した新規ファンにとって、この『Screw Driver』は、ちょっととっつきにくいアルバムである。何十回も聴いてきた俺でも、たまに聴きたくなるくらいだし。
 聴けば聴き込むほど。新たな発見も多いアルバムではあるのだけれど、一見さんにはちょっと敷居が高いのかな。

 もしもの話、ズズの事故がなくて、彼らがそのままメジャー路線を突き進んで行ったとしたら、一体どうなっちゃってたのか。
 バブル期というご時勢ゆえ、化粧品のCMソングに起用されていたかもしれないし、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングにも出演していたかもしれない。いやないか、あんな無口なハリーが生放送を承諾するとは思えないし。
 多様な方向性として、ハードでラウドなスライダーズ本体と並行して、ブルース・フィーリングを漂わせるアコースティック路線のジョイ・ポップスとの両立も、実験の一環として面白い試みだったんじゃないかと思われる。

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 ほんと最近になってハリー、蘭丸と電話で会話をした、とのこと。やっぱメールやラインじゃないんだな。特別、具体的にどうこうではなく、「最近どう?」と、軽く言葉を交わした程度。ただそれだけだ。
 もともと、言葉が多いタイプではない。言葉がなくても通じるのがこの2人だし。ギターがあれば、もっと近づけたかもしれないけど、まだその時期ではないのだろう。
 ハリーは蘭丸のことが気になり、そして蘭丸は淡々と、でも嬉しそうにTwitterでつぶやいた。
 まぁゆっくりと。前を向いて一歩ずつ。

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1. 風の街に生まれ
 まんまStonesオマージュのロックンロールがオープニングを飾る。セミアコっぽい間奏のギターは、わりと珍しい。
 基本、ノマドなスタンスのハリーなので、ロックンロールのキャラクターとしては典型的に、「お前しだいさ」と突き放した言葉を投げかけている。一聴すると無愛想な態度だけれど、ちゃんとその後、「誰かが呼んでるはずさ」と付け加えている。単なる破滅キャラではないのだ。

2. Oh! 神様
 ホーン・セクションと絡むギター・プレイが粋でいい。これもStonesだよな。ブルスとホンキートンクとのハイブリッドを聴かせるバンドは、当時の日本では彼らかボ・ガンボスくらいだったよな。

3. かえりみちのBlue
 カントリー・ロック的にゆったりしたビートの、抒情的なナンバー。ファンの間では根強い人気がある。ぶっきらぼうな口調ながら、どこか人間くささが感じられるのが、親近感が湧いてしまう。そりゃそうだ、ハリーだって仙人じゃないし。まぁこれ以降の90年代はなかば世捨て人みたいな感じだったけど。

4. Baby, Don't Worry
 アルバム・リリース直前にリリースされたシングル。ここまでちょっとポップだったりルーズな曲調が多かったけど、ここに来てタイトなリズムとソリッドなギター・プレイがギュッと凝縮されている。アンサンブル全体に緩急がつけられているため、音の奥行きが生まれている。手クセみたいなコードやメロディなのに、なんでこんなカッコいいんだろう?



5. Hey, Mama
 こちらもソリッドなリズムをベースとしたハード・ブギ・チューン。蘭丸を中心としたコーラスが相変わらず脱力してしまうけど、サウンド自体はめちゃめちゃグルーヴィー。

6. Yooo!
 スライダーズ流のダンス・チューン。だって「踊れ」って言ってるんだもん。蘭丸のカッティングがファンク・マナーなので、演奏だけ抜き出せばファンキーさ満載なのだけど、やっぱりハリーの声は踊れるムードが出ない。まぁ縦ノリじゃなくて横ノリのリズムだから、それはそれでいいか。

7. おかかえ運転手にはなりたくない
 ハリーの個人的色彩が強い、ファンの間でも地味に人気の高いブルース・タッチのバラード。彼が書くバラードのメロディはバタ臭さが少なく、むしろ日本人にとっては親しみやすい歌謡曲的なとっつきやすさがある。こういったところが大衆性を勝ち得たところなのだろう。
 いくら友達や仲間とはいえ、彼の中には誰も踏み込めない境界線がある。もちろん、そんなのは誰にだってあるのだけれど、ハリーの場合、その範囲がとてつもなく広いのだ。我々が知っているハリーとはほんの一部でしかない。どれだけ距離を詰めようとも、彼は自我の中心でひっそり膝を抱えている。一番近い存在だった蘭丸でさえ、伸ばした手は届かない。
 それは今も続いている。

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8. Rock On
 シンプルなリフを中心に組み立てられた、アルバムに必ず1曲は入っている、他メンバーによるナンバー。最初は蘭丸かと思ってたけど、これってジェームスなんだってね。どうりでなんか違うと思った。指摘してくれた人、ありがとう。
単純な構造のブギだけど、それが逆に良い方向へ向いているんだよな。だからと言って好きというほどじゃないけど。

9. ありったけのコイン
 アルバム・リリースよりだいぶ先行してリリースされたリード・シングル。オリコンでは最高34位を記録しているように、ビギナーにとっても間口の広いサウンドに仕上げられている。「Boys Jump the Midnight」に代表されるアッパー・チューンとは対極的に、日本人にもなじみの深い情緒あふれるフォーク・ロック調にまとめられていることによって、新たな一面が鮮烈に浮かび上がった。
 「ありったけ コインかき集めて 飲んだくれ お前とどこへ行こう」
 金はないけど時間だけはたっぷりある、モラトリアムな青春時代の情景を切り取った、リア充でもオタクでもない、大多数のコミュニティとは無縁の所で生きてきた者たちへのノスタルジーが刻み込まれている。



10. いいことないかな
 ヴォーカルにもバッキングにも薄くエフェクトをかけた、スライダーズの十八番と言えるハード・ブギ。全員に見せ場があるアンサンブルは、ラストを飾るにはふさわしい。古典ブルースにならった歌詞はネガティヴだけど、それを笑い飛ばしちゃうようなサウンドのグルーヴ感が濃い。やっぱバンドが好きなんだな、ハリーは。


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必要な音を、必要な分だけ。 - 甲斐バンド 『Love Minus Zero』

folder 1985年リリース、11枚目のアルバム。この後、最終作と銘打たれてリリースされた『Repeat & Fade』が、各メンバーのソロ・プロジェクトを集めた変則的なスタイルだったため、実質的な最終作はこの『Love Minus Zero』になる。のちに、15年のブランクを経た再結成作『夏の轍』がリリースされることになるのだけど、この時点では甲斐バンドは封印、「永遠の過去」になるはずだった。それまでの甲斐の発言やライフスタイルからして、同じことを二度も繰り返すことはありえない、というのが衆目の一致するところだった。
 オリコン・シングルチャート最高4位をマークした「安奈」を最後に、甲斐バンドのセールスのピークは過ぎていたので、この時点でのアルバム・チャート最高3位という成績は、まぁ妥当なところ。
 すでにアルバムを主体としたバンド運営に移行していたし、特にこの時期の彼らは、セールスよりもむしろサウンドのクオリティを上げることにウェイトを置いていた。バタ臭いハードボイルド・タッチのサウンドは、おニャン子旋風真っ只中のオリコン・ヒットチャートとは相いれなくなっていたのだ。

 ニューヨーク3部作の2作目に当たる『Gold』製作中、甲斐バンドが深刻な解散の危機を迎えていたことは、後年、甲斐自身を含め関係者の口から明らかにされている。
 どんなにテイクを重ねても、従来メンバーの演奏スキルではサウンドに比類するクオリティには達せず、自暴自棄になるほど追い込まれていた甲斐は、いつ「解散」のひとことを切り出そうか思い悩むことになる。それをもう一歩のところで踏みとどまったのは、バンドを含めスタッフにも家族がいること、それらのしがらみをすべて無責任に放り出してしまうことは、情に厚い九州男児である甲斐にはできなかった。
 そんなギリギリの精神状態の中で『Gold』は完成した。

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 「ニューヨーク3部作」と称されているこの時代の作品だけど、素材のトラック自体は日本でレコーディングされたものであり、セッション・ミュージシャンもほぼ日本人で構成されている。ニューヨークでの作業はあくまで最終調整、ミックス・ダウンやマスタリングのみなのだけど、この辺は案外サラッと流されがちである。
 旧譜のリマスターを行なう際、現在のスタジオワークの主流であるDAWでは当時のニュアンスが再現しきれず、いまだヴィンテージ機材が主流である海外でのマスタリングは珍しくなくなったけど、稀代のエンジニアBob Clearmountainのスキルのみを求めてニューヨークへ向かう、というのは、当時としてもレアケースだった。
 好景気と円高傾向の恩恵もあって、80年代はちょっと名前が売れれば、猫も杓子も海外レコーディングを行なっていた。所属事務所に財力があれば、案外そのハードルは低かった。デビュー前の少女隊が、一流のメンツをそろえてロスでレコーディングできちゃったくらいである。「海外発」という箔づけが有効な時代だったのだ。
 単純にスタジオ経費が抑えられるというメリットの他に、女性アイドルならレコーディングのついでにグラビア写真集やイメージ・ビデオの撮影までできてしまう。ていうか、こっちの方がメインだったのかな。ギリギリまで睡眠時間を削った過密スケジュールをこなしてきたアイドルにとっても、ちょっぴりビジネス/ほとんどバカンス気分でリフレッシュでき、事務所的にも適度なガス抜きと節税対策でコスパはいいし。
 なんだ、みんなが喜ぶことじゃん、これって。

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 で、甲斐バンド。当然のことながら彼らがマンハッタンでヌード・グラビアを撮影することはなく、純粋にスタジオ作業で渡米したのだけど、考えてみれば本格的な海外レコーディングを行わなかったというのは、ひとつの疑問である。
 初期メンだったベースの長岡が抜けてからの甲斐バンドは、その後は欠員補充することもなく、ギター大森・ドラム松藤との3名体制で運営していた。PoliceやJamなど、世界的にトリオ編成のバンドは珍しいものではなかったけれど、フォーク・ロック的な色彩が濃かった初期ならいざ知らず、ニューヨーク3部作期のサウンド・メイキングは、とても3人でまかなえるものではなくなっていた。
 シビアで繊細な音づくりを信条とするBobのスタジオ・ワークに耐えうるサウンドを作り出すには、どうしても他者の手助けが必要となる。甲斐の要求するクオリティはアルバムを追うごとに高くなり、相対的に大森・松藤の出番は少なくなる。代わって外部ミュージシャンの起用は多くなっていった。

 最盛期には年300本前後のライブをこなしていた彼らだったけど、ニューヨーク3部作に突入する頃は「創作活動に専念する」という理由で、ライブの本数を極力抑えていた。都有5号地(のちの都庁建設地)や両国国技館など、これまで音楽イベントに使用されていなかった会場を使って世間に大きなインパクトを与えたのもこの時期だけど、そんな理由で実質的な本数は激減している。
 そういった状況だったので、何かと雑音の多い国内にこだわらず、まとまった時間を取って当時のBobの所属スタジオPower Stationでのレコーディングも可能だったはず。まぁ世界中からオファーが集中していたスタジオなので、長期間スタジオをキープすることが、物理的にも予算的にも難しかったんじゃないかとは思う。
 もし長期のレコーディングが可能だったとしても、必然的に在米のミュージシャンを起用することになり、メンバーとのポテンシャルの差が大きすぎる。当時の甲斐のことだから、メンバーがプレイしたトラックを冷酷に差し替えまくることもあり得る話である。
 そこまで行っちゃうと単なる甲斐のソロ・アルバムになってしまい、バンドとは呼べなくなってしまう。

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 『Gold』リリース後に行なわれた大規模ライブ「Big Gig」を終え、彼らは暫しの沈黙期間に入る。その間、甲斐バンドはデビューから所属していた東芝EMIと契約終了、新興レーベル・ファンハウスに移籍する。
 EMI内で日本のロック/ポップス部門のリリースを担っていたエキスプレス・レーベルを母体として始まったファンハウス、初代社長として就任したのが、そのエキスプレスを管轄していた新田和長である。甲斐バンドの担当ディレクターでもあった新田が独立した流れで、彼らも半ば引きずられる形で移籍することになる。
 アーティストがレーベル移籍するというのはよほどのことで、大抵は契約が切られたか、または好条件を求めて、そのどちらかである。特にデビューから何かと世話になった会社から抜けるとなると、それなりの覚悟が必要になる。
 EMI自体に取り立てて不満のなかった甲斐だったが、会社:アーティストの関係を越えて恩義を感じていた新田への義理を果たすため、ファンハウス行きを決断する。あくまで信頼関係に基づいての成り行きであって、ビジネス上での合意とは微妙にニュアンスが違ってくる。

 初期ファンハウスのアーティスト・ラインナップは、オフコースとチューリップが中心だった。他で目につくのは、「あみん」を解散して間もなかった岡村孝子。レーベル・カラーとしては、旧EMIのニューミュージック勢が多くを占めている。
 そんな中に甲斐バンドも名を連ねているのだけれど、正直、このメンツでは明らかに浮いた存在である。「キャリア的に前者2組と肩を並べている」という理由だけでキャスティングされている印象が強い。
 ファンハウスのメインとして新田が位置付けていたのは、オフコースである。その後の彼のインタビューでの発言も、小田和正のエピソードこそ多いけれど、甲斐について語ることはほとんどない。ビジネスマンの視点から見て、今後の収益面の期待値が大きかったのが小田だったのだろう。まぁ当時のポジションから見てもそうなるわな。

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 取り敢えず新レーベル設立にあたって頭数をそろえるため、他のアーティストとカラーは違うけれど、ネームバリューのある甲斐バンドにも声をかけた、というのが真相だったんじゃないかと思われる。事実、『Love Minus Zero』リリース後、甲斐バンドは解散宣言と共にEMIに復帰、しかも甲斐よしひろのソロ契約というおまけまでついている。
 結果的にこの移籍劇は、ファンハウス立ち上げのための名義貸し、ワンショットの契約だったのだろう。甲斐サイドから見れば、何のメリットもない移籍だったし。

 そんなゴタゴタした経緯の中、断続的かつ長期間に渡ってレコーディングは進められた。この時点で解散に関するミーティングは続けられていたし、甲斐のソロ・プロジェクトも水面下で進行していた。
 正直、他メンバーのテンションはダダ滑りだったんじゃないかと思われる。何度プレイしてもリテイクの連続、レコーディングは空転状態である。クオリティを高めるため、メンバーがプレイしたテイクは破棄され、外部ミュージシャンのプレイに差し替えられる。それでまた不協和音が生じ、レコーディングはさらなる遅延のループとなる。テンションも下がるよな、こんなんじゃ。
 そんな悶々としたバンド内不和の緩衝役として、以前からサポートで参加していた田中一郎が正式加入するのだけど、中立的な立場である彼を持ってしても、積年に渡ってこじれた歪みを解消することはできなかった。
 やりづらかっただろうな、どちらにとっても。

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 で、できあがった音というのは最高傑作と呼ぶに値する、恐ろしく高いクオリティで統一されている。「甲斐バンド」というドメスティックな先入観を抜きにすれば、世界レベルで充分戦えるレベルにまで到達している。
 前述したように、おニャン子旋風が吹き荒れていた当時のオリコン・ヒットチャートとはリンクしていないサウンドなので、バカ売れしたアルバムではない。DX7にまみれた同時代の音楽と違って、時代の風化にも耐えうる音ではあるけれど、多くの人を惹きつける魅力には薄いのだ。キャッチーなメロディーという点においては、ひとつ前の『Gold』が頂点だったし。

 『Love Minus Zero』は日本のミュージック・シーンの文脈で語るより、むしろ末期のSteely Dan、『Aja』や『Gaucho』と並べて語る方がわかりやすい。Donald FagenもWalter Becker も甲斐同様、サウンドにこだわり過ぎるあまり、初期のバンド・スタイルを徐々に解体、オリメンである司令塔2人を残して、外部ミュージシャンの組み換えで傑作を産み落とした。
 特に最終作『Gaucho』では、司令塔2人(とプロデューサーGary Katz)が完璧なサウンドを追求するがあまり、セッション・ミュージシャンらに対し、冷酷無比に膨大なリテイクを要求する。妥協なきスタジオ・ワークは、後世にまで語り継がれる作品として昇華したけれど、長きに渡る編集作業は2人の精神をすり減らし、完成と共にSteely Danに終止符を打った。

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 Dan同様、甲斐バンドもまた、完パケと共に解散を決定、リリース後は終焉に向けて動き出すことになる。
 気の進まない移籍騒動やら、思うように捗らないレコーディングやらで、バンドを取り巻く環境は決して良いものではなかった。逆に言えば、人間関係がこじれればこじれるほど、各々自身の作業に集中せざるを得なくなり、音楽的には高いクオリティを持つアルバムに仕上がった。
 バンド内のピリピリした緊張感を象徴するかのように、どの音も念入りに研ぎ澄まされ、ひとつひとつの音の粒立ちは良い。曖昧な響きがことごとく排除されているのだ。
 必要な音を必要な分だけ。足しもせず、引きもしない。
 そんな音が、『Love Minus Zero』には収められている。


LOVE MINUS ZERO(紙ジャケット仕様)
甲斐バンド
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M) (2007-12-12)
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1. 野獣
 1984年リリース、『Love Minus Zero』からは2枚目の先行シングル。前述したように、この時代になるとシングル・ヒットは眼中になかったため、オリコン最高53位という成績には何の関心もなかったと思われる。
 ボクシングを題材とした曲といえば、アリスの「チャンピオン」が真っ先に思い浮かぶけど、谷村新司が引退間近のロートル・ボクサーのペシミズムを主題にしていたのに比べ、ここでの甲斐は脂の乗った現役ボクサー、ギラついた渇望と暴力的な肉体性を取り上げている。
 70年代ブリティッシュ・ハード・ロック的なギター・リフを基調としたシングル・ヴァージョンでは、ライト・ユーザーへの配慮も窺える「ロック」な仕上がりだったけど、ほぼ同時にリリースされた12インチ・シングル並びにアルバム・ヴァージョンでは、歌詞世界とリンクした、バイオレンスな質感となっている。
 シングルでの各パートが横並び・等間隔に配置されているのに比べ、冒頭のスラップ・ベースやギター、そのどれもがコントラスト鮮やかな音像に仕上がっている。イントロだけ聴くと、まったく別の曲のようである。
 「ミックスダウンとは何ぞや?」という問いかけに対する模範解答とも言えるナンバー。



2. 冷血(コールド・ブラッド)
 『Love Minus Zero』発売1か月前にリリースされた、本来の意味合いに最も近い先行シングル。そんな何枚も出すモノじゃないよな、先行発売って。オリコン最高43位は1.よりちょっと上がってるけど、まぁこの結果にもさして関心はなかったと思われる。
 Truman Capoteの同名ノンフィクション・ノベルからインスパイアされたタイトルだけど、クライム・ノベル的な短編小説的世界観の意匠だけ使って、内容はまったく別モノ。Capoteは死刑囚への緻密な取材に基づく人格解剖だったしね。
 抑制されたドライなサウンドをバックに、甲斐のヴォーカルは少し引き気味にミックスされている。サウンドと言葉とが等価で配置され、凄惨な世界観はギリギリのところでポップの側に踏みとどまっている。これまで甲斐の書いた楽曲の中でも、ハードボイルド・テイストが最も高い曲。



3. フェアリー(完全犯罪)
 「Big Gig」終了間もなくリリースされた、『Love Minus Zero』プロジェクトの最初を飾る「先行シングル」。もう何枚目だよ。
 1.2.のハードボイルド・タッチから一転、シングル・チャート意識したポップ・ロック的なサウンドは、案外ファンの間でも人気が高い。この曲のみミックスを、Bobと同じパワーステーションのエンジニア、Neil Dorfsmanが手掛けている。多分、Bobのスケジュールが合わなかったため、代役として彼が指名されたのだろうけど、いやいや彼もなかなかの実績を持っている。Sting 『Nothing Like the Sun』、Dire Straits 『Brothers In Arms』、Paul McCartney 『Flowers In The Dirt』と、80年代の重要アルバムを数々手がけており、Bobと比肩するポテンシャルの持ち主である。
 「最初は遊びで付き合ってたつもりが、いつの間にかこっちが本気になってしまった挙句、捨てられて呆然としている」といったシチュエーションは、甲斐にしては珍しく受け身の設定。ハードボイルドを謳ったアルバムの中では異彩を放っているけど、サウンドのトーンはアルバム全体と調和しているので、違和感は感じられない。こうやって全体像を見据えた処理能力は、やはり世界のパワーステーション。



4. キラー・ストリート
 バンドっぽさを感じさせる、ファンキーなリズムのロック・チューン。レコードではA面ラスト、シングル・カットされた冒頭3曲のインパクトが強かったおかげで損なポジションだけど、年を経てから聴いてみて、最も甲斐バンドらしさが残っているのがこれ。「ハードボイルド」と銘打ってちょっとよそ行きっぽかった甲斐のヴォーカルも、ここでは変な気取りを捨ててきちんとロックしている。
 しかし、無国籍感ぱねぇな。リアル北斗の拳的な歌詞もそうだけど、この曲に限らず、サウンド自体も同時代のアーティストとのリンクがない。やっぱオンリーワンだったんだな。

5. ラヴ・マイナス・ゼロ
 もともとは甲斐がソロ用にストックしてあった曲をバンド・アレンジして制作されたミディアム・ナンバー。解散ライブを収録したアルバム『Party』ではラストに収録され、「君から 愛を取れば…」と歌い残してステージを去った。アルバム・リリースから半年経ってからシングル・カットされたため、オリコン最高88位と振るわなかったけど、ファンの間ではヒット曲よりもむしろこちらの方が人気が高い。歌詞・メロディ・アレンジとも、最も時代におもねることなく、風化せず生き残っている。
 4.同様、サウンドは無国籍感が支配する。俺がイメージするのは、なぜか東南アジアの喧騒に満ちた夜のマーケット。行ったこともないのに、想うのはいつもそこ。多分、聴く者それぞれの「Love Minus Zero」的世界観を想起させるのだろう。



6. デッド・ライン
 アメリカン・ハードロック的な大味のポップ・ロック。時折隠し味的に響くシモンズが時代を感じさせ、軽やかなサックスは心地よく響く。でも面白みにはちょっと欠ける。『Gold』のアウトテイク的な親しみやすさはあるけどね。

7. Try
 で、こちらはサウンド的にCarsを思わせるシンセ・ポップ。歌詞はステレオタイプのロックンロール。まぁこんなのもできちゃったんで的な、アルバム・コンセプトとはちょっとズレてる感がハンパない。要するに、ちゃんと聴いてなかったんだよね。改めて聴いてみても、歌詞がちょっと書割りっぽくて馴染めないな

8. 悪夢
 作曲:田中一郎、作詞甲斐による共作。ここでのヴォーカルは甲斐が取っているけど、シングルでは田中が歌っている。両方を聴き比べてみると、田中のヴォーカルはニュアンスの表現が甘く、やはり手練れの甲斐のヴァージョンに軍配が上がる。色艶が違うんだよな、表現力の差というか。
 初参加ということもあって、ここでの田中は実力をまだ十分に発揮しきれないでいるけれど、次作『Repeat & Fade』ではストレートなロックンロールだけに収まらないバイタリティが開花する。するのだけれど、そこでバンドは終止符を打っちゃったのが惜しい。

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9. 夜のスワニー
 このラスト曲と8.のみが、バンド全員でのセッションによって制作されている。他の楽曲はトラックごと個別にレコーディングされているのだけれど、寄りによってバンド・マジックが生まれづらそうなこの曲を選んでしまうところに、バンド内の軋轢を感じさせる。
 以前も書いたのだけど、アレンジがElvis Costello 「Inch by Inch」そのまんま。Costelloがリリースしたのが1984年なので、シンクロニシティだインスパイアだオマージュだとは恥ずかしくて言えないくらい、それほどそっくり。聴いた当時はカバーだと思っちゃったくらい。
 透徹としたアーバンな世界観が巧みに表現されているだけに、ちょっともったいない。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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