好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Progressive Rock

プログレ村住人じゃない俺が語るフロイド概論 - Pink Floyd 『The Wall』

folder 1979年リリース、2枚組にもかかわらず、全世界で2300万枚を売ったモンスター・アルバム。アルバム発売後、ストーリー・コンセプト補完も含めて映画が作られ、こちらも大ヒット。実際にステージ上に壁を作り、メンバーはその中で演奏、最後に壁が崩壊してやっと姿をあらわす、という凝った演出のステージも好評を得た。得たけど予算がかかり過ぎて、すぐ普通のステージになっちゃったけど。
 その後もリーダーRoger Waters主導による、ベルリンの壁の前での大規模ライブ、リリース当時の発掘ライブの発売、同じく世界中を回ったRoger 主導の再現ツアー、3枚組・7枚組のコレクターズ・ボックスの発売など、手を替え品を替え、いろいろ切り口を変えたアプローチが続いている。「フロイドのニュー・アイテムが出る」と聞けば、条件反射でポチってしまうロートル音楽ファンが世界中にいるんだよな、いまだに。
 言っちゃえば、暴落する確率の少ない証券みたいなものなので、乱発してブランド価値を下げない限り、メンバーの老後は保証されたようなものである。もうみんな年金世代だから、確定拠出年金だな、正確に言えば。

 Yes「Owner of a Lonely Heart 」に抜かれるまで、多分プログレ界では最大のヒット・シングルだった「Another Brick in the Wall (Part 2)」の影響もあって、世界各国で軒並みチャート上位を記録、日本でもオリコン最高16位にチャートインしている。2枚組だというのに、しかもプログレというジャンル自体が絶滅寸前だったはずなのに。
 それまでFloydに関心がなかった人をも惹きつける、強力な磁場を放っていたことは否定できない。従来プログレのように、レコード片面で1曲とか、聴く前から中だるみしそうな冗長な構成にせず、コンパクトなサイズの楽曲をシームレスに繋げた組曲方式にしたことも、若い層への間口を広げる要因となった。

 俺の人生で2枚目のプログレ・アルバムとなった「The Wall」。購入したのは、当時まだ健在だった長崎屋の中古レコード特設会場で、しかも輸入盤だった。いくらで買ったか覚えてないけど、国内盤新品を買うより、ずっと安かったはず。ちなみに1枚目は『Final Cut』、これは国内盤新品だった。
 中途半端な田舎の高校生が、なんで「そっち」方面へ行っちゃったのか、自分でもさっぱり記憶に残ってない。多分、「正統なロックの歴史も学ばなきゃ」って勘違いしちゃってたんだろうな。
 途中で勘違いに気づいたため、それ以上、Floydは深堀りしていない。いまだに『狂気』も『おせっかい』も、YouTubeで流し聴きしただけで、まともに聴いたことないもの。
 ちなみに3枚目はYesの『90125』。前述の「Lonely Heart」が純粋にカッコよく、プログレ特有の冗長さとは無縁なので、よく聴いていた。でもやっぱり、『危機』も『こわれもの』もちゃんと聴いてないんだよな。

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 Pink Floydの歴史はRoger Watersの歴史であり、初代リーダーSyd Barrettの歴史でもある。実質的な音楽上のリーダーであるDavid Gilmourもいるし、その他大勢的なNick MasonやRick Wright もいるけど、バンド運営に必要なコンセプト提示と舵取りを担ってきたのは、この2人である。
 その後のプログレ路線とは対局の、ポップでシニカルでエキセントリックなキャラ全開だったSyd のバイタリティーによって、Floydはメジャー・デビューを果たした。当初は「Sydプラスその他3名」といった印象が強く、よってRogerの影は薄かった。楽曲制作だってほとんどSydだったし、楽器プレイだって自信は持てなかった。
 デビューして間もなくSydがリタイアし、バンドはRogerが引き継ぐことになる。なったのだけれど、Sydが描いてきた初期ビジョンをRogerが続けるのは、ちょっとできない相談だった。よって、バンドは方向転換を余儀なくされる。

 その後のFloydのサウンドは、しばらく迷走期に入る。キャリアを重ねるにつれ、Sydの影は薄まり、Rogerによるサウンド・メイキングが定着してゆく。ゆくのだけれど、その形は茫漠として、そしてまだ曖昧だった。
 深刻なことを深刻に考えて、深刻にプレイする。Rogerが掲げた主題をもとに、メンバーがあれこれ深堀りしてゆくため、自然と曲は長くなる。じゃあ、何をそんなに深刻に考えているのかといえば、答えは濁される。「それを探求してゆくのがプログレなのだ」と言われれば、とりあえずは納得せざるを得ない。分からないのは修練が足りないからであり、また端的に理解を求めてもダメなのだ。
 あぁ、プログレってめんどくさい。

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 次第にSyd抜きでのアンサンブルにも慣れ、セールス・知名度ともに安定、プログレとしてのFloydサウンドも確立されたはずなのだけど、Rogerだけは相変わらず深刻な表情のままだった。どれだけポジションが確立されようとも、常にSydの影を感じずにはられなかった。
 Rogerにとって、彼はかつての盟友であり、同時に仮想敵でもある。Syd時代と離れれば離れるほど、作品は長大化する。伝えたいことは山ほどあるはずなのに、伝えようとする前に、二の足を踏む。果たしてそれは、他人に伝えるべき事象だろうか?そもそも、他人語るべき自身なんて、存在するのだろうか?
 曖昧な姿勢で発せられた曖昧な主張は、意味不明と切り捨てられるか、または曲解される。思いもよらぬ見方によって、誤解が誤解を生む。理解しづらいことが高尚とされ、不気味な存在感と伝説ばかりが肥大化してゆく。もはや、本人でもコントロールが効かない。
 それらが積み重なって、あれよあれよと孤高のバンドに祭り上げられてしまったのが、中期のFloydである。

 大味なのを好むアメリカ人をターゲットに、これまで長尺だった曲のサイズをコンパクトに圧縮、難解なメッセージをかみ砕いて詩情性を加えたのが『狂気』だった。テクニック至上主義に移行しつつあった他プログレ勢とは一線を画し、音響派のハシリとも言えるムード演出と構成による一大組曲は、世界中で大ヒットした。アメリカでは特に、ビルボード・チャートに長期間ランクインするほどの売り上げだった。
 アポロが飛ぶまで誰も見たことのなかった、月の裏側。そこでRogerが見たのは、閉ざされた自我の中で独り、思念のとぐろを巻くSydの姿だった。
 遥か月の裏側にいたと思われたSydが、久しぶりにメンバーの前に姿をあらわした。かつてRogerにとって、また他のメンバーにとっても羨望の対象だったはずのSyd。でも、みんなが思い描いていたSydの姿はそこになかった。
 デブでよろよろのハゲ散らかしたおっさんは、ブツブツ呟きながらスタジオ内を徘徊し、そして手持無沙汰に消えていった。その姿を見て、メンバーはみな涙したというエピソードが残っている。
 『炎』で「狂ったダイヤモンド」と称えたはずのSydの現実は、誰にとっても辛いものだった。そのままずっと、月の裏側に行ってればよかったのに。

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 Sydの呪縛から解放されたことによって、バンド・コンセプトはさらに変化する。
 次作『Animals』は、アジテーターRogerのイデオロギーが前面に出たアルバムになった。登場人物を動物に置き換えた寓話的ストーリーを軸に、痛烈な社会批判とぼやきが主題になっている。これまで培った音響効果やSEは最小限に抑えられ、シンプルなロック・サウンドが全編で展開されている。なので、音楽的な新境地は少なく、左翼がかったイデオロギーばかりが話題になった。
 Rogerのバック・バンド化は、着実に進行していた。

 で、Roger = Pink Floydの図式が完成し、総決算として制作されたのが、『The Wall』。
 これまでのSydの呪縛、リーダー交代から始まった音楽的変遷、もっと遡ってRoger自身の生い立ち、それに由来する過去のトラウマと苦悩、そしてディスコミュニケーションから誘発される、絶望的な孤独。
 それらのエピソードを組み合わせ、虚実織り交ぜて寓話として再構成、コンテンポラリー・サウンドで彩ることによって、ストーリーに奥行きと深みを与え、角度によっては親しみさえ感じさせる仕上がりとなった。
 WhoやKinksらによる一連のコンセプト・アルバム/ロック・オペラ同様、オーソドックスなロック一辺倒ではなく、あらゆるジャンルが混在している。当初から映像化も視野に入れていたと思われ、ストーリーやシーンに応じた適切な曲調で構成されているため、バラエティに富んだ、言っちゃえばとっ散らかったサウンド・コンセプトとなっている。だってディスコ4つ打ちも入れちゃうんだもの、思い切ったよな。
 こうやって書いちゃうと散漫な作品に思われてしまうけど、実際に1曲目から聴いてみたが最後、そのまま最後まで一気に聴き切ってしまうパワーが、『The Wall』にはある。歌詞やメッセージがわからなくても、多彩なサウンドと周到な構成力が強い求心力を生み出している。
 最初に買ったのが輸入盤だったため、歌詞もストーリーも理解できなかったけど、「なんかスゲェ」と圧倒された、当時高校生の俺。ただ、先に聴いてたせいもあって、いまだに俺、『Final Cut』の方が好きなんだよな。ここまで書いてきて何だけど。



The Wall
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Pink Floyd
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1. In the Flesh? 
 重厚なギター・リフから始まるオープニング。スタジアム・ロックを思わせる劇的なラストに、爆撃機の飛来するSEがフェードイン、主人公Pinkの父親が爆撃されて亡くなったことを暗示している。

2. The Thin Ice
 前半がGilmour、後半をRogerと、ヴォーカルを分けている。どちらも卓越したヴォーカリストではないけど、ソフトな歌詞の前半と、やや写実的な後半とを一人で歌い分けるよりは、賢明だったんじゃないかと思われる。1.同様、シンプルなパワーコードからブルース・スケールのソロへの移行は、Gilmourの真骨頂。基本、引き出しの多い人ではないけれど、決めどころはしっかり押さえている。

3. Another Brick in the Wall (Part 1) 
 アルバムの主題曲の第1楽章。シリアスな独白に合わせたスロー・テンポ。疎外感から誘発された壁がひとつ、静かに積み上がってゆくのを象徴している。不穏なストーリーの序章。

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4. The Happiest Days of Our Lives
 残響をカットしたバスドラが印象的な、ソリッドなロック・サウンドの小品。ブリッジで済ませてしまうのは惜しいくらいだけど、ダラダラ引き伸ばすと、活きてこないんだよな、こういうのって。プログレなのに簡潔、っていうのも相反する表現だな。

5. Another Brick in the Wall (Part 2) 
 ただ、そのあっさりさが、この曲へのつなぎだと思えば、充分に納得できる。いやこのつなぎだけでも充分カッコいい。
 US・UKともチャート1位を獲得、Floydだけじゃなく、プログレのヒット・シングルとしては断トツの知名度を誇るナンバーであり、耳にしたことがある人は数多い。
 当然、あんな人たちの集まりだから、当初はディスコ・ビートを導入する予定があるはずもなかった。ただ「シングル・ヒットがどうしても必要だ」と熱弁するプロデューサーBob Ezrinの要請に従い、Rogerは実地調査のため、彼と共にディスコで研究を重ねた、とのエピソードが有名。ゲスく言っちゃえば、「夜の勉強会」だよな。
 まぁディスコとは言っても、取ってつけたような踊りづらいビートなのだけど、そんなぎこちなさでもヒットに結びつけちゃうというのは、やはりアーティスト・パワー。一般的には「We don't need no education」で始まる子供のコーラスが有名だけど、ほんとの聴きどころはGilmourの後半ギター・ソロ。やはりメロディがはっきりしてる曲だと、彼のプレイも映える。



6. Mother
 アコギ弾き語りによる、静かに語りかけるナンバー。メロディだけ聴いてると、苦み走った大人の歌といった風情だけど、実際はまったく逆で、過保護の母親を愛憎交えて語っている。時々出てくるRogerのヒステリックな叫びが、マザコン男の現状の嘆きをあらわしている。

7. Goodbye Blue Sky
 さわやかなフォーク・タッチのメロディに乗せながら、始終飛び交う爆撃機によって汚され失われた、かつての青い空を嘆き悲しんでる様を歌っている。思想的にかなり左寄りであることは、以前から小出しにされていたけど、ここに来てそのメッセージがフル稼働している。よくメンバーも付き合ってたよな。

8. Empty Spaces
 空虚さを感じるたび、その隙間をレンガで埋める作業。非生産的なその作業は、次第に強固で高い壁を創り出す。人間不信から誘発される孤立感は、留まるところを知らない。

9. Young Lust
 観念ばかりが先行するWatersの楽曲に対し、一介のミュージシャンであるスタンスを崩さないGlmourの楽曲の方が出来が良い。ソリッドで簡潔な、ちょっとダークな味わいのロックンロール。
 でもこの人、対Watersという姿勢で書くんならいいんだけど、Roger脱退以降になると、なんかモワッとした感じでメリハリがないんだよな。なので、『鬱』も『対』も最後までちゃんと聴いたことがない。

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10. One of My Turns
 『Final Cut』に入ってても違和感のない、地味なモノローグ調のナンバー。でも飛ばしちゃいけないよ、2分台から急にアップテンポになって、そこはシャキッとしてるから。いい意味での爽快なスタジアム・ロックが展開されている。

11. Don't Leave Me Now
 彼女に去られ、嘆き悲しむPink。ストレートな哀切を歌いながら、理想の女性像に母親の影を追い求めてしまう深層心理が綴られている。ドラマティックに描かれているけど、どこまで行ってもやっぱりマザコンの愚痴。
 まぁ男なら、多かれ少なかれマザコン気ってあるんだけど。極端だよな、感情表現が。あ、そんなんだからアーティストなのか。

12. Another Brick in the Wall (Part 3) 
 オーソドックスな8ビートにアレンジメントされた、シリアスさが漂ってくるヴァージョン。「所詮、誰も彼も自分自身を壁で守っている。ほんとうの相互理解なんて、できやしないんだ」。そんな想いのたけをぶつけるRoger。あぁよかった、1分ちょっとで終わって。
 最初は無口な人だと思ってたけど、親しくなるにつれ饒舌になり、そのうち傲慢な姿勢で「わかってくれない」とかほざく奴。あぁめんどくさい。

13. Goodbye Cruel World
 で、そんな強烈な思い込みが高じて厭世観に陥り、「この世界からさよなら」。でもこういう人って、実際、すぐいなくはならないんだよな。やめるやめる詐欺みたいなもので。吐き出しちゃうと、多少はすっきりするのかな。
 そんな曲なので、ほぼRogerの独演会、音楽的にはあんまり面白くない。ここまでで、レコードまたはCD1枚目終了。

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14. Hey You
 左とん平ともジャニー喜多川とも似つかない、何ともネガティブな掛け声から2枚目スタート。主題曲のフレーズを展開したギター・パートが絶品。メランコリックなアルペジオとハードで重厚なリフとのコントラストも、一世一代の名演。
 以前、バラードの名演でPaul McCartney 「No More Lonely Nights」を挙げたけど、ロック・サウンドでの名プレイとして、双璧を成す出来栄え。

15. Is There Anybody Out There? 
 後にリリースされた、発掘ライブのタイトルとしても採用されたナンバー。アコギのアルペジオと重々しいユニゾン・コーラスで構成されたサウンドは、どこまでも救いがない。
「そこに誰かいるのか?」。
 自ら築き上げた壁の中で、苦悶するPink。その声は、誰に届くはずもない。届いたら届いたで、狼狽してまた苦悶するタイプだな、きっと。

16. Nobody Home
 荘厳なストリングスとピアノに彩られた、ほぼRogerによる流麗なバラード。『The Wall』の中で最後に書かれた楽曲であり、いわば実質的な締めとなる。Rogerといえば理屈ばかりが先行しがちだけど、ちゃんとやればこういう曲だって書けるのだ。一応、ミュージシャンだし。
 イデオロギーや主張を声高にがなり立てるのではなく、誰にとっても耳ざわりの良いポップなサウンドに包んだ方が、真意は伝わることが多い。陰鬱な表情で「ぼくは孤独だ」と歌われるよりは、ずっといい。

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17. Vera
 タイトルは、第二次世界大戦時に活動していたイギリスの女性歌手Vera Lynnを指す。帰還を果たせずに亡くなった父親の時代を描いており、そこにクローズアップしたのが、『The Wall』最終章となるはずだった『Final Cut』。3枚組はさすがにキツイ。

18. Bring the Boys Back Home
 ヒステリックなコーラスに導かれた行進曲で歌われるのは、高度管理社会下の情報統制、または少年期からのシビリアン・コントロール。ただ、主人公は意識混濁なのか、最後にあの声が。
「Is There Anybody Out There?」。

19. Comfortably Numb
 主題曲は有名だけど、いわゆる裏名曲となると、ここに落ち着く。Roger脱退以降、Gilmour主導のFloydサウンドともリンクする、壮大なバラード。キャリア通じてだけど、余計な湿っぽさがないのがGilmourの特質のひとつである。ドラマティックだけどウェットに寄り過ぎないのは、プログレでは異端とされるブルースマン気質によるもの。同じブルースマンでも、Claptonならもっと手数が多くなるところを、謙虚に程よい加減で抑えるのも、Gilmourならでは。



20. The Show Must Go On
 Beach Boysとドゥーワップをごっちゃにしたようなコーラス・ワークが脱力感。ショーはまだもうちょっと続く。ステージの幕が上がろうとしている。

21. In the Flesh
 で、冒頭にループ。ここまでは、長い長い序章だった。本編自体は重要ではない。ここに至るまでの過程を書くことが、Rogerにとってはむしろ重要だったのだ。前置きが長い人だこと。

22. Run Like Hell
 Gilmour作曲による、疾走感あふれるコンテンポラリー・ロック・サウンド。フランジャーを強く効かせたギターが印象的で、Watersによるウェットなテイストをうまく中和している。前述したようにこの人、仮想敵や、または脇に回った時はいい仕事をするのに、いざ自分がメインになると、なんか印象が残らない。根っからのミュージシャンなんだろうな、いわゆるメッセージ性とかは薄そうだし。



23. Waiting for the Worms
 20.で披露された流麗なコーラスをバックに歌われるのは、「ウジ虫たちを待ちながら」。やっぱり屈折してるよな。タイトルだけ見ると、まるでResidentsみたい。まぁ作曲にGilmourが絡んでるので、音だけ聴くにはオーソドックスでゴスなハード・ロック。

24. Stop
 自らを守る壁だったはずなのに、いまはもう、自身を縛りつけるものになってしまった。あぁもうどこへも行けない。そんな独白。あぁめんどくさい。

25. The Trial
 映画音楽のようなピッコロ・トランペットと、オペラ調のモノローグ。ついに物語はラスト。Rogerのヴォーカル、っていうか語りもMAXで力が入り、ていうかヒステリック。この辺になると、いわゆるストーリーテリング、イデオロギーや主張のニュアンスが強いので、音楽的にはあんまり面白いところはない。

26. Outside the Wall
 静かな語り主体のエピローグ。主人公Pinkはどうなったのか、明確な答えは出されない。訳詩を読んだり他のレビューを読んだりしたのだけど、解釈は様々。まぁそれで良いのだろう。終わらせることばかりが重要じゃない。いかにして語ったのか。重要なのは、むしろそっちだ。






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手配師ブライアン・レーンの仕事 その1 - Yes 『90125』

folder まだビジネスとしては黎明期だった70年代英国ロック界において、コンサルティングも兼ねたアーティスト・マネジメントを手掛けていたのが、Bryan Laneという人物である。Yesの2代目マネージャーを手始めとすると、その後、数々のライブ会場やレコーディングのブッキング、それにまつわる無数の付帯業務を難なくこなし、その後の彼らの人気と方向性とを決定づけた。
 当時のマネジメントといえば、金勘定かアーティストのコンディションを無視したライブのブッキングが主な仕事であって、今でいうブラック企業の経営者そのものだったと言える。とにかく人気のあるうちの売り上げ回収とピンハネを優先事項としてこき使い、人気が下り坂になろうものなら、とっととケツをまくって逃げ出してしまうことも日常だった。まてよ、これって今もそんなに変わんないか。

 で、このBryanも基本姿勢はその他大勢と同様なのだけど、彼の場合、もうちょっとアーティスト側の見地に立った仕事ぶりで、まぁ人気のあるうちに切れ目なく仕事を入れることはあっても、可能な限りアーティスト側に優位になるような契約条項を、レコード会社から引き出していた。できるだけ契約金や印税配分、ディールをもぎ取るために、バンドの運営方針に積極的に関与するだけでなく、時にはアルバム・コンセプトへの助言やアドバイスも惜しみなく行なった。高く売るためには、商品は念入りに磨かなければならない。セールスマンとしては当然の所為だ。

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 なぜかBeatlesのカバーまでレパートリーとしていたデビュー当初のYesは、時流に合わせたアート・ロックにカテゴライズされていた。当時はまだプログレというジャンルが確立されていなかったせいもあるけど、デビュー・アルバムはサイケデリックの流れを汲んだフォーク風味のポップ・ロックであり、後のシンフォニックなサウンドはまだ聴かれない。要はつかみどころがない、凡庸なフォーク・ポップである。
 そもそもJohn Andersonの声質や唱法には、オーソドックスなロック・バンド的なダイナミズムがない。強いアタック・ビートやディストーション・サウンドよりは、むしろ繊細でポップな作風の方がマッチするのだ。
 その後もDeep Purpleの真似事なのか、管弦楽オーケストラとの競演を行なってはみたけど中途半端なムード・ロックに終わってしまったり、イマイチ方向性の定まらなかったYesだったけど、Bryanがマネジメントするようになってからは、明確なプログレッシブ・ロック路線へと大きくシフト・チェンジするようになる。
 ハスキーな声質ながら細かなニュアンスを表現できるJohnのヴォーカルをドラマティックに演出するため、そして卓越したテクニックを誇るミュージシャンのプレイをクローズアップするため、サウンドは緻密に構成され、そして長尺化した。静かではあるけれど激しいインタープレイの応酬が飛び交いながら、超絶プレイに裏付けされたバンド・アンサンブルに破綻はなかった。
 ジャズやクラシックの要素も内包したサウンドは、イギリス国内での絶賛はもちろんのこと、その人気はアメリカや日本にも飛び火した。「わかりやすい難解」として、Yesのプログレッシブ路線は大いに支持を得た。
 時期としては3枚目のアルバムの頃で、ちょうどBryanが就任した時期と一致する。

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 よくYesのキーマンと言えば、創設メンバーであるベースのChris Squireとされているけれど、この時期、スタジオ・ワークで音楽面で多大な貢献をしたのはプロデューサーEddie Offordである。楽理や機材面に明るくないBryanが、プライドを傷つけないよう注意を払いながらChrisを自らの意向へと導き、Eddieが具現化していった、と考えた方がわかりやすい。
 確かにバンド・マスターとして、現場監督的な立場でYesをまとめ上げていたのはChrisである。70年代英国5代プログレ・バンドの中でも、Crimsonと並んでメンバー・チェンジの多かったYesが、どの世代でも高いクオリティを維持できていたのは、縁の下でリズムを掌握する彼の尽力によるものが大きい。
 あと、もう一人のキーパーソンがフロントマンのJohn。清廉潔白なバンド・イメージを象徴するかのように、天然か作為か区別のつかない天真爛漫さもまた、パブリック・イメージの維持に大きく作用していた。

 とは言っても、いくら清廉潔白だ純音楽主義だ天真爛漫だなど、バンド側が大仰な理想を掲げたとしても、結局先立つモノはやっぱりマネーである。魑魅魍魎がそこらに跋扈するエンタテインメントの世界では、理想論と机上の論理だけでは事は運ばない。そこには対人トラブルや駆け引きだって必要になるし、ほとんどは金銭をめぐってのつばぜり合いということになる。
 前述したように、ビジネス的なノウハウがまだ未整備だった70年代ロックの周辺では、契約がらみ金銭がらみのトラブルが頻発している。大ヒットしたにもかかわらず、奴隷契約のような扱いによって印税は微々たるものだった、というエピソードは尽きないし、実際、マネジメントに金を持ち逃げされたりメンバー間での分配でもめたりで、志半ばで解散・引退に追い込まれたアーティストなど、そりゃもう星の数ほどである。
 いくらシーンを驚愕させる革新的なアイディアやコンセプトを持っていたとしても、アーティスト自身が食い詰めてしまえばどうにもならないし、またその成果を誰もが入手しやすい商品としてパッケージし、そして幅広く流通させなければ、存在さえ無きものにされてしまうのだ。

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 パンクの勃興によってプログレというジャンルが旧態依然のものとなり、さらにニューウェイヴやディスコの台頭によって、変拍子やジャズ~クラシックの素養、青臭い哲学をかじった文学的なテーマなどは人々から忘れ去られていった。ロック自体がマニアックな村社会へと収斂してゆく中、特に潰しの利きづらい彼らにとっては住みにくい時代となった。時代はもっとライトなもの、聴き流しやすくコンパクトなサウンドへ傾倒し始めていたのだ。
 これまでは主にプログレ界周辺で営業活動を行なっていたBryanだったけど、お抱えアーティストらの実績が右肩下がりになるのを指を加えていているわけにもいかず、戦略の練り直しを行なうことになる。

 これまでとは逆転の発想として、プログレのコンセプトや重厚感を一旦後ろへ引かせ、ミュージシャンたちの超絶テクニックや複雑なアンサンブルは、できるだけコンパクトにまとめた。各メンバーの見せ場とも言える長いインプロビゼーションは極力抑え、ラジオでオンエアされやすい4~5分間程度のサイズに圧縮させた。アルバム片面まるまる使って訴えていた、人生の苦悩やら欺瞞やらという青臭いテーマは捨てて、もっとシンプルなラブストーリーを主軸とした楽曲を作るよう指示した。キャッチーでインパクトのあるリフを重視するために、時には外部作曲家の導入さえ厭わなかった。
 その成功例と言えるのが、Asiaである。

 ELPとUKとYesの残党がAsia結成に動いたのも、またその後のELP再結成の機運が高まったにもかかわらず、Asia利権を手放したくなかったCarl Palmerがオファーを受けなかったため一度は頓挫したものの、同じPつながりのCozy Powellを加入させるといった力技が可能だったのも、またまたYesと、さらにGenesis残党の2人SteveによるGTRが結成されたのも、結局は「金がモノを言った」の一言で蹴りがついてしまう。下世話ではあるけれど、大方はそんなとこだ。
 そんなBryanの力技はプログレ界隈だけにとどまらず、Bad Company解散後のソロキャリアがくすぶっていたPaul Rogersと、同じくZEP解散後のソロ・アルバムで微妙な評価を下されていたJimmy Pageを説き伏せて、今じゃ黒歴史的扱いのFirmを結成させてしまうくらいだから、推して知るべし。年末に行なわれた「Classic Rock Awards」の件で思わぬ話題を集めた彼に、取ってつけたようなコンテンポラリー・ロックをやらせるくらいだから、そりゃあ、ねぇ。

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 Drama期Yes解散後のChrisがコンタクトを取ったのが、ZEP解散間もない頃のJimmyで、eX - Yes + ZEP =「XYZ」という、ダジャレとも単なる語呂合わせとも取られかねないプロジェクトが発端とされているけれど、これまたBryanからのサジェスチョンによるもの。お互い、大きな成功を収めたバンドを終了して、中途半端にソロ・キャリアをスタートさせるよりも話題性はずっと大きいし、レコード会社との契約もスムーズ。単純な1+1ではなく、プラスアルファの相乗効果を煽ることによって付加価値を高めること。これはBryanに限らず、ビジネスの常道でもある。
 で、当初はRobert Plantも一瞬だけ参加したこのXYZ、バンドとしてのアンサンブルがどうにも合わなかったせいで捗らず、プロジェクトは消滅してしまう。空白期間にも現場感覚がなまらぬよう、同じくYesの同僚であったAlan Whiteと行動を共にし、Bryanからのコネクションも提供してもらい、Chrisは再び新プロジェクトCinemaを立ち上げることとなる。

 南アフリカ出身のマルチ・プレイヤーTrevor Rabinは、本格的なアメリカ進出を目論むため、Bryanにマネジメントを委託していた。自国ではある程度のポジションを得たRabinだったけど、当然欧米での実績はほとんどなかったため、今後の方向性について模索している最中だった。そのBryanの思惑が深く介入していたと思われるのが、当初はAsia加入を打診されていた、というエピソードにも表れている。Bryanからすれば、いきなりソロでスタートするより、むしろ手習い的な立場でベテラン・バンドの威を借りた方が得策だと判断したのだろう。その辺はTrevorとも利害が一致していただろうし、もっとぶっちゃければ、大掛かりなプロジェクトに一枚噛めるのなら、正直どっちだってよかった、と内心思っていたはず。

 活動初期にほんの一瞬だけYesに在籍していたTony Kayeを引っ張り出し、Cinemaの概要は徐々に固まってくるのだけれど、この辺からBryanの思惑や意向が徐々に露骨に表れてくる。だって4人中3人が元Yesなのだから、もうこれってYesでいいんじゃね?的な空気になってきている。本来ならバンドのヴォーカリストというのは大きな柱であり、互換性はないはずなのだけど、そんなセオリーも前作『Drama』にて解消され、初期デモではTrevorがヴォーカルを取っている。
 一応、人事面はChrisがイニシアチブを握っており、彼の理想形に叶うミュージシャンを優先的にオファーした、とのことだけど、あら偶然、もと同僚ばっかりというのはどんなものなのか。多分、この辺もかなりの部分でBryanによる情報操作が行なわれていたんじゃないかと思われる。

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 Cinemaのスタジオ・セッションは徐々に形となり、ついにプレゼン用のデモ・テープ完成にまで漕ぎ着ける。で、もうすぐ本レコーディングに入る前、これをレコード会社に提出する寸前、「たまたま」パーティ会場で再会したJohnに、ChrisがCinemaデモを聴かせたところ、「素晴らしい!でも、これなら僕が歌った方がいいよ!」としゃしゃり出てきた、というのがYes再結成の引き金となった、ということだけど、この「たまたま」というのがどうにも怪しいところ。この時期になると、Bryanはパーティ参加のお膳立てをしただけで、ほぼChrisの「自由意思」だけで新バンドの構想は練られている。それはBryanによって、入念に手間と時間をかけてプログラミングされた「自由意思」だけど。
 Rabinヴォーカルによる初期デモは完成度こそ高いけど、声質的にパンチが弱く、個性が弱いことが難点だった。もちろん平均アベレージは超えている。でも、これは元Yesメンバーの英知を結集したデビュー・アルバムなのだ。どうしたってYesとの比較は免れない。
 Rabinとしても、メジャー・デビューできるのは嬉しいけど、考えてみれば売れるかどうか未知数の、しかも前歴ばかりがやたらと輝かしい連中が集まった大プロジェクト。やっぱプレッシャーは大きいよね。しかもメイン・ヴォーカルだし。それよりはむしろ、自分は若手プレイヤーとして二番手三番手となり、フロントはJohnに譲った方が、仮に大コケしてもケガは少ない。
 Johnもまた、『Drama』のポップ路線に反旗を翻したRick Wakemanと共に、つい勢いで脱退、前々からコラボを望んでいたVangelisと共に非ロック的な活動を地道に行なっていた。音楽的なクオリティとしては満足ゆくものだったけど、かつての盟友、特にSteve Howe在籍のAsiaのワールドワイドな成功は、そんな自己満足的なクリエイティビティをも吹き飛ばすものだった。彼こそ生粋のショービジネスの人間であり、本能的に多くの金とスポットライトを必要としていた。

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 Johnの本格的加入によって、Cinemaは再結成Yesへと発展的解消、レコード会社との本契約も完了、遂に本レコーディングに挑むことになるのだけど、プロデューサーとして起用されたのが、当時、Art of NoiseやFrankie Goes to Hollywoodらが所属するZTTレーベル主宰、80年代ディスコ・シーンの牽引役となった売れっ子プロデューサーTrevor Hornだったのは、何とも皮肉。
 Yes正史に基づいたとすれば、特に彼とJohnとの間接的な確執があったはずで、純粋に音楽的見地からすれば、あり得ない組み合わせである。ただ、当時のエピソードなどに目を通しても、そんな逸話はほぼ見当たらない。「ヒット作をつくる」=「カネになる」という単純な方程式、ゲスいけどそこはやっぱりカネの力が強い。

 で、肝心の出来上がった作品は、そんな旧来メンバーのプレイヤビリティとRabinのエンタメ性、時代のトレンドであったオーケストラ・ヒットなど、キャッチーなスパイスを利かせてまとめ上げたHornの絶妙なスタジオ・ワークとが結集した、非常に高度なロック商品として仕上がっている。まぁ、揃えたメンツからすると当然の出来栄え、売れ線を抜きにしても余裕でアベレージ超えである。
 ただこのアルバムにおいて最大の功労者は、緻密な段取りを組み立てたBryanである。多分に行き当たりばったり、芸術性と商業性とのバランスを考慮しながら、刻一刻と変化する状況に随時対処していったのが、この結果である。完成形に囚われることなく、地道に段取りを整え、突発的な事態をチャンスに好転させる。それが彼のセオリーである。

 音楽自体はもちろんだけど、それにまつわる有象無象も含めて面白いのが、80年代音楽の醍醐味でもある。掘ると深くて尽きないよな、この辺のエピソードって。


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Yes
Atlantic / Wea (1999-05-27)
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1. Owner Of A Lonely Heart
 今のところ、ていうか最初で最後の全米ナンバーワン・シングルとなっている超有名曲だけど、なぜかUKでは最高28位。アメリカン・ハード路線が当時のUKでは歓迎されなかったのか。
 リリースされてから30年以上経っているというのに、今も何年かおきにCMに起用されているため、「誰が歌ってるのかは知らないけど聴いたことはある曲」の長らく上位を占めている。
 オケヒや気色悪いPVばかりが話題となっているけど、楽曲自体はオーソドックスなアメリカン・ハード・ロックを踏襲したもの。ただ、演奏しているのがYesだけあって、単調な作りではなく様々な仕掛けが内包されている。イントロのギター & ベースのユニゾン、そのギターの音ひとつ取ったとしても、ハーモナイザーやディストーションなどの機材を駆使したRabinの活躍ぶりがクローズアップされている。でも、どこかサウンドが内向きなんだよな。そのアメリカンナイズに振り切れなかった中途半端さ、そこがプログレ者たる所以なのだろう。
 アウトロの終盤、コーラスと共にフェードアウトするJohnのヴォーカル。彼らの売りである調和したハーモニーは、時代の流れとは別のところで生き永らえている。



2. Hold On
 このアルバムからなんと6枚目のシングル・カットで、US27位まで上昇。従来プログレとは決して融合し得ないブルース・フィーリングの泣きのギターは、もちろんRabin主導によるもの。UKではチャートインしなかったのかリリースすらされなかったのか、影も形もない。まぁうるさ型の古参ファンはもっとも嫌いそうな曲調だよね。正直、Yesでプレイする必要がない曲だもの。
 でも2分半を過ぎた頃、間奏として突然挿入される、緻密な構造のコーラス・ワーク。こういった小技を免罪符として入れてしまうから、プログレ好きがニヤリとしてしまうのだ。

3. It Can Happen
 60~70年代を通過してきたミュージシャンがインド音楽に傾倒するのはよくあることで、その裏には大抵LSDを含むドラッグの怪しげな香りが充満している。若い頃は彼らもそれなりに嗜んでたんだろうな。
 本場インドのタブラ & シタール奏者Dipak Khazanchiをゲストに迎え、単なるエフェクト的な扱いではなく、結構ガチでアンサンブルに組み込んでいる。Rabin雛形によるアメリカン・ハードをベースとして、当時のUKバンド筆頭だったPoliceのテイストも投入したサウンドは、結構幕の内弁当的にあれこれ詰め込まれ、それでいてきっちり破綻なく収まっているのは、やはりバンマスChrisの貢献が大きい。
 4枚目のシングル・カットでUS51位。やっぱりタブラの音はアメリカではあんまり受けが悪い。



4. Changes
 ポリリズミックな複合リズムによる整然としたアンサンブルを披露するイントロ部分は、やはりベテラン・バンドとしての見せ所なのだけど、曲に入るとForeignerのようなメロディック・ハードのベタなバラード。John主演によるコッテコテのラブストーリー仕立てのPVでもあれば、案外シングルカットしても良かったんじゃないかと思われるけど。後半はなんかDon Henryみたいになって来る。分別をわきまえた大人のロックだな。
 こんな風に書いてると、あまり好意的に見えなさそうだけど、今にして振り返れば気に入ってる世界。他のアメリカン・ハードとの違いは、録音のクリアさ。ミックスが良いせいもあって、各パートがしっかり際立ってるもの。80年代当時のモサッとした音質に慣れた耳では、彼らの、とくにHornの作り出したサウンドは一際目立っている。

5. Cinema
 で、ここでミュージシャン・チームのエゴを放出したフュージョン風インスト。たった2分程度に圧縮されているけれど、見せ所はたっぷり収録されている。いわゆる既存のプログレ超大作のダイジェスト版といった趣き。気に入った人は完全版を買ってね的な。まぁ80年代はこのサイズで満足してしまう人が多かったため、賢明な作だったと思われる。映画の予告編のように、フルサイズで鑑賞すると飽きが来るように、この時代はこれで正解だった。

6. Leave It
 凡庸な合唱的ユニゾンではなく、ワンフレーズ聴いてもYesとわかる記名性の強いコーラス・ワークが彼らの強みであり、ここではその個性がさく裂している。何しろHornが絡んでいるので、サンプリング・ヴォイスなんかもふんだんに使われているのだろうけど、全盛期のハーモニーとも遜色ない仕上がりは、やはり他のバンドの追随を許さない。
 UKは56位が最高だったけど、USでは24位まで上昇。こういった高揚感メインの楽曲はやはりヤンキーの方が反応が良い。



7. Our Song 
 1.のすぐ後にUSのみでリリースされた、シングルカット2枚目。リアルタイムで聴いていた当時は、凡庸なハードロックだよなぁ程度の印象。曲順的にもB面中盤なんてあんまり感心の向かないポジションだし。で、しばらくぶりに聴いてみると、演奏陣の健闘ぶり、特にChrisのリズム・リードが気持ちいい。はっきり言って曲は凡庸なのだけど、それによって各プレイヤーたちのアンサンブルが引き立っている、考えてみれば珍しいタイプの曲。
 シンセのリフがTOMCATっぽいのは、昔から言われていたことなので、そこはスルーで。

8. City of Love
 サビがまるっきりSurvivorかDef Leppardを連想させる、かなりRabin色の濃い正統アメリカン・メロディック・ハード。ここまで開き直ってアメリカ市場を意識した楽曲を収録してしまうと、逆に潔さや思い切りの良さがあって良い。
 逆に考えるんだ、SurvivorにJohnが加入したと思えば納得する。しかし、ハイ・トーンでシャウトするJohn…。やっぱやりたくなかったんだろうな。金のためとはいえ。

Yes_-_Leave_It

9. Hearts
 シメはやっぱりコレでしょ、とでも言いたげな正統派プログレ・チューン。ここまでアメリカン・ハードとシンセポップ成分の多かった『90125』だけど、ここではポップ成分は大きく後退、シンセの使い方もリズミックでポップな響きではなく、メロトロン的な抒情性を感じさせる。これまでのようなリフ中心のギター・プレイからインプロ主体のソロ・プレイは往年のファンも温かな視点で見守ってしまう。
 後半からはハードロック的な展開が多くなるのだけど、このブレンド加減の妙が80年代をうまく乗り切ったカギと言えるのだろう。売れ筋であるハードロック成分を取り込みながら、持ち味であるプログレ風味とのバランスを、かつての同僚だったHornがうまくまとめている。




Yes: The Studio Albums 1969-1987
Yes
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やっぱオイシイところはギルモアが持ってく - Pink Floyd 『Final Cut』

Front 1983年リリースの12枚目、精力的に活動していた時期としては最後のアルバム。
 当時のFloydと言えばRoger Waters (b,vo)、David Gilmour (g,vo)、Nick Mason  (dr)、Richard Wright (key)の4人体制だったのだけど、正確なところはWrightがWatersの逆鱗に触れてサポート・メンバーに格下げされており、正式メンバーは3名でクレジットされている。それどころかWright、このアルバムには参加させてもらえず、ようやく復帰を果たしたのは新生Floyd『鬱』において。とは言ってもここでもサポート扱いのままで、やっと正式メンバーとしてクレジットされるようになったのが、その次の『対』。この辺から、Gilmourでも持て余してしまうWrightの人となりが何となく窺える。
 もともと新生Floydは事実上Gilmour単独で作ったようなものであって、実際の制作にMasonとWrightはそれほど関わっていない。当時のFloydは世界を股にかけるスタジアム・バンドとしてド派手なステージ・ショウを行なっていたため、営業政策上、一人でも多くオリメンが揃ってる方が集客力が見込めると考えたのだろう。
 取り敢えずライブで演奏はしているけど、ほぼオブジェ的な扱いの2人。そんな馴れ合いには頑なにそっぽを向け続けた元リーダー。生き方はそれぞれである。

 前置きが長くなったけどこの『Final Cut』、前作『The Wall』に伴うツアーで発生した膨大な赤字を背負っての制作となったのだけど、知ってる人はみな知ってるように、非常に地味な仕上がり。とても「ここで一発当てて借金チャラにしよう」とはハナから思っていないような作りである。
 一応当初のコンセプトとして、『Wall』の続編として制作がスタートしたのだけど、肝心のメイン・ソングライターであるWatersの書く曲書く曲どれもが、その『Wall』と関連性のない左翼的内容ばかりだったため、大きく方向転換してしまったのが終わりの始まり。  
 Gilmour曰く「ロクな曲がない」ということでレコーディングにもあまり姿を見せないようになり、当初Waters擁護側だったMasonも強まる独断専行に着いていけなくなり、次第にスタジオに顔を出す回数も減っていった。もはやバンドとしての体裁を為さなくなっていたけど、それよりも自分のコンセプトの具現化に執心していたWatersからすれば、これ幸いとさらに独裁体制を強め、自分の意のままに動くミュージシャンらを配置して制作を続けた。
 
NotNowJohn

 プログレという枠を飛び越えて、もはや大御所ロック・バンドに成長していたFloydのブランド・イメージは健在だったため、このアルバムもUS6位UK1位と好成績を記録している。いるのだけれど、それはあくまで『Wall』の余波で瞬間最大風速的に売れたようなもので、累計の売り上げとしては『狂気』以降、どのアルバムよりも劣っている。何十週も続けてチャートインするような音楽ではないのだ。
 ちなみにここ日本でも、オリコン最高11位まで上昇している。もともとプログレというジャンル自体の人気が高く、その中でもFloydは別格的にセールスも好調だった。ただやはり、ユーザーの期待とはまったく違ったサウンドには戸惑いを隠せぬ者も多く、ここで一旦彼らの人気がクール・ダウンしてしまったのも事実。
 そんなわけでいまだに賛否両論が飛び交う、ていうか評判のよろしくないアルバムである。

 リリース当時中2だった俺は洋楽に強い興味を抱くようになっており、新聞の番組欄で目星をつけてFMラジオをエアチェックすることを覚え始めた頃だった。そのうちFM雑誌なるものの存在を知ることになり、「これでエアチェックが捗るぞ」と思い立って、近所の本屋に駆け込んだのだった。
 当時はFM全盛期、特に北海道ではFM北海道(現Air-G)が開局して間もない頃で、地域的にも俺の周り的にも盛り上がりの機運を見せていた。今ではすべて廃刊になってしまったけど、この頃はFM専門雑誌が4つあって、その中で俺が選んだのは一番地味な表紙の「週刊FM」だった。
 これはあくまで俺の個人的なイメージだけど、鈴木英人のイラストが表紙を飾っていた「ステーション」はチャラすぎる感じがしたし、「レコパル」も小学館のカラーが強すぎて、当時ジャンプ派だった俺的に抵抗があった。「FMファン」はオーディオやクラシックに結構な紙面を割いていたので、中学生にとってはオヤジ臭く映った。そういった消去法的な選択で残ったのが、Laura Braniganが表紙の「週刊FM」で、その1ページ広告に載っていたのが『Final Cut』。Floydとの最初の出会いである。

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 80年代真っただ中を過ごしてきた俺が、どうしてプログレの世界に寄り道してしまったのかといえば、そりゃもう厨二病をこじらせちゃったから、としか言いようがない。その「週刊FM」のレビューや記事でも「観念的なメッセージがうんたら」「サッチャー政権がかんたら」といった感じで、「具体性はないけどとにかく傑作なんだよ」という内容がダラダラ書かれていた。そういった文章を読んでた俺、「何となく難しそうだけど、それを理解しなけりゃダメなのだ」という、今じゃ意味不明の強迫観念に囚われていたのだった。
 「俺以外、周りの人間は誰も聴いてないだろう」というめんどくさい自己満足に浸ることに快感を覚え、いつしか俺はプログレの世界に足を踏み入れることになる。

 とは言っても、プログレ的な視点だけでFloydを語るのは、実はちょっと無理がある。聴いたことがある人なら分かるように、一般的に言われているプログレのイメージとは明らかに異質なバンドである。
 「ジャズやクラシック、現代音楽など異ジャンルの音楽のエッセンスを積極的に導入、変拍子や奇妙なコード進行の間を縫って敏腕プレイヤーの超絶テクニックが飛び交い、ファンタジックな寓話やら重厚なメッセージを伝える音楽」というのが一般的なプログレの定義だと思うのだけど、その重厚さと現代音楽テイスト以外はまったく当てはまらないのがPink Floyd、プログレ界の中でも唯一無二、孤高の存在である。
 プログレやハード・ロック界特有の、グループ間を渡り歩くメンバー・チェンジにもほとんど絡まず、ほぼ不動のメンバーでの純血主義を貫いている。まぁこれはGilmour以外のメンバーの演奏スキルが人並み程度だったため、外部に需要がなかったせいもあるけど。
 アルバムごとに繰り広げられる壮大なコンセプトを構築するリーダーのWaters、言うなれば戦略参謀的存在である。もちろんWaters単独だとサウンド・メイキング的には弱いので、実働部隊としてスタジオ・ワークを仕切っていたのがGilmourという構図。この絶妙なパワー・バランスが、凡百のステレオタイプなプログレ・バンドとは一線を画す作品を産み出していたのだけど、それが崩れてしまったのがこの『Final Cut』である。
 この時点のGilmourは半ば職場放棄、ほんと必要最低限の仕事しかしていない。Masonに至ってはWatersに言われるがままドラムを叩いているだけ、2人ともスタジオ・ミュージシャン的な扱いしかされていない。

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 とてもビッグ・セールスを狙って作られたとは思えないし、かと言ってこれまでのFloydファンの期待を裏切らないクオリティであるとは、お世辞にも言えない。一応ここまでパーソナルな内容でありながら、アメリカでは200万枚も売れちゃってるのだから、多少なりとも共感を持った物好きもいるのだろうけど、まぁ数える程度だったんじゃないかと思われる。
 何しろストーリーの主人公は、第二次世界大戦中に戦死したWatersの父親、その父親の視点から訴えWatersの超個人的左翼チックなメッセージの羅列が、アルバム・コンセプトの本質である。フォークランド紛争への反対表明、サッチャー政権へ向けたストレートな批判など、言ってしまえば新聞の社説や投稿欄レベルの事をドラマティックに描いているだけで、正直面白いものではない。
 レコーディングが完パケしたことを機に、Watersはバンドの終了を考えるようになる。正式に脱退を表明したのはもう少し後だけど、彼的にはもうPink Floydでやり残したことはないと判断したのだろう。
 Floydというプロジェクトを完璧に終わらせるには、これ以上はないというフィナーレだった。

 サウンド面において、このアルバムに限ったことじゃないけど、お世辞にもWatersのベース・プレイが卓越しているとは言いがたい。ヴォーカルだって、はっきり言ってブルースをルーツとしたGilmourの方が声量もあって味もある。メロディだって、まぁこれはプログレだからこそ仕方ないけど、覚えやすくキャッチーなフレーズがあるわけでもない。口ずさみやすいプログレってのもおかしな話だけど。
 プログレにとって大切なもの、それはコンセプトである。で、そのコンセプトを前面に打ち出しすぎ、サウンド面が疎かになってしまったのが、この『Final Cut』である。
 メッセージ性は強い。あまりに強すぎるので、これなら音楽じゃなくて私小説の方が良かったんじゃないかと思ってしまうくらいである。実際ここまでやっちゃうと、あとは『Wall』タイプの拡大再生産しか途はない。少なくとも借金は返せるだろうし、バンド運営上はその方が正しい。
 ただ、一般的に賢いとされるその選択は、Watersの中には最初からなかった。『Wall』の続編という当初のコンセプトが破綻した時点から、終了については覚悟の上だったのだろう。

 で、その拡大再生産を潔しとして、サウンド面にこだわりコンセプトをフワッとさせた挙句、高級AOR路線の道を突き進んだのが、Gilmour中心となって再構築された新生Pink Floydである。もはや滅多なことでプログレを聴かなくなった俺的には、どっちでもいい話だけど。


Final Cut (Remastered Discovery Edition)
Pink Floyd
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1. The Post War Dream
 経済的に潤ってた頃の日本への批判を粛々と歌っているのだけど、いま訳詞を読んでみると、どうにも切り口が一面的で底が浅く、逆恨みっぽく読めてしまう。街頭インタビューの中年サラリーマン程度だなこりゃ。この辺がファッション左翼的なWatersの底が見えてしまう。ヒステリックなヴォーカルはともかく、独特なリズム感覚を持つMasonのドラムの音が重く深く、そこは好き。

2. Your Possible Pasts
 ここから一気に舞台は第2次世界大戦中に飛ぶ。Watersの父親Ericが主人公になるのだけど、正直そこはどうでもよい。ここで注目するのは、やはりサウンド。
 『Wall』直系とも言える、ブルースを下敷きとしたGilmourのドライヴするギター。それに寄り添うMasonの重厚なドラム・サウンド。

3. One Of The Few
 ギター1本をバックに語るWatersの独り舞台。1分程度の小品なので、ブリッジ的な扱い。

4. When The Tigers Broke Free
 長らくアルバム未収録で、今世紀に入ってからのリマスターによって初収録となったいわくつきの曲。もともと『Wall』の時代に先行シングルとしてリリースされ、本来なら『Final Cut』で収録予定だったのだけど、当初のコンセプトが変わってしまったためこの曲だけ宙に浮いてしまい、ほんとつい最近まで幻の曲扱いされていた。まぁそういった曲というのは案外拍子抜けというか、実際のところそこまで騒がれるほどのクオリティではない。Watersの呻くような歌声が続く、重厚かつ地味なナンバー。
 コンセプトからは微妙にずれているらしいけど、ボーナス・トラック扱いのナンバーを躊躇なくアルバム途中にぶち込んで、かつ違和感がほとんどないというのは、さすがベテランの成せる業。まぁ全体的に代わり映えしない曲調だったおかげもあるけど。



5. The Hero's Return
 そういった流れに沿っているのか、これもどちらかと言えば『Wall』テイストが強いナンバー。要するにGilmourが大きく貢献しているということなのだけど。
 普通に聴きやすいスタジアム・ロックとして、クライマックスもきちんと設定されており、ちゃんとまともな曲になっている。
 ていうか、Waters主導の曲が漫然とし過ぎているのだ。

6. The Gunners Dream
 悲惨な戦場を潜り抜けてきた兵士のつかの間の休息、そこで見た夢を描いたものだと思われるけど、ここはWaters主導、Michael Kamen指揮によるNational Philharmonic Orchestraのストリングスが、荘厳とドラマティックに空間を盛り上げる。地味なコンセプトが多い中、これは結構成功した方じゃないかと思う。間奏の情熱的なアルト・サックスもいい感じでむせび泣いている。いい意味での高級AOR。

7. Paranoid Eyes
 と思ってたら、またWatersの陰鬱としたモノローグ。そう、このアルバムではサウンドはあまり重要ではない。彼のメッセージを余すことなく伝えることが最重要事項なのだ。
 帰還後に無為の心境に陥った中年の元兵士の被害妄想が描かれているのだけど、ほんと何のひねりもない独白。何もここまでネガティヴなトーンにしなくてもいいのに。

8. Get Your Filthy Hands Off My Desert
 最新鋭のホロフォニックス・サウンドを駆使した、静寂を切り裂くミサイル音。弦楽四重奏に乗せて軽やかに歌われるのは、冷戦末期の世界情勢。ブレジネフという名前を聴くのは久しぶりだった。
こういった軽やかなワルツに乗せて惨状を歌うというスタイルには、そこはかとない左翼臭さを感じさせる。

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9. The Fletcher Memorial Home
 ブルジョアや支配階級へ向けての痛烈な皮肉を交えた歌詞は、前曲に引き続き、左翼臭が満載。モノローグも絶好調で、ここまで来るとEricのことなんかどこか行ってしまって、それに名を借りたWatersの政治・社会批判がメインとなっている。
 思わず途中で飛ばしたくなるけど、間奏ではGilmourの一世一代の名演と名高いソロ・パフォーマンスが堪能できる。この後のWatersのヴォーカルはただのおまけ。

10. Southampton Dock
 ここで再びWatersのソロ・コーナー。Dylanほど味のあるシンガーでもなければ、暗喩を交えた世界観を提示するわけでもないWatersのメッセージは直截的でわかりやすいけど、もうちょっとひねってもいいんじゃないかといつも思ってしまう。

11. The Final Cut
 やはり地味だけど、ストリングスとドラムが入ることによって、もう少し聴きやすくなったタイトル・ナンバー。ここでのKamenのアレンジは歌を邪魔することなく適切な構成になっている。どうせなら、もっと歌を凌駕するくらいでもよかったのに。
 シンプルだけど、歌心にあふれるGilmourのソロ。弾きまくるわけではないけど、このストリングスに合わせて効果的なチョーキングを聴かせている。見せ場のわかってる人だ。

12. Not Now John
 これは唯一、そのGilmourがヴォーカルを担当。この曲だけテイストが違い、ソウルフルな女性ヴォーカルを導入、シンプルかつゴージャスなロック・サウンドを展開している。普通にヴォーカルもそうだけど、モノローグのパートも聴かせてしまう味があるのがこの人の強み。
 歌詞は結構暴力的なのだけど、このサウンドにはピッタリだし、ギター・プレイからもわかるように、この人はある意味ブルース・マンの系譜だと再認識してしまう。
 このアルバムからは唯一のシングル・カットで、UK30位ビルボードAORチャート7位にランクインしている。メリハリの効いたサウンドのため、いま聴いても古く感じられないのはGilmour主導のプロダクションだからか。



13. Two Suns In The Sunset
 このトラックのみ、なぜかAndy Newmarkがドラムを担当している。確かにMasonと比べるとアタック音がソリッドで、オカズもちょっと難易度が高い気はする。まぁGilmour以外はテクニックで売ってたバンドではないのだけど。
 ラストっぽく爽やかなフォーク・ロックで歌われてる内容は、想像と違って陰鬱としている。大虐殺やら人類の滅亡やら自動車事故による自殺衝動など、サウンドとは大きくかけ離れている。ファッション左翼の面目躍如。




Echoes: The Best of Pink Floyd
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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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