好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop

アメリカ人がプログレをやってみた。 - Todd Rundgren 『Initiation』

folder 1975年リリース、6枚目のソロアルバム。当時のUSチャートでは、なんと最高86位。意外と売れている。もっと売れてないと思っていた。次のアルバムが出せる程度には、そこそこ売れていたのだ。

 ソロとバンド活動を並行して行なっていた70年代、大量のアイテムをリリースしてきたToddだけど、この年の純粋な新作は『Initiation』のみ。前年プロデュースしたGrand Funkが大ヒットして、オファーだってそこそこあったかと思われるけど、そういった形跡もない。表立ったスタジオ・ワークは、あんまりやってなかったようだ。
 この時期のToddの活動は、スタジオ・ワークより、むしろライブの方に重点が置いている。レコード・デビューはしたけど、まだソロ・プロジェクトの色彩が濃かったUtopia が、メンバーの固定化によってコンセプトが決まり、徐々にバンドらしくなっていた頃と一致する。
 その後、サウンド・メイキングの柱となるRoger Powellが加入したことで、Toddのワンマン・バンド色は薄くなってゆく。それは彼自身が望んだことでもあった。
 なので、意思疎通やアンサンブル固めもあって、この年はライブ三昧。70年代のToddといえば、ずっとスタジオに引きこもってレコーディングばっかりやっていた印象が強いけど、その合間を縫って数多くのライブをこなしている。

 オフィシャルでのリリースはなかったけど、デモ制作や後年発掘された『Disco Jets』など、当時は未発表に終わったプロジェクトも数多い。べアズヴィルのエンジニアとして、ちょっとしたスタジオ・ワークや、付き合いのあるアーティストからの依頼もちょくちょくあっただろうし。ソロでもバンドでもツアーをやっていたから、まとまった時間が必要なプロデュースまではできないけど、軽いフットワークで短期の仕事を請け負ったりしている。なんか派遣社員みたいだな。
 ちょっと偏屈なところもあるけど、長年の経験に基づいた仕事の早さと要領の良さは、ベテランならではの得難いスキルである。まぁちょっと雑でアバウトなところはあるけど、納期と予算はきっちり守る。時に散漫になりがちなスタジオ・ワークにおいて、彼のような取りまとめ役は、引く手あまただった。

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 案外エゴを押しつけず、クライアントの意向に沿うToddの仕事ぶりは、おおむね好評だった。ジャンルや音楽性にこだわらず、長年の経験に基づく引き出しの多さから、全方位どのアーティストにも対応できる順応性。それでいて予算管理もしっかり行なうし、アーティストの意向を可能な限り受け止めつつ、実際のポテンシャルよりちょっと背伸びした程度のレベルに導いてしまう印象操作。こう書いちゃうと、なんかすごい人徳者みたいだな。
 実際のところ、彼が手がけたプロデュース・ワークは多岐に及ぶ。Mitch RyderとXTCなんて、そりゃ両極端だもの。それでいて、もちろん全部が全部じゃないけど時々デカいヒットを飛ばしちゃうんだから、評判はさらに高くなる。成果を出すほど、あらゆる方面からさらにオファーが舞い込む。アーティストとしてはイマイチだけど、プロデュース業はずっと緩やかな右肩上がりだった。
 でも時々、「ちょっと場違いじゃね?」って案件も、軽く引き受けちゃったりするのが、この人のお茶目なところ。Beatlesへの長年のリスペクトが実った、Ringo Starr のオールスター・バンド参加はわかるとして、フロントマンRic Ocasekの代わりにNew Cars加入っていうのは、ちょっと節操なさ過ぎ。まぁTodd以外、引き受け手がなかったんだろうな。
 去年だって、なぜかYesと一緒に全米ツアーを回ってたりするし、一体どこに接点があったのか、一般人にはなんとも不明。多分、我々には知る由もない、業界内での繋がりがあるのだろう。

 ソロでは多重録音で作り込んだミニマムなポップ・ソングを、Utopiaではメロディックな特性を生かしつつ、壮大なテーマを掲げたアメリカン・ハード・プログレを。その時の気分によって、表裏一体の活動を並行してゆくのが、当時のトッドの初期構想だった。
 アルバムごとにコンセプトがコロコロ変わるのがこの人の特徴なので、「別に分けなくてもよかったんじゃね?」と後年のファンは思ってしまう。「複数のプロジェクトを難なくこなしてる俺」に憧れたんだろうな。
 アカデミックな楽理を学んだわけではない人なので、いちいち譜面に書き起こすことはなく、大抵はギターやピアノを前にフフンと鼻歌、そこから展開してゆく、といったスタイルの作曲法である。そんなだからして、楽曲の傾向としてはメロディ主体、コードのルーティンをはずした進行になる。
 感性を優先するため、調和やバランスは後回しとなる。なので、後づけとなるコード展開は、どうにも奇妙で不安定なモノになる。だからといって、それが耐え難い不協和音になるわけではなく、むしろそれが突出した個性として、乱調の美を形作ってしまう不思議。

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 なので、いわゆる職業作家のような器用な人ではない。ドンピシャにハマった時の名曲は数あれど、それと同じくらいハズしまくった曲も、また多い。プロデュース依頼は多いけど、思いのほか楽曲提供というのが少ないのも、その辺に由来する。
 自由に、何の制約もなければ、不安定ながら引っ掛かりを残し、琴線に触れるメロディを作れる人である。ただ、これが何かしら縛りを入れたりすると、途端につまらなくなるのも、この人の特徴である。
 たとえば、シンプルな3コードのロックンロール。Toddのルーツのひとつであり、どのアルバムにも必ず1曲くらいは入っているのだけど、これのハズし率は結構高い。先人によって開拓し尽くされた黄金コード進行は、メロディ先行のToddの奔放さとは相反するものだ。本人は演奏してて楽しそうだけど、これがまた、どうにも凡庸な仕上がりになることが多い。

 70年代の英国ミュージック・シーンで勃興したプログレッシブ・ロックは、一時活況を呈したけど、本国でのピークはほんの数年だった。英国では旧世代の遺物として、パンクに一蹴されたプログレだったけど、「何となく知的に見えるロック」というコンセプトは、多くのインテリもどきの共感を呼んだ。その後、世界各国へ拡散されたプログレは、それぞれ独自の変化を遂げる。
 ヨーロッパ諸国では、クラシックを由来としたシンフォニックなサウンドが大きくフィーチャーされ、後に換骨奪胎されて心地よいBGMへと退化、スピリチュアル風味を加えたニューエイジへ昇華してゆく。プログレとも親和性の高いミニマル・ミュージックの下地があったドイツでは、KraftwerkやTangerine Dreamなど、プログレよりもプログレらしいアブストラクトな音楽が続々誕生する。
 日本では当初、バカテクと理屈先行のCrimson人気が高く、ジャズとの融合によってクロスオーバー的な展開を見せた時代もあったけど、次第に毒気が抜けてニューエイジと大差なくなり、理屈の行き先を失った挙句、アニソンへ取り込まれていった。

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 で、海を渡ったアメリカでは。
 ヨーロッパほどクラシックも根付いてないし、小難しい理屈はウケが悪い。Grateful Deadに端を発する、やたら長くて眠くなる曲のニーズはあるけど、それだってドラッグありきの話だし。どっちにしろ、純粋プログレとアメリカ人とは、相性が良くないのだ。
 なので、「人生の意義」や「葛藤」など、そういったしちめんどくさい主張はひとまず置いといて、テクニカル面や組曲志向は残しとこう。そこにわかりやすいハードロックのダイナミズムを持ち込んじゃえば―。
 あっという間にアメリカン・ハード・プログレのできあがり。
 コンセプト?なんかほら、あるじゃん。「太古の謎」とか「宇宙の神秘」とか。適当にデカいスケールのテーマ、でっち上げときゃいいんじゃね?さらにアルバム・ジャケットを幻想的なイラストで飾れば、もう完璧。
 初期のKansas やRush なんかはまだ真面目にやってたけど、次第に大作主義は少数派となり、4分台の曲が多くなる。ラジオでのオンエアを考えると、自然、曲はコンパクトんせざるを得ない。
 それが、俗に言う産業ロック。Journey やStyxなんかが、代表的アーティスト。ここまで来ると、原型がなんだかわからない。

 Toddもまた純正アメリカ人ゆえ、選んだコンセプトは「太陽神」やら「宇宙の神秘」やら、壮大でドラマティック、スケール感の大きい題材を取り上げている。他国プログレとの違いが、ここで大きく浮き彫りとなっている。
 対象を自身以外の「外部」に求めるアメリカに対し、特にヨーロッパ諸国のプログレはインドア志向、深淵たる「内面」へ向かって、深く掘り下げてゆく。ミニマル主体のドイツなんかだと、フレーズの無限反復やドローン音から誘発される不安によって、ゲシュタルト崩壊しちゃってるし。
 「わざわざ掘り下げるほど、内面なんて詰まってない」と開き直っちゃってるのか、それとも「内面なんて知りようがない」と合理的に判断しちゃってるのか。
 「宇宙炎に関する論文」?
 すごくファジーなテーマだよな。



Initiation
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1. Real Man
 この時期の代表作として、大抵のベストには収録されているスペーシー・ポップ。ソロ名義ではあるけれど、キーボード3名体制だった初期Utopia布陣でレコーディングされている。バンド初期は正統プログレ・スタイルを志向してため、こういったコンパクトでポップな曲は、ソロに振り向けられることになった。ドラムがちょっと大味だけど、響きが80年代っぽくて、それはそれで俺は好き。ヴォーカルへのコンプのかけ方とかを聴いてると、John Lennonっぽく聴こえる瞬間もある。
 シングルとしては、US最高88位。



2. Born to Synthesize
 ちょっとエスニックっぽい演出のアカペラ・チューン。俺的に、「アフリカ奥地に住む現地民族にシンセサイザーをあげたら、こんな感じに仕上がっちゃった」イメージ。
 ヴォーカルにいろいろエフェクトかけまくってサウンドの一部とする発想は、後の『A Cappella』で生きてくる。
 オーソドックスなアカペラ・スタイルではなく、ちょっとエキセントリックなヴォーカライズが下地となっているので、その辺はやはりひと捻りしないと気が済まない性分があらわれている。

3. The Death of Rock and Roll
 Toddのロックンロール・チューンの中では珍しく良質の、それでいて突き抜けたアホらしさ。だから良い。ロックなんて結局、知的要素とは相反するものだ。
 ギタリストのRick Derringerがなぜかベースで参加しており、それがToddのロック魂に火をつけたのか、いい感じのスタジアム・ロックに仕上がってる。
 繊細さのかけらもない、大味なロックンロール。本職のDerringerを押しのけて、ガンガンギターを弾きまくってて楽しそう。

4. Eastern Intrigue
 アメリカ人考えるところのオリエンタル・テイストが充満する、なんともインチキ臭漂うポップ組曲。「Easten」と銘打っておきながら、アジアと言っても中近東や、ずっと飛んでスコットランド民謡っぽさもあり、いろいろとごちゃまぜ。なので、「Todd流無国籍サウンド」と言った方が近いかも。マントラみたいなコーラスも入ってるし、お得感満載の幕の内弁当。
 でも、そんな未整理感こそが、Toddの魅力のひとつであることもまた事実。この人にきっちり整理されたモノを求めるのはお門違い。

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5. Initiation
 ドラムにRick MarottaとBernard Purdieが参加。いわゆるプロの職人肌の人たちで、こういうメンツになると、途端にサウンドがプロっぽくなる。大抵、Toddがリズム刻むと揺れまくって安定しないんだけど、ファンとってはそれもまた「独特の味」となっており、逆にこのように「ちゃんとしている」と違和感を感じてしまう。
 プログレの人たちがシングル・ヒット狙いを余儀なくされ、3分間ポップスに挑んだのがAsiaだけど、あそこまでメロウに寄ってるわけではなく、ここで展開されるサウンドはもっとストイック。ちゃんとそれぞれのパートの見せ場も作り、それでいてメロディはしっかりポップ。いつもはもっとシックなプレイのDavid Sanbornも、血が騒いだのか、ここでは白熱のブロウを披露している。

6. Fair Warning
 Toddお得意のフィリー・ソウルのスケール感を広げ、さらに力強く仕上げたのが、これ。なぜかEdgar Winterがサックスで参加。あんまり聴いたことないけど、Edgar Winterといえば、ギタリストというイメージが強かったのだけど、いやいやここでは本職顔負けのメロウなプレイ。むしろ、こっちの方がSanbornっぽい。
 ラストが「Real Men」のサビへとループしてフェードアウト、構成も言うことなし。
 このA面のコンセプトでB面も統一しちゃってよかったはずなのだけど、むしろこっちは片手間仕事。やりたかったのはB面だったのだ。まぁひねくれてること。

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7. A Treatise on Cosmic Fire
 35分に及ぶ一大絵巻、ほぼToddの多重録音による大作。レコードB面を埋め尽くす全編インストを、きちんと対峙して聴き通すのは、相当の難行。俺もちゃんと聴いたの一回きりだし。
 シンセを主体とした、「シンフォニックかつドラマティックな組曲をやりたい」と思いつきが先立っており、多分コンセプトは後付け。前述したように、何となく壮大なテーマをぶち上げたかったんじゃないかと思われる。そこまで深く思い詰める人じゃないし。
 Utopiaでやってみようと思ってデモ・ヴァージョンを作り、ちょっと足りないところをRoger Powellに手伝ってもらったら、「あれ、これでもう完成じゃね?オレ天才」てな感じだったんじゃないかと思われる。
 大方のアメリカ人同様、プログレという「思想」ではなく「スタイル」から入ったToddであるからして、ここでは彼が思うところの「プログレっぽさ」が、これでもかというぐらいにまで詰め込まれている。「シンセがピャーッと鳴って、時にはハード、時には切なくギターを弾いて、なんとなく高尚なヤツ」。こうして言葉にしちゃうと、なんか身もふたもないな、大味すぎて。
 中盤のドラムン・ベースっぽいサウンドは、久しぶりに再聴してみての新たな発見。終盤のドローン音やSFっぽいエフェクトは、それこそフォーマットとしてのプログレ的展開。
 プログレに限らず、奇想なアイディアがいっぱい詰まっているトラックのため、律儀に通して聴かなくても、好きなパートだけ抜き出して聴くのも、ひとつの方法。何しろ長いしね。
 CDで聴いてるからそれほど気にならないけど、多分これ、レコードで聴いてたら、終盤なんて音質悪かったんだろうな。内周ギリギリまでこんなに詰め込むと、音はもう潰れまくり。






 ちなみに、これでレビュー299回目。
 300回目突入記念で、次回から2回に分けて特別企画を実施します。
 乞うご期待。



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ロディ・フレーム殿、至急連絡乞う。 - Roddy Frame 『Seven Dials』

folder Aztec Camera 『Dreamland』からの続き。ほんとはこっちを先に書いていたのだけど、だんだん方向性がずれた上、ズルズル長くなってしまったので、えぇいっ!と半分にぶった切った。
 前回レビューとの関連性は薄いので、続きも何もない。まぁいつも通り、通常運転で。

 前作『Western Skies』から8年ぶり、Roddy Frameは2014年に待望のソロ・アルバム『Seven Dials』をリリースした。その間にも、単発的なライブや盟友Edwyn Collinsとのコラボで名前が出たりしていたけど、ついぞ本格的なソロ活動に入る様子は見られなかった。
 一時は音楽業界への不信感が募って、音楽活動そのものに距離を置いていた期間もあったらしい。Aztec Cameraとしては、最後のアルバムになった『Frestonia』を最後にワーナーと契約終了、ソロに転じてからはインディーに活動の場を移したRoddy。前回レビューの『Dreamland』が予想していたほどは売れなかったこと、また、それに伴うはずのプロモーション体制が貧弱だったことから、メジャーへの不信感というしこりが残ったのだろう。
 これまでの実績から鑑みて、優雅な印税生活ができるほどのポジションではないため、どうやって食ってんだろう、と余計な心配までしてしまう。副業があるのか奥さんが稼いでいるのか、はたまた金持ちのボンボンなのか、などなど。
 そこまで悠々自適でなかったことは、急速に老け込んだ風貌から察せられる。かつてはゆで卵の殻をツルンと剥いたような、苦労知らずのルックスだったというのに。ここに来て、やっと外見が年齢に追いついたといった感じ。

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 Edwyn Collins人脈のプロデューサーSebastian Lewsleyを迎え、ほぼ2人だけで作ったと思われるサウンド・プロダクションは、お世辞にも華やかなものではなく、どうひいき目に見たって、バカ売れする要素は見当たらない。
 実際、セールスも地味だったのだけど、まぁ生きてくれてるだけで十分、まだ歌ってくれてる分だけいいじゃないの、という事で、おおむね往年のファンからは歓迎された。
 『Surf』、『Western Skies』と、今世紀に入ってからの作品がどれもシンプルっていうか、簡素なアコースティック・スタイルが主体だったため、今回もまた地味〜なアルバムなんだろうな、と誰もが思っていたところ、案外、ちゃんとしたバンド・スタイルだったことも、好評の要因だった。あら、まだやれるじゃないの。
 さすがのRoddyも50を過ぎているため、高らかに伸びのあった往年のアルト・ヴォイスは失われているけど、老いを自覚した上での、無理のないキー設定やシンプルなリズム・アレンジは、今の身の丈にちょうど合っていると思う。

 ただ、今のRoddy、ツアーだテレビ主演だレコーディングだ、話題に何かと事欠かなかった80年代のプチ全盛期に比べ、今世紀に入ってからは、サウンドも活動ペースもすっかり地味になっちゃったことは否定できない。地元を中心に地道なソロ・ツアーでもやっててくれてるんならまだしも、まったく音沙汰すらない始末。
 たまに音信不通になっちゃうアーティストとして、俺的に思い浮かぶのが、Roddyとほぼ同世代のPaddy McAloon。奴も同じ臭いがする。ただPaddyと違ってRoddy、アルバム・リリース後にはきちんと人前に出て、ライブをやってる分だけ、まだマシである。
 おいPaddy 、YouTube に新曲「America」アップしてからしばらく経つけど、あれから何も音沙汰ねぇじゃねぇか何やってんだ。まぁ待っちゃうんだけどさ。
 で、そんなPaddyとは絡むこともなく、Roddy はアルバム・リリース後、2014年から2年越しで、イギリス国内とEUを中心に、小さな会場を回った。以前よりちょっとくたびれた風貌にはなっちゃったけど、まぁ取りあえず生きている。アルバムもパフォーマンスも、ささやかではあったけれど好評を得た。

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 -で、あれから2年。
 また音沙汰がなくなってしまったRoddyであった。Paddy とやってること変わんねぇの。
 日本では、すっかりマイナーな存在になので、待っていても情報は入ってこない。なので、Twitterとフェイスブックのアカウントが残っていたので、久し振りに覗いてみた。
 ツアーが終わったら、すっかりやる気なくなっちゃったのか、2年前を最後にツイートは止まっていた。ただ、しょっちゅうスマホは使っているのか、今年の8月、名古屋のインターFMの番組セットリストにAztec Cameraがリストアップされていたらしく、その記事に「イイね」をつけている。
 そんな極東のローカルFMまでチェックしているのかよ。やっぱヒマなんだろうな。

 ちなみに、フェイスブックには関心が薄いらしく、アカウントはあるけど、記事なんてひとっつもない。プロフィール・フォトなんて、『Western Skies』のジャケ写をそのまま使ってるくらいだから、もう10年くらい放置したまんまである。もうちょっとやる気出してもいいんじゃないかと、余計な心配までしてしまう。
 先日レビューしたBetty Wright や、あのKeith Richardsでさえ、いまは独自のアカウントを持っており、「あそこへ行った」「あいつに会った」など、他愛のない日常をつぶやいたりしている。生み出す音楽と直接関係はないけど、「あぁ、こんなことやってるんだなぁ」という近況が伝わってくるのは、俺的には素直にうれしい。
 ネット普及以前と比べて、ファンとの距離感が格段に近くなったおかげで、「謎の存在感」や「カリスマ性」を演出しづらくなった弊害は、確かにある。ここまで情報があふれまくる現代社会になっちゃうと、昔のような情報統制は不可能に近い。
 カリスマティックなスターは生まれづらくなったけど、まぁRoddy には関係のない話である。もともとカリスマ性とは縁遠いキャラだしね。

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 そんな活動状況ではあるけれど、良く言えば、周囲に振り回されない、マイペースな仕事ぶりである。『Dreamland』のレビューでも書いたけど、何も無理に定期的なリリース・ペースを守らなくてもいいのだ。良い曲を少しずつ、良質の珈琲を落とすように、曲ができるのをじっくり待てばよい。無理やり絞り出したって、いいモノはできないし、それはRoddy本人が一番よくわかっているはずだ。
 アルバムごとに違うサウンドを指向していたバンド時代を経て、今のRoddyに迷いはない。もう、包装やデコレーションで飾り立てる時期は過ぎてしまったのだ。
 変化すること、留まらないことが、Aztec Cameraのアイデンティティのひとつだった時代は、確かにあった。ブラコン風だギター・ポップだAORだ、様々なスタイルを試しては捨てて来たけれど、結局、最後まで変わらなかったのは、アコギを中心に静かに奏でられるシンプルな歌だった。
 どれだけ意匠を変えたとしても、その根幹は失われず、最初からそのまんまだったのだ。

 『Seven Dials』には、初期のネオアコ期を連想させるタイトルの楽曲も収録されている。こういったセンチメンタルに流されがちな曲も、ここでは程よい情感で歌っている。
 50を過ぎて、そろそろ人生的には最終コーナー、ちょっと振り返るにはいい頃合いだ。決して数は多くないけれど、長く応援してくれる熱心なファンを生み出したキャリアは、恥ずかしいものではない。だから、ちょっと歩みを止めたって、誰も何も言えるはずがない。
 4年前、デビュー作『High Land, Hard Rain』リリースから30周年を迎え、Roddy はファンのために、3回の全曲再現ライブを行なった。アニバーサリー的なイベントとは縁がない人だと思っていたけど、それだけ待っててくれる人がいた。そういうことだ。

 だからRoddy、あともう一回くらい、日本に来てくれないかな?
 みんな、優しく迎えてくれるよ、きっと。



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1. White Pony
 大人しいオープング。またアコギだけかよ、と思ってたら、すぐバンド・セットが入ってきて、印象が変わった。直球勝負のメロディックなバラードに、控えめながら力強いバッキングとの相性は抜群。現在のRoddyの作風にフィットした、程よく抑制されたサウンド・プロダクション。

2. Postcard
 タイトル通り、イントロから往年のネオアコっぽいアレンジに、ファンは狂喜したのだった。キャリアのスタートとなったシングル「Just Like Gold」をリリースしたポストカード・レーベルのことを直接歌っているわけではないけど、当時のキラキラした躍動感が伝わってくる。懐メロとしてではなく、今の等身大の言葉と声で、Roddyは歌う。そう、まだ老いるには若すぎるのだ、体も心も。



3. Into The Sun
 『Stray』期を彷彿とさせる、大人のギター・ポップ・チューン。しかし、声が衰えてないよな。ギターだって、ちゃんとラウドなプレイだってできるはずなのに、自分の楽曲に合わないとなれば、きちんと抑えたプレイでまとめちゃうし。あくまで歌とメロディが優先なのだ。そこに至るまで、ここまでかかっちゃったけど。

4. Rear View Mirror
 ちょっとジャジーなギターから始まるシックなバラード。いろんなサウンドに手をつけてきただけあって、レパートリーの幅が広いのも、この人の強みである。二流のシンガー・ソングライターなら、こういった抑揚の少ないバラードだったら退屈で最後まで聴き通せないのだけど、飽きさせないところは熟練の技なのか。リズム・セクションによる中盤の静かなインタープレイに、ちょっとオッとなってしまう。

5. In Orbit
 Elton Johnみたいなオープニングから、徐々に熱を帯びてくる、壮大なスケール感を持つポップ・バラード。Aztec時代なら、もっとコッテリしたアレンジにしていたんだろうけど、シンプルなバンドセットが逆に、Roddyのヴォーカルの存在感を引き立たせている。
やっぱりこの人は、メロディと声で成立しちゃうんだよな。重厚なサウンドだと、それらが全部埋もれちゃう。

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6. Forty Days Of Rain
 ここでいきなりハーモニカが来るとは思わなかった。軽快なネオアコ・サウンドをバックに、ちょっとスカしたクール・ガイといった体で歌うRoddy。いや全然衰えてないわ、この人。人生折り返しちゃったんで、急に覚醒しちゃったのかな。このスタイルなら年齢的にも無理がないんだから、もっと外に出て、世に広めちゃえばいいのに。まぁ、静かな生活を望んでいるのかな。

7. English Garden
 ちょっとクール・ダウンするバラード。最初に聴いた印象が、「あれ、歌うまくなってね?」。もともとヴォーカルに関しては一定の評価はあったけど、ここに来て熟成された深みを増してきている。ソロになってからのRoddyは、ダウナーな楽曲が多く、そんな心境が声の質感にも反映されていた。そして、『Seven Dials』で聴かれるヴォーカルは、どの曲調においても前向きな姿勢が顕著となっている。これは、以前のソロ・セット主体のアンサンブルから、バンド・セットに移行した影響が大きいんじゃないかと思われる。
 
8. On The Waves
 無理を感じさせない若さ、ネオアコの枠ではなく、新たなRoddy オリジナルを作るんだ、という気概を感じさせるパワー・ポップ。80年代サウンドをこよなく愛する者なら、ほとんどの人が気にいるはず。重苦しくなく、程よく軽くて口ずさみやすく、丁寧に作られたメロディ・ライン。そんな曲。



9. The Other Side
 アコギを主体とした、前向きな視線のポップ・バラード。久々にロック・スタイルのギター・ソロが聴けるのがポイント。楽曲の芯の強さが、繊細なサスティンよりも、荒ぶるラウドな音を求めた、ということなのだろう。
 こういった楽曲を再び書けるようになるまで、大きく回り道をした。
 でも、まだ遅くはない。

10. From A Train
 ラストは繊細に、流麗なアルペジオを使った弾き語り。『Surf』はこんな曲調ばっかりだったため、さすがに食傷気味だったけど、最後のシメとしてはちょうどいい塩梅。
 どの曲も共通して、3分台でまとめているので、しつこいイントロ・アウトロは極力排除されている。混じり気のない、Roddyの「今」が過不足なく真空パックされている。






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忖度の加減ってむずかしい。 - Aztec Camera 『Dreamland』

folder 1993年にリリースされた5枚目のオリジナル・アルバム。UK最高21位という、何とも微妙なセールスで終わってしまった作品である。まぁ最大の売りが「世界のサカモトがプロデュース!」っていうくらいだもの。多分、どっちのファンにもアピールしなさそうなセールス・ポイントである。地味な作品なので、これくらいしかなかったんだろうな。
 もともと教授のファンだったRoddyからのオファーにより、ちょうどタイミングが合ったことで、コラボレーションが実現した。したのだけれど、2人でデュエットしてるわけでもなく、迫真のインタープレイが火花を散らしたって感じではもちろんない。2人とも、そんなアグレッシブな作風じゃないし。

 この時期の教授は、今となっては伝説のレーベルになってしまった「ヴァージン・ジャパン」に所属していた頃である。わかりやすく言っちゃえば、最もワールドワイドに活動しており、現在の大御所ピアノ・コンチェルト中心のサウンドではなく、グローバルなポップのフィールドに接近していた時期である。
 文科系が無理してクラブデビューするかのごとく、ロジカルに予習したリズム感とノウハウでもって、ハウス・ビートをねじ伏せようと奮起した意欲作「Heartbeat」は、頭でっかちな場違い感が漂ってきて、ユーザーにとっても教授にとっても、ちょっとこそばゆくなってくる作品だった。
 そういった実験作とは対照的に、同時進行でバルセロナ五輪の開会式テーマの作曲と指揮、ある意味黒歴史だったYMO再生という巨大プロジェクトを成し遂げている。さらにさらに、単発的なコラボとして、Arto LindsayやBill LaswellといったNYアンダーグラウンド勢との親交も深めているのだから、支離滅裂な活躍ぶりである。
 「戦メリ」以降、国内での活動が多く、ちょっと鳴りを潜めていた教授のグローバル展開は、「ラスト・エンペラー」でのアカデミー賞受賞によって注目を集めた。世界中の有名無名アーティストからのオファーが殺到し、いわゆる「世界のサカモト」というブランディングが確立された時期である。

Ryuichi&Roddy

 そんな教授が、事前にどれだけRoddyの存在を知っていたかは疑問だし、当時のポジションから見て、もっと大物からのオファーも入っていたと思われる。なのに、それがどうしてUKローカルのポップアーティスト(悪意はないよ、教授と比べると、事実そんなポジションだし)とのコラボを選んだのか。
 思えば過去にも、YMO人気がピークだった頃、なぜか当時インディーズのフリクションやphewのプロデュースに手を出しているくらいなので、そう考えると不思議ではない。恐らく、「メジャーとマイナーとの間を自由に行き来する、カッコいいオレ」が好きなのだろう。多分、『No New York』をプロデュースしたBryan Enoが頭にあったんじゃないかと思われる。
 Enoか。途端に胡散臭く見えてきちゃったな。

 レコーディング作業における、教授からの具体的なアドバイスがどれだけあったのかは不明だけど、Roddyからすれば、憧れのサカモトがブースにいるだけで充分満足しちゃっていただろうし、リスペクト感の方が勝ってしまい、かしこまった感じになってしまうのは致し方ない。
 そんな「ちゃんとしなくちゃ」感が強く出て、『Dreamland』は大人の90年代AORサウンドで統一されている。「バラエティに富んだ」というより、「とっ散らかった」印象の強い前作『Stray』から一転して、アルバムとしてのトータリティは強固となった。
 センチメンタルな淡い色彩を思わせるRoddyのメロディとヴォーカルを、最も素直な形で表現するメソッドとして、ここに収められた楽曲はマイルドに、仕事帰りのビジネスマンがカーステレオで流しても違和感のないサウンド・プロダクションで統一された。結果、ピークレベルを超えるディストーションや、偶発性を含んだニューウェイヴ要素は一掃された。
 きちんと整えられたサウンドは、隙がない。アラが見えない分、引っかかりもない。右から左へ流れてしまっても気づかないので、言葉も残らない。
 サウンドは落ち着いたトーンで統一され、しっかりまとまっている。
 でも、この時Roddy29歳。老成するには、まだ早すぎる。

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 経歴の浅い新人アーティストでもないので、教授自身があれこれ手を焼く必要もなく、『Dreamland』はほぼRoddy主導でレコーディングされている。UKバークシャーにある、18世紀に建てられた赤レンガ造りのスタジオで、Roddyはデモテープを作製、その後、ニューヨークのスタジオで教授と合流した。
 本レコーディングは4週間かけられたけど、下準備に充分時間をかけられた分、骨格は練り上げられており、教授が手を貸す余地はあまり残されてなかった。なので、教授のパーソナリティが強く出ているわけではない。
 「教授とコラボしたら、こんな感じになるんだろうな」というRoddyのシミュレーションのもと、できあがったのは大人びた、ていうか不必要に背伸びしすぎたサウンドだった。
 破綻はない。でも、教授ならではのプラスアルファがあるかと言えば、そんなんでもない。
 「お手を煩わせないように」といった忖度のもと、きちんと整えた楽曲を書いてデモを作り、万全の態勢でスタジオに来ていただく。多忙だった教授もまた、ザッとデモテイクを聴いてみる。
 「うん、まぁこれでイイんじゃない?好きにやるのが一番だよ」とか言いながら。
 時々、思いもよらぬ突拍子もないアイディアを、思いつきでつぶやく。「ここでスパニッシュっぽいギター入れたら?きみ弾ける?」てな感じで。
 金言をいただいて、さらに張り切るRoddy 。アーティストを奮起させたのだから、プロデューサーとしての責務は果たしている。アーティストにとって、一番の理解者でなkればならない。
 でも、極端なダメ出しやリテイクを命じることはない。だって、そこまで彼の音楽に関心がないんだもの。

Aztec+Camera+Spanish+Horses+-+Part+1-49106

 教授とRoddyとでは、ジャンルがまったく違うので、音楽的センスの優劣は計れないけど、少なくともこれまでの実績を比較すれば、その差は歴然としている。このポジションの差異が、良い方向へ向けば有機的な化学反応として結実するのだけど、ここでRoddyが教授に忖度し過ぎたことによって、目に見えた結果は残せなかった。できあがったのは、「肩ひじ張った自然体」のAORサウンドだった。
 そこに教授のオリジナリティが表れているかといえば、全然そんなこともない。「あぁRoddyも大人になって、落ち着いたサウンドを指向するようになったんだねぇ」といった程度の印象だ。
 有能なアーティスト同士がコラボしても、そこに腹を割った意思の疎通と衝突がなければ、どっちつかずの無難な結果に落ち着いてしまう。1+1が必ずしも2にはなるとは限らないのだ。変に譲りあって、2にも及ばない場合の方がずっと多い。

 別の見方をすれば、もし教授じゃなかったとしても、Aztec Cameraのコンテンポラリー・サウンド化への傾倒は、避けられなかったんじゃないかと思われる。『Dreamland』には、いわゆるロック・アレンジの楽曲は収められておらず、その後も激しいディストーションや、強いバスドラの響きを聴くことはなくなった。
 これ以降の彼が書く楽曲から、青年期の迷いは見られなくなる。あるのは中年に差し掛かった、「かつて熱き想いを秘めた青年だった」一人の男の日常である。
 そんな日常に、非日常な歪みは必要ない。もっと身の丈に合った落ち着いた音、耳に馴染みやすく、しっとり手頃なアコースティックの響きを、メロディは希求した。
 そんな経緯をたどって、Roddyの迷走期は終わる。ここにたどり着くまで、いろいろ寄り道はしたけれど、教授という触媒を契機として、どうにか自分のスタイルを手に入れることはできた。
 キャリアを通して、一生自分のスタイルを手に入れられずに終わるアーティストも多い中、彼はまだ幸せだ。

 いまだ「ネオアコ」という括りでしか語られることのないAztec Cameraという制約を捨てて、Roddy Frameというただの一個人として、時々自分の身の丈に合った歌を、ごく親しい友人たちへ語りかけるかのように歌う。
 それはひどくこじんまりとした空間ではあるけれど、でもそれが彼の選択だったのだ。そんな彼を、誰もとやかく言うことはできない。
 焦らずじっくり、マイペースに。美味いコーヒーを落とすかのように。



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1. Birds
 3枚目のシングルとしてリリースされ、チャートインはせず。1年以上経ってからのシングル・カットだから、それもまぁ当たり前か。
 教授からインスピレーションを得て作られた打ち込みのバッキングは、ずっと聴いてても気持ちいい。案外複雑に練られたリズムをベースに、効果的に絡むRoddyのソフトなギターソロ。ここでのRoddyの声に迷いは見られない。シンセ主体ではあるけれど、どんな可能性をも受け止めるサウンドに支えられ、しっかり足を据えたヴォーカルを聴かせている。

2. Safe in Sorrow
 これまでだったら、もっとテンポを速くしたパワー・ポップ的なアレンジでまとめたのだろうけど、ここでは立ち上がらずに腰を落ち着け、ゆったりしたポップ・バラードに仕上げている。でも足ではせわしなくリズムを刻んでいる。そんな感じの若さが垣間見える歌。後半の女性コーラスは『Love』っぽい。そっちに入ってても違和感ないな。

3. Black Lucia
 ライブで取り上げられることも多い、日本のファンの間でも人気の高いロッカバラード。でもシングルにはなってなんだよな。今回調べてみて、初めて知った事実。
 Roddyのギター・プレイは定評のあるところだけど、その魅力のひとつに「弾きすぎない」点が大きなウェイトを占めている。これ以上長いとしつこ過ぎるところまで行かず、ちょっと長めのオブリガード程度のサイズに効果的に収めてしまうところが、センスの良さを思わせる。ここでもそのセンスは発揮されている。



4. Let Your Love Decide
 眠くなるほど心地よいバラード。ほんとに眠っちゃうわけじゃないけど、ゆったりした16ビートをベースとして、アダルティなホーンと軽くサスティンのかかったギターで彩られると、そこにあるのは微睡みの世界。終盤のストリングスがとどめを刺す
 
5. Spanish Horses
 第1弾シングルというより、ここから教授とのコラボが始まった記念すべき楽曲。まだ『Dreamland』のコンセプトが固まる前にレコーディングされているので、まったり感は少ない。4.でかなり微睡んでしまうので、アタック音の強いスパニッシュ・ギターは効果的である。こういったプレイもできるんだ、ということでリリース当時、ちょっと話題になった。UK最高52位。



6. Dream Sweet Dreams
 あまり教授の影響を感じさせないパワー・ポップ・チューン。アルバム・リリースとほぼ同時にシングル・カットされ、UK最高67位。あれ、「Spanish Horses」よりランク低かったんだな。リード・トラックとしてはパンチが弱かったのか。間奏では、ロック寄りのギターソロが聴けるけど、こういったのはこれが最後になる。

7. Pianos and Clocks
 タイトル通り、ピアノと時計の秒針の響き、それにアコギ。このアレンジは教授へのリスペクトが窺える。多分、教授ならここまでベタなアレンジを提案しないだろう。マイナーで統一されたメロディは、過剰にならない程度のセンチメンタルを喚起させる。もうちょっと楽器を増やせば彩りが華やかになるけど、そうするとメロディの良さが薄まってしまう。さじ加減の微妙なところだな。

8. Sister Ann
 そのさじ加減がうまく行ってるのが、この曲。単調なAメロによって、サビの「Sister Ann」が引き立っている。ピアノのユニゾンと女性コーラスがサウンドを引き締めており、きちんとまとまったポップ・ソングになっている。こっちをシングルにしてもよかったのに。

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9. Vertigo
 多くの洋楽リスナーがこのタイトルで真っ先に思い浮かべるのがU2だと思うけど、俺もそう。まぁタイプはまったく違うけど。
リズム・エフェクトに教授の影がちらほら。後半に進むにつれての盛り上がりは、迷走期を思わせる。でもヴォーカルはそこまで浮かれていない。あくまで枠の中に収めようとしている。

10. Valium Summer
 「バリウムの夏」というタイトルが何を暗示しているのか、いろいろ調べてみたけど結局わからなかった。ただ単に「V・A・L・I・U・M」って語呂が良くて歌いたかっただけなのか。教えて英語に詳しい人。
 アレンジは相当に凝っており、特に中盤のピアノ・ソロは、ポップのフィールドにいるだけでは思いつかないフレーズが頻発している。ちょっとネオアコ期を彷彿させるギターの音色も効果的。

11. The Belle of the Ball
 恐らく35歳以上には、最も知名度の高いAztec Cameraナンバー。TBSで放送していた「ガチンコ」内コーナー「ガチンコ・ファイトクラブ」で使用されていたことによって、曲名は知らないけど聴いたことがある人は多い。
 ストレート直球勝負のアレンジと、徐々に熱を帯びるRoddyのヴォーカル、ほどよく抑制されたバンド・アンサンブルは、悩み苦しみ葛藤する若者の背中越しを経て、効果的にシーンを「演出」した。楽曲自体に罪はないけど、いい意味でも悪い意味でも、「感動」を盛り立て過ぎちゃったことは事実である。





 
 ほんとはここで終わるはずだったのだけど、Roddyの近況についても書いたので、次回へ続く。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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