好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop

ロディ・フレーム殿、至急連絡乞う。 - Roddy Frame 『Seven Dials』

folder Aztec Camera 『Dreamland』からの続き。ほんとはこっちを先に書いていたのだけど、だんだん方向性がずれた上、ズルズル長くなってしまったので、えぇいっ!と半分にぶった切った。
 前回レビューとの関連性は薄いので、続きも何もない。まぁいつも通り、通常運転で。

 前作『Western Skies』から8年ぶり、Roddy Frameは2014年に待望のソロ・アルバム『Seven Dials』をリリースした。その間にも、単発的なライブや盟友Edwyn Collinsとのコラボで名前が出たりしていたけど、ついぞ本格的なソロ活動に入る様子は見られなかった。
 一時は音楽業界への不信感が募って、音楽活動そのものに距離を置いていた期間もあったらしい。Aztec Cameraとしては、最後のアルバムになった『Frestonia』を最後にワーナーと契約終了、ソロに転じてからはインディーに活動の場を移したRoddy。前回レビューの『Dreamland』が予想していたほどは売れなかったこと、また、それに伴うはずのプロモーション体制が貧弱だったことから、メジャーへの不信感というしこりが残ったのだろう。
 これまでの実績から鑑みて、優雅な印税生活ができるほどのポジションではないため、どうやって食ってんだろう、と余計な心配までしてしまう。副業があるのか奥さんが稼いでいるのか、はたまた金持ちのボンボンなのか、などなど。
 そこまで悠々自適でなかったことは、急速に老け込んだ風貌から察せられる。かつてはゆで卵の殻をツルンと剥いたような、苦労知らずのルックスだったというのに。ここに来て、やっと外見が年齢に追いついたといった感じ。

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 Edwyn Collins人脈のプロデューサーSebastian Lewsleyを迎え、ほぼ2人だけで作ったと思われるサウンド・プロダクションは、お世辞にも華やかなものではなく、どうひいき目に見たって、バカ売れする要素は見当たらない。
 実際、セールスも地味だったのだけど、まぁ生きてくれてるだけで十分、まだ歌ってくれてる分だけいいじゃないの、という事で、おおむね往年のファンからは歓迎された。
 『Surf』、『Western Skies』と、今世紀に入ってからの作品がどれもシンプルっていうか、簡素なアコースティック・スタイルが主体だったため、今回もまた地味〜なアルバムなんだろうな、と誰もが思っていたところ、案外、ちゃんとしたバンド・スタイルだったことも、好評の要因だった。あら、まだやれるじゃないの。
 さすがのRoddyも50を過ぎているため、高らかに伸びのあった往年のアルト・ヴォイスは失われているけど、老いを自覚した上での、無理のないキー設定やシンプルなリズム・アレンジは、今の身の丈にちょうど合っていると思う。

 ただ、今のRoddy、ツアーだテレビ主演だレコーディングだ、話題に何かと事欠かなかった80年代のプチ全盛期に比べ、今世紀に入ってからは、サウンドも活動ペースもすっかり地味になっちゃったことは否定できない。地元を中心に地道なソロ・ツアーでもやっててくれてるんならまだしも、まったく音沙汰すらない始末。
 たまに音信不通になっちゃうアーティストとして、俺的に思い浮かぶのが、Roddyとほぼ同世代のPaddy McAloon。奴も同じ臭いがする。ただPaddyと違ってRoddy、アルバム・リリース後にはきちんと人前に出て、ライブをやってる分だけ、まだマシである。
 おいPaddy 、YouTube に新曲「America」アップしてからしばらく経つけど、あれから何も音沙汰ねぇじゃねぇか何やってんだ。まぁ待っちゃうんだけどさ。
 で、そんなPaddyとは絡むこともなく、Roddy はアルバム・リリース後、2014年から2年越しで、イギリス国内とEUを中心に、小さな会場を回った。以前よりちょっとくたびれた風貌にはなっちゃったけど、まぁ取りあえず生きている。アルバムもパフォーマンスも、ささやかではあったけれど好評を得た。

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 -で、あれから2年。
 また音沙汰がなくなってしまったRoddyであった。Paddy とやってること変わんねぇの。
 日本では、すっかりマイナーな存在になので、待っていても情報は入ってこない。なので、Twitterとフェイスブックのアカウントが残っていたので、久し振りに覗いてみた。
 ツアーが終わったら、すっかりやる気なくなっちゃったのか、2年前を最後にツイートは止まっていた。ただ、しょっちゅうスマホは使っているのか、今年の8月、名古屋のインターFMの番組セットリストにAztec Cameraがリストアップされていたらしく、その記事に「イイね」をつけている。
 そんな極東のローカルFMまでチェックしているのかよ。やっぱヒマなんだろうな。

 ちなみに、フェイスブックには関心が薄いらしく、アカウントはあるけど、記事なんてひとっつもない。プロフィール・フォトなんて、『Western Skies』のジャケ写をそのまま使ってるくらいだから、もう10年くらい放置したまんまである。もうちょっとやる気出してもいいんじゃないかと、余計な心配までしてしまう。
 先日レビューしたBetty Wright や、あのKeith Richardsでさえ、いまは独自のアカウントを持っており、「あそこへ行った」「あいつに会った」など、他愛のない日常をつぶやいたりしている。生み出す音楽と直接関係はないけど、「あぁ、こんなことやってるんだなぁ」という近況が伝わってくるのは、俺的には素直にうれしい。
 ネット普及以前と比べて、ファンとの距離感が格段に近くなったおかげで、「謎の存在感」や「カリスマ性」を演出しづらくなった弊害は、確かにある。ここまで情報があふれまくる現代社会になっちゃうと、昔のような情報統制は不可能に近い。
 カリスマティックなスターは生まれづらくなったけど、まぁRoddy には関係のない話である。もともとカリスマ性とは縁遠いキャラだしね。

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 そんな活動状況ではあるけれど、良く言えば、周囲に振り回されない、マイペースな仕事ぶりである。『Dreamland』のレビューでも書いたけど、何も無理に定期的なリリース・ペースを守らなくてもいいのだ。良い曲を少しずつ、良質の珈琲を落とすように、曲ができるのをじっくり待てばよい。無理やり絞り出したって、いいモノはできないし、それはRoddy本人が一番よくわかっているはずだ。
 アルバムごとに違うサウンドを指向していたバンド時代を経て、今のRoddyに迷いはない。もう、包装やデコレーションで飾り立てる時期は過ぎてしまったのだ。
 変化すること、留まらないことが、Aztec Cameraのアイデンティティのひとつだった時代は、確かにあった。ブラコン風だギター・ポップだAORだ、様々なスタイルを試しては捨てて来たけれど、結局、最後まで変わらなかったのは、アコギを中心に静かに奏でられるシンプルな歌だった。
 どれだけ意匠を変えたとしても、その根幹は失われず、最初からそのまんまだったのだ。

 『Seven Dials』には、初期のネオアコ期を連想させるタイトルの楽曲も収録されている。こういったセンチメンタルに流されがちな曲も、ここでは程よい情感で歌っている。
 50を過ぎて、そろそろ人生的には最終コーナー、ちょっと振り返るにはいい頃合いだ。決して数は多くないけれど、長く応援してくれる熱心なファンを生み出したキャリアは、恥ずかしいものではない。だから、ちょっと歩みを止めたって、誰も何も言えるはずがない。
 4年前、デビュー作『High Land, Hard Rain』リリースから30周年を迎え、Roddy はファンのために、3回の全曲再現ライブを行なった。アニバーサリー的なイベントとは縁がない人だと思っていたけど、それだけ待っててくれる人がいた。そういうことだ。

 だからRoddy、あともう一回くらい、日本に来てくれないかな?
 みんな、優しく迎えてくれるよ、きっと。



Seven Dials
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Roddy Frame
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1. White Pony
 大人しいオープング。またアコギだけかよ、と思ってたら、すぐバンド・セットが入ってきて、印象が変わった。直球勝負のメロディックなバラードに、控えめながら力強いバッキングとの相性は抜群。現在のRoddyの作風にフィットした、程よく抑制されたサウンド・プロダクション。

2. Postcard
 タイトル通り、イントロから往年のネオアコっぽいアレンジに、ファンは狂喜したのだった。キャリアのスタートとなったシングル「Just Like Gold」をリリースしたポストカード・レーベルのことを直接歌っているわけではないけど、当時のキラキラした躍動感が伝わってくる。懐メロとしてではなく、今の等身大の言葉と声で、Roddyは歌う。そう、まだ老いるには若すぎるのだ、体も心も。



3. Into The Sun
 『Stray』期を彷彿とさせる、大人のギター・ポップ・チューン。しかし、声が衰えてないよな。ギターだって、ちゃんとラウドなプレイだってできるはずなのに、自分の楽曲に合わないとなれば、きちんと抑えたプレイでまとめちゃうし。あくまで歌とメロディが優先なのだ。そこに至るまで、ここまでかかっちゃったけど。

4. Rear View Mirror
 ちょっとジャジーなギターから始まるシックなバラード。いろんなサウンドに手をつけてきただけあって、レパートリーの幅が広いのも、この人の強みである。二流のシンガー・ソングライターなら、こういった抑揚の少ないバラードだったら退屈で最後まで聴き通せないのだけど、飽きさせないところは熟練の技なのか。リズム・セクションによる中盤の静かなインタープレイに、ちょっとオッとなってしまう。

5. In Orbit
 Elton Johnみたいなオープニングから、徐々に熱を帯びてくる、壮大なスケール感を持つポップ・バラード。Aztec時代なら、もっとコッテリしたアレンジにしていたんだろうけど、シンプルなバンドセットが逆に、Roddyのヴォーカルの存在感を引き立たせている。
やっぱりこの人は、メロディと声で成立しちゃうんだよな。重厚なサウンドだと、それらが全部埋もれちゃう。

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6. Forty Days Of Rain
 ここでいきなりハーモニカが来るとは思わなかった。軽快なネオアコ・サウンドをバックに、ちょっとスカしたクール・ガイといった体で歌うRoddy。いや全然衰えてないわ、この人。人生折り返しちゃったんで、急に覚醒しちゃったのかな。このスタイルなら年齢的にも無理がないんだから、もっと外に出て、世に広めちゃえばいいのに。まぁ、静かな生活を望んでいるのかな。

7. English Garden
 ちょっとクール・ダウンするバラード。最初に聴いた印象が、「あれ、歌うまくなってね?」。もともとヴォーカルに関しては一定の評価はあったけど、ここに来て熟成された深みを増してきている。ソロになってからのRoddyは、ダウナーな楽曲が多く、そんな心境が声の質感にも反映されていた。そして、『Seven Dials』で聴かれるヴォーカルは、どの曲調においても前向きな姿勢が顕著となっている。これは、以前のソロ・セット主体のアンサンブルから、バンド・セットに移行した影響が大きいんじゃないかと思われる。
 
8. On The Waves
 無理を感じさせない若さ、ネオアコの枠ではなく、新たなRoddy オリジナルを作るんだ、という気概を感じさせるパワー・ポップ。80年代サウンドをこよなく愛する者なら、ほとんどの人が気にいるはず。重苦しくなく、程よく軽くて口ずさみやすく、丁寧に作られたメロディ・ライン。そんな曲。



9. The Other Side
 アコギを主体とした、前向きな視線のポップ・バラード。久々にロック・スタイルのギター・ソロが聴けるのがポイント。楽曲の芯の強さが、繊細なサスティンよりも、荒ぶるラウドな音を求めた、ということなのだろう。
 こういった楽曲を再び書けるようになるまで、大きく回り道をした。
 でも、まだ遅くはない。

10. From A Train
 ラストは繊細に、流麗なアルペジオを使った弾き語り。『Surf』はこんな曲調ばっかりだったため、さすがに食傷気味だったけど、最後のシメとしてはちょうどいい塩梅。
 どの曲も共通して、3分台でまとめているので、しつこいイントロ・アウトロは極力排除されている。混じり気のない、Roddyの「今」が過不足なく真空パックされている。






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忖度の加減ってむずかしい。 - Aztec Camera 『Dreamland』

folder 1993年にリリースされた5枚目のオリジナル・アルバム。UK最高21位という、何とも微妙なセールスで終わってしまった作品である。まぁ最大の売りが「世界のサカモトがプロデュース!」っていうくらいだもの。多分、どっちのファンにもアピールしなさそうなセールス・ポイントである。地味な作品なので、これくらいしかなかったんだろうな。
 もともと教授のファンだったRoddyからのオファーにより、ちょうどタイミングが合ったことで、コラボレーションが実現した。したのだけれど、2人でデュエットしてるわけでもなく、迫真のインタープレイが火花を散らしたって感じではもちろんない。2人とも、そんなアグレッシブな作風じゃないし。

 この時期の教授は、今となっては伝説のレーベルになってしまった「ヴァージン・ジャパン」に所属していた頃である。わかりやすく言っちゃえば、最もワールドワイドに活動しており、現在の大御所ピアノ・コンチェルト中心のサウンドではなく、グローバルなポップのフィールドに接近していた時期である。
 文科系が無理してクラブデビューするかのごとく、ロジカルに予習したリズム感とノウハウでもって、ハウス・ビートをねじ伏せようと奮起した意欲作「Heartbeat」は、頭でっかちな場違い感が漂ってきて、ユーザーにとっても教授にとっても、ちょっとこそばゆくなってくる作品だった。
 そういった実験作とは対照的に、同時進行でバルセロナ五輪の開会式テーマの作曲と指揮、ある意味黒歴史だったYMO再生という巨大プロジェクトを成し遂げている。さらにさらに、単発的なコラボとして、Arto LindsayやBill LaswellといったNYアンダーグラウンド勢との親交も深めているのだから、支離滅裂な活躍ぶりである。
 「戦メリ」以降、国内での活動が多く、ちょっと鳴りを潜めていた教授のグローバル展開は、「ラスト・エンペラー」でのアカデミー賞受賞によって注目を集めた。世界中の有名無名アーティストからのオファーが殺到し、いわゆる「世界のサカモト」というブランディングが確立された時期である。

Ryuichi&Roddy

 そんな教授が、事前にどれだけRoddyの存在を知っていたかは疑問だし、当時のポジションから見て、もっと大物からのオファーも入っていたと思われる。なのに、それがどうしてUKローカルのポップアーティスト(悪意はないよ、教授と比べると、事実そんなポジションだし)とのコラボを選んだのか。
 思えば過去にも、YMO人気がピークだった頃、なぜか当時インディーズのフリクションやphewのプロデュースに手を出しているくらいなので、そう考えると不思議ではない。恐らく、「メジャーとマイナーとの間を自由に行き来する、カッコいいオレ」が好きなのだろう。多分、『No New York』をプロデュースしたBryan Enoが頭にあったんじゃないかと思われる。
 Enoか。途端に胡散臭く見えてきちゃったな。

 レコーディング作業における、教授からの具体的なアドバイスがどれだけあったのかは不明だけど、Roddyからすれば、憧れのサカモトがブースにいるだけで充分満足しちゃっていただろうし、リスペクト感の方が勝ってしまい、かしこまった感じになってしまうのは致し方ない。
 そんな「ちゃんとしなくちゃ」感が強く出て、『Dreamland』は大人の90年代AORサウンドで統一されている。「バラエティに富んだ」というより、「とっ散らかった」印象の強い前作『Stray』から一転して、アルバムとしてのトータリティは強固となった。
 センチメンタルな淡い色彩を思わせるRoddyのメロディとヴォーカルを、最も素直な形で表現するメソッドとして、ここに収められた楽曲はマイルドに、仕事帰りのビジネスマンがカーステレオで流しても違和感のないサウンド・プロダクションで統一された。結果、ピークレベルを超えるディストーションや、偶発性を含んだニューウェイヴ要素は一掃された。
 きちんと整えられたサウンドは、隙がない。アラが見えない分、引っかかりもない。右から左へ流れてしまっても気づかないので、言葉も残らない。
 サウンドは落ち着いたトーンで統一され、しっかりまとまっている。
 でも、この時Roddy29歳。老成するには、まだ早すぎる。

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 経歴の浅い新人アーティストでもないので、教授自身があれこれ手を焼く必要もなく、『Dreamland』はほぼRoddy主導でレコーディングされている。UKバークシャーにある、18世紀に建てられた赤レンガ造りのスタジオで、Roddyはデモテープを作製、その後、ニューヨークのスタジオで教授と合流した。
 本レコーディングは4週間かけられたけど、下準備に充分時間をかけられた分、骨格は練り上げられており、教授が手を貸す余地はあまり残されてなかった。なので、教授のパーソナリティが強く出ているわけではない。
 「教授とコラボしたら、こんな感じになるんだろうな」というRoddyのシミュレーションのもと、できあがったのは大人びた、ていうか不必要に背伸びしすぎたサウンドだった。
 破綻はない。でも、教授ならではのプラスアルファがあるかと言えば、そんなんでもない。
 「お手を煩わせないように」といった忖度のもと、きちんと整えた楽曲を書いてデモを作り、万全の態勢でスタジオに来ていただく。多忙だった教授もまた、ザッとデモテイクを聴いてみる。
 「うん、まぁこれでイイんじゃない?好きにやるのが一番だよ」とか言いながら。
 時々、思いもよらぬ突拍子もないアイディアを、思いつきでつぶやく。「ここでスパニッシュっぽいギター入れたら?きみ弾ける?」てな感じで。
 金言をいただいて、さらに張り切るRoddy 。アーティストを奮起させたのだから、プロデューサーとしての責務は果たしている。アーティストにとって、一番の理解者でなkればならない。
 でも、極端なダメ出しやリテイクを命じることはない。だって、そこまで彼の音楽に関心がないんだもの。

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 教授とRoddyとでは、ジャンルがまったく違うので、音楽的センスの優劣は計れないけど、少なくともこれまでの実績を比較すれば、その差は歴然としている。このポジションの差異が、良い方向へ向けば有機的な化学反応として結実するのだけど、ここでRoddyが教授に忖度し過ぎたことによって、目に見えた結果は残せなかった。できあがったのは、「肩ひじ張った自然体」のAORサウンドだった。
 そこに教授のオリジナリティが表れているかといえば、全然そんなこともない。「あぁRoddyも大人になって、落ち着いたサウンドを指向するようになったんだねぇ」といった程度の印象だ。
 有能なアーティスト同士がコラボしても、そこに腹を割った意思の疎通と衝突がなければ、どっちつかずの無難な結果に落ち着いてしまう。1+1が必ずしも2にはなるとは限らないのだ。変に譲りあって、2にも及ばない場合の方がずっと多い。

 別の見方をすれば、もし教授じゃなかったとしても、Aztec Cameraのコンテンポラリー・サウンド化への傾倒は、避けられなかったんじゃないかと思われる。『Dreamland』には、いわゆるロック・アレンジの楽曲は収められておらず、その後も激しいディストーションや、強いバスドラの響きを聴くことはなくなった。
 これ以降の彼が書く楽曲から、青年期の迷いは見られなくなる。あるのは中年に差し掛かった、「かつて熱き想いを秘めた青年だった」一人の男の日常である。
 そんな日常に、非日常な歪みは必要ない。もっと身の丈に合った落ち着いた音、耳に馴染みやすく、しっとり手頃なアコースティックの響きを、メロディは希求した。
 そんな経緯をたどって、Roddyの迷走期は終わる。ここにたどり着くまで、いろいろ寄り道はしたけれど、教授という触媒を契機として、どうにか自分のスタイルを手に入れることはできた。
 キャリアを通して、一生自分のスタイルを手に入れられずに終わるアーティストも多い中、彼はまだ幸せだ。

 いまだ「ネオアコ」という括りでしか語られることのないAztec Cameraという制約を捨てて、Roddy Frameというただの一個人として、時々自分の身の丈に合った歌を、ごく親しい友人たちへ語りかけるかのように歌う。
 それはひどくこじんまりとした空間ではあるけれど、でもそれが彼の選択だったのだ。そんな彼を、誰もとやかく言うことはできない。
 焦らずじっくり、マイペースに。美味いコーヒーを落とすかのように。



Dreamland
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1. Birds
 3枚目のシングルとしてリリースされ、チャートインはせず。1年以上経ってからのシングル・カットだから、それもまぁ当たり前か。
 教授からインスピレーションを得て作られた打ち込みのバッキングは、ずっと聴いてても気持ちいい。案外複雑に練られたリズムをベースに、効果的に絡むRoddyのソフトなギターソロ。ここでのRoddyの声に迷いは見られない。シンセ主体ではあるけれど、どんな可能性をも受け止めるサウンドに支えられ、しっかり足を据えたヴォーカルを聴かせている。

2. Safe in Sorrow
 これまでだったら、もっとテンポを速くしたパワー・ポップ的なアレンジでまとめたのだろうけど、ここでは立ち上がらずに腰を落ち着け、ゆったりしたポップ・バラードに仕上げている。でも足ではせわしなくリズムを刻んでいる。そんな感じの若さが垣間見える歌。後半の女性コーラスは『Love』っぽい。そっちに入ってても違和感ないな。

3. Black Lucia
 ライブで取り上げられることも多い、日本のファンの間でも人気の高いロッカバラード。でもシングルにはなってなんだよな。今回調べてみて、初めて知った事実。
 Roddyのギター・プレイは定評のあるところだけど、その魅力のひとつに「弾きすぎない」点が大きなウェイトを占めている。これ以上長いとしつこ過ぎるところまで行かず、ちょっと長めのオブリガード程度のサイズに効果的に収めてしまうところが、センスの良さを思わせる。ここでもそのセンスは発揮されている。



4. Let Your Love Decide
 眠くなるほど心地よいバラード。ほんとに眠っちゃうわけじゃないけど、ゆったりした16ビートをベースとして、アダルティなホーンと軽くサスティンのかかったギターで彩られると、そこにあるのは微睡みの世界。終盤のストリングスがとどめを刺す
 
5. Spanish Horses
 第1弾シングルというより、ここから教授とのコラボが始まった記念すべき楽曲。まだ『Dreamland』のコンセプトが固まる前にレコーディングされているので、まったり感は少ない。4.でかなり微睡んでしまうので、アタック音の強いスパニッシュ・ギターは効果的である。こういったプレイもできるんだ、ということでリリース当時、ちょっと話題になった。UK最高52位。



6. Dream Sweet Dreams
 あまり教授の影響を感じさせないパワー・ポップ・チューン。アルバム・リリースとほぼ同時にシングル・カットされ、UK最高67位。あれ、「Spanish Horses」よりランク低かったんだな。リード・トラックとしてはパンチが弱かったのか。間奏では、ロック寄りのギターソロが聴けるけど、こういったのはこれが最後になる。

7. Pianos and Clocks
 タイトル通り、ピアノと時計の秒針の響き、それにアコギ。このアレンジは教授へのリスペクトが窺える。多分、教授ならここまでベタなアレンジを提案しないだろう。マイナーで統一されたメロディは、過剰にならない程度のセンチメンタルを喚起させる。もうちょっと楽器を増やせば彩りが華やかになるけど、そうするとメロディの良さが薄まってしまう。さじ加減の微妙なところだな。

8. Sister Ann
 そのさじ加減がうまく行ってるのが、この曲。単調なAメロによって、サビの「Sister Ann」が引き立っている。ピアノのユニゾンと女性コーラスがサウンドを引き締めており、きちんとまとまったポップ・ソングになっている。こっちをシングルにしてもよかったのに。

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9. Vertigo
 多くの洋楽リスナーがこのタイトルで真っ先に思い浮かべるのがU2だと思うけど、俺もそう。まぁタイプはまったく違うけど。
リズム・エフェクトに教授の影がちらほら。後半に進むにつれての盛り上がりは、迷走期を思わせる。でもヴォーカルはそこまで浮かれていない。あくまで枠の中に収めようとしている。

10. Valium Summer
 「バリウムの夏」というタイトルが何を暗示しているのか、いろいろ調べてみたけど結局わからなかった。ただ単に「V・A・L・I・U・M」って語呂が良くて歌いたかっただけなのか。教えて英語に詳しい人。
 アレンジは相当に凝っており、特に中盤のピアノ・ソロは、ポップのフィールドにいるだけでは思いつかないフレーズが頻発している。ちょっとネオアコ期を彷彿させるギターの音色も効果的。

11. The Belle of the Ball
 恐らく35歳以上には、最も知名度の高いAztec Cameraナンバー。TBSで放送していた「ガチンコ」内コーナー「ガチンコ・ファイトクラブ」で使用されていたことによって、曲名は知らないけど聴いたことがある人は多い。
 ストレート直球勝負のアレンジと、徐々に熱を帯びるRoddyのヴォーカル、ほどよく抑制されたバンド・アンサンブルは、悩み苦しみ葛藤する若者の背中越しを経て、効果的にシーンを「演出」した。楽曲自体に罪はないけど、いい意味でも悪い意味でも、「感動」を盛り立て過ぎちゃったことは事実である。





 
 ほんとはここで終わるはずだったのだけど、Roddyの近況についても書いたので、次回へ続く。




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美しい多重エゴの結晶 - Eurythmics 『Savage』

folder 1987年にリリースされた6枚目のオリジナル・アルバム。一般的な人気に火がついた『Be Yourself Tonight』、さらにアリーナ/スタジアム・バンドへの飛躍としてコンテンポラリー・サウンドで固めた『Revenge』と続き、世界的ユニットとしてのポジションを盤石にするのかと思ったら、一転してダークで暴力的な側面を強く打ち出した問題作になっている。
 ライブのダイナミズムを巧みに移植したバンド・アンサンブルや、多彩な豪華ゲストをバッサリ切り捨て、強力なネガティヴの磁場を放つサウンドが主旋律となっている。慈愛的かつポップな躍動感を内包した「There Must be an Angel」を期待した一般ユーザーは、その変貌振りに当惑するしかなかった。なので、UKでのセールスは半減、前作までトップ10には入っていたUSチャートにおいても、最高41位と低迷した。

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 長期に渡る2回の世界ツアーを経て、ちょっと疲れた2人は一旦距離を置き、休養や個人活動へと軸足を移す。いくらビジネスライクな関係とはいえ、元夫婦が始終顔を突き合わせていたわけだから、何かと割り切れないストレスも溜まったのだろう。
 もともとサウンド・プロダクションには不干渉だったAnnie Lenoxは、早速バカンスへ繰り出す。同じくDave Stewartも暫しの休息に入るのだけど、この時期の彼はワーカホリックというか野心が勝っていたというか、バカンスもそこそこに切り上げて、次回作の構想を練り始める。最新型のシンクラヴィアを携え、プログラマー Olle Romoとたった2人、フランスはノルマンディーの古城に設置されたスタジオに篭るのだった。
 ほとんどのベーシック・トラックは、この2人だけで作られた。DaveによるギターとドラマーでもあるOlleの生音以外は、ほぼシンクラヴィアで構成されている。バンド・スタイルでレコーディングされた『Revenge』とは、まったく逆のベクトルを向いている。躍動感やダイナミズムもすべて緻密にシミュレートされたものであり、収録された音のひとつひとつにDaveの思慮が込められている。バンド演奏による偶然性を排除して、自分の頭の中にある音だけを、ひとつひとつ丁寧に配置してゆく作業。やっぱ機材オタクだよな、この人って。



 サウンドの方向性が固まった時点で、レコーディング作業はパリへ移り、ここでAnnieが招集される。多少の打ち合わせはあったのだろうけど、長い年月を共に過ごしたパートナーDaveとの間に、そんなに言葉はいらない。ていうか、もうこの時期になると、ユニットとしての寿命は見えていたと思われる。「話し合わなくても」と「話すことがない」とでは、明らかに違うのだ。
 デモテープやDaveとの言葉少ない対話から、これまでとは明らかに異質、『Revenge』以前とは正反対のサウンドになることは、ある程度予想していたのだろう。ヒットチャート仕様だった『Revenge』とは対極の世界観を、Annieも幻視することになる。
 華やかなエンタテインメントの「光」で隠されていたDaveの内面の「澱」は、ヴァーチャルな疑似バンド・サウンドとして、吐瀉物の如く排出される。同様に抑圧されていたAnnieの「闇」もまた、ここに来て急上昇カーブで覚醒、一気呵成に吐き出される。強迫観念と被害妄想にまみれた言葉、それらは硬い礫のごとく、無造作に強く吐き捨てられる。
 「澱」と「闇」が混在して産み出された「憎悪」。肥大化した悪意は2人の力だけでは表現しきれず、さらなる具現化を希求する。そのために旧知の映像ディレクターSophie Mullerがプロジェクトに呼び出され、『Savage』収録曲すべてのMVを製作するに至る。
 そこまで徹底的に深淵を掘り下げることによって、『Savage』的世界感は円環を描き、完成に至った。



 前述したように、「There Must be an Angel」で確立された、「ポップで力強く、慈愛を放つ」ユニットEurythmics のイメージは、『Savage』によって粉々に打ち砕かれた。ここで彼らが放つサウンドの闇の深さは、一聴すると初期のゴシック調テクノ・ポップを彷彿とさせる。
 中途半端なダンス・ポップ・バンドTourist の解散の経緯を踏まえ、初期Eurythmicsのサウンドは、従来とはまったく正反対、打ち込み主体の無機的なシンセ・ビートは、クレバーなロジックの積み重ねで構成されていた。そのサウンド・コンセプトに呼応して、Man-Machineと化したAnnieは感情を押し殺し、ノン・セクシャルなフェイスを貫いた。ヒットを渇望して、マスへの接近を強調したTourist時代のアンチとして、Eurythmicsは大衆へ媚びない純音楽的ユニットとして誕生したはずだった。だったのだけれど。
 皮肉なことに、単調なシンセのブロックコードを基調とした「Sweet Dreams」がダンス・シーンで好評を期す。ポスト・パンク以降とMTVの隆盛とが複合要因となって、ある種キワモノ的扱いだったAnnieの風貌がまず注目され、次にサウンドが注目された。何がどう転ぶかなんて、誰にもわかったものではない。

 シーケンス主体のゴシック・サウンドという点では、『Savage』も共通している。別の観点からすれば原点回帰と言えるかもしれない。ただ、同じ閉塞性と言っても、知名度の低さゆえフォロワーの少なかったデビュー当時と比べて、一旦はミリオン単位の共感を獲得してからの突然の方針転換は、意味合いが違ってくる。
 地道に築き上げてきたポジションや共感を切り捨てるのは、並大抵の勇気ではおぼつかない。いや、それは勇気ですらない。そこにあるのは、長い間、いびつな形で封じ込められた衝動だ。それは理性で抑えられるものではない。こみ上げてくるものを吐き出さざるを得ないだけなのだ。それを商品の形を成すように取り繕う作業。歪んでいる。
 取り立ててアバンギャルドな構造ではない。きちんとしている。一般流通を前提として作られているので、意味不明なモノではない。
 一応、ポップの意匠に揃えられたサウンドの裏では、通り魔的な問答無用の暴力、それに対峙する弱者の過剰な妄想が、通底音として流れている。
 救いもなければ、先行きも見えない。底の抜けた虚無が、音の塊としてそこにある。
 エゴの洪水、強い徒労感が残る音。音楽に癒しを求めるのなら、このサウンドは明らかにnonだ。



 リリース25周年を期して行なわれたDaveのインタビューを読んでみたのだけど、何だか拍子抜けしてしまう。何でこんなサウンドになっちゃったのか、Dave自身の中できちんと整理できていないのだ。
 レコーディング・プロセス、また技術的なエピソードについては饒舌で、できるだけ真摯に答えようとしているのはすごく伝わってくるのだけど、発言はどうも落としどころが見つかっていない。肝心の動機、whyが伝わってこないのだ。
 ストレスの溜まる長期間ロードに加え、レコーディングオタク気質をこじらせている彼にとって、大衆向けのパワー・ポップの量産とは、クリエイティヴとは相反するものだった。言っちゃえば器用貧乏的な性質のDaveにとって、ニーズに応じたサウンド・プロデュースはお手の物だったけれど、そればっかり求められると、ちょっと違った方向性も試してみたくなるものだ。
 マスとのリンクを辛うじてつなぐ程度のポップ性を残しつつ、強いエゴを反映した『Savage』は、極めて暴力的なコンセプトで彩られた。「共感を得る」とか「ユーザーとの一体感」とは無縁の、極めてパーソナルな音。
 ただ、その怒りの対象が外へ向けてなのか、それとも自身に対してなのか。
 そのぶつける先が曖昧なのだ。



 華麗なヒットメイカーとしてのEurythmics は『Revenge』で終わり、その後の彼らは初期とも中期とも違う、まったく新たな人格を獲得したはずだった。
 この後、さらにダーク・サイドを掘り下げて行くのか、それともここで膿を出し切ったことによって、再度躁的なポップ・ソングへ回帰するのか、はたまたまったく別のベクトルを目指すのか。
 -次回作は何が飛び出してくるかわからない。そんな行き先不明の期待感があったはずなのに。
 彼らが選んだのは、そのどれでもなかった。ポップ・スターとしての膿を出し切った後に残ったのは、パーソナルな個、Ann Lenox とDavid Allan Stewart という2つの一個人だった。個人としての確立を得た2人が混じり合うことはなくなり、音楽のマジックは消えてしまった。

 気の抜けたような『We too are One』。きちんとできている。確かに一人前の大人の仕事だ。
 でも、そこにいるのはEurythmics ではない。DaveとAnnie、2人のソロ・アーティストによって作られた音楽。かつての強い記名性はなく、何となくEurythmics っぽい音楽。
 こうすることでしか、Eurythmics を終わらせることができなかった。『Savage』の製作はそれだけ、互いの身を削る作業だったのだ。
 ユニットとして掘り下げるものは、もうない。なので、ここで終わって正解だったのだろう。



Savage
Savage
posted with amazlet at 17.11.25
RCA Records Label (2011-04-11)





1. Beethoven (I Love to Listen To) 
 先行シングルとしてリリースされ、UK最高25位。なぜかノルウェーやニュージーランドなどスカンジナビア方面ではトップ10に入り、高い評価を受けた。初期のサウンド・プロダクションのフォーマットを使用しながら、構成力は段違い。ポリリズミックなシンセ・ベースがそこはかとない狂気をあおっている。
 PVでは、貞淑で平凡な主婦に扮したAnnieが、狂気に囚われてアイデンティティの崩壊、最後には別人格のディーヴァAnnieに変貌してしまう。どちらが本性なのかは不明だけど、案外グラマラスなAnnieのドレス姿を堪能するのも一興。



2. I've Got a Lover (Back in Japan) 
 以前のアルバムに収録されていたら、もっとバンド・グルーヴを前面に押し出したギター・ロックになっていたのだろうけど、ここではクールな打ち込み主体のサウンドでまとめられている。その分、Annieのヴォーカライズの多様性が引き立っている。
 PVでは基本、ユニセックスなAnnieが主人公なのだけど、合間合間に過去のライブ映像が挿入されている。中には日本公演も。

3. Do You Want to Break Up? 
 サウンドもヴォーカルも、基本は全盛期のEurythmicsそのものだけど、過去の自分たちをなぞっているかのような、作りモノ感が拭えない。もともとまっ正直なポップを演じるのではなく、定石からちょっとポイントをズラしたサウンドを志向していた彼らだけど、ここでは過去の自分たちをもパロディ化した、どこか醒めた目線でのプロダクションである。
 PVを観れば、それは歴然。そのズレ方がハンパないから。1.で登場した主婦Annieが再登場しているけど、もはや貞淑さはない。顔はすっかりディーヴァに侵食されている。
-アルプスの山中を模したセットをバックに、チロリアン音楽隊に囲まれながら、躁的引きつり笑意を浮かべながら歌い踊る主婦Annie。こうして書いてみると、気色悪い映像だな。

4. You Have Placed a Chill in My Heart
 壮大なスケール感で演出された王道ポップ・バラード。このアルバムの中では最もEurythmics「らしい」楽曲でもある。その分、このラインナップの中では浮いており、目立たないのが惜しまれる。4枚目のシングルカットという、付け足しのようなポジションではあるけれど、UK16位まで上昇したのは、やはりこの辺のサウンドにニーズがあったことがわかる。
 サウンド同様、壮大で荒涼とした大地にたたずむユニセックスAnnieから、PVは始まる。場面は変わって、スーパーでやたら洗剤ばかり買い込む主婦Annie、時々ディーヴァAnnieがフラッシュバックのようにインサートされる。3つの顔を持つAnnieそれぞれの顔の中、最もピュアでエモーショナルな感性を持つのは、ユニセックスAnnieである。
 でも、それも本当の顔なのかどうか。



5. Shame
 こういった従来タイプの楽曲を、こんな地味な場所に配置してしまうところが、セールス不振の要因だったんじゃないかと思われる。以前なら確実にシングル候補だったはずだけど、まぁタイトルがタイトルだし。彼らのベクトルは、そういったまっ正直なポップ・ソングではなかった、ということなのだろう。
 PVでは初めてDaveが登場。上半身裸(全裸?)の2人が、ひたすら恋人のように愛しあい抱擁を重ねるだけの内容。映像的には美しい。でも、かつて恋人同士だったことを思えば、それは何だか気持ち良いものではない。そういった皮肉も含めて、自虐的な香りさえ漂う。

6. Savage
 神々しささえ漂う王道バラード。安っぽいストリングスなんか入れず、シンクラヴィアとギターだけでまとめているのはDaveの美学。何でもかんでも弦を入れちゃう安直さとは、一線を画している。
 PVはディーヴァAnnieの美しさが際立っている。堕天使の如く清廉とした表情。これもまた真実のAnnieなのだ。



7. I Need a Man
 3枚目のシングルとしてリリースされ、UK最高26位。でもUSダンス・チャートでは6位まで上昇している。
 ひとことで言っちゃえば、「地下室に幽閉されたサイコパスのマリリン・モンロー」。これに尽きる。アメリカでは最初にシングル・カットされたため、『Savage』といえばこの曲の印象が最も強い。シンプルなロックンロールとダンスのハイブリット、この種の曲はどの時代でも強い。
 限定の輸入盤シングルは金属缶に封入されており、そのプレミア感につられて買ってしまったのが、俺。金がない時に売っちゃったけど、惜しいことをした。持っとけばよかったな。

8. Put the Blame on Me
 ちょっと気だるさの漂うゴシック・ダンス・ポップ。サビも覚えやすいし、ファンキーなバックトラックもカッコいいしで、非の打ちどころのないナンバー。だからさ、なんでこんな地味な配置なの?もったいない。

9. Heaven
 抑制されたシンセ・ビートを主軸とした、構造としては実験的な楽曲。だって、ずっとHeavenとしか歌ってないんだもん。ディーヴァAnnieも肩の力を抜いて、まどろむ様な表情を見せている。主婦Annieが浸食し始めている。もはや人格の境界線は曖昧だ。

EURYTHMICS_I+NEED+A+MAN+-+TIN-4742b

10. Wide Eyed Girl
 初期サウンドに近いものを感じさせながら、サウンドの構成力もヴォーカルの多彩さも、レベルが上がっていることを感じさせる。以前ならバンド・アンサンブルの勢いで押し通していたところを、きちんとシミュレートした上でクライマックスや破綻を演出している。

11. I Need You
 Daveによるアコギのみをバックに、ギミックを使うこともなくストレートに歌うAnnie。ここまで変幻自在な側面をこれでもかと見せていた分、装飾を取り払ったアンプラグド・サウンドは効果的。
 普通にやればこのくらいのことはお手のものなのに、なかなかまっすぐにやろうとしない。あまり人がやろうとしないことを実現させるのが、Eurythmicsというユニットのはずだった。それが変に人間的に覚醒しちゃってつまんなくなっちゃったのが、『We too are One』である。



12. Brand New Day
 ラストはAnnieによる多重アカペラ・コーラスでスタート。こういった実験性は、やはり彼らの真骨頂である。後半はシンセが入って曲調が変わり、慈愛あふれるポップ・チューンとして昇華。
 PVは少女たちによるバレエからスタートし、曲調が変わると共にAnnieが登場する。いつものユニセックスAnnieの表情は、とても柔和だ。最後のカーテン・コールによるエンディングも、とても和やか。ここだけは悪意のかけらもない。








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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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