#Pop

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

実験を繰り返した末の自然体な小品集 - Eurythmics 『Peace』

folder 80年代中盤に「Sweet Dreams」で注目されたEurythmics は、当時隆盛を極めていた男女シンセポップ・デュオの流れで登場したものの、他のどのグループより異彩を放っていた。大抵のシンセポップのバックトラックが、ヤマハDX7やシンクラヴィアなどの最新機材を使い倒し、時に息づまるほど隙間のないサウンドで埋め尽くされていたのに対し、プログレ的素養もある彼らのサウンド・デザインは、アコースティック楽器と同列の配置を施すことによって、ちょっと独自のスタンスを築いていた。
 特に「Sweet Dreams」は、不穏さを煽る無機的かつシンプルなブロックコードを効果的にあしらい、初期の彼らが活動拠点としていたドイツ的なバロックのテイストも醸し出していた。他の有象無象が奏でる安易でキャッチーなサビ中心で構成された楽曲よりも、一聴して素っ気ないメロディでありながら、きちんと対峙して聴くと、プロによって十分練られた重層的なサウンドがマニアからライトユーザーにまで、幅広く支持された。

 イギリス出身だったのにもかかわらず、前進バンドTouristsが主にドイツで活動していたこともあって、当初からグローバル展開に積極的だった彼らのサウンドは、当時のヒットチャートのラインナップにおいて、ここでもまた異様さに満ちている。
 テクノポップというにはあまりにオルタネイティヴな質感が強い彼らのサウンドは、正直売れ線だとかキャッチーだとかいうものではない。ないのだけれど、それでも彼らの80年代のほとんどは、ヒットチャートの常連というポジションを堅持していた。特にアメリカではディスコ・チャートでかなり健闘したので、プログレ的なコンセプトを抜きにして、単純に踊りやすい音楽として受け止められている。
 アメリカというのはマーケットが大きいせいもあって、どうしても最大公約数的にアッパー系の音楽ばかりが注目されがちなのだけど、Pink Floydの『狂気』が長いことチャートインしていたように、ネガティヴでダークサイドな部分も多い音楽にも一定数の需要がある。Eurythmicsの後にもCureやMorrisseyがアリーナ・クラスの会場をソールドアウトしていたように、厨二病的アーティストに心酔し自己投影してしまう層がどの時代にも存在する。
 Marilyn Mansonが売れちゃう国だもの。そう思えば不思議でもなんでもないか。

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 この時点でのEurythmics人気は、あざといほど中性的でエキセントリックな女性ヴォーカルAnnie Lennoxのキャラクターに負うところが多かった。
 時代的にMTV全盛ということもあって、ビジュアル的にインパクトの強い彼女のキャラクターは、純粋な音楽以外にも、ファッション風俗的な側面においてもある種のパイオニア的存在として、人々に強く印象付けた。返して言えば、それはまたトリックスター的な騒がれ方、キワモノ的な一面でもあるのだけれど。ユニセックスな風貌は時に暴力的でシステマティックを強調しており、サイボーグに擬した無表情には愛想のかけらもなかった。
 ダンサブルに特化したデジタル・ビートをベースとしたバックトラックは、下積みの長かったDave Stewartによって計算高く作り込まれていた。大抵のテクノポップのサウンドメイカーらは、日進月歩で更新されてゆく機材のスペックのスピードに追い付けず、代わり映えしないプリセットでお茶を濁すばかりだった。逆にスタジオワークが大好きなシンセマニアがコツコツ組み立てたサウンドは、オタク知識をフル活用してスペックを最大限活用し、他アーティストとの差別化を明確にした音作りを行なっていたのだけど、肝心のメロディがダメダメだったりヴォーカル・ミックスが二の次にされていたりなど、珍奇な音の響きばかりが取り沙汰されて、ポピュラリティの獲得にまでは至らなかった。
 優秀なオペレーターはマシン操作に長けてはいるけれど、それはソングライティング能力とはまったく別の問題である。オペレーターはあくまで机上のシミュレートに基づくプログラミングまでが職務であって、クリエイティヴな作業を行なうには別のスキルが必要となるのだ。
 自らもプレイヤーであり、ソングライターでもあったDaveがEurythmicsを商業的成功に導けたのは、先天的なのかそれとも後天的なのか、そういった能力にも長けていたことが、時代のあだ花として埋もれずに済んだ要因である。

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 デビューしてからしばらくは、サウンド担当であるDaveがバンド運営の主導権を握っている。前進バンドTouristsもDaveが多くの楽曲を制作しており、根っこの部分はEurythmicsと変わらないのだけど、ヒットしたのはBay City Rollersのカバー「I Only Want to Be with You」がUK4位US83位という、何とも微妙なスマッシュ・ヒット程度の一発屋で終わってしまう。時流に合わせたニューウェイヴ風味のポップ・ロック的アレンジは、正直Annieのキャラクターとはマッチしていない。PVを見ると、半ばヤケクソ気味なハイテンションだし。
 稀代のヴォーカリストAnnie Lennoxを引き立たせるためには、もっとダークでゴスで救いのないシンセ・ベース主体のミニマル・ビート、性別不詳のビジュアル・イメージこそが必要だったのだ。ユニセックスという概念がまだ一般的でなかった80年代、「男装の麗人」と言えば宝塚くらいしか連想できない日本人にも、彼女のキャラクター・デザインは大きなインパクトを与えた。

 US・UKにとどまらず、ワールドワイドな成功を収めた彼らだったけど、キャリアを重ねるに連れ、次第にAnnieのパワー・バランスが強くなってゆく。
 テクノ的ロジックで考えると、メインであるはずのAnnieもまた構成楽器の一部に過ぎず、サウンド全体のバランスを考えると感情を抑えたヴォーカライズで処理されるのだけど、状況は刻一刻と変わってくる。ビッグセールスに伴う世界ツアーを重ねることによって、アリーナ・クラスの会場に見合ったロック的イディオムをAnnieが欲し、Daveもまたライブ映えするような楽曲を制作するようになる。

Eurythmics

 ロジックよりもフィジカル。ライブでの起爆剤的なアッパー系の楽曲が多くなる中、次第にシステマティックだったユニットにもライブ・メンバーが増え、バンド的なグルーヴを見せるようにもなる。ノンセックスのアンドロイド的なアーティスト・イメージを固持していたAnnieも、時々普通の人間としての喜怒哀楽を見せるようになる。
 そんな彼女の一面、慈愛にあふれた笑顔を見せて話題になったのが、彼らのもうひとつの代表曲である「There Must be an Angel」。当時、すでに「愛と平和の人」としてキャラクターが定着していたStevie Wonder がハーモニカで参加、彼らの代名詞でもあったシンセ・ベースもここではほとんど響かず、代わりに神々しくゴスペルへと昇華するコーラスが彩りを添えている。80年代特有のエコーの深いドラムもここでは控えめで、すべてはAnnieという存在をドレスアップするかのように、緻密に注意深く配置されている。
 テクノポップというカテゴリーを超えた、80年代のスタンダード・ナンバーができあがった瞬間だった。能面のように冷徹な表情を崩さなかったAnnieの笑顔によって、Eurythmicsというブランド・イメージは表現の幅を広げていった。

 普通なら、この路線でしばらく畳み掛けて、AOR的な展開に行くはずなのだけど、何を思ったのか、ここで再び彼らは覚醒する。
 80年代的「自立した女」としての理想形を確立したAnnieは、円熟の路線を拒否、邪悪で陰険、「天使」とは両極端のデーモニッシュなキャラクターを自らに憑依させる。普段は午後のティータイムを楽しむ貞淑な人妻だが、一旦豹変すると糖質っぽさ全開、淫らで妖艶なディーヴァが脳内で生み出した憎悪と狂気の産物-、それが『Savage』である。
 暴力的な歌詞と被害妄想的な密室サウンド、憎悪と狂気を露わにしたコンセプトは、これまでのポップ路線と完全に逆行した、破壊と混沌の象徴だった。このコンセプトに基づいて全曲MVが製作されたのだけど、まぁ通して見ると疲れること。圧倒的なオーディオ/ビジュアルのクオリティは有無を言わせぬ仕上がりだけど、とにかく息詰まり感がハンパない。
 そこに救いはなく、あらゆるものが投げ出されたまま、放置されている。

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 ここで一旦、Eurythmicsは終幕となる。ゼロからMAXまで、メーターはすでに振り切れてしまったのだ。『Savage』で臨界を突破してしまったからには、もう新たに手を付ける余地は残されていなかった。
 勢いの余力で制作した『We too are One』はきっちり作り込まれていたけど、どこか「お仕事感」的な残務処理、坂道の惰性運転的な佳作として受け入れられた。ここで最後にClashのようにとんでもない駄作でも作ってしまえば、もしかして後世の評価も違ってたのかもしれないけど、やはり彼らは音楽に対してとても真摯な態度で向き合っていたのだ。
 リリース後、彼らは別々の道を歩むことになる。2人でやり切れることはやり尽くしてしまい、残された新境地はそれぞれ独りで叶えるべきものだった。
 過去の再生産を嫌い、2人はまったく別々の道を歩んだ。「独自の音楽性の追求」という共通項を残して。

 そんな彼らが10年ぶりに再結成してリリースしたのが、この『Peace』。
 よくある再結成話にあるように、食い詰めたメンバーが過去の栄光にすがって、という流れではない。Annieはソロ・アーティストとして国民的シンガーの位置にいたし、Daveも自分メインの活動は地味だったけど、裏方として、またStonesが休養中でヒマなMick Jaggerとつるんで何かしら活動していた。それぞれが10年の節目を経て、必要性を感じて2人で曲を作り、そしてアルバムをリリースした。
 そのアルバムを携えて、彼らは大々的な世界ツアーを行なったが、それはそこまでの関係に終わった。当然のように、彼らはそれぞれの道に戻り、新たなソロキャリアを築くことになった。
 恒久的なプロジェクトではなく、アニバーサリーとして、ハッピー・エンドを彼らは選んだ。
 2人で音を出すのは楽しい。でも、いま求めているのはそれだけじゃないのだ。

Eurythmics-Beatles-Grammy-Tribute

 実は俺、再結成してライブを行なっていたところまでは知ってたけど、フル・アルバムまで作っていたのを、ほんとつい最近まで知らなかった。なので、この『Peace』を聴いたのもつい最近。
 大抵の再結成バンドがニュー・アルバムを出すとボロクソに罵倒される流れから、21世紀に入ってからはライブ・パフォーマンスのみ、またはせいぜいシングル程度、フル・アルバムまでは制作されない傾向にある。再結成Policeだって結局、ニューアイテムはなかったしね。
 そういった流れから、まさかアルバムを作ってるだなんて思ってもみなかったのだ。再結成ツアーでは日本に来なかったせいもあるのか、リリース・プロモーションも地味だったらしいし。でもEU諸国ではゴールドやプラチナムも獲得しているくらい需要があったので、多分俺が知らなかっただけか。

 オリジナル・メンバーであるDave StewartもAnnie Lennoxも揃っているけど、ここで鳴っている音はかつてのEutythmicsとは趣きが違っている。以前2人でやり尽くした実験は、大きな成果を得た。でも、また実験を繰り返すということは、純粋な意味での「実験」ではなくなってしまう。それはただの「屈折」だ。
 それぞれ2人とも、Eurythmicsというベースを基に、ソロで10年、違うベクトルでキャリアを築いてきた。じゃあ今度は、実験ではなく、ただ単に2人そろってあまり考えず、まず音を出してみよう。それが最後の「実験」だ。
 ノスタルジーでもなければ、時代におもねるわけでもない。ここで鳴っているのは、2人のソロ・アーティストが「せーの」で出した音だ。最初のセッションではお互い探り探りな面もあっただろうけど、長い年月を共に過ごした2人だと、10年というブランクは大した問題ではない。結局できあがったのは、あぁやっぱりEurythmicsだね、という音だった。
 奇をてらった問題作でもなければ、ロートルバンドが惰性で鳴らす音でもない。ただただシンプルに、きちんと音楽に向き合ってきた者のみに出せる音が、このアルバムには詰まっている。


Peace
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1. 17 Again
 Daveのアコギから始まるオープニング。弦をこする音がアンプラグドっぽさを演出しているけど、Annieのヴォーカルが入るといつも通りのゴージャスなEurythmics。ドラムの音もオーソドックスで、これ見よがしなシークエンスも使ってない、堂々としたスケール感あふれるバラード。
 これまでのキャリアを振り返るナンバーをトップに入れてしまう辺り、バンドという存在に対して第三者的に向き合える余裕が窺える。



2. I Saved the World Today
 Annieのソロ傾向が強く出ている、メロディアスなバラード。もともと神経質的な傾向のある人なので、こういったニュアンスを重視した楽曲を歌い上げるのは、Annieの特性に合っている。中盤のホーンとストリングスの絡みがBurt Bacharachっぽく聴こえてしまうのは、その辺を狙っているのか。『Be Yourself Tonight』以降の方向性を思わせる。



3. Power to the Meek
 「デジタル機材をうまく盛り込んだStones」的なサウンドは、こちらはやはりDave的なもの。決して美声とは言い難いAnnieのヴォーカルが、ここではいい感じにダルでマッチしている。時にガナリ声でコール&レスポンスを繰り返す彼女もまた、構成の要素のひとつである。

4. Beautiful Child
 Daveのプロデュースの卓越した面のひとつに、アナログ・シンセの使い方が挙げられる。旋律のエッセンスとしてストリングスを効果的に使う人は多いけど、リズミカルに使える人はあまり多くない。ここでもメインはアコギのアルペジオで、あえて人工的な響きを対比させることによって、絶妙のコントラストを演出している。

5. Anything but Strong
 こういった「技巧的なヴォーカル」と「プリセットよりちょっとだけいじりました」的なDTMとのミクスチャー・サウンドを聴いていると、『We too are One』以降の彼らの方向性が見えてくる。あくまで「もしかして」の仮定の話だけど、この路線の深化と円熟というベクトルならば、ユニットとしての寿命はもう少し長かったのだろうか。
 まぁ難しいか。ツアーさえなければ行けたんだろうけど。

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6. Peace Is Just a Word
 で、このようなAOR的路線のレコーディング・ユニットとしての存続もアリだったと思うのだけど。こちらはDaveとAnnieとのバランスがうまく拮抗したパワー系バラードなのだけど、難しかったんだろうな。当時はアルバム・リリース=長期ツアーだったし。

7. I've Tried Everything
 初期のテクノポップ的なシークエンスをベースとしながら、やはりメインとなるのはAnnieのヴォーカルとDaveのギター。もともと正面切ってギター・ソロを延々弾きまくるというタイプの人ではなく、バッキングに徹して時々印象的なオブリガードを効かせる、というのがスタイル。そこら辺がやはり、テクノ的イディオムの人なんだろうな。

8. I Want It All
 アルバム構成的にちょっとダレてくる頃なので、ここでロック色の強いアッパー・チューン。ていうかガレージ・ロック。ミックスが絶妙なので、ガレージ独特のチープ感はまるでない。巧妙にシミュレートされたデモテープといった塩梅。彼らに貧乏臭さは似合わない。

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9. My True Love
 とにかくギターを弾きまくるDave。やっぱりうれしかったんだろうな、2人でやるのが。バラードでもなんでも、とにかくアルペジオでぶっこんで痕跡を残している。ていうか、ギターで参加でもしない限り、実質Annieのソロになっちゃうしね。

10. Forever
 そういえばピアノが出てなかったな、ここまで。俺的には最もお気に入りのスロー・チューン。ソロ初期のPaul McCartney的なバックトラックに対し、Annieはかなり熱のこもったヴォーカルを見せる。ベテランのポップ・ユニットの「あるある」として、彼らもまた後期Beatlesの路線を踏襲している。

11. Lifted
 ここまで比較的アダルト・コンテンポラリーなタッチのサウンドでまとめられていたこの『Peace』、今さら小手先の冒険・実験作に手を出す気もないのだろうけど、ラストはゴスペルの西欧圏的解釈とも取れるバラード。変に余韻を残すこともなく、過剰にドラマティックでもない、現役感を十分に残して終幕。




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相反する2つの意味を持つアルバム - Prefab Sprout 『Protest Songs』

folder -プロテスト・ソング(Protest Song)とは、政治的抗議のメッセージを含む歌の総称である。
 政治的な主張やスタンスからは最も遠く、むしろ抽象的な言い回しや婉曲的な表現の多いPaddy McAloonが、なんでこんなアルバム・タイトルをつけたのか。
 同名タイトル曲が入っているわけではないし、基本、日々の感情の機微やうつろい、物憂げなラブソングを歌ってる人なので、もともと過激なテーマを取り上げる人ではない。日本で言えば来生たかおや稲垣純一など、ニューミュージック寄りのポジションのアーティストであり、営業戦略的にはあまりふさわしいタイトルではない。エピックもよく、こんなミスマッチなタイトルでゴーサインを出したものだ、と思ってしまう。

 マニアックなコード進行を使ったメロディに、曖昧で意味深げなボキャブラリーを乗せたデビュー作『Swoon』でニューウェイヴ以降のネオアコ・ムーヴメントの筆頭格としてシーンに躍り出たPrefab、UK最高22位というチャート・アクションは新人としてはなかなかの実績だったけど、あくまで国内のみで知られる存在に過ぎなかった。当時はAztec CameraやOrange Juice、Housemartinsの方が人気があったのだ。
 明快なメロディを口ずさみながらアコギをメインとした演奏を繰り広げるバンドが多かったネオアコ勢の中、変に意味ありげで抽象的な言葉を無愛想なサウンドで無造作に投げ出す彼らのサウンドは、明らかに異質だった。配給元ののレーベルKitchenware自体がクセのあるアーティストを多く抱えていたこともあって、バンドの自主性を重んじることは良かれと思うけど、積極的に売り込むノウハウには欠けていたせいもある。

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 そんな彼らが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなったのが、2枚目のアルバム『Steve McQueen』。ロング・セールスを記録し、USでも最高180位と下位ながら、唯一ビルボードでチャートインした、彼らの代表作である。以前のレビューでも書いたけど、ここからポップ・プロジェクトPrefab Sproutの本当の意味でのスタートとなる。
 タイトルからわかるように、アメリカでのリリースの際、遺族からクレームがつき、『Two Wheels Good』という、何とも中途半端なタイトルに変更させられた、という経緯がある。何かしら横やりが入るのもわかりそうなものなのに、アーティスト側はともかくとして、当時のエピックの担当者は何を考えていたのか。多分、たいして考えてなかったんだろうな。いきなり大ヒットするような類のジャンルじゃないし。

 世界的に見ても名盤扱いされているこのアルバム、当時「彼女はサイエンス」などの世界的ヒットで若手クリエイターとして注目されていたミュージシャン兼プロデューサーのThomas Dolbyとがっぷり四つに組んで作り込まれたポップの芸術品である。この時のレコーディング体験によってPaddyのポップ・センスが開眼、以後、長きに渡るタッグを組むことになるのだけど、それはまた別の話。

 で、ほぼDolbyとPaddyとの濃密な2人作業で練り込まれ組み上げられた『Steve McQueen』のレコーディングが終了、ミックスも何もかも終わって2週間後、ほぼ休む間もなく開始されたのが、この『Protest Songs』のレコーディング。普通ならフル・アルバム分のストックなんてなさそうだけど、もともと『Steve McQueen』用に用意された曲が相当数あり、クオリティの問題でボツになった以外にも、コンセプトが合わずに収録されなかった曲も多かったため、その辺は無問題だった。

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 目新しいエフェクトやMIDI機材に囲まれた中、主にスタジオ・ブースでシミュレートしながら創り上げてゆくサウンドは、もともとバンド・マジック的な連帯感とは無縁で、むしろソングライター的な気質を持つPaddyにとって、その孤独な作業は苦ではなかった。
 彼にとって音楽=作曲という作業は、勢い余った初期衝動の産物ではなく、むしろ精密に組み立てられた工芸品的なニュアンスの方が強い。ハプニングや偶然性をコンセプトとした現代美術ではなく、長い年月をかけて培われた技術によって生み出された職人の作品こそが、Paddyの志向するところなのだ。
 青年期の一時的な衝動を経て、華麗な円熟期へのベクトルが示されたのがこの時期だったと言える。

 ただ、人間はそうすぐには変われない。
 きらびやかな密室ポップへの方向性を見出したPaddy McAloonではあるけれど、ヒリヒリ叩きつけるような冬のつむじ風の如く、円熟を拒む規格外のサウンドを創り出すPaddyも、そこには同時に存在する。何しろ、この時のPrefabには彼以外、3人のメンバーがいたのだ。
 実弟Martin McAloon (b)、Neil Conti (dr)、そして紅一点、恋仲でありながら、ついにPaddyと結ばれることのなかったWendy Smith (key)。実質的にプロのミュージシャンと言えるのはNeilくらいであったため、当初からPaddyのワンマン・バンドとしての認識が強かったけど、それでも当時のPaddyはバンドという組織への理想像、運命共同体としてのあり方など持っていた。少なくともこの時期は。

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 精緻に作り込まれたサウンドの対極、または同列として、シンプルなバンド・サウンドへの憧憬というものも残っていたPaddyがここにいる。
 ギターの音色ひとつ、またはドラムのリバーヴ加減ひとつにもいちいちこだわり、あれこれ違うエフェクトを試しながら理想の音を探る、という作業も、それはそれでひとつのやり方である。だけど、そんなモダンなやり方、機材のセッティングに何時間もかけるようなやり方じゃなく、もっと段取りを端折ったっていいんじゃね?的な。メンバー全員でスタジオに入り、アンプの電源を入れたら軽いサウンド・チェックと雑なコード進行の打ち合わせ、それだけ決めてあとは「せーの」で音を出す。間違ったっていい。まずは探り探り完奏してみよう。終わったら一度テープ・チェック。あそこをこうやって俺はここで入るからお前はあのパートをこんな感じで云々。雑談交じりの打ち合わせは休憩時間の方が長い。でも、そんな無駄な時間も含めてのバンド・レコーディングなのだ。タバコの切れのいいところでリテイク。さっきの修正点も含め別なアプローチも交えつつ、もう一度演奏してみる。さっきよりまとまりは良い。でも、ファースト・テイクほどの緊張感や勢いはちょっと薄くなる。結局、全員一致で最初のテイクが採用となる。まぁこんなもんだよね。
 -そんな風にPaddyが思ったのかどうかは不明だけど、まだ辛うじてバンドとしての形が保たれていた、そんな危うげな状態だったPrefabの瞬間をパッケージングしたのがこのアルバムである。

 で、「プロテスト・ソングス」。「プロテスト」単体の語義はそもそも「反抗」という意味合いだけど、Prefabファンなら知ってのとおり、このアルバムに限らずどの時期においても、強い負の感情を表すサウンドは存在しない。一体、何に対してアンチを表明しているのか。
 『Steve McQueen』完パケ後、ほぼ時を置かずしてレコーディングは再開された。間口の広い「陽」に対し「陰」を司る象徴として、『Protest Songs』は制作された。そして陰陽のコントラストをより鮮明に印象付けるため、あまりブランクを置かずリリースすることが、バンドとしての意向だった。
 だがしかし。シングル「When Loves Break Down」が思いのほか売れてしまったため、状況は一変する。この勢いに乗せて収録アルバムをプッシュしてゆきたいエピックの思惑の方が重視され、リリースは一旦ペンディング、近い将来に改めて仕切り直し、という事態となった。
 そうなると面白くないのがバンド側である。当初から間髪置かず、連続リリースすることに意味があったのに、ブランクを置くことは意味合いがまったく違ってくる。あれだけ入れ込んで創り上げたにもかかわらず、Paddyは一気に興味を失ってしまう。もうどうだっていいや。
 で、実際にリリースされたのはその4年後。さらにレコーディング・テクニックにこだわりまくったおかげでスケジュールが押しまくった『Jordan the Comeback』リリース遅延のつなぎとして、このアルバムはようやくリリースされた。

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 そんな曰くや逸話の多い『Protest Songs』。「付帯情報ばかりが多いわりには地味なアルバム」と思われがちだけど、先入観を一旦取り払って聴いてみると、また違った側面が見えてくる。
 特に具象化がちょっとだけ進んだ歌詞。基本は、あまり救いのないラブ・ソングが中心なのだけど、主人公であるPaddyの視点の先、または背後のバックボーンに存在しているのは、絶対的な神の視点である。「教会」や「祈り」など、80年代のチャラいほとんどのポップソングと比べると、明らかに異色である。冷笑に満ちた皮肉な英国人にとって、宗教を中心とした世界観は至って普通のことであり、日々の生活に根差したものである。いくら性格が悪い英国人と言ったって、ほとんどは素朴で敬虔な一般人である。ただちょっと他人の不幸に目ざといだけであって。

 俺の家系は代々無宗教なので、その辺は詳しくわからないのだけど、ローマ=バチカンを主軸としたカトリック正教に対し、ヘンリー8世の独断によって誕生したのが、英国国教会を中心としたプロテスタントである。門外漢から見れば、どっちも同じキリスト教なんじゃね?と思ってしまうけど、彼らの中では新・旧ときっぱり別れている。同じ神を奉りながら、その姿勢はまったく別物なのだ。
 レーベルに対する反逆精神と対を成す、個人的な恋愛観の隙間から見え隠れする宗教観。
 これらのダブル・ミーニングを交えたタイトル=コンセプトを持つのが『Protest Songs』だとしたら、納得が行く。彼の中ではどちらも等価なのだ。


Protest Songs
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1. The World Awake
 低音でつぶやくような「Oh, Yeah」というコーラスが耳に残る、気だるい世界の目覚めを象徴するナンバー。ベーシック・トラックもシンセのエフェクトも、あまり練られた感じではないけど、バンド・グルーヴが心地よいので最後まで飽きずに聴くことができる。
 アウトロ近くのフィル・インなど、Neilの技が光っている。やっぱ生粋のミュージシャンだな、この人は。

2. Life of Surprises
 後にリリースされたベスト・アルバムのタイトルにもなった、地味だ地味だと言われている『Protest Songs』の中では1.と並んでキャッチーなアップテンポ・ナンバー。ファンの間でも昔から人気が高い。そのベストに合わせてシングル・カットされ、UK24位という、彼らの歴史の中でも比較的高いセールスを記録した。
 ほぼ音色をいじっていないシンセのリフが気持ちいい。1.同様、ポップ・バンドにしてはグルーヴ感が強く出ている。ほんと、この路線もあったんじゃね?と改めて思ってしまう。

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3. Horse Chimes
 アップテンポがつづいたので、ここでペースダウン。軽やかで洒脱なアコースティック・チューン。あまり加工されていないPaddyのヴォーカルが瑞々しい。これ以降はもっとエコーも深めでフェイザーをかけ過ぎて、時に過剰になってしまう場合もあるのだけれど、ここでは曲調とマッチしたラフな仕上がりが良い方向に出ている。
 不思議なコード進行のため、Paddy以外が歌ったら支離滅裂になってしまいそうだけど、危うさを見せながらもきちんとまとまった小品に仕上げている。

4. Wicked Things
 リズム・セクションが思いのほか健闘ぶりを発揮している、ややホワイト・ソウルっぽさも感じさせるナンバー。Paddyにしては珍しく、ダルなロックンロールっぽいギター・プレイ。曲調としてはシンプルなので、逆にバンドの一体感がクローズアップされている。

5. Dublin
 A面ラストはさらにシンプルに、Paddyのアコギ弾き語りバラード。朗々と紡がれるダブリンの寓話は古色蒼然としており、80年代ポップへの反旗とも取れる。そう、チャラさばかりが強調されるネオアコ勢も、元をたどればみなパンクを通過しているのだ。

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6. Tiffanys
 チャールストンっぽく古き良きアメリカを軽やかに歌い上げる、いつもの人名シリーズ。ロカビリーを連想させるギター・プレイは、Paddy自身が楽しんでいる姿が想像できる。
 そう言えば大滝詠一も晩年はプレスリーのカバーやってたよな。洋の東西問わず、突き抜けたポップ馬鹿の背骨には、シンプルなロックンロールが宿っている。

7. Diana
 シングル「When Love Breaks Down」のB面としてリリースされたのが初出で、ここで再レコーディング。シングル・ヴァージョンが『Swoon』の面影を残したアップテンポだったのに対し、ここでは『Steve McQueen』を通過した後のアダルトなポップ・チューンに仕上がっている。
 オリジナルのギクシャクした変調ポップはニューウェイヴっぽさが強く出ていて、若気の至りとして聴くにはいいのだろうけど、やはりストレートなポップに仕上げた子のヴァージョンの方が俺的には好み。

8. Talkin' Scarlet
 当時、ネオアコ界でのヒロインの座を独占していたWendyのヴォーカルがフィーチャーされた、ジャジーな雰囲気のアコースティック・チューン。取り立てて起伏もなく淡々とした曲だけど、しみじみした味わいはファンの間でも人気が高い。ここでのPaddyのヴォーカルも、青臭い童貞が初彼女の前ではっちゃけてる感じでテンションが高い。そういった時期もあったのだな。

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9. Till the Cows Come Home
 産業革命時代の工場地帯を思わせるSEの後、もはやプレ『Jordan the Comeback』とも形容できる作り込まれたサウンド。すでに骨格は完成されている。
 あと必要だったのは、全体を包括するコンセプト、そしてPaddyの心の中にのみ存在する、「あるはずもない良き時代のアメリカ」という世界観。

10. Pearly Gates
 ラストは天国の門をテーマとした、荘厳とした正統バラード。メロディもコード的にもほとんど小細工もなく、ただただ神への無垢な信仰。あまりに無防備なヴォーカルは癒しとか安らぎをも通り越して、単にPaddy自身の祈りとして昇華する。もはや誰が聴いていようが、大きな問題ではないのだ。それはPaddy自身のための旋律である。
 目立たず寄り添うようにハーモニーを重ねるWendyと共に、このアルバムはきれいに完結する。
 その円環構造に出口はない。いつまでも愚直に、ただ延々と回り続ける。



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大英帝国を象徴する小市民ポップ、最後まで変わらず - Beautiful South 『Superbi』

folder そう、Beautiful Southが解散して、もう10年の月日が経っていたのだった。俺も年を取るわけだ。

 「音楽性の類似のため、解散する」。
 そんな意味不明のコメントを残してバンドの歴史に終止符を打った彼ら、2006年にリリースされたラスト・アルバム『Superbi』は、UK最高6 位にチャートインした。最盛期にはチャート1位は当たり前、ゴールドやプラチナ・ディスクも何枚も獲得していたのにもかかわらず、特にソニー移籍後は尻つぼみの成績で終わってしまった。
 当時のソニーUKといえば Franz Ferdinandが稼ぎ頭であり、90年代のJポップをそのまんま移植したようなバンド・サウンドが幅を利かせていた。なので、サウンド的にインパクトの薄い彼らにとって、メジャーのソニーは場違い感が強かった。
 キャッチーなメロディと音圧の高いサウンドによってティーンエイジャーの耳目を惹きつけるソニー戦略の中、くたびれた中年そのまんまのビジュアルの彼らを売り込むノウハウを持つスタッフはいなかった。
 何がどうなってソニーへ移籍することになったのか、そして何をどう間違えてソニーが彼らと契約するに至ったのか、その辺の真相は不明だけど、双方にとって不完全燃焼的な結末となってしまったのは不幸である。まぁソニー以外だったらどうだったかと言えば、それもちょっと微妙だけど。

 そんな彼らの最盛期と言えるのが、1996年『Blue is the Color』リリースの頃。UKでは5枚のプラチナムを獲得、90年代UKヒット曲コンピでは定番となっている彼らの代表曲「Rotterdam」「Don't Marry Her」もそれぞれシングル・チャートで健闘し、シルバー・ディスクを獲得している。いま思えば、時代遅れのネオアコ・タッチの地味な曲が普通にトップ10にチャートインしていたのだから、英国人の寛容性と屈折具合が窺える。
 この時期の彼らの売れ方はお茶の間レベルに深く食い込んでおり、一家に1枚、ほぼ誰かしらアルバムを持っている状態で、日本では想像もつかないほどのメジャー待遇だった。イギリスで言えばQueenかElton John、日本で言えばサザンのポジションと考えればわかりやすい。だからといって、崇め奉るほどのカリスマ性はない人たちなので、扱いとしては軽いものだったけど。
 そんなメジャー感を謳歌していた彼らも、96年をピークとしてセールスは緩やかに下降してゆき、もともと地味だったビジュアルもさらに磨きがかかり、どんどんむさ苦しくなってゆく。華がない普通の人たちの集まりなのだけど、どこで浪費していたのか、また誰が搾取していたのか、その辺は謎である。

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 彼らの場合、まぁ前者2組もそうなのだけど、共通しているのは覚えやすい歌メロとわかりやすいサビ、それほど凝らないコード進行の妙がある。単純な組み合わせにこそ黄金パターンがあることを理解している、そんな楽曲が多い。ただ甘い聴きざわりだけでなく、そこにスパイスとして辛辣で皮肉な歌詞を乗せて歌い上げることが、大方の英国人のツボにはまった。
 ただ、QueenはFreddie亡き後もGeorge MichaelやPaul Rogersを迎えて衆目を引いたり、残されたブレーンの緻密な戦略によって、話題が途切れないよう配慮されている。Eltonもまた、旬のアーティストとデュエットしたり同性婚などのゴシップ的な話題を提供したりなど、何かと存在感の保持に気を配っている。いや、この人の場合、やりたいようにやってるだけか。
 対してBeautiful South。
 彼らの場合、ニュー・アイテムのリリース以外の話題は皆無と言ってよいくらい、ほんと何もない。ただコンスタントに、いつもと同じ変わらぬクオリティの作品を提供し続けるだけ。それは真摯なアーティストとして、当然の行動ではあるのだけれど、エンタテインメント的な視点で見れば、あまりに起伏に乏しい活動状況のため、追いかけていても面白みがない。いつもと同じ顔でそこにいるのだから、追いかける必要も特別フィーチャーする必要もない。インタビューしても面白くなさそうだしね。
 なので、音楽誌以外で取り上げられることはもともと少なかったのだけど、その音楽誌からも次第に距離を置かれてしまったことが、バンドの終息を速めてしまったのかもしれない。

 QueenにはFreddie Mercuryという絶対的な、ビジュアル的にカリカチュアライズしやすいカリスマがいたこと、またBryan MayやJohn Taylorなど、70年代少女漫画的美形キャラを揃えていたこともあって、各メンバーのキャラクターが明確になっていた。しかもそんな濃いキャラ陣の中で、「無個性」という最強の個性を発揮していたJohn Deaconというオマケもつけて。
 Eltonの場合、決してルックスに秀でていたわけではなかったけれど、当時としては絶対口外できなかったホモセクシャルというコンプレックスの反動からか、ド派手なステージ・コスチュームに身を包み、エンタテインメントに徹したライブ・パフォーマンスを披露した。辛辣な言動でたびたびゴシップ欄の常連となったけれど、それに反して彼の指先から生み出されるメロディは世界中のファンを魅了し、多くの資産と名声、それに醜聞と笑えるエピソードを残した。

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 対してBeautiful South。よほどのファンでも、Paul Heaton以外のメンバーの名前、メンバー数、歴代女性ヴォーカリストのラインナップなどなど、それらを正確に言えるファンがどれだけいるか。ごめん、俺も全部知らないわ。彼らがどんな生活をしているのか生い立ちなのか、あまり記事でもみたことがない。ていうか、あまりに普通っぽい人たちなので、そこまで突っ込んだ質問をするインタビュアーもいないのだろう。前者2組と違って、いまでも普通に素顔でパブで飲んだくれてそうだし。多分、誰も気づかないんだろうな。
 彼らのアルバムは常に高いクオリティの楽曲を揃えているのだけど、特別トータル・コンセプトに沿った作りではなく、どのアルバムも各曲が独立した小品集的な構成になっている。なので、アルバムごとの特徴が薄く、どの時期のものを聴いてもそれほど変わり映えしないのが、ある意味特徴でもある。女性ヴォーカル以外はほぼメンバーは不動、ドラスティックなサウンドの変遷もほぼ皆無のため、正直、どのアルバムを聴いても変わり映えしない。
『Miaow』と『Quench』、どっちが先にリリースされたのか、またそれぞれの収録シングル曲を挙げよ、というカルトQクイズが主題されたとして、正確に答えられるコア・ユーザーが世界中にどれだけいるだろうか?俺?俺はムリ、だっていま適当に出題してみただけだもん。

 ある意味、それは純音楽的主義を貫いている逆説的な証明なのかもしれない。
 アーティストが亡くなっても、音楽は残る。
 キャラクターで聴かせるのではなく、予備知識なしの純粋な音楽的クオリティだけでここまで這い上がってきたのが彼らなのだ。がむしゃらに這い上がってきたというよりは、地道にコツコツ活動してきたら、いつの間にかここまで上がってきちゃった、という感じが強いのだけど、それだけのポテンシャルを有してる集団であることは確かである。
 でも歴史に残るのは、前者2組だろうなやっぱ。この先、「Bohemian Rhapsody」や「Your Song」が歴史に埋もれるとは考えづらいし。

The Beautiful South_ Sony Music Distribution

 21世紀に入ってからのBeautiful South はチャート的にも、そしてバンド内のテンション的にも下降の一途を辿っていた。全盛期をけん引した2代目女性ヴォーカリストJacqui Abbott が脱退、新たにAlison Wheelerを補充してバンドの維持に努めたのだけど、やはり一度落ちたテンションを取り戻すことはできなかった。
 同じ曲調であるはずなのに、なんか違う。
 彼らが変わったわけではない。聴き手の意識がすっかり変わってしまったのだ。
 
 彼らがデビューしてから解散するまで、ほぼ15年の間だったけど、その間、イギリスでは様々なムーヴメントが巻き起こっていた。グラウンド・ビートからブリット・ポップ、ミクスチャー、シューゲイザー、グランジ、ドラムンベース、エレクトロニカ、ビッグ・ビートなどなど、90年代UKにそれほど詳しくない俺が、パッと思いついただけでこれだけあったので、細分化するとそりゃ膨大な量になる。
 なるのだけれど、そのブームのどれにも関わらず、またコミットすることなく活動してきたのが彼らである。もともとは前進バンドHousemartinsの流れから、80年代ネオアコ・ムーヴメントの追い風に乗ってデビューした彼らだったけど、その後は時流に流されることもなく、独自のオーソドックスなポップ路線を貫いている。他のバンドとのコラボや対バンもほとんどなく、せいぜい相手にしてくれるのは、盟友 Norman Cookくらい。起死回生のコラボだったはずなのに、イマイチ消化不良に終わってしまったけど。
 曲調は極めてオーソドックスで流麗なメロディ、だけど言ってることはエログロナンセンスの極み、アブノーマルな内容なので、日本だったらイロモノ扱いされているはずである。ジャンルは違うけど、面影ラッキーホール(いまはOnly Love Hurtsと改名して活動中)がそのポジションに近いんじゃないかと思われる。
 想像してみてほしい。一家団欒の金曜夜8時、Mステで「あんなに反対してたお義父さんにビールをつがれ」を高らかに歌い上げる彼らの姿を。他にもグロい曲はあるのだけれど、恥ずかしくてここには書けない。あとは各自調べてみて。
 ニュアンス的に、こんな認識だと思われる。

 少なくとも7人に1人、ほぼどの家庭にも彼らのベスト・アルバムがあるくらいだから、ごく普通の英国人が彼らを受け入れる土壌はあるのだろう。
 面影ラッキーホールをCDプレイヤーにセットして家族で談笑するまでに、日本はまだどれほどの暗黒と抑圧を受け入れなければならないのか。
 階級闘争のない日本人にとって、英国人のどす黒い深淵は永遠の謎である。謎のままだろうな、きっと。


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Beautiful South
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1. The Rose of My Cologne
 全然ブルースっぽくないドブロ・ギター、まぁこれは何となく「らしく」っぽく聴こえるバンジョーが、新機軸といえば新機軸。まぁ歌に入っちゃえばいつもの彼らなのだけど。
 カントリー・テイストあふれるのどかなポップ・ソングの体裁を取っているけど、歌われてる中身はいつも通り、三文ゴシップ誌も裸足で逃げ出すゲスの極みな世界。アル中、あばずれ、チンピラ、痴話喧嘩、駆け落ち、もう何でもあり。そんな現実を癒してくれるのが、「バラの香り」と称される謎の女。
 救いのない結末には皮肉もペーソスもなく、ただただ陰惨。第2弾シングルとしてリリースされてるけど、さすがの彼らも99位が最高だった。



2. Manchester
 で、これが先行リード・シングルとしてリリースされ、UK最高41位。全盛期のPaul McCartneyを彷彿とさせるベース・ライン、それと歌声。前曲同様、アコースティック色が強い。サビもキャッチーだし売れそうなものだけど。
 晴れ間の見えることの少ない、そんな英国のよどんだ天候を象徴するサエない都市、それがManhester。サッカー選手にでもならなければ、一生階級制度の奴隷として張り付いていなければならない、そんな取り柄のない小都市への逆説的な賛辞。ひねってるよなぁ、英国人。



3. There Is Song
 そんな英国にもいいところはある。前向きなラブ・ソング、それに人生賛歌。皮肉もなく、真っ当でストレートな賛辞と憧れとが満ちあふれた、もうちょっとウェットに振れればElton Johnの後を継ぐ者として、いくらか生き永らえたかもしれない。
 でも、こんな流麗な曲サビの最後に「Frog」なんて入れてしまうあたりが、エンタメになり切れなかった男たちの悲劇である。

4. The Cat Loves the Mouse
 これまでのパターンでもよくあった、女性ヴォーカルとの掛け合いが絶妙なロッカバラード。Paul Heatonもこれまでにないエモーショナルなヴォーカルを披露している。ハスキー・ヴォイスが特徴のAlison Wheeler、本来ならアクが強すぎてデュエットには向かない人である。だけどそこはベテランの演奏陣プラスHeaton、うまく彼女の歌声を最大限に活かしたアレンジで組み立てている。 

5. The Next Verse
 ここまで聴いてもらえればわかるのだけど、今回の彼らはかなりアメリカ寄りのサウンドで統一している。と言っても、アメリカで売れようだなんて下心ではなく、単にちょっと新味も試してみたかったから、という感触が強い。まぁこの期に及んで大ヒットを狙うはずもないな。
 彼らにしては珍しいブルース・ナンバー。さっきも書いたように、ちっともブルース特有の泥臭さは感じられない。まぁこのフェイク感を楽しむのが興。

The+Beautiful+South+Superbi+-+Medium+424563

6. When Romance Is Dead
 ここでAlisonとリードを分けるのは、なんとギターのDavid Rotheray。彼が歌うのは初めてじゃないかと思われる。ていうか、何で?
 「ロマンスが死に絶えた時」というタイトルを逆説的に捉えるなら、まだ話は分かるのだけれど、歌詞は陰鬱としてそのまんま。それを情感たっぷりに歌い上げる2人。何がしたいんだ?

7. Meanwhile
 3分程度の小品の中にめちゃめちゃ言葉が詰め込まれているのだけれど、冒頭から離婚の相談を持ち掛ける三文メロドラマ。2ちゃんの書き込みみたいな陳腐なストーリーを練り上げられたメロディに乗せて歌うことが、ゴシップ誌とTV以外に関心のない層には受けたのだろうけど、もはや現実はフィクションを追い越していた。フィクションだけじゃ、もう満たされないのだ。

8. Space
 Monty Pythonのサウンドトラックに通ずるものがある、ロックからは遠く離れたサウンドを持ったナンバー。BPMの早い8ビートは心地よいけど、歌われてる内容は相変わらず屈折しまくり。

_SCLZZZZZZZ_

9. Bed of Nails
 アコギをメインに出したスウィートなデュエット・バラード。

 もし他のすべてがダメになったら
 このバラのベッドを 
 針のむしろに取り替えてあげるよ

 でも、歌ってることはこんな内容。ブレないよね。

10. Never Lost a Chicken to a Fox
 『Miaow』期を彷彿とさせる、軽快なアップテンポ・ナンバー。以前と違ってカントリー・タッチが入っているのは新機軸のあらわれ。と言ってもスパイス程度で根っこは変わらないけど。
 心なしか、ヴォーカル・スタイルもDylanっぽくラフなタッチになっている。アコースティックでアップテンポになると、みんなDylanっぽくなってしまう。そう感じるのは俺だけ?

11. From Now On
 ずっと聴いてると、カントリー・テイストというのがまだるっこしく聴こえてしまう。アルバムも終盤になると、楽曲自体の良さは変わらないのだけど、冗漫に聴こえてしまう。
 彼らと同じく、古き良きアメリカへの憧憬を表明しているPaddy McAloonは、その世界観を具現化するため、録音テクニックを駆使した音像で表現していたけど、ここではそういった技を使った形跡はない。ただいつものBeautiful Southがカントリーっぽくやってみただけに過ぎないのだ。ソングライティング的にはPaddyとヒケを取らないHeaton、でもサウンド・メイキングに無頓着だったのが、その後の命運を分けることになる。

12. Tears
 ラストは正攻法、直球ストレートなバラード。こういったちゃんとした曲も書けるのだ。『Blue is the Color』収録「Artifical Flowers」と同じ構造のベタなメロディは、大団円としては相応しいのかもしれない。この時点でバンドが集結を迎えると思ってたのかは分かりかねるけど。




 現状、Beautiful Southは解散状態にある、と冒頭に書いたけど、正確にはHeatonとJacqui Abbott以外のメンバーは、「The New Beautiful South」と改名して活動継続中、今も英国を中心に、ていうかほぼ英国だけでツアー活動を展開中である。それほど大きな会場でプレイできているわけではないけど、各地でお呼びがかかるということは、それなりに盛況なのだろう。
 HeatonとAbbottも何年かに一度、デュエット・アルバムをリリースしたりしているので、互いにマイペースでいられるのは、結果的には良かったんじゃないかと思われる。
 何かの弾みでオリメンで再結成しようものなら…、まぁあんまり盛り上がらないか。多分、誰が誰だかわからないだろうし。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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