好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop

普通のおっさんバンド、脱ネオアコ化計画 - Beautiful South 『Quench』

folder 1998年リリース、6枚目のオリジナル・アルバム。発売当時でトリプル・プラチナ、トータル150万枚を売り上げている。当然、UKチャートでは1位を獲得したのだけど、これをピークとして彼ら、その後のセールスは下り坂となる。
 もともと、当時の音楽トレンドとは無縁のところで活動していたため、考えてみれば、いったい何でそんなに売れていたのか、逆にそっちの方が謎である。センセーショナルな話題もなければゴシップ誌に載るわけでもない、そんなごく普通のおっさんたちは、緩やかな下降線をたどって行くことになる。
 前回のRoddy Frameのレビューでもちょっと触れたけど、基本、イギリス国内で主に活動する、ていうか、ほぼ国内でしか知名度のなかったバンド、それがBeautiful South である。一応、EUエリア内では多少名は知れていたけど、それ以外はほぼさっぱり、と言ってよい。アメリカではカスりもしなかったし、日本ではどうにか国内盤は流通してはいたけど、そこまで売れていたわけでもない。
 Aztec Camera 同様、日本では初期のネオアコ期のイメージが強いため、後期の作品はほとんど紹介されていない。再発もデビュー作と次作『0898』くらいだし。紙ジャケ化も華麗にスルーされちゃった。

 一応、年代を経るにしたがって、アコースティック風味は薄くなり、控えめながらサウンドも華やかになって行くのだけど、メインのソングライター2名が固定のため、そこまで劇的な変化はない。相も変わらず変わりばえしない、英国人特有のねじ曲がった皮肉とペーソス、それでいて口ずさみやすく親しみやすいメロディというのが、彼らの持ち味である。
 こうして書いてると悪意がありそうに見えるけど、いやそうじゃない、これはこれで、ちゃんとした「褒め」言葉だ。
 変に斜め上なアーティスティックを気取るわけでもなく、かといって、露骨に大衆に迎合するわけでもない。至って変わらず、ずぅっとそのまんま。
 バンドだからといって、超絶アンサンブルが飛び交うわけでもない。むしろそんな小技はジャマになる。なので、一般的なイメージのバンドというよりは、Paul HeatonとDave Hemingwayを中心とした固定ユニットと捉えた方が、ニュアンス的にうまく伝わるんじゃないかと思う。

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 よく言えば、「安定したクオリティを維持している」と言えるけど、意地悪く言っちゃえば、サウンドやコンセプトに大きな変化がないため、アルバムごとの個性が希薄なのも、特徴といえば特徴である。
 例えば『Quench』と『Miaow』 、どっちが先にリリースされたのか、よほどのコアなファンでも、即答するのは至難の技だ。俺自身、突然聞かれても、正確に答えられる自信がない。まぁ今後の人生、そんなシチュエーションはまずありえないけど。
 じゃあ、本人たちがそれらすべてを把握しているのかといえば、それもちょっと怪しい。むしろ、筋金入りのコアユーザーの方が、クロノジカルに整理して、サイトで公開していたりする。
 昔、何かと重宝したこのHPだけど、そりゃあもうとんでもないマニアックぶり。もうずいぶん前に更新が止まっちゃってるけど、時々覗いたりすると、いろんな発見があって面白い。

 話はいきなり飛んで、音楽ビジネスの話。
 『Quench』リリース前年の1997年、彼らの所属レーベルGo! Discsは、メジャーのポリグラム・グループに合併吸収される。長らくインディーで独立採算で踏ん張ってきたけれど、当時、世界規模で進められていたメジャー寡占化の波には抗えなかった。
 最初の契約アーティストがBilly Bragg であることから察せられるように、安易に商業路線に流されなかったGo! Discsだったけど、そんな硬派なポリシーを貫き通すことが難しくなりつつあった。
 Style Council 解散後、地道なドサ回りを余儀なくされたPaul Weller は、『Stanly Road』がバカ売れして、さっさとアイランドへ移籍していた。せっかく採算が取れるようになったのに、レーベルとしては大きな痛手である。
 彼以外でレーベルの屋台骨を支えられるのは、もうBeautiful South くらいしかいなくなっていた。目ぼしいところではPortishead がいるにはいたけど、彼らって当時から寡作だったし。
 ポリグラムが彼らを手に入れたかったのか、それとも単なるインディー市場のシェア拡大を狙った経営戦略の一環だったのか。まぁ多分後者だろうな。
 英国ローカルではあるけれど、取り敢えずカタログの中では収益性が高かった彼らに、経営陣は目をつけた。そんなこんなでBeautiful South 、若干の路線変更を強いられることになる。

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 根幹の歌詞とメロディは崩さずそのまま残しといて、ちょっぴり新味を付け加えてみる。じゃあ、その新機軸とは。
 まず、ビジュアル面でのテコ入れは、ちょっと難しい。メンバーはみな、ファッションに何の興味もないおっさんばかり、今さらスタイリストをつけても仮装行列みたいになって、サマになるはずがない。これはダメ。
 手っ取り早いのはメンバー・チェンジだけど、ほとんどのメンバーがHousemartins からの持ち上がりのため、無駄に結束が硬い。安易に貢献度だけでいじくってしまうと、バンド内バランスが崩れ、元も子もなくなってしまう。
 期待の若手をベテラン・バンドに加入させる、というのも割と良く使われる手法だけど、いや、それもちょっとミスマッチ過ぎるよな。おっさんの中にビジュアル担当のイケメンを無理やりねじ込んでも、浮きまくって病んじゃうだろうし。
 じゃあ、セクシー担当の若いお姉さんを加入させる、というのはどうだ。おっさんたちもテンション上がるだろうし。…いや、ダメだなこれも。何のてらいもなく、「Don’t Marry Her, Fuck Me」って歌ってくれる女性シンガーなんて、そんなにいるはずがない。Jacqui Abbottなんて、ほぼそれが理由で脱退しちゃったわけだし。

 もともとイノベーションとか構造改革なんて言葉とは無縁の人たちなので、能動的に改善しようと思うはずがない。ソングライター2人はこれまで通り、自分の好きな歌を歌っていられれば、それで満足だし、他のメンバーだって、もし売れなくなっても、イギリス国内のパブのドサ回りで細々食ってければ、それはそれでいいんじゃね?と思ってる連中だ。
 バンド内の人間関係もサウンド・コンセプトも、すっかりでき上がっちゃってるので、もう自分たちでは変えようがない。変えるには、外部からの助言や圧力が必要だけど、それも彼らのプライドを傷つけないよう、デリケートに行なわなければならない。
 バンド同様、似たような音楽好きの集まりだったGo! Discsとは違って、大メジャーのポリグラムだと、そんな内情も通用しない。世界規模のちゃんとした企業なので、単なる音楽ユーザーよりビジネスマンの方が多い集団だ。
 彼らにとって音楽性がどうの楽曲のクオリティがどうした、そんなのは眼中にない。彼らが見るのは売り上げと経費、そして費用対効果のデータだけだ。

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 当時の彼らは英国ポリグラム・グループの中では稼ぎ頭の部類だったし、あまり手間のかからないグループだった。こう言っちゃ失礼だけど、そんなに経費がかかったサウンドでもないし。
 前述したように、劇的な変化はそぐわないし、下手にいじり過ぎると、これまで培ってきたサウンドもポジションも、一気に失ってしまう恐れがある。今さらワールドワイドな展開までは望まないけど、せめて現状維持のため、多少は時流に寄り添ってもいいんじゃないの?と、ポリグラム側が思ったのか―。
 そんな経緯だったのかどうかは不明だけど、『Quench』ではHousemartins メンバーだったNorman Cookが、「リズム・アドバイザー」なる怪しげな肩書きでクレジットされている。なんか空間コーディネーターと同じくらい、うさん臭い呼び名だな。
 要は、自分たちでは何ら動こうとしないバンド側を前向きに導くため、単なる売れっ子プロデューサーを押し付けるのではなく、ある程度気心知れたヤツの方が相性良さそうだし、うまく行くんじゃね?といった形。確かに彼ら、他の同世代アーティストとの交流ってほとんどないからな。
 別名「Fatboy Slim」として、ビッグ・ビート使いでブイブイ言わせていたNorman 、当時は多忙だった彼がどこまで深く関わっていたかは不明だけど、バンドにとっては程よい刺激になった。
 流麗なメロディ・ラインはそのままに、スパイス的なリズム・アクセントをつけることによって、彼らにしては珍しくグルーヴ感が際立った仕上がりになっている。時に整いすぎてイージーリスニング化していた旋律も、リズム隊の奮闘によって、メリハリがつくようになった。

 リズム強調路線が好評を期し、新機軸を見い出したBeautiful South 。その後は今まで同様、謙虚で出しゃばり過ぎず、ほんの少しリズムのバリエーションを増やす路線で行くのかと思われた。
 それが何を勘違いしちゃったのか、次作はなんと2枚組。
 いやいや、そういうのはいらないって。


Quench
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1. How Long's a Tear Take to Dry? 
 シングルとして、UK最高12位をマーク。珍しくブルース・タッチのスライド・ギターが出てきたと思ったら、エフェクト的な使い方で、黒っぽさは全然感じられない。和やかなホーン・セクションも入って、細かく聴けば小技が入ってはいるのだけど、全体では結局通常営業の彼ら。期待を裏切らないスマッシュ・ヒット。



2. The Lure of the Sea
  Bメロのヴァ―スで思いベース・リフが入ってくるところが、ちょっと新鮮。これがないと器用なポップ・ソングで終わってしまうところを、ほどよいメリハリをつけている。Doorsみたいなオルガンが入るところも、彼らとしては新機軸。

3. Big Coin
 しっとりした抒情的なバラードだけど、歌ってる内容は相変わらずしょうもない。何かの暗喩かと思われるけど、ポップ・ソングにIMFなんて言葉、普通は使わない。流麗なメロディがうまくコーティングしている。

4. Dumb
 2枚目のシングル・カット、UK最高12位。メランコリックなギターから始まる、ブルースっぽさを漂わせたバラード。気が抜けてダルそうなコーラスが、皮肉たっぷり。

5. Perfect 10
 UK最高2位をマーク、後期最大のヒット曲。貢献度の低いギターで、Paul Wellerが参加している。まぁレーベル去るにあたっての置き土産だな。歌ってる内容はしょうもない、服のサイズになぞらえてチンコの大きさがどうした、といったくっだらねぇ歌詞。それはまたさわやかに歌ってしまうものだから、英国人の好みにすっぽりはまっちゃってる。ほんとにもう、英国人って。



6. The Slide
 ゴスペルチックなコーラスとストリングスが入る、大仰なバラード。どうせまた、くっだらねぇこと言ってるんだろうな。

7. Look What I Found in My Beer
 ほど良く抑制感の効いた、ソリッドなロック・チューン。彼らのレパートリーのなかでは珍しくシンコペーションが目立つので、疾走感が漂っている。演奏陣が結構がんばってるんじゃないかと思うんだけど、そういうのって彼ら、あんまり求められてないので、ちょっと惜しい。

8. The Table
 4枚目のシングル・カット、最高47位。軽やかな3連ミドル・バラードでまとめられており、スタンダードにもなりえる良曲なのだけど、時代的にもうこういうのは求められなくなっちゃったのかな。もうちょっとリズムにキレがあるのを、彼らも志向しつつあった。

9. Window Shopping for Blinds
 初期のネオアコっぽさを感じさせるナンバー。ワルツを効果的に使うのはまぁいいんだけど、やっぱジジくさいよな。ちゃんと聴かせるバラードにするなら、それなそれでもっと色気がないと。あ、でもそれじゃSouthっぽさがなくなっちゃうか。その加減が難しい。

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10. Pockets
 思いっきり脱臭したブルース・ロック。あくまで「らしさ」を追及しているだけなので、基本はいつもの彼ら。

11. I May Be Ugly
 アルバム終盤に近づくにつれ、どんどん地味になってゆくのが、この人たちの特徴と言えば特徴。吐き捨てるようなDylanタッチのヴォーカルも、あくまでDylan「らしさ」、表面をなぞっただけ。

12. Losing Things
 ジャジーなムード漂う、「やってみた」的ナンバー。まぁ1曲くらいはこんなのもアリか。どう考えてもNormanは絡んでなさそうだけど、バンド側としてはどうしても入れたかったんだろうか。アウトロのブルース色は、やっぱり合わないんだけど。

13. Your Father and I
 彼らばかりに任せておくと、なんか中途半端なダウナー系ブルースに迷い込んでしまう。多分、それがバンド内マイブームだったんだろうけど、起伏もないダラッとした仕上がりは、明らかにマンネリ化の証。なので、こういった奥行き感のあるミックスを施したNormanの手腕が発揮された楽曲の出来の方が,明らかに良い。



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ここではない、どこかへ。- Roddy Frame 『The North Star』

ed04b0c90ce84faafc18ed116f663af0.1000x1000x1 先日、Prince 『Come』 のレビューで、長年親しんだ本名Princeの名義を捨てて、いまだどう発音していいかわからないシンボル・マーク(一応、公式では「the Artist Formerly Known As Prince」、かつてプリンスと呼ばれた男(笑))に改名して、新たなスタートを切った話を書いた。
 それで思い出したのだけど、そういえばRoddy も殿下同様、ほぼ同時期にAztec Camera の名前を捨てて、ソロ歌手Roddy Frameとして再スタートしたのだった。こっちはそこまで話題にならなかったから、覚えている人はあんまり少ないかもしれない。
 Aztec最終作となった『Frestonia』は、有終の美を飾るような、清涼かつ静謐なサウンドでまとめられていた。ネオアコから始まって、R&Bだギター・ポップだ教授とコラボだ、と流浪の音楽性を見せてきたRoddy 。その最期は、これまでの歩みをすべてリセットするかのように、シンプルなものだった。

 Roddy からすれば、もうAztec Cameraという名義が、煩わしくて仕方なかったんじゃないかと思われる。どれだけ色んなジャンルに手をつけて新境地を開拓しても、結局は「Oblivious最高」って言われちゃうわけだし。これと同じ流れで、Paul WellerもJam解散させちゃったよな。
 数年前、『High Land, Hard Rain』リリース30周年ライブが催され、ささやかではあるけれど、概ね好意的に評された。Roddy 自身にとって、初期の作品は若気の至りでしかないのかもしれないけど、往年のファンの多くが、その時代にシンパシーを感じていることは事実である。
 決して新しくはない。けれど、その音はピンポイントで、特定の世代の心の琴線を震わせる。今の音楽のトレンドを追うことから降りてしまった、アラフィフ世代のそれに。
 彼ら(俺含む)が悪いわけではない。いい悪いで分けるのは、ちょっと乱暴だ。
 ただ、Roddyもまた、そんな最前線から降りる道を選んでしまった。メジャーから身を引くというのは、ある意味、そういうことだ。

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 Beautiful South 同様、初期のネオアコ路線のイメージがずっとついて回っているAztec Camera 、特に日本だと、その枕詞で紹介されることが多い。ていうかそれだけだよな。再発される時は、ほぼ必ずネオアコ絡みだし、実際リリースされるのも、初期2枚ばかりだし。
 どちらもアメリカではさっぱりの売り上げだったため、派手に紹介しようにも話題がないこの2組。実際のところ、ネオアコ期の作品は、それほど大きなセールスを上げていたわけではない。Beautiful South最大のヒットは、シニカル・ポップ路線がピークに達した『Blue is the Color』だし、Aztec Cameraも商業的に成功したのは、3枚目の『Love』である。
 UK最高3位をマークした、最大のヒット・シングル「Somewhere in My Heart」を収録したこのアルバムでRoddy 、それまで確立したネオアコ色を一掃する行動に出た。トップ40仕様の、ブラコン・テイストのダンサブルなアレンジは、インディーでは獲得し得なかった幅広いファン層をつかむことに成功した。
 もともと80年代アーティストの中では端正な顔立ちをしていたRoddy 、当時はしょっちゅうメディアにも露出しており、中性的なイメージのピンナップやフォト・セッションを多く残している。今でもRoddy のイメージといえば、この時代の印象が強い。ちょっとナーバスで、母性本能をくすぐる面影のインディー期を経て、メジャーに移った途端、リア充デビューした、そんな印象。

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 この路線でもうちょっと進めていけば、AOR寄りのポップ・スターとして、Phil Collinsの後釜ポジションに収まっていたかもしれないのに、コンテンポラリー路線はこれっきりとなってしまう。リア充デビューして、パリピ的ライフを満喫してはみたけれど、やっぱどこか場違い感が拭えなかったのかね。
 その後は、あらゆるジャンルを右往左往する、終わりの見えない自分探しの旅。「安住を拒む音楽的冒険」といえば聞こえはいいけど、要は何をやっても「ここじゃない感」が顔を出して思い悩んじゃうんだろうな。
 「僕が探し求めていたのは、正しくコレなんだ」と確信を得ても、その数秒後には、収まりの悪さを感じている「もう1人の自分」がいる。「やっぱオレはギター・ロックだぜっ」と思い立って、元ClashのMick Jones を誘って「Good Morning Britain」を歌いながらも、次の瞬間には、スペインに魅了されてスパニッシュ・ギターを奏でてしまう、もう何が何だか予測不能の音楽性。
 並みのミュージシャンなら、そんな思いつきや付け焼き刃では、すぐボロが出て散々な仕上がりになってしまうけど、Roddy の場合、器用なぶんだけ、どれもそれなりに形になってしまう。
 ひとつのジャンルに深くこだわらないため、場合によっては物足りなく感じる場合もあるにはあるけど、誰もポップ・ソングに、そこまで深くは求めない。そういったフットワークの軽さを、ファンもまた楽しんでいたわけだし。

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 そんな自分探し的な音楽活動ゆえ、オーソドックスなバンド・スタイルというのは、足かせとなってしまう。メジャー・デビューして間もなく、Aztec Cameraは固定メンバーが続々フェードアウトしてゆき、気づいた頃にはRoddy を中心としたユニット・スタイルへと移行していた。
 アルバムごと・シングルごとに曲調を変えるたび、それに応じたメンバーを集める手法は、特別なものではない。パーマネントなバンドを持たないソロ・アーティストなら、よくあるスタイルではある。
 とはいえ、定期的にメンバーを一新してしまうと、音作りの前にまず意思疎通、コミュニケーションが必要になってくる。ある程度、顔見知りならまだ難しくはないけど、音楽的な相性となると、こればっかりはやってみないとわからない。
 話も合う飲み友達だからといって、バンド運営がうまく行くかと言ったら、それはまた別問題である。そこまで単純な話ではないのだ。
 運命共同体的な意識で永続的な活動を行なうのがバンドであるならば、ソロ・プロジェクトというのはもっとドライで刹那的、作り上げたら終わりである。次のプロジェクトも同じメンツになるとは限らないのだ。
 多様な音楽性を表現することに絞って言えば、それは有効な手段ではあるけれど。

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 もはや名前だけのバンドAztec Camera を終了させ、ソロ・デビュー作となった『North Star』。名前も変えたし心機一転、と行きたいところだけど、サウンド・コンセプトは、ほぼ『Freatonia』を踏襲したものになっている。レコーディングに参加したメンバーもほぼ引き継がれているので、似ているのは当たり前か。
 Roddy にとって、Aztec Cameraというブランドが、もはやその程度のものでしかなかった、という証でもある。名義変更もワーナーとの契約に伴うだけのものであって、特別感傷的になる事象ではない。それよりは次回作、『Frestonia』構想時からすでにずっと先を見ていた、ということであって。
 -これで完璧、というわけではない。バンド・サウンドというには、Roddyのパーソナリティが強く、アンサンブルも面白いものではない。
 ただ、Aztec の看板を背負ったままでは、またワーナーの庇護を受けてでは、そして独りよがりの才能だけでは、表現しきれない、そんな世界を見てしまったのだ。
 迷いがないわけではない。
 「本当にこの音でいいのか?」。
 スタジオで苦闘しながら、Roddyはそう思っていたのかもしれない。
 でも、そんな迷いを小手先で器用にまとめてしまうのではなく、バンドの力を借りながら、前へ進もうとする気概があらわれている。
 オープニングから「Back to the One」だもの。再スタートには、ふさわしいタイトルだ。


The North Star
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1. Back To The One
 ギター・プレイが多彩で、これまでと違う気概を感じさせる。弦のスクラッチ音なんて、これまで聴こえなかったもの。しっかりしたリズム・アレンジから言って、従来のプロデューサー主体、Roddyの主観のみで作られたのではなく、バンドときちんとコンタクトを取って練り上げたものなのだろう。
 今ごろになってバンド・マジックに魅せられたのか、ヴォーカルもちょっと荒々しくてラフな感じ。繊細さよりカタルシスを選んだ、そんな印象。



2. The North Star
 曲調だけで見ると、後期Aztecのメロディ・ラインだけど、バンド・セットでのレコーディングだけあって、疾走感がプラスされている。曖昧な音色のアンビエント調シンセでごまかすのではなく、ここではギターを弾きまくっている。アコギも上手いけど、やっぱエレキだよな、この人。
 とは言ってもノリ一発・勢いだけでおしきるのではなく、中盤のセンチメンタルなヴァ―スでキュンとさせるのは、さすが。サラッとこういう構成にしちゃうから、なかなかあなどれない。

3. Here Comes The Ocean
 80年代初期を思わせる、ちょっと古めのエフェクトをかけたギターのアルペジオをベーシックに、メランコリックなメロディを聴かせるナンバー。これこそ教授に磨きをかけてもらった方が良さげな気がするけど、バンドでチャレンジするのも、なかなか一興。ネオアコ風味がノスタルジーを誘う。

4. River Of Brightness
 壮大なスケール感を想起させる、ダイナミックなアレンジのミドル・バラード。Roddy自らつま弾くマンドリンの音色が、トラディショナルっぽい。かつてなら、もっと重厚に、長尺のバラードに展開しそうなところを、すっきり4分台にまとめている。

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5. Strings
 シリアスなバラード。教会を思わせる荘厳としたハモンドが鳴り続ける。こういうのも1曲くらいはあっていいけど、陰鬱としたムードは、あんまり好みじゃない。あくまで俺目線だけど。

6. Bigger Brighter Better
 なので、こういったサラッと大人びたアコースティック・ナンバーが出てくるとホッとする。実際、ファンの間でも人気が高く、ライブでも定番となっている。弾き語りでも十分間が持つ曲なので、使い勝手もいいんだろうな。テーマも前向きだし。



7. Autumn Flower
 でも、ちょっと油断すると、こういったしっとりしたナンバーが出てくる。ピアノメインじゃなければ、もうちょっと軽く聴けるんだけどな。

8. Reason For Living
 シングルにもなった、こちらもセットリストには高確率で入るロッカバラード。あんまり端正にまとめるより、ちょっととっ散らかったくらいの方が、この人の場合は入り込みやすい。多分、自分でプレイしてても、こういったテンション高めの楽曲の方がハマることはわかってるはずなんだけど、なんかこじれちゃうんだよな。そんなにポップ・スター時代にトラウマがあったのか。

9. Sister Shadow
 ネオアコというよりは、オーソドックスなスタイルのフォーク・ロックといった印象。別段、新しいことをやっているわけではない。好きにギターを弾きまくって、朗々と歌っているだけだ。でも、それがいい。俺たちが求めているRoddyの姿とは、まさしくこれなのに。

10. Hymn To Grace
 アルバム最後は、しっとりしたエピローグ的な弾き語りバラード。いま思えば、これが次作『Surf』の予告編だったのか。歌声とギター・プレイ。たったそれだけなのに、心に染み入ってくる。でもね、全篇これで通しちゃった『Surf』。あれは極端だよ。1~2曲だから、いいんであって。



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いまも軽く扱われている、最後のオリジナル・アルバム - Wham! 『Music from the Edge of Heaven』

folder 1986年リリース、頂点を極めたUKポップ・デュオWham! 3枚目にして最後のオリジナル・アルバム。ちなみにこのアルバム、正式なオリジナル・アルバムのはずなのに、発売されたのは日本とアメリカのみ、本国イギリスを含む他の国では、2枚組ベスト・アルバム『The Final』がリリースされていた。しかも日本では、ちょっとだけ時期をずらして『The Final』もリリースしてしまうという、まことに意味不明な営業戦略。
 解散が決まっていたこともあって、プロモーションだってもちろん本人不在、本国UKエピックも混乱した無法状態の中、チャート的にはUS10位・オリコン9位。案外そこそこの成績を残している。
 ちなみに『The Final』も、UK2位のほか、世界各国でトップ10に入る売り上げを記録している。さらに日本でも11位と、2枚組にもかかわらず『Music from the Edge of Heaven』(長ぇ)と並ぶ成績。しかもベストだというのに、ボーナスDVDを抱き合わせた25周年記念エディションまでリリースされている。
 それに引き替え『Music from the Edge of Heaven』(長ぇ)、リマスター化もずっと後回しにされ、iTunesに登録されたのも、つい去年の話。最後のオリジナル・アルバムだというのに、何だかえらくぞんざいな扱いである。

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 人気絶頂のアイドル・ユニットによる、唐突な解散宣言の影響は、応援していたファンだけでなく、元凶となったエピックにも大きく波及した。
 せっかくの稼ぎ頭がいなくなって、今年度の営業計画はどうする?ニュー・アルバムだってまだ製作中なのに、ほとんどでき上がっていないみたいだし、リリース計画はどうしよう?
 それまでの段取りやこれからの展望も全部吹っ飛んでしまい、世界中のエピック・レコード支社は、もう上へ下への大騒ぎ。対応に追われるがあまり、指示命令系統はグッチャグチャになった。
 本国UKエピックにお伺いを立てても、国際電話やテレックスだけでは意思疎通もままならず、朝令暮改がハイペースで行なわれる始末。使えねぇよな、こういう時、ホワイトカラーって。

 全8曲中、純粋なアルバム用書き下ろしは3曲のみ、残りは過去のシングルやGeorge のソロ、既発曲「Blue」のライブ・バージョンで構成されている。普通、書き下ろしオリジナルに、ライブなんて収録するか?それって要するに、ボーナス・トラックじゃん。それくらい、タマがなかったのが見え見えである。
 それならそれで、こじつけたようなオリジナルなんか作らずに、『The Final』一本に絞っちゃえばよかったのに、なんで作っちゃったのかね。まぁエピック上層部の思惑やら契約枚数やら、叩けば埃っぽいキナ臭い話があるんだろうけど。大口注文先のアメリカ・エピックが、何としてでもオリジナルを作れ、ってゴリ押ししたんじゃないか、と邪推。
 第一、『Music from the Edge of Heaven』、『The Final』とは、収録曲が相当かぶっている。どうしても「Blue」ライブ・ヴァージョンと「Wham Rap!」ニュー・ヴァージョンが聴きたいというのなら話は別だけど、そんなのは多分ごくごく少数、どうひいき目に見たって、『The Final』の方がお得感が強い。
 エピック・ジャパン的には、英米エピックのパワー・ゲームに挟まれながら、解散騒動のどさくさで手を変え品を変え、複数のアイテムをリリースしてうまく売り逃げた、という結果オーライ。コレクションはなんでもコンプを目指してしまう、日本人の特性とうまくシンクロした。

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 Wham! の解散理由というのが、「エピックの親会社であるソニーが、当時アパルトヘイトを実施していた南アフリカ共和国と貿易を続けていることへの抗議」という説。チャラいポップ・ユニットの発言っぽくないな。
 大抵、バンドの解散といえば、金や女がらみ、もしくは人間関係のゴタゴタと相場が決まっている。なので、Wham! の場合だと、フロントマンGeorge Michaelにとって、相方Andrew Ridgeleyの存在がジャマになっただけなんじゃないの?と単純に思ってしまうけど、一面的な見方だけでそうとは言い切れない。
 1980年代、サッチャー政権下のUKでは、フォークランド紛争と経済政策の失敗が引き起こした不況によって、一般大衆は常に不満は募らせていた。労働者階級出身が多いミュージシャンやアーティストらは、事あるごとに政権や王室への批判を歌い、また発言を繰り返していた。国営であるBBCがモンティ・パイソンを放映しちゃうお国柄である。息を吐くように体制批判を吐露する人種、それが伝統的な英国人である。
 なので、1986年前後の欧米ミュージック・シーンを俯瞰してみると、その公式ステートメントが単なる建前じゃないことが理解できる。

 1980年代は、ポピュラー系のアーティストが、弱者救済に積極的に介入を始めた時代である。欧米を中心としたキリスト教的倫理観のもと、無償の善意を振りかざした、様々なプロジェクトが誕生した。
 エチオピア難民の現状を嘆いたBob Geldof が言い出しっぺとなったバンド・エイドを皮切りに、アフリカ飢餓救済を目的としたUSA for Africa 、アパルトヘイト政策への反対声明としてサン・シティが立ち上がり、多くのユーザーから支持を得た。豪華アーティスト集結による、音源作成や大規模コンサートは一種のブームとなり、その後もチャリティの名のもと、様々なプロジェクトが企画されることとなる。
 「遠いアフリカやアジアの難民を嘆くのも結構だけど、自分たちの身近で苦しんでいる人たちも救おうじゃないか」と、アメリカの零細農民救済で立ち上がったファーム・エイドまで行くと、もうお題目なんて適当につけちゃって、大勢で集まって盛り上がろうぜ的なムードが漂ってくる。それも国難には変わりないけど、なんか方向性違くね?とツッコミたくなってしまう。

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 信仰の度合いの差はあれど、プロテスタントから由来する教条主義の支配下にある大英帝国民、George Michael もまた例外ではなかった。20代ですでにあり余る成功を収めてしまい、望むものは大方手に入れてしまった。となると、目指すのは形あるものではなく、名誉や虚栄心、それらの充足ということになる。
 Boomtown Rutsが失速して、開店休業状態だったBob Geldofは純粋な使命感に基づいての行動だったに違いないけど、その他の参加メンバーといえば、Paul McCartneyを始めとして、Sting、Phil Collins といった錚々たるメンツ。いずれもロック・セレブのハシリの面々である。
 80年代に入ると、それまでレコード会社の言いなりで不遇をかこっていたアーティストらの権利主張が通るようになり、著作権管理や法整備がキチンとなされるようになった。ド派手な高級車や使い放題のドラッグでごまかされていたアーティストらも、税理士の尽力によって正当な印税配分を受けられるようになり、ひとかどの財産を築けるようになった。
 生活の心配がなくなると、心に余裕もできる。周囲の恵まれない者に施しを行なうのは、欧米セレブの義務である。海外のスターが有名になると、やたら寄付やボランティアに精を出すのは、言っちゃえば税金対策の一環でもあるのだけれど、そんな宗教観が根付いているからである。

George-Michael-dead-Wham

 前時代的な人種差別がまかり通っている南アフリカ。何の罪もない弱者が不当な扱いを受け、虐げられている中、白人専用の高級デパートでは、自分たちのレコードが販売されているのだ。不当な差別に無自覚な白人たちがポップ・ミュージックを買い求め、そしてその収益を当然の営業活動の成果として、悦に入る無自覚な経営陣たち。そこから得た金は、虐げられた者たちの血と汗でまみれているかもしれないのに。
 若く清廉潔白なGeorge は、そんな理不尽な状況を打開するため、Wham! の活動終了を決意する。周囲の説得や干渉は強かったけれど、最終的には2人で出した結論だった。
 長く疲弊するツアーの影響もあって、盟友Andrew との関係は、以前ほど親密ではなくなっていた。ビジネスでの関係修復は、もう手遅れの域に達していた。
 でも。
 GeorgeにとってAndrewにとって、2人はお互い、随一無二の友だちだ。
 これ以上、関係をこじらせるわけにはいかない。
 一旦、活動休止してソロ活動するのもアリだったかもしれない。Andrew なら、きっと許してくれるだろう。
 でも。
 これ以上、無自覚な彼らを利するのは、絶対にイヤだ。

 Georgeの勇気ある決断によって、Wham! はレコード会社、そしてマスに消費されることなく、伝説となった。
 そのおかげで、刹那的な流行りものと思われていた歌たちは、いまも多くの人たちに永く愛され続けている。



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1. The Edge of Heaven
 1986年シングル・リリース、UK1位US10位を記録、解散がインフォメーションされていたこともあって、世界各国でベスト10入りを記録した。これまでのモータウン・ポップを基調としながら、ブロウしまくるサックスやハード・ドライビングなギターもフィーチャーされ、従来のお手軽ポップとは一線を画してる。Georgeのヴォーカルも甘さは少なく、ワイルドさが引き立っている。

2. Battlestations
 普通、大物ポップ・アーティストのアルバムだったら、冒頭3曲くらいはノリノリのイケイケな勢い重視のアップテンポが多いはずなのだけど、ここでは一転して地味なチューン。ほぼリズム・ボックスだけのバッキングに、エフェクトをかけてコンプしたヴォーカル。ていうかこれ、デモ・テイクじゃね?と疑ってしまうクオリティ。
 すごく深読みすると、後の「I Want Your Sex」に繋がるデジタル・ファンクへの伏線といった見方もできるけど、ちょっとファンクネスが足りない。

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3. I'm Your Man
 「Freedom」のリズム・トラックだけ抜き出して再利用したような、典型的なモータウン・ポップの80年代版。『Make it Big』期は聴いててワクワクしたものだけど、やっぱり二番煎じや三番煎じともなると、感動も薄くなる。
 多分、それは演者側にも言えることで、こんなポップ・ナンバーならいくらでもできるんだろうけど、もうこういった曲を量産できる場所に、Georgeはいなかった。次のステップはもう見えていたのだ。
 シングル・チャートでは、UKはもちろん1位、USでも3位を獲得。

4. Wham! Rap '86
 1982年のデビュー・シングルのリミックス・ヴァージョン。オリジナルに既発のリミックスが入ること自体が奇妙だし、80年代に流行した12インチ・シングル仕様のダンス・ミックスなので、冗長な部分が多い。ダンスフロアで流す分にはいいけど、リスニング的にはやっぱりオリジナルかな。どうにか尺を稼ごうとしたのがミエミエのトラック。

5. A Different Corner
 最後の世界ツアー後、ユニットとして沈黙していた頃、前触れもなく突如リリースされた、Georgeのソロ・デビュー・シングル。だからWham! 名義のアルバムなのに、なんでソロ名義の曲が入ってるの?もうわかってると思うけど、これがザッツ大人の事情。
 UK1位US7位を記録しながら、曲調はえらい地味なバラード。静かでありながら情熱的、エモーショナルなヴォーカライズはFreddie Mercury を連想させる。のちの追悼公演で話題となったパフォーマンスを予感させる名演。

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6. Blue (live in China) 
 1983年リリース、5枚目のシングル「Club Tropicana」のB面に収録されたのが初出で、アルバムでは初収録。オリジナルは半分デモ・テープみたいなテクノ・ポップで、埋め曲みたいな扱いだったけど、ここではAOR調のコンテンポラリー・ポップとして生まれ変わっている。
 当時は表現力やスキルが追いつかず、消化不良気味だったのを、女性コーラスやホーン・セクションで武装して見事なアンサンブルで組み、ライブの定番バラードとして蘇生させた、といったところ。

7. Where Did Your Heart Go? 
 ここ20年くらいでStonesのプロデューサーとして名を馳せたどころか、いつの間にかブルーノートの社長の座に収まっていたDon Wasが80年代に率いていたバンド、Was (Not Was) が1981年にリリースしたシングルのカバー。
 アレンジはオリジナルに比較的忠実だけど、ヴォーカルのポテンシャル的にGeorgeの方が圧倒的に勝っている。バラードとなると、感情移入マックスで世界観を牛耳っちゃうので、並みのシンガーでは歯も立たない。
 UK1位US10位をマークした、現役活動時最後のシングルとなるけど、日本ではその曲の良さが充分伝わらなかった。だって…、邦題「哀愁のメキシコ」だもの。サンタナじゃあるまいし、なんでこんなイロモノっぽいタイトルつけたんだか。



8. Last Christmas
 ラストは超有名曲。何の説明もいらないよな。重箱の隅もつつきようがない、ファニーでポップで完璧な歌。
 グダグダな経緯でリリースされることになった不幸なアルバムだけど、これが入ってることで、すべてのマイナス要素がチャラになってしまう。そんな名曲。
 







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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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