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#Pop : Japan

80年代アイドル・ポップス、ひとつの頂点。 - 松田聖子 『ユートピア』

Folder ちょっと前の話になるけど、それほど人も来ないこのブログのアクセス数が、爆発的に伸びたことがあった。これがよく聞くバズるという現象なのかと調べてみたところ、発信源はTwitterだった。
 このユーザーさんに、以前書いた松田聖子『Candy』のレビューを紹介していただき、それをさらに松本隆さんにリツイートしていただいていた。ありがとうございます。
 そうなるともうこっちは大騒ぎ、アクセスが伸びるわ伸びるわ、逆に怖くなっちゃったくらい。すごいよな、有名人パワーって。
 ちょっと遅くなったけど、その波に乗っかる形で、今回は松田聖子。

 1983年リリース、7枚目のオリジナル・アルバム。チャートはもちろん最高1位、当時で63万枚を売り上げおり、年間チャートでも堂々3位にランクインしている。
 先日の山下達郎『メロディーズ』のレビューでも触れたけど、この年は映画『フラッシュダンス』のサントラと、当時、世界を股にかけたディナー・ショー歌手だったフリオ・イグレシアスら洋楽勢が1、2位を独占しており、邦楽ではこのアルバムがトップとなっている。サザンやマイケル『スリラー』、達郎を抑えての成績なので、固定ファン以外への訴求力も強かったことが、結果としてあらわれている。

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 聖子以降の女性アイドル勢力図としては、目立ったところでは河合奈保子と柏原芳恵が中堅ポジションに落ち着き、その後、大豊作となった82年組の台頭、明菜をトップにキョンキョン、松本伊代が後に続いている。これが明けて83年になると状況は一転、のちに「女性アイドル不作の年」として語り継がれている。
 多少なりとも知名度のあったアイドルをピックアップしてみても、シングル・ヒットを放ったのは伊藤麻衣子と岩井小百合くらい、しかも、お世辞にも大ヒットとは言えなかった。のちにバラエティやドラマで注目を浴びることになる松本明子や森尾由美も、当時はその他大勢、行ってしまえば泡沫アイドル扱いだった。
 あまりいい目を見てなかった83年組だけど、今年に入ってから何か吹っ切れたのか、そんな鳴かず飛ばずぶりを自虐的にアピールした「お神セブン」というユニットで活動している。あまりに地味なくくりのため、単発的な小規模イベントくらいでしか需要がないのが現状だけど、長く生き残ってきた面々だけあってトークはそこそこ面白そうだし、生暖かい目で見るには肩も凝らなくていいんじゃないかと思う。なんか俺、すごく適当に書いてるな。
 ちなみに84年になると、菊池桃子や荻野目洋子、岡田有希子らがデビューしており、一気に華々しくなる。ますます谷間が際立つよな。

 70年代の女性アイドルにおけるビジネス戦略は、総じて長期ビジョンに基づいたものではなかった。演歌やムード歌謡以外の女性歌手は消費サイクルが早く、基本、季節商品として一定期間に売り切り、次のシーズンに新たなモデルを導入してゆくという、ファストファッション的な方法論がセオリーとされていた。
 ひとつの楽曲・ひとりの歌手に手間と時間をかけて育ててゆく手法は、草の根的に全国をくまなく巡る演歌や歌謡曲の歌手向けとされ、女性アイドルに応用されるものではなかった。地道なドサ回りで一枚一枚手売りするより、鮮度の良いうちに大量のテレビ出演で認知度を引き上げ、あとは全国キャンペーンで短期回収を図ることが、賢いやり方だとされていた。
 今でこそ、30過ぎで堂々アイドルを名乗ったりで、相対的に寿命は長くなっているけれど、当時は二十歳を過ぎるとアイドル路線は終了、女優に転身するかはたまた結婚・引退するか、道は二択しか残されていなかった。応援する側も演じる側も、そして供給する側も、「アイドル=十代限定」という共通認識を持っていた。ほんのごく一部のトップ以外は、年が明けると、賞味期限切れのレッテルを貼られた。本人の意向が受け入れられることはまずなく、無言のプレッシャーによってフェードアウトを余儀なくされた。
 ビジネスモデルとしては、それほどイレギュラーなものではない。アイドルを演じる方だって、若いうちの想い出作りとして、ある程度は折り込み済みだったはずだ。女優やムード歌謡へのステップとして割り切らない限り、そんなに長く続けられる稼業ではない。
 -アイドルとは、成長してゆくもの、そして、ファンも同様に成長してゆく。
 そんなビジョンを描ける製作者は、まだ少数派だった。鮮度のいいうちにチャチャッと売り逃げることこそ、美徳とされていた時代だったのだ。

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 そんな非生産的な消費サイクルに一石を投じたのが、聖子と同じCBSソニー、山口百恵のリリース戦略だった。
 十代少女の美しく儚い瞬間を拡大再生産するのではなく、それまで未開拓だった「成長するアイドル」という概念を持ち込んだのが、ソニーのプロデューサー酒井正利だった。うら若き少女が、ひとりの女として脱皮してゆくプロセス、アイドルとしてNGだった恋愛→結婚という過程を経て、華々しく引退してゆくフィナーレまでのビジョンを描き切ることができたのは、百恵という素材ももちろんだけど、酒井をリーダーとしたCBSソニー制作陣の功績が大きい。
 その百恵不在後、バトンを引き継いだのが聖子だった、という次第。

 とはいえ、最初から聖子が百恵の後継者とされていたわけではない。デビュー時は他の有象無象のアイドル同様、同じ場所からのスタートだった。
 当時、同じCBSソニーの同期に、浜田朱里というアイドルがいた。元気いっぱいでコケティッシュなムードの聖子とは対照的に、浜田は少し背伸びした大人の女性路線を志向しており、ポスト百恵としては、彼女の方が近いところにいた。楽曲の傾向も、後期百恵路線を踏襲したシックなテイストのものが多く、カワイ子ちゃんタイプの女性アイドルとは一線を画していた。
 ただ、百恵のフォロワーとして売り出された浜田だったけど、そのシックさが仇となり、聖子と比べるとアイドルっぽさが薄く、華がないことは致命的だった。女性アイドルのメインユーザーである、イカ臭い中高校生男子にとって、浜田で妄想を掻き立てるのは難しかった。当時、ブリッ子ポジションだった聖子に人気が集中するのは、ある意味理にかなっていた。

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 浜田の失速によって、結果的にポスト百恵の座は、聖子が鎮座することになる。俺が思い出す限り、その後、CBSソニーからは三田寛子や河合その子が続いてデビューしているけど、百恵や聖子ほどの勢いはなかった。南野陽子が取って代わるまで、聖子の長期政権が続くことになる。
 そんなシフトチェンジが明確になったのが、6枚目のシングル「白いパラソル」だった。作詞家として松本隆が初めて起用され、ここからしばらく全盛期の世界観を演出することになる。

 「聖子プロジェクト」における松本の役割は、単なる一作詞家の守備範囲を大きく飛び越え、中・長期的なビジョンに基づいた総合プロデュースを担っていた。歌謡曲の職業作家をあえてはずしたキャスティング、アーティスティックなビジュアル・イメージの演出など、その業務は多岐に渡っていた。
 ソニー・サイドとしても、定番のプロ歌謡曲作家より、新鮮味のあるニュー・ミュージック系アーティスト、特にソニー所属の若手の発掘に力を入れていた。例えば大江千里や楠瀬誠志郎も、キャリアの初期に聖子への楽曲提供を行なっている。知名度も少ない彼らにとっては、ネームバリューにも寄与するし小遣い稼ぎにもなるし、ソニー的にも外部へ委託するより安く上げられるので、互いにwin-winだったんじゃないかと思われる。

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 -シングルだけではなく、アルバムでも高いクオリティを維持する。
 かつて太田裕美で行なった、アーティストとアイドルのハイブリッドという壮大な実験が「聖子プロジェクト」であり、その最初の成果が、初期の名盤『風立ちぬ』である。
 松本の盟友大滝詠一と鈴木茂とをサウンド・プロデューサーに迎え、「ほぼ」はっぴいえんどのメンバーが総力を挙げて作り込んだシンフォニーは、同世代アイドルのクオリティを軽々と超えていた。特に「ロンバケ」フィーバーの余韻をそのまんま移植したA面は、60年代ガールズ・ポップをモダンにビルドアップさせたゴージャスなサウンドで構成されており、聖子ファン以外のうるさ型音楽マニアをもうならせた。

 逆説的に言えば、「聖子であって聖子にあらず」、俺的には「これってやっぱ、大滝詠一の作品だよな」感が強い。誤解を恐れずに言えば、ほぼオケはロンバケなので、大滝のカラーが強すぎる。当時のヴォーカル録りはなかなか難航したらしく、聖子も天性のカンの良さでどうにか歌いこなしている。大滝思うところの女性アイドル像はうまく具現化されているのだろうけど、聖子ファンの立場からすると、ちょっとデフォルメされ過ぎなんじゃね?感が相まっている。
 デビューしてまだ2年足らず、まだ百恵ほどキャラクターを確立していなかった聖子に対し、記名性の強いナイアガラ・サウンドは、ちょっとアクが強すぎた。大滝のプロデュース力は見事ではあるけれど、でもこのサウンドだったら聖子である必然性はない。
 そんな反省を踏まえたのか、単独のサウンド・プロデュースというスタイルはこれ一回のみで終わる。その後は松本とCBSソニー若松宗雄ディレクターがコンセプト立案、カラーに合ったコンポーザーをその都度起用してバラエティを持たせる方針に起動修正される。変にナイアガラ一色で染めてしまうより、多種多様なタイプの楽曲を歌いこなしてシンガーの経験値を上げてゆく方が、育成戦略としては得策だった。

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 で、そんなメソッドと聖子のポテンシャルとがうまくシンクロし、一曲ごとのクオリティの高さとトータル・コンセプトが具現化されたのが、この『ユートピア』ということになる。やっと辿り着いた。
 『風立ちぬ』が「大滝詠一プロデュース」という明確なサウンド志向をアピールしているのに対し、『ユートピア』は個々の楽曲レベルが高いこと、また聖子自身の歌唱反射神経がピークに達しているため、特にコンセプトで縛らなくても統一感が醸し出されている。一貫した美意識に基づいた松本の世界観、そして聖子同様、どのジャンルの楽曲にも対応できる現場スタッフらの連携がうまく噛み合ったことによって、芸術性だけでなく、セールス面でも大きく貢献している。

 作曲クレジットを見ると、財津和夫や 細野さんはいわゆるレギュラー、これまでの実績も含め、登板率は高い。杉真理なんかは同じCBSソニーの絡みだろうけど、そんなメンツの中でちょっと異色なのが、甲斐よしひろ。レコード会社も違えば、楽曲提供に力を入れていた時期でもないのに、なぜか2曲も書き下ろしている。
 甲斐自身がソニーへ売り込んだとは考えづらく、恐らく松本か若松かがオファーしたのだろうけど、ニューヨーク3部作の製作中でハードボイルド・モードだった彼にアイドル・ポップの発注をかけるとは、なかなかの英断である。しかも、仕上がってきたのが「ハートをRock」、シングル以外の人気投票では上位に入る隠れ名曲である。60年代ロックだけではなく、古い歌謡曲をも幅広いバックボーンとしていた甲斐のソングライティング力はもちろんだけど、多分、そんな背景を知らずにオファーをかけた松本らの慧眼ぶりも、なかなかのものである。

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 そんな選び抜かれた猛者たちが、「松田聖子」というアイドル=偶像をモチーフとして、メロディを作る。甲斐も細野さんも、自作自演のシンガー・ソングライターである。なので彼ら、普段は自身が歌うために曲を作る。他人に向けてメロディを書くには、違う角度からのアプローチが必要になる。
 極力、聖子の歌唱スキルやキーに応じたメロディを書く者もいれば、頑として我流を崩さない者だっている。松本とレコーディング・スタッフによるトータル・コーディネートを通すことによって、ある程度の平準化は成されるけど、それぞれ固有のクセはどうしたって出てくる。
 ヴォーカル録りや解釈に時間はかけられない。睡眠時間すら大幅に削られた過密スケジュールの中、求められるのは瞬発力だ。
 仕事の合間を縫ってスタジオに飛び込み、仮ヴォーカル入りのオケを聴きながら、歌詞を頭に叩き込む。何回もテイクを重ねる時間もないし、第一、喉がそんなに保たない。
 必要なのは、脊髄反射と洞察力、そして度胸。
 80年代を通して、それらの要素が最も秀でていたのが、松田聖子という存在である。


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1. ピーチ・シャーベット
 甘くてキュートでそれでいてちょっぴり背伸びした大人の女性に憧れてでもどこかあどけなさの残る爽やかなカップルの様子を、敢えてベタなストーリーに仕上げている。「Sexy」なんてコーラス、まるで身もフタもない。1曲目なんだから、紋切り型でもいいんだよ。
 ちょっとオールディーズ風味なメロディを書いたのは杉真理。同時期に、堀ちえみ出演のセシルチョコレートCMソング「バカンスはいつも雨」によって、一気に知名度を上げている。この時期の彼は、ノリに乗っていた。
 ステレオタイプな歌詞とメロディということは、女性アイドルの話法に則って作られているため、表現力が試されるのだけど、ここでの聖子のヴォーカルは、ほんと神がかっている。こんな風に歌われちゃ、当時の中高校生男子は、一気に心が持ってかれてしまう。

2. マイアミ午前5時
 地味ながらも正統派のメロディを書く職人来生たかおによる、リリース当初から人気の高かった隠れ名曲。当時、アイドルのアルバム収録曲は世間的にも重要視されておらず、ヒット曲以外は穴埋め曲で構成された乱造品も珍しくなかった。そんな中、聖子のアルバムはどれも高いクオリティで維持され、ラジオで紹介されることも多かった。そういったアイドルは、多分聖子が最初だったはず。
 語感と直感で「マイアミ午前5時」って決めちゃったんだろうけど、この曲も1.同様、なかなかクセの強い楽曲。軽快なアレンジとは裏腹に、描かれるストーリーは別れをテーマとしており、そのギャップ感がちょっと異様。

 初めて出逢った瞬間に 傷つく日を予感した

 こんなアップテンポで、普通乗せるか?こんなフレーズ。

 マイアミの午前5時
 街に帰る私を やさしく引き止めたら
 鞄を投げ出すのに

 「まちにかえるわしを やさしくひきとたら」。
 わかりやすく強調部分を太字で表現してみた。ちょっとハスキーで甘え調の聖子のヴォーカルをより効果的にするため、発語感まで緻密に計算している松本の歌詞。ヴォーカルを引き立たせるためには、時にソングライティングのエゴも抑え込んでしまう。それだけ松本が強く肩入れしていたことがわかる楽曲でもある。



3. セイシェルの夕陽
 もう35年も前の曲なのに、今も幅広い年齢層から熱い支持を得ている、大村雅朗作曲の名バラード。これの前の『Candy』収録「真冬の恋人たち」も、大人びた切ない少女の憂いを引き出すメロディ・ラインだったけど、それがさらにヴァージョン・アップ、普通ならあり得ない南海のリゾートというシチュエーションを、違和感なく演出している。いや、やっぱ強引だよな、二十歳前後の女の子が傷心旅行で海外へ、しかも当時マイナーだったセイシェルへ行くなんて、普通ありえない。
 そんな非現実的な設定で歌詞を書き、ポンと聖子に丸投げしてしまう、まるで千本ノックのような鬼しごき振り。いや、非現実=偶像、すなわちそれってアイドルの必須条件か。じゃあいいか。
 で、35年前の楽曲だし、それなりに打ち込みも使われているのに、あんまり古臭い感じがしないのは、俺の好きなAORテイストがたっぷり盛り込まれているおかげか。こうして聴いてると、聖子の表現力の豊かさがたっぷり詰まっている曲として、特筆しておきたい。考えてみれば、アイドルも含めた今の女性シンガーで、こんな風に細やかなテクニックと情感とを兼ね備えて歌う人って、もういなくなったよな。

4. 小さなラブソング
 聖子本人の作詞による、タイトル通りステレオタイプのアイドル・ソング。聖子とは相性の良い財津和夫のメロディは、破たんもなく安心して聴き通すことができる。まぁ無難な出来なんだけど。でも聖子のヴォーカルだけは尋常じゃないレベル。甘さの中に変幻自在のテクニックをぶち込んでいる。聴き流すこともできる箸休めの曲だけど、この時期の聖子は油断できない。

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5. 天国のキッス
 4月に先行リリースされた、13枚目のシングル。もちろん最高1位、年間チャートでも16位にランクイン、初期のバラードの代表曲が「赤いスイートピー」なら、アップテンポにおけるひとつの頂点である。細野さん作曲・アレンジのため、ほぼ同時期に制作された「君に、胸キュン。」とオケがまんまなのは仕方がない。
 
 愛していると 言わせたいから
 瞳をじっと 見つめたりして
 誘惑される ポーズの裏で
 誘惑している ちょっと悪い子

 他愛ない恋の駆け引きを簡潔に描写している。あまり説明口調にならないのが松本の歌詞の特徴であり、だからこそ、シンガーによる解釈と表現力とが問われる。彼の意図を最も深く理解していたのが、当時の聖子だった。

6. ハートをRock
 聖子以外にも明石家さんまやTOKIOにも楽曲提供している甲斐、ここではなぜか本名甲斐祥弘名義でクレジットされている。なんか感じだと微妙な気がするのは、俺だけじゃないはず。
 大村雅朗アレンジによるモータウン・ビートは、ある意味、70年代から続くアイドル・カバーの伝統に則っており、そのマナーに従って、聖子も可愛くキュートなアイドルとして、この曲を料理している。
 なので、甲斐もステージでこの曲をセルフ・カバーしているのだけど、それはやっぱちょっと無理やり感が強い。まぁファン・サービスみたいなものだけど、やらかしちゃったよな。



7. Bye-bye playboy
 初期はシングル楽曲を多く書き下ろしていた財津和夫だったけど、この時期になると彼の曲がシングル候補に挙がることもなくなり、ほぼアルバム楽曲専門となっている。とはいえ、ムラの少ない安定した楽曲制作力は得難い存在であり、聖子プロジェクトにおける彼の登板率は、恐ろしく高い。特別、松本隆と近しい存在でもなさそうだけど、大きくはずすことのない安心感は、何かと便利な存在だったのだろう。なんか抑えの投手みたいなポジションだよな。
 ちょっとキーを高めに設定した、旧タイプのアイドル・ソング。ちょっと苦しめの高音部分が、声の魅力を最大限に引き出している。

8. 赤い靴のバレリーナ
 甲斐よしひろ2曲目、今度は瀬尾一三アレンジによる正統派バラード。歌詞もそれに呼応してか、センチメンタルの極致をこれでもかと抉るように掘り下げている。恋をするとネガティヴになってしまう女の子の憂いを巧みに表現している。前髪という小道具を使うところなんて、そりゃもう技巧的。

9. 秘密の花園
 「天国のキッス」からさかのぼること2か月前、12枚目のシングルとしてリリースされた。もちろん最高1位、TV出演時のタイトな白のマイクロミニが、世の男子の妄想をさらに搔き立てた。
 リリースされるまで紆余曲折があったことは、よほどのファンでも知らないはず。俺も調べてみて初めて知ったくらい。
 もともとシングル向けの楽曲を財津和夫にオファーしていたのだけど、締め切りまでにプロデューサーのOKが出ず、財津は辞退する。リリース日が迫る中、急遽、ユーミンが引き継いで、どうにか間に合った、という逸話が残っている。
 スケジュールの都合上、先に仕上がった詞に曲が後付けされる、なかなか珍しいケースだけど、そこをどうにかねじ伏せて形にしてしまうのは、さすがユーミン。でもユーミンのことだから、この甘ったるい寓話的な歌詞だったら、鼻で笑ってたんだろうな、という気がしてならない。

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10. メディテーション
 ラストはこれが初登場、上田知華作曲による変則リズムのミディアム・スロー。松武秀樹参加による影響もあって、ゴリゴリのシンセ・ベースが全篇流れており、それでいてクラシックがバックボーンの上田特有のつかみづらいメロディは、このアルバムの中でも異色の存在。これまでのセオリーと違うリズムとメロディに、さすがの聖子もついてゆくのが精いっぱいといった感じ。
 後年再評価されることを前提としているならともかく、通常のアイドル・ポップスとしてはちょっと異色すぎるかな。松本の歌詞にしては珍しく抽象的でスピリチュアル風味も漂っており、なかなか捉えどころのない曲。だから面白いんだけど。



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ポップ馬鹿としての達郎は、ここから。 - 山下達郎『Melodies』

folder 1983年リリース、7枚目のオリジナル・アルバム。前作『For You』に続きチャート1位を獲得、年間チャートでも7位にランクインしている。
 この年の年間トップは、映画『フラッシュダンス』のサウンドトラック、3位は松本隆主導によるプロジェクト戦略がピークに達していた、松田聖子『ユートピア』、次に明菜・サザンと、順当なラインナップになっている。
 ちょっと不意を突かれたのが、2位のフリオ・イグレシアス。外タレというよりディナー・ショー歌手の印象が強いので、カタカナで書いちゃったけど、アラフォー世代以下はもう知らないんだろうな。「バイラモス」をヒットさせたエンリケの親父ってことだったらわかるかな?とも思ったけど、あれだって、もう20年前なんだよな。本題と関係ないから、まぁいいか。
 続いて6位がMichael Jackson 『Thriller』。マイコーより売れてたのか、フリオ。で、この次に達郎が続く。
 単独トップこそ『フラッシュダンス』に譲ったけど、本当の意味でのこの年のトップは、断然明菜。しかも、年間トップ10圏内に3枚も送り込んでいるブッチギリ状態。さらに、ベスト・アルバムじゃなくて、全部オリジナル。出来不出来はあったとしても、尋常じゃないペースである。
 当時のアイドル歌謡曲のリリース・スパンが、シングル3ヶ月・アルバム半年が平均だったため、実現できた記録である。アニメ関連以外じゃ、こういうのってなくなっちゃったよな。

 ちょっと言いづらいけど、こんなキラ星が並んだラインナップの中では、何ていうかこう、地味で場違いな感が否めないのが、達郎の存在である。テレビでの露出が必須だった歌謡界や、いい意味でPV的な構成の『フラッシュダンス』や『Thriller』と違って、映像によるアプローチは、まったくと言っていいほどない。竹内まりやとの結婚式での取材ラッシュに辟易して、それ以降は頑なに映像での露出を拒んでおり、いまだ頑固にそのポリシーを貫いている。
 とはいえ、当時のニュー・ミュージック勢の戦略として、メディア露出を絞ってユーザーの情報飢餓感を煽ることがセオリー化していたので、達郎だけが特別だったわけじゃない。ないのだけれど、当時のTV出演拒否を謳っていたアーティストの多くが、今では普通に出演している中、彼だけは頑なに初心を貫いている。そこまでの頑固一徹さは、もはや賞賛に値する。ここまで行っちゃったら、もう引退するまで貫いてほしい。
 ビジュアル面でのインパクトの薄さは、アルバム・アートワークでも顕著にあらわれている。「FMステーション」でお馴染み、鈴木英人デザインによる、ポップでアメリカンナイズされたアートワークでパッケージされた『For You』から一転、『Melodies』のジャケットは、インパクトもなく地味である。オールディーズ・ナンバーのオムニバスのような、素っ気ないデザインとなっている。歴代のアルバム・ジャケットの中では、『Spacy』と肩を並べるくらい、掴みどころがない。
 逆に考えれば、小洒落たデザインや話題性などを抜きにして、音楽のクオリティだけで勝負する-、そんな強い決意の表れ、そして自信だったと言える。

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 JALのCMソングとなった「高気圧ガール」以外、マスコミにとって形容しやすいセールス・ポイントがないアルバムがここまで売れちゃったのも、そんな強い自信のあらわれ、真摯な決意の賜物だったんじゃないか、というのはちょっと持ち上げすぎかな。でも、当時置かれた立場的には、普通に『For You』の二番煎じでも、誰も批判はしなかったと思われるし、周辺スタッフだって、内心は気が気でなかったんじゃないかと思われる。大滝詠一だって、『Each Time』は自嘲的に「ロンバケⅡ」って語っていたくらいだし。
 達郎がデビューした頃、日本のロック/ニュー・ミュージックの市場はまだ未成熟で、単体で採算が取れるほどのレベルではなかった。吉田拓郎や井上陽水など、ごく一部のアーティストらは安定したセールスを積み上げていたけど、その他大多数は商業的にいわばお荷物、絶大なセールスを誇っていた歌謡曲の売上で活動させていただいているようなものだった。一部の看板歌手によって得た利益を再分配して次世代へ投資する、この図式は今もそんなに変わらない。まぁ市場規模が小さくなっちゃったので、原資自体が減っちゃって配分も何もなくなっちゃったけど。
 で、80年代に入ったあたりから、歌謡曲以外のシェアが増大する。さらなる売り上げ拡大を目指すアーティストもいるにはいたけれど、純粋な動機で音楽を始めた者が多かったこの時代、セールスの裏付けによる発言力を得たことによって、強いアーティスト・エゴを反映させた作品もまた多い。
 9位のユーミン『リ・インカーネーション』は、後の恋愛至上主義からは想像もつかないSFチックなスピリチュアル路線だし、11位の中島みゆき『予感』だって、ご乱心路線にギアが入り始めた頃の作品である。事実上の独立第1弾となる『Melodies』も、シングル曲以外は内省的で派手さのない、アーティスト・エゴを優先させたサウンド・コンセプトで統一されている。
 「Ride on Time」や「Loveland, Island」の拡大再生産的な「高気圧ガール」一色で埋め尽くしたって、誰もケチはつけないだろうし、市場のニーズとはマッチしている。でも、そうはしたくない、時代に寄り添い過ぎたくはない、という嗅覚が働いたのだろう。それが得策だったことは、時代が証明しているわけだし。

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 「Ride on Time」のスマッシュ・ヒットで注目され、そこから『For You』~『Melodies』と続く第一次達郎全盛期は、同時にニュー・ミュージック時代の終焉に位置づけられる。80年代後半のバンド・ブーム以前、非歌謡曲系のアーティストの主軸がソニー系ロック/ポップ系へ移行する、そのちょっと前の時代。
 70年代にデビューした、叙情派フォーク勢が中心となったニュー・ミュージック系の歌手らは、時代の趨勢に従うように、ソフィスティケイトされた洋楽テイストのサウンドを志向するようになる。赤裸々なメッセージとイデオロギーをコアとした60年代組と違って、白樺派的雰囲気フォークの後発勢らは、ポップで耳ざわりの良い英米のシンガー・ソングライターのメソッドをパクって吸収していった。男だったらPaul Simon、女ならCarole King、「第2の~」「日本の~」というキャッチフレーズが多かったのも、この頃である。
 そんな小ブームも一過性に終わり、次の元ネタを探しに次に向かったのが、アーバンで落ち着いた「大人の音楽」、Christopher CrossやBobby CaldwellらによるAORサウンドだった。一歩間違えれば演歌にも通ずる情緒的なメロディ・ラインは、日本人のメンタリティにも心地よくフィットしたため、流用するにはうってつけだった。
 達郎の場合、そんな並行輸入のAORもどきとは一線を画し、ウェットな感性を排したサウンドとメロディを持ち味としていた。ただ、「洗練された大人のシャレオツなサウンド」といったくくりで行くと、あながち間違ってはいないし、プロモーション展開としてはやりやすい。

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 「夏だ海だ達郎だ」といったリゾート・ミュージック的な捉えられ方は、自分の音楽的ポリシーや意向が完全に反映されたものではない」と後年、達郎は語っている。当時の音楽シーンを鑑みると、刹那的な流行だったと思っても仕方がない。
 ただ、100パーセント自身の嗜好が反映されたモノを作っているアーティストがどれだけいるのかといえば、実際のところ、そんなに多くはない。ていうか、むしろごく少数。
 かつてはMarvin Gayeがジャズ・スタンダードのアルバムをリリースしたり、近年でもPaul McCartneyが単発的にクラシックのプロジェクトを興したりしているけど、ほとんどは採算度外視の道楽みたいなもので、どれもヒットを前提として作られたものではない。商業ベースに乗せるためには、大なり小なり妥協がついて回るのだ。
 インタビューなどの発言やラジオの選曲傾向から、オールディーズやドゥーワップをベースとした音楽が好みであることは、よく知られている。嗜好としては間違ってはいないのだけど、本来の志向とは微妙にズレがあることは、ライト・ユーザーにはあまり知られていない。
 実際の達郎は、古くはAC/DC、近年ではEastern YouthやThe Birthdayらをこよなく愛する、意外に意外なハードロック壮年である。ただ、「自分の声質にはフィットしないことを自覚し、消去法的選択で今のような作風に向かった」と、これも自身でコメントを残している。
 達郎がインタビューで頻発して用いるのが、「商業音楽」という言葉。
 彼曰く、「不特定多数のユーザーに届かせるためには、嗜好よりも適性が優先される。商業音楽の世界では、売れないのは無と同然であり、売れる事によって初めて優劣の評価が成される」と。詳細までは覚えてないけど、このニュアンスの発言は何度か目にしたことがある。こういう事語らせたら止まらないのが、この人の持ち味でもある。
 「商業音楽」の世界で生きて行こうと決めた時点で、達郎の音楽性は狭まったのか、それとも逆にフォーカスが絞られたのか。多分、後者だろう。言っちゃえば結果論くさいのだけど、それをまた後付けで理論武装してしまうのも、この人のしたたかさである。

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 前年に立ち上げたアルファ・ムーン・レーベルへの移籍を機に、達郎は自ら作詞を手がけるケースが多くなる。それまでは、多くの作詞を吉田美奈子に委ねていたのだけど、自ら選んだ言葉とテーマを歌う行為は、今後のアーティスト活動の継続において必然と判断したのだろう。
 もともとサウンド・メイキングの方の評価が高くて、歌詞なんて添え物程度にしか考えてなかったんだから、どうせなら長所を伸ばす方向、サウンドやヴォーカルのディティールに力入れた方がいいんじゃないの?と余計な勘ぐりをしてしまいたくなる。当時の内情を知らない俺だってそう思うんだから、身近な関係者や事情通の中には、そんな風に思ってた人もいたんじゃないかと思われる。
 いざ「自分で書く」と決めたはいいけど、プロフェッショナルな職業作家ではないので、高度なレトリックやダブル・ミーニングを多用できるわけではない。気取った言い回しができるタイプじゃないし、特に30過ぎだったら、内面をさらけ出すことに対する気恥ずかしさが先立ってしまう。
 ある意味、見切り発車的な(ほぼ)全曲作詞だったため、類型的な情景描写が多く、赤裸々な心理描写を表現した作品はない。メロディ・ラインとヴォーカルの発語感のマッチングが齟齬を来たし、拙いものもあるにはある。
 「商業音楽」としてのクオリティを追求するなら、外部委託もまたひとつの手段である。製品レベルの維持安定を図るのなら、むしろ信頼できる第三者に委ねた方が合理的だ。
 でも彼は、人に書いてもらうことより、自分で言葉を選び、歌うことを選んだ。「商業音楽」の世界に生きていながら、やはりそこはアーティストだ。なぜ自分が、多くの人に作品を聴いてもらいたいのか。単なる利潤の追求なら、もっと効率的なやり方はある。
 効率的なロジックとは対極の、抑えきれぬアーティスト・エゴの発露。湧き上がる表現欲求に駆り立てられるように、その後の達郎は言葉の表現にも注力するようになる。

 後にリリースしたアルバム・タイトル『Artisan(アルチザン)』。職人をあらわす英語である。その後の彼の足取りを想えば、アーティストというより、この言葉の方がふさわしい。





1. 悲しみのJODY (She Was Cring)
 大滝詠一だったか誰だったか、「日本で最初にファルセットでメジャーになった曲」と称された、なのに8ビートのストレートなロック・チューン。ファンクやディスコと言えば16ビートだけど、敢えてそこをはずしたところに、新境地への意気込みが窺える。
 多重コーラスはもちろん、やたら重たいベースや終盤のドラム・ソロも、ぜんぶ達郎独りでこなしている。井上大輔にサックスを頼んだ以外は、ほぼ全部自分。こういうスタイルって、もっとこじんまりとまとまっちゃうものだけど、ちゃんと広がりのあるヴァーチャル・バンド・サウンドに仕上げている。この時期はあんまりライブに積極的ではなかったけど、後のバンド・アンサンブルも想定していたんだろうか。

2. 高気圧ガール
 オリコン最高17位まで上昇した、先行シングル・カット。当時のJALのキャンペーン・ソングということで、やたら大量に出稿されていたのは、中途半端な田舎の中学生だった俺の記憶にも強く残っている。ていうか、一般的な認知が定着したのは、多分この頃だったんじゃないかと思われる。
 享楽的な夏の宴を思わせるサンバのビートは、裏表もあまり感じさせず、その辺はやはりオファーに則った職人芸。「夏の男」というベタなニーズにそのまんま応えた、コマーシャルな達郎像が具現化されている。アカペラとパーカッションで構成されたイントロは、一歩間違えればエスニックな泥臭いものになりがちだけど、そういった危惧をすべて回避して、コンテンポラリーなポップ・スタンダードとして仕上げている。
 ちなみに甘い吐息の主は、しばらく明かされていなかったのだけど、正体は竹内まりや。やっぱりな。

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3. 夜翔 (Night-Fly)
 ゆったりした正統フィリー・ソウルなバラード。ベタでムーディでスウィートなホーン・セクションと優雅なストリングス。なので、決して技巧的ではないベタな歌詞がフィットする。小難しい言葉を連ねるタイプのサウンドじゃないしね。
 リリース当時は1.2.のようなアッパーなサウンドのインパクトに心惹かれていたけど、年を取るにつれ、こういったシンプルなソウル・バラードの方がしっくり馴染むようになる。
 大人になればわかるよ、そういうのって。

4. GUESS I'M DUMB
 Bryan Wilson作のカバーというのを、だいぶ後になってから知ったのだった。ちなみにYouTubeでオリジナルのGlen Campbellヴァージョンを聴いてみたのだけど、歌い方は完コピだな。達郎ヴァージョンを先に聴いてるので、俺的にはこっちがオリジナルみたいなものだけど、結構やるよな、Glen。ヴォーカルの力だけで引き込まれてしまう。
 アカペラ多重コーラスで彩ることによって、サウンドの深みがグッと引き立ったのはアイディア勝ち。ていうか、このコーラスが入ってこそ、この曲は完成したんじゃないか、とさえ思ってしまう。
 ちなみにこの曲も1.同様、達郎独りによる多重録音。この時、30歳。それでこの完成度だから、どれだけ老成してるんだよ。やっぱ若年寄だな。

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5. ひととき
 レコードではA面ラスト、本人いわく、60年代フォークっぽくやりたかった、とのことで、サウンドはポップなフォーク、ヴォーカルはちょっと抑えめのソウル・タッチ。要所を多重コーラスで締め、コンパクトにまとめている。夏っぽさどころか季節感も薄い、もう少しウェットに寄れば抒情フォークになってしまうところ。でもこの雰囲気は悪くない。3.同様、年を重ねてから聴くと、じんわり来る。

6. メリー・ゴー・ラウンド
 このアルバムのメイン・トラックのはずだったのだけど、一般的な認知度で言えば10.に取られてしまい、不遇を囲っているどファンク・チューン。ただファン歴が長くなればなるほど、この曲の人気は高くなる。
 最強のリズム・セクションだった伊藤広規(B)と青山純(Dr)によって構築された盤石のビートは、誰も太刀打ちできない。この2人の勇姿を見ることは叶わなかったけど、昨年、初めて参加したライブで、俺が最も楽しみにしていたのが、この曲。いやもう、心も体も持ってかれてしまう。



7. BLUE MIDNIGHT
 『For You』のアウトテイクということで、この曲のみ作詞が吉田美奈子。フィリーなソウル・バラードは3.と似たタッチで、いつも印象がかぶってしまう。まぁノリノリの6.の後だから、その後のクール・ダウンといったポジショニング。
 逆に言えば、このアルバムのサウンドには非常にフィットしており、よって『For You』だと入れどころに困ってしまう。すでにこういったライト & メロウ路線が芽生えていたのだろう。

8. あしおと
 こちらも『For You』時に制作された楽曲。軽いタッチのシカゴ・ソウルは、やっぱシックなこのアルバムとの方が相性が良い。肩の力を抜いたポップ・ソングだけど、コマーシャルな路線とも違う、それでいて優しく寄り添ってくる。不思議な魅力のあるナンバー。これまでも、そしてこれ以降もないタイプなので、なかなか貴重。多分、もう書けないんだろうな、こういう方向性って。



9. 黙想
 ラス前のインタールード的な小品バラード。歌詞は至ってシンプルだし、アレンジもピアノ1本。しかし、ポップのアルバムで、こんなタイトルの曲を入れるだなんて、なかなかの冒険。一過性のヒットを狙うのなら悪手だけど、長期的な展望で見れば…、ややっぱないな、普通。

10. クリスマス・イブ
 あまりに語られ過ぎてるし、誰もが知ってる曲なので、大して書くことはないけど、本格的なアカペラ・コーラスを大々的にフィーチャーされた、初めてのヒット曲。若書きとも取れる歌詞も、過度なセンチメンタリズムを避け、それでいて情熱的。考えてみれば、ソウルにどっぷり浸かっている人なので、ストレートな表現を多用するのは当たり前なのだ。
 初回の12インチ・ピクチャー・レコードを速攻で買ったのは俺の自慢のひとつだけど、金に困って売っぱらっちゃったのもまた、俺の数少ない後悔のひとつ。こういうのは手元に残しておくものだよね。みんなも大事なアイテムは、簡単に手放さないようにね。

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ナイアガラー寄りじゃない新旧ヴァージョン比較 - 大滝詠一 『ナイアガラ・カレンダー』

c0074067_19361490 1977年リリース、大滝詠一4枚目のソロ・アルバム。この年のナイアガラ・レーベルは3月に『CMスペシャル』、6月にシリア・ポールの『夢で逢えたら』、11月に多羅尾伴内楽団の1枚目、そして年末も押し迫った12月25日に『カレンダー』リリース、といったラインナップ。1枚はアーカイブ、もう1枚もインスト・セッションをまとめたものとはいえ、ほぼ独りで4枚のアルバムを製作しているのだから、そりゃあもう、いっぱいいっぱいだったことは想像できる。

 第1期ナイアガラの大滝詠一は、アーティストというより、レーベル・オーナー/プロデューサーとしての意識が強かった。単に自分名義のアルバムだけを取り扱うプライベート・レーベルではなく、プロデュース業務を主体とした、関連アーティストのバックアップと流通を取り仕切る、強い志を持っていたのだった。ただ、そういった思い違いが、レーベル運営の早すぎる破綻を招くことになる。
 正直、そんな裏方意識でいたのは、大滝だけだった。はっぴいえんど時代からの数少ないファンからすれば、「まぁ、そんなマニアックな発想も悪かないけどね、でもソロ活動もきちんとやってくんでしょ?」って感じだったし、ディストリビューターであるコロンビアもまた、メイン・アーティストは大滝と位置付けていた。
 「プロデューサー主体っていうけど、今のところ所属アーティストいないんだし、『年4枚のアルバム制作』って契約条件クリアするためには、自分のアルバムも作っていかないと、とても回らんでしょ?」。

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 レーベル設立時の大滝は、ちょうどCMソングを量産していた頃であり、創作ペースとしては順調そのものだった。なので、「その気になればフル・アルバムの1枚や2枚、チャチャっとできるでしょ」と、過信していた部分もある。
 生前のインタビュー・発言からにじみ出てくる理屈っぽいキャラから、ロジックで動く理路整然とした人だと受け取られがちだけど、考えてみれば、これまで散々、発売延期だ企画倒れだを繰り返してきたわけで、その辺が何かと誤解されている。基本は行き当たりばったり、怒涛のつじつま合わせを強引に行なう人、というのが大滝の本質である。
 そんな彼の裏も表も含めて、最も深く理解していたのが、山下達郎だった。
 年に一度の新春放談で催される、「アーカイブはともかく、新譜はまだか」の丁々発止のつば迫り合い。オチがわかっていながらつい聴き入ってしまう、ダチョウ倶楽部顔負けのお約束合戦は、まだ続いていれば、伝統芸能の域に入っていたんじゃないかと思われる。

 『カレンダー』に限らず、先人への強いリスペクトが顕著な良質の楽曲に加え、演奏の主軸になっているのは、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ・コネクションのミュージシャンなので、素材自体のクオリティはとても高い。なのに、第1期ナイアガラの作品クオリティにムラがあるのは、録音やミックスダウン、音像処理の問題が大きい。
 設立時の配給先だったエレック倒産を経て、新たなディストリビューターになるコロンビアとの交渉によって、大滝は最新タイプの16チャンネル・マルチレコーダーを手に入れる。災い転じて福となり、スタジオ設備は増強されたのだけど、所詮は米軍払い下げ住宅を改造したプライベート・スタジオ、どれだけ高い志と熱意を持ってしても、オーディオ的なクオリティには限界がある。
 所属アーティストになるはずだった山下達郎も伊藤銀次もいなくなったため、大滝自身がフル稼働して制作ノルマをこなさなければならなかった。作品のアイディアだって使い切っちゃってるので、ストックもほとんどない。締め切りギリギリまで粘りに粘り、どうにか搾り出したモノを録って出し、といった無限ループ。クオリティより納期が最優先となるため、納得ゆくまで作り込むことができず、言ってしまえば雑な仕上がりの作品も多い。
 ソニーに移籍してからは、潤沢な時間と予算、有能な外部スタッフの起用によって、初期構想に準じた作品を作る環境が整った。ただ、そうなったらそうなったで、「あれもできる」「ここをもう少しこだわりたい」と時間がかかり、結局、コスパ的には昔と大差なくなっちゃうのは、どんなもんだか。

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 で、長くなったけど、ここからが本題。
 ソニー移籍を機に、第1期ナイアガラのアーカイブは、大なり小なり、どれもリミックスを施されて再リリースされている。Fussa 45スタジオのマシン・スペックでは叶わなかったサウンド・エフェクト、バランスやピーク・レベル、フェード・イン/アウトの長短に至るまで、あらゆるポイントで改変が行なわれている。
 で、そんなマニアックな編集作業が最も大胆に行なわれたのが、この『カレンダー』である。
 結果的に、第1期ナイアガラにおいては最後のソロとなったこのアルバム、底の見えないセールス下落を阻止するため、またレーベルの存続を賭けて制作された。これまでプロデュース業務の多かった大滝が、アーティストとしては久しぶりに重い腰を上げ、持てる力のすべてを注ぎ込んだ自信作である。
 はっぴいえんど時代のアンチテーゼとして、第1期ナイアガラの主題となっていたリズムものやノベルティソングに加え、敢えて封印していたメロディ・タイプの楽曲も復活しており、バラエティに富んだ作品になっている。いわばとっ散らかった印象もないわけではないけど、それにも増して伝わってくるのは、アーティストとしての覚悟、強い意志表明である。
 俺的にも、第1期ナイアガラのアルバムの中では、最もターン・テーブルに載せたことの多い、何かと想い出深い作品だ。

 『ロンバケ』以降にファンになった俺にとって、『カレンダー』といえば、黄色いラベルのソニー盤であり、吉野金次リミックスによる81年版である。ほぼ同時期に単行本『All About Niagara』を購入して、隅々まで嘗めるように読みまくった中学生の俺は、そこでコロンビア盤の存在を知った。ただ、当時はすでに廃盤となっており、中途半端な田舎の中学生が安易に入手できる代物ではなかった。
 それからしばらく経って、札幌の中古レコード屋で一度だけ、コロンビア盤が飾られているのを見たことがあった。レア物コーナーに陳列されていたそれは、社会人になっていた俺でさえ、二の足を踏んでしまうほどの高値をつけられており、気軽に手が出せるものではなかった。
 次にそのレコード屋に行くと、誰かが買ってしまったのだろう、もう『カレンダー』はコーナーから消えていた。せっかく、手が届くところにあったのに。

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 20周年プロジェクトが一巡して30周年プロジェクトが始まり、ファンの間で、最もその発売が待たれていたのが、『カレンダー』だった。
 20周年プロジェクトでは、『ムーン』や『CMスペシャル』を始め、他プロジェクトのアルバムでも未発表テイクが追加され、多くのファンが狂喜乱舞した。しかし、『カレンダー』だけは、目立ったリミックスやボーナス・トラック収録はなかった。
 「オリジナル〜リミックスの時点で作品としては完結しており、これ以上足すものはない」というのが、大滝の見解だった。それだけ『カレンダー』に格別の思い入れがあった、ということなのだ。
 それならそれで、コロンビア盤のレジェンド感は、さらに高まってゆく。他のアルバムの20周年エディションのライナーノーツは、どれも時系列に沿って事象を丹念に記しており、ここで明らかになった新事実も多い。しかし、『カレンダー』だけはペラ1枚、やけにアッサリした文章になっている。
 やはりここで完結しているのか、それとも付け足すことがあんまりないのか。

 「新旧ヴァージョン完全収録」という、『カレンダー』の30周年エディションの詳細が明らかになって、全世界のナイアガラーは、再び狂喜乱舞した。これまで存在だけは知られながらも、ほとんどの人が聴いたことのない、まるでUMA的に伝説となっていたコロンビア盤を聴くことができる!
 正直、アーカイブものが続いて興味が薄れていた俺も、このインフォメーションを聞いた時は、大勢のナイアガラー同様、狂喜乱舞したのだった。

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 で、耳にしたのだけど。
 …なんか微妙だった。
 黎明期を見てきた初期ナイアガラーが、こぞって「傑作だ」「コレを聴いとかなくちゃ」など期待感をあおるものだから、さぞ革新的なクオリティなのだろう、とドキドキしながら聴いてみると。
 …案外ショボかった。
 「初期構想の忠実な再現」というコンセプトでもってリミックスされたソニー盤は、スタジオ機材やインターフェイスの問題で叶わなかった、リヴァーブやコンプレッサーをふんだんに使用している。アカデミックなレコーディングを習得していない大滝のビジョンを具現化するため、『カレンダー』のサウンド・コンセプトを反映するには、吉野金次という熟練のプロフェッショナルが必要だった。時間的な余裕と適切な投資によって、『カレンダー』はソニー盤で完成を見たと言える。
 ソニー盤を聴いてからコロンビア盤を聴くと、やってる事はほぼ変わらないのだけど、コロンビア盤の音像処理はスッキリしすぎて、これってデモ・テープなんじゃね?とさえ思ってしまう。今ならDTM機材の発達によって、高音質のホーム・レコーディングも珍しくなくなったけど、当時の宅録レベルのスタジオ機材では、ピーク・レベルを抑えることが精いっぱい、想いはあってもやれる事は相当限られる。ましてや素人ミキサーである大滝が、吉野金次と同等レベルのスタジオ・テクニックがあるかといえば、それを求めるのはちょっと酷。
 実際、第1期ナイアガラを支えたミキサー笛吹銅次(大滝の別名)は、その後、引退しちゃうし。

 前述したように、俺的にはソニー盤を長らく聴き込んでいたため、愛着はあるのはそっちの方である。なので、「ミックスダウン前のお蔵出しトラック」と言われたら信じちゃいそうなコロンビア盤に、格別な思い入れはない。
 リリースされた1977年のサウンドとしては、充分イケてたのだろうけど、やたらと神格化するのも、ちょっと無理矢理すぎるんじゃないかと思うのは、俺だけじゃないはず。原理主義が嵩じて後発を否定するには、クオリティ的にちょっと弱すぎるのだ。
 ごく少数だけ流通したコロンビア盤をリアルタイムで手に入れた初期ファンの思い出補正によって、妙に神格化されたことも誤解を生んだ。このアルバムに限らないけど、レア物は、本来の価値以上に高評価を受けてしまう。
 幻の音源を入手する希少な機会を得た者は、選ばれし初期ナイアガラーとして、知ったか顔で第1期ナイアガラを神格化していった。
 でもあいつら、「多羅尾伴内楽団」さえ絶賛しちゃうんだぜ。信用できねぇよ。



ナイアガラ・カレンダー 30th Anniversary Edition
大滝詠一
ソニー・ミュージックレコーズ (2008-03-19)
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1. Rock'n'Roll お年玉
 レーベル存続を賭けた悲壮感を思わせない、ていうか突き抜けて躁状態で歌われる、日本人のためのロックンロール。プレスリーからはっぴいえんどまで、古今東西の文化遺産を一緒くたに詰め込んでシェイクして撹拌して煮詰めて蒸留した、ナイアガラ・ワールドの完成形。新春放談でも一発目でよくかかっていたし、正月が近づくと思い出したように聴いてしまう、俺的にはすっかり季節の風物詩的ソング。
 コロンビア盤冒頭の「おめでとうございます」のリヴァーブの薄さが、俺のガッカリ感を助長させた。全体的にエコー感が薄いため、スタジオの密室感が強調される。当時としてはがんばったんだろうけどね。

2. Blue Valentine's Day
 80年代を通過してきた者にとって、バレンタイン・ソングといえば圧倒的に国生さゆりだけど、楽曲的には断然こちらの方がクオリティは上。「どうせもらえるわけねぇや」といったネガティヴな歌詞の世界観は、後にコンビ復活する松本隆のそれと大きくかぶっており、キャリア通して1,2を争うウェットなヴォーカルと見事にシンクロしている。
 1.同様、コロンビア盤はエコー成分が少なく、ていうかほぼデッドな響き。近年、『Best Always』で発掘されたシングル・ヴァージョンではほどほどのリヴァーブがかけられているため、アルバムでは敢えて他の曲とのバランスを考慮して抑え気味にしたんじゃないかと思われる。
 第1期ナイアガラの中では異質の甘さと大衆性があったにもかかわらず、リリース当時はほぼ世に知られることもなかった。もしこれが売れてたら、流れもまた変わっていたかもしれない、非常に惜しい名曲。

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3. お花見メレンゲ
 メレンゲというリズムが何なのか調べてみると、サルサやサンバに近似したジャンルであるらしい。ラテン方面はあんまり詳しくないので、知ったかぶりはやめておこう。
 リズム・トラックは基本楽天的なのだけど、ヴォーカルは全然ノリノリといった感じじゃなく、この辺が和のテイストなのかな、と無理やり思ったりもする。
 つくづく思うけど、この時代のミュージシャンって、引き出しめちゃめちゃ多いよな。大滝のムチャ振りに対応するためには、あらゆるジャンルを網羅しとかないといけなかったのか。

4. Baseball-Crazy
 続くリズムものシリーズ。私設草野球チームまで持っていたベースボール・マニア大滝として、野球愛にあふれる自身を自虐的なパロディとして描いている。
 正直、漫才ブーム以降を生きてきた俺世代にとって、戦前戦後のギャグやパロディをベースとした彼のノベルティ作品は、あんまりピンと来ない。まぁ絶賛されてるから面白いんだろうな、といった感じ。身内の間で披露してる分にはいいんだろうけど、誰か止めなくちゃダメでしょ。あ、プロデューサーだから、その辺のジャッジも全部自分か。

5. 五月雨
 ご存じオリジナルはソロ・デビュー作『大瀧詠一』より。当時のソリッドでコンパクトなファンクから一転、ここではドラマティックなストリングスと女性コーラス、重く響くバスドラに彩られ、荘厳としたムードに包まれている。語呂と語感のみで構成されている歌詞には、まったく意味性はない。ないのだけれど、これだけ深淵なサウンドにのせて歌われると、妙な重みが醸し出されているという不思議。
 コロンビア盤で終始流れる雨のSEは、陰鬱とした長雨の気だるさを活写しているけど、ソニー盤の深い深いエコーを聴くと、あっさり感じてしまう。この粘っこさがサウンドの肝なんだろうか。

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6. 青空のように
 長らく彼が研究対象としてきたスペクター・サウンドの、この時点での完成形。ヴォーカルもパーツの一部として同等に扱われ、バッキングと同じレベル、フラットな配置にされている。多分、モノ・ミックスで聴くのが理想なのだけど、他の曲とのバランスを考えてステレオにしたんじゃないかと思われる。でも、シングル盤でもステレオなんだよな。
 ただ、ソニー盤ではヴォーカルを少し前面に出したダイナミックなバランスになっており、アルバムの中の一曲としては調和が取れている。あ、それとイントロはコンパクトなソニー盤の方がメリハリあるよな。

7. 泳げカナヅチ君
 昔のサーフ・ロック、多分Beach Boys周辺をモチーフにしたのと、ベンチャーズっぽいギターを入れて、テーマとして「およげ!たいやきくん」のアンサー・ソングという体裁を取ったパロディ・ソング。コロンビア盤では全編波音のSEが流されており、それが災いしたのか、演奏パートの出力レベルを抑えてしまってるのが、ちょっと残念。あとで聴いてみて、「やっぱいらねぇや」と思ったのか、ソニー盤ではSEは削除されている。

8. 真夏の昼の夢
 のちの『ロンバケ』サウンドのプロトタイプとして、もっともわかりやすいポップ・バラード。サウンドの構想は、もうずっと昔から大滝の頭の中にあったことが窺える、貴重な一曲。ただ、ここに盟友松本隆はおらず、あくまで大滝自身が松本隆っぽい言葉を選んで順列組合せしているだけであり、ストーリー性は弱い。
 松本と大滝の書く言葉の違い。それは、「恥」の温度差の違いでもある。

9. 名月赤坂マンション
 エンジニア笛吹銅次のベスト・ワークとして、もっと語られてもいいトラック。あのプライベート・スタジオと彼のスペックで、ここまで臨場感あふれる形で尺八や三味線の音を録音できたのは、単純に「すごい」の一言。それだけ和楽器のレコーディングは難しいはずなのだ。ソニー盤ではリヴァーブがもう少し盛られているけど、哀切漂う泣き笑いの感情を表現するためには、ややデッド気味のコロンビア盤の方が感情に訴えてくるという不思議。
 唯一、俺がソニー盤より気に入っているトラックである。

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10. 座読書
 ソウル系が好きな人なら、誰でもすぐに思い浮かべるBo Diddleyのリズム。考えてみれば、取るに足らないことをテーマに歌うのはソウル/ファンクの伝統なわけで、内容をどうこう言うより、無内容なテーマに合わせてリズムを楽しむのが、本来のマナーなわけで。「読書」という語感からジャングル・ビートに思いを馳せてしまう、大滝の自由な発想はとんでもないところにある。

11. 想い出は霧の中
 「11月と言えばなんだ、冬だ、寒い、北国だ、じゃあ北欧ギター・インストだ!」ってな感じで作られたナンバー(嘘)。「さらばシベリア鉄道」の前哨戦といえばわかりやすい。

12. クリスマス音頭〜お正月
 1.同様、クリスマスになると無性に聴きたくなる曲。俺にとってクリスマス・ソングと言えば、山下達郎でもワム!でもなければマライア・キャリーでもない。そんなかしこまったソフト・フォーマルのクリスマスじゃなく、やけっぱちなカオス空間の和洋折衷クリスマスの方に、シンパシーを感じたのだった。ひねくれてたんだよな、30年くらい前は。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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