好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop : Japan

曖昧な形をした軽い絶望と虚しさ - 高橋幸宏 『Ego』

611pNezqhCL 1988年リリース、ソロデビュー10周年として企画された9枚目のオリジナルアルバム。鈴木慶一と立ち上げたレーベル「テント」が何やかやでフェードアウトしてしまい、心機一転となるはずだったアルバムである。
 なるはずだったのだけど、アルファ〜YENのようなこじんまりしたレーベルならともかく、ポニーキャニオンが本腰を入れちゃったため、大きなバジェットからスタートしたテントは、自分の音楽以外のこともあれこれ考えなければならず、気に病む案件も多かったことは、後の発言からも明らかになっている。だって、メインプロジェクトのひとつが「究極のバンド・オーディション」だもの。そういったエンタメ路線とは正反対のキャラなのに。

 1988年といえば、世の中はバブル真っ只中、レコード産/音楽業界にも潤沢な予算があった時代である。オリコン・データを見ると、バブル時代ってシングル・アルバムとも案外ミリオンセラーが少なく、マーケット的には小さく思われがちだけど、音楽業界に関してはむしろ90年代がバブルで、21世紀に入ってからは縮小傾向に入っているので、規模としては今と同じくらいと思ってもらえればよい。
 ただ、現在のように一部のトップ・アーティストやアイドル/アニメ系に購買層が集中しているのではなく、どのジャンルもまんべんなく、そこそこ売れていた時代でもある。地上波の音楽番組も数多かったし、ジャスラックも大人しかったおかげで、特に気負って探さなくても、音楽が自然に耳に入ってきた。いい時代だったよな。

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 テントが閉鎖して自由の身になった幸宏、せっかくならここでゆっくり休養すればよかったのだろうけど、あまり間を置かずに東芝EMIへ移籍、さっそく『Ego』のレコーディングを開始している。この時期はさらに加えて、サディスティック・ミカ・バンドの再編話も本格的な詰めに入ってきた頃なので、何かと落ち着いて自分の仕事ができなかったと思われる。なので、『Ego』レコーディングは断続的、たびたび中断の憂き目にあっている。

 そんな周辺の騒がしさも要因だったのか、幸宏の作風は精神状態とシンクロするようにダウナー系、終わりなきレコーディング作業の泥沼にはまり込んでゆく。
 80年代のスタジオ・レコーディング事情は、録音設備のデジタル化とMIDI機材の秒進分歩の進化と歩みを共にしている。昨日までの最新モデルが、一般発売された時点ですでに旧規格になっているのはザラで、ツールのアップデートが頻繁に行なわれていた。当初はメトロノーム程度の性能しかなかったシーケンス機材も格段に進歩し、デジタル楽器のマシンスペックは、生音にかなり近いものになっていった。
 そうなると作業は効率化され、簡便になったと思われがちだけど、実際のところは膨大なポテンシャル/マテリアルの収受選択が困難になる。あれもできればこれもできる、じゃあその中からどれを選べば?
 真摯なアーティストであればあるほど、そのこだわりは強く作用して、結果的にスタジオワークに費やす時間は長くなった。

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 やれる事が多くなった分、思いついた音は際限なく、いくらでも詰め込めるようになった。録音トラック数も増えてるし、コンソールの進化によって音がダンゴになったり、極端にピークレベルを抑える必要もない。以前は海外での録音が多かったけれど、機材も欧米並みになってるし、第一、スタジオに長期間篭るという前提なら、どうしたって国内のスタジオ一択にならざるを得ない。
 ふんだんな予算と時間を使うことによって、サウンドは隙間なく埋められている。ヴォーカルも含め、すべての音はストレートに出したままではなく、あらゆるフィルターやエフェクトを通して加工されている。ひと癖もふた癖もある、頭の中であぁだこうだといじられまくった音だ。
 ネガティブな負のパワーを秘めたアンサンブルは、一歩引いてしまうほど音圧が強い。そんなサウンドの中、幸宏のヴォーカルは細く、一聴すると弱々しく感じる。でも、ちゃんと聴き進めていくと、その細さの中にしなやかさ、決して折れることはないコシの強さが秘められていることがわかる。

 ミュージシャンであるからして、サウンドに強くこだわるのは、いわば当たり前の話である。テクノロジーの発達と創作意欲のピーク、それに加えて新たなサウンド/ツールへの興味とがうまく噛み合っていたのが、80年代の幸宏である。
 この時代までの幸宏がマスに浸透せず、サブカル業界人界隈で持てはやされるレベルに留まっていたのは、主に歌詞の世界観の弱さにある。
 アルファ時代のアルバムの歌詞は、自作半分/外部委託半分といった割合となっており、お世辞にもクオリティが高いモノとは言いづらい。かといって、外部ライターの作品が良いかといえば、これまた印象に残るほどのものではなく、「まぁ頼まれたから、幸弘のイメージに合いそうなモノを書いて見ましたよ」的なレベルである。もともと声を張るヴォーカル・スタイルではないので、聴き流せる英語詞ではフィットするけど、どちらにしろストーリー性は軽視されている。
 自ら進んで身を置いたわけではないだろうけど、今に至るサブカルのルーツのひとつだったYMOの流れから、その後も「サブカルの人」と位置付けられていた幸宏である。彼自身、そこまで意識はしていなかっただろうけど、何しろ周囲が屈折したサブカル人脈ばっかりなので、前時代的な熱いメッセージや主張に拒否反応を抱くようになるのは、自然の成り行きである。

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 同じサブカル人脈の流れの中で、一時は共依存と言ってもいいくらい、それくらい近しい場所にいた鈴木慶一は、幸宏と同化した存在だった。慶一が幸宏に書く言葉は、それすなわち慶一の言葉であり、その逆も同様だ。
 あれから何十年経っても、2人は不可分の存在である。
 幸宏同様、ムーンライダーズ活動休止による燃え尽き症候群で虚脱状態にあった慶一も、当時は大きく心を蝕まれていた。「何もそこまで自虐的にならなくてもいいのに」というくらい、慶一は幸宏のパーソナリティを白日のもとに晒し、そしてそれは同時に、慶一自身の痛みでもあった。
 ヒリヒリする痛みの強さと深さとが、互いの距離を測り、そしてまた2人に共鳴する感覚を持つ者もまた、その精神的Mプレイを自分に置き換え、露悪的になった。

 育ちの良さから来るものか、あまりガツガツせず、飄々と生きてきた感のある幸宏だけど、作品を見聴きすれば、それは見当違いであることがわかる。深遠かつ茫漠としたダークサイドの澱は、曖昧な紋様を描いて奥底に溜まる。
 そんな心の闇の実体は如何なるものか。結局のところ、本人にしかわからないのだ。その澱は、近しい者なら見たり感じたりすることはできる。ただ、その澱の元となる「痛み」までは感ずることはできない。「感ずる」=「同化」であるからして。
 立ち上がれないほどの無力感に襲われながら、必死の形相で言葉を、音を刻むその姿勢は、高い作品クオリティとして昇華した。

 -夢も希望もこれといってなく、昨日の続きの今日を生きるだけ。
 これまでの人生に、何ら過不足のない30歳以降の男性がふと抱く、曖昧な形をした軽い絶望と虚しさ。
 それを言葉だけじゃなく、サウンド総体で表現したのが『Ego』である。細部まで強いこだわりを持って組み上げられた作品は、時に過剰なほどのマテリアルが詰め込まれているけど、そこに至るプロセス自体が、幸宏にとっての作業療法であり、また慶一にとっても同様だった。彼岸で石を積むが如く、不毛だけれど集中はできる。石を積んでいる間は、余計なことを考えなくてもよい。
 ただ、このテンションのまま、アーティスト活動を継続していくと、最後に行き着くのは自我の崩壊だ。剥いても剥いても中心コアの見えない自我のタマネギは、いつしか無に帰してしまう。

 慶一作「Left Bank」で描かれた「大人の男の無常観」が反響を呼んだことから、次回作からは、その世界観の軸足を恋愛の方向にシフトさせ、アコースティック成分を多めにした、間口の広いコンテンポラリー寄りのサウンドを展開することになる。
 『Broadcast From Heaven』から始まるEMI3部作は、『Ego』をライトに希釈して、幅広い層の共感を得ることになる。



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1. Tomorrow Never Knows
 中期Beatlesの代表曲からスタート。Johnの原曲に加え、当時、Georgeがハマっていたラーガ風味をミックスしてしまう発想は、さすがマエストロならでは。間奏のギターの逆回転をエスニックに味付けしたり、小技もたっぷり。こうやってポップ・クラシックを自流の解釈でいじくり回すのは、要するに好きなんだろうな。カバー曲での幸宏はほんと生き生きしている。作品に持つ責任が少ないからなのか。

2. Look Of Love
 安全地帯を思わせるオープニングに続くのは、デジタルシンセの緩急をうまく使いこなしたAORポップス。デジタル特有の硬い響きとボトムの弱さを逆手に取って、要所で使い分けることによって独自のリズムを形成している。
 サウンドはすでに熟成されているとして、まだAORに吹っ切れていない甘すぎるヴォーカルと、フォーカスがボケて無難にまとめた自作詞が惜しいのかなと昔は思ってたけど、ダンサブルなイントロとギター・シンセのリフだけで、今はもう満足してしまう。
 当時はまだレベッカ在籍だったノッコがなぜかコーラス参加してるらしいけど、ほとんどわからないくらい。何だそりゃ。



3. Erotic
 Bryan Ferryをもっとダンサブルなリズム主体にして、疾走感を与えると、こんな風になる。ヴォーカル・スタイルも似てるしね。ただあっちはもっと自己陶酔が激しい分、幸宏よりエロだけど。当時の日本のアーティストで、ここまでデジタル・ファンクを消化していた人はいなかった。クオリティはめちゃめちゃ高い。でも、質の高さと一般性は比例しない。そこの薄め具合が問題だったのだ。

4. 朝色のため息
 曲調といい歌詞の世界観といい、プレ「1%の関係」と言ってもよいミドル・ポップ。「これで最後」だというのにまだどこか尾を引いた関係性というのは、幸宏の永遠のテーマなんだろうか。その後のEMI3部作で、慶一がそこをもっと映像的・観念的に描写することになる。

5. Sea Change
 この曲のみ、細野さん作曲。作詞は幸宏と盟友的ギタリスト大村憲司との共作。なので、この曲のみ『Ego』収録曲とテイストが違い、音も結構隙間を活かした構造になっている。制作中に亡くなったYMO時代のマネージャー生田朗に捧げられており、レクイエム的にしっとりしたアレンジでまとめられている。久々に大村のギター・ソロが堪能できるのも一興。

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6. Dance Of Life
 共作のIva Daviesは、当時、欧米で人気上昇中だったオーストラリアのバンドIcehouseのリーダー兼ヴォーカリスト。A-Haをもっとロック寄りにしたエレポップ・バンドと言えば伝わるだろうか。YouTubeでいくつか聴けたオリジナル曲は、どれも大味なアメリカン・ロックだったけど、ここではもっと硬質なダンス・ポップに仕上がっている。
 ていうかヴォーカルはほとんどIvaで、幸宏の孫座感はほぼなし。多分、コーラスでちょこっと顔出ししてるのだろうけど、あぁいった線の細さだから、ほとんど出番はない。なんで入れたんだろうか?普通にいい曲だけど、まぁそれだけ。

7. Yes
 ここまで硬質でバタ臭いメロディがここまで多かったけど、幸宏のもうひとつの特性である、歌謡曲とも親和性の高いメロウなポップ・バラード。A面と比べ、B面楽曲は録音トラック数を絞った印象が強い。音に隙間がある分、メロディに耳が行く瞬間が多い。

8. Left Bank(左岸)
 このアルバム中、最大の問題作。その後の慶一との本格的なコラボも、もとはここからすべてが始まった。サウンドだけ取り上げれば、後期ニューロマ~ダーク系エレポップの進化形といった風に分析できるけど、
 俺が言いたいのは、そういったことじゃない。



 恐竜の時代から 変わってないことは
 太陽と空と生と死があること 過ぎてしまうこと

 向こう岸は、昔住んでいたところ
 左岸を 海に向かって
 僕は歩く 君を愛しながら

 この愛はいつからか 片側だけのもの
 お互いの心さらけだすそのとき
 愛は黙ってしまう

 向こう岸は、キミと住んでいたところ
 左岸を 風に向かって
 僕は歩く 君を忘れながら

 最強の敵は自分の中に居る
 最高の神も自分の中にいるはず

 向こう岸に 僕の肉が迷っている
 左岸で 骨になるまで
 僕はしゃがんで
 ついにキミに触れたことなかったね
 つぶやいて泥で顔を洗う
  
 文明然の太古からいま現代に至る壮大なスケール感、そこから急速にシュリンクする2人の関係、そして自虐的な退廃、滅びの姿。
 これを書かずにいられなかった慶一と、歌わずにはいられなかった幸宏、そして打ちのめされた20代の俺。
 この厭世観こそが、2人の出発点なのだ。
 
9. Only The Heart Has Heard
 オープングとループするエスニック・リズムに合わせて歌われるのは、Bill Nelson作詞による柔らかなテイストのバラード。この時代はまだ、英語で歌ってる方が気楽そうである。そりゃそうだ、日本語ほど生々しくないし、自分で書いた言葉じゃないから責任もない。
 軽い声質を逆手にとって、傷口に塩を塗り込むような言葉を慶一に発注、自ら身を削りながら歌うようになるのは、この後である。





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音楽の女神は誰にでも見えるものではない。 - PSY・S 『Two Spirits』

folder で、前回の続き。ほんとはこっちが本題だったんだけど、思いのほか前置きが長くなっちゃったので、2つに分けちゃった。

 2枚目の『Pic-Nic』までは、フェアライト・マスター松浦によるジャストなリズムと、ピーク・クライマックスの薄いサウンド、そこにナチュラル・コンプの声質を持つチャカが、童謡歌手のようなフラットなヴォーカルを乗せるという、-何かこうして書いてると、味も素っ気もない、コンセプチュアルなサウンドを展開していたのだった。
 そのくせ、楽理とテクノロジーで理論武装した頭でっかちと思いきや、松浦の手から編み出されるシンプルで口ずさみやすいメロディは、当初からごく一部のポップ・マニアの注目を集めていた。過剰にマシンスペックにこだわった「キーボード・マガジン」読者より、サブカル寄りな「テッチー」読者に人気があったのは、そんな理由が大きい。

 典型的な理系脳の松浦と、アクティブなバンドマン系列のチャカとのチグハグなコンビネーションのズレは、単発的に見れば面白いものだけど、継続して活動するユニットとなると、普通はあっという間にネタ切れになる。当時はシンセ周りの技術革新が、ハイパーインフレ状態だったおかげもあって、当初のウリだったフェアライトも物珍しさが薄れつつあった。
 ここで松浦が、当初のコンセプトを頑固に貫いて、マシンのアップデートを主軸としたサウンドを続けたとしても、新型マシンの品評会になるだけだし、それだってキリがない。CDとして発表すると同時に新たなアップデートが告知され、途端に過去の遺物となる繰り返しだ。
 もう5年くらい遅くデビューしていたら、テクノポップの「ポップ」を取って、テクノ〜ニュージャック・スウィング~ハウス方面へ向かっていたのかもしれないけど、まぁ踊れない松浦なら無理か。「レーベル・カラーと合わない」とか言って、ソニーも止めてただろうし。

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 そんなディープな方向へ向かわなかったのは、デビュー時同様、これまたラジオの企画、当時松浦がDJを務めていたNHK –FM「サウンド・ストリート」内の企画がきっかけだった。既発表曲のリアレンジや、ソニー系アーティストを中心としたコラボから交流が生まれ、以前レビューしたコンピレーション・アルバム『Collection』として結実することになる。そんな共同作業を介してから、松浦の音楽制作への姿勢が微妙に変化してゆく。
 長時間スタジオに篭り、すべてのベーシック・トラックをほぼ独りで作るというのは、想像以上に孤独な作業である。ほんの少しのドラム・リヴァーブの長短や、ストリングスのピッチ調整など、こだわればキリがない。
 頭の中で鳴っている音が確実なわけではない。あぁだこうだとCRT画面とにらめっこしながら延々、「これかな?」という音を探すのだ。ただ、そこまでこだわり抜いた音だって、完成テイクというわけではない。時間に追われ締め切りに追われ、「まぁこれなら大体満足できるかな」程度のレベルであって、ほんとなら、時間さえ許せば永遠に終わることはない。しかも、それらの細部へのこだわりとは、多くのリスナーに理解できるものではなく、報われることはほんのわずかなのだ。
 バービーいまみちやゼルダらとスタジオを共にすることによって、何もかもフェアライトでまかなってしまっていた従来のサウンドは、『Collection』を境に大きく変化する。基本のシンセ・サウンドは変わらないけど、バンド演奏によるアンサンブル・マジックを目の当たりにしたことによって、少しずつそのエッセンスを導入するようになる。
 もちろん、そこは理系脳の松浦であるからして、レコーディングの段階でいろいろ加工はしているけど。

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 その後のPSY・Sは、本来のレコーディング・ユニットとは別に、ライブ演奏用に結成された流動的ユニット「Live PSY・S」を始動、それぞれ独自の進化を遂げてゆくことになる。
 テクノポップのライブといえば、YMOを端とするシンセ機材の山積み、メーカー協賛による品評会的な物々しさを想像しがちだけど、Live PSY・Sはそのセオリーから大きく外れている。もともと本格的なライブ活動を開始したのが、オーソドックスなバンド・アンサンブルを前面に出した3枚目『Mint-Electric』リリース後からだったこともあって、アルバム音源をベースとしたバンド・サウンドを、可能な限り忠実に再現することに力を注いでいた。
 共同作業によるスタジオ・マジックには、ある程度の理解は示したけど、だからといって、冗長なアドリブやインプロビゼーション、それにまつわるバンド・マジックを盲信する松浦ではない。隅々までシミュレートし、破綻のないアンサンブルをかっちり作り込んだ。そして、チャカには敢えて縛りを課さず、ステージ上では自由奔放に歌わせた。
 ただこれも計算のうち、もともと松浦が書く楽曲は、突発的な転調や不協和音を使わず、案外オーソドックスなコード進行で構成されており、譜割りを崩したりフェイクを入れたりの小技が使いづらいのだ。カラオケで歌ってみればわかるよ、譜面通りに歌うだけで精いっぱいだから。

 そんな理路整然さを推し進め過ぎることが、逆にライブ感を損なってしまうことを危惧したのか、ステージ演出はやたらエンタメ性が爆発している。80年代特有のサブカル系が調子に乗った、やたらデコボコ立体的な機能性無視のコスチュームに身をまとうチャカを中心に、ポップ系アーティストのステージ・パフォーマンスの走りとなった、南流石による振り付けは、当時のソニー系アーティストでも目立って注目を引くものだった。バンマスである松浦は、一歩引いて機材の山に埋もれるのが定位置だったけど、時々ハンディ・キーボードやギターを抱えて前に出たりして、裏方に徹するストレスをほんの少し解消したりしていた。
 次第にシーケンスの割合が少なくなって、キーボードのベンダーを小刻みに動かしたり手弾きが多くなったり、次第に普通のバンド化してゆくことになるLive PSY・S=松浦だったけど、果たしてそれは進化だったのか、はたまた試行錯誤だったのか。

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 で、『Two Spirits』。
 ライブ・アルバムという体裁でリリースされている。いるのだけれど、正直、臨場感はかなり薄い。普通は収録されているMCや歓声がばっさりカットされているため、「ちょっとエコーが多めの演奏かな?」と意識してからやっと、「そういえばライブだったんだ」と気づくくらいである。
 ライブ録音したテープ音源を加工・手直しするという発想は、何もPSY・Sが始めてではない。ライブ時の偶発的なインプロビゼーションを素材として、Frank Zappa やKing Crimsonは、数々のアルバムを量産した。レコーディングしていない新曲を試したり、また既発表曲でも、その日によって全然違うアドリブやオブリガードが繰り出されたりなど、演奏のたび違うテイクがボコボコ生み出された70年代。そりゃ未だにブートやアーカイブも売れ続けるわけだよな。
 ただ松浦の場合だと、ちょっと事情が違ってくる。彼の中で、ライブ録音されたテープ素材とスタジオ・テイクとは、同列のものである。ちょっとしたタッチ・ミスやピッチのズレは、ライブならではの醍醐味ではない。それらはファンが聴きやすい商品として、また、自身の納得ゆく形に整えられなければならないのだ。

 アンサンブルを整えるためにテイクの差し替えを行ない、歓声やMCをノイズと捉え、ばっさりカットしてしまう。複数のライブ音源をひとつにまとめるため、ピークレベルは均等にそろえる。
 大幅に編集されたトラックは、精密部品のごとくきれいに研磨され、スタジオ・テイクと遜色ないオーディオ・クオリティとなった。
 -え?CDと変わんないの?
 理系脳ゆえの細部へのこだわりと潔癖さが過剰にフル回転したあげく、トータリティは増して、収録時期の違いは目立たなくなった。多分最初こそ、先にリリースされたベスト・アルバム『Two Hearts』から漏れた人気曲の補完として、スタジオ・テイクとは別の側面を見せる思惑だったのだろう。ただ松浦のアーティスティックな暴走によって、次第にコンセプトが変容してゆくのを、ソニー側は誰も止めようとしなかったのか。
 サウンド的にも円熟期に入り、セールスもそこそこのポジションで落ち着いてしまったし、今のところ新局面も見当たらないしで、ちょっとした閉塞感を見せつつあったのが、この時期にあたる。もともとシンセを中心としたサウンド作りゆえ、長期的活動のビジョンが見えづらい形態なのだ。なので、10年も続いただけで、それはもう奇跡と言ってもよい。

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 かつてJoe Jackson は、全曲書き下ろしの新曲で構成したライブ・アルバム『Big World』をリリースした。開演前/公開レコーディング前の注意として、「観客は一切の物音や歓声を上げてはならない」。「これはレコーディングを優先したものであり、いわば観客であるあなたもレコーディング・メンバーの一員なのだ」と。
 やたら上から目線で常識破りな指示だったけど、ほとんどの観客はみな固唾を飲んでステージを見守った。参加ミュージシャンらも、通常のライブとは違う緊張感の中、ひたすら演奏に集中した。異様なテンションによる相乗効果は、尋常じゃないクオリティの完成品として昇華した。
 『Big World』も『Two Spirits』同様、余計な音は刻まれていない。ただ明らかに違うのは、『Two Spirits』の曲間が無音であるのに対し、『Big World』の曲間、音と音の隙間に込められているのは、ミュージシャンらの高潔なプライドと、信頼関係で結ばれた観客、それらがステージ上で一体となった連帯感である。そして、そんな空気感を余すところなく記録しようと奮闘するエンジニアらの献身ぶりである。
 すべては音楽のミューズのもと、単純に良い音楽を作るためのプロセスなのだ。

 イコライジング前のライブ音源を聴きまくった松浦は、編集作業時、何を思ったのか。
 ミューズの囁きを耳にした上で、ライブ感をフォーマットしたのか、それともミューズの存在に気づけなかったのか。
 それは松浦自身にしかわからないことだ。


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1. Parachute Limit
 5枚目のアルバム『Non-Fiction』収録、こちらでもオープニング・ナンバー。スタジオ・ヴァージョンはリズム・セクションが強く、バンド・サウンド的なミックスでチャカの存在感もちょっと薄めだけど、ここではヴォーカルが大きくミックスされ、女性コーラスもフィーチャーされて臨場感がある。

2. Teenage
 デビュー・アルバム『Different View』のオープングを飾った曲。ほぼフェアライト一台で作られたオリジナルより、当然サウンドの厚みは段違い。頭でっかちなテクノポップが、ステージではドライブ感あふれるハイパー・ポップに生まれ変わっている。しかしチャカ、ライブでも安定した歌唱力をキープしているのはさすが。

3. Kisses
 6枚目『Signal』収録、またまたオープニング・ナンバーの3連発。なんかこだわりでもあるのかそれとも偶然か。Supremesを思わせるモータウン・ビートを持ってくるとは裏をかかれたな、と感心した思い出がある俺。だって、松浦にそんな素養があるとは思わなかったんだもの。アルバム自体がLive PSY・Sによって制作されているので、スタジオ・ライブともあまり違和感が少ないのが、この時期の曲。

 女のコ あれもしたいし これもしたいの
 キス したい スキよ
 男のコ 迷わないでね 遊ばないでよ
 キス してね

 単純だけどきちんと練られたポップな歌詞、それに一体感のあるサウンド。この辺がユニットとしてのピークだったんだろうな。



4. Christmas in the air
 オリジナルは1986年リリース、杉真理主導でソニー系アーティスト中心に企画されたクリスマス・アルバム『Winter Lounge』に収録。当然、入手困難な時期が長かったため、この時点ではいわゆる「幻の曲」扱い、ここでのライブ・ヴァージョンでしか聴く機会がなかった。なので、こっちがオリジナル的な感覚を持つファンも多い。
 時期的に2枚目『Pic-Nic』のアウトテイクと思われ、ガジェット的な使い方のギターやベースがテクノポップさを演出していたのだけど、ここではアコギもナチュラルな響きで、むしろオーガニックな味わい。でもクリスマスのワクワク感はちょっと足りないかな。

5. Paper Love (English Version)
 『Different View』収録、なんとここではスローなレゲエ、これはこれでまたクール。オリジナルは日本語だったけど、ここでは全編英語で通しており、前身プレイテックス時代の痕跡を見ることができる。

6. 青空は天気雨
 3枚目『Mint-Electric』収録、ここではベースのボトムが効いたクール・ファンクなテイスト。ファンの間でもオリジナル以上に人気が高く、またよほどアレンジが気に入ったのか、ライブ・アルバムとしては珍しくシングル・カットもされている。



7. TOYHOLIC
 続いて『Mint-Electric』収録曲。タイトルからわかるように、当時、絶大な人気を誇ったロックバンド漫画『TO-Y』のオリジナル・ビデオ・アニメの主要テーマとなったナンバー。印象的なコマの空白と細い線描のイメージに合致した、浮遊感のあるサウンドは、映像にマッチしていた。その世界観は変わらない。

8. Everyday
 『Pic-Nic』収録。ギターのフレーズが結構ファンクしているのだけど、奥に引っ込んだ配列となっているので、アンサンブルを損なわず切れ味の鋭いポップ・チューンに生まれ変わっている。オリジナルは、ベースがやたらブーストされたテクノポップといった味わいだけど、俺的にはライブ・ヴァージョンの方が好みかな。

9. Friends or Lovers
 そういえばそうか、これってアルバム未収録曲だったんだ、たった今気がついた。PSY・Sの中では最も高いセールスを記録した、人気としてもクオリティとしても、文句なしの代表曲なのに、そうか入ってなかったんだ。ドラマの主題歌にもなったしPVもよく深夜テレビで流れてたしで、よく聴いたよな。
 
 友達と 恋人と
 決めるから こじれるのかな
 クラッシュしてる みんな
 宝石も 香水も
 好きだけど 満たされないね
 (ねぇもっと) リラックスして

 この時代になると主に松尾由紀夫が作詞を手掛けており、コンセプトにもブレがないため、普通にオリコン・シングルとも渡り合えるクオリティになっている。やっぱりあれだな、抽象的な歌詞もある程度、ターゲットやテーマを絞り込まないと散漫なだけなんだな。

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10. 冬の街は
 今となってはPSY・Sにとっても、そしてシオンにとっても代表曲のひとつになっている、これまたアルバム未収録曲。この曲が生まれる発端となった『Collection』がソニー系アーティストで固められていたため、他のレコード会社所属だったシオンのこの曲は、リリースが見送られてしまった、という大人の事情が絡んでいる。
 ただ楽曲の力はあまりに強い。PSY・S、シオンとしてだけでなく、80年代を代表する裏名曲としての座をずっと保持し、ここに収録となった。
 暗喩の多い抽象的な歌詞は、Led Zeppelin 「Stairway to Heaven」からインスパイアされてると思うのだけど、それって俺だけかな。



11. EARTH~木の上の方舟~
 『Non-Fiction』収録、大味なアメリカン・ロックをベースに、MIDI混入率を多めにしてみました的な仕上がり。前の曲と比べるとちょっと地味かな。ここでひと休みといった印象。

12. Silent Song
 『Collection』収録、当時から人気の高かったパワー・ポップ。バービーいまみち参加によって楽曲の完成度は約束されたようなもので、時代を思い起こさせるギターのディレイもリフも、適度にからむ松浦のソロも、何もかも完璧。でもね、いまみちの音はもうちょっと大きめにしても良かったんじゃないかと思う。

13. 私は流行、あなたは世間
 ラストを飾るにふさわしい、PSY・Sの出発点。シンセドラムの音やリズムは時代によって微妙に変化していくけど、チャカの声は不変だ。特にこの曲ではビブラートもコブシもシャウトも何もない、小手先の技を使わずストレートな、正弦波ヴォイスで朗々と言葉を紡ぐ。松浦が奏でるサウンドも、敢えて最先端ではなく、原初のテクノ的メソッドの音をあえて探して使っている。

 しっかし、名曲ばっかりだな、こうやって聴き通すと。




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私は流行、あなたは世間 - PSY・S 『Different View』

folder 3年ほど前、松浦雅也のサウンドクラウドにて、PSY・Sの前身ユニット「プレイテックス」のデモ音源が公開され、往年のファンの間ではちょっと話題になった。今はもう公開終了してしまったけど、YouTube で検索すれば、一部はまだ聴くことができる。
 それまでヴォーカルの入った音楽をほとんど手がけていなかった松浦が、何やかやの成り行きでチャカと出会ってユニット結成、当然、発売を前提とした音源ではないので、音質的にはブート並み、決して聴きやすいレベルではないのだけど、容易に手を抜けない松浦の気質が昔からだったことは窺い知れる。

 FM大阪の番組企画をきっかけとして、即席ユニット「プレイテックス」は結成された。いわゆる企画モノである。当時、チャカはジャズ・ファンク・バンド「アフリカ」のヴォーカルとして、松浦もソロで各方面に渡るスタジオワークを請け負っていた頃であり、いわば余技で始めたものである。お互い、付き合いやらしがらみやらで、断りづらかったんだろうな。
 主にライブシーンを主体に活動していたチャカと、理系シンセおたくの松浦では、接点より相違点の方が多そうで、よくこんなコラボ思いついたよな、と当時の担当ディレクターの慧眼ぶりを讃えてしまいそうだけど、いや違うよな、たまたま思いついてくっつけただけだろうな、きっと。
 まぁ男女関係の秘訣として、「好きなモノより、嫌いなモノの共通項が多い方が長く続く」っていうものだし、案外相性は良かったのかもしれない。ユニット結成から解消に至るまで、プライベートでの接点はほとんどなかった2人だったけど、スタジオの中では「これはイヤ」「あれはダサい」という点で一致することが多かったのだろう。

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 整然としたシーケンスとエフェクトをベースに、ピークレベルぎりぎりまでボリュームを上げたドラムは、クレバーなリズムを刻む。坂本龍一「サウンド・ストリート」のデモテープ特集の応募作品的なサウンドと言えば通じるだろうか。わかんねぇか。
 チャカのヴォーカルはあまり変化はないけれど、それでもアップテンポのナンバーではライブ仕様のファンクネスが顔を出し、サウンドとの解離が時に見られる。それを抑制しようと極端に無表情な声色になったり。
 どちらも相手に合わせようとして、それでいながらミュージシャン・エゴの痕跡は残そうとしている。要するにビシッと噛み合うことが少ないのだ。
 発表から30年以上経ってから聴いてみると、これはこれで悪くない。Soul II Soulのグラウンド・ビート的な楽曲もあるし、ドラムサウンドさえアップデートすれば今でもチープ・テクノとして通用しそうだけど、早すぎたサウンド・コンセプトである。あの時代のミュージック・シーン、80年代ソニーのラインナップからすれば、この音はかなり浮いている。CBSじゃ受け入れてくれないよな。
 もしかして、エピックなら受け入れてくれたかもしれないけど。

 ライブの現場で鍛えられたチャカのアクティヴなヴォーカライズと、バックトラックの大半をシンセで賄うメソッドというのは、何も松浦が発明したわけではなく、YazooやEurythmicsなど、UKポップデュオでは広く用いられた方法論である。ほぼシンセ1台あればサウンド的に成立してしまうので、小回りが利く最小限のユニットとして、作業効率も良ければコスパも良い。バンド的なカタルシスさえ求めなければ、良いことづくめではある。
 ただ、ダンサブルな要素を後退させたヘッド・ミュージック的なテクノポップは、ダンスフロアとの親和性も薄ければ、当時の日本において最もポピュラーだった歌謡曲~ニューミュージックともリンクしづらい。あまりにドライでシステマティックなプレイテックスのコンセプトは、日本では馴染みにくいものだった。

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 90年代に入ってからのFavorites BlueやJungle Smileに見受けられるように、日本における男女2人ユニットとは、「線の細いシンセおたくのトラックメイカーと、歌はまぁそこそこだけどジャケット映えするモデル上がりの女性シンガー」というのがセオリーとなっている。
 松浦はそのセオリー通りとしても、やたら歌はうまいけどセクシャリティのかけらもない、見た目も声質も中性的なヴォーカルのチャカは、どう見たって合致しない。後年になってから、同じ属性を持つEGO-WRAPPIN'のようなユニットも出てきたけど、前者2組も含めて大ブレイクしたとはとても言いづらい。やっぱル・クプルのように、男女間のLove>Like的なムードを醸し出さないと、日本ではブレイクしづらいのだろうか。

 単発企画で終わったはずのプレイテックスは、思わぬ好評からインディーズでアルバム発売、これまた業界内では好評につき、あれよあれよとメジャー・デビューが決定してしまう。それでも2人とも、この時点では松浦もチャカもPSY・Sは単発モノ、メインの音楽活動あってのサイド・プロジェクトという心持ちだった。サウンドの性質上、永続的なユニットとしては見ていなかったようである。
 当時から、バックトラックやアレンジを取り仕切るのは主に松浦で、チャカは歌入れのみ、と役割分担ははっきりしていた。後期になってからは、チャカの意向も反映されるようになってきたけど、解散するまで基本的な位置関係は変わらなかった。
 適材適所の役割分担がしっかりできていたこと、そしてチャカがあまりアーティスト・エゴを強く主張しなかったことが、ユニットが10年続いた要因であり、また後期のパワーバランスの乱れこそが、巡り巡ってのユニット解消に至る。

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 で、『Different View』。デビューするにあたって、当時、新人プロデュースで定評があったムーンライダーズ岡田徹を招聘、若干の軌道修正を図ることになる。
 購買ターゲットを明快にするため、ある意味付け焼き刃だったファンク・ビートを大幅に薄め、松浦の特性であるメロディ・タイプの楽曲を主体としたテクノポップを、全体のトーンとした。ただ、これだけじゃインパクトに欠けるので、日本での個人所有はまだ少なかった「フェアライトCMIを操る天才クリエイター」を謳い文句として、プロモーションの柱とした。
 サンプリング・レートが8ビット、最大周波数が30.2kHzと、今から見ればファミコン程度のマシンをひとつの売りとしていたのだから、まぁ何と牧歌的な時代だったのやら。
 ただ、そんな低スペック・マシンをポップ・ミュージックのフィールドで展開していたのは、日本ではまだ松浦くらいしかいなかったし、そこから繰り出されるサウンドを上回るほどのメロディ・センスがあったことも、また事実である。
 クラシックの模倣か、シーケンス・リズム主体の無味乾燥なサウンドにまみれた、実質プリセット音に頼りきりの「名ばかりシンセ・プレイヤー」の中で、松浦の才能は一歩も二歩も抜きん出ていた。

 初顔合わせということもあって、プレイテックス時代はチャカに歩み寄ったサウンド・メイキングだった松浦も、PSY・Sになってからはコンセプトも一新、主導権を完全に握っている。
 テクノポップを第一義とするため、ファンクネスなビートやグルーヴ感は一掃された。出力的には貧弱なフェアライトCMIをサウンドの軸とするため、もともとナチュラルにコンプがかったチャカのヴォーカルは、さらにピークレベルが落とされた。あくまでバックトラックが主体、ヴォーカルもまたサウンド・パーツの一部である、という考えに基づくものである。調和したアンサンブルに重きを置く理系男子の松浦の判断として、全体バランスを考慮するためには、ヴォーカルはサウンドに埋没させなければならなかった。

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 本来ならメインであるべきはずのヴォーカルをサウンドと同列化させるのだから、歌詞はプレイテックス同様、雰囲気英語でよかったはずなのだけど、歌謡曲と同じ棚に並ぶメジャー・デビューともなると、それもちょっと問題である。ソニー的にも良い顔しないだろうし、岡田徹的にもちょっとまずい。
 「取り敢えず外部発注して辻褄合わせましたよ」的な歌詞は、どことなくフラフラして曖昧な表現が多い。そりゃそうだ、言葉で訴えたいことなんてもともとないし、請け負った方だって、どんなコンセプトのユニットだか見当つかないんだから。
 大事なことはひとつ。取り敢えず、サウンドの一部としてチャカが歌っていればよい。下手な主張やストーリー性を持たせると、緻密なアンサンブルにはむしろ邪魔なので、それだったらいっそ徹底的に無意味な方がいい。

 ちょっと極論になってしまったけど、もともとサウンドで勝負するタイプだった松浦ゆえ、言葉というものをどう取り扱ってよいのかわからなかった面がある。松浦的には、チャカが歌いやすい言葉なら、歌詞なんて何でもよかったし、ずっと英語ばかり歌っていたチャカにしても、慣れない日本語の節回しについてくのが精いっぱいだったと思われる。
 その後はチャカも松浦も、言葉やストーリー性に関心を抱くようになるのだけど、それは2枚目以降の話。ここでのPSYSはまだ、実験的テクノポップ・ユニットのひとつでしかない。『Collection』での他アーティストのコラボ交流によって、2人の視野は広がることになる。

 長くなりそうなので、一旦、ここでおしまい。
 PSY・Sについて、今回はもう少し書いたので、続きはまた次回。


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1. Teenage
 アルバムと同時発売されたデビュー・シングル。デジタル臭の強いスネアが印象に残る、ていうかほぼそれを中心に構成されたナンバー。一分の狂いもないシーケンスに合わせて、どうにか無味無臭であろうとするチャカの葛藤が窺い知れる。これを人力でやろうとすると、もっとユルいパワー・ポップになってしまい、ウェットさばかり目立ってしまう。再現不可能のハイパー高速スネア連打は、中途半端な田舎の高校生の度肝を抜いたことでも有名(?)

2. From The Planet With Love
 全曲英語詞のため、プレイテックス的な感触が最も残っている、クールなテクノ・ファンク。熱くならないヴォーカルと冷静沈着なバックトラックという路線は、和製Annie Lenoxとして、結構面白い展開だったと思うのだけど。中盤のラップ・パートはその後のPSY・Sでは見られないものので、貴重なトラックでもある。



3. I・E・S・P(アイ・エスパー)
 そんなファンクネスを活かすのではなく、チャカのもうひとつの特性、チャイルディッシュな声質をマルチ・ヴォーカルによって空間的に演出、浮遊感あふれるサウンドに仕上げている。松浦のディレクションによるものなのか、ヴォーカルの響きの陰影は薄い。あくまでサウンドが主であって、感情を出すのを嫌ったのだろう。

4. Big Kitchen
 50年代アメリカのコメディドラマのリメイクと言ったら信じてしまいそうな、チープな音色のエレピとエフェクトで構成された小品。途中、ダブっぽいブリッジがあるのがちょっと新しい。

5. 景色
 ハルメンズ解散後・パール兄弟結成前のサエキケンゾウ作詞によるポップ・チューン。後に『Two Hearts』でもリメイクされているくらいなので、ファンの間でも当初から人気が高かった。松浦のメロディ・センスの良い面がうまく強調されており、チャカも比較的抑揚をつけて歌っており、抒情派テクノ・ポップとしてのひとつの完成形。

6. 星空のハートエイク
 リズム・パターンが目まぐるしく変わり、歌いずらそうな曲だけど、難なくこなしてしまうチャカのキャパの広さが印象的。シャッフル気味なスネアの音は当時先進的だったのだけど、いま聴くとちょっとうるさいな。後にリメイクしたのも納得できる。

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7. Paper Love
 これもチャカのもうひとつの側面である、スウィング・ジャズと歌謡曲とのハイブリット的なポップ・ナンバー。キーもちょっと高めなので、今のアイドルかアニソン歌手あたりがうまくリメイクしてくれれば、再評価につながりそう。

8. Desert
 オリエンタルなエフェクトや、ラクダの歩みに合わせたリズムなど、タイトル通り、砂漠を連想させるナンバー。親しみやすく異国情緒あふれるメロディが心地よい。

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9. 私は流行、あなたは世間
 唯一、本名の安則まみ名義でチャカが書き下ろした、スケール感の大きいバラード。平易な言葉をフラットなヴォーカルで、リズムはやたら凝ってるけど、歌を邪魔するほどではない。

 くり返し くり返し 重ねた言葉 
 いつまでも いつまでも 確かめてみる

 書き記すと他愛もない、メロディだってそれほど起伏もない。無愛想な曲なのにでも、こんなに愛おしく、多くのファンの心に残るのはなぜなのか。
 最後のピアノ・ソロのコーダが「Layla」っぽいとは昔から思ってたけど、そんな些末もチャラにしてしまう、得体のしれない「うたの力」が込められている。
 ある意味、これを世に出した時点で、初期PSY・Sの役目は終わっていた、と言ってもいい。それくらい強い求心力を持つ楽曲である。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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