好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Pop : Japan

ここから始まる太田裕美の大暴走 - 太田裕美 『TAMATEBAKO』

folder 前回の米米もそうだけど、近年の太田裕美もまたライブ中心の活動で、オリジナル・アルバムのリリースは、とんとご無沙汰になっている。現時点での最新アルバム『始まりは“まごころ”だった。』のリリースが13年前、その後、散発的にシングルをリリースしてはいるけど、新録よりは企画・アーカイブの方が多い。
 ちなみにソニーの公式サイトのインフォメーションを見ると、「22年ぶりのオリジナル・アルバム・リリース」とある。35年で2枚か。大滝詠一並みだな。
 ソロのライブ活動と並行して、伊勢正三らとアコースティック・ユニット「なごみーず」を結成、こちらは3者のスケジュールの都合がついた時に活動している。そのどれもが大会場ではなく、市民会館クラスの小・中規模ホールが主体となっている。
 彼女のメイン・ユーザーはもっぱら50代以上が占めているので、それも納得である。スタジアム/アリーナ・クラスではスタンディングになるので、オーディエンスの体力が持たないし、またそんな音楽性じゃないし。
 ステージも客席も気楽にゆったり、他愛ないトークと時々休憩を挟みながら、定番のセット・リストでコンサートは進行する。時たま感慨にふけったり、はたまた一緒に口ずさんだりして。
 目に見える熱狂やグルーヴはないけど、ちょっぴりノスタルジックで居心地の良い空間が、そこにはある。進歩や革新性とは無縁だけど、作業効率や費用対効果に翻弄される日常を忘れる、そんな別の時間軸があったっていい。

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 歌謡界に足を踏み入れて間もない松本隆が書いた「木綿のハンカチーフ」は、情緒あふれる筒美京平のメロディとの相乗効果によって、オリコン年間4位の大ヒットを記録した。これによって「アイドルとアーティストのハイブリッド」という方向性を確立した太田裕美は、その後もソニーが作り上げたコンセプトに則り、「となりのお姉さん」的文学少女キャラで70年代を乗り切った。
 ちょっと話は逸れるけど、「太田裕美」という絶好の素材と出会ったからこそ、その後の松本隆の方向性も決まった、と言い切っちゃっても過言ではない。その後、松本隆は「松田聖子」という新たな素材とめぐり合い、太田裕美では書ききれなかった「少女→大人の女性への成長過程」にきちんとケリをつけた。
 その松田聖子の登場によってアイドルのフォーマット自体が変化し、旧世代となった太田裕美のセールスは、次第に頭打ちになってゆく。「アーティスト」と「アイドル」、両方のいいとこ取りを狙った戦略は長期戦略に則ったものだったけど、アイドル自体のテーゼが変わってしまうと、それも通用しなくなり、新たなアップデートが必要になる。
 そんなこんなで路線変更が急務となったわけだけど、そう急に思いつくものではない。ソニーやナベプロのスタッフから提示されるのは、従来路線にちょっと修正を加えた程度で、抜本的な改革とはほど遠い。
 停滞する状況に業を煮やしたのか、太田裕美は1982年、活動休止を宣言、単身NYに渡る。8ヶ月に渡る海外留学によって、歌謡フォーク以外の可能性をつかんだ彼女は、ニュー・ウェイブ路線3部作をリリースすることになる。
 「清楚な歌のお姉さん」といった従来イメージを打ち砕いた、って意味では正解だったこの3部作だけど、セールス的には惨敗だった。この時期の作品は、中島みゆきで言うところの「ご乱心期」、いわば黒歴史化されており、あまり顧みられることもない。

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 前述した『始まりは“まごころ”だった。』の前のアルバムが、これから書く『TAMATEBAKO』なのだけど、それはまた後で触れるとして、今回書きたかったのが、その後の話。一般的なイメージの太田裕美とはまた別路線の、ダークでインダストリアルでアバンギャルドな方面の作品について。
 ある程度キャリアの長いアーティストなら、毛色の違うジャンルに浮気してみたくなるのもわからないわけではないけど、彼女の場合、その振り幅がちょっと大きすぎる。まっとうな人生を送ってたら、まず巡り会うこともない人たちばかりだもの。
 まず太田裕美が足を踏み外したのが、1988年のこと。あまり目立った活動を行なっていなかった当時、ジョン・ゾーンのアルバム『Spilene』に参加している。
 海外アーティストからのオファーというだけで、オッと思ってしまうけど、「ところでジョン・ゾーンって誰?」というのが、ごく普通の反応。まっとうな生活を送ってたら知る機会もない、フリー・ジャズ/現代音楽界隈の人である。その筋では結構大御所だけど、まっとうな社会人の多い太田裕美ファンにとっては、まるで縁のない人である。
 彼女が参加しているのは「Forbidden Fruit」という曲、モノローグというか朗読で参加している。ジョン・ゾーン自身はサックスプレイヤーであるけれど、ここでは主にコンセプト立案のみ、サウンド・コラージュ的に変な音のエフェクトを加えたりはしているけど、実際の演奏には参加していない。
 ベーシック・トラックは、現代音楽寄りの弦楽四重奏団:クロノス・カルテットによるもので、それをカットアップしたりループさせたりして解体、太田裕美のモノローグが挿入されたりする。さらに、現代音楽寄りのターンテーブル・プレイヤー:クリスチャン・マークレイが、ヒップホップとはベクトルの違う、アブストラクトなスクラッチを入れまくる。
 ちなみに歌詞というかテキストを書いたのは、日本のハードコア・パンクのレジェンド、フリクションのリーダー:レック。古い日活の映画『狂った果実』からインスピレーションを得て書かれた、とのこと。もう何が何だか、書いてる俺も意味が分からない。
 どいつもこいつも一癖二癖あり、こじれてよじれて屈折したメンツをコーディネートしたジョン・ゾーンもすごいけど、こんな百鬼繚乱の中で、「いつも通りの太田裕美」を演じる太田裕美こそが、一番ぶっ飛んでるんじゃないかと思う。
 言語で解説するのが難しい音楽なので、まずは一度聴いてみて。



 ちょっとだけ遡って1987年、太田裕美は若手箏奏者:沢井一恵のアルバムに参加している。ちなみに「そう」って読むんだよ、この漢字。パッと見、琴と大差ないけど、全然別の楽器らしい。
 今なら和楽器バンド、ちょっと前なら東儀秀樹など、純邦楽シーンは不定期に若手が台頭していたりする。もっと昔なら尺八とジャズ、または現代音楽とのコラボがあったりして、案外、進取の気性に富んでいたりする。
 80年代は、この沢井一恵が「ニューウェイヴ邦楽」の急先鋒として、新たな路線を開拓していた。その流れでリリースされたのが『目と目』。
 プロデュースを務めたのは、当時、新進気鋭の若手音楽家だった髙橋鮎生。彼が作ったシンセ主体のニュー・エイジなサウンドに載せて、ニュー・ウェイヴっぽくエフェクトされた沢井の箏演奏が奏でられている。
 ビギナー向けに聴きやすくする意図はわかるのだけど、変調された箏の音色は西洋ハープのようで、ていうかハープにしか聴こえないので、差別化が充分ではない。「停滞する純邦楽シーンに一石を投じた」という意味では重要作なのだろうけど、太田裕美ファンにとっての重要作とするには、ちょっと苦しい。音源コンプしたいなら別だけどね。
 ここでの太田裕美は4曲に参加、うち3曲は「みんなのうた」みたいな童謡タッチで、そんなに面白いものではない。沢井同様、「別ジャンルに進出した」こと自体が大きな意味であり、音楽的にどうのこうのってのは、あんまり意味を成さない。
 で、その沢井のアルバムに参加したことが縁で、髙橋鮎生との交流が深まってゆく。親子二代に渡って現代音楽を手がける髙橋と、一体どんな経緯でウマが合うようになったのかは不明だけど、何か通じるものがあったのか、意気投合してしまう。その後は不定期にレコーディングやライブを重ね、2004年には共同名義でのフル・アルバム『Red Moon』をリリースしている。
 リリース当時、日本ではこのアルバムは未発売だったのだけど、再発盤がいまは流通しており、その気になれば容易に入手は可能。さすがだぜ、アマゾン。でも、太田裕美参加のトラックだけ聴きたかったので、YouTubeに上がっていたのを聴いてみた。
 ―ノイズとガムランの洪水の中で、いつものテンションで「いつもの太田裕美」として、伸びやかな美声で歌い上げる太田裕美。そのミスマッチ感によって、表層的なアバンギャルド音楽より、それは過激に映る。映るのだけど、購買意欲を掻き立てられるほどではない。やっぱ無理だ、こういうの俺。

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 なんか調べてるうちに面白くなっちゃって、長々と書いてしまった。まっとうな社会生活を送っていたら決して巡り会うことのない、エキセントリックな面々とのコラボを続ける動機は、一体どこにあるというのか。
 親に敷かれたレールに反発して、道を踏み外すご令嬢というのは、二流アイドル主演のドラマにありがちだけど、どうもそんな雰囲気とも違う。既存路線に沿ったコンサートやレコーディングは継続しているし、そこに大きな不満を抱いている様子も見えない。
 これまで挙げたアバンギャルド系のセッションのどれにも共通することだけど、太田裕美自身が目に見えてアバンギャルドなわけではない。バック・トラックがどれだけぶっ飛んでいようと、彼女はいつも平常心、「赤いハイヒール」や「さらばシベリア鉄道」と同じように、アイドル性をキープしたヴォーカルで通している。
 どれだけカオスやバイオレンスが蠢くサウンドをもってしても、「いつもの太田裕美」を崩すことはできない。

 で、本題の『TAMATEBAKO』。やっと戻って来れた。
 『Far East』『I do you Do』「TAMATEBAKO』は、ファンの間では三部作として認知されているけど、共通しているのは「歌謡フォーク路線からの脱却」という一点のみであり、実のところ、音楽性は三者三様バラバラである。
 ハードAORポップへの転換を図った『Far East』、奇才:銀色夏生の言語感覚をテクノ・ポップ・サウンドで彩った『I do you Do』。そして、同じテクノ・ポップ路線を踏襲しながら、「ポップ」の大衆性を極限まで削り、結果、若手クリエイターの実験場と化しているのが、この「TAMATEBAKO』である。
 前作から続いて、アレンジャー:大村雅朗・作詞:山本美紀子(のちの銀色夏生)が参加しており、さらに追い打ちをかけるようクセの強いメンツが名を連ねている。異端ばかりの80年代ニュー・ウェイヴの中でも、奇妙なポップ・センスが突出していた「くじら」杉林恭雄を始め、岡野ハジメ・ホッピー神山を擁したオルタナ・ポップ・ロック・サイバー・テクノ・ユニット(適当)PINKの面々。『I do you Do』に続き、チャクラ:板倉文も参加しており、そんな連中がソニーの豊富なバジェットを使って、やりたい放題実験し放題しまくっている。
 同時代のヤズーやソフト・セルからインスパイアされたと思われるUK直輸入エレ・ポップは、元ネタのギクシャクしたビートとエフェクトにブーストがかかり、ダンス仕様ではなくなっている。そんな屈折具合も何もかも吞み込んだ、前代未聞のヒロミック・ワールドが形成されている。
 のちの夫:プロデューサー福岡智彦のニュー・ウェイヴ趣味が強く反映されたサウンド、そして銀色夏生の素っ頓狂な言語感覚に喚起されて、太田裕美に遂にビッグ・バンが訪れている。流麗なメロディとハーモニーで彩られた歌謡フォークを隅に追いやり、しちめんどくさいことはヌキにした、不揃いなリズムとエフェクトとブレイクに振り回される様を、真っ先に自分が楽しんでいる。
 起承転結に沿ったストーリーではなく、衝撃的な1シーンの羅列によって、フレキシブルな映像をインスパイアさせる銀色夏生の言葉は、聴き手や歌い手のハンパな解釈を拒否し、既成概念を振り回す。「考えちゃダメだ、感じるんだ」とでも言いたげに、銀色夏生のテキストは、本能に暗示をかける。
 ただ、ビッグ・バンとは一回限りのものであって、連続性はない。爆発的な崩壊のあとに残るのは、虚無的なエピローグだけだ。
 売り上げ的にはソニーを満足させるものではなかったけれど、太田裕美が得た達成感はかけがえのないものだった。平穏にフェードアウトしてゆくだけだったキャリアに、かすかな爪痕を残すことはできた。

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 ただこの『TAMATEBAKO』を作ったことによって、その後の太田裕美は制御不能のブラックホールを内に孕むことになる。前述したように、それは「いつもの太田裕美」でありながら、取り巻く環境によって不気味さを助長させる。
 2019年現在、彼女はそのカオスを表に出していない。
 でも、それは不意に訪れる。
 オフィシャルHPの関連サイトには、伊勢正三や松本隆らと並び、「髙橋鮎生」の名が残っている。その異彩さは、太田裕美にとって、何らかの免罪符なのだろうか。


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1. 青い実の瞳
 ストロベリー・スウィッチブレッドをパンキッシュにひねったテクノ・ポップ。ルイス・キャロル風の寓話と暗喩をたっぷり含んだ銀色夏生の言語感覚は、サウンドに捩りをかける。
 ―考えるな、感じるんだ。

2. ランドリー
 なので、「雨の日のランドリーで 子供たちが回ってる」と歌ってたって、何ら不思議はない。ここで作られた世界観では、何だってありうる。くじら杉林が書いたシュールな歌詞とメロディは、大村雅朗の時間軸さえ揺らぎをかけ、ソリッドなファンク・ロックに仕上げている。
 論理的ではない。そんな不条理が流行った80年代。誰もがとがったサウンドを指向していた。

3. 花さそう鳥目の恋人
 バナナ川島によるエスニック調ダンス・ポップ。妙に堂々としたDEVOみたいなヴォーカルを取る太田裕美って、初めてじゃないかと。『Let’s Ondo Again』をもうちょっとスマートにしたお囃子も入る、一体何がしたいのか、どの辺のニーズを狙ったかわからない曲だけど、まぁ多分そんな市場リサーチなんて、まるで眼中にないことだけはわかる。



4. ささら
 で、ここまでぶっ飛んだサウンド・アプローチの楽曲が続いたけど、やっと「いつもの太田裕美」ファンにもアピールする、郷愁誘うオリエンタルなバラード。銀色の歌詞なのに、気味が悪いくらいに普通っぽいのが、エキセントリックといえばエキセントリック。

5. グッバイ・グッバイ・グッバイ
 再びバナナ川島によるテクノ・スカ・ポップ。大抵の曲なら穏やかにねじ伏せて歌いこなしてしまう太田裕美でさえも、ちょっとこの曲は難しかったと思われる。リズム主体になると、やはり弱点となってしまうのか。まぁ誰にだって向き不向きはある。でも、本人的にはこういうのも好きなんだろうな、というのが伝わってくる。

6. 夏へ抜ける道
 PINK色の濃い、複合リズムのインパクトが強いパワー・ポップ。サウンドと銀色の言葉に触発され、ここでは太田裕美による作詞・作曲となっている。周囲に感化されたのと、センシティヴなアレンジのおかげでニュー・ウェイブ・テイストは強いけど、ベーシックなものは松本隆と筒美京平の世界観で成り立っているため、そこまで降り切れていない。でも、そこがいい。

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7. よそ見してると…
 「くじらとバナナのコラボレーション」って書いてみたら、これだけでなんかタイトルっぽい字面。童謡と歌謡フォークとインダストリアルとが奇跡的に同居する、奇妙な味わいのナンバー。後のジョン・ゾーンや高橋鮎生との作品とも、ある意味地続きとなっている。この曲の落とし前をつけるため、彼らとのコラボはいつか再開するのだろう。

8. チラチラ傘しょって
 チャクラ板倉によるポスト・パンク風テクノ・ポップ。トムトム・クラブやDEVOなんかと地続きな、思いついたアイディアをやたらめったら詰め込んで、一応整理はするけど、結局とっ散らかった印象のまま投げ出してしまった箱庭ポップ。
 その場のノリと思いつきが多くを占めたレコーディングだったのか、ヴォーカルも珍しくいろいろテイストを変えたアプローチを見せている。あんまり詳しくないけど、アニソンとしてもアリだったんじゃないかと、勝手にそう思っている。

9. ロンリィ・ピーポーⅣ
 『Far East』から続く連作も、今回で最終作。ファニーなAORのⅠ、チャイナ・テイストのテクノ・ポップのⅡ・Ⅲ、そしてここでは国境も時代設定もすっ飛ばした、オリエンタルとエスニックとデカダンスとが混在したヒロミック・ワールド。「We are All Alone」というカラッとした刹那が、すべてを物語っている。



10. ねえ.その石は
 ラストは正統派オリエンタル・ポップ。雄大な大河を喚起させる、坂本龍一テイストのバラード。これだけドラマティックなのに、なぜかヴォーカルはノン・リヴァーブ。どこかベタになっちゃうのを一歩手前で拒否しているかのような処理ではあるけれど、それで臆することもなく、太田裕美はたおやかに歌い上げる。
 これまでの殻を破りはするけど、過去は否定しない。それもまた、自分だから、と。



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米米のクセして=カールスモーキーのクセに。 - 米米クラブ 『Komeguny』

Folder 1986年リリース、3枚目のオリジナル・アルバム。一般的にはこのアルバム、「初期米米としては、スカしてかしこまったサウンド」という評価だけど、その「米米」というバイアスを外して聴いてみると…、いややっぱどっか変。頭からつま先までビシッとフォーマルにキメているにもかかわらず、ネクタイの趣味が超絶悪い、といった感じで、どこかヌケている。
 カスッカスなドラムと、シャリシャリのMIDIシンセに象徴される、そんな80年代ソニーのサウンド・カラーとは一線を画していたのが、初期の米米だった。だったのだけど、ライブでのはっちゃけ具合とスタジオ音源の無難さとのギャップが大きく、なかなかイメージが定まらなかったことが、ブレイク前の彼らの悲劇である。
 ソニー的にも「どうにかテコ入れを」と案じたのか、ここでは外部アレンジャーを起用して、サウンド・コンセプトの統一を図っている。さらに意味不明の箔づけとして、レコーディングはアメリカで行なわれている。
 とはいえ、スタッフもバンドも日本人で占められており、現地のミュージシャンを使った様子もなさそうなので、なんでわざわざアメリカなのか。wikiに載ってるように、単に「コメグニ」って言いたかっただけなのか。謎だ。

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 大方の80年代サウンドの例に漏れず、当時のソニーからリリースされた音源の多くは、ピーク・レベルが低めに抑えられていた。乃木坂でもあいみょんでも三代目でも何でもいいけど、2019年現在の音圧と比べてみると、その差は歴然。当時リリースされたCDのほとんどは、おおよそボリューム3つくらい上げないと、いまの音圧に太刀打ちできない。
 「音圧爆上げくん」に象徴される、近年の過剰なブースト・ミックスもアレだけど、ほんと昔のCDは音が小さい。「どうせ人間の耳には聴こえないんだから」と、不可聴領域をばっさりカットした結果、クリアではあるけれど、腰の入ってない音になってしまった経緯がある。
 レコード特有のスクラッチ・ノイズがないメリットばかりが喧伝され、いわゆるドンシャリなサウンドが、80年代は持てはやされていた。いたのだけれど、これが全面的に悪かったわけではない。ニュー・ウェイブ系やシンセ中心の音作りをしていたアーティストとの相性が良かったことも、また事実である。
 例えば当時のソニーの屋台骨を支えていたレベッカも、結成当初はレッド・ウォーリアーズ:シャケ主導によるギター・バンドだった。この時代は認知度も低くければセールスもパッとせず、メディアからはほぼ黙殺されていた。
 彼らのブレイクのきっかけとなったのは「ラブ・イズ・キャッシュ」から、シャケ脱退を機に、シンセ主体のサウンドにモデル・チェンジしてからだ。そういう意味で言えば、アーティストとソニーとの相性がうまくマッチングした好例と言える。
 スタジオの特性なりエンジニアのポリシーなり、はたまた時代性など、いろいろな条件が組み合わさって、レーベル独自のカラーが生まれてくる。80年代のソニー・サウンドは、重めのリズム・アプローチとは真逆を指向していたため、そのポリシーに沿ったアーティストを主にマネジメントしていた。または、ポリシーにフィットするよう、アーティスト・コンセプトのモデル・チェンジにも積極的に関与した。「魂を売った」って言われるアーティストも多かったよな、誰とは言わないけど。

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 話を米米に戻すと、彼らの真骨頂であるファンク・ベースのサウンド・アプローチは、当時のソニーのカラーとは、あまりフィットしていなかった。まぁソニーに限らず、ホーン・セクションを擁するバンドのプロデュースは難しい。
 集団による同時演奏から生まれるグルーヴ感をスタジオで再現するのは、プレイヤー側としてもテンションを上げるのが困難だし、エンジニア側からしても、効果的にレコーディングするノウハウに乏しい。キチンと録るには手間も時間もかかるし、そもそもそこまで演奏テクニックをウリにしたバンドではないので、そこにリソースを注ぐのもなんか違うし。
 演奏陣やスタッフの試行錯誤をよそに、カールスモーキー石井はといえば、さらにパフォーマーとしての才能に磨きをかけ、大がかりなスナック芸キャラを固めつつあった。言ってしまえば彼にとって、グルーブ感やらアンサンブルなんてのは瑣末なことであって、極端な話、ミカン箱の上でカラオケをバックに歌うこともアリだったはず。そういえば紅白でも似たようなコトやってたよな。
 本来、卓越したヴォーカリスト立ったはずのジェームズ小野田もまた、歌よりコスチュームやメイクに凝るようになり、シュークリームシュらもまた同様。反応の薄いレコード購買層よりも、直接リアクションを受けるライブ・オーディエンスの方を向くようになるのは、これまた自然の摂理。

 「やるならちゃんとしたプレイを聴かせたい」演奏陣と、「いやいや客ウケするステージがやりたいんだ」というフロント陣との意見のぶつかり合いがしょっちゅうだった米米。みんな大人になった近年こそ、深刻な衝突はなくなったけど、年がら年中顔を突き合わせていた当時は、血で血を洗う内部抗争が日常茶飯事だった(ウソ)。
 プレイヤー主導でアンサンブルを聴かせるタイプの楽曲は、ライブでは好評を期していたけど、そのテンションをスタジオに持ち込んだらアラ不思議、ショボい仕上がりになってしまう。ライブではド迫力なはずなのに、CDになると低ビットレートのMP3にグレード・ダウンしてしまう。なぜなのか。
 前述したように、80年代のソニーのサウンド・アプローチでは、彼らを活かすミックスができなかった/ノウハウに欠けていた。せっかくのブラス・アンサンブルも、変にエフェクトかけ過ぎちゃって響きが軽いんだもの。

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 ライブのテンションをそのまま持ち込もうとするから喧々囂々しちゃうのであって、だったらいっそ、ライブ感を無視しちゃえば?てな経緯で制作されたのが、この『Komeguny』である。やっとたどり着いた。
 意外なことに、米米の楽曲の多くは、カールスモーキーの手によるモノである。作詞はともかくとして、ロクに楽器も弾けなければ音楽の素養もまるでないはずなのに、彼が紡ぎ出すメロディは、多くの人たちをいまも魅了している。
 多分に、鼻歌レベルのデモ・テープを素材として、職人肌の演奏陣らがあれこれ肉付けしての結果なのだろうけど、そのメロディの求心力は、80年代アーティストらの中でも飛びぬけている。あれだけチャラくて調子良いくせして、なので、あんまり認めたくないけど、持って生まれたポテンシャルが段違いなのだろう。
 何しろ、生まれて初めて作った曲が「Shake Hip」だった、というくらいだし。

 とはいえ、この時点での米米は、まだブレイクとは程遠い状況にあった。良いフレーズ・キャッチ―なサビはあるけど、どれもワン・アイディアのまま充分な形に膨らんでおらず、印象のボケた感じになっている。これがライブだったら、強引にグルーヴしちゃうのだけど、スタジオではそんな相乗効果も生まれにくい。初期の米米の楽曲は、得てしてそんなのが多い。
 プレイヤビリティにこだわりの強い演奏陣と、ノン・ミュージシャンであるカールスモーキーとは、愛憎半ばの関係だった。基本のコード進行さえ知らず、感性の赴くまま奏でられる彼のメロディは、楽理的に見れば、いびつなモノも多かったのは事実である。
 本人が鼻歌で歌う分にはいいけど、ここに演奏を載せるとなると、ルール無視の変な転調や不協和音を整えなければならない。そこで演奏陣の出番となる。
 「これは音楽的に間違ってる」と言われても、反論の仕様がない。感覚的にはコッチの方がいいはずだけど、それを覆せるほどの理論武装ができないため、従わざるを得ない。よって、演奏陣らの手によって、メロディは直され、アンサンブルは組み直されてゆく。
 ただそんな彼らも、カールスモーキーよりは音楽的ではあるけれど、プロのバンドとしては所詮駆け出し、そこまで引き出しが多いわけではない。演奏しやすく無難にまとめられたメロディに、無難な演奏をつけてゆく。
 無難なプロデュースによって作られた無難なトラックは、納期に合わせてアルバムにまとめられる。何においても無難なので、セールスもそこそこで終わってしまう。

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 どっちつかずで停滞していた米米をブレイクさせるため、カールスモーキーをメインとしたメロディ路線は、この時点での最良の選択だったと言える。何かとわだかまりのある両者を取り持つ役割として、共同プロデュース&外部アレンジャーとして起用されたのが、中崎英也という人物。
 「1980年、バンド「WITH」のメンバーとしてキング・レコードよりデビュー。1985年のWITH解散後は、作曲家・プロデューサーとして活躍している」。
 Wikiではかなりあっさり紹介されているけど、提供曲を見て、ちょっと驚いた。俺が知ってるだけでも、
 アン・ルイス 「Woman」
 小柳ゆき 「あなたのキスを数えましょう」
 鈴木雅之 「もう涙はいらない」。
 これ全部、中崎氏の作曲・プロデュースによるものである。どれも大ヒットしてるじゃないの。しかもしかも、少女隊「素直になってダーリン」まで書いてるじゃないか!って、誰も知らねぇか、こんなの。
 メンバー全員が一枚岩のミュージシャン・タイプではなく、サムいギャグとアートかぶれと昭和歌謡とが一緒くたとなって、なんだか出所不明のオーラを纏っていた初期の米米は、一部の好事家によって支えられていた。ただ、そんなライブハウス上がり特有の「アングラ的ニュー・ウェイブ」臭も、アルバム2枚程度なら許されるけど、中堅どころになると、そろそろ飽きられてくる。
 ソニー的にも、先行投資の時期は過ぎて、そろそろ資本回収か引き上げを考える頃合いである。音楽を中心とした運命共同体ではないので、このままだったらバンドは空中分解してもおかしくなかった。
 そんな事情もあってか『Komeguny』、 ちゃんとしたプロの手による、ある程度目鼻立ちの整ったアルバムになっている。ここでメロディ・タイプの楽曲をしっかり作り込む機会を得たことが、のちの大ブレイクに繋がったんじゃないかと、今になって思う。


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1. Only As A Friend
 地味な良曲ではあるけれど、「いかにも80年代っぽいポップスだ」「無難にまとめてスカしてる」だ、古参ファンにはあんまり評判はよろしくない。確かに「瞳をそらストップモーション」って歌詞はちょっとどうかと思うけど、そこだけクローズアップして揶揄するのも、ちょっと早計。歌詞をきちんと聴いてみると、案外ビジュアライズで映像的、ストーリー展開もちゃんと練り上げられている。
 「恋愛には誠実なホスト」を演ずるカールスモーキーのヴォーカルによって、二流のハリウッド映画のような世界観が展開されている。褒め言葉だよ、これって。

2. sûre danse
 エモーショナルなヴォーカルと演奏だった、一番最初のライブ・ヴァージョンがレコーディング時に大幅に改変され、ここでは無難にこじんまり、万人向けに聴きやすいポップ・ファンクに仕上げられている。
 本人たちとしても思い入れが相当強かったらしく、その後も2度、リアレンジしたヴァージョンがリリースされているけど、世間的に印象が強いのは、初音源化となるこのヴァージョンなんじゃないかと思われる。テレビのライブ番組でオリジナルに近い形で演奏されていたのを見た覚えもあるけど、結局、「それはそれ」といった具合で、当時ヘビロテされていたPVの印象が刷り込まれている。

3. 浪漫飛行
 のちの大ヒット・ナンバーも、当時は単なるアルバム収録曲のひとつに過ぎず、そこまで話題になったわけではなかった。打ち込み主体の演奏ゆえ、バンド・メンバーの関りが薄いこと、な米米というよりはカールスモーキーのソロっぽいテイストだったこともあって、当時のファンの間では「別モノ」扱いされていた。だってカールスモーキーのくせにスカし過ぎなんだもの。
 この曲が大きく脚光を浴びたのは、リリースから3年後、JAL沖縄キャンペーンのイメージ・ソングに抜擢されたことによるものだけど、書き下ろし新曲を差し置いて旧曲が引っ張り出されるなんて事態は、この時期は珍しかったはず。それだけ楽曲のパワーが強かったということなのだろう。



4. Collection
 UKシンセ・ポップをモチーフとしたバッキングがカッコいいナンバー。ここは演奏陣が結構前面に出ており、軽めのポップ・ファンク風味が時代性を感じさせるけど、いや普通にいま聴いても全然イケる。演奏陣に華を持たせたのか、カールスモーキーの存在感が薄い。と思ったら、ほぼノン・リヴァーブ。まぁスタジオ向けの曲だよね。

5. Primitive Love
 深いドラム・リヴァーブと厚めのコーラス、キラキラしたシンセに噛ませるアコギのストローク。世を席巻した80年代ソニー・サウンドのモデルケースが、これ。でもヴォーカルはジェームズ。しかも真面目にスカしてやがる。そのミスマッチ感を楽しむのが上級者。

6. Make Up
 シンディ・ローパーみたいなポップ・ファンクに、歌謡曲テイストのメロディが乗り、そのサウンドの中を縦横無尽に駆け巡るカールスモーキー。洋楽テイストをうまく吸収した良曲だけど、考えてみればアメリカ録音だったか。ライブ感というのとはまた別に、きちんとスタジオで作り込んだら案外うまくできちゃった的な曲。
 今の俺的には結構好みのサウンドだけど、当時はあんまり印象に残ってなかった。レコードでいえばB面だけど、そういえばA面ばっか聴いてたよな。

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7. Misty Night
 パワー・ステーション以降のデュラン・デュランといった感じの、当時のUKポップ・ファンクを想起させる良曲。地味だけど、演奏陣も結構頑張ってる。意味なく速弾きギターも入ってたりして、この辺はヘッド・アレンジ感が残っている。あと一歩で突き抜けそうで突き抜けない、ちょっとフック弱めのサビメロが、逆にアンサンブルの自由度を増している。

8. Hollywood Smile
 バブル臭漂う高層階のピアノ・バー、飛び入りでピアノの前に座り、弾き語りを始めるカールスモーキー。次第に興が乗り、なぜか偶然居合わせた演奏陣、ついでにこれまた偶然に立ち寄ったBIG HORNS BEE。そんな情景を描きたいがためだけに作られたナンバー。インチキ・ジャズ風味が珍しいけど、ただそれだけ。アルバムの中の箸休め的なポジション。

9. Hustle Blood
 うまくピッチを取ろうとするジェームスがこんなにつまらないなんて、っていうのを露呈してしまった楽曲。ちょっとハードなTMネットワークっぽいので、宇都宮隆ヴォーカルの方がしっくり来るかもしれない。シンセをうまくリンクさせたハードな産業ロックとして、演奏の出来は良いので、ちょっともったいない。時代的に、アニメ「キン肉マン」や「北斗の拳」との曲タイアップもアリだったんじゃないかと、個人的には思う。

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10. Twilight Heart
 ラストはちょっとオリエンタル・テイスト漂うバラード。ヴォーカルはなんとフラッシュ金子、サックスの人。たゆたう大河の流れの如き、ニューエイジ臭漂うサウンドと、フワッとしたヴォーカル。なんでこれがラストなの?他にもっといい曲あったんじゃないの?と思ってしまうけど、まぁプロデューサーの判断なんだろうな。
 最後くらい、遊びのウンコ曲入れちゃった方が米米らしいのだけど、最後まで二の線だったな、『Komeguny』。



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80年代の夫婦善哉、または夫婦漫才。 - 竹内まりや 『バラエティ』

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 1984年リリースの6枚目、初のチャート1位を獲得したオリジナル・アルバム。タレント業と二足のわらじという浮わついた印象から、地に足のついたアルバム・アーティストへと、大きくイメージ・チェンジした。
 公私を共にするパートナー山下達郎が総合プロデュースを行なっているのだけど、あの偏屈な男がクリエイター・エゴを抑え、ここではまりやのヴォーカルとメロディが最も映えるサウンド・メイキングに徹している。自分の作品だったら、ひと捻りもふた捻りもしているはずなのに。
 この時期の達郎は、それまでのバンド・セッション中心のレコーディング・スタイルから、DTMによる独りデジタル・サウンドへ移行しつつあった頃。慣れぬMIDI機材で試行錯誤を繰り返していたため、自分名義の作品はどれも閉塞的、パーソナルな色彩が強い。要するに、地味なサウンドだった。
 なので、変に堅苦しいメッセージやコンセプトを必要としない、まりやのサウンド・プロデュースは、当時の達郎にとっても、いい気分転換になったんじゃないかと思われる。オリジナリティはあれど、エゴの少ないまりやの楽曲を素材として、気軽に楽しく聴けるコンテンポラリー・サウンドを目指したトラック作成は、ちょうどいいガス抜きとして作用した。

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 休業前のまりやのレコード・セールスは、お世辞にも芳しいものではなかった。
 デビュー当初こそ、キリンレモンや資生堂など、大きなタイアップによるスマッシュ・ヒットはあったけど、80年代に入ると、そういったブーストも少なくなる。新曲がリリースされても、ほとんど話題にもならなかった。休業前の最後のシングル「ナタリー」はオリコン最高70位、ついこの前、40周年記念エディションがリリースされた「ポートレイト」に至っては、記録すら見当たらない。
 うっすらリアルタイムで覚えている俺の中でのまりやは、「不思議なピーチパイ」と「レモンライムの青い風」。いずれもCMの大量出向で耳に残っている。
 それらに付け加え、今では「セプテンバー」も初期代表曲のひとつとなっているけど、当時はそこまで幅広く認知されていたわけではなかった。「TVサイズの爽やかな夏」というのが、当時のまりやのイメージだった。
 アーティストとしてのポジションは、杏里や石川優子あたりとひと括りにされていた。いわゆる「アーティスト」の看板を掲げてはいるけど、完全な自作自演ではなく、多くの楽曲は外注、『歌「も」やってます』的な印象が強い。他の女性シンガーら同様、見た目がアイドルやモデルとしても通用するルックスが逆に災いして、タレント的な要素も多く含まれていた。
 デビュー当初から海外レコーディングを行なっていた杏里のアメリカンナイズや、バラエティ出演はおろかグラビア撮影も辞さない石川優子の貪欲さに比べると、基本は純音楽主義だったまりやのキャラは、イマイチ掴みづらかった。もともとタレント活動には消極的だったまりや、女子大生キャラでテレビには出ていたけれど、そこは彼女がいるべき場所ではなかったのだ。
 その女子大生キャラだって、テレビ的には川島なお美や斉藤慶子の方に分があった。しかも川島なお美には、「お笑いマンガ道場」というキラー・コンテンツががあったし。
 …ゴメン、ただ「お笑いマンガ道場」って書きたかっただけだ。本筋とはあんまり関係ない。

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 デビューして間もなくは、多少歌が拙くても、愛嬌があればどうにかなる。グラビアでもバラエティでも、取り敢えずニコッと微笑んで、ちょっと肌の露出を多めにしておけば、大抵のことは大目に見てくれる。
 シンガーとしての認知が充分でなかった頃のまりやもまた、イヤイヤながらオールスター水泳大会などにも出場していたらしい。まぁポロリ要員ではなかっただろうけど。
 ただ、いつまでも彼女らに需要があるわけではない。アイドル・シンガーとしてちょっとだけ一斉を風靡した彼女らも、鮮度が衰えるにつれ、方向転換を余儀なくされる。
 杏里は角松敏生との出会いを機に、ダンス・ミュージックへの転身を図る。バック・バンドに黒人のコーラスやダンサーを従え、ゴージャス感あふれるR&B系サウンドによって、80年代を乗り切った。そこからさらにリー・リトナーと婚約で世間を騒がせ、結局破談になったことで2度ビックリさせられたけど、それはまた別の話。
 安定のマイペースな低空飛行を続けていた石川優子は、「ふたりの愛ランド」ヒットによって、一時ちょっと持ち直したけど、その後は固定ファンが広がりを見せず、次第にフェード・アウトしていった。近年になってステージ活動は再開しているけど、新たな楽曲を発表する機会には恵まれていない。
 まりやの場合、音楽活動に本腰を入れるのとクロスフェードするように、タレント活動の割合を縮小させてゆく。毎年量産され続ける女性アイドルや女子大生シンガーと同じフィールドで戦い続けることは、そもそもまりやが望んだものではなかった。

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 活動の重心を音楽制作に移すことによって、それまで外部ライターへの委託が多かった選曲会議でも、まりやの作品が採用されることが多くなってゆく。デビュー当初はアルバムで1、2曲程度の採用率だったのが、「ポートレイト」ではほぼ半数となっている。
 これはもちろん、まりやのソングライティング能力の向上に拠るところが大きいけど、穿った見方をすれば、「バジェットの縮小」というネガティブな一面もある。レコーディングの予算が削られると、人員スタッフも縮小され、有名どころの起用にも慎重にならざるを得ない。スタジオの使用時間も短縮される。
 ただこれも見方を変えると、外注するより自分で書いた方が当然安上がりになる。キャリアを重ねたことによって、スタジオワークも手慣れてきて、効率的に時間を使えるようになった。ちょっと手間のかかる作業があったとしても、達郎に頼ることができるから、大抵のことは何とかなる。規模が小さくなった分、自分でやれることも増えるのだ。
 とはいえ、プロモーション予算まで縮小されてしまったら、商業アーティストとしては致命的である。いくら良い作品だったとしても、それを広く知らしめる手段がなければ、社会的には「ない」も同然なのだ。
 コンポーザーとしての意識の高まりと、世間のニーズとのギャップによる売り上げ低迷、加えて達郎との結婚が重なったこともあり、彼女はこれまでのキャリアを一旦リセットする途を選ぶ。

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 で、「バラエティ」。結果的に大ヒット・アルバムとなったけど、その割に変にギラついていない、ごくごく自然体のサウンドで構成されている。当時隆盛だった打ち込みやシーケンスはほとんど使用されておらず、多くはマルチプレイヤー達郎の多重録音でレコーディングされている。
 自然体とは言っても、ただリラックスした雰囲気では冗長になるだけで、売り物にはならない。ナチュラルな表現欲求を、プロフェッショナルな手法でコーディネートした上での自然体であり、その裏には、クリエイター同士の衝突や葛藤、苦心惨憺が刻まれている。マニアックに寄らず、コンテンポラリーなスタイルで仕上げることは、達郎にとってもマスへの挑戦であり、加えて自己修練だったと言える。
 まりやのソングライティングもまた、休養中に行なっていたアイドルへの楽曲提供が大きく作用している。第三者のヴォーカルというフィルターを経由することによって、ヒット曲の構造を体得したことが、「バラエティ」のヒット構造の根幹だった。
 シンガーのキャラクターを引き出すこと、そして尚且つ売れることが前提となるアイドル楽曲は、ユーザーのツボを刺激するメロディ構造と、明快なサビが重要なファクターとなる。それでいて紋切り型にはならず、ライターとしての顔が見えていなければならない。そうじゃないと、竹内まりやを起用する意味がない。
 世に出たヒット曲以外にも、コンペで採用されなかった楽曲も多々あったはず。その度、経験値を上げつつ研究を重ね、河合奈保子や薬師丸ひろ子に提供した楽曲は、いまも燦然と輝くスタンダードとして聴き継がれている。
 そこでのトライ&エラーはムダにはならなかった。そんなプロセスを経て「バラエティ」の楽曲は書き上げられ、その後もロングタームで売れ続けるアルバムとなった。


Variety (30th Anniversary Edition)
竹内まりや
ワーナーミュージック・ジャパン (2014-11-19)
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1. もう一度
 ドラマ「くれない族の反乱」主題歌として、先行シングル・カットされたオープニング・ナンバー。いきなり達郎の多重コーラスから始まるところから、もう気合いの入り方が違う。
 ドラム青山純、ベース伊藤広規、ピアノ難波弘之と、当時の達郎レコーディングのパーマネント・メンバーが勢ぞろいしており、もう自分のレコーディングと同じテンション。ただ、通常ならここまで過剰に入れてこないコーラス・ワークなど、結構遊びというか、最上のポップ・ソングを作るための実験が行なわれている。
 ビーチ・ボーイズからナイアガラ・テイストまで、あらゆる要素をゴチャ混ぜにしながら、それらがケンカせず、しっくり収まるべきところに収まっているのは、楽曲の良さから由来する。
 俺的に、まりやの最高傑作と言えば、結局これに落ち着いてしまう。最近では聴かれない、伸びのあるヴォーカルも聴きどころ。

2. プラスティック・ラブ
 そして、続くこれでノックアウトされる。いま現在、世界で最も人気の高いジャパニーズ・シティ・ポップとしてバズッたポップ・ファンク。いや当時から俺も好きだったけどさ、ここまで盛り上がるとは思ってなかった。
 リズム・アレンジにまりやのアイディアが採用されていたのは、ちょっと意外だった。こういったファンキーな要素はあまり見られなかったし。突然変異的に、めっちゃクールなフレーズだ。
 サウンドもそうだけど、実は俺がこの曲で好きなのが歌詞。サウンド的には1.が好きだけど、近年では見られない「やさぐれ感」がにじみ出ているところに、つい惹かれてしまうのだ。

 私のことを決して 本気で愛さないで
 恋なんて ただのゲーム 楽しめば それでいいの
 閉ざした心を飾る 派手なドレスも靴も 孤独な友だち

 私を誘う人は 皮肉なものね いつも 彼に似てるわ
 なぜか 思い出と重なり合う
 グラスを落として急に 涙ぐんでもわけは 尋ねないでね

 中途半端な田舎の高校生が、あまり深く意味も分からず、ノリの良さで買ってしまった12インチ・シングル。今でもそうだけど,なぜか下線のフレーズになると、ハッとしてしまう。すごく映像的であり、短編小説のような趣きを感ずるのだ。 



3. 本気でオンリー・ユー (Let's Get Married)
 1.のB面としてリリースされたウェディング・ソング。ベース以外はほぼ達郎のマルチ・プレイ。ゲストとして、隣のスタジオで『音楽図鑑』レコーディング中だった坂本龍一が、パイプ・オルガン(ていうかシンセ)で参加している。
 英詞をここまでサラッと歌える日本人が、当時どれだけいたか。そう思えば、隔世の感だよな。

4. ONE NIGHT STAND 
 3連チャンでキャラの強い楽曲が続いたので、ここらでひと休み。ほっこり和んでしまうカントリー・タッチのバラード。
 ここでは達郎はあまり絡んでおらず、当時、名古屋を中心に活動していたセンチメンタル・シティ・ロマンスがバックを務めている。ちゃんと聴いたことがないけど、はっぴいえんどの遺伝子的なポジションで地道にやってた印象がある。あるだけで、ゴメンあんまり聴いたことない。
 でも、古き良き70年代アメリカのシンガー・ソングライターを思わせるアレンジは、ひと息つくにはピッタリ。

5. BROKEN HEART
 再び英詞、今度は海外にも通用するAORテイスト。夕暮れの海辺を思わせるサックス・ソロやホーン・セクションは、映像を喚起させるクオリティ。そう思ってたら、コーラスとサックスはLAレコーディング、とのこと。
 ただ明らかなAORサウンドだというのに、あまりに類型的過ぎたのか、海外で再評価されたのは、日本語バリバリの「プラスティック・ラブ」の方。セオリーにハマり過ぎると、没個性になってしまう典型。

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6. アンフィシアターの夜
 ライブ感を強調した正統派ロックンロール。リードではないけど、達郎にしてはハード・ドライヴィングなギター・プレイ。コール&レスポンスも飛び出してきて、重厚なサウンドの壁が立ちはだかっている。まりやの声質はハードなサウンドとフィットするまでは言わないけど、かなり頑張った印象。
 達郎もそうだけど、ソフトなサウンドを志向しているからと言って、プライベートでもそうとは限らない。もともとLAで観たキンクスのライブからインスパイアされて作られた楽曲なので、彼女の中にもそういった素養があっても不思議はない。

7. とどかぬ想い
 幻想的な深いエコーの奥から聴こえてくる、シンプルなバンド・セット、そしてこれまでより高めのキーで歌声を聴かせるまりあ。上品なフォーク・ロックといったテイストで、まりやの作風にもフィットしている。地味だけど、聴きあきることのない、心の奥底にそっとしまっておきたいナンバー。

8. マージービートで唄わせて
 ノン・エコーのダブル・ヴォーカル、シンプルな8ビート、ちょっぴりサイケな響きのオルガン。思えば、俺世代が思い描くマージービートとは、ビートルズでもホリーズでもなく、この曲だった。まるでAMラジオから流れてきたような、古いけど新しい、それでいて時代に流されることのないサウンド。
 ヴァーチャルなマージービートの再現を目指しながら、どこか日本的なウェット感が漂うのは、達郎のパーソナリティもにじみ出ているせいなのかも。考えてみれば、達郎はアメリカ派だったと思われるし。



9. 水とあなたと太陽と
 ちょっとアイドル楽曲っぽさも感じさせるボサノヴァ・バラード。強烈な日差しの中、木陰のゆったりした午睡を連想させるサウンドは、微睡を誘う。キーを下げて、もっとしっとりした感じで歌っても良かったんじゃないか、というのは俺の余計なお世話。

10. ふたりはステディ
 ナイアガラ・サウンドのオマージュというより、自分なりにスペクター・サウンドを再現してみたらどうなるか、といったコンセプトで作られたんじゃないか、と俺は思っている。ちょっと力が入ったのか、後半ではほとんどデュエットばりに出てくる達郎のヴォーカル。まりやのアルバムというエクスキューズながら、「もうラス前だから、このくらいはいいんじゃね?」的にエゴを出している。
 ここで得た経験値をもとにして、14年後に」「ヘロン」として結実した、というところまでが俺の私見。

11. シェットランドに頬をうずめて
 精密に組み立てられたストリングスをバックに、最後はエモーショナルなバラード。この頃のまりあの特徴であり弱点として、情感が伝わりづらいフラットな響きが挙げられるのだけど、ここではその無色透明さによって弦楽器との親和性が高まっている。
 寒い冬の午前、暖かな陽射しに照らされながら、書斎でコーヒーを飲みながらの読書。長い冬を乗り越えるには、古いロシアや東欧の文学がしっくり来る。冬は楽しむものではない。耐えるものなのだ。
 ―そんな状況設定で聴いてみたいものだけど、そこまでスノッブにはなり切れないのだった。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。ただでさえ時間ないのに、また新しい音楽ブログ『80年代の歌謡曲のアルバムをちゃんと聴いてみる』を始めてしまい、どうしようかと思案中。
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