好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Jazz

「ゴチャゴチャ言わんと聴かんかい」という音楽 - Miles Davis 『Get Up With It』

folder 1974年リリース、引退前最後のMilesバンド、1970年から74年にかけてレコーディングされた未発表曲のコンピレーション。後年になって評価が高まった電化マイルス期のスタジオ録音というのは、1972年の『On the Corner』までであり、それ以降の作品はすべてライブ録音である。そういえばそうだよな、改めて気づいた。
 多分、この時期のMilesはアルコールとドラッグによる慢性的な体調不良を抱えていたため、支払いが遅く時間の取られるスタジオ作業より、チャチャっと短時間で日銭の入るライブに重点を置いていたんじゃないかと思われる。野放図な当時の生活を維持するため、コロンビアのバンスもバカにならない金額になっていただろうし。
 とはいえ、まったくスタジオに入らなかったわけではない。この時期のセッションを収録したコンピレーションは、以前レビューした『Big Fun』もあるし、裏も表も含めて発掘された音源は、そこそこある。
 この時期のMilesセッションは、「長時間テープを回しっぱなしにして、後でスタジオ編集」というスタイルが確立していたため、マテリアルだけは膨大にあるのだ。それがまとまった形にならなかっただけであって。

 実際、収録されているのは、そのとっ散らかった72年から74年のセッションが中心となっており、70年のものは1曲だけ。その1曲が「Honky Tonk」なのだけど、メンツがまぁ豪華。John McLaughlin、Keith Jarrett、Herbie Hancockと、当時でも十分重量級だった面々が名を連ねており、これだけ聴きたくて買った人も相当いたんじゃないかと思われる。
 リリース当時は、酷評か黙殺かご乱心扱いだった『On the Corner』の布陣では、プロモーション的にちょっと引きが弱いので、無理やり突っ込んだんだろうな。Miles もコロンビアも、そのくらいは考えていそうだもの。

Miles Davis LA 1973 - Urve Kuusik

 前述したように、この時期のMilesのレコーディングは、1曲通しで演奏したテイクが完パケとなることが、ほぼなかった。『On the Corner』も『Jack Johnson』も『Bitches Brew』も、プロデューサーTeo Macero による神編集が施されて、どうにか商品として出荷できる形に仕上げられている。
 「テーマとアドリブ・パートの順繰りをざっくり決めて、チャチャっと何テイクかセッション、デキの良いモノを本テイクとする」、そんなジャズ・レコーディングのセオリーとは明らかに違う手法を確立したのがMilesであり、彼が生み出した功罪のひとつである。プレスティッジ時代に敢行した、超スパルタのマラソン・セッションを経て、既存の手法ではジャズの枠を超えられないことを悟ったMilesがたどり着いたのが、レコーディング設備をも楽器のひとつとして捉えるメソッドだった。当時のポピュラー・シーン全般においてもあまり見られなかった、偏執狂的なテープ編集やカットアップは、電化に移行しつつあったMilesとの相性が格別良かったと言える。

 メロディやテーマもコードも埋もれてしまう『On the Corner』で確立されたリズムの洪水は、セッションを重ねるごとにインフレ化し、次第にポリリズミカルなビートが主旋律となる。メインだったはずのトランペットの音色も、電化によって変調し増幅され、音の洪水に埋没してゆく。制御不能となったリズムに身を委ね、自ら構成パーツのひとつとなることを望むかのように。
 『On the Corner』までは、バンマスとしての役割を辛うじて果たしてはいたけど、これ以降のMilesは、自ら生み出したリズムの怪物に振り回され、侵食されてゆく過程を赤裸々に描いたと言ってもよい。
 「混沌をコントロールする」というのも妙な話だけれど、『On the Corner』期のセッションでは、そのヒントが得られたはずだった。JBやSlyによって発明されたリズムからインスパイアされ、メンバーにもファンクのレコードを繰り返し聴かせた、というエピソードが残っているように、新たな方向性を見出して邁進するMilesの昂揚感が刻まれている。

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 「じゃあ、さらにリズムのインフレを人為的に起こしたら、一体どうなるのか?」というフィールド・ワークが、いわばこの時期のライブであり、スタジオ・セッションである。エンドレスに続くリズム・アンサンブルから誘発されるグルーヴ感に対し、無調のメロディをカウンターとしてぶつける、というのが、当時のMilesのビジョンだったんじゃないかと思われる。
 大勢による複合リズムに対抗するわけだから、単純に音がデカい、またはインパクトの強い音色でなければならない。なので、Milesがエフェクターを多用するようになったのも腑に落ちる。もはや「'Round About Midnight」のような繊細なプレイでは、太刀打ちできないのだ。
 「俺のソロの時だけ、一旦ブレイクしろ」と命令も無意味で、それをやっちゃうと、サウンドのコンセプトがブレる。リーダーの一声で制御できるリズムなんて、Milesは求めていないのだ。
 強いアタック音を追求した結果、ギターのウェイトが大きくなるのも、これまた自然の流れである。ただ、Milesが求めるギター・サウンドは、一般的なプレイ・スタイルではなかった。かつてはあれだけお気に入りだったMcLaughlinの音でさえ、リズムの洪水の中では大人しすぎた。
 カッティングなんて、気の利いたものではない。弦を引っ掻き叩く、まるで古代の祝祭のごとく、暴力的な音の塊、そして礫。流麗さや優雅さとはまるで対極の、感情のうねりと咆哮-。

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 そんな流れの中では、どうしても分が悪くなるのが、ピアノを筆頭とした鍵盤系。アンプやエフェクトをかませてブーストできるドラムやギターの前では、エレピやオルガンは立場が薄くなりがちである。
 もう少しパワーのあるシンセだって、当時はモノフォニック中心で、スペック的には今とは段違い、ガラケーの着メロ程度のものだったため、あまりに分が悪すぎる。メロディ・パートの表現力において、ピアノは圧倒的な優位性を有してはいるけど、でも当時のMilesが求めていたのは、そういうものじゃなかったわけで。
 リズム志向とは別枠で、電化マイルスが並行して模索していたのが、Stockhausenにインスパイアされた現代音楽の方向性。メロディ楽器というより、一種の音源モジュールとしてオルガンを使用、自ら演奏しているのが、収録曲「Rated X」。ゾロアスターの教会音楽や二流ホラー映画のサントラとも形容できる、既存ジャズの範疇ではくくれない実験的な作品である。
 ただこういった使い方だと、いわゆるちゃんとしたピアニスト、KeithやHerbie、またChick Coreaだって使いづらい。言っちゃえば、単なるロング・トーンのコード弾きだし、いくらMilesの指示とはいえ、やりたがらないわな。

 「ジャズに名曲なし、名演あるのみ」という言葉があるように、ジャズの歴史は主に、プレイヤビリティ主導で形作られていった。すごく乱暴に言っちゃえば、オリジナル曲もスタンダード・ナンバーも、あくまでセッション進行の目安に過ぎず、プレイヤーのオリジナルな解釈やテクニック、またはアンサンブルが重視される、そんなジャンルである。
 スウィングの時代なら、口ずさみやすいメロディや、ダンスに適したノリ重視のサウンドで充分だったけど、モード・ジャズ辺りから芸術性が求められるようになる。「ミュージシャン」が「アーティスト」と呼ばれるようになり、単純なビートや旋律は、アップ・トゥ・デイトな音楽と見なされなくなっていった。
 時代を追うに従って、ジャズの芸術性は次第に高まっていった。そんな中でも先陣を切っていたのがMilesである。若手の積極的な起用によって、バッサバッサと道なき道を開拓していった。

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 ただ、ジャズという枠組みの中だけでは、新規開拓も限界がある。60年代に入ったあたりから、モダン・ジャズの伸びしろは頭打ちを迎えることとなる。
 プレイヤーの表現力や独創的な解釈に多くを頼っていたモダン・ジャズは、次第にテクニック重視と様式美に支配されるようになる。ロックやポップスが台頭する中、冗長なインタープレイと腕自慢がメインとなってしまったジャズは、すでに伝統芸能の領域に片足を突っ込んでいた。
 ヒップな存在であったはずのMilesが、そんなジャズの窮状に明確な危機感を感じたのが、ファンクの誕生だった。「-今までやってきた音楽では太刀打ちできない」、そう悟ったのだろう。
 いわば電化マイルスとは、既存ジャズへの自己否定とも言える。好き嫌いは別として、モード以降のジャズを作ったのがMilesであることは明確だし。

 これまでのジャズの人脈とはちょっと外れたミュージシャンを集め、冗長なアドリブ・パートを廃し、ひたすら反復リズムを刻むプレイに専念させる。そこにスター・プレイヤーや名演は必要ない。集団演奏によって誘発される、邪悪でデモーニッシュなグルーヴ。それが電化マイルスの基本ビジョンだったと言える。
 これまでジャズのフィールドにはなかった現代音楽やファンク、エスニックの要素を取り入れた、複合的なごった煮のリズムとビートの無限ループ。その音の洪水と同化しつつ、クールな頭脳を保ちながら最適なソロを挿し込む作業。その成果のひとつ、電化マイルスの第一の到達点が『On the Corner』だった。

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 じゃあ、その次は?
 Milesが隙間なく組み上げたサウンドとリズムの壁は、盤石なものだった。なので、あとはもう壊してゆくしかない。
 ただ、完璧に壊すためには、完璧に創り上げなければならない。もっとリズムを・もっと激しく。リズムのインフレの始まりである。
 こうなっちゃうと、もう何が何だか。どこが到達点なのかわからなくなる。
 -完璧なサウンドなんて、一体誰が決める?
 そりゃもちろんMilesだけど、そのジャッジはとても曖昧だ。ただでさえ、酒やドラッグで精神も脳もやられているため、朝令暮改が日常茶飯事になる。昨日言ったこと?ありゃナシだ。もう一回。
 未編集のまま放り出された録音テープが溜まりに溜まり、いつものTeoに丸投げするけど、もはや彼の手にも追えない。だって、あまりに脈絡が無さすぎるんだもの。どう繋いだり引き伸ばしたりしても、ひとつにまとめるのは無理ゲー過ぎ。

 なので、『On the Corner』以降の作品が、このようなコンピレーションかライブ編集モノばかりなのは、致し方ない面もある。逆に言えば『Get Up With It』、無理にコンセプチュアルにまとめることを放棄し、多彩な実験を無造作に詰め合わせたことによって、当時のMilesの苦悩ぶりが生々しく表現されている、といった見方もできる。
 誰もMilesに「ハイ、それまでよ」とは言えなかった。自ら崩壊の過程を線引きし、その線をなぞるように坂道を転げ落ち、最期のアガ・パンにおいて、志半ばで前のめりにぶっ倒れた。
 後ろ向きには倒れなかった。これが重要なところだ。試験に出るよ。





1. He Loved Him Madly
 1974年、ニューヨークで行われたセッション。レコーディング中、Duke Ellingtonの訃報の知らせを聞き、追悼の意を込めてプレイされた。そんな事情なので、ミステリアスな沼の底のような、地を這うようなサウンド。呪術的なMtumeのパーカッションと交差するように、ジャズと呼ぶにはオルタナティヴ過ぎなPete Coseyら3本のギター。ジャズとして受け止めるのではなく、かなりイっちゃったプログレとして捉えことも可能。あんまり抑揚のないプレイだけど、Pink Floydがジャズをやったらこんな感じ、と思えば、案外スッと入ってこれるんじゃないかと思われる。
 ちなみにMiles、前半はほぼオルガンに専念、後半になって浮遊感に満ちたワウワウ・ソロを披露している。

2. Maiysha
 一昨年話題となった、Robert Glasper & Erykah Baduコラボ曲の元ネタ。1.とほぼ同時期に行われた、カリプソ風味のセッション。またオルガンを弾いてるMiles。この頃、マイブームだったんだろうな。
 カバーだオリジナルだと区別する気はないけど、この曲においては、Glasperのアイディア勝ち。Erykah Baduもこういったコラボにお呼びがかかることが多いけど、シンガーに徹したことによって、変なエゴが抑えられて程よい感触。
 Milesが土台を作ってGlasperがコーディネート、彼女によって完成された、と言ってもいいくらい、渾身のクオリティ。漆黒の重さを求めるならオリジナルだけど、ポップな歌モノを求めるなら断然こっち。多分Miles、Betty Davisにこんな風に歌って欲しかったんじゃないか、と勝手に妄想。



3. Honky Tonk
 ジャズ・ミュージシャンがロックをやってみたら、こうなっちゃました的な、McLaughlinのためのトラック。一瞬だけスタメンだったAirto Moreiraのパーカッションが泥臭い風味で、単調になりがちなサウンドにアクセントをつけている。まだ電化の発展途上だった70年のレコーディングなので、Milesもオーソドックスなプレイ。彼が思うところの「ロック」はブルースに大きく寄っており、ジミヘンの出すサウンドに傾倒していたことが窺える。
 そんな感じなので、KeithとHerbieの影はとてつもなく薄い。どこにいる?

4. Rated X
 「人力ドラムン・ベース」と俺が勝手に評している、キャリアきっての問題作。要はそういうことなんだよな。ジャズというジャンルからとことん離れようとすると、ここまで行き着いちゃうってことで。テクノと教会音楽が正面衝突して癒着してしまったような、唯一無二の音楽。無限リズムの中を徘徊し、気の赴くままオルガンをプレイするMiles。本職なら選びそうもないコードやフレーズを放り込みまくっている。



5. Calypso Frelimo
 カリプソとネーミングされてるため、享楽的なトラックと思ってしまうけど、実際に出てくる音は重量級のファンク。『On the Corner』リリース後間もなくのセッションのため、余韻がハンパない。なので、ワウワウを効かせまくったMilesのプレイも至極真っ当。このタッチを深く掘り下げる途もあったはずなのだけど、サウンドの追及の末、ペットの音色さえ余計に思うようになってしまう。

6. Red China Blues
 1972年録音、珍しい名前でCornell Dupree (G)が参加、ドロドロのブルース・ナンバー。ハーモニカはうなってるし、ホーン・セクションもR&B風。「へぇ、よくできまんなぁ」と絶賛したいところだけど、誰もMilesにオーソドックスなブルースは求めていないのだった。ギターで弾くフレーズをトランペットで鳴らしているあたり、こういった方向性も模索していたんだろうけど、まぁそんなに面白くはない。自分でもそう思って、ボツにしちゃったんだろうな。

7. Mtume
 レコードで言うD面は人名シリーズ。タイトル通り、パーカッションをフィーチャーしたアフロチックなナンバー。もはやまともなソロ・パートはなく、引っかかるリフを刻むギター、そしてパーカッションの連打連打連打。
で、Milesは?存在感は薄いけど、最後の3分間、ビートを切り裂くようなオルガンの悲鳴。さすがフレーズの入れどころがわかってらっしゃる。

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8. Billy Preston
 あのBilly Preston。Beatles 『Let it Be』で一躍脚光を浴びた、あのBilly Prestonである。ソウル好きの人なら、「Syreetaとコラボした人」と思ってるかもしれない。でもこのセッションBlly Prestonは参加してないという不思議。どこいった?Bille Preston。
 曲自体はミドル・テンポの軽めのファンク。このアルバムの中では比較的リズムも安定しており、Milesも真っ当なプレイ。あ、こんな言い方じゃダメだな、電化が真っ当じゃないみたいだし。





 

正妻と愛人との狭間で - Herbie Hancock 『Magic Windows』

7591 80年代コロンビア・ジャズ部門の一端をリードしていたのが、新伝承派のWynton Marsalis一派であり、その対極でアブストラクトなキャラクターを放っていたのがHerbie だった、というところまで前回書いた。今回はその続きから。

 70年代末からストリート・レベルで盛り上がってきたヒップホップは、80年代に入ってからしばらくはカウンター・カルチャーのポジションであり、当時はまだ知る人ぞ知る未知の音楽だった。「11PM」や「ポパイ」などで独自のファッションやライフスタイルは紹介されてはいたけど、まだ物珍しい時事風俗レベルの発信のされ方であって、肝心のサウンドが届けられることは少なかった。当時はまだ刹那的な流行りモノとして、あまり重要なムーヴメントと捉えられていなかったのだ。
 そんな怪しげな音楽にいち早く目をつけ、すでにこの時点でNYアングラ・シーンの中枢に鎮座していたBill Laswellとの出逢いが、Herbieの、そしてヒップホップの成功を決定づけた。当時、彼が率いていたMaterialのコネクションを総動員し、そこにHerbieが乗っかることによって、『Future Shock』、ていうか「Rockit」は大ヒットに至った。
 ここで重要なのは、すでに大御所であったはずのHerbieが、Billのサウンド・コーディネートにほとんど口を出さず、彼が集めてきた有象無象の新進アーティストに好き放題にプレイさせた点である。同じ頃、Miles DavisもHerbie同様、バックトラックを当時青二才のMarcus Millerに丸投げ発注している。ただ、Milesの場合は前回書いたように、あくまで信頼関係に基づくもの、「ジャズ」という共通言語をお互い理解していたからこそ可能だったわけで、Herbieの場合とはちょっと事情が違っている。『Future Shock』で奏でられたサウンドは、これまでのジャズの文脈とはひとつも当てはまらない、まったく異なるジャンルとのコラボである。
 普通なら「保険」として、ベーシックなジャズ・サウンドはそのままに、「何となく新味を盛り込みました」的に、スクラッチやシーケンス・ビートも申し訳程度しか使わないものだけど、Herbieの場合、その辺は徹底している。「エッセンスを取り込む」なんてレベルじゃなく、ベテラン自らが体を張って、別のジャンルに飛び込んじゃうんだからもう。
 ベテランのリアクション芸人が率先して体を張って笑いを取り、若手が中途半端なガヤ扱いで盛り上がりに欠けるシーンがバラエティでよくあるけど、あんな空気と同じものを感じる。
 前に出すぎるベテランは、扱いに困ってしまう。でも力技で笑い取っちゃうんだよな。

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 「Rockit」の成功は、数字で表せるセールス実績だけでなく、ひとつの「現象」、音楽の「世代交代」として、ヒップホップという新たなジャンルを広く世の中に知らしめる結果となった。Godley & Crèmeによる、マネキンやジャンク小道具を効果的に使ったPVもレトロ・フューチャー感を演出、お茶の間のテレビで何度もリピートされるほどの知名度を得た。ジャズ界ではすでに大物だったHerbieもまた、MTVでのヘビロテからポップ・チャートでのチャートインに結びつき、その後のボーダーレスな活動を行なう上で強力な後ろ盾となった。この後も同コンセプトでのアルバムを2枚リリース、そしてほぼ10年周期でテクノ~エレクトロニカ系の作品を手掛けるようになる。
 年功序列的にいえば、ジャズ界においては文句なしのレジェンド級、Milesを始めとしてあらゆる有名セッションをこなし、ソロ名義でだって数々の名盤をリリースしてきているのにでも、そんなHerbie、いわゆるオーソドックスなモード・ジャズのプレイは極めて少ない、珍しいキャラクターでもある。
 デビュー作の「Watermelon Man」然り、ヒップホップ以降、方々でサンプリングされまくった「Cantaloupe Island」然り、よく聴いてみると、セオリー通りの4ビートではプレイしない人である。本人のルーツとして、カリプソやラテンがバックボーンにあることは想像できるけど、フォーマットに沿った「ジャズ」とは無縁なのは昔からである。

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 Milesクインテット以降は、フェンダー・ローズを思いっきりフィーチャーした『Head Hunters』を発表、ジャズ・ファンク~フュージョンのオピニオン・リーダーとなった。なったのだけど、総合チャートにランクインするほど売れまくった『Head Hunters』のイメージで固定されることを嫌ったのか、はたまたポップ・チャートの魔力に取りつかれたのか、次第にヴォーカル・パートの割合が激増、ディスコ~ブラコンに手を染めるようになる。
 「ヒットチャートに魂を売った」的な声も内輪から上がったこの時期の作品は、今でこそ90年代以降のクラブ・シーンからのリスペクトもあって、一定の評価もされてるけど、チャラ路線と思われていたことも確かである。どうひいき目に見たって、メインストリームのジャズからは大きく逸脱しているし、Herbieのクレジットがなければ、単なるソフトR&Bである。
 ただHerbie側に立って考えてみると、ディスコ/ファンク一色に塗りつぶされた70年代後半のミュージック・シーンにおいて、新しモノ好きな彼がそこに食いつくのは、ある意味必然だった。前回のBranford Marsalis のレビューでも書いてるけど、ジャズの発祥並びに成長過程において、「ダンスビート」という要素を切り離して考えることはできない。特にHerbieのような、時代の趨勢に目ざといアーティストならなおさらである。
 まぁ当時「愛のコリーダ」でブイブイ言わせてたQuincy Jonesへの嫉妬というか、対抗心もあったんだろうけど。

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 ポップスターのポジション獲得のため、手段を選ばなかったHerbie、挙げ句の果てにはQuincy のプロダクションを丸ごと引き抜いてアルバムを作る(『Lite Me Up』)など、結構エグい手を使ったりもしている。ただ、そこまでしても『Head Hunters』を超える鵜セールスを上げることができなかった。
 才気走った感情の赴くままに作った作品が、思いのほか大ヒットして、いざ体制を整えて本腰を入れた途端、「売れ線に走った」と酷評される始末。なかなか難しいものだ。
 とは言ってもHerbie、その辺の空気を読む力は健在であり、ディスコ路線ばかりやっていたわけではない。あくまで本業あってこそのHerbie Hancockであることを自覚していたのか、メインストリーム路線もちゃんと押さえており、この時期はMilesバンドの同窓会的プロジェクトVSOPと並行して活動している。本妻と愛人宅とを行き来するかのように、どちらの家庭にも目配りを怠らないのは、マメな男の証左である。当然、ジャズ村界隈ではこっちの路線の方が高く評価されており、しかもセールスもそこそこ高かった。
 やっぱり本妻は、それだけ強いのか。

 そんな事情もあって、「愛人宅でのお戯れ」「羽を伸ばして趣味に走った」時期の作品として位置づけられているのが、この『Magic Windows』。しつこく、とにかく執拗に続けてきたポピュラー路線は、思うような結果を出せず、何をどうやっても空振りが続いた。もうこの辺になると方向性がグダグダで、はっきり言って迷走状態である。Herbie Hancockというエクスキューズがなければ、キッチリ作り込んだブラコン・サウンドとして、もうちょっと売れたかもしれないくらい、ちょっとかわいそうな作品である。
 ただ逆に考えれば、外部でのお戯れによってストレス発散ができ、それが功を奏して、本業において会心の出来のモダン・ジャズがプレイできた、という見方もできる。ブラコンあってのVSOPか。なんか微妙な持ち上げ方だな。
 もともと器用な人ではあるけれどしかし、「好きこそ物の上手なれ」という風にいかないのは、何も音楽に限った話ではない。「下手の横好き」って言葉もあるしね。
 そんな空振り状態解消のためのテコ入れなのか、『Magic Windows』は後にも先にもないくらい、ゲスト・ミュージシャンが豪華である。多分、一気にレコーディングしたんじゃなくて、断続的なセッションをひとまとめにしているのだろう。それにしてもこれだけ幅広いメンツを集められるのは、さすがレジェンドである。これだけミュージシャン・クレジットが豪華なのは、あとはSteely Danくらいしかいないんじゃないかと思われる
 Ray Parker Jr.とAdrian BelewとWah-Wah Watsonのプレイを、一枚でまとめて聴けるアルバムなんてまずないので、そういった幕の内弁当的オールスター・メンツを一度に堪能できると考えれば、十分お得、コスパ的にも優秀なアルバムである。何かスーパーのまとめ買いみたいな言い回しだな。
 ちなみにリリース当時のチャート・アクションだけど、ビルボード最高では140位。R&Bチャートでは40位、ジャズ・チャートでは13位にランクインしている。なんだかんだ酷評してたはずなのに、さすがは保守的なジャズ・ユーザー、きちんと買い支えてる。
 やっぱ彼らにとってHerbieって、何やってもジャズ扱いなんだな。


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1. Magic Number
 有名どころとして、Ray Parker Jr.がギターで参加。アラフィフの俺でさえ、彼の印象と言えばゴーストバスターズだけど、もともとはファンク・バンドRaydio出身、ソロに転じてからもStevie WonderやBoz Scaggsのバックを務めていた職人肌の人である。それがどうしてあんな色モノに転じてしまったのやら。
 この頃はまだいわゆるセッション・ミュージシャンとしてのカラーが強く、オーソドックスなカッティング・プレイに徹している。ネームバリューに頼らない堅実なリズムの上で、ディスコやらカリプソやら技を繰り出すHerbie。まぁジャズには聴こえないな。

2. Tonight's the Night
 初っぱながインパクト勝負過ぎたバランスなのか、2曲目はオーソドックスなブラコンでまとめている。ヴォーカルのVicki Randleは当時のフュージョンでは引っ張りだこの人気だった人で、すごく上手いのにソロ作がないのがむしろ不思議。Randy Crawfordほど下世話だったら、もっとフィーチャーされてもおかしくなかったほど、惜しいヴォーカリストである。引っかかりが少ないのかな。
 ここでのスペシャル・ゲストはMichael Brecker、正直、あまり見せ場の少ない無難なプレイである。時期的に脂の乗り切ったプレイを見せてもおかしくないのに、何で弾けきらないのかと思ってクレジットを見たら、なぜかドラムがRay Parker Jr.、ベースはHerbieというリズム・セクション。何だそりゃ。

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3. Everybody's Broke
 「Money」をパクったようなキャッシャーのエフェクトから始まる、ボトムの効いたどファンク・チューン。ヴォーカルのGavin ChristopherはかつてRufus周辺で活動していた人で、いい意味で下品な泥臭さがファンクネス指数を爆上げしている。ブイブイ響くベースを奏でるLouis Johnsonも、もともとはBrothers Johnsonで弾いていた人で、後にMichael Jacksonに引き抜かれて『Off the Wall』~『Dangerous』で名を上げることになる。
 なので、ほぼディスコ・ファンクがベースで、Herbieはほとんどエフェクト的扱い、変な音担当としてシンセを操っている。リーダー・アルバムなのに存在感が薄い、寛容の心の持ち主ではある。

4. Help Yourself
 カッティングのリズム感がガラッと変わったと思ったら、Al McKayだった。ご存じEarth,Wind & Fireの中心メンバーである。Alが加わったことによって、サウンドは一気に洗練され、さっきまでベッタベタなファンクっぽさを前面に出していたLouisも、ここではオーソドックスなソウル・ヴォーカルである。それとも、これが本質なのかな。
 Herbieのプレイはすでに『Future Shock』以降の音になっており、やはりヒップホップというエッセンスは重要だったんだな、と確認できる。しかし再登場のMichael Brecker、もうちょっと顔出せよ。それとも、吹きまくったけどカットされちゃったのかな。



5. Satisfied with Love
 もっとエコーが強ければ、まんま80年代のブラコンそのものだけど、エフェクト系は抑え気味なので、今だったら逆にこの程度の響き具合の方が馴染むかもしれない。なので、歌もサウンドの一部として溶け込んでおり、いい感じのフュージョンにしあがっている。ドラムのAlphonse Mouzonは70年代Herbieのアルバムでも出席率が高く、いわゆる「あ・うん」の呼吸のアンサンブルである。この辺の曲は、もうちょっとまとめて聴きたかったな。



6. The Twilight Clone
 最後は飛び道具的なキャスティングのAdrian Belewとの共作。時期的にはまだKing Crimsonとの合流前であり、多分にTalking Head 『Remain in Light』にインスパイアされて作られたものと思われる。しかしリスペクトするのに必ずキーパーソンを引っ張ってくるというのは、相変わらずの荒業である。
 ほぼパーカッションで構成された曲であり、Herbieは何となく「らしい」コードを押さえるくらいで、特別目立ったプレイを見せているわけではない。70年代ジャズ・ファンクの進化形とアフロ・アンビエントとでも形容すべき楽曲は、やはりHerbie独自の視点である。
 思えば5.と6.でそれぞれ1枚ずつアルバム作っていたら、後世の評価もまた変わっていたかもしれない。そこを素直にやらず、「とにかくポップスターになりたいんだ」というあさってのベクトルが、さらに泥沼にはまるきっかけとなる。




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もう「じゃない方」じゃない! - Branford Marsalis 『Mo' Better Blues』

folder 80年代のコロンビアのジャズ部門は主に、新伝承派のWynton Marsalisと、フュージョン(ていうか「Rockit」)のHerbie Hancockを主軸としていた、と前回書いた。今回はその続き。
 フュージョンとヒップホップのハイブリッド・サウンドをレジェンド級のベテランが、対して懐古主義的な4ビート・ジャズを、全盛期を知らない若手が牽引しているという、こうして並べてみればチグハグな組み合わせだけど、それぞれ真逆のマーケットに応じた販売戦略がうまかったのが、当時のコロンビアである。

 50年代まではヒップなジャンルとされていたモード・ジャズだったけど、60年代に入ってからは、ロック/ポップスの台頭によって、時代の最前線から追いやられるようになる。ボサノヴァやラテンなど、他ジャンルのエッセンスを吸収することで発展してきたのがジャズという音楽だったのだど、Beatlesの台頭あたりから、そのポジションが変化してゆく。
 -吸収する側から吸収される側。相手の方がデカくなり過ぎたのだ。
 特にジミヘンやJBらに危機感を覚えたMilesが、習うより慣れろで電気楽器を導入、それに続くジャズ・ミュージシャンらが、『Bitches Brew』の方法論を応用してフュージョンを開拓、どうにかこうにかして70年代を乗り切ったのだった。
 ただ、そうまでしてもセールス格差は止まらない。帝王Milesでさえ、ビルボード200に入るのもせいいっぱいで、他のアーティストなんて推して知るべし。一度陥落したポジションは、簡単に取り戻せないのだ。
 「ジャズであること」の限界を思い知ったMilesなんて、結局引退しちゃうし。

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 で、80年代に入ると、従来の「あっちこっちからネタを引っ張ってくる」策も尽きてしまい、いよいよ前向きな視点が少なくなってくる。ほんとはずいぶん前からネタ切れになっていたのだけど、新伝承派の登場が最後通牒を突きつけちゃったわけで。だって、中心となって引っ張ってかなきゃならない若手が、ことごとく原点回帰に走っちゃうんだから。ジャズに限った話じゃないけど、老害の重鎮と覇気のない若手、中堅層の薄い組織は、ほっといても衰退してしまう。
 いやもちろん、復帰後のMilesやその周辺、Ornette Colemanから派生したM-Baseムーヴメントなど、プロパーのモダン・ジャズからはみ出した場所、限られたコミュニティでの新たな息吹はあったのだけど、肝心のメインストリーム、もっとハッチャけてもいいはずの若手が、どいつもこいつもかしこまってフォーマルなモダン・ジャズに流れてしまい、内部活性が滞ってしまう。いわゆるムード音楽、ジャズのイージーリスニング化である。

 新伝承派の筆頭であるWyntonは、ジャズ界では名門とされるMarsalis 家の出身である。親族にもミュージシャンが多く、ある意味、通常の親戚付き合いが、イコール音楽の英才教育だったとも言える。
 1961年生まれのWyntonが育った時代背景だと、ブルースやファンクに行っちゃっても不思議はないのだけれど、まぁそんな環境ゆえ、オーソドックスなスタンダード・ジャズへ向かうのは必然だった。ディスコ方面へ行っちゃったら、一族から総スカンだったろうし。
 幼少時から自然と培われた彼の才能は、同世代ミュージシャンの追随を許さず、純粋培養されたテクニックとセンスは、往年のモダン・ジャズを忠実に再現した。
 「みんなが思うジャズっていえば、こんなんじゃね?」的なジャズを演奏するWyntonは、たちまちスターになった。偶然性を極力コントロールし、整合性を重んじた新伝承派ジャズは、はっきりした起承転結を好む日本のファンにもウケが良かった。

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 で、お兄ちゃんのBranford。
 本格デビュー前から「早熟の天才」として崇められていたWyntonに対し、最初から「じゃない方」的立場に甘んずることが多かった。何をやってもソツなくこなす弟に対し、なんか普通すぎるというかセールスポイントが定まらないというか、はたまた弟に遠慮してた部分があったというか。
 どの世界でもそうだけど、出来のいい次男に対して、長男って期待値も大きいから、どうしても割りを食う部分が多い。若貴だってそうだったしJackson 5だってMichael 総取りだったし。Gallagher兄弟はちょっと微妙だけど。そうえいば、Van Halenって、今どうなんだろな。

 トランペットを操るWyntonにとって、80年代という時代背景は好都合だった。
 Chet Bakerはドラッグから抜け出せずにいたし、Donald Byrdも本流とは別のところにいた。有望な若手はみんなフュージョンに行ってたので、まともにジャズを吹けるプレイヤーが少なかったのだ。もちろん、往年のジャズ・ミュージシャンが細々と現役で吹いている例はあったけど、彼らの全盛時のひらめきはとっくの昔に失われていた。
 音楽的には保守的ながら、盟友Terence Blanchardと共にジャズシーンを引っ掻き回すWyntonのスタイルは、自家中毒を起こしていたジャズそのものの活性化に繋がった。
 対してサックスのBranford。David SanbornもWayne Shorterも Michael Breckerも、同じくフュージョンに行っちゃっていた。Wynton同様、まともなジャズ・サックスを前向きにやってる奴が少なくなっていのだ。こういった状況はWyntonと同じ。
 ただ違っていたのは、対するレジェンドの存在。Wyntonの場合、帝王Milesがまだ現役で君臨していた。しかも、同じコロンビア枠で。まともに戦っちゃうと勝ち目がない相手だけど、コロンビア側が描いた営業戦略として、「レジェンド」vs.「若手」の対立構造を煽っていた節がある。MilesはコロンビアによるWyntonへの厚遇に難色を示していたせいもあって、後年ワーナーへ移籍してしまうのだけど、少なくとも前述したような活性化に繋がったのも、また事実である。
 対してBranfordだけど、そういった仮想敵を見出せなかった/コロンビア・サイドがコーディネートできなかったことが、「じゃない方」的ポジションからの脱却が遅れた要因でもある。Sonny Rollinsは乗り越えるとか倒すべき存在とはちょっと違うし、サックス界のラスボスと言えるJohn Coltraneはとっくの昔にこの世を去ってるし。第一Branford、弟と違ってそんな攻撃的な性格じゃないし。

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 なので、無理にジャズの中で地道にやるだけじゃなく、ジャンルの外に出て新たな価値観を養った方が、精神安定的にも良かったのだろう。Stingバンドでは「じゃない方」ではなく、単なるサックス吹きのBranford。主役ではないけど、少なくとも個人のアイデンティティは保てるし。
 俺個人としても、Branfordの存在を知ったのはStingを介してだし、多分、ほとんどのユーザーもそうだったんじゃないかと思う。一応、Wynton兄弟の存在はFM雑誌のディスク・レビューや記事で知ってはいたけど、当時はジャズにそれほど関心がなかったので、実際に彼らの音を聴いたことはなかった。「Engishman in New York」で奏でられたソプラノ・サックスによるコーダが、彼との出会いだった。
 発表当時、特にジャズ方面から「大衆に媚びた」という否定的な論調が多かったけど、俺のようなロック・ユーザーからの認知度は飛躍的に高まった。ここからジャズを聴くようになったユーザーも多かったし、ジャンルの相互交流にも一役買った形になったのも事実である。狭いジャズ村とは対照的に、「そもそもジャズは大衆の音楽なんだから、これだってアリじゃね?」という声の方が多かったため、ジャズ・ミュージシャンとしてのBranfordのステイタスも確立されることとなった。

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 ある意味、アイデンティティ獲得のための武者修行でもあったのか、「ヒップな音楽を好きにやりゃいいんだよ」という境地に達したBranford、その後は徐々にメインストリーム・ジャズの路線に回帰してゆき、時たまポピュラー・シーンに客演するというスタンスで活動することになる。久しぶりにStingのライブに客演した際は、盛大に迎えられたくらいなので、やはりポジション的にはもうジャズ・レジェンドなのだろう。近年はなぜかGrateful Deadに客演したりしてるし、もう「良い音楽」であれば何でもアリなのだろう。
 で、まだ若干ヤマッ気が残ってた頃、1990年にリリースされたのが、Spike Lee監督によるTVドラマのサントラ。Spikeとはほぼ同世代ということもあって、同じような音楽を聴いて育ってきたおかげで、最初からウマが合ったらしい。
 近年でこそ、Robert GlasperやKamasi Washingtonなど、ヒップホップ以降の音楽へのリスペクトを表明するジャズ・ミュージシャンが多くなってきたけど、これも何も今になって始まったことじゃない。Branfordに限らず、他のジャズ・ミュージシャンだってプライベートでは一般リスナーと大差ないわけで、ごく普通に時代に沿ったロックやソウル、ディスコだってたしなんできている。もともとダンス・ミュージックから派生したパーティ音楽がジャズの発祥であって、現場のクラブ・シーンを見失うと、本質を見誤ってしまう。
 あくまで映像がメインであり、純正ジャズにこだわらず、バラエティに富んだサウンド構成になっているので、純粋なジャズ好きの人だったら抵抗があるかもしれない。なので、ジャンルレスで音楽を楽しめる人、俺のような雑食系、Spike Leeファンの人にはおススメである。要はあんまりこだわりの少ない人。俺だってたまたま「Harlem Blues」を聴いて興味を持ったくらいで、別にBranfordが吹いてるから聴いてるわけではない。ジャジー・ヒップホップもあるから飽きないよ。トータル性は薄いけど、間口は広いアルバムだし。
 もう一回くらい、こういうのやってくんないかな、Branford。


Music From Mo' Better Blues (1990 Film)

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1. Harlem Blues
 ヒロインCynda Williamsによる極上バラード。ナイトクラブでの演奏シーンだけでも十分お腹一杯になってしまうパフォーマンス。日本の映画と違って、ほんとうまいよな、あっちの女優さんって。



2. Say Hey
 なので本格的な新伝承派ジャズとなるとこちらになる。そういえば書き忘れてたけど、当時のクインテットのラインナップがTerence Blanchard (tr)、Kenny Kirkland (p)、Jeff  Watts (dr)。多少はストーリー展開に沿ったアンサンブルなんだろうけど、Branfordのパートになると急にテンション上がってColtraneっぽくなるのは避けられないんだな。

3. Knocked Out the Box
 Terenceリードによるジャンプ・ナンバー。やっぱり若手だけあって手数も多くテクニックは折り紙つき。でもたった1分で終わっちゃうんだな。ブリッジ的な扱いはサントラだから致し方ないのかな。

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4. Again, Never
 再びTerenceリードによるスローな4ビート。先ほどのハッチャけ具合から一転、アダルトでムーディなカクテル・ジャズ。こういったのだったら、いくらでもできるんだろうな、このメンツじゃ。でもつまんないんだろう。まぁ確かに無難な仕上がりだしね。

5. Mo' Better Blues
 若きDenzel Washingtonのコワモテぶりが印象的なメイン・テーマ。今ではアクション・スターのイメージが強いWesley Snipesも、ここではシブくクールなサックス・プレイヤーを演じていた。
 ブルース・コードをベースに、ほどよく抑制されガッツのある演奏は映像とマッチしている。当時のBranfordとTerenceの関係性を彷彿とさせる。



6. Pop Top 40
 主演2人によるジャジー・ヒップホップ。ていうかライムを踏んでるわけではないので、どちらかといえばポエトリー・リーディングに近い。佐野元春がやってるようなやつで。どちらにしろ、ジャズにこだわり過ぎるとできないサウンドだよな。ジャズの貪欲な雑食性が強く浮き出ている。

7. Beneath the Underdog
 まだ十分洗練されていない50年代初頭のジャズをシミュレートした、そこにアトランティック以降のColtraneをタイムスリップさせたようなナンバー。この時期のBranfordはまだColtraneコンプレックスから抜け出せていない。開き直るまでには、もうちょっと時間が必要。

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8. Jazz Thing
 そうか、あのDJ PremierはGang Starだったのか、とヒップホップに疎い俺。近年のオートチューン中心のサウンドはどうもダメだけど、80年代のラップ/ヒップホップはまだ受け入れられる俺である。「一般人が思うところのヒップホップ」として、特にうるさ型のジャズ・ユーザーにもギリギリ受け入れられやすいサウンドになっている。いやダメか、あいつら頑なで視野狭いし。

9. Harlem Blues (Acapulco version)
 ラストはオープニングとループ、ストリングスも入ったゴージャスなヴァージョン。ヴォーカルも気合が入っている。でも俺的には1.の方が好みかな。





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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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