#Jazz

好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

電気を使って何が悪い? - Miles Davis『Miles in the Sky』

folder 前回取り上げたGainsbourgが、「晩年のレコーディングはほぼ若手に投げっぱなしだった」と書いたけど、ジャズの場合はそれどころじゃないくらい、もっとアバウトだった。簡単なコード進行とアドリブの順番、テーマのフレーズを決めてチョコッと音合わせすると、もうとっとと本番である。何テイクか録ってしまえばハイ終了、その場でギャラを受け取って解散である。
 場合によっては、レギュラー・バンドに匿名のゲストが参加する場合がある。お呼ばれしたはいいけど、契約の関係で大っぴらに名前が出せず、適当なニックネームにしたりなんかして。実質、リーダーシップを奮ったレコーディングにもかかわらず、これまた契約のしがらみでメイン・クレジットにすると何かと面倒なため、苦肉の策で他メンバー名義のリーダー・アルバムとしてリリースしたりなんかして。そんな経緯を経て世に出してみたところ、思いのほか好評だった挙句、遂には稀代の名盤として後世に伝わってしまったのが『Somethin' Else』。

 60年代半ばくらいまでのジャズ/ポピュラーのレコーディングといえば、大部分が一発録り、個別パートごとのレコーディングは技術的に難しかった。ほんの少しのミス・トーン/ミス・タッチですべてがオジャン、最初からやり直しになってしまうため、現場の緊張感はハンパないものだった。
 今のように安易にリテイクできる環境ではなかったため、当時のミュージシャンは「失敗しない」高い演奏レベルが求められた。当然、そんな迫真のプレイを記録するエンジニアも、下手こいたら袋叩きに合っても文句が言えず、自然と技術スキルが向上していった。マイクの立て方や位置、針飛び寸前まで上げるピーク・レベルの調整具合など、ちょっとした加減ひとつで仕上がりが変わってしまうため、こちらもシビアにならざるを得なかった。
 60年代後半から、マルチ・トラックによるレコーディングが大きな革命をもたらし、パートごとのリテイクやダビング、ベスト・テイクの切り貼りといった新技術が出てくるようになる。楽器や機材の進歩によって、ミュージシャンの表現力の幅も広がってゆくのと同様、エンジニア側も録音機材の技術革新によって、単なるオペレーターにとどまらず、アーティスティックな視点によるレコーディングを志すようになる。

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 作詞作曲を行なうコンポーザーがイニシアチブを執るロックやポップスと違って、ジャズの場合、プレイヤーが楽曲の出来を大きく左右する。楽譜で細かく指定された他のポピュラー音楽と比べて、アドリブやインタープレイなどの不確定要素がかなりの割合を占めているため、テイクごとに演奏内容が全然違ってしまう場合も多々ある。ただ違っているだけではなく、没テイクと判断されたモノでさえ、のちに発掘されて名プレイ扱いされてしまうケースが多いのも、ジャズというジャンル固有の特徴である。
 そんな未使用テイクの需要が多いのもジャズ・ファンの大きな特徴で、やたら詳細な演奏データや未発表テイクの発掘リリースなど、何かとマニアックに掘り下げるユーザーが多い。John ColtraneやCharlie Parker なんて、未だにオフィシャルでもブートでも新音源が発掘されているし。
 マニア以外からすれば、ほとんど見分けもつかないフレーズの違いを「歴史的大発見」と称して悦に入るなど、ちょっと着いていけない感覚はカルト宗教的でさえある。
 書いてて気づいたけど、これって近年の鉄道マニアとロジックが似ているのかな。

 で、同じく発掘音源やブートのリリースが未だ尽きないのがMiles。キャリアの長さも手伝って、彼もまた大量のテープ素材を残している。前述2名の音源が、主にライブやメディア出演をソースとしているのに対し、マルチ・レコーディング時代にも精力的に活動していたMilesの場合、未発表スタジオ・セッションの音源も多数残されている。
 どうせ編集で何とかなるんだから、とにかくテープを回して片っ端から録音し、後はプロデューサーTheo Macero に丸投げ、というパターンがめちゃめちゃ多い。逆に言えば彼の場合、頭からケツまで通して演奏された楽曲が、そのまま商品化されることは極めて少ない。エフェクトやらカットアップやら、何かしらスタジオ・ブースでの加工が施されているのが、60年代以降のMiles Musicの特徴である。

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 ただこういった特徴も、「Miles Davis」という多面体を構成するひとつの側面に過ぎない。違う見地で言えば、レコードに記録されたテイクとはあくまでかりそめのものであり、いわば発展途上における中間報告に過ぎない。商品化テイクをベースにライブを重ねることによって完成に近づいてゆく、というのもまた、Milesに限らずジャズという音楽の真理のひとつ。
 ライブにおける偶然性やハプニングが、ジャズの先鋭性を後押ししていたことは歴史が証明しているけど、50年代ハード・バップによって一応のフォーマットが完成してからは、そのラジカリズムに翳りが生じ始める。
 安定した4ビートと順次持ち回りのアドリブ・プレイは、次第にステレオタイプとしてルーティン化してゆく。何となく先読みできる展開を内包した様式美は、マス・イメージとしてのジャズを伝えるには有効ではあったけれど、未知なる刺激を求めるすれっからしのユーザーにとっては、満足できるものではなかった。目ざとくヒップな若者がロックへ流れてしまうのは、自然の摂理である。

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 そんな自家中毒にはまり込んだジャズに見切りをつけ、「俺は次に行っちまうぞ」と言い放ったのが、この『Miles in the Sky』。特に声高く宣言したわけじゃないけど、旧態依然としたジャズにしがみついているプレイヤーやファンを置き去りにした、ターニング・ポイントとなった作品である。
 モードやシーツ・オブ・サウンド以降、方向性で足踏みしていたモダン・ジャズ、60年代に入ってからは、ロックやポップスにポピュラー・ミュージックの王座を追われて久しかった。黒人音楽というカテゴリーに限定しても、モータウンに代表されるライトなポップ・ソウル、クリエイティヴ面においてもJBやSlyらによるファンク勢への対抗策を打ち出せずにいた。
 それでも、クリエイティビティに前向きな若手アーティストによる、ソウル・ジャズやフリー・ジャズなどの新たな潮流が芽生えてもいたのだけど、その流れは極めて限定的なものだった。その嵐の勢いは、「ジャズ」というちっぽけな器の中で収まってしまうものでしかなかった。シーン全体を巻き込む、大きな流れには育たなかった。
 そんな小手先の変化がまた、Milesの不遜さに拍車をかけた。申し訳程度にソウルのリズムを取り入れたって急ごしらえでは底が浅く、いかにも借り物的なまがい物感が拭えなかった。
 過去のジャズを壊すプレイ?とっくの昔にくたびれたジャンルを壊すって、一体どうやって?ちょっと押せば崩れ落ちるようなものだよ、ちっとも前向きじゃないじゃん。
 もっと強力に、シーン全体を揺らがすほどのインパクトがないとダメなんだって。

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 60年代Milesサウンドのパーマネント・メンバーだったのが、Wayne Shorter (ts) 、Herbie Hancock (p) 、Ron Carter (b) 、Tonny Williams (d) らによる、通称「黄金のクインテット」。当時はほとんど無名だった彼らが中心となって、ていうか帝王のスパルタ・トレーニングについて来れた、選ばれし精鋭である。
 当初は従来のモダン・ジャズの枠内で、アンサンブルの完成度を高めていったMilesバンド。時代を経るにつれて、前述のポピュラー・ミュージック環境の変化に刺激され、遂にはアコースティックからエレクトリック楽器へのコンバートを指向するようになる。まメンバーは全員いい顔をしなかったため、最終的にはMilesの力技が勝つのだけれど。
 ただ最初からMiles自身、エレクトリック化への移行に関して明確なビジョンがあったわけではない。変化は段階を経て緩やかに、そして機を見て唐突に実行された。
 「電気を使って何が悪い?俺が演奏すりゃ、ぜんぶMiles Musicだ」。

 電化Miles第一のピークとされている『Bitches Brew』において使用機材のコンバートが完了し、それ以降のサウンドは、リズムの解体とスピリチュアリズムとが同時進行していくことになる。最終到達点である『アガ=パン』においては、不可知論が支配するカオスな状況が自己崩壊を引き起こすのだけど、それに比べてここでのプレイは、「楽器変えてみました」程度の素朴な実験にとどまっている。
 アコースティックに片足を突っ込んだまま、試行錯誤の跡が克明に記録されているのでまだ帝王としてのスタンスを確立していなかったMilesの葛藤が窺える。まぁ本人に聴いても、悩んでるだなんて、絶対口にしないだろうけどさ。
 「俺の最高傑作?それは次回作さ」。
 この言葉に込められているように、完成された作品なんて、ひとつもない。
 彼にとって、過去のアルバムはすべて、そんな過渡期の記録である。

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1. Stuff
 ほんの少しのフィル・イン以外は踏み外すこともない、単調な8ビートを刻むTony。ただ当然だけど、これまでより手数が多くなった分、曲全体のスピード感は旧来ジャズにはなかったもの。6分近くなってから繰り出されるMilesのソロは、ジャズ・マナーに沿った力強いブロウ。Ronのベースは…、アップライトから持ち替えて間もない分、まだ慣れてないんだろうな。音も小さいし、あまり目立ってない。
 力強いMilesのプレイは時空を超えてエモーショナルなプレイ。これ以降はここまでオーソドックスな力強さは見せなくなってしまう。続くWayneのソロは一聴するとColtraneの影響下から抜け出てなさそうだけど、後半に行くにつれてリズムが変調、そこにうまく合わせるテクニックの妙が楽しめる。
 Herbieのソロは正直面白くないのだけど、サイドに回ってる時のアクセント・フレーズにスケール感の大きさがにじみ出ている。やっぱりジャズだけに収まる人じゃないんだよな。
 エレクトリックといってもまだ手探りの状態だったため、従来ジャズと比べてそこまでの差別化ができているとは言い難い。後半のTonyのハイハット・プレイなんて、電化とはまったく関係ないし。むしろ、その後のリズム解体に向けてのプロローグとして受け止めた方がわかりやすい。



2. Paraphernalia
 『Miles in the Sky』のレコーディングは、主に1968年5月15~17日に行なわれたセッションを素材としているのだけれど、この曲のみ同年1月の録音となっている。
 OKテイクではGeorge Benson (g)が参加しているのだけれど、ほんとはJoe Beckを起用したかったらしい。実際、スタジオにも姿を見せたとか見せなかったとか、証言はいろいろあるけれど、なぜかしらこの時はBensonをフィーチャーしたかった理由でもあったのか。
 作曲したのがWayneのため、必然的に彼のパートが多い。俺的にはソロイストとしてのWayneはあまりピンと来ないので、引き付けられるのはどうしても他のプレイヤーになってしまう。とは言ってもBensonの影が薄すぎて、正直存在意義がちょっとわかりかねる。特別大きくフィーチャーされてるわけでもなし、目立ったフレーズを弾いてるわけでもない。一体、彼に何を求めていたのか、それともこういった起用法が意図だったのか。
 どちらにせよこれ以降、彼はMilesセッションにはお呼びがかからなかったのだから、深入りする前じゃなくて良かったと思われる。

3. Black Comedy
 なので、変に新機軸を求めるのではなく、従来のフィールドできっちりまとめたこの曲を聴いてしまうと、なんか安心してしまう。1.と違って決して進歩的ではないけれど、4ビート・ジャズの規定フォーマットの中で存分に発揮されるクリエイティヴィティは、安定したクオリティである。
 ここまで探り探りなフレージングだったWayneも、生き生きとしたプレイを見せている。不慣れなエレピからアコースティックにチェンジしたHerbieも、オーソドックスにピアノの限界を引き出すようなプレイを見せている。
 実験的な試みを敢行する反面、従来ジャズの深化という点において、つい熱くなってしまう佳曲。

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4. Country Son
 デキシー・ジャズみたいな音色はトランペットではなく、コルネットによるもの。激しい4ビート~静寂なワルツ~ロッケンな8ビートとリズムが目ぐるましく変化する、ある意味Tonyが主導権を握ったナンバー。
 こういった曲を聴いてると、やはりジャズとはリズムがすべてを支配するのだな、と改めて思い知らされる。どれだけ流麗かつキャッチーなフレーズをつま弾こうとも、繊細かつ大胆なハイハット・ワーク、強烈なバスドラの響きの前では無力だ。自在のリズム感覚を操るTonyが、長らくMilesの参謀として鎮座していたのも頷ける。
 ここではまだ手探りではあったけれど、自身の音楽を先に進めるためには、未知のリズム・パターンが必要であることを、本能的に見抜いていたのだろう。


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二番煎じと片づけるには、もったいない。 - Herbie Hancock 『Sound System』

folder 前回のMilesに続き、1980年代前半のジャズ・シーンについて。大きな流れとしては、70年代フュージョンの流れを汲んだ、いわゆるコンテンポラリー・ジャズ。もう一つは温故知新的な新伝承派を中心としたアコースティック回帰の流れ。他にも傍流は数々あるけれど、すごくザックリ分類すると「電化と非電化」。乱暴だよな、自分で言っといて。
 で、当時のHerbieが何をしていたのかというと、電化といえば電化だけれど、ジャズのメインストリームから大きく外れた『Future Shock』バブルを謳歌していた。以前のレビューでも紹介した、「お茶の間ヒップホップ」の先駆けとして、ジャズの人脈、しがらみとはまったく関係のないところに軸足を置いていた。

 30年前の北海道の中途半端な田舎の中学生にとって、ラジオでもほぼかかることのない「ヒップホップ」という音楽は、未知なる存在だった。実際の音楽よりむしろ、テレビの海外ニュースからのピックアップ、時事風俗的なカルチャー面の情報の方が先立っていた。
 ニューヨークから発生した黒人カルチャーとして、「複数のターンテーブルを使って、レコードの音をつなげたり直接擦ったりしているらしい」「デカいラジカセを肩に抱えてアディダスのジャージで踊ったりしてるらしい」「メロディはほとんどなく、語りや叫びなど、歌とはいえない」など、興味本位の情報ばかり発信されていたけど、肝心の音はほとんど紹介されなかった。実際の「音」よりも「行為」「ファッション」の方ばかりが喧伝されたため、日本のヒップホップ・カルチャーは諸外国に比べて大きく遅れを取ることになる。

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 現代と違って、外国人と触れ合う機会がほとんどなかった30年前の日本において、ガタイが良く強面の黒人たちが、語気を荒げて早口の英語でシャウトする音楽を受け入れる土壌は、まだ整っていなかった。オールドスクール期のヒップホップは、まだニューヨークのストリート・カルチャーの域を出ておらず、ブレイクダンスに端を発する目新しモノ好きが飛びつくことはあったけれど、マスへ広く波及するほどのまとまった力はなかった。ムーヴメントとして結集するほど横のつながりも少ない、ニッチなジャンルだったのだ。

 で、そんな中。保守的なジャズ界の中での革新派、すでに70年代後期からファンク~ディスコ~R&B寄りの作品を続けてリリースしていたHerbieが、そのヒップホップを大々的に導入したアルバムを制作したことで、一気にお茶の間レベルにまで浸透することになる。ネームバリュー的に、彼クラスの大御所が取り上げることによって、レコード会社・メディア、特にMTVも大々的にピックアップするようになる。
 これが普通の大御所だったら、「ご乱心」だの「若手に媚びた、すり寄った」だの、ボロクソにこき下ろされるのだろうけど、多くのファンは彼の新展開を歓迎した。まぁ保守的なジャズ村界隈では、多少そういった意見もあったようだけど、それまでの彼の足跡をたどっていくと、「まぁHerbieならそれもアリか」と納得してしまう。そういった大御所なのだ、Herbieとは。

 もともとこの人、音楽フォーマットとしてのジャズへの執着は相当薄い。いや違うな、既成スタイルとしてのジャズに固執していない、というべきか。あらゆる他ジャンルの音楽を貪欲に取り込んで、ジャズの可能性を広げてゆくことに生きがいを感じている人である。キャリアのスタートこそDonald Byrdの後押しによるブルーノート本流を歩んでいたけど、Milesスクールに加入したあたりから他ジャンルとのハイブリットを志向するようになる。ていうか、通常のハード・バップ・スタイルだけじゃ帝王が満足しないんだもの。必死になるわな、そりゃ。
 で、ファンクのエッセンスを導入、ほぼファンクだらけの『Head Hunters』を経てディスコへ走り、メインストリーム・ジャズでは目立った実績のないQuincy Jonesに敵意を剥き出しにしたようなR&Bアルバムを制作したり。前回レビューした『Lite Me Up』なんて、ほぼQuincyのプロダクションそのまんまだしね。

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 ただMilesと彼との大きな違いは、どの活動時期においてもファンク一色/ジャズ一色じゃなく、必ずサブ/メインのファクターを用意していること。ヘッドハンターズ期にも必ずアコースティック・セットはプレイしていたし、ディスコ~R&B期にも並行してV.S.O.P.の活動も行なっていた。ジャズとしての軸足は確保した上で、他ジャンルへ首を突っ込むのが、彼の行動指針である。その辺は師匠Milesの70年代ジャズ・ファンク期を傍目で見ての反面教師なのか、それとも単なる営業政策上のことなのか。多分、どっちもだろうな。

 「既成のジャズに捉われたくない」「ジャズをぶち壊す」と称し、他ジャンルの要素を取り入れるアーティストは、何もHerbieに限った話ではない。またジャズだけのものでもない。どの時代・どのジャンルにおいても、既存フォーマットの中だけでは十分な表現ができず、多方面からのリズム/コンセプトを借用して咀嚼するアーティストは多い。
 とはいえ、あらゆる試行錯誤を経て仕上げてはみたものの、「今までより変わったコード進行かな?」、または「リズムがボサノヴァっぽいね~」など、ちょっとわかりづらいマイナーチェンジ程度で「新境地」と謳ってしまうアーティストの多いこと。演じる人間は変わらないのだから、もっと根本的なところ、スタッフを総取っかえしてしまう、または自らが身ひとつで別の環境へ飛び込むくらいの覚悟が必要なのだ。

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 なので、『Light Me Up』においてQuincyの作曲ブレーンだったRod Tempertonを抱き込んで、ほぼそのまんまのアルバムを作ってしまったのは、ジャズのコンテンポラリー化としては正しい。そのジャンルを極めるには、旬のスペシャリストと仕事をするのが手っ取り早いのだ。まぁあまりにもQuincyのコンセプトにクリソツなのは、それってちょっとどうなのよ、と思ってしまうけど。
 この一連のヒップホップ3部作でがっちりタッグを組んでいるのが、ニューヨークのアングラ・ライブ・シーンにおいて、ミクスチャー・バンドのハシリであるMaterialを率いてきたBill Laswell。今も相変わらず世界中のオルタナ・シーンで名前を聞くことが多く、それでいながらMilesやSantanaなどのアーカイヴ・リミックスを手掛けたりなど、何かと幅広い活動を続けている人である。
 彼にとってもこのHerbieとのコラボが出世作となっており、キャリア的にもメジャーへの分岐点となった作品となっている。何かと多才な人なので、多分Herbieと組まなくてもそのうちメジャーには出てきていただろうけど、ここまでオーバーグラウンドな展開ではなかったはず。例えればJohn Zorn的なポジションで終わってたんじゃないかと思われる。

 Milesとの相違点として挙げられるのが、カリスマ性の有無。まったくエゴがないわけじゃないけど、Milesほどの「俺が俺が」感がこの人からはあまり感じられない。いや、イイ意味でだよ。
 アドリブやインプロのフレーズにしろ、Herbieならではの展開や節回しはあるし、記名性も強いのだけれど、自分がフロントで出張るようなゴリ押し感は少ない。アンサンブルやサウンド・コンセプトを重視するする人であって、クオリティの追及のためには、一歩も二歩も身を引いてしまう。V.S.O.P.プロジェクトを聴けばわかるように、白熱のソロ・プレイやインプロビゼーションなどはお手の物だけど、それを全編に渡って演ることには、あまり興味がない。その辺はMilesと似てるよな。
 セッションにおいて、絶対君主的な立場で現場を仕切っていた復活前のMilesに対し、Herbieの場合、下手するとサウンド・メイキングはほぼ丸投げにしちゃってる作品も多い。前述のR&B期も、ただキーボードを弾いてるだけのトラックもあり、誰のアルバムだかわからないモノもあるし。あ、それってQuincy的なメソッドなのか。

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 わかりやすいほど、もう開き直ったんじゃないかと思ってしまうくらい、堂々とした二番煎じのアルバムである。そりゃ前作と参加メンバーはほぼ一緒、ヒップホップ・ベースのジャズ・ファンクという路線もまったく同じ。なので、『Future Shock 2』、またはアウトテイク集と位置付けても違和感はない。3枚目?さすがに出がらしだよね、あそこまで行っちゃ。
 チャート・アクション的には、前回のビルボード43位からちょっと落ちて71位、プラチナ獲得まで行ったセールスも、今回は無冠となっている。そうは言っても彼にとって2作目のグラミー受賞作となっており、なぜか日本では、前作と変わらずオリコン最高51位をキープしている。まぁ、『Future Shock』の勢いで売れてしまった、という面はあるのだけど。
 あまりにあからさまな2匹目のドジョウなので、正直、不当と言っていいくらい影が薄い。薄いので存在すら忘れられており、今をもって真っ当な評価を受けられずにいる、そんな可哀そうなアルバムである。
 2作目のプレッシャーよりはむしろ、ヒットによる恩恵の方が多いアルバムである。レコーディングにかけられる予算も増え、タイトなスケジュールではあったけど、Laswellのスタジオ・ワークは丁寧に作り込まれている。バンド自体もコミュニケーションが取れてきて、アフリカン・リズムのアプローチなど、楽曲的には前作より面白くなっている。時代を感じさせるオーケストラ・ヒットやスクラッチなどで見えなくなりがちだけど、根幹の楽曲レベルは、前作よりこなれてきている。

 Milesを創造者=イノベーターとするのなら、Herbieの場合、時代のトレンドをいち早く取り込んで紹介するキュレーター的なスタンスと捉えればスッキリする。もし『Future Shock』がBill Laswell/Material名義でリリースされたとしても、一部の先進的な音楽メディアはフィーチャーするだろうけど、所詮は時代のあだ花として、NYアンダーグラウンドの時代風俗のワンシーンとして消費され、ここまでの盛り上がりは見せなかっただろう。
 敢えて自分のミュージシャン・エゴを抑え、ジャズ・レジェンドとしてのネームバリューを最大限に活用したこと、それによってヒップホップ・カルチャーを広く知らしめた功績は、もっと評価されてもいい。
 若手の才能にうまく乗っかった、という見方もできなくはないけど、それも大ヒットしたゆえの功罪であって、Herbie本人も正直ここまで売れるとは思ってなかっただろうし。
 特にこの『Sound System』、せっかくの二番煎じなのに、ジャケットもキモかったしね。


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1. Hardrock
 シンセのフレーズはまんま「Rockit」。アウトテイクというか別ヴァージョンと思えば、まぁ納得。これだけ短いスパンで自己模倣したというよりは、別ミックスと捉えた方がスッキリする。その「Rockit」よりはビートが強く効いており、タイトル通りギターのディストーションも深い。なので、Herbieの存在感は薄い。エレドラが前面に出たミックスは、Herbieをダシに使ったLaswellの好き放題からくるものか。妙にジャストなリズムのスクラッチは、いま聴くと逆に違和感が強い。きっちりジャストなリズムっていうのもね。



2. Metal Beat
 ほぼリズムで構成されている、インダストリアル・サウンドが中心のナンバー。なので前半、Herbieの存在感はほんと薄い。カリンバっぽい響きのアフリカン楽器的な音色のDX7を奏でるところで、やっと「あぁいたんだね」と気づかされる。

3. Karabali
  続いてこちらもアフロ・ビートとコーラスを前面に押し出した、当時のLaswellの趣味全開のスロー・ファンク。この時期にしては珍しくメインストリーム的なスタイルでHerbieがプレイしている。そこにアフロ・テイストとWayne Shorterのソプラノ・サックスがミスマッチながら絶妙なコントラストを醸し出している。こういった発想、ジャズ内部からは出てこないものね。やっぱりリズムが立ってるからこそ、ベテラン2名のメロディが引き立っている。
 言っちゃ悪いけど、このアルバムに入ってるのが惜しいくらい、特にShorterにとってのベスト・プレイのひとつに入るくらいの出来ばえ。



4. Junku
 1984年開催ロサンゼルス・オリンピックの公式アルバムにも収録された、ヒップホップ色を薄めたライトなファンク・チューン。当時のヒップホップはアングラ・シーンの色が強かったため、このくらい希釈しないと受け入れられなかったのだ。まぁわかりやすい万人向けの「Rockit」といったところ。アコギの音を模したようなシンセ・ベースが爽やかさを演出しているのだろうけど、作り物を無理やりナチュラルに見せようとしてるのが、逆に気持ち悪い。後半の取ってつけたようなスクラッチも微妙。

5. People are Changing
 1973年リリース、ビルボードR&B最高23位まで上昇した、Timmy Thomasのカバー。ここでメイン・ヴォーカルを取るのは、前作「Future Shock」ではバッキング扱いだったBernard Fowler。一般的なロック好きにとっては、Bill Wyman脱退後のStonesのベーシストといった方がわかりやすい。もともとはヴォーカルがメインだったのだ。
 曲調としては、ファンクというよりはAOR的なロック寄り。楽曲自体の良さもあるけれど、アングラ・シーンでの活動が多かったLaswellも、こういったオーセンティックなサウンドも操れることが証明された1曲でもある。こういった積み重ねが後のMick Jaggerらとの仕事に結びつくことになる。

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6. Sound System
 ラストはタイトル・ナンバー、こちらもバックトラックはほぼ「Rockit」、シーケンス・ビートをベースとして、エフェクト的に薄くかぶさるシンセ、時々アクセント的にデカく響くオーケストラ・ヒットとの波状攻撃は、聴いてて疲れるよな。これでも当時は目新しさの方が先立っており、各界に衝撃を与えたのだ。
 注目すべきは3分半以降、当時、ジャズ本流からは逸脱してジャンルレスな活動をしていた近藤等則がトランペット・ソロを取っている。70年代Miles的にワウワウで変調された音色と痙攣するようなフレーズは、機械的なビートにも充分渡り合っている。ここでデジタル・ビートに飲み込まれないためには、Miles的なメソッドが必要だったのだろうし、また、そのデジタルを凌駕できるトランぺッターは、当時は近藤しかいなかった。




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Miles流ジャズ・ファンクの最終形 - Miles Davis 『Decoy』

folder 1983年にリリースされた『Star People』は、Bill EvansやMike Sternなど、80年代以降の現代ジャズ・ファンク・シーンを担う若手の積極的な起用によって、先祖返り的な新伝承派への対抗意欲を表明した意欲作だった。帝王と称されて以降の彼は、休養以前ほどの先鋭さはなくなったけど、かつて自らが築いたスタイルをなぞってお茶を濁すことは頑なに拒否していた。少なくとも、時代に乗り遅れることだけは逃れていた。

 どの時代においてもMilesが志向していたのは、その時代においての最先端、最もヒップな音楽だった。ビバップを起点としたモダン・ジャズからスタートして、既成のリズムやコードを分解・再構築、それまで邪道とされていたエレクトリック楽器の導入、それらの集大成としてジャズ・ファンク路線へ向かったのも、「俺がジャズ・シーンをリードしているんだ」という自負があったからこそ。
 そりゃ時々、ちょっと残念な作品や退屈なアルバムも中にはあったけど、アバタもエクボとはよく言ったもので、『Miles Davis』という壮大な超大作の中のワンカットと捉えれば、ちょっとは納得がゆく。いつもいつもヤマ場ばっかりじゃ、演る方も聴く方も疲れちゃうしね。

 で、この『Star People』と同年にリリースされた1枚のアルバムが、ジャズ・シーンを大きく変化させることになる。
 それまでジャズ・フュージョン~ジャズ・ファンクなど、Milesが創り上げてきたメソッドに則って、またはパクった廉価版を流通させて凌いできたジャズ・シーンだったけど、Milesの文法にはない言語・話法で価値観を一変させてしまった。
 『Futurer Shock』、または「Rockit」。
 そのアーティストとは、Herbie Hancock。かつてのMilesスクールの卒業生である。

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 以前もレビューで書いたけど、これがジャズなのかどうかと言われれば、ギリギリのラインでジャズではあるけれど、一般的な解釈としてはヒップホップ・カルチャーのメジャー化に大きく寄与した、俺が言うところの「お茶の間ヒップホップ」作品である。ジャズである根拠はリーダー名義がHerbieだから、というだけで、旧来のジャズっぽさはまるでない。
 ただこのHerbieという人、そのMilesスクール在籍時から「ジャズの基本フォーマット」にはあまり興味がなく、むしろそういった既成概念へのアンチを訴える性向が強い。いわゆるタカ派的なミュージシャンではあるのだけれど、性格の良さなのか人心掌握に長けているのか、保守派のミュージシャンからの覚えも良く、それなりの距離を保ってセッションやコラボレートを行なっている。
 穿った見方で言えば、八方美人的な器用な人なのだけれど、ミュージシャンとしての基礎体力、センスやスキルは同年代においても抜きん出ているので、あまり不評も出ない。この辺はMilesのバンド運営を反面教師として捉えてきた経験則に基づくのだろうか。

 これまでジャズ界の方向性を決定づけるのは、主にMilesだった。彼のレイテスト・アルバムこそが次世代ジャズのフォーマットとして注目され、そしてリスペクトされオマージュされまくった。と言えば聞こえは良いけど、要は表層だけ真似て聴きやすくしただけ、または一般ウケしやすいよう思いっきり希釈されることで、特に70年代以降の斜陽ジャズ界は命脈をつないでいた。
 自ら望んでなったわけではないだろうけど、結果的にジャズ界の水先案内人としてシーンをけん引していたMilesだったけど、『On the Corner』リリース以降から、その勘が鈍り始める。
 オーバーダヴを極力使用せず、リズム・リード一斉演奏による複合アンサンブルという手法はフリー・ジャズのメソッドと方向性は似ている。ただ調性を重要視しないフリーとは違って、Milesの場合、ポリリズムをベースとした複合リズムの一斉演奏から発生するピッチのずれ、古代民族の祝祭的ムードをモダンに展開させたことがMilesの功績である。ただそのメソッドはあまりに不定形であったがゆえ、万人の理解はおろか、演者自身さえもカオスに陥ってしまうほどの破壊力を持っていた。
 ジャズ・ミュージシャンMilesのキャパを大きく超えるフォーマットは、製作者自身をも浸食する。その後はアルバム制作ごと、またライブを重ねるごとに、その怪物は自らの意思を持ち、そして力を増す。日を追うにつれ、もはやMilesの手では制御不能になっていった。
 怪物を抑え込むために消費される、大量の酒やドラッグ。気が大きくなることもあって、一時は気が紛れるかもしれないけど、根本的な解決にはなっていやしない。むしろ怪物のパワーゲージは増大しているのだ。
 自分の許容量を超えるドーピングは体と精神を蝕み、遂にはMiles、シーンからの撤退を決意する。『Agharta』『Pangaea』という、評価不能(または評価されること自体を拒否した)大作を残して。

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 長い長い休息を経てシーンに復帰したMiles。以前のドロドロした怪物とは縁を切り、もっとコンテンポラリーな方向性を持つ、ビビッドなフォームのサウンドを志向するようになる。ほとんど暴君として主導権を握っていたレコーディング・セッションも、任せられるところは若手に仕切らせるようになる。
 復帰後のMilesは、もはや自らの力だけではヒップな存在にはなれないことを自覚していた。先鋭的なジャズ・ミュージシャンとしては、『Agharta』『Pangaea』のその先を探求することが真っ当なのだろうけど、彼の関心はもはやそこにはなかった。彼が求めていたのは、もっと確実な形の名声、ポップ・チャートの上位へ狙えるセールスだった。

 リーディング・ランナーのポジションから自ら降り、時代のトレンドに乗っかることを選択したMiles。最先端のサウンドを提示することはなくなったけど、これまでの功績からジャズ界の帝王としてのポジションは確立されていた。彼が復帰することで、CBSはおろかジャズ界挙げての大きなキャンペーンが盛り上がったのも、そんな事情があったわけで。
 ただ、これらもあくまでジャズ界の中での出来事である。さすがに第1弾の『The Man with the Horn』こそビルボード最高53位のヒットになったけど、『Star People』は最高153位と、まぁジャズ・アルバムにしては上等といった程度の成績だった。ただ、彼が望むところのポップ・チャートへのランクイン、例えばMichael JacksonやLionel Richieと比べれば、お話にもならなかった。

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 そんな中での「Rockit」ブームである。ビルボード最高71位はもちろん、ダンス・シングル・チャートで1位を獲得したことによって、Milesの対抗意識はハンパなかったはず。総合チャートだけでなく、もっとも現場感覚が反映されるクラブ・シーンにおいて明確な支持を得たHerbieに対し、嫉妬とも羨望とも、どちらも入り混じるような複雑な心情であったことは想像に難くない。
 暴君Milesだからして、よくある子弟物語のような、弟子の成長を素直に喜ぶようなタマではない。むしろ対等なミュージシャンとして、ヒップホップの導入によるポップスターへの仲間入りへの羨望、またこれまでのMilesメソッドの延長線上ではなく、まったく違ったアプローチによるポピュラリティの獲得への嫉妬が強かっただろう。
 後に『Doo-Bop』という最後っ屁をかますMilesだからして、ヒップホップへのアレルギーや嫌悪があったとは思えない。彼にとっては新しい音楽、旧来のジャズとはかけ離れたものを求めているだけであって、逆にHerbieの目の付け所には「してやられた」感が強かったんじゃないかと思われる。

 正直、『Future Shock』はあまりにヒットし過ぎたがため、もはやHerbieでは制御が効かず、彼にとっての「怪物」的存在となってしまった。おかげで勢いで二番煎じ三番煎じのアルバムを作ってしまい、結局は時代に消費されてしまった。使用機材の影響もあるけど、いま聴くとすごく古臭く感じてしまう点は否めない。
 対してタイミングを待って制作された『Doo-Bop』は、時代を乗り切るオーラを保っている。制作途中だったトラックを効果的にまとめたEasy Mo Beeの力量ももちろんだけど、トレンドの先読み力においてはまだ眼力を保っていたMiles、2匹目のドジョウを狙っても叩かれるだけなのはわかっていたのだろう。
 まだ手を付けるべきじゃない。時期が早い。

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 ジャズ・ファンク路線でもうちょっとやってみたかった、またはCBSの要請があったのかどうか、取り敢えずほぼ同じスタッフで制作したのが、この『Decoy』。『Star People』では10分超の曲が3曲あったけど、ここでは1曲のみ、ほとんどの曲が4~5分程度にまとめられている。この辺はラジオ・オンエアを意識したものと思われる。とは言っても、ジャズ専門ラジオでしかかからなかったんだけどね。
 『Decoy』においての最大の新機軸というのが、盟友Teo Maceroとのパートナーシップ解消である。
 正直、この時期になるとレコーディング・スタイルそのものがシステマティック化され、以前のようにテープを長回ししてダラダラ時間をかけたセッションは少なくなっていた。これまでバンド・アンサンブルに細かな指示を与えていたMilesだったけど、スタジオにいる時間が短くなり、結果的にバンド自身でバック・トラックをしっかり作り込むことが可能となった。なので、デモ段階でほぼ完パケ状態となっているため、Teoお得意のテープ編集テクニックは無用の長物となる。実際、Miles復帰後のTeoの仕事量は相対的に減っていった。

 Milesがすぐにヒップホップに飛びつかず、ジャズ・ファンク・スタイルの追及を継続したのは、若手による現状バンド・アンサンブルへの信頼もあったけど、かつてのMilesスクールよろしく若手スター・プレイヤーの育成並びに恩恵に預かる下心が、多少なりともあったんじゃないかと思われる。特にここで3曲参加しているBranford Marsalisには目をかけていたらしく、ゲストではなくレギュラー・メンバーとしての加入も打診している。結局、Stingに取られちゃうんだけどね。

 Herbieとは別のベクトルでポップスターを狙っていたMiles、『Star People』よりコンパクトかつソリッドにまとめられた楽曲群はクオリティが高く、彼が目指すところのジャズ・ファンクとしては、ほぼ完成形である。あくまでジャズ村の中での評価としては、高いものだった。
 でも、ヒップじゃない。
 すでにMilesは別の方向を向いていたのだから。


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1. Decoy
 「On the Corner」の雑多なリズム・パートを丁寧に取り除き、バンド・メンバーを絞って各パートのインプロをクローズアップすると、こんな感じになる。70年代ジャズ・ファンクの落とし前といったところか。若手ミュージシャンらの屈託のなさによって、かつてあれほど苦しめられた怪物は、しっかり手綱を握られている。
 ここから初登場のDarryl Jones(b)の俺様っぷりも、Stingと組もうかどうか天秤にかけていたBranford Marsalis (sax)の歌いっぷりも、きちんとコントロールされている。だからこそ、Milesのペットもここ最近にはないほど鳴りまくっているのだ。
 Teoとの友好的決別が良い方向へと向かった、新世代ジャズ・ファンクの完成形となった1曲。



2. Robot 415
 1分程度のブリッジ的小品。Miles自身による拙いコード弾きシンセが聴ける、それこそ『Future Shock』とYMOをモチーフとしたテクノ・ファンク。実験的なお遊びだったのか、中途半端なフェード・アウトが惜しい。もうちょっと広げられたら面白かったんだけどね。

3. Code M.D. 
 やっぱり80年代というのはヤマハDX-7の時代だったんだな、というのを思い出させてしまう1曲。あのMilesでさえ、他の80年代アーティストのサウンドと同じ音色使ってるんだもの。特にこの曲はバンマスRobertのイニシアチブが強いため、シンセのブロック・コードが曲のコアとなっている。リズムのメインは当然Al Foster(dr)だけど、結構な割り合いでドラム・プログラミングもミックスされており、結果的にテープ編集という職人技は不要となる。Teoのやることがなくなるわけだ、確かに。
 『Star People』ではあまりオイシイ場面が回って来なかったJohn Scofield(g)、ここではシンセとのユニゾンも多いけど、インパクトのあるファンキーなソロを利かせている。タイトルにもかかわらず、Milesの出番が少ないナンバーでもある。3分過ぎ辺りから「御大登場」とでも言いたげに、悠然と登場してサラッとかますソロ。吹きまくるのではなく、吹かずして空間を支配するMiles。やはり効果的な見せ方をわかってらっしゃる。

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4. Freaky Deaky
 Darylのアルペジオ・ベースと、再びMilesのシンセが主体となったアンビエント調ファンク。あぁホーンで聴きたかったな、これ。まるで「クロスオーバー・イレブン」じゃん、これじゃ。プログレッシヴで果敢なチャレンジとしては良いのだけれど、求められてるのはそれじゃないんだけど。
 『Decoy』の欠点、レコーディング時期がバラバラなため、散漫な印象が拭えないことが如実に表れている。通常なら正式リリースするレベルじゃないんだけど、曲数たりなかったんだろうな。

5. What It Is
 1983年4月に行なわれたモントリオール・ジャズ・フェスティバルからのライブ音源。ちょっとかったるい感もあった4.と比べると、アンサンブル、楽曲としての出来がまるで違っている。
 火を噴くようなDarylのスラップ・ベースから幕を開け、すでにレギュラー・メンバーとなっていたBill Evans (sax)との相性も程よい緊張感で通じ合っている。ライブということもあってシンセの使い方も控えめ、ファンキーなリズム・アプローチを中心にバンドがまとまっている。
 Scofieldのギターもアルバムでは一番のキレっぷり。この感じでスタジオ収録に向かえればよかったものの、そううまくは行かないのがバンド・マジックである。その時の空気感はその時じゃないと、なかなか再現できないのだ。

6. That's Right
 このアルバム最長の11分という大作。と言っても11分程度じゃジャズの中ではまだ中ジョッキ程度。この時期のMilesにしては長い方だけどね。
 ここではファンク成分をグッと抑え、久しぶりにストレートな4ビートに挑戦。もう一人のジャズの御大Gil Evansが総合アレンジを務めているせいもあって、オーソドックスなスタイルとなっている。とは言っても80年代Milesなので過去の焼き直しではなく、特にScofieldのブルース・フィーリングあふれるインプロビゼーションは飽きが来ないフレーズで彩られている。
 この時期のBranfordはちょうど自信をつけ始めた頃にあたり、天才の名を欲しいままにしていた弟Wyntonさえ凌駕していたと個人的には思っている。まぁこの時期のBranfordの仕事はどれも新伝承派Wyntonへの当てつけ、裏返せばコンプレックスからの発露という見方もできるのだけれど。

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7. That's What Happened
 ラストは再びライブ音源、5.と同じくモントリオール公演から。レコードで言うところのB面全3曲はMilesとScofieldとの共作となっており、彼とDarylのファンクネスとBranfordのオーセンティックなホーン・フレーズが交差しまくって、「ジャズ」という冠を外しても十分ファンク・ミュージックとして機能している。もはやジャズなんて言葉もいらないくらい、それだけジャズ・ファンク最終形としての理想像がここにはある。
 疾風怒濤という言葉がぴったりはまる、鬼のようなミュージシャン・エゴがぶつかり合い炸裂する、あっという間の3分半である。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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