好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Funk

殿下、幻のアルバム(多分、500分の1枚目)『ようこそアメリカ』 - Prince 『Welcome 2 America』


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 2021年リリース、オフィシャルなのに本人未公認という、なんともグレーゾーンなオリジナル・アルバム。生前にほぼ完成して、アルバム・タイトルを冠したツアーまで行なったのにもかかわらず、何らかの理由でお蔵入りとなったため、ファンの間では幻のアイテムとされていた。
 幻と言ったら普通レアなものだけど、殿下の場合、これまでも『Black Album』やら『Crystal Ball』やら、完パケしたのに未発表となったアルバムが数多いため、実はそんなに珍しいものではない。全編ファルセットで歌った『Camille』やら3枚組大作『Dream Factory』やら、まだまだレジェンド級が控えており、この『Welcome 2 America』がその口火を切ってくれれば、さらにファンは歓喜することと思われる。俺は歓喜するよ。
 没後7年を経て、ほぼ毎年のようにリリースされている発掘アイテムだけど、今回の『Welcome 2 America』のような「存在は知ってたけど、全貌が明らかになっていないアルバム」のリリースは、俺が知ってる限りでは初めてである。殿下の場合、そりゃもう太っ腹だったものだから、ネット限定や新聞のおまけ、またはファッションショー限定で配布されたCDなんて代物もあるわけで、一応、既発表ではあるんだけど、入手しづらいったらこの上なかった。
 そんな事情もあって、殿下のファンの多くはネット関係に詳しくならざるを得なく、大きな声では言えないけど、その勢いで様々なブートに手を出しちゃったりするわけであって。かの昔だったら、通販で粗悪なCD-Rをつかまされて泣き寝入りすることも多かったけど、今世紀に入ってからは、そんなに手間もかけず、めちゃめちゃ簡単に聴けるようになってしまった。あんまり勧められないけどね。
 何やかやで正式リリースはされたけど、その後も「別ミックス」やら「決定盤」やら「曲順違い」やら、ブートが量産されている『Black Album』同様、『Welcome 2 America』も様々なヴァージョンが存在する。何しろ作った本人がもういないのだから、後付けなんてし放題。言ったモン勝ちなんだよな、あの世界って。
 さんざんダビングされまくって音も潰れ、もはや誰が歌ってるかわからない、そんな粗悪ブートにボラれ続けているはずなのに、つい入手しちゃうんだよな、コンプ目指して。しかも手に入ったらそれで満足しちゃって、聴かずじまいの音源の多いこと。

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 いま現在も鋭意進行中のリイッシュー・プロジェクトは、公認アーカイヴィスト:マイケル・ハウ主導のもと、執り行われている。初めて聞く肩書きだけど、要は遺産管理団体から委託された、音源テープの整理や再発企画の監督責任者。
 スタジオ作業の経験がない遺族や弁護士に代わり、元ワーナー重役の経歴を持つ彼が現場を取り仕切ることで、プロジェクトは粛々と進められている。延々続く冗長なリズム・トラックから、サウンド・チェック程度の短い音源まで、膨大な未発表テイクを保存状態や重要度に応じてランク付けし、時系列でファイリングする作業は、考古学レベルのめんどくささと察せられる。生半可な興味や好き嫌いという主観ではなく、ひとつの学問に殉ずる覚悟で挑まなければ成し得ないー、ちょっと大げさだけど、そんな大事業である。
 そんなマイケル、現場A&Rから役員クラスにまで登りつめたくらいだから、メインの音楽制作だけではなく、関係各所とのやり取りやリリース→プロモーションの段取りなど、政治的な調整にも長けている。総合的な見地から適任と思われるマイケルだけど、その調整の不備なのかセンスなのか、正直、企画には当たりはずれがあったりもする。
 没後間もなくリリースされた『Purple Rain』のデラックス・エディションは、おおよそ殿下主導で構成済だったため、本人こだわりのトータル・コンセプトとファン垂涎のレア・テイクとが絶妙のバランスで共存しており、各方面から好評を得た。本編デジタル・リマスターとアウトテイク、発売当時のライブ・フルセットというラインナップは、その後のデラックス・エディション・シリーズの基本指針となっている。
 その他のプロジェクトとして、一般発売されなかった『The VERSACE Experience』や、単発契約でバラバラのレーベルからリリースされていた『Emancipation』以降のアルバムの再リリースなど、ワーナーと決裂してからのカオス状態を、改めてクロノジカルに仕切り直している。リリース計画としては真っ当な仕事だ。
 ただそれ以外の独立した発掘音源。未発表アルバムではなく、ひとつのテーマに基づいて編まれた未発表曲のアンソロジーとなると、なんて言うか格落ち感がにじみ出ている。はっきり言っちゃうと『Originals』なんだけど。

 先行リリースされた殿下ヴォーカルの「Nothing Compares 2 U」には、世界中のファンが狂喜乱舞した。それまではこの曲、『One Nite Alone』のライブ・ヴァージョンでしか聴くことができず、それはそれで充分だったのだけど、未発表スタジオ・ヴァージョンの存在は、昔から知られてはいた。センチでエモーショナルに歌われる「Nothing Compares 2 U」は、タイミング的にも彼のスワン・ソングとして受け止られ、世界中のファンはしんみりと喪に服したのだった。
 他のわかりやすいセールス・ポイントとして、バングルスでヒットした「Manic Monday」やシーラ・Eに書き下ろした曲も含まれており、内容的には悪くない。もともと発表用にレコーディングされたわけではないため、バックトラックがチープだったりヴォーカルもそこまで練れていない曲もあるけど、アルバム単位だけでは追いきれないサイド・ストーリーとして、『Originals』は充分な役割を果たしている。内容は。
 多くのファンが不満に思っているのは、アートワーク全般である。なんだこのショボいフロント。なんでこんな下世話な、初期アウトテイクのブートから借用してきたような写真を、わざわざ選んだのか。
 マイケル・ハウが抱く、何がしかの悪意がそうさせたのか、または遺族、それともワーナーの意向が絡んだのか。どちらにせよ、殿下なら即却下してしまうショットなので、大きく損しているアルバムなのだ『Originals』って。

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 本題に戻って『Welcome 2 America』、レコーディングの大半は2010年後半に行なわれた。殿下のレコーディング・セッションといえば、お抱えのNew Power Generationか、ほぼ全部の楽器を自分で演奏してしまうセルフ・レコーディングのどちらかだったのだけど、ここではドラム・ベースを迎えたトリオ・セッションを中心としている。
 1人は、若干22歳ながら、ジェフ・ベックのレギュラー・メンバーとして名を挙げたベーシスト:タル・ウィルケンフェルド。彼女のプレイに興味を持った殿下は、自ら連絡を取り、「ジャック・ディジョネットのドラム・ロールは好きか?」と開口一番で聞いたらしい。メイクラブだけじゃなく、音楽の話もするんだな、殿下。
 この時期の殿下、どうやらジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスにかぶれていたらしく、「パワー・トリオでギターを弾きまくりたい」欲に取り憑かれていた。せっかく顔を突き合わせるのなら、若い女の子と組んだ方がテンション上がるのは、男なら当然のことで、なんかすごく同感できてしまう。
 「仲の良い子、もう1人連れておいで」というのは、もしかして下心も多少あったかもしれないけど、まだギャルの面影があったタルに殿下、「相性が良いドラマーを探すよう」追加オファーした。その言葉を真剣に受け止め、真剣に吟味を重ねた彼女がパートナーとして選んだのが、チャカ・カーンやクリティーナ・アギレラらとのセッション経験を持つクリス・コールマンだった。
 ギャルの「ギャ」の字もない、骨太マッチョ。ちょっと残念だったと思ったかどうかはさておき、グルーヴ感よりもパワー/スピードを優先し、それでいて繊細なタイム感を刻む彼のビートは、NPGとはまた違うインスピレーションを喚起させた。
 最低限の指示以外、ほぼ自由に演奏させたリズム・トラックをもとに、キーボードや女性ヴォーカルを追加し、その他もろもろのオーバーダブによって、『Welcome 2 America』は完成、その後、シングル・リリースやYouTube配信を小出しに行ない、大々的にツアーを行なう段取りだった。で、突然の発売取りやめ。
 一体、何がどうして、どうなっちゃったのか。

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 その理由として、「リズム隊2人のスケジュールが合わず、ツアーに帯同できなかったことで予定が狂い、殿下がスネてしまったため」、「制作当時、やたら政治に社会に怒りを感じていたため、辛辣な歌詞が多く、完パケしてからちょっと後悔して差し戻した」など、他にもいろいろな説があるのだけど、今となっては不明である。殿下が存命だったとしても、多分言うはずないだろうから、その辺は掘り下げないままでいいんじゃないかと思う。どれも正解っちゃ正解だろうし。
 時系列で追ってゆくと、リリース撤回後もツアーは続けられるのだけど、その後、殿下の動向は急速にフェードアウトしてゆく。ほぼ毎年、何らかのアイテムをリリースしていたワーカホリック振りは鳴りを潜め、足取りは途絶えてしまう。
 そのブランクの間、当然だけど殿下、何もしていなかったわけではない。さすがに若い頃のようなワーカホリック振りは薄れたけど、浮かんでは消えるアイディアをいろいろ模索していた。
 どうやら殿下、「女性を交えたパワー・トリオ」のアイディアはまだ捨ててなかったっぽい。若い頃のようなダンス・パフォーマンス中心のソウル・ショウを続けるには、そろそろ体力的にキツくなってきたこともあって、違うスタイルのトライ&エラーを試行錯誤していた。
 濃厚だったファンク・テイストも、年を追うごとにコンテンポラリー色が強まり、ピアノ一本で成立するバラードも多くなった。人は自然と自分の限界を感じ、知らず知らずのうちに現状に適応してゆく。
 とはいえ、それでも人は運命に抗う。日和らずエモーショナルなステージングを続けてゆくため、最も効率的なスタイルというのが、スタンドマイクを使うヴォーカル&ギターという選択肢だったのではないか、と。
 さらに付け加えると、すでに殿下の体は満身創痍だった。あふれまくるアイディアを実現させるべく、時に強いケミカルの助けを借りながら、身体に鞭打ってステージに立ち、空いた時間はスタジオワークをこなした。
 それは誰のためでもない。「やり残したことを終えるため」。それが、天才の宿命だったのだ。
 本来なら、メインでフロントに立つつもりだった殿下だったけど、もうスタミナは限界だった。ギター・トリオの構想は3RDEYEGIRLらに委ね、勝手気ままで態度の大きいサポートに徹するしかなかった。
 そんな差し迫った現状でも、最期までガールズ・トリオにこだわった殿下であった。そういう業だったのだ。





1. Welcome 2 America
 殿下の曲にはほぼなかった、全編モノローグのスローなナンバー。メロディは女性コーラスが担い、不穏なコーラスやスキャット、群衆のエフェクトが点在する。
 高度に成長しすぎて行き詰まった経済資本主義にこだわり続けるアメリカへの痛烈な皮肉に、中途半端な泣きメロやシャウトは必要ない。ネットやマスメディア、教育や人種差別の現状を淡々と、ジャーナリスティックにつぶやく。
 ここでの殿下は時代の傍観者なのか、それとも当事者として、この曲を書いたのか。メロディやサウンドではなく、メッセージを純化させると、こんなスタイルにならざるを得ない。新聞の社説や投書欄のボヤキに陥るところを、跳ねるリズム・セクションが救っている。




2. Running Game (Son of a Slave Master)
 ここでも殿下、存在感は薄め。やはり歌っているのは女性コーラス陣。やはりラップ・パートは彼女らの方がうまい。正直殿下、ラップはド下手だし。
 ジャジーなグルーヴ感で彩られたサウンドは心地良く、主張し過ぎない殿下のギター・カッティングもツボを得てるんだけど、基本は軽め。濃厚なファンクを求めるファンには、ちょっと物足りないかもしれない。やはりシフト・チェンジは着々と進行していたのだ。

3. Born 2 Die
 カーティス・メイフィールドにインスパイアを受けて書かれた曲、ということで、確かにカーティスそのまんま。タイトルもそれっぽい。
 BPMもユルめでしっとり、クワイエット・ストームな大人のR&Bはクオリティ高め。そりゃ殿下独自のオリジナリティは薄いけど、鉄壁のリズムに的確なオブリガードを入れるギター・スタイルは、カーティスの上を行っている。

4. 1000 Light Years from Here
 2016年のアルバム『HITnRUN Phase Two』に収録された「Black Muse」の原曲という位置づけの、ちょっとエンジンがあったまってきた様子のロッカバラード。ミックスのせいもあるのか、向こうの方がハードに聴こえるんだけど、アンサンブル自体はこちらもホットなプレイ。こういうポップな曲調はもう少し練った方がキラキラ感が増すんだけど、セッションの勢いを重視したのか、追加ダビングが少ない。

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5. Hot Summer
 2010年に先行公開されたポップ・チューン。やはり殿下、女性とのダブル・ヴォーカルになるとテンションがちょっと上がっている。基本、能天気なパーティ・チューンのはずなんだけど、エコー少なめのデッド気味なサウンドは、ちょっとダークめ。モノクロの享楽と形容すればいいのか、スライへのオマージュが窺える。

6. Stand Up and B Strong
 グランジ系のロック・バンド:ソウル・アサイラムのカバーなんだけど、メロウなデュエット・バラードに仕上げている。生音リズムなので、軽薄なR&Bにはなっていないし、当然、クオリティは高いんだけど、2011年のコンテンポラリー・ミュージックというには、ちょっと感覚がずれている。終盤のギター・ソロなんかは、殿下のキレっぷりが炸裂しているのだけど、時代はそれを求めていなかった。それは殿下自身が痛感していることでもあった。

7. Check the Record
 なるほど、ファンキーなジミヘンだな。ロック・テイストが強く、ライブでも展開しやすいシンプルなナンバー。かつてこういう曲だったら殿下、もっとエロティックなアプローチの歌詞だったりしたものだけど、ここではあっさりした歌詞に仕上げている。

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8. Same Page, Different Book
 2013年1月、「3rdeyegirl」のYouTubeチャンネルにて、静止動画で公開されたらしいけど、ゴメン、当時はチェックしてなかった。なんで突然、コレだけ発表したんだろうか。
 確かに殿下のソロというより、3rdeyegirlとのコラボ・トラックという印象が強く、もしかしてシングルリリースも考えていたのかもしれないけど、そこまで騒がれなかったせいか、結局、フィジカルでリリースされることはなかった。
 サウンドとしては決して新しくはなく、殿下名義でリリースしても並の評価しかなかっただろうけど、彼女らメインだったらアリって読んだんだろうかね。ファンとしては手放しで絶賛なんだけど、まぁマスへの波及効果としては、ちょっと薄い。

9. When She Comes
 「1000 Light Years from Here」同様、『HITnRUN Phase Two』でリメイクされたスロー・チューン。あまり手を加えていない、ライブ・セッションっぽい音の響きといい曲調と言い、デビュー作『For You』のような70年代テイスト。ドラマティックスみたいだよな。

10. 1010 (Rin Tin Tin)
 すべてのパートを殿下自身で演奏した、完全宅録濃厚ファンク。名犬リンチンチンから取ったサブ・タイトルや適当なナンバリング・タイトルから察せられるように、あんまり意味のないテーマで曲は進行する。こういったノン・テーマで曲調展開するのは、殿下の真骨頂。深刻なメッセージは理解できるんだけど、無意味やエロに振り切った時、殿下のインスピレーションはキレまくる。

11. Yes
 冒頭から「ワイ!イー!エス!」って…。またバカ・ソング。YMCAだって、もうちょっとマジメだぞ。
 ラス前の目立たない配置だけど、冒頭のシリアスなメッセージを全部チャラにしてしまう、そんな豪快なバカさ加減が炸裂している。3分弱でサラッと締める、そんな潔さにヤラれてしまう。

12. One Day We Will All B Free
 とはいえ、ラストはきちんと締める殿下。タイトルが示すように、黒人側から訴える、自由についてのプロテスト・ソング。近年のBlack Lives Matterにも通ずる、「合衆国建国から連綿と続く人種差別」へのはっきりしたスタンス表明を、軽くなり過ぎずにポップに、そして明快でわかりやすい言葉で伝えている。
 コンセプトの象徴として「Welcome 2 America」は必要なのだろうけど、楽曲単体としては、こっちの方がスッと身体になじむ。









嗚呼、懐かしのNPG Music Club。 - Prince 『Slaughterhouse』

71yOjxSvDcL._SS500_ 1996年にワーナーと決裂して以降、殿下の足取りはつかみづらくなる。配給先がコロコロ変わる不安定なリリース体制に加え、メジャーの間隙を突くような音楽性、さらに加えて、気分によって使い分けているとしか思えない名義のマルチ使用によって、情報が錯綜していた。こうやって書いてると、なんかマルチ商法の記事みたいだな。
 「この作品をリリースするために生まれてきた」と記者会見で豪語し、ワーナーへの当てつけとしか思えない、ポジティヴ感満載の3枚組『Emancipation』をリリース、その後の殿下はキャリアの再構築へ向かうことになる。独立したことで気合いが入ったのか、この時期は殿下にしては珍しく、積極的にメディア露出に励んでいる。ここ日本においても、音楽番組「Hey! Hey! Hey!」において、死んだ目つきで「マッチャンハマチャン」とコメントを寄せたのは、わりと有名な話。
 とはいえ、EMIとの契約は単発のものであり、その後、殿下に契約更新する意思はなかった。次作『Rave Un2 The Joy Fantastic』はアリスタからのリリースで、こちらもワンショット契約。さらに次の『Rainbow Children』となると、Redlineとかいう、聞いたこともない怪しげなレーベルからだったし。当時の日本の担当者、大変だったろうな。
 収益配分やプロモーション体制やら、何かとケチをつける殿下だったけど、本当のところで彼が訴えたかったのは、ワーナーの許可がなくては触れることもできない、マスターテープの処遇についてだった。
 「自分で作って自分でレコーディングしたモノを、自分の判断でいじることができないのは不当だ」。
 まぁわかる。特に殿下の場合、ほとんどのスタジオワークに精通しているため、スタッフは最小限で済むし、そのスタッフだって多くはペイズリー・パーク・スタジオ、殿下との直接契約である。なので、制作過程でワーナーが介在する余地はほぼなく、それでいてマスターの所有権を主張するのは納得いかない―。これが殿下側の主張。
 ただ、そのスタジオ設立の立ち上げにおいて、多かれ少なかれワーナーの援助があったことは事実だし、テープの管理にだって経費はかかる。ていうか、そもそも最初っから合意を得ての契約であったはずだし、法的にも道義的にも、これって殿下のご乱心/ワガママになってしまう。

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 第三者の立場から見れば、自分の作品を自由にできないのは不条理だし、アーティストからの搾取がひどいんじゃね?と思ってしまう。ただあいにく、欧米はガチガチの契約社会である。どれほど感情的に訴えたとしても、法に則って作られた契約は、ビクとも動かない。手玉に取られる方が悪なのだ。
 ワーナー、また大メジャーのやり口に翻弄され、心身ともに消耗した殿下は、自身で原盤製作会社を持つことを思いつく。それがNPGレーベルだった。
 これまでも殿下、ワーナー内にプライベート・レーベル「ペイズリー・パーク」を設けてはいた。ただそれは『Purple Rain』大ブレイクのご祝儀的なものであり、単なるロゴマーク以上の効力はなかった。
 自社一貫生産で原盤を作り、条件に適ったメジャーに配給を委託する。今までもスタジオワークはほぼ殿下主導であり、その工程が変わることはなかったけど、ワーナー以外の選択肢が増えたことによって、収益もまた増える。
 経済面も大事だけど、ワーナー以外の委託先が増えるのは、創作面のメリットも大きかった。度を超えたワーカホリックぶりによって、週刊ペースでアルバム・リリースも可能だった殿下の創作意欲に対し、ワーナーは年1枚の姿勢を崩さなかった。3枚組の『Camille』や『Crystal Ball』など、数々のマスター・テープが営業方針の影響でお蔵入りとなり、それらは数々のブートレグ素材として、地下流通していった。
 ただ今後は、自身でリリース判断の権利を握ることで、ワーナー以外にオファーすることも可能になる。条件が折り合わなければ契約しなければいいのだし、交渉次第では利益率の向上にも繋がる。それはスタジオ増強の設備投資となり、より多くのチュッパチャップス、より多くのMakeLoveに費やすことができる。

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 メジャー・レーベルとのワンショット契約スタジオ・アルバムと並行して、前述の『Crystal Ball』本体に、全篇アコギ弾き語りの『The Truth』とNPGオーケストラ名義のインスト作『Kamasutra』2枚のボーナス・ディスクをつけて再リリースしたり、「1999」のリ・レコーディング・シングルなど、独立後のNPGレーベルはアーカイブの整理にも力を入れていた。
 「1999: The New Master」のリリース前後、「ワーナー時代の音源をレコーディングし直して、NPGから再リリースする」という情報も一時流れていたけど、これはちょっとガセっぽい。多分「1999」をきっかけに思いついて何曲かやってみたけど、すぐ飽きて放り投げちゃったんじゃないかと思われる。まぁ、マスターを手放さないワーナーへの牽制かね。
 この時期の殿下はプライベートで不幸が続いており、創作活動で気を紛らわせたい状態にあったのだろう。メンタルもちょっと落ち着き、もう少し前向きな企画をやろうというところまで回復して立ち上がったのが、今で言う会員制オフィシャル・ファン・サイト「NPG Music Club」である。
 月7.77ドルを支払ってネット会員になると、専用サイトへのアクセスが可能となり、そこでは月3つ以上の新曲とMV、ポッドキャストがストリーミング配信された。さらに年間メンバーシップになると、ファイル・ダウンロードの一部許可、ライブ・チケットの優先予約、アフターショウ入場のためのVIPパスが特典として配布された。すげぇてんこ盛りの特典だな。
 ただ、あまりにも大風呂敷、あまりにいろいろ盛り込み過ぎたこと、さらに加えて、光ファイバー普及以前だった低速ネット回線では、スムーズなストリーミング配信は難しかった。そんな事情もあって、開設2年目以降は徐々にコンテンツは縮小、末期になると、単なるネット通販の紹介サイトみたいにスケールダウンしてしまう。
 多分、殿下自身が飽きちゃったのもあるけど、この時期から粗悪なMP3コピーや違法YouTube動画が社会問題化し、ネットに対しての不信感が募り始めたことも一因としてある。やたら配信差し止めやブートレグ回収訴訟起こしてたもんな、この頃って。

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 で、『Slaughterhouse』。ポッドキャスト:NPG Audio Showでは、既発・未発表織り交ぜて、大量の音源が配信されたのだけれど、その中から厳選したトラックが、これと『Chocolate Invasion』としてまとめられた。
 おおよその曲が1999~2001年にレコーディングされたものであり、『Rainbow Children』の前にリリース予定だった未発表アルバム『High』の音源がベースとなっている。『High』音源の中でファンク・テイストの強い2曲が『Slaughterhouse』へ、ポップ色の強い8曲が『Chocolate Invasion』に流用された。ザックリ言っちゃえばこの2作、「ほぼHigh」「ちょこっとHigh」に大別される。
 リリース寸前に完パケ作品をお蔵入りさせて、新たなアルバム制作に着手する所業は、普通のアーティストだったら大ごとだけど、殿下の場合は「プリンスあるあるエピソード」のひとつでしかない。なので、ファンからすれば全然気にならない。
 殿下のオフィシャル音源はほぼコンプしている俺的には、ワン・コード/ワン・アイディア、ソリッドな骨組みファンクで統一された『Slaughterhouse』が好みなのだけど、元が同じなので、優劣はない。ただ、その大元である『High』がお蔵入りしたことから察せられるように、同時期にレコーディングされた『Rave Un2 the Joy Fantastic』のようなキャッチーさはない。シェリル・クロウのような大物ゲストの参加もないので、ライト・ユーザー向けではない。
 それを想定してのネット配信限定であり、またプレミアム会員限定のCD配布だったのだろう。コンテンポラリーでもマニアックでも、それに応じたプラットフォームを使い分けられるNPGという環境が整ったことで、殿下のキャリアはその後、安定期に入るはずだった。
 だったのだけど、ネット社会の急成長と反比例するように、増え続ける違法ダウンロードへの不信感からか、殿下はネット事業への関心を急速に失ってゆく。もう15年くらい後だったら、ハイレゾやストリーミング動画の配信など、ちゃんと収益化できる技術が確立されるのだけど、ちょっと早すぎたんだよな。
 ―で、間に合わなかったし。





1. Silicon
 静かなタイトル・コールから始まる、クールなラップ・ヴォーカルに合わせるのは、無骨でソリッドなファンクのリズム。殿下の場合、ラップと言っても特別ヒップなライムがあるわけでもなく、むしろ語り口調にメロディを乗せた風のトラックが多いのだけど、変に無理にセオリーにハマらない方がサマになっている。アッパーな曲調のラップの殿下って、どこかこじつけっぽいんだもの。
 なので、こういったタイプのサウンドはコア・ユーザーにとっては大好物。時間が過ぎるのも忘れ、いつまでも聴いていられる。

2. S&M Groove
 と思ったら、ここでちょっとゴーゴー風味のヒップホップ・チューン。ボトム太めにヴォーカル・エフェクトをかけており、いつもとちょっと違うアプローチが新鮮。いつも通り、バック・トラックは殿下独りで創り上げたものだけど、女性ヴォーカル:マーヴァ・キングをフィーチャーしており、モノクロな質感に若干の彩りを与えている。
 ファンク・マナーに則ったギター・カッティングは相変わらず見事だけど、時々、制御不能なグチャグチャのギター・ソロが顔を出し、クレバーな表情に裏に潜むパッションが見えてくる。

3. Y Should I Do That When I Can Do This?
 ミニマルなドラム・ループとハイパー高速ラップ、さらにソウル・レビュー・リスペクトのホーン・セクションを一気にぶち込んだ、こうして書いてみるとまとまりなさそうだけど、なぜかまとまってしまう、殿下お得意の強引なミスマッチ・ファンク。
 決してコンテンポラリーなダンス・チューンではないし、一般ウケはしないだろうけど、ネット会員限定でリリースするのなら、逆にマニア狂喜してしまうサウンド。こういうの、もっと聴きたかったよな。

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4. Golden Parachute
 冒頭3曲はトップ・ギア全開だったけど、ここで一旦クール・ダウン。ちゃんとしたアルバム曲順のセオリーだな。音数を極力絞ったシンプルなスロウ・ファンク。
 ちなみにタイトルだけど、やっぱ殿下のことだから、なんかの暗喩なのかね。「金色」の「パラシュート」。どうしてもエロい意味でしか受け取れない。

5. Hypnoparadise
 初期のポップ・ファンクの香りも漂う、ちょっと懐かしめのダンス・チューン。この曲だけ、やたらキャッチ―でコンテンポラリーで、テイストが違っている。ドロッとした漆黒の鈍さの中にキラリと光る、アメジストの原石。そんな印象。
 それにこの曲、シンセの使い方がうまいんだよな。終盤のコーダだけずっと聴いていたい。

6. Props 'n' Pounds
 シンプルなファンク・チューンにあれこれオーバーダヴやエフェクトかましたり多重ヴォーカルにしたり、あれこれてんこ盛りのはずなのだけど、決して散漫にならず、壮大なひとつの流れをギュッと4分38秒に凝縮した、密度の高いトラック。こういうのをチャチャっと初期衝動で作っちゃうのだから、その才能と言ったらもう。
 よく言われているけど、確かにストリング・パートはMarvin Gaye 「What’s Going On」へのリスペクト。聖・俗が表裏一体という点で見れば、2人とも根っこは同じだもんな。

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7. Northside
 NPGのキーボード・プレイヤー:キップ・ブラックシャイアーとのデュエットによる、ファンキーなラップ・チューン。サックス・ソロが結構長く入っていたり、女性コーラスを入れたりで騒々しいけど、殿下によるリズム・メイキングがベースにあるので、やっぱり独特のファンクネス。
 まぁメンバーがどれだけ頑張っても、この世界観は壊せないわな。

8. Peace
 90年代前半によくやっていた、シンセと多重ヴォーカルをリズムの中心に据えた、メジャー感漂うアッパー・チューン。ちなみに大御所ラリー・グラハムがヴォーカルとベースで参加しており、もうやりたい放題。これだけ前に出てくるベース・サウンドも、なかなかない。殿下自身は一時、ベースレスのファンク・チューンをたくさん作っていたけど、グラハムと出会ってぐらいから、宗旨替えしたと思われる。
 ラストはお遊びっぽいゴスペルになってるけど、多分、元ネタでもあるのかね。アメリカ人にしかわからない身内ネタでやたら盛り上がっている。

9. 2045: Radical Man
 初出は2000年、スパイク・リー監督映画『Bamboozled』のサウンドトラック。映画は未見なので、どのシーンで使われたのか不明だけど、映像を想起させるエフェクトを織り交ぜながら、クールなヒップホップ・チューンとして仕上げられている。変にラップに走らず、こんな風にファンクの基本を押さえている方が、殿下には合っている。

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10. The Daisy Chain
 2001年にシングル・リリースされた、再びラリー・グラハム参加のファンク・チューンがラスト。比較的クレバーに、クールにキメていた殿下だったけど、ここではパッション全開した雄たけびに始まり、時々思い出したようにシャウトしている。
 クールにかしこまったりヒップホップに擦り寄ったり、いろいろやってみたけど、結局、「すべての音はファンクに通ず」と言わんばかりに、俺流で溢れかえったサウンドの洪水。
 そうだよ、最後はちゃぶ台ひっくり返さなくちゃ。






殿下、古巣へ帰還あそばせる。 - Prince『Art Official Age』

folder 自分のへ覚え書きも兼ねて、2019年度下半期までの殿下の近況。
 遺族を中心とした「プリンス財団」と各レーベルとの長い折衝がだいぶまとまり、入手困難になっていたワーナー以降にリリースされたアルバムのリイッシュー、またワーナー時代の未発表アイテムのリリースが続いている。去年リリースされた、ソロ・ピアノ主体のデモ・テイク集『Piano & A Microphone 1983』に続き、今年は提供曲のセルフ・カバー集『Originals』がリリースされた。
 『Prince4ever』という「いかにも」といった感じのコンセプトのもと、丁寧なアートワークや音像処理、新事実が記されたライナーノーツの気合の入りようなどから、ソニーはかなり入念なリリース・スケジュールとプロモーション体制を敷いていることがわかる。カセット限定でプロモーション配布された『The Versace Experience』なんて、存在すら知らなかったもの。よく掘り出してきたものだし、許可したよな、こんなの。
 対して古巣ワーナーだけど、『Purple Rain』の30周年は文句なしだけど、それ以降、バック・カタログのリマスターやデラックス・エディション化は、遅々として進んでいない。先日、ようやく『1999』のデラックス・エディション化のニュースが飛び込んできたけど、これもようやく、といった具合だし。
 既発表音源の扱いについては、財団側との交渉が進んでいないせいもあるのかもしれないけど、購買意欲を掻き立てるソニーのプロジェクトと比べれば、どうにもやる気のなさが漂ってしまう。

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 これまでワーナーから発表された未発表曲集だけど、ブートやネットでも出回っていなかった蔵出し音源ばかりで、確かに歴史的価値は高いのだけど、でも正直、拍子抜けしちゃったファンも多いんじゃないかと思われる。はっきりコア・ユーザーをターゲットに据え、ありとあらゆる手段で付加価値を高めた意匠のソニーに対し、ワーナーの2作品なんて、アートワークからしてやる気なさそうだし。
 コア・ユーザーの中でもさらにディープな人種が集うブートの世界では、代表的なところで、20枚組の未発表曲集『the Work』という代物がある。ただこれもほんの序の口、その他にも何十枚組といったスタジオ・アウトテイクものがゴロゴロ転がっていたりしている。多くはカセット・コピーのような音質のため、繰り返し聴くようなものではないけど、音源コンプを目指すマニアなら、とっくの昔に入手したり聴いていたりするわけだし。
 「SN比?ダイナミック・レンジ?何それ?」的なブート音質に辟易し疲弊したコア・ユーザーとしては、もっとクロノジカルで高音質、体系的なアウトテイク集を期待していたはずなのだけど、中途半端で細切れのリリース戦略には、「ちょっとどうなってるのよ」とツッコミを入れたくもなってしまう。それか普通に、未発表アルバム『Dream Factory』や『Camille』をそのまんまリリースしてくれればいいものを。
 イヤわかるんだよ、ビギナーにも門戸を開いてわかりやすく、ピアノ・デモとかセルフ・カバーとか、明確なテーマでくくった方がプロモーションもしやすいし。全曲未発表ってより、有名曲が入ってる方が売りやすいしね。
 これまでのリリース戦略からして、ワーナー単体ではなく、財団側の意向が強く反映されているのかもしれないけど、だったらもう少しアートワークには金かけようよ。今どきブートだって、もっとデザイン凝ってるよ。

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 生前、アーカイブのリマスターやリミックスにはさほど興味を示さなかった殿下だったけど、一瞬だけ過去を振り返ったことがある。
 ワーナーと決裂して自由契約だった頃、ちょうどミレニアムに差し掛かり、そのワーナーが「1999」をシングルで再リリースする計画が持ち上がる。マスター・テープの所有権を殿下と争っていた最中ではあったけれど、既得権の行使は合法であり、殿下サイドがとやかく言える立場ではなかった。
 ただ殿下的には、自分が作った作品を自由に取り扱えないこと、また合法ゆえ販売差し止めも適わぬことに、我慢がならなかった。ていうか、自分の作品でワーナーが利益を得ることに最も憤慨していた。腹の虫が収まらなかった殿下、「ワーナーの損になるなら、何でもやってやる」といった負のオーラを全開にし、前代未聞の方法を選択する。
 ノン・リマスター(係争中ゆえ、殿下もワーナーも、マスター・テープの改変はできなかった)、オリジナルのままで再リリースされたワーナー音源に対し、殿下はオリジナルに沿った形で新たにレコーディングし直し、「1999:New Master」としてリリースしてしまう。さらにさらにリミックスやヴァージョン違いまで作ってしまい、全7曲のミニ・アルバムに仕上げてしまう力技。
 強烈なマイナスのオーラはセールスにも直結し、評判も上々だった。それ気を良くした殿下、さらに勢いづいたのか、「ワーナー時代の全アルバムをリ・レコーディングする」という噂が駆けめぐる。ワーナーの嫌がることだったら何でもやりそうなムードを考えれば、あながち噂だけだったとも思えない。実際、殿下からすれば、そんなの朝飯前だったろうし。
 「出る出る」と噂されながら、プライベートでのゴタゴタもあって、この壮大なプランはフェード・アウト、いつの間にか忘れられてゆく。まぁ所詮、限りなく後ろ向きな企画だしな。
 仮説として考えてみた。もし殿下がリ・レコーディングに本気で取り組んだとしても、単なるリテイクにとどまらず、結局大幅に作り変えてしまい、できあがってみたらアラ不思議、原形をとどめぬ「新作」になってしまう。何曲か実際にトライしてみて、「なんか違う」感じになっちゃったんで、「やっぱやめた」ってことになったんじゃないかと思われる。

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 そんなわけで、ワーナーとは長らく冷戦状態にあった殿下だったけど、水面下では粘り強い交渉と駆け引きが続いていた。2014年、ワーナーが保管していた過去のマスター・テープは殿下に戻され、新たに設立した音楽出版社NPG Music Publishingの管理下に置かれるようになった。ワーナーとはジョイント・ベンチャー契約を結ぶことによって、アーティスト主導でのリリース・コントロールが可能となった。
 これだけの歴史的和解だったにもかかわらず、事前に情報が漏れることもなく、再契約は粛々と執り行われた、ということになっているのだけど、何かと胡散臭さもつきまとう。
 当時のインフォメーションでは、タイミング的に『Purple Rain』リリースから30周年を迎えるため、近日中にデラックス・エディションが発売される、とのことだった。だったのだけど、その後、一向に発売される気配がなく、リリースされたのはその3年後、殿下逝去してからのことだった。
 殿下のことだから、制作に時間がかかったなんてことはあり得ず、とっくの昔にマスターは完パケしていたはず。リリースを決定するのは殿下の気分次第、ワーナーの動向次第である。
 ワーナーの本心としては、正直、今回の契約で望んでいるのは、新譜よりも旧譜のヴァージョン・アップだった。売れ行き不透明の新譜よりは、確実なニーズのある旧譜リマスターの方に力を入れたい。特に『Purple Rain』のリマスターは、タイミング的に早めに確約しておきたい、と。
 なので、このサプライズ的な合意発表というのは、実のところ、殿下のスタンド・プレーだったんじゃね?というのが俺の見解。締結前に『Purple Rain』リマスターの情報を流すことで、ワーナーとのビジネス・パートナーシップを優位に進める戦略だったんじゃないか、と。
 こじれにこじれた両者の関係を思えば、そんな思惑があったとしても、不思議ではない。

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 で、そんなこんなでワーナー復帰第一弾としてリリースされたのが、この『Art Official Age』。US5位・UK8位、日本でも、オリコン総合で8位、洋楽チャートで1位を獲得する世界的ヒットとなった。さらに同時発売で、女性3人で構成された殿下のバック・バンド3RDEYEGIRLとのコラボ作『Plectrumelectrum』もリリースしている。殿下が前面に出ていないせいもあって、日本ではイマイチだったけど、こちらもUS8位・UK11位と同じくヒットを記録している。
 思えば80年代の殿下はレコーディング・マニアとして知られ、日増しに膨れ上がる未発表テイクの扱いに苦慮していた。プリンス名義だけでは到底すべてをリリースし切れず、カミールなどの別名義を使ったり、苦肉の策として、ヴォーカル以外の全パートを自分でやってしまったり、とにかく自分で完璧にコントロールすることを信条としていた。
 それから数十年。音楽に向き合う殿下の姿勢は、明らかに変わった。
 セルフ・プロデュース以外は受け付けなかった殿下だったけど、ここに来て初めて、外部プロデューサーがクレジットされている。ジョシュア・ウォルトン。若手クリエイターらしい。良く知らねぇ。なので調べてみたら、「3RDEYEGIRLのキーボードと結婚した」との情報。いやそうじゃなくて、もっと作品とかないのかよ、とDiscogs見ても、殿下関連以外、目立ったものはない。クリエイターというよりはエンジニアなんだろうな。
 若手のEDMトラックメイカーのスキルが欲しかったのか、ここでは殿下、もろもろのスタジオ・ワークを彼に任せ、自分は好き放題、勝手にプレイしてあとは丸投げ、という感じとなっている。『3RDEYEGIRL』の方も、昔だったらリズム録りからミックスまで、ぜんぶ自分でやらなきゃ気が済まなかったのが、ここではメンバー主体でガチのバンド・アンサンブルが形成されており、殿下がゲスト扱いといった印象である。
 若手に好きにさせる殿下なんて、かつてはありえなかったことである。

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 ハードなファンク・ロックをベースとした『3RDEYEGIRL』のバンド・サウンドに比べて、『Art Official Age』は比較的コンテンポラリー寄り、大人のアーバンなソフト・ファンクなアプローチでまとめている。今さら何がなんでもイノベイティブでなくっちゃ、というポジションでもないし、まずは安定した21世紀型プリンスという線を狙ったのか。
 晩年はレコーディングよりもむしろ、ライブ・アクトの方にシフトしていた殿下、アルバムが売れないご時勢もあってか、シングル配信にウェイトを置いていた。かしこまったメジャー仕様のコンテンポラリー・ファンクと、荒々しい録って出しのWEB配信との使い分けは、新たな展開を生むはずだった。


ART OFFICIAL AGE
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1. Art Official Cage
 かなりEDM色の強いハード・ファンク・チューン。あまりのスタジオ・エフェクト振りに、オリジナルなのにすでにリミックス・テイストが漂い、旧来の殿下ファンとの相性はあんまりよくなさそう。でも、メジャー復帰の打ち上げ花火としては、これくらいやっとかないと明らかに浮いてしまう。
 今までの殿下臭はかなり薄められているけど、自分ではできないんだろうな、こういうのって。もともとエフェクトに凝るタイプじゃないし。

2. Clouds
 UKのシンガー・ソングライターLianne La Havasとのデュエットによるメロウ・チューン。オープニングがジョシュアのリミックス・ワークにスポットを当てていたのに続き、ここでもLianneのヴォーカル・パートが秀逸。中盤のソロは、もう殿下のコントロールを超えている。殿下の見せどころはむしろ、ここではギター・プレイだな。

3. Breakdown
 ここでやっと殿下がメイン、ファルセットで通した直球バラード。珍しくクラシカルなストリングスなんかも引っ張り出してきて、これだけ聴くとなんかフェアウェル的な雰囲気で、ていうかなんでこんな中途半端な3曲目に入れちゃうの、と言いたくなってしまう。時々入ってくる光線銃みたいなエフェクト、あれはちょっと余計。

4. The Gold Standard
 結局のところ、我々は殿下の手のひらの上で躍らされてるだけなのだ、というのを目の当たりにされるファンキー・チューン。ワンパターンではあるけど、多くのファンが求めているのはコレであり、殿下もそんなの百も承知だけど、なかなか出してくれない。
 シンプルなビートとカッティング、そして殿下のヴォーカル。どれだけ愛想を尽かそうとも、体は正直なのだ。



5. U Know
 日系女性アーティストMila J作「Blinded」をサンプリングした、メロウ・ヒップホップ・チューン。ここまで大々的に他人の曲を使うのは初めてだった殿下、なので、どちらかといえばジョシュアの作品といった印象が強い。殿下もいわば素材といった印象。
 ちなみにMila J、この業界に入ったきっかけが、幼少期に姉と出演した殿下の「Diamond and Pearls」のPV。20年越しの再会か。やっぱ運命って、どこかでつながっている。

6. Breakfast Can Wait
 『Parade』あたりに入っていそうな、ほど良く抑制されたファンク。こういったクールなスタイルのシンプルなビートは、ジョシュアでもいじりようがない。このくらいなら殿下、いつでもできると軽く考えがちだけど、多くの人はそれを求めてるんだって。
 ちなみにちょっとキモいアートワークは本人ではなく、殿下のモノマネで有名になったコメディアンDave Chappelle。何をしたかったんだ、コレって。

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7. This Could Be Us
 再び直球バラード。殿下定番のメロウなファルセットが効果的な、ある意味、伝統芸的な仕上がり。ただ、殿下的には「モダンじゃない」と感じたのか、次作『HITNRUN Phase One』で再演、ジョシュアに命じてアブストラクトにリアレンジさせた。完成を拒む職人の心情や如何なるものか。

8. What It Feels Like
 シンガー・ソングライターとして、また女優としてもマルチな活動を展開しているAndy Alloとのデュエット。2010年ごろからNew Power Generationのギタリストとして、不定期にライブやレコーディングにも参加しており、いわば旧知の仲でもある。
 ここでも殿下、彼女に華を持たせてる風で、その辺はアポロニアやシーラ・Eなんかと同じ扱いなのかな。まぁ殿下も大人になったから、踏み台にしてくれりゃそれでいいよ、といった感じだったのか。

9. affirmation I & II
 Lianneによる幕間的なモノローグ。「Charlotte Anne Telepathy」という変名だけど、まぁ意味を求めちゃいけない。所詮、殿下の思いつきに過ぎないから。

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10. Way Back Home
 UKの女性シンガー・ソングライター:Delilahをフィーチャーした、エモーショナルなバラード。正直、このDelilahの存在理由がよくわからない。大して特徴のないコーラス・ワークだし。楽曲自体はノスタルジックでもなく、かといって過度にEDMに寄ってるわけでもないので、そこがちょっと惜しいところ。

11. Funknroll
 タイトルがバカっぽくて好き。DJMIXっぽい仕上がりなので、ある意味、ジョシュアへの試練、「お前ならこの曲、どうやって仕上げる?」と、殿下が課した過酷なミッション。ちなみに元の素材が『Prectrumelectrum』が収録されており、こっちの方がタイトルの意に沿った感じ。

12. Time
 ややオリエンタルなメロディ・ラインが郷愁を誘う、Andy Alloとのデュエット。殿下のヴォーカル・エフェクトといえば、高速ピッチかテープ逆回転が定番だったのだけど、こういったラジオっぽい響きのテイストはあんまりなかったはず。ついでに言うと、珍しくベースが思いのほかフィーチャーされており、殿下にしてはこれもレア。
 あまり絡みのなかった若い世代とのコラボによって、新たな側面が浮き上がってきた殿下であった。

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13. affirmation III
 こういったコンセプチュアルなモノローグ好きな時代あったよな、『The Gold Experience』だから、もう四半世紀も前か。こういうのも殿下ヴォーカルのデモ・テイクってあるのか、一瞬だけ気になったけど、まぁないよな、きっと。



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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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