好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

#Acid Jazz

「何でもアリ」だった頃のアシッド・ジャズ - Brand New Heavies『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』

folder ― アシッド・ジャズ(acid jazz)は、1980年代にイギリスのクラブ・シーンから派生したジャズの文化。ジャズ・ファンクやソウル・ジャズ等の影響を受けた音楽のジャンル。

 Wikiではこのように定義されているアシッド・ジャズ。以前レビューしたWorking Weekを基点として、20年代のスイング・ジャズから70年代のジャズ・ファンクまでを網羅、その他にもラテンにボサノヴァ、カリプソやソウル、ファンクやラップ、ヒップホップまで、要は「踊れるか・踊れないか」というシンプルな基準でもって貪欲に吸収。さらにクラブ・ユース仕様と記録メディアの販売促進を見据えて、ソウルフルなヴォーカルを載っける、という定義が確立したのが90年代。
 なので、非常にアーバンでトレンディでソフィスティケイトされたジャンルに思われるけど、根っこはひどく雑食性、「何でもアリ」の音楽である。

 そもそものルーツであるWorking Week自体が、80年代初頭のUKニューウェイヴ出身だったため、当初はクラブ・シーンを主体とした現場感覚バリバリの音楽であり、DJ文化との相互作用もあって、純粋なライブ音楽としての需要がメインだった。CDなどの記録メディアで堪能するモノではなかったのだ。
 それが80年代末に入ってから、UKグラウンド・ビートを「発明」したSoul Ⅱ Soulの登場によって、一気に流れが変わる。いまだアシッド・ジャズ界の親玉として君臨するカリスマDJ Gilles Petersonが設立したレーベルTalkin' Loudから、Incognito やGallianoらがデビュー、本格的なアシッド・ジャズ・ムーヴメントを巻き起こすに至る。

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 その後は日本発のKyoto Jazz Massiveやモンド・グロッソ、60年代モッズ的なイメージ戦略を打ち出したCoduroyなど、多種多様なアーティストがわんさか登場してきたけど、一般的にイメージされている「アシッド・ジャズ」とはIncognito的、「ちょっぴりダンス寄りビートのアーバンR&B」といった認識である。その後の二番煎じ・三番煎じ的に登場したユニットは、ほぼ彼らが創り出したフォーマットを踏襲している。
 そんな中、声質的にはソウルっぽさの薄いJay Kayをメイン・ヴォーカルに据えたJamiroquiは、フォーマットを基準とすれば異端に思われるけど、彼がデビューしたての90年代初頭は、一緒くたにアシッド・ジャズと言っても百花繚乱、70年代ニュー・ソウルっぽさを特質とした彼らもまた、冒頭の定義に沿えば充分アシッド・ジャズのアーティストである。
 今ではすっかりジャンルに収まらないポジションを確立してしまった彼らだけど、そういったバイタリティをも広くカバーしていたのが、初期のアシッド・ジャズであり、「何でもアリ」という本来の意義に沿うと、本質をしっかり捉えていたのは彼らだったということになる。

 Marvin GayeやIsaac Hayesらからインスパイアされた、繊細かつダンサブルなグラウンド・ビートを載せることで、一気にシーンを席巻したのがJamiroqui だとすると、さらにメロウR&Bの要素を付加したのが、『Brother Sister』以降のBrand New HeaviesでありIncognito。勃興期は他のアーティストとの差別化として、様々なアイディアや新たな発想がボコボコ生まれていたのだけど、シーンの安定化と共にクリエイティヴ性が失われてゆく。
 ブーム末期のプログレやハードコア・パンクが次第に様式美化してゆくのと同じ途を辿るかのように、アシッド・ジャズもまた、どれを聴いても大差ない、ごく平均的なサウンドへと収束してゆく。
 Maysa LeakやN'Dea Davenportらをメインに据えたヴォーカル & インストゥルメンタル路線も多様性のひとつに過ぎなかったはず。第一Brand New Heavies自体、UK版デビュー・アルバムはヴォーカル無しのオール・インストだったし。その他にもシーン全体が、DJカルチャーの影響によって、様々な音楽性を内包していたはずなのに。
 どこでどう、袋小路にはまり込んでしまったのか。

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 クラブ・ミュージックという大枠で捉えられるアシッド・ジャズは、もともとじっくり腰を据えて鑑賞する類の音楽ではない。「聴く」というよりは「感じる」、言ってしまえば、ダラダラ酒でも飲みながら、ユラユラ体を任せて聴く音楽である。海外なら、これにドラッグ・カルチャーが絡んでくるのかな。
 他のダンス・ミュージック同様、いわゆるムード音楽/環境音楽としてのリスニング・スタイルが主だったため、トレンドの消費サイクルの早さに追いつけなかったこと、また、時代の徒花的な有象無象のユニットの乱立によって、永続的なクオリティ維持が図られなかったことが、アシッド・ジャズの悲劇だったわけで。

 多くのユニットでイニシアチブを握っていたのが、プレイヤーではなくコンポーザーが多かったことも、ブーム終焉を速めた要因のひとつである。
 一般的なロック/ポピュラー・グループと違って、フィジカルな演奏者より、DTMを主体としたトラックメイカー、もしくはレア物掘りに執心したビニール・ジャンキー上がりのDJがシーンを牽引していたのだけど、市場シェアが大きくなるのと比例して、徐々に現場との乖離が大きくなる。市場原理に基づいた、最大公約数的なフォーマット「無難なアーバンR&B」の乱立が、急激なマンネリ化を招いた。要は飽きられてしまったのだ。
 マンネリ化を招いたのは一部クリエイターの責任もあるけれど、そもそもクラブ・シーン自体が急速なペースでアップデートを繰り返す空間であり、消費し尽くすことは、むしろ善である。クリエイトし尽くした後は、新たなアプローチを探すなり、または見つければよいのであって、しがみつくことは逆に「ダッセェ」と受け取られる。
 なので、優秀なクリエイターはブームの終焉を待つことなく、とっととテクノやレイブ、ゴアトランスなど、とっくの昔に最新トレンドの二歩先・三歩先へと鞍替えしてしまった。じゃないと生き残れないものね、あの人たちって。

 常に最先端のサウンドを追い求める層は、どの時代においても一定数は確実に存在する。けれど、皆が皆、トレンドばっかりを追いかけているわけではない。マスの大多数は音楽に対してそこまで深入りしてはいない。むしろ良いコンテンツは比較的後世にも残る場合が多い。
 アクティブなダンス・ミュージックとしてではなく、例えばフュージョン~AORのような機能的なドライブ・ミュージックとして、アシッド・ジャズのエッセンスは連綿と生き残っている。もしかして日本だけなのかもしれないけど、週末の夕方や平日深夜のFMなど、彼らのオンエア率は一時、かなりの高率をマークしていた。
 ま、たまたまFMを聴くことが多いのがその時間帯だった、という俺の主観ではあるけどね。

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 前述の「メロウなR&B」といったアシッド・ジャズ特性を持つBrand New Heaviesだけど、Incognitoと比べるとダンス・シーンとの親和性が高く、いわゆるバラード系よりも横揺れ16ビートの使用率が高い。本人たちはそこまで意識していないかもしれないけど、結果的に市場ニーズに基づいた彼らのサウンドは、静・動併せ持つあらゆるシーンにおいて活用できる。汎用性高いんだよな。
 オール・インストとなったデビュー作は、そこそこの評価を得た。通好み仕様としてあまり多くは広まらず、かといって惨敗するまでもなく。最初にしては堅実な成績だった。
 普通なら、インスト・サウンドの完成を目指すべく、深化という名の自己増殖を繰り返すものだけど、プレイヤビリティの強い彼らは、そこから別の深化を志すようになる。
 現在のR&B的アシッド・ジャズのセオリーから一旦外れて、ガチのヒップホップやラガマフィンを貪欲に取り込む実験作となったのが、この『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』。vol.2も製作する予定だったらしいけど、いつまで経ってもリリースはおろか制作状況すら伝わって来ず、結局、だいぶ経ってからリリースされたVol.1のデラックス・エディションで、この件は終いになったっぽい。

 いわゆるアシッド.・ジャズ「っぽい」音楽ではなく、彼らのディスコグラフィの中では実験作的なポジションなので、あんまり売れなかったのかなと思いきや、チャート上ではそこそこの成績を残している。当時はこういったサウンドも「アリ」とジャッジされていたのだ。ちょっとうるさ型の評論家やマニア筋からは、絶大な評判だった。
 だったのだけど、せっかくのブームの真っ只中に便乗しない手はなく、さらなる拡販策を講ずるため、彼らは方向修正を余儀なくされる。
 世間のニーズが一般的に認知された「アシッド・ジャズ」セオリーに則ったサウンドにあったため、またヴォーカルを含めたバンド・アンサンブルへの興味もあったため、ソウルフルな歌姫N'Dea Davenportを召還、次作『Brother Sister』で本格的な世界的ブレイクを果たす。
 ただこれが売れに売れてしまったがため、彼らのアーティスト・イメージが固定されてしまったことが、逆に彼らの迷走に拍車をかけてしまったわけで。

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 脱・アシッド・ジャズなのか脱・N'Deaだったのかは不明だけど、その後の彼らはアルバム毎に女性ヴォーカルを入れ替えて『Brother Sister』越えを模索する。するのだけれど、ワンショット参加だったはずのN'Deaが残したインパクトは予想以上に大きく、また新メンバーとの相性もなかなか折り合いが合わなかったため、試行錯誤を繰り返すことになる。しばらくの間、オリジナル・リリースは散発的、空白の期間はレーベル主導による大量のベストやリミックス・アルバムでお茶を濁すことになる。オリジナル:非オリジナルの対比は、まるでジミヘンを思い起させるほどのアンバランスさである。
 良く言えばレーベルの不断の努力の甲斐もあって、シーンからの完全撤退は免れてはいたけど、近年になるまでユニットとしての活動は不安定だった。
 2013年『Forword』にて、久し振りにN'Deaとのコラボが復活した。双方ともこれまで何かといろいろあったけど、年月を経て色んなわだかまりが解けたのだろうと思われる。

 日本では何となく地味なポジションになってしまったBrand New Heavies。でも未だ前向きな姿勢を忘れていないBrand New Heavies。そんな彼らが2015年にリリースしたレイテスト・アルバムは、なんとここに来て、デビュー以来のオール・インスト。開き直ってアーバンR&Bに復帰したと思ったら、またここで原点回帰である。
 守りに入ることを拒み、前のめりで進むことを選択した彼ら、そのルーツとなったのがヒップさを強調した粋なデビュー作であり、そしてプログレッシヴ・ヒップホップ・アシッド・ジャズとも称される『Heavy Rhyme Experience Vol. 1』である。長いな、こりゃ。たった今、思いつきで書いちゃったけど。

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1. Bonafied Funk (featuring Main Source)
 90年代初頭に活動していた、アメリカ/カナダの混成ヒップホップ・グループとのコラボ。リーダーのLarge Professorはその後、ソロと並行してプロデューサーとしても活躍している。とは言っても俺、そっち方面の知識はほとんどないので、いま必死こいて調べている。これまで手掛けたリストは長大にのぼり、さすがに俺も名前くらいは知っているNASにも深く関わっていたらしい。

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2. It's Gettin' Hectic (featuring Gang Starr)
 21世紀に入るまで長きに渡って活動していた、NY出身のヒップホップ・ユニット。メンバーのDJ Premier、これも名前だけは知ってる。この人もプロデューサー/コンポーザーとして多くのアーティストとコラボしており、あくまで俺が知ってるところでは、前述のNASを始めとして、D'Angelo、Dr. Dre、Mos Def など、有名どころからはほぼお声がかかっている。近年もChristina AguileraやKanye Westなどジャンルを飛び越えた活動も展開しており、なかなか衰えを知らぬところ。
 生演奏とヒップホップとのミックスはBeckも先駆けて行なっていたけど、バンド・アンサンブルを巧みに織り交ぜてる面において、グルーヴ感としてはこちらの方が上。

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3. Who Makes the Loot? (featuring Grand Puba)
 オールドスクール時代から活動しているラッパーで、近年も肩の力の抜けたグルーヴィー・ソウルなソロ・アルバムをリリースするなど、精力的に活動中。ちらっと視聴してみたけど、ヒップホップ・アレルギーのある俺でも聴きやすいテイストでまとめられている。
 その力の抜け方は昔も今も変わらず、ここでも脱力系ラップを披露。

4. Wake Me When I'm Dead (featuring Masta Ace)
 NY出身の伝説的グループJuice Crew出身で、その後、ソロに転身したMasta Ace。軽快なラガマフィン調のフロウに疾走感があって、これもロック/ファンク好きのユーザーとは相性が良い。この人もそうだけど、みんな今に至るまでコンスタントに活動続けてるんだな。

5. Jump 'n' Move (featuring Jamalski)
 このアルバムの中では最もキャッチーで親しみやすいトラック。ラップ本来のライムの連射が聴いてて気持ちいい。ラップはほんと全然知らないけど、こういう人が俗に言う「上手いラッパー」なんだろうな。ほんとは全然違うのかもしれないけど、俺はそんな気がする。



6. Death Threat (featuring Kool G. Rap)
 そうか、バック・トラックのエッジが立ってるから、どのライムも数段上手く聴こえるのか。どんなに上手くトラックをつないでも、やはりフィジカルな演奏には敵わない。多分にジャジー・ラップに理解のあるキャラクターを中心に人選しているのだろうけど、ヒップホップの方へと歩み寄った整然としたアンサンブルは、簡単に構築できるものではない。
 ソロのPVを見ると、典型的なギャングスタ・ラップなので、やはり俺には興味の薄い世界。でもここではその悪童振りもバンド・サウンドに圧倒されている。

7. State of Yo (featuring Black Sheep)
 活動休止と再始動を繰り返しながら、時々思い出したように活動しているNY出身のヒップホップ・デュオ。ちなみにラッパーDresの息子がHonor Titusで、彼もまたミュージシャン。でも何故だかやってるのはハードコア・パンク。なんだそりゃ。
 単調なギター・リフはともかくとして、ラップ自体は取り立てて面白くはない。ロックの耳ではちょっと難しいのかな。

8. Do Whatta I Gotta Do (featuring Ed O.G.)
 キャリアとしてはレジェンド級のラッパーなのだけど、考えてみればこのアルバムのリリースが92年、Run-D.M.C.のブレイクが86年なので、この時点ではみんなまだ大御所感もなく、ちょっと若手の中堅どころといったポジションなのだった。そう考えると、こういったサウンドをも取り込もうとしていたBrand New Heaviesの先見性が窺える。ただちょっと早すぎたし、アシッド・ジャズの客層にはフィットしなかったんだけどね。

9. Whatgabouthat (featuring Tiger)
 さすがにほとんど予備知識のない状態で書いてるので、「Tiger」だけじゃどんなアーティストなのか、さっぱり調べがつかなかった。Youtubeに転がっていた静止画によって風貌がわかったけど、う~ん胡散臭い。

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10. Soul Flower (featuring The Pharcyde)
 ラストは大団円、パーティ・トラックっぽいハッピー・チューン。なんとなくリップスライムっぽいところも日本人ウケしそう。マシンガン・トークを思わせる高速ラップはクドさがなく、しかも程よいチャラさがあるので俺的には好み。すっごい遅ればせながらだけど、これはちゃんと聴いてみようかな。「Passin' Me By」も良かったしね。





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アシッド・ジャズの親玉といえば - Working Week 『Working Nights』

folder 以前、「アシッド・ジャズ四天王」というテーマで、ジャンルを代表するアーティスト2組、IncognitoBrand New Heaviesのレビューを書いた。なんとなく思いつきで「四天王」と銘打ってはみたけど、じゃあ残り2組に該当するのは誰なのか、ということを先日真剣に考えてみた。
 名実ともにジャンルを代表し、セールス実績や知名度、「これがアシッド・ジャズだ!!」とビギナーにも紹介できるほどのキャラクター・知名度を伴ったアーティストとして、真っ先に思いついたのがJamroquiだった。まぁこれはどこからも文句は出ないんじゃないかと思われる。ここまでは問題ない。要は最後の1ピースが誰なのか、ということ。

 もともとは90年代に隆盛を極めたジャンルであり、ダンス・ミュージックにカテゴライズされる音楽なので、長く続けてゆくことは難しいとされている。いわゆる「流行りモノ」なので、シングル1、2枚で解散してしまったり契約を切られたり、またはプロデューサー主導によってメンバーの流動が激しく、覆面プロジェクト的なユニットも少なくない。売れなければ即撤収、地道にコツコツ極める音楽ではないのだ。
 なので、アルバムを複数リリースできれば、それだけで充分大御所だし、ましてや前述3組のように活動を維持できてさえいれば、もはや奇跡的な確率とも言える。まぁこれはアシッド・ジャズに限った話ではないけど。

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 そういった厳しい条件をクリアしてきたアーティストとして、該当するのがCoduroyかJames Taylor Quartetという風になるのだけど、正直両名とも、前述3組と比べて大きく格落ちする感は否めない。Coduroyは断続的、JMQはコンスタントなライブ活動を行なっているけど、どちらもレコーディング音源という点においてはしばらく遠ざかっているし、現役感が希薄である。彼ら以外に敢えて挙げるとすれば、精力的な活動を続けているGilles Petersonだけど、彼はアーティストというよりはプロデューサー/オーガナイザー的なポジションであるし、現在の活動はアシッド・ジャズとの関連性は薄い。
 これをもう少し視野を広げ、日本国内に目を向けると、今年に入ってから俄然注目を浴びるようになったサチモス、または開店休業中のモンド・グロッソといったところか。サチモスはアシッド・ジャズのフォーマットにこだわって風はないし、大沢伸一のソロ・プロジェクトとなっているモンドもいつ再開するかわからないし。
 なので、今の時点だと4番目の席は空位となっている。誰かいねぇか、座りたいのは。今なら空いてるよ。

 四天王という括りとはちょっと外れて、その源流、アシッド・ジャズのパイオニアといった位置づけになるのがWorking Weekである。四天王の座争いについては意見が百出するだろうけど、プロローグを創ったのは誰なのか、という点において、この辺はあまり異論は出ないと思われる。
 もうちょっと遡ると、ポスト・パンク~UK発ガレージ・ロックのルーツ的サウンドを展開していたYoung Marble Giants → ジャズ/ラテン/ボサノヴァのエッセンスを加えたネオアコ・バンド Weekendを経たSimon Boothが、そのWeekendの発展形として結成したのが、Working Weekである。WeekendもWorking Weekも他ジャンルのリズムやメロディ進行の導入といったコンセプトは変わらないのだけど、いわゆるロック・バンド編成の域を出なかったWeekendではサウンド・メイキングにおいても限界があり、大きくセールスを伸ばすこともなく、単発プロジェクトに終わってしまう。
 方向性としてはどっちも一緒なのだけど、ネオアコの両巨頭であるOrange JuiceやAztec Cameraと比べてメロディのポップさは少なかったし、正直、Simonのビジョンを具象化するためには、ガレージ・バンドの延長線上では無理があったのだ。
 Weekendを終了させたSimonは、当時のロンドンで最もヒップなクラブ「Electric Ballroom」でヘビロテされていたフュージョン・サウンドに活路を見出し、Larry Stabbins (sax)とJulie Roberts(vo)を固定メンバーに据え、フレキシブルなユニット・スタイルのWorking Week結成へと動く。

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 SimonやGilles Petersonらが注目した70年代末のフュージョン・サウンドは、ハードウェアの進化とシンクロするように勢力を拡大し、80年代初頭には成熟期を迎えていた。由緒正しいオーソドックスなモダン・ジャズは過去の遺物となり、有能で目端の利いたミュージシャンらは、こぞってエレクトリック楽器への転身を図っていた。
 ポピュラー音楽の中での純正ジャズのシェアは大きく目減りして、絶滅危機にさらされた野生動物よろしく、一部のマニアによってどうにか支えられている状態だった。頑なにアコースティックにこだわる者も少なくなかったけど、そんな彼らも古色蒼然とした4ビートでは懐メロの対象にならざるを得ず、生き残ってゆくためにソウル/ファンキーのリズムを取り入れたり、また一周回って新鮮に感じるラテン・テイストを導入したりもした。どちらにせよ、旧来のジャズは場末のライブハウスかレコードの中でしか存在しなかった。ジャズにおいては保守派の多い日本だと、評論家界隈・ジャズ喫茶周辺で息をつける場所はあったけれど。

 で、70年代を通過してきたジャズ・ミュージシャンなら、誰でも1回くらいは通過しているフュージョンだけど、特に日本においては爆発的かつ根強い人気を誇っている。一般的に単調な響きであるアコースティック・ジャズより、電気増幅されたロック寄りのサウンドは耳触りもよく敷居は低い。プレイヤビリティを重んじるジャズをプレイしてきたミュージシャンらが、ロックと同じ機材を使うわけだから、当然アンサンブルの乱れは少なく、インプロやアドリブのパターンだって幅が広い。総じてテクニック的にはおおむねジャズ≧ロックだし。
 理路整然とした超絶プレイや機材スペックなどに強いこだわりと執着心を持つ日本のリスナーにとって、フュージョンというジャンルは親和性が高かった。時代的にソフト&メロウ、ライトなサウンドが嗜好されるようになった80年代に入ってからは、特にその傾向が強まった。

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 70年代後半のロック・シーン自体、現場感覚バリバリのパンク/ニューウェイヴの勃興によって、商業主義に飲み込まれた旧来のロックが、途端に時代遅れのものとされた。プレイヤビリティ重視という点においてはジャズとの共通点も多かった、ロック最後の牙城プログレも、Crimsonの解散 & ディシプリン、Yesの解散 & ロンリーハート、Asia大ヒットなど、時流に乗ってポップ化著しい有様となって、次第に形骸化していった。
 アーカイブ・ブームが到来するまで、旧来ロックにとってはある意味、冬の時代だった。先鋭的なミュージシャンはロック以外の何か、ライトで見栄えの良いフュージョンに手を染めていた。

 ただ、そんな栄華の日々もいつまでも続くはずがない。成功事例のデータベース化が進むと共に、そこには必勝パターンとしてのフォーマットが生まれるようになる。MIDI機材によるサウンドの画一化は、特定のシチュエーション・ユーザーへ向けての工業製品としては優秀だけれど、各アーティストの個性を殺し、記名性を奪う結果となった。
 レコード会社側もReturn to ForeverやWeather Reportの劣化コピー的な製品をアーティスト側に要求し、特に実績のない者へのマウンティングは容赦がなかった。基本、ジャズ方面のミュージシャンだからして、テクニック的には誰でも申し分がない。なので、売れてるグループと同じ楽器を使えば、それなりのクオリティの商品が出来上がってしまう。それぞれのオリジナリティによって、多少の差別化は図れるだろうけど、そんなのも誤差の範囲でしかわからず、営業サイドとしては大きな違いはない。安定した商品供給があれば、それで充分なのだ。商品そのものにエゴは必要ない。むしろジャマなだけだ。

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 ブームの終焉と共に、劣化コピーのさらなる焼き直しでお茶を濁していた連中は、次第に淘汰されるようになる。その後、フュージョンという音楽はテレビ番組のBGMくらいでしか耳にする機会がなくなり、食い詰めた連中はニューエイジやヒーリング・ミュージックなど、スピリチュアルな方面は活路を見出すことになる。彼らにだって生活がある。それはそれで、またひとつの生き方だ。
 生き残った連中は、以前のプログレが通った道をなぞり返すかのように、レコード音源と寸分違わず正確無比なプレイ、それを支えるバカテクのプレイヤー、歌詞カードやジャケット裏にやたらと詳細な機材スペックを乗せるようになる。地味ながらもフュージョンの需要が続く日本では、一部のマニアックなユーザーには歓迎され、細く長く生き続けてゆくことになるのだけれど、それはまた別の話。

 で、そういった表舞台へは出なかったジャズ系プレイヤーの一部は、ポピュラー系のセッション・ミュージシャンとして頭角を現すようになる。末期のSteely Dan、70年代のJoni MitchellやCarole Kingらのアルバムは、ほとんど彼らによって作られたようなものである。ロックの初期衝動ではなく、円熟したテクニックを希求した結果が、彼らをジャズ志向に走らせることになる。
 それらのコラボレーションは多くの奇跡を呼ぶ結果となり、特にSteely Dan『Aja』『Gaucho』はクオリティだけでなく、セールス結果としても充分な成果を残した。Joniもそのまんま、『Mingus』なんてアルバムを制作しているし。まぁ彼女の場合、当時付き合っていたJacoやLee Ritenour、その辺の絡みもあるのだけれど。

 こういった本来の意味での「フュージョン/クロスオーバー」から派生するように、ジャズ・サイドからのアプローチとして、今度はポピュラー側のシンガーをフィーチャーしたトラックを、フュージョン系バンドが制作する、というパターンが生まれてくる。これまでのモード・ジャズ+ジャズ・シンガーという組み合わせではなく、ソウルのフィールドで活躍していたシンガーとスタジオに入り、フュージョンのメソッドでトラックを制作する、という流れである。
 もともとはQuincy Jonesが70年代にMinnie Riperton やLeon Wareをフィーチャーしたアルバムを制作したことに端を発するのだけど、それよりもっとプレイヤー・サイドに重点を置くことで、インストゥルメンタル≧ヴォーカルといったポジショニングが可能となった。仕上がり具合はメロウR&Bと大差はないのだけれど、何よりバックトラックに重点が置かれているので、サウンド的にも厚みがまるで違ってくる。

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 ヴォーカル・トラックの利点として、アルバム構成的にメリハリがつくこともあるけれど、何よりもラジオでのオンエア率が格段に上がる。ジャズ専門局以外にも販路は広がるので、営業サイドとしても売り込みがしやすくなる。
 そんなハイブリットが最も上手くハマったのが、Crusaders & Randy Crawfordの「Street Life」である。
 以前もちょっとだけレビューしてるけど、ジャズとR&Bのクロスオーバーという試みにおいて、最も完成系に近いのがこの曲だと、俺個人的には思っている。フュージョンのヴォーカル・トラックで最良のモノを、という問いかけがあるのなら、これをピックアップする人は多いだろう。もっといい曲があるのなら、それは俺の勉強不足なので、誰か教えて。

 で、クロスオーバーという方法論は、何もジャズ+ソウル/ファンクだけに限ったものではない。アシッド・ジャズの発祥と同調するように、ロックの中でもミクスチャーというムーヴメントが興ったように、それらは同時発生的な現象でもある。
 いわゆるパンク後の旧来ロックの価値観崩壊以降、ロックというフォーマットが不定形,何でもアリの状態となってから、ラウドなサウンドのアンチテーゼとしてのネオアコが生まれ、その潮流の中にいたWeekendの発展的解消の先に、Working Weekは存在する。すっごく乱暴に言ってしまうと、「ロック以外なら何でもいいんだっ」という、旧来の価値観への強烈なアンチという点においては、パンクのイディオムに沿ったものである。

 この方法論を同時期に志向していた一人がJoe Jacksonであり、彼もまたストレートなパンク~ロックンロールでデビューしながら、次第にラテンやジャズのテイストを強めていった。この人ももう少しシャレオツ度が高ければ、Working Weekと同じ路線を辿ったかもしれないけど、彼らとちょっと違ったのは、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックで本格的に楽理を学んできたインテリであり、ロジカルな部分が強かった。体より頭、当然、ダンスに長けているわけではない。そこら辺がちょっと残念でもある。
 で、フィジカルな部分をクローズアップして、リズム面もクラブ・シーン仕様にアップデート、そこにアーバンなシャレオツ感を足して生まれたのが『Working Nights』であり、アシッド・ジャズの始まりとなった、という結論。


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1. Inner City Blues
 ご存じMarvin Gaye『What’s Going On』収録曲のカバー。後期Marvinのナンバーがカバーされる際の共通点として、アレンジはほぼそのまんま、ちょっとモダンにアップデートした程度で、原曲をぶち壊すほどの改変はあまり見られない。それだけ完成度が高いことの証明ではあるけれど、同時に、Marvinナンバーをカバーするアーティストの多くが彼へのリスペクトを包み隠さずにいること。言ってしまえば、誰もがこの世界観に憧れているのだ。
 コンガを多用したソフトで複合的なリズム、ゴージャスなストリングスの多用といい、「もし1984年にMarvinがリ・レコーディングしたとしたら」という仮説のもとに制作された、時空を超えて古びることのないアシッド・ジャズの基本フォーマット。シングルとしては、UK最高93位。



2. Sweet Nothing
 バンド・サウンドにこだわっていたなら絶対作れない、女性ヴォーカルJulie Robertsが情感たっぷり歌い上げるR&Bナンバー。広がりのある楽曲は映像的でもあり、『007』シリーズの劇中歌としても通用するクオリティ。こんな老成したナンバーを、つい数年前までガレージ・ロックを演っていた20代の若造が作ってしまうのだから、英国の底深さよ。

3. Who's Fooling Who
 そう、彼らを源流とするアーティストのひとつにSwing Out Sisterがいたのだった。フラッパーなジャズ・ナンバーは80年代の陰鬱としたゴシック・パンクの対極として位置し、またフェアライトやDX7で安易に作られたポップ・ソングへのアンチとしても機能する。
 Working Weekのジャズ的要素をポップに展開したのがSwing Out Sisterであり、R&B的な解釈を強調したその先に、Sadeがいる。

4. Thought I'd Never See You Again
 ラテンのビッグ・バンド、往年のボールルームを想起させる、こちらもタイムスリップしたかのような錯覚に陥るナンバー。狭義のアシッド・ジャズとは外れてラテン色が強く、長いアウトロでのホーン・セクションのインパクトが強い。ファンキーなだけじゃない、スウィングすることも大事だよ、と教えてくれるグルーヴィー・チューン。UK最高80位をマーク。

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5. Autumn Boy
 再びラテンが続く。テンポを落とし、グッと聴かせるスロウ・ナンバー。アーバンでトレンディな空間演出にはピッタリ。いや皮肉じゃなくて。
もう一人のメンバーであるLarry Stabbinsのソプラノ・サックスがまた哀愁を誘うトーンで、それでいてどこかドライな視点を忘れずにいるのが、時代に消費されずにいる証拠だろう。これがもっとウェットだと、Kenny Gみたいに下世話になってしまう。

6. Solo
 カリプソのテイストを加えたリズムは、踊りよりむしろ幕間の休息を強いる。そこに躍動感は必要ない。汗を冷やし、そして身体は火照る。Julieの歌声はダンスフロアの嬌声を鎮める効果を放つ。

7. Venceremos
 すべては、ここから始まった。
 ここでヴォーカルを取るのはRobert Wyatt、Claudia Figueroa、Tracey Thornの3人。Claudiaのことはよく知らないけど、プログレ・バンドSoft Machineのメンバーとして、俺的にはElvis Costello 「Shipbuilding」のオリジネイターとして有名なWyatt、そして伝説のインディーズ・レーベル、ブランコ・イ・ネグロの歌姫として、Everything But the Girlで活動していたTraceyが、下世話な話だけどノーギャラで参加している。
 スペイン語で「我々は勝利する」というこの言葉は、1973年、軍事政権下のチリで弾圧された末に射殺された反政府派のシンガー・ソングライターVictor Jaraのプロテスト・ソングと同名異曲で彼に捧げられている。まだWorking Week結成前のSimonによるレコーディング・プロジェクトに賛同したミュージシャンの中に、その3名のヴォーカリストがいた。ただのシャレオツなポップ・ソングじゃないところが、80年代UKの隠れた闇の一面でもある。伊達にパンクを通過してきた連中ではないのだ。
 何の後ろ盾もなかったプロジェクトにもかかわらず、クラブ・シーンでのヘビロテが草の根的に広まり、最終的にはUK最高64位をマーク。手ごたえを掴んだSimonは本格的なプロジェクト結成へ動くこととなる。



8. No Cure No Pay
 ラストはエピローグ的なインスト・ナンバー。華麗なるショウの一夜も終わり、新たな週末の夜が来るまで、ダンスと音楽はおあずけ。週明けからは、また仕事の始まりだ。



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アシッド・ジャズ界四天王の一人、重鎮担当 - Incognito 『Amplified Soul』

folder 2014年にリリースされた、なんと通算16枚目のオリジナル・アルバム。
 ちょっと中途半端な区切りだけど、この年が結成35周年のアニバーサリーとなるため、アルバム・プロモーションも兼ねて大々的な世界ツアーを行なっている。結構な大所帯にもかかわらず、全世界を股にかけてマメにドサ周りしている印象なのだけど、今の時代、パッケージ・メディアも含めた音源自体が売れない時代なので、店頭に置いて買ってもらうのを待っているよりは、アーティスト側が自ら現地に出向いてライブ・パフォーマンスを行なった方が、よっぽど見入りが良い。そういった傾向は全世界的な流れなので、こういった場合、すでに知名度を確立しちゃってるライブ・バンドは強い。地道な努力が直接実を結ぶので、彼等にとってはいい時代である。
 実はこのバンド、30周年を迎えた時もアニバーサリー的なアルバムをリリースしており、その記念作『Transatlantic R.P.M.』はChaka KhanやLeon Wareなど豪華ゲストを迎えてコラボレートした、オールド・ソウル/ファンク好きのユーザーにとってはたまらない内容だった。何かと理由をこじつけて大騒ぎするのはオメデタイ気もするけど、もともとの音楽性にラテンも含まれているため、そういったのもアリなんじゃね?とも思ってしまう。

 その創立35周年記念ということだけど、70年代末から活動を開始したUKジャズ・ファンク・バンドLight of the Worldがメジャー・デビューにあたってIncognitoに改名、1981年からキャリアがスタートする。デビュー・アルバムのタイトルはそのまんま『Jazz Funk』。直截的なタイトルから硬派で理屈っぽいフュージョン系のディープ・ファンクが想像されるけど、試しに聴いてみると何のことはない、今のIncognitoにも通ずるチャラいフュージョンである。ヴォーカルレスのため色気はないけど、ファンクの「ファ」の字もないライト&メロウなサウンドは、これはこれでアシッド・ジャズのルーツと言ってもいいくらい。
 ただ、当時はフュージョン自体が下火になりつつあり、スムース・ジャズ的な軽いサウンドはセールス的に目立った成果を上げることができなかった。最初から単発だったのか、それとも契約更新できなかったどうかは不明だけど、その後Talkin Loudと契約してアシッド・ジャズ・ムーヴメントの中核を担うに至るまでは、ほぼ10年のブランクがある。
 その10年の間、彼らがどのような活動を行なっていたのかは、俺の勉強不足もあるけどちょっと不明。その辺を突っ込んだレビューや記事を見たことがないので、誰か詳しい人教えて。

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 そんな空白期間を抜くと、それでも堂々と実質25年。まぁこっちの方がちょうど四半世紀でキレがいい感じもする。で、その中でほぼ1〜2年のペースで16枚もの新作アルバムをリリースし、それにベストだのリミックス・アルバムだのライブ・アルバムだのが加わるので、何かと忘れようがない。お歳暮とお中元を欠かさず寄越す律儀な親戚のような人たちである。
 とにかくアイテム数がめちゃめちゃ多いバンドなので、すべてを把握するのは不可能に近い。アルバムだけならまだしも、シングルのミックス違いや各国ヴァージョン違いにまで手を出したら、それこそキリがない。多分、自分らでも正確に把握してないんじゃないかと思われる。
 バンドとは言っても半分プロジェクト的な緩いメンバー構成のため、ミュージシャンやヴォーカリストらの負担はそれ相応にあるだろうけど、incognito の創設メンバーであり司令塔のMatt Cooper (key)とJean-Paul 'Bluey' Maunick (g)、実質彼ら2人がIncognitoそのものであり、この四半世紀はずっと働きっぱなしである。先に挙げたレコーディング作業に付け加え、さらにリリースごとにワールド・ワイド・レベルのツアーを行なうのだから、いつ休んでるの時給換算したらどうなっちゃってるの、とこちらが心配になってしまう。いや、多分こういう人たちって、きちんと節目ごとに長期バカンスを取ってリフレッシュし、プロジェクト開始と共に馬車馬の如くハード・ワークをこなすスタイルを作り上げているのだろう。じゃないと、ここまで長続きはしない。

 ただ結成30周年を迎えた辺りから、音楽的にも気持ち的にも何となくひと区切りついちゃったのか、Incognito 本体の活動ペースとはまた別にこの2人、Citrus Sunという別プロジェクトも始めちゃったりしている。リズム隊はほぼIncognito そのまんま、サウンド・コンセプトも「ちょっとメロウさを強めた70年代ソウル/ファンク/ジャズ/ラテンをベースにしたクラブ・ミュージック」といった具合なので、「Incognitoと何が違うのか?」と突っ込まれちゃうと、本人たちとしても「名前が違うだろ!」と半ばキレ気味に開き直るくらいしかないのだけど、あながち間違ってはいない。それって結構大事なことで。
 Incognitoクラスのバンドになると、その周りでサポートするスタッフやブレーンの数がハンパなく、もはやひとつの会社みたいなものになっちゃってるので、メンバーの独断だけで行動することが難しくなる。根拠のない新機軸は制止されるし、何かひとつアクションを起こすにも、会議やミーティング・稟議のやり取りというワン・クッションによって、フットワークは重くなる。
 クリエイティヴな作業をメインとしたアーティストとは相反する存在の彼らではあるけれど、ある程度メジャーになった海外アーティストにとって、周辺雑務をクリアにしてくれるエージェントの存在は必要不可欠である。彼らのような存在がいるからこそ、バンドはクリエイティブな作業に専念できるし、アニバーサリーごとの大規模イベントも滞りなく行なえる。それは理屈ではわかってはいるのだけど、時にそれがウザったく思えてすべてを投げ出したくなってしまうのも、またアーティストの性でもある。
 なので、時々こうやってIncognitoの看板をはずし、ちょっとしたガス抜き、友人を交えた気ままなセッション・バンドといった趣きでCitrus Sunは断続的に活動している。下手にセールスを上げてしまうとまためんどくさくなるので、言うなれば大っぴらな税金対策、セールスのプレッシャーから解放されて気ままな演奏を楽しむメンバーらがそこにいる。

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 で、このアシッド・ジャズ、基本は90年代を中心として広まったジャンルであり、さほど深い歴史はない。深さもそうだけど幅の広さもそれほどではなく、極端な話、アシッド・ジャズの2大巨頭であるIncognitoとJamiroquai 、それと前回レビューしたBrand New Heaviesを押さえてしまえば、このジャンルのおおよその概要は掴めてしまう。もうちょっとディープなエリアに踏み込むと、James Taylor QuartetやCorduroyなんかが後に続くわけだけど、そこまで深く掘り下げずに他のジャンルへ移行してしまう人の多いこと。ていうか、それが俺だけど。
 2大巨頭プラスワンの3組はそれなりにキャラも立っており、実際シングル・ヒットも多いのだけど、彼ら以外のアーティストになると、急に格落ちというか、ちょっと薄すぎて物足りなく感じてしまうことが多い。特にアシッド・ジャズの中でもサウンドに力を入れたインスト率の高いアーティストの場合、変にシャレオツに偏り過ぎてカクテル・ジャズみたいになってしまい、これなら本物のモダン・ジャズを聴く方がよっぽどいい、ということになってしまう。そんなフヌケたBGMを聴くのなら、もっとプレイヤビリティにこだわったジャズ・ファンクの方にシンパシーを感じてしまい、早々にアシッド・ジャズから足を洗っちゃう人も多い。ていうか、それも俺だけど。

 そんな経緯もあった俺の中で、アシッド・ジャズというのはいわゆるプラットホーム的なもの、そこを入り口として様々なジャンルへ向かう「通過点的なジャンル」だと勝手に理解している。雑多なジャンルの複合有機体として誕生したアシッド・ジャズ、その音楽性はあらゆる可能性を内包しており、ある意味過去の遺産へのリスペクトやオマージュが色濃く反映されている音楽である。
 そうしたアーティストらの強い想いに呼応して、彼らのルーツであるオールド・ファンクや60〜70年代のソウル・ジャズ、ラテンやレゲエへ遡り、さらにディープなレアグルーヴの広大な裾野に足を踏み入れた人も多いはず。これがダンスビートの方に興味が行くと、これまた広大な大平原となるヒップホップ方面へ向かうことになるのだけど、俺はそっちへは行かなかった。まぁそれこそ、人それぞれ。


Amplified Soul
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Incognito
Imports (2014-06-10)
売り上げランキング: 57,822




1. AMPLIFY MY SOUL (PART 1) 
 エロティック・ソウルのオリジネイター Marvin Gayeへの熱烈なオマージュ。あまり尾を引くとクドくなるので、サラッと3分弱でまとめている。プロローグで見せる引きの美学。

2. I COULDN’T LOVE YOU MORE 
 近作で重宝されることの多いVanessa Haynes がリードを務めるアシッド・ジャズの定番フォーマット的ナンバー。ちょっとハスキーなシルキー・ヴォイスは殿方の官能を刺激する、ってなんか安手のコピーだなこれじゃ。Incognito にはそういった下世話さがいい意味で似合う。ここぞとばかりに張り切る間奏のBlueyのナチュラル・トーンのギターはDavid T.Walkerを彷彿とさせる。

3. RAPTURE 
 ギターのカッティングがややファンキーだけど、ファンクと言い切ってしまうほど濃くはない。なんでも「ほどほど」がアシッド・ジャズの持ち味なのだ。
 ここ2作ではお休みしていた歌姫Imaani が復帰、若々しくグルーヴィーなヴォーカルを披露。UKだとこのタイプのシンガーって多いんだろうけど、きちんと記名性の高いヴォーカルをキープできるのは、やはりバンドのネーム・バリューと高い音楽性の賜物。

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4. HANDS UP IF YOU WANNA BE LOVED 
 今回初参加となるKatie Leone がリードを務めるマイナー・タッチのR&Bナンバー。Chaka Khanタイプのファンキー・ディーヴァは新参者にもかかわらず、グイグイバンドを引っ張っている。Blueyが太鼓判を押すのもわかる激情ヴォーカルは、案外しっくりサウンドに溶け込んでいる。

5. HATS (MAKES ME WANNA HOLLER)  
 誰が聴いてもわかるように、Pharrell Williams “Happy” を連想してしまう、軽快なモータウン・ポップ。ここまでストレートにやっちゃうと、逆に爽快ささえ感じてしまう。ここ最近はSadeのツアーでしばらく欠席していた男性ヴォーカルTony Momrelle が久々に復帰、Pharrellにも勝るとも劣らぬチャラさを披露している。そうだよな、まさかあのSadeの前でこんなはっちゃけた姿、見せられないもんな。



6. SILVER SHADOW 
 再びVanessa 登場。このアルバムでは唯一のカバー曲、1985年リリース、80年代モータウンを代表するグループAtlantic Starrのシングルで、UKでは最高41位の中ヒット。イイ感じに微妙なチャート・アクションのナンバーを持ってくるところあたりが彼ららしい。原曲が80年代特有のシンセ・ドラムまみれの軽いポップ・チューンだったのに対し、ここでは生演奏スタイルによってサウンドに厚みが増し、軽くオリジナルを凌駕している。



7. DEEPER STILL 
 ここにきてかなりジャジーなテイストのアーバンなスロー・ナンバー。Erykah Baduを彷彿させるヴォーカルは若干22歳、今回が初参加の Chiara Hunter。ていうか音源デビューはこれが初。こんな逸材がワラワラ集ってきて、その中から秀でた者をピックアップするのだから、オーディションだけでも大変そう。売り込みだっていっぱいあるだろうしね。
 そういった激戦を勝ち抜いて来ているので、実力は言わんと知れている。まぁ若いからだろうけど、もうちょっと場数を踏めば、もっと持ち味を活かせるんじゃないかと思えてしまう、可能性を感じさせる1曲。

8. AMPLIFY MY SOUL (PART 2) 
 第2章を告げるインスト・ナンバーはメロウなサキソフォンの調べ。なんかこう、Incognitoにはこういったトレンディな言い回しが似合う。ていうか俺がそんな気分になってしまう。ある程度以上の年齢層に向けて、ピンポイントで魅了してしまう色気があるのがこの人たち。

9. SOMETHING ‘BOUT JULY
 再びTony登場。先ほどはちょっとオチャラケ気味だったけど、ここでは本来の持ち味を活かしたオーソドックスなAOR風味のソウル・ナンバー。モダンジャズ・テイストの濃いシングル・ノートのピアノがジャジーさを与えている。ここはコンポーザーとして地味な役割だったMattがここぞとばかりにセンスを披露している。
 でも6分はちょっと長いかな。4分程度に収めたら、もっとタイトに仕上がったんじゃないかと思う。

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10. DAY OR NIGHT
 KatieによるIncognitoらしいミドル・テンポのジャジー・テイスト・ナンバー。歌いこなすのは結構難しい曲なのだけど、これをきちんと自分のモノとしてしまうこと、またこういったハイレベルな楽曲を彼女に委ねていることから、今後のIncognitoの中枢を担うヴォ―カリストとして認められてることがわかる。

11. WIND SORCERESS
 70分超のアルバムのため、LPで換算すると、この辺が折り返し、2枚組アルバムの1枚目が終わる頃。そういった計算でここに配置されたと思われるインスト・ナンバー。夕暮れの海沿いを思わせるトランペットの響きはメインストリーム・ジャズそのもの。俺的にはこういったトランペット・ソロはすべて「金曜ロードショー」のオープニングを連想してしまう。

12. ANOTHER WAY
 ここに来てやっと登場、Blueyと共にIncognitoを象徴する歌姫Carleen Andersonによるソウルフルなナンバー。ここまであらゆるヴォーカルが入れ代わり立ち代わりでニュー・タイプのIncognitoを彩っていたけど、やはりこの人が歌うだけで、バンドのレベルがグンっと上がる。もはやアシッド・ジャズと呼ぶこともできない、正当なソウル・スタンダード。たった4分、たった4分しかないのが惜しまれる。あぁもっと聴いていたいのに。



13. I SEE THE SUN
 初参加 Deborah Bondによる90年代Incognitoを彷彿とさせるR&Bナンバー。もともとソロでも2枚のアルバムを出しているため、それなりに実績はある。ただ、このメンツの中ではちょっとヴォーカルは弱いかな。ここで急に厳しい目線になるけど、こここはDeborahじゃないと、というパーソナリティが浮かび上がって来ないのだ。多分、彼女じゃなくてもそれなりに歌いこなせてしまいそうな曲だしね。
 もしかしてこれから重宝されるかもしれないので、単なる選曲ミスと思っておこう。

14. NEVER KNOWN A LOVE LIKE THIS
 これもIncognitoとしては手癖で作られたような、ほんと「らしい」曲なのだけど、ここは珍しくデュエット・ナンバー、TonyとVanessaによる掛け合いが絶妙。サビのベタな転調でも、長いことやってる2人、バンドのツボを心得たようなヴォーカライズを聴かせている。ちょっとラテンが入ってるのもまた官能を刺激する感じでグッド。



15. THE HANDS OF TIME
  引き続きVanessaのソロ。すっかりIncognitoで自分のポジションを築いてしまった彼女、やはりオイシイ曲は彼女に回ってくる。決して美声ではないけれど、その声の揺れがまたバンド・サウンドにうまくフィットするのだろう。歌のうまさは人並みだけど、どこか聴く者、プレイヤーの感情にダイレクトに響く性質とエモーションを内包している。やはりテクニックだけでは人を感動には導けないのだ。百戦錬磨のBlueyとMattにはその辺がよくわかっている。

16. STOP RUNNING AWAY
 ラストはなんとBlueyによるオーセンティックなソウル・ナンバー。「細い声質のソウル・シンガーはすべてCurtis Mayfieldになってしまう」という、俺の勝手な法則通り、彼もまた適所にファルセットを多用している。ほんとはMarvinになりたかったんだろうな、きっと。でもコンポーザー的資質の方が勝っていたため、本格的なシンガーにはなれなかったけど、ここはちょっとした特権乱用ということで。



 アシッド・ジャズ界四天王のうち、Jamiroquaiはパーリーピーポー担当、Brand New Heaviesはクラブ担当というイメージ。じゃあ最後の黒幕は誰なのかと言えば、ちょっと思いつかなかった。誰か勝手に埋めてくれたらありがたい。


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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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