好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

80年代ソニー・アーティスト列伝 その11 - バービーボーイズ 『Freebee』

Folder 比較的、王道スタンダードな方針のCBSに対し、80年代のエピック・ソニーは、その幅広いアーティスト・ラインナップから、恐ろしく懐の深い企業であったことで知られている。ほぼ同時代に、佐野元春とラッツ&スターと一風堂とモッズとが、同じレーベルでひとくくりにされていたのだから、考えてみればポリシーのない組み合わせだよな、これって。
 当時のレコード会社のディレクターは、一応会社員ではあるけれど、それぞれが独立した独り親方のようなものだった。それぞれ、自分の好みと感性に合ったアーティストを探し出し、それぞれ独自の戦略やコネクションで営業戦略を立ててこそ、一人前とされていた。特に、レコード会社としては新興だったソニーは社員の平均年齢も若く、業界の慣例やしきたりに縛られることも少なかったため、何かにつけしがらみの多い老舗では、思いもつかない手法を次々と編み出していた。
 それまで他社があまり力を入れてなかったビジュアル面の充実を図るため、若手カメラマンやスタイリストを積極的に起用して、スタイリッシュなグラビアやPVに予算を割いたのは、ソニーが最初である。それだけならまだしも、そのグラビアを広く世に広めるため、雑誌まで作ってしまったところに、80年代ソニーの凄さがある。宣伝媒体のインフラまで整備しちゃうのは、なかなかの大ばくちだよな。でも売れてたんだよ、パチパチ。

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 そんな風に、何でもかんでもスタイリッシュに染め上げてしまうソニー・メソッドにうまくフィットしたのが、バービーボーイズである。
 ロック・バンド特有の泥くささを感じさせない男女ツイン・ヴォーカルと、スタイリッシュなバンドマンの理想像だったギタリスト、エキゾチックなラテン系風貌のベース、ドラムは…、この人だけは普通だったかな。
 ビジュアル映えする個性的なルックスの集合体は、新進気鋭の映像ディレクターやカメラマンにとって絶好の素材であり、バービーの登場は、従来の汗くさいロック・バンドのイメージをガラッと変えた。
 ギターのいまみちともたかは、番長タイプとは真逆の知性派不良のイコンとしてカテゴライズしやすく、当時の少年漫画のモデルとしてよく使用されていた。コンタの首から下げたソプラノ・サックス、フレアスカートをはためかせながら激しく踊る杏子など、記号化しやすいキャラクターは、個性派がそろうソニー系アーティストの中でも群を抜いており、早いうちからビジュアルの認知度は高かった。

 近年も、RGと鬼奴のモノマネによって、リアルタイムでは知らない世代への認知度も高まっている。もともとアラフォー以上の年代からの支持は高値安定しており、アンチの少ないバンドである。
 ただバービー、いわゆるロックの歴史の流れにおいては、相当軽んじられた存在である。決して本流ではなく、常に傍流を走ってきた彼ら、通常のロック・バンドのフォーマットからは、ことごとく逸脱した存在である。
 シングル・ヒットも多いため、その逸脱加減は見えづらいけど、姿勢としてはかなりプログレッシブである。
 日本人には馴染みの深いマイナー・メロディと、U2やPoliceをルーツとしたUKギター・ロックのバタ臭いサウンド、コンタが高音を歌い、杏子は低音パートという前代未聞のヴォーカル、ハイポジションでやたら手数の多いベース、ドラムは…、まぁ堅実だよな。しかも、ギターというリード楽器があるにもかかわらず、さらにソプラノ・サックスまでぶち込んでしまうごった煮感。
 本来ならうまく混じり合わず、やたらテンションだけが高いフリーフォームになってしまうところが、いや実際にバラバラなのだけど、「普通のロックに収まりたくねぇ」という想いによってベクトルがひとつになって、何だかいつの間にまとまってしまう、という摩訶不思議さ。
 こうやって文章にすると、何だか支離滅裂なサウンドを連想してしまうけど、そんな力技感が感じられないのは、メンバーそれぞれの技術的ポテンシャルの高さ、そしてリーダーいまみちのプロデュース能力に拠るところが大きい。

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 ビジュアル的にも十分キャラ立ちしてるしUKニューウェイヴの加工輸入サウンド+深いリヴァーブのギターは独自性が強かったし、「ふしだら」「よこしま」「悪徳」など、Jポップではあまり使われないけど英語的な語感の言葉に光を当てて新たな価値観を生み出したり、アーティストとしてのバービー=いまみちの功績は大きい。
 一歩間違えれば、斜め上のイタいサブカル・バンドで終わっちゃってたはずなのに、奇跡的なキャラクター・バランスの均衡と、80年代イケイケだったソニー戦略とうまくフィットしたことによって、後世まで語り継がれ愛されるバンドとなった。
 でも、時代を先導してたわけじゃないんだよな。あくまで脇道を独り全力疾走してた感が強いのが、バービーの特異性である。

 GS~はっぴいえんどをルーツとした「正調」ロックの歴史と、アングラ~ニューウェイヴから連なる「裏街道」ロックの歴史という2本の縦軸があったとして、その時系列とは違うベクトルで活動してきたのが、バービーである。ていうか、80年代ソニーそのものが独自の時系列を形成していたこともあって、一般的なロックのルーティンとは微妙にずれたアーティストの多いこと。米米や爆風スランプだって、ソニーがなかったら決して表に出てこれなかった連中だ。逆に言えば、一般的なロックのフォーマットとは距離を置いてきたこと、その距離感こそが彼らの確固たるオリジナリティの形成に役立ったとも言える。

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 たまに雑誌やネットの企画で出てくる「日本のロックの歴史」において、バービーが大きくフィーチャーされることは、あんまりない。同時代の代表的バンドとして連想するのが、レベッカやBOOWY、ブルーハーツといったところだけど、バービーの扱いといえば「その他大勢」、メインで取り上げられることはほぼない。記号化されたキャラクターと、音楽以外に起伏の乏しいバンド・ストーリーは、いわゆるロック村の住人にとっては感情移入しづらいのだ。
 劇的なサクセス・ストーリーとかメンバー・チェンジとか恋愛スキャンダルでもあれば、いい意味での生臭さが出たのかもしれないけど、そういった人間臭さが出た後期、バンドはすでに修復不可能、活動休止に入ってしまっていた。日本人的なウェット感を表に出さず、あっさり解散の道を選んだあたりにも、つかず離れずの距離感を保ち続けていたバンド内のパワー・バランスが窺える。

 で、彼らにとって2枚目のアルバムとなったのが、1985年リリースの『Freebee』。デビュー作からわずか8か月でリリースされ、オリコン最高18位をマークしている。
 ソニーのアーティストによくありがちなパターンだけど、デビューして間もなくの彼らはキワモノ扱いの枠に組み込まれていた。ロックの通常パターンにはない男女ツイン・ヴォーカルというスタイルが「ロック版ヒロシ&キーボー」と称され、しかもロックの常套句にはない言語感覚のタイトルや歌詞がまた、いわゆる「本格派」のロック村からは敬遠されていた。
 かつて70年代、「日本語でロックは可能か?」という命題があって、有名無名も含めて業界内では一大論争となったらしいけど、80年代に入ると躊躇なく英語を自在に操る佐野元春が現れ、そして桑田佳祐がさらに一歩踏み込んで、「英語っぽく聴こえる日本語」の多用によって、そんなしちめんどくさい垣根を取り払ってしまった。
 そこからは「英語でも日本語でも、メロディに乗ってればどっちでもいいんじゃね?」的にユルいムードに移行してゆくのだけど、85年はまだその過渡期にあたっており、70年代の残党がまだ幅を利かせていた。なので、バービーのファンはもっぱら、過去のしきたりや先入観とは無縁なティーンエイジャーが多くを占めていた。

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 で、そんなイロモノ枠の先入観が取り払われるようになったのが、ここからだったんじゃないかと、今になって思う。その決定打となったのが、U2~Steve Lillywhiteへのリスペクトとなった「チャンス到来」、そしてソニー的人生応援歌の源流のひとつとなった「負けるもんか」の2曲。
 どちらもいまみちによる強烈にクセの強いサウンド・デザインによって、既存の意匠を使いながら、結局はオリジナリティの方が勝る仕上がりになっている。アルバムの主軸となる2曲の存在によって、ティーンエイジャーへの認知度は一気に広まることになる。


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バービーボーイズ
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1. midnight peepin'
 ミディアム・スローに聴こえるのに、タイトなドラム・プレイと地表をうねるベース・ラインがスピード感を演出している。ギターとヴォーカルを取っ払っても十分成立してしまうところに、バービーの奥深さがある。ギター・フレーズ自体はオーソドックスだけど、サスティンの効いた響きはほどよく空間を埋める。この奥行き感も、バービー・サウンドの魅力である。

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2. 負けるもんか
 12インチ・シングルで発売された、バービー初期の代表曲のひとつ。1.はほぼコンタのソロだったけど、ここでは杏子が大きくフィーチャーされる。ハスキーでハスッパな女を演じさせたら、彼女の右に出る者はいなかった。コンタもまたハスキーな性質であったけれど、杏子のような「憂い」がなかったため、時に一本調子になってしまうところを、勢いの良さでカバーしている。いい意味だよ、これって。



3. チャンス到来
 こちらも先行でシングル・カットされたミディアム・バラード。俺がバービーを知るきっかけになった曲。PoliceとJesus and Mary Chainの奇跡的な融合を軽々と実現するいまみちのコンポーザー能力は、同世代の中でも抜きん出ていた。考えてみればバービー、ほとんどシンセって使ってないんだよな。ほぼギターだけでメロディ・パートやっちゃうんだから、そのアレンジ能力はずば抜けている。

「チャンス到来 転がり込んで 秘密のジェスチャー」

 長い友達で気心も知れあって、お互い気があるのもわかっているはずなのに、きっかけがつかめずあと一歩が踏み出せない。そんな距離感の詰まり具合と曲の進行がうまくシンクロしている。



4. マイティウーマン
 ほとんどワンコードで進行する、ライブ映えするノリ一発のロック・チューン。間奏のコンタのサックス・ソロがPoliceへのオマージュっぽいのと、カッティング・ギタリストいまみちの迫真のプレイが堪能できる。

5. でも!?しょうがない(Riverside Mix)
 冒頭の杏子の「バカバカバカ」が強烈な印象を残す、歌謡曲テイストの濃いロック・チューン。こちらもシングル・カットされており、初期の代表曲として安定した人気を保っている。こうして聴いていると、ギター・ソロにそれほどこだわりのないいまみちのスタイルは、同じくリフ勝負のPete Townsendを連想させる。彼もまた、コンポーザー気質だったしね。

6. 悪徳なんか怖くない
 こちらも杏子の「なんてウソつきなの!!」という絶叫フレーズが頭に残るナンバー。こうして書いてると、なんだか一発芸扱いだよな。でも、当初はその破天荒さこそが彼女の魅力だったのだ。ひらつくスカートからのぞく美脚とあわせて。

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7. ドンマイ ドンマイ
 基本、自分で歌わないいまみちが作曲しているため、一応、2人のキーには合わせているんだろうけど、バービーの曲は総じてどれもフラット気味なケースが多い。循環コードをわざと外すようなサビを持つこの曲は、そのフラットさがうまく作用して、男の子の複雑な心境をうまく表現している。気のある女友達が彼氏とうまく行かなくなって、愛憎半ばでその相談に乗る男の感情の揺れが、妙にリアル。よく書けたよな、こんな歌詞。

8. ラストキッス
 この曲のみ、ヴォーカル・作詞作曲ともコンタの手によるもの。サビの突然の転調具合や着地点の見えないコード進行といい、不思議な感触のナンバー。でも考えてみれば、バービーとしてデビュー前、いまみちと組んで間もない頃、2人で目指していたのはこんなメロディだったのかもしれない。

9. タイムリミット
 続いて杏子のソロ。普通なら、デュエットと好対照に、女性としての弱さを表現するようなサウンドになりそうなところを、相変わらずいまみち、好き放題にフリーキーなギターでサウンドを染めている。メロディ自体は歌謡曲の系譜にあるロッカバラードなだけに、いい意味でのいびつさが際立つ。

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10. ダメージ
 ラストを飾るのは、コアなバービー・ファンの間では人気の高い、いわば隠れ名曲。「もとどおりにランデブー」。このフレーズを冒頭に持ってきた時点で、当時のいまみちが最高の作詞家であったことを証明している。
 サウンドメイカーとしての評価はもともと高かったいまみち、ただ四半世紀以上経っている今だからこそ、バブル以前の普通の男女の憂いを切り取るコピーライト力は、もっと評価されてほしい。



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パンク世代のペット・サウンズ - Style Council 『Confessions of a Pop Group』

folder Style Councilは実質5年強という短い活動期間ながら、商業的にもクリエイティブ的にも大きな実績を残している。容易に全貌がつかめぬほど大量のリミックス12インチ・シングルをマーケットに放出、いくつかの名曲はヒットチャートでも優秀なセールスを記録した。反サッチャリズムで盛り上がっていた80年代UKロック・シーンの空気を反映して、痛烈な社会批判や労働問題を取り上げた歌詞は、そのチャラいサウンドとのギャップによって、主に若者層の支持を集めた。
 Jam時代より過激かつ直接的になったメッセージやイデオロギーの羅列は、新規ファンの取り込みに大きく貢献したけれど、表層的な変化を嫌い、本質から目を逸らすかつてのファンは、年を追うごとに離れていった。保守的なんだよな、ガチのパンクスって。

 とは言っても、解散から30年経った現在、彼らの実績がクローズアップされるのは、ほぼ最初の2枚『Cafe Bleu』か『Our Favorite Shop』までであり、その後の活動については触れられることも少ない。
 ヒットメイカーとアジテーターとのダブル・スタンダードを実現した前期と比べ、急速にクラブ・シーンへ傾倒したPall Wellerが、黒人音楽へのコンプレックスを露わにした『The Cost of Loving』以降は迷走、それに連れてセールスもガタ落ちになり、自然消滅となったのが、後期のStyle Council である。ざっくりまとめ過ぎたかな。
 なにしろ最後のアルバム『Modernism』なんて、あまりの変節さゆえ、レコード会社にリリースを拒否されたくらいだもの。音楽性に節操がなかったユニットとはいえ、さすがにディープ・ハウスはイメージとかけ離れ過ぎ。営業かける方も困っちゃうよな。

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 初期パンク〜モッズ・サウンドでスタートしたJamは、Paulのクリエイティブ面での覚醒によって、次第にソウル/ファンクのエッセンスが激増、従来の3ピース・バンドでは表現するのが難しくなったため、人気絶頂の中、解散の途を選ぶ。同じ3人編成でも、Policeのようにならなかったのは、プレイヤーとしてのポテンシャルの違いが大きかったから。あっちはだって、パンクの威をかぶったベテラン揃いだもの。
 そんな経緯を経てPaulが立ち上げたのが、Style Councilである。この時点で保守モッズ・ファンの多くは離れていったけど、Paul的にはそれも織り込み済みだった。ここでPaulは、既存のパンク/モッズからキッパリ足を洗い、片っぱしから未踏のジャンルを吸収して、「何でもアリ」の新たな音楽性を開拓していったのだった。そのためには、夜のクラブ活動にも真剣にならざるを得ないわけで。
 根は生真面目なPaul、そっち方面を突き詰めるにも全力である。

 「スタイル評議会」という名前が象徴するように、あらゆる音楽スタイルを吸収・咀嚼し、メジャー・シーンでも受け入れられる商品に加工して幅広く普及させることが、初期スタカンのコンセプトだった。
 痛烈な政治・社会批判や怒りを、性急なビートとラウドなガレージ・サウンドでもって直截的に表現したJam時代のメソッドと違って、80年代の浮ついたムードの上澄みをうまくすくい取り、ボサノヴァやネオアコといった、パッションとは正反対のサウンドでデコレートしていた。「現地調査」と称した夜のクラブ活動によって、時代のトレンドを先読みしたそのサウンドは、Jam時代よりも耳障りよくキャッチーなナンバーが多かったため、彼らに大きな成功をもたらした。
 ただ、そんなソフト・サウンドとは裏腹に、レッド・ウェッジ支援やサッチャー批判など、歌う内容はJamよりはるかに過激で直接的だったため、時に賛否両論を巻き起こすこともある、何かとお騒がせユニットであったことも確か。なのに、パンクの連中って上っ面だけで判断しちゃうんだよな。

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 結果的に「シャレオツな音楽」の代名詞となってしまったスタカンだったけど、何も自らトレンディ路線を推し進めていたわけではない。前述の夜のクラブ活動に影響を受けて、当時はまだマイナーだった初期ハウスやヒップホップ、レアグルーヴなどの雑多な音楽を好んで聴いていたPaulが、「自分たちでもできるんじゃね?」と思いつきで始めたのがきっかけである。それがたまたま、クラブやカフェバー文化とシンクロしただけで。
 Jam末期〜スタカン結成に至る80年代中期というのは、既存のロックを打ち破る存在だったはずのパンクが疲弊、次第に様式化しつつあった頃である。パンクやニューウェイヴの中でも「型」が定まりつつあり、真にプログレッシブなアーティストにとって、ロックというジャンルは窮屈になっていた。
 そんな状況に置かれていたPaulが選んだのが、ロックからの脱却であり、言ってしまえば「ロック以外なら何でもいい」といった覚悟でもって、同好の士であるMick Talbotに声をかけたのだった。

 ある意味、「売れること」を目的としたユニットだったため、「売れ線に走った」という批判は当たらない。だって、そこ狙ってやってるんだもの。そういったポピュラリティの獲得と並行して、より真摯な主張を楽曲に織り込むことによって、彼らはクールな存在であり続けた。
 映像に残された彼らのライブを見ればわかるはずだけど、ライブ・セットやコスチュームはあか抜けて洗練されたものだけど、彼らのパフォーマンスは原初パンク・スタイルと何ら大差ない。汗まみれで客席にツバを飛ばし、全力でがなり立てるPaulの姿から、優雅さを感じることはできない。そこにいるのは、感情のおもむくまま、激情とパッションのみで突っ走る、単なるひとりのミュージシャンだ。

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 『ポップ・グループの告白』という自虐的なタイトルを掲げ、静謐なピアノ・ソロを中心に構成された、クラシカルな組曲のA面。打ち込み率の高いダンス・チューン中心のB面、という正反対の構造を持つ『Confessions of a Pop Group』。これまでより、かなり挑戦的なコンセプトである。
 ホワイト・ファンクに急接近した『Cost of Loving』まではどうにか着いてこれた既存ファンも、多くはさすがにここで挫折した。実際、俺もそうだったし。この後は、人気もセールスも一気に下降の一途をたどる。
 俺も含めて、大多数のファンがPaul に求めていたのは「強い確信」である。どんなジャンル・どんなサウンドであろうとも、そこには必ず彼独自のスタンスや視点があった。根拠はなくとも強い信念のもと、自信たっぷりに「これでどうだっ」と提示する潔さこそが、彼の魅力だったのだ。
 それがここでのPaul 、正直自信なさげである。そりゃ、自信に満ちあふれた奴が「独白」なんてしないよな。前ならもっと、問答無用で強気で推してたはずなのに。

 リリースされてすぐ購入したけど、何度も聴き返す気になれず、早々と売っぱらってしまった記憶がある『Confessions of a Pop Group』。ちゃんと聴くのは、およそ30年振りである。せっかくなので、極力先入観を持たずに聴いてみた。
 フラットな視点で聴いてみると、多分Paul、A面では80年代の『Pet Sounds』 をやりたかったんじゃないかな、というのが俺の印象。「海だ車だサーフィンだ」の印象しかなかった初期Beach Boysのイメージを覆す、躍動感のかけらもない老成したサウンドは、Brian Wilsonの悲痛な叫びを具現化したものだった。
 当時のPaul がBrianほど追い詰められていたのかは不明だけど、Jam時代からずっと、音楽的には順風満帆だった彼にとって、思っていたほど歓迎されなかったソウル/ファンク路線の不振は、いわば初めての挫折だった。絶対的な確信が揺らいだまま、「こんなのはどうかな?」と恐る恐る吐き出す心情吐露は、『Pet Sounds』ほどの求心力を持たなかった。

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 対してB面、不器用でゴツゴツした仕上がりだけど、現場感覚を持ってクラブ活動に勤しんだ成果があらわれて、こちらの方がずっとリアルな響きである。ボトムの弱いシンセ・ビートは80年代ダンス・サウンドの特徴ゆえ、今となっては低音の物足りなさが目立ってしまうけど、実際のクラブ・シーンにかなり接近した、メジャー発サウンドのひとつである。
 スタカンという先入観によって、逆に損してる部分の方が多いサウンドである。情報を隠して匿名でのリリースだったら、評価は違ってたんじゃないかと思われる。

 もし、B面のコンセプトのみでアルバム全体をまとめていたら、後期の評価はもう少し違ったものになっていたかもしれない。まったく別コンセプトのサウンドを強引にひとつにまとめちゃうから、どっちつかずの評価になってしまったわけで、最初っから2枚に分けるなりすれば、まだマーケットも寛大だったことだろう。Paulのソロとスタカンって棲み分けすれば、「まぁこういったのもアリなんじゃね?」という可能性もあったはず。そういった流れなら、『Modernism』のぞんざいな扱いも回避できたんじゃないかと思われる。
 ただ、A面サウンドでまとめるにも、そこにはPaul 以外の絶対的なコンポーザーの存在が必要になる。要するに、彼のそばにVan Dyke Parksはいなかった。そういうことだ。
 明確なコンセプトを立てられぬまま、単に葛藤する内面をさらけ出してしまっただけのA面は、表層的には流麗であるけれど、そこに確信はない。あるのは、ナルシシズムな迷いだけだ。
 その迷走は、ユニット消滅まで続くことになる。


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「Piano Paintings」
1. It's a Very Deep Sea
 Mickによるピアノ、奥方Dee C. Leeと共に丹念に重ねられたコーラス、そして淡々と丁寧に紡がれるPaulのヴォーカル。はるか遠くから奏でられる、波音とカモメの鳴き声。ほぼハイハットのみ参加のSteve White。ほぼメロディだけで構成されているはずなのに、きちんとリズムが立っているのは、やはりこのメンツだからこそ。
 英国人が歌う海は深く、そして空はどこまでも灰褐色で、そして低い。そう、北の海は重く深い。

2. The Story of Someone's Shoe
 60年代から活動しているフランスの老舗コーラス・グループSwingle Singersをフィーチャーした、クラシカルな味わいも深いアカペラ・チューン。出口のない虚無感と乾いたユーモア。英国人から見た『Pet Sounds』史観が如実にあらわれている。

3. Changing of the Guard
 ピアノのエコー感が増しただけで、初期スタカンっぽさ浮き出てくる。厚みのあるストリングスに合わせてか、Dee C. Leeのヴォーカルもやや抑え気味。こうして聴いてみると、リキが入った時のPaulって、ストリングスとも女性ヴォーカルともフィットしない。やはり彼はバンド・セットの方が声が映える。

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4. The Little Boy in a Castle / A Dove Flew Down From the Elephant 
 Mickのピアノ・ソロによるインタールード。同時代的に、坂本龍一タッチを狙ってるかと思われるけど、フレーズのつぎはぎで終わってしまっているのは、やはり向いてないから。逆に、ブギウギやジャズの感性は教授にはないものなので、そこは向き不向きがあるわけで。

5. The Gardener of Eden (A Three Piece Suite) 
 I) In the Beginning
 II) The Gardener of Eden
 III) Mourning the Passing of Time
 10分に渡る3部作という構成になっており、単調なストリングスの1部と3部はまぁどうでもいいとして、Dee C. Leeメインの2部が秀逸。いい意味でリズムを引っ込めたアシッドジャズといったムードで、後半のジャジーな展開はコンポーザーPaul Wellerの面目躍如。
 1部と3部をもう少し丁寧に作って、2部を5分程度にまとめた方がコンセプトもわかりやすかったんじゃないかと思うのだけど、まぁ拗らせすぎちゃったんだろうな。変に小難しいことやろうとすると、大抵は空回りしちゃうのが世の常であって。

「Confession Of A Pop-Group」
6. Life at a Top People's Health Farm
 シングル・カットされてUK最高28位にランクイン。ほぼ打ち込みで構成されたサウンドはDee C. LeeもMickの存在感もなく、ほぼPaulの独演会。レコードではちょうどB面トップ、A面の鬱屈さ地味さから一転して、威勢のいいサウンドはテンションが上がる。

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7. Why I Went Missing
 地味だ迷走していると、何かと評判の悪い後期スタカンだけど、このアルバムの中でも初期を彷彿とさせるさわやかなミディアム・バラード。うねるように絶好調なベースとDee C. Leeのソウルフルさが加わって、シャレオツ指数はかなりのアベレージ。エモーショナルかつフェイク感あふれるファンクっぽさこそが、彼らの魅力であることを思い起こさせてくれるナンバー。でも、そこにとどまり続ける人じゃなかったんだな。

8. How She Threw It All Away
 なので、「インチキ・ソウル風」な彼らを好むのなら、ツボが押されまくりなポップ・ソウル・チューン。サビがまるっきり「September」という指摘は、まぁその通りだと思う。でもいいじゃん、いい曲だし。『The Cost of Loving』も同じベクトルだけど、こっちの方がポップだし。
 シングルとしてはUK最高41位と不振だったけど、あまりに惜しい。



9. Iwasadoledadstoyboy
 ファンキーにひと綴りになってるけど、わかりやすく書けば「I Was A Dole Dads Toy Boy」。シンセ・ビートとサンプリングに負けじと、Mickのオルガン・ソロがなかなか健闘してるけど、でもただそれだけ。曲自体がほぼサビだけ、ワンフレーズでつくられているので、結局エフェクトに耳を傾けざるを得ないのだけど、そのサウンドがあまり芸がない。まぁこういったのをやりたかったんだよね、とお茶を濁そう。

10. Confessions 1, 2, & 3
 クラシカル・セットに挑戦した「The Gardener of Eden」を、今度は通常バンド・セットで再演すると、こんな感じに仕上がる。安心して聴けるアンサンブル。ビッグバンド・ジャズ的なアレンジは、ディーバDee C. Leeのポテンシャルを最大限に引き出す。やっぱ彼女って、メジャー・タッチは似合わんな。こういった憂いを感ずる楽曲でこそ映える声。でも、歓声のSEはいらなくね?それと、どこからが1で2なのか。それはちょっとヤボか。

11. Confessions of a Pop-Group
 ラストは「It Didn’t Matter」の進化形的なクールなシーケンス・ファンク。中盤のブレイクはいつもドキッとさせられるくらいカッコいいのだけど、やっぱ長いよな、これも。リミックス・ヴァージョンでもないのに9分はサイズデカすぎ。





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追悼 ウォルター・ベッカー – Steely Dan 『Can’t Buy a Thrill』

folder -60年代終わり、大学でDonald Fagenと出会い、Steely Danを結成したWalter Beckerが、日曜日(9月3日)亡くなった。67歳だった。
 Beckerは体調不良のため、7月にアメリカで開かれた2つのフェスティバル<Classic West><Classic East>でのSteely Danのパフォーマンスに参加していなかった。
 Fagenは先月初め、『Billboard』誌のインタビューで、病名などには触れなかったが、「Walterは回復しつつあり、すぐに元気になることを願ってる」と話していた。
 その願いは届かず、長年の友人、相棒を失ったFagenは、Beckerとの思い出を振り返り、「僕らは永遠に彼を恋しく思う」との追悼文をFacebookに寄せている。
 Walter Becker が亡くなった。事実上、Steely Danは永遠の活動休止状態となった。
 そんなFagenが独り、日本にやって来る。これまでのソロ活動をまとめたアンソロジー『Cheap Christmas』 がリリースされるため、そのプロモーションが目的なのだろうけど、Becker の体調が思わしくないことは、以前から織り込み済みだったのだろう。近年はほぼ毎年、Danのツアーを行なっていたのに、ここに来てBeckerは帯同しなかったのだから。

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 途中、長い休止期間はあったけれど、デビューからずっと2トップでDanを引っ張ってきた2人である。腐れ縁だろうと何だろうと、互いに必要不可欠な存在だったことはわかる。でも、Danに対する彼の貢献度がどれだけのものだったのか、具体的に語れる人は少ない。実際、俺もそうだし。
 作詞・作曲・メインヴォーカルまで務めるFagenに対し、彼の仕事はなかなかつかみづらい。Steely Danのサウンド・メイキングのプロセスにおいて、メロディとはあくまで素材の一部に過ぎず、作業の多くを占めるのは、途方もない時間をかけたスタジオ・ワークである。あまり目だったプレイを見せないギター担当のBecker が担っていたのは、多くの楽曲でひねり出したアレンジのアイディアであり、今では考えられない豪華メンツらによる録音テイクの取捨選択である。
 それらは主に裏方の仕事であり、目に見えてわかりやすい作業ではない。Steely Danにとって彼が、「Fagenじゃない方」、または「宮崎駿似のオッさん」というイメージは、なかなか拭えない。

 もともとSteely Danというユニットは、Fagen & Beckerによるソングライター・チームとして発足したもので、表舞台で脚光を浴びることを目的としたプロジェクトではない。レコード会社へ送るデモ・テープ作成のため、一応バンドという形態を取ってはいたけれど、Fagen とBecker以外のメンバーは、いずれもかりそめの頭数合わせ程度の存在でしかなかった。
 よく言う運命共同体的なバンド・ストーリーとは、無縁の存在である。

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 「自ら歌い演じることは想定せず、どうにも収まりの悪い曖昧な、良く言えばルーティンを外した浮遊感漂うメロディと、思わせぶりな暗喩だらけのように思えるけど、実際は大して意味のない言葉の羅列を、あんまり頭のよろしくないシンガーに歌わせてシングル・ヒットを狙う」といった、あまりに無謀な皮算用。
 もちろん、そんな歌がヒットするはずもなく、進んで歌いたがる者もそんなにいなかった。そりゃ嫌がるよね、こんな歌いづらい曲ばっか。
 誰も歌ってくれないので、仕方なく自分たちでプレイする他なく、取り敢えずやっつけで作ったデモ・テープが、彼ら以上に斜め上だったGary Katzに認められ、「いいからまずLAに来い」と引っ張られ、取り急ぎ目ぼしいメンツをかき集めて結成されたのが、Steely Danである。

 で、話はずっと飛んで活動休止後、ソロになったFagenの作品を聴いて思うのは、案外まともな感性を持つ彼のパーソナリティである。
 カマキリのまっ正面どアップというポートレートの『Katy Lied』や、悪意と皮肉の塊だった『Can’t Buy a Thrill』のジャケット・デザインから察せられるように、Danの作風は基本、非日常性を基点とした奇抜な題材やシチュエーションを取り上げることが多い。2人とも、生粋のアメリカ人であるにもかかわらず、作風やユーモアのセンスは英国人的に屈折度が強い。EU圏内での根強い人気が、それを証明している。
 対してソロでのFagenは、多分、Danとはキャラかぶりしないよう配慮しているのだろうか、基本、少年時代の実体験や中年期の鬱屈や葛藤など、極私的なテーマの作品が目立つ。9.11同時多発テロがモチーフの一部となった『Morph the Cat』も、Fagen自身がNY在住であるからこそリアリティが増しているわけで、彼にとっては絵空事ではない。それは「特別な日常」だ。

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 基本、等身大のテーマを取り上げることによって、Dan時代との差別化を図っていたFagenだったけど、「エコロジカルなカマキリ型のハイテク・カー」なんて突飛なコンセプトを、クソ真面目な態度で語りながらも実は壮大な冗談だった『Kamakiriado』なんてアルバムは、Fagen単独では作れない。Beckerによるプロデュースだったからこそ成せる業だったわけで。
 もちろん、Fagenの中にもBecker 的なエキセントリック性はあるのだけど、ソロになると、作家性や内面性を優先してしまって、曖昧さと不条理さというのは副次的なものになってしまう。やっぱかしこまっちゃうんだろうな。
 そんな彼のSteely Dan性を引き出してしまうのがBecker であり、かつてはそこにKatzとの化学反応が加わっていた。そして、そんなFagenを尻目に、単独でその不条理性を表現できていたのがBecker だったわけで。
 彼のソロ・アルバムなんて、そんな不可解さ・不条理性だけで構成されてるもんだから、まぁアクの強いこと。やっぱ、スパイスだけの料理はちょっとキツいよね。まず、味わい方からわかんないんだもの。

 そんなことは2人とも、とっくの昔にわかっていたのだろう。
 Fagen独りで『Nightfly』はできるけど、「リキの電話番号』はできない。万人向け(とは言っても、単純に一般受けするような代物じゃないけど)する精巧なAORはできるけど、Becker がいとも簡単に放ついびつな感触は再現できないのだ。Fagen、Becker、Katz三者三様による絶妙なバランスのもと、全盛期のSteely Danは成立していた。70年代という空気もまた、彼らに味方していた。
 ただ、そういった緊張関係は長く続くものではない。年がら年中、顔を突き合わせていると、互いの顔さえ見るのもイヤになるのは、普通の会社勤めでもよくある話であって。特にエゴの強い人間が集まると、その感情はさらに助長される。
 何年かに1度、顔を合わせてツアーを回る程度の気楽さがあれば、バンドの寿命はもう少し延びていたことだろう。過剰なスタジオ・ワークは、払う犠牲があまりに多すぎる。

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 で、そんなBecker の貢献度が最もわかりやすいDanのアルバムといえば何なのか。
 これを機に、ちょっと真剣に考えてみた。
 基本、どの曲もFagen のキャラクターが強いのだけれど、まぁほとんどの曲でメインで歌っているのだから、これはどうにも致し方ない。そんな彼のパーソナリティが目立たない時期はどの辺りなのか―。というわけで、行き着いたのがデビュー・アルバムだった、という結論。
 楽曲こそ、ほぼすべてFagen / Becker の共作で占められているけれど、ここでは後年と違って、Fagenがすべてヴォーカルを取っているわけではなく、David Palmer という人と半分ずつ分け合っている。まだフロントマンとして立つことに吹っ切れてなかったのか、はたまたソングライターとしてはともかく、ヴォーカリストとしての適性に疑問を抱いていたKatzの横やりだったのか。
 まぁそんなのは不明だけど、まだデビューしてポッと出の急造バンドであるからして、どこかチグハグ感は否めない。Fagenメインの楽曲でも、カリスマ性の薄い彼のパフォーマンスより、突飛なアレンジ技を繰り出すBecker の奇矯さの方が目立ってしまうことが多い。そのミスマッチ感こそが初期Danの魅力であり、ヴァーチャル感あふれるバンド・サウンドは、「どうにか商品として成立させるんだ」というKatzの意地が見え隠れしている。

 『Can’t Buy a Thrill』以降は、ほぼFagenがメイン・ヴォーカルを取るようになり、Beckerのプレイヤビリティは、時々見せる変なギター・ワークのみとなってしまう。ただそれは、徐々にメンバーが脱退してユニット形態へ移行してゆく過渡期であり、目に見えぬトータル・サウンドへの貢献度は、むしろ高まってゆく。
 最後には、オリメンはFagen とBecker の2人だけになり、運命共同体的バンド・マジックを捨てた『Aja』『Gaucho』では、クレバーなサウンド・メイキングの魔力が顕在化してゆく。


Can't Buy a Thrill
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1. Do It Again
 1972年のリリースでラテン・リズムの導入ということで、Santanaを意識してたのかと思ったけど、多分違うと思う。「Do It Again」という楽曲がラテン・テイストを希求しただけで、最初からラテンありきではなかったと思われる。だってこんな曲調、彼らはこれしか作ってないし。
 エレクトリック・シタールのインパクトが強くて影に隠れがちだけど、Jeff Baxterのドブロなギター・ソロも印象深く、初期のDanが案外バンド・アンサンブルのひらめきに頼っていたことが窺える。そりゃそうだよな、デビュー作だもの。後半から地味にテンポアップするJim Hodderのプレイも堅実かつスクエアで、もしこのまま民主的なバンドになったとしたら、それはそれで面白かったと思うのだけど。



2. Dirty Work
 ここでヴォーカルがPalmerに後退。序盤は気の抜けたカントリー・ロックな風情。生真面目なNeil Youngといった感じかな。サビのコーラス・ワークは後年のDanを思わせるけど、間奏のあんまり芸のないサックス・ソロは、ちょっといらなかったと思う。
 復活後のライブでも、Fagenはヴォーカルを取らず、主に女性シンガーに投げっぱなしなので、あんまり歌いたくないんだろうな。だったらセットリストに入れなきゃいいのに。

3. Kings
 なんだかユルい2.の後、再びFagen登場。やっぱヴォーカルが締まって聴こえるんだな。ヴォーカルだけ取り出して聴けば、疾走感あふれるロック・チューンなのだけど、間奏の神経症なギター・ソロといい、従来のロック的尺度で測れば奇妙な味わい。オーソドックスなロッカバラードのはずなのに、帰着点の曖昧なメロディを創り上げたことで、彼らの目論見は達成されている。

4. Midnite Cruiser
 なぜかヴォーカルがドラムJim Hodder。コーラスのかぶせ方やロック的なリズム・パターンからして、見事なカントリー・ロック。こういうのを聴くと、バンド・アンサンブルの偶然性に頼ったグルーヴ感というのは、ソングライター・チームの本意ではなかったことがうかがい知れる。プレイヤー側ではなく、ブレーン側の主導によってアンサンブルを構築することが、本来の彼らの構想だったのだろう。Katzから吹き込まれた部分もあるんだろうけど。

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5. Only a Fool Would Say That
 ここではボサノヴァっぽいギター・プレイを見せるBaxter。カントリー・ロック性から遠く離れて無国籍性こそが、初期Danの持ち味であったことを証明している。3分程度の小品で、スタジオ内の会話でフェードアウトという、肩の力の抜けた楽曲。ただこのアルバム以降は、5.のような曲調がメインとなってゆく。

6. Reelin' In the Years
 ベストやブートのタイトルになったりで、何かと人気の高い初期の代表作。ロック・マナーに沿ったギター・プレイと、洗練されたカントリー・ロック風のコーラスが、一般的なロック・ユーザーからも好評を得た。シングルとしてUS最高11位。

7. Fire in the Hole
 ジャズ・ヴォーカル色の濃いFagenヴォーカル・ナンバー。すでに後期の味わいを感じさせる楽曲となっており、無国籍感漂う彼らの作風がすでに固まっていることを証明している。Fagen自身が弾くピアノ・ソロは正直拙く、その後はあまりレコーディングでは弾かなくなってしまう。ヴォーカルとアレンジに専念することによって、楽曲としての完成度は高まってゆくのだけど。

Walter-Becker

8. Brooklyn (Owes the Charmer Under Me) 
 Palmer登場。歌い方自体はFagenに似せようとしているのだけど、その素直な性質ゆえ、凡庸なミディアム・バラードに落ち着いてしまっているのが惜しい。
 考えてみればDanのカバーで真っ向から勝負したものって、あまり見当たらない。De La Soulがトラックを使ったことで再評価が高まったこともあったけど、あれはまぁカバーっていうかサンプリング・ネタとしての評価だし。
 逆説的に、Donald Fagenという声はSteely Danの楽曲にとって不可分である、ということなのだろう。

9. Change of the Guard
 ブギウギっぽいピアノとリズム・パターン、ラララというベタなコーラスといい、非常に西海岸ロック的。まぁたまにこういったのも一曲入れといた方がウケもいいし、ライブ映えもするだろうし。カッチリしたプレイが多くなるバンドのフラストレーション発散のためには、こういったセッション的な楽曲も必要なのだろう。ソングライター・チーム思うところの「ロック的」なメソッドに沿って書かれた曲。

10. Turn That Heartbeat Over Again
 最後はFagen 、Palmer、そしてBeckerも登場してのトリプル・ヴォーカル。大団円といったムードで締めくくるはずが、ちっとも盛り上がるような曲ではない。ていうか、別にFagenだけでよかったんじゃない?
 楽曲自体は変則コード進行による、居心地の悪さが目立つ作り。ナチュラル・トーンのギターの音色もどこか場違いだし。でも、その違和感こそがSteely Danである、と言ってもよい。まだデビュー作なだけあって未消化の部分もあるけど、目指すベクトルだけは伝わってくる。




 -私は我々が一緒に作り出した音楽を、私ができる限り、Steely Danと一緒に生き続けるようにしておくつもりです。
 
 Donald Fagen
 2017/09/03



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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