好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

普通のおっさんバンド、脱ネオアコ化計画 - Beautiful South 『Quench』

folder 1998年リリース、6枚目のオリジナル・アルバム。発売当時でトリプル・プラチナ、トータル150万枚を売り上げている。当然、UKチャートでは1位を獲得したのだけど、これをピークとして彼ら、その後のセールスは下り坂となる。
 もともと、当時の音楽トレンドとは無縁のところで活動していたため、考えてみれば、いったい何でそんなに売れていたのか、逆にそっちの方が謎である。センセーショナルな話題もなければゴシップ誌に載るわけでもない、そんなごく普通のおっさんたちは、緩やかな下降線をたどって行くことになる。
 前回のRoddy Frameのレビューでもちょっと触れたけど、基本、イギリス国内で主に活動する、ていうか、ほぼ国内でしか知名度のなかったバンド、それがBeautiful South である。一応、EUエリア内では多少名は知れていたけど、それ以外はほぼさっぱり、と言ってよい。アメリカではカスりもしなかったし、日本ではどうにか国内盤は流通してはいたけど、そこまで売れていたわけでもない。
 Aztec Camera 同様、日本では初期のネオアコ期のイメージが強いため、後期の作品はほとんど紹介されていない。再発もデビュー作と次作『0898』くらいだし。紙ジャケ化も華麗にスルーされちゃった。

 一応、年代を経るにしたがって、アコースティック風味は薄くなり、控えめながらサウンドも華やかになって行くのだけど、メインのソングライター2名が固定のため、そこまで劇的な変化はない。相も変わらず変わりばえしない、英国人特有のねじ曲がった皮肉とペーソス、それでいて口ずさみやすく親しみやすいメロディというのが、彼らの持ち味である。
 こうして書いてると悪意がありそうに見えるけど、いやそうじゃない、これはこれで、ちゃんとした「褒め」言葉だ。
 変に斜め上なアーティスティックを気取るわけでもなく、かといって、露骨に大衆に迎合するわけでもない。至って変わらず、ずぅっとそのまんま。
 バンドだからといって、超絶アンサンブルが飛び交うわけでもない。むしろそんな小技はジャマになる。なので、一般的なイメージのバンドというよりは、Paul HeatonとDave Hemingwayを中心とした固定ユニットと捉えた方が、ニュアンス的にうまく伝わるんじゃないかと思う。

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 よく言えば、「安定したクオリティを維持している」と言えるけど、意地悪く言っちゃえば、サウンドやコンセプトに大きな変化がないため、アルバムごとの個性が希薄なのも、特徴といえば特徴である。
 例えば『Quench』と『Miaow』 、どっちが先にリリースされたのか、よほどのコアなファンでも、即答するのは至難の技だ。俺自身、突然聞かれても、正確に答えられる自信がない。まぁ今後の人生、そんなシチュエーションはまずありえないけど。
 じゃあ、本人たちがそれらすべてを把握しているのかといえば、それもちょっと怪しい。むしろ、筋金入りのコアユーザーの方が、クロノジカルに整理して、サイトで公開していたりする。
 昔、何かと重宝したこのHPだけど、そりゃあもうとんでもないマニアックぶり。もうずいぶん前に更新が止まっちゃってるけど、時々覗いたりすると、いろんな発見があって面白い。

 話はいきなり飛んで、音楽ビジネスの話。
 『Quench』リリース前年の1997年、彼らの所属レーベルGo! Discsは、メジャーのポリグラム・グループに合併吸収される。長らくインディーで独立採算で踏ん張ってきたけれど、当時、世界規模で進められていたメジャー寡占化の波には抗えなかった。
 最初の契約アーティストがBilly Bragg であることから察せられるように、安易に商業路線に流されなかったGo! Discsだったけど、そんな硬派なポリシーを貫き通すことが難しくなりつつあった。
 Style Council 解散後、地道なドサ回りを余儀なくされたPaul Weller は、『Stanly Road』がバカ売れして、さっさとアイランドへ移籍していた。せっかく採算が取れるようになったのに、レーベルとしては大きな痛手である。
 彼以外でレーベルの屋台骨を支えられるのは、もうBeautiful South くらいしかいなくなっていた。目ぼしいところではPortishead がいるにはいたけど、彼らって当時から寡作だったし。
 ポリグラムが彼らを手に入れたかったのか、それとも単なるインディー市場のシェア拡大を狙った経営戦略の一環だったのか。まぁ多分後者だろうな。
 英国ローカルではあるけれど、取り敢えずカタログの中では収益性が高かった彼らに、経営陣は目をつけた。そんなこんなでBeautiful South 、若干の路線変更を強いられることになる。

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 根幹の歌詞とメロディは崩さずそのまま残しといて、ちょっぴり新味を付け加えてみる。じゃあ、その新機軸とは。
 まず、ビジュアル面でのテコ入れは、ちょっと難しい。メンバーはみな、ファッションに何の興味もないおっさんばかり、今さらスタイリストをつけても仮装行列みたいになって、サマになるはずがない。これはダメ。
 手っ取り早いのはメンバー・チェンジだけど、ほとんどのメンバーがHousemartins からの持ち上がりのため、無駄に結束が硬い。安易に貢献度だけでいじくってしまうと、バンド内バランスが崩れ、元も子もなくなってしまう。
 期待の若手をベテラン・バンドに加入させる、というのも割と良く使われる手法だけど、いや、それもちょっとミスマッチ過ぎるよな。おっさんの中にビジュアル担当のイケメンを無理やりねじ込んでも、浮きまくって病んじゃうだろうし。
 じゃあ、セクシー担当の若いお姉さんを加入させる、というのはどうだ。おっさんたちもテンション上がるだろうし。…いや、ダメだなこれも。何のてらいもなく、「Don’t Marry Her, Fuck Me」って歌ってくれる女性シンガーなんて、そんなにいるはずがない。Jacqui Abbottなんて、ほぼそれが理由で脱退しちゃったわけだし。

 もともとイノベーションとか構造改革なんて言葉とは無縁の人たちなので、能動的に改善しようと思うはずがない。ソングライター2人はこれまで通り、自分の好きな歌を歌っていられれば、それで満足だし、他のメンバーだって、もし売れなくなっても、イギリス国内のパブのドサ回りで細々食ってければ、それはそれでいいんじゃね?と思ってる連中だ。
 バンド内の人間関係もサウンド・コンセプトも、すっかりでき上がっちゃってるので、もう自分たちでは変えようがない。変えるには、外部からの助言や圧力が必要だけど、それも彼らのプライドを傷つけないよう、デリケートに行なわなければならない。
 バンド同様、似たような音楽好きの集まりだったGo! Discsとは違って、大メジャーのポリグラムだと、そんな内情も通用しない。世界規模のちゃんとした企業なので、単なる音楽ユーザーよりビジネスマンの方が多い集団だ。
 彼らにとって音楽性がどうの楽曲のクオリティがどうした、そんなのは眼中にない。彼らが見るのは売り上げと経費、そして費用対効果のデータだけだ。

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 当時の彼らは英国ポリグラム・グループの中では稼ぎ頭の部類だったし、あまり手間のかからないグループだった。こう言っちゃ失礼だけど、そんなに経費がかかったサウンドでもないし。
 前述したように、劇的な変化はそぐわないし、下手にいじり過ぎると、これまで培ってきたサウンドもポジションも、一気に失ってしまう恐れがある。今さらワールドワイドな展開までは望まないけど、せめて現状維持のため、多少は時流に寄り添ってもいいんじゃないの?と、ポリグラム側が思ったのか―。
 そんな経緯だったのかどうかは不明だけど、『Quench』ではHousemartins メンバーだったNorman Cookが、「リズム・アドバイザー」なる怪しげな肩書きでクレジットされている。なんか空間コーディネーターと同じくらい、うさん臭い呼び名だな。
 要は、自分たちでは何ら動こうとしないバンド側を前向きに導くため、単なる売れっ子プロデューサーを押し付けるのではなく、ある程度気心知れたヤツの方が相性良さそうだし、うまく行くんじゃね?といった形。確かに彼ら、他の同世代アーティストとの交流ってほとんどないからな。
 別名「Fatboy Slim」として、ビッグ・ビート使いでブイブイ言わせていたNorman 、当時は多忙だった彼がどこまで深く関わっていたかは不明だけど、バンドにとっては程よい刺激になった。
 流麗なメロディ・ラインはそのままに、スパイス的なリズム・アクセントをつけることによって、彼らにしては珍しくグルーヴ感が際立った仕上がりになっている。時に整いすぎてイージーリスニング化していた旋律も、リズム隊の奮闘によって、メリハリがつくようになった。

 リズム強調路線が好評を期し、新機軸を見い出したBeautiful South 。その後は今まで同様、謙虚で出しゃばり過ぎず、ほんの少しリズムのバリエーションを増やす路線で行くのかと思われた。
 それが何を勘違いしちゃったのか、次作はなんと2枚組。
 いやいや、そういうのはいらないって。


Quench
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Beautiful South
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1. How Long's a Tear Take to Dry? 
 シングルとして、UK最高12位をマーク。珍しくブルース・タッチのスライド・ギターが出てきたと思ったら、エフェクト的な使い方で、黒っぽさは全然感じられない。和やかなホーン・セクションも入って、細かく聴けば小技が入ってはいるのだけど、全体では結局通常営業の彼ら。期待を裏切らないスマッシュ・ヒット。



2. The Lure of the Sea
  Bメロのヴァ―スで思いベース・リフが入ってくるところが、ちょっと新鮮。これがないと器用なポップ・ソングで終わってしまうところを、ほどよいメリハリをつけている。Doorsみたいなオルガンが入るところも、彼らとしては新機軸。

3. Big Coin
 しっとりした抒情的なバラードだけど、歌ってる内容は相変わらずしょうもない。何かの暗喩かと思われるけど、ポップ・ソングにIMFなんて言葉、普通は使わない。流麗なメロディがうまくコーティングしている。

4. Dumb
 2枚目のシングル・カット、UK最高12位。メランコリックなギターから始まる、ブルースっぽさを漂わせたバラード。気が抜けてダルそうなコーラスが、皮肉たっぷり。

5. Perfect 10
 UK最高2位をマーク、後期最大のヒット曲。貢献度の低いギターで、Paul Wellerが参加している。まぁレーベル去るにあたっての置き土産だな。歌ってる内容はしょうもない、服のサイズになぞらえてチンコの大きさがどうした、といったくっだらねぇ歌詞。それはまたさわやかに歌ってしまうものだから、英国人の好みにすっぽりはまっちゃってる。ほんとにもう、英国人って。



6. The Slide
 ゴスペルチックなコーラスとストリングスが入る、大仰なバラード。どうせまた、くっだらねぇこと言ってるんだろうな。

7. Look What I Found in My Beer
 ほど良く抑制感の効いた、ソリッドなロック・チューン。彼らのレパートリーのなかでは珍しくシンコペーションが目立つので、疾走感が漂っている。演奏陣が結構がんばってるんじゃないかと思うんだけど、そういうのって彼ら、あんまり求められてないので、ちょっと惜しい。

8. The Table
 4枚目のシングル・カット、最高47位。軽やかな3連ミドル・バラードでまとめられており、スタンダードにもなりえる良曲なのだけど、時代的にもうこういうのは求められなくなっちゃったのかな。もうちょっとリズムにキレがあるのを、彼らも志向しつつあった。

9. Window Shopping for Blinds
 初期のネオアコっぽさを感じさせるナンバー。ワルツを効果的に使うのはまぁいいんだけど、やっぱジジくさいよな。ちゃんと聴かせるバラードにするなら、それなそれでもっと色気がないと。あ、でもそれじゃSouthっぽさがなくなっちゃうか。その加減が難しい。

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10. Pockets
 思いっきり脱臭したブルース・ロック。あくまで「らしさ」を追及しているだけなので、基本はいつもの彼ら。

11. I May Be Ugly
 アルバム終盤に近づくにつれ、どんどん地味になってゆくのが、この人たちの特徴と言えば特徴。吐き捨てるようなDylanタッチのヴォーカルも、あくまでDylan「らしさ」、表面をなぞっただけ。

12. Losing Things
 ジャジーなムード漂う、「やってみた」的ナンバー。まぁ1曲くらいはこんなのもアリか。どう考えてもNormanは絡んでなさそうだけど、バンド側としてはどうしても入れたかったんだろうか。アウトロのブルース色は、やっぱり合わないんだけど。

13. Your Father and I
 彼らばかりに任せておくと、なんか中途半端なダウナー系ブルースに迷い込んでしまう。多分、それがバンド内マイブームだったんだろうけど、起伏もないダラッとした仕上がりは、明らかにマンネリ化の証。なので、こういった奥行き感のあるミックスを施したNormanの手腕が発揮された楽曲の出来の方が,明らかに良い。



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ここではない、どこかへ。- Roddy Frame 『The North Star』

ed04b0c90ce84faafc18ed116f663af0.1000x1000x1 先日、Prince 『Come』 のレビューで、長年親しんだ本名Princeの名義を捨てて、いまだどう発音していいかわからないシンボル・マーク(一応、公式では「the Artist Formerly Known As Prince」、かつてプリンスと呼ばれた男(笑))に改名して、新たなスタートを切った話を書いた。
 それで思い出したのだけど、そういえばRoddy も殿下同様、ほぼ同時期にAztec Camera の名前を捨てて、ソロ歌手Roddy Frameとして再スタートしたのだった。こっちはそこまで話題にならなかったから、覚えている人はあんまり少ないかもしれない。
 Aztec最終作となった『Frestonia』は、有終の美を飾るような、清涼かつ静謐なサウンドでまとめられていた。ネオアコから始まって、R&Bだギター・ポップだ教授とコラボだ、と流浪の音楽性を見せてきたRoddy 。その最期は、これまでの歩みをすべてリセットするかのように、シンプルなものだった。

 Roddy からすれば、もうAztec Cameraという名義が、煩わしくて仕方なかったんじゃないかと思われる。どれだけ色んなジャンルに手をつけて新境地を開拓しても、結局は「Oblivious最高」って言われちゃうわけだし。これと同じ流れで、Paul WellerもJam解散させちゃったよな。
 数年前、『High Land, Hard Rain』リリース30周年ライブが催され、ささやかではあるけれど、概ね好意的に評された。Roddy 自身にとって、初期の作品は若気の至りでしかないのかもしれないけど、往年のファンの多くが、その時代にシンパシーを感じていることは事実である。
 決して新しくはない。けれど、その音はピンポイントで、特定の世代の心の琴線を震わせる。今の音楽のトレンドを追うことから降りてしまった、アラフィフ世代のそれに。
 彼ら(俺含む)が悪いわけではない。いい悪いで分けるのは、ちょっと乱暴だ。
 ただ、Roddyもまた、そんな最前線から降りる道を選んでしまった。メジャーから身を引くというのは、ある意味、そういうことだ。

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 Beautiful South 同様、初期のネオアコ路線のイメージがずっとついて回っているAztec Camera 、特に日本だと、その枕詞で紹介されることが多い。ていうかそれだけだよな。再発される時は、ほぼ必ずネオアコ絡みだし、実際リリースされるのも、初期2枚ばかりだし。
 どちらもアメリカではさっぱりの売り上げだったため、派手に紹介しようにも話題がないこの2組。実際のところ、ネオアコ期の作品は、それほど大きなセールスを上げていたわけではない。Beautiful South最大のヒットは、シニカル・ポップ路線がピークに達した『Blue is the Color』だし、Aztec Cameraも商業的に成功したのは、3枚目の『Love』である。
 UK最高3位をマークした、最大のヒット・シングル「Somewhere in My Heart」を収録したこのアルバムでRoddy 、それまで確立したネオアコ色を一掃する行動に出た。トップ40仕様の、ブラコン・テイストのダンサブルなアレンジは、インディーでは獲得し得なかった幅広いファン層をつかむことに成功した。
 もともと80年代アーティストの中では端正な顔立ちをしていたRoddy 、当時はしょっちゅうメディアにも露出しており、中性的なイメージのピンナップやフォト・セッションを多く残している。今でもRoddy のイメージといえば、この時代の印象が強い。ちょっとナーバスで、母性本能をくすぐる面影のインディー期を経て、メジャーに移った途端、リア充デビューした、そんな印象。

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 この路線でもうちょっと進めていけば、AOR寄りのポップ・スターとして、Phil Collinsの後釜ポジションに収まっていたかもしれないのに、コンテンポラリー路線はこれっきりとなってしまう。リア充デビューして、パリピ的ライフを満喫してはみたけれど、やっぱどこか場違い感が拭えなかったのかね。
 その後は、あらゆるジャンルを右往左往する、終わりの見えない自分探しの旅。「安住を拒む音楽的冒険」といえば聞こえはいいけど、要は何をやっても「ここじゃない感」が顔を出して思い悩んじゃうんだろうな。
 「僕が探し求めていたのは、正しくコレなんだ」と確信を得ても、その数秒後には、収まりの悪さを感じている「もう1人の自分」がいる。「やっぱオレはギター・ロックだぜっ」と思い立って、元ClashのMick Jones を誘って「Good Morning Britain」を歌いながらも、次の瞬間には、スペインに魅了されてスパニッシュ・ギターを奏でてしまう、もう何が何だか予測不能の音楽性。
 並みのミュージシャンなら、そんな思いつきや付け焼き刃では、すぐボロが出て散々な仕上がりになってしまうけど、Roddy の場合、器用なぶんだけ、どれもそれなりに形になってしまう。
 ひとつのジャンルに深くこだわらないため、場合によっては物足りなく感じる場合もあるにはあるけど、誰もポップ・ソングに、そこまで深くは求めない。そういったフットワークの軽さを、ファンもまた楽しんでいたわけだし。

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 そんな自分探し的な音楽活動ゆえ、オーソドックスなバンド・スタイルというのは、足かせとなってしまう。メジャー・デビューして間もなく、Aztec Cameraは固定メンバーが続々フェードアウトしてゆき、気づいた頃にはRoddy を中心としたユニット・スタイルへと移行していた。
 アルバムごと・シングルごとに曲調を変えるたび、それに応じたメンバーを集める手法は、特別なものではない。パーマネントなバンドを持たないソロ・アーティストなら、よくあるスタイルではある。
 とはいえ、定期的にメンバーを一新してしまうと、音作りの前にまず意思疎通、コミュニケーションが必要になってくる。ある程度、顔見知りならまだ難しくはないけど、音楽的な相性となると、こればっかりはやってみないとわからない。
 話も合う飲み友達だからといって、バンド運営がうまく行くかと言ったら、それはまた別問題である。そこまで単純な話ではないのだ。
 運命共同体的な意識で永続的な活動を行なうのがバンドであるならば、ソロ・プロジェクトというのはもっとドライで刹那的、作り上げたら終わりである。次のプロジェクトも同じメンツになるとは限らないのだ。
 多様な音楽性を表現することに絞って言えば、それは有効な手段ではあるけれど。

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 もはや名前だけのバンドAztec Camera を終了させ、ソロ・デビュー作となった『North Star』。名前も変えたし心機一転、と行きたいところだけど、サウンド・コンセプトは、ほぼ『Freatonia』を踏襲したものになっている。レコーディングに参加したメンバーもほぼ引き継がれているので、似ているのは当たり前か。
 Roddy にとって、Aztec Cameraというブランドが、もはやその程度のものでしかなかった、という証でもある。名義変更もワーナーとの契約に伴うだけのものであって、特別感傷的になる事象ではない。それよりは次回作、『Frestonia』構想時からすでにずっと先を見ていた、ということであって。
 -これで完璧、というわけではない。バンド・サウンドというには、Roddyのパーソナリティが強く、アンサンブルも面白いものではない。
 ただ、Aztec の看板を背負ったままでは、またワーナーの庇護を受けてでは、そして独りよがりの才能だけでは、表現しきれない、そんな世界を見てしまったのだ。
 迷いがないわけではない。
 「本当にこの音でいいのか?」。
 スタジオで苦闘しながら、Roddyはそう思っていたのかもしれない。
 でも、そんな迷いを小手先で器用にまとめてしまうのではなく、バンドの力を借りながら、前へ進もうとする気概があらわれている。
 オープニングから「Back to the One」だもの。再スタートには、ふさわしいタイトルだ。


The North Star
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Roddy Frame
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1. Back To The One
 ギター・プレイが多彩で、これまでと違う気概を感じさせる。弦のスクラッチ音なんて、これまで聴こえなかったもの。しっかりしたリズム・アレンジから言って、従来のプロデューサー主体、Roddyの主観のみで作られたのではなく、バンドときちんとコンタクトを取って練り上げたものなのだろう。
 今ごろになってバンド・マジックに魅せられたのか、ヴォーカルもちょっと荒々しくてラフな感じ。繊細さよりカタルシスを選んだ、そんな印象。



2. The North Star
 曲調だけで見ると、後期Aztecのメロディ・ラインだけど、バンド・セットでのレコーディングだけあって、疾走感がプラスされている。曖昧な音色のアンビエント調シンセでごまかすのではなく、ここではギターを弾きまくっている。アコギも上手いけど、やっぱエレキだよな、この人。
 とは言ってもノリ一発・勢いだけでおしきるのではなく、中盤のセンチメンタルなヴァ―スでキュンとさせるのは、さすが。サラッとこういう構成にしちゃうから、なかなかあなどれない。

3. Here Comes The Ocean
 80年代初期を思わせる、ちょっと古めのエフェクトをかけたギターのアルペジオをベーシックに、メランコリックなメロディを聴かせるナンバー。これこそ教授に磨きをかけてもらった方が良さげな気がするけど、バンドでチャレンジするのも、なかなか一興。ネオアコ風味がノスタルジーを誘う。

4. River Of Brightness
 壮大なスケール感を想起させる、ダイナミックなアレンジのミドル・バラード。Roddy自らつま弾くマンドリンの音色が、トラディショナルっぽい。かつてなら、もっと重厚に、長尺のバラードに展開しそうなところを、すっきり4分台にまとめている。

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5. Strings
 シリアスなバラード。教会を思わせる荘厳としたハモンドが鳴り続ける。こういうのも1曲くらいはあっていいけど、陰鬱としたムードは、あんまり好みじゃない。あくまで俺目線だけど。

6. Bigger Brighter Better
 なので、こういったサラッと大人びたアコースティック・ナンバーが出てくるとホッとする。実際、ファンの間でも人気が高く、ライブでも定番となっている。弾き語りでも十分間が持つ曲なので、使い勝手もいいんだろうな。テーマも前向きだし。



7. Autumn Flower
 でも、ちょっと油断すると、こういったしっとりしたナンバーが出てくる。ピアノメインじゃなければ、もうちょっと軽く聴けるんだけどな。

8. Reason For Living
 シングルにもなった、こちらもセットリストには高確率で入るロッカバラード。あんまり端正にまとめるより、ちょっととっ散らかったくらいの方が、この人の場合は入り込みやすい。多分、自分でプレイしてても、こういったテンション高めの楽曲の方がハマることはわかってるはずなんだけど、なんかこじれちゃうんだよな。そんなにポップ・スター時代にトラウマがあったのか。

9. Sister Shadow
 ネオアコというよりは、オーソドックスなスタイルのフォーク・ロックといった印象。別段、新しいことをやっているわけではない。好きにギターを弾きまくって、朗々と歌っているだけだ。でも、それがいい。俺たちが求めているRoddyの姿とは、まさしくこれなのに。

10. Hymn To Grace
 アルバム最後は、しっとりしたエピローグ的な弾き語りバラード。いま思えば、これが次作『Surf』の予告編だったのか。歌声とギター・プレイ。たったそれだけなのに、心に染み入ってくる。でもね、全篇これで通しちゃった『Surf』。あれは極端だよ。1~2曲だから、いいんであって。



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バンブーズ、完全復活!! - Bamboos 『Night Time People』

folder 思えば5枚目のアルバム『Medicine Man』のあたりから、Bamboosのコンセプトはズレ始めていたのだった。
 「JB’sとMetersが合体したらどうなるんだろう?」といった、ディープ・ファンク・バンド結成にはありがちな、ていうか飲み屋のヨタ話みたいな動機からスタートした彼らではあったけれど、初っぱなからゴリゴリのスタンダード・インスト・ファンク「Tighten Up」で注目を集めた。その後も地道なライブ活動で地道な支持を集め、地味ながらも正統派バンドとして基盤固めをしていたのだったけれど。
 レギュラー・メンバーとしてKylie Auldistが加入して、基本のバンド・グルーヴに厚みを持たせることに成功したまではよかったのだけど、年を追うにつれ、ゲスト・ヴォーカルによるナンバーが多くなってゆく。ポピュラリティの獲得にそれは寄与したのだけれど、それと引き換えに初期の無骨さは削られて丸くなり、バンドのアイデンティティは希薄化していったのだった。

 メイン・ヴォーカル不在のディープ/ジャズ・ファンク・バンドの場合、インストばかりでは、アルバムの流れにメリハリがなくなるため、1〜2曲程度、ゲストを迎えてヴォーカル・ナンバーを入れることが多い。中にはBudos Bandのように、意地でもインストしかやらねぇ、というバンドもいるにはいるけど、CD/LPデビューを果たした大抵のバンドは、多くがこのセオリーに従っている。
 本来のBamboosはインスト・ファンクの要素が強く、ライブではバンドの存在感の方が強い。音源では大きくフィーチャーされているKylieも、ステージでは出ずっぱりというわけでもなく、バンド・アンサンブルがメインとなるナンバーでは、出しゃばらず引き立て役に徹している。
 ライブでは、無骨でアグレッシブな面を見せることも多い彼ら、なのに近年のかしこまり過ぎた音源では、存在感は薄れつつある。ゴリゴリのファンクネスを求めて近年の作品に手を出すと、肩透かし感がハンパない。そこで目立っているのは、バンドでもKylieでもなく、ゲスト・ヴォーカルだもの。これじゃまるで、二流のコンテンポラリー・ポップ・バンドだ。

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 ゲストの比率が多くなったということは、相対的にKylieの存在感が薄れてきた、ということでもある。
 Bamboos 参加前から、オーストラリアのジャズ・ファンク界隈では有名だった彼女、いわゆるゲスト・ヴォーカル職人として、あらゆるバンドからオファーが絶えなかった。アンサンブルのグレードをワンランク上げてしまうKylieの声は、どのバンドのサウンドにも有機的に溶け込んだ。
 Bamboosもまた、力強い彼女のヴォーカルによって濃密なグルーヴ感が生まれ、セールス・知名度とも飛躍的に上がっていった。ヒットの相乗効果として、Kylieの評判が上がると共に、客演やユニット参加も多くなってゆく。当然、レコード会社もそんな彼女を放っておくはずがなく、自然とソロ活動にも意欲的になってゆく。
 多忙によってセッション参加率の減ったKylieの代わりに、Bamboosは積極的にゲスト・ヴォーカリストを迎えるようになる。彼女の穴を埋めるのに、既存路線のインスト・ファンクだけでは、明らかに不足だった。
 ライブ・オンリーの趣味的なバンドなら、原点回帰もアリだったかもしれないし、実際、バンド・メンバーもそれでよかったのかもしれないけど、リーダーLance Fergusonは、もっと上のステージを狙っていた。一旦、上を見てしまうと、足元を見直すのは、恐ろしく勇気がいるのだ。
 Kylieによって拡大したファン層の維持、さらにオーストラリア国内でのメジャー化を進めるため、ゲスト・ヴォーカルとのコラボは欠かせぬ要素だった。

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 レコーディング主体のディープ・ファンク・バンドというのは、世界中にほぼ存在しない。ほとんどすべてのバンドは、ライブを中心に据えた活動形態をとっており、Bamboosもまた同様である。
 そのメインであるライブでは、その都度、音源と同じゲストを呼ぶことはできないため、ヴォーカルはKylieのみとなる。なので、きちんとイコライジングされたレコーディング音源とは一味違う、普段着のBamboosがライブでは堪能することができる。
 かっちりプロデュースされたCDやシングルで、幅広いライト・ユーザーへアピールし、コアなファンに向けては、いつも通りの荒々しいライブ・バンドとして。そんな表裏一体の使い分けでもって、円滑なバンド運営を図れるはずだった。の、だけど
 課外活動で引く手あまたのKylieがBamboosに割く時間は、ますます減っていった。レコーディングでは、ゲストでつなげばどうにかなるけど、ライブではそうはいかず、どうしても常駐ヴォーカルが必要になる。
 ネーム・バリューのあるKylieが参加するかしないかで、ライブ動員も全然違ってくる。彼女のスケジュール次第でライブ日程が組まれるため、自然とライブ本数は減ってゆく。
 リーダーとして調整役に回らなければならないLanceもまた、ソロ活動というかいろいろなユニットに顔を出したり客演したりで、Bamboosに専念できない状態が続いていた。また世話好きの好事家だから、何でもホイホイ引き受けちゃうんだよな。

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 そんなわけで、なかなかメンバー全員が顔を合わせることができず、レコーディング主体の活動になっていたBamboosだったけど、皮肉にも一般的な人気は高まってゆく。
 著名ゲストを揃えたクセの少ない楽曲は、ヒット・チャートとの相性も良く、セールスも着実に伸びていった。一応、ディープ・ファンクの本分として、アルバムにはインスト・ナンバーやKylieヴォーカルの曲も入ってはいたけど、それもほんの付け足し程度、全般的にファンク臭は薄れてゆく。
 6枚目の『Fever in the Road』では、長年在籍したTru Thoughtsから、海外進出を前提としたPacific Theatreに移籍、セールス的には成功した。国内でのポジションも固まり、ここから本格的に世界へ羽ばたく雰囲気だった。
 その後、これまでたびたびゲスト参加していたTim Rogersとのコラボ・アルバムでは、もう俺の知ってるBamboosは、どこにもいなかった。確かに国内でのポジションはTimの方が上だし、彼らもその心づもりだったんだろうけど、ディープ・ファンクの香りはどこにもなかった。そこにいたのは、無難な演奏をこなすバックバンドだった。
 これじゃ別に、彼らじゃなくてもいい。スタジオ・ミュージシャンを使っても、なぁんも変わらない。
 そんなわけで、彼らとちょっと距離を置くようになっていった。

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 流れが変わったのが、サイドプロジェクトのCookin' on 3 Burners、2016年「This Girl」の世界的大ヒットだった。厳密に言えば、彼ら単体名義ではなく、フランスのDJ Kungs によるリミックス・ヴァージョンが注目されたのだけど、まぁ細かいことは抜き。とにかく彼らの存在は世界中に知れ渡り、ゲスト・ヴォーカルKylie の株も大幅に上がった。
 そんな勢いも借りてリリースされたソロ・アルバム『Family Tree』は、80年代ユーロビート・リバイバルの時流に乗ったサウンドをバックに、テンションMAXで歌い倒す快作となった。同じオーストラリアの歌姫Kylie Minogueをビルドアップして泥臭くした、強烈なダンス・ビートは、世界中のパリピを狂喜乱舞させるはずだった。
 通常の流れだと、このまま世界ツアーや各国のメジャー・アーティストとのコラボでステップアップしてゆくのだけど、なぜか彼女、グローバル展開へはあまり積極的ではなかった。Bamboosの面々をバックに従えた国内ツアーを終えると、そのままアルバム制作に移行する。
 で、できたのがこの『Night Time People』。



 そこらの自称ディーヴァ程度なら、軽く蹴散らしてしまうポテンシャルを有するKylie。 プロトゥールスで無理やりかさ増しされたデジタル・ビートなら、いとも簡単にねじ伏せてしまう。長年に渡って鍛え上げたれた強靭な喉は、向かうところ敵なしである。
 だからこそKylie、キンキンして無機質のDTMサウンドは物足りなく感じたのだろう。自分のポテンシャルを最大限引き出すためには、やはりフィジカルなサウンド、生のバンド・グルーヴじゃないとダメなのだ。
 一旦、外の空気を吸ってみないと、わからないことはいくらだってある。久々に一緒にツアーを回って気付いたのは、彼女が先だったのか、それともバンドだったのか。とにかく思い立ったら即行動、バンド再始動に向けて動き出す。

 そんなわけで『Night Time People』。今回、恒例のゲスト・ヴォーカリストはなし、ほぼKylie出ずっぱりで、直球勝負のディープ・ファンクが展開されている。水を得た魚のように、これまで以上に好き放題がなりたてるKylie、そしてそんな野放図ぶりをしっかり受け止める、盤石のバンド・アンサンブル。前作で特に顕著だった、耳ざわりの良いポップ要素は抑えられている。代わりに強調されているのは、無骨かつしなやかなグルーヴ感。
 一応、新機軸として、DJをフィーチャーしたお遊びもあるにはあるけど、以前のようにそれが売りになっているわけではない。ここでの主役は、あくまでBamboosだ。


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01 Lit Up 
 先行シングルとして、オフィシャルサイトでもいち早くアップされた、復活を大々的にアピールしたパワー・チューン。トイ・ピアノっぽいイントロから遊び心満載、そこから一気にボルテージ・アップ。だけどバンドはクレバーで、Kylieも余力を残した歌いっぷり。そう、ショウはまだ始まったばかりなのだ。
 ちなみにミックスを手掛けたのが、往年の名エンジニアBob Clearmountain。こういったメリハリのある音は、さすが堂に入ったところ。



02 Stranded
 一転して、Kylieソロでも行けそうなポップ・ナンバー。ソウル色はあまりないけど、サウンドのわりに重い響きのバスドラが、バンドの存在感を引き立てている。

03 Golden Ticket
 で、ここでちょっとソウル色が強くなる。ノーザン・ソウルだな、いい感じのストリングスも入ってるし。先人へのリスペクトを表した、軽快なナンバー。ブラス・セクションがずっと出ずっぱりなのも、通常営業のBamboosらしさ。

04 Salvage Rites
 少しダークな趣きの、ロックっぽさも加味したナンバー。以前だったらもっと甘めに仕上げていたんだろうけど、そこはKylieが歌うだけあって、ボトムの効いたロッカバラードとして成立している。

05 Pony Up
 ライブ映えしそうな、重めのファンク・チューン。演奏陣とのコール&レスポンスが聴きどころ。ほど良い緊張感が全体を支配し、一触即発予測不能のセッションとなっている。彼らとしては珍しく、オルタナ風のディストーション・ギターでのソロが聴ける。

bamboos-7

06 Night Time People
 タイトル・トラックは、モノローグ風に早いテンポのヴォーカルからスタート。ゴリゴリのファンクかと思ったら、案外凝った構成なので、聴き進めると面白い。

07 Backfired
 ルーズなタッチのモダン・ブルース。ブルースという性質上、演奏の方が目立っており、ブラスが特にあれこれ技の出しまくり。Lanceのギター・ソロも出てくる。でもこの人、ほんとブルース色は薄いよな。普通にリズム切ってる方がしっくり来る。あ、でもあんまりしつこくないから、それはそれでいいのか。

08 War Story
 ファニーなノーザン・ソウル風のイントロは、Kylieのソロっぽい。あれだけ豪快ななりをして、これだけパワフルな歌いっぷりだというのに、可愛らしさが漂うというキャラクターは、ある意味貴重。

09 You Should've Been Mine
 60年代ソウルへのリスペクトを踏まえながら、よりポップに、そしてパワフルさを付け加えた、壮大なスケールを想起させるミドル・バラード。今後、彼らのスタンダードとして残るべきアンセム。

http-365daysinmusic.com-wp-content-uploads-2013-09-The-Bamboos

10 San Junipero
 ラス前は恒例のインスト・ナンバー。たっだ1曲ではあるけれど、以前のアルバムのように、演奏陣が隅に追いやられている感はまったくない。Kylieの歌があってこそのBamboosであり、そして逆もまた同様。モダンでありながら、どこか泥臭い。そんな彼らの熱いステージがイメージできる。

11 Broken (feat. J-Live)
12 Broken (feat. Urthboy) 
13 Broken (feat. Teesy)
 で、ボーナス・トラック的なここから3曲、バンドによるベーシック・トラックをもとに、3人のラッパーが絡んだ珍品。よくこんなこと、アルバムでやるよな。普通、シングルの企画だろうに。そこら辺にも手を出すところが、また彼ららしい。普通には終わらせないぞ、という気骨のあらわれか。
 リズミックでオーソドックスなJ-Live、ちょっとギャングスタっぽくルーズなノリのUrthboy、Tessyなんてドイツ語で独特だし。ラップ系はあんまり詳しくない俺だけど、各人フィーチャーする箇所が微妙に違っているので、聴き比べるのもなかなか面白い。





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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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