好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

80年代ストーンズをちゃんと聴いてみようじゃないか - Rolling Stones 『Undercover』

folder 1983年にリリースされたRolling Stones17枚目のオリジナル・アルバム。売り上げデータ的にはUS4位プラチナ獲得、UK3位ゴールド獲得とアベレージはクリア、日本でもオリコン12位にチャートインしている。
 特に日本ではこの当時、Beatlesは再評価ブーム前につき過去の遺物、Led ZeppelinはJohn Bonhamの不慮の事故によって解散、同じくKeith Moonの不慮の事故によって迷走していたWhoは最初から人気がなかったため、現役で活動していた大物ロック・バンドといえばStonesしかいなかったのだ。この時期、Stonesのチャート・アクションが良かったのは、そんな外部要因も大きかったわけで。

 『Dirty Work』のレビューでもちょっと書いたけど、80年代以降のStonesは単なるロック・バンドではなく、下手な東証一部上場企業よりずっと優良な企業体である。活動していない時もバック・カタログが確実な収益を生むし、その運用益もハンパない。彼らがちょっとアクションを起こすたびに収益が発生してしまうため、税務対策上、活動ペースを落とさなければならないくらいである。
 例えKeithやRonnyが良いリフやフレーズを思いついたとしても、すぐに発表することはできない。ビジネス面を統括するMick Jaggerのゴーサインを待たなければならないのだ。あぁめんどくせぇ。

82-20juni-f-HelgeOveraas

 アーティスト自らマネジメントやレーベル運営を担うことによって、これまで何かと搾取されがちだったレコード会社との関係性は大きく変化した。大手レーベルとの直接契約ではなく、自主レーベルからの販売委託という形を取ることによって、アーティスト側の取り分は増える結果となった。中間搾取を減らすことによって粗利を増やすのは、ビジネス的には基本中の基本である。そういったビジネス・モデルの先鞭をつけたのが、Stonesである。
 彼らの成功事例をベースとして、同規模のセールスを有するアーティストらも後に続いたけれど、Stonesほどの収益を上げた者は数少ない。単なる大量販売だけでは、安定した企業経営は維持できない。そこにはアーティストとしての毅然たるポリシー、さらにバランス感覚に優れたビジネス・センスが必要となる。

 ロック・セレブとして不動の地位に君臨するMick Jaggerは、もはや単なるカリスマ・ヴォーカリストではなく、グローバル企業Rolling Stonesの最高CEO である。ステージで激しいダンスを踊りながら歌うより、大量の企画書や決裁書に細かく目を通し、ビジネス・パートナーや弁護士を囲んで会議している時間の方が長いのだ。
 古き良きロック・スターから、着実に枯れたブルース・マンの風情を身につけつつあるKeithもまた、一見あんな風だけど最高幹部会の一員である。彼の場合、Mickと違ってビジネス面は丸投げな部分が多いけど、彼の奔放なライフ・スタイルは、Stonesが単なるビジネス・バンドではない、というイメージ戦略における重要な役どころを担っている。何も考えずに、ヘベレケでギターをいじってるわけではないのだ。それはきちんと長期展望に基づいてシミュレートされたヘベレケである。まぁRonnyにとっては素だろうけど。
 数年前のリーマン・ショックの余波で、彼らの所有する資産価値が大きく目減りした、という、ホントか嘘か出所不明のニュースが流れたり、そんな話題がYahooニュースに取り上げられるのも、彼らならではある。

1981-1982-Concerts-20

 前作『Tattoo You』が新録ではなく、過去のアウトテイク集という形になったのは、主にMick とKeithの感情的な衝突によるものが大きい。
 レコーディング開始にあたり、いつも通りにリハーサルを兼ねたミーティングが行なわれたのだけど、MickとKeithの作業方針がかみ合わず、両者スタジオ入りをキャンセル、レコーディングは中止となった。とはいえ発売スケジュールは決まってしまっているため、発売中止というわけにもいかない。彼らクラスだと違約金だって膨大になる。なので苦肉の策として、膨大なアウトテイク素材を現場サイドに丸投げ、どうにかこうにか繋いだり切ったり貼ったりして無理やり完パケさせ、ピンチを乗り切った。
 で、それから2年ほど経過。さすがに2度続けてお蔵出し放出というわけにもいかず、それなりの心構えでメンバーはレコーディングに参加する。ただやっぱり、肝心の2人のわだかまりは解消されず、雰囲気は終始悶々としていた。
 バンド・メンバー以外の周辺スタッフが多くなりすぎて、ダイレクトな意思疎通が取りづらくなったことも、要因のひとつである。2人だけでまとまった時間を取って打ち合わせをすることができず、さらに加えて人づてで互いの悪口を言い合ったりなど、まぁ陰湿だこと。
 -何かとやりづらく、雰囲気の悪いレコーディングだった、とはRonnyの弁。まぁ彼自身、2人にどうこう言える立場じゃなかったしね。

 そもそも『Undercover』 というアルバムは、前向きな動機で作られたものではない。むしろビジネス上の要請に基づいて作られたアルバムである。
 この時期、Stonesはアトランティック・レーベルとの契約終了を控え、新たな提携レコード会社CBSとの契約交渉を進めていた。契約金は当時史上最高の2800万ドル。この10年後、Princeがワーナーと契約更改した際の契約金が1億ドルなので、そう考えると隔世の感だけど、どっちにしろわけわからん数字だわな。
 そのアトランティックとの契約枚数をクリアするため、Stonesサイドはベスト・アルバム『Rewind』をリリースする作業を進めていた。いたのだけれど、まだ1枚足りない。何かしら作っとかなくちゃ、といった事情である。
 『Steel Wheels』以降のStonesは、「レコーディング→アルバム・リリース→世界ツアー→ライブ・アルバムリリース→休養→最初に戻る」というローテーションが確立されているのだけれど、この時代のリリース・システムは「ベスト・アルバム→契約更改かネタ切れ」「ライブ・アルバム→来日記念かネタ切れ」と相場が決まっており、そう頻繁に大盤振る舞いするものではなかった。『Still Life』も出たばっかりだったしね。

31846ad65bfcad299f5d90721395255d

 で、そういったビジネス面の契約交渉は、もっぱらMickを中心として行なわれた。Keith以下のメンバーにとって、レーベル移籍とは「レコード会社のロゴが変わる」程度の認識しかなかった。そういっためんどくさいことは、みんなMickに押しつけていた。
 いたのだけれど、Stones本体の契約と並行してMick、CBSとの裏交渉で、ちゃっかり自分のソロ契約も併せて進めていた。別に隠してたわけじゃなかったかもしれないけど、きちんと契約書に目を通す者は誰もいなかったので、マスコミ報道を通じて知ったメンバーは、微妙な雰囲気となった。Bill Wymanあたりは知ってて知らんぷりしてたかもしれないけど。
 そりゃバンドに直接関係あるわけじゃないけど、でもひとことくらいあってもいいんじゃね?と憤ったのがKeithである。例えば、Bill Wymanがソロ活動したとしても、みんな「ふ~ん、で?」くらいの反応だけど、Mickはバンドのヴォーカルであり、フロントマンだ。脇役と主役とでは、その重みは全然違ってくる。
 「そんな大事なことを、この俺にひとことも相談なく決めやがって」というのが、その後数年に渡る遺恨試合の端緒となる。

 70年代のKeithが、ドラッグやら裁判やらスキャンダルやら、まぁ全部自分が蒔いた種だけど、何かといろいろ振り回されていた、というのは有名な話。「最も早死にしそうなアーティスト」のトップに長く君臨し、Stonesの活動に専念できなかった。
 で、1977年のカナダでの逮捕拘留→裁判を経て、本格的にドラッグと手を切ることを決意、治療を受けることになる。「全身の血を入れ替えた」というエピソードが、ホントか嘘かは不明だけど、まぁ当時から金は唸るほど持ってたはずなので、人体改造にも匹敵する荒療治を行なったのだろう。だってKeithって不死身のはずだから。
 ほぼクリーンな体にビルドアップした後は、司法交渉の条件であるチャリティー・ライブを開催、晴れて本格的にシーンに復帰することになる。ブルース以外の多様な音楽性を披露した『Some Girls』『Emotional Rescue』も、セールス・内容とも高い評価を得た。
 続けて80年代も、その勢いで活動するはずだったのに。

hqdefault

 Keithがグダグダだった70年代、度重なるバンド存続の危機を乗り越え、Stones運営の舵取りを行なっていたのがMickである。泥臭いブルース・ベースのロックンロールが飽きられつつあることを察して、徐々にサウンドの洗練化を進めていた。ディスコ時代に即した「Miss You」や「Emotional Rescue」のような、ディスコやニューウェイヴがなければ生まれ得なかったシングル・ヒットは、主にMickの手腕に負うところが大きい。
 オーソドックスなロックンロールやブルース・ナンバーを収録することによって、固定ユーザーやKeithらへの配慮を忘れず、ディスコやレゲエなど、当時の最新トレンドの導入によって、同世代ロートル・バンドとの差別化を図った。こういった一連の施策は新世代パンク・バンドへの対抗策となり、Mick Tylor脱退後に訪れた自己模倣からの脱却にも成功した。
 何しろKeithがあんな状態だったため、Mickが率先して、ビジネス/音楽両面において仕切らざるを得なかった。その気になればStonesを活動休止させて身軽なソロ活動もできたのに、Mickは敢えて苦難の路を選んだ。
 バンド存続に尽力していたのは、単なるビジネス上の損得だったのか、それとも純粋にKeithにとってのプロミスト・ランドを守りたかったのか。

 そんなMickの奮闘もあって、Keith復帰後のStonesは短い安定期に突入する。エンタメ性を追求したライブ演出を志向したMickは、これまで偶発性に左右されがちだったライブ・セットのパッケージ化を推し進める。冗長になりがちだったインプロビゼーションを最小限に抑え、その日の気分次第だったセット・リストも、入念なリハーサルによってタイム・スケジュールや曲順を細かく設定した。
 スタジアム・クラスの会場中心のツアーでは、演奏上のニュアンスより大掛かりな舞台セットの方が、観客に与えるインパクトは大きかった。大画面オーロラビジョンやド派手な花火演出は、その後のロック・バンドのライブ演出における基本フォーマットとなった。
 寸暇を惜しんでStones運営に没頭し、Keithも復帰して軌道に乗せることができた。
 -そろそろ俺も、自分のやりたい事やってもいいんじゃね?というのがMickの主張である。

Rolling_Stones_-_Keith-Mick-Ron_(1981)

 ただそうなると、ヘソを曲げてしまうのがKeith。
 「完全復帰したからには、Stonesを世界最強のブルース&ロックンロール・バンドにするんだ」と決意を新たにしたのに、なんだあの野郎、ディスコやニューウェイヴなんかに色目使いやがって。こんなデカいハコじゃなくて、もっとこじんまりしたライブハウスの方が、俺たちのサウンドが伝わるっての。第一なんだあの花火、ドッカンドッカンうるさくて、俺のギターが聴こえねぇじゃねぇかっ。
 「そういうてめぇこそ何だ、いつまで経っても変わり映えしねぇ、同じブルース・スケールばっか弾きやがって。そんなの今どき流行んねぇんだよ、編集でどうにか一曲にまとめてるだけじゃねぇか。第一お前、俺があれこれ段取り立ててる時、現場にいなかったじゃねぇかっ」

 実際、そんなやり取りがあったのかどうかは知らないけど、とにかく何かと噛み合わなかったのは確かである。で、そんな状況下で制作されたのが、この『Undercover』というわけで。
 スキャンダラスな話題性を狙いすぎたがゆえ、却ってダサくなってしまうアルバム・ジャケットや歌詞はいつものこととして、当時流行っていたArthur baker を意識した、ダンス・ビート寄りのタイトル・ナンバーなど、かなりの部分でMickが主導権を握っている。古臭いブルースだけじゃなくて、新規客獲得にはこういった最新の小技も取り入れなきゃならないんだ、と言わんばかりに。
 時代背景的に見ると、テクノロジー機材の劇的な進歩に伴い、アタック音の強いダンス・ビートがチャートを席巻していた時代にあたる。ベテラン・アーティストもその例に漏れず、多分レコード会社からの要請も強かったのか、猫も杓子もシンセ機材やダンス・ミックスの導入を図っていた。
 ただ、そんな戦略が作品クオリティ/セールス両面において成功したのはDavid BowieかYesくらいで、この時代のベテラン・アーティストの作品は、大方が黒歴史化している。この頃のDylan なんて、特にぎこちなかったしね。

rolling-stones-78

 Stonesは自主レーベルだったため、親メーカーからの過干渉も少ない方だったけど、まったく世の流れを無視するわけにもいかなかった。「時代に合わせたヒップな音じゃなきゃダメなんだ」というMickの現場感覚が反映されているのだけど、正直、彼らにそういったニーズがあったかといえば、多分なかったはず。
 ガッチガチのStones原理主義者からの拒否反応は予想できていたはずだけど、だからといってDuran DuranやCulture Clubのファンが『Undercover』に飛びついたかといえば、それもありえない。すでにこの時期、Stonesは強固なブランド・エクイティを確立していたのだから。Stonesのブランドを使いながら、Stonesからかけ離れたサウンドを模索していたのが、彼らの80年代といえる。
 Rolling Stones というバンドの性格上、話題性が先行して肝心の中身について論ぜられるのは後回しになりがちである。特に80年代のアルバムについては、MickとKeithの主導権争いがメインとなり、特に『Undercover』 は彼らのディスコグラフィの中でも存在感が薄い。
 ただ、そういった先入観を抜きにしてきちんと対峙してみると、個々の楽曲自体はしっかり作り込まれ、Bob Clearmountainによるメリハリのあるミックスは、各パートのインタープレイがくっきり浮かび上がる構造になっている。「80年代サウンドに毒されて云々」といった悪評は逆に的外れで、シーケンスに頼らないバンド・サウンドは今の耳で聴くと逆に新鮮でもある。前評判だけでスルーしてしまうには、あまりに惜しいアルバムだよな、これって。周辺情報が多すぎる分、何かと損してるアルバムである。
 まぁ、そういったゴシップも全部引っくるめて、Rolling Stones というバンドのアイデンティティではあるのだけれど。
 なんだかんだ言ってKeithだって、「しゃあねえな」という苦虫顔で付き合ってるし。

Undercover
Undercover
posted with amazlet at 17.04.23
Rolling Stones
Virgin Records Us (1994-07-26)
売り上げランキング: 124,314



1. Undercover of the Night
 先行シングルとして発売され、US9位UK11位のスマッシュ・ヒット。スキャンダラス性を煽ったPVやタイトルといい、何かと先入観で聴かず嫌いの人も多いと思われるけど、ちゃんと聴いてみると同時代のロートル・ミュージシャンと比べても現場感覚をしっかり意識して古びていない。「ダサい」と思われていたダンス・ビート中心のアレンジは、逆に時代の趨勢に飲み込まれず、いま聴くとStones流のダンス・ナンバーとして機能している。
 Sly & Robbyによるダヴ・ビートは彼らにとって新機軸だけど、Keithもレゲエ繋がりなら納得しているのか、オーソドックスなロック・ギターとの相性は良い。ダンスフロアでのリスニング・スタイルを想定して、エフェクトをたっぷり効かせた騒々しいサウンドは、普通なら音が潰れそうなところだけど、構成楽器のひとつひとつの粒立ちは意外なほどはっきりしている。その辺の仕事はやっぱりBob Clearmountain。ちょっと上品だよな、やっぱ。



2. She Was Hot
 こちらは第2弾シングル。パブリック・イメージとしてのStonesなら、むしろこちらの方が「いかにも」といった感じ。王道ロックンロールが飽きられていた時代もあって、US44位UK42位はまぁ妥当なところ。こういった数値で見てみると、やはりMickの先見性が見事ハマった結果になっている。
 それ以外にも前述したように、ミックスが上品なので、このようなガレージ・ロック・スタイルではクリア過ぎる感がある。こういったサウンドではむしろコンプがかかったようにちょっと潰れ気味の方が風情が出るのだけど、きれいに分離しすぎて聴き流れてしまうとこがちょっと惜しい。ライブ映えする曲なので、スタジオ・ヴァージョンじゃない方がいいのかも。

3. Tie You Up (The Pain of Love) 
 彼らのもう一つの持ち味である、ジャンプ風のブルース・ナンバー。MickのヴォーカルとKeith のギターとの掛け合いが、このアルバムのハイライトのひとつ。80年代の特徴として、人工的なドラムの音が興醒めしてしまう部分もあるのだけれど、彼のクセの強いオブリガードはサウンドに埋もれることを拒否している。ていうか、「俺は俺さ」ってか。
 中盤のブレイク、ビートとMickのみのパートが、ものすごくダサい。普通にモダン・スタイルのブルース・ナンバーで通せばよかったものを、この辺は多分Mickの横やりだな。

4. Wanna Hold You
 Keithヴォーカルによる、ちょっとキャッチーなロック・ナンバー。思えばKeithがブルースやレゲエ以外の曲でリードを取るのは珍しい。彼の場合、実際は何が何でもブルース原理主義というわけではなく、地味ではあるけれどアルバム毎に小さな範囲で新機軸を打ち出している。彼だってStonesの一員、ちょっとは新しいサウンドにも手を付けてみたいのだ。
 タイトル通り、Beatles「I Wanna Hold Your Hand」にインスパイアされており、そんなテーマからも軽快さを志向していることが窺える。

Rolling+Stones+Undercover+Of+The+Night+Dub+Ve-11730

5. Feel On Baby
 本格的なレゲエ、と言いたいところだけど、実のところはレゲエのフォーマットを使ってStones的な猥雑さを演出した、本質的な部分ではもっともStonesらしい作品。普通にロックンロールやブルースでお茶を濁すこともできたものを、敢えてここで実験的なナンバーを入れてしまうところが、チャレンジ・スピリットと言える。考えてみれば、方向性は全然違うけど、MickもKeithも新しいサウンドに貪欲という点においては一緒なんだよな。楽しそうにコーラスやってるし。

6. Too Much Blood
 で、そんなレゲエのエッセンスを消化して、ロックンロールのイディオムとサンバのリズムを付け加え、ギターのファンクネスをぶち込んで怪しげに仕立て上げたのが、これ。第3弾シングルとしてUSではメインストリーム・チャート38位にランクインしたのだけど、UKでは音沙汰なし。もったいないよな、いま聴くと、「Thriller」を意識したかのようなギター・プレイやシャウトがモロで笑えるし、でもカッコいいんだよな、ホーンの音色なんかも。
 ちなみにリリース当時話題になったのが、パリで起こった日本人による人肉食殺人事件を歌った歌詞。世界中で騒がれて間もない頃だったため、どちらかといえば批判的な論調だったことを覚えている当時中学生の俺。



7. Pretty Beat Up
 スタジオ・ライブっぽく奥行きある響きのMickのヴォーカルが炸裂する、ソリッドなロックンロール。アクセントとしてDavid Sanbornがエモーショナルなサックスを披露している。ミックスとしては全体的に分離が良すぎるのだけど、Davidのプレイが熱く昂ぶっている。クレバーなプレイでまとめてしまう彼にしては珍しく白熱のプレイ。でもそれだけかな、楽曲としては普通の出来。

8. Too Tough
 なので、下手な小細工を使ってないこれは、Stonesの本質をうまく掬い取っている。リフを中心としたギター・サウンド、わかりやすいサビ。同じロックンロールでも、テイストがまるで違っている。こういった曲は古くならないんだよな。

9. All the Way Down
 Mick Tylor時代を彷彿とさせる、やや土臭いブルースっぽさが充満したロック・チューン。いやいいんだけどさ、これを80年代にリリースするのはちょっと時代性を無視してない?といった感じ。古参ユーザーへの配慮で入れたのかもしれないけど、果敢に挑戦する姿勢を見せたA面と比べると、保守的なナンバーが並んでるのがB面の特徴。ここら辺が若い層には受け入れられなかったのかな。

stones-1

10. It Must Be Hell
 続いて、「Honky Tonk Women」の別ヴァージョンと言われたら信じてしまいそうな、原理主義者向けのスワンプ・ロック・ナンバー。まぁキャッチーなA面と保守的なB面に分けたのかな。いいんだけどね、でも前向きではない。「抑え」的な楽曲としては優秀だけど、メインに出すべき曲じゃない。その辺がわかっててラストに入れたんだろうな。もともとフィナーレで盛り上げるアルバムを作る人たちじゃないし。



Blue & Lonesome
Blue & Lonesome
posted with amazlet at 17.04.23
The Rolling Stones
ユニバーサル ミュージック合同会社 (2016-12-02)
売り上げランキング: 610

嗚呼、青き春の日々よ。 - Prefab Sprout 『Swoon』

folder 今年3月に突如YouTubeに新曲「America」をアップ、そのタイミングに合わせたのか、いや制作の噂はずいぶん前から流れていた詳細な評伝『プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて』が出版されたり、何かと周辺が騒がしくなってきたPrefab SproutのPaddy McAloon。
 昨年は映画監督Spike Leeを含む3ショット・フォトがインスタグラムにアップされたことで、両者の関連性の薄さから世界中のファンがちょっとだけ騒然となった。ほとんど生き仙人のような人なので、このような気まぐれ的なエピソードでも「活動再開か?!」とネット上では盛り上がっていたけど、まぁあんまり期待しない方がよい。もともと腰の重い人だし、第一、前作『Crimson/Red』リリースから「まだ」4年しか経っていない。下手に期待すると失望もデカいので、優しく動向を見守ってやった方が精神安定上よろしい、というのが俺の個人的見解。



 トランプ政権の移民締め出し政策に対する抗議声明を織り込んだ歌詞は、簡素なアコギのストロークで彩られている。メロディはシンプルで歌声もソフトで穏やかなので、英語を解しない者にとって、「America」は我々が良く知っているPrefabサウンドに加工される前の原石として映ることだろう。
 少年期をニューキャッスルで過ごしてきたPaddyが長らく憧憬を抱いていた、はるか大西洋の向こうのアメリカ。彼にとってアメリカとは、Elvis PresleyやGershwinらを始めとする、多数のポップ・イコンを産出した「自由と繁栄」の象徴だった。それが時代を経るにつれて動脈硬化を患い、本来トリック・スターであるはずの男を大統領に祭り上げてしまってから、急激に制御不能の迷走状態に陥ってしまう。
 Paddyが政治的な発言・行動を起こしたことは、これまでにない。労働者階級にえらく評判の悪かったサッチャー政権の80年代UKでは、ほぼどのアーティストもサッチャリズムへの不快感をあらわにした楽曲を書き、インタビューで毒づいたりすることが一種のトレンドだったのだけど、Paddyについてはあまりそういった発言があった話は聞かない。もともと頻繁にインタビューを受ける人ではなかったこと、また「King of Rock’n’ Roll」「Cars & Girls」など一部のポップ・ヒットを除き、キャリアの早いうちから時代風俗に左右されない、純音楽主義的なスタンスを貫いてきた点も、彼の浮世離れ化に拍車をかけた。

zxlnnn

 よっぽど腹に据えかねたのか、たまたまひらめきとタイミングとがマッチしちゃったのか、それはともかくとして、Paddyが今の時勢とのコミットを図ろうとしたこと、また前世紀から使い倒していた古臭いマックから、スマホ・ユーザーにランクアップしていたことを、全世界のファンは慶ぶべきことである。ここまでが賞賛。
 ただ、純粋に楽曲レベルで判断すると、「America」はやはりデモ段階のトラックであって、正直、新曲以上の付加価値を云々語れるレベルではないことは確か。映像での余興的なパフォーマンスから窺えるように、このレベルの楽曲なら彼にとっては鼻歌程度、さして産みの苦しみを煩わすこともなく書いてしまう人である。今回はたまたまアップされているけれど、構成がまだ不十分な楽曲・断片的なフレーズは山ほどあることは、昔から結構知られている事実である。何年かに一度、どこがしかで流出音源がネット上で拡散され、各フォーラムは喧々諤々の大騒ぎになるのは恒例行事となっている。
 そういった未整理のマテリアルは多々あって、熱心なファン・フォーラムや非公式サイトでも詳細な未発表アルバム・楽曲のデータ・資料がまとめられている。とにかく思いつきは壮大で、それに見合うほどの材料はたっぷり準備されているはずなのに。

 それなのにPaddy、大風呂敷を広げて畳めないというか、広げた後にまた別の風呂敷に目移りしてしまうというか、まとまった形に仕上げることが大の苦手である。単なる佳曲の寄せ集めではなく、一本筋の通った堅牢なコンセプトを設定してしまうので、何かと自分で縛りを多くしてしまって収拾がつかなくなってしまうパターン。夏休みの計画表作りに全エネルギー使っちゃう、典型的なタイプだよな、この人。
 そんな人なので、今回のように衝動的な単曲アップロードという行動は極めて珍しいことなのだけど、時代は変わってスマホ・ユーザーになったPaddy、思いついたらすぐ世界中に発信できるシステムの存在を知り、様々なタイミングが合っての結果なのだろう。
 アルバムという単位が形骸化しつつあるご時勢、これを機に「思いついたら録って出し」の形でどんどんネットにアップ、最終的にオムニバス的な小品集にまとめてしまうのもアリなんじゃね?と外野は思ってしまうのだけど、まぁ多分しねぇよな。その辺は古い価値観で固まってそうなので、「やはりアルバムとは、云々カンヌン…」といったこだわりがありそうな気がする。
 めんどくさい奴って思っちゃいけないよ。アーティストなんて、大抵めんどくさい人種なんだから。

7001f97f66bee7141fcb78358682ff2e

 現役のソングライターとしては、前世代に属するBrian WilsonやPaul Simonらとも引けを取らないポップ職人のPaddy McAloon だけど、最初から今のようなコンテンポラリー・ポップ路線を志していたわけではない。むしろデビュー前後はそういったコンテンポラリー路線とは真逆のベクトル、若輩ゆえの荒削りなんてものではなく、もっととんがって屈折したサウンドを奏でていた。
 当時彼らがカテゴライズされていたネオ・アコースティック、略してネオアコというジャンルは、代表的アーティストとされているEverything But the GirlやAztec Camera のサウンドから窺えるように、今の耳で聴けばアコースティック・ポップ、シャレオツな午後のカフェにフィットするソフトな癒し系を思わせる。事実、そんな使われ方は今も変わらない。アップテンポなナンバーも基本、どれもトゲがないように聴こえるし。

 発売から30年以上経過、現代のフラットな視点ではナチュラル志向の強いサウンドとして受け止められているけれど、ムーヴメントの隆盛である80年代初頭にフォーカスを置くと、リアルタイムでしかわかりえない別の側面が表れてくる。
 パンク/ニューウェイヴの波がひと段落し、ポスト・パンクとして「何でもアリ」の爛熟状態だった1978年、Prefab Sproutは結成された。最初期の自主制作シングル「Lions In My Own Garden」はブルースっぽさの薄いハーモニカと単調なギター・ストロークで構成されたフォーク・ロック調ナンバーとなっている。やたらアタックの強いスネアと吐き出すようなPaddyのヴォーカルは、パンクの余波を引きずった、それでいて性急で単調な8ビートを拒否しているかのように映る。そのビートは粗野な響きではなく、あくまで主役になっているのは歌だ。
 ナチュラル・トーンのギターとルート音にこだわらない自由奔放なベース・ライン。ハードコアやシンセ・ポップとも違う、既存ロックの破壊を主目的としたパンクの「その後」であり、建設的なアンチ・スタイルでもある。

p04clpdk

 で、『Swoon』。実は今に至るまで、きちんと馴染めずにいる。いくら聴きこんでも掴みどころのない、それでいて数年に一度、たまに聴いてみたくなる類のアルバムでもある。ジャンルは違うけど、俺的にはTom Waits 『Rain Dogs』と同じ座標上にある、そんなアルバムである。
 若気の至りとか習作的な扱いをされる反面、二度と作れない/誰にも模倣できない、という意味では、80年代UKのロック/ポップ・アルバムの中でも孤高の位置にある。Paddy的にとってもデビュー作ということで、他のアルバムと比べて感慨めいた想いがある反面、どれだけ時間を費やしても到達できない、初期衝動のみによって組み立てられた不器用な完成品が、ここには詰まっている。
 ジャンルは全然違うけれど、King Crimsonが「21st Century Schizoid Man」を、若き日の桑田佳祐が「勝手にシンドバッド」を、もっと若い人にもわかりやすい例でゆずが「夏色」を作ったように、デビュー前の蓄積をベースとした突発的な思いつきが、突然変異的な名作を産み出すことが、ポピュラー史の中ではままある。
 どのアーティストもキャリアを重ねることによって、技巧に長けて数々の名曲を産み出したけれど、逆に最初期の正体不明なエモーショナルは失われてゆく。どれだけ卓越した技術を持ってしても、鮮烈なデビュー曲の前ではすべてが霞んでしまうのだ。

 だからといって『Swoon』がそれらの曲同様、強烈なインパクトを放っているわけではない。UK最高22位はデビューとしては充分アベレージを超えてはいるけれど、当時の80年代音楽シーンに鮮烈な一石を投じた、というほどではない。彼らのキャリアの中では異質なサウンドであり、その後のPaddyの志向はもっとスタンダードに寄り添ったソフト・サウンドへ向いていった。なので、ここで奏でられるサウンドはその後の彼らとは一線を画しており、習作と言えるものではない。あくまで異質の手触りだ。
 今さらPaddyが『Swoon』的なサウンドを作ろうはずもないし、そんな需要もないだろう。ここでのサウンドはあくまで刹那的な、ほんの一瞬のものだ。あくまで蒼い青年時代の初期衝動の産物でしかない。
 ただ、ここからすべてが始まった。こういったわかりやすい「怒り」をラウドなサウンドを使わずに表現することが、Paddyの表現者としてのスタートだったのだ。それだけは言える。

Swoon
Swoon
posted with amazlet at 17.04.20
Prefab Sprout
Sony/Bmg Int'l (2001-10-01)
売り上げランキング: 152,385



1. Don't Sing
 性急なビートに載せて、今ではほぼ聴くことのできない27歳のPaddyのシャウト。簡素なバッキングは歌と突っかかったようなギターのフレーズを引き立たせる。アクセントで使われるフェンダー・ローズまがいのシンセと調子っぱずれのハーモニカ。どのパートもメチャメチャな方向を向いているが、奇跡的にひとつの楽曲として成立している。



2. Cue Fanfare
 なので、これもベクトルはバラバラ。ポップ・ソングとして捉えるなら完全に破綻しているのだけど、破綻こそ美であるニューウェイヴの潮流で考えるとわかりやすい。セオリーを外しまくることに重点を置いたがため、楽曲としての整合性を無視したメロディとコード進行は、唯一無二の輝きを放つ。

3. Green Isaac
 ここで少しメロディとしてのまとまりが出てくる。ニューウェイヴ界の天使的存在だったWendy Smithのコーラスが印象的だけど、常にフラットしまくる彼女の歌声はこの頃から。転調を境として前半と後半とでは、色合いがまったく違っている。よくひとつにまとめたよな。

4. Here on the Eerie
 彼らにしては珍しく、ていうかほとんど唯一といってよいファンキー・チューン。正直、イントロだけずっと聴いていたいほどだけど、歌が入ると相変わらず奔放なPrefab節。シャッフルするリズムは性急にPaddyの歌を追い立てる。レアグルーヴ系のコンピに入れたら、案外しっくり来るんじゃないかと思われる。

P00000674

5. Cruel
 初期の代表作とされる、ジャジー・テイストを強調した「これぞネオアコ」といった代名詞的なナンバー。スタンダード・ナンバーにも匹敵する構成力は、若干27歳の若者の手によって紡がれたとは思えない完成度を誇る。Costelloがカバーしちゃったのも納得してしまう出来である。でもCostelloが歌っちゃうと、完全に彼の色で染まっちゃうんだよね。それに比べてPaddyのキャラクターってそれほど強いエゴが出てるわけじゃないし。この辺がやはりグローバル展開できるかできないかの違いなのだろう。



6. Couldn't Bear to Be Special
 コーラスのかぶせ方が『Steve McQueen』以降を思わせる、よってこのアルバムの中ではちょっと異質なメロディアスなナンバー。Paddyの青臭いシャウトが『Swoon』的世界観につなぎとめているけど、流暢なメロディはやはり隠しきれない。その後の方向性を暗示させる曲である。

7. I Never Play Basketball Now
 果てしない階段を降りてゆくような不穏なイントロが明けて始まるのは、案外爽やかなポップ・チューンで拍子抜け。このアルバムの中では比較的わかりやすい形にまとめられているので、むしろこれをシングルで切ってもよかったんじゃないかというのは俺の個人的感想。青白い文化系少年Paddyを彷彿とさせる、タイトルがあらわすように帰宅部への憐憫と皮肉が入り混じったナンバー。

8. Ghost Town Blues
 ラグタイムっぽいイントロで始まるヴォードヴィル・ナンバー。タイトル通り歌詞は救いのないくらい内容。だってブルースだもん、と言わんばかりに。でも曲調はどう聴いたってブルースじゃない。もともとPaddy、ブラック・ミュージックの要素は皆無だし。彼なりのブルースなのかしら。

prefab-sprout

9. Elegance
 ネオアコ成分の強い、このアルバムの中では比較的聴きやすいナンバー。コード的にはちょっと不安定なところはあるけど、例えばビギナーに『Swoon』のオススメは?と問われて真っ先に浮かぶのはこの曲なんじゃないかと思われる。ただ、長らく聴き込んだファンにとっては平坦なポップ過ぎて、ちょっと物足りなくも感じてしまうのだ。

10. Technique
 なので、すれっからしのPrefabユーザーはこういった曲をむしろ好んでしまう傾向にある。ミニマリズムなカウントの後、吐き捨てるようなPaddyのヴォーカル。1分ほどして転調、その後のファズ・ギター、そしてゆったりしたワルツにつながる展開は先が読めず、ニューウェイヴにおけるセオリーすら軽々と飛び越えてしまう。何でもアリというのがニューウェイヴ以降である、ということを改めて知らされる一曲。

11. Green Isaac II
 3.の続編となるエピローグ。Wendyとの荘厳なデュエットは美しく透徹として、そして唐突に終わる。途切れた音の先はどこへ向かったのか。


ア・ライフ・オブ・サプライジズ~ベスト・オブ・プリファブ・スプラウト(期間生産限定盤)
プリファブ・スプラウト
SMJ (2016-12-21)
売り上げランキング: 121,420
Crimson / Red (Boxset)
Crimson / Red (Boxset)
posted with amazlet at 17.04.20
Prefab Sprout
Icebreaker Records (2013-10-29)
売り上げランキング: 102,690

扱いの軽さはフットワークの軽さ - Aztec Camera 『Frestonia』

folder 2014年、8年振りにリリースされたRoddy Frameのソロ・アルバム『Seven Dials』。ほぼテレキャスのセミアコ1本でレコーディングされた佳曲たちは、そのシンプルなサウンドゆえ、地味ではあったけれど長く聴き続けられるクオリティを維持していた。決して多くの人に届くことはないけれど、少なくとも長年のファンを充分満足させることができた。
 アルバム・ポートレートで披露されたそこでの風貌は、「Walk Out to Winter」と口ずさんでいた頃の溌剌した面影は薄れ、ポップ・シーンから脱落して久しい、旬を過ぎたアーティストの残酷な加齢ぶりをさらけ出していた。シーンの最前線とは言えなくとも、それでもまだ毅然とした表情を見せていた前作『Western Skies』との落差は歴然としており、「Roddyに何があった?」と世界中のファンの間では一時あれやこれやと論議に沸いたけれど、そんな騒ぎもすぐに終息した。
 そう、Roddyと同じように、我々も歳を取ったのだろう。人間、50を越えればいろいろ出てくる。良い知らせよりもむしろ、悪い知らせの方が多くなってくる。何もない方が不思議なのだ。
 歳を重ねることによって無駄なアレンジは後退し、骨格となるメロディと言葉は熟成された。かつてのような『Knife』の切れ味はなくなったけど、数年に一度、ふと思い出して聴き続けられる、使い捨てじゃない歌を奏でる50代のRoddy。多分、今後もゆっくりかつじっくりと、コップに水滴を溜めるペースで歩み続けるのだろう。
 『Seven Dials』リリース後に行なわれた一連のプロモーション・ツアーを2015年8月に終え、その後、彼の足取りはパッタリ途絶えてしまう。オフィシャル・サイトもtwitterも更新が止まったまま、YouTubeチャンネルも持ってなさそうなので、再び新たなコップを用意しているらしい。いやコップすら用意してるかどうだか。
 『Seven Dials』リリース前も、音楽活動から離れて別の仕事についていた、とのこと。彼クラスのアーティストでさえ、音楽一本で食ってゆくには厳しい世の中なのだろう。

jpg

 そんなRoddyが所属していた、ていうか後期はほぼ彼のソロ・プロジェクトと化していたAztec Camera、その最終作となったのがこの『Frestonia』。特別、「これでプロジェクト終了」と銘打ってリリースされたわけではなく、何となく自然消滅的にバンド契約が終了、それから何となくソロへ移行して行ったため、いわゆるフェアウェル的なムードはまったくない。本人の意向だったのかリプリーズ的にやる気がなかったのか、何とも寂しい幕引きである。プロデュースをClive Langer & Alan Winstanley という、MadnessやElvis Costelloを手掛けたヒットメイカーに委ねているのだけれど、正直、彼らのピークは80年代だったので、なんで今さらといった感は抜けない。この辺にもレーベルとの齟齬があったんじゃないかと思われる。
 Aztec Cameraのセールスのピークはとうに過ぎてしまっていたのと、そもそもRoddy自身がバンドのブランド・イメージを背負っていくことに興味を失ってしまっていたこともあって、ネガティヴな話題しか出てこない作品ではある。1995年といえば、OasisやBlur、Pulpらブリットポップ勢がチャートインしてきた頃だったし、何でわざわざロートルの作品を聴かなきゃならないのか。
 でも、同じ釜の飯を食ってたEdwin Collinsはがんばってたんだよな。スタートはさして変わらなかったはずなのに、どこでどう枝分かれしてしまったのか。やっぱ積極的に外部でコラボしたり顔出ししたりする営業力だよな、アーティストも。90年代初頭はあれこれやっていたはずなのに、どこで心が折れちゃったんだろうか。

 契約消化・敗戦処理的なモチベーションで作られたアルバムゆえ、レーベル側もそれほど積極的にプロモーションしなかったのか、前作『Dreamland』が最高21位だったにもかかわらず、『Frestonia』は100位ギリギリという結果に終わっている。来日公演も多かったおかげもあって、日本でのメディアの反応は比較的好意的だったけれど、やはりブリットポップの勢いにかき消されてしまい、売り上げには結びつかなかった。
 以前のようなシングル・ヒット狙い、キャッチーなキラー・チューンと言える楽曲は見当たらない。バンド・ヴァージョンの『Seven Dials』的な、当時のUKポップのトレンドとは逆行した、スタジオ・ポップな楽曲で占められている。
 これでもう少しチャートへの色気があって若手バンドと組んでいれば、Edwinと同等のポジションは狙えていたはずなのに。ていうかプロデューサー、その辺のサウンドは得意なはずだろ、もっと仕事しろよ。

4c14c7446b848529d57aa5debbbc5dee

 ポストカード時代を含めれば、すでに40年近いキャリアがあるはずなのに、UKポップ史におけるRoddy の扱いの軽さは変わらない。そりゃチャート・アクションだけで見れば「Somewhere in My Heart」の一発屋だけど、ネオアコ/インディー・ポップの成り立ちを辿ってゆけば、フロンティアとして誇れるほどの爪痕は残しているはずなのに。
 不当な扱いを受けている、と言いたいのではない。ネオアコ時代の原理主義者はともかくとして、この人の場合、アルバムごとに音楽性がコロコロ変わってしまうので、レーベル的にも購買ターゲットを絞り切れず、よってファンの定着が難しいのだ。ネオアコ~アーバンR&B~ギター・ポップ~AOR~アコースティックと、短期間で変遷が著しい。ここに加えて、Cindi Lauper「True Colors」からVan Halen「Jump」に至る節操極まりないカバーや、「Spanish Horses」のようなイレギュラー的な楽曲が加わるのだから、全方位外交的な守備範囲の広さである。ファンからすれば、多岐に渡るジャンルのRoddy的解釈に嬉々するのだけど、ライト・ユーザーから見れば「何をしたいのかよくわからない」という声がほとんどだろう。

 Roddyの政策スタイルとして、メジャー・デビューから一貫しているのだけど、良い楽曲を手間をかけて誠実に作るスタンス、これは変わらない。前述した、コップに水滴を満たすが如く、数年に一度のリリース・ペースではあるけれど、『Love』でのブレイク以降の固定ファンは急かすこともなく、律儀に彼の帰還を待っている。
 その輪はもう、決して大きく広がることはないけれど、でも、消え去ることもない。その円環は緩やかに閉じられているのだ。多くの大衆を巻き込む吸引力には欠けている。でも、今後も彼の音楽を求めるユーザーは確実に存在し続ける。

 扱いの軽さと関連するけど、Aztec Camera / Roddy Frameからの影響をあらわにしたフォロワーがあまり見当たらないところにも、彼の音楽の閉鎖性が窺える。90年代日本の渋谷系、初期のフリッパーズ・ギターが彼のメソッドを移植していたこともあったけど、それも一時の流行に終わってしまった。ネオアコというムーヴメント自体が刹那的なものであって、長く深く掘り起こしてゆく類のジャンルではないのだろう。
 『Love』以降のRoddyの音楽性は、ジャンルの違いはあれど基本、コンテンポラリー路線に移行してしまったため、純粋な楽曲クオリティ以外の特異点が薄れてしまい、差別化が図りにくくなってしまったことも、リスペクトの弱さに起因する。そんな事情もあって、ベテラン・アーティストにありがちなトリビュート・アルバムや企画・イベントも行なわれた形跡がない。どこか軽く見られがちである。
 大御所なのに軽く見られる存在として、以前取り上げたのがDavid Byrne。彼もTalking Heads解散以降、メジャー/インディーを問わず、あらゆるジャンルのアーティストとコラボしているけど、Roddyのように「音楽性が定まらない」という風には受け取られない。ベテランであるにもかかわらず、常にビギナーと同じ目線で新たなジャンルの開拓に余念がなく、フットワークだって軽い。アーティストに限らず、自分のフィールド以外にもアンテナを張ってる人は、いつだって若いのだろう。去年、ニューヨークで大々的にトリビュート・ライブやってるしね。

13129

 もしかしてRoddyもまた、Byrne同様、近所のパブやライブハウスなんかで時々、少数の客相手に弾き語りでもやっているのかもしれないけど、遥か極東の島国では、そんな情報も届かない。やって欲しいよな、まだ50代だし。老成するにはまだ早すぎる。

 で、『Frestonia』。老成というよりは熟成といえる、静謐なトーンで統一されたAztec Camera謹製ポップの完成形となる楽曲が並んでいる。いや、もうバンド名義にこだわって書いてないな。そういった過去の栄光やネーム・バリューを取り払った、Roddy Frame個人のパーソナルな部分を反映した歌たちで占められている。
 以前は元ClashのMick Jonesや前述のEdwin、『Dreamland』では世界のサカモトとコラボなど、錚々たるメンツが参加していたというのに、ここではそういった目玉ゲストもなし。基本はほぼライブと同じ、小編成でのバンドでのレコーディングとなっている。
 自らそういったシュリンクしてゆく方向性を望んだのか、丹念に磨きをかけた楽曲のレベルは高い。レイドバックしたかのような、シーンにおいての現役感の薄れた響きは、マスへと届くことはない。その音は小さなコミュニティの中で、時代を超えて古びることもなく鳴り続けている。


Frestonia
Frestonia
posted with amazlet at 17.04.14
Aztec Camera
Warner Bros UK (1995-10-19)
売り上げランキング: 273,446



1. Rainy Season
 Roddyにしては珍しく、泥臭いアメリカン・テイストの大味なバラード。ヴォーカルもリキが入っており、ディストーションのかかったギターも大サビでの男性コーラスとのユニゾンも、これまでになかったパターン。終盤ブレイク後のドラムも力強い。
 シングルとして切るなら、こっちの方が良かったんじゃないかと思われるし、Roddy的にもその心づもりだったはずだけど、完パケしてしまうと、そこまで積極的に意見する気力も失せてしまったのだろう。リプリーズ的には2枚目のシングルとしてストックしていたのだろうけど、あいにくファースト・シングルがチャートインしなかったため、その構想はボツとなった。



2. Sun
 で、そのファースト・シングルがこれ。1曲のみ収録のCDシングルは市場ではほぼ相手にされなかった。当時はメイン・トラック以外の収録曲違いでのリリース・パターンが流行しており、どのバンドも最低2~3種類の同名シングルをリリースしていた。そんな中での簡素な形態でのリリースは、悪い意味で目立ってしまっていた。
 オルタナ系のポップ・バラードを整理してまとめたような感触のナンバーは、Roddyとの相性は決して良くない。曲が悪いというのではなく、「合わない」。この人の場合、もっとリズムをベースに組み立てた曲の方が、メロディが引き立つ特性を持っているので、バンド・スタイルにこだわらないアレンジの方が良かったんじゃないかと思われる。あ、だからバンド最終作なのか。

3. Crazy
 なので、同じレイドバックでも、メジャー感を抑えたシンプルなバラードの方が、メロディの妙が引き立っている。このアルバムではほぼRoddyが全編に渡ってギターを弾いているのだけど、バンド・サウンドに負けぬようエフェクトを効かせた音色はなかなかレア。ロックのフォーマットを使っているけれど、う~ん何だ、例えはちょっと古いけど、安全地帯をロック・バンドと言い切っちゃう雰囲気に近い。

4. On the Avenue
 彼にロック的なイズムを求めていない長年のファンからすれば、こういったアコースティックな楽曲の方に食指が動いてしまうのは、まぁ致し方ないこと。だって良いんだもの、普通に。ピアノとアコギ、それにRoddyの歌。たっだそれだけ。それだけなのに懐かしくも愛おしい、シンプルな良い曲。でも、地味だよな。

AZTEC_CAMERA_SUN-55629

5. Imperfectly
『Love』を思わせるリズムライクなオープニングから始まる、それでいてポップで蒼いエモーショナルを感じさせるナンバー。テンポも良いので、冒頭2曲のようなレイドバック感も少なく、疾走感が心地よい。間奏後のBメロコーラスがベタだけど、バンドらしさが出てカッコいい。この感じの楽曲がもう1、2曲あれば、ポップ・サイド/スロー・サイドのバランスが取れていたのだけど。

6. Debutante
 そうか、ドラムが大味なんだな、このアルバム。今頃になってやっと気づいた。リズム・パターンが単調なので、メロディが活かしきれていないのが。いまいち噛み合わない要因だったのかも。そうするとやっぱプロデュースか。楽曲には何の罪もない。デコレーションの仕方がバンド・イメージ前提なんだもの。普通に歌を聴かせてくれればよかったのに。

7. Beautiful Girl
 オープニングのアレンジはLanger & Winstanley得意のポップ・バラードにありがちな展開なのだけど、Roddyの色が強く出たことが良い方向に作用して、大味加減を抑えた仕上がりになっている。なのでいい意味で聴きやすい。長いファンも納得してくれるよな、これだと。抑制を効かせたアレンジがしっくり来ている。
 アウトロのギター・ソロが案外長く、彼のギター・プレイが好きな人にもオススメ。

Roddy Frame RS_body

8. Phenomenal World
 「Good Morning Britain」を思わせるロック・アレンジ。サウンド的にはラウドなのだけど、やはり彼の声質とはどこかミスマッチ。やっぱりMick Jonesに比肩する個性的なキャラクターが必要なのだ。お行儀の良さによるミスマッチ感が逆に良い、という人もいるのだけど。

9. Method of Love
 でも考えてみると、Roddy本人はともかくとして、プロデューサー・サイドは当時のトレンドもちょっとは意識していたのか。猫も杓子もブリット・ポップ全盛のご時勢で、できるだけ彼の歌を世に知らしめるためには、バンド・スタイルのアレンジを施さない限りは太刀打ちできない、と判断したのだろう。バラード一本でもよかったはず、と本人は思っていたのだろうけど、その辺がどこかポップ・スターへの色気を捨てきれなかったんじゃないかと思われる。

10. Sunset
 というわけでラストにぶち込んできたのが、2.のアコースティック・ヴァージョン。これまでの愚痴やらツッコミやらが、すべてチャラになってしまう仕上がりとなっている。決してヒット性があるわけではない。みんながつい聞き耳を立ててしまう派手さもない。でも、これはやはりRoddyしか作れない歌だ。その歌がもっとも引き立つスタイルとなると、やはりこれになる。

 


ザ・ベスト・オブ・アズテック・カメラ
アズテック・カメラ
ダブリューイーエー・ジャパン (1999-07-28)
売り上げランキング: 23,331
Original Album Series: Aztec Camera
AZTEC CAMERA(アズテック・カメラ)
Warner Music (2010-02-27)
売り上げランキング: 71,139

カテゴリー
月別アーカイブ
記事検索
Twitter
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村

アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: