好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

プリンス、逝く(ほんとに逝くとは言ってない)。 - Prince 『Come』

folder 1994年リリース、殿下15枚目のオリジナル・アルバム。このアルバムのリリース当時、殿下とワーナーとの関係は、もはや修復不可能なほど悪化していた。契約消化のため、しぶしぶマスターテープを提出はしたものの、できればワーナーには一銭も儲けさせたくなかった殿下、プロモーションには一切協力しなかった。
 なので、US15位UK1位というチャート・アクションは、当然といえば当然。アーティスト側がこれじゃ、現場営業も力入らないよな。
 レジに持って行くにはめちゃめちゃ気恥ずかしい、あの『Lovesexy』以来、アメリカでは久々のトップ10陥落となった。「でもイギリスじゃ、まだトップ維持してんじゃないの?」という見方もできるけど、英米とでは、マーケットの規模が全然違う。
 アメリカのゴールド・ディスク基準は50万枚以上だけど、日本のほぼ半分程度のシェアしかないイギリスでは、10万枚でゴールドがもらえる。世界規模で活躍するアーティストとしては、なんともショボい売り上げである。
 ちなみに、イギリスのほぼ倍の市場の日本に置き換えてみると、当時、20万枚のイニシャル・オーダーだったのが、電気グルーブだった。「殿下」と「電気」か。並べてみると語呂はいいよな。ただそれだけだけど。

 殿下としては、ワーナーに利するような行為は極力避けたかったのだけど、こちらから契約破棄を申し出ても、膨大な違約金で自分の首を絞めることはわかっていたはずだった。はずだったのだけど、それでも駄々をこねるところなんて、さすが常識では計り知れないお方である。まぁ単なる子どものワガママみたいなものだけど。
 苦肉の策というか単なる自己満足というか、表ジャケットのアーティスト・クレジット「Prince」の下に、「1958ー1993」と、意味深な数字が記されている。「これを最後に、Princeとしての活動は終わりにする」という意思表示なのだろう。時代が違えば、厨二病って呼ばれてたんだろうな。
 そんな殿下のこじらせ振りにうまく乗っかったのが、日本のワーナー。なにしろ当時のキャッチコピーが「プリンス、逝く」。ロキノンでこのアルバムの広告を見た俺、「あぁこれで殿下も引退しちゃうんだな」とバカ正直にセンチになってしまったことを覚えている。ネット普及以前、情報に飢えていた洋楽ファンは、みな純粋だったのだ。
 その後の天衣無縫・やりたい放題の殿下の傍若無人っぷりを思えば、その頃まともに一喜一憂していた自分が恥ずかしくもある。バカバカ、25年前の俺のバカッ。

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 そんな音楽以外のトラブルによるストレスも手伝ってか、従来のワーカホリック振りに拍車がかかり、24時間フル稼働していたのが、当時の殿下である。
 例の紫の御殿では、夜な夜なレコーディングとメイク・ラブが繰り返されていた。ツアーに出たら出たで、緻密に構成されたライブとリハーサル、興が乗ればアフターショウを行なっていた。客席に目ぼしいグルーピーを見つけると、声をかけて夜のアフターショウに勤しんで…。なんだイチャイチャしてばっかじゃねぇか。
 無尽蔵に放出されるアドレナリンを発散する場所がSEXだったのか創作活動だったのか。多分、両方だろうな。この時期に残された膨大な未発表音源が、それを証明している。

 ペイズリー・パークはもちろんのこと、ツアー先でもひとたびインスピレーションが湧けば、即座にスタジオ機材やスタッフを揃えるのが、殿下スタッフの役割のひとつだった。とにかくアイディアを思いついたら、その場で吐き出さないと気が済まない質なので、周辺スタッフは急なオファーに即座に応えられるよう、気が休まらなかったんじゃないかと思われる。それならいっそ、適当にメイク・ラブしてくれてた方が、その間は休めるわけだし。
 ツアー以外はほぼスタジオに篭りきりだった90年代前半の殿下、それはデジタル・レコーディング技術の過渡期に当たる。
 当時のシンセ機材はインターフェースが充分でなく、初心者が手軽に取り扱えるものではなかった。ちょっとしたサウンド合成やシーケンス・リズムでも、多くはマニピュレーターの助力を必要とした。
 機材セッティングだけでも数時間を要するため、思いついたら即録音というわけにもいかない。もし時間が許したとしても、殿下のコミュ力でマニピュレーターにサウンドのイメージを伝えることなんて、できるはずがない。
 21世紀に入ってからは、パソコン上で動かせるソフト・シンセのクオリティが上がり、スタジオ・レコーディングと遜色なくなった。ただ、そんな技術革新と反比例するかのように、殿下の創作ペースはとっくの昔にピークを過ぎていた。
 21世紀を過ぎてから、オフィシャルのアルバム・リリースもそうだけど、流出音源もガクッと減ったのは、殿下の関心がレコーディングよりライブ・パフォーマンスの方に傾いたことも、ひとつの要因である。レコーディング作品だって、タダで配ったり新聞のおまけにつけたりで、売る気なさそうだったし。
 もし殿下が20年くらい遅く生まれていたら、DTM機材を使いまくって、延々終わりの見えないレコーディグを続けていたかも…。いやないな、チャチャっと自分で演奏した方が早いだろうし。

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 最近、殿下の回顧エピソードというテーマでインタビューを受けたSheila Eが、いろいろとぶっちゃけている。
 Michael Jacksonがコラボを熱望して、「BAD」のデモテープを殿下に送った話、真偽はともかく、これは結構知られている。デュエットに消極的だった殿下が首を縦に振らず、幻の企画に終わった、とされていたのだけど、Sheila 曰く、その続きがある。
 Michaelヴァージョンを一聴した殿下、普通なら倉庫にポイといったところを、何か刺激を受けたのか、突如レコーディングを開始する。「コラボはしない」と決めたにもかかわらず、独りセッションは進行する。
 できあがったのは、「BAD」。しかもリ・レコーディングされた殿下ヴァージョン。その新たなテイクをSheila に聴かせてご満悦の殿下。聴かせるだけ聴かせると、それで満足しちゃったのか、その場でテープを消去してしまった、とのこと。なんちゅうエピソードだ。
 もしこれがほんとなら、俺世代の音楽ファンにとって、驚愕のエピソードである。マスターなりコピーでも発掘されたら、そりゃあもう大騒ぎ。
 Sinead O'Connor に提供して世界的大ヒットとなった「Nothing Compares 2 U」も、長らく殿下のスタジオ・ヴァージョンは存在しないとされていたけど、今年に入ってから発掘され、発表されている。死後、残された未発表テイクの山は、まだ収拾がつかない状態が続いているため、その「BAD」も倉庫のどこかでひっそり眠っているのかもしれない。
 もしかして、もうサルベージされているのかな。権利関係が複雑そうだから、表に出すのが難しいだけで。

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 で、『Come』。
 もともとはシングル・アルバムではなく、『Dawn』という3枚組アルバムとしてリリースする構想だったらしい。さっさと契約満了したいがため、リリース枚数を稼ぐ殿下の思惑とは裏腹に、できるだけ小出しにしたい、ていうかセールス的に不利な3枚組なんてもってのほか、というワーナーの主張により、計画は却下される。そりゃ当たり前だ。
 どう交渉しても、年1枚のリリース・ペースを崩すことはできず、結局1枚だけを抜き出して『Come』としてリリースする。ダークなテイストの楽曲を『Come』に振り分け、それとは対照的な、アッパー・リズムなダンス仕様の楽曲を『Gold Experience』として再構成し、プライベート・レーベルのNPGからリリース、というところで話は落ち着く。粗さの残るもう1枚分は、のちに『Chaos and Disorder』として、ワーナーが面倒を見る、といったおまけもついて。
 オフィシャルでリリースされた、3枚組以上の殿下のアルバムといえば、『Crystal Ball』と『Emancipation』だけど、考えてみればどちらも冗長さが先立って、一気に聴き通すことは少ない。お腹一杯の内容であることは重々承知ではあるけれど、かなりの体力を要するし、胸やけ必至は避けられない。なので、このように分割してシングル・アルバムでリリースしたのは、ある意味正解だったかもしれない。
 ここら辺をもうちょっと突っ込んで考えると―、例えば確信犯で3枚組『Damn』の企画を出したとする。ワーナーに却下されることは、承知の上で。案の定、渋るワーナー、シングル・アルバムでしか許可を出さない。
 「あぁそりゃそうだよね」と、拍子抜けするほど素直に応じる殿下。ちょっと安心するワーナー。でも、そこから先が殿下の本当の目的である。
 「じゃあ『Come』だけでいいけど、ほかの残りはいらないね?」
 その辺から、雲行きがちょっと怪しくなる。さんざん振り回されてきただけあって、ワーナーも何となく察してくる。
 「残り2枚分は、別名義で他のレコード会社と契約するから」
 当然、ワーナーは契約を楯に阻止しようとする。想定通りの流れにほくそ笑みながら、さらにごねる殿下。「どうせあとは使わないんだから、どうしようと勝手だろ?」
 お互い腹の内を探りながら、丁々発止が続く。どこかで妥協点を見出さなければならない。
 最終的な落としどころとして、『Come』はワーナーから、そして『Gold Experience』をNPGからリリース、という形にまとまる。下手にメジャーへ売り込まれるより、所詮はインディー、殿下の個人レーベルであるNPGの方が、ワーナーのリスクは少ない。その辺もワーナー側としては、ある程度織り込み済みだったんじゃないかと。
 -そんな化かし合いがあったんじゃないのかな、とひとりごちる、もうすぐ49の秋の夜長。


Come [Explicit]
Come [Explicit]
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1. Come
 トータル11分に及ぶファンク・オデッセイ。優雅でありながら猥雑な、それでいて高貴な質感を醸し出したスロウ・ファンクは、悠々たる大河のような存在感。冒頭に波のSEが入るのは、川の流れか、それとも胎内回帰をイメージしているのか。
 ほどよく抑制されたこの曲をオープニングに持ってくること自体、ただならぬ雰囲気を演出している。

2. Space
 USR&Bチャートで最高71位、2枚目のシングル・カット。ちょっとアンビエントっぽい緩いビートと、宇宙飛行士の通信記録SEが、独特の浮遊感となっている。ジャジー・ラップっぽいクールなヴォーカル・スタイルと、打ち込みのポップ・ファンク・サウンドとのコントラストは、やはり殿下独特のアイディア。地味だけど、心地よく聴いていられるので、くどくない殿下を求めるビギナーだったら、うまくはまるかもしれない。
 でも考えてみりゃ、マイルドな殿下を求めるファンなんて、いるのだろうか?いないよな、きっと。

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3. Pheromone
 ラップというより、トーキング・スタイルで始まる、パーカッシブな質感のリズムが心地よいファンク。どのトラックもそうだけど、『Come』に収録された曲のほとんどは、通常の殿下のBPMより80%くらいで鳴らされている。ユーロビート~ジャングルに慣れた耳ではゆったりし過ぎるかもしれないけど、いつものダンスフロア仕様の早いテンポより、細やかなアレンジの妙が浮き上がってくる。

4. Loose!
 キンキーなシャウトから始まるハード・ファンク。ここで一気にBPMが上がる。初めてギター・ソロが登場。そうだ、殿下と言えばやっぱりギター、それをすっかり忘れてた。ハード・テクノなシンセ、絶叫系のシャウトなど、てんこ盛り。ディープな殿下を堪能したいのなら、このアルバムではこの曲だな。

5. Papa
 静かなモノローグが延々続く、奇妙な味わいのスロウ・ファンク。時にアクセントのようにシャウトが入るので、しっかりメリハリはついている。ほぼワンコードで終わるかと思ったら、最後はスペーシーなギターをフィーチャーしたロック・チューンに変化。

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6. Race
 『Parade』のアウトテイクにヒップホップ風味のエフェクトを足したような、基本は骨格だけのワンコード・ファンク。前から言われているように、殿下のラップはあんまりラップっぽく聴こえないので、あくまでファンクの延長線上で捉えた方がよい。コンパクトにまとめてるけど、こんなのは殿下、いくらでもできる。

7. Dark
 70年代の泥臭いフィリー・ソウルを連想させる、考えてみれば殿下にしてみれば珍しいスタイル。ここまでベタなホーン・セクションを入れるのも、あんまり聴いたことがない。オールド・スタイルのエレピもゴスペル風コーラスも、案外ハマっている。もともとメロウな感性の人なので、こういうのだってできるのだ。

8. Solo
 洞窟のような深いリヴァーブがかけられた、幽玄さの漂う無常の世界。滅びの美学を体現したようなデカダンなムードは、自己陶酔の極致。聴いてると怖く感じることもあるけど、避けては通れない。殿下にとって、これまでのキャリアの幕引きを控えているのだ。

9. Letitgo
 8.で終わってたら陰鬱としたエンディングだったけど、ここでキャッチ―なサビを持つこの曲があったから、アルバムとしてはうまく閉めることができる。USR&Bチャートでは10位を記録しており、決してバカ売れするほどではないけど、きちんと先行シングルの役割を果たしている。



10. Orgasm
 9.で終わっておけばよかったものの、まとまりが良過ぎと感じたんだろうか、ていうか出したくて出したスタイルじゃないし。せっかくなら全部ぶち壊してしまえ、と言わんばかりにこっぱずかしいラスト。カーステで聴けねぇじゃねぇかこんなの。



Piano & A Microphone 1983
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アレサ・フランクリンについて、ちょっと語りたい。 - Aretha Franklin 『Through the Storm』

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 8月31日に催されたAretha Franklin の葬儀に出席し、彼はこうコメントを残した。
 -神の恩寵がなければ、こんな素敵なクイーンと出会うことはなかっただろうし、彼女が与えてくれた喜びを感じることもなかっただろう。
 -生命に与えられた最高の贈り物は、愛だ。間違っていることばかり話すこともできるし、そういうことは本当にたくさんある。しかし、私たちを自由にする唯一のものが、愛だ。
 再び愛を偉大なものにする必要がある。
 大物ミュージシャンの追悼コメントでは、ほぼ高確率で駆り出されるStevie、ウェットになり過ぎず不謹慎にもならず、感動的に場を盛り上げてくれる。
 「そりゃ悲しいことは悲しいけど、喪に服してるだけじゃ、何も始まらない。常に前を向いて、歩き続けなきゃダメなんだ」と、ポジティブな方向へ導いてくれる、そんな人である。
 ゴスペル・コーラス隊をバックに朗々と歌われる「As」は、間違いなく近年のベスト・パフォーマンスとして、多くの人々の記憶に残った。

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 ずいぶん前から容態が思わしくないという報道が流れており、いよいよ重篤か、というインフォメーションから訃報が届くまで、それほど時間はかからなかった。2010年代に入ってからは手術とツアー・キャンセルの繰り返しで、最後のアルバムを出す・出さないで二転三転していたけど、それもこれも体調不安から来るものだったのだろう。
 晩年は独立レーベルを興し、過去曲のリ・アレンジや単発的なコンサートや客演、断続的ながらマイペースな活動ぶりだったけど、度重なる手術や治療によって体力は奪われ、思うような活動はできていなかったんじゃないかと思われる。いよいよ最期となって、Stevie を始め、ごく親しい友人・知人のみを病床に招き、静かに看取られながら、76年の生涯を終えた。
 その後、世界中の有名無名のアーティストからミュージシャン、シンガー、リスナーらが思いのたけをツイートし、何らかのコメントを残した。8月16日は、「R.I.P.」のタグがネット上に入り乱れ、音楽を愛する者すべてが敬意を表し、喪に服した。
 ただ、日本では。

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 -「ソウルの女王」と呼ばれた、米音楽界を代表する黒人女性歌手、アレサ・フランクリンさんが16日、中西部ミシガン州デトロイトの自宅で死去した。76歳だった。米メディアが伝えた。がんを患い、数日前から危篤状態とされていた。今春には音楽フェスティバルの出演やコンサートが、直前になって医師の診断でキャンセルされていた。
 1942年、南部テネシー州メンフィスで生まれ、デトロイトで育った。美声で有名な牧師を父親に持ち、幼少時から教会でゴスペルを歌って過ごした。61年にデビュー。66年にアトランティック・レコードに移籍し「貴方だけを愛して」「リスペクト」「ナチュラル・ウーマン」「小さな願い」などが大ヒットした。
 グラミー賞を計18回受賞したほか、女性アーティストとして初めて「ロックの殿堂」入りを果たした。米政府が文民に与える最も名誉ある「大統領自由勲章」を受章した。(共同通信)

 単に海外プレスの記事を事務的に翻訳しただけ。思い入れもへったくれもない、取ってつけたようなベタ記事である。葬儀の模様が全米で生中継されるくらい、本国ではそれほどVIPな取り上げられ方であるにもかかわらず、日本での扱いといったらもう。
 ただこれ、共同通信だけが一方的に悪いわけではない。正直、日本でArethaの人気がそれほど高かったわけではない。
 誤解を恐れながら言ってしまうと、多くの日本人はAretha Franklin というシンガーをほぼ知らない。なので、なんで彼女の死が世界中でそんなに騒がれているのか、ピンと来ない者が多くを占めている。
 そう、われわれ日本人は、この偉大なシンガーの功績や魅力を、ほとんど知らない。
 かく言う俺もそうだ。

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 欧米での人気との大きな温度差の要因として、一度も来日を果たさなかったことが、よく取り沙汰されている。
 例えば、近年の例だとAdele。もともとライブ・パフォーマンスには消極的で、欧米でもそれほど回数はこなしていないのだけど、今どき珍しいほどCDが売れているアーティストである。対して日本では、これまで来日していないせいか、いつまで経っても扱われ方は地味である。本国イギリスでは、一家に1枚、彼女のCDがあるほどだというのに、日本では「なんか向こうでメチャメチャ売れてる歌手」以上の印象が伝わってこない。まぁAdele自身も、日本のマーケットなんて、大して重視していないんだろうけどさ。
 共同通信のインフォメーションにあるように、Aretha の全盛期は60年代後半とされている。ジャズ/ポピュラー色が強かったコロンビア時代は芸風が合わなくてパッとせず、アトランティックに移籍してからは、持ち前のゴスペル・フィーリングが全開となった、力強くソウルフルな作風が人気を呼んだ。
 この時期に来日を果たしていれば、今ごろ日本でも、Diana Ross程度の人気はあったかもしれない。ただAretha、日本に限らず世界進出自体、あまり積極的ではなかった。当時、人気を二分していたOtis Redding が、飛行機事故による不慮の死を遂げた事によって、極度の飛行機嫌いになってしまう。ライバルであったとはいえ、公私で親交もあったため、ショックも大きかったのだろう。

BluesBrothers

 多くの日本人が抱くAretha のイメージは、残念ながらアトランティック時代ではない。
 少なくとも俺世代に限って言えば、「Aretha Franklin」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、曲じゃなくて映画のはずである。
 そう、「ブルース・ブラザーズ」。
 3年の刑期を終えて出所したジェイクは、生まれ育った孤児院閉鎖の危機を救うため、弟エルウッドと共に、往年の人気バンド「ブルース・ブラザーズ」の再編に動く。こういうプロットって、多分「七人の侍」に影響されているよな。アメリカの映画人って、クロサワ大好きだし。
 不慮の解散後、メンバーはそれぞれの道を歩んでいた。すでに音楽から足を洗い、安定した生活を営んでいる者もいた。
 キーボード担当だったマーフもまた、今では下町のダイナーのオーナー・シェフとして、平穏な毎日を送っていた。かつては随分泣かされたけど、夫の更生に献身した妻アレサも、ささやかな幸せを噛み締めていたはずだった。
 そんな日常をぶち壊すような、かつてのバンド仲間、しかも不良白人たちの誘い。あやふやな態度のマーフに怒り心頭、アレサは彼に強く詰め寄る。
 「この先どうするのか、バンドを取るのか私を取るのか、はっきりしろ!」
 マーフ同様、更生したはずのトム・マローンも食事客のドナ・サマーも巻き込んだ、白熱のパフォーマンスが繰り広げられる。
 当時、そこまでのベテランと知らなかった俺は、この映画でアレサというシンガーを知った。当時は盛りを過ぎており、すでにとうが立ってもいたけど、その圧倒的な歌唱力と豪快さには、ただただ引き込まれた。なんだこのオバちゃん、何モノだ?メチャメチャカッコいいじゃん。
 -話が逸れた。「ブルース・ブラザーズ」について書くと、キリがない。この映画については、かなり前にあらすじも含めて書いてるので、詳細はそっちで。

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 俺世代を中心に盛り上がった「ブルース・ブラザーズ」だったけど、あいにく映画自体がカルト的な雰囲気だったため、当時はそれほど大きな盛り上がりを見せなかった。当然、Aretha の本業に反映されることもなく、もう少しだけ不遇の時代を過ごすことになる。前にもちょっと書いたけど、同じく出演していたJBもまた、この頃はパッとしなかったしね。
 70年代後半のディスコ・ブームには目をくれなかったのか、はたまた時流に乗れなかったAretha。原点回帰のゴスペル・アルバム『Amazing Grace』も、当時はそれほど注目されず、評価されるのは、ずっと後のことだった。
 潮目が変わったのは、80年代にアリスタに移籍してからだった。ソウル特有の泥臭さやもっさり感を漂白脱臭するため、職人Arif Mardin やLuther Vandross をサウンド・プロデューサーに迎えた。ヴォーカル・スタイルもDiana Rossみたいなソフト・タッチに変え、時流に即したブラコン路線で第一線に復帰することになる。
 でも俺、この時期はそんなに惹かれないんだよな、なんか守りの姿勢だし。同時期に復活したDionne Warwickのサウンド・フォーマットをまんま移植したようなサウンドなので、Aretha ならではの必然性を感じない。
 なんでArethaがRoberta Flackのモノマネしなくちゃなんないの?誰もそこら辺は求めていないはずなのに。

 俺の中のAretha 歴代ベスト・パフォーマンスとして、「ブルース・ブラザーズ」と双璧を成すのが、これ。



 2015年に行なわれたケネディ・センター名誉賞の祝賀公演。受賞者であるCarole Kingを讃えるステージにて、スペシャル・ゲストとして登場したAretha は、ピアノ弾き語りで「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を披露した。途中からコーラスが入り。終盤に連れて盛り上がる編成だったけど、もうそんなの関係ない。強烈なエゴの放射、そして吸引力で自分の世界に引き込み、「いいから黙って聴けや」と強要するそのプレイは、誰も制御できない。観衆の首根っこをつかみ、強引に耳の穴かっぽじって音を流し込む。
 そんなパフォーマンスを目の当たりにして、狂喜乱舞するKing、そして熱い目頭を抑えるオバマ大統領。いやほんと、すごいんだからコレ。

 いつ何時でも、圧倒的な力の差を見せつけるドヤ顔のAretha。年を追うごとに増長する傲慢ぶりは、すでにアリスタ時代にも現れている。
 で、『Through the Storm』。これまでもKeith RichardsやGeorge Michaelなどビッグ・ネームを投入し続けてきたアリスタ、ここでもElton JohnやFour Topsなど、豪華で多彩なゲストで華を添えている。前作『One Lord, One Faith, One Baptism』がゴスペル・ライブ・アルバムだったため、チャート的にはパッとせず、その反動もあってか、営業の踏ん張り具合が察せられる。大きな目玉として、公私ともに面倒を見続けてきたWhitney Houstonが参加している。当時、アリスタの屋台骨を支えていた彼女の参加は、話題を集めるには充分だった。
 ただ、これだけのキラ星なメンツも、アリスタのコネクションあってこその人選だったという事実。いわゆる「お仕事」的な感覚か、もしくは「ガキの頃からの憧れの人との共演」といった、リスペクトまる出しのパフォーマンスばかりなので、Arethaを喰ってしまうほどの勢いには欠けている。まともに立ち向かって勝てるはずがないし、だったら変にかき回したりせず、盛り上げ役に徹する方が賢いのは確かだし。
 そんな中でただ1人。
 クイーンだリスペクトだ、そんなの関係ねぇ、と我が道を貫く者がいた。
 稀代のソウル・クイーンに対抗するには、同等の強いキャラ、ゴッドファーザーを持ってして、毒を制するほかない。
 その名は、James Brown 、ゴッドファーザー・オブ・ソウル。
 「やっぱJB」。これが言いたかった。


Through the Storm (Expanded)
Through the Storm (Expanded)
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Arista/Legacy (2016-03-04)



1. Gimme Your Love (duet with James Brown) 
 もうお腹いっぱい。これ一曲だけでそんな印象。なんたってArethaとJBだもの、カツカレーとラーメン二郎の食べ合わせみたいなもの。のっけからカマすために1曲目に入れたんだろうけど、なのになんでシングル・カットされたのが4枚目と遅かったのか。あまりに印象が強いため、アリスタ営業も、とっくの昔にシングル切っちゃってる勘違いしちゃったのか。
 デュエットとはいえ、実際のレコーディングでは顔を合わせなかったらしいけど、もうそんなの関係ない。エゴとエゴのぶつかり合い。プロデューサー Narada Michael Waldenがどうにかバランス良さげにまとめてるけど、まぁ2人ともやりたい放題。ゴジラとガメラがガチでぶつかり合ったら、こんな感じなんだろうな。
 で、アルバム・ヴァージョンとは別に、シングルでは別ミックスが収録されているのだけど、リミックスを担当したのが、なんとPrince。この2大怪獣のせめぎ合いを素材として、「Purple Mix」の名のもと、「殿下の理想とするハイパー・ファンク」を構築しようとしながら、結局はJBリスペクトになってしまっている。
 やっぱJB。そして、彼ら2人を掌の上で操るソウル・クイーン。



2. Mercy
 大仰なプリセット音シンセとオーケストラ・ヒット、いま聴けばチープなシンセ・ブラスが時代性を感じさせるけど、そんなの関係ない。この時期くらいからArethaのヴォーカルはドスが効き始め、若い頃のパッション全開のスタイルより幅が増している。いわゆる横綱相撲だな。
 上辺のサウンド・デコレーションに惑わされてはいけない。確実にArethaは進化している。

3. He's the Boy
 「Think」のリメイクを除けば、このアルバム中、唯一のAretha書き下ろしナンバー。この曲のみNarada Michael Waldenは絡んでおらず、彼女自身のプロデュースとなっている。こういったジャジーなピアノ弾き語りブルースなら、多分いくらでも書けるんだろうけど、この時期にここまでストレートなアコースティック・タッチは貴重。なので、2.で触れたヴォーカルの妙は、この曲の方がわかりやすい。

4. It Isn't, It Wasn't, It Ain't Never Gonna Be (duet with Whitney Houston)
 FMでもさんざん流れまくった、このアルバムの目玉トラック。クレジット序列的にはJBが上だけど、当時アリスタの稼ぎ頭筆頭だったWhitneyをフィーチャーした方が、営業戦略的には好都合だった。とはいえUS・R&Bチャートでは最高41位と、思ってたほどではない。日本のラジオではよく聴いたんだけどな。
 Arethaとしては、その格下であるWhitneyの人気に便乗する形に見られてしまうのがイヤで、このデュエット企画もさんざんごねたらしいのだけど、説得された挙句、個別にレコーディングするという妥協案に落ち着く。アリスタ社長Clive Davisに拝み倒されてしまったとはいえ、お局様を怒らせたくないもの。
 なので、迫真の掛け合いやアウトロ近くのコール&レスポンスも、すべては編集の賜物。大人の風格で胸を貸す余裕かと思ってたけど、やっぱArethaも女だったのね。



5. Through the Storm (duet with Elton John) 
 ちなみにこれと4.、作曲でクレジットされているのがAlbert Hammond。どっかで聞いたことある名前だよな、と思ってたら、70年代に活躍していたシンガー・ソングライターだった。代表曲は「カリフォルニアの青い空」。ごめん、名前は知ってたけど、興味ないのであんまり知らない。
 タイトル・トラックにして、シングル・カット第1弾、当然営業的にも力が入り、US16位にチャートイン。まぁでもそれだけかな。あまりに守りに入ってる曲なので、Eltonはともかく、Arethaが歌う必然性が薄い。

6. Think (1989) 
 言わずと知れたリメイク。猫も杓子も冗長なダンス・ミックスに手を出していたご時勢だけど、いま聴くと…、まぁしゃあねぇか。
 どうせなら殿下にまかせてドロドロのファンクに仕上げるか、または4.のリミックスで参加しているTeddy Rileyにヒップホップ・タッチで仕上げてもらえばよかったのに、というのは余計なお世話か。

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7. Come to Me
 80年代の悪しきブラコン臭漂う、毒にも薬にもならないナンバー。あまりに無難すぎるため、一瞬、Arethaのアルバムであることを忘れてしまうくらい。なんだこの「Endless Love」もどきは。ArethaもArethaだよな、もっとぶち壊すくらいの勢いでやれよ。

8. If Ever a Love There Was (with the Four Tops and Kenny G)
 とはいえプロデューサーとしては、アリスタ側から「Endless Love」の拡大再生産的なサウンドをオファーされていたのだろう、と察せられる。そう考えると、ArethaもLevi Stubbsも、ある意味、被害者である。こういったサウンドが持てはやされた時代であり、当時、パワー・ダウン気味で自信が持てなかった彼らは、時代の趨勢に従わざるを得なかったのだ。懸命にブラコンを演じているその姿は、涙なしには語れない。
 でもKenny G、お前には同情できない。



ベスト・オブ・アレサ・フランクリン:アリスタ・イヤーズ
Sony Music Labels Inc. (2014-10-22)
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30 Greatest Hits
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80年代のスティーヴィーをあなどってはいけない。 - Stevie Wonder 『Characters』

folder 1987年リリース21枚目のオリジナル・アルバム。大ヒット・シングル「Part-Time Lover」収録の前作『In Square Circle』からチャート的には急転、US最高17位、UKでも最高33位と、大幅に落ち込んだ。特にアメリカでは、1972年リリース『Music on My Mind』からの連続トップ10入りがここで途切れ、Stevie不敗神話の終焉を告げることになった。
 1987年のソウル/R&Bシーンといえば、Michael JacksonとPrinceの2大巨頭が幅を利かせていた。彼らが食い尽くした残りを、Jody WatleyやAlexander O'Nealらブラコン勢が分け合っていたのだけど、徐々に勢力を拡大していたのが、LL Cool JやPublic Enemyらのヒップホップ勢だった。チャート上ではまだまだ及ぶところではなかったけれど、10代を中心に強い支持を得ており、その影響力はロートルたちにとっては脅威だった。当時、UKロックが中心だったロキノンでも、彼らのインタビューやフォト・ショットが掲載されていたくらいだから、その勢いは窺い知れる。
 そんな状況だったため、キャリア的にはオールド・ウェイブに属するStevieの存在感は薄れつつあった。これもまた、歴史の必然か。

 『Secret Life of Plants』以来のセールス不振が響いたのかどうかはわかりかねるけど、これ以降、オリジナル・アルバムのリリースに慎重になったStevie、次作『Conversation Peace』は8年のブランクを置いてのリリースとなっている。とはいえ、その間にも傑作サントラ『Jungle Fever』を手がけたり、多数の客演やイベント出演をこなしていたため、表舞台から遠ざかっていたわけではない。八面六臂、あまりにアクティブな活動ぶりだったのだけど、アルバムという形態には、なぜか積極的ではなくなっている。
 齢37歳とはいえ、芸歴の長いStevieゆえ、アルバムを作ることは、さほど難しいことではない。それほど気張らなくても、ササっとスタジオ入りして、チャチャっとエレピで弾き語れば、そこそこの作品はできてしまう。もともとのポテンシャルが段違いだから、どれだけ安直な作りでも、それなりの評価もセールスも着いてはくる。くるのだけれど、芸歴が長い分、評価基準は相当高いはずだから、没になる作品も相当あると思われる。ましてや、満を持して世に出したはずの『Characters』が、思ったほどの評価・セールスを得られなかったものだから、ますますアルバム制作に消極的になっちゃたのかもしれない。

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 80年代のモータウンにおいて、Stevie以外でセールスを支えていた一人が、Lionel Richieである。Earth, Wind & Fireからスピリチュアル風味を抜いたディスコ・バンドCommodoresを経てソロに転身、爽やかなAORポップ・ソウルと、圧の強い馬面とのミスマッチ感は、強いインパクトを与えた。
 その対極として、「元祖Prince」と称される下世話なポップ・ファンクのRick James、80年代女性ブラコン・サウンドの牙城を築くことになるJody Watleyを輩出したShalamarらが、後に続く。
 この時期になると、モータウンも明確なコーポレート・カラーを打ち出すこともなくなり、単なる独立系レーベルのひとつでしかなかった。Rockwell もDeBargeも、モータウンの看板で活動してはいたけれど、彼らが奏でる音は、別にモータウンを名乗る必要もない、そんなものだった。

 そんな中、Stevie はといえば。
 この頃のモータウンは、Diana Ross もいなければMarvin Gaye もいない、TemptationsもFour Topsもとうの昔にレーベルを去っていた。Stevieより年上で残っていたのはSmokey Robinsonくらいで、もう半分リタイアの状態だった。
 かつて隆盛を誇った名門モータウンの栄光もはるか昔、全盛期を知っているアーティストは、数えるほどしか残っていなかった。入社した頃は一番歳下だったのに、月日を経ていつの間に、Stevieが一番の古株になってしまっていた。
 10代の多感な時期から身を置いてきた彼にとって、モータウンとは単なる会社ではなく、もはや人生の一部、拡大家族のような存在だった。なので、他のアーティストらと違い、モータウンを辞めるという選択肢は、彼の中にはないのだ。
 兄弟親類のように過ごしてきた諸先輩がいなくなっても、彼はモータウンに居続けた。1972年、本社機能がデトロイトからLAへ移ったことによって、かつてほど親密なムードは薄れてしまったけど、それでも家族企業的な雰囲気は残っていた。
 月日を経て、ほとんどの現場スタッフは歳下ばかりになった。本社の人間も、自分より社歴が長い者は少なくなった。月曜朝恒例のシングル選定会議は続いていたけれど、生え抜きのスタッフより外部から招聘された者が多くなっていた。銀行や弁護士、会計士上がりの経営幹部が口を出すようになり、ビジネスライクな雰囲気が蔓延していた。
 自転車操業ながら、会社は存続し続けている。
 でも、そこにクリエイティブさはない。
 Stevieの居場所は次第に狭まりつつあった。

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 そんな経緯もあってか、80年代に入ってからのStevie、音楽以外の課外活動に精を出すようになる。
 レコーディングの主導権を握った70年代から俺様ペースの活動ぶりだったStevie だったけど、80年代に「愛と平和の人」というキャラ付けが定着してからは、それに拍車がかかる。ユニセフだ国連だエイズ救済だ、その幅広さといったらハンパない。
 レーベル・オーナーであり、育ての親的存在でもあるBerry Gordyさえ、もはやStevieに強く進言することはできなかった。かつてほどの勢いはないにせよ、Stevieのニュー・アルバムといえば、それなりに大きな売り上げが見込める。経営陣からすれば、金にならないボランティアより、目先の利益を優先してほしいところだったけど、社内ではもはや敵なし、いわば影のCEO的なポジションである。そりゃ誰も物申すことなんてできない。
 とはいえ、そこは愛と平和の人Stevie 、単なる傍若無人だったわけではない。レーベルの屋台骨を支えているといった自覚は誰よりも強かった。Gordyを含め、古参スタッフへの切実な想いもあったわけだし。

 そんな経緯で制作されたのが、この『Characters』。やっと辿り着いた。
 80年代のStevieを象徴する曲はといえば、「心の愛」と「Part-Time Lover」である。デジタル・シンセをメインに据えた、プリセット音丸出しの薄いサウンドは、時代に消費し尽されたせいもあって、やたら古臭く聴こえてしまう。
 同じシンクラヴィア使いでも、まだ発展途上だったヒップホップをいち早く導入したHerbie Hancock と比べて、Stevie のアプローチは極めてオーソドックスである。カットアップやサンプリングなど、リズム主体のHerbieに対し、Stevieのサウンド・メイキングはメロディ主体であることが多い。特に「心の愛」で顕著なように、せっかくのDX7もエレクトーンに毛が生えた程度の使われ方で、お世辞にもクールさは感じられない。
 『Characters』では、マシン・スペックの向上と操作性のこなれもあって、次第に初期MIDIのようなモッサリ感は軽減されている。『BAD』をリリースして間もないMichael を筆頭に、Stevie Ray Vaughan、B.B. Kingとゲストも豪華、話題性は充分なはずだった。
 なのに、本国アメリカではパッとしない売り上げで終わってしまう。そんな『Characters』だったけど、日本ではオリコン最高13位にチャートインしており、そこそこ売れている。Michael とのデュエット「Get It」もリリース前から大きくフィーチャーされ、特にFMでは大量オンエアされていた。
 なのに、いまだ日本でもアメリカでも、印象が薄いアルバムである。
 なぜなのか。

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 強力なポイントゲッターの不在、併せて若手育成の遅れによって、新陳代謝が捗らなかったモータウンは、80年代に入ってから、慢性的な経営不振に悩まされることになる。
 -1988年6月、Gordyはモータウンの所有権をMCAレコードとボストン・ヴェンチャーズに6100万ドルで売却し、これまで維持していた独立系レーベルとしての寿命を終えた。1989年、モータウン・プロダクションズをモータウン重役のスザンヌ・ド・パスに売却し、社名をド・パス・エンタテイメントと改名した。事実上、モータウンの消滅だった。
 その売却契約の際、Gordyは条件のひとつとして、こんな一項を設けた。
 「Stevie Wonder の承諾を得ること」。
 「彼を説得できない限り、この契約は無効」とも。
 単なる所属アーティストではなく、Stevie Wonderこそモータウンの顔であり、象徴であることをGordy自身が認めていた、というエピソードである。遅きに失した感もあるけれど、Stevieにとっては最高の栄誉だったことだろう。

 そんなお家騒動の最中に作られたアルバムである。レコーディング時期は86~87年の間に断続的に行なわれている。ツアーの合間にレコーディングされたのか、いつものワンダーランド・スタジオ以外に、ロンドンやモービル・ユニット(移動式スタジオ)もクレジットされている。
 まんま 『BAD』テイストの「Get It」が大きな売りとなっているけど、それ以外にも70年代ニュー・ソウル期を彷彿させるアコースティック・ナンバーも収録されており、デジタル一辺倒な構成ではない。むしろ『Key of Life』以降では、最もバラエティ色に富んだアルバムとなっている。
 この時代の特徴で、アルバムからのシングル・カットは、なんと6枚。チャート的にはどれも大きなブレイクには繋がらなかったけど、モータウン営業サイドの力の尽力具合は伝わってくる。
 ただ、前述の売却騒動の最中だったこともあってか、Stevie 、あまり表立ったプロモーション活動は行なっていない。すっかり代替わりしてしまったレーベル・スタッフとソリが合わなかったのか、それとも課外活動へ心が行っていたのか。
 まぁ会社の存亡にかかわる微妙な時期、中途半端に関わって抗争に巻き込まれるのを避けたのか、ビジネスマンだらけの経営陣には愛想を尽かしていたのかも。どちらにせよ、モータウンと距離を置いていたのが、この時期のStevie である。
 穿った見方をすると、一連の課外活動なんかも、純然たる奉仕精神だけじゃなく、モータウンの魑魅魍魎を遠ざける自衛策だったんじゃないか、とさえ思えてしまう。「愛と平和の人」とはいえ、身内のゴタゴタは聞きたくないものね。


Characters
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Stevie Wonder
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1. You Will Know
 2枚目のシングル・カットとして、US77位。たゆたう水面のようなシンクラヴィアの音色をバックに、流れるように、時に力強く導き出されるメロディ。浮遊感あふれるエフェクトやコーラスも、すべてStevie独りで創り上げたもの。これだけ人工的な響きばかり使っているのに、プラスチック感がまるでないのは、やはりポテンシャルの違い。ていうか方向性の違い。Roger Troutmanがカバーすると、もっとファンキーな感じに仕上げるんだろうな。

2. Dark 'n' Lovely
 作詞でクレジットされているGary Byrdは、ニューヨークのラジオDJでありパフォーマーでありシンガーソングライターでもあるマルチプレイヤー。Stevieとは『Key of Life』からの長い付き合い。「Black Man」を書いた人として、ごくごく一部では有名である。何かしら社会的な義憤や怒りを感じた時、Stevieは彼とコラボするらしく、ここではアパルトヘイト政策を痛烈に批判している。
 とはいえ、かつてのように怒りをストレートに表現するのではなく、あくまでエンタテイメントのフィールドの中で、ポップでファンキーなトラックに仕上げている。怒ってる素振りを見せることが目的ではない。遠回りながらも、伝わりやすい形で実情を訴えることが重要なのだ。
 ちなみにこっそりだけど、元妻Syreetaがコーラスで参加している。ずいぶん昔に別れたはずなのに、まだ関わり合いがあったのね。

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3. In Your Corner
 60年代モータウン・ソングを80年代に蘇生させたような、いわゆる「Part-Time Lover」タイプのポップ・ファンク。適当にフェアライトをいじくってハミングしてるうちに出来上がっちゃったような曲なので、まぁ軽いこと。デジタル臭が強いトラックと、後付けの単調なコーラス。特筆するほどの楽曲ではない。まぁこんな肩の凝らない楽曲も、ひとつくらいはあってもいい。

4. With Each Beat of My Heart
 とはいえ、そんな軽い楽曲の後に、こんな絶品バラードをぶっこんで来るStevieなのだった。油断も隙もないよな。自らの心臓の鼓動をベース・リズムに使っているせいもあって、ゆったり安心して聴ける。US・R&Bチャートで最高28位。

5. One of a Kind
 で、4.のような普遍的なバラードは書こうと思えばいくらでも書ける人なので、この時期のStevieは、敢えてアルバムの楽曲ではアップテンポのエレクトロ・ファンクを志向していたんじゃないかと思う。それが顕著にあらわれているのがこれと6.で、同時代性をかなり意識したサウンドで構成されている。モデルケースとなっていたのは、もちろんMichael。ダンスはできないけど、彼のようなダンスフロア仕様のサウンド・デザインを模索している。

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6. Skeletons
 同じモータウンの釜の飯を食ってきた2人ではあるけれど、当然方向性は微妙に違うわけで、フィジカル面ではどうしても劣るStevieの作るアップテンポ・チューンは、どうしても密室性が強い。なので、どれだけMichaelをモチーフにしたとしても、仕上がりはむしろPrinceのテイストに近い。ただ、当時の殿下に顕著な猥雑性は薄い。なので、結局はStevieのエゴが強く反映された楽曲になってしまう。

7. Get It
 それならいっそ、そのMichaelと一緒にやっちゃえばいいんじゃね?と言ったかどうかは知らないけど、がっちりコラボしたのが、これ。Stevieが望んでいた、高性能なエレクトロ・ダンス・ファンクに仕上がっている。
 聴いてみれば何となくわかると思うけど、ヴォーカルは同録ではなく別録り。2人のスケジュールが合わなかったため、まずStevieがロンドンでヴォーカル録りを行ない、そのマスターテープを来日公演中だったMichaelへ送付、東京のスタジオでレコーディングした、という経緯がある。
 Michaelとのデュエットということで別のスイッチが入ったのか、やたらファンキーでシャウトを繰り返すStevieがここにいる。対してMichael、当時のイケイケ状態のまんまの横綱相撲、といった具合。自分から望んで招聘したはいいけど、どうにか主役を食われないよう足掻くStevieの奮闘ぶりが見えてくる。



8. Galaxy Paradise
 宇宙をテーマに何か作ろうと決め、シンクラヴィアをいじってるうちに出来上がっちゃったような曲。テープ逆回転で始まるオープニング、奔放なスキャットなど、自由に作るとStevie、だいたいこんな感じで収まってしまう。コードに縛られることのない自由な展開でありながら、どうにかまとめてしまうのも、通常営業。並みのミュージシャンならとっ散らかってしまうところを、そこは強引な力技で仕上げてしまっている。

9. Cryin' Through the Night
 Stevieは基本、優秀なパフォーマーであり、ソングライターとしてのスキルはピカイチであることは、誰も否定しないだろう。先に書いたように奔放な力技の人なので、かっちり作りこんだメロディには、あまり重きを置いていない。誤解がないように言えば、聴く者を感動させるのではなく、自身が歌って気持ちいいメロディを探して歌っているのが、Stevie Wonderというシンガーである。
 歌唱の快楽を突き詰め、それでいて直感に導かれて生まれたメロディは、とても美しい。なので、もっとシンプルなアレンジで聴きたくなる。

10. Free
 で、その優秀なパフォーマーの側面と熱いメッセージ・シンガーのリミッターを外したのが、レコード版ラストのこの曲。「As」を思い起こさせるラテン・テイストとゴスペルの融合は、向かうところ敵なし。ある意味、最強の合わせ技なので、誰も太刀打ちできない。終盤に近付くに連れ、熱を帯びてくるヴォーカル、終始クレバーなBen Bridgesによるアコースティック・ギターの音色、すべてが名曲感を漂わせている。



11. Come Let Me Make Your Love Come Down
 レコードでは容量的に収録できず、CDではボーナス・トラック的な扱いになっている。御大B.B. KingとさすらいのギタリストStevie Ray Vaughanが参加しており、十分な目玉であるはずなのだけど、なぜかおまけ扱い。なんだそれ。
 ただ、実際に聴いてみると、Stevie的には『Characters』は「Free」で完結しており、営業的な要請で収録したんだろうな、というのがわかる出来栄え。彼ら向けにブルース・チューンを書き下ろしたものの、あまりにシンセで埋め尽くし過ぎて、フォーカスがぼけた仕上がりになってしまっている。当時流行ったんだよな、こういったモダン・ブルースのサウンドって。これでClaptonも一時気の迷いがあったくらいだし。
 シンクラヴィアで構成されたバック・トラックに合わせ、アウトロでギター・バトルが繰り広げられているけど、まぁ騒々しくてあんまり面白くない。まぁ余興ってとこだな。

12. My Eyes Don't Cry
 なので、変に既存のブルースに寄り添うより、シンクラヴィア一色で埋め尽くしたエレクトロ・ファンクのこの曲の方が潔い。コーラスの使い方なんかに、若干のストリート感が反映されているため、『Jungle Fever』への萌芽が垣間見えてくる。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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