好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

3匹目のドジョウ、もしくは3度目の正直。 - Herbie Hancock 『Perfect Machine』

folder 1984年にリリースされた『Future Shock』の功績は、既存ジャズの流れを大きく変えただけではない。それまで「知る人ぞ知る」といったヒップホップという音楽を大々的にフィーチャーしたことで、80年代黒人カルチャーの大きな飛躍に寄与した。
 ネット環境のない当時は、情報の伝播が手旗信号並みに遅かったため、日本に正確な情報が届くまでは、途方もない時間を必要とした。「デカいラジカセを担いだ屈強な黒人が、リズムに合わせて、踊り叫んでレコードをこする」。肝心の音も映像もなく、耳に入ってくるのはゲスな豆知識ばかり。これじゃ伝わらんわ。
 すでにジャズ・フュージョン界のスーパースターだったハービーが、まだニューヨークの下町のストリート・カルチャーに過ぎなかったヒップホップに、どうして目をつけたのか。まさかここまで売れちゃうとは、本人もCBSも思っていなかったはず。
 とにもかくにも、ヒップホップ・カルチャーがお茶の間レベルにまで浸透したのは、彼の功績である。

 グラミー受賞とUSプラチナ獲得の勢いを借りたハービー、早くも翌年、わかりやすいくらいの二番煎じ『Sound System』をリリースする。あまりに堂々とした二匹目のドジョウ狙いのため、したたかさを通り越して漢を感じさせる。
 曲がりなりにもメジャーのアーティストなので、「サウンド・プロダクトは同じだけど、コンセプトやアプローチは全然違うんだ」と言い張るんだろうけど、いや単なるヴァージョン・アップだし。正直、『Future Shock』とシャッフルしても、まったく違和感はない。
 それでも『Sound System』、プラチナ獲得には至らなかったけど、そこそこは売れた。さすがに『Future Shock』ほどではないけど、これまでのジャズ・フュージョンのアルバムとは、ケタ違いの売り上げだった。キャリア中、最も売れていた「Watermelon Man」でさえかすんでしまうくらい。
 ロックやポピュラーの売り上げと比べれば、ジャズの売り上げなんてたかが知れている。採算面だけで考えるのなら、ジャズなんて真っ先に切り捨てた方が効率的ではある。でも、パイは小さいけど売り上げは安定しているし、文化事業としての使命感が、単純な割り切りにストップをかける。
 極端な話、そこまで売れなくてもよい。中途半端に新譜が売れてしまうと、予測不能なバック・オーダーで在庫がかさんでしまい、事業計画にブレが生じる。それよりも、往年のジャズ名盤のリイッシュー企画の方が、売り上げ読みやすいし。

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 それまでは「ジャズ村の中でのスーパースター」だったハービーだったけど、『Future Shock』以降は、ジャズ以外のジャンルからのオファーが多くを占めるようになる。ミック・ジャガーのソロ・プロジェクトに参加したのもこの頃だ。
 とはいえ、ロック/ポップスでのセッション・ワークはあくまで余技であり、メインの仕事ではない。これで調子に乗って、ジャズから足を洗っていたら、いまのハービーはない。
 R&Bやディスコ、ファンクなど、あらゆるジャンルに手を出してはきたけど、結局のところ、ハービーが行き着くところは、原点のジャズである。ジャズ界で巧成り名を遂げた裏づけがあったからこそ、『Future Shock』はあれだけ注目されたのだ。
 CBS的には「さらにもうひと押し」との思惑で、勝手に3部作構想を練っていたのだけど、それを知ってか知らずかハービー、ここで一旦、ヒップホップ路線から撤退してしまう。次に彼が向かったのは原点回帰、本流のメインストリーム・ジャズだった。

 1986年に公開された米仏合作映画『Round Midnight』は、ジャズをテーマとした映画としては珍しく、全世界で1000万ドルという興行収入をたたき出した。ミュージシャン・シップに沿った丁寧な映像と音楽は、今もジャズ映画の金字塔として語り継がれている。
 この映画ではハービー、単なる音楽監督だけでなく、主人公デクスター・ゴードンのバンド・メンバーとして、重要な役で出演している。演技レベルはさておき、テーマの性質上、企画制作にも深く関与している。当然、片手間で行なえる仕事ではない。
 そんな状況だったため、いくら『Future Shock』続編を求められたとして、物理的にそんな時間はないし、またそういったテンションにもなれない。ヒップホップ路線の作品が片手間と決めつけるのは乱暴だけど、メインのジャズ製作と比べれば、向き合う姿勢は全然違ってくる。
 で、『Round Midnight』が一段落し、ビル・ラズウェルとのコラボが再開する。するのだけれど、彼らが手がけたのはヒップホップでもジャズでもない、言ってしまえばあさっての方向だった。
 アフリカの弦楽器コラを操るFody Musa Susoとのコラボ作『Village Life』は、静かな流行となっていたエスニック音楽とニューエイジ系とのミクスチャー、要は「ミュージック・マガジン」が絶賛しそうなサウンドだった。ディスコ期突入前のE,W & Fのインスト・ナンバーをヴァージョン・アップしたようなサウンドは、いま聴くと程よいアンビエント感が心地よいのだけど、まぁ第2・第3の「rockit」を求めていたCBSからすれば、肩透かし感もハンパない。質が高いのはわかるけど、こりゃ売れんわな。
 80年代CBSのジャズ・ラインナップは、ウィントン・マルサリスを筆頭とした若手中心の新伝承派と、復活した帝王マイルスによるエレクトロ・ジャズ=ファンク路線を両軸としていた。若手に保守的な懐古ジャズをやらせ、ロートルが革新的なボーダーレス・サウンドを新規開拓してゆくというのも変な話だけど、両極端な戦略というのは、リスクヘッジとしては悪くない。
 ハービーのポジションは当然マイルス寄りだけど、電化一辺倒だけじゃなく、並行してメインストリーム寄りのVSOPもやっていた。ひとつのジャンルで括られることを極端に嫌う人なのだ。

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 もし『Round Midnight』がなかったら、CBSの思惑に沿って、『Perfect Machine』はもっと早く製作されていたのかもしれない。「モダン・ジャズの復権」という崇高な目的の前では、目先のトップ40ヒットにもハービーの食指は動かなかった。ただどちらにせよ、ビル・ラズウェルも当時は売れっ子プロデューサーとして、ジョン・ライドンや坂本龍一、前述のミック・ジャガーに関わっていたため、スケジュール調整は相当苦労しただろうけど。
 で、ある程度まとまった時間が取れたのは、『Sound System』から4年も経ってのことだった。もうこれだけブランクが空くと、煎じるものもドジョウもいなくなってる。
 Run D.M.C.によって、より深く世間に浸透したヒップホップも、一様なオールド・スクールだけではなく、LL cool JやPublic Enemy、Beasty Boysなど、よりクセの強いパフォーマーが台頭していた。そんな秒進分歩の流れにおいて、長く前線を退いていたハービーの感性では、とても太刀打ちできなかった。
 たとえブランクが短かったとしても、粗製乱造と捉えられ、どっちにしろ市場には受け入れられなかったんじゃないか、というのが俺の私見。

 当時のCBSジャズ部門は、経営陣主導による、商業主義と芸術至上主義との振り幅が大きかったため、多くの所属アーティストが翻弄されていた。
 長くCBSの主だったマイルスも、オクラ入りしていた『Aura』のリリースを巡って、当時の副社長ジョージ・バトラーと対立する。交渉は平行線をたどり、最終的にマイルスはCBSと袂を分かち、ワーナーへ移籍する。
 ハービーもまた、そんなマイルスへの処遇を目の当たりにし、CBSに見切りをつける。次回リリースのアルバムを最後に、ジャズの名門レーベル「ヴァーブ」への移籍を決断する。
 そうと決まれば、早めに契約は満了したい。今さらCBSには恩義も義理もないハービー、早速新作に取りかかる。
 言ってしまえば契約消化のための作品なので、CBSの利になるモノは作りたくない。かといって、単純な手抜きの駄作はプライドが許さないし、ファンにも失礼だ。名を汚さない程度のクオリティは保っておきたい。
 イチから企画立ち上げは面倒だし、良い企画ならヴァーブで使いたい。どちらにせよ後ろ向きな企画なので、モチベーションも上がりようがない。
 そうなると、誰かにお膳立てしてもらうしかない。じゃあやっぱビルだよな。
 せっかく2人でやるんだったら、CBSのお望み通り、時代遅れのヒップホップでもやってみようか。どうせ売れないだろうけど、強引に「3部作完結!」とか言えるし。
 
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 始まる前までは気乗りがしなかったはずだけど、スタジオに入れば気持ちも切り替わり、いつも通りのプレイを披露している。前2作ではビル・ラズウェルのサウンド・プロダクトがかなり強かったけど、3作目ともなると自身のソロもちょっと多めになっている。
 セッションが進むにつれてミュージシャン・シップも触発されたのか、いつものフェアライトだけじゃなく、様々なヴィンテージ・エレピまであれこれ引っ張り出してきている。それに対してビル・ラズウェル、クレジットはされているけど、ほとんど何もしてねぇ。
 当時、Pファンクもラバー・バンドも自然消滅し、ビル・ラズウェル絡みの仕事が多かったブーツィー・コリンズ、協調性とは無縁の人なので、脈絡もないフレーズをブッ込んできたり、相変わらずのやりたい放題ぶりである。アンサンブル?何それ。
 そんな異物をも寛容に受け入れるハービーの懐の深さ、という見方もあるけど、いや単にどっちでもよかったんだろうな。まとめるような音楽じゃないし。
 楽面で言えば、取り立てて新機軸はないのだけど、これまで履修してきたヒップホップのエッセンスと、ジャズ以外のエッセンスも貪欲に取り込んできた末に培われたリズム・パターン、そして、スパイスのくせに粘着力の強い、ブーツィーのベタっとしたベース・ラインとがごちゃ混ぜになった怪作に仕上がっている。
 しかし、レーベルの置き土産となる、有終の美を飾るはずの作品が、これとは。マスター・テープを受け取ったCBSディレクターの微妙な表情がチラついてしまう。


Perfect Machine
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1. Perfect Machine
 テレビのドキュメンタリーやバラエティのバックで使われることが多いため、結構な確率で耳にしたことのある人が多い。ファンクというよりはテクノ・ポップ成分が強く、フュージョン寄り。なのでBGMとしての汎用性が高い。

2. Obsession
 サンプリング音源を多用したエレクトロ・ファンク。これ見よがしなスクラッチやヴォコーダーは、この時代、すでに古びた印象となっていた。もう3年早ければ、大御所のお戯れとして許されたかもしれないのに、タイミングが悪すぎた。
 ヴォーカルを取るのはオハイオ・プレイヤーズのシュガーフット。オハイオ自体がドメスティックなドロドロのファンクなので、逆にこういった無機的なサウンドとのミスマッチ感を狙ったのだろう。案外面白いんだけど。

3. Vibe Alive
 ブーツィーのリズム・アプローチが前面に出た、ボトムの効いたファンク。キャッチ―なサビは当時のソフト・ファンクにも引けを取らぬメロディとなっており、実際R&Bチャートでも25位と健闘した。ハービーの場合、こういったファンク・アプローチの場合は自身が前面に出ない方が出来がよい。



4. Beat Wise
 ビル・ラズウェル仕切りによって、ブーツィーに自由奔放にやらせたら、こんな感じになりました的なトラック。どんな状況でも対応してしまうハービーゆえ、予測不能のブーツィーのフレーズにもちゃんとカウンターを決めている。最後に、できあがったベーシック・トラックにビルがエフェクトかましたりスクラッチ入れたりすると、どうにか形になってしまう。

5. Maiden Voyage/P. Bop
 「処女航海」のリメイクというより、ヒップホップのトラック作成にサンプリング素材として使用したトラック。US3 がヒットさせた「Cantaloop Island」のように、ジャジー・ラップでのアプローチなら、もっとスマートだったのかもしれないけど、まぁビル・ラズウェルだし一筋縄ではいかない。そんなうまくまとめようだなんて、ハービーだって思っていなかっただろうし。

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6. Chemical Residue
 ラストはほぼハンコック主導、崇高ささえ漂うメロディアスなフュージョン。サンプリングも多用しているのだけど、あくまで隠し味的な使い方で、メロウさを前面に押し出したサウンド・アプローチは嫌いじゃない。でも耳障りが良すぎる分、ディスカバリーやナショナル・ジオグラフィックのBGMに収まっちゃうんだよな。




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誇大表現じゃないよ、マジのお宝音源(ちょっと下品だったな)。 - John Coltrane『Both Directions at Once: The Lost Album』

analysis-032-cover 映画『スウィング・ガールズ』にて、高校の数学教師役で出演している竹中直人のエピソード。田舎のパラサイト中高年男性にありがちな、オーオタかつジャズオタの竹中。学校ではサエない風采だけど、それは仮の姿。自室に金にモノを言わせた高級オーディオをズラリと並べ、終日往年のジャズLPを大音量で鳴らして悦に入っている。
 職場ではそんな態度をつゆほど見せず、あくまで密かな愉しみとして、昼行灯のような無気力教師を演じていた竹中、そんな中、ブラバンの顧問を探している生徒たちに自宅を急襲され、裏の顔がモロばれしてしまう。同好の士として快諾すると思いきや、なぜか固辞する竹中。生徒らがどれだけ頭を下げても、その決心は変わらなかった。
 シーンは変わって、同じ町の音楽教室。田舎ゆえ、生徒数は3人程度のこじんまりしたもの。小学生も混じってる顔ぶれから見て、初級クラスと察せられる。
 谷啓演じる講師に指名され、サックスを構える竹中。おもむろに立ち上がり、激しいブロウ中心のフリープレイを披露するのだけれど、すぐさま止められる。「基本的な運指やタンギングもできてないのに、形から入っちゃダメ」と諭され、しょげる竹中。子供にバカにされる竹中。

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 長々と書いちゃったけど、俺が思うところのコルトレーンのイメージとは、だいたいこんな感じである。実際の劇中設定では、アルバート・アイラーをモデルとしたらしいけど、末期のコルトレーンをマネしようとしたら、だいたいこんな感じになるんじゃないかと思われる。
 実際にコルトレーンをちゃんと聴いたことがない層、いわゆるライト・ユーザーが思い浮かべる彼のビジュアル・イメージは、名盤『My Favorite Things』のジャケットが最も多い。ちゃんと集計を取ったわけじゃないので、ソースも何もないけど、最大公約数として一番有名なのはこのアルバムだし。
 神妙な面持ちでソプラノ・サックスを構えるコルトレーン。正直、くすんだブルー・バックと赤のデザイン・ロゴの組み合わせはミスマッチで、もうちょっと何とかならなかったのかね、と突っ込みたくなってしまう。
 総じてコルトレーンのデザイン・アートワークは、往年のジャズ・アルバムと比して、あまりセンスの良いものではない。末期になると、時代の流れで変なサイケ風味が入ってきて、さらに行先不明なものになってゆく。
 あ、でもそれはそれで、内容に偽りなしか。

 何となく聴きかじったところからもう少し先、ジャズ沼に片足を深く突っ込んだところで見えてくるのが、これまた名盤『至上の愛』のジャケットである。神妙な顔つき具合は『My Favorite Things』ともタメを張るけど、モノクロ写真のため、世界観とうまくフィットしている。やっぱジャズのアートワークは、モノクロがハマるよな。
 さらにさらに先に進み、インパルス後期にまで足を踏み入れると、混沌のアバンギャルド・ジャズ一色になってくる。ここまで来ちゃうと、もはや存在という概念を超越した世界。
 解脱した修行僧のような佇まいから漂ってくるのは、問答無用のコルトレーン・ワールド。「聖者になる」と発言したのがちょうどこの頃で、もう天衣無縫のやりたい放題。凛とした佇まいから吐き出される音の洪水は、人智を超えた不可知論の世界でとぐろを巻いている。
 そんな混沌を瞬時に的確に表現したのが、冒頭の竹中直人だった、という結論にたどり着くまで、長々と書いてしまった。ごめん、これもただ書きたかっただけなんだ。

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 ジミヘン同様、生前より没後の方がリリース数の多いコルトレーン、こうしている今もアーカイブの発掘・整理作業は連綿と続けられている。今年リリースされた『The Lost Album』は、ライブ物中心だったこれまでのリリースとは傾向が違って、スタジオ未発表音源ということもあってインパクトが強く、ジャズ村界隈以外でも大騒ぎになったのは、記憶に新しい。
 時々思い出したように、このようなお宝アイテムがリリースされるということは、もちろん市場のニーズあってこそだけど、まだまだ発掘調査の余地が残されている、ということなのだろう。インパルスやアトランティックの倉庫には、まだ封されたままのマルチトラック・テープがゴロゴロしてるんだろうし。
 いや、もう裏ではきちんとカタログ化されてるのかな。小出しにしてった方が、ビジネス的には賢い選択だし。
 ただジミヘン同様、もし彼が今も生き長らえていたとしたら。心身ともに健康なまま、活動を継続していたとしたら、現在のような評価がされていただろうか、と。
 それはちょっと疑問である。

 インプロ中心の独演会と化していた末期の演奏は、もはや本人にも収拾不能の大風呂敷プレイとなっていた。その音はもはや、聴衆に向けて放たれたものではなく、コルトレーンの内的宇宙へ収斂し、そして完結する。
 彼が影響を受けたカバラやインド思想を勉強して聴いたとしても、さらに混迷を極めるばかり。わかったつもりでいても、またすぐわからなくなる。
 ハマればハマるほど、そのサウンドは共感を拒む。いずれにせよ、一見さんに優しい音楽ではない。
 コルトレーンの死後、ジャズ界は一気に電化フュージョンの流れとなる。青息吐息のモダン・ジャズは、BGM用途のイージー・リスニングか、極東のマニアの慰みものとして、辛うじて命脈をつなぐことになる。なので、さらに風当たりの強いアバンギャルド・ジャズは、居場所がなくなる。
 「聴衆の共感を得ることから降り、頑なに求道者のごとく我が道を突き進むコルトレーン、その前衛さゆえ、アメリカ本国での人気は、次第に下降線を辿ってゆく。ファンへの迎合を潔しとせず、まだフリー・ジャズに寛容なヨーロッパへ活路を見いだし、シーツ・オブ・サウンドの探求を続けることになる」。
 なので、メインストリームでの活動は難しかったんじゃないか、というのが俺の私見。

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 コルトレーン自ら制御することをやめてしまったインパルス末期のサウンドは、いわゆる上級者向けである。この辺の発掘音源は、史料的価値は高いのだけど、日常的に聴くものではない。ていうか、それはかなり無理ゲーである。
 これまでもコンスタントに発掘音源がリリースされていたコルトレーンだけど、今年の『The Lost Album』が特別盛り上がったのは、それなりの理由がある。もちろんスタジオ未発表音源というのが大きなセールス・アピールではあったけれど、レコーディング時期が1963年だったというのが大きい。多くのジャズ・ファンのテンションと血糖値が爆上げしたのは、これが大きい。
 63年のコルトレーン・サウンドは、まだフリー・ジャズに足を踏み入れる直前だったため、わりかしモダン・ジャズ寄りである。なので、「ちょっとアドリブ・ソロが長いモダン・ジャズ」といった印象なので、ビギナーにもやや聴きやすい。
 これが65年くらいになると、アドリブが冗長になって暴走しかけてくる。ウブな素人に聴かせるには、ちょっと刺激が強い。完全コンプを狙うマニア以外には、ちょっとおススメしづらくなる。
 なので、63年のスタジオ・アウトテイクというのは、全ジャズ・ファンに広くアピールできるお宝音源と言える。世事の煩悩から解脱した末期と違って、この頃はまだレコード・セールスやファンの反応を気にしていたコルトレーン、ウケの良いバラード集やジャズ・ヴォーカルとのコラボも積極的に行なっている。

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 BGMとしての機能はまるでない末期のアルバムを聴くには、相応の覚悟が求められる。疲れてる時や、風邪をひいてる時なんかに聴くものではない。ちゃんと体調とメンタルを整えてからでないと、心も体も悪化する。
 とはいえ、体調は万全、ポジティブな気分の時は聴く気になれない。なので、結局先延ばしになってしまう。
 その日の気分で棚からひと摑み、という音楽ではない。学ぶ姿勢、時にはねじ伏せる姿勢じゃないと、末期コルトレーンとは向き合えないのだ。
 で、そんな肩ひじ張った態度ではなく、もっとジャズを楽しむことができる時代の音源が、こういったまとまった形で発掘されたのは、素直に喜んでいい。
 飽くことなきクオリティの追求は、ある瞬間から大衆性を超えてしまう。どれだけ純度の高い作品だったとしても、聴き手の感情移入の余地がなければ、それは単なる空気の振動に過ぎないのだ。
 マッコイ・タイナー(P)、ジミー・ギャリソン(B)、エルヴィン・ジョーンズ(Dr)という黄金期カルテットのセッションは、すでに円熟期に達している。もはや既存ジャズのフィールドで、この4人でできることは、それほど残されてなかった。
 完成形をさらに極めることもひとつの手立てだけど、つねに前進するべく、ストイックな姿勢を崩さなかったコルトレーン。商業的なニーズを考えるのなら、この路線を維持した方がもちろんいいわけだけど、それと相反するプレイヤビリティが、次第に音楽性の混沌を導くことになる。
 マッコイ抜きで行なわれた、トリオ編成でのセッションは、そんなコルトレーンの心境の変化のあらわれとも言える。主旋律を導き出すのは自分であり、そしてまた壊すのも自分。
 ていうか、もう整ったメロディはいらない。
 このテイクが63年当時に発表されていたら、フリーへの転身ももう少しスムーズだったんじゃないかと思われる。


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1. Untitled Original 11383
 タイトルさえつけられなかった完全未発表曲のひとつ。この時点で、すでにジャズ界随一のソプラノ・サックス使いとして名を挙げていたコルトレーン。ていうか、ほぼこの人くらいしか使っていなかったけど。
 ある意味、このメンバーの中では常識人だったマッコイの堅実なプレイが、自由奔放なメンバーのプレイをうまく集約させている。みんながみんな野放図だったら、まとまるものもまとまらないもんな。3分過ぎからジミー・ギャリソン、アルコ(弓での演奏)も聴かせてるし。
 プレイ以外の面、楽曲自体は実のところ、そこまで特筆するほどのものではない。そりゃ並みのミュージシャンと比べたらハイレベルだけど、当時の彼らとしてはウォーミング・アップ程度のものだったんじゃないかと思われる。すっきり5分程度でまとめてるし。

2. Nature Boy 
 ナット・キング・コールによってヒットした、いわゆるジャズ・スタンダード。バンドの理性を司っていたマッコイ抜きのレコーディングとなっており、そんなわけでリズム隊がクローズアップされている。ビート感の強いアフロ・リズムは、メロディアスな楽曲にはちょっとミスマッチだったんじゃないか、と俺の私見。コルトレーンのプレイも無理やりねじ伏せてる感が強く、消化不良のまま3分程度で締めくくっている。

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3. Untitled Original 11386 
 志半ばで終わった2.とは打って変わって、アトランティック期のメロディアス感を彷彿させるソプラノ・チューンは、新旧問わず、多くのファンを納得させる。どこかで聴いたようなフレーズが散見されるけど、でもいいじゃんベタでも。緩やかに統率された中でのコルトレーンの暴走、そして時折ペースダウンを促すかのように割り込んでくるマッコイのソロ。でもお互い、譲ろうとしないんだよな。何とか形になっちゃってるんだけど。



4. Vilia
 ジャズ・スタンダードのカバーらしく、あまりコルトレーンっぽさの感じられないナンバー。最初のソロなんてソニー・ロリンズみたい。もちろん次第にこじれて屈折した詰み込みプレイに変化してゆくのだけど、まぁ彼にこういったのは求めないよな。

5. Impressions
 このアルバムの中ではテンポも速く、グルーヴ感も極まってるチューンだけど、数々のライブ・テイクと比べたら全然大人しい。コルトレーン沼にはまると、あっさりして物足りないくらい。マッコイ不在によってリミッターは外れてるけど、スタジオ・テイクな分だけ、クレバーな演奏。

6. Slow Blues 
 考えてみればこのアルバム、まとまった形のマテリアルがまるまる未発表だったわけではなく、単に同じ時期のテイクを並べたものである。なので、一貫したコンセプトで括られてるわけではなく、いわゆる寄せ集めてきな色彩が強い。
 そんなわけで、こういったストレートなブルースはちょっとミスマッチ。正直、11分は冗長。テオ・マセロなら、この半分でまとめちゃったかもしれない。

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7. One Up, One Down
 2005年に発掘された、ハーフ・ノートでの同名ライブ・アルバムのスタジオ・ヴァージョン。多くの人同様、俺的には、ライブ・ヴァージョンの方を先に聴いてるので、スタジオ録音は何だかかしこまってるよなぁ、といった印象。
 ジャズの場合、スタジオ録音=オリジナル・ヴァージョンとは単純に言えないので、先に世に出た方がインパクトが強くなるのはやむを得ない。それでもこのテイクが無視できないのは、やはり完成されたアンサンブルと圧倒的な録音レベルの高さ。ジミーもエルヴィンもマッコイも、みんなにきちんと見せ場がある。そして、彼らの挑発的なプレイを悠々と受け止めるコルトレーン。
 この時代はいい意味で、いわゆる「ジャズ」の範疇にある。この後も面白くなってゆくのだけど、まぁ聴く人を選ぶわな。



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シャレオツ感? そんなの関係ねぇっ - Style Council 『Home & Abroad』

folder 1986年リリース、活動中にリリースされた唯一のライブ・アルバム。実質的な活動期間は5年程度だったので、ライブ盤1枚は妥当なところ。敢えて言えば、複数のライブ音源からイイトコ取りでの構成のため、いわゆるダイジェスト版な点だけが、ちょっと惜しい。
 基本、ハイレベルの演奏テクニックやインプロビゼーションを売りにしたユニットではないので、昔から彼らのフルセット音源は少ない。今の時代、ちょっと手間をかければ、ネットのあちこちに音源は転がっているのだけど、その多くはテレビ出演やラジオ番組のエアチェック音源が主体であり、質の良い無修正オーディエンス音源というのは、大して多くない。
 レコーディング/ライブ両面で脂の乗っていた、『Our Favorite Shop』リリース後のライブを中心にまとめたものなので、シングル・ヒットした曲が多く、ある種ベスト・アルバム的な機能も有している。なので、ちょっと極論だけど、これさえ聴いておけば、彼らのおおよその代表曲を押さえることができる。そのくせ「Long Hot Summer」が入ってないのはちょっとどうなのよ、と突っ込みたくはなるけど、まぁそこは置いといて。
 録音なのかスタジオ処理のせいなのか、歓声が不自然に後付けっぽく聴こえるのと、ホール中心のライブの割りには響きが薄く、なんだか擬似ライブっぽい音質なのがちょっと残念。でも、全盛期の記録として、その希少性はいまも変わらない。

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 80年代初頭のネオアコ・ムーヴメントに片足を、そしてもう一方をポスト・パンクに突っ込んでいた彼ら、当時親交のあったEverything But the Girl と近い方向性で、ジャジーだボサノバだソウルだファンクだ、ロック以外のエッセンスを貪欲に取り込んだサウンドを展開していた。
 そもそもポール・ウェラーにとって、「ロックからの逸脱」というテーマは、ジャム後期から地続きのものだった。「既存ロックの価値観打破」がテーマだったパンクも、時代を追うにつれ自家中毒を起こし、紋切り型の似たようなサウンドに収束しつつあった。拳を振りかざす先がみんな同じなんて、そんなのパンクじゃない。
 みんなと同じ、「荒削りな楽曲と拙い演奏」といったステレオタイプのフォーマットは、音楽的な成長著しいミュージシャンにとっては、足かせでしかなかった。常に前しか見ない当時のウェラーからすれば、いつの間に商業パンクの筆頭となり、フォーマット外のアプローチを歓迎されないジャムの看板は、もはや必要ないものだった。
 類型的なロックのスタイルを捨てるため、人気絶頂のジャムを解散したウェラー、その後は180度違ったアプローチで音楽と向き合うことになる。

 ジャムとは対照的なソフト・サウンドとシンクロするように、ウェラーのファッションも大きく変化する。ひとつの不変的なスタイルとして確立したモッズ・スーツを脱ぎ、スタイリストの巧みなコーディネートによって、当時の最先端だったDCブランドに身を包むようになった。ひと昔前の石田純一のようにカーディガンを肩に羽織ったり、カジュアルなサマー・セーターを着るようになったのも、この頃だ。
 ジャム時代の全否定にも映る、そんなウェラーの極端なシフト・チェンジは、古株ファンにはことごとく不評だった。パンクに必須だった疾走感や気迫などが強力脱臭されたデビュー・アルバムは、とても同じ人物の作品とはとても思えなかった。
 でもライブになると血が騒ぐのか、序盤こそ、歯の浮いたソフトなヴォーカルを披露するウェラー、興が乗るにつれ、パフォーマンスは次第に荒くなってゆく。汗が吹き出し、ステージ衣装も乱れてゆく。アクションも大仰になってステージを縦横無尽に歩き回り、シャウトと唾がステージ上に飛び交う。
 なんだ、これまでのジャムと変わんねぇじゃん。ギターを持ってるか持ってないかだけ、いつものハイパー有酸素運動。どう繕ったって、熱くたぎるパンクの血は隠せない。

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 行き詰まりとなった英国政治や社会問題をテーマに掲げ、大衆向けのポップ・サウンドでコーティングして、メッセージを広く流布させるのが、スタカンの基本コンセプトだった。直訳「スタイル評議会」の名のもと、表面的なサウンドにポリシーを持たせることを敢えて捨て、トレンドやテーマによって意匠を変える行為は、膠着状態だったニュー・ウェイブ以降のロックに対するアンチテーゼでもあった。
 『Home & Abroad』に収録されている楽曲の多くは、構造不況に対して何ら効果的な改革を示せないサッチャー政権への憤りから生まれたものである。トップ40チャートでWham!やDuran Duranらポップ・ソング勢と肩を並べながら、歌ってる内容はとことん左寄りか鬱々とした内省吐露といった具合。英国人らしい自虐と鬱憤をストレートに描いた楽曲が、次々とチャート上位にランクインしていた。
 日本だったら、速攻放送禁止か発禁になってしまう内容でも、普通に売れてしまうのが、当時の英国事情を反映している。とはいえ、当時に限ったことじゃなく、英国は政治・社会批判には比較的寛容なお国柄である。平気で王室批判やゴシップが報道されること多々あるし。

 ただ、外部への怒りを発露とした表現にも、限界はある。政治社会への批判を声高に続け、同調者が増える。そして、オピニオン・リーダーは次第に「権威」となってゆく。「力を持つ」ということは、「社会的弱者ではなくなる」ということと同義なのだ。
 労働者救済のため、レッド・ウェッジの立ち上げに尽力したウェラーだったけど、この時すでにヒット・チャートの常連だった彼は、「そちら側」の立場ではなかった。成功者となっていた彼がどれだけ保守政権の打倒を訴えたとしても、明日のパンとスープ代すら捻出できずにいる社会的弱者にとっては、絵空事でしかなかった。
 一貫して政治色の薄いエルヴィス・コステロは、発足時から彼らの活動には批判的だった。すでにロック・セレブとして、多くの社会事業に首を突っ込んでいたスティングでさえも、その左寄りのスタンスゆえ、批判こそしなかったけど、明確に距離を置いていた。
 共産主義色が強すぎたことによって、幅広い支持を得られなかったレッド・ウェッジは、次第に活動も収束化し、内輪もめの末、フェードアウトしてゆくことになる。こういうのって、大抵派閥が分裂して内部崩壊しちゃうよな。それはどこの国も似たようなもので。

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 1987年の英国総選挙は、保守党の勝利で終わる。労働党の健闘も虚しく、サッチャーは引き続き3期目の政権を率いることとなった。
 「歌は世につれるが、世は歌につれない」と、かつて山下達郎は言った。政権批判や労働者救済を訴え続けたとしても、そう簡単に世の中が変わるわけではない。打てば響くのはごく一部であり、広く伝えるには、もっと強い求心力・カリスマ性が必要なのだ。
 そんな徒労感も手伝ってか、この時期からスタカンの活動も活発ではなくなり、セールスも同様に下降線をたどってゆくことになる。
 スタカンのもうひとつの軸である、「多様なジャンルを取り込んだ、変幻自在のサウンドアプローチ」も、次第に「スタカン・サウンド」的なものが固まり、マンネリ化に陥っていた。自家中毒をこじらせていたロックと違うものを指向しながら、キャリアを重ねるにつれ、いつの間にか自分たちがフォーマットをなぞるようになっていた。そんなジレンマが、さらにウェラーを追い込んでいった。
 「これまでと違うものを」といったコンセプトを掲げて、『Pet Sounds』まがいの連作組曲や、不似合いなピアノ・コンチェルトを収録した『Confesstions of A Pop Group』は、セールス的に大コケした。さらに負けじと、時流を先取りして果敢にハウス・サウンドに挑んだ『Modernism: A New Decade』ときたら、レコード会社に発売拒否される始末。
 もはや、スタカンというユニットでできる音楽的挑戦は残されていなかった。どれだけ多ジャンルのエッセンスを取り込んで行ったとしても、演ずる人間は同じなので、限界はある。同じ名義で続けられるのは、せいぜいアルバム1、2枚程度まで、コンセプトの性質上、長く続けられるものではない。

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 いっそボノのように開き直って、「ロックご意見番」的な立場で時事問題をボヤき続けてたら、スタカンの寿命はもう少し長かったんじゃないか、とふと思う。ポップ・スターと頑固親父の2枚看板で、コンスタントにシングル・ヒットを出しながら、インタビューでは毒を吐きまくったりして。ニュー・ウェイブ以降の重鎮として鎮座しながら、若手のリスペクトを受け、新曲と織り交ぜて昔の曲をサービスでやったり。
 ここまで書いて、「アレ、結局いまそんな感じになってるじゃないの」と思い直す。長らく過去曲を封印してきたウェラーだったけど、21世紀に入ってからは、ジャムもスタカンもソロも同列に扱い、ライブでプレイしている。
 前ばかり見てるのではなく、振り返る余裕もできた、ということなのだろう。人はそれを「成長と呼ぶ。
 発表年代を問わずランダムに並べられた近年のセットリストの中で、スタカンの曲もまた違和感なく溶け込んでいる。時事性が強い言葉に秘められた毒は、風化と同時に他曲と融和されている。あの時の刺激は、あの日あの場所じゃないとリアリティがないのだ。


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Style Council
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1. The Big Boss Groove
 シングル「You're the Best Thing」のB面としてリリースされ、アルバムには未収録。瞬発力の良さからオープニングに起用されることが多かったため、ファンには広く知られている楽曲。ウェラーの一枚岩ユニットではないことを強調するように、スタジオ・ヴァージョンではDee C. Lee とJayne Williamsonとでヴォーカル・パートを分け合っている。ライブではLeeとのデュエット。
 力を合わせて政権打倒をアジるウェラーのヴォーカルも最初からフル・スロットル、バンドも気合が入っている。

2. My Ever Changing Moods
 6枚目のシングルとしてUK5位、彼ら初期の代表作であり、ウェラーの全キャリア通しても、キャッチ―なメロディ・ラインが突出している。アルバム・ヴァージョンは流麗なピアノ・バラード、シングルでは小気味よいソフト・ファンクと、アレンジによって様々な表情があるけど、骨格がしっかりしているだけあって、どれもカッコ良く仕上がっている。
 ここではホーン・セクションを前面に出し、テンポもちょっと速めに設定され、ライブのグルーヴ感を損なわないアレンジ。俺的に一番馴染みの深いアレンジでもある。
 モヤモヤした鬱屈感でウダウダしてるけど、どうにか立ち直んなくちゃな、でも…、といった若者特有の足踏み感を活写した歌詞は、ヴァージョンによってその表情がまるで違う。この歌詞でバラードだったら引きこもりそうだけど、『Home & Abroad』ヴァージョンだったら外に出たくなる。そう、行動するにはまず外に出なくちゃダメなのだ。

3. The Lodgers
 13枚目のシングル・カットでUK最高13位。俺の中では、スタカン楽曲の中ではトップ3に入る名曲。かしこまってまとまった印象のスタジオ・ヴァージョンとは対照的に、ここではウェラーも含め演奏陣のアドリブも多く、中盤にかけてはジャム・セッション的な様相も呈している。ダンス・チューンとしても秀逸なため、起爆剤的な役割も果たすキラー・チューン。



4. Headstart for Happiness
 シングル「Money-Go-Round」B面ヴァージョンでは簡素なデモ・テイクみたいな音だったけど、『Cafe Bleu』収録時には能天気なミュージカル調デュエットにブラッシュ・アップされた。で、ここではそのアルバム・ヴァージョンに準じたホーン中心のアレンジ。ロックっぽさも薄ければファンクの匂いもない、ある意味、スタカン・オリジナルとでも言うべき楽曲。やっぱりLeeのヴォーカルが入るとポップ感が増す。

5. (When You) Call Me
 シングル「Boy Who Cried Wolf」のB面としてリリース。シングル・ヴァージョンはシンセ・ベースやドラム・マシンを多数駆使した、時代性を感じさせるエレポップとして、独特のキッチュ感があった。ライブでは逆にそのいかがわしさが薄れて普通のミディアム・バラードになっちゃってるのが、ちょっと惜しい。メロディ・ラインはウェラーにしてはクセも少なくスタンダードの香りすら漂っている。

6. The Whole Point of No Return
 スタカンの場合、アルバムとシングルでヴァージョン違いが多く、しかもライブでも全然違う場合がある。この曲も、ライブ用にアレンジされているパターン。基本はシンプルなボサノヴァ・タッチのギター弾き語りで、ラウンジ臭が強い。
 ライブの構成上、ブレイクとして息抜きの曲は必要だろうけど、この時期の彼らの曲は、そんな小休止曲のオンパレード。ウェラーが口角泡を飛ばしていても、簡素なアレンジでは時に空回りしてる場面もある。さすがにこの曲調では、彼もおとなしい。

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7. Our Favourite Shop
 もう一人のメンバーMick Talbotが主役となるインスト・ナンバー。ラテン・ベースのリズムを中軸に、ジャム・セッション風の演奏が展開されている。もともとライブ感のある演奏なので、スタジオ音源とさして違いはない。ないのだけれど、あまりに原曲に忠実過ぎる展開もどうなのか、と。他のライブだったら、もっとアドリブが長かったりLeeのヴォーカルを入れたり、遊ぶ要素はあったのかな。

8. With Everything to Lose
 アンチ・ロックとして結成されたスタカン・サウンドのひとつの到達点。ボサノヴァ・タッチなのに、既存のロック・ユーザーさえ納得させてしまうグルーヴ感を創り出せたのは、才気バリバリだったウェラーでこそ成しえた力ワザ。
 リズム・アレンジ・メロディともほぼ完成の域に達しているため、ライブ/スタジオ・ヴァージョンとも、大きな変化はない。しかしフルートをリードに使うバンドがここまで支持されるとは。ジェスロ・タルが同じくフルート使ってるらしいけど、ゴメン聴いたことないや。

9. Homebreakers
 先の見えない労働者階級の悲惨な現状をリアリティ・タッチで描写したナンバー。重く陰鬱なファンクには、Talbotの声が合っている。『Our Favorite Shop』のオープニングとして知られている曲だけで、考えてみればこんな重々しい曲を初っ端に据えて、よく日本でも売れたものだよな、と今にして思う。

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10. Shout to the Top!
 説明の必要もないくらい、多分日本では最も有名なスタカン・ナンバー。以前のレビューでも書いてるけど、佐野元春への影響はもちろんのこと、あの小柳ルミ子までカバーしていることで一部では有名。
 スタジオ・ヴァージョンはさんざん聴きあきているので、テンポを落としてボトムの効いたライブ・ヴァージョンはなかなか新鮮。

11. Walls Come Tumbling Down!
 UK最高6位をマーク、俺の中のスタカン・ランキングでは常にトップ3に入る大名曲。スタジオ・ヴァージョンもテンション上がりまくりのウェラーだけど、ここではさらにアドレナリン全開、ファンク風味を添加したソリッドなロック・チューンとなっている。
 壁を崩せ!というシンプルなメッセージは、多くの若者に勇気を与え、そしてポピュラリティさえも獲得した恒例。こんな曲がもう2、3あったら、レッド・ウェッジも生き永らえていたのかもしれない。いやないか、あぁいうとこの執行部って、手柄の横取りで内部分裂するのがオチだから。



12. Internationalists
 ラストは『Our Favourite Shop』収録曲、で、このアルバムのもとになったツアーのタイトル・チューンでもある。バラードや緩やかなリズムのヒット曲が多いため、「静」のイメージで捉えられることが多いスタカンだけど、ライブでのグルーヴ・マスターとしてのTalbotの存在を忘れてはならない。
 ウェラーの性急なカッティングと、繊細かつ大胆なSteve Whiteのドラミング、そしてステージ上の空気を一変させるフレーズをバンバン放り込むTalbotのオルガン・プレイ。あまり語られることはないけど、ライブ・バンドとしてのスタカンを最も象徴した楽曲。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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