好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

ご乱心突入前に獲得した、女神の視点 - 中島みゆき『臨月』

20121123213306 本来『生きていてもいいですか』は、いつも通りの恨み節を連ねた、それをちょっと深く掘り下げたアルバムになるはずだった。
 キャリアを重ねるにつれ、ヤマハお仕着せのフォーク歌謡的なアレンジに疑問を呈するようになっていたみゆき。スタジオに入ってただ歌うだけしかしなかった初期とは違い、レコーディングにおけるアレンジやバンド・アンサンブルの重要性を実感するようになっていた。
 同じフォーク/ニュー・ミュージック村のオフコースや松山千春は、いち早くロック的サウンドやアレンジを導入していた。インパクトの強いロック・サウンドと抒情的なフォーク・メロディとの融合が不慣れなせいもあって、曲によっては取って付け足したようなアレンジの曲もなくはなかったけど、世間的には概ね好評を期していた。
 そういった世間の流れをみゆきも無視することができず、『親愛なる者へ』あたりから、レコーディング・メンバーの刷新を図っている。きちんと手をかけて作り上げた歌と言葉を、より多くの人に届けるためには、ある程度のデコレーション、耳触りの良いアレンジは必要である。間違ってはいない。

 ただ、そんな細やかな配慮や戦略をすべて吹っ飛ばしてしまったのが、「うらみ・ます」や「エレーン」、「異国」などのダウナー系の楽曲だった。周りのものを片っぱしから傷つけまくる言葉は鋭く尖り、前述の聴きやすいアレンジをことごとく拒絶した。
 みゆきのダークサイドから吐き出された、絶望的な袋小路と諦念の円環構造は、彼女自身さえも振り回した。中途半端な技巧や小技を使うことを拒み、簡素なアレンジとむき出しの絶唱以外は受け付けなかった。
 楽曲の世界観が憑依したみゆきに為す術はなく、ただただ振り回され続けた。強烈なネガティブの磁場を持つ楽曲群は、みゆきをとことんまで追い詰め、後には何も残らないくらい、あらゆるものを搾取しまくった。
 その後しばらく、みゆきは虚脱状態に陥る。定例の全国ツアーをキャンセルしたのも、この頃である。

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 そんな事情もあったので、ここでしばらく立ち止まっても良かったのだ。
 これまでの音楽的成長を全部すっ飛ばしてしまう、そんな強烈な破壊力を持つ楽曲たち。「世に出てしまった楽曲は、もう自分だけのものではない。聴き手それぞれのものだ」とかつてみゆきは言っていたけれど、それらはあまりに生々しく、プライベートの痕跡が露わになっていた。とても共有できる内容ではない。それらはみゆきの内面に、あまりに迫り過ぎる。
 これ以上は先にも後にも進むことのできない、絶望の袋小路。光はあったとしてもほんの僅か、そしてその光は、決してこちらに届くことはないのだ。

 人前に立つことから一旦離れ、クールダウンすること。まったくの別キャラクターでラジオのマイクの前に座り、とことん無内容におちゃらけること。正反対でありながら、どちらも素顔のみゆきである。健康な精神状態を回復するためには、どちらの作業も必要だったのだ。
 この時期のみゆきは、主に恋愛を中心としたプライベート面でもいろいろあったようで、当時の週刊誌があることないことを書き飛ばしている。いわゆる関係者の証言、事情通が匿名で憶測を語るばかりで、ほとんど裏付けが取れていない記事ばかりだけど、噂に上るような色恋沙汰は、ちょくちょくあったと思われる。まだ20代のうら若き乙女だもの、そりゃ、いろいろあったって不思議はない。
 過密スケジュールによる多忙が要因となって、すれ違いが生じる。そうなると、どの恋愛も長くは続かず、孤独な日常を過ごすことが多くなる。
 ただ、どれだけ満たされた日々が続こうと、表現者とは基本、孤独だ。
 そんなことは、みゆきが一番わかっていたわけで。

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 『臨月』のレコーディングは『生きていてもいいですか』セッション終了からそれほど間を置かず、比較的早い段階から進められた。もともとストックやテーマは山ほどある人なので、素材には事欠かない。ある意味、厄落とし的にチャチャッと済ませたかったのだろう。
 ただ、レコーディングは難航する。のちに「制作に10ヶ月かかったから、『臨月』ってタイトルにした」とコメントを残しており、当時の苦心惨憺ぶりが窺える。
 ツアーの合間を縫って断続的にスタジオに入る、というのが、当時のみゆきのレコーディング・スタイルだった。今でこそ、瀬尾一三が一括してレコーディングを取り仕切っているけど、この頃は曲調やスケジュールに応じて、複数のアレンジャーを使い分けることも珍しくなかった。
 ただ長期ツアーもなく、レコーディングに集中できる環境にありながら、納得ゆくテイクが作れず、作業はたびたび中断する。『臨月』では総勢4人のアレンジャーが参加しており、単純に考えて、最低4回のセッションが行なわれている。いるのだけれど、多分、満足な形になっていないセッションや、世に出ていない没テイクなんかも相当数あったんじゃなかと思われる。
 一気呵成に吐き出した『生きていてもいいですか』とは対照的に、一聴してまとまっており、肩の力を抜いてサラッと作りました的に思われている『臨月』だけど、いやいや産みの苦しみはこちらの方が大きい。

 先行シングル扱いだった「ひとり上手」のリリースが80年10月、で、アルバムが発売されたのはそこからほぼ半年後の81年3月、大きくブランクが開いている。ヤマハからのリリース要請もあって、当時のみゆきは一定のスパンでシングルを切らなければならない立場にあった。従来の歌謡フォークの延長線上にあるサウンドは手慣れたものだったので、この曲を軸に構成していけば、アルバム制作もスムーズに行けたはずなのだけど、そうはうまく事は運ばなかった。
 本来の自分のペースに戻すためには、机上であれこれ考えててもしょうがない。実際に音を出し、合わせてみるのが最も効果的である。アイドリング期間が長く続くレコーディングは、みゆきにとってはある意味苦行ではあったけれど、独りで試行錯誤するよりは、精神衛生的にも気が楽だった。
 「歌」と「言葉」を支えるサウンド、それは互いにせめぎ合うのではなく、どちらも対等のスタンスで引き立て合うことが、最も望ましい。みゆきはセッションを通して、そのメソッドを探しあぐねていた。単に素材をポンと投げ出すのではなく、もう少し距離を置いた、「商品」としての完成度を追い求めて。

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 アーティストが直情的に想いのたけを無造作に吐き出すことによって、「生の叫び」は強い求心力を発し、時に熱狂的な信者を生み出す。しかし、そのさらけ出す熱量は、信者だけに作用するのではなく、アーティスト自身をも焼き尽くし、次第に疲弊させてゆく。そして感動に打ち震える信者は、その次を期待する。さらに強い刺激、もっと赤裸々な内面を求めて。
 習慣性の強いドラッグと同じで、強い刺激への欲求は次第にエスカレートしてゆく。刺激のインフレ度合いは留まるところを知らず、遂には自我をも侵食し、そして燃え尽きる。後には何も残らないことを確認した信者は、次の刺激を求めてその場を去る。その割り切りぶりは、とてもドライなものだ。
 燃え尽きる一歩手前でみゆきは踏みとどまり、そして別の道を歩むことを選んだ。いちアーティストとして、作品の完成度を高める目的なら、完全燃焼しても悔いはなかったかもしれないけど、『生きていてもいいですか』で繰り広げられる世界観は、シンガーソングライターのものではない。ごく普通のアラサー女性「中島美雪」の極私的な叫びは、作品というにはあまりに普遍性に欠けている。そこを追い込んでいっても、作品としては破綻の道しか残されていない。

 『臨月』でのみゆきの作家性は、冷静な観察者としての視点を獲得しようとする過程にある。虚実ない交ぜの体験談を連綿と綴るのではなく、もっと引いた目線に立って、まとまりのある短編小説的な作風に変化しようとしている。
 「中島美雪」の心情吐露が『生きていてもいいですか』だったとすると、ここからのみゆきはプロのソングライター「中島みゆき」としてのメソッド獲得のドキュメンタリーとして見ることができる。
 言葉のナイフの鋭利さは、今までと変わらない。ただ、これまでは直裁的な憎悪や恨みを、皮肉や自虐を交えて叩きつけていただけだったのが、ここでは作家的視点、対象との距離を明らかにしている。
 平易な言葉で綴られた、日常風景の狭間に覗く言葉のあや、または心情の行き違い。ナイフの切っ先はそっと静かに、微笑を交えながら、深く身体に沈む。
 刺されたことさえ、気づかないかもしれない。一聴して、その歌たちは耳触りが良い。でも確実に、そこに込められた言葉たちは、胸中の琴線を震わせる。



臨月
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中島みゆき
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1. あした天気になれ
 オリコン最高25位を記録したシングル。当時、主に井上陽水を手掛けていた星勝によるロック・アレンジはビート感が強く、ギター・リフも重厚。言葉とうまく拮抗している。トーキング・モジュレーターっぽいヴォーカルのエフェクト処理が、隠し味的なアクセントとして機能している。
 全編的に自虐的な歌詞はネガティヴに取られがちだけど、最後を「あした天気になれ」で締めることによって、『生きていてもいいですか』ショックからの脱却を図ろうとしている。絶望だけを弄んでいたって、ソングライターとしての幅は広がらないのだ。
 そんな絶望の向こうへ進もうとするみゆきの声は、ここでは終始震えがち。それは先へ向かうことへの恐れ、そして気負いだ。

2. あなたが海を見ているうちに
 抒情フォーク調サウンドによる、短編小説的にまとめられた小品。散文的なイメージを羅列するのではなく、緩やかな起承転結を軸にして、映像的な試みが見られる。一歩間違えれば演歌になってしまいそうな様式美的空間を、土着的恨み節にならないギリギリのラインを攻めている。

3. あわせ鏡
 ストイックに抑制されたリズム・メインのアレンジは、松任谷正隆によるもの。リリース当時はユーミン・みゆきの派閥争いが盛り上がっていた頃で、よくオファーを受けたよな、いわば敵陣だもの。頼んだみゆきもみゆきだし。
 
 グラスの中に 自分の背中が ふいに見える夜は
 あわせ鏡を両手で砕く 夢が血を流す

 つくり笑いとつくり言葉で あたいドレスを飾るのよ
 袖のほつれたシャツはイヤなの あたい似合うから

 鈴木茂によるブルース系の泣きのギターとは対照的に、ヴォーカルは乾き、あっけらかんとしている。そりゃそうだ、こんな救いのない歌、鬱々とした表情で歌われたら、こっちの気が滅入ってしまう。
 1.同様、自虐的な内容だけど、ここには前向きな意思や希望はない。むしろ、破滅に向かう過程を自嘲しており、浮かび上がることは求めていない。
 研ナオコっぽいヴォーカルのタッチだし、メロディも歌謡曲だよなぁ、と思ってググってみたら、やっぱり彼女にカバーされていた。ちなみに後年、セルフ・カバー集『いまのきもち』で再演されているけど、そこではもっと研ナオコに寄ったヴォーカル・スタイルになっている。

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4. ひとり上手
 オリコン最高6位を記録した、軽いフォーク・ポップ・スタイルの親しみやすいナンバー。「ベスト・テン」のラインナップの中でも違和感ない、口ずさみやすいメロディは、初期の代表作となる。さり気なく使われているダブル・ヴォーカルは、通底音として流れるアコギのカウンター・メロディと程よく呼応している。

 雨のように素直に あの人と私は流れて
 雨のように愛して サヨナラの海へ流れ着いた

 なんだ?このフレーズ。サラッと書いておきながら、あらゆる解釈を可能とするストーリー性が凝縮されている。自虐的な「ひとり上手」というコピー・ライティングが先行しているけど、ストーリーテリングの卓越さにこそ、この曲の凄味がある。

5. 雪
 早逝した実父を悼んで書かれた、プライベートな側面の強いピアノ・バラード。薄くかぶせられたストリングスが控えめに奏でられ、やや感情的に声を震わすみゆき。これが前作のテンションで歌われたら、もっと過剰な絶唱になるのだろうけど、感情の昂ぶりはその一歩手前で抑えられている。
 
6. バス通り
 ここからレコードではB面。軽いシティ・ポップなアレンジをバックに、流暢なメロディが奏でられる。いつもよりキーが高めに設定され、サビの部分なんかはちょっと高音が苦しそう。肩も凝らないライト&メロウは、オープニングにも最適。

 昔の女を 誰かと噂するのなら
 辺りの景色に 気をつけてからするものよ
 まさか すぐ後ろのウィンドウの陰で
 いま 言われている私が
 涙を流して 座っていることなんて
 あなたは 夢にも思ってないみたいね

 まるでストーカーめいた話をサラッと歌っており、ここだけ抜き出すと怖い歌かと思われてしまうけど、実際は、たまたまバス待ちで喫茶店に入ったところ、昔の男と居合わせてしまう。向こうが気づかないうちに店を出たいけど、外は雨だしバスも来ない。
 みゆきに気づかないまま、男は店を出る。今の彼女と雨の中、肩を並べて駆け抜ける姿を見て、一方的な恋の終わりに気づく。叶わぬ恋心を象徴したガラスの指輪とは、もともと壊れやすいもの。決して成就することはない。そんなことは、最初からわかっていたはずなのに。
 ストーリーテラーとしてのみゆきの側面が強く出ている。

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7. 友情
 『臨月』収録曲の中で、最も鋭い切れ味を持つ、救いのない厭世観が綴られている。
 裏切られた友情から始まる、限りない人間不信、そして自己嫌悪。すべてを投げ出して世間から隔絶してしまうほど、強く開き直れない自分。どこかで人の温もりをもとめてしまう、そして信じたい自分。
 ただ、それを認められる自分も、またここにいる。やけっぱちな自暴自棄に走るのではなく、そういった弱さが自分の中にあることを認め、どうにか折り合いをつけながらやっていこうとする自分=みゆき。以前なら見せなかった側面である。

 救われない魂は 傷ついた自分のことじゃなく
 救われない魂は 傷つけ返そうとしている自分だ

 達観するほど悟っているわけではない。でも、言葉として発することによって、少しだけ前向きにはなれる。そんなみゆきの決意表明が、ここでに刻まれている。

8. 成人世代
 時代風俗の批評眼とライトな皮肉が交差する、シティ・ポップ調アレンジのライトなナンバー。
『生きていてもいいですか』で描かれた厭世観を一歩引いた視点で描き、ライト&メロウ・サウンドで聴きやすくコーティングするのが、『臨月』の初期サウンド・コンセプトだったと推察すると、この曲を含むB面楽曲中心に、アルバムは構成されたのだと思う。とっ散らかってバラエティ色豊かなA面に対し、B面の方がまとまりがあるし。
 
9. 夜曲
 感傷的なハーモニカで幕を開ける、しっとりしたバラード。ラストという配置や曲調、歌うたいとして生きてゆく決意のあらわれから、次作『寒水魚』収録「歌姫」とのリンクを連想させる。
 感情の爆発やねじれた厭世観を刻み込む歌もあるけど、ほんとに歌いたいのは、聴き手の感情の琴線を震わせる歌。誰かを傷つけたり傷つけられるのではなく、そういった想いもすべて包み込んで受け入れる、女神の視点。
 そのメソッドを獲得するため、ここに至るためには、一度、情念の澱を吐き出さなければならなかった。不完全なアルバムではあるけれど、この境地に至ることができたことで、みゆきのソングライティングはパーソナルな視点からの脱却を果たす。






相聞
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物議をかもした最終作(最後とは言ってない) - 甲斐バンド 『Repeat & Fade』

100_UPC00600406772572 1986年にリリースされた、甲斐バンドとしては最後のオリジナル・アルバム。オリジナルと名うってはいるけど、実際のところはメンバー全員がそろってレコーディングしたものはなく、4人それぞれ個別のプロジェクトで制作した、4枚の12インチ・シングルを集めたものなので、一般的なオリジナルとはカウントしづらい。シブがき隊やELPでもあったよな、このスタイルって。
 全編オーソドックスなバンド・スタイルで製作されたのは、前作『Love Minus Zero』が最後である。Beatles で例えれば、『Abbey Road』的な完成度を極めた後、残務処理的な『Let It Be』を出した、と考えれば、ちょっとはわかりやすくなる。厳密な順番はちょっと違ってるけど、ざっくり言えばそんな感じ。
 まぁ、『Let It Be』ほどやっつけ仕事じゃないけど。

 メンバー全員の英知を結集して、ひとつのベクトルに沿って作られたアルバムではないので、いまだに位置づけがはっきりしない。正直、企画盤的な扱いとなっている、微妙なスタンスのアルバムである。
 当時の甲斐バンドのサウンド・メイキング力は、国内でもトップ・クラスだったため、収録されている内容・サウンドのクオリティはかなり高レベルではある。それなのに鬼っ子扱いされているのは、パッケージングも含め、イレギュラーなスタイルによる部分が大きい。
 東芝サイドも、そして甲斐バンドとしても、世間のそんな微妙な反応を無視できなかったのか、リリースからから1年半ほど経ってから、全曲甲斐よしひろヴォーカルに差し替えたコンプリート盤をリリースし直している。なんだコンプリートって、じゃあ未完成品を見切り発車で出したのかよっ、と突っ込みたくなってしまう。
 時期的に、解散プロジェクト終了の余韻が残っていた頃だったため、営業サイドからの要請もあったのだろう、と思ったのは、もうずっと大人になってから。当時の俺はまだ若かったため、「こんなに早く出し直すんだったら、もっと練り直してから出せよ」と思うばかりだった。業界の内情なんて知らなかったものね、当時は。

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 膨大なレコーディング期間をかけて制作された『Love Minus Zero』のプロモーション・ツアーを終え、甲斐よしひろはソロ・アルバムの制作に入る。ニューヨーク3部作を経て、ソングライター甲斐の成長が著しかったこと、それと同時に、バンドという枠組みに窮屈さを感じ始めていたことも、ソロ活動へ向かった動機のひとつである。
 甲斐バンドとしては発表しづらい楽曲、もっと言ってしまえば、これまで暗黙の了解で合わせてきた、大森・松藤の演奏レベルを想定した楽曲やアレンジに、もどかしさを感じていたと思われる。それはアーティストの成長過程として、避けられない事態だった。
 すでに『Gold』制作時点で、バンド内の衝突は燻りの段階を超えており、一触即発の状態が続いていた。理想とするサウンド構築のため、演奏レベルの要求が高くなる甲斐と、高邁な理想論に辟易する他メンバーたち。
 そもそも、ソングライターとミュージシャンとでは立ち位置が違うのだから、そのギャップは広がる一方。甲斐と甲斐以外、1対2の対立構造になっちゃうのは避けられない。

 そんな緊張状態を長く放置しておくわけにもいかず、甲斐が打開策として行なったのが、新たなメンバーの補充だった。従来メンバー間の緩衝材として、旧知の仲である田中一郎がARBから移籍してきたのだけど、まぁ根本的な解決にはならない。
 甲斐としては、バンド内で孤立してしまった自分の理解者として、彼を招聘したはずだったのだけど、考えてみりゃ、そんな状況下に急に放り込まれたって、やれる事は限られるよな。あくまでミュージシャンとして加入したのであって、調整役はメインの仕事ではない。Ron Woodの役割は、誰にでもこなせるわけではないのだ。

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 甲斐とは幼なじみであり、松藤とはアマチュア時代にバンドを組んでいたこともあって、決して知らぬ仲ではなかった、甲斐バンドと田中一郎。ARBと並行して、断続的にサポート・ギタリストとしてバンド・アンサンブルにも深く介入していたため、彼の加入は比較的スムーズに行なわれた。
 ただ疑問としてひとつ。彼の加入について、異論はまったくなかったのかどうか。
 普通に考えて、甲斐バンドのリード・ギターの多くは大森さんが弾いていたため、この時点でツイン・リードにする必然性は感じられない。そこまでギター・オリエンテッドな音楽性ではなかったし、第一、バンド・アンサンブル的に補充すべきなのは、長らく不在だったベース、それかキーボード系でしょ普通。
 この時点での甲斐の音楽性は、初期にリスペクトしていたStonesタイプのロックンロールではなく、もっと円熟味を増したAORテイストのコンテンポラリー・サウンドに移行していた。その過程で、相対的に薄くなったロック的初期衝動・ダイナミズムの補填として、古き良きギター・キッズ的なキャラの田中一郎が抜擢された、と考えれば、丸く収まる。甲斐側から見て。
 俺的には、田中一郎に対してそんなに強い思い入れはないし、また彼の存在が甲斐バンドに不可欠だったとも思えない。悪く言うつもりはないけど、でもタイミングが悪かったよな。音楽的に大きな貢献があったとは言い難いし、また、そこまでエゴを出せるほどの時間は残されていなかったし。
 田中一郎にとっても大森さんにとっても、得策とは言えなかったのが、この不可解な経緯をたどったメンバー補充である。

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 そんな大森さんが耳の不調を訴えたことによって、甲斐バンドの解散が決定する。
 事実上、レコーディングにおいても外部ミュージシャンの起用が多くなっており、極端な話、甲斐独りで甲斐バンドを名乗って継続することも可能だったのだろうけど、そうはならなかった。甲斐自身、バンドが修復不可能であることは薄々感じていたはずだったし、無理やり延命させる気力も失っていた。
 バンドの終焉、寿命を迎えつつあったことは、誰もが周知の上だった。大森さんの訴えはきっかけに過ぎず、遅かれ早かれ何らかの理由で、甲斐バンドのリタイアは必然だった。
 当時は、バンド内の衝突や不仲は公表されていなかったため、解散プロジェクトはあくまで前向きな姿勢で行なわなければならなかった。
 -どうやれば、キレイに終わることができるか。風呂敷のたたみ具合で、印象はガラリと変わってしまう。
 最終アルバムをどんな方向性にするのか、バンド内でも論議が重ねられた。

 とはいえ、ニューヨーク3部作終了時点で、甲斐バンドのサウンドは完成の域に達しており、現状のバンドのポテンシャルでは、それ以上のキャリア・アップは望めなかった。だからこそ、甲斐もソロの方向性を模索していたわけで、クール・ダウンしないと先に進めなかったのだ。
 バンドの結束力がおぼつかない状態では、スタジオに入ったとしても、ロクな仕上がりにならないことは明白だった。特に後期に顕著だった、甲斐よしひろ+バック・バンドというスタイルは、もう使えない。そのスタイルで押し切っちゃうと、コンポーザー甲斐のジャッジによって、スタジオ・ミュージシャンの演奏と差し替え、メンバーの痕跡はほとんど残らない結果となる。
 それじゃ、今までと何も変わらない。フェアウェル・アルバムとしては、あまりにも遺恨が残るし、第一ショボい。

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 様々な角度からの折衷案としての結果が、日本のバンドとしては前代未聞、個別プロジェクトによる幕の内弁当方式のアルバムだった。
 無理やりスタジオに入って顔を合わせたって、どうせ最大公約数的な無難な仕上がりになっちゃうんだから、それなら各自が責任を持って、それぞれ「俺が思うところの甲斐バンド」をやろうじゃないか―。誰が言い出しっぺだったのかは不明だけど、まぁこういったこと言い出すのは、だいたい甲斐だ。
 それぞれが4曲を持ち分として、甲斐バンドとして発表できるクオリティのものを作る。あとはすべて自由。
 4人もいれば、1人くらいはアバンギャルドを拗らせたり、変にスカしたモノを作っちゃったりするものだけど、全員、商業ベースに乗せられる作品に仕上げられたのは、さすがキャリアの長いミュージシャンたちである。まぁ自分名義で出すわけだから、そんなマニアックなモノは誰も作らないだろうけど。
 わざわざ言わずとも、ちゃんと甲斐バンド的なサウンドになるのは、長年培われた信頼関係によるものだろう。

 甲斐との緊張関係が最もシビアだったのが大森さんで、それは完成した作品にも如実に表れている。
 できるだけ、既存の甲斐よしひろサウンドとは距離を置きたかったのか、ほぼ全編ギター・インストでまとめている。もともとメイン・ヴォーカルを取ったことがない大森さんゆえ、下手にヴォーカル・トラックを入れると、甲斐との比較で分が悪いことは察していたのだろう。愛憎半ばとはいえ、彼のヴォーカルにはリスペクトしていたんだろうし。
 結果、フュージョン・テイストをベースとしながら歌心もある、ロックな高中正義的なサウンドを軸としている。シンセの使い方もうまいしね。

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 ヤンチャなロック小僧だった頃の甲斐よしひろをなぞる役割を担っていた、また担おうとしていたのが田中一郎だったのだけど、まだバンドに馴染む前に終焉を迎えてしまったのだから、持ち味を発揮するも何もない。AORに移行してからは、ちょっと落ち着き過ぎた感もあった後期甲斐バンドの起爆剤として、ここでは期待に応えるようなギター・キッズ的サウンドを展開しているのだけど、ロックとしては整理整頓され過ぎかな。
 ヴォーカリストとしては絶対的な存在である、甲斐が同じバンドにいるわけだから、同じ方向性を狙ったら見劣りしてしまうのは、これはもうしょうがない。どちらかといえばこの人、バンド・アンサンブルから誘発されるグルーヴ感が持ち味の人なので、きっちりまとめられたレコーディングには向かない人なのだ。
 もっと荒々しいライブ・テイクだったら、面白かったのに。

 で、その後期甲斐バンドに象徴される、非ロック的なAORサウンドとの相性が良かったのが、松藤の書くメロディである。この人のコード進行はルーティンから外れたところで鳴っており、カラオケでも歌いこなすのが難しい。ドラマーゆえの独特のリズム感覚なのか、シンコペーション多用による妙な譜割りが、アクセントとなって強い印象を残す。
 場合によっては、甲斐よりも引き出しの多いメロディ・メーカーなのかもしれない。

 で、甲斐。なんとここでは書き下ろし曲なし。過去のリメイクや提供曲のセルフ・カバーで構成されている。ラストとしては、なかなかの冒険だよな。穿った見方をすれば、将来リリース予定のソロ曲は温存しておいた、という風にも取れるけど、まぁそこまでゲスい真似はしなかったと思いたい。
 ―甲斐バンドというのは、甲斐よしひろのワンマン・バンドではない。メンバーそれぞれの英知を結集した、それぞれ切磋琢磨してきた集団である。
 フロントマンではあるけれど、独裁ではない。
 後期は勇み足が過ぎて、独断専行で動くことも多かったけれど、ここでは甲斐、各メンバーのショーケース的アルバムの狂言回しとして、敢えて一歩引いた役割を演じた。そういう意味でいえば、ここでの甲斐のポジションは正解だったと思う。

 だからこそ、余韻も醒めぬうちのコンプリート版リリースは、ちょっと失敗だった、としつこく思ってしまう俺。
 まぁ、オトナの事情なんだろうな。



REPEAT&FADE
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甲斐バンド
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-PROJECTⅠ(N.OMORI)
1. 25時の追跡(instrumental)
 ロック・バンドのアルバムのオープニングをインストで飾るのは、当時でもあまり例がないことだった。大森さんはこのプロジェクトにあたり久石譲をアレンジャーに起用、全編フェアライトCMIをフィーチャーしたシーケンス・サウンドをバックにギターを弾きまくっている。ある意味、『Repeat & Fade』のメイン・テーマとなったこの曲、後期甲斐バンドに象徴されるハードボイルド・タッチの硬質なサウンドが展開されている。
 曲間のSEが、当時流行っていたPaul Hardcastle 「19」を連想させ、時代を感じさせる。

2. エコーズ・オブ・ラヴ
 大森さんの特性であるSantana的情緒あふれるソロが大きくフィーチャーされている。この辺はちょっと高中っぽいかな。あそこまで軽くはないけど。
 大森さん楽曲での甲斐ヴォーカルは1.が選曲されているけど、正直、こっちに歌詞を載せてもらった方がはまったんじゃないかと思われる。

3. JOUJOUKA(ジョジョカ)
 当時はあまり知られていなかったけど、27歳の若さで夭折した、Rolling Stonesの元リーダー、Brian Jonesが生前、唯一残したソロ・アルバム『Joujouka』へのリスペクトして制作されたナンバー。
 とは言ってもStones風味もモロッコ風味もそれほど感じられず、どちらかといえばロックな喜太郎的なニューエイジな仕上がり。ちょっと刺激的なBGMとしては全然アリ。

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4. ロマン・ホリデー
 唯一アコースティック・ギターで全編押し通した、こちらも抒情的なナンバー。ギタリストのアルバムとしては、超絶プレイや早弾きをひけらかさず、あくまでトータル・サウンド+メロディというオーソドックスなスタイルを貫いている。
 ヴォーカルに自信があれば、Claptonくらいはイケたんじゃないかと思われるけど、まぁJeff Beck止まりだったんだろうな、きっと。

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5. O'l Night Long Cruising
 ここから松藤サイド。松藤のアプローチは、作曲はすべて自分、楽曲に応じた作詞家とそれぞれコラボしている。で、改めてクレジットを見ると、なんと作詞辻仁成。エコーズとしてはまだデビューしたてで、一般的にはほとんど知られていない頃。
 尾崎豊と同じカテゴリーで「若者の代弁者」的ポジションだったエコーズ=辻だったにもかかわらず、ここではやたら歌謡曲的なライト・ポップな無難な歌詞になっている。まぁ松藤がこんなサウンドでやりたかったんだろうけど、別に辻仁成じゃなくても、当時だったら売れっ子の康珍化あたりにオファーした方がよかったんじゃね?と余計な助言をしたくなってしまう。

6. サタニック・ウーマン
 ちょっとチャイナ・テイストの入ったエスニック風アレンジは、YMOでの客演でも有名なギタリスト大村憲司によるもの。ファンキーなカッティングにその片鱗が見られ、アンサンブルに勢いをつけるカンフル剤的役割の人だったんだな、と改めて思う。
 こうして聴いてみると、後期甲斐バンドのAORサウンドと親和性が深いのが松藤だったんだな、と改めて思う。甲斐のキャラクターが強すぎたため、どうしても目立たないけど、この時期にもう少し作品を残していれば、後年のシティ・ポップ・ブームにも乗ずることができたんじゃないかと思われる。

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7. レイニー・ドライヴ
 そんな松藤のシティ・ポップ性が最も発揮されたのが、このトラック。前曲に続き、松尾清憲作詞のナンバーで、俺的には松尾にとっての最高傑作だと思っている。とはいってもこれと「愛しのロージー」くらいしか聴いたことがないけど、歌詞のクオリティ、ここで描かれる世界観がたまらない。

 スピード上げ すべって行く 僕らの車 ハイウェイ
 煙る雨を 突き抜けたら 君は 自由になる
 僕にくれた やわらかな どんな優しさも
 アスファルトに こぼれてゆく みんな嘘になる

 最後のレイニー・ドライブ
 青ざめた過去の イルミネーション
 抱きしめた夜に もう 引き戻せない

 何げなく気だるい夜のドライブ・デート。別れる前のカップルなのか、それとも誰かと別れようとしている女とドライブしているのか、どちらとも取れる歌詞。危うげなバランスを平易な言葉で表すのは、相当なテクニックを要する。
 ちなみにシングルでは甲斐がヴォーカルを取っているのだけど、正直この曲については、甲斐の表現力の方が勝っている。松藤には悪いけど、ちょっと声質が甘いかな。



8. メガロポリス・ノクターン
 なぜか作詞は松山猛。業界フィクサー的な立場の人とどんなコネがあったのかは不明だけど、まぁプロの作詞家っぽい仕上がり。当時の稲垣潤一や安部恭弘辺りを連想させるシティ・ポップ的なアプローチは、今だからこそ再評価されてもいいくらい、古びていない。
 これもシングルでは甲斐ヴォーカルに差し替えられているけど、この曲は松藤ヴァージョンの方がいいかな。程よいサウンドの軽さとうまくマッチしている。

-PROJECTⅢ(I.TANAKA)
9. Funky New Year
 近年、一連の松田聖子ワークスと渡辺美里「My Revolution」でのアレンジで再評価の機運が高まっている、大村雅朗アレンジによるナンバー。シンセ・エフェクトの音色によって、大村アレンジということがわかる。でもこの人、やっぱり女性アーティストの方が合ってるのかな。ギターのハードさとシーケンスとの相性って、ちょっとミスマッチだな。

10. ジェシー(摩天楼パッション)
 ということで、ここで甲斐がヴォーカルとして参加。何か安心してしまう。ちゃんとした甲斐バンドだよな、やっぱり。
 作詞を担当したちあき哲也は当時、矢沢永吉との仕事で評価されており、男っぽい硬派な世界は甲斐のヴォーカルとも相性が良かった。他の人の言葉でもうまく咀嚼して、自分の歌にしてしまうところは、この人の得難い才能である。

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11. Run To Zero
 前曲と同じチト河内によるアレンジだけど、まさに静と動。この人も引き出しが多い。ロック・サウンドの経験値が多い分だけあって、ここでは無理なく自然にドライブ感あふれる演奏とヴォーカル。やっぱり田中一郎、バンド・スタイルが合ってるな。シーケンスとの相性はあんまり良くないことがわかる。

12. 悪魔と踊れ
 サックスもフィーチャーしたパワー・ポップ。あんまり相性の良くない大村雅朗アレンジながら、ドラムの音圧が強くなっている分、ギターに頼らずともバランスの取れたサウンドになっている。こんな方向性もアリだったかもしれないな、田中一郎。

-PROJECTⅣ(Y.KAI)
13. ハート
 もともとは1983年、女優高樹澪に楽曲提供したシングル曲のカバー。一応、初出ヴァージョンがYouTubeにあったので聴いてみたのだけど、まぁ歌謡曲的な仕上がり。考えてみれば彼女、その前年に「ダンスはうまく踊れない」が大ヒットしており、その勢いでリリースされたのがこの曲なのだけど、みんな知らないよね。俺も初めて聴いたし。
 ここでのヴァージョンはほぼオリジナル通り、肩の力を抜いたヴォーカルでまとめている。松藤同様、シティ・ポップ的な仕上がりを指向しているのだろうけど、やっぱり甲斐のヴォーカルは記名性が強く、ていうかアクが強い。無難なサウンドじゃキャラクターに太刀打ちできない。

14. オクトーバー・ムーン
 こちらも高樹澪提供曲のセルフ・カバー。基本アレンジはどちらも一緒だけど、リズムを強調したサウンドになると、やっぱりヴォーカル力の強い甲斐が勝る。そりゃ当たり前か。
 後期甲斐バンドを彷彿させるハードボイルドな世界感の歌詞と、歌謡曲を思わせるメロディ・ラインは、ニューヨーク3部作に入ってても違和感ないクオリティ。久石譲によるアレンジも抑制が効いており、ストイックかつポップな仕上がりになっている。ちょうどプロデュースを手掛けていた、中島みゆき『36.5℃』ともリンクしている。



15. 天使(エンジェル)
 オリジナルは1980年、「漂泊者(アウトロー)」の後にリリースされたアルバム未収録シングル。当時のテイクはなんか気の抜けた懐メロ調アレンジだったのだけど、ここでは力強くビルドアップされたロック・アレンジに補強されている。
 歌詞自体はほのぼのしたフォーク・ロック的な抒情さが漂っており、確かにオリジナル・ヴァージョンとの相性は良いのだけど、いややっぱりショボイな、オリジナル。ニュー・アレンジにして正解だった好例。

16. ALL DOWN THE LINE-25時の追跡
 ラストは一巡して、1.の大森さんギターを甲斐ヴォーカルに差し替えたヴァージョン。サウンドに基づいたハードボイルド・タッチの歌詞は、サウンドとの親和性が良い、とほんとは言いたいのだけど、いやミスマッチだな、これって。ヴォーカルが変に力入り過ぎ。最後を飾る曲ということは事前に決まっていたのだろうから、それを見据えたレコーディングだったのだろうけど、変にヴォーカル入れない方が良かったんじゃないかと思われる。
 ある意味、大森さんとしては「してやったり」って思っていたりして。どうだ、歌いこなせねぇだろ、って。






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カーソン・マッカラーズを知っていますか。 - Suzanne Vega 『Lover, Beloved』

folder 近年、村上春樹による新訳『結婚式のメンバー』刊行によって、ちょっとだけ話題になったカーソン・マッカラーズ、彼女の半生と作品をテーマとして、Suzanne Vega によって歌われたコンセプト・アルバム。
 日本では「ルカ」と「トムズ・ダイナー」以降、ほとんど目立った紹介もされず、アーティストとしてのピークはとうに過ぎたと思われがちなSuzanne、同じく70年代くらいまでの文学少年/少女らにコアな人気を博していたマッカラーズも、今ではほとんどの作品が絶版で、容易に手にすることができない状態が続いている。この組み合わせでドカンと売れることはまずあり得ず、アーティストの創作欲求に基づいたもの、文化事業的な側面が強い作品である。要は地味ってことで。
 売れる作品を作ることは、アーティスト活動を継続するために重要なことではあるけれど、表現欲求とはまた別のベクトルである。マッカラーズもSuzanneも、大きくエンタメ路線に偏った人物ではない。むしろ逆行する形、大衆のニーズからは離れたところで、地道に良質の作品を作り続けているイメージが強い。

 -カーソン・マッカラーズ(Carson McCullers、本名:Lula Carson Smith、1917年2月19日 - 1967年9月29日)はアメリカの作家。彼女はエッセイや詩だけでなく、小説、短編、戯曲を書いた。処女小説『心は孤独な狩人(原題:The Heart is a Lonely Hunter)』ではアメリカ南部を舞台に、社会に順応できない人間や排除された人間の魂の孤独を探究した。他の小説も同様のテーマを扱い、南部に舞台を置いている。

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 俺とマッカラーズとの出会いは、遡ること四半世紀前、白水社Uブックス版の『悲しき酒場の唄』が初めてだった。その当時ですら、彼女の本はほぼ絶版状態で、大きめの本屋でも入手できたのは、それくらいしかなかった。のっぽの美女と短軀の男というエキセントリックな設定で繰り広げられる不器用な愛の交歓は、そりゃあもう地味なストーリー展開ではあったけれど、妙にグイグイ引き込まれてしまう求心力を秘めていた。
 人種差別が平気で横行していたアメリカ南部の暗部を寓話的に描くマッカラーズの筆致は、問題提起というより軽めのゴシック・ロマンスといった趣きでまとめられており、文学かぶれの20代の男の中途半端な知識欲を満たすに足るものだった。

 当時の俺は休日になると、リュックを背に札幌市内の古本屋を片っぱしから回り、絶版文庫を中心にかき集めていた。マッカラーズの他の著作も、そうやって手に入れたものだ。
 当時はまだ、ブックオフのような大手も少なく、いわゆる商店街の古本屋がたくさん残っていた。ネット通販やヤフオクも黎明期だったため、競取りなんかの影響もほとんどなく、きちんと足を使って探せば、大抵のモノは手に入る時代だった。
 特に北大周辺の学生街だと、相当古い岩波文庫も充実していたし、新潮文庫のモームがまとめて店頭に出ていた時なんか、狂喜乱舞したものだった。
 考えてみりゃ、地味な20代だな、これって。

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 20代のうちに矢継ぎ早に作品を上梓し、順風満帆なキャリアを築くはずだったマッカラーズの文学的成果は、ほぼその初期でピークを迎えてしまっている。30代に入ってからは、家庭の事情やら家族の介護やら、またそこから誘発された精神的な不安定により、創作ペースは緩慢となる。もともと量産型の作風ではないゆえもあって寡作となり、鮮烈なデビュー以上の成果は残せなかった。
 繊細な筆致によるデリケートな文体、また精神的・肉体的に何らかの欠落を持ったキャラクターを好んで用いながら、決してその奇矯さだけに捉われず、素朴さと冷徹さとを併せ持った南部人の閉鎖性を活写した作風は、ナイーブな日本の文学少年/少女らにも、好意的に受け止められた。閉鎖的な読書体験を持つ人間の通過儀礼として、マッカラーズやサガンは、根強い人気を誇っていた。
 俺がこれまで読んだマッカラーズは、上記のほか、新潮文庫版の『心は孤独な旅人』、福武文庫版の『夏の黄昏』の3冊。今はもう、どれも手元にない。あくまで通過儀礼としての読書体験である。文学少年である日々は、もうとっくの昔に過ぎてしまったのだ。
 『結婚式のメンバー』も読むには読んだけど、以前のような感情の機微を捉えることはできない。
 読み返すには、まだちょっと早いのかな。

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 世代的に、Suzanneもまた、マッカラーズを読むことは通過儀礼だったのだろう。ただ、彼女をテーマにアルバム1枚作っちゃうくらいだから、その思い入れはずっとガチだったんだろうけど。
 きっかけは2011年まで遡る。Duncan Sheikと共作した戯曲『Carson McCullers Talks About Love』をオフ・ブロードウェイで上演、自ら舞台に立ったことで、さらなるインスピレーションが掻き立てられる。そこで培われた世界観をもとに、Suzanne はアルバム制作に着手する。
 アルバム・リリース当時のインタビューを読むと、最初からシンガーを志していたのではなく、ニューヨークのパフォーミング・アーツ・スクールでダンサーとしてスタートしたことを告白している。てっきりソングライター一筋かと思っていたけど、あらゆる可能性を模索していたんだな。ちょっと意外。
 余技というか、趣味で行なっていた弾き語りが注目されるようになってメジャー・デビュー、女優としてのキャリアは一旦幕を閉じる。
 「ルカ」の大ブレイクによって、アーティストとしての地歩を固め、Mitchell Froomとのコラボ以降、日本ではあまりインフォメーションされていないけど、アーティストとしてはコンスタントに精力的な活動を続けている。Froomとの別離以降は迷走した時期もあったけれど、これまでリリースしたほとんどの作品をアコースティックで歌い直した『Close-Up Series』で吹っ切れたのか、復調して新たなキャリアを築き上げている。

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 腺病質を思わせる繊細な横顔。
 わずかに残されたマッカラーズの肖像を見て思うのは、そんなイメージ。決してアクティブには見えないその儚さは、80年代デビュー間もない頃のSuzanne のイメージとかぶるところが多い。そういった繊細な文学少女的なイメージで売られることを、彼女自身が甘んじて受け入れていた面もあっただろうし。
 ただ近年の画像を見ると、そのイメージは見事に打ち砕かれる。抱けば壊れてしまいそうな、中性的な細身の躰は、今では薄い肉のヴェールで包まれている。ダーク・スーツを纏えば着痩せするのか、知的なビジネス・パーソン的風情だけど、肌の露出の多いノー・スリーブになると、途端にオバちゃんになる。日本での彼女のイメージは80年代で止まってしまっているけど、確実に歳はとっているのだ。
 外見は変わったとはいえ、彼女の中にマッカラーズ的な特性は確実に残っている。ただそれは、儚げで危うい感受性ではない。彼女が受け継いだのは冷徹な観察眼、どこまでも客観的な作家的視点だ。
 すでにSuzanne は、街角で孤独に佇む少女ではない。前回も書いたように、彼女は逃げ場もなければ戦う術もない、非力なルカではないのだ。

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 もしSuzanneがマッカラーズの人生に憧れて、その道程をなぞるだけだったなら、もっと早い段階で才能が枯渇していたか、あるいは引退していたかもしれない。
 ただ、彼女はそうはならなかった。彼女がマッカラーズに見ていたのは、作品へ取り組む姿勢、物語を紡ぐためのスキルだ。
 刺激的な題材は、強いインパクトを残しはするけれど、次回作はより強い刺激を期待される。インパクトのインフレはとどまるところを知らず、遂にはネタ切れを起こして自滅する。「ルカ」の大ヒットによって迷走し、一歩踏み外せば社会問題専門家にもなりかねなかったところを、Suzanneは踏みとどまった。
 作品のキャラクターと同化するのではなく、適切な距離を保つ。それが彼女の処世訓だった。
 作品との距離感を詰め過ぎた挙句、筆が進まなくなってフェード・アウトしてしまった者は多い。少女漫画家の三原順、または作家の尾崎翠など。
 それぞれ事情はあるだろうけど、いずれも早いうちに、その芸術的キャリアを終えた。その後の長い人生を、彼女らは創作とは縁遠いところで生活し、そして静かに消えていった。その後半生が幸せだったのか、また彼女たち自身が、自ら望んでそんな道を選んだのかどうか。

 Suzanneはその轍を踏まず、まだ歌い続けている。
 彼女自身がそういった道を望み、地道ながらも着実に、きちんと目の行き届いた作品を世に送り出している。



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1. Carson's Blues
 軽めの南部ブルースで幕を開ける。プロローグ的な役割のため、コンセプトを象徴するような散文詩は状況設定的。深読みするよりはむしろ、世界観をつかむためのもの。

2. New York Is My Destination
 初期の弾き語りスタイルを思わせる、ジャジーなムードのトラック。舞台がニューヨークなのに、なぜか大草原のど真ん中で歌う映像が存在する。謎だ。

3. Instant of the Hour After
 このアルバムは基本、書き下ろしなのだけど、唯一、2011年リリースの『Close-Up Vol. 3, States of Being』で先だって音源化されている。基本アレンジはそんなに変わらないのだけど、『Lover, Beloved』ヴァージョンの方がヴォーカルが奥に引っ込んでいるため、ちょっと聴きやすい。やっぱり濃いよな、『Close-Up Series』。

4. We of Me
 チャートにはかすりもしなかったけど、一応、シングルとしてリリース。確かにこの作品群の中では最もポップで聴きやすい。



5. Annemarie
 音像から言って、最もマッカラーズ的な特性を体現しているのは、このトラック。内に秘めた情熱が零れ落ちるヴォーカル、ミニマルなピアノのフレーズ。精密に構築された空間は、人を不安に陥れる

6. 12 Mortal Men
 マッカラーズ的人生の時系列をなぞっているのか、この辺からメランコリックな楽曲が多くなる。静かではあるけれど、アブストラクト。これもまたSuzanneが長いキャリアで獲得してきた独自の話法。

7. Harper Lee
 ニューヨークの場末のクラブでの弾き語りを思わせる、センテンスの多いフォーク・カントリー。架空の作家ハーパー・リーを軸に、プルーストやグレアム・グリーン、カポーティなど、彼女が好みそうな文豪の名が散りばめられてる。フィッツジェラルドなんかも好きなんだな、やっぱり。

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8. Lover, Beloved
 タイトル・トラックゆえ、マッカラーズ作品の世界観の一部を象徴している。悲観的な結末が多くを占めていることは、彼女が同性愛者であった点に起因する。彼女が生きた1940年代は、現在よりマイノリティへの風当たりが強く、それを公言することは社会的に抹殺されることを意味した。
 とても恋愛に対して前向きになることができない状況、その反動から紡ぎだされる極端な寓話性は、後世を生きるSuzanneにも大きく影響を与えた。

9. The Ballad of Miss Amelia
 アメリアはご存じ、『悲しき酒場の唄』の主人公。いとこのライモンとマーヴィンは、最後に彼女の心を踏みにじるような行ないをするのだけど、それを暗示してか知らぬふりか、Suzanneは淡々と物語を紡ぐ。

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10. Carson's Last Supper
 最後は大団円。罪深き者も悩める者も、みんな一緒に食卓を囲み、ゆったり最後の時を迎えよう。
 メランコリックな脱力感ながら、慈愛的な微笑みをもってささやきかけるSuzanne。






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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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