好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

オザケン「ラブリー」はこれが元ネタ - Betty Wright 『Live』


folder 前回、お兄ちゃんのMilton Wrightを取り上げた流れで、久し振りに妹Betty Wright 全盛期のライブ盤を紹介。1978年にリリースされた7枚目のアルバムで、セールス的にはキャリア最高を記録している。いるのだけれど、さすが70年代マイアミ・ソウルのジャケット、取ってつけたような手抜きデザインが香ばしい。
 最初に聴いた頃からずっと思っていたことだけど、このアルバム、ライブ盤のわりには妙にサウンドの分離が良い。時々聴こえてくる歓声も一定のレベルで鳴っており、曲が終わると同時にボリューム・レベルを上げた、という印象。まるでコント番組のSEのような雰囲気である。…ていうか、これって疑似ライブじゃねぇの?
 ネットで他のレビューを調べてみると、俺と同じ印象を持った意見が多い。さすがにヴォーカルと演奏はちゃんと収録してるんだろうけど、それだってスタジオ・ライブかもしれないし、人工的な歓声は何だか後付けっぽい。作りモノ感満載の怪しげな造りである。

 ただ、これはBetty に限った話ではない。70年代くらいまでは、このような過剰な編集が施されたライブ・アルバムが多かったらしい。商売っ気たっぷりなレコード会社の意向が最優先され、アーティストのプレイヤビリティなんて、鼻にもかけられなかった時代である。
 デビュー間もない頃のStonesだって、権利を持つデッカに相談のひとつもなく疑似ライブ盤(『Get Yer Ya-Ya's Out!』)を作られている。
 Beatlesだって、メンバーの意向?何それ?てな態度で無断でハリウッド・ボウルのひどいライブ盤をリリースされているし。
 ちょっとしたミステイクを、後日スタジオ・テイクに差し替えるのはよくある話だけど、YMO『公的抑圧』のように、権利関係のゴタゴタによって、ギター渡辺香津美のテイクをまるまるカットしたり、といったレアケースもある。
 近年だと、アンコール曲まできっちりセットリストに組み込んだパッケージ・ライブが主流となり、「どうせ毎日同じ流れなんだから、だったらいっそ、口パクでいいんじゃね?」と開き直るアーティストまで出てくる始末。ジャニーズAKB系を始めとするアイドルが口パクなのはまぁいいとして、トップ・アーティストがやっちゃいかんでしょ。
 そういえばMadonnaなんて、MCまで口パクだったもんな。全盛期のBay City Rollersなんて、ライブなのに曲がフェードアウトした、っていうし。
 話がズレちゃったな、ここまでにしよう。

betty-wright-580

 マイアミ・ソウルのムーヴメントで一緒くたにされて売り出され、その後は大人の歌手への脱皮を図って、ブラコン方面へ行ってしまったBetty。
 今にして思えば、Tina Turner的な方向性もアリだったんじゃないかと思われるけど、時流に乗らないと、って思い込んじゃったんだろうな。当然、Roberta Flackのようにはなれず、せっかく築き上げた人気も急速に萎んでゆく。
 前回のレビューでも少し触れたけど、表舞台からクロスフェードするように裏方に回るようになり、その後は若手のプロデュースや育成などが主だった仕事になってゆく。「Joss Stoneを育てたのは私よ」と表立って言ったわけじゃないけど、原石を見極める眼力が強かったのは確かである。
 純粋な音楽的才能だけでは賄いきれない、高度な契約交渉やエージェントとの駆け引きなど、知性と洞察力が要求されるフィールドにおいても、彼女の才能は発揮された。だって兄貴同様、IQ高いんだもの、二流のビジネスマンでは到底太刀打ちできない。
 裏方としての評判と、広範に渡るコネクションを手に入れたBettyはその後、今度は時流を完全に捉えて若手ヒップホップ・グループのThe Rootsとがっちりコラボ、起死回生のヒットを放つ。誰も予想し得なかったベテラン・シンガーの覚醒は、大きな成功へと導いた。
 この辺までが、俺の知ってるところ。

6e86492a92fc16e503e3b2a6954a74cc--s-music-folk-music

 ソウルのフィメール・ヴォーカルというジャンルは毀誉褒貶が激しいため、日本ではいわゆる流行りモノくらいしか紹介されず、往年のロートルになると国内発売さえされず、ろくに情報も入ってこない。それは今でも続いている。Diana Rossクラスでさえ、いま何してんのかわからないんだもの。それより知名度が低いクラスとなったら、もう生きてるのかどうかさえ定かではない。
 そう考えると、今もフェイスブックやツイッターでつぶやき続けているBettyは、充分現役と言ってもよい。まぁ、最後に見たショットは単なるネイル自慢だったので、直接音楽に結びついてるわけではないけど。
 いまだ現役感を放っている要因としては、近年のシンガーと比べて基本スペックの高さが段違いであることが挙げられる。加齢によるキーの衰えは仕方ないとして、声量は全盛期と比べて変化してないもの。
 Aretha Franklin やChaka Khan を始めとした、60〜70年代の貧弱なPAシステムで歌ってきた彼女ら世代からすれば、ミレニアム世代の歌唱力なんて、声を張り上げた囁き程度のレベルでしかない。オートチューンにもゲートエコーにも頼ることのない、アカペラだけでも充分金の取れる彼女らのパフォーマンスは、今後も揺るぐことはないだろう。
 スーパーの前でミカン箱をステージに、全国津々浦々回ってレコードを手売りして紅白出場まで登りつめた演歌歌手は、現場で鍛えられた地力がハンパない。貧弱なラジカセの演奏だけで、人の心をグッと掴んでしまうのだ。
 国や環境も違うけど、彼女らにはそんな共通したバックボーンがある。
 だから強いのだ。

_SL1000_

 このアルバムがリリースされた1978年は、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」に代表されるディスコ・ブームの真っ只中、チャートを見ると、猫も杓子もディスコばっかりになっている。
 ビルボードの年間トップ100を見てみると、上位はほぼBee Geesの無双状態、続いて新規勢力のChicやCommodoresがあとに続いている。Stonesだって、ようやくチャートインしているのが「Miss You」という体たらくで…、あれ、これって前にも書いたよな、確か。
 ただアルバム・チャートに目を移すと、単調なディスコから遠く離れたFleetwood MacやSteely DanらAOR勢も上位に食い込んでいるし、最も脂が乗っていた頃のBilly JoelやBoz Scaggsらがチャートインしていたりいる。Van HalenやTOTOもこの年デビューだったのね。
 なので、流行の上澄みだけすくい取って一様に判断するのは、ちょっと早計である。細かく見ていくと、それなりに多様なラインナップだったことが窺える。いま見ても豪華なメンツだもんな、CarsやDevoまでいるんだもの。

 ニューウェイヴの台頭とベテラン勢の弱体化とが相まって、この時期のロック/ポップス系の勢力図は百花繚乱なのだけど、ブラック・ミュージック界隈は極端に二分化している。シンプルな四つ打ちに加えて、ファンクの要素も取り込んで肥大化したディスコ/ダンス系か、しっとりまったりバラードのブラコン系、大ざっぱに分けると、こんな感じである。
 Marvin GayeやStevie Wonderクラスでもない限り、多くがその二大勢力に飲み込まれていった。金儲けと契約延長のため、と割り切って演じる者もいれば、会社に言われて仕方なく、「やらされてる感」を露わにした者もいたけど、まぁそれはどんな時代でも同じなのかな。我が道を貫き通すため、かたくなに路線変更を拒む者は、レコード会社から契約を切られ、引退するかドサ回りするかしか、選択肢がなかった。
 Bettyの場合、一応、ブラコンにもディスコにも手を出してみて、どっちも自分の適性に合わないと判断して、早々と身を引いた。セールス的に不振だったせいもあるけど、もし時流に乗ってドカンと売れたとしても、それはあくまで一過性のものであり、長く続くものではない、と判断したのだろう。
 裏方に回ること、そして前向きなドサ回りを選んだことによって、Betty は流行に惑わされず、結果的にアーティストBetty Wright の商品価値を貶めずに済んだ。
 それは歴史が証明している。

wright_bett_travelini_101b

 で、話は戻って『Live』。
 このアルバムをリリース以降のBettyは、古巣TKレーベル在籍のまま、突如ディスコ・クイーンにイメージ・チェンジ、内容よりジャケットのインパクトが強烈だった怪作『Betty Travelin' In The Wright Circle』を発表する。女性版Funkadelicの線を狙ったのか、それとも会社に言われて仕方なくやらされたんだろうか、ともかくジャケットも内容も黒歴史的なアルバムである。
 ネガティブな見方をすれば、このライブ盤だっていわゆる投下資本の回収、これまでのヒット曲を詰め込んだベスト・アルバム的な作りであることは否定できない。ディスコ・ソングばっかりで、みんな食傷気味だったマーケットの隙を突くような形のリリースは、ある意味、良いタイミングだったのだろう。みんながみんな、横並びにディスコばっかり聴いてるわけじゃないもんな。
 当時としても、すでに懐メロ扱いだったポジションを逆手に取って、敢えてファン・サービス的なヒット・メドレーを入れたことも、ヒットの要因だった。コンパクトにまとめることによって、グルーヴ感が引き立った印象が強い。
 そんな彼女の全盛期、その最期を記録したのが、この『Live』である。作りは雑だけどね。
 でも、中身は最高。



ライヴ[国内プレス盤 / 最新リマスター / 日本語解説付き](CDSOL-5602)
ベティ・ライト
SOLID/T.K.RECORDS (2016-02-10)
売り上げランキング: 330,870





1. Lovin' Is Really My Game
 アメリカR&Bチャート最高68位を記録した、泥臭いファンク・ナンバー。オリジナルは70年代アメリカのファンク・バンドBrainstorm 1977年のデビュー・アルバムに収録。アレンジはほぼそのまんま、どちらかといえばオリジナルの方がブラス・セクションのソウル色が強く、マイルドな印象。ここではライブということもあってノリ一発、前のめりな押しの強さ。

2. Tonight Is The Night
 1975年リリース、R&Bチャート28位を記録、彼女の代表曲として3本の指に入る絶品バラード。オリジナルのピロピロ奏でられるギターが好きな俺だけど、ここではほぼBettyの歌とベース、それとスネアのみ。それとタイミングよくかぶせられる歓声。疑似ライブ疑惑が取り沙汰されるきっかけとなった曲でもある。オリジナル4分程度だけど、ここでは倍の8分。正直、ちょっと長すぎ。もうちょっとコンパクトでもよかったんじゃね?

BettyWr-11

3. A Song For You
 オリジナルはご存じLeon Russell一世一代の大名曲。様々に曲調が変わる、2分に及ぶイントロでじっくりタメにタメた後、ソウルフルに歌い上げるBetty。情感たっぷりではあるけれど、声質とはドライなため、あんまりねちっこい印象はない。徐々にホーンが盛り上がって熱も上がってゆき、ラストは大団円。お約束ではあるけれど、ここがひとつの見せ場である。

4. Clean Up Woman Medley
 (Clean Up Woman / Pillow Talk / You Got The Love / Mr. Melody / Midnight at The Oasis / Me and Mrs. Jones / You Are My Sunshine / Let's Get Married Today)
 12分に及ぶメドレーの最初を飾るのは、1971年にUS総合6位まで上昇した代表曲。タイトルにも書いたように、「オザケンの元ネタの人」と言った方が日本では通りが良い。Maria MuldaurやBilly Paul、Al Greenなど、当時のヒット曲やお気に入りを挟みながら、飽きさせず聴きいってしまうのは、やっぱバンドとシンガーの地力の強さだな。どんな観客にも対応できる柔軟性…、この歓声がもともとなのか後付けなのかはとにかく置いといて、実際のライブにおいてもこういったグルーヴ感を出していたことは、間違いない。



5. You Can't See For Lookin' 
 1973年にリリースされた、R&B73位を記録したストレートなバラード。あんまりにオーソドックス過ぎて、ダイナマイト・ソウル的なモノを求めるユーザーにはちょっと物足りないかもしれないけど、ライブではこういった緩急も必要。単なるノリ一発ではなく、しっとりしたアクセントを違和感なくつけられるのも、素養の問題である。

6. Where Is The Love
 ラストはこちらも大ヒットを記録したダンス・チューン。US総合96位だけじゃなく、UKでも25位とはちょっとビックリ。前のめり感がハンパないファンクの理想形。ただこの時点では、すっかりオールド・ウェイブとなっていたことも確か。泥臭くフューチャー感のないサウンドは、すでにマニアックなジャンルとなっていた。






Platinum Collection
Platinum Collection
posted with amazlet at 17.11.18
Betty Wright
Rhino/Wea UK (2009-03-16)
売り上げランキング: 190,511

Clean Up Woman & Other Hits
Clean Up Woman & Other Hits
posted with amazlet at 17.11.18
Betty Wright
Rhino Flashback (2003-10-10)
売り上げランキング: 307,101

熱くなり過ぎない、平熱のソウル - Milton Wright 『Friends And Buddies』

jpeg ミュージシャンとは基本、つぶしの効かない職業である。専業一本で食っていけるのはほんのひと握り、ほとんどはそのレベルにたどり着く前にあきらめてしまう。才能や適性だけじゃなく、さらに運とタイミングがうまくかみ合わないと、チャンスにさえ恵まれないのだ。
 もしうまく行ってそのチャンスをつかんだとしても、そこで安心できるわけでもない。そのステージを狙って這い上がって来る者は、いくらだっている。常に引きずり下ろされないよう踏ん張り、そして走り続ける。それがトップランナーの条件だ。
 そんな自分だって、かつては他人を蹴倒して今のポジション獲得に至ったわけで。 

 厳密に言えば、どのレベルからがプロの基準なのか、まぁケースバイケースなんだろうけど、事務所所属やメジャー・リリース契約までには至らなくても、地道なライブ活動や自主制作リリースで食っていける者も、いるにはいる。
 ネットを利用しての自力販促が容易になった今では、メジャーに所属するメリットが少なくなってきているため、セルフ・マネジメントという選択肢もアリっちゃアリだけど、すべてがすべて良いことばかりではない。
 中間搾取が少なくなることによって、昔より多少実入りは良くなったかもしれないけど、逆に言えば大きな販促費をかけられない分、大きくひと山当てることは難しくなった。無名のアーティストのサクセス・ストーリーだって、昔よりスケールが小さくなった。もうハナッからミリオン超えなんて狙っちゃいないだろうし。
 何だか夢のない話ばっかりだな。

100_5023

 なので、先行きのよろしくない日本をマーケットにするのではなく、世界に視野を広げると、もうちょっと過ごしやすくなる。
 レコーディング契約とは縁遠くても、国土も広けりゃ人種も多様なアメリカになると、多少ニッチなジャンルでもどうにかなる。決してヒット・チャートに上がってくることはないけど、延々終わりのないネバー・エンディング・ツアーを繰り返しているジャム・バンドは山ほどいる。本気ですみずみ回ろうとしたら、2~3年は覚悟しなくちゃならないので、結局、年中ライブばっかりというスタイルになってしまう。逆に言えば、それだけニーズがあるということで。
 アメリカに限らず、最先端を追い求めているのはほんのごく少数、多くのリスナーは昔から馴染んだジャンルを聴き続けていることが多い。Taylor Swiftだって、カントリーがベースだったから、あれだけ売れてるわけだし。
 なので、とっくの昔に忘れられたバンドだって、小まめにロードを繰り返していれば、それなりに食っていける。例えば、日本じゃすっかり話題に上がることもなくなったREO Speedwagonだって、現役でライブを続けている。ライブ音源のアーカイブ・サイト「etree.org」のラインナップを見ると、同様に懐かしい名前がゴロゴロ出てくる。Cowboy Junkiesなんて、まだやってたんだな。

 キャパの広いアメリカだからできることであって、これと同じスタイルを日本に持ち込むのは、ちょっと難しい。
 まず、ハコ自体が少ない。さらに地方になると、絶望的に少ない。需要がないから供給が少ないのか、それとも逆なのか、どっちにしろ、今後もあんまり増えていくことはなさそうだ。昔と比べると、野外フェスの件数は増えているけど、バンド側から見れば、それだけで食っていけるはずがない。
 なので、音源販売とライブハウスでの活動が、バンド運営の柱になる。ある程度、知名度が上がらないことには、グッズ制作だって経費がかさむだけだし、在庫を持つというのは結構なリスクである。
 じゃあ、「ライブで評判を呼んで、知名度アップだ!」と意気込んではみても、これもなかなか。固定ファンの少ないバンドにとって、チケットノルマの負担が深刻な問題となっている昨今、よほど交友関係が広いか、それともメンバーに金持ちのボンボンがいないと、活動継続は難しい。
 あ、でもそれって昔からか。グループ・サウンズだって、楽器を買ってもらえる金持ちの息子が多かったっていうし。

allyssa_myran

 なので、どの辺で音楽に見切りをつけて足を洗うのか、切り替えのタイミングを見据えることも、必要になってくる。夢と想いだけじゃ、どうにもならないことだってある。それを理解することだって、ひとつの成長だ。
 デビュー前なら、学業に専念やら結婚やら実家を継ぐやら、何かしらひと区切りしやすいけど、変にうまいことデビューできちゃって、多少なりとも脚光を浴びたりしちゃうと、なかなか抜け出せなくなる。これがまったく鳴かず飛ばずで、あんまり深みにはまるうちならまだいいけど、中途半端に一回売れてしまって、「夢よもう一度」とズルズル続けちゃったりすると、引き際が難しくなる。
 どの業界でもそうだけど、まったく畑違いの職種にくら替えするのは、リスクが大きい。それまで積み上げてきたスキルをチャラにして、新たな道を選ぶのは、とても勇気のいることだ。
 個人的な話だけど、俺だって昔、別の業界に転職したけど、結局同業種に戻っちゃったしね。人間、そうそう違う水には馴染めない。

 で、やっと本題。
 Milton Wrightが、以前レビューしたBetty Wrightの兄であることは、あまり知られていない。俺もつい最近、知ったばかりだ。
 音楽の神に愛されたBettyの大ヒットを受けて、どちらかと言えば裏方気質だったMiltonも、2匹目のドジョウ的に表舞台に引っぱり出された。出されたのだけど、発表した2枚のアルバムは大して売れることもなく、また彼もそこで踏ん張ることなく、静かに活動をフェードアウトしていった。
 もともとIQも高く、何かと高スペックだったMilton、ミュージシャン引退後は大学へ戻り、司法試験にも難なくパスしている。ちなみに、妹BettyもIQ190クラスらしい。知能指数がすべてとは言わないけど、地頭がいいというのは、その後の選択肢にも何かと都合が良い。
 ボストン裁判所の地方判事という正業に就いたMilton、音楽とは何の接点もない職業ではあるけれど、家族兄弟の絆が切れたというわけではなく、その後も目立たない範囲でBetty のバックアップは続けている。定年を迎えた現在はセカンドライフに入ったため、自身の音楽活動も再開しているらしい。
 以前レビューしたJames Masonも、最初の引退後は大学に入り直してまったく別のキャリアを歩み、生活基盤が安定してから、地道に活動再開を目指している。一旦リタイアしても、セカンドキャリアの選択肢が幅広く用意されていることも、大国アメリカの良い点である。

fb60b75b680fe19f417e44e332634bb6--betty-wright-soul-music

 せっかくなので、Milton の他に、法曹関係に転職したミュージシャンがいるのかどうか、ちょっと調べてみた。何がせっかく?ただの興味だよ。
 裁判官だけに絞るといなさそうだったので、弁護士や会計士も含めて検索してみたのだけど、全然ヒットしなかった。まともに1日中勉強していても、3浪以上は当たり前の業界なので、転職先としては、めちゃめちゃハードルが高い。世界的にもこの事情は変わらない。

 さらにせっかくなので、同じく畑違い、政治家になったミュージシャンはいないものか調べてみた。「人前に出て熱い想いを訴える」というプロセスは似通ってるので、もうちょっといるかと思ったけど、これも案外少ない。知ってる範囲では山本コータローと内田裕也。でもこの2人、落選してるんだよな。なので、除外。
 世界に目を向けてみても、そんなにいるわけではない。シェールの元相方Sonny Bonoがアメリカ上院議員になっている程度。世代的にかなり上の人なので、正直ピンと来ない。
 もう少し俺世代でも「おぉっ」と思える人物がいないものか、欧米以外にも範囲を広げて調べてみると、あらいたわ、Midnight Oil。
 環境問題を含めた政治的メッセージを強く打ち出していた、80年代オーストラリアを代表するバンドのリーダーPeter Garrettは、バンド解散と前後して政治家に転身、2010年には学校教育・幼児・青年問題担当大臣に就任している。Garrett 同様、政治的な発言が多かった同世代として、R.E.M.やU2のBonoあたりが思いつくけど、キャリアを捨ててまで、そっち方面へ行く気配はなさそうである。
 そういえば、いま何やってんだMichael Stipe。

lg-20000-watt-rsl-cover

 話は戻ってMilton Wright 。あり余るエモーションが爆発したパフォーマンスを見せたBettyとは対照的に、落ち着いたジャズ・ファンク系のサウンドと脱力系のヴォーカルは、ディスコ黎明期だった1975年のニーズとは、噛み合わせが悪かった。
 今でこそ、レアグルーヴの定番として持てはやされ、すっかり定番化しているけど、リリース当時は、ジャズなのかファンクなのかソウルなのか、どこにもカテゴライズしづらい音楽性が、一般ウケしなかったんじゃないかと思われる。多分「Bettyの兄」というキャッチフレーズでもって売り出されたんだろうし、彼女と同じ傾向を求めるユーザーからすれば、ちょっと肩透かしを食らったことだろう。
 シンプルなファンク・ビートをベースに、声を張り上げない朗々としたヴォーカル、ペンタトニックを主体としたセオリーはずしのコード進行など、21世紀になって聴くには「こういったのもアリ」なのだけど、まぁわかりづらいわな。ちょっと早すぎだった。



Friends & Buddies
Friends & Buddies
posted with amazlet at 17.11.11
Milton Wright
Henry Stone Music (2005-12-20)
売り上げランキング: 1,450,172





1. Friends And Buddies
 スペーシーなシンセとハイハットから始まるグルーヴィー・ソウル。Stevie Wonderをもっとジャズに寄りにしたサウンドは、泥くさく騒々しいマイアミ・ソウルからは遠いところで鳴っている。サウンド自体はベースもブリブリ、Bettyを中心としたコーラス隊もソウルフルなのだけど、Miltonの声が入るとAORになってしまう。



2. Brothers & Sisters
 強烈なアープの歪みが印象的なオープニングで、同じく女性コーラスによるサビもインパクトがあっていいのだけど、地味だよなやっぱり。シンガー次第ではもっとアゲアゲのディスコ・チューンになりそうなところを、淡白なヴォーカルが全体の温度の上昇を抑えている。でも、そんな平熱を保つ態度だったからこそ、同時代に消費されず真空パックされ、後年の再評価につながったのかなと思えば、結果的には良かったのかな。

3. Get No Lovin’ Tonight
 ちょっと調子のはずれたフルートの音色が印象的な、フリーソウル系でも評価の高いミドル・テンポのファンク。ベースのブリブリ加減と、時々挿入されるネチッこいギター・ソロがベースになっているのだけど、まぁクドいファンクネス。Isleyあたりが歌ってたら売れたかもしれないけど、今になって聴いてみると、このホドホド加減がちょうどいい感じでまとまっている。



4. Po’Man
 シタールっぽいエフェクトをかけたギター・ソロが好きだったのか、ここでもイントロから使われている。そこにユニゾンさせるような、スペーシーなシンセのコード弾き。誰だったかすぐ出てこないけど、こういった使い方ってロックの話法だよな。単純にソウル一筋でやってきた人の発想ではない。

5. Keep It Up
 再発見のきっかけとなった、ジャジーかつスペイシーというしか形容のしようがない、シンセとアコギとのハイブリット・サウンドは、多くの人に開かれている。さらに知的になったBill Withersといったイメージで売り出せば、もうちょっと売れたのかもしれないけど、やっぱマイアミ系で売り出したのがいけなかったのかな。当時のBettyとは、まったく相反する音楽性だもの。

6. My Ol’Lady
 とはいえ、まったくソウル・エッセンスがないわけではない。比較的オーソドックスな構造を持つ親しみやすいメロディ、キャッチーなコール&レスポンス。ちょっと斜に構え気味だったMiltonのヴォーカルも、ここでは少し熱が入っている。わかりやすいアップテンポのニュー・ソウルは、もうちょっと多くの人に聴いてほしい。

172022b (1)

7. Black Man
 高らかに歌い上げるAORソウル・チューン。やっぱBill Withers路線が良かったんだろうな。Milton的にはどう思ってたのかは知らないけど、既存のカテゴリに無理やりはめ込まない、多様な音楽性が当時のニーズとは合わなかったのが惜しいところ。いっそ匿名で出しちゃった方が良かったのかもね。

8. The Silence That You Keep
 80年代の山下達郎と似たテイストを感じる「閉じたソウル」。リズム・ギターのカッティングなんて『For You』時代を彷彿とさせる。
 そうか、だから俺のツボにはまってるのか。今ごろ気がついた。





Spaced [Analog]
Spaced [Analog]
posted with amazlet at 17.11.11
Milton Wright
Alston (2016-12-16)
売り上げランキング: 178,460

Platinum Collection
Platinum Collection
posted with amazlet at 17.11.11
Betty Wright
Rhino/Wea UK (2009-03-16)
売り上げランキング: 168,276



「心の愛」だけじゃないんだよ - Stevie Wonder 『Woman in Red』

folder 1984年リリース、Stevieにとって5年振り、『The Secret Life of Plants』に続く、2枚目のサウンドトラック。前作が学術的ドキュメンタリーという特殊性から、一般公開されなかったため、市場としても微妙な反応だったことから、本格的なサウンドトラックとしては、こっちの方が馴染みやすいと思われる。2枚組だった前作と比べて、こちらはシングル・アルバムですっきりしてるし。
 もっと言っちゃえば、80年代Stevieの新たなスタンダードとなった「心の愛」が入ってるアルバムである。一番のウリがそれ。ていうかこれくらいしか話題がない。そんななので、リアルタイムで聴いていたはずの俺でさえ、このアルバムはスルーしていた。当時のStevieは、この曲のおかげで「愛と平和の人」というイメージが定着しており、ロキノン信者だった俺にとって、最も遠い存在だった。いま思えば、とんでもない誤解だったけど。バカバカ十代の俺のバカッ。

 というわけで、まともに見たこともなければ、内容すら興味のなかった映画である。正直、今だって積極的に観ようと思わないし。
 あまりに知らなさ過ぎで書き進めるのもアレなので、一応、wikiで調べてみると、

 『ウーマン・イン・レッド』(原題:The Woman in Red)は、 1984年制作のアメリカ合衆国の ロマンティック・コメディ映画。ジーン・ワイルダー監督・主演。

steviewonder_84

 「80年代のロマンティック・コメディ」という時点で、もう見る気は失せる。しかも監督が、名前だけは聞いたことがあるジーン・ワイルダー。代表作は知らない。メル・ブルックスとタッグ組んでたんだな。それなら一回くらい見てるかもしれない。『俺たちに明日はない』に出てたんだな。へぇ、知らなかった。-その程度の印象である。
 さらに内容を調べてみると、

 -サンフランシスコ市の職員で超真面目なテディはある朝、出勤途中に見かけた赤いドレスの美女に心を奪われてしまう。テディはその美女シャーロットに近づくべく、あの手この手でアプローチを試みるが、思わぬアクシデントでことごとく失敗に終わる。それでも、親友バディの協力で何とかシャーロットへのアプローチに成功し、天にも昇る気持ちのテディであったが…。

 きっちりした映画文法で書かれた往年のドタバタコメディ。多分、プロットもしっかりしてて評論家筋には絶賛されるんだろうけど、一般ウケはしそうにないことが伝わってくる。多分、レビュー書いた人も思い入れ薄いんだろうな。少なくとも、この映画の熱烈なファンってあんまりいなさそうだし。

 さらに言えばこのアルバム、ジャケットにデカデカとStevie プロデュースと謳われているけど、メインで歌ってるのは半分だけ、もう半分は友人Dionne Warwickがヴォーカルを取っている。まぁ全曲彼の作詞作曲なので、看板に偽りはないのだけれど、やっぱり何かダマされた気がしても不思議ではない。「心の愛」でファンになったビギナーの「これじゃない」感が沸き起こること必至である。
 Dionneで俺が連想するのが、Burt Bacharach作による「I Say a Little Prayer」を歌った人、またWhitney Houstonの従姉妹(叔母という説もアリ)。それくらいである。とは言っても俺、「小さな願い」はAretha Franklinヴァージョンの方が好きなんだけど。まぁそれは別件。

7a69eed9-1825-4cb6-83cf-607b9980340d

 もともと映画の主題歌を制作するにあたり、ジーン・ワイルダーは旧知の中であったDionneをシンガーとして指名、快諾したDionneは、知名度もあって何かと頼みやすいStevieに制作を依頼する。考えてみれば、視機能にハンデのある彼に映像作品がらみのオファーをするのも変な話だけど、まぁ大御所Dionneの頼みだからと快く引き受ける。ちょうど入手したばかりのシンクラヴィアの慣らし運転的に、何曲かチャチャッと作って送ってみたところ、これが制作サイドにも好評、なし崩しに「どうせなら全部使っちゃってもいい?」という流れになってしまった、という次第。すっげぇアバウトだけど、だいたいこんな感じになる。
 いわば成り行きでできあがっちゃったアルバムだし、映画もそこまでヒットしなかったので、ディスコグラフィ的にも微妙なポジションになっているけれど、当時の最先端機材だったシンクラヴィアのスペックモニターとして、結構変な音を使った実験的な要素も含まれているし、こちらも当時の主流だった打ち込みブラコン・サウンドのフォーマットを結構なぞっているため、時に強すぎてしまうキャラクターのアクも抑えられている。
 ちょっと閉じたサウンドに傾いてしまった『Secret Life』の反省を踏まえてなのか、アーティスト・エゴを前面に出さず、オーソドックスな80年代サウンドの意匠に染めたことが、アルバム・セールスの成功の要因となった。当時は『Top Gun』や『Footloose』を始め、ポップ・ナンバーを散りばめたオムニバス形式のサントラ盤がバカ売れしていた時代である。まぁたまたまだったんだろうけど。

 80年代に入った時点で、すでにレジェンド枠に入っていたStevieなので、その交友範囲は音楽関係だけに収まるものではない。世界中のエンタメ業界全般に、誰かしら友人知人はいるだろうし、また直接は知らなくても、緩やかなつながりはそこら中にある。ちょうどこの辺から国連関係のオファーも受けるようになっているので、下手な一国の首脳よりも知名度は高い。すでに我々の及びもつかない、隠然たる力だってもっているかもしれない。なんか陰謀論みたいになってきたな。
 そんなポジションだからして、常に世界中からオファーが絶えることがない。Stevieに届く前に却下されているプロジェクトも数知れずなんだろうけど、そんなフィルターをかいくぐって手元にきた案件だって、全部が全部、引き受けられるわけではない。
 一般的なStevieのイメージ、よく使われる宣材写真がちょうどこの時期、「心の愛」のジャケットのショットである。今に続く「愛と平和の人」という形容はここから始まったのだけど、実際のStevieはもっと狡猾でロジカルな人間である。じゃないと、音楽出版社から弁護士から会計士から個人事務所やらを水面下でキッチリ揃え、二十歳になったと同時にモータウンからの独立と未払い印税の請求、リリース契約の優位な改定を突きつける芸当はできないわけだし。SMAP独立組よりずっと先に、そんなことをやっていたわけで。
 そんなシニカルな部分も併せ持ったStevieなので、ちょっとやそっとの付き合いやしがらみで彼を動かすことは不可能である。でも日本の缶コーヒーのCMに書き下ろし楽曲で出演しちゃったりなど、その基準は不明である。

15569732319_e8aa17af89_h

 ただこの時期は、『Hotter Than July』リリース後、オリジナルのアルバム制作からちょっと距離を置いていた頃である。ベストアルバム『Musiquarium』向けに4曲書き下ろした程度で、あとはもっぱら課外活動、他アーティストの客演や楽曲提供に勤しんでいる。なので、自身のリリースはなくても、この時期の話題には事欠かない。
 有名どころで言えばPaul McCartneyやChaka Khan、Manhattan Transferなど、ジャンルも多岐に渡る。モータウン25周年セレモニーなど華やかな表舞台もあれば、晩年のDizzy Gillespieでひっそりハーモニカを吹いていたり、よくわからない基準である。興味とタイミングがうまくかみ合えば、何かと引き受けていたのだろう。スタジオワークばっかりじゃ、さすがに煮詰まっちゃうしね。

 ちょうどこの時期、長らく経営不振が囁かれていたモータウンが、シャレにならないレベルで企業価値を下落させていた。モータウン25周年セレモニーは大盛況だったけど、そこに出演したMarvin GayeもDiana RossもMichael Jacksonも、すでにモータウンを去っており、前を向いて支えてゆく立場ではなかった。過去の財産を食い潰すことでしか延命できなかったモータウンは弱体化していった。DeBargeやLionel Richieらが懸命に再興に奮起していたけど、過去の放漫経営による負の遺産を清算するまでには至らなかった。
 そんな中、全盛時を知るアーティストとして唯一、モータウンを去らずに留まっていたStevieだったけれど、まぁ何かと思うところもあったんじゃないかと思われる。「心の愛」の大ヒットはモータウンにとっても刺激になったのだろうけど、それでもStevieはアルバム制作にはなかなか着手しなかった。
 1988年、どうにか持ちこたえていたモータウンも、結局は大手MCAに売却される形になるのだけど、創業者社長Berry Gordyが売却条件のひとつに掲げていたのが、「Stevieの同意を得ること」。Gordyにとって、そしてStevieにとってもモータウンという場所が特別のものだったことを象徴するエピソードである。

da5a73769c5fd734e68b49a5f01b88c5--stevie-wonder-music-artists

 それとは別に音楽的な話。Malcolm Cecil & Robert Margouleffと組んだ3部作をスタートとして、シンセ/デジタル機材の進化と連動するように、Stevieのサウンド・デザインも変化してゆく。当初は打ち込みトラックをベースとした生演奏(バンドor自演)をミックスする手法だったのが、フェアライト/シンクラヴィアの登場によってほぼ独りでの作業が可能となり、次第に打ち込み率が増えてゆく。
 シンセの登場以前から、もともとマルチ・プレイヤーだったStevie、マルチトラック・レコーディングによってほぼ独りで演奏したインスト作『Alfie』をリリースしているくらいである。ファンク・ブラザーズを始めとしたバンド・セッションによるレコーディングは楽しいだろうけど、自分のビジョンを十全に理解してプレイしてもらうには、どうしても限界がある。ただでさえ突拍子もないコード進行も多いし、一般的な楽理からははずれているので、どれだけ優秀なミュージシャンでも難易度は高いのだ。なので、独りで操作できるインターフェイスは、Stevieにとっては願ったりだった
 楽器メーカーもまた、Stevie Wonderというアーティストによるモニター使用は、絶好のサンプルだった。多様かつ高度な音楽性・高音質の追求だけではなく、Stevieが使いやすいインターフェイスを追求することは、それ即ち一般向けグローバル・デザインの構築でもあった。当初はタンス状の発信機的な役割でしかなかったシーケンサーが、鍵盤をつけリボン・コントローラーをくっつけサンプラーを足すことによって、Stevieライクなデザインへ進化していった。弱電の知識がないと扱いづらかったデジタル機材は、そんな使い勝手の改善によって、ビギナーにとっても敷居が低くなった。もしStevieがいなかったら、今ほど普及してなかったかもしれないし、サウンドだってここまで進歩していなかったかもしれない。
 独りの天才が、その後のサウンドの歴史を変えた、といったら大げさかもしれないけど、いや大げさじゃないな。

 あまりにも大衆的に広がり過ぎた「心の愛」のインパクトが強いのと、しかもB級映画のサントラ、本人は半分しか歌っていないため、地味な扱いの作品ではあるけれど、逆にそんなポジションだから、オリジナル・アルバムほど気合いの入っていない請け負い仕事だからこそ、Stevie本来の実験性が反映された作品だよな、と思ったのが、つい最近。ちゃんと聴いてみないと、わからないことはいっぱいある。
 DX7やジュピター8の可能性を限界まで引き出したデジタル・ファンクは、その後の80年代ダンス・カルチャーの礎となる会心の出来になっている。Dionneのヴォーカルを引き立たせる、ブラコン的な甘めの楽曲もあるけど、これもStevie特有の変幻自在なコード・ワークによって、引っかかりの残る仕上がりになっている。映像とのマッチングも考慮したのか、ストーリー進行やセリフをジャマしないMIDI機材の響きは、コメディ映画というシチュエーションにも違和感なく溶け込んでいる。てか見てないけど、多分そう。
 逆に言っちゃえば、その音の軽さに物足りなさを感じてしまうのも事実。70年代のアナログシンセと比べて、サウンドのバリエーションは飛躍的に増えたけど、使用電力の違いから生じる音の太さ、アナログ特有のボトムの強さはカットされてしまっている。その辺が、80年代のStevieが軽んじられている一因でもある。
 ただ、ここでの機材の使い倒し、マシン・スペックの実験を繰り返したことによって、アナログでは出せないデジタルの質感、そこら辺をうまく表現した『In Square Circle』『Characters』という全盛期を迎えることになるのだけど、その伏線として考えれば、このアルバムもはずすことはできない。



ウーマン・イン・レッド
ディオンヌ・ワーウィック スティーヴィー・ワンダー
ユニバーサル ミュージック (2017-03-29)
売り上げランキング: 15,419






1. The Woman in Red
 軽いシンセ・パッドとシンクラヴィア・メインのオール打ち込みで構成された、案外アクの強いデジタル・ファンク。限定された条件でマシンのスペックを最大限に引き出し、無機的に感じさせないところは、さすが昔からのシンセ・マスターとしての見せどころ。転調しまくるサビがメロディにメリハリをつけていることも、平板に見せないテクニックのひとつ。まぁやってることは昔から変わんないんだけどね。なので、変に肉感的なコーラスだけ妙に浮いており、そこだけダサい。

2. It's You
 サントラという名目なので、こういったベタなバラードも時に必要になる。まぁ印象としては、まんま「Endless Love」。まぁデュエットなので、ここはDionneの引き立て役といったところ。間奏のハープがStevieっぽいけど、まぁちょっとだけ。飛びぬけた仕上がりではないけれど、「Endless Love」的なムードを求めるのなら、普通に良曲。

3. It's More Than You
 同じくハープをフィーチャーしたインスト。サウンドトラックだもん、こういったのも必要。作曲はBen Bridgesという人で、これ以外、特に作品を残しているわけではなさそう。プレイしているのはStevieなので、グロッケンのメロディなんかで存在感を現わしている。かわいそうだよな、Ben。

Dionne-Warwick-front-page1

4. I Just Called to Say I Love You
 各国のシングル・チャート1位を総なめにした、Stevieだけじゃなく、80年代ロック/ポップスを代表するモンスター・ソング。すごく知られている曲なので、大して言うことはないけど、ブレッド&バターがカバーしてたよな、と思い出したので調べてみると、実は逆だった。
 以前から親交があったらしく、久々に活動再開する彼らを祝して楽曲提供したのが、この曲だった。ユーミン作詞・細野さんアレンジで完パケしたのだけど、発売寸前のところで思わぬ事態が起こる。「映画のサントラに収録したいので、発売はキャンセルしてほしい」と、Stevie側から申し出が入る。それがこの『Woman in Red』だった。思わぬ大ヒットによって権利関係がややこしくなり、Stevie提供曲じゃなくてStevieオリジナルのカバーという体裁なら発売してもいいよ、という許諾が下りたことで発売にこぎつけたのが、「特別な気持ちで」。当時は中学生だったから知らなかったけど、こんな内情だったとは。

5. Love Light in Flight
 4.のインパクトの強さですっかり目立たないけど、この曲もシングルカットされていた。US最高17位まで上がっているので、売れなかったわけではない。打ち込み主体のスロウ・ファンクはあか抜けた仕上がりで、1.でダサダサだったコーラスも厚みがあり、うまくサウンドに馴染んでいる。サビだっていつものStevie節だし。当時は陰にかくれちゃってたけど、その後のサウンド・メイキングの伏線としては秀逸の仕上がり。いま聴いてもカッコいいもの。



6. Moments Aren't Moments
 Dionneによるソロ。同じ路線ならDiana Rossの方がもうちょっと色気がある。まぁ世代的にあんまりピンと来ないのかな。ソウルというよりポピュラー・シンガーという印象の方が、俺的には強いし。

7. Weakness
 「Endless Love」的なバラード・デュエット再び。時代的に男女デュエットといえば、こういったソフト・タッチのブラコン・バラードが定番だった時代の話である。アーバン・ミュージックとして需要高かったんだよ、こういうのが。
 時代が変わって「ダサい」とう烙印を押されて、さらに時計がひと回りしてAORが再評価される無限ループ。骨格はしっかりしてるから、また何十年か後にはピックアップされたりして。

8. Don't Drive Drunk
 ラストはちょっと軽めのポップ・ソウル。『Hotter Than July』のアウトテイクっぽい仕上がり。リズムだけで作られたような楽曲で、Stevie特有のフックのメロディが薄い。まるで「リズム・マシーンを流しっぱなしにして適当に歌ってみました」的な。Stevieほどのアーティストなので、この程度の曲ならいくらでも作れるだろうし、まぁアウトテイクの中でもマシな方なんだろうけど、でもオフィシャルで発表するほどのレベルじゃない。これなら「心の愛」の方がよほどしっかり練り上げられている。






Natural Wonder
Natural Wonder
posted with amazlet at 17.11.02
Universal Music LLC (2014-02-12)
売り上げランキング: 37,667

ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー
スティーヴィー・ワンダー ポール・マッカートニー ディオンヌ・ワーウィック アイシャ・モーリス マイケル・ジャクソン
USMジャパン (2010-08-04)
売り上げランキング: 120,524

カテゴリ
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
QRコード
QRコード
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村




アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: