好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

音楽の女神は誰にでも見えるものではない。 - PSY・S 『Two Spirits』

folder で、前回の続き。ほんとはこっちが本題だったんだけど、思いのほか前置きが長くなっちゃったので、2つに分けちゃった。

 2枚目の『Pic-Nic』までは、フェアライト・マスター松浦によるジャストなリズムと、ピーク・クライマックスの薄いサウンド、そこにナチュラル・コンプの声質を持つチャカが、童謡歌手のようなフラットなヴォーカルを乗せるという、-何かこうして書いてると、味も素っ気もない、コンセプチュアルなサウンドを展開していたのだった。
 そのくせ、楽理とテクノロジーで理論武装した頭でっかちと思いきや、松浦の手から編み出されるシンプルで口ずさみやすいメロディは、当初からごく一部のポップ・マニアの注目を集めていた。過剰にマシンスペックにこだわった「キーボード・マガジン」読者より、サブカル寄りな「テッチー」読者に人気があったのは、そんな理由が大きい。

 典型的な理系脳の松浦と、アクティブなバンドマン系列のチャカとのチグハグなコンビネーションのズレは、単発的に見れば面白いものだけど、継続して活動するユニットとなると、普通はあっという間にネタ切れになる。当時はシンセ周りの技術革新が、ハイパーインフレ状態だったおかげもあって、当初のウリだったフェアライトも物珍しさが薄れつつあった。
 ここで松浦が、当初のコンセプトを頑固に貫いて、マシンのアップデートを主軸としたサウンドを続けたとしても、新型マシンの品評会になるだけだし、それだってキリがない。CDとして発表すると同時に新たなアップデートが告知され、途端に過去の遺物となる繰り返しだ。
 もう5年くらい遅くデビューしていたら、テクノポップの「ポップ」を取って、テクノ〜ニュージャック・スウィング~ハウス方面へ向かっていたのかもしれないけど、まぁ踊れない松浦なら無理か。「レーベル・カラーと合わない」とか言って、ソニーも止めてただろうし。

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 そんなディープな方向へ向かわなかったのは、デビュー時同様、これまたラジオの企画、当時松浦がDJを務めていたNHK –FM「サウンド・ストリート」内の企画がきっかけだった。既発表曲のリアレンジや、ソニー系アーティストを中心としたコラボから交流が生まれ、以前レビューしたコンピレーション・アルバム『Collection』として結実することになる。そんな共同作業を介してから、松浦の音楽制作への姿勢が微妙に変化してゆく。
 長時間スタジオに篭り、すべてのベーシック・トラックをほぼ独りで作るというのは、想像以上に孤独な作業である。ほんの少しのドラム・リヴァーブの長短や、ストリングスのピッチ調整など、こだわればキリがない。
 頭の中で鳴っている音が確実なわけではない。あぁだこうだとCRT画面とにらめっこしながら延々、「これかな?」という音を探すのだ。ただ、そこまでこだわり抜いた音だって、完成テイクというわけではない。時間に追われ締め切りに追われ、「まぁこれなら大体満足できるかな」程度のレベルであって、ほんとなら、時間さえ許せば永遠に終わることはない。しかも、それらの細部へのこだわりとは、多くのリスナーに理解できるものではなく、報われることはほんのわずかなのだ。
 バービーいまみちやゼルダらとスタジオを共にすることによって、何もかもフェアライトでまかなってしまっていた従来のサウンドは、『Collection』を境に大きく変化する。基本のシンセ・サウンドは変わらないけど、バンド演奏によるアンサンブル・マジックを目の当たりにしたことによって、少しずつそのエッセンスを導入するようになる。
 もちろん、そこは理系脳の松浦であるからして、レコーディングの段階でいろいろ加工はしているけど。

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 その後のPSY・Sは、本来のレコーディング・ユニットとは別に、ライブ演奏用に結成された流動的ユニット「Live PSY・S」を始動、それぞれ独自の進化を遂げてゆくことになる。
 テクノポップのライブといえば、YMOを端とするシンセ機材の山積み、メーカー協賛による品評会的な物々しさを想像しがちだけど、Live PSY・Sはそのセオリーから大きく外れている。もともと本格的なライブ活動を開始したのが、オーソドックスなバンド・アンサンブルを前面に出した3枚目『Mint-Electric』リリース後からだったこともあって、アルバム音源をベースとしたバンド・サウンドを、可能な限り忠実に再現することに力を注いでいた。
 共同作業によるスタジオ・マジックには、ある程度の理解は示したけど、だからといって、冗長なアドリブやインプロビゼーション、それにまつわるバンド・マジックを盲信する松浦ではない。隅々までシミュレートし、破綻のないアンサンブルをかっちり作り込んだ。そして、チャカには敢えて縛りを課さず、ステージ上では自由奔放に歌わせた。
 ただこれも計算のうち、もともと松浦が書く楽曲は、突発的な転調や不協和音を使わず、案外オーソドックスなコード進行で構成されており、譜割りを崩したりフェイクを入れたりの小技が使いづらいのだ。カラオケで歌ってみればわかるよ、譜面通りに歌うだけで精いっぱいだから。

 そんな理路整然さを推し進め過ぎることが、逆にライブ感を損なってしまうことを危惧したのか、ステージ演出はやたらエンタメ性が爆発している。80年代特有のサブカル系が調子に乗った、やたらデコボコ立体的な機能性無視のコスチュームに身をまとうチャカを中心に、ポップ系アーティストのステージ・パフォーマンスの走りとなった、南流石による振り付けは、当時のソニー系アーティストでも目立って注目を引くものだった。バンマスである松浦は、一歩引いて機材の山に埋もれるのが定位置だったけど、時々ハンディ・キーボードやギターを抱えて前に出たりして、裏方に徹するストレスをほんの少し解消したりしていた。
 次第にシーケンスの割合が少なくなって、キーボードのベンダーを小刻みに動かしたり手弾きが多くなったり、次第に普通のバンド化してゆくことになるLive PSY・S=松浦だったけど、果たしてそれは進化だったのか、はたまた試行錯誤だったのか。

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 で、『Two Spirits』。
 ライブ・アルバムという体裁でリリースされている。いるのだけれど、正直、臨場感はかなり薄い。普通は収録されているMCや歓声がばっさりカットされているため、「ちょっとエコーが多めの演奏かな?」と意識してからやっと、「そういえばライブだったんだ」と気づくくらいである。
 ライブ録音したテープ音源を加工・手直しするという発想は、何もPSY・Sが始めてではない。ライブ時の偶発的なインプロビゼーションを素材として、Frank Zappa やKing Crimsonは、数々のアルバムを量産した。レコーディングしていない新曲を試したり、また既発表曲でも、その日によって全然違うアドリブやオブリガードが繰り出されたりなど、演奏のたび違うテイクがボコボコ生み出された70年代。そりゃ未だにブートやアーカイブも売れ続けるわけだよな。
 ただ松浦の場合だと、ちょっと事情が違ってくる。彼の中で、ライブ録音されたテープ素材とスタジオ・テイクとは、同列のものである。ちょっとしたタッチ・ミスやピッチのズレは、ライブならではの醍醐味ではない。それらはファンが聴きやすい商品として、また、自身の納得ゆく形に整えられなければならないのだ。

 アンサンブルを整えるためにテイクの差し替えを行ない、歓声やMCをノイズと捉え、ばっさりカットしてしまう。複数のライブ音源をひとつにまとめるため、ピークレベルは均等にそろえる。
 大幅に編集されたトラックは、精密部品のごとくきれいに研磨され、スタジオ・テイクと遜色ないオーディオ・クオリティとなった。
 -え?CDと変わんないの?
 理系脳ゆえの細部へのこだわりと潔癖さが過剰にフル回転したあげく、トータリティは増して、収録時期の違いは目立たなくなった。多分最初こそ、先にリリースされたベスト・アルバム『Two Hearts』から漏れた人気曲の補完として、スタジオ・テイクとは別の側面を見せる思惑だったのだろう。ただ松浦のアーティスティックな暴走によって、次第にコンセプトが変容してゆくのを、ソニー側は誰も止めようとしなかったのか。
 サウンド的にも円熟期に入り、セールスもそこそこのポジションで落ち着いてしまったし、今のところ新局面も見当たらないしで、ちょっとした閉塞感を見せつつあったのが、この時期にあたる。もともとシンセを中心としたサウンド作りゆえ、長期的活動のビジョンが見えづらい形態なのだ。なので、10年も続いただけで、それはもう奇跡と言ってもよい。

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 かつてJoe Jackson は、全曲書き下ろしの新曲で構成したライブ・アルバム『Big World』をリリースした。開演前/公開レコーディング前の注意として、「観客は一切の物音や歓声を上げてはならない」。「これはレコーディングを優先したものであり、いわば観客であるあなたもレコーディング・メンバーの一員なのだ」と。
 やたら上から目線で常識破りな指示だったけど、ほとんどの観客はみな固唾を飲んでステージを見守った。参加ミュージシャンらも、通常のライブとは違う緊張感の中、ひたすら演奏に集中した。異様なテンションによる相乗効果は、尋常じゃないクオリティの完成品として昇華した。
 『Big World』も『Two Spirits』同様、余計な音は刻まれていない。ただ明らかに違うのは、『Two Spirits』の曲間が無音であるのに対し、『Big World』の曲間、音と音の隙間に込められているのは、ミュージシャンらの高潔なプライドと、信頼関係で結ばれた観客、それらがステージ上で一体となった連帯感である。そして、そんな空気感を余すところなく記録しようと奮闘するエンジニアらの献身ぶりである。
 すべては音楽のミューズのもと、単純に良い音楽を作るためのプロセスなのだ。

 イコライジング前のライブ音源を聴きまくった松浦は、編集作業時、何を思ったのか。
 ミューズの囁きを耳にした上で、ライブ感をフォーマットしたのか、それともミューズの存在に気づけなかったのか。
 それは松浦自身にしかわからないことだ。


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1. Parachute Limit
 5枚目のアルバム『Non-Fiction』収録、こちらでもオープニング・ナンバー。スタジオ・ヴァージョンはリズム・セクションが強く、バンド・サウンド的なミックスでチャカの存在感もちょっと薄めだけど、ここではヴォーカルが大きくミックスされ、女性コーラスもフィーチャーされて臨場感がある。

2. Teenage
 デビュー・アルバム『Different View』のオープングを飾った曲。ほぼフェアライト一台で作られたオリジナルより、当然サウンドの厚みは段違い。頭でっかちなテクノポップが、ステージではドライブ感あふれるハイパー・ポップに生まれ変わっている。しかしチャカ、ライブでも安定した歌唱力をキープしているのはさすが。

3. Kisses
 6枚目『Signal』収録、またまたオープニング・ナンバーの3連発。なんかこだわりでもあるのかそれとも偶然か。Supremesを思わせるモータウン・ビートを持ってくるとは裏をかかれたな、と感心した思い出がある俺。だって、松浦にそんな素養があるとは思わなかったんだもの。アルバム自体がLive PSY・Sによって制作されているので、スタジオ・ライブともあまり違和感が少ないのが、この時期の曲。

 女のコ あれもしたいし これもしたいの
 キス したい スキよ
 男のコ 迷わないでね 遊ばないでよ
 キス してね

 単純だけどきちんと練られたポップな歌詞、それに一体感のあるサウンド。この辺がユニットとしてのピークだったんだろうな。



4. Christmas in the air
 オリジナルは1986年リリース、杉真理主導でソニー系アーティスト中心に企画されたクリスマス・アルバム『Winter Lounge』に収録。当然、入手困難な時期が長かったため、この時点ではいわゆる「幻の曲」扱い、ここでのライブ・ヴァージョンでしか聴く機会がなかった。なので、こっちがオリジナル的な感覚を持つファンも多い。
 時期的に2枚目『Pic-Nic』のアウトテイクと思われ、ガジェット的な使い方のギターやベースがテクノポップさを演出していたのだけど、ここではアコギもナチュラルな響きで、むしろオーガニックな味わい。でもクリスマスのワクワク感はちょっと足りないかな。

5. Paper Love (English Version)
 『Different View』収録、なんとここではスローなレゲエ、これはこれでまたクール。オリジナルは日本語だったけど、ここでは全編英語で通しており、前身プレイテックス時代の痕跡を見ることができる。

6. 青空は天気雨
 3枚目『Mint-Electric』収録、ここではベースのボトムが効いたクール・ファンクなテイスト。ファンの間でもオリジナル以上に人気が高く、またよほどアレンジが気に入ったのか、ライブ・アルバムとしては珍しくシングル・カットもされている。



7. TOYHOLIC
 続いて『Mint-Electric』収録曲。タイトルからわかるように、当時、絶大な人気を誇ったロックバンド漫画『TO-Y』のオリジナル・ビデオ・アニメの主要テーマとなったナンバー。印象的なコマの空白と細い線描のイメージに合致した、浮遊感のあるサウンドは、映像にマッチしていた。その世界観は変わらない。

8. Everyday
 『Pic-Nic』収録。ギターのフレーズが結構ファンクしているのだけど、奥に引っ込んだ配列となっているので、アンサンブルを損なわず切れ味の鋭いポップ・チューンに生まれ変わっている。オリジナルは、ベースがやたらブーストされたテクノポップといった味わいだけど、俺的にはライブ・ヴァージョンの方が好みかな。

9. Friends or Lovers
 そういえばそうか、これってアルバム未収録曲だったんだ、たった今気がついた。PSY・Sの中では最も高いセールスを記録した、人気としてもクオリティとしても、文句なしの代表曲なのに、そうか入ってなかったんだ。ドラマの主題歌にもなったしPVもよく深夜テレビで流れてたしで、よく聴いたよな。
 
 友達と 恋人と
 決めるから こじれるのかな
 クラッシュしてる みんな
 宝石も 香水も
 好きだけど 満たされないね
 (ねぇもっと) リラックスして

 この時代になると主に松尾由紀夫が作詞を手掛けており、コンセプトにもブレがないため、普通にオリコン・シングルとも渡り合えるクオリティになっている。やっぱりあれだな、抽象的な歌詞もある程度、ターゲットやテーマを絞り込まないと散漫なだけなんだな。

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10. 冬の街は
 今となってはPSY・Sにとっても、そしてシオンにとっても代表曲のひとつになっている、これまたアルバム未収録曲。この曲が生まれる発端となった『Collection』がソニー系アーティストで固められていたため、他のレコード会社所属だったシオンのこの曲は、リリースが見送られてしまった、という大人の事情が絡んでいる。
 ただ楽曲の力はあまりに強い。PSY・S、シオンとしてだけでなく、80年代を代表する裏名曲としての座をずっと保持し、ここに収録となった。
 暗喩の多い抽象的な歌詞は、Led Zeppelin 「Stairway to Heaven」からインスパイアされてると思うのだけど、それって俺だけかな。



11. EARTH~木の上の方舟~
 『Non-Fiction』収録、大味なアメリカン・ロックをベースに、MIDI混入率を多めにしてみました的な仕上がり。前の曲と比べるとちょっと地味かな。ここでひと休みといった印象。

12. Silent Song
 『Collection』収録、当時から人気の高かったパワー・ポップ。バービーいまみち参加によって楽曲の完成度は約束されたようなもので、時代を思い起こさせるギターのディレイもリフも、適度にからむ松浦のソロも、何もかも完璧。でもね、いまみちの音はもうちょっと大きめにしても良かったんじゃないかと思う。

13. 私は流行、あなたは世間
 ラストを飾るにふさわしい、PSY・Sの出発点。シンセドラムの音やリズムは時代によって微妙に変化していくけど、チャカの声は不変だ。特にこの曲ではビブラートもコブシもシャウトも何もない、小手先の技を使わずストレートな、正弦波ヴォイスで朗々と言葉を紡ぐ。松浦が奏でるサウンドも、敢えて最先端ではなく、原初のテクノ的メソッドの音をあえて探して使っている。

 しっかし、名曲ばっかりだな、こうやって聴き通すと。




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私は流行、あなたは世間 - PSY・S 『Different View』

folder 3年ほど前、松浦雅也のサウンドクラウドにて、PSY・Sの前身ユニット「プレイテックス」のデモ音源が公開され、往年のファンの間ではちょっと話題になった。今はもう公開終了してしまったけど、YouTube で検索すれば、一部はまだ聴くことができる。
 それまでヴォーカルの入った音楽をほとんど手がけていなかった松浦が、何やかやの成り行きでチャカと出会ってユニット結成、当然、発売を前提とした音源ではないので、音質的にはブート並み、決して聴きやすいレベルではないのだけど、容易に手を抜けない松浦の気質が昔からだったことは窺い知れる。

 FM大阪の番組企画をきっかけとして、即席ユニット「プレイテックス」は結成された。いわゆる企画モノである。当時、チャカはジャズ・ファンク・バンド「アフリカ」のヴォーカルとして、松浦もソロで各方面に渡るスタジオワークを請け負っていた頃であり、いわば余技で始めたものである。お互い、付き合いやらしがらみやらで、断りづらかったんだろうな。
 主にライブシーンを主体に活動していたチャカと、理系シンセおたくの松浦では、接点より相違点の方が多そうで、よくこんなコラボ思いついたよな、と当時の担当ディレクターの慧眼ぶりを讃えてしまいそうだけど、いや違うよな、たまたま思いついてくっつけただけだろうな、きっと。
 まぁ男女関係の秘訣として、「好きなモノより、嫌いなモノの共通項が多い方が長く続く」っていうものだし、案外相性は良かったのかもしれない。ユニット結成から解消に至るまで、プライベートでの接点はほとんどなかった2人だったけど、スタジオの中では「これはイヤ」「あれはダサい」という点で一致することが多かったのだろう。

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 整然としたシーケンスとエフェクトをベースに、ピークレベルぎりぎりまでボリュームを上げたドラムは、クレバーなリズムを刻む。坂本龍一「サウンド・ストリート」のデモテープ特集の応募作品的なサウンドと言えば通じるだろうか。わかんねぇか。
 チャカのヴォーカルはあまり変化はないけれど、それでもアップテンポのナンバーではライブ仕様のファンクネスが顔を出し、サウンドとの解離が時に見られる。それを抑制しようと極端に無表情な声色になったり。
 どちらも相手に合わせようとして、それでいながらミュージシャン・エゴの痕跡は残そうとしている。要するにビシッと噛み合うことが少ないのだ。
 発表から30年以上経ってから聴いてみると、これはこれで悪くない。Soul II Soulのグラウンド・ビート的な楽曲もあるし、ドラムサウンドさえアップデートすれば今でもチープ・テクノとして通用しそうだけど、早すぎたサウンド・コンセプトである。あの時代のミュージック・シーン、80年代ソニーのラインナップからすれば、この音はかなり浮いている。CBSじゃ受け入れてくれないよな。
 もしかして、エピックなら受け入れてくれたかもしれないけど。

 ライブの現場で鍛えられたチャカのアクティヴなヴォーカライズと、バックトラックの大半をシンセで賄うメソッドというのは、何も松浦が発明したわけではなく、YazooやEurythmicsなど、UKポップデュオでは広く用いられた方法論である。ほぼシンセ1台あればサウンド的に成立してしまうので、小回りが利く最小限のユニットとして、作業効率も良ければコスパも良い。バンド的なカタルシスさえ求めなければ、良いことづくめではある。
 ただ、ダンサブルな要素を後退させたヘッド・ミュージック的なテクノポップは、ダンスフロアとの親和性も薄ければ、当時の日本において最もポピュラーだった歌謡曲~ニューミュージックともリンクしづらい。あまりにドライでシステマティックなプレイテックスのコンセプトは、日本では馴染みにくいものだった。

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 90年代に入ってからのFavorites BlueやJungle Smileに見受けられるように、日本における男女2人ユニットとは、「線の細いシンセおたくのトラックメイカーと、歌はまぁそこそこだけどジャケット映えするモデル上がりの女性シンガー」というのがセオリーとなっている。
 松浦はそのセオリー通りとしても、やたら歌はうまいけどセクシャリティのかけらもない、見た目も声質も中性的なヴォーカルのチャカは、どう見たって合致しない。後年になってから、同じ属性を持つEGO-WRAPPIN'のようなユニットも出てきたけど、前者2組も含めて大ブレイクしたとはとても言いづらい。やっぱル・クプルのように、男女間のLove>Like的なムードを醸し出さないと、日本ではブレイクしづらいのだろうか。

 単発企画で終わったはずのプレイテックスは、思わぬ好評からインディーズでアルバム発売、これまた業界内では好評につき、あれよあれよとメジャー・デビューが決定してしまう。それでも2人とも、この時点では松浦もチャカもPSY・Sは単発モノ、メインの音楽活動あってのサイド・プロジェクトという心持ちだった。サウンドの性質上、永続的なユニットとしては見ていなかったようである。
 当時から、バックトラックやアレンジを取り仕切るのは主に松浦で、チャカは歌入れのみ、と役割分担ははっきりしていた。後期になってからは、チャカの意向も反映されるようになってきたけど、解散するまで基本的な位置関係は変わらなかった。
 適材適所の役割分担がしっかりできていたこと、そしてチャカがあまりアーティスト・エゴを強く主張しなかったことが、ユニットが10年続いた要因であり、また後期のパワーバランスの乱れこそが、巡り巡ってのユニット解消に至る。

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 で、『Different View』。デビューするにあたって、当時、新人プロデュースで定評があったムーンライダーズ岡田徹を招聘、若干の軌道修正を図ることになる。
 購買ターゲットを明快にするため、ある意味付け焼き刃だったファンク・ビートを大幅に薄め、松浦の特性であるメロディ・タイプの楽曲を主体としたテクノポップを、全体のトーンとした。ただ、これだけじゃインパクトに欠けるので、日本での個人所有はまだ少なかった「フェアライトCMIを操る天才クリエイター」を謳い文句として、プロモーションの柱とした。
 サンプリング・レートが8ビット、最大周波数が30.2kHzと、今から見ればファミコン程度のマシンをひとつの売りとしていたのだから、まぁ何と牧歌的な時代だったのやら。
 ただ、そんな低スペック・マシンをポップ・ミュージックのフィールドで展開していたのは、日本ではまだ松浦くらいしかいなかったし、そこから繰り出されるサウンドを上回るほどのメロディ・センスがあったことも、また事実である。
 クラシックの模倣か、シーケンス・リズム主体の無味乾燥なサウンドにまみれた、実質プリセット音に頼りきりの「名ばかりシンセ・プレイヤー」の中で、松浦の才能は一歩も二歩も抜きん出ていた。

 初顔合わせということもあって、プレイテックス時代はチャカに歩み寄ったサウンド・メイキングだった松浦も、PSY・Sになってからはコンセプトも一新、主導権を完全に握っている。
 テクノポップを第一義とするため、ファンクネスなビートやグルーヴ感は一掃された。出力的には貧弱なフェアライトCMIをサウンドの軸とするため、もともとナチュラルにコンプがかったチャカのヴォーカルは、さらにピークレベルが落とされた。あくまでバックトラックが主体、ヴォーカルもまたサウンド・パーツの一部である、という考えに基づくものである。調和したアンサンブルに重きを置く理系男子の松浦の判断として、全体バランスを考慮するためには、ヴォーカルはサウンドに埋没させなければならなかった。

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 本来ならメインであるべきはずのヴォーカルをサウンドと同列化させるのだから、歌詞はプレイテックス同様、雰囲気英語でよかったはずなのだけど、歌謡曲と同じ棚に並ぶメジャー・デビューともなると、それもちょっと問題である。ソニー的にも良い顔しないだろうし、岡田徹的にもちょっとまずい。
 「取り敢えず外部発注して辻褄合わせましたよ」的な歌詞は、どことなくフラフラして曖昧な表現が多い。そりゃそうだ、言葉で訴えたいことなんてもともとないし、請け負った方だって、どんなコンセプトのユニットだか見当つかないんだから。
 大事なことはひとつ。取り敢えず、サウンドの一部としてチャカが歌っていればよい。下手な主張やストーリー性を持たせると、緻密なアンサンブルにはむしろ邪魔なので、それだったらいっそ徹底的に無意味な方がいい。

 ちょっと極論になってしまったけど、もともとサウンドで勝負するタイプだった松浦ゆえ、言葉というものをどう取り扱ってよいのかわからなかった面がある。松浦的には、チャカが歌いやすい言葉なら、歌詞なんて何でもよかったし、ずっと英語ばかり歌っていたチャカにしても、慣れない日本語の節回しについてくのが精いっぱいだったと思われる。
 その後はチャカも松浦も、言葉やストーリー性に関心を抱くようになるのだけど、それは2枚目以降の話。ここでのPSYSはまだ、実験的テクノポップ・ユニットのひとつでしかない。『Collection』での他アーティストのコラボ交流によって、2人の視野は広がることになる。

 長くなりそうなので、一旦、ここでおしまい。
 PSY・Sについて、今回はもう少し書いたので、続きはまた次回。


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1. Teenage
 アルバムと同時発売されたデビュー・シングル。デジタル臭の強いスネアが印象に残る、ていうかほぼそれを中心に構成されたナンバー。一分の狂いもないシーケンスに合わせて、どうにか無味無臭であろうとするチャカの葛藤が窺い知れる。これを人力でやろうとすると、もっとユルいパワー・ポップになってしまい、ウェットさばかり目立ってしまう。再現不可能のハイパー高速スネア連打は、中途半端な田舎の高校生の度肝を抜いたことでも有名(?)

2. From The Planet With Love
 全曲英語詞のため、プレイテックス的な感触が最も残っている、クールなテクノ・ファンク。熱くならないヴォーカルと冷静沈着なバックトラックという路線は、和製Annie Lenoxとして、結構面白い展開だったと思うのだけど。中盤のラップ・パートはその後のPSY・Sでは見られないものので、貴重なトラックでもある。



3. I・E・S・P(アイ・エスパー)
 そんなファンクネスを活かすのではなく、チャカのもうひとつの特性、チャイルディッシュな声質をマルチ・ヴォーカルによって空間的に演出、浮遊感あふれるサウンドに仕上げている。松浦のディレクションによるものなのか、ヴォーカルの響きの陰影は薄い。あくまでサウンドが主であって、感情を出すのを嫌ったのだろう。

4. Big Kitchen
 50年代アメリカのコメディドラマのリメイクと言ったら信じてしまいそうな、チープな音色のエレピとエフェクトで構成された小品。途中、ダブっぽいブリッジがあるのがちょっと新しい。

5. 景色
 ハルメンズ解散後・パール兄弟結成前のサエキケンゾウ作詞によるポップ・チューン。後に『Two Hearts』でもリメイクされているくらいなので、ファンの間でも当初から人気が高かった。松浦のメロディ・センスの良い面がうまく強調されており、チャカも比較的抑揚をつけて歌っており、抒情派テクノ・ポップとしてのひとつの完成形。

6. 星空のハートエイク
 リズム・パターンが目まぐるしく変わり、歌いずらそうな曲だけど、難なくこなしてしまうチャカのキャパの広さが印象的。シャッフル気味なスネアの音は当時先進的だったのだけど、いま聴くとちょっとうるさいな。後にリメイクしたのも納得できる。

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7. Paper Love
 これもチャカのもうひとつの側面である、スウィング・ジャズと歌謡曲とのハイブリット的なポップ・ナンバー。キーもちょっと高めなので、今のアイドルかアニソン歌手あたりがうまくリメイクしてくれれば、再評価につながりそう。

8. Desert
 オリエンタルなエフェクトや、ラクダの歩みに合わせたリズムなど、タイトル通り、砂漠を連想させるナンバー。親しみやすく異国情緒あふれるメロディが心地よい。

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9. 私は流行、あなたは世間
 唯一、本名の安則まみ名義でチャカが書き下ろした、スケール感の大きいバラード。平易な言葉をフラットなヴォーカルで、リズムはやたら凝ってるけど、歌を邪魔するほどではない。

 くり返し くり返し 重ねた言葉 
 いつまでも いつまでも 確かめてみる

 書き記すと他愛もない、メロディだってそれほど起伏もない。無愛想な曲なのにでも、こんなに愛おしく、多くのファンの心に残るのはなぜなのか。
 最後のピアノ・ソロのコーダが「Layla」っぽいとは昔から思ってたけど、そんな些末もチャラにしてしまう、得体のしれない「うたの力」が込められている。
 ある意味、これを世に出した時点で、初期PSY・Sの役目は終わっていた、と言ってもいい。それくらい強い求心力を持つ楽曲である。



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正妻と愛人との狭間で - Herbie Hancock 『Magic Windows』

7591 80年代コロンビア・ジャズ部門の一端をリードしていたのが、新伝承派のWynton Marsalis一派であり、その対極でアブストラクトなキャラクターを放っていたのがHerbie だった、というところまで前回書いた。今回はその続きから。

 70年代末からストリート・レベルで盛り上がってきたヒップホップは、80年代に入ってからしばらくはカウンター・カルチャーのポジションであり、当時はまだ知る人ぞ知る未知の音楽だった。「11PM」や「ポパイ」などで独自のファッションやライフスタイルは紹介されてはいたけど、まだ物珍しい時事風俗レベルの発信のされ方であって、肝心のサウンドが届けられることは少なかった。当時はまだ刹那的な流行りモノとして、あまり重要なムーヴメントと捉えられていなかったのだ。
 そんな怪しげな音楽にいち早く目をつけ、すでにこの時点でNYアングラ・シーンの中枢に鎮座していたBill Laswellとの出逢いが、Herbieの、そしてヒップホップの成功を決定づけた。当時、彼が率いていたMaterialのコネクションを総動員し、そこにHerbieが乗っかることによって、『Future Shock』、ていうか「Rockit」は大ヒットに至った。
 ここで重要なのは、すでに大御所であったはずのHerbieが、Billのサウンド・コーディネートにほとんど口を出さず、彼が集めてきた有象無象の新進アーティストに好き放題にプレイさせた点である。同じ頃、Miles DavisもHerbie同様、バックトラックを当時青二才のMarcus Millerに丸投げ発注している。ただ、Milesの場合は前回書いたように、あくまで信頼関係に基づくもの、「ジャズ」という共通言語をお互い理解していたからこそ可能だったわけで、Herbieの場合とはちょっと事情が違っている。『Future Shock』で奏でられたサウンドは、これまでのジャズの文脈とはひとつも当てはまらない、まったく異なるジャンルとのコラボである。
 普通なら「保険」として、ベーシックなジャズ・サウンドはそのままに、「何となく新味を盛り込みました」的に、スクラッチやシーケンス・ビートも申し訳程度しか使わないものだけど、Herbieの場合、その辺は徹底している。「エッセンスを取り込む」なんてレベルじゃなく、ベテラン自らが体を張って、別のジャンルに飛び込んじゃうんだからもう。
 ベテランのリアクション芸人が率先して体を張って笑いを取り、若手が中途半端なガヤ扱いで盛り上がりに欠けるシーンがバラエティでよくあるけど、あんな空気と同じものを感じる。
 前に出すぎるベテランは、扱いに困ってしまう。でも力技で笑い取っちゃうんだよな。

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 「Rockit」の成功は、数字で表せるセールス実績だけでなく、ひとつの「現象」、音楽の「世代交代」として、ヒップホップという新たなジャンルを広く世の中に知らしめる結果となった。Godley & Crèmeによる、マネキンやジャンク小道具を効果的に使ったPVもレトロ・フューチャー感を演出、お茶の間のテレビで何度もリピートされるほどの知名度を得た。ジャズ界ではすでに大物だったHerbieもまた、MTVでのヘビロテからポップ・チャートでのチャートインに結びつき、その後のボーダーレスな活動を行なう上で強力な後ろ盾となった。この後も同コンセプトでのアルバムを2枚リリース、そしてほぼ10年周期でテクノ~エレクトロニカ系の作品を手掛けるようになる。
 年功序列的にいえば、ジャズ界においては文句なしのレジェンド級、Milesを始めとしてあらゆる有名セッションをこなし、ソロ名義でだって数々の名盤をリリースしてきているのにでも、そんなHerbie、いわゆるオーソドックスなモード・ジャズのプレイは極めて少ない、珍しいキャラクターでもある。
 デビュー作の「Watermelon Man」然り、ヒップホップ以降、方々でサンプリングされまくった「Cantaloupe Island」然り、よく聴いてみると、セオリー通りの4ビートではプレイしない人である。本人のルーツとして、カリプソやラテンがバックボーンにあることは想像できるけど、フォーマットに沿った「ジャズ」とは無縁なのは昔からである。

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 Milesクインテット以降は、フェンダー・ローズを思いっきりフィーチャーした『Head Hunters』を発表、ジャズ・ファンク~フュージョンのオピニオン・リーダーとなった。なったのだけど、総合チャートにランクインするほど売れまくった『Head Hunters』のイメージで固定されることを嫌ったのか、はたまたポップ・チャートの魔力に取りつかれたのか、次第にヴォーカル・パートの割合が激増、ディスコ~ブラコンに手を染めるようになる。
 「ヒットチャートに魂を売った」的な声も内輪から上がったこの時期の作品は、今でこそ90年代以降のクラブ・シーンからのリスペクトもあって、一定の評価もされてるけど、チャラ路線と思われていたことも確かである。どうひいき目に見たって、メインストリームのジャズからは大きく逸脱しているし、Herbieのクレジットがなければ、単なるソフトR&Bである。
 ただHerbie側に立って考えてみると、ディスコ/ファンク一色に塗りつぶされた70年代後半のミュージック・シーンにおいて、新しモノ好きな彼がそこに食いつくのは、ある意味必然だった。前回のBranford Marsalis のレビューでも書いてるけど、ジャズの発祥並びに成長過程において、「ダンスビート」という要素を切り離して考えることはできない。特にHerbieのような、時代の趨勢に目ざといアーティストならなおさらである。
 まぁ当時「愛のコリーダ」でブイブイ言わせてたQuincy Jonesへの嫉妬というか、対抗心もあったんだろうけど。

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 ポップスターのポジション獲得のため、手段を選ばなかったHerbie、挙げ句の果てにはQuincy のプロダクションを丸ごと引き抜いてアルバムを作る(『Lite Me Up』)など、結構エグい手を使ったりもしている。ただ、そこまでしても『Head Hunters』を超える鵜セールスを上げることができなかった。
 才気走った感情の赴くままに作った作品が、思いのほか大ヒットして、いざ体制を整えて本腰を入れた途端、「売れ線に走った」と酷評される始末。なかなか難しいものだ。
 とは言ってもHerbie、その辺の空気を読む力は健在であり、ディスコ路線ばかりやっていたわけではない。あくまで本業あってこそのHerbie Hancockであることを自覚していたのか、メインストリーム路線もちゃんと押さえており、この時期はMilesバンドの同窓会的プロジェクトVSOPと並行して活動している。本妻と愛人宅とを行き来するかのように、どちらの家庭にも目配りを怠らないのは、マメな男の証左である。当然、ジャズ村界隈ではこっちの路線の方が高く評価されており、しかもセールスもそこそこ高かった。
 やっぱり本妻は、それだけ強いのか。

 そんな事情もあって、「愛人宅でのお戯れ」「羽を伸ばして趣味に走った」時期の作品として位置づけられているのが、この『Magic Windows』。しつこく、とにかく執拗に続けてきたポピュラー路線は、思うような結果を出せず、何をどうやっても空振りが続いた。もうこの辺になると方向性がグダグダで、はっきり言って迷走状態である。Herbie Hancockというエクスキューズがなければ、キッチリ作り込んだブラコン・サウンドとして、もうちょっと売れたかもしれないくらい、ちょっとかわいそうな作品である。
 ただ逆に考えれば、外部でのお戯れによってストレス発散ができ、それが功を奏して、本業において会心の出来のモダン・ジャズがプレイできた、という見方もできる。ブラコンあってのVSOPか。なんか微妙な持ち上げ方だな。
 もともと器用な人ではあるけれどしかし、「好きこそ物の上手なれ」という風にいかないのは、何も音楽に限った話ではない。「下手の横好き」って言葉もあるしね。
 そんな空振り状態解消のためのテコ入れなのか、『Magic Windows』は後にも先にもないくらい、ゲスト・ミュージシャンが豪華である。多分、一気にレコーディングしたんじゃなくて、断続的なセッションをひとまとめにしているのだろう。それにしてもこれだけ幅広いメンツを集められるのは、さすがレジェンドである。これだけミュージシャン・クレジットが豪華なのは、あとはSteely Danくらいしかいないんじゃないかと思われる
 Ray Parker Jr.とAdrian BelewとWah-Wah Watsonのプレイを、一枚でまとめて聴けるアルバムなんてまずないので、そういった幕の内弁当的オールスター・メンツを一度に堪能できると考えれば、十分お得、コスパ的にも優秀なアルバムである。何かスーパーのまとめ買いみたいな言い回しだな。
 ちなみにリリース当時のチャート・アクションだけど、ビルボード最高では140位。R&Bチャートでは40位、ジャズ・チャートでは13位にランクインしている。なんだかんだ酷評してたはずなのに、さすがは保守的なジャズ・ユーザー、きちんと買い支えてる。
 やっぱ彼らにとってHerbieって、何やってもジャズ扱いなんだな。


Magic Windows
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1. Magic Number
 有名どころとして、Ray Parker Jr.がギターで参加。アラフィフの俺でさえ、彼の印象と言えばゴーストバスターズだけど、もともとはファンク・バンドRaydio出身、ソロに転じてからもStevie WonderやBoz Scaggsのバックを務めていた職人肌の人である。それがどうしてあんな色モノに転じてしまったのやら。
 この頃はまだいわゆるセッション・ミュージシャンとしてのカラーが強く、オーソドックスなカッティング・プレイに徹している。ネームバリューに頼らない堅実なリズムの上で、ディスコやらカリプソやら技を繰り出すHerbie。まぁジャズには聴こえないな。

2. Tonight's the Night
 初っぱながインパクト勝負過ぎたバランスなのか、2曲目はオーソドックスなブラコンでまとめている。ヴォーカルのVicki Randleは当時のフュージョンでは引っ張りだこの人気だった人で、すごく上手いのにソロ作がないのがむしろ不思議。Randy Crawfordほど下世話だったら、もっとフィーチャーされてもおかしくなかったほど、惜しいヴォーカリストである。引っかかりが少ないのかな。
 ここでのスペシャル・ゲストはMichael Brecker、正直、あまり見せ場の少ない無難なプレイである。時期的に脂の乗り切ったプレイを見せてもおかしくないのに、何で弾けきらないのかと思ってクレジットを見たら、なぜかドラムがRay Parker Jr.、ベースはHerbieというリズム・セクション。何だそりゃ。

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3. Everybody's Broke
 「Money」をパクったようなキャッシャーのエフェクトから始まる、ボトムの効いたどファンク・チューン。ヴォーカルのGavin ChristopherはかつてRufus周辺で活動していた人で、いい意味で下品な泥臭さがファンクネス指数を爆上げしている。ブイブイ響くベースを奏でるLouis Johnsonも、もともとはBrothers Johnsonで弾いていた人で、後にMichael Jacksonに引き抜かれて『Off the Wall』~『Dangerous』で名を上げることになる。
 なので、ほぼディスコ・ファンクがベースで、Herbieはほとんどエフェクト的扱い、変な音担当としてシンセを操っている。リーダー・アルバムなのに存在感が薄い、寛容の心の持ち主ではある。

4. Help Yourself
 カッティングのリズム感がガラッと変わったと思ったら、Al McKayだった。ご存じEarth,Wind & Fireの中心メンバーである。Alが加わったことによって、サウンドは一気に洗練され、さっきまでベッタベタなファンクっぽさを前面に出していたLouisも、ここではオーソドックスなソウル・ヴォーカルである。それとも、これが本質なのかな。
 Herbieのプレイはすでに『Future Shock』以降の音になっており、やはりヒップホップというエッセンスは重要だったんだな、と確認できる。しかし再登場のMichael Brecker、もうちょっと顔出せよ。それとも、吹きまくったけどカットされちゃったのかな。



5. Satisfied with Love
 もっとエコーが強ければ、まんま80年代のブラコンそのものだけど、エフェクト系は抑え気味なので、今だったら逆にこの程度の響き具合の方が馴染むかもしれない。なので、歌もサウンドの一部として溶け込んでおり、いい感じのフュージョンにしあがっている。ドラムのAlphonse Mouzonは70年代Herbieのアルバムでも出席率が高く、いわゆる「あ・うん」の呼吸のアンサンブルである。この辺の曲は、もうちょっとまとめて聴きたかったな。



6. The Twilight Clone
 最後は飛び道具的なキャスティングのAdrian Belewとの共作。時期的にはまだKing Crimsonとの合流前であり、多分にTalking Head 『Remain in Light』にインスパイアされて作られたものと思われる。しかしリスペクトするのに必ずキーパーソンを引っ張ってくるというのは、相変わらずの荒業である。
 ほぼパーカッションで構成された曲であり、Herbieは何となく「らしい」コードを押さえるくらいで、特別目立ったプレイを見せているわけではない。70年代ジャズ・ファンクの進化形とアフロ・アンビエントとでも形容すべき楽曲は、やはりHerbie独自の視点である。
 思えば5.と6.でそれぞれ1枚ずつアルバム作っていたら、後世の評価もまた変わっていたかもしれない。そこを素直にやらず、「とにかくポップスターになりたいんだ」というあさってのベクトルが、さらに泥沼にはまるきっかけとなる。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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